放課後の催眠 第八話

充、支配者になる

 朝起きると静香は隣にいなかった。ドアが開いていて階下からコーヒーの香りが漂ってくる。

「アネキ、おはよう」

 一階に下りた充は努めて明るい声で挨拶をする。昨夜の約束を思い出す。自制しないとキッチンに立つ静香を後ろから抱きしめてしまいそうだった。

 静香は返事をしない。フライパンにタマゴを落とす。トーストとサラダ、目玉焼きにコーヒーという簡単な朝食をダイニングテーブルに用意している。その背中からは「近寄らないで」という声が聞こえてきそうな雰囲気だ。

「アネキったら・・・」

「いつもの朝ごはん、いつもの生活・・・充・・・わかって・・・」

 静香は充の目を見ないように話す。

「うん・・・」

 それ以上、会話を交わすことがなく静香は大学へ行ってしまった。

 アネキにはアネキの葛藤があるのだろう。そう思って充も登校する。学校へ行く途中、催眠について、これからどう静香と接していくのか、あれこれ考えてばかりいた。

「おはよう」

 先に来ていた彩に声をかける。

「あ・・・おはよう・・・」

 彩は恥ずかしそうに言って目を伏せる。

 なんだよ・・・ここでもかよ・・・充はつまはじきにされているような気分で午前中を過ごした。

 昼になっても、彩は充のことを避けている感じがして話ができない。恥ずかしいのだろうし、催眠を使った特別な関係になったことなど誰も知らないから、それが自然なのかもしれないが、どうしても時間をもてあましてしまう。勉強など元から手につかず、充は、これまでの出来事を頭の中でまとめることくらいしかできなかった。

 催眠は深層意識に働きかけるのだけで別人格を作り出すわけではない。だからだろうか、かけられた後には、なんらかの影響が残ってしまうらしい。昨夜の静香もそうだったし、水樹などは彼女のように振る舞うようになった。そして彩。彼女に関しては未知数だが思いを寄せるよう暗示をかけてしまった。

 もしかしたら充がイメージしている催眠と実際の催眠は違うものかもしれないし、充のスキルが未熟というか不完全なものかもしれない。アルコールの酔いで後催眠のような状態になってしまうなんて、どんな本にも書いていなかった。

 充には確固たるビジョンがあるわけではない。たまたま試した催眠が彩にかかってしまったので、ただ欲望に流されてここまで来てしまった。それぞれのシーンを思い出すと鼻の下が伸びる。それに、短い期間に三人の相手をして興奮するシチュがはっきりしてきた。言いなりの女を抱くよりかは狩りの要素があった方がおもしろい。抵抗されると興奮することに気がついたのだ、催眠自体が狩りだから、かけるのが楽しいとも言える。でも、その後も楽しみたい。それにはどうしたらいいか、充は考えた。

 ふと英語教師の浅田杏子のことが頭に浮かぶ。たしか26才、国立大出身でイギリスへ語学留学した経験のある才媛だ。冷たく美しい風貌どおりの高慢な性格。しかし、仕立てのいいスーツに包まれたボディは豊満でかなりエロい。黒髪のボブカットに黒いセルフレームがよく似合っている。憧れる男子生徒も多く一部ではアサキョンなどと呼ばれて人気がある。口説いてきた男性教師たちをすべて即行で冷たく振ったという噂もある。その経歴から進路指導主任をやっていて、水樹のクラスの担任だ。

 ふとハーレムという言葉が頭の片隅に浮かぶ。オトコノユメ・・・馬鹿な、でも、やってみる価値はありそうだ。元から目的などないのだから、そんな目標を掲げてみるのも悪くないと思った。俺は導師なんだから・・・そう思うと無意識に笑みがこぼれる。

 充は放課後に水樹を部室に呼び出してトランス状態にした。そしてキーワードを「導師降臨」と「導師退場」に変え、自分を憧れの存在だとした上で、そんな男が他の女からモテるのは当然のことで、むしろ誇らしくよろこぶべきことなのだと暗示を与えた。なにしろ彩から電話がかかってきただけで機嫌を損ねる嫉妬深さだ。そうしないと、これからが大変だと思ったからだ。

 そして本題に入る。演劇部の部室が他の部員の練習で使えなくなるので進路指導室を貸して欲しいと頼むこと。それと、催眠療法がテーマの劇を作っている最中で、脚本担当は充と二人なのですこし不安がある。だから、付き添って欲しいと頼むことだ。浅田杏子は教師としてのプライドが高い。いや、プライドのかたまりだと言えるほどだから、水樹の依頼を断らないはずだと充は考えていた。

「導師の命令です。わかりましたね?」

 他の段取りも仕込んで充が言う。

「はい」

「では行きなさい。わたしは教室に戻って待っています」

「はい」

 こうして水樹は職員室へ向かった。

 うまくいけば、あのナイスバディを好きにできる。そう考えるだけでナマツバものだ。充は、いままでとは違う方法で浅田杏子を攻略するつもりだった。

「吉川君、進路指導室の使用を許可します」

 教室で15分ほど待ったところで浅田杏子がやって来た。

「ただ、生徒だけに使わせるわけにいかないので私が付き添います」

 感情を交えない冷たい口調で浅田杏子が言い放つ。

「ありがとうございます。台本の制作が遅れているので助かります」

 水樹の説明が上手かったのか、浅田杏子の気遣いなのか、使用条件で付き添うこと言ってきたのには驚いた。

「では行きましょう」

 ヒールの音を響かせて浅田杏子が先頭に立って進路指導室へ向かう。校舎の片隅にあるその部屋には、普段は誰も近寄らないのも充にとって好都合だった。

 タイトスカートに包まれた丸いヒップが歩くたびに左右に揺れるのを見て、充は心の中で舌なめずりをしていた。

「こんどの台本は、かなり実験的な作品なんです。付き添ってもらうだけじゃなく、先生の感想をもらえるとうれしいな」

「実験的?」

「はい。心理療法がテーマなんですが、役者が本気で催眠をかけるんです。だから市川と二人っきりになるのはヤバいかなぁって思ってたんで、先生がいてホッとしてるんです。市川だって第三者がいてくれる方が安心できるし」

