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「あれまあ、どうしたんだい?」
泥だらけの服を着ている隼人を見て饅頭屋のお婆さんが言った。
「あっ、境内で足を滑らせちゃって。ちょっと休ませてください」
総門を出てホッとした隼人は疲れを感じてそう言った。「サイ」を使わなくても、これくらいのことなら放つ「気」で相手を介入できるようになっていた。
「どうぞ、どうぞ。ここへ座って。これも、なにかの縁じゃ。うちの饅頭も食っていきなされ」
お婆さんは店頭にあるベンチに隼人を座らせると、饅頭の入った皿とお茶を持ってきた。
「ありがとうございます」
まずはお茶で喉を湿らせると饅頭をひとくちかじった。
疲れた身体に甘味が染み込んでいくようだった。
「ほんと、おいしいですね。このお饅頭」
隼人が笑顔を向けると、お婆さんの顔が歓喜一色になる。
やっと一息ついたとき、総門から出てきた二人を見て隼人は「しまった」と思った。白い爽やかなワンピースに着替えた亜実と絵実だった。真っ直ぐにこっちへ向かってくる。不思議なことに危険な感じはしない。境内の中でなければ力を使うことはできないと言っていたし、衆人環視の場所で襲ってくるとは考えにくい。しかし、厄介なことを避けるには早めに豊川稲荷から離れるべきだったのだ。
ちょっと後悔の念に駆られていると、ひとりが隼人に話しかけてきた。
「あたしたちが、あなたをお守りします」
「へっ?」
意外な言葉に、隼人は間が抜けた答えしかできなかった。
隼人はあらためて二人を眺めた。七三に分けて垂らした前髪とポニーテール、切れ長でちょっとつり上がった目、色白の細面はなるほど狐と言われればそうだ。しかし忍者装束を着けていたときのような剣呑な雰囲気はない。むしろ隼人を慕う初々しい双子の美少女が目の前に並んでいると言った方が腑に落ちる感じだ。
「ねえ、あたしがどっちだかわかる?」
ひとりが隼人に一歩近づいてきて言った。
「あっ・・・えっと・・・絵実ちゃんかな?」
「ええっ、どうしてわかったの?」
「そりゃ、わかるよ。だって、あんなことした相手だもん」
当てずっぽうではなかった。フェラチオされたとき額の生え際に小さなホクロがあったのを隼人は思えていたのだ。でも、ちょっと意地悪がしたくなってそう答えた。しかし、ほんとうに二人はよく似ている。
「ば・・・ばか・・・」
絵実の顔が真っ赤になる。
「それより、守るってどういうこと?」
「やっぱり、あなたはすごい人ね。いままで、あたしたちを一発で見分けられた人なんていなかったのに・・・だから狙われるんだわ」
「だから、意味わかんないよ・・・」
「あなたは、あたしたちの呪文で姫街道を通ってきた。その間、一族の者は手出しができなかった。これからは違う。あなたを狙う忍者たちが方々に潜んでるわ」
「どうして? だって君たちは僕を殺そうとしたのに・・・」
「豊川稲荷に通じる姫街道は、あたしたちのテリトリー。だから、一族の者は手柄をあたしたちに譲るしかなかったの」
「だからぁ・・・どうして君たちは変わっちゃったのかが聞きたいんだよ」
自分を取り巻くなにかが変化したことはわかったが、双子の変化の理由は理解できなかった。
「それは、あたしが話すわ」
亜実が絵実に並んで言った。
「気を失っているときにお狐様に言われたの。あなたは遠い昔、枳尼天と関わった神の末裔だって。そんな方を敵にすることはできない。あたしたち狐の血筋の者にとって、あなたは尊いお方。だから、あなたを守ることがあたしたちに定められた運命なの」
亜実は隼人の知りたいことをシンプルに語った。容姿はそっくりでも、性格には違いがあるようだ。
