サイの血族 7

19

 隼人は服を着て南川琴音の傍らに座った。

 目を覚ますのを見届けてから出ていくつもりだった。

 もし目を覚まさなかったら雄大に助けを求めるしかない。それは旅の終わりを意味している。雄大と葉月の力を借りた時点で跡継ぎとしての資格と能力は失われると教わっていた。

「南川・・・起きて・・・南川」

「う・・・うう~ん・・・」

 身体を揺すると南川琴音は呻った。どうやら最悪の事態は免れたようだ。隼人は心底安堵した。

「よかった・・・ほんとうによかった・・・」

 しばらくして眼を開けた南川琴音を見て隼人が言った。

 南川琴音は不思議そうな眼をして隼人を見つめている。

「南川、ありがとう。南川を傷つけちゃったかもしれないけど、僕は感謝しているし、気持ちは伝えたとおりだ。じゃあね」

 隼人は立ち上がった。リビングを出て行く。

 とてもさみしい気持ちだった。

 玄関でスニーカーのヒモを結んでいるときだった。

 ドドドドッと駆けてくる音がして隼人の背中にドンッと衝撃があった。

「行かないで・・・お願い・・・」

 南川琴音だった。隼人の背中にすがって懇願していた。

「南川・・・」

 隼人は南川琴音の真意を測りかねていた。

「どうして行っちゃうの・・・?」

「だって・・・」

 隼人はなんて答えたらいいのかわからなかった。

「お願い・・・ここにいて・・・」

 隼人が振り向くと、南川琴音はいまにも泣きそうな顔をしていた。

「僕はサイの一族なんだよ。南川とは違う世界にいるんだ。もしかしたら南川がこっちへ来てくれるんじゃないかとちょっぴり期待もした。でも・・・それは勘違いだってわかったんだ。だから・・・僕は行くよ」

 南川琴音の様子が戻っているのがうれしかった。これで安心して旅を続けられると思った。別れは悲しいけれど不思議と穏やかな気分だった。

「私の・・・気持ちも確かめずに行っちゃうなんて・・・ひどいよ・・・」

「だって南川は術をかけられているとき、僕の問いに答えてくれなかった。僕が未熟だったからか、それとも南川に拒否されたのかわからないけど、どっちが理由でもここにはいられないって思ったんだ・・・」

「私・・・斎部君のことを拒否なんかしてないよ・・・じゃなかったら・・・」

 そうだった。南川琴音と結ばれたのは「サイ」の力ではない。

「僕の気持ちは伝えたとおりだ。だけど僕は普通じゃない・・・だから・・・」

 隼人は答える。

「ごめんね。すごく時間がかかっちゃった。でも、わかったの。私は斎部君についていきたい。旅に出なきゃならないんだったら帰ってくるまで待ってる。だから、今日と明日だけはここにいて」

 南川琴音の気持ちが隼人の心に突き刺さった。

「南川・・・」

「なに?」

「裸のままだって気がついていた?」

「きゃっ!」

 南川琴音は慌てて前を隠して赤くなった。

 きっと、南川琴音は裸だということに気づかず隼人を追いかけてきたのだろう。その真剣さというか、ひたむきさがうれしかった。

「お前・・・けっこうかわいいところがあるんだなあ」

 隼人はニヤリと笑う。無意識に南川琴音のことを「お前」と呼んでいた。

「いや・・・」

 そこにいるのは、いつもリーダーシップを発揮する南川琴音じゃなかった。

20

 気がつくと日が暮れていた。

 隼人のお腹が鳴る。

「斎部君、お腹すいたの? 私が何か作ってあげるよ。簡単なものしかできないけど、斎部君さえよかったら食べて欲しいの」

「サイ」はかけるほど術者への好意が増すと雄大は言っていた。「気」に触れたせいで隼人の好意を持ったとはいえ「サイ」にかかっていない状態で身体まで許してしまった南川琴音だ。二度も「サイ」をかけられた後の雰囲気はまるで違うものになっている。目の前にいるのは隼人に身も心も捧げてしまいたいと思っているひとりの女の子だった。