 充はできるだけ真面目に、そして、にこやかに話す。

「催眠って・・・危険はないの?」

「催眠で、いままで事故があったって聞いたことありますか? 悪意を持ってかければ別ですけど、催眠には人をリラックスさせる効果もあるんです。なっ、市川、そうだろ?」

「先生、ほんとなんです。疲れとかが取れて気分爽快になっちゃうんです」

 もう、この段階から勝負ははじまっている。水樹の言葉は浅田杏子に刷り込まれたはずだ。施術者の言葉より、被験者の言葉の方が抵抗なく心に入り込むはずだ。

「でも、専門家がやらないと」

 浅田杏子は疑わしそうに言う。

「俺の親戚が臨床心理士やっていて、その人の話から、この台本は着想したんです。内容も監修してもらってるから本格的っていうより本物なんですよ。ですから危険はありません」

 浅田杏子の冷たい反応は計算済みだ。校内で浅田杏子が感情を表に出したのを見たことがない。いつも論理的に話をする。だからこそ、催眠で女としての本性を暴いてみたかった。

「実際に見ないとわからないし、感想とかの話も、その後にしましょう。もし、途中で危険を感じたらやめさせますよ」

 浅田杏子は表情を変えずに言う。

「もちろんです。できれば、このプロットに目を通しておいてください。その方が説明するよりわかりやすいんで」

 充はコピー紙を綴じたものを渡す。昼休みに大急ぎで作った。心理的な障害を持つ主人公がカウンセラーの催眠療法にかかり、過去のトラウマを発見されて立ち直るストーリーが、かいつまんで記されている。

 浅田杏子は進路指導室に着くと椅子に座ってその冊子を読みはじめた。

 充と水樹もセッティングに入る。

 浅田杏子が冊子を読み終わったのを確認して充は水樹に催眠をかける振りをする。水樹には段取りを話してある。

「このペン先を見つめてください。そうです・・・すると、ほかのものはボヤけて、ペン先の輝きしか見えなくなります。そう・・・集中して・・・」

 その様子を浅田杏子は凝視している。

「もう身体が熱くなるほど集中して・・・ペン先以外は見えません・・・見えるのはペン先だけ、聞こえるのは、わたしの声だけです。私の顔が見えますか?」

「いいえ・・・」

 そう答える水樹を、まだ疑わしそうな表情で浅田杏子は見つめている。

「集中して、あなたは疲れてしまいます。もう目を閉じていいですよ」

 充の言葉に従って水樹は目を閉じる。

「目を閉じたのにペン先が見えるでしょう?」

「はい」

「それが、だんだん薄れていって、静かな青い水面が見えてきます。そこへ、一滴一滴、しずくが落ちていくところをイメージしてください」

 充はiPhoneを操作して水滴の効果音を出す。

「水面はあなたの心です。そして水滴はあなた自身。あなたは心の底へ還っていきます。水滴が落ちていくたびに身体が軽くなって、気持ちも安らかになります・・・ほ~ら、気持ちよくて身体が揺れていきますよ・・・」

 充の言葉どおりに水樹はゆっくりと上半身を揺らしはじめる。

「さあ、あなたは、あなたの心の中に着きました。重力など感じないくらい身体が軽くなります。そう、ここは、あなたの夢の世界だと言ってもいいでしょう。ほら、目の前は一面のお花畑です」

「わあっ!」

 うれしそうな声をあげる水樹を浅田杏子は驚いたように見ている。普段は見せない表情だ。充は手応えを感じた。

「おや? 向こうの方から動物がやって来ました。見えますか?」

「はい」

「なにが来ましたか?」

「ネコです」

「ほんとだ。かわいいネコですね。あれ、これは、あなたですよ。あなたはネコになりたかったんですね?」

「はい」

「じゃあ、ネコになっちゃいましょう。ほら、あなたはネコです」

「にゃあん・・・」

 水樹が椅子から降りて四つん這いになった。

「おいで」

「にゃ~ん」

 水樹はネコのように顔を充のスネにすりつけた。

 険しい顔で浅田杏子がそれを見ている。彼女の位置からだと水樹のパンツが見えているに違いない。股間に注がれている視線からそれがわかった。

「それでは元に戻りましょう。大好きなネコになったことで、あなたの心はますます軽くなりました」

「はい」

 うれしそうに水樹は椅子に座る。

「さて、今日はここまでです。わたしが三つ数えると、あなたはもとの世界に戻ります。そして、ネコになったことで心と身体が軽くなっています。いいですか?」

「はい」

「それでは・・・ひとつ、ふたつ、みっつ」

 最後の「みっつ」にアクセントを付けると、水樹は身体を震わせて目を開けた。

「ふぅ~っ」

 気持ちよさそうに息を吐く。

「質問をいくつか用意して観客に選んでもらおうと思っているんです。とにかく、ちゃんと術がかけられないと成立しない劇なんで、こうして練習とシミュレーションを繰り返しているんですけどね」

