「おはよー! ……って、あら?」
「……っていうのはどう?」
「ああっ、いいね、それ!」
朝、教室に入るとアリサの机にサキとマユカが集まっていた。
アリサとサキはなんかめっちゃ盛り上がってるし、おとなしいマユカもすっごくニコニコしてるし。
「おはよ! なになに、なんかいいことあったの?」
「あっ、アカリ……」
「お、おはよ……べ、別になんにもないよ~」
いや、アリサもサキもあからさまに慌ててるじゃない。
「ふたりともなんか隠してるでしょ?」
「な、なにも隠してなんかないってば。そ、そう、アリサが新しいクレープ屋見つけたから今度行ってみようかって話してたの。そうだよね、マユカ」
「う、うんっ……」
「いいや、怪しい。絶対ヘンだよ! ……ねえ、なにか私に隠し事してるでしょ、マユカ?」
「そ、そんなことしてないよ……」
「そうそう。あたしたちがアカリに隠し事するはずないじゃん。そうだ、そのクレープ屋行くときにはアカリも誘うから、ねっ」
「ホントに?」
「本当だってば!」
そうは言ってるけど怪しいのよねぇ。
アリサたちとは中学から一緒で、いつもこの4人で遊んでるんだからいつもと様子が違うのはすぐわかる。
3人とも絶対になにか隠してる。
その確信はあったけど、私の追求はそこまでだった。
「ほら、席に着けー。授業始めるぞー」
1限の数学の斎藤先生が入ってきて、しかたなく自分の席に着く。
その後も、休憩時間や昼休みに何とか聞き出そうとしてもはぐらかされるだけだった。
そして放課後。
「ちょっとアリサー! ……あれ? ……サキにマユカも?」
HRが終わって振り向くと、もう3人の姿はなかった。
私の席が一番前なのをいいことに、気づかれないように後ろから先に出たみたいだった。
♪ ♪ ♪
「もうっ! なんなのよ3人ともっ!」
結局その日、私はブツブツ文句を言いながらひとりで帰ることにした。
学内を探せばどこかにいるだろうけど、どうせまたはぐらかされるだけだろうし、こんなんじゃみんなと一緒に帰る気分にもなれなかった。
「ぜったいなにか秘密にしてるよね! 私に隠し事なんてヒドいよ!」
「ケーン……」
「……ん?」
ぼやきながら歩いていると、なにか聞こえたような気がした。
「ケーン」
やっぱり聞こえる。
これ……甲高い、動物の鳴き声のような……。
その鳴き声の出所を探して辺りを見回すと、電柱の陰になにかいる。
「犬…………じゃないわよね?」
近寄ってみると、ちょっと丸みのある三角の頭に大きな三角形の耳が付いた小さなモフモフの子がいた。
犬とは感じが違うし、もちろん猫でもない。
すると、その子が私を見上げてもう一度鳴いた。
「ケーン」
「もしかして、キツネの子?」
どことなく、イラストとかで見るキツネに似てる気がするけど実物の子ギツネなんか見たことないから自信はない。
「ん? 怪我してるの?」
その子が足を気にする素振りをしたのでよく見てみると、右側の後ろ足に傷があるのか血が滲んでいた。
「ちょっと待ってね……」
「ケーン!」
ハンカチを取り出して怪我しているところを抑えると、痛そうに鳴き声を上げる。
「少しだけ我慢してて」
そう言うと、言葉が通じたのかおとなしくしてくれた。
その隙に、なるべくそっとハンカチを結ぶ。
「そっか、足を怪我しちゃったから歩けないんだね」
「ケーン」
応急処置を済ませて、その子を抱き上げる。
「この子、どうしよう? そもそも、こんな街中でキツネの子なんて、いったいどこから? ……あっ」
ホントはまだキツネって確定したわけじゃないし、だいいちこの辺りにキツネがいるなんて聞いたこともないけど。
ただ、どうしたらいいか考えていた私は、ふとあることを思い出した。
この近くに稲荷神社があったことを。
「まさか、お稲荷さんの使いってことはないわよね?」
それこそ夢物語みたいだけど他に思い当たるものがない。
だってお稲荷さんといえばキツネだよね?
