悪魔の流儀 大門エンド side:綾

大門エンド Side : 綾

 ※このお話には、『黄金の日々』のネタバレがかなり含まれますのでご注意ください。

 息をするのも忘れて、私は大門様の返答を待つ。

 そのまま、じっと大門様の顔を見つめていると、ゆっくりとその口が開いた。

「やっぱりダメだ」
「大門様!」

 やはり、大門様の返答は変わらなかった。

「おまえが俺の下僕だと言うのならなおさらだ。おまえたちを守るのは俺の役目だ」
「し、しかしっ!」
「幸たちの側にいてやってくれ、綾」

 それでもなお食い下がろうとした私に向かって、静かに、そして力強く大門様が告げた。

「え?」
「前に言っただろう、幸たちを守ってくれと」
「はい」
「だから、おまえはここにいて、幸たちを守っていてくれないか?」
「大門様……」
「もし、冴子のことでおまえが責任を感じているのなら、幸たちのことを守りきってみせろ」

 その答えは、いつも私とこの議論になったときと同じ。
 だからこそわかる。
 そう言うことで、大門様は奥様たちはもちろん、私のことも守ろうとしているんだと。
 たったひとりであの男に立ち向かうことで。

 そして、今の大門様の表情には、反論を許さない強い決意が表れていた。

「……わかりました」

 もう、私にはそう答えるしかできなかった。
 そんな私の頭を、大門様が優しく撫でてくださる。

「頼んだぞ、綾」
「はい。それでは、失礼します」

 そう言って頭を下げて、部屋を後にする。

 そう、この方がこういう人だと言うことはわかっていた。
 私たちを守るために、全部自分ひとりで背負い込んでしまう。
 そんな方だからこそ、この手で守りたいと思う。

 でも、大門様のお気持ちもよくわかるからあれ以上なにも言えなかった。

 ……また、あの時と同じだ。
 姉さまが囚われ、隊長を失ったあの時と。
 あの時と同じ思いは、二度としたくない。
 私には……私にはなにもできないの?

 やりきれない思いで自分の部屋に戻ると、やりきれない思いで机に突っ伏した。

* * *

 そして、時計の針が午前0時を回って少し経った頃。
 玄関の方で音がして、大門様が出ていく気配を感じる。

 私は、みんなを起こさないようにそっと部屋を出ると玄関に立って、閉まったままのドアを見つめる。
 大門様は見送って欲しくなさそうな様子だったけど、せめてお見送りしたい気持ちを抑えきれなかった。

 そうやって、大門様の無事を祈る。

「……奥様? 薫さんに、梨央ちゃんまで?」

 自分の部屋に戻ろうと思って振り向くと、奥様たちが立っていた。

「武彦さん、ひとりで行ってしまったんですね」
「はい。…………私も一緒に行くと言ったんですけど、みんなは自分が守るから、私はここで奥様たちを守れとおっしゃられて。……私も、大門様のお力になりたかったのに……私は……なにも力になれなくて……うううっ!」

 奥様にそう答えているうちに、ずっと抑えていた感情を抑えられなくなって涙が溢れてくる。

「うっく! ……申し訳ありません……私には、なにもできなくて……うっ、ううっ、ひくっ!」
「いいのよ、綾ちゃん。……あの人なら大丈夫。きっと無事に戻ってきてくれるから」

 泣きじゃくっている私を、奥様が優しく抱きしめてくれた。

「そうだよ。だから元気出して、綾さん」
「そうよ。そんなに心配しなくても、局長ならきっと」
「梨央ちゃん……薫さん……」

 梨央ちゃんと薫さんの優しい言葉に、ますます涙が止まらなくなる。

「だから綾ちゃん、あの人を信じましょう。私たちの、ご主人様を」
「はい……奥様……」

 奥様の言葉に、私は幼子のように頷くことしかできなかった。

 そのまま奥様に抱えられて、リビングルームに向かう。
 そして、それぞれの席に腰掛ける。
 奥様も薫さんも梨央ちゃんも、口を開かずに黙ったままだ。
 だけど、なにも言わなくてもみんなの思っていることはわかる。
 大門様の身を案じているんだと。

 あんなことがあって恐怖心もあるだろうし、心の底では不安を拭えないはずだ。
 だって、生身の人間が悪魔の群れに襲われたんだから、怖くて当然だもの。
 でも、そんなことは表情に出さず、ただ大門様を信じて、その無事を祈っているんだ。
 その気持ちは、私も同じだから……。

 どのくらいの間、そうやって座っていただろうか。

「……奥様? 薫さん?」

 不意に、奥様と薫さんが立ち上がって玄関の方に向かう。
 その足許はふらふらしていて、どこか様子がおかしかった。

「ふたりともどうしたんですか!?」

 梨央ちゃんが立ち上がって、ふたりの後を追う。
 だけど、ふたりはそのまま靴も履かずに外に出て行ってしまった。

「奥様! 薫さん! どうなさったんですか!?」
「綾さん! これって夕方の時と同じです!」

 急いでふたりを追いかけると、梨央ちゃんも慌ててついてくる。

 夕方の時って……!?
 そういえば、あの時私は大門様のお部屋で昨夜のことで話をしていて、奥様と薫さんが出ていったって梨央ちゃんが飛び込んできたんだったわ!
 だったらこれも!?

「奥様! しっかりしてください!」

 奥様に抱きついて止めようとする。

「くうううっ!」

 なんて力なの!?
 とても普通の力じゃない!

「薫さん! どうしちゃったんですか!? きゃあああっ!」

 私の隣で、薫さんに抱きついて止めようとした梨央ちゃんがそのまま引きずられてしまう。

 これは、普段は体が制御している限界を超えて、無理矢理力を引き出されてるんだわ!
 おそらくは、遠隔操作で強制的に!

「奥様! どうかおとなしくしててください、奥様!」
「うっ……うう……ううー……!」

 私を振りほどこうとする奥様が暴れるのを、必死に抱きとめる。
 奥様の口からは、獣のような呻き声が洩れて、ものすごい力で私を振りほどこうとする。

 いけない……このまま無理に止めようとすると奥様の体を傷つけてしまう!
 それに……。

「薫さん! 止まってくださいよう! 薫さんったら!」

 梨央ちゃんを引きずったまま、薫さんはだいぶ先の方に行ってしまっていた。
 このまま、バラバラになってしまうのはかえって危険だ。

「梨央ちゃん! あんまり無理しないで!」
「でもっ!」

 私が腕を離すと、奥様は真っ直ぐ歩いてすぐに薫さんと梨央ちゃんに追いつく。

「無茶をすると奥様と薫さんに怪我をさせてしまうから、このまま様子を見ましょう」
「うん……」

 私の説得に、梨央ちゃんも薫さんから離れる。
 でも、その手は握ったまま離さない。

「ねえ綾さん、奥様たちはどこに行こうとしてるの?」
「梨央ちゃん……この先って、もしかして……」
「え? ……ああっ!」

 ふたりが歩いて行く先。
 そこには、夕方のあの公園があった。

 もしかして、大門様はあそこにいるの?
 そして、あの男も!?

