サイの血族 1

 姉である葉月の焦点を結んでいない眼を見ながら隼人は脇の下に汗が流れるのを感じていた。

「うん、初めてにしては力は強そうだな」

 隼人に手をかざしながら、父親の斎部雄大が満足そうに言う。

「ほ・・・ほんとに・・・」

「そうだ。いま葉月の意識はない。そして、お前の言うとおりになる」

「でも・・・」

「それがお前の定めだ。すでに、お前は私の跡を継ぐと言った。これは必要なことなのだ。術がかかっているときの記憶は目が覚めれば消える。しかし、その後もある方法をつかえばしもべとして働くようになる。私も妹を抱いた。そして力を得た。この力は最初に肉親と交わらないと出現しない。さあ、お前だって葉月のことは好きだろう。血だ。すべては血のなせる業だ」

「それとこれとは・・・」

「葉月が風呂に入っているところをこっそり覗いていたくせに」

「と・・・父さん・・・」

 たしかに事実だった。隼人は3才上の葉月に憧れ以上の感情を抱いていた。同時に思春期に目覚めた好奇心の対象にもなっていたのだ。

「もう覗かなくても見られるんだ。いや、見るだけでなく、お前のしたいようにできるんだぞ」

 父親の言葉を聞いているうちに、隼人の心の中で抑えようのない欲望が湧き起こってきた。まるで別の自分が生まれてきて支配されるようだった。いつの間にか、その感情は戸惑いや躊躇を吹き飛ばしていた。

「ね・・・姉さん・・・」

「は・・・い・・・」

 隼人が声をかけると葉月はたどたどしく答えた。

「ふ、服を・・・脱いで・・・ぜんぶ・・・」

「はい・・・」

 葉月は答えると同時にブラウスのボタンに手をかけていた。

 真ん中で分けた黒髪が揺れる。

 切れ長の眼はあいかわらず焦点を結んでいない。

 古風なうりざね顔と言える美しい顔立ちに表情の変化は見られない。胸元が開き白い肌が徐々に露わになっていくのを隼人は息を飲みながら見守っていた。

 ことの起こりは2時間ほど前。

「隼人、書斎まで来なさい」

 食事を終え、自分の部屋で本を読んでいた隼人に父親の斎部雄大が声をかけたのだ。

 斎部は「いんべ」と読む。代々、斎部家は玉石神社の神主を務めている。玉石神社は東京奠都の際、明治天皇の肝いりで創建され、近所にある八幡宮とは一線を画す氏子を持たない神社として歴史を刻んでいた。そして斎部家には長男が元服を迎えると一族に伝わる秘法を伝授するしきたりがあった。

「隼人、そこへ座りなさい」

 隼人が書斎の障子を開けると先に座っていた雄大が言う。

 なにか息が詰まるような父親の雰囲気に気圧されて隼人は言うとおりに敷かれた座布団に座る。

「暦によって新月の今日が選ばれた。これから話すことは我が一族にとって重大なことだ。けっして他言はしないように。いいな?」

「はい」

 雄大の眼光に射すくめられながら隼人は返事をする。

「斎部家は古より朝廷に仕えてきた家系であることは知っているな?」

「はい」

「それは我が一族が持つ力によって支えられてきたものだ。そして、その力をお前に伝えるときが来た。お前に一族を継ぐ意志はあるか?」

「どういう・・・こと・・・?」

「それを聞けば断ることはできない。この神社の主として生きていく覚悟はあるか?」

 隼人はそういうふうに育てられてきた。幼いころから父の跡を継ぐのだと思ってきた。しかし、あらたまって言われると心が揺れた。

 隼人はおとなしいと言うよりかは内向的な性格で学校に通っていても友だちもできないでいた。いまの学校に進学してからはさらに孤立していた。いじめられているわけではないが、バリアを張っているようなとっつきにくい少年だった。小学2年生のときに病気で母親を亡くしてからはとくにその傾向が強くなった。望むことを表に出さず、ひっそりといる影の薄い存在としてクラス全体から敬遠されていた。

 そんな隼人が夢見ているのは母親代わりとなり身の回りの世話を焼いてくれたやさしい姉を南の島へ連れて行ってお礼がしたいというものだった。もちろん下心もある。環境が変われば葉月ともっと親しくなれる糸口がつかめるのではないかと淡い期待を抱いていたし、葉月の水着姿も見たかったのだ。

 家を継げば望みがかなうのだろうかとボンヤリと考えていた。

「お前が跡を継げば、お前の力次第で欲しいものが手に入るようになる」

 隼人の心を見透かすように雄大が言った。

「でも・・・跡を継ぐって・・・なにをすればいいの?」

 隼人には大きな疑問があった。それは玉石神社の運営についてだ。参拝客は皆無だし、社には賽銭箱すらない。いったいなにが財源なのかがわからない。雄大は出かけることもあるが、それは希でこの書斎に籠もっていることが多い。神主らしい仕事をしているところなど見たこともないのだ。なのに、経済的にはまったく困ったところはなく、むしろ生活は裕福な方だ。

「父さん、前から気になっていたんだけど・・・」

「なんだ?」

「この神社の仕事ってなに? 父さんがどんな仕事をしているのか、僕は見たことないし、わからないんだ。だから跡を継げって言われても・・・」

「うむ。しかし、聞けば後戻りはできないぞ」

「お母さんが死ぬ前に病室で言われた。僕は斎部家の跡取りとして運命に逆らえないんだって。そのときから、僕はそうなるんだとずっと思っていた。だけど・・・」

「そうか。では、この神社について少しだけ教えてやろう。正確に言うと、ここは神社ではない。神社本庁にも属していない。ここの運営は宮内庁の機密費でまかなわれている。昔から我が一族はそうやって朝廷を陰から支えていたんだ。しかし、時代は変わった。いまでは、その秘密を知る者は私ひとりを除いて誰もいなくなってしまった」