「なんだか話が重くなっちゃったなぁ。でも、もう君たちは僕の敵じゃあないんだね?」
「畏れ多い・・・あたしたちは、あなたのしもべ・・・お守りいたします」
双子らしく二人は声を揃えて言った。
「ミ」のように読むというレベルではないが、隼人もある程度、人の心がわかるようになっていた。二人の言葉が嘘ではないと直感的に理解した。
「わかった。でも、守るって・・・どうするの?」
「伊賀の里の本家まで、あたしたちが同行いたします。それから先はお狐様次第」
また二人の声が揃う。若干のズレがエコーになって聞こえる。デジャヴのような感覚。それは浜松を出たときに感じたものと一緒だった。
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「どうせなら蒲郡を通って行こうよ。このまま真っ直ぐ行って東海道に出てもいいことないし」
歩きながら絵実が言った。
「そうだね。姫街道抜けたら襲ってくるバカがきっといるよ」
亜実が答える。
双子らしく二人には通じるものがあるようだった。
「逃げるが勝ちって例えもあるし、あたし、あそこのテーマパーク行ってみたかったんだ。ホテルもあるみたいだし、今日の目的地は決定だね」
絵実がはしゃいで言う。
「そんな・・・勝手に決められても・・・」
「任せて。あたしたちは一族で一番力が強いんだから」
隼人の戸惑いに絵実が笑顔で答える。
「だって、豊川稲荷の中じゃないと能力が出せないって言ってたじゃないか」
「うん。超が付くほどの力を使えるのはお狐様の境内だけ。でも、普通のところだって、かなりの力は使えるの。それに、お狐様の力で全国のお稲荷様のネットワークが使えるようになったの。隼人様が『サイ』を使えるように、今のあたしたちの力を使えば男なんて言いなりのイチコロなんだから」
こんどは亜実が答える。
成り行きで一緒に行動するようになってから亜実と絵実は隼人のことを「隼人様」と呼ぶようになった。なのに、旅のイニシアチブは二人に握られてしまった。
それに二人は隼人を挟むようにして歩いている。悪い気はしないが恥ずかしいし、目立ってしまう。
「ねえ、こんなふうに歩いてると見つかりやすいんじゃない?」
「違うわ。こうして、あたしたちはあなたから出てる『気』をブロックしてるのよ。そうじゃないと、すぐ見つかっちゃうわ」
「ふ~ん・・・」
「それに、あたしたちには人の注意をそらす力があるの。ほら、前から来るあの人だって、あたしたちに気づいてないでしょ」
言われてみればそうだった。いかにもヒマそうなオッサンが向こうから歩いて来るが、隼人たちに注意をするどころか気づいているそぶりすらない。
「こうしてれば、あの人にあなたは見えないわ」
亜実は隼人の腕を組んでバストへ押しつけるようにした。
「あっ、ずるいよ。亜実ばっかり」
絵実も隼人の腕をとってバストに押しつける。
まさに両手に花、たぶんブラトップ越しの柔らかい感触に隼人はドキドキしてきた。
「あっ、隼人様エッチなこと考えてるでしょ」
「うるさいな。そんなことするからだよ」
絵実の言葉に隼人はムキになって答える。二人は隼人のことを「隼人様」と呼ぶようになっていた。
「あはっ。かわいい。あそこはあんなにスゴイのに」
「ヘンなこと言うな。誰かが聞いてたらどうすんだよ」
「平気よ。あたしたちの声は誰にも聞こえないし、姿だって見えない、っていうよりかはわからないの」
「どういうこと?」
「忍術よ。隠忍っていうの。水遁、火遁、いろいろあるけど、これは一番高度な術なの。男たちは戦うことしかできないけど、あたしたちは妖しの術が使えるんだから」
絵実の話から想像すると、一族の中で能力が長けているのは、やはり女らしい。
「ふ~ん。でも、超が付く力はお稲荷さんの境内でしか使えないって言ってよね? どれくらいが超なの?」