「間違いないわ! やっぱり目指しているのはあの公園よ!」
「う、うん……」

 向こうに、公園の入り口が見えてくる。
 夕方のことを思い出したのか、梨央ちゃんの顔に怯えた表情が浮かんだ。

「梨央ちゃんはここで待ってて! 奥様と薫さんは私がなんとかするから!」
「だ、大丈夫……私も、私もみんなと一緒にいたいの!」

 せめて梨央ちゃんだけはここに残そうと思ったけど、唇を真っ青にしながら首を横に振る。

 そうこうしているうちに奥様たちは公園の中に入っていき、私たちもその後に続いて公園に入る。

「……っ!」

 公園に入るとき、結界に入ったのを感じた。
 でも、奥様も薫さんもかまわずにどんどん歩いていく。

「待ってください、奥様! 薫さん!」
「奥様! 薫さーん! どこまで行くんですか!?」

 ふたりを追いかけて公園の奥まで来たとき、そこにふたつの人影が立っているのに気づいた。

 ……あれは、大門様と……シトリーッ!

 遠目にも、あの姿は忘れるはずもない。
 私から全てを奪った、憎い仇が立っていた。

 大門様とシトリーが何か言い合っている。
 そして、声を荒げた大門様の体から魔力が溢れ出てきた。
 その量といい、濃密さといい、とても並の悪魔のものではない。

 これは、大門様の封印が解けかけているの!?

 これまでも、大門様の封印が緩んで大量の魔力を放出したのは何度か目にしたけど、その時とは魔力の濃さが圧倒的に違う。

 その時、大門様の体から赤いロープのようなものが2本飛び出してきて、奥様と薫さんの体に突き刺さった。

「これはっ!?」

 そのロープを伝って、大門様の魔力がおふたりの体に流れ込んでいって、奥様も薫さんも苦しそうに顔を歪める。
 同時に、大門様の周囲に漂う魔力が急速に薄れていく。

「「奥様っ!薫さん!」」

 私と梨央ちゃんの悲鳴が同時に上がる。

 こんな滅茶苦茶な魔力を流し込まれたら、生身の人間が保つはずがないわ!
 どうしたら……いったいどうしたらいいの!?

 おふたりを守らなければいけないのに、どうすることもできなかった。
 奥様たちに魔力を流し込んでいるこの赤い綱を断つ方法も、そもそもこれが何なのかもわからない。

 そこに、シトリーの楽しげな笑い声が聞こえた。

「無駄ですよ、大門さん。あ、それはそれとして、そこのふたりには少しおとなしくしていてもらいましょうか」

 そう言って奴が指を鳴らすと、30体ほどの悪魔が姿を現した。

「きゃあああっ、ご主人様!」

 梨央ちゃんが、悲鳴をあげて私にしがみついてくる。

 数自体はそれほど多くない。
 だけど、どれも夕方の悪魔とは全然格が違う。
 魔界でも上位クラスの上級悪魔も数体混じっている。

 これだけの悪魔を相手に……。
 いや、この程度の相手なら、私が本当の姿を現せばまだなんとかなるはず。
 でも……。

 大門様には、すでに私が天使であることは告げてある。
 しかし私は、その姿を現すのを逡巡してしまう。
 今はまだ、その時ではないとなにかが私の中で警告しているような気がした。

 躊躇いを抱えながら、大門様と目が合う。
 大門様も、魔力を吸い取られて苦しそうな表情を浮かべていた。

「大門様っ!」
「綾っ! 梨央を連れてここから逃げろ!」

 大門様の言葉に、ハッと息を呑んだ。

 ……この方は、こんな時でも私と梨央ちゃんだけは守ろうとしてくださっている。
 ご自分が危機に陥っている、こんな状況でも。
 そう、そうよね……大門様はそういうお方ですものね。
 たとえ自分が命を失うことになっても、大切な人間を守ろうとしてくれる。
 私にとっても、みんなにとっても、かけがえのないご主人様……。

 そんなご主人様を置いて逃げるなんて、私にはできない。

「いやっ、そんなことできません、大門様!」
「俺ならもう少しの間は粘れる。だから、梨央だけでも安全なところに連れて行ってくれっ。頼む!」

 即座に断った私に、さらに大門様が叫んだ。
 そして、同時にチラッと梨央ちゃんの方を見てもう一度私を見た、その視線。
 私やみんなのわがままやお願いをしかたなく聞いてくださる時と同じような、柔らかい光を湛えて、小さく頷いたような気がした。
 その目を見た瞬間に、大門様の思いが伝わってきた。

 ……戦ってもいいと、言ってくださるんですか?
 大門様を救うために、奥様と薫さんを救うために。

 もとより、それは私にとっても本望だった。
 私も戦いたいと、これまでも何度もお願いしてきた。
 それを、大門様はずっと受けいれてくださらなかった。
 だけど、今の大門様の目は、たしかに私を信じて全てを託すとおっしゃっていた。

 思わず、嬉しさで涙が溢れそうになる。

 私を信じてくださってありがとうございます、大門様。
 そのご期待に、きっと応えて見せます。
 だから、もう迷いません。

「大門様……わかりました」
「いやあっ、梨央はご主人様の側にいますっ!」

 大門様に頷き返すと、梨央ちゃんの手を引いてこの場を離れようとする。
 だけど、梨央ちゃんはいやいやをして動こうとしてくれない。

「早くしろっ! 綾っ!」
「ごめんね、梨央ちゃん」

 そうひとこと謝って、梨央ちゃんの鳩尾に当て身を入れる。
 そのまま、気を失った梨央ちゃんを抱えて走り出すと、いったんその場から逃れたのだった。

* * *

「少しの間、ここで待っててね、梨央ちゃん……」

 公園の入り口近くのベンチに梨央ちゃんを寝かせると、呪文を唱えてその周りに結界を張る。
 衝撃には弱いタイプだけど、結界の外からは梨央ちゃんのことが見えなくなる。
 これでしばらくは安全だろう。

 そして、改めて大門様のいるところに向かって走り出す。

 駆けながら呪文を唱えると私の体が光に包まれ、背中に純白の翼が現れる。
 そして、甲冑と愛用の剣も。

 そのまま、力いっぱい羽ばたくと大門様のもとに向かって全力で飛んでいく。

「大門さまーっ!」

 私がその場所に戻ると、状況はさらに悪化していた。

 大門様の体は青い光に覆われ、苦しそうな表情を浮かべたその体からどんどん力が抜けて行っている。
 その力が、内側のなにかに向かって吸い込まれていく気配がする。

 これは、封印術!?