「じゃあ・・・」

「そうだ。私は仕事なんかしていないんだよ。昭和の時代にはこの一族の役割を知っている者もいた。ある意味、日本の歴史の裏にいたのが斎部家なのだ。そのおかげで、いまでも必要以上の金がここへやって来る仕組みになっていて、たぶんそれはこの国が続いていく限りは終わらないのだ」

「だから欲しいものが手に入るの?」

「いや・・・そこから先は・・・」

 雄大は言葉を濁した。

「わかったよ。僕、跡を継ぐよ・・・そうすれば、父さんも安心だし、僕も望みをかなえたい」

 隼人はしばらく考えた末に言った。

 働かずに生きていけるからそれを望んだわけではない。直感がそうすべきだと告げていた。それが自分の運命なのだとも思った。楽しくもない学校に通うくらいなら跡継ぎになって生活を変えてみたかった。

「わかった。では説明しよう・・・」

 雄大は重々しく言葉を続ける。

「斎部家の男には女の気持ちを操る力があるのだ。古来より政治の裏では女が暗躍していた。それによるトラブルを解決してきたのは斎部家の力だった。この力を朝廷は『サイ』と呼んでいた。だから人によっては我々のことをサイの一族と呼ぶ者もいる。さっきも言ったとおり、我が一族の仕事は政治を陰から支えることだったんだ。また持統天皇にかわいがられた柿本人麻呂は斎部家の人間だったという話もある。人麻呂は表に出すぎたので粛正されたそうだ。我々は影から出てはいけないのだ」

 話を聞いているだけでゾクゾクと鳥肌が立った。

「僕にも、そんな力があるの?」

「もちろんだ。私の子だからな。ただし、力を得るには通過儀礼と修行が必要だ。まあ、修行と言っても楽しいことばかりだけどな」

「楽しい・・・?」

「そうだ。楽しいぞ。まずは、そのまま座って目を閉じなさい」

「はい・・・」

 言われたとおり座ったままでいると、雄大は立ち上がって隼人の額に手をかざした。

 すると背筋に軽い衝撃が走った。

「どうだ? 手のひらになにか感じないか?」

 言われてみると手のひらが熱かった。

「なんだか・・・すごく熱を持った感じが・・・」

「うむ。そのまま手のひらに意識を集中しなさい」

「はい・・・」

 自然と右腕が上がり手のひらを前へ向けるような体勢になった。

 手のひらの先で熱気が渦を巻いているような感じがした。

「お父さん・・・なんか・・・力がみなぎってくるような感じがする・・・」

「私が力を注いでいるからだ。まだ、それはお前の力ではない。いまのお前は媒体に過ぎない。しかし、それが呼び水になってお前自身の力が発揮できるようになる。そうなるには・・・どうだ、こうしても手は熱いか?」

 雄大はかざした手を遠ざけた。

「うん・・・すごく熱いよ・・・」

「よし、上出来だ。思ったより早いな」

 そう言うと雄大は障子を開けて大きな声で葉月を呼んだ。

 返事が聞こえて葉月がやって来た。

「お父さん、なにか用?」

「うん。今日は隼人の大切な日なのだ。お前の助けがいる」

「なあに?」

 白っぽいふんわりとしたブラウスにジーンズという格好をした葉月が微笑みながら言う。

「葉月、隼人の前に座りなさい」

 雄大は、さっきまで自分が座っていた座布団を指さす。

「なあに? なんかいつもと違う雰囲気だけど・・・」

 葉月は違和感を覚えながらも雄大の言うとおりにする。

「隼人は手を葉月の額にあてなさい」

「こう?」

 隼人は葉月ににじり寄って、さっき雄大がしたみたいに手をかざす。

「そうだ・・・そのまま・・・」

 雄大は隼人の後ろにまわって後頭部に手をかざした。

「あっ!」

 その瞬間、言葉にできない脈動のようなものを感じて、隼人は声をあげた。

 脈動は心臓を経由して右腕に伝わり、手のひらから熱いなにかが飛び出したような気がした。

 葉月の身体が一瞬だけ震えたように見えた。

「これで葉月はお前の言いなりになる」

「えっ?」

 ついさっきまで微笑んでいた葉月が無表情で座っていた。隼人は戦慄した。なにが起こったのかわからなかった。なにか不気味な感じがした。

「まずは葉月に命令して立たせてみろ」

「えっ・・・あっ・・・うん・・・姉さん・・・立って・・・」

 隼人が言うと葉月はぎこちない動作で立ち上がった。

「手をかざしたままだ」

「は・・・はい・・・」

 雄大に言われて隼人も立ち上がる。

「どうだ? どんな感じだ?」

「なにかが・・・姉さんに・・・伝わって・・・」

「そうだ。これが力だ。いま、葉月はお前の支配下にあって、なんでも言うことを聞く」

「催眠術・・・みたいなもの?」

「似ているようで違うな。催眠術は言葉で意識を操作するが、この力は絶対なのだ。もう、葉月の身体はお前の意識が占領していると言っていい。そして、これからが大切だ。お前自身が力を得るための通過儀礼を行わなくてはならない」

「通過儀礼って・・・?」

「力を得るには、血のつながりがある者を力の支配下に置いて交わることが必要なのだ。これから、お前は葉月を抱くのだ。最初の力は濃い血を持つ者が相手でないと発揮できない」