「南川が作ってくれるなんて、すごくうれしいよ」

 そう言って笑う隼人の顔を南川琴音は眩しそうに見た。

「ほんとうに食べたいのは南川なんだけどね」

 隼人はなにも着ていない南川琴音の背後にまわった。

 そしてうしろから抱きしめる。

「あっ・・・いや・・・」

 言葉ではそう言っているが南川琴音は抵抗しない。

 隼人の手が腹部からバストへ這う。

「お前、すごくきれいだ。それに柔らかくて気持ちいい」

 隼人はバストの感触を楽しんでいた。

「や・・・やん・・・」

 やさしく乳首を撫でられて南川琴音の声に甘さが宿る。

「教えて」

 隼人は耳の中に息を吹き込むようにして言う。

「ああ・・・なに?」

「南川は僕に触られて気持ちいい?」

「あっ・・・あん・・・恥ずかしい・・・答えなきゃダメなの?」

「できれば、そうして欲しい。術をかけて聞くんじゃなくて、いまの南川から聞きたいんだ」

「わかった・・・恥ずかしいけど・・・すごくヘンな気持ちなの。触られると、そうじゃないところまで・・・あんっ・・・」

 軽く乳首をつままれて南川琴音は喘ぎながら答えた。

「そうじゃないところって?」

「触ってないところだよ・・・」

「あそこだね?」

「いや・・・いじわる・・・」

 南川琴音は身体をくねらせているが、嫌がっているふうではない。

「昨夜は僕が命令したから自分でいじっていたんだよね?」

「や・・・聞かないで・・・」

「教えてくれたら僕が触ってあげるよ」

 隼人はそう言うと首筋にキスをして両方の乳首をコリコリとまわすようにしてつまんだ。

「あっ・・・ああんっ! だめ・・・しました・・・いんべ君のことを考えたら・・・がまんができなくて・・・」

「どんなふうに?」

「指でなでて・・・すごくエッチな気持ちになりました・・・」

「こんなふうに?」

 隼人の指が股間へ滑り込む。

「ああっ! いやぁっ!」

 指先がクリトリスをとらえる。南川琴音は痙攣した。

「いくまでしたの?」

「あっ・・・ああっ! こ・・・こわくて・・・できなかった・・・あんっ・・・でも・・・いんべ君のことばかり・・・思い出して・・・何度も・・・」

「いい子だ」

 隼人は指先を震わせるようにして愛撫を続ける。

「だめっ! おかしく・・・なっちゃうよ・・・ああんっ!」

 そう言いながら南川琴音はビクンビクンと跳ねるように痙攣する。

 隼人には二つの目的があった。南川琴音に絶頂を体験させ、昨夜のことを通じて南川琴音が自分の支配下にあることを自覚させたいと思っていた。喪失のとき母親を呼んだ南川琴音を完全に自分のものにしたかった。

「術を使わなくても、もう南川は僕のものだ」

 隼人は南川琴音の身体を強く抱き寄せながらクリトリスを愛撫した。そして、首筋を強く吸う。

「ああっ! いんべ君・・・だめなのっ! もう・・・ヘンになっちゃうっ! あうぅぅぅっ!」

 言い終わらぬうちに南川琴音は何度も身体を硬直させた。

 隼人にもあの感覚が戻っていた。胸の中のかたまりが強く渦巻いている。「サイ」をかけていないのに南川琴音が絶頂を迎えたのがわかった。やはり南川琴音は特別な存在なのだと思った。同時に強い欲望が芽生えた。

 隼人はズボンとブリーフを一緒に下ろして、南川琴音の手を壁につかせた。

 そして腰を抱えるようにして屹立を挿入した。

「ああ~んっ!」

 南川琴音が叫んだ。熱く濡れた秘肉が屹立を締めつけてくる。その感触は他の女たちと違うような気がした。いや、違うのは隼人の方かもしれない。「サイ」を使っているときのようなエネルギーが屹立を通して伝わっていく気がした。

