本当はえむしーだった浦島太郎 堕ち姫ver.

~堕ち姫ver.~

 今は昔、とある漁村に浦島太郎という男が住んでおった。
 彼の住んでいた浜がどこにあったのかは諸説あり、残っている記録では『丹後国風土記』にある浦嶋子の話が最古だとされている。
 しかし、浦島伝説は丹後国以外にも隣の若狭国や瀬戸内の讃岐国をはじめ日本中に点在しており、中には飛騨国や信濃国といった海のない地域に伝わる浦島伝説すらあって、今となっては彼がどこの者であったのか定かではない。

 ともあれ、浦島太郎は漁りを生業としていた。

 それはある夜、太郎が夜釣りに出たときのことである。
 磯にある大岩の向こうから水音が聞こえたような気がした。
 魚が跳ねる音ではない。もっと大きな、そう、人間が水浴びでもしているような音だった。
 岩陰から様子を窺った太郎は思わず息を飲んだ。
 そこには、女がひとり水浴びをしていたのである。

 折しも満月。夜中とはいえ、その女の美貌がはっきりと見て取れた。
 射干玉の髪、白亜の肌。小さく整った瓜実顔で、心地よさげに閉じた目の、長い睫毛の先から水滴が零れ落ちる。
 ほの白い月明かりに照らされて輝く雫を纏うその姿は、天女が地上に舞い降りたのではないかと思うほどであった。

 言葉を発することも忘れて、太郎はずっと女人に見惚れていた。
 だが、静かな深い濃紺を湛えていた空にうっすらと明るみが差す頃、不意に女の姿が消えた。
 慌てて周囲を見回したが、影も形もない。
 陸に上がったのではない。まるで水の中に沈んだかのようにその姿が失せたのである。
 ゆっくりと白んでくる空の下、あやかしにでも化かされた思いで太郎は女を捜し回った。
 しかし、女の姿はおろか砂の上には彼自身のもの以外の足跡すらなかったのである。

 家に帰ってから、太郎は自分が見たのは夢ではなかろうかと思った。
 だが、あの女人の面影を忘れることができず、翌晩も浜に出てみたが女の姿はなかった。
 そしてその翌日も。
 再び出会えることを願って太郎は夜の浜に連日行ってみたが、あの女にはついぞまみえることはできなかった。

*  *  *

 どうしてもあの夜の女が忘れられない太郎はその日、里のはずれでまじない師をしている老婆の小屋を訪ねた。

「ふむ……一目惚れした恋を成就させたいのじゃな。しかも、相手はどこの誰かもわからぬと……」

 太郎の話を一通り聞くと、老婆は土間から盥を持ってきて水甕から水を注いでいく。

「それでは、しばしの間黙っておれよ」

 盥の中ほどまで水を注ぐと、そう言って老婆はなにやらぶつぶつと唱え始めた。
 低く、あるいは高く、抑揚を付けながら呪文のようなものを唱える老婆。
 すると、触れてもいないのに盥の水に波紋が立った。
 ひとつ、ふたつ……大きいの、そして小さいの、謡うような老婆の呟きに応えるようにいくつもの波紋が浮かんでは消えていくのを太郎は息を詰めて見つめていた。
 波紋が生まれては消えるのを半刻ほど繰り返してようやく水面は静かになり、老婆が顔を上げた。
 だが、黙って太郎の方を見たまま何も言わない。

「どうした、お婆?」

 促されても老婆はじっと太郎の顔を見つめていた。
 そのまましばしの沈黙が流れた後、ようやく老婆は口を開いた。

「おぬしにひとつ確かめておきたいことがある」
「確かめておきたいこと……とは?」
「うむ、おぬしの覚悟についてじゃ。おぬしの想う相手は人ではないかもしれぬ。それでも構わぬという覚悟はあるのか?」
「人ではない? では、あの女人は何者なんだ?」
「そこまではわからん。水占ではおぬしの想い人が世の常ならざる者だとしか出ておらぬ。占いでそう出るからにはただの人ではあるまい。そのような相手に想いを遂げる覚悟はおぬしにはあるか?」

 老婆の、年齢にそぐわぬ鋭い視線が太郎を見据える。
 しかし、占いの結果を知っても太郎の思いは揺らぐことはなかった。

「構わぬ。あの人と想い遂げることができるのなら俺はどうなっても良い。たとえ相手が人でなくとも構わん。どのみち、あの女人を見た後では他の女に惹かれることはあるまい。ならば、俺はこの想いを貫きたいのだ」

 太郎の決意を聞いて、老婆は小さくため息を吐いたように思えた。
 そして、背後にある棚の引き出しを開けるとなにやら取り出しはじめる。
 草の根や木の実を干したようなもの、翡翠や辰砂(しんしゃ)のかけらのようなもの、貝殻や青珊瑚の破片……。
 それらを、奥から取り出した薬研の中に入れていくのを太郎は黙って見つめていた。
 と、老婆がおもむろに太郎の方に手を差し出した。

「浦島、おぬしの髪の毛をひとつまみくれぬか?」
「……? ああ……これでよいか?」

 理由もわからぬまま太郎が髪の毛をひとつまみ抜いて手渡すと、老婆はそれも薬研に放り込んで磨り潰しはじめた。
 それらが全て粉になるまで碾くと、小鉢に移して水を注ぐ。
 すると、鮮やかな緑青(ろくしょう)色の液体が出来上がったのだった。
 次いで老婆は紙を一枚取り出すと、それを人型に切りだした。
 紙を切り終えると、先ほどの液体を筆に含ませてなにやら文字とも文様とも判別のつかぬものをその紙に書いていく。

「ふむ……これでよし、と」

 人型に切った紙の裏表にそれを書き終えると、老婆は太郎の方に向き直った。

「よいか、四日後の昼過ぎに浜に行くがよい。そこでおぬしが見たことに対して普段のおぬしどおりの行動をとれば、再び想い人に会えるじゃろう。それでじゃ、これを持ってゆけ」

 そう言って、老婆は人型の呪符を太郎に渡した。

「……これは?」
「相手の心をおぬしに向けさせるまじないじゃ。正確にはもっと強力なものじゃがの。もし想い人に会うことができたら、機を見てこれを相手の体に押しつけよ。着物の上からでも構わん。それで相手の想いもおぬしに向くようになる」
「これで?」

