幼なじみが中二病の催眠術師だが問題ない 前編

※この作品は 128.nakami作『ポケガ』と『魔法的な何か少女☆コマキ』より、一部の内容・登場人物を引用しています。

前編

 俺、鈴木広樹がまだ小学校1年か2年くらいの頃。
 隣んちの長女、葦原イオリは同い年。次女のセリは2つ下。俺たちは家族ぐるみでお付き合いのある幼なじみというやつで、何をするにもだいたい一緒の仲良しだった。
 地球が未曾有の危機に直面したその日、そこにいたのも、俺たち3人の子供だけだった。

『マジコレ、地球ブッ殺死ジャナイッスカ?』
『謝罪トカ賠償ノれべるジャナイヨネ?』

 俺たちを見下ろす銀色でツルツルの宇宙人が2人。
 夕焼けの原っぱで、謎の生命体たちが俗っぽい脅し文句を片言で吐いていた。

『チョームカツイテルヨ、俺ラ? 宇宙人、マジムカツイチャッテルカラネ?』

 彼らの背後にはUFOが光っている。
 二家族でやってきたピクニック。楽しく遊んでいた俺ら。
 そして親の目の届かないところまで駆け回り、初めて目撃した地球外の飛行物体に、バカでイタズラ盛りのクソガキどもは、小汚い落書きをして宇宙人を激怒させていた。
 だって彼らの機体、ジャパニメーションの萌え萌えキャラがデカデカと描かれた「痛UFO」だったから。
 まさか本物の宇宙人の乗り物とは思わなかった。ていうか思うはずがないじゃないか。オタク絵を晒しながら宇宙を飛んでくるバカがいるなんて。
 セリが最初に、痛UFOに大好きなアニメキャラを見つけて、調子に乗って下手くそな絵を描いた。
 そのあと俺も便乗してウンコとか戦車とか描いてしまった。
 イオリがそんな俺たちを止めようと、「ダメだよー」とオロオロしてたところで、半裸の美少女キャラが描かれた紙袋いっぱいに同人グッズを提げた宇宙人が帰ってきて、俺らの足元にレーザーを発射したというわけだ。
 俺とセリは抱き合ってガタガタ震えるだけだ。
 そして、いつもは大人しくて怖がりのイオリが、俺たちをかばって両手を広げている。

「あ、あなたたちの乗り物に落書きしてごめんなさい! 全部わたしのせいですから、2人に乱暴しないでください!」
『コノ子、チョーカッコイイ事言ッテルー』
『ヒョットシテ、拙者タチガ悪者ミタイナー?』
「謝りますから許してください! お願いします!」
『ソウ言ウケドサー、君、ワザワザ遠イ宇宙ヲ飛ンデキテ、念願ノ地球こみけニ初参戦シテ、大量ノ戦利品ヲ抱エテ幸セナ気分デ帰ッテキタラ、愛車ニデカデカトうんこ描カレテタ拙者ラノ気持チ分カルノ? ネエ、分カルノー?』
「う、うぅ……」

 悪いのは俺なんだ。イオリもセリも悪くない(いや、セリもちょっとは悪いかもしれないけど、年下補正で無罪な)
 だから……イオリもセリも逃げてくれ。
 そう言いたいのに、歯もガチガチいって、足も震えて動けない。しがみついてくるセリを思いきり抱きしめるだけ。
 男の俺がこんなに怯えてるのに、臆病者のイオリが、両足をふんばって宇宙人に対峙してる。
 情けないけど、怖くて何もできない俺。殺される。俺たち、宇宙人に殺される。
 そのとき、いっぱいいっぱいになったイオリは、大きな声を張り上げた。

「あ……あなたたち、これ以上わたしの所有物である宇宙を汚すことは許しません!」
『オウ?』
「魔法的な何か少女……とらんすふぉーむめいくあっ☆」

 それは、イオリが誕生日に親に買ってもらったという、日曜朝に放送中の変態アニメ『魔法的な何か少女☆コマキ』の変身アイテム、『マジカルな雰囲気の漂うスティック』だった。
 もちろん、ただのオモチャだ。こんなの振り回したところで、何が起こるはずもない。
 しかし、やぶれかぶれになったイオリのとんでもない行動は、宇宙人の何かにドラスティックな衝撃を与えたようだった。

『ウホッ!? マ、魔法的ナ何カ少女☆コマキ、キターーーッ!』
『モ、萌エー! 萌エ! 萌エ! 激シク萌エー!』
『幼女……幼女ノコマキタン、ハァハァ……』
『ウゥッ! 拙者、興奮シスギテ、緑色ノ分泌物ガ溢レテ止マラナイデゴザル』
『地球ニ来テヨカッタ……一心不乱ニあるばいとシテ、オ金貯メテ地球ニ来テヨカッタ……』
『地球人ニ、ココマデ誠意ヲ見セラレテハ、逆ニ我ラガ申シワケナイ』
『小サナコトデ、れーざー銃ブッ放シタ己ノ狭量ヲ恥入ルバカリ』
『幼女コマキタン、ゴメンネ?』
『写真撮ッテイイ? 下カラノあんぐるデ撮ッテイイ?』
「う、うん」

 宇宙人は、急に態度を柔らかくした。しかしそのことが逆に不気味さを増したというか、本当の危険はこれからだと思った。

『カァ~イイ~。地球幼女、カァ~イイ~』
『ネェネェ、コマキタンニナリタイナラ、良イグッズアゲヨウカ? 我ラノ友好ト、オ付キ合イノ証ダヨー』
「え……?」

 イオリは明らかに警戒していたが、後ろで震える俺たちを見て、頷いた。

「う、うん。わたしが代表してお友だちになります」
『オー、オトモダチ、萌エ萌エー。ソレジャコレアゲル。惑星たとぅいーんデじゃわ族ノじゃんく屋カラ買ッタ、脳電波アンテナダヨ~』
『コレヲ幼女タンノ脳ミソニブッ刺スト、イロイロ電波ヲ受信・発信デキルヨ。我々、オ星ニ帰ッタラ、サッソク、コマキタンミタイナ、魔法的ナ何カウェーブヲ君ニ送ル』
『コレデ君モ魔法的ナ何カ少女ネ。イロンナ人類、洗脳シマクリヨ。拙者タチガ、ウチニ帰ッテ電波送ルマデ10年クライダカラ、スグダヨ。ソレマデ、アンテナびんびん立テテ待ッテテネ』

 そういって、宇宙人はイオリの頭を何回も撫でた。
 俺たちは悲鳴をあげたけど、イオリはじっと我慢してた。

『コレデOK。我々ハ永遠ノ同士ネ』
『困ッタコトガアッタラ電波使ウトイイネ。地球人ナンテ、アットイウ間ニくるくるぽんダヨ』
『コノヘン田舎ダカラ、他ノごみ電波モイロイロ拾ッチャウト思ウケド、タイシタ問題ジャナイヨネ?』
『問題ナイヨ、全然問題ナイ』
『ソレジャ、ソロソロミンナノ記憶消スヨー』
『セッカクオ友ダチニナレタンダケド、拙者タチ、宇宙人ダカラ仕方ナインダ』
『宇宙人ッテ、コレデモイロイロオ制約ガ多クテ大変ナンダヨネ』
『正味な話、君たちの言語だってこうして流ちょうに喋れるんですけど、お約束だから片言なんです』
『マア、ソウイッタコトダカラ』
『僕ラハオ星ニ帰ッテ、ぷろろーぐデ主人公ノ消サレタ記憶ニデモナルヨ』

 宇宙人は、そういって俺たちに向かって何かをぶっ放す。
 目の前が真っ暗になって、消えていく。
 消えていく。

 ―――体が重くて目が覚める。
 夢を見ていたような気がするけど、思い出せない。
 なんだかすごく悔しくて、悲しい夢だった気がする。
 でも、思い出せない。体が重い。ひたすら重い。
 ていうか誰かが俺の上に乗っている。これ、人の重さ。間違いない。

 さて、こんなとき異性の幼なじみのいるヤツなら誰でも心あたりがあると思うが、俺もまた、みんなと同じように幼なじみに寝起きを襲われているところだ。
 フラグの足りてないヤツなら、ふざけて飛びかかってきた幼なじみに、朝立ちバレして気まずくなるオチといったところか。
 逆にフラグ消化の終えて18禁の領域にまで進んだ猛者なら、フェラとか制服騎乗位されてるところなんだろうな。
 でも、そういうの期待してたのなら、悪い。
 うちんとこの幼なじみとは、そういった展開が100%ない関係だから。

「……強欲と忠誠の番犬よ。今、契約の時がきた。禁制の扉を開き、そのペルソナを我に示せ……召喚、魔獣ケルベロス!」

 見ろよ。
 ちょうど今、幼なじみが俺の上に跨り、大きなジャックナイフを振りかぶっているところだ。

「ワオーン!」

 俺は魔犬の雄叫びとともに、幼なじみを思いきり突き飛ばしてやった。
 隣んちの長女、イオリはごろりとベッドの上を転がり、「きゃふん」と変な悲鳴を上げて俺の足元で尻もちをついた。

「あててて……」

 同じ高校の女子制服と、栗毛色のショートカットと、大きなメガネ。
 顔はそこそこ可愛くて、スタイルはかなり良くて、そして女の子としてはとても残念な性格の、俺の幼なじみ。
 葦原イオリが、メガネを直しながら、きょとんと首をかしげている。

「えっと……召喚成功したの?」
「しねーよ。するわけねーよ。ていうか、なんだその凶悪なナイフはッ。俺を殺す気かよ!?」
「アハハ。そんなわけないよ。これはロンドンで入手したリッパーナイフを葦原コーポレーションがカスタマイズした“召喚器”だよ。人の肉体は絶対に傷つけない。広ちゃんの中で眠ってるもう一つの魂―――ペルソナを呼び起こすための道具だからね。危険なものじゃないさ」

 そういって、イオリは思わせぶりにニタリと笑う。
 俺はイオリの手からナイフを奪い、枕を刺した。
 それはマットまで深々と突き刺さり、血しぶきのように羽毛を飛び散らした。

