黄金の日々 第1部 第3話 後編

第1部 第3話 後編

 猫は、本来この世の生き物ではない。こことは違う、どこか別世界から来た生き物である。

 そういう考えが生まれたのはいつ頃であったのか、もはや判然としない。

 この物語の時代よりもずっと後に書かれた聖書の中に猫が登場しないことや、魔女に近しい動物として猫が挙げられること、また、世界各地に人間を騙す猫の話が残っているのも決して由ないことではない。
 確かに、猫たちは常に人間の近くで暮らしながら、決して人間に媚びることなく、自主独立、自由に生きている動物であると考えられてきた。
 しかしそれは、やはり人間の近くで生きてきた犬たちと比較してのことである。犬たちは主人に忠実であり、猟犬として狩人に従い、牧羊犬として家畜を追い、番犬として主人を守り、常に人間のパートナーとしての役割を果たしてきた。

 だから、人々は猫のことを指して言う。奴らは気ままで、主人の恩を3日で忘れてしまう、と。

 だが、実際には、猫が人間のパートナーでなくなってしまった本当の理由は、魔法が廃れてしまったからなのだ。
 猫が主人への忠実さを持ち合わせていない動物などではないことを、魔法使いたちは知っていた。
 ただ、猫たちを主人に繋ぎ止める、その繋ぎ方が違うだけなのだ。
 犬と同じように、綱や鎖を猫に括りつけるのはナンセンスである。猫とその主人とは、魂と魂とを結びつけなくてはならない。そして、それを為せるのは魔法の業だけだ。
 その証拠に、使い魔となる動物としては、犬よりも猫の方が圧倒的に多い。
 だからこそ、魔法が廃れてしまった後の時代になると、猫は魔や闇に属する動物と考えられるようになり、人間のパートナーとしての立場に立つことはなくなってしまった。

 しかし、これは、まだ魔法が人間たちの世界に息づいていた頃の物語である。 

* * *

「いらっしゃい、フェレス」

 黒いローブを纏った、赤紫の髪の女が手を差し出すと、純白の猫が一匹、喉を鳴らしながら近寄ってくる。

「何も変わったことはなかった?そう、それは良かったわね」

 猫と会話しているその女性は、別に気がふれているわけではない。
 彼女こそは、このヘルウェティアの魔導長、ピュラであった。そして、白猫は彼女の使い魔のフェレス。
 魂で結びついた使い魔とその主人は、ある一定の距離の中でなら互いに意志の疎通ができる。
 その、紫紺の瞳に知性的な光を湛え、穏やかな笑みを浮かべてピュラは使い魔の報告を聞いている。見た目には、まだ40手前くらいに見える落ち着いた雰囲気の美人だ。
 
 ピュラは、昔から猫が好きであった。
 もともと、魔法使いと猫は親しい関係にある。
 しかし、彼女自身、自分の猫好きが生来のものであるのか、自分が魔法使いになったからなのかは、はっきりとはしなかった。
 もっとも、幼い頃から魔法使いとしての修行を始めた彼女にとって、それはどちらでも同じことだったかもしれない。

 自分の屋敷の庭で、使い魔のフェレスに柔らかく優しい視線を注ぎながら、その話にひとつひとつ頷いているピュラ。

(ふう、ようやく見つけたわ)

 その様子を、一匹の黒猫が物陰から眺めていた。エミリアである。
 昨夜、フローレンスの町に忍び込んだ後、他の猫たちから情報を集めながら夕方になってようやくこの場所にたどり着いたのだった。

(なるほど、あれがその魔導長さんね。確かに猫が好きそうだわ)

 瞳を輝かせて、ピュラの方を窺うエミリア。
 今は、用心して魔力を完全に抑えているので、気付かれた気配はない。

(まあ、あたしも少しはシトリーの役に立たないとね。じゃ、早速行くとしますか)

 黒猫は、意を決したように近くにあった石の鋭く尖った部分に前足を引っかけて傷をつける。

(くうっ、痛たたた!でも、ここは我慢我慢……)

 そして、よろよろとピュラの方に歩いていく。

「おや、こんな日にお客さんかしら?」

 突然、物陰から姿を現した黒猫の姿に、ピュラは嬉しそうな声をあげる。
 だが、すぐにその様子がおかしいことに気付いた。

「どうしたの!?ここ、怪我してこんなに血が出ているじゃない!すぐに手当しないと。さあ、いらっしゃい。フェレス、あなたも」

 前足にひどい怪我をしているのに気が付くと、ピュラは黒猫を抱き上げて部屋の中に入っていく。

「これでよし、と。ごめんなさいね、治療系の魔法が使えなくて」

 傷口に薬を塗り、包帯を巻き終えるとピュラは申し訳なさそうに呟く。
 神聖魔法ならいざ知らず、通常の魔法系統では治療系の魔法は特別の素質がないとマスターできないため、使える者は限られている。

 そんな彼女の呟きを理解したのか、黒猫がピュラの手を嬉しげに舐める。

「ああ、わかってくれたの。いい子ね」

 ピュラは、目を細めるて黒猫を撫でてやると、立ち上がって隣の部屋の方に行く。

「さあ、食事の準備をしてあげるわ。フェレス、あなたもまだなんでしょ」

(このヒト、ホントに猫が大好きなんだ。こうしてると、とてもじゃないけどこの国一番の大魔導師には見えないわね) 

 手際よく、2匹分の食事を準備しているその姿を眺めながらエミリアは胸の内でひとりごちる。

「ほら、どうぞ。たっぷり食べなさい」

 目の前に出された皿の中身に、エミリアはひとくち口をつけてみた。

(うわっ、おいしっ!猫のエサになんていい肉使ってんの?)

「ふふっ、気に入ってくれたみたいね」

 目の前に置かれた皿に向かって、がっつくように食べ始めた黒猫の姿を見てピュラが笑みを浮かべる。

「さ、ご飯を食べたら、ゆっくり休んで傷を治しなさい」

 食後の後片付けを済ませると、ピュラは黒猫の横にしゃがみ込んで話しかけてきた。
 頭を優しく撫でられて、黒猫も目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす。 

(まあ、本格的に動くのは明日からね。とりあえずはあの白猫ちゃんから情報でも集めようかな)

 そんな、黒猫ならぬ、エミリアの心の声に、ピュラは気付くことはなかった。

 翌朝。
 エミリアの目が覚めたときには、もう外はすっかり明るくなっていた。

(んにゃ……ふわあああ。はっ、そういえば、あたしったら潜入工作中なのよね)

 寝ぼけ眼で大きく欠伸をする黒猫姿のエミリア。

 たとえ眠っていても変身は解けることはないし、魔力も完全に抑えたままとはいえ、もしシトリーが見ていたら呆れるか怒るか、もしくはその両方であろうというくらい緊張感のないエミリアであった。

「あら、お目覚めかしら、黒猫ちゃん?」

 その声に見上げると、まさに部屋を出ようとしていたピュラと目が合った。

「じゃあ、私は魔導院に行かなくちゃいけないから。あなたはゆっくり休んでいなさいね」

 そう言って微笑むと、軽く手を振ってピュラはドアを閉める。

(んにゅにゅにゅ、起きたとたんに出かけてしまうとは。ま、いっか、今日はあのおばさんに用はないし)