「人の心だけじゃなく行動も操るにはお狐様の力が必要なの。あたしたちは心に働きかけて操ったり隠れたりはできるけど、金縛りにしたりするのはお狐様の場所じゃないと・・・」
「もしかして、豊川稲荷で僕たちに誰も気がつかなかったのは、君たちの力のせい?」
「そうよ。お狐様がついてたから、だれも近寄れなかったし、なんにも気づかれなかった。でも、ここだと一族の目は欺けない。きっと、どこかで襲ってくるわ」
「どうしよう。僕は腕力に自信ないし、ケンカだって弱いんだ」
「任せて。一族の中であたしたちの能力に敵う者はいないし、こうやって二人でサンドイッチしてると結界になって、向こうにはあなたの姿が見えないの」
「ふ~ん・・・」
どうやら、亜実と絵実は傍系の中でもエリートらしいと思う隼人だった。
「それより・・・」
「なに?」
「さっきの話しなんだけど」
「だから、なに?」
「隼人様がエッチなこと考えてたって話し」
「しょうがないだろ。僕だって男なんだから」
「してもいいよ」
「えっ? なにを?」
「だって、亜実には後ろからしてたじゃない」
「どういうこと?」
「あたしたち、狐だから後ろからされちゃうと感じるんだ。亜実にして、あたしにしてくんないのズルイ」
絵実は組んだ腕をグイグイとバストに押しつけてくる。
「そんなこと言ったって、ここは道のど真ん中だよ」
三人が歩いているのは片側一車線の県道だ。車の通りはあるし、たまに歩行者だっている。
「だから言ったじゃない。まわりには、あたしたちが何してるかわからないんだって。いいよね、亜実」
絵実は立ち止まって言った。
「いい・・・けど・・・」
「けど、なに?」
「絵実は気を失ってたから知らないんだろうけど、絵実が感じると、あたしまで感じて欲しくなっちゃうんだよ」
「隼人様の力ってそんなにすごいの?」
「う・・・ん・・・」
亜実がうなずく。そして続けた。
「あたしたち双子だから、おんなじように感じるのかと思ってたら、ぜんぜん違った。絵実の感覚がじかに伝わってくるんだ」
「へぇ・・・そうなんだ。だったら、あたしも亜実がどんなふうに感じるのか知りた~い。ねえ、ねえ、亜実が先にやってもらいなよ」
絵実の目はキラキラ輝いている。
「だって・・・したいって言いだしたのは絵実じゃない」
「いいから、いいから」
絵実は亜実の後ろにまわりこんでスカートの中に手を入れた。
「きゃっ」
「あたしたちの間で遠慮はなし」
もう絵実は亜実のショーツを膝くらいまで下ろしていた。
その間、農夫らしい麦わら帽をかぶったオッサンが自転車で通り過ぎたが、三人に注意をはらう様子はなかった。もしかしたら二人の力は結花などの読心術なんかより人を操ることができる分、ずっと強く、「サイ」に近いのではないかと隼人は思った。
じゃれ合う二人からは妖気のようなものが漂っている。いや淫気だった。隼人のものが反応しだした。まわりのことが気にならなくなり、逸物を二人に収めるという目的以外は考えられなくなる。
「隼人様、ほら」
速度規制の標識をつかんで前屈みになった亜実のスカートを絵実が捲り上げた。丸く引き締まったヒップが露わになる。太陽の光の下で見る亜実の秘部は果実が持つ弾けるような健康さがあった。
ぴったりと閉じた秘肉の合わせ目に蜜が光っていた。
ふっくらとした大陰唇に柔らかで細いヘアーが控えめに生えている。
その眺めに隼人は興奮した。それを察するかのように絵実が隼人のベルトを外してジーンズとパンツを一緒に下ろす。弾けるように飛び出した屹立が天を向いていた。
「やっぱ、すっご~い・・・」
絵実は隼人の逸物を見てうっとりとした声で言った。
「どうして・・・見てるだけでジンジンきちゃった・・・」