「普通に銃刀法違反だよ!」
「あぁーん!?」

 硬く握ったゲンコツで、幼なじみの腐った脳みそに気合いを入れる。
 別にイオリに殺意があったわけでも、本気で俺を刺すつもりがあったわけでもないということも、ついでにいうと葦原コーポレーションとかペルソナとかいうベタな設定も作り話であることも、俺にもわかっている。
 なにより危険なのは、刃物よりもコイツの存在そのもの。まさに何とかに刃物なのだ。

 イオリは、いわゆる邪気眼ちゃんだ。

 日常的に非日常的な言動を行うことを好む。その傾向は常人には把握不可能。とにかく彼女の口から出てくるのは意味不明な電波アンド電波アンド毒電波だ。
 他人が理解しようと思うだけムダ。アニメでもゲームでもマンガでもラノベでも、欲しいと思った設定は全て自分のもの。世界のルールは私の脳から生まれていると本気で信じている重症の中二病患者。
 それが俺の幼なじみのイオリだ。

「ううー。広ちゃんのイジワル」

 俺のゲンコツでこぶのできた頭を撫でながら、イオリはブツブツと不平を言う。
 どうしてこんな女になった。もっと昔は、本当にチビだったころは、大人しくて花のような女の子だったのに。
 俺は、転がったままのイオリから目を離す。

「パンツ見えてるよ、バーカ」
「ッ!!?」

 イオリは真っ赤になってスカートを直し、慌てて立ち上がった。

「わ、わわ、わたし、先に行くね。ちゃんとゴハン食べてからおいでよ。じゃ、じゃあ後でね!」

 パタパタと部屋を出て階段を下りていく。
 まだ女としての恥じらいがギリギリ残っているだけ、マシなんだろう。アイツも大人しくしてさえいれば、ちゃんと女子高校生に見えるんだ。
 中二病の発作さえなければ。あのビョーキさえ克服できれば、他の女子高生みたいに普通の遊びをしたり普通の恋愛したりできるに違いない。
 素材としては悪くない女だと思うんだよ。顔も頭も悪くないし、おっぱいだってでかいし。
 問題は性格と趣味だけだ。惜しいよなあ。
 まあ、だからと言って俺があんな女と恋愛とかありえねーが。マジでありえないが。
 俺たちはただの幼なじみ。生まれたときからただの幼なじみルートを歩み続けて16年。
 このバッキバキの朝立ちもいつものこととして流されちゃうくらい、馴れ合いすぎてフラグの立たない毎日だ。

「おー、おはよ」

 ちょうど玄関から出たところで、隣の次女、葦原セリと会ったので声をかけた。
 セリは中学2年生。去年までイオリの着ていた制服と同じ、公立中学のそっけないデザインだ。
 でも、なんでだろう。セリが着ると、まるで超お嬢様学校の制服みたいに別物に見えるから不思議だ。さすが読モなんてやっちゃうくらいの美少女なだけある。
 ツインに結んだ長い髪を揺らして、小さな顔で俺を振り返る。すっげ可愛い。イオリもまあ、レベルは低くないんだけど、セリはそんな姉も余裕で振り切って、すげぇ美少女に育ってしまった。
 でも、その美顔が俺の前で微笑みに変わることはなく、そのままプイと俺を無視して、反対方向へと向かう。

「……いってらっしゃーい」

 セリの小さく冷たい背中に寂しく手を振る俺。彼女と最後に会話したのはいつだっただろう。
 小さい頃は俺たちにべったりだったアイツも、いつからか俺やイオリのことを避けるようになっていた。
 自分の姉が邪気眼でおかしい女ってことがわかってくるにつれ、いろいろと恥ずかしい思いをして、ウザがるようになったらしい。
 それはまあ、身内でしかも思春期真っ盛りの娘としては当然の感情だろう。セリは全然悪くない。
 だが、姉とセットで俺まで嫌われるのはどういうことだ。
 俺は決してイオリみたいなオタク系じゃない。むしろスポーツ全般得意だし、空手やってるからそれなりに体も締まってるし、自分で言うのもなんだが健康的な方だと思う。
 まあ、顔は確かにイケメンではないけど、イオリの対人的な不安要素をフォローするべく、笑顔とか清潔なファッション、陽性のコミュ能力も磨いてきたつもりだ。
 セリに対しても態度を変えたことはない。昔からのお隣さんとして普通に接しているんだけど。
 それとも自分で気づいてないだけで、俺ってウザかったりするのかな。
 最近のセリが何を考えているかわからない。せめて、昔みたいに「お兄ちゃん」って呼んでくれないもんだろうか。俺としては、あっちの幼なじみはいつでもウェルカムなんだけど。
 セリは俺の超好みだった。めちゃ可愛い。胸はちょっと小さいけど、そんなの全然問題にならないくらい可愛い。
 遠くなっていく背中を見ながら、俺はため息をつく。
 ダメになった長女には懐かれ、イイ女になった次女には嫌われ。
 俺ってホント、幼なじみ運がないよなあ。

「――今日は嫁と別出勤?」

 教室についたら、さっそくイオリのことで冷やかされて、ちょっとムッときた。

「イオリはただの幼なじみだって言ってんだろ」
「ってか、誰も葦原なんて言ってないじゃん?」
「うっせ!」
「イテッ、蹴ることないだろ、ハハッ」

 隣の席の内崎魁斗と、いつものようにくだらない会話をする。
 高校で知り合った友人の一人だ。いつも携帯ゲーム機で遊んでる変なやつ。なのに、なぜかハーレムみたいに可愛い女の子や年上の美女と付き合ってると噂の男だった。
 噂が本当かどうかは知らないが、妙に器がでかいというか、ちょっとのことでは動じない肝の太さがあって、なんとなく俺もコイツのことは一目置いている。
 こうしてイオリとのことをからかうのは許せないけど。
 俺は内崎からプイと視線を逸らして、イオリの様子をさりげなく見る。

「葦原、無事ジャンプフェスで空知先生の色紙ゲットして参りました!」
「おおー!」

 オタク女子グループの中で、敬礼しながら、色紙掲げてオタトークしてるイオリ発見。
 あぁ、まあ、いつもどおり。今日もカッコ悪い女っすね。
 アイツが悪目立ちしてると、なんでか俺が恥ずかしくなるんだよな。幼なじみゆえの連帯感というか、胸痛くなる。
 ちょっと静かにしとけと注意しにいこうと思ったら、その前に、クラスの上位に位置する女子グループの筆頭、三井梨花がイオリに接近していた。
 やばい。

「うるさいしキモいし。なんなのあんたら、ここ小学校?」

 サラサラロングの真っ直ぐな髪。栄養状態良さそう黒髪が我がクラスの女王の証。
 三井は、きれいに整った顔をしかめて、汚いものでも見るような目でイオリたちを見下している。イオリの友人たちは、みんなおとなしくて地味な子ばかり。女王の逆鱗に触れた恐れに表情を曇らせ、じっと俯いてしまった。
 確かにまあ、少年誌のイベントグッズでハシャぐ女子高生たちは痛い。相当痛い。
 でも、そこはあえて触れてやらないのが大人の対応というやつだろうが。
 三井もようするにガキなんだ。イオリたちのような弱小オタクコミュニティをいたぶることで、自分たちの優位を見せつけようとしているだけなんだから。

「むむ、三井氏。我らの戦利品に何か問題でもー?」

 そして、他の子が萎縮してしまってるこの状況の中で、空気も読まずに1人で三井に絡もうとするイオリの痛さときたら、もう見てられない。

「問題ってか、バカじゃん?」
「バ、バカ?」
「そうよ。くっだらない。高校生にもなって何してるわけー?」
「あ、あぅぅ……」
「ゴミじゃん、こんなの。なにこの下手くそな絵? 落書き?」
「クッ……ククッ……愚かな。このブラックマテリアルに宿る障氣に吸い寄せられたか。第2世界の末梢生命体の分際で」

 あぁ、始まる。
 追い詰められたイオリの自己防衛本能の発露。
 つまり、相手を寄せつけない邪気眼の発動だ。

「いいだろう。ならば、触れてみるがいい……。貴様に適合者たる素質があるのなら、このマテリアルが更なる高みへと誘ってくれるはず……」
「あははは、また始まった。キモーい」

 確かに、何言ってんだイオリ。漫画家の色紙なんかが三井をどこへ誘ってくれるというんだ。幕張か。
 すっかり冷え切った教室。そろそろみんなも恒例になって慣れつつある空気だが、やっぱりイオリの保護者(不本意だが)である俺としては痛々しくて見てられない。
 俺は2人の間に割って入ることにした。

「はいはーい、ちょいごめんなー。やめよ、やめよ。三井だってコイツがこういうヤツだって知ってんじゃん? そのへんにしといてあげて?」
「出たよ、オタク2号。そろそろ来ると思ったー」

 おおお俺はオタクじゃねーよ!
 と、怒鳴ってやりたいところだが、俺まで熱くなってしまうと最悪なので、笑顔をキープする。

「まあまあ、そんなに怒らないでくれって。いつも迷惑かけてわりーな?」

 両手を合わせて軽く謝る。
 三井は不満げに唇を尖らせ、上目で俺を見上げる。
 ホントこいつ、くっそ可愛いよな。性格悪いくせによー。

「……別に、私は怒ってるわけじゃ……」
「見るがいい、この真実の証たる署名と天然パーマが銀色の魂を――」
「イオリはおとなしくしてろって。ちょ、胸あたってるよバカ」

 俺の後ろで顔を出そうとするイオリを、ぐいぐいと押し込める。
 お前は引っ込んどけよ。

「う、うっざいんだよ、あんたも! 何へらへらしてんのよ、マジキモい!」

 三井はますます機嫌を悪くして声を張り上げる。
 今日はしつこいな、こいつ。ひょっとしてあの日の前の日? 言いたい放題言いやがって。

「ま、まあ、こっちもちょっとは気をつけるからさ。三井もいちいち絡まねぇで、こんくらいスルーしてくれても……」
「てかさー、いっつも思うんだけど、鈴木って、なんでそんなキ○ガイ女をかばってんの? ただの幼なじみって言ってたじゃん? 本当は付き合ってんじゃないの? らぶらぶ~?」

 ムカつくぜ、この女。
 怒っちゃダメだとわかっているけど、あまりの口汚さに頭に血が昇っていく。
 イオリのこと悪く言っていいのは幼なじみの俺だけなんだよ。キ○ガイとか言ってんじゃねぇよクソアマ、ぶっ犯すぞ!