「おはよう、子猫ちゃん」

 その時、背後から不意に声、いや、鳴き声をかけられる。
 振り向くと、声の主はあのフェレスとかいう白猫だった。

「あ、お、おはようございます」
「いいのよ、あなたは怪我をしてるんだから寝ていなさい」

 慌てて起きあがろうとすると、たしなめるように白猫が制止する。

「す、すみません」
「なにも謝ることじゃないわよ」

 再び横になったエミリアに寄り添うようにしてフェレスも腹這いになった。

「私の名前はフェレス」
「ええっと、あたしは……名前はないんですけど」

 エミリアは、一瞬、名前を名乗ろうとして思いとどまる。

「ふーん、じゃあ、野良育ちなの?」
「え、ええ」

 そう、猫に人間風の名前が付けられているということは、飼い主がいるということだ。
 ここは、名無しを通した方がいい。
 下手に自分のことをペラペラ喋ると、この白猫からその主人に報告されてしまうかもしれない。

「それにしても、どうしたの、この怪我?」
「あ、これはね、ちょっと子供たちに追いかけられちゃって。それで、逃げてる途中に足を踏み外してしまったんです」
「そうだったの、それは災難だったわね。子供っていうのはたちが悪いから」
「そ、そうですね」
「どう、まだ痛む?」

 フェレスが、包帯が巻かれたその前足の近くを優しく舐める。

「いえ、もうだいぶ痛みは引きました」
「そう、良かった」

(なんだ、見た目が真っ白で綺麗だから、てっきり高慢な子と思ってたら、意外と優しいじゃない)

「それに、フェレスさんのご主人、とても優しい人で、本当に助かりました」
「そうね。ピュラ様は本当に私たち猫が大好きだから」

(いや、まあそれは昨日の様子を見ていたらすぐわかるけどね)

「ピュラさんって言うんですか、あの人」
「ええ、そうよ。ピュラ様はこの国で一番の大魔法使いなのよ」

(いや、それは知ってるんだけどね)

 エミリアは内心でつっこむが、もちろん表情には出さない。

「へえ、そうだったんですか」

 この季節にしては柔らかい日差しが窓から射し込み、気怠げな空気が漂う中、穏やかに会話を交わすエミリアとフェレス。
 猫の会話には、鳴き声だけではなく、唸り声や喉を鳴らす音、さらには尻尾や前足の動きも使うので、傍目にはただ白黒2匹の猫がじゃれ合っているようにしか見えない。

「そうよ、ピュラ様はね、ここ、魔法王国ヘルウェティアの魔法使いの頂点に立つお方なの」

 そう言って、フェレスが少し誇らしげな表情を見せた。

「フェレスさんもピュラさんのこと大好きなんですね」
「私は特別。私はね、ピュラ様の使い魔なのよ」
「使い魔?」

 当然のことながら、エミリアは使い魔のことはよく知っているが、野良猫を装うためにそんなことはおくびにも出さない。

「そうよ、使い魔は、私たち猫みたいな動物が術によって、ご主人様と結びつけられた存在なの」
「それって、魔法で縛りつけられるってこと?」
「少し違うわ。ピュラ様の話では、使い魔にしようとする動物を屈服させるか説得するかして相手の同意を得られないと術が成立しないらしいの。だから、一方的に縛りつけるというわけではないのよ。もちろん、私は進んでピュラ様の使い魔になりたいと思ったけど」
「ふーん」
「わかったでしょ。だから私は特別なの。使い魔になると、その主人とは魂で結ばれるから、少しくらい離れていても心で会話ができるの。ご主人様と意志の疎通ができるなんて、夢みたいでしょ」
「へえ。じゃあ、今もフェレスさんはピュラさんと話ができるんですか?」
「この距離だとちょっと無理ね。でも、この建物の中なら、間に壁があっても会話ができるわ。だから、ピュラ様が帰ってくると、私にはすぐにわかるの」

(なるほど、あのおばさんが魔導院に行っている間はこの子との会話はできないのね。チェックチェック、と)

 エミリアは、何気なく会話をする振りをしながら、必要な情報をその中から拾い上げていく。

「すごいんですね。他に何か特別なことができるんですか?」
「うん、話だと、私の体をピュラ様に貸したりもできるらしいんだけど」
「体を貸す?」
「ええ。私の意識とピュラ様の意識を繋げて、私が見たり聞いたりしたことをピュラ様と共有することができるみたいなの。でも、今まで私の体をお貸ししたことはないから、詳しいことはわからないのよ」
「そうなの?」
「ピュラ様は本当に猫が大好きだから、必要以上に私を縛りつけたりしたがらないの。普段も主人として振る舞うよりも、まるで友達みたいに接してくださるし」

(なるほどね。じゃあ、この子に何かしてもすぐに気付かれることはなさそうね)

「そんなに大切にしてもらって、ピュラさんは本当にフェレスさんのことが好きなんですね」
「でも、少し寂しいのよ」
「どうしてですか?」
「だって、やっぱり私はピュラ様の使い魔ですもの。もっとピュラ様のお役に立ちたいわ」

 そう言って微笑んだフェレスの表情は、少し寂しげだった。

(その気持ち、ちょっとわかっちゃうかも。あたしもシトリーの役に立ちたいもんね。まあ、シトリーはあのおばさんほど優しくはないけど)

「ああ、羨ましいなぁ」
「え、何が?」
「だって、フェレスさんはピュラさんにそんなに大事にしてもらっていて。フェレスさんもピュラさんのことが大好きなのがわかるし。あたしにはそういうのわからないですから」
「あっ、ごめんなさい、私ったら。そうよね、あなたに比べたら私の悩みって贅沢よね」
「あ、いや、気にしないでください。ただ、そういうのって、なんかいいなぁって思っただけですから」
「ふふ。じゃあ、あなたもここの子になっちゃえば?」
「そんな、でも、ここにはもうフェレスさんがいるし」
「私は気にしないわよ。妹ができたみたいで嬉しいくらいよ。ましてや、猫好きのピュラ様が反対するはずがないもの」
「そ、そうですか。ふあ、あふ」

 照れ笑いしながら、ついついエミリアは大きく欠伸をする。

(ちょっと気を抜き過ぎかな?シトリーに見られたらきっと怒られちゃうわね)

「あらあら、子猫ちゃんったら」
「あ、すみません。でも、冬なのに、家の中ってこんなに暖かくて気持ちいいから」
「いいのよ。まあ、ここの子になるかどうかは別にして、傷が治るまで、ここでゆっくりしていったらいいわ」

 フェレスはエミリアに顔を寄せ、優しく舐めはじめる。

「あ、はい。ふあああ」
「ふふふ、もうお眠の時間?じゃあ、一緒にお昼寝しましょうか」

 そう言って、フェレスはエミリアの顔を舐め続けた。

 夕方。

「ただいま。あら?」

 魔導院から帰ってきたピュラが、体を寄せ合うようにして眠っている2匹の猫の姿を見て目を細める。

「ふたりとも、もうすっかり仲良しさんね」

 そう呟く主人にいち早く気付いたフェレスが起きあがると、ひと鳴きして体をすり寄らせる。
 そうして、主人に対してなにやら話している様子だ。

「ふーん、そう。そうなの」

(あの様子だと、どうやらあたしのことは怪しまれてないみたいね)

 笑顔でフェレスの報告を聞いているピュラの様子を、薄目を開けて窺うエミリア。

(思ったよりも怖くない、というか、想像してた以上に猫に対しては無防備よね。よし、明日仕掛けてみよう)

 今目が覚めた風を装いながらエミリアも起きあがる。だが、胸の内では、明日行動を起こそうと決めていた。
 なるべく自分に警戒心や、不審さを抱かせないこと。それが、仕掛けが上手くいくかどうかの鍵になる。

