第4話 本当に幸せ?
朝、目が覚めて何気なく寝返りを打つと、柔らかな感触が触れる。
一瞬驚いたけど、すぐに昨夜のことを思い出した。
昨日、何度も知佳と体を重ね合って、裸のままで眠ってしまったんだ。
目を開くと、ハムスターのように体を丸めて眠っている知佳がいた。
腕を伸ばして、そっとその体を抱きかかえると、知佳の方から甘えるように体をすり寄せてくる。
それが可愛らしくて、ついつい抱く腕に力がこもってしまう。
「ん、んん……あ、サッちゃん……」
知佳の目がゆっくいと開き、私を見て笑顔を浮かべた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。おはよ、サッちゃん」
「おはよう、知佳」
おはようのあいさつをして抱きしめると、知佳もぎゅっと抱きついてくる。
裸のままで抱き合うのって、ほの温かくて柔らかくて、すごく気持ちいい。
こうしているだけで、とても幸せな気持ちになれる。
「ねえ、知佳……幸せ?」
「うん、幸せ」
「私も」
ベッドの上で抱き合ったまま、互いに見つめ合う。
ものすごく甘くて幸せな時間が流れていく。
ずっと憧れていたけど、大好きな相手と朝を迎えるのがこんなに素晴らしいなんて、私の想像していた以上だった。
* * *
それから、私と知佳はほとんど同棲状態になった。
いつも傍らに知佳がいる、幸せな日々が流れていく。
ただ、ずっと私の側を離れようとしない知佳には、もう一度催眠術をかけて少しの間なら我慢できるようにした。
同じ専攻とはいっても、全く同じ授業ばかり取っているわけじゃないし、お互いにバイトとかもあるから、日常生活に支障をきたさないようにしておかないといけなかった。
だけど、授業の間やバイトの間は我慢することができても、長い夜をひとりで過ごすなんて、知佳には耐えられない。
……ううん、知佳だけじゃない。
ひとりで夜を過ごすなんて、私にも耐えられそうになかった。
私も知佳もバイトがない日は、授業が終わると後はふたりだけの時間になる。
学校から私の部屋に帰る途中、お気に入りの店でケーキを買って帰ってお茶にする。
私の選んだのは、洋酒の香りのするビターなチョコレートケーキで、知佳のはカシスのムース。
「ねえ、サッちゃんのそれ、新作だよね。どう?おいしい?」
「おいしいわよ。ちょっと食べてみる?」
「うん!じゃあ、あたしのもひとくちあげるね!」
それぞれのケーキを、ひとくちずつ互いに食べさせあいこをする。
そんなこと、さすがに外では恥ずかしくてできないけど、自分の部屋でなら堂々とできる。
「うわっ!これ、大人の味だね」
「でも、おいしいでしょ」
「うん!」
何をしてもはしゃいでいる知佳を見ていると、私も自然と笑みがこぼれてくる。
でも、どうしてだろう?
胸の奥の方が、かすかに痛むような気がするのは……。
不安、というのとは少し違う。
すごく幸せなはずなのに、心苦しさを感じる。
「ねえ、キスしようよ」
「うん、いいよ。……んむっ」
胸の奥のもやもやを振り払うように、知佳と唇を重ねた。
その唇をそっと押し開くように舌を入れると、知佳の方から舌を絡めてくる。
知佳の舌は、少し甘酸っぱいカシスの味がした。
「んんっ……んむっ、んっ……」
「んぐっ……ふっ、んんっ……」
互いの息づかいを間近に感じながら、唇と舌の感触を味わう。
こんなに濃密なキスにも、だいぶ慣れてきた。
だからわかる。
最初の頃は、ディープキスが大人の愛情表現に思えて、行為そのものをいやらしく感じて、それだけで興奮してしまっていた。
でも、慣れてくると、舌がどれだけ敏感で繊細なのかがわかる。
ううん、舌だけじゃない。
口の中や唇もそう。
好きな相手とディープキスをすると、まるで性感帯になるような気がする。
こうやって、舌を絡ませ合う少しくすぐったいような刺激。
それが、快感だっていうことがわかり始めてきた。
「んふっ、ん、れろぉ……んむうぅ……」
「んちゅううぅ……あむ……ぷはぁ……」
ようやく唇を離して、互いに見つめ合う。
キスをしただけなのに、知佳の表情は上気して蕩け、目は潤んでいた。
「えっち、する?」
「……うん」
小さく頷いた知佳を抱き寄せると、こっちに体を預けてくる。
そのままベッドに腰掛けて、私たちはもう一度濃厚な口づけを交わした。
*
*
*
「ああっ、知佳っ、知佳ぁッ!」
「サッちゃん!あふっ、すごいよっ!サッちゃん!」
ベッドの上で、両側から互いの腰を挟むように足を絡めて、股間を擦り合わせる。
目の前にある知佳の足を抱えて腰を揺すると、アソコとアソコが思い切り擦れて痺れるほどの快感が走っていく。
全身をびりびりって電気が走って、目の前で火花が散る。
擦り合わせているあたりから、すごい快感がこみ上げてくる。