「そ・・・そんな・・・」

 想像もしていなかった雄大の言葉に、隼人は驚きを通り越して何も考えることができなくなってしまった。

 葉月を見ると眼の力を失ってしまった感じがして恐怖さえ覚えた。

 反面、身体の底から欲望にも似たなにかが湧き上がってくるのを感じていた隼人だった。

「うん、初めてにしては力は強そうだな」

 それを察したように雄大が言ったのだ。

 そして、話は最初へ戻る。

 葉月はブラウスを脱ぎ丁寧にたたんで畳の上に置いた。淡いピンクのブラジャーが隼人の眼を奪った。そんな隼人の視線を気にすることもなく葉月はジーンズのボタンを外した。

 ブラジャーとコンビのショーツ。そしてウエストのくびれ。すんなりと伸びた脚。なにもかもが美しいと隼人は思った。

 葉月の手が背中へまわりホックが外されるとハラリとブラジャーが落ちて豊かな胸が露わになる。

 その頂にある乳首の色に隼人は息を飲んだ。

 赤ともピンクとも言えない蠱惑的な蕾、そしてバストの膨らみが描く曲面に心を奪われる。

 そして、ついにショーツに葉月の指がかかった。

 スルリとお尻の方から下ろされた布きれの下には白い肌と対極をなす黒い茂みがあった。

 生まれたままの姿になった葉月は隼人の前で直立していた。真っ直ぐに隼人の方を向いてはいるが、その表情は人形のようだ。だらんと下げた手はなにも隠そうとしていなかった。

