あらたな獲物
充が帰りを急いだのは彩のショーツをじっくりと確かめたかったからだ。
ポケットの中にあるそれは、指先で触れてみると蜜で濡れているのがわかる。
バス停で充は指先の匂いを嗅いでみる。かすかなものだが酸味をともなった海藻のような匂いがした。思わず指先を舐めると瞬時にジュニアが反応した。
1秒でも早く家に帰り、ポケットにあるショーツとiPhoneに入っている動画をオカズに抜いてしまいたかった。
あのときチャイムが鳴らなかったら・・・バスに揺られながら充は妄想を膨らます。彩が、あんなにナイスバディだったことが意外だった。野暮ったい制服を決められたとおりに着こなしているせいだと思った。優等生独特のキツイ性格が災いしてか、クラスの誰も彩を女として話題にしたことがない。暮れてゆく街並みを眺めながら、もしかしたら、岸本彩の魅力を発見したのは自分ではないかと充は思った。
「ただいま」
充は玄関のドアを開ける。
「おかえりなさい。夕飯、カレーだけど、すぐ食べる?」
「ちょっと用事があるから後で」
母親の言葉に答えて、充は自分の部屋がある二階へ昇る。
部屋に入ると、充はすぐにポケットの中身を取り出した。
クロッチの部分に鼻をあてて深く息を吸い込む。
あの匂いが鼻孔に充満した。
机の上にある本にiPhoneを立てかけホームボタンを押して動画を呼び出す。
画面の中で彩が喘いでいる。
充はあわただしくベルトを外して屹立を握りしめしごきはじめる。
「いやっ・・・いやぁぁぁっ!」
彩の叫びと同時に充も果てた。
「ふぅ~・・・」
やっと興奮が収まり、手にしたショーツを拡げてみる。
小さなリボンが付いた白いコットンのショーツ。いまどき中学生だって、こんなショーツは履いていない。クロッチの部分にあったはずの染みはもうない。それが充には残念だった。
戦利品。そんな言葉が頭に浮かんだ。いまごろ彩はノーパンで予備校の授業を受けているに違いない。そう考えると、おかしくなった。が、心のどこかでちょっとだけ引っかかりがあった。彩がノーパンでいることを知っているのは自分だけだと思うと気持ちいいのだが、それを誰かに見られたらと思うと悔しい。
なんなんだ、この気持ちは?
充は戸惑っていた。
もしかしてヤキモチ?
最初は絶好の獲物程度にしか考えていなかったのに、なぜか岸本彩のことが気になって仕方ないのだ。岸本彩という存在自体が充の心を支配しているみたいだった。
そんなバカな・・・手に入れたオモチャを他人に貸すのは嫌なだけ。ましてや、まだ自分が遊んでないオモチャなんだから。そう考えて自分を納得させようとするが、なかなか心は静まらない。
「充ぅ~。ごはん食べないの? カレー冷めちゃうから早くして~」
「いま行く」
階下から聞こえる母親の声で充は立ち上がった。悶々とした気持ちに踏ん切りを付けるのにはいいタイミングだった。
「どうしたの? あんた、なんかヘンよ」
心ここにあらずと言った風でカレーを食べる充に母親が声をかける。
「あ・・・なんでもない・・・」
親に相談できる話ではない。
「カレールウ、いつもと変えてみたんだけど、どう?」
「うん。うまいよ。もっと肉が入ってるといいんだけど」
「溶けちゃってるけど余ったバラ肉のスライスがけっこう入ってるのよ」
「ふうん。そっか・・・ごちそうさま。ちょっと部活のことで煮詰まってたんだ。うまかったよ」
「そう。よかった。なんだか悩んでたみたいだから」
「うん。台本のことで、けっこうね。部屋戻って、もうひと踏ん張りしてくる」
そう言って充は立ち上がった。
部屋に戻った充は演劇部の後輩である市川水樹に電話しようと考えていた。水樹は充と一緒に脚本を担当している。カールした髪がかわいらしい演劇部のアイドルだ。心の中から岸本彩を追い出そうと思ったときに水樹のことを思い出したのだ。
アドレス帳から市川水樹の名前を出して番号をタップする。
2回のコールで水樹が出た。
「あっ、先輩。なんですか?」
「いや、ちょっと台本のことで相談したくて。いま、いい?」
「はい・・・」
「あのさ、主人公がセラピストのところに行って、はじめて催眠かけられるシーンがあるじゃん」
「はい」
「もうちょっとリアリティが欲しくてさ。ちょっと協力してもらえないかと思って」
「どうすればいいんですか?」
「水樹、明日、時間ある?」
「えっと・・・昼過ぎだったら大丈夫ですけど」
「だったら1時に部室で。誘導のセリフとか、実際に口にしてリズムとかを確かめてみたいんだ。相手がいなくてさ。水樹、頼むよ」
「はい」
水樹は充のことを先輩として慕っている。充も、その気持ちには気がついていて、彼女にするなら水樹だって思っていた。彩の出現は想定外だった。自分の気持ちを確かめるためだと言い訳を作って水樹に催眠術をかけてみようと充は身勝手なことを考えていた。
< つづく >