「え、ちょっとなに、鈴木? なにマジで……」

 三井の表情が変な感じに固まる。
 そのクソ生意気な口にイオリの色紙でも丸めて突っ込んでやりたいところだが。
 
「……広ちゃぁん……」

 イオリが俺の背中を、ギュッと掴んだ。頭に昇った血が降りてくる。
 ちょっとだけ冷静になれた。
 そして、俺のせいで余計に冷え切ったこの空気を、どうしていいのかわからなくなった。
 そのとき。

「え? ひょっとして、三井って鈴木狙いだったの?」

 スコーンと音がしそうくらい突拍子もなく、屈託のない声が俺たちの間に割って入ってくる。
 後ろの席でゲームしていた内崎が、驚いた顔してこっちを見ていた。

「えー、まじショック。僕、三井狙ってたのにな~」

 内崎のわざとらしい言い方に、周りで見ていた連中が笑いだす。
 張り詰めた空気が、あっというまにほぐれていく。

「な、な、な……」

 三井は口をパクパクさせて、怒りに顔を赤くして叫んだ。

「なに言ってんのよ、内崎! そんなわけないじゃん!」
「でもなんか、そのへんに微妙な三角形を作ってない?」
「ない! ありえないから、バーカ!」

 三井は怒って教室から出て行った。
 俺はイオリを座らせ、落ち着いたのを見届けてから、自分の席に戻った。

「わりぃ、内崎。助かった」
「ん、何が?」

 内崎はDSiiを広げて、何事もなかったみたいに遊んでる。
 やっぱりすごいやつなのかもな、コイツ。
 心の中で、俺はもう一度内崎に感謝した。

 そして授業はつつがなく進む。
 俺は3つ斜め向かいのイオリの背中を、なんとなく眺める。
 真面目に授業聞いて、真面目にノートを取っている。学校の成績だって俺よりはるかにいいし、黙ってたら、まあ、それなりに、見られる女なのにな。
 なんでまあ、よりによって、あんな「ビョーキ」に罹っちまうんだ。
 イオリが邪気眼を発症したのはかなり早く、その傾向は小学生の頃からあった。どうしてなのかはわからない。変な電波でも受信してんのかと思うくらい、急にオタク趣味に目覚め、おかしな言動にどっぷり浸かりだしたんだ。
 当然、周りからも浮きっぱなし。イオリはよくイジメにあってきた。そして幼なじみの宿命として、俺が代わりにそのイジメと戦ってきたんだ。
 理由なんてないが、イオリがあのビョーキのせいでイジメられるのが我慢できない。胸が張り裂けそうなくらいつらい。俺が守ってやらなきゃいけないって気持ちになる。
 これが幼なじみに刷り込まれた本能というやつだろうか?
 おかげで俺は小さい頃から空手を習い、いつでもアイツのそばにいたし、何かあれば矢面に立ってきた。
 それだけじゃない。
 俺はアイツの代わりに年頃の娘がするべきファッションや趣味、話題といった情報を収集し、そんな俺のことをキモがるアイツに無理やり吸収させ、少なくとも邪気眼さえ抑えればまともな女の子に見えるように育ててきた。
 長年のしつけの甲斐があって、今ではアイツもその気になれば普通の女子に紛れることもできる。
 だが、それでも中二病の誘惑と発作に抗うことはなかなか難しいようだ。
 絶望の小学生時代を乗り越え、地獄の中学時代を戦い抜き、なんとか高校では「平均的なオタク女子」ぐらいで落ち着きそうだったのに、中学のときから天敵だった三井と同じクラスになったのが運の尽きだ。
 だが、俺はあきらめない。必ずイオリを「普通の女」にしてみせる。
 そして―――。

 ……そしてなんだ?
 最終的に、俺って何を目指してるんだ?
 イオリの背中をあらためて見る。ピンと姿勢良く座って、授業をノートに取っている。
 俺はなぜか、そこから目が離せなくなった。
 こうして眺める限りでは、アイツも普通の女だ。むしろ俺が男の目で評価しながら鍛えてんだから、平均よりはちょっとぐらい、いや、見た目だけなら結構イケるって自信はある。
 ここだけの話、大人しくさえしてれば、学校でも上位の方じゃないかと秘かに思っている。
 だが俺は、その幼なじみをどうするつもりなんだよ?
 毎朝起こしにきて(永眠させられそうなこともあるが)、たまに弁当も作ってくれて(見てもわからないマニアックなキャラ弁だが)、休みの日とかも一緒に遊ぶ(主にアニメ映画か同人ショップ巡りだが)幼なじみと、俺はどうなりたいんだろう。
 なんて、ガラにもないこと考えて寒気がした。
 イオリなんかとどうにかなるわけないだろ。むしろ、それなら俺はセリの方とどうにかなりたいわ。
 アイツの邪気眼が治ったら、俺はお役ごめんだ。幼なじみのビョーキに患わされることなく、普通の高校生男子としての人生を送れる。だから、俺はこんなに熱くなってんだ。
 今まで無駄なことに人生を費やしてきたんだから、早くアイツには普通の女になってもらって、俺も俺で可愛いカノジョとか作っちゃって青春を謳歌したい。それだけだ。それだけ。

 などと、ぼんやりと考え事してたら、急に異変が起こった。

 ものすごい振動だ。
 地震? いや、それとも違う。もっと細かい振動。まるで、でっかいスマホの着信みたいに、建物全体が小刻みに震えている。シビれてる。

「うひゃあっ、た、助けてぇ!」

 だらしない悲鳴を上げて担任が教卓の下に隠れる。視界が超高速で細かくブレる。耳の奥が振動で気持ち悪くなる。
 なんだこれ? 戦争でも始まったのか?
 俺は教室を見渡す。内崎はこんな時だってのにDSiiを開いている。三井は悲鳴を上げてしゃがみこんでいる。
 そしてイオリは……ノートにペンを立てた姿勢のまま、じっとしてた。

「イオリ!」

 足元も震えてまともに立ってもられないし、混乱した教室の中では、イオリの席まですごく遠く感じる。
 だが、揺れはすぐに収まった。おそらく1分も揺れてなかったんだろう。教室にも安堵の空気が広まる。耳がまだムズムズしてるけど、たいした被害もないことに安心した。
 だけどイオリは微動だにしない。言動がへんてこりんなくせに、じつは臆病で怖がりのコイツにしては珍しく。
 すると、イオリはおもむろに立ち上がった。俺の場所からはその表情は窺い知れない。ただイオリの前に座ってる子は、ギョッと目を見開いた。
 イオリは両手を高く上げる。天を仰ぐように大きく広げる。他の連中も気づいたのか、イオリを中心に教室が静まり返る。
 あぁ、やばい。コイツ、なんかしでかす。
 俺が止めに入ろうと思った瞬間、イオリは大きな声で叫んだ。

「宇宙のウェ~~~~ブッ!!」

 ……はい?
 
 という、教室のみんなの心の声が聞こえた気がした。間違いなく俺の心の声もそこでハモってる。
 全員、キョトンだ。

「ハイハイ、きました、きましたよ。葦原イオリ、びんびんに受信いたしました! 魔法的な何かのウェーブは人生のウェーブ。これこそ真理。これこそトゥルース。乗るしかない、このビッグウェーブに!」

 ぴょんぴょんぴょんぴょん。頭の上に、アンテナみたいにピースの指を両手で立てて、教室の中を飛び跳ねる。

「クリスタルに宿る魔力が弱まりつつあるこの世界。高貴なる自宅警備員ライトニングさんと葦原が独占してお送りする電波劇場が地球をホットに温暖しちゃってユニバースの扉を開きましょう。我らの盟約に従い月よハジケて飛んでゆけ! それはそうと誰なの!? ゆうべわたしの左脳を奪っていったのは誰なの!?」

 ギョロギョロとイオリが教室を見渡す。すごい目だ。誰もが、そしても俺まで、思わず後ずさってしまう。

「いいでしょう。ならば戦争だ。マグロと人とが大間の海を血に染めればいい。未来は我らがマグロの手に。おお、神聖黒十字の旗の下に集いし戦士たちよ、おつかれちゃん! いざ進め我らの魂の解放のために! FF14のクソシステムを完膚無きまで叩き潰すのだ!」

 支離滅裂のめちゃくちゃだ。何を言ってるのかわからん。
 キレちまってる。こんなイオリを見るのは俺も初めてだった。
 教室の空気も完全に―――どん引きだ。
 へらへら笑って済ませられるレベルじゃないくらい、凍りついていた。

「とぅるるるるる。とぅるるるるる。がちゃ。あ、もしー? わたしリカちゃんだけどー、今晩寝るとこないから泊めてくれる神募集しててー。あなたの家の前まで来たから開けてぇぇぇぇ! ああああああ、頭が! 頭が痒い痒い痒い! 住んでるわ、これ! アリエッティ住んでるわ、頭の中! ダメダメそんなの許せない! わたしはハンサムな猫と結婚したいのに! したいのにぃぃぃぃ!」

 ……血の気が引いて、寒気がしてた。
 今まで何度となくイオリのせいで地獄を見てきた。
 意味もなく白衣を着て登校しようとしたり、顔中を包帯でグルグル巻きにしたり、弥生時代みたいなヅラかぶったり、顔に不気味なタトゥーシール貼ったり、コスプレしたり、奇声あげたり、不気味な予言書を作って同級生を泣かせたり、あるいは自作の反吐が出そうな詩集ノートをコピーして配布しようとしたりとか、枚挙にいとまのない中二病のクロニクルを。
 そういうイオリの痛い言動を諫めたり、代わりに謝ったり、あるいは受け止めてやるのは俺の役目で、今までもずっとそうしてきた。
 だから、こういうときにもイオリを止めてやるのが俺。今こそ俺の出番。
 って、わかってるのに、足が動かない。
 正直―――引いていた。
 ひどすぎる。このイオリはひどすぎる。
 幼なじみの俺まで怖くなるくらい、コイツの言動も、そしてギラギラした目も、異常だった。

「イ、イオリ……なんだよ、それ? 鳥○みゆきかっつーの、な? ハハ、ハハハ……」

 なんとか声を振り絞って近づいても、イオリは俺の方も見てくれない。
 おかしな動きで教室の中を歩き回り、まるで他の誰も目に入らないみたいに、ブツブツとおかしなことを言い続ける。