「魂を吹き込むのはお前だ。隼人」

 背後で雄大の声がした。

 その声で隼人は我に返った。

「い・・・いけない・・・ことなのに・・・」

 股間が痛いほど膨れ上がっていた。

「我ら一族に世俗の常識など無用だ。力を得るためには己の欲望に従え」

 雄大の声が天の声に聞こえた。代々の先祖たちの声が重なっているようだった。その声に操られるように隼人は服を脱いだ。

「念じろ。そうすれば葉月はお前の思うとおりに動き反応する」

 雄大の言葉を聞いて身体の中に眠っていたDNAが覚醒した。

 胸の中に熱いかたまりが生まれて手のひらからほとばしった。

 風が吹いたように葉月の髪がなびいた。そして表情に微笑みが戻った。

「は・・・や・・・と・・・」

 葉月は隼人の名を呼んでいた。

「ねえさん・・・」

「いい・・・のよ・・・隼人の好きにして・・・」

 葉月が両手をひろげると、隼人は引き込まれるように歩んで夢にまで見た肢体を抱きしめた。

 身体が合わさり、葉月のバストが柔らかく形を変えた。その感触だけで隼人は暴発しそうになる。

「堪えろ! 内部へ注ぎ込むことが使命」

 頭の中で声が聞こえた。

 隼人もいままでの自分ではなくなっていた。思いを遂げられるよう心の中で念ずる。すると葉月が畳の上に横たわった。大きく脚をひろげて隼人を迎え入れようとしている。

 隼人は吸い込まれるようにして葉月と身体を重ねた。

 そして極限にまで膨れ上がった屹立をまだ知らぬ場所へ突き立てる。

 しかし、経験はなく知識も不足しているのでなかなか挿入には至らない。

 隼人は焦って何度も腰を突き立てた。

 そんな隼人を慈しむように葉月の両手が伸びてきて屹立を包むようにつかみ蜜壺へとあてがう。

 先端が生暖かく柔らかな肉に包まれた。

 隼人は夢中になって腰に力を入れ深部へと侵入しようとした。

 メリメリという感じの抵抗があり一気には入らなかった。

「あうっ! いた・・・ああいっ・・・」

 半ばまで挿入されたとき葉月の口から悲鳴にも似た声があがった。

「あっ! はやと・・・どうして・・・だめっ・・・」

 破瓜の衝撃のせいか正気に戻ってしまったようだった。

 葉月の顔に驚きが走る。

 しかし、もう後戻りなどできない。闇の衝動が隼人を支配していた。

 隼人はねじ込むようにして結合を深める。

「いっ・・・いやっ・・・だめ・・・やめて・・・ああっ!」

 葉月は身体をずらして隼人から逃れようとする。

「ああっ! は、はやと・・・ゆるして・・・だめ・・・だめぇっ!」

 必死で逃げようとする葉月、その肩を隼人は背中からまわした手で抱えるようにつかんで抵抗を許さず、強引に突き進む。

「ね。ねえさん・・・僕は・・・ねえさんが・・・好きだ・・・これから・・・姉さんは・・・僕の・・・ものだ・・・」

 隼人が荒い息の中でそう言うと、突然、葉月の表情が変わった。

「わたしは・・・はやとの・・・もの・・・」

 隼人の言葉を復唱して抵抗が止んだ。いや、逆に隼人の背中に両手をまわして引き寄せ慈愛に満ちた眼差しを向ける。

「ねえさん・・・痛い・・・の?」

 目が合ったとき隼人が尋ねる。

「いいの・・・いたいけど・・・わたしは・・・はやとの・・・ものだから・・・来て・・・いいのよ・・・あうっ!」

 よろこびとも苦痛とも受け取れる表情で葉月の顔が歪む。

 そのときには隼人の屹立が根本まで挿入されていた。

「ああっ! もう・・・わたしは・・・はやとの・・・ものだから・・・す、好きにして・・・もっと・・・ああんっ!!」

 本能的に隼人が挿送を開始すると葉月は喘ぎとも叫びとも言える声で応えた。

「ねえさん・・・ぼくの・・・ねえさん・・・」

「ああっ! わたし・・・はやとと・・・ひとつに・・・ああぁっ!」

「もう・・・だめだ・・・がまん・・・できない!」

 隼人の腰が激しく動く。

「き、来てっ! ああっ! ああんっ!」

 葉月は自ら腰を動かしていた。

「ね・・・ねえさんっ!」

 そう叫んで隼人は放出した。

「いやぁ~っ!」

 言葉の意味とは逆に葉月は熱いもので満たされたよろこびの声をあげた。

 隼人は最後の一滴まで絞り出すように何度も括約筋を締め上げる。

 そのたびに葉月は痙攣した。

 気がつけば点々と葉月の蜜と血が入り混じったものが畳を汚していた。

 隼人と葉月は脱力したまま重なっている。

 そんな光景を歪んだ笑みを浮かべた雄大が見つめていた。

「父さん・・・わかったよ・・・これが僕の運命だったんだね・・・」

 ずいぶんと時間が経ってから隼人が上半身を起こしながら言った。

 頭の中の声が一族の一員となったことを告げていた。

 まだ葉月の意識は戻っていない。

「そうだ。今日からお前は斎部家の正統な末裔だ。しかし、力はまだじゅうぶんなものではない。葉月が起きれば元の状態に戻るだろう。トランスに陥ったときの記憶はない。ただ、お前への好意は刻印のように消えることがない。もし、ふたたびお前が葉月をしもべにしたいときは心の中で『サイ』と念ずるだけでいい。葉月とお前は血のつながりが濃いからな。力が強くなれば誰にでもそれが通じるようになる」

「力はどうやって強くできるの?」

「力を使うことで強くなる。コンピューターゲームみたいなものだ。交わることでレベルが上がり、女によっては特殊なアイテムみたいなものが手に入る。最初に力を手に入れるため肉親と交わらなくてはならないのはそういうわけだ。まだ、お前の中の力は目覚めたばかりだ。そして力はお前のやるべきことを知っていて指示してくれる」

「そうだった・・・んだ・・・」

 隼人は頭の中で聞こえた声を思い出していた。そして、さっきまで自分が別の自分に支配されているような気分になった理由を理解した。

「どうやら心当たりがあるようだな」

「うん・・・でも・・・どうしよう。頭の中で声がして、僕、中で出しちゃったんだ。姉さんに僕の子供ができちゃったら・・・」

「案ずることはない。完全に力を手に入れるまで斎部家の男は女を孕ませることができない。そして力を得た後も自分の意志でそれをコントロールできる。跡を継ぐ子を産める女に出会ったときに考えればいいことだ」

「父さんの話を聞いてると、僕は姉さんだけじゃなく、いろんな女と関係を持たなきゃならないんだよね」

「その通りだ。お前は明日から旅に出るのだ」

「どこへ・・・?」

「我が一族の故郷である吉野の山へだ。お前は、お前の力を使って吉野へたどり着かなければならない。西行庵の奥に磐座がある。そここそが斎部家のルーツだ。力を完璧にできる唯一の場所なのだ。その磐座の上に乗り祈りを捧げることによってお前の力は成就する。行け、吉野まで。父であり斎部家の当主たる私はお前に一切の援助はしない。いや、援助をすればその時点で永久に力は失われるであろう。したがって、隼人。お前は自分の力を使って吉野へたどり着くのだ」

 雄大の言葉はご神託だった。

 有無を言わせる隙もなかった。

 隼人は旅に出る決心をした。

「父さん」

「なんだ?」

「僕は明日から旅に出る。そうだよね?」

「そうだ。それが斎部家の男に授けられた運命だからな」

「でも、明日までには時間がある」

「なにが言いたいんだ?」

「今夜は葉月姉さんと一緒にいたい。二人きりで。誰にも邪魔されず」

「わかった。好きにしろ。それも修行のうちだ」

 雄大はニヤリと笑って書斎を出て行った。

 雄大の言ったとおり隼人は葉月の入浴を覗いていた。葉月は隼人にとって初めての性の対象だった。何年か前に風呂を覗きながらオナニーをして精通を迎えた。それだけではない。あるときは洗濯前の下着の匂いを嗅ぎながらしたこともあるし、襖の隙間から葉月の部屋を覗いていたこともある。一度だけ、部屋に忍び込んで寝ている葉月の身体に触ったこともあった。布団に潜り込んで胸やあそこを触った。寝返りを打って気がつかれそうになったのであわてて逃げた。

 葉月は隼人の思慕の対象であり欲望の対象でもあった。その葉月が生まれたままの姿で目の前に横たわっている。隼人は雄大の目を気にせず葉月を思うとおりにしたかった。

「葉月・・・ねえさん・・・」

 隼人は葉月の名前を呼ぶ。

 葉月の指先がピクリと震えた。

「ねえさん」

 すこし声を大きくしてもう一度呼ぶ。

 その声に反応するように葉月は息を吐いた。そして、ゆっくりと目を開けて何度も瞬いた。

「あ・・・あれ・・・」

 上半身を起こして自分の身体に目をやった葉月は裸であることに気がついた。

「ど・・・どうして・・・あっ!」

 何かを思い出したらしく両手でバストと局部を隠すようにする。そして胎児のような格好になり膝を抱えてしゃがみ込んだ。

 破瓜の痛みと隼人の顔がフラッシュバックした。

「うそ・・・どうして・・・」

 この部屋に入り隼人の前に座ったときから記憶が途絶えている。痛みと隼人の顔だけが鮮明に思い出される。そして、気がつけば裸でいた。葉月は自分の身に起こったことを理解できないでいた。