引き寄せられるように隼人のものに頬ずりする絵実。
ヒップを突き出す亜実の菊蕾に心を奪われながら、絵実の頬の感触に隼人のものはますます硬度を増していく。
何者かに操られるように隼人は一歩踏み出した。そして亜実の腰を両手でつかむ。絵実が屹立に手を添えて秘肉をなぞる。
「きゃうん・・・」
子犬のような声を出して亜実が喘いだ。
「あんっ・・・ほんと・・・だ・・・」
絵実が腰をくねらせる。
「絵実ちゃんも感じるんだ」
「う・・・ん。やだ・・・欲しくなっちゃう・・・」
「これは?」
隼人は腰を突き出して先端部分だけを挿入した。
「はぁん・・・ああっ」
亜実と絵実が同時に喘ぐ。
もしかしたら・・・そう思った隼人は試しに絵実の感覚を亜実に転送するよう念じてみる。
「きゃん! なに・・・これ・・・あ・・・ああんっ!」
二人が激しく喘ぎだした。思った通り、快感のループができて亜実は絵実の快感を、絵実は亜実の快感を同時に共有するようになった。
「くっ! くふぅっ!」
結合を深めていくと二人の喘ぎが高くなっていく。
「やっ! やんっ! だめ・・・こんなの・・・おかしくなっちゃう・・・」
絵実が股間を押さえてうずくまる。
「だめっ・・・だめぇぇぇ・・・・」
根本まで挿入して先端が奥にある壁に突き当たると、絵実は道路に転がって痙攣した。
亜実は標識の支柱にしがみついて喘いでいる。
「いくよ!」
隼人は挿送を開始する。
「ああんっ! やっ・・・亜実ったら・・・こんなふうなんだ・・・だめっ! 感じ過ぎちゃうぅっ・・・」
絵実は道路で横になりながらヒップを突き出して悶えている。
「ああっ! ああんっ!」
肉を打つ音にシンクロして喘ぐ亜実、速度制限の標識も大きく揺れていた。
「きゃうぅぅぅんっ!」
隼人が快感を送り込まなくても亜実は絶頂を迎えてしまった。
「はうぅぅぅっ!」
絵実も痙攣している。
この間、何度も車が通りすぎているし、通行人もいた。しかし、三人の行為に気づく様子もなく、何事も起こらなかった。亜実と絵実の淫気に操られながら、隼人の心はどこか醒めたところがあって、二人の能力に舌を巻いていた。
「絵実ちゃん、君の番だよ」
隼人が逸物を引き抜くと亜実は標識にしがみついたままズルズルと崩れ落ちてしまった。
隼人は路側帯に転がっている絵実を雑草が生えている端の方に移動させてスカートを捲った。白いショーツは亜実とお揃いだ。クロッチの部分がビッショリ濡れている。
「後ろからして欲しいって言ったのは絵実ちゃんだからね」
そう言いながら、隼人はショーツを剥ぎ取ってしまう。
絵実は言葉も出せず隼人にされるがままだ。四つん這いになると、秘肉のまわりは蜜で濡れてヘアーがへばり付いていた。ムッと牝の臭いが漂う。
「あああ~んっ!!」
前戯もなしに挿入したのに絵実はものすごい声で喘いだ。隼人も自分は獣になってしまったと感じる。「気」の力が逸物を伝わって絵実の内部を浸食していくのがわかった。
「きゃん! きゃうぅぅっ!」
挿送がはじまると絵実も亜実と同じように子犬のような声をあげた。いや、狐なのかもしれない。背中から妖気が漂ってきて、亜実と豊川稲荷で交わったときのようにポニーテールがいくつかに分かれはじめた。
絵実はあっという間に絶頂を迎えたようだ。しかし、隼人は通りすぎる車が気になって、なかなかフィニッシュには至らない。それは絵実に残酷なまでの快感をもたらす結果となった。
「ひゃっ! ひゃぁぁぁんっ!!」
獣じみた喘ぎとともに絵実は潮を吹いて硬直と弛緩を繰り返す。
ビッショリに濡れた結合部を見ると可憐な菊蕾がヒクヒクと痙攣していた。
さっき見た亜実の菊蕾とイメージがオーバーラップした隼人は、これ以上硬くならないと思えるほど膨れ上がった逸物の先端をそこへあてがう。