「地球。それはガイアのアース。特に意味もなく丸い。そんな地球ももうすぐ42億14才。幼女大好き宇宙人。我々ハー、地球ノミンナト友好トカー、親睦トカー、同人トカー、こみけトカー」
「イオリ、落ち着けって! 黙れよ、オイ!」

 後ろから羽交い締めして押さえつける。
 くったりした体は驚くほど柔らかく、素直に俺に体重預けてくるもんだから少し動揺するけど、目の焦点が合ってないし、口はあうあう動き続けているし。

「どうした? どうしたイオリ、しっかりしろ!」

 声をかけても返事はなく、ただ意味不明な言葉を並べている。
 あっけに取られてた教師が、今ごろになって口を開いた。

「鈴木……、葦原を家まで送ってやれ」

 そして、汚いものでも見るような目でイオリを見て。

「葦原の親には、病院に連れてくように言った方がいいかもな」

 それで自分の仕事は終わったとでもいうように、俺たちから顔を伏せる。
 イオリのそばにいれば嫌でも向き合うことになるこの視線。無関心と無関係を意地汚く主張する、大人の冷めた目と表情。

「――わかりました」

 俺は、まだブツブツと何かを喋り続けるイオリを引きずるようにして教室を出て行く。
 教室の空気が痛い。イオリが重い。

「……キモっ。マジで頭おかしいんじゃない? ねえ、うけるって、アハハハッ」

 むしろ、そう言ってこの沈黙を破ってくれる三井が、本気でありがたく思えた。

 葦原家では、俺は特別な地位にいる。
 なにしろ家でも外でも中二病全開な長女のことを、何かとフォローしてる便利なお隣さんだ。晩飯も、時にはおじさんとの晩酌までご馳走になったりしているお馴染みさんなのだ。
 なので、葦原家の家族会議に他人の分際で同席するぐらいのことも、俺には楽勝だった。
 学校での騒ぎのことは、すでに両親にも妹のセリにも説明済みだ。

「もうやだ。こんな姉、我慢できない」

 両親の重々しい沈黙の中、最初に口を開いたのはセリのこの一言だった。

「病院に連れていくしかないのかな……」

 おじさんまで消沈した声で言う。俺は思わず拳を握った。
 イオリを病院に連れていく―――じつは幾度となく家族の間で検討されてきた事項だ。
 そのたびに俺は、イオリはアニメやゲームに毒されているだけで、この症状も一部の少年少女が罹る一過性のブームに過ぎないんだと釈明してきた。
 つまり「病気」ではなく「ビョーキ」だと。現に努力の甲斐もあり、高校に入ってからはイオリも回復の傾向にあった。普通の女の子に近づこうとしていたんだ。
 それが、こんな形で大爆発を起こすなんて。
 イオリは今、ソファの俺の隣で、俺にもたれかかるようにして横たわっている。
 ここまで連れてくるのも大変だった。落ち着くまでにしばらく時間がかかり、その間もあの意味不明で文脈すらない電波を撒き散らし続けていたんだ。
 おじさんもおばさんも、今日のことは相当こたえているみたいで、なんだか俺まで胸が痛んだ。

「ま、まあ、全然大丈夫。こういうことなら今までに何回もあったし、もう慣れっこだよ。学校のことなら俺がフォローしとくし、イオリも今までどおり通えるようにする。おじさんもおばさんもあまり心配しないで、俺に任せてよ!」

 自慢ではないが、てか本当に自慢にもならないが、イオリのフォローに関しては俺もエキスパートだ。多少のことなら解決できる自信はある。
 そのために、普段からスポーツ系部活の助っ人や各種委員の手伝い、イベント幹事にお悩み相談、イオリ資産の運用(マンガやDVDの貸し出し)など、クラスメートや先輩方、教師からの信頼を得るために地道な活動をこなしているのだ。
 さすがに今日のは久々に重たい事件だが、俺の見立てではそれでも数週間だ。
 幸いにして再来週には球技大会があり、もうじきチーム分けや練習が始まる。そこで俺がクラスの連中を上手いこと盛り上げることができれば、その雰囲気に紛れてイオリの件をうやむやにさせることもできるだろう。
 俺はこの道のプロだ。そう、中二病の幼なじみのプロ。
 コイツのいつもの邪気眼など、俺にとっては、今さら何の問題にもならないのだ。
 おじさんもおばさんも、俺の頼もしい笑顔に、表情を和らげる。

「広樹くんになら、いつでもイオリを嫁にやれるよ。ついでにセリも付けるから、娘たちをまとめて幸せにしてやってくれ」
「「冗談やめて!?」」

 たちの悪いおじさんの冗談に、俺とセリの声がハモった。
 おじさんとおばさんは、「俺らマジだよね?」「ねえ?」なんて顔を見合わせて、ノンキに頷きあっている。さすがイオリの両親やってるだけあるぜ……!
 でもセリだけは、ピリピリと怒りを露わにしていた。

「て、てかさ、いつまでも隣の家の人に頼ってられないじゃん。入院させた方がいいんじゃないの? いつまでもこのままじゃ、あたしだって見てらんないし、友だちを家に呼ぶこともできないよ。ねえ、そうしようよ、お父さん、お母さん?」

 確かにセリの言うこともわかるんだ。イオリは本物の「病気」じゃないかって、それ何度も俺も悩んだし。身内は俺なんかよりよっぽどつらいし、心配なんだから。
 しかもセリは年頃の女の子で、学校でも特別に目立つ子だ。イオリとは真逆の意味で。
 本当に、この姉さえいなければバラ色の青春ってやつなんだろう。
 俺にはわかる。痛いくらいその気持ちはわかる。
 だが。

「……そんなこと言うなよ。お前の姉貴じゃん?」
「は?」

 あごにしわを寄せながら、セリが睨む。
 俺は唇を結んで、彼女から視線から目を伏せる。

「他人のあんたに関係ないでしょ」
「セリ!」

 次女のきっぱりした言いっぷりに、おばさんもちょっと顔色を変える。
 でもおっしゃるとおり。まさにセリの言うとおりなんだ。他人の俺が意地で言ってるだけなのは、自分でもわかってるんだけど。
 だけど、どうしてもイオリを遠くにやっちゃうのはイヤだ。病気扱いするのもイヤだ。どうしても。
 生まれたときから一緒の幼なじみってヤツだから。コイツが本当に大人しくて可愛い子だった頃を知っているから。

「い、いや、今日のはホラ、変な地震あっただろ? だから、そのせいでイオリは動揺しちゃって、うっかり邪気が漏れちゃったっていうか。そんなのよくあることじゃん? 全然フツーだって」
「フツーじゃないじゃん、まるっきり! どうしてそんなこと言えるの!? なんでこの人がフツーだなんて言えるの!? 家族の身になったことあるの!?」
「だけどさ。たまたま一度の失敗ですぐ病院っていうのも、なんか違うような気がするっていうか……」
「一度や二度じゃないよ! ずっとそうだよ! あたしだって、顔に変な落書きされたり、前世とかの変な名前で呼ばれたり、友だちを家に呼んでるときに、変な歌を歌いながらお姉ちゃんが部屋に入ってきて……いっぱい、恥ずかしいことされたもん! ずっと我慢してたんだもん!」
「いや、そうだな。そうだよな。セリが苦労してきてるのは、俺もよく知ってるんだけど、でも」
「なんなのよ……いっつもお姉ちゃんにべったりくっついて、味方して……キモい! 2人ともキモい!」
「うん。ごめんな、セリ?」

 まあ、俺が謝るスジでもないんだけど、コイツの気持ちも痛いほどわかるので、イオリの代わりに謝っておく。
 でもそれは彼女の機嫌をさらに損ねるだけだった。

「だから、あんたに謝ってもらうことじゃないのよ!」

 顔を真っ赤にしてセリが立ち上がる。気がつけば、ほんと久しぶりにコイツと会話してんなって思ったんだけど、そんなこと考えてる場合じゃないので、余計なこと言わない。

「……あんたたち2人、できてんじゃないの? お姉ちゃんが頭弱いからって、そこに付け込んで、し、してるんだ? いやらし~」
「て、てめ、何言ってんだよ! そんなことするわけないだろ! てか、イオリのことキモいとか頭弱いとか言うな!」
「ほら、やっぱりお姉ちゃんのことになると必死じゃん。あやしーじゃん!」
「ちげーよ! お前の姉なんだから、悪く言うのやめろって言ってんだよ!」
「バカ! バカバカバーカ! おにいちゃ……、あ、あんたなんか、帰れ! うち帰れ!」

 結局俺まで熱くなって、立ち上がっていた。
 だが、その腕がイオリに捕まれる。
 ぼそぼそと、彼女の口が動いていた。

「……ダメ……広ちゃんも、セリちゃんも……ケンカしちゃダメ……」

 じわりと何かが胸に広がる。
 ずっと昔。本当にガキだった頃のイオリが、わんぱくだった俺たちの間で、頑張ってお姉さんしてたことを思い出す。
 セリも、ぐぬぬと唇を噛みしめ、顔を真っ赤にした。

「……知らない!」

 どすどすと足音を荒げて2階へ上がっていく。俺とイオリと、イオリたちの両親がリビングに取り残される。

「ごめんな、広樹くん。セリにはあとで俺たちから言っておくから」
「いえ、俺のほうこそ大声出してすみません」

 もちろん辛いのは両親もセリも同じだし、他人の俺が口出すべきことじゃないこともわかってる。
 頭を冷やさなきゃならないのは俺の方だ。今はおとなしく家に帰ろう。
 
「あの、でも、学校の方は本当に俺がどうにかするんで、イオリを病院とか……」
「わかってるよ。俺たちの方こそ広樹くんにはすまないと思ってる。イオリとセリのこと、これからもよろしく頼むな。今日はもう休んでくれ」
「……はい」

 おじさんに肩を叩かれ、ようやく俺は、そこがひどく凝ってることに気づいた。
 風呂入って寝よう。明日はもっと冷静に動かないとな。
 今は頭と体を休ませることが大事だ。

「……わたしが2人を仲直りさせてあげる……魔法的な何かのウェーブで……超能力・SF・魔法・妖術・薬物・機械・洗脳・催眠などによるマインドコントロール(MC)で……」

 だから、イオリが何か危険な思想をブツブツと口走っていることに気づいてはいたけど、これ以上葦原家を不安にさせないよう、あえてスルーすることにしたんだ。
 思えば、この重要な選択肢を誤ってしまったことが、次の最悪な展開の布石となってしまったわけだけど。