 だからその日、エミリアはずっとフェレスとじゃれ合い、仲がいいことをアピールした。
 そんな2匹の様子を、嬉しげに微笑みながら眺めているピュラ。

 そしてその晩は、エミリアはフェレスに寄り添うようにして眠ったのだった。

 翌朝。

「じゃあ、行って来るわね」

 白黒2匹の猫に見送られながら魔導院に向かうピュラ。

「もう起きても大丈夫?足は痛くない?」
「ええ。もう歩いてもあまり痛みはないです」
「そう、良かった」
「これも、ピュラさんとフェレスさんのおかげです」

 そう言うとエミリアはフェレスの顔を舐める。それは、猫にとってはごく普通のスキンシップだ。

「いや、私は別に特別なことはしてないわ」

 少し照れた様子で、エミリアの舐めるがままに任せているフェレス。

 その時、2匹の額と額が当たったかと思うと、フェレスの体がビクンと震えてその瞳から光が消える。

(ごめんね。あなたはいい子だけど、これもシトリーのためだから)

 エミリアにとって、ただの猫を操ることはそんなに魔力を必要としない。だから、ピュラに気付かれるおそれはないはずだ。
 そしてエミリアは、夜の間に考えた、ピュラにつけ入るのに最も効果的だと思われる方法を実行に移す。

(聞こえる、フェレス?)
(はい)
(いい子ね。これからあたしがあなたを作り替えてあげるわ。あなたはあたしの言うとおりにしていればいいの)
(はい)
(ピュラさんはあなたの何かしら?)
(ご主人様、です)
(違うわ。ピュラはあなたの敵なのよ)

 虚ろな目をしたフェレスの中に、エミリアは直接暗示を仕込んでいく。

(私の、敵……)
(そう。あなたにとってピュラは倒さないといけない敵。だから、ピュラに会ったら攻撃しないといけないわ)
(ピュラに、会うと、攻撃しないといけない)
(そうよ。ましてや、ピュラとあなたは言葉を交わすこともできない。どう、わかった?)
(はい)
(うん、本当にいい子ね。でもいい?あなたはあたしには手を出すことができないの。そして、あたしが威嚇すると、あなたは逃げ出してしまう。そのまま、できるだけ遠くに逃げるの、もう見つからないように。いい、わかったわね?)
(はい、わかりました)
(じゃあ、あたしが起こすまで寝ていなさい)

 その途端に、フェレスの体が力なく横たわる。

 さて、後はあのおばさんが帰ってくるのを待つだけね。

 エミリアはフェレスのことは嫌いではない、むしろ好意すら抱いていた。だが、それでも目的のために容赦なく使い捨てる。そういうところは確かに彼女も悪魔の一員であった。

「ただいま。今戻ったわよ。きゃ!どうしたの?」

 夕方、ピュラが部屋に戻ると、あの黒猫がその足許に飛び付いてきた。
 そして、そのまま何かを訴えるように、怯えた声で鳴き続ける。

「そういえば、フェレスは?」

 いつもなら、彼女が帰ってくるとすぐに寄ってくる愛猫の姿が見えないことがピュラを不安にさせる。

 その時。

「フギャアアアッ!」

 攻撃的な唸り声が聞こえ、ピュラがその方に顔を向けると、目を怒らせ、全身の毛を逆立てたフェレスが、自分を威嚇している姿が目に飛び込んできた。

「どうしたのっ、フェレス!?」

 戸惑ったようにピュラが訊ねても、フェレスからは返事は返ってこない。何があったのかはわからないが、自分の使い魔と会話ができない。今朝も普段通りで、おかしな感じは全くしなかったというのに。それが、ピュラの混乱に拍車をかける。

 そして、フェレスが牙を剥いて自分に飛びかかってきたと思ったその瞬間。

「フミャアッ!」

 鋭い鳴き声と共に黒い影がフェレスに体当たりをした。

「あ、あなた、私を守ってくれたの?」

 見れば、あの黒猫がフェレスと自分の間に立ちはだかるようにしている。

「フ、フミャアアアッ!」

 そのまま、相手に向かって牙を剥き、唸り声をあげる黒猫。
 すると、それに気圧されたのか、フェレスが身を翻して、開いていた窓から出ていく。

「あっ、フェレス!」

 ピュラが一瞬追いかけようとしたが、黒猫が急に力が抜けたようにへたり込んだのを見て、そっちの方に駆け寄る。

「大丈夫!?どこか怪我をしたの?」

 抱き上げてみると、ピュラの手の中で黒猫の体はブルブルと小さく震えていた。

 こんなに怯えて、それでも必死に私を守ってくれたのね。

 その健気さに、ピュラは黒猫を抱きしめる。

 それにしてもいったい何が起こったのかしら?今までこんなことはなかった。何かの拍子に使い魔の術が解けたの?いや、でも、術が解けたからといって、フェレスはあんなことをする凶暴な子じゃないわ。

 まだ体を震わせている黒猫を優しく撫でながらピュラは考える。

 じゃあ、何者かがフェレスを狂わせたの?でも、そんなこと。フェレスはこの部屋か庭にしか出ないはずだし。ここ最近であった変わったことといったら……。 

 ピュラの視線が、自分の腕の中で震えている黒猫を捉える。だが、別に何も怪しいところはないただの子猫だ。魔物やあやかしの気配も感じない。

 まさか、この子はただの猫だし、そんなことできるわけないわよね。それに、さっきは私を守ってくれたんだし。かわいそうに、こんなに怯えて、さっきは必死だったのね。

 結局、考えても何があったのかはわからないままだった。

 その日、ピュラは心にぽっかりと穴が空いたように思え、鬱々とした気分だった。

「フェレス……」

 床に座り込んだまま、寂しげに、去ってしまった愛猫の名を呟く。
 すると、その手に暖かく湿ったものが当たる感触がした。

「あ、あなた」

 見ると、あの黒猫がピュラの手をぺろぺろと優しく舐めていた。

「慰めてくれてるの?優しい子ね」

 そう言って黒猫を抱き上げたピュラにひとつのアイデアが浮かんだ。

 この子を使い魔にしてみたらどうかしら?そうしておいてこの子に聞けば、フェレスに何があったのかわかるかもしれないわ。

「ねえ、あなた、私の使い魔にならない?」

 ピュラが話しかけても、黒猫はきょとんとした感じで彼女を見るばかりだ。
 相手に通じようと通じまいと、猫に話しかけるのは彼女の癖といってもよかった。

 うん、この子は優しい子だし、さっき私を守ってくれたんだから、きっと私の使い魔になってくれるわ。フェレスは……、もし、フェレスが戻ってきてもきっとわかってくれるはずよ。だって、この子とあんなに仲良くしていたんですもの。

 ピュラは、自分にそう言い聞かせる。

 この黒猫を使い魔にするには、まず魂と魂を繋げて、屈服させるなり説得するなりしなければならない。だが、その点に関しては不安はなかった。この子はきっと喜んで自分の使い魔になってくれる。そういう確信が彼女にはあった。

「じゃあ、いい?ちょっと変な感じがするかもしれないけど我慢してね」

 そう言うと、黒猫を抱きかかえたまま低く呪文を唱え始める。

 そして、その魂と繋がった、と思った刹那、ピュラは、黒猫の体から魔力が溢れてくるのを感じた。そして、何かが自分の心の中に素早く流れ込んで来た。

(ふふふっ、つーかまえたっ!)
(な、何?誰なの、あなた?)
(たった今、あなたが使い魔にしようとした黒猫ちゃんよ)
(そんな、いったい何者なの、あなた!?)
(あたしはエミリア。でもって、何者かというと、悪魔なので~す!)
(あ、悪魔!?)
(そうそう、ちょっとしたお使いでね。あなたの体をもらいに来たのよ!)
(私の体を?)
(だから、あなたの体を乗っ取らせてもらうわよ)
(そ、そんなことっ、させないわ)
(あーもう、こうやって心の中に入り込まれた状態で何ができるって言うのよ。こんな状態じゃ魔法も使えないでしょ!あなたはね、あたしを中に入れた時点でもう負けなの!)
(で、でも、悪魔に体を乗っ取られるわけにはっ)
(なかなか抵抗するじゃない。でもね、いくらあたしが魔力を抑えているっていっても、精神力で人間が悪魔に敵うわけないでしょ。じゃ、こっちも一気にいくわよ~!)