 太郎はにわかには信じ難いといった面持ちで手の中の紙切れを見つめていた。

「いや、そればかりかその気になれば相手をおぬしの思いのままにすらできるじゃろう。そうするかしないかはおぬし次第じゃがの」

 相手を射貫くような鋭い眼光を向けながら老婆はそう告げた。
 人を思いのままにするまじないなど素直に信じられるものではないが、老婆の視線と口調には異論を差し挟むことを許さぬ力強さがあった。

「……ともかく、四日後に浜へ行けばよいのだな?」
「ああ。さすればおぬしの道は開けるじゃろう」
「で、謝礼はいかほど払えば良い?」

 呪符を懐に収めると、謝礼の話を切り出した。

「ふむ……この度は無しでよいわ」

 しばし思案してから老婆が出した返答は思いがけぬものであった。

「しかし、そういうわけには……」
「よいよい、どうせこの老いぼれの気まぐれじゃ。今回は謝礼はいらん」

 そう言って、老婆はただ笑っているばかりであった。

「それでは俺の気が済まん。では、事が成就したときに改めて謝礼を持ってくることにしよう」
「ああ、それでよい」

 太郎の提案に老婆は笑って頷く。 

 だが……。

「おそらく、もうおぬしに会うことはないじゃろうがの」

 太郎が出ていった後で、老婆がぼそりと呟く。
 もちろん、太郎はそれを知る由もなかった。

*  *  *

 四日後。

 太郎が老婆に言われたとおりに浜に出てみると、隅の方に子供たちが集まっていた。
 なにをしているのかと思い近寄ってみてみると、大きな海亀を取り囲んで蹴ったり石を投げたりしているではないか。

「こら、なにをしているんだ」

 太郎が声をかけると、そのうちの数人が振り向いた。

「なにって、亀をいじめてるんだよ」
「そうそう。こいつが悪いんだぜ。こんなでかい図体で陸になんて上がってくるから」
「なにを言ってるんだ。可哀想だろ。ほら、やめなやめな」

 そう言って太郎は子供たちを追い払う。
 漁師を生業としてはいるが、基本的に太郎は無益な殺生は嫌いだった。
 魚ならともかく、獲物にはならない海亀をいじめるような趣味は太郎にはなかったし、子供たちが亀をいじめるのを見過ごすこともできなかった。
 そういう意味では、普段の彼がしている行動をしたと言うべきだろう。

「ちぇ、余計な邪魔が入っちゃったよ」
「つまんないの」

 興を削がれたように子ともたちは舌打ちしながら去って行く。
 そして、子供たち全員が浜から見えなくなってから。

「さ、早く海に帰りな」
「助けていただいてどうもありがとうございます」
「……なっ!?」

 海へ戻そうとした亀が言葉を発したのには、さすがに太郎も驚きを隠せなかった。
 あまりのことに声が出てこない太郎に向かって、亀は自分のことを語りはじめた。

「驚かしてしまって申しわけありません。私は普通の亀ではないのです。竜宮城に仕えている者なのです」
「竜宮城に……?」
「はい。竜宮城の主、乙姫様の遣いとして、越前は夜叉ヶ池の主は蛇姫様のところに行った帰りに不覚にも子供たちに見つかってしまって、困っておりましたところを助けていただいたという次第です」
「そ、そうであったか」

 亀の話を聞いてもまだ驚きは消えたわけではないが、だいぶ落ち着きを取り戻していたのはあのとき老婆の話を聞いていたからであろう。
 それに、太郎としても亀の話の中に気になる言葉があった。
 亀が仕える、竜宮城の乙姫という名前である。

「そういえば、あなたのお名前は?」
「む……浦島太郎だ」
「浦島様ですか。いかがでしょう? よろしければこれから竜宮城へおいでになりませんか?」
「竜宮城に?」
「はい。私から浦島様へお礼をしたいのですが、この場では私にはなにもできません。そこで、浦島様を竜宮城へ招待したいのです」
「しかし、俺みたいな者が竜宮城へ行ってもよいのだろうか?」
「是非ともお越しください。きっと、この度の話を聞けば乙姫様も喜ばれるはずです。ですから、どうか遠慮なさらず」
「そこまで言うのならば、好意に甘えさせていただくとしよう」

 にわかには信じられないことだが、太郎は竜宮城への誘いに乗ることにした。
 それもこれも、老婆が言っていたのはこのことを指しているからに違いないと思ったからだった。

「それでは、私の背にお乗りくださいませ」
「うむ」

 そうして、太郎は亀の上に乗って海へと入っていった。

*  *  *

 そして、亀の背に揺られて海底へと潜っていくと、そこにはこの世のものとは思えぬ煌びやかな宮殿が建っていた。
 これが竜宮城かと思ってはみたものの、海辺に暮らす一介の漁師である太郎にはこれと比べるべきものも知らず、ただただその豪華絢爛さに驚嘆するばかりであった。

 宮殿の中に通された太郎は、しばし控えの間で待たされた後、いよいよ乙姫様にお目通りすることとなった。
 太郎が通されたのは天井の高い大広間で、前方の壇上に置かれた玉座に人が座っていた。
 ここは光の届きにくい海底のはずなのに、不思議な光を放つ灯りが沢山並んでおり真昼のように明るかった。

「あなたが浦島太郎様ですね。どうぞお顔を上げてください」

 平伏していた太郎にかけられた声に頭を上げ、玉座に座っている人物に太郎の視線は釘付けとなった。
 その、黒く濡れたような髪、透き通るほどに白い肌、睫毛の長い、整った顔立ち。
 華やかな衣装を着て、髪を結っているために雰囲気は多少異なるが見間違うはずもなかった。
 あの夜以来、想い焦がれてきた相手が太郎を見下ろして微笑んでいたのだ。

「話は聞いております。この度は亀の苦境を助けていただいてありがとうございます」
「そんな……俺はただ当たり前のことをしただけで」
「いえ、なかなかこのようなことはできるものではありません。わたくしからも、是非ともこのお礼をさせてください」
「そんな、もったいないお言葉でございます」
「浦島様、そんなに畏まらないでくださいませ。浦島様には客人としておもてなしさせていただきますゆえ、どうかゆっくりとお寛ぎくださいませ」

 竜宮城の主に相応しい気品を漂わせ、柔らかな笑みを浮かべるその姿が太郎にはただただ眩しかった。

 その日はその後、海底に湧いている温泉で太郎の疲れを癒やしてもらおうということとなり、夜には盛大な宴が催された。
 宴席では乙姫自ら太郎の隣に座ってもてなすという歓待ぶりだ。
 そんな乙姫の姿に見惚れつつも、太郎は老婆から貰った呪符をどうするか考えていた。
 今目の前にいるこの人に使うためにこれを貰ったのだ。問題は気づかれずにこれを乙姫に押しつけることができるかどうか。

 機会を窺いながら、宴も酣になった頃だった。

 余興として魚たちの踊りが始まり、その場の全員の視線がそちらに向いた。

 ……今だ!