あそこの鳥居をくぐるとお狐さんの像があるし。
それに、私の腕の中でその子が頷いたように見えた。
「まさか、ホントにあそこの子なの?」
「ケーン」
やだ、本当に返事してるみたい。
まあ、すぐそこだし連れて行ってみるくらいいいよね。
そう思って、子ギツネを抱きかかえたまま私はお稲荷さんの方に歩き出した。
♪ ♪ ♪
少し歩いて神社に辿り着くと、お社への長い石段を登って鳥居をくぐる。
「ケーーーーーン!」
建物の前の、向かい合っている2体の狐の像のところまで来たとき、抱いていた子ギツネがひときわ甲高い声で鳴いた。
すると、神社の建物が一瞬眩い光に包まれた。
「きゃっ! な、なんなの……えっ?」
気がつくと、いつの間に現れたのか目の前に巫女さんが立っていた。
いや、巫女さんというか……。
たしかに巫女さんみたいな白い着物に赤い袴を着てるんだけど、地面に届きそうなくらい長い髪は輝くような銀色で頭の上からこの子ギツネと同じような尖った耳の先っぽが覗いていた。
その姿も、漂わせてる雰囲気も普通の人とは全然違う。
「ケーンケンケン、ケンケン、ケンケーン……」
その人に向かって子ギツネがまるでなにか話しているみたいに鳴き始める。
それを、その人はニコニコと笑顔を浮かべて聞いていた。
「そうだったんですか~? それではお礼をしないといけないですね~」
子ギツネにそう話しかけると、その人が微笑みながら私を見た。
「はじめまして~、わたくしはこの社の主で葛葉命婦(くずはのみょうぶ)と申します~、それであなたは?」
「あっ……私は日野あかりです、はじめまして」
「あかりさんですか~、このたびはこの子を助けてくれてありがとうございます~」
そう言うと、葛葉命婦と名乗った人は私の腕から子ギツネを抱き取った。
「この子、お遣いに出すのは今日が初めてだったんですよ~、近場だから大丈夫だと思ったんですけど意地悪な猫にいじめられたみたいで、そこをあかりさんに助けていただいたんですね~、本当にありがとうございます~」
「あ、いえ……あの、葛葉命婦さんはこの神社の神主さんなんですか?」
「あ、いえ~、神主じゃなくて、わたくしがこのお社に祀られているんです~」
「……??? それって、ここの神様のことですか?」
「そういうことになりますかね~」
そう言って、葛葉命婦さんはオホホホと笑ってる。
……って、どういうこと!?
この人、ホントにホントの神様なの!?
いや、そりゃさっきのあ登場のしかたといい、その姿といい普通じゃないとは思ったけど、私いま神様とお話ししてるの?