 その気配から、なにかの封印術を使われていることがわかった。
 それに、大門様の生命力も、精神の気配もどんどん小さくなっていく。
 かなり危険な兆候を示していた。

 このままでは、大門様が封印されてしまう!

「大門様!」

 目の前の悪魔どもを薙ぎ払って、一直線に大門様のところに向かう。
 そして、その体に向かって必死に手を伸ばすと、自分の能力を一気に解放する。

 私の体が白い輝きに包まれると、その背中に触れた手を通じて大門様の体を包みこんでいく。
 そこから伝わってくる大門様の心は、頼りないくらいに弱々しく、ほとんど力を失いかけていた。

 お願い!
 大門様を助けて!
 私の全てを賭けるから!
 私の命を捧げてもいいから!
 どうかこの方を助けて!

 全ての力を使い切るつもりで、祈るような思いで大門様の心を繋ぎ止め、修復していく。

 トクン……。

 その時、私が触れた手の向こうで温かい鼓動を感じたような気がした。

 これは……大門様に精神の力が、甦ってきてる!

 さっきまで消えそうなくらいに弱っていた大門様の心に、力強さが戻ってきているのを感じた。

「なんだと、この力は? まさか、おまえっ!?」

 ようやく私が誰か気づいたのか、シトリーのうろたえる声が聞こえる。

 だけど、私はそんなことにはかまわず、大門様の精神を癒やし続けた。

「これは、糸が!?」

 大門様が、不意に驚いたような声をあげた。
 すると、大門様と奥様たちを結んでいた、あの赤い綱が断ち切れた。

「すまん、もう少しだけ辛抱してくれ」

 そのまま、地面に倒れ込んだおふたりに、大門様がそっと声をかける。

 そして、こちらに振り向いた大門様と目が合った。

「綾……」

 私の名前を呼んだ大門様の目に、優しい色が浮かぶ。

 大門様を励ますように、私は大きく頷いてみせる。

「ああ。このけじめは俺がつける」

 そう言って大門様も頷くと、あの男に向かって叫んだ。

「倭文いいいいっ!」

 すごい……これが解放された大門様の本当の力……。

 白く濃密な魔力の塊が、シトリーに襲いかかる。

 シトリーを守ろうとして立ちはだかった悪魔は、それに触れただけでことごとく消え失せてしまった。

「……っ!? くっ、させないわっ!」

 同時に、背後から大門様に襲いかかってきた悪魔を、私は剣を振るって薙ぎ倒す。

 そして、大門様から溢れた魔力があの男に殺到して……。

「ぐはっ」

 大門様の魔力が、シトリーを捕らえる。
 その様は、まるで巨大な拳がその体を握っているようだった。

「これでおまえも終わりだ、倭文!」

 残っていた悪魔を私が全て倒すと、急に静かになった公園に大門様の声が響く。
 だけど、あの男はまだふてぶてしい態度を崩そうとはしなかった。

「ふっ、たとえここで僕を消しても、いつかまた復活しますよ!」

 多少苦しそうではあるものの、シトリーはいまだ不敵な笑みを浮かべたままだ。
 しかし、大門様はその言葉に全く動じた様子はなかった。

「本当にそうか? おまえは俺の力を神に対抗しうるものだと言ったよな。だったら、俺に消されたら、いくらおまえが上級悪魔でも復活できないんじゃないのか?」
「くっ!」
「だいたい、俺の力をまともに見た奴はほとんどいないんだろ? それじゃ、復活できるかできないか、おまえにもわからないんだよな」
「それが、どうした!」

 大門様に言い負かされる形になって、プライドを傷つけられたようにシトリーの顔が歪む。

 実際、私だってこんな力を見るのは初めてだった。
 それでも、こんな高密度の魔力の塊で消し去られた者は、肉体どころが魂まで瞬時に消滅してもはや復活など叶わないだろうと思える。

「まあ、たとえ復活したとしても、また消してやるだけだ」

 自信に満ちたその言葉に、私は大門様の勝利を確信する。

 それなのに、もう後がないはずのシトリーの笑い声が響いた。

「ク、ククク!」
「なんだ、なにがおかしい!?」
「大門さんこそ、僕を消してしまっていいんですか」
「なんだと?」

 大門様はもちろん、私もこの男が何を言おうとしているのかわからなかった。

「あなたが自分の家族だと言っている女たち。彼女たちは、僕があなたに与えた力で従えたんでしょう? 僕を消してしまうと、彼女たちの心もあなたから離れてしまいますよ」

 ……この男!

 冷静に考えたら、シトリーの言っていることは最後の悪あがきにすぎない。
 だけど、それが大門様の最大の弱み。
 たしかに、さっきこの男から電話がかかってくる前に、大門様は奥様たちを自分から解放しようとなさった。
 だけど、それはみんなを守るため、みんなのことを愛しているからあの決断をしたのだ。
 奥様も薫さんも冴子さんも梨央ちゃんも、大門様にとってかけがえのない大切な人たちだからこそ。
 そんな奥様たちとの絆がなくなってしまうことを、大門様が怖れていないわけがない。

「そっ……」

 口を開きかけた大門様の唇が、小刻みに震えている。

 大門様!

 さっきまで、なにを言われても動じなかった大門様が明らかに動揺している。
 この男の言葉に、怯みかけている。

 わ、私が励まさないと!
 で、でも、なにを言えば……。

 この状況で、どう言えば大門様を励ますことができるのかわからずに立ち尽くす。

 しかし、その時だった。

「「そんなことはないわ!」」

 ……この声は、奥様と薫さん?
 そんな……気を失っていたはずじゃ!?

 公園に響き渡った声がした方を見ると、奥様と薫さんが苦しそうに体を起こそうとしていた。

「たとえあなたなんかいなくても、そんな力がなくてもっ、私たちの心は武彦さんから離れたりしない!」
「その通りよ。局長は私たちを愛してくれる。だから、私たちも局長を愛し続ける!」