 今が好機と、太郎は懐からあの呪符を取り出して乙姫の体に押しつける。
 すると、それはすうっと乙姫の体に吸い込まれるように消えていったのを太郎は確かに見た。

「どうかなさいましたか、浦島さ……ま……」

 急に体を押された乙姫が太郎の方に向き直ったが、その言葉が半ばで途切れた。
 見ると、その瞳から輝きが消え失せており、まるで目を開けたまま意識を失ったかのようにぼんやりと座っている。

「乙姫様?」

 太郎が声をかけると、すっとその瞳に光が戻った。

「……え? ああ、すみません、わたくし、少しぼうっとしてしまって」

 そう言って乙姫は笑顔を見せる。
 太郎としては呪符の効果が本当にあるのかどうかまだ不安だった。

 ただ、呪符が乙姫の中に消える前と後で違うことがひとつあった。
 しばしば視線を感じて顔を上げると、こちらをじっと見つめている乙姫と目が合うことが何度も繰り返されるようになった。
 そして、その度に乙姫は少女のように頬を染めて視線を逸らすのだった。

 そのまま、その日の宴はお開きとなり……。

 太郎のために用意した寝所に乙姫が直々に案内する運びとなった。

「こちらでございます、浦島様」

 太郎が通されたのは、ひとりの客人のために用意されたとは思えないほどの広さの部屋だった。
 もちろんここも豪華に飾られ、あの不思議な灯りが部屋の中を照らしていた。
 その真ん中に、清潔で高価そうな布団が敷いてある。

「ここに滞在の間、この部屋を自由に使ってくださいませ」
「は、はい、ありがとうございます。……あの、乙姫様」

 軽く頭を下げた太郎は、少し改まったように居住まいを正した。

「なんでしょうか?」
「あんたは本当にきれいな人だ」
「……なっ!」

 太郎に真顔で言われて、乙姫の頬がぽぉっと赤く染まった。

「なにをおっしゃるんですか、浦島様」
「いや、本当にあんたは美しい」
「そ、そんな……」
「あんたみたいな美しい人がこの世にいるなんて思わなかった」
「そ、それほどでは……」
「いや、あんたほどきれいな人は他にいない」
「あ、ありがとうございます」

 太郎は教養もさほどあるわけではない一介の漁師である。
 だからその口からは、特に飾ることのない「きれい」「美しい」という言葉しか出てこない。
 しかし、それが不快かというとそうではなく、むしろ好感すら持てる。
 その素朴な言葉が不思議と乙姫の胸に響いていた。
 それもこれも、呪符の効果だということをもちろん乙姫は知らない。
 太郎ですらも、いまだ呪符に効果があるのかどうか確信を持てていなかった、

「俺は乙姫様が好きだ!」
「えっ!? えええっ!?」

 いきなりそう告白されて、さすがに乙姫は目を丸くする。

「でも、わたくしたちはまだ会ったばかりで」
「そんなことは関係ない! 俺は乙姫様のことが好きになったんだ!」

 太郎は以前に一度乙姫の姿を見ており、その時から彼女に惚れていたのだがそれは乙姫にわかるはずもない。
 もちろん、太郎もそのことは言うつもりはなかった。

 好きだという太郎の言葉は、心に刺さるような衝撃を持っていた。
 しかし、気恥ずかしさから乙姫は頬を赤く染めたまま顔を背けてしまう。

「どうした? 乙姫様は俺のことが嫌いなのか?」
「あ、いや、その……いいえ」
「じゃあ、俺のことが好きなんだな? 俺のことが好きだったらそう言ってくれ」
「……はい、好きです」

 それまでは無自覚だったが、太郎にそう答えたことで、もしかしたら自分はこの人が好きなのかもしれないという自覚が乙姫にも芽生えた。
 もちろんそれは呪符の効果なのだが、自分は宴席の時から目の前の男に心惹かれていたような気がすると、そう思えた。

「乙姫様!」
「きゃっ!?」

 好きだと言われたのが嬉しくて、太郎は乙姫を抱きしめる。

「俺の女になってくれ、乙姫様!」
「は、はいっ!」

 勢いに押されて、乙姫は思わずそう答えていた。
 いくら好意を持っているからとはいえ、その日会ったばかりの男に自分の女になれと言われて勢いで諾と言うなど普通はあり得ない。
 その時点で、乙姫の心がそれだけ呪符の影響下にあったということである。

「そうか、俺の女になってくれるか、乙姫様!?」
「あ……はい」

 そして、繰り返すことで呪符の効果はさらに強くなる。
 二度目の返事によって、乙姫の中から太郎の女になることへの抵抗はほとんどなくなっていったのだった。

「うれしいぞ、乙姫様!」
「あっ……んっ、んちゅむっ!」

 いきなり太郎に唇を吸われても、驚きこそすれ不愉快には思わなかった。
 むしろ自分は太郎の女になったのだから、接吻くらいは当たり前だとすら思えた。

「んむっ、んん、んむむむっ……」

 太郎にきつく抱かれ、吸われている唇から舌が挿し込まれる。
 それすら不快には感じない。

「んっ、ふぅううう…………あっ」

 口づけを終えると、太郎の手が乙姫の帯に伸びて着物を脱がせはじめた。
 そして、着ているものを一枚、また一枚と脱がされていき、ついには一糸纏わぬ姿にされる。

「う、うう……」

 この人の女だから、こういうことも当然だと思いながらも、羞じらいと緊張で体が強ばる。
 一方、太郎は感嘆の声をあげた。

「なんてきれいなんだ……乙姫様、やっぱりあんたはこの世でいちばん美しいな」
「あ……ありがとうございます……はうっ!?」

 ぐいっと腕を引かれて、思わず大きな声が出る。
 それは、驚いたのもあるが太郎に腕を掴まれた瞬間に不思議な胸の高鳴りを覚えたからでもあった。
 今日初めて会ったばかりの男とこのようなことになるなど、普通はありない。
 だが、今の乙姫はこうなったことを嬉しく思っている自分に少し戸惑っていた。