「あの、その、えっと……失礼しました葛葉命婦様」
「そんなにかしこまらなくてもいいですよ~。わたくしのことはどうぞクーちゃんって呼んでください~」
いや、呼べないから。
神様のことそんな友達みたいに気安く呼べないから。
ていうか気さくすぎるでしょ、この神様。
「いや、そんな神様をクーちゃんなんて呼べないですよ。……葛葉さんでいいですか?」
「いいですよ~」
そう言って神様はニコニコ笑っている。
「ああ、それでですね、あかりさん」
「な、なんでしょうか?」
「この子を助けてくれたお礼をしたいんですが~」
「そんな、いいですよ、お礼なんて」
「まあそんなこと言わずに~。本当に感謝してるんですから~。こういうのはどうですか~? あかりさんの願いをわたくしが叶えてあげるっていうのは~?」
「私の願いを……ですか?」
「そうです~」
正直、神様とお話ししてるっていうのもまだ信じられないのに、願いを叶えてくれるって言われても急には出てこない。
ただ、その時ふっと学校でのことが頭に浮かんだ。
「あの、葛葉さん、お願いというか、すこし私の話を聞いてくれませんか?」
「いいですよ~」
その時の私は、願いを叶えて欲しいというよりかは誰かに愚痴を聞いて欲しかっただけだったのかもしれない。
葛葉さんの気持ちに甘えて不平不満をぶちまけたかったんだと思う。
だから、その日の朝から学校であったことを長々と愚痴り始めた。
「……ねー、ヒドいと思いません!? 私たち、中学のときからずっと一緒だったんですよーっ! それで、高校も同じところに入って、去年はクラスも別々だったんだけど、今年のクラス替えで4人とも一緒のクラスになって、良かったねーって言ってたのに、それなのに私だけのけ者にするなんて、そんなのヒドすぎですよねー!」
「あ~、そうですね~」
「葛葉さんもそう思いますよね! 私ね、学校での仲間内で隠し事なんて良くないと思うんです!」
「だったらその願いを叶えてあげましょうか~?」
ニコニコしながら私の話を聞いていた葛葉さんがいきなりそんなことを言い出した。
「……えっ?」
「ですから、学校では隠し事は何もないようにしてあげますよ~」
「そんなことができるんですか?」
「ええ~、わたくしには造作もないことですよ~」
「だったら、ぜひお願いします!」
そう頼んだのはホントに軽い気持ちだった。
ただ、今日学校であったような友達の間での隠し事や仲間はずれがなくなったらいいなっていう、その程度の気持ちで葛葉さんの提案に乗っただけだったの。
すると、葛葉さんはすっと空を指差すように手を挙げた。
「そ~れ~!」
葛葉さんのかけ声と同時にその指先に光り輝く玉が浮かび上がったかと思うと、ふわっと空に上っていく。
そして、それが上空で打ち上げ花火のように弾けた。
花火よりももっと小さな、粉みたいな光の粒が町中に降り注いでいく。
「はい~、もう大丈夫ですよ~」
「えっ? 今のでなにか変わったんですか?」
「ええ~、完璧ですよ~! 明日学校に行くのを楽しみにしててくださいね~」
「ありがとうございます、葛葉さん!」
「いえいえ~、こちらこそこの子を助けていただきましたし~。またいつでも遊びに来てくださいね、あかりさん」
「はい!」
気づいたらもう日も暮れかけてたし、葛葉さんに手を振ると私は神社の石段を駆け下りていった。
♪ ♪ ♪
翌日。
「おはよ……えっ?」
登校して、上履きを出しながらクラスの子に挨拶しようとした言葉を思わず飲み込む。
だって、その子がいきなり制服を脱ぎだしたんだから。
ううん、制服だけじゃなくて下着も、ソックスも脱いで完全に裸に。
「ちょっと……なにをしてるの?」
「なにって、服を脱いでるんじゃないの」
いや……それは見りゃわかるけど……って、他の子たちも!?
その子だけじゃなくて、登校してきた子は全員、校舎の入り口で服を脱いでいた。
校舎の中を見ると制服を着てる生徒は誰ひとりいなくて、みんな裸に上履きだけの格好で歩き回ってる。
「ちょっと、どういうことなの?」
なにがどうなってるのかわからず呆然としている私のところへ、アリサたちが駆け寄ってきた。
「アカリー! 昨日はごめん!」
「……へっ?」
「私たちホントはさ、ほら、来月アカリの誕生日があるじゃん。その時にサプライズパーティーをやる計画を立ててたんだよね」
「アカリちゃんのお母さんにも手伝ってもらってね、こっそりと飾り付けをして驚かせようって」
「そうそう、あたしが学校の帰りにアカリを買い物に誘って時間を稼いで、その間にサキとマユカが飾り付けをしにアカリの家に行くっていうね」
「でもさ、友達同士で隠し事は良くないじゃん」
「だからちゃんとアカリちゃんに謝ろうって」
「そんなぁ……」
サプライズパーティーって、そんなことの相談だったの?