『―――葦原どうだった?』

 メシ食って風呂から上がり、そろそろ寝ようかと思ったあたりで、内崎から電話がかかってきた。
 心配してくれてんのか。友だちってありがたいぜ。

「まあ、小康状態っていうか、部屋で寝てるらしい。向こうの家族は結構ヘコんでるみたいだけどな。でもまあ、大丈夫じゃねぇの?」
『すごいな。まるで自分は全然ヘコんでないって言ってるみたいに聞こえる』
「ヘコんでねぇよ。なんで俺がヘコまなきゃならないんだよ。他人事じゃん?」
『ふぅーん』
「……んだよ?」
『いや、別に。それよりじつは気になることあってさ。今日の地震なんだけど』
「あぁ。どうかしたの?」
『ニュースによるとこのあたりが震源地らしいけど、揺れの原因が分からないって言ってる。まるで地面が何かと共鳴して微動を起こしたみたいだって』
「んー、よくわかんねぇよ、俺に難しい話題ふられても」
『僕の相方もさ、おかしいこと言ってるんだ。まあ、アイツは毎日おかしいんだけどさ。彼女が言うには、あの地震の原因は“電波”だっていうんだ』
「電波? てか相方って誰?」
『ま、そこは話すと長いから今日は流せよ。問題は地震の原因。ようするにアレは“電波のような何か”があの地点に落下して揺らしたらしいんだ。でも地球でいうところの“電波”とは性質が違うものなんだって。だから『こっちの科学者じゃ解析不能にょホ』って彼女は言うわけ』
「ふぅん……なんか聞いててもわかんないんだけど、その話って俺に何か関係あんの?」
『あるよ。むしろそれが聞きたくて電話したんだ』
「え、なんで?」
『葦原、あのとき“宇宙のウェーブ”って言ってたよな?』

 地震後の教室で立ち上がるイオリ。
 そして叫び出す世迷い言。
 思い出したら、胸にチクっときた。

『じつは、それ正解らしい。葦原の言うとおり、地震の正体は宇宙から来た宇宙のウェーブだ。しかも人間の脳にも作用をする危険なウェーブだ。つまり葦原は、僕の相方よりも早くあの揺れの原因を解析したことになる。……僕としては、そっちの方が信じられない話なんだけど』

 内崎の声が深刻さを増して、少し緊張した。
 でも、イオリが“まともじゃない”って話は耳にタコな俺としては、もうその話題はスルーしたいところ。

「わっかんねぇな。俺にはお前の話がさっぱりだ」
『葦原、ひょっとして宇宙人に知り合いいる?』
「いるわけねぇよ!」
『だったら、僕も意味不明だよ。鈴木のカノジョ、マジでやばい人なのかもな』
「余計なお世話だ。てか俺のカノジョじゃねーし」

 そういう話題もスルーさせてもらうわ。
 俺とアイツは、そんなんじゃないし。

『僕、じつは鈴木のこと尊敬してるんだよね』
「なんだよ、いきなり。むしろ俺がお前をリスペクトしてますが」
『あんなにモテるのに、ていうかあの三井にまであんだけ惚れられてるくせに、それでもカノジョひとすじってすごいと思うんだ』
「ひとすじじゃねぇし、カノジョでもねぇよ。てか昼間の三井のネタなら感謝してるけど、おかげで俺の好感度もバツグンに下げてくれたよな!」

 三井が俺に向ける憎しみのこもった視線を思い出す。
 まあ、今さら俺がアイツみたいなモテモテ級の女に相手されないのはわかってるし、ショック受けたりはしないけど。
 俺ってイオリの同類に見られてるみたいだしな。

『……本当すごいな。マジで葦原以外の女が目に入ってないんだ? まあ、鈴木らしいけど。それより、何か手伝えることあったら連絡してよ。相談には乗るからさ』
「お、おう」

 なんだよ、急に優しいこと言って。
 俺を惚れさせてどうするつもりなんだよ。

『じゃ、また』

 よくわからないことばかり言って、内崎からの電話は切れた。
 まあ、ようするに心配してくれたってことなんだろうけど。
 厚意だけはありがたく受け取っておく。だけど、イオリの問題は俺が何とかしなきゃな。
 明日はとりあえず、イオリのオタク友だちからフォローしとくか。さすがに彼女らもドン引きだったしな。
 数少ないイオリの味方を手放すわけにはいかない。基本、大人しくて優しい子たちだから理解してくれるはず。学校行く前にコンビニでお菓子でも買ってって、今日のことを詫びとこう。
 そうしてイオリの教室内での居場所を確保しといて、次は球技大会だ。
 こういった学校行事でクラスをまとめる難儀さは知ってるが、中学時代にもさんざんこなしてきたから自信はある。そしてすでに体育などで俺の運動能力もアピール済みだ。運営委員でも手伝って、練習だの準備だのでクラスを盛り上げてやれば、今日の事件も自然にうやむやに出来るだろう。
 たぶん大丈夫。いや俺ならできる。やるしかない。
 担任には、「先生のアドバイスに従って家族と相談した結果、イオリも落ち着いているようだし、しばらく様子を見ることにしました」とテンプレどおりの報告でもしておく。
 今の担任は、事なかれ主義のチキン野郎だ。責任や問題からはすぐ逃げるくせに、無能扱いされるとキレるタイプ。
 じつはそういうやつの方がイオリのフォローはやりやすい。「先生の言うとおりにして上手いこといってます」とほのめかしてしてやれば、あとは「しばらく様子を見る」=「この件は自然終了させましょう」という、事なかれバンザイな手打ちが通じる。むしろアイツもそれを待ってるはずだ。その調子でイオリのことはどんどん俺に丸投げして欲しいぜ。
 へたに親切で積極的な先生のほうが、真面目に事を大きくしかねないから怖い。他の教師や保険医に相談でもされた日には、数ヶ月はこの問題に引きずられるだろう。
 高校最初の担任があいつでラッキーだった。長年、学級裁判やPTA役員会でイオリの顧問弁護士を務めてきた俺としても、今年は楽できると踏んでいる。
 だから心配すんな、イオリ。俺が明日からも普通に登校させてやる。腐れ縁の幼なじみだが、腐っても縁があるうちは面倒みてやんよ。
 ふぁ~あ。
 今日はさすがに疲れたぜ。
 そろそろ寝るか……。

 ……と、眠りの中にいた俺の体の上に、重みを感じた。

 この感じ―――幼なじみか!
 ピキーンと俺の直感に触れるものがあった。ヤツめ。今朝も動いたか。
 ったく、あんなことあっても相変わらずかよ。
 まあ、元気になったようで何よりだが……いや、別に嬉しくもなんともないけど。マジで。
 むしろまだまだ俺に迷惑かけるつもりかよって、腹が立ってくるわ股間も立ってくるわで……。
 って? なんだこの甘い匂い? なんなんだこの男を刺激するいい匂いは?
 アイツがこんないい匂いさせてるはずない。アイツが上に乗ったくらいで、俺の股間が反応するはずもないし。
 ていうか、この重みも普段より軽いような。
 うっすらと目を開ける。豆電球の薄暗さ。まだ真夜中だ。アイツが来るにしてもおかしな時間だ。
 いや、おかしいのはそれだけじゃない。
 俺の上に乗ってる細くて軽い体。

 それは―――幼なじみの、小さい方だった。

 セリが、黄色いパジャマの前のボタンをはだけて、白いお腹も丸見えの、小さい乳房も乳首ギリギリの状態で、俺の上に馬乗りになっていた。

「はあああああッ!?」

 俺の深夜の大音声にも、セリはまるで反応しない。
 いつものツインテールをほどいた長い髪の下で、薄目というか、ぼんやりと焦点の定まらない目で、俺の顔を見つめている。その唇が小さく動いている。

「あたし……お兄ちゃんが好き……お兄ちゃん大好き……だから……可愛がって……いっぱい可愛がってもらうの……」
「な、なに言ってんの、オイ!? しっかりしろ! てか、どけ! なんて格好してんだ、お前!?」

 セリはまるで人形みたいにだらんとした手足で俺に体重を預けている。ていうか、じつにいいポジションで俺の股間の上に乗っている。ありがとうと言いたいくらい理想的な場所に。
 でもダメ。女の子がそんなことしちゃダメ。お兄ちゃんだって男の子なんですよ!
 どうなってんだよ。一体、俺に何が起こってんだよ!?
 そんな、まさか、セリのやつがここまで俺のことを想いつめていたなんて!

「ククク……驚いてる、驚いてる」
「ハッ!?」

 しかしそこにはもう1人いた。やはり大きい方の幼なじみもいた。
 赤いパジャマの悪魔が、したり顔で立っていた。
 変なマントを羽織って(去年の誕生日にせがまれて俺がコスプレショップで買ってやったやつだ)古ぼけた本を片手に(てか本じゃなくて、前に雑貨屋で買った洋書の形した小物入れだな。魔道書っぽいとか言ってた)、そして奇妙な杖をもう片手に(これは知らん。いつの間にこんなの作ったんだこのバカは)、邪気眼な俺の幼なじみが、満面の笑顔でそこにいたんだ。

「……おいバカイオリ。お前、何してんだ?」
「イオリ? フフっ、違います。ボクはイオリではありません。今のボクは真夜中に目覚めるもう1人のボク。“魔界の秘術催眠師”こと葦原・ド・ヌブール・イオンの、ビックリ催眠SHOWの始まりなのです!」

 正直、確かにビックリしたけど、こいつがいて安心もした。
 おかげで俺のチンコも萎えたから。

「イオンとやら」
「うん、何かな?」
「お前がベッド下に蓄えている18禁コレクションの総額が2万を超えてることを親にチクられたくなかったら、セリ連れて帰れ」
「うぅ……!? そ、それはやめてよぉ……」

 早くも崩壊するイオリの二重人格キャラ。
 フッ、弱みを全て握られてる相手には、どんなキャラを演じても無駄だと教えてあったはずだが?
 俺は余裕でイオリの素を引き出して、睨みつける。

「今度は何を始めたんだ? てかいい加減セリを下ろせ。催眠だって? お前は自分の妹に何してんだよ!」
「だ、だってね? セリちゃんと広ちゃん、ケンカしてたから仲直りして貰おうと思って……」
「夫婦じゃねぇんだから、こんなスケベな格好で仲直りしなくていいんだよ! てかこのままだと一線越えるぞ! 俺は下手すると越えるぞ! お前はそれでいいのかよ!? 妹がそんな目に遭って平気なのかよ!?」
「でも、あの、セリちゃん的には、その……そうなっても本望っていうか、秘めた願望的なものを、わたしは……」
「わけわかんないこと言ってんじゃねぇよ、セリが可哀想だろうが! てか……結局、お前は今度は何をしでかしたんだよ! 俺の体が動かない説明をしろ!」

 まったく、俺の体は動けなかった。越えたくても越えれない一線だった。
 せめて、右手だけでも動けばいろいろ捗るのに…ッ!