 充は浅田杏子に向かって言う。

「市川さん、大丈夫なの?」

 充の言葉を無視するように浅田杏子は水樹に聞く。

「なにがですか?」

 水樹がキョトンとした顔で答える。

「なにがって・・・あなた・・・後遺症とか、それに、もし不適切な指示とか出されたらどうするの?」

「不適切・・・って、もしかして先生、エッチなこととか想像してます?」

「有り体に言えばそうです。あなた、さっき・・・その・・・下着が・・・」

「やだなぁ、先生。あたしは吉川先輩のこと信頼してるし、すごいストーリー作るから尊敬もしてるんです。なんか、そういうふうに思われるのって心外」

「ごめんなさい。言い方が悪かったわ」

 水樹が不機嫌そうな顔で答えたので浅田杏子はそう言い直した。

「ひどい。言い方って・・・内容は同じなんですか?」

「あ・・・その・・・あなたが心配だったから・・・」

 ますます不機嫌になった水樹に言い訳する浅田杏子は、普段の浅田杏子ではなかった。

「せっかく、いい気持ちだったのに台無しになっちゃった」

 水樹はまだふくれている。

「市川、やめろよ。先生だって心配で言ったんだから」

「だって、あたしは先輩とふたりっきりで進路指導室いてヘンな誤解されるのヤだから、浅田先生に付き添い頼んだんだ。なのに、その先生から誤解されるなんて悔しい・・・」

 充の指示は、浅田杏子が催眠を受けるよう仕向けろと言っただけだ。なかなか水樹は言い演技をしている。この先、どうするのか考えるだけで充はおもしろくなってきた。

「こんな気分じゃ練習続けられないよ・・・」

 水樹が続けて言う。

「市川さん、ごめんなさい。取り消すわ」

「ひどい・・・文化祭に間に合わせなきゃならないのに・・・」

 水樹は涙を浮かべている。

「悪かったわ・・・機嫌直してちょうだい」

「無理。だって・・・落ち着かないと練習できない・・・先輩、どうしよう? 来週には通し稽古に入らなきゃならないのに」

「いいよ、市川が落ち着くまで待つから。」

 充が答える。

「そうだ、その間、先生があたしの代わりやってくれない? そうすれば台本も進むし、経験すればわかると思うから・・・」

「で、でも・・・」

 いきなり振られたせいか浅田杏子は即答ができない。

「この芝居って、真剣に向き合わないとうまくいかないの。先生、お願い。それに、客観的に見るのも今後のためになるし・・・」

 担任だから浅田杏子の性格を見抜いているのか、水樹が断れないように仕向けているのが充にはわかった。

「私で役に立つのかしら?」

「もちろんです。他の部員がやっているところを見るの、すごく参考になるんです。問題点もチェックできるし。ね、先輩」

「そりゃあ、手伝ってもらえたらうれしいけど、嫌がったり、疑っていたりする人を相手にするのは・・・」

 充も調子を合わせる。

「先生、嫌じゃないよね?」

「ええ。嫌ではないし、協力はするわ。半信半疑ではあるけど、それでよければ」

「半信半疑でいいんです。すくなくとも否定はしていないわけですから」

 充が言う。

「そうね。まだ信じられないけど、市川さんの様子を見たから一概に否定はできないものね」

「あの、もし協力してもらえるんなら、お願いがあるんです」

「なにかしら?」

「なんていうのかな・・・教師と生徒の関係ではなく、ひとりの人間として俺の言葉を聞いて欲しいんです。対等っていうか、そういうふうに心を開いて、真面目に俺の言葉を受け入れて欲しいんです」

「やってみるわ」

「それから、もうひとつ」

「なに?」

「施術をする課程で先生の身体を触るかもしれません。触ると言っても手を握るとか、肩に手を置くとか、額に手をあてるとか、そういうことです。あらかじめ許可をもらっておきたいんです」

 充は真面目な生徒、すくなくとも部活に関して真面目な生徒を演ずる。

「わかった。許可しましょう」

 表情を変えず、調子を合わせるような感じで浅田杏子が答える。

「ありがとうございます。じゃあ、はじめましょう。先生は、この椅子に座ってください。えっと、市川は先生が座っている椅子に・・・」

 充がそう言うと、二人は同時に立ち上がって位置を入れ替えた。

「セリフはほとんどおんなじなんですけど、先生は初めてだからアレンジを加えます。ちゃんとペン先を見つめてくださいね」

 充は浅田杏子に笑いかける。

「ずいぶん古そうな万年筆ね」

「あっ、これですか? じつは編集者だった叔父が、ある作家さんから形見でもらったものだそうで、この劇に雰囲気がぴったりなんで借りてきたんです。なんか、作家の魂が宿っている気がして、俺、好きなんです」

 あえて説明をする必要がなくなった。充は心の中だけでニヤリと笑う。導入にはある種の思い込みが不可欠だ。浅田杏子が関心を示したということは確実な一歩になる。飛んで火に入る夏の虫という言葉が浮かんだ。

「モンブランのマスターシュテュックよ。私の父も使っていたわ」

「先生、詳しいんですね」

「ううん。同じ教師だった父が気に入って使っていたの。自慢話を聞いただけで、私が詳しいわけでも好きなわけでもないの」

「へえ・・・先生のお父さんって先生だったんですね。初めて聞きました」

「私も初めて言ったかも」

 浅田杏子の顔がすこしだけほころぶ。

「この、金と銀のペン先ってきれいですよねぇ」

「そうね。工芸品としては最高のものだと思うわ」

「それに、使い込まれていて、ただのモノじゃないって感じがしませんか?」

「たしかに、道具には使い手の想いがこもるのかもしれないわね」

 なにかを思い出すように浅田杏子は万年筆を見ながら言った。

「じゃあ、はじめましょう。いいですか?」

 そろそろいいだろう。なんとなく打ち解けた雰囲気になってきたので充はそう言って浅田杏子の目を見た。

「いいわよ。はじめて」

「では・・・」

 充は万年筆を差し出す。

「じゃあ、このペン先を見つめてください」

 浅田杏子は怜悧な目をペン先に向ける。

「そうです・・・すると、ほかのものはボヤけてきませんか?」

「答えていいの?」

「どうぞ。正直に」

「たしかにボヤけて見えるけど、それは距離が違うせいでしょ?」

「そうです。これは凝視法といって、集中を促すメソッドなんです。まずは気持ちを、ひとつのものに集中させる。催眠はそこからはじまるんです」

「そういう仕組みなのね」

「はい。ですから、ペン先の輝きを見つめて集中してください」

「わかったわ」

「他がボヤけましたか?」

「ええ」

「そのまま、じっと見つめてください」

「・・・」

 納得のいく説明をしたせいか、浅田杏子は素直に充の指示に従うようになった。

「そうです。集中して」

 しばらく、そのままにしておくと、疲れてきたのか息が荒くなってくる。

「疲れたようですね? では、目を閉じてください。楽になりますよ」

 充の言葉に従って浅田杏子はゆっくりと目を閉じた。

「目を閉じてもペン先が見えるような気がします。残像現象です。その残像に意識を集中して・・・そうです・・・残像を見つめていると、じわじわと血の巡りが良くなって、身体が温かいものに満たされていきます。そう・・・リラックスして・・・身体が軽く感じられませんか?」