しかもそれって種明かししたら意味ないじゃん。
……って、いやいやいや!
そんなことよりもとんでもないことが目の前で起きてるじゃないの!
「ていうかなんでみんな裸なのよ!?」
「へ? なんでって?」
「だって、あたりまえのことじゃない」
「そうだよね、いつもこうだもんね」
と、3人とも不思議そうに首を傾げてるけどぜんぜんあたりまえじゃないし。
アリサもサキもマユカも、制服も下着も脱いで素っ裸に上履きを履いただけ。
おっぱいもおへそもアソコも全部丸見え状態なのになんでそんなに平気な顔してんのよ?
だけどその時……。
「こらこら、そこの4人。授業始めるから教室に入りなさい」
声をかけてきたのはうちのクラスの担任で、英語の授業を受け持っている高木るみ子先生だった……って、ええええええ~っ!?
「あら、日野さん、どうしたの? 今日は遅刻でもしそうになったの?」
いや、どうしたもこうしたも高木先生も裸じゃないの!?
「ほら、本当に遅刻になるから早く制服を脱ぎなさい」
「え、あ、いや……どうしてっ?」
「日野さんったら熱でもあるの? 校内では着ているものを全部脱ぐって生徒手帳にも書いてあるでしょう?」
「ふえええええっ!」
慌てて生徒手帳を見ると、たしかに書いてあった。
校内では制服も下着も含めて身につけているものを脱いで裸にならなきゃいけないって。
ただし、なにか踏んで怪我をしないように上履きだけは履いていいって。
「な、なんでこんなっ……?」
「本当に今日の日野さんったらおかしいわね。我が校の校訓は”つつみかくさず”でしょ。身も心も隠し事をしない。それを体現するためにこうやって校内では着ているものを脱いで裸になるんじゃないの。我が校伝統の素晴らしい教えよ。日野さんも知ってるでしょ?」
高木先生の言葉にアリサたちも頷いてるけど、私そんなの知らない。
今日初めて聞いたんですけど。
……って?
つつみかくさず? 身も心も隠し事をしない?
…………くーずーはーさーん!
これ、絶対あの人のせいだ~!
だって葛葉さん言ってたもん! 学校ではなにも隠し事がないようにするって!
それ間違ってるよ葛葉さん!
それは学校で隠し事は良くないって言ったけど、ここまで隠さないようにしろって言ってないよ!
ていうか物理的になにも隠さなくしてどうするのよ!?
なんかほわっとした雰囲気でおっとりした神様だなぁって思ってたけど葛葉さんちょっと天然すぎぃ!
「どうしたの、アカリ?」
「ホントになんか変だよね」
「体調でも悪いの?」
私を取り囲んで、みんなが不思議そうに見つめてくる。
ていうかなんで私が変なことしてる感じになってるのよ!?
おかしいのはみんなの方じゃない!
それなのにこんな……。
この状況をどうしてくれるのよ葛葉さん!
「わかったら早く服を脱いで教室に入りなさい」
「えと、あの、その……わかりました……」
もう、他にどうしようもなくて制服を脱いでいく。
……やだ、恥ずかしい。
それになんかスースーするよぅ……。
こんなのやっまぱり変だし恥ずかしい。
でも、そうしないといけない雰囲気が辺りには漂っていた。
着ているものを全部脱ぎ終えると、なるべく体を縮こませるようにして教室に入る。
♪ ♪ ♪
1限目。
「それでは岡本さん、このthatの先行詞は?」
教室に高木先生のよく通る声が響く。
だけど、私は授業どころじゃなかった。
ううう……椅子が冷たいよう……。
直に肌に当たる椅子が冷たく感じるし、すきま風が吹き抜けていくようでスースーする。
はっきり言ってこんな格好恥ずかしすぎて授業どころじゃない。
それに、うちの学校は男女共学。
もちろん教室には男子もいる。
そもそも私の隣の席は男の子だし。
なるべくあっちを見ないようにしよ……。
男子の裸をなるべく見ないように反対側を向く。
「……さん。日野さん」
「えっ、あっ、はいっ!」
気がつくと、机のすぐ前に高木先生が立っていた。
少し濃いめの繁みのすぐ下のアソコも、ポンッと前に突き出るような形のいい胸も丸見えで目のやり場に困る。
……高木先生ってすごくスタイルいいよね。
ウエストは細いのに出るとこはしっかり出てて、大人の女性って感じ。
……って、そうじゃなくて!