 心の中に入り込んだ悪魔の魔力が少し上がり、魂と魂のぶつかり合いは、ピュラの魂が一気に劣勢に立たされる。

(あ、あああ、ああ……)
(はい、それじゃ体をいただくわよ~)

 小刻みに動いていたピュラの瞳孔から光が失せ、虚ろな表情になる。
 そして、ぐったりと動かなくなった黒猫を抱きかかえたまま立ち上がった。

 そのまま、能面のような表情で黒猫を抱きかかえたこの国の魔導長は、ふらふらと日の暮れた街へと歩き出していったのだった。

* * *

 
 一方、ここは、フローレンスの城壁の外。シトリー一行がエミリアと別れた丘にある一軒の小屋。
 おそらく、夏の間この丘で放牧をしている牧童たちが使うものらしく、冬場は空き家になっているこの小屋で、シトリーたちはとりあえずエミリアを待つことにしていた。

 3日前、町に向かって行ったきり、エミリアからは何の連絡もない。
 その日も、外はすっかり暗くなっていた。

「まったく、エミリアの奴、何やってるんだか」
「まあまあ、シトリー様。エミリアさんならうまくやってくれますよ」
「うまくやるも何も、僕はあいつに何かしろと命令した覚えはないんだぞ」
「いや、エミリアならちゃんと戻ってきますって~」

 まったく、僕は先の読めない状況ってのが一番嫌いなんだよ。だいたい、何だよエミリア任せって。

 言葉には出さないが、アンナとニーナに宥められながらも、不機嫌さを隠せないシトリー。

「これは!シトリー様、何者かがこちらに近づいてきていますが」
「なんだって?」
「間違いありません。この小屋の周囲に巡らせていた感知用の蔓草に反応がありました」
「何人だ?」
「ひとりです」

 ひとりか。なら、僕たちのことが気付かれた可能性は低いな。

 メリッサの報告に、シトリーはそう判断を下す。
 自分たちのことがばれたのなら、魔導師も含めてある程度の人数が来るはずだ。

 もし、この小屋で一夜を過ごそうとする旅人だったら、暗示をかけて丁重に送り返してやるか。

 警戒をしつつも、シトリーが窓から外の様子を窺おうとした時。
 ドアをノックする音と共に、女の声がした。

「シトリー、あたしあたし、エミリアだよ~!」

 エミリアとは似つかぬ低い女の声。だが、その話し方はまさしくエミリアのものだ。

「メリッサ。念のために拘束する準備をしておけ」

 そうメリッサに命じて、シトリーがドアを開けると、そこには、黒いローブを纏い、黒猫を抱きかかえた赤紫の髪の女が立っていた。
 
「あっ、あなたは、ピュラ様!?」

 その姿を見るなり、シトリーの背後にいたアンナが驚いたような声をあげる。

「な、なんだって?」
「間違いありません。この方は魔導長のピュラ様です」

 それにはさすがのシトリーも驚きを隠せない。そして、唖然として突っ立ったまま、目の前の女の姿をまじまじと見つめる。

「ど、どういうことだ、エミリア?」
「どういうことって、こういうこと。魔導長さんの体、乗っ取っちゃいました~」
「の、乗っ取ったって?」
「はい、シトリー!ご注文の品、お届けで~す」
「いや、誰もそんなこと頼んでないし。つうか、お前とは結構長いつき合いだけど、そんな能力あるの初めて知ったぞ」
「だって、魂と魂で繋がった相手の体を乗っ取れるっていう能力、いったいどこで使うのよ?使い魔の契約をするときくらいしか機会無いじゃんか」
「で、その機会があったと?」
「うん!猫好きな人だって聞いたから、きっと上手くいくと思ったんだよね~」
「ひとつ訊くが、もし上手くいかなったらどうするつもりだったんだ?」
「えー?そんなぁ、上手くいかなかった時のことなんか考えてなかったもん」

 軽い口調とは裏腹に、女の表情はほとんど変わらない。体の支配がそこまで及んでないということだろうか。

 その、エミリアとは異なる容姿、そして低い声で発せられる、彼女らしい無責任な言葉。

「……まあいい。お前と話してると疲れるだけだ」
「ええっ!ちゃんと仕事したんだからもっと褒めてよ!」
「まだ仕事は残ってるだろうが。それともその女、心までお前が堕としてるのか?」
「うんにゃ、全然」
「じゃあ早速かかるぞ!今回は時間をかけていられないんだからな!わかったら早く中に入れ!」
「はーい」

 エミリア、いや、彼女に体を乗っ取られたピュラを小屋の中に招き入れ椅子に座らせると、手っ取り早く暗示を仕込むためにシトリーはその額に指を当てる。

「うん?これは?」

 シトリーは、暗示を送り込もうとした自分の力が弾き返されることに気付いた。

「どったの、シトリー?」
「僕の力が跳ね返されてる。たぶん、心に何らかのガードをかけているんだろうけど。そもそもどうやって体を乗っ取ったんだ、お前?」
「ああ~、あたしの力は単に体を乗っ取るだけだから、心はそのままで抑え込んであるだけなのよね~」
「じゃあ、中から心に干渉することはできないのか?」
「無理無理~、まあ、このおばさんの心に話しかけることはできるけど、まあ、干渉っていうか、言いくるめるって感じね。ま、言いくるめられたらの話だけど」
「しかたないな。じゃあ、なんとかして心に隙間を作るか」
「どうやって?」
「そりゃあ、僕のやり方は決まってるだろ」
「ふふふっ、シトリーのスケベ」
「どうとでも言え。ほら、さっさと始めるぞ」
「はいはい~」

 エミリアが返事をすると、その体が再びゆっくり立ち上がり、抱いていた黒猫をそっと床に置いた。
 そして、纏っていたローブを脱ぎ捨てると、その下に着ていた服の紐を解いていく。

「ほうー、これはこれは」

 身に纏っていたものを全て脱ぎ捨てたその姿を見て、シトリーは思わず感嘆の声をあげる。

 まだ若いアンナほどの張りはないし、体を鍛えているエルフリーデのように締まった肉体ではない。
 しかし、まるで熟し切った果実を思わせるその肢体からは、溢れるほどの色香が匂い立っている。
 少し下がり気味ではあるが、豊満と表現するに足るその胸のふくらみは十分に魅力的だ。
 それでいて、腰はしっかりとくびれ、その赤紫の髪が白い肌に絡み、彩りを添えている。
 その、若い女にはない蠱惑的な美しさは、さながら男を魅了する魔女といったところであろうか。