「ひゃっ! ひゃん・・・しょこは・・・ああぁぁぁっ!」
蜜で濡れた隼人のものが絵実のアヌスへズブズブと埋没していく。
「ひゃめぇぇぇっ!!!」
もう、絵実の声は悲鳴だった。
亜実は標識の支柱を抱きしめながら震えている。
後門の内部が逸物を包んで蠕動していた。
その感触に陰嚢の奥で膨れ上がった「気」が脈動しはじめる。
「ダーキニー!!」
隼人は無意識に叫んでいた。そして爆発とも言える勢いで精を放つ。
「・・・・・・」
絵実は大きく口を開けてなにかを叫ぼうとしたまま硬直した。
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「まさか・・・お尻に入れられちゃうなんて・・・思ってもみなかったのですぅ・・・」
硬直が解けた絵実は突っ伏したままつぶやくように言った。
「ごめん。つい夢中になって・・・」
「いいのですぅ・・・とっても気持ちよかったのですぅ・・・それに・・・」
「なに?」
「お狐様があたしに降りてきたのですぅ・・・」
絵実の口調には子供のような甘えが含まれていた。
「隼人様がなにかを叫んだら・・・気が遠くなって・・・お狐様がよろこんでいるのだけがわかった・・・」
「うん・・・でも、なにを言ったかよく覚えていないんだ・・・」
「絵実、わからないの?」
標識のたもとでまだ荒い息をしている亜実が言った。
「えっ・・・?」
「男を狂わせるときの呪文よ」
「あっ・・・ええと・・・オン・・・ダキニギャチ・・・あ・・・あれ・・・」
「それ」
「そうだ・・・隼人様はダーキニーって・・・言ってた・・・」
「お狐様の名前よ・・・それ・・・たしか・・・」
「じゃあ・・・」
「たぶん、お狐様が絵実の身体を借りて・・・隼人様のご先祖と交わったんだと思う・・・」
「エッチなお狐様・・・あたし・・・お尻があんなに感じるなんて・・・知らなかったもん・・・」
「あたしだって・・・」
隼人は二人の会話についていけなかった。ただ、思い当たる節はある。あのとき、身体の奥底から湧き上がってきた欲望は自分のものじゃないみたいだったのだ。それに、射精の瞬間、野太く高らかな笑い声がしたような記憶もある。五百年に一度出現するという「サヒ」の正体がそれかもしれないと思った。
しばらく三人は無言で道端にへたり込んでいた。
一羽のカラスが舞い降りてきたのに誰も気がつかなかった。
カラスは落ちていた絵実のショーツをくわえると道路の先に見える森へ飛び立っていく。
「しまった」
亜実が叫んだ。
「えっ?」
「結界が緩んでる・・・誰か来た・・・」
「あっ」
絵実も気がついたようだ。
「くっそぉ・・・だれだ・・・」
絵実が歯ぎしりする。その表情は官能に惚けていたときの面影など微塵も見られず凛々しい。ひと目で戦闘モードに入ったのがわかった。
森の中から小太りの男が出てきた。黒いジャージのような服を着ている。
「ちぇ、傀儡の半助だ。また、セコイのが出てきたな」
絵実が舌打ちをする。
「くぐつ・・・って?」
隼人が聞く。なにしろ傍系の男、それも忍者に会うのは初めてなのだ。忍者が自分を襲いに来ると亜実と絵実から知らされているから不安になってしまう。
「ふん。人形遣いさ。自分じゃなんにもできない。あんな奴、たいしたことないよ。家柄だって下だし、力もそれほどじゃない」
そう言いながらも絵実の顔は戦いへの緊張感で引き締まっていた。その姿はアスリートが「自分は強い」と自己暗示をかけるのに似ている。
「お屋形様が、あんなバカをよこしたのはなにか理由があるんだ。絵実、油断しちゃダメだよ」
「うん、わかってる」
二人が話をしている間に、男は痘痕のある顔に薄笑いを浮かべているのが見えるほど近づいてきた。