「ちょっと、ちゃんと授業聞いてるの?」
「えっ、は、はい……」
「そう。じゃあ、このページの5行目から読んでいってもらえるかしら?」
「はいっ……きゃっ!」
教科書を持って立ち上がってから自分も裸だったことを思い出して慌てて座り込む。
「どうしたの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
教室がざわついて、みんなの不思議そうな視線が集まって来るのを感じて、恥ずかしさで肌が熱くなってくる。
私の方がおかしな行動をしてるんだって、そんな雰囲気。
たしかにみんな裸だし、今は私の方がおかしいんだろうけど、こんなの恥ずかしいに決まってる。
「さあ、早く読んで」
「はい……」
なるべく前屈みに立って、教科書を読み始める。
だけど顔がものすごく熱いし、声がうわずるのを止められない。
♪ ♪ ♪
そして2限目。
音楽の時間。
「ピーピーピヒィイイイイイッ!」
「はいストップ! ……日野さん、強く吹きすぎよ」
「……はい、すみません」
音楽の丸山先生に注意されてしまう。
もちろん丸山先生も裸だ。
ていうか丸山先生ってすっごく巨乳。
この先生、ものすごく小柄でたぶん身長は145cmくらい。
赤くて大きなリボンで髪を結っているのがトレードマークで、学生からも友達扱いされるくらいに可愛らしい。
それにすごく明るくて気さくな性格で、いろいろ相談に乗ってくれるし女の子たちのいいお姉さん役だ。
だけど、そんなカワイイ見かけに似合わず胸はここにいるどの女の子よりも大きかった。
いや、服を着てるときから大きいとは思ってたんだけど、こうやって裸になるとよりはっきりする。
ちょっとしたメロンくらいの大きさがあるんだもん。
「そんなに慌てないでいいのよ。少し落ち着きましょうね」
「はい」
丸山先生はそうアドバイスしてくれるけど、別に慌ててるわけじゃないんだよね。
慌ててるわけじゃないけど、なんていうか……。
だって、音楽室にいる全員が裸なんだよ!?
男子も女子も全裸のままで背筋を伸ばして、姿勢良く立ってリコーダーを吹いてるなんてシュールすぎると思わない?
どうしてみんなそんなすました顔をしていられるのよ?
アリサもサキもマユカも、ミクちゃんもエリカも、息継ぎするたびにおっぱいが揺れてるし。
男子は男子で……あの、その……股間にぶら下がっているのってあれだよね?
なんかぷらーんってなってるのがいっぱい……。
ああ……頭がクラクラしそう……。
「ピッ! ピピィイイイイイッ!」
「はい、日野さん、落ち着いて」
無理だよ。
こんな状況で平静でいるなんてできるわけないじゃん……。
♪ ♪ ♪
そして、4限目の体育は学年全体でプールの時間だ。
「なんか、違和感ないわね……って、私ったらなに慣らされてんのよ!?」
それは、たしかに教室や音楽室での授業に比べたら変な感じはしないけど。
男子と女子が全員裸でいるってだけで、それはそれで大きなお風呂に入ってるみたいだし。
うわー、3組のナナちゃんすっごい筋肉。
肩もあんなに盛り上がってて、さすが水泳部のエースだなー。
あ、あっちは去年同じクラスで仲が良かったヒナタちゃんだ。
うん、見るからに小っちゃくて可愛らしい子だけど、胸もちょっと控えめ。
でもかわいいなー。
妙に違和感が薄いせいで少し気が緩んだのか、体育座りしたままぼんやりと周囲を見ていると……。
「よう、どうしたんだ、日野? さっきからボーッとして?」
「……へ?」
声をかけられて見上げると、うちのクラスの菊池タツヤが立っていた。
なにかとひと言多いしちょっと生意気なやつだけど、男子の中ではわりとよくおしゃべりする相手だ。
でも、私のすぐ目の前でぶらんぶらん揺れているこれは……?