 それだけ言うと、ふたりはまたその場に突っ伏した。

「なっ、愛だとっ。認めないっ! 僕はそんなものは認めない!」

 ふたりの言葉に、シトリーの顔からさっきまで浮かべていた笑みが消える。
 顔を真っ赤にして、向きなって奥様たちの言葉を否定する。

「倭文、さっきおまえは言っていたよな。人の力を利用するのがおまえのやり方だと」

 そこに、大門様の静かな、しかし力強い声が聞こえた。
 見ると、さっきまでの動揺はすっかり消え失せていた。

 奥様……薫さん……ありがとうございます……。

 ふたりの言葉が、大門様を立ち直らせた。
 みんなの絆を、それぞれの愛の深さを感じて、自分の目から涙がこぼれ落ちていくのを止めることができない。

 一方のシトリーは、完全に冷静さを失っていた。

「それが、どうしたというんですっ!?」
「だったら、俺は自分の力でこいつらを守り、愛し、こいつらの心をを繋ぎ止めてみせるっ。それが俺のやり方だ!」
「くっ!」

 大門様の力強い言葉に、シトリーはたじろぎ、屈辱に表情を歪める。
 もう、悔しさに言葉も出てこないかのように唇を噛んでいた。

 そして、大門様が宣言する。

「俺の前から消えろ、倭文!」
「ぐわあああああっ!」

 大門様の魔力が完全にシトリーを包みこみ、その悲鳴が響く。
 そして、文字通りその存在そのものが完全に消滅した。

 終わった……これで全て終わったのね……。

 あの男が消滅して、目の前の危機は去った。
 それに、姉さまの、みんなの仇も大門様がとってくださった。
 それなのに、私は手放しで喜べないでいた。

「大門様……」

 おずおずと声をかけると、大門様がこちらに振り向いた。
 そして、私の姿を見て微かに微笑む。

「綾、こうやって見ると、おまえ、本当に天使なんだな」
「ええ」

 この姿を見られるのはやっぱり気恥ずかしくて、顔が熱くなってくるのを感じる。
 でも、微笑みながらも大門様の表情はどこか強ばっている。
 それは、きっと私もそう……。

「大門様、これで、全て終わったんですね?」
「ああ」

 そう言って頷くと、大門様は奥様たちの方へと歩いて行く。

 私も急いでその後に続くと、ふたりの体に両手をかざして力を発動させた。
 すると、ふたりの体が白い光に包まれる。

「これが私の力、精神に影響を及ぼす邪悪な力を遮断し、精神を安定させ、正気を保たせます。ある程度なら、精神的なダメージを回復させることもできます」

 大門様に説明しながら、奥様たちの精神の状態を見る。

 ……酷い、精神がボロボロだわ。
 あれだけの魔力を注ぎ込まれた影響ね。
 でも……うん、修復不可能なほど深刻じゃないわ。
 これなら……。

 さっき大門様の心を戻すのにだいぶ使ってしまったから、それほど力は残っていない。
 でも、このふたりの精神を修復することくらいはできそうだった。
 いや、たとえ力を使い果たすことになっても奥様と薫さんを助けることを躊躇ってなどいられない。

 ……うん、もう大丈夫。

 ふたりの精神のダメージを回復させると、大きく息を吐く。
 後は、少しの間休んでいたら自然と修復されるはずだ。

「おそらく、大量の魔力の媒体にされて、精神に負荷がかかりすぎたんでしょう。さいわい、深いダメージは受けていないみたいですから、奥様も薫さんも、2、3日も休めば目を覚ますはずです」

 私の言葉に、ようやく大門様の顔に安堵の表情が浮かぶ。

「ああ。それで、梨央は?」
「向こうのベンチに寝かせて、周りに結界を張っておきました。だから大丈夫です」
「そうか」

 今度は、梨央ちゃんの心配だった。

 本当に、大門様はみんなのことを大切に思ってらっしゃるのね。

 この方の側にいると、本当に心が温かくなる。

 だけど、まだ全てが終わったわけじゃない。
 私には、まだやるべきことが残っている。
 大門様のところに私が来た、本当の理由に関することで。

 私は、意を決して口を開いた。

「大門様、天界は、あなたが魔界にいたときから警戒を怠ったことはありませんでした。数年前、あなたが人間界に出てきたことを知って、天界は近くで監視する者を派遣することに決めたんです」
「それが、おまえだったってわけか」

 私が明かした話に、大門様が納得したように頷く。

 本当は、自分の立場や任務のことを考えると、監視対象にこんな話をしてはならないのだろう。
 だけど、これ以上この方に隠し事をしたくなかった。
 だからずっと前から、その時が来たら全てを話そうと心に決めていた。

「はい。あの男によって私たちの部隊が壊滅させられた後、唯一の生き残りの私は、今の上司に拾われて、諜報や潜入を担当する部署に移ることになりました。それで私は、命令を受けて大門様の家に入り込むことになったんです。その後のことは、大門様も知っての通りです」
「おまえは、倭文が俺と関係があることは知っていたのか?」
「はい。ただ、私の任務は、あなたの封印が解けないように、あなたのすぐ近くで見張ること。そして、何かあったら天界に報告することです。まさか、魔界があんなことになるとは、私も想像していませんでした。あの男が魔界を乗っ取ったことを私が知ったのは、つい最近のことなんです」

 大門様の質問に、包み隠さず答える。
 それが、これまで全てを話さずにいた私にできる精一杯の誠意の示し方だった。

「それで、おまえはここに来た本当の理由を俺に話さなかったわけか」
「はい。天界としては、その力のことは知られたくなかったので……」

 私の話を聞きながら、大門様はしゃがみ込んで奥様と薫さんの頬をそっと撫でる。
 そして、ぼそりと呟いた。

「幸も、薫も、冴子も、みんなこんなにボロボロになってしまって。まったく、主人失格だな、俺は」
「大門様……」

 哀しそうなその背中に、かける言葉が見つからない。
 その姿は、励ましすら拒んでいるように思えて、見守っている私を不安にさせる。

「みんなを守るって言ったのに、こいつらをこんなにしてしまって。それに、守るはずのおまえに守られて、みっともないったらありゃあしないな」
「そっ、そんなことはありません、大門様」

 大門様の言葉を、必死に否定する。

 やっぱり、すごく嫌な予感がする。
 なにか、破綻を感じさせるような、そんな予感が。

「綾、もういいよ」
「え?」
「おまえは自分のいるべき場所に戻れ」
「どういう、ことですか?」

 一瞬、その言葉の意味していることが理解できなかった。

「俺には、おまえの主人でいる資格なんかありゃしない。だから、おまえも天界に帰るんだ」
「そんな、大門様!?」

 怖れていた言葉が、大門様の口から告げられた。

 食い下がろうとした私に追い討ちをかけるように、大門様は言葉を続ける。

「どうせ俺の封印が解けて力が覚醒したからには、それを報告しなければならないんだろ。だったら、もう、俺の下僕の真似事なんかしなくていいさ。おまえは、おまえ本来の任務に戻れ」

 私に反論も拒否も許さないような、取り付くしまのない大門様の口調。

 私は……もう大門様の下僕でいることはできないの?
 そんな……私、どうしたら。

 目の前が真っ暗になって、完全に打ちのめされた思いだった。
 はじめは任務のはずだったのに、私は心の底からこの方と一緒にいたいと思うようになっていた。
 本当に、大門様の下僕になってしまったと自分でも思っていたのに……。