 充は浅田杏子のロジカルな思考に合わせて誘導の言葉を工夫している。

「不思議・・・本当に身体が軽く思える・・・」

「それは、あなたが心を開いてきている証拠です。そのまま、こんどは静かな水面をイメージしてみてください。あなたは湖の畔にいて青い水面を見つめています・・・」

 しばらく間を置いて、浅田杏子の表情が和らぐのを見届けてから。充はiPhoneを操作した。

 水滴の音が進路指導室に響く。

「湖の水は、あなたの心。その中へ、しずくとなったあなた自身が入り込んでいきます。意識しないのに、水音に合わせて、あなたの身体が揺れていきます」

 さっきの水樹を見ているせいか、浅田杏子は同じように状態を揺らしはじめた。

「身体の揺れとともに、時間の感覚がなくなって、とてもリラックスした気分になっていきます。一瞬は永遠、永遠は一瞬なのです。そう・・・どんどん身体が軽くなって、気持ちと一緒に宙に浮いたようなになっていきます・・・」

 充は意識して、ゆっくりと話す。

 浅田杏子は身体を揺らし続けている。その表情は普段とは違って柔和そのものだ。

「そうです・・・水滴はあなた自身・・・あなたの心である水の中へ一滴一滴と溶け込んでいきます・・・」

 水樹への催眠を見せているからイメージを抱きやすいはずだ。それは計算の内だ。浅田杏子の思考は論理的で検証を欠かさない。容易にかかるはずがないとわかっているから、充は時間をかけて、ていねいに術を施す。

「どんどん、あなたは自分の心の中へと入っていきます。心の中、あなただけの世界ですから居心地が良く、とてもリラックスした気分になっていきます。もうすぐ夏ですね。あなたは美しい。まるで夏に咲くひまわりの花のようです。きっと、あなたの心の世界には、ひまわりがたくさん咲いているはずです。あたり一面のひまわり畑です。そこへ行ってみたいと思いますか?」

 ボクシングに例えるなら相手の出方を確かめるジャブのような質問だ。普段の浅田杏子なら「美しい」と言っただけで顔をしかめるはずだ。

「はい・・・」

 浅田杏子は笑みを浮かべながら返事をする。大丈夫そうだ。

「もうすぐですよ。身体の揺れが収まって水音が聞こえなくなると、あなたは、あなた自身の心の底へたどり着きます。そこは、とても安心できるあなただけの世界。目の前には、ひまわりが咲き乱れています」

 充は浅田杏子の表情から、かかっていると判断した。しかし相手は強敵だという意識から、さらに慎重に深化させていくことにする。

「もうすぐ・・・もうすぐです・・・」

 充は効果音のボリュームを徐々に絞っていく。

「わたしが肩に手を置いて身体の揺れを止めると、もう、あなたは心の底に着いています。楽しみですね」

 浅田杏子は微笑みながらうなずく。

「はい。あなたは心の底にたどり着きました」

 充は効果音を切り、そっと浅田杏子の両肩に手を乗せた。

 距離にすれば50センチないだろう。コロンの控えめな香りが漂ってくる。ここまで浅田杏子に接近した男子生徒は自分だけだと思うと、充は「ざまあみろ」と叫びたい気分になった。しかし、ここからが肝心だ。

「ほら、ひまわりの花が一面に咲いています。きれいですね?」

「はい」

 口もとを緩めて返事をする浅田杏子はかなり色っぽい。メガネフェチならイチコロだろうと充は思った。

「わたしは、あなたの心の声です。たったいま生まれた、あなたの分身のようなもの。ですから、隠し事などできません。でも、安心してください。心の底でしか会えませんし、あなた以外の誰も心の底を見ることはできないのです。私は心の声。復唱してください。わたしは誰ですか?」

「私の心の声・・・」

「そうです。わたしは、あなたの心の声です。さて、それでは、あなたの名前と年齢を教えてください」

「浅田杏子。26才です」

「出身地は?」

「東京都目黒区です」

「出身校は?」

「お茶水女子大の文教育学部です」

「ずいぶん難しそうな学部ですね。語学留学をしていましたね?」

「ディケンズがテーマだったのでケンブリッジへ一年行っていました」

「ディケンズというと、クリスマスキャロルの?」

「そうです。卒論もディケンズでした」

「ずいぶん夢のある物語が好きなんですね」

「研究は父から引き継いだものでした。幼いころから、かみ砕いてお話しをしてくれたんです。ディケンズは私のルーツだと思っていた・・・でも、3年前に父を亡くしてわかりました・・・私のルーツは父のお話だったことに・・・だから、私は研究をやめて・・・父と同じ教師に・・・」

 浅田杏子は涙を流していた。

 こいつファザコンだった。だから言い寄る男に目もくれなかったのだと充は思った。

「つらかったのですね。涙は悲しみです。流せば、あなたの心は軽くなります。思いきり泣いてしまいましょう」

「え~ん・・・え~ん・・・」

 まるで幼い子供のように浅田杏子は泣きはじめた。

 もっと深く誘導するつもりだったのに、向こうから網の中へ飛び込んできた感じだった。浅田杏子は泣き続けている。

「ほら・・・涙を拭いて。心が軽くなったでしょう?」

 しばらく、そのままにしておいてから、充は声をかける。

「はい」

 浅田杏子はポケットから白いハンカチを出して涙を拭く。

「これから、わたしはあなたのことをキョーコと呼びます。そして、私のことは導師と呼んでください。あなたの心を解放に導くあなたの分身だからです。わかったら復唱してください。わたしは誰ですか?」

