馴奴 六 1週目

1週目

 それは、秋も深まってきた11月初めのことだった。

 保健室。

「そういえば、木下先生は図書室の管理も担当しておられましたね」
「はい?そうですけど?」

 保健室にやってきた木下佐知子(きのした さちこ)に、保健医の竜泉寺岳夫(りゅうせんじ たけお)が何気なく訊ねてきた。

「じゃあ、図書委員のことも木下先生に言えばいいのかな?」
「なんのことですか?」

 話の流れが読めずに首を傾げる佐知子に、竜泉寺は話を続ける。

「いえ、図書委員を借りるときは木下先生に言えばいいのかなと思って訊いてみたんですよ」
「図書委員を借りる?なにかの作業のお手伝いに人手がいるのですか?」
「いやいや、そうじゃなくて、図書委員の貸出しですよ」
「図書委員の貸出し、ですか?」
「そうですよ。木下先生もご存知のはずでしょう。図書室の本の貸出期間は2週間。同じように、希望者は図書委員を2週間の間借りることができる決まりじゃないですか」
「え、ああ、そう、そうでしたわ」

 竜泉寺に言われて、今、そのことを思い出したというように手を叩く佐知子。

 サブの机にノートと参考書を広げて勉強していた保健委員の栗原由佳(くりはら ゆか)は、そんな佐知子の様子を横目で眺めがながら思わず吹き出してしまう。
 保健室の中で竜泉寺と由佳に言われたことを、当たり前のことだと思うように暗示を掛けたのは他ならぬ由佳自身だ。あれからもう4ヶ月以上経っているのに、まだ、その暗示の効果が続いていることに、由佳は思わず感心するのと同時に、どこか滑稽に思えたのだった。

「で、本を借りるときは司書の当番をしている図書委員の子に言えばいいんだけど、その図書委員を借りていくときはどうしたらいいのかと思って」
「ええっと、どうなっていましたっけ?」

 そう言って佐知子が首を傾げる様子を、竜泉寺と由佳は笑いを押し殺して眺めていた。
 もちろん、図書委員の貸し出しなんか、たった今竜泉寺が言い出したことなので決まり事があるはずがないというのに。

「まあでも、その時は、図書室の隣の国語科準備室に私がいますので、私に声を掛けてくれたらいいですよ」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます、木下先生」
「いえ、いいんですよ。……あの、それよりも竜泉寺先生」
「はい?」
「今日は、検診をしてくださらないんですか?」
「あ、そう言えばそうでしたね。では、さっそく始めましょうか」
「はいっ」

 弾んだ声で返事をすると、佐知子は立ち上がって服を脱ぎ始める。
 その顔には、いかにも嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

「では、ベッドの上にどうぞ」
「はい」

 下着まで全部脱ぎ捨てて全裸になった佐知子がベッドに上がると、竜泉寺も羽織っていた白衣を脱ぎ捨てた。
 それを栗原由佳がさりげなく拾い上げると、そっと立ち上がって保健室のドアの鍵を掛けて、分厚いカーテンを閉じていく。

 しばらくすると、保健室の中に佐知子の甲高い喘ぎ声が響き始めたのだった。

* * *

 その次の月曜日、図書室。
 図書室が閉室する時間まであと20分ほどになって、放課後も熱心に勉強していた学生もみんな下校していった。
 夕日の射し込んで赤く染まった図書室で、その日の当番図書委員の本多文子(ほんだ あやこ)は閉室の準備に取りかかろうとしていた。

 書架の本が乱れていないか簡単にチェックを済ませ、椅子をきちんと直して窓のカーテンを閉めていく。

「さてと、これで片付いたかな?」

 文子は、少し度の強い赤いフレームの眼鏡をくいっと上げてもう一度部屋の中を見回す。
 そして、図書室の整頓が終わったのを確かめてから、受付に座って当番日誌を書いていた時のことだった。

「あ、ひょっとしたらもう閉館の時間なのかな?」

 入り口からした声に顔を上げると、そこに白衣を着た痩せぎすの男が立っていた。

 その男のことは文子も知っていた。
 この学校の保健医の竜泉寺岳夫だ。
 男だという理由だけで男子からはやたら嫌われ、無愛想で気持ち悪いからといって、たいていの女子には陰口を叩かれていた。

 ただ、どういうわけか図書室を管理している木下佐知子と親しく、図書室に隣接する国語科準備室によく訪ねてきていることは文子も知っていた。
 木下は図書委員の担当もしていて、気さくで明るい性格で、物事をはっきり言うところはあるけれど優しい先生で、文子も木下のことを尊敬し、慕ってもいた。
 そんな木下と、どこか不気味な雰囲気の竜泉寺が親しいというのは少し不思議でもあった。

 もちろん、文子はそれまで竜泉寺と会話をしたことはなかった。

「あ、いえ、まだ10分ほど時間はありますけど」
「そうか、良かったよ。ぎりぎり間に合ったんだね」

 図書室の中に入ってくると、竜泉寺は受付の台越しに文子の前に立った。

「だったら、急がないといけないね」

 その言葉とは裏腹に、竜泉寺はのんびりと突っ立ったままだ。

「じゃあ、きみが今日の当番なのかな?」
「はい、そうですけど……」

 竜泉寺の顔に微笑みが浮かぶ。
 しかし、頬骨の浮いた細い顔に鋭い目つきの男に微笑みかけられてもあまり嬉しくない。
 それどころか、薄気味悪いとすら思ってしまう。

「きみは、2年生かな?」
「はい、2年4組のホンダアヤコです」
「ホンダっていうと本に田んぼの田なのかな?」
「あ、いえ、本が多い方の本多です。それに、アヤコは文章の文に子でアヤコです」
「へえぇ、じゃあ図書委員にぴったりの名字だね」

 閉館間際だというのに、竜泉寺は暢気に立ち話を始める。

 もう図書室を閉めないといけないのに、先生ったら……。
 それに、何かしら?
 さっきから聞こえるこの音?

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 竜泉寺が話し始めてから、カチカチという音が響いているのに文子は気づいていた。
 なんの音かはわからないけど、規則正しくて妙に頭に響く音だった。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

「本多文子か……うんうん、本当に図書委員がよく合う名前だねぇ」
「あの……閉館時間が近いですから、本を探すなら早くしないと」
「あっ、そうだったそうだった。ついつい立ち話しちゃって。すぐに他のことに気を取られちゃってダメだね、僕も」

 そう言うと、竜泉寺はバツが悪そうに右手で頭を掻きながら舌を出す。
 陰気そうな雰囲気には似合わないその軽妙な仕草がコミカルに感じられた。

 この先生って、案外こんな人なのかな?
 薄気味悪いなんて思って悪いことしたかもね。

 竜泉寺の様子が妙におかしく感じて、文子はつい吹き出してしまっていた。
 
 よく考えたら、クラスのみんなも見た目のイメージだけで竜泉寺のことを悪く言っているだけだし、自分だってこの人と話をするのは今日が初めてだった。
 こうして話をしてみると、竜泉寺のイメージが随分と変わったような気がする。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 あの規則正しい音はまだ聞こえているけど、気分が軽くなったせいかさっきほど気にはならなくなったように思える。

 だが、そんな文子の思いは、ものの5分も経たないうちにあっさりとひっくかえされることになった。

「うん。でも、僕が借りるものはもう決まってるんだ」
「あ、そうだったんですか」
「うん。僕が借りたいのはきみなんだよ」
「……え?」

 竜泉寺の口から、予想もしていなかった言葉が飛び出してきた。
 言っていることの意味がわからなくて、文子はきょとんとした表情で黙り込んでしまう。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 黙っていると、カチカチいう音だけがやけに大きく聞こえる。

「だから、僕は今日、図書委員を借りに来たんだけどね」

 沈黙を破ったのは竜泉寺の方だった。

「え?えええっ!?」

 その意味をようやく理解して、文子はびっくりして思わず腰を浮かせた。

「あれ?知らなかったのかな?図書委員は貸し出すことができるって」
「知りませんよ!そ、そんなこと、聞いたこともないですし……」
「うーん、これは困ったな……」

 そう言って、竜泉寺は頭をポリポリと掻く。

「困るのは私の方ですよ!そんなこと、いきなり言われても!」
「うんうん、そうだね。ちょっと落ち着いて話をしようか」
「落ち着けるわけないじゃないですか!」
「まあまあ、そう言わないで。いったん落ち着かないと話もできないから、ね」

 そう、なだめるように竜泉寺が言う。

「そ、そう言われても……」
「まあまあ、いったん座って、気持ちを楽にして」
「で、でも」
「ほら、この指を見て」
「……え?」

 いきなり、竜泉寺が右手の人差し指をすっと目の前に差し出したので、文子は思わずその指先を見つめてしまう。

「ほーら、もう、きみはこの指先から目を逸らすことができない」
「あ……う……」

 瞳を中央に寄らせて竜泉寺の指先に焦点を合わせたまま、文子の体が固まる。
 文子は呼吸をするのも忘れてその指を見つめていた。
 どうしてだかわからないけど、そこから視線を外すことができない。

「じゃあ、いったん座ろうか」
「う……」

 まるで、腰が砕けたように文子はストンと椅子に腰掛ける。
 座りながらも、視線は竜泉寺の指先を見つめたままだ。

「さあ、この指を見つめたまま大きく息をしてみようか。すぅー……はぁー……」
「すぅー……はぁー……」

 目の前の指先を見つめたまま、大きく深呼吸する。
 それまで息をつめて見つめていたので、肺いっぱいに空気を吸い込んで急に体が軽くなったような気がした。

「もう一度、すぅー……はぁー……。そうそう、そうやって深呼吸していると、どんどん気持ちが楽になってくるよ。さあ、もう一回」
「すぅー……はぁー……」

 自分でもよくわからないけど、竜泉寺の言ったとおりにしてしまう。
 でも、実際にそうしていると、本当に気持ちが楽になってくるような気がした。 
 言われるままに、文子は何度も何度も深呼吸を繰り返す。

「さあ、もう1回」
「すぅー……はぁー……」
「そーうそう。さあ、肩の力を抜いて、もう一度」
「すぅー……はぁー……」
「そうしていると、どんどん楽になって、気持ちよくなってくるよ」
「すぅー……はぁー……」

 深呼吸を繰り返しているうちに、どんどん気持ちよくなっていく。
 ずっと一点を集中して見つめていたせいで目が寄って少しクラクラしてきていたのさえ、なんだかほわんと心地よい気分に置き換えられていくみたいだった。

「ほら、ものすごく気持ちよくなって、なんだかまぶたが重くなってくるよ。だから、ちょっと目を瞑ってみようか」

 その言葉に、文子は素直に従ってしまう。
 重たそうにまぶたが下がっていき、目の前が真っ暗になる。
 でも、指先をじっと見つめる緊張からようやく解き放たれた開放感からか、かえってすごく安らかな気分になれた。

「目を閉じると、ほら、なにか音が聞こえるよ。カチッ、カチッ、カチッって」

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 それは、さっきから聞こえていたあの音。
 目を閉じると、その音と竜泉寺の声以外の情報を断たれて、いやが上にもその音が大きく聞こえてくる。

「もしかしたら、これは枕元の目覚まし時計の音じゃないかな?」

 そう言われると、そんな気がしてきた。
 この音は、ベッドの脇に置いているベルの付いたお気に入りの目覚まし時計の音。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 この音を聞いていると、まるで自分の家のベッドの中にいるように思えてくる。

 ……いや、きっとそうに違いない。

 だって、こんなにリラックスした気分で目を瞑って、愛用の目覚まし時計の音を聞いているのだから。

 真っ暗な中で聞こえてくるのは、このカチカチいう音と、そして、自分に語りかけてくるこの声だけ。

「このカチカチいう音を聞いていると、どんどん気持ちが楽になっていく。カチッとひとつ時間を刻むたびに、心がどんどん深いところに沈んでいく。でも、心配しなくていいよ。そこは自分の心の中なんだから深く沈んでいけばいくほど、どんどん気持ちよくなって、幸せな気持ちになっていく。」

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 正確にリズムを刻むその音を聞いていると、どんどん気持ちが楽になっていく。
 まるで、夜、眠りにつく瞬間のような安らかな感覚に文子は包まれていた。
 本当に、深い深い海の底に沈んでいくみたい。
 でも、それがとても心地よく思える。
 すごく気持ちよくて、幸せな気分になっていく。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 もう、どのくらいその音を聞いていただろうか……。

 文子の頭の中は、その、カチカチいう音でいっぱいになっていた。
 規則正しいその音に身を任せて、どこまでも深く沈んでいく。

 いつしか、目を瞑ったまま文子はうっすらと口許に笑みを浮かべていた。

 そんな文子の様子を確かめると、竜泉寺は受付の向こう側から見えない低い位置に降ろしたままだった左手を上げた。
 そこには、手打ち式のカウンターが握られていた。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 すでに800を越えていたカウンターの目盛が、竜泉寺の親指の動きに合わせて正確なリズムを刻みながら増えていっていた。