 でも、それが叶わないのなら……。

 もう、私にできるのは自分の任務をこなすことしかないのかもしれない。
 せめて、最大限この方のためになるように。

「……それでは、任務ですのでダイモーンと呼ばせていただくことにします。あの、私から提案があるのですが、天界に力を貸していただけませんか、ダイモーン」

 ダイモーン……それが、天界で呼ばれていたこの方の呼び名。
 太古の混沌の中から生まれた原初の魔だとして、ただ魔そのもを指すその呼び名で呼ばれていた。

 だけど、今の私にはそれは違うとわかる。

 さっき、この方の本質を見たような気がした。
 奥様たちのことをどこまでも大切に思い、それを傷つける者に対しては激しく牙を剥く。
 おそらく、この方は魔とか人とか神だとか、そして善とか悪とか、そんな枠では括れないのだろう。
 きっと、原初の魔ではなく、混沌から生まれた、最初の純粋なる存在。
 だからこそ、あれほど深く人を愛することができ、それ故に自分の大切な者を奪おうとする相手は、その何者にも止めることはできない比類なき力を持って消し去ってしまう。
 そんな存在であるが故に、魔界も天界もこの方を怖れたのだ。
 何者も及ばない力を持っていながら、どちらに属するのかすらわからない。
 それ故、封印されてしまった存在。

 だけど、この方は封印されるべき存在じゃない。
 ごくごく普通に、幸せに生きることくらい許されてもいい。
 だいいち、奥様たちにはこの人が必要なんだから。

 せめて、それを上層部に認めさせる手助けをしたい。

「なんだと?」

 こちらに振り向いた大門様の表情は、依然として強ばったままだった。
 だから、必死になって説得を試みる。

「今回のことはあなたの力がなければ解決できませんでした。その功績は、きっと上層部も認めてくれるはずです。それに、あの男が消えた以上、魔界は大混乱に陥るでしょう。その余波が人間界に及ばないとは限りません。だから、私たちに協力してください。私からも上に掛け合ってみます。だから、お願いします、ダイモーン」
「……」

 大門様からの返事はない。

「ダイモーン……」
「ダイモーンじゃない」

 もう一度名を呼ぶと、ぼそりと呟くような返事が返ってきた。

「えっ?」
「俺の名前は大門武彦だ。綾、戻っておまえのボスに伝えろ。俺は天界に協力する気はないってな。もちろん、天界とケンカをする気はないし、魔界の奴らが襲ってきたら追い払う。だが、俺は誰ともつるむ気はない。俺は、自分の力で幸たちを守る。今度こそ、俺自身の力でな」

 そう言って、大門様が真っ直ぐに私を見つめる。
 その、固い決意を秘めた瞳に、もう何も言い返せなかった自分が悔しく、悲しかった。

* * *

 ――天界。

 あれから直ちに私は天界に戻り、ミュリエル様に報告した。
 あの方の封印が解けてしまったこと。
 でも、その力であの方がシトリーを倒したことを。

「そうですか……とうとう封印が完全に解けてしまいましたか……」

 そう呟いたきり、ミュリエル様はじっと考え込んでいる。
 今後どうしていくか、方針がなかなか立たない様子だった。

 だから、私は天界に戻る途中に温めていた考えを提案してみることにした。
 本当は、私にはそんなことができる権限はない。
 だけど、言わずにはいられなかった。

「あの、ミュリエル様……」
「ん? なんですか?」
「ずっと監視をしていて感じたことなのですが、かれは……ダイモーンは危険な存在ではないと思います。それはたしかに、強大な力は持っていますが、かれ自身が言っているように、かれと、その周辺を脅かすようなことさえしなければ天界に仇なすことはないかと。それに、ダイモーンは、あのシトリーを倒してその陰謀を阻止しました。それを認めて、以後も私が監視を続けるということで任せていただけないでしょうか?」
「……アーヤさん?」

 ミュリエル様の、静かな視線が私を見つめる。

 もちろん、私には後ろめたいことはなにもない。
 ただ、あの方と一緒に暮らしてその人となりを間近で見て、そして、あの戦いを共に戦って感じたことを正直に言っているつもりだった。

 だけど、自分が本当はどうしたいのか、私自身ですらまだ気づいていなかった。

 少しの間、沈黙の時間が流れる。

 そして、ミュリエル様が口を開いた。

「たしかに、今のところは危険がないのかもしれません。しかし、かの者の力はやはり強すぎます。この先、かの者の心が荒み、その力を暴走させないとも限りません」
「そんなことは私がさせません! 私が側についている限り、あの方の力を暴走させるなんてことは絶対にさせません!」

 考えるよりも先に、そう口に出してしまっていた。
 だけど、それでようやく私は自分の本当の気持ちに気づいた。

 私は、あの方の支えになりたい。
 この先ずっと、あの方を支えていく存在に。
 それはきっと、私にしかできないことだから。

 そんな私を、ミュリエル様はいつもの穏やかな表情で見つめている。

 その顔が、不意にふっと微笑んだ。

「……しかたないですね」
「ミュリエル様! ……それでは?」
「そういう顔をしているときのあなたはなにを言っても聞きませんから。初めてあなたと会った、あの時もそうでした」

 私を咎めているわけでも、呆れているわけでもない、いつもの物静かな口ぶり。

「ありがとうございます! ミュリエル様!」

 頭を下げてミュリエル様の厚意に礼を述べる私の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 そんな姿を見て、ミュリエル様がクスッと声をあげて笑う。

「まあ、かの者の封印が完全に解けたとなっては、今の魔界と天界では再封印は不可能ですしね。どのみち、私たちとしては何か起こらないように監視を続けることしかできないですから。それに、間近でかの者を見てきたあなたがそう感じたのなら、私はそれを信じようと思います」
「ミュリエル様……」
「でも、ちゃんと定期的に私に報告してくださいね、アーヤさん」
「はい、もちろんです!」

 子供のようにはしゃいでいる私を見て、ミュリエル様が目を細める。
 しかし、すぐに少しだけ厳しい顔になった。

「でも、本当にいいのですか、アーヤさん? ゴールのない、苛酷な任務になるかもしれませんよ」
「はい、それは覚悟してますから」

 ミュリエル様のおっしゃることはよくわかる。
 でも、だからこそ私にしかできないのだと、そう思っていた。

「そこまで言うのなら、もう私にはなにも言うことはありません。で、いつから任務に就きますか?」
「はい! これからすぐに向かおうと思います!」
「おやおや……」

 立ち上がって敬礼した私に、ミュリエル様は苦笑いを浮かべたのだった。

* * *

 ――大門邸、早朝。

 あれから大急ぎで地上に降りて、なんとか朝までにお屋敷に戻ってくることができた。
 たぶん、昨夜のことがあるから大門様も梨央ちゃんもまだ目を覚ましていないだろうと思う。

 屋敷に入った私は、まずは冴子さんの寝室に向かった。

 まだ意識の戻らない冴子さんの傷口に巻いてある包帯をとり、天界から戻るときに持ってきた傷薬を塗る。
 なにより、悪魔に負わされた傷だから、人間界の薬よりもはるかに効果があるはずだ。