「私を解放に導く導師です」

「そうですキョーコ。わたしはあなたの導師。あなたの分身。私の言葉は絶対のものです。さて、これから大切な言葉を覚えてもらいます。わたしが「わたしに還りなさい」と言うと、あなたはすぐに、この心の底にたどり着きます。ここは気持ちのいい安心できる場所ですから。復唱してください」

「導師が『わたしに還りなさい』と言うと、私は心の底へたどり着きます」

「そうです。それから『あなたに戻りなさい』と言うと、心の底であったことはすべて忘れて現実に戻ります。復唱してください」

 どうも浅田杏子には「導師降臨」というキーワードが似合わない、と言うより、陳腐なキーワードが明晰な判断力を呼び覚ましそうな気がして違うものにした。

「導師が『あなたに戻りなさい』と言うと、私は心の底の出来事をすべて忘れて現実に戻ります」

「よくできました。現実の世界では、私は3年B組の吉川充の姿を借りて『わたしに還りなさい』と言います。わかりましたね?」

「はい」

 論理的な思考の持ち主である浅田杏子に対しては、念には念を入れた方がいいと思い、充はそう付け足した。心の底では、充は充でないのだ。

「さて、あなたは涙を流して悲しみを洗い流しました。ひとつの呪縛から解き放たれたと言っていいでしょう。気分はどうですか?」

「とても軽くなって、いい気持ちです」

「それは、吉川充のおかげでもあります。私が『わたしに還りなさい』と言うのと同様に、吉川充は催眠によってあなたを解放することができます。ですから、あなたは、つらくなると吉川充に催眠をかけて欲しいと願うようになります。いいですね?」」

「はい」

「さて、では、携帯を出してください。いまから言う吉川充の番号を登録するのです」

「はい」

 浅田杏子はスーツのポケットからiPhoneを取り出した。充が言う11桁の番号を、しなやかな指先で入力する。

「かけてください」

 充は自分のiPhoneをマナーモードにして言う。

 ディスプレイが反応して、バイブレーターが震え出す前に充はスリープボタンを押してしまう。

「これで、あなたと吉川充は教師と生徒ではなく、個人的な知り合いにもなりました。もちろん、このことは誰も知りませんから安心してください。あなたは、吉川充の台本に感心して興味を抱き、学校生活とは別の知り合いになったのです。このことは忘れないでいいですよ」

「はい」

「キョーコ、これからの予定は?」

「仕事が終わったら家に帰るだけです」

「目黒のですか?」

「いいえ。いまは鷺沼でひとり暮らしをしているんです」

「実家ではないのですね」

「はい。兄が結婚して実家に住んでいるので」

「食事はいつもどうしているんですか?」

「ほとんど自炊です」

「料理が好きなんですね?」

「嫌いではないですが、教職員の給料で毎日外食はできませんから」

「で、いつもひとりで食事を?」

「はい」

「さみしくはないですか?」

「慣れて・・・ますから・・・」

「その感じだとさみしいんですね? 団らんが恋しい。そうですよね?」

「あ・・・そうです・・・」

「では、今日は吉川充と食事をしましょう。あなたは、話し相手が欲しくて、吉川充を自宅に招きます。彼は、とてもよい話し相手です。いいですね?」

「はい」

「それでは、いま、吉川充にメールを送りましょう。住所を書いて、あなたの部屋をたずねるようにと」

「はい。わかりました」

 浅田杏子は慣れた手つきでiPhoneを操作する。

 なにしろ、学校にいては時間的制約がある。浅田杏子を攻略するには何日かかけないと無理だと思っていたが、時間を一気に短縮できる可能性が高まった。

 時計を見ると5時半だ。

「さて、キョーコは現実に戻ります。目が覚めると身体が軽くなって、とてもいい気分ですよ。吉川充を食事に招待したことだけが記憶に残ります。あなたに戻りなさい」

「あっ・・・」

 目を覚ました浅田杏子はキョロキョロとあたりを見まわす。

「どうですか、先生。気分は?」

「よ、吉川君・・・私・・・」

「きれいにかかっちゃったね。気持ちいいでしょ?」

 水樹が笑って言う。

「ほんとに? 覚えてない・・・不思議・・・」

 ちょっと不安げな目を充に向ける。

 充が笑いかけると、浅田杏子は水樹の方を向き、心配するようなことは何もなかったと思ったのか、安堵のため息をついた。

「すごいわね。市川さんが言ったとおり身体が軽い・・・」

「でしょ。先生ったら疑い深いんだから」

「今日はこれくらいにして、そろそろ帰りますが、できれば先生にはまた協力して欲しいんです。文化祭の準備で忙しいので進路指導室も借りたいし」

「いいわ。空いていれば使っても。必ず声をかけてね」

「ありがとうございます。じゃあ、失礼します。市川、行こう」

「はい、先輩。じゃ、先生、さよなら」

「気をつけて帰るんですよ」

 すっかり機嫌を直した水樹に浅田杏子は手を振って答える。

「ミズキは家に帰る。そして進路指導室であったことはすべて忘れる。いいね?」

「はい」

 まだ心の底にいる水樹は素直に返事をする。

「ミズキはわたしの相棒として今日はとてもいい仕事をした。ご褒美をあげよう。今日、寝る前に吉川先輩に抱かれるところを想像してひとりエッチをするんだ。そうすると感じすぎてイクと同時に気を失って朝まで起きない。そして、朝起きると、現実に戻って、とても気分が良くなる。わかったね」

「はい」

 ちょっとした実験だった。電話では試したが、解くキーワードを与えなくても現実に戻るのか試してみたかった。それに、今夜は浅田杏子のところへ行くつもりだ。水樹をかまう時間も場所もない。

「では、帰りなさい」

「はい」

 充は水樹の後ろ姿を見送ってから自宅へ帰る。戻っていた母親の質問に適当に答えながらシャワーを浴びて私服に着替える。そして、帰りは遅くなると言い残してチャリで鷺沼へ向かった。