「さあ、もうきみは自分の一番深いところまで潜っていってしまったから、もう、あのカチカチいう音は聞こえなくなるよ」

 その言葉に、目を瞑ったまま文子はコクリと頷く。口許には笑みを浮かべたままで。

 そこでようやく、竜泉寺は指の動きを止めてカウンターをポケットにしまい込んだ。

「ねえ、ここはすごく気持ちいいよね?」
「……うん」

 竜泉寺の口調が、微妙に変わった。
 柔らかな口調なのは変わらないが、さっきよりももっと砕けた感じになっていた。

「ここはどこなんだろう?」
「……私の中、ずっとずっと深いところ」

 竜泉寺の言葉に、文子は幸せそうに目を閉じたまま、ポツリポツリと答えていく。

「じゃあ、ここにいるのは私だけだよね?」
「……うん」
「だから、ここで聞こえるのは自分が思っていることだよね?」
「……うん」

 竜泉寺の言葉に、文子は素直に頷く。 
 それはまるで、自分の言葉に、自分で答えているかのようだった。

「私はさっきまで何をしていたんだっけ?」
「……今日は図書室の当番の日で……もうすぐ閉館の時間だから片付けをして……日誌を書いているときに竜泉寺先生が来て……私を貸し出したいって」
「それを聞いて、どう思った?」
「……そんなのとても信じられない……何かの冗談かなって」
「私は、どうして竜泉寺先生の言うことは信じられないのかな?」
「……だって、竜泉寺先生のことはよく知らないし、図書委員を貸し出すなんて、そんな話聞いたことないんですもの」
「じゃあ、誰の言うことだったら信じられるんだろう?」
「……それはもちろん木下先生じゃないの」
「そう。だったら、木下先生の言うことなら信用できるよね?」
「……うん。木下先生は私たち図書委員の担当だし、優しくて私たちのことをいつも考えてくれてるもの、木下先生の言うことなら信じられるに決まってるわ」
「そう、そのことは決して忘れたらだめ。木下先生はいつも私のことを考えてくれているし、木下先生の言うことは絶対に間違いないんだから」
「……うん」
「だから、木下先生に言われたことは、たとえそれがどんなことでも信じてしまうよね?」
「……うん」

 そこまで言ったところで竜泉寺は、ふぅ、と息を吐き、文子に聞こえないほどの声で「今日のところはこんなものかな……」と呟いた。
 そして、もう一度文子に声をかける。

「ねえ、この、気持ちのいいところにずっといたい?」
「……うん」
「それはできないけど、いつでもここに戻ってこれる方法がひとつだけあるの」
「……それは、なに?」
「さっきのあの、カチカチいう音。あの音を聞いたら私はいつでもこの気持ちのいい場所に戻れるから」
「……あの、カチカチいう音を聞いたら……私は、ここに戻ってこれる」
「そう。あの音を聞いたら、すぐに気持ちが楽になって、ここに戻ってくることができる。いい?」
「……うん」
「じゃあ、そろそろ元いた場所に戻ろうか?5つ数を数えて、パチンと手の鳴る音が聞こえたら私は目が覚める。図書室で、目の前には竜泉寺先生がいるけど、竜泉寺先生は今の会話のことは知らない。だって、今ここで話をしていることは、私の心の深い深いところで、自分自身の中で話をしたことだから」
「……うん」
「じゃあ、戻ろうか。……1、2、3、4、5」

 竜泉寺が5つ数えてパチンと手を鳴らすと、文子はハッとした表情で目を覚ました。
 ぽかんとした表情でキョロキョロと辺りを見回し、そして竜泉寺の方を見て首を傾げる。
 なんだか、今さっきまですごく気持ちのいい夢を見ていたような気がする。

「……あれ?私?」
「どうしたのかな、本多さん?ちょっとぼんやりしてたみたいだけど」
「……え?あ、いえ、なんでもないです」
「そう?……で、どうなのかな?」
「なにがですか?」
「きみを借りる話だけど」
「ですから!図書委員の貸し出しなんてしてないですって!」

 改めて図書委員を借りる話を持ち出されて、文子は色をなして否定する。

 と、その時だった。

「……あら、本多さん、まだ図書室を閉めてなかったの?」

 穏やかな笑みを浮かべながら、木下佐知子が図書室に入ってきたのだった。

「あ!木下先生!」
「どうしたの?もう閉館時間は過ぎてるわよ」

 そう言って首を傾げているが、佐知子の口調には別に文子のことを咎める様子はない。
 いつも通り、柔らかく優しげな光を瞳に湛えて文子を見つめている。

「すみません。でも……ちょっと竜泉寺先生が……」
「え?……どうかなさったんですか、竜泉寺先生?」
「あ、いえ、ちょっとこの子を借りようとしたんですけど、図書委員の貸し出しなんてしてないって言うんですよ」
「ああ、竜泉寺先生が借りようとしてた図書委員って本多さんだったんですか?」
「ええ、そうです」
「……ちょ、ちょっと、木下先生?どういうことなんですか?」

 何気なく交わされている竜泉寺と佐知子の会話に、文子が慌てて割って入る。

「どうしたの?本多さん?」
「まさか、木下先生まで図書委員を貸し出しできるなんて言うんですか!?」
「あら、知らなかったの?図書室の本と同じように、希望者は図書委員も2週間借りることができるって決まってるのよ」
「でも……私、そんなの聞いたことありません……」
「そうだったの。でもね、これはちゃんと決められていることなのよ」
「そんな……そうだったんですか……」

 優しく言い聞かせる佐知子の言葉を、文子は驚きながらも噛みしめるように聞いている。

 本が好きな文子は、去年も今年も志願して図書委員をしていたというのに、図書委員を貸し出すことができるなんて全然知らなかった。
 だから、竜泉寺にそう言われた時には悪い冗談だと思ったのに。
 でも、佐知子が言うのだから間違いない。

 図書委員の貸し出しはしてるんだわ。
 きっと今まで、私が当番している日にたまたま図書委員を借りる人がいなかったから知らなかっただけなのよね……。

 信頼する佐知子の話だから、きっとそうなんだと文子はごく自然に考えていた。

 とはいえ、自分が貸し出されるとなると、やはり初めての経験なので不安ではあった。

「どうしたの?」
「あ、いえ……。図書委員の貸し出しなんて初めての経験だし、私、どうしたらいいのか……。それに、竜泉寺先生とお話しするのも今日が初めてですし……」
「あら、そんなことを気にしていたの?大丈夫よ、竜泉寺先生の言うとおりにしていればいいから」

 心細そうにしている文子を元気づけるように、佐知子はポンポンとその肩を叩いた。

「竜泉寺先生の言うとおりにですか?」
「そうよ、竜泉寺先生はいい人だからきっとあなたの悪いようにはしないわ」
「は、はい……」
「だから、あなたは竜泉寺先生に言われたことを守っていたらいいの」
「……わかりました」

 佐知子に諭されて、文子はコクリと頷く。
 まだ、不安が完全に消えたわけではないが、気持ちはだいぶ軽くなっていた。
 それに、佐知子がいい人だと言うんだからきっと竜泉寺はいい人なのに違いない。
 文子は、そう思うようになっていた。

「話は決まりましたか、木下先生?」
「ええ。じゃあ、貸し出しでいいわね、本多さん?」
「は、はい。……あっ!」
「なに?どうかしたの?」
「貸出期間は2週間って言ってましたよね?その間に私、図書室の当番があるんですけど……」
「あ、そうか。本多さんの当番の日は月曜日の放課後と……?」
「水曜日の昼休みです」
「そう。じゃ、あなたが貸し出されている間は私が代わりをしておくわ」
「ええっ、先生が!?いいんですか?私、なんだか申し訳なくて……」
「まあ、しかたないわよね。何人も図書委員が貸し出されると私も困るけど、本多さんひとりだけだったら大丈夫よ」
「ありがとうございます、先生……」
「あ、すみませんね、木下先生にも迷惑をかけたみたいで」
「ああ、いいんですいいんです、竜泉寺先生は気になさらないでください」

 申し訳なさそうにしている文子をよそに、竜泉寺と佐知子は長閑に会話を交わす。

「じゃあ、迷惑ついでに木下先生に彼女の貸し出し手続きをしてもらいましょうか」
「えっ?」
「貸し出し手続き……ですか?」

 文子も佐知子も、きょとんとして竜泉寺の顔を見つめた。

「それはほら、あれですよ。貸し出しの時は右の胸に返却期限日の判を押して貸し出し手続きは完了。返しに来た時は左の胸に返却日の判を押すんじゃないですか」
「え、ああ、そうよね。さあ、本多さん、胸を出して」
「……え?えええっ!?ちょっと、木下先生!?」
「どうかしたの?」
「胸にハンコって……本当ですか?」
「そうよ。ほら、本だって貸出票に返却期限の判を押して、返した時にその日の判を押すでしょ」
「そ、それはそうですけど……」
「図書委員を貸し出す時は胸にハンコを押すって決まってるのよ」
「そうなんですか……」

 もちろん、文子は図書委員の貸し出しのやり方なんか知っているわけはなかった。
 でも、胸にハンコを押すなんて少しおかしいとは思ったけど、佐知子にそう言われると、そうなんだと思ってしまう自分がいた。
 それに、今まで図書委員として本の貸し出し手続きを何度もしてきた文子にも、自分を貸し出す以上、自分の体のどこかに返却期限のハンコを押さなければいけないことは当然だと思えた。

 ただ、その場所が自分のおっぱいだなんて……。

「さあ、本多さん」
「あの……ここでするんですか?」

 竜泉寺の方をちらりと見て、文子は戸惑った表情を浮かべる。
 というよりも、それが当然の反応というべきだろう。

 しかし、佐知子はふたりを見つめている竜泉寺のことなど気にする素振りすら見せない。
 それどころか、なぜ彼女が戸惑っているのかがわからないという顔で首を傾げた。

「もちろんよ。……どうしたの、本多さん?」
「あの……やっぱり恥ずかしいです」
「まあっ!なに言ってるの、なにも恥ずかしいことないじゃないの。さあ、早く胸を出して」

 もじもじとしている文子を笑い飛ばすように弾けるような笑顔を浮かべると、佐知子は文子を急き立てる。
 佐知子にそう言われては、文子にはもうどうしようもなかった。

「はい……右側でしたよね?」

 まだ少し戸惑いながらも、文子は制服のブラウスのボタンを外していく。
 そして、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてブラのホックを外す。
 すると、下にずり落ちたブラから、ぷるん、と形のいい乳房がこぼれ出てきた。

「じゃあ、今日は8日だから、返却期限は22日ね」

 無意識のうちに両腕で胸を隠そうとする文子の姿に微笑みながら佐知子は日付印を手に取ると、返却期限の日付が合っていることを確認してポンポンと軽く朱肉に当てた。

「ほら、隠していたら押せないでしょ」
「は、はい……」

 文子が胸を覆っていた腕を降ろすと、佐知子はその右の乳房にそっと日付印を押し当てた。

「これで貸し出し手続きは完了よ」

 文子の白い肌にくっきっりと押された、”11.22”という日付を確認すると、佐知子は当番日誌を手にとって朱肉を乾かすように軽く煽ぐ。

「……そろそろ乾いたかしら?うん、もう大丈夫そうね」
「あの、先生……貸し出されている間、私はどうしていればいいんですか?」
「さっきも言ったでしょ。竜泉寺先生の言うとおりにしていればいいんだって」
「はい……」

 ブラウスのボタンを留めながらまだ少し不安そうに訊ねてきた文子に、佐知子は軽い調子で答える。
 それには文子も、浮かない顔をしながらも頷かないわけにはいかなかった。

「ほら、とっくに閉館時間は過ぎてるんだから。もう図書室を閉めるわよ」
「あっ……!はい」

 佐知子がカチャリと音をさせて図書室の鍵を取り出すと、文子も慌ててカウンターの上を片付けて自分の鞄を手にする。

「忘れ物はない?」
「はい」
「じゃあ、電気を消すわよ」

 図書室の電灯を消すと、文子と竜泉寺に続いて一番最後に佐知子が出てきて、図書室に鍵を掛けた。

「すみませんね、木下先生。それじゃあ、この子を借りていきますね」
「どうぞどうぞ。じゃあ、本多さん、竜泉寺先生の言うことをちゃんと聞くのよ」
「はい……」
「じゃ、行こうか、本多さん」
「あっ、は、はい……それでは木下先生、失礼します」
「ええ、さようなら」