「これでよし……っと」

 薬を塗って、包帯を巻き直す。

「本当にありがとうございます、冴子さん。早く、よくなってくださいね」

 私を庇って怪我をした冴子さんに、改めて深々と頭を下げる。
 冴子さんの意識が戻ったら、もう一度ちゃんとお礼を言わないといけないわね。

 冴子さんの部屋を出ると、続けて奥様と薫さんの寝室に向かう。

 能力を使って精神の状態をチェックする。
 ふたりとも、思っていた以上に回復が早かった。

「よかった……これなら、早ければ明日には目が覚めるわ」

 おふたりの回復具合に、私は胸を撫で下ろす。

 そして、自分の部屋に入るとクローゼットを開く。
 そこに、ここでの私の仕事着が入っていた。

 昨夜、大門様にはああ言われたけど、もう私の心は決まっていた。
 ここで、この家のメイドを続けるつもりだ。
 もし、帰れと言われても引き下がらない。
 押しかけ下僕になってやるんだから!

 メイド服を身に着けると、鏡の前で身なりをチェックする。

 カチューシャは大丈夫……エプロンも歪んでないわね。
 ……うん! やっぱりこうでなくっちゃ!

 なんだか、このメイド服を着るのが少し恥ずかしかったのが、ずいぶんと昔のように思える。
 本当は、ほんの数ヶ月前のことなのに。

 そして、部屋を出て、大門様の寝室に向かう。

 やっぱり、いざとなると少し怖くなってくる。
 大門様は、どんな対応をなさるだろうか?
 部屋に入れてさえもらえずに追い返されたらどうしよう……。

 悪い展開ばかり思い浮かんで、緊張に表情が強ばってくるのが自分でもわかる。
 でも、この中にいる方に会わないとなにも始まらない。

 さっきの決意はどこに行ったのよ!?
 しっかりしないと!

 自分で自分に気合いを入れて、部屋の前で、ふううぅ、と大きく深呼吸してから、そのドアをノックした。

* * *

 私の姿を見た大門様は驚いたような顔を浮かべたけど、そのまま部屋の中に入れてくださった。

 ベッドに腰掛けた大門様の前で、私は正座をして深々と頭を下げる。

「おまえのいるべき場所に戻れと、天界に戻れと、昨日俺はああ言ったはずだが、なんでおまえがここにいるんだ?」
「天界は、あなたを敵とは見なさないと決定しました。やはり、今回の事件でのあなたの功績を認めてくれたんです。ただ、放っておくわけにもいかないので、監視役を近くにおいておくことになりました」

 まずはじめに、形式的な報告をすませておく。
 そう、これはあくまでも天界の任務としての事務的なことなんだから早く終わらせてしまって、その後、私の本当の気持ちを伝えるの。

「で、それがおまえってわけか」
「はい」

 頭の上から降ってくる大門様の口調に咎めるような響きがあるし、表情も少し硬い。

 うーん、どうしたらいいのかしら……?
 ……て、しっかりするのよ!
 押しかけ下僕にでもなんにでもなるって決めてここに来たんじゃないの!

 だから、だから……。

「それに……」

 そこでいったん下を向くと、一生懸命に緊張を解す。

「それに?」
「私はこの家のメイドですから!」

 大門様が聞き返してきてから、顔を上げていっぱいに微笑んだ。

「いや、それはもういいって言っただろうが」

 あれ? やっぱりまだ大門様の表情がすぐれないわ。
 でも、こればっかりは絶対に引き下がらないんだから!

「私のいるべき場所に戻れと大門様は昨日仰りましたよね? 私のいるべき場所は、ここ以外にないんです!」

 そう言っても、まだ大門様は笑ってくださらない。
 困ったわ……どうしよう?
 ……そうだ!

「いや、だからそれはっ、て、おい! 何してんだ!?」

 膝立ちになって大門様ににじり寄り、ズボンのベルトを外していく

「私の主人でいる資格がないと、大門様が思うのは大門様の勝手です。でも、大門様がどう思おうと、私は大門様の下僕ですから!」

 ズボンごとパンツをずらせると、大門様のおちんちんが丸見えになる。
 まだ柔らかいそれを握って、くにくにってすると、私の手の中でだんだん硬くなっていく。

 私、やっぱり天使失格かもしれない。
 こんなはしたないこと、天使にあるまじきことをしてるのに、なんだか嬉しくなってくる。

 それは、きっと大門様だから。
 大門様のことが大好きだから、こんないやらしいことも平気でできるの。

「ね、いいですよね? お願いします、大門様」

 大きくなってきたおちんちんを軽く扱きながら、上目遣いにねだる。

「まったく、天使のくせに。地獄に堕ちるぞ、おまえ」

 やった!
 戻ってきて、初めて大門様が笑ってくださった!

 もしかしたら、単に呆れられてるだけなんだろうけど、そんなことはどうでもいい。
 大門様が笑顔を見せてくださったことが、本当に嬉しい。

「たとえどこであっても、大門様の行くところに私はついて行きますから。ん、はむ、んっ、んっ、ちゅるるっ」

 手の中で、硬く、熱くなっているおちんちんを感じると、どうしようもなく胸が切なくなってきて、口を近づけるとそのまま咥え込む。

 ん、おいし……。

 いや、よくよく考えたらおいしいってわけじゃないんだけど、なんていうか、こうしてる雰囲気がおいしいっていうか。
 私の口の中で、熱く脈打っている大門様のおちんちんを感じると、心の底からキュンってなっちゃう。

「ちゅ、じゅるっ、ちゅるるっ、んちゅ」

 親指と人差し指で大門様のおちんちんを囲って扱きながら、唇をすぼめ舌先で舐め回していく。
 これは、前にみんなで一緒にエッチしたときに冴子さんがやっていた。
 なんかすごくいやらしくて、でも、すごく素敵で、やってみたいと思ってたの。

「綾、いつの間にそんなこと覚えたんだ? おまえ、本当に天使かよ」
「くちゅっ、じゅっ、んっ、あふ。ふあ、そんなこと、言わないでくださいぃ」

 呆れ顔で大門様が言うから、さすがに恥ずかしくなる。
 だけど、火のついた気持ちはもう止められない。

「ちゅ、あふ、はふ、あ、大門様の、また大きくなって。感じてくださっているんですね。んふ、ちゅるっ、ん、ん、んふ」

 大門様のおちんちんがドクンッて脈打って、さらに硬くなるのが指先に伝わってくる。
 もう、堪らなくなった私は、口いっぱいにおちんちんを頬張って舌を絡める。

 口の中で、大門様のおちんちんがすっごく熱くなって、ビクビク震えてる。
 きっと、もう出そうなんだわ。

 射精が近いのを感じると、ますます気持ちが昂ぶっておちんちんをしゃぶるのに熱が入る。

「ん、んふ、ん、ん、ふ、んっ、んんっ、んちゅっ、んむむっ、んんんんんんっ!」

 一心不乱に頭を振っておちんちんを扱いていると、その先からぴゅぴゅって熱いのが噴き出してきた。
 反射的におちんちんを深く咥え込んで、大門様の精液を一滴も逃さないようにする。