 浅田杏子が住んでいるというマンションはごく普通のワンルームらしい建物だった。

 インターホンを押しても反応がないので、向かいにある喫茶店の窓際に座って充は浅田杏子の帰りを待つことにした。入り口で待っているのは物欲しげでかっこ悪いし、あまり目立つのも今後のことを考えると具合が悪い。

 コーヒーを飲んでいるとiPhoneが震えてディスプレイに静香の名前が表示された。

「お母さんから聞いたんだけど、あんた、夕ごはん食べてくるんだって?」

 電話に出ると、静香がいきなり切り出してきた。

「うん」

「それって・・・」

「なんかさ、今朝の様子じゃバツがわるくて・・・頭冷やさないと・・・」

「そっか。充も考えてくれてんだね」

「それに、アネキと二人だったらいいけど、母さんがいたら、どんな顔していいのかわからないし・・・アネキはもう平気なの?」

「そう言われれば、そうだね。でも・・・」

「でも?」

「本音言うと、あんたの顔が見たくって早く帰ってきたから、ちょっとガッカリかな・・・」

「俺も・・・また甘えちゃいそうだから、今日はアネキが寝たくらいの時間に帰るよ。母さんにも、そう伝えといて」

「わかった・・・」

「うん・・・じゃあ・・・」

 静香は、まだなにか言いたそうだったが、充は一方的に電話を切ってしまう。そして、ため息をついた。実際、浅田杏子のことがなかったら、夜中に忍び込んで一緒に寝たいくらいの気持ちだったのだ。催眠をかけた静香の方が気持ちは強いはずだから拒否できないだろう。充は、これから静香とどういう関係でいればいいのか、また考えてしまう。

 しばらく、ぼんやりと外を眺めていると、駅の方から見慣れたスーツ姿の浅田杏子がスーパーの袋を持って歩いて来るのが見えた。

 充は浅田杏子を見た途端にスーツ姿のまま犯したいという欲望の虜になった。静香は充の癒しだ。その静香との未来が見えない反動なのか、充は破壊の衝動に駆られた。

 いままでの催眠を反芻していく時点で、すんなりとセックスにたどり着くよりも、抵抗の言葉を聞いているときの方が興奮することがわかった。催眠をうまく使えば、そんな願望も容易に叶えることができるはずだ。そういう意味で浅田杏子は最初のエジキにふさわしいと思った。

「先生」

 充は喫茶店を出て浅田杏子に声をかける。

「吉川君・・・もう・・・」

「早く着いちゃったんで、そこの喫茶店で待ってたんです。もうすこし後の方がよければ待ってますが・・・」

 もし待てと言われたら、その場でキーワードを唱えるつもりだった。

「いいわ。こっちよ」

 ちょっとだけ間があって、浅田杏子はそう答えた。そしてエントランスにキーを差し込む。自動ドアが開くと先に入って、学校では見せたことのない笑みを浮かべながら手招きをした。

 催眠の効果が普段にどのように影響を与えるものなのかを確かめたい気持ちもあった。だから浅田杏子の判断は充にとってありがたいものだ。

 エレベーターに乗った浅田杏子は最上階のボタンを押す。

 通された部屋はステューディオタイプと呼ばれる広めのワンルームだ。

「すてきな部屋ですね」

 シンプルながらもセンスのいいインテリアを眺めながら充が言う。

「最上階だから、これからの季節が大変なの。帰ってくると熱気がこもっちゃって・・・それより聞きたいことがあるの・・・」

 浅田杏子は氷を入れたコップにペットボトルのお茶を注ぐと小さなテーブルに置いて言った。

「なんですか?」

「放課後のこと。私からなにを聞き出したの?」

 浅田杏子は机の脇にあったアーロンチェアーに座る。

「聞き出すだなんて・・・ただ、催眠をかけて心の中で遊んでもらっただけです。気分がよくなったでしょう?」

「うそ・・・」

「えっ・・・?」

「だって・・・私・・・泣いたみたいだった。目が腫れていたから」

「悲しいことは涙と一緒に流しましょうと言っただけです。セルフヘルプ系では普通のメソッドです。カタルシスが得られますからね」

 さすがに鋭い。充は冷や汗をかいたので、出されたお茶をひとくち飲んでから言った。

「そう・・・」

 浅田杏子はすこし落胆した様子で言った。

「仮に、プライベートなことを聞こうとしても、あそこには市川がいましたから滅多なことは聞けるわけないじゃないですか。で、ここに俺を呼んだってことは、なにかストレスか悩みがあるんですよね?」

「・・・」

「俺が聞き出して気持ちを楽にすることはできると思います。でも、そうなると先生の私生活や秘密を知ることになっちゃう。だから、あまりオススメしませんけどね」

「本当に楽になれるのかしら・・・」

 浅田杏子はひとり言のようにつぶやく。

「先生は一回催眠にかかっているから、わりと簡単なはずです。問題はプライベートなことだけです。臨床心理士とかには秘守義務がありますけど俺にはないし、まして先生と生徒ですからね」