「魔法的な何かのウェーブで肉体操作してしまいました……ごめんぴょん」
「説明も誠意も謝罪も、何一つ伝わってこねーよ!」

 ん?
 魔法的な何かのウェーブって聞いたことあるぞ? ガキの頃、イオリが好きだったアニメだっけか?
 イオリは俺に叱られ、ベッドのそばにぺたんとしゃがみ込み、涙目になって見上げている。

「魔法的な何か……?」
「そ、そうなの。今日、宇宙から電波が届いてね? わたし、魔法的な何か少女☆イオリになっちゃった。宇宙ってやばいね?」
「世の中にはな、宇宙よりやばいものなんていくらでもあるんだよ。例えば、中二病の幼なじみだ! くだらねぇこと言ってないで、その、催眠術とやらを早く解け!」
「うぅ……ダ、ダメ」
「なんでだよ!」
「広ちゃんには、いっつも迷惑ばっかりかけてるもん。せっかく本物の魔法的な何か少女の資格が取れたんだから、恩返しがしたい。わたし、広ちゃんやセリちゃんの役に立ちたいの」
「頼むよ。いろいろ順を追ってツッコミたいところがたくさんあるんだけど、とりあえずお前を殴りたいんだ。右手だけでも動かしてくれ。な、オイ。お前をぶん殴らせてくれ?」
「う……あぅぅ……」

 イオリは、顔を赤くしてモジモジし始めた。

「……わたしがちょっとMっぽいのは、ぜったい広ちゃんのせいだよね……」
「俺がSっぽいのがお前のせいなんだよ!」

 やばいな。深夜という時間のせいで、イオリがちょっとエロくなってる。
 コイツはベッド下とか外付けHDDにエロコンテンツを隠していることからもわかるとおり、かなりのムッツリスケベだ。
 普段はそっち方面の妄想は表に出さないようにきつく躾けをしているが、中三くらいから、あまり抑えつけるとストレスで鼻血とかエロい独り言とか繰り出すようになったので、あくまで個人でこっそり楽しむものとして、また家族が寝静まった時間以降に限り、俺はそういったコンテンツの閲覧を許可することにしたんだ(両親の許可は取ってないのだが)
 俺たちの間では、それは「裏時間」と呼ばれている。誰もが寝静まった頃、イオリはひっそりとオンナになるのだ。
 どうでもいいことだが。

「と、とにかくセリちゃんのことなら心配いらないから。あの……詳しいことは女の子の大事なプライバシーなので禁則事項だけど、セリちゃん的には今、すっごく良い夢を見てるし」 

 モゴモゴと、歯にモノが詰まったようにイオリは言い訳がましいことを言う。
 何がなんだか俺にはわからん。俺にわかっているのは、このままセリが目を覚ませば俺が社会的に殺されるということだけ。セリにこれ以上嫌われるのは避けたい…ッ!

「ひ、広ちゃんだって、セリちゃんのこと気にしてるから、こうしたら嬉しいの知ってるし」

 ギクリ。
 俺の喉が震えた。

「……幼なじみの目はごまかせないんだからね、広ちゃん?」

 そういやニーチェも言っていた。
 お前が長く幼なじみを覗き込むとき、幼なじみもまたお前を見返すのだと。

「セリちゃんも広ちゃんも、素直になれないだけだもん。わたし、せっかく魔法的な何か少女になれたんだから、広ちゃんの役に立ちたいよ」
「俺はお前の中でどんだけ野獣なんだよ? 幼なじみに催眠術でエロいことしたいなんて、頼んでねーよ。余計なことすんな」
「……でも、こうしたらどう?」

 イオリの目が、ほわりと歪んだ気がした。空気に振動が走ったというか、マンガなら渦巻きが出ている感じ。
 それを目で受け止めたセリの腰が、前後に揺れだした。

「ちょ、ちょっと!」

 俺のちょうど股間の上で。
 セリの細い体が、尻が、俺のに擦りつけるみたいに艶めかしく踊り出し。

「お兄ちゃん……んっ、気持ちいい? あたしのお股、感じてる? んっ…んっ…」
「や、これ、ちょっと……」

 セリがうわごとのようにエッチな声を出す。
 いや、言わされてるんだ。イオリに言わされているだけに違いない。セリがこんな可愛い声を俺の前で出すわけがない。

「んっ、んっ……お兄ちゃん、見て……あたし、こんなえっちなことも、ちゃんとできるよ? お兄ちゃんが喜んでくれるならできるんだよ……んっ、んっ…」

 パジャマ越しにでも柔らかさと熱さが伝わる。すっかり硬くなった俺のものの上で、セリの動きは少しずつ大胆になっていく。はだけた上着から、この薄暗さの中でもわかる小さな乳首が、ふる、ふると小刻みに揺れている。
 ていうか、セリのやつ、パジャマの上着を脱ぎ捨てやがった。
 女子中学生の白い肌が、甘い匂いが、桃色乳首が、俺の上で揺らぐ。

「んっ、ぅんっ……お兄ちゃん……んっ、お兄ちゃんは、あたしのこと可愛くないの? あたし、お兄ちゃんに見て欲しくて、がんばってんだよ? お兄ちゃんに見て欲しいの。んっ、んっ、もっと可愛い子になったら、褒めてくれる? もっと気持ち良いことしたら、あたしのこと好きになってくれる? んっ、お姉ちゃんだけじゃなくて、セリのことも見て、お兄ちゃん、んっ、んっ……」

 見ていた。目が離せなかった。セリの真剣な顔。きれいな体。小さなおっぱいが、ぷるぷる震えているのを。
 く、くそっ。これもイオリが言わせているに違いない。
 セリがこんなに可愛いこと言うはずないんだ。こんなにも俺のツボ(健気で子犬な妹属性)を、ピンポイントで攻めてくるはずがないんだ!
 盛り上がっていく俺の股間あたりを指さして、イオリがモジモジと言う。

「……ほ、ほら、広ちゃんの、そ、そこも反応してる……」
「ちげーよ! これは……こないだ通販で買ったストレッチポールだ…ッ!」
「へ、へぇー。それじゃ、そのストレッチポールで、もっとセリちゃんの股関節ほぐしちゃおうかなー」
「や、やめ…ッ!」

 俺の上でセリが次なるストレッチに進んで、上体を前に倒してきた。
 うつろな目と、乱れた息。開きっぱなしの口からよだれが俺の胸の上に落ちる。
 腰はさっきよりも大胆にスイングし、俺の根本から先端までを、股間で撫でつけていく。
 熱くて、湿ってる。パジャマ越しでもわかるくらいセリのそこは濡れ始めていた。

「はっ、はっ、はっ、お兄ちゃん、もっと……お兄ちゃんと、もっとしたいよぉ、んっ、んっ、んっ、セリ、がんばるから。お兄ちゃんのこと気持ちよくするから。だから、セリのこと見てっ。セリのこと、昔みたいに、可愛がって……お姉ちゃんみたいに、セリもお兄ちゃんのものにしてよぉ……」

 完全にエロボイスに仕上がった声が、俺をさらに興奮させる。
 セリが俺の上で腰を振っている。セックスみたいに。
 大人の女みたいに大胆なことしながら、すげぇ健気なこと言ってる。
 まるで愛の告白。愛の行為。体と心にビンビンくる。俺、やっぱりセリのこと……。

「広ちゃん。セリちゃんのこと……だ、抱きたいと思う?」
「ぐあ、な、何を言ってんだお前? 俺はセリの兄貴的存在の幼なじみだぞ。その俺が、セリを抱きたいなんて……押し倒して乳首チュウチュウ吸いながら中出ししたいなんて思うわけないだろうが!」
「う、うわぁ……」

 イオリは顔を真っ赤にして、杖をギュギュウと握りしめた。
 あれ? 俺、なんか変なこと言った?

「ど、どうしよう。さすがにそれはやりすぎかと……セリちゃんだって、まだキスも経験ないみたいだし……えー、ど、どうしたらいいんだろう……」

 やはり「裏時間」はやばい。
 俺とイオリの間で、エロい空気がキャッチボールされ、増幅されていく。

「まあ、いっか……2人とも結ばれたいみたいだし……」
「ダ、ダメだ! お前が何をしようとしてるかだいたい予測がつくから叱っておくが、それは絶対ダメ!」
「じゃ、お口なら? お口を使ってスキンシップするだけなら、ギリセーフ?」
「バカ! キキキ、キッスもダメに決まってるだろ! 俺だってまだそんなこと…ッ!」
「え、フェラだけど?」
「さすがエロいわ、裏の姉!」
「広ちゃんも、ちょっとだけ、『ケダモノさん』になっちゃったらいいよ。セリちゃんは、きっとそれでも喜んでくれるから」
「や、やめ……っ」

 ほわりと、イオリの目が歪んだ。何かのウェーブが、俺の中に浸透していく。浸透していく。浸透していく……。

 …………。

 ククッ…ククク……。
 ようやく……ようやく自由になれたぞ。
 ヒトなどという窮屈な檻に閉じ込められ、神の世の傀儡子として地上に放り出されて幾千年。
 呪鋼の鎖を断ち切り、今、我が肉体に宿年の魂を得たり。全て引き裂く牙と絶望の爪を得たり。
 この凶咆をもって我が真名を知れ―――我こそは、魔獣ケルベロス!