「ひゃあっ!」

 太郎は布団の上に乙姫を押し倒すと、その上に覆いかぶさってきた。

「う、浦島様……」

 のしかかってきた太郎の顔がすぐ目の前にある。
 それだけで乙姫の鼓動は尋常でないほど早鳴っていた。

「ああ、乙姫様、本当にきれいだ」
「浦島様……」
「あんたは俺のものだ! この胸もそうだ!」

 太郎がそう叫んで乙姫の乳房に吸いつき、もう片方の乳房を掴んだ。

「ひゃうっ!? はううううっ!」
「ちゅば……ああ、なんてきれいで、柔らかくて、触り心地がいいんだ。乙姫様、この胸ももう俺のものだ」
「はうっ! はいっ、はいいいいいっ!」

 胸を揉みしだかれながら言われた言葉に、半ば条件反射のように返事をしてしまう。
 すると、ほとんど無意識に発した言葉が事実であるように思えてくる。
 実際、技巧もなにもなくただ興奮に任せて胸を揉んでくる愛撫とも言えない代物が心地よかった。
 本来なら痛いくらいに乳房を握られても、頭を蕩かすような甘い快感が駆け抜けていく。
 だから、自分の胸はこの男のものになったに違いないと思えた。

「本当に乙姫様の胸は最高だぁ!」
「ああぁんっ! はぁんっ、あぁあああんっ!」

 白く形のよいふくらみをもみくちゃにされながら乙姫の洩らす声に、次第に艶めいた響きが混じりはじめる。

「ふぁああああんっ! ……ふぁ?」

 胸への愛撫が不意に止まった。
 かと思うと、太郎の手が乙姫の両膝を掴んで両足を大きく広げさせた。

「ここもっ! ここも俺のものだ!」
「ふああっ! ああああああっ!」

 太郎が乙姫の陰部に顔を埋めたかと思うと、背骨が震えるほどの強烈な快感が駆け上がってきた。
 女陰(ほと)に舌を挿し込まれ、掻き回されると頭も体もぐちゃぐちゃに溶けていきそうなほどに気持ちいい。

「この女陰は俺の俺のものだ!」
「はいいいっ! わたくしの女陰は浦島様のものでございますぅうううっ!」

 最も敏感なところを愛撫されながら、快感に蕩けた頭で乙姫は太郎の言葉を反復する。
 それが呪符の効果を深めていくとも知らずに。

 いや、呪符のことを知らない乙姫はもちろんだが、この時点では太郎も呪符の力を使おうとは思ってはいなかった。
 その気になれば相手を自分の思いのままにできるとまじないの老婆は呪符の効果にいて説明したが、乙姫を抱くことができる喜びでそのことを太郎はすっかり失念していた。
 俺のものだという言葉は、ただただ自分の想い焦がれていた相手の、その美しい女体を独占したい、自分だけのものにしたいという男としての本能的な衝動から出た言葉であった。
 図らずもそれが呪符の力を発揮させることになったことを、太郎自身まだ知らない。

 ともあれ、その効果は乙姫の体の反応にもすぐに現れた。

「おおっ、この女陰はいくらでも蜜が溢れてくるではないか!」

 太郎の言葉どおり、舌を入れ、唇で吸う度にぱっくりと開いた秘裂の奥からはどんどん愛液が溢れてきていた。
 普通ならそんなことを言われるのは恥ずかしいことであるはずなのだが、もはや乙姫にはそれが当然のように思えていた。

「はいいいいっ! わたくしの女陰は浦島様のものですから、こうやって蜜を溢れさせているのですぅううっ!」

 体を悶えさせながら乙姫も答える。
 それに、太郎の舌で愛撫され、唇で吸われる度に得られる快感の大きさはさっき胸を愛撫されたときの比ではなかった。

「うむむむっ! もう我慢できん!」

 乙姫の陰裂からひとしきり甘露を吸い、やにわに太郎は立ち上がると服を脱いでいく。
 そして、自分も裸になると乙姫の両足を抱え上げた。

「乙姫様、これからこれで本当に俺のものにしてやる」

 そう宣言すると、その女陰にいきり立った摩羅を宛がった。
 乙姫の体勢からでは、その物は見えない。
 だが、これからなにをされるかは想像がついた。

「はい! はい! どうかわたくしを浦島様のものにしてくださいませ!」

 と、何度も強く頷いて強請る。

「では、いくぞ!」

 そう言うと太郎は硬く反った剛直を女陰の割れ目へとねじ込んでいく。

「んふぁああああああああああっ!」

 その、圧倒的な快感に、乙姫は体をのけ反らせて絶頂へと達してしまった。
 十分に愛撫されたその女陰は、太郎のいかつい摩羅を受け入れる用意も、そしてそこから得られる快楽を受け入れる用意もすっかり出来上がっていたのだ。

「うむ、乙姫様の女陰は実に良いな。さすが俺のものだけはある」
「はいっ、はいいいいいっ! わたくしの女陰は浦島様のものですから……はぅうんっ! ああっ、こっ、これが浦島様のっ……あんっ、はぁああああんっ!」

 太郎の言葉に応える乙姫の返事のひとつひとつが、呪符の効果が浸透する結果へとつながっていく。
 本来なら圧迫感すら覚えるほどに大きな太郎の摩羅が、自分を満たしているという充足感をもたらす。

「うおおっ、実に心地いいぞ。そなたはどうだっ!?」
「はいいっ! わたくしも気持ちいいです! あんっ、ふぁあああっ!」
「どうだっ、俺の女になって嬉しいかっ!?」
「はいっ、はいっ、嬉しいですぅうううっ! ああぁんっ、そこっ、気持ちいいですぅっ!」
「ああ、そなたを抱けて俺はなんて幸せ者だ。そなたはどうだっ!?」
「ぁんっ! はいいいいっ! わたくしも幸せでございますぅうううっ! ああぁんっ! 浦島さまぁああああっ!」

 快感、歓喜、幸福感、それらが乙姫の中に深く刷り込まれていく。
 いつしか乙姫は恍惚とした笑みを浮かべて太郎に抱きつき、その体に両足を絡めていた。
 もはや理性はほとんど吹き飛んでおり、ただただ太郎の摩羅に女陰を抉られる快感に酔い痴れ、さらなる快感と悦楽を求めで自分からも腰を揺すっている。