 熱くてドロッてして濃い味が、口の中いっぱいに広がっていく。

「ちゅる、ふあ、ん、ほあ、ほんなに、いっはい。ん、こく」

 その味と匂いにくらくらしながら、いったん口を開けて精液を全部受け止めたことをお見せしてから、喉を鳴らせてそれを飲み込む。

「んふう、おいしい」

 思わず、口に出てしまう。

 喉に絡まるその感触と、息を吐いただけでいっぱいに広がっていく大門様の匂い。
 唇にこびりついている精液を舌ですくうと、しょっぱいような苦いような味が広がっていく。

 ……やっぱり、おいしいかも。

 大門様の精液を飲んだだけで、夢見心地になってくる。
 でも、私の目の前のおちんちんはまだ大きくて、ツンと上を向いていた。

「ん、ああ、大門様のおちんちん、まだこんなに大きい」

 うっとりと眺めながら、指先でさする。
 さっきから、じっとりと汗ばむくらいに体が熱くなって、息苦しいくらいにドキドキしていた。

 我慢できなくなって、立ち上がって服を脱いでいく。

「大門様、どうか、私に……」

 裸になって、大門様の足を跨ぐようにして抱きついた。
 大門様の体温が私に伝わってきて、胸がポカポカしてくる。

「綾、おまえ、幸たちの命に別状がないからって、あいつらが寝てる間に俺を独占する気じゃないのか?」

 大門様が、からかうように訊いてくる。

「私がそんなことするはずないじゃないですか」

 本当に、独り占めするつもりは全くない。
 ただ、奥様たちには悪いけど、今はこうやって大門様の愛情を感じていたいだけ。

 そんな私の胸の内を見透かしたように大門様が苦笑いを浮かべる。

「確信犯だろ、おまえ」
「奥様たちなら大丈夫ですよ。明後日までには必ず目を覚まされます。冴子さんも、天界から持ってきた傷薬で先程治療しておきましたから、程なく目を覚ますはずです。おそらく、後遺症も残らないでしょう」

 あと数日もしたら、元通りの平和な毎日が戻ってくる。
 それがわかっているから、私も安心して大門様に甘えていられるんだけど。

 私の言葉にホッとしたように、大門様も表情を緩める。
 しかし、急に真剣な顔になった。

「そうか。……なあ、綾、ひとつ訊いてもいいか?」
「なんですか、大門様」
「あの時、倭文の奴が、自分を消すと幸たちの心が俺から離れていくと言っていただろ」

 そう言ったときの、大門様の不安そうなお顔。

 やっぱり、あの男の言ったことを気にしておられたんだわ。
 でも、きっと大丈夫。

 それに関しては、私には確信があった。

「いやだ、そんなこと、本当に気にしていたんですか?」
「しかしだな」
「大丈夫ですよ。最初のきっかけはあの男の道具によるものだったとしても、奥様たちには、今まで大門様と過ごした時間があります。その間に深められた絆があるんです。だから大丈夫ですよ」

 そう……。
 この方には、そんな道具なんかなくても人を惹きつける力がある。
 それはたしかに、こうやって大門様の所に私も含めて5人の女の子が集まったのはその道具によるものだし、それはやっぱり普通じゃないとは思うけど……。
 でも、大門様はみんなを分け隔てなく愛してくださるし、大門様といたらみんな幸せでいられる。
 だから、これでいいと思うし、きっとみんなの心は離れることはないと思う。

「そ、そうか」
「ええ、大門様は最高のご主人様です。大門様と一緒に過ごした時間が一番短い私が言うんですから間違いないですよ。ね、だから、大門様のおちんちん、私の中に挿れさせてください」

 本当に、大門様がどれだけ素敵な方なのかは、この僅かの間に充分すぎるくらいに知ることができた。
 もう、片時も離れていたくないほどに私はこの方に心惹かれてる。

 なのに、大門様は呆れたような笑みを浮かべた。

「おまえ、「だから」の使い方間違ってないか」
「そんなこと言っちゃ嫌です。ねえ、お願いします、大門さまぁ」

 大門様の肩に両手をついて、イヤイヤと首を振る。
 もう、アソコの奥が痛いくらいにジンジンと疼いていて、欲しくて欲しくてたまらなくなっていた。

「ね、大門様の、こんなに大きいんですよ」

 大門様に顔を寄せて、思いっきり甘えた声でおねだりする。
 こうやって跨がっているだけで、アソコからはおツユが溢れてきているのがわかった。

「しかたのないやつだな、いいだろう」
「ありがとうございます! 大門様!」

 呆れ顔の大門様から許可が下りると、私は歓びに胸を膨らませて腰を浮かせると、硬さを保ったままのおちんちんを掴む。
 それをアソコの入り口に当てると、そのまま腰を沈めていく。

「ん、はんんんんっ!」

 んっ……大門様のくびれたところがアソコの入り口を擦っただけで、頭の中がふわぁってなっちゃう。

 そのまま腰を下ろすと、その、硬くて熱いものが息苦しくなるくらいに押し広げながら入ってくる。
 アソコの内側をいっぱいに擦られて、雷に打たれたみたいに全身をビリビリと気持ちのいい電気が走って、背筋がピクンッて反り返ってしまう。

「ああっ、すごいっ! 大門様のおちんちん、私の奥まで入ってっ、すごく気持ちっ、イイですっ! ああっ、大門さまぁ!」

 奥におちんちんが当たると、ズンって快感が響いてアソコ全体がキュッて締まっちゃうのがわかる。
 そのまま腰を浮かせて沈めると、またおちんちんがアソコの中を擦って、奥に当たってきゅうんってなる。
 だめ、こんなの気持ちよすぎて、腰を動かすのが止められなくなっちゃう!

「んんっ、こうするとっ、奥の方までっ! ああんっ!」

 腰を上げ下げするときに、お尻を回すようにして捻りを加える。
 そうすると、おちんちんがアソコの中で暴れるみたいにあっちこっちに当たって、もっと気持ちよくなれる。

 そうやって、私が夢中になって腰を動かしていると……。

「あっ、綾さんったら何してるんですか!」

 梨央ちゃんの大声が部屋に響く。
 そっちを見たら、入り口のところで梨央ちゃんが怖い顔をして腕を組んでいた。

「もうっ、奥様たちが寝込んでいるこんな時に!」
「はんっ、んっ、だ、大丈夫よ、梨央ちゃん。奥様たちはもうすぐ目を覚まされるから。あんっ、はあっ」

 大門様に抱きついて、おちんちんの硬さをいっぱいに味わいながら答えると、ますます梨央ちゃんの顔が怖くなる。

「そういう問題じゃないんですっ!」

 梨央ちゃんったら、どうしてそんなに怒ってるのかしら?
 あっ、そっか!