「姉さん」

「はや・・・と・・・」

 葉月が怯えたような目を向ける。

「ねえ・・・嘘よね・・・おねがい・・・嘘って言って・・・」

 葉月は言葉を続ける。

「僕は姉さんを抱いた。これが運命だったんだ。姉さんは僕の大切な人になった」

 隼人は葉月の言葉を遮るように言う。

「ああっ・・・」

 葉月の目から大粒の涙がこぼれる。言われてみれば大切な場所がジンジンと痺れていた。隼人の言葉に嘘はないのだと悟った。

「僕はずっと姉さんのことを思ってきた。そして今日、こうなることを望んでいたことに気づいた。そして願いがかなった。もう一度、それを確かめたいんだ」

「だめ・・・私たち・・・姉弟なのよ・・・」

 葉月は隼人が何を考えているかを察して言葉で制した。

「姉さん」

「えっ?」

「姉さんは僕のことが嫌い?」

「えっ・・・・あ・・・う・・・」

 葉月は答えることができなかった。不思議なことに隼人の行動を憎むどころか快く受け入れているのに気づいた。いや、むしろ隼人のことが愛おしいとさえ思った。ほんとうは立ち上がって逃げ出してしまえばいいのに、なにかを期待している自分がいた。

「僕らはサイの一族なんだ。結ばれるのは運命。そして姉さんは永遠に僕の大切な女性・・・」

「だ・・・だめ・・・」

 そう言いながら近づいてくる隼人に言葉で抗いながら身動きができない。

「ずっと憧れていたんだ。姉さんの身体をもっとよく見せて」

 隼人の言葉に葉月は首を振って答えた。

 どうしても抵抗があった。心の奥底では受け入れたいと思っていても、そう思う自分に素直になれない。恥ずかしさよりタブーを破ることが怖かった。

「姉さん・・・」

 隼人の手が膝に置かれた。

「だめっ」

 葉月は叫んで後ずさった。

「姉さん・・・覚えていないの?」

 また葉月は首を振って答える。

「嘘だ。僕のものが入ってきたときのことは覚えてるはずだ」

 たしかにそうだった。疼きを伴った痛み、そして熱く硬いものに貫かれた記憶が鮮明に甦る。

「姉さんは脚を開いて僕を迎え入れてくれたんだ。あのときみたいにしてよ」

 隼人は葉月の両膝をつかんで脚を開かせようとした。

「だめっ・・・ゆるして・・・おねがい・・・」

 葉月は身を固くして拒んだ。

「思い出せないんだね?」

「はやと・・・おねがい・・・ゆるして・・・こわい・・・こわいの・・・」

「わかった。僕は姉さんが嫌なことはしないよ。思い出させてあげる」

 隼人は心の中で「サイ」と念じた。

「ああっ!」

 葉月が叫んだ。

 効果はてきめんだった。隼人の方が驚いたくらいだ。

 葉月の身体から力が抜け、微笑んだ目は潤んでいた。

「はや・・・と・・・わたしは・・・はやとの・・・もの・・・」

「そうだ。姉さんは僕のものになった。覚えてるね?」

「はい・・・」

「姉さんに命令がある。よく聞くんだ。いいね」

「はい」

 葉月は命令という言葉を聞いてうれしそうに答えた。

「いま姉さんには『サイ』の力が働いている。だから目が覚めると思い出せない。わかる?」

「はい」

「でも、これからは違う。目が覚めても記憶はなくならない。いつでも姉さんは僕のものだ」

「わかりました」

 そう答える葉月の口調は普段のものとは違う。隼人はトランス状態でない葉月のことが抱きたかった。どうすればいいのかは頭の中の声が教えてくれた。

 隼人はふたたび「サイ」と念じる。

 ガクンと葉月の身体が崩れ落ちた。 

 意識を失った葉月の横に座り肩を抱いて揺する。

「姉さん・・・起きて・・・」

 さっきと同じように葉月は目を開いた。

 隼人の方を見る。

「隼人・・・私・・・」

 しっかりとした口調だった。いつもの葉月だ。

「思い出した? 姉さん」

「あ・・・」

 葉月の顔がみるみる赤くなる。

 恥じらう顔にはかわいらしささえ覚える。

「思い出したんだね?」

 隼人の問いにコクンとうなずく葉月。

「姉さんは僕の大切な女性になった。もう離れることはできない。わかるね?」

「わかったの・・・私もサイの一族なのね。そして私は隼人の最初の女。私はあなたに仕える巫女」

 まるで睡眠学習のようだと思った。これが雄大の言う言葉にしなくても通ずる血の濃さなんだと隼人は舌を巻いた。

「僕は明日からサイの一族の末裔として修行の旅に出なくちゃならない。でも、僕はまだヒヨっ子だ。だから、今夜は姉さんにいろいろ教えて欲しいんだ。きっと、これが修行の第一歩だ」

 女を深くよろこばせれば、それだけ得られるポイントが高まるのだと頭の中の声が教えていた。

「私は隼人のものだから・・・隼人が望むならなんでも・・・するわ・・・」

「ありがとう。姉さん。僕は姉さんの気持ちを確かめたい」

「どうやって?」

「まずは僕のものが入った場所を見せて」

「見たいの?」

 その表情には恥じらいとためらいが見て取れた。見ているだけでたまらなく興奮した。

 もしトランス状態のまま命令したなら返事をしてすぐに脚を開いたに違いない。やはり正気に戻してよかったと隼人は思った。

「そうさ。僕をよろこばせてくれた場所を拝みたいんだ」

「そんな・・・拝むなんて・・・でも、いいわ・・・見て・・・」

 葉月は顔を伏せて、ためらいがちに脚を開きはじめる。

 淡い茂みの中に一本の筋が見えた。

 ふとももの付け根には血と蜜と精液の混合物が乾いてこびりついていた。

「ああ・・・」

 葉月が吐息のような声を漏らす。

「どうしたの?」

「おか・・・しいの。見られていると思うだけで、おかしな気分に・・・」

「まだだよ」

「えっ?」

「まだ、ぜんぶ見えていないんだ。もっと膝を立てて脚をひろげて」

「ああ・・・そんな・・・恥ずかしい・・・」

「できないの?」

「ご、ごめんなさい。隼人が望んでいるなら・・・見て・・・見せてあげたい・・・」

 決意するように言った葉月は自分の膝を持って胸の方へ引き寄せ大きく脚を開かせた。

 秘部が隼人の方へ向く。

 貝か生えはじめたばかりの鶏冠を連想させる小陰唇はぴったりと閉じられたままだ。それでも大陰唇はひろがり秘部の全貌が見渡せた。隼人はその眺めに心を奪われる。放射状にシワが寄ったアヌスさえも美しいと思った。