 もっとも、理性が飛んでいるのは太郎とて同様だった。
 興奮のあまり半ば夢見心地になりながら乙姫の女体を貪り、さらなる快楽を求めるのであった。

 夢中になってまぐわうふたりの体は汗に濡れ、絡み合う肢体は光を反射してヌラヌラと光っている。
 激しく互いを求めて腰を打ちつけ合うその行為にも、程なく終わりの時がやって来ようとしていた。

「うおおおおっ、俺はもう果ててしまいそうだっ! 乙姫様、そなたの中にっ!」
「どうぞっ! わたくしの中で存分に気を遣ってくださいませっ! はぁあああんっ、わっ、わたくしもっ、もうっ!」

 今にも達しそうな太郎を離すまじと、乙姫はさらにきつくその体を抱きしめる。
 それと同時に乙姫の女陰が太郎の摩羅を締めつけた。

「おおおっ! うおおおおおおっ!」

 結局それが決定打となって、太郎は雄叫びのような声をあげて己の精をぶちまける。

「ふああっ! 浦島さまぁあああああああああっ!」

 乙姫も太郎にしがみついたまま、愛しい相手の名を呼びながらその精を全て己の中で受け止めていた。

 堅く抱き合ったままのふたりの裸体が、ビクビクと跳ねるように震える。
 しばらくそのまま抱き合って絶頂の余韻に浸っていた。

「んん……ああ、浦島さまぁあああ……」

 ようやく抱きついていた腕の力を緩めると、乙姫は愛しい人を見つめて艶然と微笑んだのだった。

*  *  *

 翌日は、亀が助けてもらった礼も兼ねて太郎を海中の名所へと案内することとなった。

 行く先々で亀の説明を聞きながら、太郎は昨夜のことを思い出していた。
 冷静になって振り返ると、自分はなんと大それたことをやってしまったのかと後悔の念が湧き上がってくる。
 しかし、それにしては昨夜の乙姫があまりにも従順だったことを不思議に思って首を傾げる。

 そこでようやく老婆の言っていたことを思い出した。
 あの呪符は、相手の思いを自分に向けるだけでなく、相手を自分の思いのままにできるものだと。
 そこで改めて昨夜自分が乙姫に言ったことを思い返すと、身の程を弁えないことをしたと空恐ろしくなる。
 しかし、それと同時にあの乙姫の姿を思い出して昏く澱んだ興奮がこみ上げてくるのを自覚していたのだった。

 そして、その日も太郎のために宴席が設けられ、その後……。

 夜、太郎の寝所に乙姫がやってきた。

「乙姫様?」
「わたくしは、浦島様のものですから」

 そう言って乙姫は微笑む。
 昼は昨夜のことなどなかったかのように竜宮城の主として振る舞っていたというのに、目の前の乙姫は噎せ返るような色気を溢れさせ、妖しいまでに美しかった。
 それを見た太郎の中に、昼間のあの澱んだ興奮がこみ上げてくる。
 本当に乙姫が自分のものになったのだという高揚感が、心の中の罪悪感を押しのけていく。
 それを押し止めることは太郎にはもう不可能だった。

「浦島様?」
「乙姫様、服を脱いでくださるか?」
「はい」

 太郎の頼みに、乙姫は笑顔で頷いて着物を脱いでいく。
 本当に、乙姫は太郎の言うことには素直に従う。
 そのことがさらに太郎を昂ぶらせる。
 このような関係にあってもなお、相手のことを乙姫様と呼ぶのも倒錯した興奮を誘うのだった。

 乙姫が裸になると太郎も着ているものを脱ぎ、乙姫に向かって己の逸物を突き出した。

「乙姫様、これが昨夜そなたを俺の女にした摩羅だ」
「ああ……これが……」

 ぶっきらぼうに目の前に突きつけられた男根。
 普通の女なら顔を顰めそうなものだが、乙姫はむしろ感慨深げにそれを眺めていた。

「乙姫様、これをそなたの手で気持ちよくしてくれ」
「わたくしの手で? ……かしこまりました」

 一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべると乙姫は膝立ちになって太郎の摩羅に手を伸ばす。
 まだそれほど硬くなっていない逸物を片手で握り、ゆっくりと扱きはじめた。
 すると、たちまちそれは硬くそそり立ち、見事な屹立となる。
 それも当然であろう。
 絶世の美女である乙姫が裸で己の摩羅を扱いているのだから、太郎も興奮せずにはいられなかったのだ。

「ああ……なんと逞しい……これが昨夜わたくしの中に入っていたのですね」

 片手には収まらない剛直を、乙姫はうっとりとした表情で見つめ、扱いていく。
 その動きに、次第に熱がこもっていく。

「浦島様の摩羅、立派ですわ。こんなに硬くて熱くて……それに、この匂いも……ああ……」

 鼻が付くほどに顔を近づけ、乙姫は熱心に太郎の摩羅を扱く。
 その艶やかさといやらしさに、太郎の興奮はいやがうえにも増していく。
 乙姫の激しい手の動きがそれに拍車をかけた。

「おおう……乙姫様……」
「ああ……はぁああ……熱く脈打って……気持ちよろしいですか、浦島様?」
「ああ、実に良いぞ。気を抜けばすぐにでも出てしまいそうだ」
「どうぞ、浦島様。わたくしの手で……はぁっ、ああっ……んっ、はぁああっ……」

 興奮したように熱い吐息を吐きながら、乙姫の太郎の剛直への奉仕もさらに熱のこもったものとなっていく。

「ううっ、これは我慢できん!」

 さすがに堪らず、太郎の摩羅から粘りのある白濁液が噴き出してきた。

「ふぁあああああっ!?」

 まともに淫汁(しなだり)を顔に浴びて、乙姫は一瞬目を丸くする。
 しかし、すぐに嬉しそうに目を細めた。

「ああ、温かい……わたくし、浦島様を気持ちよくできたのですね」
「うむ、なかなか良かったぞ。では、それをそなたの口できれいにしてくれ」
「口で? はい。……あむっ」

 太郎の命令に、乙姫は躊躇うことなく白濁にまみれた逸物を口に咥えた。

「ん、はむ、んむ、じゅぶ、ちゅ……」

 乙姫の口の中は熱く、ねっとりと摩羅に絡みついてくる感触はさながら女陰の中のようであった。
 いや、この柔らかさと滑らかさは女陰とは微妙に異なる。
 だが、これはこれで心地よい刺激をもたらしてくる。