「あああんっ!だめぇっ、私っ、もうイッちゃうううっ!」
「あたしもっ、ふああああっ!イクっ、イッちゃうううう!」
「あぅっ、もうダメっ、あふうううううううっ!」
「あんっ、ふあああああああああっ!」
知佳の体を抱えたまま、全身が痙攣する。
アソコのあたりで快感が弾けて、頭の中が真っ白になった。
体中が気持ちいいので包まれて、ふわふわと宙に浮いているみたいな感じ。
「んん……知佳ぁ……」
「あふう……サッちゃん……」
心地よい倦怠感と甘い快感の余韻に浸りながら、のろのろと体を知佳の隣に寄せて囁く。
知佳も、トロンとした視線を私に向けて微笑んでくる。
「大好きだよ……知佳ぁ……」
「私も……。サッちゃんのこと、大好きだよ」
そう言って、知佳が私の胸に顔を埋めてくる。
「幸せ?知佳?」
「うん、幸せ」
知佳と恋人同士になって、何度も繰り返してきたやりとり。
返ってくる答えはわかっているけど、確かめずにはいられない。
「あたし、サッちゃんのこと大好きだから、一緒にいられるだけですっごく幸せ」
「うん」
甘えるみたいに体をすり寄せて、本当に幸せそうに私の顔を見つめてくる。
「それにね、あたし、サッちゃんが近くにいないとすっごく心細くなっちゃうの。違う授業を受けてる時とか、バイトの時とか、早くサッちゃんに会いたくてどうしようもなくなるの。あたし、サッちゃんがいないとダメになっちゃうみたい」
「知佳……」
まただ……。
胸の奥がチクリと痛む。
知佳はこんなに幸せそうなのに。
全部、私の思い通りになってるのに。
でも、胸の奥の方がすっきりしない。
その理由は、自分でもわかってる。
私は、知佳と恋人同士になりたかった。
だから、催眠術の勉強をして私のことを好きにさせた。
それだけじゃなくて、知佳には私がいないといけないようにさせた。
本当は、そんなことに催眠術を使うのは間違ってる。
そんなことは自分でもわかっている。
それを承知でやったのに。
やっぱり、罪悪感を感じている自分がどこかにいる。
知佳に対して、申し訳ないと思ってしまう。
……ゴメンね、知佳。
「ねえ、サッちゃんは幸せなの?」
「……え?」
気がつくと、知佳がすぐ間近にまで顔を寄せてきていた。
「サッちゃんはあたしと一緒にいて幸せ?」
「そんな……もちろん幸せに決まってるじゃない」
「本当?本当に幸せなの?」
首を傾げてそう尋ね返してきた知佳は、どこか不安そうな表情を浮かべていた。
「どうして?」
「だって、サッちゃんってば今、泣きそうな顔してたんだもん」
「……えっ!?」
「さっきだけじゃないよ。時々、サッちゃんはすごく悲しそうで、寂しそうな顔してるよ。だから、あたしと一緒なのが幸せじゃないのかなって、すごく不安になっちゃうの」
「あ……」
知佳の言葉が、胸にぐっさりと突き刺さった。
「サッちゃん!?どうしたの、サッちゃん!?」
驚いた知佳の顔が滲んでいく。
あ……私、泣いちゃってる。
目から涙が溢れてくるのを、自分でも止めることができなかった。
初めて知佳に催眠術をかけたときから、ずっと申し訳ないと思っていた。
でも、そうしてでも知佳が欲しかった。知佳と恋人同士になりたかった。
そのためなら、なにをしてもいいと思った。
知佳とふたりでなら、どこまでも堕ちていけると思った。
それなのに、心の奥底では知佳への想いと罪悪感が葛藤していた。
いつも心苦しさに苛まされていた。
そんな胸の内を、知佳に見透かされたように思えた。
そう思うと、涙が止まらない。
もう、自分の心を繕っていることができない。
こんなことをして、知佳には本当に悪いと思ってる。
自分がやったことを考えると、胸が痛くて苦しくて、じっとしていられない。
だけど、自分でもどうしたらいいのかわからない。
溢れてくるこの涙を止める術が、私には見つからない。
「ねえ、どうしたの、サッちゃん!?あたし、サッちゃんを泣かせるようなこと言っちゃったの?ごめん。ごめんね……」
自分が悪いことをしたと思って、慌てて知佳が謝ってくる。
でも、知佳はなにも悪くない。
悪いのは全部私なんだから。
「違うの。知佳は悪くないから」
「でもっ」
「本当に、なんでもないんだから」
「……そんなはずないよ」
宥めても、知佳は心配そうな表情を崩さない。
それはそうよね……。
だって、私がこんなにボロボロ涙を流しながらだと、いくら宥めても説得力なんかないよね。
私がこんなんじゃ、知佳は不安になるだけよね。
でも、どうしたらいいの?
本当に、私はどうしたらいいんだろう?
どうしたいんだろう?
知佳に謝りたいの?知佳に許して欲しいの?
それとも……。
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