「ああっ! すごい・・・どうして? いんべ君の考えてることが・・・わかるの・・・あんっ・・・う・・・うれしい・・・」

 錯覚ではないようだった。南川琴音には隼人の想いが確実に伝わっている。ますます南川琴音が愛おしくなる。

 隼人は夢中になって律動した。

「ああっ! いんべ君・・・私も・・・大好き・・・すごい! 熱いの! うれしい・・・あんっ・・・」

 隼人はなにも言ってない。しかし、受け答えをしているように聞こえる。南川琴音の頭の中では声が響いているのではないかと思った。

 いままでにない感覚、隼人の終わりも近かった。屹立がさらに膨れ上がるように感じた。

「ああんっ! わかる・・・もうすぐなのね。うれしい・・・あああっ!」

 隼人が放出すると南川琴音は高く叫んだ。

 また、あの感覚があった。精液と一緒に「気」が放出されたあの感じだ。

「ああぁぁぁっ!!!」

 南川琴音は叫びながらブルブルと震えている。

 ふたりとも立っていることができず、床の上に崩れ落ちる。

 南川琴音が胸の中に作る渦は朱色なのだと隼人は感じた。具体的な色を感知するのは初めてだった。それは「サイ」にとって神聖なものを意味する色であることを頭の中の声が告げていた。

「こんな・・・ところで・・・」

 隼人を恨めしげに見つめる南川琴音の眼差しがひどく艶っぽかった。

21

「うまいよ。これ」

 玄関先の交わりから一時間ほど。ダイニングで隼人は南川琴音が作ったオムライスに舌鼓を打っていた。

「残り物しかないから・・・これも昨夜作ったの。食べる?」

 南川琴音は皿に盛った鶏の唐揚げを見せる。

「すごい。これも南川が作ったの?」

「うん。お母さんの仕事が不規則だから、料理を作るのは私の役目なの」

「へえ・・・」

 隼人は感心しながら、なんとなく葉月と似ていると思った。父親がいないという環境が南川琴音をそうさせたのかもしれないが、それだけではないなにかを隼人は感じていた。

 オムライスと唐揚げをおいしそうに食べる隼人を南川琴音はうれしそうに見つめている。その表情は菩薩に通じるところがあった。運命を悟り受け入れた者だけが見せる穏やかな微笑だった。人によっては新妻のよろこびだと言うかもしれない種類のものだ。しかし、ふたりの絆は夫婦のものより遥かに堅い。

「南川・・・」

「なあに?」

「これからお前のこと名前で呼んでもいいかなぁ? なんとなく、そうしたい気分なんだ。いや、僕らにはもう姓なんて意味がない。わかるだろ?」

「うん・・・うれしい・・・」

 南川琴音は頬を染めた。

「だから僕のことも名前で呼んで欲しいんだ」

「は・や・と・さん・・・って・・・きゃっ!」

 恥ずかしそうに両手を握って口にあてる南川琴音を見て、これがクールで聡明な南川琴音なのだろうかと隼人は思った。ツンデレどころの騒ぎではない。なにしろ運命によって結ばれたことを自覚しているから全幅の信頼を隼人に寄せているのがわかる。目の前にいる南川琴音は色っぽすぎた。

「琴音」

「はい」

 初めて名前で呼ばれて南川琴音はうれしそうだ。

「僕が学校へ戻る日が来てもそんな態度を見せちゃダメだよ。僕がサイの一族であることは秘密なんだ。サイの一族は世の中の裏側で生きていくことを定められている。もちろん、ふたりきりのときは別だよ。琴音は最高のパートナーだと思う。もう琴音はサイの一族の一員なんだ」

「わたしも・・・一族・・・」

「うん。僕らのつながりは血ではない。けど、それ以上に強い。僕にはそれがわかる」

 頭の中の声が隼人にそう言わせていた。

「それが・・・わたしの・・・運命だったのね・・・すてき・・・」

 南川琴音は半分トランス状態に陥っているようだった。神がかった隼人の声がそうさせたのかもしれない。

 もう学校へ戻ることなど隼人にとっては意味がない。しかし変わったことをして世間から注目されることは避けなければならない。カモフラージュのために学校へ通うことは必要だとわかったいた。それに、南川琴音の二つの顔を楽しむこともできる。

 食事が終わると、驚いたことに南川琴音が隼人を求めてきた。

 ベッドでちゃんと結ばれたいと言った。

 隼人に否があるはずがない。

 隼人は南川琴音のすべてを見て、触って、舐めて、味わい尽くした。

 夜明けまで愛の営みは続き、疲れ果てた二人は気絶するように眠った。

< 続く >

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