「んむ、んくっ、ちゅむ、んっ……」

 摩羅を咥えながら太郎を見上げ、目尻を緩めて歓びを表す乙姫の表情がいっそう興奮を誘う。
 いや、なによりも太郎を昂ぶらせるのは、乙姫が自分の命ずるままにどんな淫らで恥ずかしいことでもするという事実だった。
 それはすぐに太郎の反応にも表れる。

「んっぐ、んん、あふぅ……ああ、またこんなに大きく……あふ、ちゅぼ、ちゅば、じゅぶ、んっく……」

 たちまち硬さを取り戻した逸物を、乙姫は愛おしそうに咥え直す。
 そして、さらに激しく湿った音を立てて口淫を続けた。
 それはそれで心地よいのは事実だが、このままでは太郎はまたすぐに果ててしまいそうだった。

「くぅっ……もういいぞ、乙姫様」
「あっ、ああ……浦島様?」

 片手で乙姫の頭を押さえて腰を引くと、その口から名残惜しげな嘆息が漏れる。
 そして、不審顔で太郎を見上げた。

「それだけきれいにしたらもう充分だ、それよりこれをそなたの女陰に入れて欲しくはないか?」

 太郎がそう言うと、乙姫の顔いっぱいに喜色が広がった。

「はい……はいっ、欲しいです!」
「ならば、それを体で示してみろ」
「はいっ! ……浦島様、どうかその逞しいものをわたくしの女陰に恵んでくださいませ」

 太郎の言葉に応えて乙姫は布団の上に仰向けになり、上体を起こして両手で自分の両足を広げる。
 その、淫ら極まりない格好で赤く充血した裂け目を太郎の前に晒したのだった。

*  *  *

 思うに、それは麻薬のようなものなのかもしれない。
 もとより太郎は悪人というわけではない。さりとて、聖人君子というわけでもない。
 単なる一介の田舎漁師である。
 そんな、どこにでもいる普通の人間が他人を、それも理想の美女を支配し、思いのままにできる愉しさを知ってしまったらそこから抜け出すのは難しいのかもしれない。
 あとはただ、深みに嵌まって行くのみ。

 そうして、太郎か竜宮城に来て一ヶ月後。

「あふぅう……浦島様、いかがですかぁ?」

 裸になって仰向けに寝転ぶ太郎の股間に、これまた裸で覆いかぶさるようにしている乙姫。
 すでに十分にいきり立った剛直を両の乳房で挟み、扱くように前後に体を揺すっている。
 太郎の顔を見て伺いをたてる乙姫は媚びた笑みを浮かべ、竜宮城の主としての品格は微塵も感じられない。

「ああ、いいぞ、実に良い」
「ありがとうございます。はぁ……浦島様の摩羅、こんなに熱く……それに、大きくて胸で挟みきれませんわ……はむっ、ちゅばっ、れろぉ」

 我慢できないように乙姫は胸の谷間から顔を出した摩羅の先を咥え、舌を使って舐め回す。

「ちゅむ、えろ、ちゅぱっ……ああ、おいしゅうございます。あむっ、んっ、ちゅむ、じゅぱっ……」

 柔乳で肉棒を扱きながら、乙姫は嬉しそうに口淫による刺激も咥えていく。

「うむ、これはなかなか。本当にそなたは乳も口も女陰も最高に俺を気持ちよくしてくれる」
「はい、わたくしの体は全て浦島様のためにあるのですから。あーむ、んっ、んっ、じゅむっ、じゅばっ……」

 太郎の言葉を全て肯定し、己の全てを太郎のために捧げる。
 それが今の乙姫であった。
 昼の間こそ、他の者に不審がられぬように以前どおりの竜宮城の主として振る舞っているが、夜になると乙姫は己の全愛情を太郎に捧げ、その命令に絶対服従し、与えられる快楽に身を悶えさせる淫らな牝奴隷へと変貌するのだった。

「じゅむっ、んっ、ちゅぱっ、あふう……ああ、早くこの逞しいものを入れていただきたいですわ……」
「そうか、なら自分で入れてみろ。俺はこのまま寝ているからな」
「はいっ! ……それでは、失礼します」

 表情を輝かせると乙姫はいったん体を起こし、太郎の体を跨ぐ。
 裸のまま蟹股で中腰になったその姿は、とても竜宮城の主のものとは思えないはしたないものであった。
 だが、乙姫は恥ずかしがる素振りすら見せず、嬉々として太郎の肉棒を握り、自分の秘所へと宛がう。

「では、入れますね。……んっ! はぁあああああんっ! 浦島様の摩羅が入ってきてっ、わたくしの中をっ、ふぁあああああんっ!」

 躊躇うことなく太郎の剛直を一気に女陰で飲み込み、乙姫は弓なりに体を反らせた。
 それだけで気を遣ったかのようにきつく摩羅を締めつけてくる。

「ああ……これですわ。大きくて、硬くて、わたくしを天上の悦びへと誘ってくれる浦島様の摩羅がいっぱいに……」
「それだけでいいのか?」
「はいっ、動きます! ……あぁんっ、あんっ、んっ、んんっ、これっ、これですっ! あんっ、はっ、はぁんっ、いいっ、すごいです浦島様っ! あんっ、はんっ、はっ、はんっ!」

 太郎に跨がった乙姫が腰を動かし始める。
 最初はゆっくりと前後に揺らすような動きだったのが次第に激しくなっていき、最後には跳ねるような大きな動きになっていた。

「はんっ、あっ、あっ、あっ、あぁんっ! もっと、もっと締めますねっ、んっ、んんっ、ぁんっ、はっ、はんっ!」

 恍惚とした表情を浮かべる乙姫の豊かな胸が上下に跳ね動き、ふたりの結合部から湿った音が響く。
 女陰から溢れる愛液のせいで、きつく摩羅を締めつけていてもその動きは滑らかだった。

「あっ、あっ、あっ、あんっ、浦島様っ、浦島さまぁっ! あんっ、あっ、はっ、はっ、はっ、はんっ!」

 軽く体を反らせ、乙姫は白痴的な笑みすら浮かべて腰を振り続けたのだった。

*  *  *

「……浜に戻ると、おっしゃるのですか?」

 浜に戻りたいと太郎が言い出したのは、それからしばらく経ったときのことだった。
 その動揺を隠せず微妙な表情を浮かべる乙姫。

「そんな顔をするな。ちょっと様子を見てくるだけだ。すぐに戻る」

 そう言われては、乙姫も太郎に従うしかなかった。
 だが、乙姫が動揺した理由は別なところにあった。

「浦島様、これをお持ちください」

 太郎が浜に戻るその日、乙姫が小ぶりな箱をひとつ差し出した。

「これは?」
「玉手箱でございます」

 太郎の問いに乙姫はそう答える。
 しかし、そもそも玉手箱がどういう物なのか太郎は知らなかった。

「浦島様、お願いがございます。この玉手箱を決して手放さぬように、そして、玉手箱を決して開けぬようにしてください」
「む、それはどういうことだ?」
「浦島様がまたここ戻ってくるためのおまじないでございます」