 竜泉寺は、佐知子に軽く会釈をするとくるりと向きを変えて廊下を歩き始めた。
 文子も佐知子に向かってペコリと頭を下げると、慌てて竜泉寺の後についていく。

 ふたりの後ろ姿が階段を降りていくまで見送ってから、佐知子は国語科準備室に戻っていった。

 校舎の階段を並んで降りながら、竜泉寺が文子に尋ねてきた。

「図書委員を貸し出すことには納得してくれたかな?」
「正直、まだ戸惑っています。初めて聞いたことですから」
「じゃあ、どうして素直に僕に貸し出されてくれたのかな?」
「それは……木下先生がおっしゃったからです」
「へえ、木下先生の言うことなら信じてくれるんだ?」
「あっ、いえ、そういうつもりで言ったんじゃないんです。……ただ、木下先生は図書委員の担当で、ずっとよくしてくれてましたから」
「ふうん」

 その時の文子は、竜泉寺の顔をまともに見ることができなくて、その表情にニヤリと含み笑いが浮かんでいたことに気がつく余裕はなかった。

* * *

 そして、保健室。

「あ、お帰りなさい、先生」

 文子を連れて戻ってきた竜泉寺を出迎えた声。

 その声の主は、すらりとして女子にしては少し背の高い、耳が隠れるくらいの長さの髪の生徒だった。
 文子は、その相手のことは知らなかった。
 ただ、制服のスカーフの色から、彼女が3年生だということはわかる。

「先生、その子は?」
「ああ、図書委員の本多文子さんだ」
「はじめまして、本多さん。私は3年2組の栗原由佳。保健委員をしているの」
「あ、はじめまして……。2年4組の本多です」

 文子が慌てて頭を下げると、栗原と名乗った少女はにっこりと微笑み返してきた。

 うわ……すごくきれいな人……。

 その笑顔が眩しくて、文子は思わず見とれてしまった。
 実際、自分を見つめる栗原は、女の自分が見ても美人だった。
 それに、自分とひとつしか年が違わないとは思えないくらいに大人びた色気が漂っている。
 どちらかというと背が低い方で、丸顔にお下げ髪で眼鏡っ子の自分がすごく子供っぽく思えてしまう。

「じゃあ、彼女が先生が借りてくるって言っていた図書委員の子なんですね?」
「ああ」

 栗原の問いに竜泉寺は短く答える。
 どうやら、彼女も図書委員の貸し出しのことを知っているようだ。

 と、竜泉寺はおもむろに白衣を脱いでスーツの上着を手にした。

「まあ、今日はもう遅いから、とりあえず挨拶だけということにしてこの辺で帰るとするか」
「そうですね」

 上着を着て鞄を手にした竜泉寺の言葉に頷くと、栗原も自分の鞄を拾い上げた。

「あの、私は……?」
「もちろん、きみももう下校しないといけないよ」
「はい……」

 おずおずと訊ねた文子にそう答えると、竜泉寺は保健室を出て行く。
 文子が慌ててそれに続くと、最後に栗原が部屋の電気を消した。
 栗原が出てくると、竜泉寺が部屋に鍵を掛ける。

 校舎の外に出ると、もうだいぶ暗くなっていた。

「それでは、私はここで失礼しますね」
「ああ。それじゃあまた明日」

 3人は校門を出て左に曲がり、最初の角で栗原がそう言って頭を下げた。

「本多さんもまた明日ね」
「は、はい、また明日……」

 手を振りながら右に曲がって歩いて行く栗原にペコリと頭を下げると、文子は竜泉寺が歩き始めたことに気づいて慌ててその後についていく。
 すると、竜泉寺が不思議そうな顔で振り返った。

「ん?本多さんも家はこっちの方なのかい?」
「えっ?いいえ」
「じゃあ、どうして?」
「ええ?それは……先生が私を借りたんですから……私は先生について行かないと……」

 狼狽えながら文子が答えると、竜泉寺は一瞬きょとんとして、すぐにクククッとおかしそうに笑い出した。

「クックックッ……ハハハハ、馬鹿だな、きみは」
「え?えええ?」

 竜泉寺に笑われて、またもや戸惑ってしまう。
 おかしくて堪らないといわんばかりに腹を抱えて笑っている竜泉寺の姿に、文子は少し傷ついていた。

「だって、本とは違ってきみは人間なんだよ」
「ええ?でも……」
「まさかきみは僕の家に2週間も泊まるつもりなのかい?」
「い、いえ……それは……」
「僕がきみを借りたって言っても、ずっと僕と一緒にいなくてもいいんだよ」
「そうだったんですか?」
「だって、きみだって授業に出なくちゃいけないし、夜は家に帰らないと親御さんだって心配するだろう」
「……すみません。私、貸し出されるの初めてだから、よくわからなくて」

 本当に、図書委員を貸し出すなんて話をこれまで聞いたことがなかったのだから、どうしていいのかも知っているわけがない。
 それが、ついつい拗ねた態度に出てしまった。

 しかし、傷ついた様子の文子に気がついて、竜泉寺は真面目な顔になって頭を下げた。

「そうか。僕の方も説明が足りなかったね、ごめん」

 そうなると、かえって文子の方が恐縮してしまう番だった。

「あっ、いえ、そんな……」
「とりあえずは、僕のところに来るのは放課後だけでいいから、早く家にお帰り」
「はい……すみません」
「じゃあ、明日の放課後にね」
「わかりました。それでは失礼します」

 優しく竜泉寺に諭され、ペコリとお辞儀をすると文子は自分の家の方角に歩き始める。

 ……そっかぁ、放課後だけでいいんだ。
 だったら、そんなに大変じゃないかも。

 家までの道を歩きながら、文子は少し安心していた。

 今日、竜泉寺が図書室に来てからずっと驚き、戸惑いっぱなしだったのが、ようやく落ち着いた気分になってきていた。
 それに、さっき竜泉寺の言ったことはいちいちもっともで、貸し出されたら自分はどうなってしまうんだろうと心配していた自分がバカバカしく思えるくらいだ。

 やっぱり、木下先生の言ってたとおりだわ。
 竜泉寺先生っていい人なのね。

 すっかり日の暮れた街を歩きながら、佐知子に言われた言葉を噛みしめていた。

* * *

 翌日、放課後。

「どうぞ~」

 文子が保健室のドアをノックすると、少し間延びした竜泉寺の声が帰ってきた。

「失礼します」

「来た来た。待ってたよ、本多さん」
「よく来たわね、文子ちゃん」

 中に入ると、デスクに向かっている竜泉寺と栗原が出迎えた。

「待ってたって、何かあったんですか?」
「うん、ちょっとこれをね」

 そう言って竜泉寺が指さした先には、きれいに畳んだ白い布が重ねられていた。

「……これは?」
「今日は保健室のベッドのシーツやカーテンなんかを交換する日なんだけどね。汚れたシーツを外すのは由佳ひとりでもできるんだけど、きれいにシーツをかけていくのはひとりじゃなかなか難しくて」

 竜泉寺の説明を聞きながら見てみると、3つある保健室のベッドのシーツは全て外され、それを栗原が丁寧に畳んでいるところだった。

「……さてと、これでよしっ、と」

 畳み終わったシーツを手に、栗原が立ち上がった。

「あ……私も手伝います」
「うん、これはここに置いとけば明日クリーニングの人が取りに来るから、それよりもきれいなシーツをかけるのを手伝ってちょうだい」
「わかりました」
「それじゃあ、こっち来て」
「はい」

 クリーニング済みのシーツを1枚手に取ると、栗原はベッドの方に文子を誘う。

「それじゃあ、そっち側を持って」
「はい」

 栗原が広げたシーツの一方の端を栗原が持ち、もう一方を文子が持って、皺のできないようにきれいにシーツをかけていく。

「それじゃあ、僕はちょっと出てくるから、後のことは任せるよ」
「はい、わかりました」

 竜泉寺が栗原に一声かけて保健室から出て行く。

「さてと、こんな感じでいいわね。じゃあ、次のベッドに行くわよ」
「はい」

 栗原の指示に従って、ふたりでベッドにシーツをかけていく。

「うん、シーツはこれで終わり。じゃあ次はカーテンを交換しましょ」

 全部のベッドにシーツをかけ終えると、栗原がベッドを仕切るカーテンを手にした。

「この上にある金具を外さないといけないんだけど、文子ちゃんの身長じゃしんどいかな?……そうだわ。ベッドを台にしたらどうかしら?シーツを換えたばかりだけど、ちょっとくらいならいいわよね」

 少し思案した後に、栗原はベッドを押してカーテンの方に寄せる。

「それじゃ、文子ちゃんはこの上に乗って作業ね」
「はい」
「この金具は……こんな感じで、こう……こうやったら外れるから、全部外してちょうだい」
「わかりました」

 栗原がやって見せたとおりに、文子はカーテンを留める金具を外していく。
 一方栗原は、その隣のベッドの間を仕切るカーテンを外し始めていた。

「栗原先輩って、昨日も保健室にいましたよね?」

 ひとつずつ金具を外しながら、文子は栗原に話しかける。

「私のことは由佳でいいわよ」
「じゃあ、由佳先輩」
「なに?」
「先輩はいつも放課後は保健室にいるんですか?」
「ええ。でも、私は保健委員なんだから不思議じゃないでしょ」
「他の保健委員の人の当番はないんですか?」

 文子は、さっきからそのことが不思議だった。

 図書委員は、図書室の司書をする当番が決まっている。
 昼休みと放課後に、各クラスの図書委員が交代で当番をすることになっていた。
 それに、図書室の大掃除みたいな大きな作業をする時は図書委員みんなで集まることもあった。

 それなのに、昨日から保健室には由佳しかいない。
 今日みたいな、シーツやカーテンの交換をするのなら人数はいるにこしたことはないし、保健委員も各クラスにいるのだからわざわざ文子が手伝わなくてもいいはずなのに。

「それがね、私以外の保健委員の子はあんまり保健室に寄りつかないのよね。どうしてかしら?」

 そのことがいかにも不思議だといった表情で由佳は首を傾げている。

「やっぱり、竜泉寺先生のイメージが悪いせいかしら……?」

 そう呟く由佳の言葉は、文子に聞かせるでもなく、まるで独り言みたいだった。

 でも、その由佳の呟きは案外当たっているように文子には思えた。
 たしかに、痩せていて目つきの鋭い竜泉寺は一見とっつきにくそうな雰囲気を漂わせている。
 だいいち、文子自身が彼に対して薄気味悪いとか、目つきが悪くてちょっと怖いという印象を抱いていたのだから。
 こうやって竜泉寺と接することがなければその印象はずっと変わることはなかったに違いない。
 それはたしかに、木下先生が竜泉寺先生はいい人だと言っていたせいもあるけれど、実際に話をしてみると、見た目とは違って全然気持ち悪くもないし、時には愛嬌のある表情を見せることもあった。

 とはいえ、由佳以外の保健委員があまり近寄らない気持ちも文子にはわかるような気がした。
 竜泉寺が悪い人ではないということは親しく接してみないとわからないものではあるし、やはり見た目の印象が災いして、なかなかそこまで至らないように思えたからだ。

 ……それで、人手に困って図書委員の私を借り出すことにしたのね。

 文子は、やっと竜泉寺が図書委員の自分を借りに来た理由がわかったような気がした。
 なんのことはない。
 要は、雑用をする人手が足りなかったというわけだ。

「じゃあ、なんで由佳先輩は竜泉寺先生と親しくなったんですか?」
「え?」
「いえ……やっぱり竜泉寺先生って目つきも鋭いし、なんか気むずかしそうな雰囲気があるじゃないですか。だから、竜泉寺先生のことを悪く言う子は見た目の印象だけで嫌っていると思うんですよ。でも、そんな気持ちも少しはわかるんですよね。思ってたのよりもずっと話しやすい先生だって私も初めて知ったんですから。由佳先輩は何かきっかけがあったんですか?」
「ああ、そういうことね。まあ、私はもともと保健委員だったんだけど、その仕事で健康診断の書類を保健室まで持ってきた時に先生と話をしたのがきっかけかな」
「そうだったんですか?」
「こう見えてね、私、昔はすっごく暗くて、まともに人と話もできないような子だったのよ」
「えっ、本当ですか!?」
「本当よ。あの頃の私は、人と向かい合うととても緊張して上手くしゃべれなくなっちゃっていたのよね。で、だんだん人と話をするのも怖くなってね。友達もほとんどいなかったし」
「へえぇ……信じられません」
「それでね、初めて竜泉寺先生と話をした時に、カウンセリングっていうの?ああいうのをしてもらってね、それで普通に人としゃべれるようになったのよ」
「そうだったんですか……」

 ニコニコと微笑みながら優しく自分と接してくれる由佳を見ていると、そんな時があったなんて信じられない思いだった。
 でも、そんな話を聞くと、彼女の、竜泉寺のことを信頼しきっているような態度も当然だと思えた。