「ちょちょちょっ、あんた女の子の前でなにぶら下げてんのよ!?」
「……ん? ああ、これか? チンポだけどそれがどうかしたのか?」
「だーっ! なにはっきり言ってんのよ! そんなもん丸出しにして少しはデリカシーってものを考えなさいよね!」
「んなこと言っても、男には絶対付いてるもんだし、隠せるもんでもないしな」
「だからってそんなもの人の目の前でぶらぶらさせないでよ!」
「だって裸なんだからしょうがないじゃん。ていうか、チンポが気になるなんて日野も実はスケベなんだな」
「ななな、なに言ってんのよ!? そっ、そんなわけないでしょ!」
いきなり変なことを言われて、恥ずかしくて顔がかぁって熱くなってくる。
なによ、それじゃ気にしてる私の方がおかしいみたいじゃない!
男と女が裸でいたら普通気にするでしょ!?
それを、私だけが気にしてて他の誰も気にしないってどういうこと!?
本当に葛葉さんったらなんてことしてくれたのよ!
「お、おい、日野?」
「うるさい! あんたはもともとひと言多いんだからそれ以上しゃべるな!」
「へ? へ? なに怒ってんの?」
「あーもう、黙れ!」
ああもう、せっかく少し落ち着いてたのにこいつのせいでまた恥ずかしくなっちゃったじゃないの!
♪ ♪ ♪
で、お昼休み。
アリサたちと集まってお弁当を食べるけど、やっぱり落ち着かない。
なんかこう、教室で裸でいるのが一番落ち着かないわ。
しかも、その日はちょっとした出来事があった。
「みんな、ちょっと聞いてくれるかな?」
「……ん?」
佐々木くんと田宮さんが教室の前に並んで立つのを見て、みんな手を止める。
なんか、手をつないでいるけどあのふたりってああいう関係だったんだ……とか思っていたら。
「僕、佐々木ツヨシと田宮ノノカさんは本日からおつきあいすることを報告します!」
佐々木くんがそう言っている横で、田宮さんが少し赤くなりながら小さく頷く。
それから一瞬の沈黙を置いて、教室に拍手と口笛が鳴り響いた。
「……ええっと、あれは?」
「え? 見ての通りじゃないの。おつきあいの報告」
「おつきあいの報告!?」
「当たり前じゃん。学校内では隠し事はできないんだからカップル成立したらこうやってみんなに報告するの」
「だから学内カップルはみんな公認カップルだよ。アカリちゃんも知ってるでしょ?」
いや、今日初めて知りましたけど。
ていうかどこかのド天然の神様のせいで今日からこんなことになっちゃってるんですけど。
そっか、隠し事をしないってことはこういうのも全部オープンにしないといけないってことなのね。
「でも、もしそのカップルが別れたら?」
「もちろんそれも報告するに決まってるじゃん」
「その方が次の恋に進んでいけるし、他の子もアタックしやすくなるしね」
「それに慰めてあげやすいしね」
「あ、そう……」
でも、お別れの報告をみんなの前でするのってちょっとした地獄だと思うんだけど気のせいかなー……。
「それで、みんなは好きな人っているの?」
「いない」
「うん、今のとこはいないかな」
「私も。アカリちゃんは?」
「うーん、私もこれはって子はいないかなぁ……」
「ま、あたしはそれよりも女の子の方がいいかな。アカリのおっぱいなんかけっこう大きくてあたしは好きだよ」
そう言って、アリサが私の胸をギュッて掴んでくる。
「やっ! ちょっ、セクハラよ!」
「なによ、減るもんじゃなし」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「でも、アカリも嫌だったらちゃんと言っとけばいいのに」
「そうだよ。私もそういうのは恥ずかしいから嫌だっていつも言ってるもん」
「うんうん。だからマユカにはこういことしないもんな」
「うん」
なるほど!