「きれいだよ・・・姉さんのここ・・・すごく・・・」

「ああ・・・言わないで・・・おねがい・・・」

 葉月は息を荒くして言った。

「でも、大切な穴が見えないんだ・・・見せて」

「そんな・・・恥ずかしい・・・」

 そう言いながらも葉月は手の位置をヒップの方へ移動させ両方の指先で大陰唇を押さえて拡げた。

 もう葉月は隼人のしもべだった。

 花びらが開くように小陰唇が開き中からピンクの秘肉が露わになった。

 そこはすでに潤っていた。

 蜜壺の入り口は隼人が想像していたような穴ではなく濡れた肉が合わさっていた。小さな穴は尿道口だろう。その上の小陰唇の合わせ目には白い小さな真珠を思わせる肉芽があった。

「こんなところに僕のものが入っていたんだね」

 隼人は指先で蜜壺の入り口を撫でた。

「あうぅっ!」

 その瞬間、葉月は悲鳴に近い声で喘いだ。

「痛いの?」

 反応の激しさに驚いた隼人は咄嗟にそう言っていた。

「ああっ・・・そうじゃないの・・・私・・・おかしくなっちゃった・・・」

 葉月がしゃべるたびに蜜壺がヒクヒクと動く。

「指、入れていい?」

「おねがい・・・言わないで・・・隼人の好きにしていいから・・・ああっ!」

 言葉が終わる前に隼人の指先は第二関節あたりまで蜜壺に入り込んでいた。

 柔らかいというよりかは独特のグニュッとした感触だった。内部は熱く濡れていた。

「はっ! はぁぁんっ!!」

 隼人が内部の感触を楽しみながら確かめると、葉月は自ら腰を震わせて大きな声で喘いだ。

「感じるんだね」

「ああっ! いじわる・・・」

 荒い息の中で葉月が答える。

「いや、僕は姉さんを感じさせたいんだ。姉さんが感じているところが見たいんだ。どうすればいいか教えて」

「い、いやっ・・・いじわるしないで・・・そのまま触って・・・」

「だめだよ。教えてくれないならやめちゃうよ」

 隼人は指を引き抜いた。

「ああ・・・ひどい・・・あなたに逆らえないのを知ってて・・・そんないじわるするのね・・・」

 葉月の声は一匹のメスを剥き出しにしていた。

 弟である隼人のことを「あなた」と呼んだことからもそれがわかった。

 そんな葉月を見て隼人に悪計が閃いた。

「ねえ。姉さんは自分でしたことがある?」

「えっ? なに?」

「オナニーだよ」

「・・・」

 葉月は答えることができない。

「僕はしてたよ。毎日のように。姉さんのことを思って。母さんが死んでから、姉さんは僕に優しくしてくれた。そんな姉さんが僕は大好きだった。だから、こうして姉さんと結ばれてすごくうれしいんだ。毎日、姉さんは僕によろこびを与えてくれた。こんどは姉さんの番だ。どういうふうにしたら一番感じるのか自分でやって僕に教えて」