「ふん、魔導長なんかにしておくのはもったいない体だな」

 シトリーが、じっくりと頭からつま先までその裸体をねめまわす。
 それでも、女は表情ひとつ変えない。

 だが、その口から出てくる言葉は。

「もう、シトリーったらなにしてんのよ?時間がないんでしょ」
「ああ。じゃあ、そこのテーブルに寝てくれ」
「うん、わかった」

 ピュラの体がテーブルの上に仰向けになり、足を大きく広げる。

 その股間に、シトリーの手が伸びていく。

「ん、んん……」

 股間の小さく盛り上がった、その中心の割れ目に親指と中指を掛け、肉を、そして赤い襞をかき分けるようにして人差し指をその中に挿れていくと、女の口から鈍い呻き声が漏れる。

 ん?なんか反応が鈍いな。

 シトリーが挿し入れた指を中で動かしても、ピュラの口からはくぐもった鈍い声が出てくるだけだった。

「やっぱり、このままじゃいまいち反応しないわね」

 そう言った口調はエミリアのものだ。

「どういうことだ?」
「んー、まあ、今はあたしがこのおばさんの心を抑えているから、たぶんそんなに感じてないと思うのよね」
「で、お前は感じないのか?」
「ああ。それは、感覚をシンクロさせてないからね」
「そんなことができるのか?」
「うん。でも、今はやっても無理だと思うよ。この人の意識が眠ってるみたいなもんだから」
「じゃあ、こうやった時に出てる呻き声は誰が出しているんだ?」
「んん……。あ、これはね、反射的なものっていうか、ほら、眠っててもやっぱりこういうことされると少しは反応しちゃうでしょ。んっ。だから、多少は感じてるんだろうけど、ちゃんと感じさせようとしたらこの人の意識を元に戻さなくちゃだめだよ。どうする、シトリー?」

 シトリーの指の動きに合わせて、時折くぐもった声をあげながらも、そんなことすら他人事だと言わんばかりに説明するエミリア。

「そうだな。それでも少しずつ濡れてきてる。もうちょっと続けたら強引に行くとするか」
「了解~」

 確かにピュラの体の反応は鈍いが、その裂け目からは少しずつ蜜が溢れてきていた。
 指を動かす度に、僅かだがクチュ、と湿った音が響き始めている。

 まあ、もうそろそろいけなくはないか。

 シトリーは、ピュラの腰を掴むと自分の肉棒をその裂け目に宛う。

「よし、いくぞ、エミリア。僕がこの女の中に挿れたら、こいつの意識を戻せ」
「はいはい~」
「お前は中から声をかけてこいつの心を揺さぶれ。ああ、それと、もしこの女がおかしなことをしようとしたらすぐに体を乗っ取るんだ」
「う、うん、わかった」

 そして、シトリーは肉棒をピュラの体に一気に挿し入れた。

「ん、んんっ」

 肉棒を挿れられたその体が小さく震え、それまでより少し大きな呻き声が上がる。
 しばらくすると、その紫紺の瞳に少しずつ光が戻ってきた。

「んっ、私?くああっ、なっ、なによこれは!?なんで、私こんな?それに、お前は!?」

 意識が戻り、自分の置かれている状況に混乱しているピュラ。
 それでも、歯を食いしばりながら、自分を犯している男に向かって誰何する。

「はじめまして、ヘルウェティアの魔導長様。僕は、シトリーという者ですよ」

 余裕たっぷりの表情で名乗るシトリー。
 さすがに、彼女はその名前で相手が何者か理解した。

「シトリー?すると、お前も、悪魔!?」
「おやおや、魔法王国の魔導長様が僕のことをご存知とは、光栄の至りですね」
「ふざけたことをっ!いったい、何が目的で?」
「もちろん、これからあなたを犯すんですよ」
「わ、私を?」
「ええ。そして、あなたを屈服させる。僕の名前を知っているんですから、それがどういうことか賢明なあなたにはわかりますよね?」
「そんなことっ、させるわけには!世界を照らす光よ、来たりて魔を滅する槍と……くあああっ!」

 ピュラが魔法を使おうと、呪文を唱え始める。しかし、シトリーは黙ったまま腰を思い切り打ち付け、肉棒をその奥深く突き挿した。そして、そのまま前後に腰を動かし始める。

「はあっ、くあああっ!」
「くくっ、不便だね、魔法使いっていうのは。こうすると呪文を唱えることもできない。呪文の詠唱ができなければ、魔法使いなんてただの人間と一緒だよ」
「ああっ、ふあああっ!」

 シトリーが腰を強く打ち付ける度に、ピュラの口から苦しげな声がこぼれ出る。

「さあ、僕に屈して下僕になるんだ」
「くううっ!そんなっ、ことっ、できないっ!」
「しかし、こんな状態でどうやって抗うつもりなんだ?」
「私はっ、悪魔の下僕にはならない!」
「ふん、その強がりがいつまで続くかな?」
「くううっ、くはああーっ!」

 陵辱されながらも、唇を噛んで必死に耐えているピュラ。その時、彼女の心の中にざわつくような異物感がわき上がった。

(ふふん、いい格好ね、おばさん)
(あ、あなたっ、まだ私の中にいたのっ!?)
(そうよ~、ほらほら、さっさとシトリーの下僕になっちゃいなさいって)
(そんなことっ、できるわけが!)
(でも、中はあたしに抑えられて、外ではシトリーに犯されて、どう見てもあなたに勝ち目はないわよ?)
(でもっ、私はっ、くううっ、悪魔の下僕になんかならない!)
(あらら?でも、あなたはフェレスを下僕にしてたじゃない?そんなの自分勝手な理屈よね~)
(そんなことはっ!私はフェレスを下僕だなんて思ってなかったわ!)
(そうそう、それよ。フェレスったら寂しそうにしてたわよ)
(なっ、なんのことっ?)
(下僕は、ちゃんと下僕として扱ってもらってこその喜びがあるってことよ。あなたみたいに、下僕に対して友達みたいに接するのは偽善だわ。返って下僕の心を傷つけてるのよ)
(そっ、そんなはずはないわ!フェレスはそんな子じゃない!あの子は私といて幸せだったはずよ)
(もうっ、おばさんったら頑固なんだから)

 ピュラには、業を煮やしたように舌打ちする声が聞こえたような気がした。

 一方、シトリーの方はと言うと。

「さあ、どうだ?そろそろ僕の下僕になる気になったかい?」
「誰がっ!私は、決してお前の下僕にはならないわっ!」

 もう、ピュラの体は上気して汗ばみ、肉棒を受け入れているその敏感な部分は溢れるほどに濡れているというのに、歯を食いしばってシトリーをにらみ返すその瞳は、強い意志の光を失っていない。

 と、一瞬、その瞳から光が失せ、口調が変わった。

「ねえ、シトリー、この強情なおばさん、どうにもならないからもう壊しちゃっていいんじゃない?」
「まあそう短気を起こすなよ、エミリア。ここでこいつを壊してしまったら後が大変なんだから」

 だが、あまり時間をかけていられないのも事実だ。

 エミリアを宥めながらも、シトリーは考えを巡らす。

 ここで、この魔導長を堕とせば、後々、断然楽になるのは間違いない。
 運で拾ったとはいえ、せっかくエミリアが作ったチャンスだ、なんとかものにする手は……。

 ん?そうか、エミリアか!