「竜泉寺先生って、本当はすごい人なんですね」
「うん。本当にいい先生よ」

 由佳の言葉に、文子は素直に感心していた。
 その話が本当なら、彼女にとって竜泉寺は救世主みたいな存在なのだろう。
 今の彼女は本当にきれいで、気さくに話をしてくれるいい先輩に思える。
 暗くて人と話もできなかった由佳を今のように変えるきっかけになったのなら、彼女が竜泉寺を慕うのもよくわかる。 

「だけど、やっぱり見た目の印象が悪いわよね、竜泉寺先生って」

 急に口調を変えてそう言うと、由佳はくすくすと笑う。

「あ、いえ、そんな……」
「いいのよ。私だってそう思うもの。もうちょっと明るくしたらいいのにって、私と木下先生でいつも言ってるのにね。……どう?そっちは全部外せた?」
「え?あっ、はい」
「じゃあ、外したカーテンは脇に置いといて、今度はきれいなのを掛けていくわよ。外す時の反対で金具を引っかけていけばいいだけだから要領はわかるわね」
「はい。……あの、先輩も木下先生と親しいんですか?」
「それは、私のクラスの担任の先生だもの」
「あっ、そうか、先輩は3年2組でしたよね」

 そう答えながら、由佳に言われるまで文子は佐知子が3年の担任をしていたことをすっかり忘れていたのだった。

「そうよ。うちは2年から3年になる時にクラス替えがないでしょ。だから、木下先生には去年からずっとよくしてもらってるの」
「私も。木下先生は図書室の管理や図書委員の担当もしてますから、なにかとよくしてもらってます」
「ホントにいい先生よね、木下先生って。明るくて優しくて、お姉さんみたいに気さくに相談にも乗ってくれるし、何よりきれいだし」
「そうですよね」

 和やかに談笑しながら、由佳と文子はカーテンの交換を進めていく。

「まったく、竜泉寺先生にも木下先生の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだわ」

「おいおい、後輩にまで僕の悪口を吹き込んでるのかい?」

 いきなり、男の声が聞こえて文子は飛び上がりそうになった。
 慌てて振り向くと、いつの間に戻ってきたのかビニール袋を提げた竜泉寺が立っていた。

「もう、こっそり戻ってきて私たちの話を聞いてるなんて、先生ったら人が悪いんだから」

 なじるようにいいながらも由佳の目は笑っていた。
 もしかしたら、竜泉寺が戻っていたことに気づいていたのかもしれない。

「別にこっそり戻ったわけじゃないんだけどな。おまえたちが作業に集中してて僕が戻ったの気づかなかっただけだろ」
「はいはい。でも、私は別に先生の悪口を言ってたわけじゃなくて、木下先生がいい人だっていう話をしてただけですから」
「そうかいそうかい。で、カーテンの交換は済んだのかい?」
「もうすぐ終わります。……文子ちゃん、そっちはどう?」
「はい、こっちももうすぐです」
「じゃあ、僕はここで見物させてもらおうかな」

 持っていた袋を机に置いて、竜泉寺は椅子に腰掛ける。
 そうやって、ふたりの作業が終わるのを眺めていた。

「よしっ、終了ね」
「こっちも終わりました」
「じゃあ、後はさっき外したカーテンを畳むだけだわ。まあ、これも明日業者さんが持って行っちゃうから、別にそこまできれいに畳まなくていいから」
「はい」

 交換を終えると、由佳と文子は互いにカーテンの布の端を持って重ね合わせていく。

「終わりました、先生」

 ふたりで外したカーテンを全部畳み終えると、由佳は竜泉寺に報告する。

「ご苦労様。じゃあ、これは僕からのご褒美だよ」

 そう言うと、竜泉寺はビニール袋から缶ジュースとお菓子を取り出した。

「女の子だからチョコレート系の方がいいと思ったんだけど」
「先生、これは?」
「ん~?まあ、きみたちの尊い労働に対する僕からのささやかなお礼ってとこかな」
「でも先生、いつもはこんなことしてくれないじゃないですか」
「だって、栗原くんは保健委員だろ。今日は本多さんにも手伝ってもらったからね」
「もうっ、先生ったら他の子には甘いんですから」
「そう言うなって、きみも本多さんのご相伴に与れるんだからいいじゃないか」
「しかたないですね、もう……」

 楽しそうに軽口を叩きながら、由佳は早くも品定めするようにお菓子を選り始めていた。
 それに対して、文子の方は少し戸惑っていた。

「そんな、ご褒美だなんて。だって、私は先生に貸し出されてますし、だから先生のお手伝いをするのは当たり前ですし……」
「うん、たしかに僕はきみを借りたけど、だからってただ働きは悪いよ。労働に対してはそれなりの報酬を出さないとね」
「そうそう。先生がいいって言うんだからありがたくいただいちゃいましょ、文子ちゃん」
「は、はい……」

 由佳に勧められて文子もおずおずとお菓子に手を伸ばす。

「それではいただきます」
「どうぞどうぞ」

 礼儀正しく竜泉寺にお礼を言う文子よりも先に、由佳がパクリとお菓子を頬張った。

「……うん!これすごくおいしいよ、文子ちゃん!こんなに気配りができるのに何でみんな先生のことを敬遠するのかしら?」
「おいおい、勘弁してくれよ」

 ポリポリと頭を掻く竜泉寺の表情に、やっと文子の顔にも笑みが浮かぶ。

 そうやって、その日は竜泉寺や由佳と談笑しながら過ごして、その夜。

「ふうう……」

 肩までお風呂に浸かって、文子は大きく一息つく。 

「竜泉寺先生も由佳先輩も、なんか楽しくて、それに、いい人だな……」

 竜泉寺が自分を借りると言ったときにはどうなることかと思ったけど、保健室の雑用をするだけだなんて、少し拍子抜けだ。
 あの時あんなに驚いた自分がちょっとだけ恥ずかしい。

 それに、由佳と一緒に雑談をしながら雑用をこなして、竜泉寺の買ってくれたジュースとお菓子を食べながら談笑するのは楽しかった。
 佐知子の言ったとおり、竜泉寺はいい先生だった。
 それに、保健委員の由佳もいい先輩だと思う。

「ずっとこんな感じだったら2週間なんてあっという間よね」

 ぱちゃ……とお湯の音を立てながら少し体を起こすと、文子は何気なく視線を落とした。

「ん……?」

 首を傾げながら、文子は両手で目を擦る。
 眼鏡を外しているからはっきりとは見えないけど、そこになくてはいけないものが無い。

「あっ!ああああああああーっ!」

 おもわず大きな声を上げて、ざぶっと湯船の中で立ち上がってしまった。

「どうしたの?なんかあったの、文子?」
「ううん、なんでもない、なんでもないから!」

 心配して文子の様子を見に来た母に泡を食って返事を返す。

 でも、心臓はまだバクバクと鳴っていた。

 私、バカだ……こんなことになるの、ちょっと考えたらすぐわかることなのに。
 でも、どうしよう……。
 それよりも、私、どうなっちゃうんだろう……。 

 不安で胸がいっぱいになって、いてもたってもいられなくなる。

 ……明日、先生に正直に言おう。
 そして、その後のことは先生に任せよう。
 だって、そうするしかないよね。

 そう決めて、文子はお風呂から上がる。
 でも、その夜は不安で不安で、なかなか寝つけなかったのだった。

* * *

 翌日の放課後。

「……ごめんなさい、先生!私っ、わたしっ!」

 ノックもせずに保健室に飛び込むと、文子は深々と頭を下げて竜泉寺に詫びる。
 それもこれも自分のミスだと思うと、泣きたいくらいに情けなかった。

 しかし、文子の気持ちは竜泉寺と由佳にはまったく伝わっていなかった。

「…………はい?」
「……え?どうしたの?文子ちゃん?」

 ふたりともきょとんとした顔で、何度も何度も頭を下げている文子の姿を見つめるだけだった。
 
「すみません!私のミスでこんな、こんなっ!」
「ちょっとちょっと……あの、本多さん、いったい何のことかな?」
「これです!」

 事情が飲み込めないでいる竜泉寺の目の前で、文子は制服のボタンを外して胸をはだけさせると、ブラをめくり上げた。
 すると、形のいい、白い乳房がさらけ出された。

 そう、ホクロひとつない、きれいな乳房が。

「木下先生に押してもらった返却期限のハンコが消えちゃってます!ごめんなさい!私のせいで!」

 恥ずかしげもなく胸をさらしながら、文子はまた詫びの言葉を繰り返す。
 その目からは、本当に涙がこぼれそうになっていた。

「……ええっと、本多さん?」
「こんなの、お風呂に入ったら消えてしまうのは当たり前のことなのに、私ったらそんなことにも気づかないで……」

 あくまでも大まじめな文子の姿に、竜泉寺は思わず吹き出してしまった。

「いや、だからって、まさか2週間もお風呂に入らないってわけにはいかないだろう」
「でもっ、ハンコが消えてしまったらいつ私を返したらいいのかわからなくなってしまいます!」
「うんうん、それは一大事だね」
「そんなっ!私、私、いったいどうしたらいいのか……」

 竜泉寺が大げさに頷いたものだから、すっかり動転して文子は泣き出してしまった。

「まあまあ、落ち着くんだ。僕がきみを借りたのは一昨日だから8日だ。きみを借りていられるのは2週間だから返却期限は22日の月曜日だよ。そのことは、僕も覚えてるし、きっと木下先生も覚えていると思うよ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「まあ、返却期限の判を消してしまったのはたしかにきみのミスだけど、そこは僕からも木下先生に取りなしてあげるから」
「……本当ですか?」

 竜泉寺の言葉に、文子はようやく泣き止んだ。
 狼狽えて平常心を失っている彼女には、竜泉寺がこれまで見せたようなおどけた笑顔ではなく、どこか底意地の悪いにやついた笑みを浮かべていることに気づいていない。

「ああ、本当だとも。僕が木下先生に言って、きみがちゃんと22日までに返却されるようにしてあげるから」
「ありがとうございます!」
「でもね、その代わりと言っちゃなんだけど、これはやっぱりきみのミスだから何らかのペナルティーが必要だと思うんだけどね」
「ペナルティー、ですか?」
「うん。そうだね……僕がきみを借りている間、きみは保健室の中では服を脱いでなくてはいけないっていうのはどうだい?」
「……え?」
「きみには、放課後ここに来ると制服と下着を脱いでから僕の手伝いをしてもらうよ。そうだね、靴下と靴くらいは身につけててもいいけど」
「そ、それは……」

 さすがにその提案に文子はびっくりしてしまった。
 すぐに返事ができなくて、口をパクパクさせて言いよどむ。

「どうしたんだい?僕の言うことが聞けないのかい?」
「あ……いえ、そういうわけではなくて……」

 ただ、文子の頭には、それが異常なことだとか、そういう思いは全くなかった。

 自分は竜泉寺に貸し出されているのだから、その間は彼の言うとおりにしなくてはならない。
 ましてや、今回のことは自分のミスに対するペナルティーなのだ。
 自分にそれを拒否することはできないと、そう思っていた。

 でも、ここで服を脱ぐのはやっぱり恥ずかしかった。

「やっぱり……少し、恥ずかしいだけで……」
「恥ずかしい?でも、今もそうやって胸を出しているんだから、もう少しくらい脱いでも大して変わらないだろう?」
「そ、それはそうですけど……」

 竜泉寺に指摘されてはじめて、文子は顔を真っ赤にして胸を隠す。

「それに、あくまでも保健室にいる間だけなんだから、僕と栗原くんしかきみのことは見ないんだよ。僕はきみの借り主だし、栗原くんとは女の子同士だからなにも問題はないじゃないか」
「はい……」

 文子は、竜泉寺の話を大まじめに聞いていた。
 たしかに、他の人の前で裸になるのは大問題だけど、竜泉寺の前で裸になるのはなにも問題はない……と、そう思える。
 なにしろ、自分は今竜泉寺に貸し出されている身なのだ。
 佐知子が言っていたように、自分は竜泉寺に言われたことを聞かなくてはいけないし、貸し出し期間中は自分に何をしても竜泉寺の自由のはずだ。
 だから、あとは自分が恥ずかしいのを我慢すればいいだけのに、やっぱり難しい。

 と、その時だった。

「じゃあ、私も裸になろうかな」
「……え?由佳先輩?」

 びっくりしている文子に向かって、由佳がにっこりと微笑む。

「ひとりで裸になるから恥ずかしいのよ。だから、私も一緒に裸になってあげる。それなら恥ずかしくないでしょ。……ね、いいですよね、先生?」
「まあ、きみがそこまで言うんなら」
「でもっ!これは私のミスに対するペナルティーだから、なにも先輩まで裸にならなくてもっ」
「いいのいいの。どうせこの部屋の中には私たちしかいないんだから、こんなのたいしたペナルティーじゃないわよ」