「み・・・見たいのね・・・」

 しばらく間を置いて葉月が言った。

「うん」

 隼人がうなずく。

「それは・・・命令・・・?」

「その方が楽だったらそうしてもいいよ」

「おねがい・・・命令にして・・・」

「わかった。僕は姉さんに命令する。僕の目の前でオナニーをするんだ。そして、どこをどうすれば感じるのか僕に教えるんだ」

 隼人が強い口調で言う。

「はい・・・わかりました。どうぞ見てください」

 葉月の態度が変わった。大陰唇を開いていた右手の指が移動していく。

 そして人差し指と中指で真珠のような肉芽を軽く挟むとゆっくりと円を描くように動かしはじめた。

 喘ぎを堪えているのか、強く息を吐くたびに腹筋が収縮する。

「そこが感じるんだね?」

「は・・・はい。いつも・・・こうやっていました」

「いつも? 姉さんもオナニーをしていたんだ・・・」

 隼人は嫉妬のようなものを感じた。

「何を考えながら・・・したの・・・?」

 もしかしたら葉月にはボーイフレンドがいるのかもしれなかった。そうでなくても好きな男性がいてもおかしくない。できれば聞きたくない。でも、聞かずにはいられなかった。

「隼人の・・・こと・・・」

「ええっ・・・」

 あまりの意外さに隼人は息を飲んだ。

「ぼ・・・僕・・・どうして・・・?」

「去年の冬に・・・隼人が・・・私の布団に入ってきて・・・エッチなことをして・・・それから・・・隼人に悪戯されることを考えて・・・するようになりました・・・」

 あまりに衝撃的な内容に言葉が出てこない。

 あれがバレていたのだ。冷や汗が流れた。

 たぶん命令という言葉が効いているのだろう。葉月は恥ずかしいことをすらすらと答えている。軽いトランス状態に陥っているのかもしれない。

 葉月は隼人の言いなりだ。しかし隼人は負い目を感じていた。その負い目を払拭するように隼人は命令する。

「じゃあ、姉さん。僕のことを考えながらイクまでするんだ。いつもより激しく。これは命令だからね」

「は、はい・・・わかりました。あっ・・・ああっ・・・」

 指先の動きが早まる。小陰唇が引っ張られてかたちが変わる。蜜が溢れてこぼれだした。

 隼人の中で恥ずかしさが攻撃心にすり替わっていた。葉月に自分のことを考えさせながら徹底的に感じさせてしまえば負い目が消えるような気がした。

「もっと・・・もっと激しく・・・」

「はい・・・ああっ! も、もう・・・ああんっ!」

 すでに葉月は忘我の様子で官能の渦の中にいた。

「指を入れて自分でするんだ」

「ああ・・・でも・・・」

「なんだ?」

「こわくて・・・自分で入れたことはない・・・んです・・・」

「ならば命令だ。僕が見ている前で自分の指を入れてイクまでやるんだ」

「は・・・はい・・・ああっ! はぁんっ!」

 葉月は空いた左手の指を蜜壺の中へ挿入した。右手で肉芽をさすりながらだ。

「こ・・・こんなのって・・・ああっ・・・わたし・・・見られているのね・・・もっと・・・見て・・・ください・・・あんっ」

「僕にそうされることを想像してたんだね」

「そ・・・そうです・・・」

「それを見られている気分はどう?」

「ああっ・・・いや・・・すごく恥ずかしくて・・・すごく感じます・・・も、もう・・・もうだめ・・・あああっ!」

 叫びとともに葉月の腰が激しく動いた。

 絶頂を迎えたことは見ているだけでわかった。

 そのとき隼人は胸の中に熱いかたまりが生じたのを感じた。力が増したのだと思った。雄大が言った交わることでレベルが上がるとはこのことなんだと思った。術をかけた相手のオーガズムがレベルを上げるのだ。

 隼人はいままでにない欲望を感じた。

 屹立は痛いほど膨れ上がっている。

 隼人は葉月に覆い被さると、ものも言わずに挿入した。

「いやぁぁぁっ!!!」

 葉月が叫んだとき胸の中のかたまりがさらに大きくなるのを感じた。

 本能的に挿送を開始すると隼人の動きに合わせて葉月の口から甘い声が漏れる。

 それがうれしくて隼人は激しく動いた。

「ああっ・・・あ、熱い・・・もので・・・いっぱいに・・・あんっ! あんっ! また・・・いく・・・いっちゃうっ! ああっ! ああぁんっ!」

 葉月の身体が硬直した。

 蜜壺の中の肉が蠢いて隼人のものを食いちぎろうとしているようだった。

 なにか硬い肉が先端を突いているような感触がある。

 隼人はたまらず精を放った。

「あっ! すごい・・・溶ける・・・みたい・・・ああんっ!」

 悶える葉月を抱きしめながら隼人はさらに大きくなったかたまりを意識していた。

 隼人は、その後も二度葉月を抱いた。

「昨夜はがんばったな」

 歯を磨いている隼人の後ろで雄大の声がした。

「と、父さん・・・聞いてたの・・・」

「あたりまえだ。お前のことが気になっていたからな。それに、この日本家屋だ。聞くなと言われても聞こえてしまう」

「そうか・・・そうだよね・・・」

 葉月に対する想いが父親に知られてしまうことが気恥ずかしかった。

「お前の考えていることはだいたいわかるつもりだ。しかし、言ったとおり我が一族に世俗の常識は通用しない。血が運命を支配しているのだ。そして、私にはお前を一人前にする義務がある。一族の長としてな」

「お父さん・・・」

「なんだ?」

「一族って言うけど、ほかにも斎部の人間っているの?」

「うむ。残念なことに力を持つ者は私だけになった。祖父の代には数人いたのだが血が薄まったらしく私の代では一人になってしまった。しかし安心したよ。昨日の様子を見るかぎりでは、お前の力は私よりずっと強い。修行を積めば立派な斎部家の長になれるだろう」

「僕の力が強い・・・?」

「うん、強いというよりかは資質が大きい」

「どういうこと?」

「たとえば同時に何人も操ることができる。さらには施術者が遠くにいても念を送ることができる」

「そうなんだ・・・」

 そう言われても具体的にはどういうことなのかは理解できない。しかし才能があると言われてうれしくないはずがない。思わず口元が緩んでしまう。

「今日からお前は旅に出る。昨夜は私の力があったから葉月に術をかけることができた。これからはお前一人でやらなければならない」

「手をかざして念ずるだけで術をかけられるの?」

「血のつながりが濃い葉月だから念ずるだけでよかったが、最初は『サイ』と唱える方がいい。ただし第三者がいるところでやっても効かない。それに力を放つにはある種の集中が必要だ」

「集中?」

「そうだ。胸から腹にかけて渦巻いているエネルギーに意識を集中させる」

「自信ないな・・・」

「私にやってみろ」

「でも・・・」

「大丈夫だ。男には効かん。それに私なら力を感知できる」

「はい・・・こう?」

 隼人は雄大の額に手をかざして「サイ」と唱えた。

「だめだ。もっとエネルギーを意識するんだ」

「わかった・・・」

 隼人は目を閉じて胸の中にある熱気のようなものに意識を集中させた。すると、雄大が言ったとおり渦を巻くように活性化するのがわかった。

「そうだ。まずはその状態にして手をかざす。『サイ』というのは呪文ではなく気を放つきっかけのようなものだ。エネルギーが手のひらから放たれるのをイメージしながら唱えてみろ」

 そう言われて、葉月の髪をなびかせたシーンを思い出した。あのとき、たしかに力が手のひらから発射されていた。隼人はゲーム機のボタンを押すような気持ちで「サイ」と唱えた。