「これは、これは、お嬢様方。こんなところでお目にかかれるとは。それも、ずいぶんお楽しみだったようで。お屋形様に知れたら、さぞかしお怒りになるでしょうな」
男は芝居がかった口調で言った。ずいぶんと下卑た声だ。隼人は聞いているだけでげんなりした。姿も汚らしいオッサンだ。
「ふんっ! いつもみたいに、あたしたちのことを覗いてセンズリこいていたんだろ。口説く度胸もないくせに。あんたには右手がお似合いだよ。さっさと帰ってクソして寝な!」
絵実が歯切れのいい啖呵を切る。
その横で亜実は印を結んで呪文を唱えている。
「今日ばかりは、いつもと違うんでさ。おいらが、これを持ってる限り絵実様は思いのままだ」
男は白いショーツをかかげた。
絵実に「様」を付けて呼ぶことから傍系には厳しい階級があることを悟った隼人だった。しかし、絵実が下位だと蔑んでいたわりには、男の声は自信に溢れている。
「それが、なんだっていうんだ」
絵実は戦闘態勢の構えで答える。
「いつもだったら絵実様には敵わない。でも、こうしたらどうかな?」
男はショーツのあそこをペロリと舐めた。
「はうっ!」
絵実が股間を押さえてかがみ込んだ。
「へっへっへ。まだまだ・・・」
男は続けざまに舌を動かす。
「あっ! やっ! やんっ・・・」
絵実は身体をくねらせて悶える。
「ふふふ。これが傀儡の術さ。絵実様が感じてる間は亜実様も動けまい」
男の言うとおり、亜実も苦悶に似た表情を浮かべていて、立っているのがやっとに見えた。隼人は長谷川恭子のことを思い出していた。あのショーツは「サイ」の力で絵実とつながっているのだ。
「おいらの積年の恨みを知るがいい」
男はショーツを口にふくんでチュウチュウと吸った。
「あうっ! ち・・・く・・・しょう・・・あんっ!」
悶える絵実を見て男はヨダレを垂らしてよろこんでいる。目が血走っていた。
道端に転がっていた棒きれを拾った隼人に気づかないほど男は夢中になってショーツを舐めている。
「ざまあみろ・・・これはどうだ・・・」
黄変した汚らしい歯を剥き出しにして、男はクロッチの部分を軽く噛んでスライドさせる。
「はうぅぅぅっ!」
傀儡の術がすごいのか、あるいは下地ができているから感じすぎるのか、絵実は股間を押さえて痙攣している。
「ひひひひひ」
下卑た笑いを浮かべて絵実の淫らな姿に見惚れる男の後ろで隼人は棒を振りかぶっていた。
ガシッ!
鈍い音がしてバッティングのスイングのように振られた棒きれが男の後頭部に炸裂した。
「むぅん・・・」
ゴンッと額がアスファルトに激突する音とともに男が前のめりに倒れた。
「はやとさまぁ~」
語尾にハートが付きそうな甘い声をあげて絵実が駆け寄って来た。
「あ~ん・・・隼人様に助けられちゃうなんてぇ~・・・うれしくて・・・もう・・・あたし、ジュンってきちゃった・・・」
絵実はそう言って隼人に抱きついた。
「いや・・・夢中だったから・・・それより、こいつ、どうする?」
男は気絶してピクリとも動かない。
「死んじゃえばいいんだ」
絵実はそう言って、乱暴に指を開いて男が固く握りしめているショーツを取り戻した。
「こんな奴、殺したら穢れだ。縛って森の中に放り込んじゃえばいいのよ」
どこから持ってきたのか、亜実は麻縄で男の手足を縛りながら冷たく言い放つ。
結局、亜実の提案に従うことになった三人は森の中へ男を引きずって行く。
「ちょうどいい。ここに捨てちゃお」
粗大ゴミが不法投棄されている大きな穴を見て絵実が言った。
「こいつにはお似合いだね」
亜実に蹴り落とされた男は冷蔵庫やテレビの間に不自然な恰好で挟まっても目を覚まさなかった。
「いいのかなぁ・・・」
心配げに言う隼人の言葉を無視するように二人はきびすを返す。
隼人は追いかけるしかなかった。
< 続く >