自分の嫌なことは隠さずに嫌ってはっきり言っておけば自分を守ることになるのね!
そう考えると隠し事をしないのって大事だわ!
……って、なるかあっ!
ていうか、仮に隠し事をしないことにいいところがあってもダメなところが多すぎるわっ!
ああもう、ついていけないわ。
こんなのが続いたら頭がおかしくなりそう……。
♪ ♪ ♪
そして、5限目。
数学。
うう~……あまり前を見たくないなぁ……。
数学の斎藤先生はかなり太めのおじさん先生だ。
もちろんこの先生も裸で授業をしている。
やっぱり太ったおじさんの裸はあまり見たくないし、なるべく教科書の方を見るようにする。
……ん?
なんか隣の席の谷くんがちらちらこっちを見てるような気がするけど。
……って、ちょっと!
隣の様子をそっと窺うと、谷くんの股間のものがすごく大きく突き立っていた。
やだっ! 話しに聞いたことはあるけどあのぶらんぶらんしてたのってあんなに大きくなるの!?
ていうか、あれが大きくなってるってことは、その、あの……興奮してるってことだよね!?
それって、もしかして私で?
やだっ! 最低!
とにかく、そのことが気になって授業どころじゃなくなって、休憩時間になるとすぐに問い質す。
「ちょっと谷くん! 授業中になんてもの大きくしてんのよ!?」
「ああ、これ? なんか今日の日野さんって朝からずっと恥ずかしそうにしてて初々しいから。日野さんの裸ももう見慣れたつもりでいたけど、今日の日野さんを見てたらなんか可愛くてついつい興奮しちゃった」
「……へっ?」
……ブチッ。
たった今、我慢の限界を超えた。
悪びれることなく答える谷くんの姿に、確実に私の中でなにかが切れた。
「あんたねぇ、なに勝手に人の裸見慣れたつもりでいるのよ?」
「……え?」
そうよ。
葛葉さんのせいでみんなそんな気がしてるだけで、昨日までみんな制服を着てたじゃないの!
「しかも、人の裸見てそんな汚いもの大きくさせて、それを恥ずかしげもなく口にするなんてどういうつもりよ?」
「いや、でも、学校内では隠し事はだめだから、こういうことでもはっきり言わないと」
「うるさいわよ。なにが隠し事はしないよ。だったら私もはっきり言わせてもらうわ。あんたが私でそんなもんを大きくさせてるって思うとこっちは無茶苦茶気分が悪いのよ!」
「いや、でもそう思ったんだから仕方がないし」
「やかましい! あんまりガタガタ言ってると〇すわよ」
「……はい」
もう、完全にぶち切れモードになった私にすごまれて、谷くんの股間のそれがみるみる萎びていく。
ふん、いい気味だわ。
ていうかもうやってらんない!
絶対に葛葉さんに元に戻してもらうんだから!
♪ ♪ ♪
だから、放課後。
HRが終わるのと同時に、私は出口に向かってダッシュする。
ああもう!
制服を着るのがもどかしい!
どうせ帰るときに着るんだったら最初から脱がなきゃいいのよ!