 熱気が腕を伝わって手のひらから発射されたのを感じた。

「強いな・・・」

 雄大は驚いた顔で言って続ける。

「コツはわかったようだな」

「うん・・・僕の力はそんなに強いの? 強いとどうなるの?」

「手のひらと額の距離が離れていても術をかけられる。私はせいぜい50センチほどしか離すことができないが、お前なら3メートルくらいでも大丈夫そうだ。ちょっと離れてやってみろ」

「はい」

 隼人は雄大から一歩離れて手をかざす。そして「サイ」と唱えた。

 ふたたびエネルギーが発射された。ゴウッと風のような音が聞こえたように感じた。それは一種の快感を伴っていた。

「ううむ・・・すごいな。これなら、すぐに言葉を使わなくても術がかけられるようになるかもしれん。かさねて注意しておく。術をかけるのは、かける相手と二人だけのときだ。お前の力なら複数を相手にかけることもできるかもしれないが、そのタイミングは修行を積めばおのずとわかってくるはずだ。それから、はじめのうちはお前を知っている女にかけた方がいいだろう。相手をどういうふうにしたいのか事前にイメージができるからな。そのイメージが重要なんだ。誰か心当たりはあるか?」

 そう言われて隼人は担任の長谷川恭子のことを思い浮かべていた。

「うん。今日は学校へ行って、しばらく休むことを伝えなきゃならないから」

「あの女教師か?」

 雄大はニヤリと笑った。

「うん・・・」

 隼人は心を見透かされたようで恥ずかしかった。

「そうか。では私も一筆添えることにしよう」

 そう言って雄大は洗面所から出て行った。

 隼人は長谷川恭子をどうしようか考えてドキドキした。

 炊きたてのごはんに味噌汁、そしてアジの干物が食卓に並んでいる。いつもどおりの朝食の風景。ただ葉月の表情が微妙に違う。よろこびと恥じらいが見て取れる。まるで新婚初夜のあとの花嫁のようだ。隼人のことをチラリと見ては頬を染めている。

「葉月」

 そんな葉月に雄大が声をかける。

「はい・・・」

「お前も斎部家の大切な一員だ。もう家族以上の関係になったことはわかっているな?」

「は・・・はい・・・」

 葉月の顔が真っ赤になった。

「恥ずかしがることはない。これから隼人は旅に出る。しばらくは会えないだろうが必ずお前の元へ帰ってくる。力を得た者と、力を与えた者の関係は生涯変わらない。隼人を信じられるか?」

「はい」

 生涯変わらないという言葉を聞いて葉月の顔が輝いた。

「隼人」

 雄大は隼人の方を見て声をかける。

「はい」

「力は使えば使うほど強くなる。しかし力の形が崩れてしまうこともある。そんなとき癒して力のバランスと保ってくれるのが葉月だ。お前たちは二人でひとつだ。縁を切ることはできない。葉月を大切にしろ」

「わかりました」

 そんなことを言われなくても葉月との関係をもっと強いものにしたいと隼人は考えていた。

「隼人はこれから数え切れないくらいの女と交わるだろう。しかし葉月だけは特別だ。だから葉月は隼人に嫉妬してはならない。あとは、ふたりで話し合えばいいだろう」

 雄大は食べ終わった食器を持って立ち上がり、そのまま居間を出ていった。

 隼人は丸い卓袱台に並んで座る葉月の顔を見た。

 葉月ははにかんだような笑顔を返した。

「姉さん・・・ありがとう。僕は生まれ変わった」

 その声は、いままでの隼人とは違い自信に満ちたものだった。

「わたしも・・・」

「なに?」

「うれしいの・・・だって、ずっと一緒だってお父さんに言われたから」

「もちろんだよ。姉さんは大切な女性だから」

「私・・・怖かったの・・・」

「なにが?」

「私はあなたの能力を出現させるための道具なんじゃないかと思ってた。あなたに力がつけば離れていってしまうんじゃないかと心配で・・・それが怖かったの」

「僕らは一生離れられない。父さんもそう言ったじゃないか」

「ええ・・・」

 葉月は頬を染めてうつむいてしまう。

 隼人は葉月が自分のことを「あなた」と呼ぶのをくすぐったく感じながら、うれしかった。

「そうだ」

「なに?」

「昨夜忘れていたことがある」

「えっ?」

「まだ姉さんにキスしてない」

「・・・」

 葉月の顔が本格的に赤くなる。息も荒くなって肩が上下している。

「初めてのキスも姉さんとしたい。いいよね」

 隼人は座ったままにじり寄って両手で葉月の肩をつかんだ。

 葉月が息を飲むヒュッという音が聞こえた。

 泣き笑いのような表情を隼人に向ける。

 隼人はゆっくりと葉月を引き寄せる。

 そして唇が重なったとき胸の中にある熱気がまた大きくなったのを感じた。

 求めるように葉月が舌を差し込んできた。

 隼人も応えて舌を絡める。

 葉月の気持ちが伝わってきて、それは甘美な感触だった。まるで舌が別の生き物になってセックスをしているみたいだと思った。

 欲望が膨れ上がる。葉月を抱きたいと思った。しかし学校へ行く時間だった。授業がはじまる前に行って長谷川恭子に話をしなければならない。

「姉さん・・・もう行かなきゃ・・・」

 顔を少しだけ離して隼人が言った。

「はやと・・・」

 葉月の瞳が潤んでいた。

「なに?」

「戻って・・・きてね・・・」

「もちろんだよ。姉さんは特別だからね」

 その言葉を聞いて葉月はちょっとだけ微笑んだ。

 隼人は立ち上がった。

< 続く >

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