 そう言うと、由佳は文子の目の前で制服のボタンを外していく。
 そして、ブラウスを脱ぎ捨てるとブラも外し、するりとスカートも脱ぎ捨てた。

「あの、先輩……」
「ほーら、恥ずかしくないでしょ」

 淡い水色のショーツも脱いで、白のハイソックスと黒い革靴の他はなにも身につけていない格好で由佳は腰に手を当てて胸を張った。
 服を着ていたときからほっそりと長い手足が印象的だったが、裸になるとすらりとした細い体のラインがいっそう強調されている。
 それなのに、胸やお尻はしっかりと出ていて、思わず見とれてしまうほどのプロポーションだった。
 それに加えて、由佳のきれいな顔に浮かぶ大人びた笑顔が眩しくて、見ているだけで顔が赤くなってきそうだ。

「さあ、文子ちゃんも脱ごうよ」
「は、はい……」

 先に裸になった由佳にそう言われては、文子も服を脱がないわけにはいかなかった。
 はだけていたブラウスを脱ぎ捨てて、ホックを外してさらけ出された乳房の上に乗っていたブラも脱ぐ。
 それでもやっぱり恥ずかしくて、さっきから心臓がドキドキしている。
 それをなんとか我慢して、スカートとショーツを脱いだ。

「うん、とってもかわいいわよ、文子ちゃん」

 自分と同じように、白いソックスと革靴しかはいていない姿になった文子の頭を由佳が優しく撫でてくれる。

「ありがとうございます……」

 褒められて、少しはにかんだ笑顔を見せる文子。
 人前で、それも学校の中で裸になってしまって、恥ずかしい思いがするのは変わらない。
 少し前屈みになって、女の子の大事なところを両手で隠してしまう。
 でも、これは文子へのペナルティーなのに、少しでも気持ちが楽になるようにと一緒に裸になってくれた由佳の心配りが嬉しくもあったし申し訳なくもあった。

「いいのいいの、文子ちゃん。……それで、今日は何をしたらいいんですか?」
「うん。そろそろ、冬に向けて風邪やインフルエンザへの対策や注意事項を書いたプリントを配布しようと思ってね。プリント自体はここに用意してあるんだけど、これをクラスごとの人数分に分けて封筒に入れていってくれないかな」
「わかりました。……これですね。じゃあ、さっそく取りかかろうか、文子ちゃん」
「はい」

 プリントの束を抱え上げた由佳に促されて、文子は奥の机に向かう。

「こっちが配布するプリントで、封筒がこれね。封筒にクラスとその人数が書いてあるから、その数だけプリントを封筒に入れていって」
「わかりました」

 由佳が全クラス分の封筒を半分に分けて文子に手渡すと、ふたりは丸椅子に座ってプリントの束を数え始める。

 座ると、いつもより椅子がやけに冷たく感じられて変な感じがする。
 それに、下を向くと自分の胸がまともに視界に入って自分が裸なのを思い知らされる。

 かといって視線を上げると……。

「……っ!」

 眩いばかりの由佳の裸をまともに見てしまって、真っ赤になって俯いてしまう。

「どうしたの?文子ちゃん?」
「いっ、いえっ!なんでもないです!」

 怪訝そうに訊ねてきた由佳に、耳の先まで赤くして答え、そのまま下を向いてプリントを数えるのに集中しようとした。

 一枚ずつ紙をめくっていると、少しだけだけど気が紛れる。
 それに、保健室の奥のこの位置なら死角になっていて、もしいきなり人が入ってきても気づかれるおそれがなさそうなので少しは安心できそうだった。

 紙をめくる手の動きに合わせて、視界の端でふるふると震えている乳房はなるべく気にしないようにして最初のクラスの人数分を数えると、もう一度枚数を確認してから封筒に入れる。
 一度数えてから確認する作業まで入れると、ひとクラス分済ませるのに思いのほか時間がかかった。

「ふうぅ……どう?終わった、文子ちゃん?」
「……39、40、41、42っと。……はい、これで最後の分です」
「じゃあ、全部終わりね。お疲れさま、文子ちゃん」

 最後のクラスの分を数え終えた文子を、由佳が笑顔で労う。

 結局、ふたりで全クラス分のプリントを封筒に入れ終わるのに1時間と少しかかった。

「先生、終わりましたよ」
「ん?ああ、ありがとう。じゃあ、これは今日のご褒美」
「やだっ、もう先生ったら文子ちゃんがいると本当に太っ腹なんだから」

 プリントの入った封筒を抱えて竜泉寺に報告した由佳が、お菓子とジュースの入った袋を嬉々として受け取る。

「文子ちゃん!また先生からお菓子もらったわよ!」
「……ありがとうござます。そんなに気を遣ってもらって、すみません」
「いいのいいの!」
「て、きみが答えるなよな」
「ふふっ!ごめんなさい。さ、文子ちゃん、食べよ食べよ」

 竜泉寺に頭をはたかれてペロリと舌を出すと、由佳は文子を誘ってベッドに並んで腰掛けた。

「飲み物は何がいい?ミルクティーと抹茶オレと……え~っ?ブラックコーヒー?これは先生のよね?」
「じゃ、じゃあ、私はミルクティーで……」
「ミルクティーね。……はい」
「ありがとうございます」

 由佳から受け取った缶を開けて口をつける。
 でも、気分が落ち着かないせいか味もよくわからない。

「ん~、おいしっ。この甘さがいいのよね~」

 抹茶オレをひとくち啜った由佳が、満足げに目を細める。
 裸でいるのが気になってそわそわしている文子とは対照的に、すっかりくつろいでいる様子だった。
 ふっくらと形のいい胸が丸見えだというのに、その上、ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせているものだから女の子の大事なところが見えそうになって目のやり場に困ってしまう。

「仕事の後の一杯はおいしいねぇ、文子ちゃん」
「は、はい……」
「おい、どこのオヤジの言い草だよ」
「あーっ、先生ったらひっどーい!女の子に向かってオヤジだなんて」
「さっきのは居酒屋でおっさんが言う台詞だろうが」
「私のどこがオヤジなんですかぁ?ほらほら、見てくださいよ、このおっぱい」
「なんか、やけに楽しそうだな」
「それはほら、仕事の後の開放感っていうか……それにこの格好も結構開放感ありますしね。……でも、なんかスースーして変な感じですよね、やっぱり」
「寒かったら暖房の温度上げてやるぞ」
「もうっ!そういう問題じゃないですよ!」

 軽口をたたき合う由佳と竜泉寺の雰囲気にはもうだいぶ慣れた。
 でも、会話の中に上手く入っていけない。
 由佳の裸を見ると恥ずかしくて顔が熱くなってくる、かといって、自分もそうだと思うとますます恥ずかしくなって竜泉寺の顔もまともに見られない。
 それをごまかすようにミルクティーを啜っても、全然おいしく感じない。

 と、その時だった。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 不意に聞こえ始めた、カチカチいう音。
 その音が聞こえたと思った瞬間、文子の意識は真っ暗になった。

 会話の消えた保健室の中で、竜泉寺の手に握られたカウンターがカチカチと正確なリズムを刻んでいる。

 裸のままでベッドに腰掛けた文子の瞳からは光が消え、昏く沈んでいた。
 それなのに、口許にはうっすらと笑みを浮かべて心地よさそうな表情すら浮かんでいた。
 そんな彼女の姿を、黙ったままで竜泉寺が見下ろしている。
 そんなふたりの様子を眺める由佳の表情からはさっきまでのふざけた調子はすっかり消え、口許に薄笑いを浮かべて興味深そうに文子と竜泉寺を交互に見ていた。

「……おっと」

 力の抜けた文子の手から滑り落ちそうになったミルクティーの缶を、由佳がそっと受け止める。

「この子はそれが鍵なんですね?」

 ひそひそと小声で訊ねてくる由佳にカウンターを手にした竜泉寺が黙って頷くと、文子の方に向き直る。
 由佳は、興味津々といった様子でその手元のカウンターを見つめていた。

「どう?気持ちがいい?」
「……うん、気持ちいい。だって……ここは私の心の中。すごく気持ちよくて……すごく幸せなところ……」

 竜泉寺の問いかけに、ポツリポツリと答え始める。

「そうだよね。ところで私はさっきまでなにをしてたんだっけ?」
「……私は……保健室で…竜泉寺先生のお手伝いをしてたじゃないの」

 そう答える文子の視線はどこを見るとでもなく、ぼんやりと前を見たままだ。

「それはどうして?」
「……私は今…竜泉寺先生に貸し出されてるから……」
「でも、私は竜泉寺先生に貸し出されることは嫌じゃないの?」
「いえ……それは別に嫌じゃないわ。竜泉寺先生はいい人だし……由佳先輩も優しくて……一緒にいるのがとても楽しくて……」

 虚ろな笑みを浮かべたままでぼそりぼそりと答える文子のその言葉を聞いて、由佳がくすりと小さく笑う。

「なんか、すごく信用されてますね、先生」
「そうじゃないさ。この子の佐知子への信頼の賜物だよ」

 邪魔をしないように小声で話しかけてくる由佳に短く答えると、竜泉寺は質問を再開する。

「竜泉寺先生に貸し出されてることは嫌じゃなくても、こうやって裸でいることは嫌じゃないの?」
「それは……やっぱり嫌。……人前で裸になるのは……やっぱり恥ずかしいし……本当はそんなことしたくない」
「だったら、どうして今は裸になっているの?」
「だって……私は竜泉寺先生に貸し出されているんだから……先生の言うことは聞かなければいけないんだし……。それにこれは私のミスへのペナルティーだから……いけないのは私の方だから……嫌なことでも我慢しなきゃ……」

 そう答えた時に、うっすらと笑みを浮かべていた文子の顔が少し歪む。
 それはまるで、彼女の心の葛藤を滲ませているようだった。

「うん、そうだよね。やっぱり自分のしたミスは自分で償わないとね。その気持ちを忘れたらダメだよ。それに、私が嫌なことを我慢をしていることはきっと竜泉寺先生にも伝わってるから。こうやって私が我慢していれば、きっと先生は褒めてくれるよ」
「……竜泉寺先生に……褒めてもらえる?」
「絶対にそうだって。私が嫌なことを我慢して言いつけを守っていることを、きっと竜泉寺先生は評価してくれる。先生に褒めてもらえるのは嬉しいでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、恥ずかしくても我慢しなきゃ」
「……うん」
「その気持ちを忘れちゃダメだよ」
「……うん」
「じゃあ、前みたいに5つ数えて手を叩くと、私はすっきりした気持ちで元に戻るの。保健室の仕事を手伝った後で、ご褒美のお菓子を食べている途中にね」

 そう言って、竜泉寺は、ふう、と大きく息を吐く。

 その様子をずっと黙って見ていた由佳が、感心したように小声で話しかけてきた。

「へえぇ、しっかりこの子の中に入り込めてますね」
「まあな」
「でも、ひとつだけ言っていいですか?」
「なんだ?」
「先生の女の子口調、ちょっとキモチワルいです」
「それを言うなよ。それもこれも、彼女の心の中に言葉を忍び込ませるためなんだから。……さあ、この子を戻すぞ」
「はい」

 くすくす笑っていた由佳は、文子が催眠術に落ちる前の柔らかな表情に戻って文子を見た。
 竜泉寺もぼんやりと座ったままの文子に向き直ると、5つ数えて、パンッ、と手を叩いた。

「……あれ?私?」
「どうしたの、文子ちゃん?なんかぼーっとしてたみたいだけど?」
「え?……やだ、本当に私、ぼんやりしてちゃってて……」
「なんか考え事でもしてたの?」
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど……」
「でも、缶を落っことしそうなくらい考え込んでたわよ。……はい」
「あっ。ありがとうございます」

 由佳に手渡されたミルクティーの缶を、文子は不思議そうに見つめていた。

 たしかに、さっきまでこれを持っていたはずなのに……。

 缶を手に何度も何度も首を傾げる。
 それに、なんか自問自答していたように思えるけど、何を考えていたのかよく思い出せない。

 本当にぼんやりしてたみたい……。

「わかった!そんなに裸でいるのが気になるのね!」
「あ、いえ、そんな……」

 ポンと手を叩いた由佳に、曖昧な返事を返すことしかできなかった。
 本当はずっと気になっていたし、恥ずかしかった。
 でも、せっかく先輩の由佳が自分を気遣って制服を脱いでいるというのに、はっきりそう言うのはなんだか気が引けた。