「あっ、そうかぁっ、梨央ちゃんも一緒にえっちしたいのねっ、あうっ、んんっ」

 そうだわ、私が抜け駆けして大門様を独り占めしてたから怒ってるのね!

「もう、綾さんったら! 私の方がここでは先輩なんですからねっ!」

 ええっ!?
 なんでまだ怒ってるの!?

 どうして梨央ちゃんが怒ってるのか、全然わからない。
 梨央ちゃんも、大門様と気持ちいいことしたいはずなのに。

 その時、私を抱きしめながら大門様が声をあげて笑った。

「梨央、だからおまえはガキなんだよ。ほら、加わりたいんなら拗ねてないでこっちに来たらどうだ」
「で、でもっ、ご主人様」
「一緒にやりたいのかやりたくないのかどっちなんだ、梨央」
「ううう、したいですぅ」

 顔を真っ赤にして、もじもじしながら梨央ちゃんが答える。

 なんだ、やっぱり梨央ちゃんも一緒にしたかったんじゃない。

「じゃあ、さっさと服脱いでこっちに来い」
「さあっ、こっちにいらっしゃい、梨央ちゃんっ」
「もうっ、綾さんったら」

 大門様と私の誘う声にブツブツ言いながら、梨央ちゃんがメイド服を脱いでいく。

「んんっ、大門様!? きゃんっ!」

 いきなり、大門様が私を抱いたまま足を上げてベッドの上に仰向けに寝転んだ。
 その衝撃がアソコの奥にずぅんって響いて、頭がクラクラしてくる。

「ほら、こっちだ、梨央」
「こう、ですか、ご主人様? ああっ! ひゃん!」

 大門様が手招きして、自分の胸の上に梨央ちゃんを跨がらせる。
 ちょうど、私と向かい合うような姿勢で。
 そこに、大門様がお尻の側から手を挿し込むようにして梨央ちゃんのアソコに指を入れると、甘い悲鳴が響いた。

「なんだ、おまえ、もうこんなにグチャグチャに濡らしてるじゃないか」
「やっ、それはっ、あのっ」
「まったく、素直じゃないやつだな」
「ひゃあっ、ごっ、ご主人さまぁ!」

 大門様の指が動くたびに、梨央ちゃんがビクンと腰を浮かして喘ぐ。
 私の位置からは、梨央ちゃんのアソコからトロトロとおツユが溢れ出しているのが丸見えだ。

 やだ、梨央ちゃんったら、なんていやらしくて、なんて可愛いの……。

「んんっ、あふっ、ちゅ、ん、梨央ちゃんのおっぱい、大きくて、柔らかくて、気持ちいい」

 目の前でぷるんと揺れている梨央ちゃんのおっぱいに顔を埋めて、そっとキスする。

 プニプニと、大きくて柔らかいマシュマロのような感触が心地いい。

「やっ、綾さんったらダメですっ! 梨央のおっぱいは、ご主人様のモノなんですぅ!」
「んふ、そんなこと言わないで、梨央ちゃん。私、梨央ちゃんのこと大好きなんだから」
「わ、私も綾さんのこと好きですけどぉ。きゃっ、ご主人さまぁっ! ひゃうんっ、あああっ」

 私に乳首を吸われ、大門様の指でアソコの中を掻き混ぜられて、梨央ちゃんは体を捩るようにして喘いでいる。

「あっ、大門さまっ! そんなに強くっ、突かれたらっ! んんんっ、激しいっ!」

 いきなり、大門様が下から突き上げてきて、おちんちんがゴツンッて響くくらいに奥にぶつかってきた。

 そのまま、ベッドのスプリングを利用して反動をつけながらズンズンと突き上げられるたびに、目の前で火花が散る。
 バランスを取ろうとして、ぐっと手に力を入れると、ぷにっと柔らかい感触がした。

「ひゃあっ、ご主人さまっ! きゃうんっ! あっ、ああっ、綾さんっ、今そんなに強くおっぱい握ったら感じちゃいますぅ!」
「あんっ、はんっ、ああっ、だって、梨央ちゃんっ、大門さまのがっ、すごくてっ!」

 片方の手で梨央ちゃんのおっぱいを鷲掴みにして、もう片方の腕で梨央ちゃんを抱きしめて、大門様のおちんちんで突かれるのに身を任せる。
 もう、全身が気持ちいいのでいっぱいで、ものすごく幸せな気分だ。

 ……そうだ。
 奥様と薫さんが目を覚まして、冴子さんの傷が治ったら、またみんなで気持ちいいことをいっぱいしよう。
 みんなと一緒に過ごせるこの幸せを、もっと楽しみたい。

 ふと私は、天界から戻る間際にミュリエル様に言われた言葉を思い出していた。

 大門様は人間ではないから、奥様たちの方が絶対に先に行ってしまう。
 みんなに先立たれたときに、大門様の心が孤独に苛まされないようにその傍らにいることができるのは、やはり人間ではない私だけ。

 それは、私が自分で決めたことだ。
 この先ずっと、この方の隣で生きていこうと。
 この方の寂しさを、癒し続けていこうと。

 この方は、あの男を倒して姉さまの、そして部隊のみんなの仇を取ってくれた。
 その恩返しという意味もあるかも知れない。
 だけど、なによりも私がこの方に心惹かれているから。
 世界中の誰よりも大門様のことを愛しているから。

 ……悪魔になり損ねた男と、天使からはみ出してしまった女。
 きっと、これは運命なのかもしれない。
 この先、永遠ともいえる長い時間を、ふたりで寄り添いながら生きていく。

 だけど、今この瞬間は、みんなとの幸せな時間をかみしめていたい。
 奥様と、薫さんと、冴子さんと梨央ちゃんと、そして大門様と私。
 かけがえのない人たちとの、かけがえのない時間を大切にしたい。

「あっ、綾さんっ、次は、梨央がご主人様に挿れてもらう番ですからねっ!」
「もっ、もちろんよ梨央ちゃんっ。大門様に出してもらったら交替してあげるっ! はあんっ!」

 私に抱きついてきた梨央ちゃんの、不満げな、それでいて甘い声が耳許で響く。
 大門様のおちんちんでいっぱいに突き上げられながらそれに答える私の声も、甘く蕩けている。

 なんだか頭の中がふわふわして、気持ちいいことしか考えられなくなる。
 アソコの中で暴れる、大門様のおちんちんのことしか考えられない。

 そのまま、心も体も快感と幸福感で塗りつぶされていくのを感じながら、私は夢中になって腰を振り続けたのだった。

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