「ワオォォォオオオーン!」
「え?」

 ざわざわと血が騒いでいる。まるで俺の体が内側から入れ替わろうとしているみたいに。
 あぁ、待ち望んだこの開放感。本能の剥き出し。
 俺は葦原姉妹をじろりと見下ろす。
 上半身裸体で俺をうっとりと見上げる妹。
 怯えたように身をすくめる姉。
 口元に浮かぶ唾液をべろりと舐めとる。
 俺のメスたち。ここにいるのは俺のオンナたちだ。
 読モだが何だか知らないが、調子に乗るなよセリ。将来は俺のお嫁さんになるって言ってたこと忘れたわけじゃないだろうな? 当然、お前は俺の嫁だ。俺のメスになるために生まれてきたオンナだ。
 イオリ。てめぇ、誰がそれだけのおっぱいに育ててやったと思ってるんだ。誰のためにそんなエロい体になったんだ。
 お前も俺のオンナだ。他の男になんか指1本触れさせない。お前は俺が独り占めする。首輪付けてやるから、死ぬまで俺に飼われてろ。
 葦原姉妹は、俺専用姉妹だ。

「ひ、広ちゃん、あの、なんでわたしの方まで見てニヤニヤしてるの……?」

 2人の美少女を睥睨して舌なめずりする俺に、姉の方が怯えた顔をする。妹の方は、自分に向けられる俺のいやらしい視線に嬉しそうに微笑む。
 俺に見られてそんなに嬉しいのか、セリ。今の俺が怖いか、イオリ。
 もっと良いモノ見せてやるよ、お前ら処女メスどもに。
 ほらよ。

「ひゃおぉっ!?」
「あっ……お兄ちゃん……」

 パジャマをトランクスごと下ろして、ケルベロスの牙を披露する。
 イオリは奇想天外な悲鳴をあげ、セリは眼を丸くして微笑んだ。

「お兄ちゃんも、セリと一緒にコーフンしててくれたんだね……嬉しいな……」
「セ、セリちゃん、触るの? そんな強そうなの触って大丈夫なの?」
「だって、お兄ちゃんのだもん……」

 うっとりとした顔で俺のに手を伸ばす妹に、姉の方は恐れをなす。
 セリは、こくりと喉を鳴らしたあと、そっと俺のに指を這わせた。

「固い……それに、あったかい……」

 セリの指は柔らかく、それこそ温かかった。ぞくぞくと快感がそこから伝って俺を震わせる。
 
「これが男の人の……お兄ちゃんの……おちんちん」

 そして、緩やかに指が上下していく。
 あの生意気なセリが、超美少女に育ってからは俺のこと超シカトしまくってたセリが、俺のを擦っている。
 彼女の指から伝わる快楽はもちろんだが、何よりもこの光景が俺に信じられないくらいの興奮を与える。
 いや、当然だが。どんだけ美少女になろうが生意気だろうが、コイツが俺のコキ女になるのは生まれたときから決まってた運命だからな。
 
「……こ、ここ一番の度胸はやっぱりセリちゃんの方があるよね、昔から……」

 そんなセリの性奉仕を真っ赤な顔して見つめるイオリ。
 何をのんきなことを言ってるんだ。
 お前も俺のメスだろうが。

「イオリ、お前もこっち来てやれ」
「うへッ!?」
「キモい悲鳴あげてんじゃねぇよ。さっさと来い」
「……え、えええぇえぇ……?」

 イオリは、俺の顔とセリの顔と、そして俺のイチモツの間で視線を彷徨わせながら、おずおずと近づいてくる。
 恥ずかしがってる表情がそそるぜ。どうしてコイツって、見てるとイジメたくなるんだろうな。生まれながらのメス奴隷顔なんだろうな。
 もちろん俺以外の男にイジメなんて許さないが。コイツをイジメたり命令したりできるのは、幼なじみだけの特権だからな。

「その前に脱げよ」
「は、はい?」
「セリだって脱いでるだろ。俺に奉仕するんだから、おっぱいくらい出しとけ。それが主に対する礼儀だろ?」
「ぬ、脱ぐって、あの、それ……」

 イオリはセリの方をチラリと見る。
 すでにパジャマの上半身は脱ぎ捨てているセリは、俺のペニスを擦りながら、にっこりと微笑む。
 
「ぬ、脱ぐの~~ッ!?」

 でかい胸を両手で隠し、イオリは悲鳴をあげた。

「大きい声だすな。親が起きてくるだろ」
「え、ご、ごめんなさい」
「さっさと脱げ。命令だぞ、イオリ」
「うぅ……」

 真っ赤になりながら、イオリはおずおずとパジャマのボタンを外していく。
 白い谷間が、くっきりと深い影を描いていた。

「広ちゃんの命令には、どうしても逆らえないよ……これが十数年間調教されてきた幼なじみの呪縛なんだね……」

 ブツブツと何やら呟きながら、観念してパジャマの前を開く。
 俺は思わず眼を剥いた。
 でかい。そして丸い。そして白い。そして――エロい。

「……こ、これでいいかな?」

 イオリは顔を真っ赤にして俺を見上げる。
 想像以上に破壊力を持ったおっぱいを、俺の幼なじみは持っていた。
 やはりでかい。それ以上に美しい。この形といい、色といい、そして……俺的に最高のバランスと言っていい乳首と乳輪のサイズ。
 俺は本当になんて運の良いケダモノだ。これだけの恵体を自分のモノにできるなんて。顔も体も抜群のこのオンナが、生まれたときから俺のモノだったなんて。
 ゴクリと喉を鳴らし、さらに命令する。

「それでいい。こっちへきて、セリと一緒に俺に奉仕しろ」
「ねえ、広ちゃん、あの……」
「早くしろ」
「……はい」

 イオリは、豊満な胸を揺らしながら俺の足元へ寄ってくる。
 そして、俺のに手を伸ばす。

「あの、本当に、誤解しないでね? わたし、セリちゃんと広ちゃんの仲を取り持とうと思っただけで、自分もこういうことさせてもらうつもりで来たわけじゃ……」
「うるせえ。黙ってやれ」
「……うん」

 イオリは、隣で熱に浮かされたように俺のを擦るセリをちらりと見てから、「お邪魔します」と言って俺のに触れた。

「うぁ……」

 指先だけ軽いタッチをして、驚いたような声を出す。
 もっとしっかり握るように言うと、「はい」と殊勝に頷き、顔を背けながら俺のに指を絡ませる。
 葦原姉妹の共同手コキ。
 ご近所の中高生どもがこれを知ったら、憤死者が続発してテロ事件扱いされること違いない。
 変わり者だが見た目とスタイルだけは抜群の姉と、クソ生意気だが見た目もロリチックなスタイルも抜群な妹。姉妹丼にしたい素材№1とも言えるこの2人を、実際にいただくことのできる男は俺だけだ。
 あぁ、この2人の幼なじみのケルベロスに生まれてよかった。それだけで人生に勝利してた。
 セリが、独占していた俺のペニスに絡んでくる姉の指に唇を尖らせる。だが、すかさず先端付近にポジションを変えて、カリや裏スジ、尿道口といった難しい場所に挑戦を始め、そして柔らかい指と手のひらで正解の愛撫を見つけ出し、俺の反応を見上げてにっこりと微笑む。
 賢い子だ。
 俺はセリの頭を撫でてやる。ますます嬉しそうに表情を蕩けさせ、自信を持った愛撫で俺への奉仕を続ける。
 イオリは、セリだけ可愛がる俺に不満でもあるのか、妹そっくりに唇を尖らせ、シコシコと俺の幹を擦る作業を続ける。
 しょうがないやつめ。
 俺はイオリの頭も撫でてやった。少しだけ口元を緩ませ、でも俺と目が合うと恥ずかしそうに逸らし、手で擦る作業を熱心に続ける。
 ちょっとエサを与えてやるだけで、2人とも本当に嬉しそうに俺への奉仕に熱を上げる。
 やはりメスだなコイツら。俺のメス家畜だ。
 頭を撫でてやりながら、さらに顔を寄せてやる。イオリは戸惑うように顔を上げたが、セリは俺の言いたいことをすぐに飲み込んでくれたようだ。
 ぺろり。
 彼女の小さな舌が、俺のぱんぱんに張り詰めた先端を優しく撫でた。
 ちろ、ちろ。そのまま子猫のような舌使いをセリは続ける。『これでいい?』と言わんばかりに見上げる視線に、俺は髪をくしゃくしゃに撫でてやることで答える。
 嬉しそうに目を細め、さらに熱心に舌を這わせるセリ。
 姉のイオリは、そんな妹に目を白黒させて「はわわ」と間抜けな声を出していた。

「早くお前もやれよ」
「う……は、はい」

 イオリの顔をぐいとペニスに寄せて命令する。
 姉の舌がゆっくりとピンク色の表面を見せ、俺のグロテスクなペニスに触れる。
 目をつぶったまま、その舌が何度も俺の幹の周りを往復する。俺はイオリの頭を撫でてやり、そのまま続けるように言った。

「んっ、ぴちゃ、ちゅっ、れろ、お兄ちゃん……」
「んっ、んっ、広ちゃん、んっ、んっ、れろ、ちゅう……」

 葦原姉妹、最高すぎるだろ。
 賢くて好奇心旺盛な妹はいろいろと積極的に動いて愛撫をラーニングしていく。おっとりしているが真面目で献身的な姉はその愛撫を真似しながら、豊満な体とイジメオーラを出す弱気な瞳で懸命に俺に媚びる。
 どちらを見ても最上級の美少女による最上級の奉仕。不安定なベッドの上で、腰と足が震えて立っていられない。ゆっくりと腰を落とす俺に、寄り添うようにし葦原姉妹も体勢を変え、俺の股間に顔を埋めて奉仕を続行する。
 
「んっ、んっ、ちゅぶっ、ちゅぶっ」

 セリは俺が促すとおりに口の中に先端を咥え、顔を上下に揺すって唇で俺のをしごく。
 
「れろ、んっ、ちゅ、んっ、広ちゃん、んっ、広ちゃん、ちゅぶっ」

 イオリはひたすら俺の幹に舌を這わせ、さらには袋のあたりから付け根の方まで、吸ったり舐めたり夢中になって愛撫する。
 可愛らしいメスどもめ。
 俺はセリの頬を撫でてやる。

「セリ、お前はもう俺のオンナだぞ」
「んっ、んっ」

 コクコクと、俺のを咥えながら熱心にセリは頷く。

「お前の顔も体も、胸も尻もアソコも俺のモノだ。俺には好きに使わせろよ」
「んっ、んっ」
「俺の言うことに従ってりゃあ、ずっと可愛がってやるからな」
「んっ、んーっ、うん!」