「そうか、そんなに嫌だったのか。ちょっと悪いことしたかな」

 竜泉寺も、ポリポリと頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をする。

「あっ、いえっ、そんなことは!それに……これは、私の失敗への罰ですから……」

 本当はすごく嫌だけど、自分が我慢しないといけない。
 そうしなければいけないと文子には思えた。

「うんうん、えらいね、本多さんは」
「あ……」

 感心した様子で竜泉寺が文子の頭にポンと手を置いた。

「じゃあ、もう作業も終わったし、今日はこのくらいにしておこうか」
「えっ?」
「今日はもう服を着て帰ってもいいよ。お疲れ様」
「は、はい……」

 竜泉寺が、ニコニコしながら自分の頭を撫でてくれている。
 それだけのことなのに、やけに嬉しく感じられた。
 恥ずかしさはちっとも変わらないけど、竜泉寺に褒められた、そんな些細なことで恥ずかしいのを我慢して良かったとちょっとだけ思えた。

 畳んでおいた下着を身につけ、制服を着ていく文子の胸は少しドキドキしていた。
 顔もちょっとだけ火照っているような気がする。
 でも、それは裸だったときの居心地の悪いドキドキとは少し違うような気がする。
 その気持ちが何なのか文子にもよくわからなくて、どうしていいのか戸惑ってしまう。

「……あの、本当に今日は帰っていいんですか?」
「うん。また明日来てくれたらいいから」
「それでは、これで失礼します」
「うん、さようなら」
「また明日ね、文子ちゃん」
「はい」

 カバンを手に竜泉寺と由佳に向かってペコリと頭を下げると、文子は保健室を出て行った。

「なんか、変なことになっちゃったなぁ……」

 その晩、お風呂に浸かりながら文子はひとりぼやいていた。

「それは、私がいけないのはわかってるけど……。保健室にいる間は裸でいなくちゃいけないなんて……やっぱり恥ずかしいよ」

 竜泉寺と由佳のふたりしかいないとはいえ、人前で裸になるのは恥ずかしかった。
 それに、保健室という場所柄、放課後とはいっても部活で怪我をした生徒がいつやってくるかもしれない。

 そんなときに、自分が裸でいるのを見られたりしたらどうしよう……。

 そんなところを想像すると憂鬱な気分になって、口許まで顔を湯に沈めて考え込む。
 プクプクとあぶくを立てながら考えてみても、いい考えは浮かんでこない。

 それに、どんなに嫌なことでも我慢しなくちゃいけないよね……。
 自分に押された返却期限の日付を消してしまうなんてミスを犯してしまったのは私の方なんだし。
 これはそのミスに課せられた罰なんだから、私にとって嫌なことなのは当然よね。
 だって、何の苦もなくできることだったら罰にならないじゃないの。

 ぶくぶくぶく……。

 目の前で泡立っては消えていくあぶくをぼんやりと眺めながらそんなことを考える。

 だいいち、そうでなくても竜泉寺に貸し出されている間は、自分は竜泉寺の言うことを聞かなければいけないのだ。

 こんなのを、あと10日ちょっと我慢しなくちゃいけないのよね……。

 そう思うと、返却期限までの時間がものすごく長く感じられる。
 昨日までは、2週間なんてあっという間だと思っていたというのに。

 でも、先生に褒められたときはちょっと嬉しかったな……。

 竜泉寺に頭を撫でられて、妙に照れ臭くて、胸がドキドキして、そしてちょっぴり嬉しかった。

 先生は、ちゃんと自分のことを見てくれている。
 だから、どんなに嫌でももう少し我慢してみよう。

 これから保健室では裸で過ごさなければいけないことを考えると複雑な気分だけど、不思議なことに、お湯に浸かりながら文子の中にそんな前向きな気持ちが湧き上がってきていたのだった。

* * *

 そして、木曜日。

 でも、やっぱり恥ずかしいな……。

 放課後、保健室に行くとまず服を脱ぐ。
 昨日の晩、我慢しようと心に決めたはずなのにいざとなるとやっぱり気が重い。
 この恥ずかしさも、すーすーとする頼りない感じもちっとも慣れない。

「うんうん、今日も可愛いねっ、文子ちゃん!」

 文子につき合って今日も裸になってくれた由佳が、ニコニコと笑いながらそう言ってくれる。
 でも、それがかえって恥ずかしさをひどくさせる気がする。

「そ、そんなに見られたら恥ずかしいです、先輩……」
「あっ、ごめんごめん。でも、こんなに可愛らしいんだもん、ついつい見ちゃうのよね」
「もう……由佳先輩ったら……」
「そんなことより、今日はこれよ、文子ちゃん」

 由佳が、見つめられてもじもじしている文子に雑巾を手渡した。

「これは?」
「うん、この保健室の棚やケースの中ってね、けっこうホコリが積もったりしてるところがあるから、掃除をしようと思って」
「お掃除ですか?」
「そうよ。保健室なのに汚いのってやっぱり嫌でしょ」
「それもそうですね」
「だから、私がケースの中のものを出していくから、文子ちゃんはその雑巾でホコリを取っていってちょうだい」
「わかりました」
「じゃ、こっちの棚からね」

 由佳が、脱脂綿や消毒用アルコールの入ったケースを空にしていく。

 ……先輩のお肌、本当にきれいよね。

 後ろから背中を眺めているだけでもついつい見とれてしまうくらい、由佳の肌はきめが細やかで白かった。
 それに、物を脇に置くときにちらりと見えるその胸。
 大きさだけなら自分も由佳と同じくらいはあると思うけど、彼女の胸の方がずっとふっくらとしていて、柔らかそうな感じに見える。

「……文子ちゃん?ちょっと、文子ちゃん?」
「えっ?あっ、は、はい」
「どうかしたの?」
「いえっ、なんでもないです!」
「そう?そうれならいいんだけど。じゃあ、ここを拭いてちょうだいね」
「はいっ、わかりました」

 由佳に言われた場所を、文子は手にした雑巾で拭いていく。

 それは、何気ない保健室の掃除風景だった。
 ふたりの少女が裸であるということを除いては……。

* * *

「よしっ、これでお掃除は完了っと。ありがとうね、文子ちゃん」
「そんな……竜泉寺先生と由佳先輩のお手伝いをするのが今は私の仕事ですから……」
「さてと、今日のご褒美はなにかな~?先生!棚のお掃除終わりましたよ!」

 ペロッと舌なめずりしてから由佳が掃除の終了を告げると、昨日までと同じように竜泉寺がビニールの袋を差し出した。

「うん、ご苦労様。じゃあ、これは今日の分」
「やった!さあ、文子ちゃん、食べよ食べよ」

 竜泉寺から受け取った袋を手にした由佳が、いつものようにベッドに腰掛ける。
 そして、これまた昨日までと同じように、由佳と並ぶようにして文子もベッドに腰を掛けた。

「どれどれ~?あら、今日は缶があったかいわね……。ん?ホットココアとホットレモンだ!そうよね~、そろそろ温かい飲み物がおいしい季節だもんね……て、裸で言う台詞でもないけどね。文子ちゃんはどっちがいい?」

 袋の中を探りながら、もじもじと居心地が悪そうに座っている文子に由佳が聞いてきた。
 掃除をしていたときは多少気が紛れていたけど、作業が終わると恥ずかしさがぶり返してくる。

「じゃあ、ホットレモンを……」

 ホットレモンのペットボトルを受け取ろうとして文子が手を伸ばす。

 しかし、由佳の手からそれを受け取る前に。

 カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ……。

 正確にリズムを刻む音が響き始めた瞬間、伸ばした文子の手がだらりと下に落ちた。
 そのまま、ぼんやりとした薄笑いを浮かべて文子は動かなくなる。

「ねえ……まだ保健室で裸になるのは恥ずかしい?」
「……うん。当然じゃない」

 カウンターを手にした竜泉寺が訊ねると、文子はコクリと頭を縦に振った。

「でも、竜泉寺先生のことは嫌いじゃないのね」
「……うん。竜泉寺先生も由佳先輩もいい人だし……なにより、木下先生が竜泉寺先生はいい人だって言ってたもの」
「そうだよね。木下先生の言うことは絶対に間違いがないものね」
「……うん」
「木下先生がああ言ってたんだから、竜泉寺先生の言うとおりにしなくちゃいけないよね」
「……うん」
「でも、裸になるのはやっぱり恥ずかしいよね」
「……うん」
「だったら、裸になることを恥ずかしく思わなくなるいい方法があるわよ」
「……え?」

 焦点の定まらない文子の視線が、ぼんやりと目の前の”誰か”を見つめる。
 もっとも、今の彼女は自分の中の声と会話をしているつもりなのだが。

「それはね、むしろ裸でいた方がいいと思えばいいんだよ」
「……裸で……いた方がいい?」
「そうよ。じゃあ、ちょっとここで仰向けに寝てみて」
「……うん?」

 感情のこもっていない声で返事をすると、文子はゆっくりとベッドの上で仰向けになった。

 裸で寝ている文子の、眼鏡の下の瞳は茫然と天井を見つめて、口許にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
 その、ぷっくりと上を向いて張りのある胸のふくらみに、竜泉寺がおもむろに手を伸ばすと軽く握るように揉んだ。

「これ、どんな感じがする?」
「……なんか、くすぐったくて……変な感じ」

 文子の口がボソボソと動いて、抑揚のない返事を返してくる。
 乳房を揉まれている文子のその表情には、さっきまでと何の変化もなかった。

 まだそういう経験のない初心な体には、くすぐったいというのがごくごく正直な感想なのだろう。

 竜泉寺は、そんな未開発な少女の感覚を呼び起こすように根気よくじっくりと揉みしだいていく。

 かなりの時間、そうやって竜泉寺は胸だけを集中して揉んでいた。

「……んっ……んふ……むふぅ」

 と、そうやっているうちに、乳房を揉む動きに合わせて文子が鼻にかかった吐息を漏らし始めた。

「ねえ、どうしたの?」
「……なにか、変。熱いものがおっぱいに当たる感じ……おっぱいもなんだか熱くなって……」
「それは嫌な感じ?」
「……わからない。こんなの……初めてで……んっ……んふうぅ……」

 胸を揉まれながら竜泉寺の問いにぼそりぼそりと答えている文子の鼻から、ときおり熱っぽい息が漏れてくる。

「こういうこと、自分でしたことない?」
「……ないわよ。そんな……こんなに力を入れておっぱいを自分で触るなんて……」」
「そうか、だったらわからないよね。じゃあ教えてあげる。これはね、気持ちいいんだよ」
「……これが……気持ちいい?」
「そうだよ。ほら、もっと注意してこの感触を感じてみて」
「……うん。……んっ……ふうぅ……んんんっ!むふううぅ……」

 胸を揉み続けているうちに、文子の吐息が荒くなっていく。

「どんな感じがする?」
「……おっぱいだけ熱かったのが……なんだか体中熱くなってきて……あふうううっ!」

 竜泉寺に返事を返す途中で、文子が熱のこもった息を吐いた。
 いつの間にか、その頬はほのかに赤くなっていて、桃色に染まった乳房の先では乳首がつんと固くなっていた。
 その固く尖った粒を、竜泉寺が指先でつまむ。

「んんっ、むふううううううっ!」
「どうしたの?」
「なんか今、ビリビリッて電気が走ったような感じが……んんんんんっ!」

 竜泉寺がコリコリと乳首を摘まむたびに、文子がピクンと体を震わせる。

「それは、気持ち悪いの?」
「……いや、気持ち悪くはないけど……びりって痺れるような感じがして……体中がじんじんしてきて……すごく熱くなってくる気がするの。……はうんっ!」
「それはね、気持ちいいのが強くなってるからなんだよ」
「……そうなの?」
「そうよ。気持ちいいのが強くなると、体が熱くなってじんじんと痺れてくるの」
「……そうだったんだ」
「だから、心配せずにそのビリビリくる感じを素直に楽しんだらいいんだよ」
「はい……。んっ!んふううううんっ!」

 乳房ごとぎゅっと握られて、文子が体をよじらせる。
 だが、眼鏡の向こうでは、さっきまで虚ろだったその瞳はトロンと蕩け始めていた。

 乳房と乳首を念入りに愛撫されて、文子は悩ましげな声を上げて体をひくつかせている。
 ほのかなピンクに染まった肌からは、汗が浮き出し、眼鏡のレンズは湯気で曇っていた。

「ねえ、どんな感じ?」
「なんか……本当に、変……。体が熱くて熱くて……んふっ!痺れるみたいなのに……なんだかほわっとしてきて……でも、これ、気持ちいいかも……はうううっ!」
「そう。これって気持ちいいんだよ」
「うんっ、気持ちいいっ!……んふうっ、これっ、気持ちいいよっ!」
「じゃあ、もっと気持ちよくしてあげようか?」
「んんんっ!……うん……ちょうだい……気持ちいいの、もっとちょうだい」