「吉川君をここに呼んだのは生徒としてじゃなく・・・ひとりの知り合いのつもりだったのに・・・」

「ダメですよ。俺には先生の秘密を知って平気でいられる度量はないですから」

 充は笑って言う。

「市川さんにはできても?」

「さすがですね。怖いなあ・・・その洞察力・・・」

「市川さんとは特別な関係? その・・・男と女の・・・」

「彼女は演劇部の後輩です。ただ、俺が彼女のストレスを取り除いたから感謝以上の気持ちを持たれていますけど・・・だからといって、男と女の関係にはならないですよ」

 充は苦笑をまじえて言う。もちろん演技だ。

「はぁ~っ・・・」

 浅田杏子は大きくため息をついた。

「その様子じゃ、よっぽど深刻らしいですね。セラピストを紹介しましょうか? それとも、ここで軽い暗示を試してみます? 記憶が残る程度の」

「そんなこと、できるの?」

「はい。スポーツ選手の自己暗示程度のものですが、けっこう楽になると思いますよ」

「それ、やってくれる?」

「いいんですか?」

「どうして?」

「先生、疑っていたじゃないですか・・・その・・・市川のこととか・・・」

「もし、あなたが変なことをしたら警察に訴えるだけ。見くびってもらっちゃ困るわ」

「わかりました。進路指導室でも言いましたが、すこしだけ身体に触りますよ。暗示にはスキンシップが必要なんです」

「それくらいならいいわよ。そのかわり・・・」

「わかってますよ・・・じゃあ、はじめます」

 充は立ち上がって浅田杏子に近寄る。

「お願い」

「まずは首を固定します・・・そのまま上を向いて・・・目を閉じて・・・」

 浅田杏子の傍らに立った充は、左手を後ろにまわして首筋をつかみ、右手をひろげて額を押した。

「そうです・・・いま、あなたが悩んでいることを頭に浮かべて・・・」

 充は右手の親指と人差し指で浅田杏子のまぶたを軽く押さえる。

「あなたの心は袋のようなものです。その袋の中に悩みを詰め込んでください」

 浅田杏子はしっかりと充の言葉を聞いている。

「心の袋の片隅に小さな穴が開いています。その穴から、すこしずつ悩みを押し出していくところをイメージしてください・・・」

 そう言いながら充は袋を押すような動作で首筋を軽く揉んだ。

 浅田杏子はおとなしく指示に従っている。

「わたしに還りなさい」

 充はその状態でキーワードを唱えた。

 ガクリと浅田杏子が脱力する。

「キョーコ・・・」

「はい・・・」

「わたしは誰ですか?」

「わたしの・・・導師・・・」

「そうです。いま、キョーコは吉川充に自己暗示の方法を教えてもらっていました。けれども、わたしの方が力は強い。なにを悩んでいるのか言ってみなさい。解決してあげましょう」

「私・・・父の亡霊から離れられないんです・・・」

「亡霊?」

「この前も体育教師の三上さんから食事の誘いを受けたんです。でも、どうしても父と比べてしまって・・・くだらない男に思えて断りました。それに、私、毎晩父のことを思い出して自分を慰めているんです。こんなこと・・・やめたいのに・・・やめられない・・・」

「重症だな」

 ここまでファザコンだったのかと充は驚く。

「最近では道具も使うようになって・・・しまって・・・」

「道具?」

「バイブレーターです・・・なぜか・・・父の姿と重なって・・・どうしても、やめられないんです」

 ショッキングな告白に、充は運が自分に味方していることを感じた。

「あなたは、それをやめたいんですね?」

「はい・・・このままだと、まともに生きていけない気がして・・・」

「なるほど・・・それはショック療法が必要だ・・・」

 抵抗する浅田杏子を犯したいという願望を叶えるシナリオが固まった。

「ショック療法?」

「そう。キョーコは父親の優しさと大きさが忘れられない。このままだと、その幻がどんどん大きくなって押しつぶされてしまいますよ。いままで恋人ができたことはないのですか?」

 努めて導師らしい重々しい口調で話す。

「一度だけ・・・でも、父と比べて・・・すぐに別れてしまいました・・・」

「それは、いつのことですか?」

「ケンブリッジへ行っていたときです」

「相手は?」

「同じ留学生で・・・やさしい人だった・・・けど、もの足りなかった・・・」

「キョーコは父親以上の強い存在に支配されなければならない。それが、いまの状態から逃れる唯一の方法だ。いまの状態は悩みなどという生易しいものではない。キョーコが言った亡霊による呪縛だ。このままでいると、取り返しのつかないことになる」

「どうすれば・・・」

「肉体的な支配がキョーコを亡霊の呪縛から解放する」

「・・・」

「誰がいいかな・・・もし支配を受けても信用のできる男・・・そうだ、キョーコは、いま吉川充の施術を受けている。吉川充はどうだ? 吉川充に犯され支配されるのは?」

「でも・・・吉川君は生徒・・・」

「だからこそだ。肉体的な関係を結んでも表に出すことはできない。それは向こうも同じ。お前の呪縛が秘密にできるから都合がいいではないか。いまキョーコのまわりで、彼以上の条件を持った男を見つけるのは難しい。それとも、キョーコは、あの男が嫌いか?」

「いいえ・・・生徒なのに・・・なぜか気になるというか・・・つい夕食に誘ってしまいました・・・」

「それだ・・・」

「えっ・・・?」

「それなら最高の状態で条件を満たしている。吉川充がキョーコを襲うよう仕向けるのだ。ただ交わるのではなく、暴力で犯され屈服することでしかキョーコは解放されない」

「そんな・・・」

「やるしかない。そうしなければキョーコは一生、亡霊の呪縛から離れられないぞ。行き着く先は廃人だ。それでもいいのか?」

「ああ・・・いや・・・」

「ならば、やるしかない。吉川充に襲わせて、キョーコは最後まで抵抗するのだ。ただ、抵抗すればするほどキョーコの身体は性的に感じてしまう。そして道具なんかでは得られない快感に満たされる。暴力で支配され、キョーコは生まれ変わる。だから抵抗しても逃げることはできないし、助けを呼ぶこともできない。犯され、蹂躙されて、いままでに感じたことのない快感を得るのだ。そして支配されたときキョーコは呪縛から解放される。わかったな?」

「は、はい・・・」

「ならば、戻るがいい。吉川充はずっとお前に稚拙な暗示をかけているぞ。あなたに戻りなさい」

「・・・」

「小さな穴から、すこしずつですが悩みが抜けていきます・・・ほら、だんだんと心の袋が軽く、楽になっていきますよ・・・どうですか? コツみたいなものが、つかめましたか?」