「エミリア、さっき、こいつと感覚をシンクロするとかどうとか言っていたな」
「え?そうだけど?」
「そうするとどうなるんだ」
「まあ、極端な話、体を同時に共有するような感じっていうか、この体でおばさんが感じたことも私に伝わるし、あたしが感じたことはこのおばさんの心にダイレクトに伝わるってこと」
「それだ!よし、さっそく感覚をシンクロさせてくれ。お前に仕込んだ仕掛けを使うぞ!」
「あたしの仕掛け?」
「ああ。お前の胸とアソコは僕に対して敏感になってるし、僕の言葉に応じてどんどん感じてしまうだろ」
「えええ?で、でもっ、あたしの体はあそこに!?」

 ピュラの顔が、床に横たわったまま動かない黒猫の方を向く。

「でも、仕掛けの本体は暗示だから、心さえこっちにあれば上手くいくはずだ」
「そ、そうなの?」
「ああ。だからさっさと感覚をシンクロさせろ」
「わかったわよ。…………さあ、これでよしっと、ひゃあっ!なっ、なんて激しくやってるのよ!ふああっ!」

 エミリアが感覚をシンクロさせた瞬間、その体がビクンと跳ね、少し間の抜けた喘ぎ声が漏れる。

「よがってる暇があったら早くこいつの心を元に戻すんだ。いいか、中からの揺さぶりは続けろよ。ああ、それと」
「なっ、なにっ?」
「この女よりに先に気を失ったらただじゃおかないからな」
「わわわ、わかったって!じゃあ、元に戻すよっ!」

 また、ピュラの瞳が一瞬虚ろになる。
 そして。

「えっ?ひああああっ!なにっ?何でいきなりっ!?」

 戸惑いと喘ぎの混じったような叫び声をあげて、ピュラの体が弓なりになる。

「いったいっ、私の体になにをしたのっ!?ふああああっ!」
「別に、何もしていないさ」
「そっ、そんなはずっ!くああああっ!」

 シトリーが腰を動かす度に、小屋の中に響くほどの大きな声をあげるピュラ。
 さっきまでは必死にその陵辱に耐えていたというのに、今はその赤紫の髪を振り乱して派手に悶えている。

「くくく、やっぱり女は心よりも体の方が素直だってことだね」
「そんなことはっ!ああっ、そんなっ、乳房っ、あああっ!」

 シトリーが、その乳房を鷲掴みにした。
 すると、ピュラは頭をテーブルに打ち付けるようにして体を反らせる。
 その瞳が小刻みに震え、軽くイってしまったのか一瞬光を失う。

「ほら、こうして胸を揉まれるとすごく気持ちよくなる」
「あうっ!いやっ、絶対っ、何かが変よっ!ふああっ!」

 シトリーが乳房を揉みしだき、ピュラが大きく身をよじらせる。
 繋がったままのふたりの接合部から漏れる音は、グチュグチュと湿り気のある卑猥さを増していき、溢れ出した汁がテーブルの上から床にポタポタと滴り落ちていく。

「変なことはないさ。ほら、ここも、僕が突くたびにどんどん気持ちよくなってくる」
「ああああーっ!だめっ!それ以上はっ!もうだめっ!おかしくなっちゃう!」

 髪を振り乱しながら、ビクビクと体を跳ねさせるピュラ。もう何回か達してしまっているのか、時々その瞳の焦点が合わなくなっている。
 さっきまでとは一変したその喘ぎぶりに、シトリーは笑みを浮かべていっそう腰の動きを激しくしていく。
 

 一方、こちらはピュラの中に潜り込んでいるエミリア。

(あああっ!こんなのっ、絶対におかしいわ!)
(おかしくないわよ。それはね、あなたの体がもうシトリーの下僕になってるってことなの)
(そっ、そんなはずっ!ふああああっ!)

 もう、いい加減折れてよね。これ、あたしも結構きついんだから。

 エミリアは、自分も感じまくっていることを極力ピュラに悟られないようにしているが、それもそう長くは保たないことは自分でわかっていた。

(ほら、そんなに気持ちよさそうな声を出して。認めなさい、あなたはシトリーの下僕、いや、使い魔になるの)
(えっ?使い魔、に?)

 おろ?使い魔って言葉に反応した?じゃあ、そっちで攻めてみようかしら。

 エミリアは、勢いで何気なく出した言葉にピュラが食いついたのを感じた。

(そうよ、今のあなたは子猫なの!シトリーの使い魔にしてもらおうとしている子猫なのよ)
(私が、子猫……)
(今は、あなたが使い魔になる儀式の途中なのよ。その証拠に、今、あなたはシトリーと繋がっているでしょ?)
(うん、繋がってる)

 エミリアは、ピュラの返事に力がなくなり、むしろ恍惚とした響きが混じっているのを見逃さない。

(どう?シトリーと繋がって、気持ちいいでしょ?)
(気持ち、いい)

 ピュラの反応が素直になってきているのを見て取ったエミリアは、ここぞとばかりに畳み掛ける。

(シトリーの使い魔になれば、もっともっと気持ちいいことしてくれるわよ)
(ああ、もっと、気持ちいいこと)
(シトリーは、自分の使い魔の扱い方を心得てるから、あなたがフェレスにしてあげられなかったことを、ちゃんとあなたにしてくれるわ。そして、あなたはシトリーの使い魔として、下僕として、フェレスがそうだったのよりも、もっともっと幸せになれるの)
(使い魔の幸せ、ああ……)
(今、シトリーと繋がっていてとても気持ちいいでしょ。そして、もっと気持ちよくして欲しいでしょ)
(気持ちよくして、欲しい)
(じゃあ、あなたからおねだりするのよ。今のあなたは、シトリーの使い魔になる可愛い子猫なんだから、ちゃんとそれらしくおねだりしなさい)
(うん、おねだり、する)
(ちゃんとおねだりできたら、シトリーがご褒美をくれるから、それで使い魔の契約は完了よ。いい?)
(うん)

 ふう、こんなもんであたしの役目はいいっしょ。

 限界が近づいていたエミリアは、そのまま成り行きを見守ることにする。

「あうっ、はああっ、ああっ」

 涎を垂らしながら、シトリーの動きに合わせて大きく喘いでいるピュラ。
 その瞳はぼやけて焦点が合っておらず、さっきからよがり声をあげるばかりで、まともな言葉は返ってこなくなっていた。

 ふう、そろそろ頃合いかな。

「うわっ!」

 その心が折れた頃合いと、シトリーが暗示を仕掛けようとした時、ピュラが体を起こしていきなりシトリーに抱きついた。
 バランスを崩して、後ろにあった椅子に尻餅を付くように腰掛けたシトリーに跨って、ピュラは自分から大きく腰を揺すり始める。

「ふあっ、ふやああっ!ひあっ!」
「な?なんだぁ?」

 シトリーは、突然のことに戸惑いながらも、その腰を支えるようにして動きを助けてやる。
 すると、しがみついてきたまま、ピュラは自分から一心不乱に腰を上下に揺すり続ける。

「あふっ!ふやあっ、ふあっ、ふああっ!」

 だらだらと涎を垂らし、貪るように腰を振るピュラ。
 急激に肉棒への締め付けがきつくなってきて、その射精を促していく。

 これじゃ、暗示どころじゃないな。まあ、この分なら一度出した後でも大丈夫だろう。それにしても、何か喘ぎ声が変な気もするが?