 乙姫の説明は正確には違う。
 だが、ある意味間違ってはいない。
 ただ、地上がどうなっているか説明しても太郎は信じまいと思っておまじないと言ってごまかしたのだ。

 一方の太郎も、故郷がどうなっているか知る由もないし、想像すらできない。
 だから、その時点では乙姫の言葉をごくごく軽く受け止めて特に深く問い質したりしなかった。
 もしこの時、太郎がその言葉の真意を問い詰めていたら乙姫は答えざるを得なかっただろう。
 乙姫は太郎に逆らうことなどできはしないのだから。
 だが、太郎はなにも訊かなかった。

 その時から、運命の歯車は狂い始めていたのに違いない。

*  *  *

「……ん? なにか景色が違っているような?」

 浜に戻った太郎が感じたのは、微かな違和感だった。
 子供の頃から見慣れた景色のはずなのに、なにかが違うような気がする。

 そして、その違和感は漁師の里に戻ったときに決定的となった。

 自分の生まれ育った里のはずなのに見知った人間がいない。
 不審な思いを募らせながら太郎は自分の家へと急いだ。

「なんだこれは……?」

 自分の家、いや、家のあった場所に辿り着いた太郎は、立ちつくしたまま言葉を失った。
 そこにあったのは、もはや廃屋とも言えないほどに朽ち果てた代物。
 おそらく、数十年くらいではこうはならないであろうほどに荒れていた。

 太郎は改めて周囲を見回してみる。
 どこなく雰囲気は変わっているが、ここは太郎の家があった場所のはずだ。
 いや、自分が浜から家への道を間違えるはずがなかった。

「そうだ! お婆なら!」

 まじない師の老婆のことを思い出した太郎は、里のはずれにある小屋へと向かう。

「……なっ!?」

 再び太郎はなにも言えず立ちつくすことになった。
 たしかに老婆の小屋は里から少し外れた原っぱに建っていたのだが、今、目の前にあるのは建物の影すらないただの荒野だった。

「そんな……これはどういうことだ?」

 わけもわからないまま太郎は里に戻り、自分のことを知っている人間を捜し歩いた。
 しかし、太郎が知っている者はもちろん、太郎のことを知っている者もいなかった。

 その果てに、最後に太郎がやってきたのは里の長老の屋敷であった。
 里の長老の息子は太郎と年が近く、仲の良い漁師仲間だった。
 よくその家に出入りして見知っているはずの屋敷も、あちこち建て替えられてすっかり変わってしまっていた。
 そして、屋敷の中に案内されて今の里の長だと紹介された中年の男も太郎の知らぬ相手だった。
 怪訝そうな顔をしている男に太郎は自分の名前を名乗ったが、やはり知らぬという答えだった。
 そこで太郎が友である長老の息子の名を出すと、男はひどく驚いた様子であった。
 その事情を聞いて、今度は太郎が驚く番だった。
 男の語るところでは、太郎の言った名前が間違いないなら、自分はその人物の玄孫(やしゃご)にあたるのだということだった。
 それは、太郎にはにわかには信じ難い話だった。
 長老の息子は年若く、まだ結婚もしていなかった。
 その玄孫ということは、目の前の中年の男はその四代後の末裔になる。
 それが事実なら、太郎がいるのは自分がいた時から百年、いや、百数十年は後の時代だということになる。
 そんなことを信じられるはずもなかったが、それなら自分の家や老婆の小屋のことは説明がつく。

 愕然としながら太郎は屋敷を後にした。
 そして、気持ちの整理のつかないまま行く当てもなくさまよい歩く。
 気持ちの整理などつけようもなかった。
 自分が竜宮城で過ごしたのは三ヶ月にも満たないはずなのに、里では百年を超える時が過ぎていた。
 しかも、その事実を受け入れざるを得ない現実を見せつけられてしまった。

 混乱したままふらふら歩いていた太郎が無意識のうちに浜に辿り着いたのは、夕暮れにさしかかった頃合いだった。
 そこで太郎は、自分が小脇に抱えていた玉手箱のことを思い出した。
 竜宮城で乙姫から貰ったこの箱に何か秘密があるのではないかと、そう太郎は考えた。
 その一日で衝撃的なことがありすぎて、その箱を決して開けるなという乙姫の言葉はすっかり頭の中から消えてしまっていた。
 それどころか、竜宮城で過ごしたこと自体が遠い過去の幻のようにすら思える。

 だから、とりあえず今は、自分の身に降りかかったこの事態をなんとかしたい。
 その一念で太郎は玉手箱の紐を解き、蓋を開けた。

 すると、中から白煙が立ち上り、それが消えた後には、白髪頭の老人となった太郎の姿があった。

 いったい、玉手箱とはなんだったのか。
 それはかねてより議論の対象となってきた。
 真っ先に考えられるのは、玉手箱の中には太郎が竜宮城で過ごした間に地上で流れた時間が封じられていた、というものである。
 しかし、果たしてそうであろうか?

 少し話は変わるが、浦島伝説との類似点を指摘されている伝承に、ケルトの伝説に登場するティル・ナ・ノーグ(常若の国)およびエヴナ(女人の国)がある。
 ティル・ナ・ノーグは日本からはるか西方、ヨーロッパのアイルランドのさらに西に浮かぶ島で、そこに住んでいると歳を取らず不老不死でいられると言われている。
 アイルランドの伝説の英雄フィン・マククウィルの息子オシーンはティル・ナ・ノーグの女王ニァヴに誘われて彼の地を訪れ、そこで三年を過ごした。
 その後、彼は白馬に乗って故郷に戻ってくるのだが、ティル・ナ・ノーグで三年過ごしている間に故郷では三百年の時が流れており、白馬から降りた瞬間にオシーンは白髪の老人になってしまうという結末が浦島伝説と似ているとされる点である。
 実は、オシーンの物語の結末には異なるパターンがあとふたつあり、ひとつはオシーンが白馬から降りた瞬間に三百年の時間が一気にその身に降りかかって瞬く間に灰になってしまうというもの。
 もうひとつは、現在にいたるまでオシーンはティル・ナ・ノーグで生きており、年に一度だけ白馬に乗って故郷アイルランドに戻ってきて島を一周して再びティル・ナ・ノーグに戻るというものである。
 故郷の地を一周する間、オシーンは決して白馬から降りない。
 なぜなら、馬から下りると数百年という時間がその身に降りかかって灰となってしまうからである。
 いずれにしても、ティル・ナ・ノーグで三年過ごす間に、故郷では百倍する時間が過ぎていたというのは浦島伝説に似ている。