 まるで、熱にうなされたように竜泉寺にねだる文子の表情は緩み、だらしなく開いた口からは舌を出してはぁはぁと喘いでた。

「そう?じゃあ、ここはもっと気持ちいいよ」

 竜泉寺の手が乳房から離れ、文子の股間へと伸びていく。
 そして、その先にある、すっかり固くなって剥き出しになった、赤く充血した肉芽を摘まんだ。

「はうううううううんっ!すごいっ!それすごいのっ!ものすごくビリビリきてっ!あはああああっ!」

 ひくひくと痙攣させながら文子の腰が浮き上がった。
 すぐ下の裂け目から溢れてきた蜜が竜泉寺の指を湿らせていく。

「ちょっと刺激が強すぎた?」
「はひいいいいっ!これっ、すごすぎてっ……でもっ、気持ちいいっ!気持ちいいのおおおぉっ!」

 体をよじらせながら、文子が素直に快感を口にする。
 敏感な部分を執拗に愛撫されるうちに、まだ、そういうことは未経験の少女の体の感性が目覚めようとしていた。

「そう?だったらここは?」
「んくううううううっ!そこもっ、そこもすごく気持ちいいっ!」

 すっかり湿った裂け目の中に竜泉寺が指を突っ込むと、文子のふとももがその手を挟み込むようにキュッと閉まる。

「んふううううっ!そこっ、ビリビリきてっ、気持ちいいっ!」

 突っ込んだ指で内側を擦りつけるように掻き回してやると、足をばたつかせて文子の身体が跳ねた。

「いい?よく聞いて。実は、この気持ちいいのを竜泉寺先生はいつでも与えてくれるの」
「竜泉寺先生が?んんっ!はあんっ!」
「そうよ。私は、竜泉寺先生におっぱいやここを触られると、このビリビリして気持ちいいのを感じることができるの。それって、とても素敵なことだと思わない?」
「うっ、うんっ!はうっ、はいいぃっ!あうっ!うふうううんっ!」
「それにね、おっぱいやここだけじゃなくても、竜泉寺先生になら体のどこを触られても気持ちよく感じちゃうよ」
「はいっ、はうううううううっ!」
「だから、竜泉寺先生に気持ちよくしてもらうためなら、保健室では裸になっていた方がいいでしょ?」
「うんっ!あんっ、そこっ、イイいいぃっ!」

 竜泉寺の愛撫に身を任せながら、文子はその言葉を心の奥深くで受け容れていく。

 と、文子の様子がそれまでとは少し変わった。

「ふああああああっ!変っ、すごく変な感じっ!体中じんじんしてっ、お腹の中が熱くてっ、ひくひくしてっ、周りが白くなってきてっ……んふうううううっ!」

 大きく喘ぎながら全身を痙攣させている文子の声が、切羽詰まった響きを帯びてきた。

「それはね、私がイキそうになってるから」
「イク?」
「そう。体中、気持ちいいのでいっぱいになって、体の中で弾けてしまうの。でもね、イクときはものすごく気持ちいいんだよ」
「んんんんっ!ああっ、わたしっ、イキたいっ!イカせてっ、おねがいいいいいっ!」
「うん、わかった」

 竜泉寺が文子のそこを激しくかき混ぜながら、勃起した肉芽をきつく摘まんだ。

「んふうううううううううううううううっ!」

 悲鳴とともに文子の体が弓なりに跳ね上がり、そのままブルブルと震えながら固まった。
 浮き上がった腰から、シーツの上にボタボタと愛液が滴り落ちていく。

「ふうううううぅ……ああっ……あふうううぅ……」

 しばらくそうやって体を痙攣させた後で、ドサリとベッドの上に崩れ落ちた。
 そのままぐったりとして、胸を上下させている。

「こんなにぐしょぐしょにして、気づかれませんか?」

 由佳が、愛液で濡れた文子のももをティッシュで拭いていく。
 裂け目の辺りを拭うと、文子の体がひくひくっと微かに反応した。

「大丈夫だろう。起こすときには元のように座らせるし、こんなベッドの真ん中が湿ってることには気がつかないさ」

 事もなげにそう答えながら、竜泉寺は由佳が文子の体を拭き終えるのを眺めていた。

「このくらいでしょうかね、先生?」
「うん。そんなもんだろう」

 由佳に促されて文子の体をチェックすると、竜泉寺は改めてベッドの脇に立つ。
 さっきから、文子はベッドの上でぐったりとしたままだったが、絶頂した直後には胸を大きく上下させて荒く息をしていたのも、もうだいぶ収まってきていた。

「さあ、起きて」
「……うん」
「さっきのようにこっちに座って」
「……うん」

 竜泉寺の言葉に従ってのろのろと体を起こすと、文子は最初のようにベッドに腰掛けた。

「いい?もう一度確認ね。私は竜泉寺先生に体を触られると、すごく気持ちよく感じてしまう」
「……うん。私は竜泉寺先生に体を触られると、すごく気持ちよく感じてしまうの」
「そして、気持ちよくなればなるほど幸せな気持ちになって、裸でいるのが恥ずかしくなくなってくる」
「……私は、気持ちよくなればなるほど、幸せな気持ちになって、裸でいるのが恥ずかしくなくなるの」
「じゃあ、5つ数えて手を叩くと、私はすっきりした気分で目が覚めるよ。……1、2、3、4、5」

 竜泉寺が5つ数えて手を叩くと、文子はハッとした表情で周りを見回す。

「……あれ?私?」
「どうしたの?文子ちゃん」

 きょろきょろとしている文子に、由佳が不思議そうに尋ねてくる。

「あ、いえ、なんでもないんです」

 慌ててそう答えながらも、文子も不思議な感じがしていた。
 なんだか、さっきまで夢を見ていたような気がする。それも、すごく気持ちのいい夢を。
 それに、体が少し火照っているような気もする。
 裸ですうーっとするのが気になっていたはずなのに。

 ……でも、気のせいよね。

 軽く頭を振って、その不思議な感じを打ち消した文子の目の前に、1本のペットボトルが突き出された。

「はい、文子ちゃん。ホットレモンよ」
「あ、はい、ありがとうございます……」

 ペットボトルを受け取って、やっと文子は自分が保健室の棚の掃除をして、竜泉寺のご褒美のお菓子とジュースをもらったところだったことを思い出した。

「……ん、ぬっるーい!先生ったらどこに買いに行ったんですかぁ?」
「どこって、正門の近くのコンビニだけど」
「もうちょっと熱いの買ってきて下さいよ~!」

 ココアをひとくち啜って、竜泉寺に向かってブツブツと文句を言っている由佳の隣で、文子もペットボトルのキャップをとって口をつける。

 ホントだ、ぬるい……。

 生暖かいホットレモンを喉に流し込みながら、文子も首を傾げる。

 それが、自分が催眠術にかかっていた間に冷めてしまったのだということなど、彼女にわかるはずもなかった。

 でも、こんなこともあるよね。

 そのことはあまり気にすることもなく、文子はホットレモンを飲んでお菓子をつまみながら由佳と談笑していた。

 と、その時。

「今日もお疲れさま、本多さん」
「ひああああああっ!」

 竜泉寺に、肩にポンと手を置かれてそう言われたときに、ビリビリと電気が走った気がして思わず文子は悲鳴を上げてしまった。

「どうしたの!?文子ちゃん!?」
「いえ……今、なんかビリビリってして……」
「え~!?先生、なんかしたんですか?」
「いや、なにもしてないって。ただ、こうやって本多さんの肩に手を置いて……」
「ああああああっ!」

 竜泉寺が文子の肩に手を置くと、またビリビリと痺れるような感じがした。
 それに、まるで走った後みたいに心臓がドキドキしている。

「またっ、ビリビリって!」
「おかしいなぁ……僕は静電気体質じゃないんだけどなぁ……」

 竜泉寺は、自分の手を見ながら首を傾げている。
 もちろん、文子にもいったい何がどうしてこうなったのかよくわからない。

「ねっ、ねっ、私にもしてくださいよ、先生!」
「こうか?」
「きゃ!エッチ!」
「バカ、ふざけてるんじゃないよ」
「じゃあ、私が文子ちゃんを触ったらどうなのかな?」

 そう言って、由佳の手が文子の肌に触れた。
 でも、暖かくて柔らかい感触があるだけで特に痺れるような感じはない。

「特に……なんともないです」
「へえぇ、じゃあ、先生が触ると?」

 竜泉寺が、もう一度文子の体に触れると、また電気が走るような刺激を感じた。

「あああああっ!まっ、またビリビリってきました!」
「ふむ……なんなんだろう?興味深いな、これは。本多さん、痺れるような感じがしたって言ったけど、それは嫌な感じだったり、気持ち悪かったりするかな?」
「……え?そういえば、少しびっくりしましたけど、特に嫌な感じはしなかったです」

 竜泉寺に言われて改めてよく考えてみると、強い刺激に驚きはしたものの、別段気持ち悪くは感じない。
 それどころか、なんだか気持ちよく感じたような気がする。
 それに、こんなのは初めてのことなのに、この感じは初めてじゃないような気がする。
 どこかで感じたことがある気がするのに、いつどこで感じたのか思い出せない。

「ねっ、文子ちゃん!もう一度私が触ってもいい?」
「いいですけど……きゃあっ!」

 いきなり、由佳の手で両方の乳房を掴まれて、文子は驚いて悲鳴を上げた。

「ねっ、ねっ!ビリってきた!?」
「もうっ、先輩ったらいきなりそんなとこ触って、びっくりしたじゃないですか!」
「で、どうだったの?」
「それは……ちょっとビリってきたような……」

 たしかに、さっき由佳に胸を掴まれたときの感じは、竜泉寺に触られたときの感じにちょっと似ていたように思えた。
 体の中が痺れるような、電気が走るような感覚。
 でも、竜泉寺に触られたときの方がずっと強烈だった。

「じゃあさ!先生におっぱい触られたらどうなるんだろうね!?」

 いかにも興味津々という表情で由佳が身を乗り出してくる。

「ええっ?そ、それは……」

 さすがに、竜泉寺に胸を触られるのはためらわれた。

「おいおい、さすがにそれはちょっとやりすぎだろう。まあ、僕だってどうなるのか気にはなるけどね」

 竜泉寺がはしゃいでいる由佳をたしなめるが、その表情と口調からは竜泉寺も興味を持っていることがうかがえた。

 どうしよう……。
 本当なら絶対に嫌なんだけど、竜泉寺先生がそうしたいんだったら少しくらいいいかな?
 それに、私は今、竜泉寺先生に貸し出されているんだし、先生のしたいことに従わないといけないよね。

 きっと、普段の自分なら絶対に断っていたはずだ。
 でも、今の自分は竜泉寺の言うことに従わなければいけない身だった。
 それは、胸を触られるのにはちょっとためらいがあるけど、不思議とそこまで嫌には思えなかった。
 それどころか、さっきの痺れるような刺激をもう一度感じたいとすら思えた。

「……先生がそうしたかったら、私、いいですよ」
「ええ?」
「私は竜泉寺先生に貸し出されているんですから、先生がやってみたいと思われるんでしたら、ちょっとぐらいなら……おっぱい、触ってもいいです」

 それだけのことを言うのに、顔が真っ赤になってしまう。
 やっぱり、いざ口にしてみると恥ずかしかった。

「本当にいいのかい?本多さん?」
「はい……先生がそうしたいのでしたら……」
「じゃあ、きみの言葉に甘えさせてもらっていいかな?」
「はい、どうぞ……」
「じゃあ、いくよ」

 竜泉寺の手が、自分の胸に近づいてくるのがまるでスローモーションのように思えた。
 ものすごく胸がドキドキして、顔が熱くなってくる。
 緊張で体が固まってしまいそうだ。

 そして、その手が乳房をぎゅっと掴んだ。

「ああっ!はうううううううううううんっ!」

 さっき、肩を触られたときとは比べものにならなかった。
 頭をガツンと叩かれてような感じがして、目の前に火花が散った気がした。
 つま先から頭のてっぺんまでビリビリと痺れが走って、わけがわからなくなりそうだった。
 体中が火照ったように熱い。お腹の下あたりが特に。
 でも、それがなんだか夢の中にいるように心地いい。

「ちょっと!?大丈夫、文子ちゃん!?」

 竜泉寺の手が離れると、急に体の力が抜けてクタッとなるのを由佳が支えてくれた。

「は、はい、大丈夫です」

 そう答えながらも、まだ気持ちがふわふわして宙に浮かんでいるような感じがしていた。
 それに、体が熱くて、乳首の辺りがズンズンと疼いているような感じがする。

「本当に大丈夫かい?」
「はい、本当に、大丈夫です」

 心配そうに訊ねてきた竜泉寺にもそう答えると、由佳に預けていた体を起こす。

「で、どんな感じだったんだい?」
「すごかったです。さっき肩を触られたときの何倍も痺れる感じで、体中をビリビリ走り回るみたいで、それに、目の前で花火が弾けたみたいにチカチカして、頭の中がほわんとしてきて……」
「それは辛かったね。悪かったね、こんなことして」
「あ、いえ、全然辛くなかったです。それどころか、なんか……気持ちいい、みたいな?……私って、変なんでしょうか?」
「うーん、それはまだなんとも言えないね。もうちょっとよく調べてみないといけないだろうし」
「そうですか……」