イライラしながら制服を着ると、全速力でお稲荷さんへと走る。
「神様ーっ! 葛葉さーん、出てきてよーっ!」
石段を駆け上がると、お社に向かって叫ぶ。
すると、少しの間を置いて光が弾けたかと思うと目の前に葛葉さんが立っていた。
「あら~、あかりさん、今日も来てくださったんですね~」
と、あののんびりした口調で葛葉さんがニコニコと挨拶してくる。
だけど私はそれどころじゃなかった。
「葛葉さーん、なにしてくれたんですかー。困りますよー、もうー」
そう言うと、葛葉さんは驚いたように目を丸くした。
「えええ~? わたくし、あかりさんの言ったとおりにしましたよ~。それとも、なにか足りなかったですか~?」
「足りないっていうか、やり過ぎですよー! あれじゃ恥ずかしくて学校に行けないですよー!」
「ああ~、あかりさんが恥ずかしくて学校に行けないんですか~?」
と、妙に納得した感じで頷く葛葉さん。
ていうか、そんなのちょっと考えたらすぐわかるじゃない!
「そんなの決まってるじゃないですか。あれじゃ恥ずかしくておかしくなりそうですよ!」
「なるほど~、あかりさんが恥ずかしくて学校に行けないと~。でも大丈夫です~、それならすぐ直すことができますから~」
「直すことができるんですか? お願いします!」
「ええ~、あかりさんが学校に行っても恥ずかしくないようにしたらいいんですね~。では、そ~れ~!」
そう言って葛葉さんが指先をこっちに向けると、私の体が光の粒に包まれる。
ええっ?
いや、学校に行っても恥ずかしくないようにするんじゃなくて単純に元に戻して欲しいんですけど。
……って、あれ?
なんか、頭がクラクラして……。
頭の中がぐらんぐらんと回っているような気持ち悪さを感じたかと思うと、目の前が真っ暗になってそのまま意識が遠のいていった。
♪ ♪ ♪
「あれ? 朝かぁ……」
目が覚めると自分の部屋のベッドの上だった。
「んー……なんかヒドい夢を見てた気がするんだけど……」
内容は全然覚えてないけど、なんかすごい悪夢を見てたような気がする。
学校で一日酷い思いをしてたような、そんな感じ。
「ま、いっか。早く着替えて学校行かないと」
そう呟いてベッドから降りる。
いつもと変わらない1日の始まりだ。
「アカリー、おはよー」
「おはよ」
「あっ、先輩、おはようございます」
「うん、おはよう」
正門を入って、友達や後輩とおはようの挨拶をしながら校舎に入る。
そして、下駄箱から上履きを出すと、制服を脱いでいく。
下着もソックスも全部脱ぐと、下駄箱の脇に置いてある机の上で丁寧に畳んで鞄にしまった。
そして、なにも身につけない素っ裸になると上履きだけを履く。
……あれ?
なんでだろう?
なぜか、自分が服を脱ぐのを嫌がっていた、そんな気がした。
制服を着て授業を受けるのが当たり前で、裸になるなんておかしなことだって思っていたような……。
「おはよう、アカリ!」
「あ、おはよう、アリサ」
すぐ後ろから、アリサが追いついてくる。
もちろんアリサも裸だ。
うん、アリサったら今日もいい体してるわね。
特にあの胸。
おっぱいにすごく張りがあって、前に突き出るようにして乳首がツンと上を向いてるのがすっごくきれい。
それに比べたら私のおっぱいは少し垂れちゃってる気がするのよねー。
「アリサのおっぱいホントに形がいいよねー」
「やんっ、アカリのエッチ! でも、あたしはアカリのおっぱい好きだよー」
「やだっ、アリサったら!」
手を伸ばしてアリサのおっぱいを掴むと、アリサも私のおっぱいを掴み返してくる。
……うん、いつも通りだよね。
本当にごくごくあたりまえの、いつも通りの朝の光景。
私が裸になるのを嫌がっていたなんて、そんなのきっと気のせい。
だって、うちの校訓は”つつみかくさず”なんだから。
< 終 >