 ぼうっと目の周りを真っ赤にし、セリは嬉しそう涙を滲ませ、何度も頷く。
 俺はイオリの髪や首もいやらしく撫でる。
 
「イオリ、お前もだ。お前も俺のオンナだからな」
「え……う、うん。そうだね、そうなのかも」
「そうなんだよ!」
「うっ……はい、そうです……ちゅ、れろ」
「お前の全部が俺のためにあるんだ」
「うん、前からそんな気はしてたよ……れろ、れろ……」
「お前の口も胸もアソコも、俺が使いたいときに使わせろよ」
「……うん。広ちゃんの命令なら、そうする」
「でけぇ胸だな。どうしてそんなに育ったんだ」
「えっと……お母さんの遺伝かな……?」
「違うだろ!」
「んんっ!?」

 俺はとんちんかんな答えをするイオリの胸をぎゅっと掴む。柔らけぇ。てか、でけぇ。余裕で手に余る。
 ぎゅっ、ぎゅっ。
 俺はその胸を遠慮しないで揉む。揉みまくる。揉みしだく。なんだこのおっぱい。てか、これが女のおっぱいか。こんなに気持ちいいんだったら、もっと早く揉んでおけばよかった。

「どうしてこんなに育ったか、わかったか?」
「んっ、んんっ……ふっ、はっ、うん、わかったよ、んっ、広ちゃんに、揉んでもらうためだね……」
「わかりゃいいんだよ。ほら、セリもだ」
「ひゃぷっ!?」

 さらにセリのおっぱいにも手を伸ばした。俺のを咥えたまま、セリは可愛い悲鳴をあげた。
 構わず揉んでいく。イオリよりは3段階くらいシフトダウンしたようなサイズ。だが、柔らかさと肌触りはさすが姉妹といったところか。吸い付くような感触は最高だ。そして、イオリの半分サイズしかないような乳首の中心で、イオリの倍は固くなってる乳頭がコリコリしていた。
 イオリの乳房を揉む。セリの乳首を弄ぶ。
 ホント、葦原姉妹は最高だった。

「はっ、はぶっ、ちゅぶっ、あんっ、あっ、お兄ちゃ、んっ、ちゅぶっ、ぶちゅっ、ちゅくっ、ちゅぶっ」
「んっ、んっ、広ちゃん、んっ、やん、んっ、ちゅっ、広ちゃん、ちゅっ、れる、あんっ、れろぉ」

 2つ並んだ美少女顔が、俺のペニスを挟んで乱れる。彼女たちの上気した頬に俺の体も温められていく。昂ぶっていく。この至福の快楽と幸福な光景に。
 2人の胸をイジりながら、俺は言う。

「お前たち姉妹は、2人とも俺のオンナだ」
「「はいっ!」」

 姉妹の息の揃った返事に、ますます気分は高まっていく。

「葦原姉妹は俺のメスで、俺専用奴隷だ」
「「はいっ!」」
「これからは、いつでも俺が望んだときに体を差し出せ。それがお前たちの仕事だ」
「「はいっ!」」
「お前たちは、一生、俺のそばにいろ。絶対に離れるな。2人揃って俺のガキを産ませるからな」
「「はいっ!」」
「死ぬまで俺のモノだからなッ」
「「はいっ!」」
「先っちょ、しゃぶれ、出すぞ……ッ!」
「はいっ、んぐっ、ちゅっ、あんっ、あっ、ちゅぶっ、お兄ちゃんっ、しゅき、お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」
「ちゅぶ、れろ、ちゅっ、あぁ、はぁっ、広ちゃん、んちゅっ、広ちゃあんっ」
「出すぞ、イクぞ、お前らも……一緒にイケ!」
「ふぁいっ、んんっ、んぶっ、ちゅぶっ」
「はい、広ちゃんっ、んっ、あんっ、んんっ、あぁん!」

 れろれろ、ちゅぶちゅぶ、お互いの舌や唇が重なるのも構わず、競うように俺のをしゃぶる葦原姉妹。その胸をいたぶる俺。
 あぁ、やばい。ケルベロスピンチ。2人の巫女姉妹の熱心な祈りで天国へ召されそうだぜ。
 でも、天国がこんなに気持ちいい場所なら、もう、死んでもかまわない……ッ!

「ひゃんっ!?」
「んんっ!?」

 大量の精液が俺の先端から吹き出る。快楽の奔流に流されるまま、俺は二人の乳房と乳首を強く捻る。

「やぁぁぁんっ! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」」
「あっ、広ちゃ、広ちゃあぁぁんッ!」

 ビクンビクンと、俺の足の上で2人の美少女が鮎のように跳ねる。
 びしゃびしゃと男の精をぶっかけられながら、舌を揃えて伸ばし、目を寄らせて姉妹は同じ顔をする。
 イッた。まさか胸だけで、なんてマンガみたいな話だけど、幼なじみにだけ通じる不思議な共有感覚で俺たちは同時に達した。
 快楽の波がゆっくり引いていく。心地よい気怠さと、少女たちの柔らかい体がのしかかる。
 あぁ、すごかった。素晴らしかった。こんなに気持ちいい体験が出来るなんて、ホント、幼なじみのヘンテコ催眠術さまさまだ―――、って、さっきまでの異常な興奮と、異常な思考が、俺の頭から射精の快感と一緒に急速に抜け落ちていく。
 覚めていく頭。冷めていく体。
 そして、残ったのは今の異常な体験の記憶だけだった。

「……え?」

 俺の剥き出しのチンポと、その両側にある、精液まみれの幼なじみたちの顔。
 イオリのべたべたになったメガネが、ぼんやりと俺を見上げている。そしてそのお隣で、目をまん丸にして、真っ青になったセリが俺の顔とチンポを見比べ、わなわな震えている。

「うわああああああッ!?」
「きゃあああああああッ!?」

 俺は急いで股間を隠す。セリも慌てて胸を隠し、自分のパジャマを見つけて羽織る。

「な、な、なにするのよ、この変態! スケベ! し、信じられない!」
「ちょ、いや、ちょっと待ってくれセリ! これは、あの、え、あれ、なんで俺……」
「……あれ? 2人とも覚めちゃった……?」

 混乱する俺とセリ。イオリはぼんやりと体を起こし、メガネについた精液を指で拭う。

「ちょ、やっ、あたし……ッ?」

 みるみるセリの顔が赤くなっていく。
 さっきまでの行為と会話を思い出し、俺も恥ずかしくなってうずくまる。
 最低だった。俺、とんでもないことした。

「ばかぁ!」
「あっ……」

 涙声で叫んで、セリが出て行く。イオリはそれを追うように手を伸ばし、そして、困ったように指を唇に持っていく。

「なんか、怒らせちゃったみたいだね?」

 のほほんと、いつもの失敗でもしでかしたときのように、イオリは小首を傾げて俺を見る。
 俺を頼りきった目。幼なじみの顔。顔にべっとりと付いた精液。同じくべったりと精液のついたでかい胸。

「ねえ、広ちゃ――」
「ふざけんな」
「え?」

 そして俺は、剥き出しになったままチンポがまだ反応しようとしていることに幻滅しながら、その幼なじみから目を逸らす。

「ふざけんな。何してんだよ。お前、どういうつもりで……」

 情けなくて涙が出てくる。
 セリの気持ちを思うと、自分が許せなくて殺したくなる。最高に気持ちよかったと今も余韻を残すチンポを、切り落としたくなる。

「あ、あのね、わたし、セリちゃんの本音をいろいろ聞き出してね、こうするのが一番早い解決だって―――」
「ふざけんなバカ! お前、自分の妹に何してんだよ! お前のおもちゃじゃねぇんだよ、セリも、俺も!」

 半裸のまま俺ににじり寄ろうとするイオリから身を離す。
 俺はコイツのことを、たぶん生まれて初めて拒絶する。

「最悪だ。だいなしじゃねぇかよ。俺が、お前のためにしてきたことも、全部、セリの信頼も、家族の信用も、俺の努力も……なんにも残んねぇよ、こんなことしちまったら……」
「え、えっと、だからね、その、わたしの口からこれ言うのは、すっごい反則だと思うんだけど、セリちゃんのしたことはじつは―――」
「帰れよ」
「あの、でも」
「帰れって言ってんだろ、このキ○ガイ! 二度と顔見せんな!」
「ッ!?」

 イオリがどんな顔したのか、見る気にもならなかった。
 情けなく萎んでいく下半身を見下ろしながら、俺は唇を噛む。

「広ちゃん、ごめんなさい」

 イオリはそれだけ言って、パジャマを着て、自分の持ってきた変なグッズをかき集めた。
 そして、もう一度俺に頭を下げて、ドアに手をかける。

「……今まで、キ○ガイのわたしに付き合わせて、本当にごめんなさい」

 最後に「セリちゃんと幸せになってください」と言い残し、イオリは出て行く。
 俺は一度も顔を上げなかった。アイツの顔を見れなかった。
 布団をかぶって転がる。
 自分の態度を思い出して身もだえする。
 わかってんだ。アイツのことは俺が一番よくわかってんだ。
 どんなに変な理屈でも、意味不明な電波にしか聞こえなくても、イオリに悪気があってやったことなんて一度もない。そこだけは、幼なじみの俺が世界中の人間に弁護してやってもいい。あいつは善人なんだ、間違いなく。
 でも、今回のことだけはそう簡単に許されないことだって、俺が教えてやらないといけない。
 だから……。
 いや、違う。
 許されないのは俺の方だ。
 俺は自分が許せない。あんなことした自分を許せない。全部をイオリのせいにしてわめき散らした、心の狭い俺をどうしても許せない。
 つらい。うめく。悶える。
 なんだよ、あの魔法的な何かって。催眠術ってなんなんだよ。マジで変な力を手に入れてんじゃねぇよ、くそイオリ。
 おかげで……ほんのちょっと、困った問題になっちまったじゃねぇか。
 転がって、布団をかぶって叫ぶ。
 どうしよう。俺、どうしよう。
 なんとかしなきゃなんないのはわかってるのに、頭が全然働かない。
 ゴロゴロとベッドの中を転がり回る。
 そして、そこにまだ残っている葦原姉妹の匂いに反応しそうな自分を、ぶん殴る。

< つづく >

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