「ふぎゃっ!うぎゃああああっ!」

 その様子を不審に思いながらも、相手の動きに合わせてシトリーが下から腰を突き上げる。
 その反動でピュラの体が大きく跳ね上がり、喉の奥から絞り出すような、叫び声とも喘ぎ声ともつかない声が部屋に響く。

「うぎゃっ、ふみゃあっ、ふにゃあっ、ふやあっ!」

 これでもかとばかりに、下から大きく腰を突き上げていくシトリー。椅子がきしみ、ふたりのももがぶつかる音が響く。
 だが、ピュラはその体にしがみついたまま、狂ったように腰を激しく動かして突き入れられる肉棒を受けとめている。

「うっ、くうっ!」

 その動きの激しさに、さすがに限界に来たシトリーがその腰を掴んで一気に突き上げた。
 そして、その音がわかるほどに多量の精を放つ。

「ぎゃっ、ふぎゃああああああああっ!」

 まるで、赤子の泣き声のような叫び声をあげ、ピュラは体を海老反りに大きく反らせる。

「うぎゃあっ、ふみゃあああぁ」

 そのまま、何度かブルブルと体を震わせるピュラ。そして、ぐったりとシトリーにもたれ掛かってきた。
 しばらくの間、そうして目を閉じたまま笑みを浮かべ、体をシトリーに預けている。

「ん、んふぁ」

 程なくしてピュラは目を開き、上目遣いに蕩けた表情でシトリーの肌に舌を伸ばす。

「ん、みゃあ、ふみゃあぁ」

 抱きついたまま、ぺろぺろとシトリーの体を舐めはじめるピュラ。時々見上げてくるその顔は、緩みきった笑みを浮かべていた。
 だが、明らかにその様子がおかしい。

「おい」
「んにゃあ、にゃあああぁ」
「ピュラ?」
「うにゃ、ふにゃああぁ」

 猫に似た声を出しながら、ピュラは潤んだ瞳でシトリーを見上げ、その体を舐め続けている。
 そして時折、目を細めて頬ずりをしたかと思うと、また舌を伸ばしてくる。

 その様子は、さながらよく懐いた猫が甘えているようであった。

「ふみゃ、なおろろろろろ」

 シトリーがその頬に手をかけると、嬉しげに目を細めて、ピュラは器用に喉を鳴らす。

「……出てこい。エミリア」

 しばし黙りこくっていたシトリーがエミリアを呼び出す。すると、その紫紺の瞳から一瞬光が消えたかと思うと、ビクッと弱々しく体が震えた。だが、しばらくは何の反応もない。

「おい、エミリア」

 シトリーが重ねて呼ぶと、ようやくその瞳に微かな光が戻る。

「ん。んあ、な、なに、シトリー?」
「お前、今意識が飛びかけてただろ?」
「い、いやっ、そんなことないって!」
「声がうわずってるぞ。まあいい。それよりもこいつに何をした?」
「え?いや、あなたは可愛い子猫だって。これからシトリーの使い魔になるんだって言って……」
「本当に猫にしてどうする!これじゃ使い魔がどうの以前に、使いものにならんだろうが!」
「ごごご、ごめんって!」
「だったら早く人間状態に戻せよな」
「わかったから、ちょっと待っててね」

 再びその瞳から光が失せる。そして、少しばかり時間をおいてまたエミリアが話し出す。

「はい。ちゃんと戻したよ。人間が猫を使い魔にするように、悪魔は猫じゃなくてニンゲンを使い魔にするんだから、シトリーの使い魔になりたかったら人間に戻りなさいって言ったらすぐに戻ってくれたから」
「どうでもいいけど、なんで使い魔なんだ?」
「しょーがないじゃない!その方が食いつきが良かったんだから!」

 拗ねたように抗議するエミリア。
 本来の彼女なら口を尖らせているのだろうが、そこまで体を支配できていないピュラの表情にはさほど変化はない。

「で、今はちゃんと堕ちた状態なんだな」
「それはもう、忠実なシトリーの使い魔モードだから」
「よし、じゃあお前は引っ込んでいいぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「ね、もうあたしの体に戻っていい?」
「今出ていって大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって!この人もうシトリーにメロメロだから。最後のあれ、激しすぎて私なんか、もう気持ちよすぎて半分気を失って……あ、いやいや。ねっ、だからいいでしょ、自分の体に戻っても」
「しょうがないな。まあいいだろう」
「ふう。じゃあ、早速」

 ピュラの体が、シトリーに抱きついた状態からゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩いていく。
 そして、床に倒れている黒猫を抱き上げると、その額と自分の額を合わせた。

 すると、双方の体がビクッと震える。
 それまでグッタリしていた黒猫の瞳に光が戻り、ピュラの手から飛び降りるが着地に失敗してへたり込む。

 それから何度か立ち上がろうとしたが、まるで酔っているみたいに足許をふらつかせて失敗し、諦めたようにへたり込んだまま大きく息をしている。

「エミリア、お前人型に戻れないくらいになるまでイってたのか?」
「ううう、だって、仕方ないじゃない。先に気を失ったらただじゃおかないって言われたから、必死で我慢してたんだからね」

 弱々しく頭を持ち上げて、猫状態のままエミリアが抗議する。

「そんなの、半分冗談に決まってるだろうが」
「それって、半分は本気だったってことじゃん!」

 体全体で喘ぐように息をしながら文句を垂れる黒猫。

 その、エミリアとシトリーとの掛け合いの最中。

「あの、シトリー様」

 不意に名前を呼ばれてその方を向くと、やはり床にへたり込んだ姿勢のまま、ピュラがうっとりとした表情でシトリーを見上げていた。

「ピュラ」
「はい、シトリー様」
「お前は僕の何だ?」
「私はシトリー様の忠実な使い魔でございます」

 そう言うと、ピュラはシトリーに向かって恭しく頭を下げる。

「すると、僕はお前のご主人様ってわけだ」
「左様でございます」

 そう答えて頭を上げると、嫣然とした笑みを浮かべる。無意識の行動か、舌がチロリと唇を舐める。

「じゃあ、お前は僕の言うことはなんでも聞くんだな?」
「はい。なんでもお申し付けくださいませ」
「そうだな。じゃあ、使い魔らしく僕に甘えて見せろ」
「使い魔らしく……。かしこまりました」

 しばし考えた後、ピュラは、椅子に座っているシトリーの足許に這い寄る。
 そして、その足に一度頬ずりをすると、舌を伸ばしてぺろぺろと舐めはじめる。

 まだ猫状態が残ってるんじゃないのか? 

 少し猫じみたその様子に、内心やや不安そうなシトリーに構うことなく、ピュラはそのまま上の方まで舐めていく。
 そして、腰の辺りまで上がってきた時。

「あ、ここ。私が汚してしまって。きれいにしますね、シトリー様」

 一度上目遣いに伺いを立ててから、ピュラは射精した名残が残る肉棒に向かって舌を伸ばす。

「ん、ぺろ、ちゅる、じゅっ」

 湿った音を響かせ、舌先で掬うように肉棒に付いた白濁液を舐め取っていくピュラ。
 そうしながらも、四つん這いになったそのふとももには、股間から、先ほど受け取った精液と、愛液の混じった汁が伝い落ちていた。
 うっとりと目を閉じて肉棒にしゃぶりつき、時折目を開いては潤んだ瞳をシトリーの方に向け、一心不乱に肉棒をしゃぶり続ける。
 それはまるで、姿だけは人間の形を呈してはいるが、完全に欲情した牝の獣。確かに、淫らな使い魔に相応しい姿といえなくもない。