 竜泉寺に、腕を組んで考え込みながらそう言われると文子にはもうなにも言えなかった。
 文子自身、自分の体に突然起きた変化に戸惑いを隠せないでいた。

 そうやってしばらく考え込んでいた後で、ようやく竜泉寺が口を開いた。

「まあでも、それはまたの機会にして、いつもよりもだいぶ遅くなったから今日のところは制服を着て帰った方がいいかな」
「あ……はい」
「じゃあ、服着よっか、文子ちゃん」
「はい」

 由佳に促されて下着と、畳んでおいた制服を身につけていく。

「それでは、失礼します」
「ああ。気をつけてお帰り」
「また明日ね、文子ちゃん!」

 制服を着ると、竜泉寺と由佳に挨拶して文子は保健室を後にしたのだった。

* * *

「いったい、なんだったんだろう、あれ?」

 その日の晩、お風呂に浸かりながら文子は学校でのことを考えていた。

 竜泉寺に体を触られたときの、電気が走るような感じ。
 でも、由佳が触ったときには特に変わった感じはしなかった。

 文子は、自分の手を自分の体に当ててみる。

 もちろん、なんということもない感触がしただけだった。
 竜泉寺に触られたときの、ビリッとするような感じもしない。

「じゃあ、ここだったら……」

 自分の手で、両方の乳房を掴んでみる。
 手に当たる、柔らかい感触。
 それを、むにゅむにゅと揉んでみる。

「あれ?」

 時々、じん、とくる瞬間があるような気がした。
 でも、あの時と比べるとすごく微かで、ほとんどなにも感じないのと一緒な気がした。

「……あっ!」

 揉んでいるうちになんだか乳首の先が固くなってきた気がして、指先でつまんでみるとちょっと電気が走ったような気がした。
 今度は、指先にもう少し力を入れてみる。

「ああっ、これ!」

 指先に力を入れたときのビリッとした感じが、竜泉寺に触られたときの感じと似ているように思えた。
 でも、こんなのではまだ全然弱い。

 どこか、他のところは……。

 もっと強い刺激を感じる場所を探して体を探る自分の手が、ごくごく自然に股間の方へと降りていった。

「やだっ!これ、近いかもっ!」

 アソコの裂け目の内側に指を潜り込ませた瞬間、体が勝手にビクンと震えた。
 その中を擦ったときに体に走った感覚。
 それが竜泉寺に触られたときの感じにとても近いように思えた。

「そう、こんな感じ。……はうっ!くううううううっ!」

 刺激を求めてアソコの辺りをまさぐっていた指が偶然クリトリスに当たって、バシャッと大きな水音を立てて体が跳ねた。

 この、全身を電気が走るような感覚。

「そうっ、これっ、これよっ!……ふあっ、あくうううっ!」

 それは、竜泉寺が触ったときの感じに限りなく近かった。
 この、ビリビリと痺れる刺激、体中が火照って、下腹部が疼く感じ。
 そうだ、学校ではどこが疼いていたのかはっきりとはわからなかったけど、こうしているとよくわかる。アソコが疼いていたのだ。

「やだっ、これ、気持ちいいっ!」

 クリトリスとアソコの中を弄るときのこの刺激が、とても気持ちよかった。

「はうんっ!もっと……んんっ!」

 それまでオナニーすらしたこともなかった文子には、この快感は衝撃的だった。
 初めて性的な快感に目覚めた少女は、バシャバシャと水音を立てながら、夢中になってアソコを弄り続けたのだった。

* * *

 翌日。

「あの、今日は何をしたらいいんですか?」

 放課後、保健室に来て制服を脱いだ文子は竜泉寺にその日する作業を訊ねる。

 なぜかはよくわからないけど、その日は裸になるのが昨日までほどは恥ずかしくなかった。
 もしかしたら、この格好にも慣れてきたのかもしれなかった。

「うん、今日してもらうのは作業じゃなくてね……」

 その日の竜泉寺は、いつもとは違って少し歯切れが悪かった。

「なんですか?私にできることならなんでもしますけど?」
「うん、昨日のことがやっぱり僕も気になってね。だから、今日はきみの体のことを調べようと思うんだ」
「私の……体をですか?」
「そうだよ。で、昨日みたいに刺激が強すぎたり、恥ずかしいことをしたりするかもしれないから、もし本多さんが嫌だったらやめにしようと思ってね」
「大丈夫です」

 即答だった。
 自分でも驚くくらいに、竜泉寺の申し出をあっさりと引き受けていた。

「本当かい?」
「はい。ですから、どうか私の体を調べてください」

 そう答えた文子は、胸が期待で高鳴っているのを感じていた。
 結局、昨日はお風呂から上がって布団に入った後もアソコを弄っていた。
 それはそれで気持ちよかったのだが、体は熱くなる一方で何かが満たされなかった。
 竜泉寺に触られたときの感覚には何かが足りないような気がしたのだ。
 その、満たされなかったものを竜泉寺なら満たしてくれる。
 そのことへの期待が躊躇なく自分の体を調べるという申し出を引き受けさせたのだった。

「うん、じゃあ、そこのベッドに仰向けに寝てくれるかな?」
「わかりました」

 言われたとおりに、文子はベッドの上で仰向けになる。

「じゃあ始めるよ。まず、ここはどうかな?」

 竜泉寺が文子の腕を掴むと、そこから快感が電気になって走った。

「はいっ!けっこうっ、感じます!」

 アソコを自分で触ったときほどではないけど、胸を触ったときよりかはずっと強い快感を文子は感じていた。

「じゃあ、次」
「んふうううっ!そこっ、さっきよりも、すごいですっ!」

 おへその周りを撫でられると、腕を掴まれたときよりかはいくぶん強い刺激を感じた。

「じゃあ、ここは?」
「そこはっ、お腹よりも弱いですっ!」
「じゃあ、ここ」
「そこはっ、さっきと同じくらい、です!」
「次はここ」
「んくううう!そこっ、いままでで一番ビリッときます!」

 それから、竜泉寺は文子の脛、ふくらはぎ、もも、内もも、脇腹、頬、首筋など、様々な箇所を触っていった。
 どこを触られてもビリリと痺れるような快感が走るのは変わらないが、昨日ほど驚きはしなかった。
 昨夜、自分でアソコを弄っていたときの快感が基準になって、落ち着いて感覚の強弱を感じられるような気がしていた。
 実際、いろんなところを触られると、場所によって感じ方にも微妙な違いがあるのがよくわかった。
 内ももや脇腹、首筋など、肌が柔らかくて敏感な場所ほど気持ちよく感じられるように思えた。

 しかし、肝心な部分にはなかなか順番が回ってこなかった。
 確かに、これはこれで気持ちはいいのだけれど、それだけでは満足できそうになかった。
 むしろ、焦らされているように思えてもどかしい。
 もう、文子の胸はさっきからパンパンに張っているように思えて乳首の先がジンジンしていたし、アソコも鼓動に合わせてズキズキと疼いているように感じていた。

 早く、早くここを触って欲しいのに……。

 自分の体が調べられているのだということなどすっかり忘れて、文子の胸はその思いで一杯だった。

 そして、やっとその願いが叶えられるときがきた。

「ふあああっ!むふううううううううっ!」

 乳房を掴まれた瞬間、強烈な快感と、ようやく満たされた悦びに同時に襲われて、文子の体は仰け反ったままヒクヒクと打ち震えた。 
 いままで触られたどの箇所も、この快感には及ばなかった。

「ひあああああああっ!そこっ、しゅごいですうううううううっ!」

 カチコチになった乳首を摘ままれると、ズキッと頭にまで響く刺激に勝手に体をよじってしまっていた。
 昨日、クリトリスを触ったのと同じくらいの刺激が全身を駆け巡って、また目の前で火花が散った。

「あんっ、んふうううううううっ!しゅごいっ!おっぱいっ、気持ちいいですうううっ!」

 もう、誰はばかることなく快感を口にしながら文子は体を悶えさせていた。
 これ以上気持ちいいことはないだろう、と、そう思えたのに。

「はうううううううっ!いあああああああああああっ!」

 股間に何か当たってアソコの中に入ってきたかと思うと、クリトリスとアソコの中を同時に擦られて文子の中で快感が爆発した。
 そして、目の前が真っ白になったかと思うと、もう何が起きているのかわけがわからなくなったのだった。

* * *

「文子ちゃん!起きてっ、文子ちゃん!」
「ん、んんん……あ、由佳、先輩……?」

 体を揺すられて目を開くと、由佳が心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫?文子ちゃん?」
「ふぁぁい……だいじょうぶ、ですうぅ……」

 そう答えると、由佳に助けられて文子は体を起こす。
 大丈夫と答えながらも、まだ、その目はトロンと蕩けて、表情も快感に緩んだままであることに自分でも気づいていなかった。

「本当に大丈夫なの?」
「だいじょうぶ、ですよぉ……んふううぅ……」

 そう答える文子の体がふわふわしてバランスがとれないし、頭の中もくらくらとして、自分が何をしていたのかも思い出せない。
 ただ、とにかく満ち足りて心地よい感覚に浸っていた。
 その顔はまだ赤く火照って、呂律もうまく回っていない。
 きっと、知らない人間が居合わせたら文子が酒に酔っているのだと勘違いしたかもしれなかった。

「文子ちゃん、とりあえず、これ飲もうね」
「ひゃあっ!」

 頬に当てられたスポーツドリンクの缶がやけに冷たく感じられて、文子は悲鳴を上げていた。
 でも、その冷たいのが火照った体には気持ちいい。

 由佳が缶を開けて口許まで持ってきてくれたそれを飲んでいるうちに、少しずつ意識がはっきりしてきた。
 それで、ようやくさっきのことをはっきりと思い出した。
 竜泉寺に体のあちこちを触られて、それがものすごく気持ちよくて、わけがわかなくなった。

「ありがとうございます、先輩……。もう、大丈夫です」
「本当に大丈夫?文子ちゃんったら、いきなり気を失っちゃうんだもん。びっくりしちゃったよ」
「すみません、心配をかけてしまって」
「いや、別にいいから、このくらい」

 自分を気遣ってくれる由佳に、文子は何度も頭を下げる。
 由佳の後ろでは、竜泉寺が腕を組んで心配そうにこっちを見ていた。
 その姿を見ると、胸がドキドキして顔が赤くなるのを感じる。
 さっきの気持ちいいのを思い出してしまう。
 すごく気持ちよくて、とても幸せな気分だった。
 でも、さっきは夢を見てるような感じだったけど、冷静になるとちょっと恥ずかしい。

「ごめんなさい、竜泉寺先生にも心配をおかけして……」
「いや、それよりも謝るのはこっちの方だよ。気を失うくらい刺激が強すぎたなんて。本当にすまなかったね」
「あっ、いえ、私は大丈夫ですから。それに……」

 すごく気持ちよかったですから、という言葉はさすがに恥ずかしすぎて言えなかった。

「しかし、この分では本多さんの体を調べるのは大変そうだね」
「そんなことないです!私はかまいませんから……」
「本当にいいのかい?」
「ええ、ですから、来週も私の体を調べてください」

 そう言った文子の言葉は、志願というよりかはむしろ願望に近かった。
 それは、恥ずかしい思いはあるけど、あんなに気持ちいい経験ができるのなら、もっとしてもらいたいという思いの方が強かった。

「そうか……来週か……」
「どうかしたんですか?」
「いや、今日は帰りがけに僕の家の前まで来てもらおうと思ってたんだけどね。ほら、土日は学校が休みだろ。だから、その間は僕の家に来てもらおうと思ってね」
「はあ……」
「今週末は特に予定があったりするのかな?」
「いえ、なにもないですけど」
「じゃあ、どうだろう?明日と明後日、うちに来てくれないかな?」
「……はい、わかりました」
「よし、じゃあ、今日はもう帰ろうか。きみが目を覚ますのを待っているうちに遅くなってしまったし」

 気がつけば、外は夕日もだいぶ落ちてもう暗くなりかけていた。

「じゃ、服着ようか、文子ちゃん」
「はい」

 ふたりが制服を着るのを待ってから、3人で保健室を後にする。

「ここのマンションの406号室が僕の部屋だから」

 正門を出て最初の角で由佳と別れた後、やってきたのは駅の近くのマンションだった。
 学校からはそんなに離れてないし、ここだったら文子の家からも歩いてそう遠くなかった。

「明日の11時半に僕の部屋まで来て欲しいんだけど」
「わかりました。406号室ですね」
「うん。それじゃあ、今日はもうお帰り。時間もだいぶ遅くなったから気をつけて」
「はい。それでは失礼します」
「うん、それじゃあまた明日」

 ペコリと頭を下げると、文子は日の暮れた街の中を家へと歩いて行った。

< つづく >

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