 もうひとつのエヴナは、『フェバル王の息子ブランの航海』という物語に登場する女性ばかりが住む不老不死の島である。
 アイルランドの王フェバルの息子ブランは美しい乙女に誘われ、仲間たちと共にアイルランドから西へと航海の旅に出る。
 いくつもの島を冒険したブランとその仲間たちが最終的に辿り着いたのがエヴナであり、彼を誘った乙女はエヴナの女王だった。
 エヴナは若く美しい女性ばかりの島で、そこに住んでいると決して歳を取らず、また食べ物も酒も豊富な楽園のような場所であった。
 その島でブランたちは女王に歓待され、楽しく過ごしていたが、ある時仲間のひとりネフターンが故郷への想いにとらわれて、女王は引き留めたもののブランたちは故郷へと船を出すこととなる。
 再び長い航海の末に故郷のアイルランドに辿り着くやいなや、望郷の念に駆られたネフターンが船から飛び降りたのだが、その瞬間、彼の体は灰となって消え失せてしまった。
 ブラン自身は船から降りることなく、集まってきた人々に向かって船の上から自分のことを知っているか訊いてみたが、ブランはもちろんその父王のことも知っている者がいなかったことから、自分がエヴナにいる間に故郷では数百年の時が過ぎたことを悟り、その場に集まった人々に向かって自分か何者であるか、そして自分の航海のことを人々に話して聞かせた後で、再び船で故郷を後にしたのだった。
 これまたティル・ナ・ノーグの物語と同じく、時間の流れの異なる彼岸と此岸をテーマとした伝説である。

 この、ふたつのケルトの伝承において、白馬から降りる、もしくは船から下りて故郷の大地を踏むという行為によって、数百年の時間が一気にその身にのしかかるという、玉手箱を開けたのと同じ作用が働いている。
 そこが、玉手箱について考察する鍵となる。
 もし、単に玉手箱の中に太郎が竜宮城で過ごしていた間の時間が封じられていただけなら、それを太郎に持たせずに竜宮城に置いておけば決して開けられることもなかったし、ひいては太郎も老人になることはなかったであろう。
 なぜ、乙姫は太郎に玉手箱を持たせ、決して開けてはならないと言ったのか?
 それは、そうする必要があったためである。
 玉手箱は太郎が身近に持っていなければならなかったのだ。
 その謎を解くヒントが、オシーン伝説の白馬と、ブランの航海の船にある。
 不老不死の地から故郷に戻っても、白馬から降りない限り、船から下りない限り、その間に流れた時間が押し寄せてくることはない。
 いわば、白馬の上や船の上は一種の結界となっているのだ。
 しかし、白馬や船から下りる、つまり結界を出て大地に降り立つと積み重なった時間が一気に降りかかってしまう。
 そして、玉手箱は白馬や船と同様の結界を作り出す装置だったとは考えられないだろうか?
 竜宮城と地上とでは時間の流れが違うことによって、竜宮城で過ごした人間が地上に戻ると数十年から数百年の時間が一気にのしかかってくる。
 玉手箱は、それを防ぐ結界を生み出すものだったのだ。
 ただし、玉手箱が生み出す結界はそれほど大きくはないため、常にそれを近くに持っていなければならない。
 だから、乙姫は太郎に玉手箱を持たせなければならなかった。
 そして、玉手箱が結界を生み出す作用はそれを開けると失われる。
 それ故に乙姫は玉手箱を決して開けてはならないと言ったのだ。

 これが、玉手箱のからくりである。
 いずれにせよ、玉手箱を開けたことによって太郎は白髪の老人になってしまった。
 それでもオシーン伝説のパターンのひとつや、ブランの航海のネフターンのように一瞬で灰にならなかっただけまだましであろう。

 閑話休題。

 老人となった太郎は、呆然として赤く染まった海を見つめていた。
 急激に襲った老化のためか、その反応は鈍く、身動きひとつしない。
 その瞳はなにを映しているのか、ただただ、海の向こうに沈み往く太陽を見つめていた。

 そして、完全に陽が沈み、夜の幎が訪れた。
 折しも新月で、なにも見えない暗闇の中、静かな波の音が聞こえるだけとなっても太郎はまだそこに座ったままだった。

 その時である。

「ああ、浦島様……」

 いつの間に姿を現したのか、太郎の目の前に乙姫が立っていた。
 一寸先も見えない闇のはずなのに、乙姫の周囲がぼんやりと輝いていたのは竜宮城のあの灯りを持ってきていたからであろうか。

「ですから、玉手箱を開けてはいけないと言ったのに……」

 そう呟いた乙姫の目には深い哀しみと同時に、愛おしそうな光が入り交じっていた。

「浦島様……」

 感極まったように乙姫が太郎を抱きしめる。
 太郎の口から呻くような声が漏れるが、それは言葉の形を成していなかった。
 この時、太郎がなにを思っていたのか、今となってはそれを窺い知る術はない。
 ただ、乙姫の胸中は断言できる。
 たとえ老人の姿となっても太郎は乙姫にとって愛しい想い人であり、絶対の主人であった。
 それほどにあの呪符の効果は絶大であり、それほどまでに乙姫は太郎のものに堕ちていたのだ。
 だから、こうして太郎と会えた喜びと太郎への愛しさ、そして、太郎が自分の言葉を守らずに老人となってしまった哀しさで乙姫の心は満ちていた。

 そうやってどのくらいの時間、乙姫は太郎のことを抱いていたであろうか。
 ようやく乙姫は抱く手を緩めると、太郎の体を支えるようにして立ち上がった。

「さあ、戻りましょう、浦島様。わたくしたちの竜宮城へ」

 そう言うと、乙姫は太郎をいたわるように一歩、また一歩と海の中へと入っていく。
 そして、ふたりの人影はゆっくりと海中の闇へと消えていった。

 その後、浦島太郎と乙姫の姿を見た者は、誰もいない。

< 終 >

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