 今のその姿を見て、いったい誰が彼女を魔法王国ヘルウェティアの魔導長だと思うだろうか。

 まあ、僕にメロメロだっていうのは本当のようだな。さて、これ以上あまり時間もかけられないし。

「ピュラ。こっちを向くんだ」
「んふ、ん……ああ?」

 シトリーが、熱心に肉棒を舐めていたピュラの頬に手をかけて自分の方に向かせると、その口から名残惜しそうな吐息が漏れた。

 そして、その額に指を当てて力を込める。
 さっきやった時のように力が跳ね返されることもなく、シトリーの力はすっとピュラの中に入っていく。

 うん、どうやら芝居じゃないみたいだな。

 ピュラが無抵抗にシトリーの力を受け入れることを確認すると、シトリーは最後の仕上げとばかりに暗示を仕込んでいく。

「ピュラ」
「はい」
「お前は僕の使い魔なんだから、僕に命令され、僕のために働くことがお前にとって何ものにも勝る喜びとなる」
「はい。私にとって、シトリー様の命令に従い、シトリー様のために働くことは何ものにも勝る喜びです」
「お前がしっかりと役目を果たせば、僕はちゃんと褒美をくれてやる。お前の体にな」
「あ、ああ」

 甘い吐息と共に、ピュラはうっとりとした表情で暗示を受け入れていく。
 その目の前に、シトリーはぐいとおのれの肉棒を突きつける。

「これを舐め、しゃぶるのがお前の大好物になる。そして、これを中に突き入れられるのが、お前への褒美だ」
「ああ、はい……」
 
「そして、この胸」
「はうっ!」
 いきなり、乳房を掴まれてピュラが大きく喘ぐ。

「クリトリス」
「ひああっ!」
 今度はその敏感な肉芽をつままれ、体が反り返る。

「僕に愛撫されたところは全てこの上ない快感をお前にもたらす。お前の体は、全て僕のものだ」

 シトリーは、エミリアに仕掛けているのと同じタイプの暗示を仕込んでいく。

「くあああああっ!わっ、私の体はっ、すべて、シトリー様のものですっ!ああああああっ!」

 喘ぎ喘ぎに、シトリーの言葉を繰り返すピュラ。そして、軽くイってしまったのか、体がガクンと崩れ落ちる。

「いいか、そのことを決して忘れるなよ」
「はあぁ。は、はいぃ」

 ピュラは、肩で大きく息をしながら、瞳を潤ませて返事をする。

「では、今夜はあまり時間もないからな。悪いけどこの続きはまた今度だ」
「あ……」

 そう言われて、楽しみを取りあげられたようにその表情に切なげな色が宿る。

「そんな顔をするな。さっき、中に出してやったばかりじゃないか。それに、早速だが、お前にやってもらいたいことがある」
「は、はい!なんでございましょうか?」

 嬉しげに返事をするピュラ。
 さっきまでの切なげな様子とはうって代わって、シトリーのために働ける、その喜びに瞳を輝かせている。

「フローレンスの町を覆う結界を張ったのはお前だと聞いたが、あれを解くことはできるか?」
「もちろんできますとも。でも」
「何だ?」
「あの結界を解くとすぐに気付かれていまいますが」
「なるほど、それもそうだな。じゃあ、僕たちがあの中で気付かれずに動けるように結界を変質させることはできるか」
「それでも、きっと気付かれてしまいます。特に、クラウディア様には」
「クラウディアというと、ここの女王だな。確か、お前の弟子で腕の立つ魔法使いだと」
「はい。あの子はこれまで私が育てた魔導師の中でも最高レベルの素質を持っています。クラウディア様なら、結界に手を加えた時点で気付いてしまうでしょう」
「じゃあ、打つ手はないと言うのか?」
「いえ、あります」

 ピュラは即座に、かつ簡潔に答える。

「どうやって?」
「結界に手を加えるのではなく、シトリー様に手を加えるのです」
「と、言うと?」
「魔力や邪気を周囲に感知させないようにする呪印をシトリー様に施せば、結界の制限を受けずにその中で行動でき、力を使っても魔導師たちに気付かれなくなるはずです」

 さすがだな。そういう手があったか。

 ピュラの出した回答にシトリーは大きく頷く。

「なるほど。で、それは簡単にできるのか」
「もちろんですとも。呪文を唱えながら指で体に呪印を描いていくだけですから時間もかかりません」
「じゃあ、すぐにやってくれ。それと、こいつらの分も」

 シトリーは、ニーナとメリッサ、そして、ようやく人型に戻ったエミリアの方を見回す。

「そうですね、この方たちの魔力では結界にひっかっかてしまいますものね。あ、それとそこのお嬢さんも」

 そう言って、ピュラはアンナを指さす。

「え?私、ですか?」
「ええ。確かにあなたは人間ですけど、体内にかなりの魔の気を貯め込んでいます。結界が反応するかどうかはともかく、そのまま町に入れば気付く魔導師がいるおそれがあります」

 まあ、アンナにはかなり僕の精を放ったしな。
 それに、力も与えてるし、あいつの場合もう半分くらいは悪魔のようなものになっていてもおかしくないか。

 シトリーは、不安げに自分の方を見ているアンナに向かって頷き返す。

「じゃあ、いっそのこと全員やってもらうか」
「えっ、それは私もということか?」
「あたりまえだろうが」
「だめよ、エル。こういうのはみんなで足並みを揃えないと」
「そ、そうだな。アンナがそう言うのなら」

 アンナにたしなめられて、エルフリーデもおとなしく従う。

 まあ、こいつはアンナに任せておけば楽だな。
 完全に下僕にするまで、こいつの操縦はアンナにやらせておくか。
 とにかく、これで全員一致だ。

 シトリーはピュラの方に向き直る。

「よし、いいぞ。すぐに始めてくれ」
「かしこまりました」

 ピュラはシトリーの正面に立つと、呪文を唱えながら、幾何学紋と流水紋を組み合わせたような文様をその肌に描いていく。その指がたどった跡には、一筋の光跡が残る。
 そして、描き終えた後に、最後に高く呪文を詠唱すると、その文様が強く輝く。だが、少しして光が収まった時には、もうその文様は跡形もなく消えていた。

「はい、これで完了です」
「ふむ。別に何かが変わった感じはしないな」
「ええ。普段は特別な感じはしないはずです。ただ、強い力を使うときに呪印が浮き出るかもしれませんが、それは呪印が作用して周囲にそれを感知させないようにしているということですから特に問題はありません」

 そう説明すると、ピュラは、メリッサ、ニーナと、順番に呪印を施していく。

「はい。これで全員に呪印を施し終えました」
「ご苦労。では、今度たっぷりと褒美をはずんでやるからな」
「ありがとうございます」

 一礼して顔を上げたその表情は、シトリーのために仕事をした充実感と、褒美への期待感で上気している。

「で、とりあえずこの後だが、夜が明け始めるまでもう少し時間があるが、ピュラ、お前はこの時間でも町の城壁の中に入れるのか?」
「ええ、もちろんですとも。私なら、いかなる時間でも門番は中に入れてくれます。それに、もし、門番に見つかることが差し障るようでしたら、私の屋敷まで直接飛べばいいだけです」
「なるほどな。じゃあ、エミリア、ニーナ、メリッサ。お前たちはピュラについて行け。見つからないように姿を隠してな。ああ、エミリアは猫状態でも問題はないと思うが。ピュラ、悪いが、こいつらはお前の屋敷で匿っておいてくれ」

 ピュラ、エミリア、ニーナ、メリッサの4名に向かって、シトリーはてきぱきと指示を出していく。

「シトリー様はどうなさるのですか?」
「僕は、夜が明けてからアンナたちと一緒に町に入る。救助された村人としてな」
「村人として?」
「ああ、そうだ」

 訝しげな表情を見せる下僕たちを前に、シトリーは平然として答える。

「ただし、少しばかり偽装はするがな。そのためにエミリア、お前にもうひと仕事してもらうぞ」

 そう言うと、シトリーはにやりと笑みを浮かべた。

< 続く >

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