「うん・・・楽になった・・・吉川君、ありがとう」

 浅田杏子は目を開いて微笑む。

「吉川君は紳士ね」

「えっ・・・?」

「この部屋で二人きり、私が無防備なのに、なにもしないで一生懸命やってくれて・・・」

「そんな・・・」

 媚びるような浅田杏子の目つき。その臭い芝居に、充は内心苦笑しながら、ちょっと困った振りをする。

「私だって教師だから吉川君くらいの世代の男子が何を考えているか知ってるわ」

「せ、先生・・・」

「なのに吉川君を呼んじゃった」

 浅田杏子は充の目を見つめる。

 ゴクリ

 わざと充はツバを飲み込む。

「頭がボーッとしちゃって、うまく立てない・・・吉川君・・・手を貸して」

 充の方へ右手を伸ばす。

「もっと・・・しっかり持って・・・」

「はい・・・」

 充は握った手に力を込める。

「あっ! きゃあっ!」

 立ち上がろうとした浅田杏子は、よろけて、充に覆い被さる恰好でベッドに倒れ込んだ。

「ああん・・・立てない・・・どうして・・・」

 浅田杏子は、その大きなバストを充の顔に押しつけてもがく。

「せ、先生! 俺・・・がまんできないよ!」

 さすがにお堅い教師だけあって誘い方は、わざとらしくて陳腐だ。だが、充も純情な生徒を演ずる。

「吉川・・・君・・・だ、だめぇ・・・」

 下から思いきり抱きしめられて浅田杏子は甘い声を出してもがいた。

 じっさい、顔が押しつけられているバストがジンジンと疼いている。

「だめっ! やめて! ああっ!」

 充の手が背中からヒップまで這いまわる。

 浅田杏子がその手から逃れようともがくと、それ以上の力で引き寄せられてしまう。

「くそっ! もう、どうなってもいい! 先生は俺のものだ!」

 充はそう叫んで、浅田杏子を抱きしめたままゴロリと転がって体勢を入れ替えた。

「だめっ! ゆるして! 私たち・・・教師と生徒なのよ!」

 浅田杏子は必死の形相で訴える。

「もう遅い! ここまで来たら・・・」

「きゃあぁぁぁっ!!」

 充はブラウスの合わせ目をつかんで、思いきり左右に拡げた。

 ブチブチとボタンが飛ぶ音がして黒いブラジャーが露わになる。

「くっそぅっ! こんなエロいブラジャー着やがって」

 カップの合わせ目を押し上げられてバストの半球が歪んで露出した。

「こうしてやる!」

「やっ! やめて! これ以上は・・・だめ! あああっ!」

 押し退けようとする手をかいくぐって充の頭はバストに到達した。

 薄茶色の乳首を吸われて浅田杏子は悲鳴を上げる。

「ああっ! やめて・・・お願い・・・だめ・・・だったら・・・」

 獲物にむしゃぶりつく肉食獣のように、充は浅田杏子の乳首を吸い、乱暴にバストを揉む。

 浅田杏子は別の意味で夢中になっていた。もがいたり、抵抗したりすると、疼きというよりは小爆発に近い快感がおとずれて子宮を直撃する感じなのだ。

「そこっ・・・だめっ! あうぅぅっ!」

 乳首を甘噛みされて浅田杏子は背中をのけ反らせる。

 ベッドと背中に間にできた空間を利用して、充はブラウスとジャケットの襟をつかんで肩を剥き出しにする。

「いやぁぁぁぁぁっ!!!」

 後ろ手で縛られたような体勢になった浅田杏子は悲鳴を上げただけで軽く達してしまった。

「ゆるして・・・ああっ・・・おねがい・・・」

 充は背中に手をまわしてブラジャーのホックを外していた。

「エロ過ぎる!」

 前をはだけ、身動きできない状態でバストを晒す浅田杏子を見て、充は思わず叫んでいた。

 逃げられないのをいいことに、充はスカートを捲り上げる。

 パンティストッキングがブラジャーと揃いらしい黒いショーツを淡く見せている。

「や・・・やめて・・・はうっ!!」

 手のひらで恥丘が包まれ、親指が敏感な部分に触れた。

「この、こんもりした感じが・・・すげぇ・・・」

 充は手のひらで滑るようなストッキングの感触と、秘部から立ちのぼってくる湿気を楽しむ。

「はんっ! んんんぅぅぅ・・・」

 恥丘を撫でまわされ浅田杏子は身をよじって悶える。

「先生の匂い嗅いでやるよ」

 充は膝を持ち上げM字に脚を開かせてしまう。

「だめ! だめぇぇぇぇぇっ!!!」

 鼻先がクリトリスにあたり、充の息づかいが二枚の布など存在しないかのように秘肉を刺激する。

「邪魔だな。これ」

 充はパンティストッキングをつまんで爪を立て、ちょっと伝染を作ると、その穴に指を入れて引き裂いた。

 ビビビッと鋭い音が部屋に響く。

「ひ、ひぃぃぃぃっ! たすけて・・・ください・・・」

「こんなに濡れて・・・」

 露わになったショーツのクロッチ部分は蜜で染みになっており、秘肉に密着して舟形のシルエットがはっきりと浮かび上がっている。

 充は強引にその部分を横にずらした。

「こ、これ以上は・・・ゆるしませんよ・・・いまだったら・・・誰にも言わないから」

 浅田杏子は精一杯の虚勢を張る。が、声が恐怖に震えていて、まるで説得力がない。

「こんなに濡れてるくせに」

「あうぅぅぅっ!!!」

 露わになった秘肉に指先が触れただけで浅田杏子は高く喘いで痙攣した。

「警察にでも、どこでも訴えるといい。ここまで来たら最後までやるだけだ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 充が中指を一気に挿入すると長く高い喘ぎが部屋中に響いた。

「すげぇ・・・洪水みたいだ・・・」

 グチュグチュと音を立てて充が蜜壺をかき回す。

「うあっ・・・あんっ! あうっ! だ・・・だめぇっ!!」

 浅田杏子はそう叫ぶと大きな痙攣を繰り返した。誰が見ても絶頂を迎えたのがわかるほどの反応だ。

「まずは一回戦だ」

 充はジーンズのベルトを外してトランクスと一緒に下ろす。

「だ、だめ・・・それだけは・・・ゆるして・・・」

 浅田杏子の視線は屹立に釘付けになった。

「滅茶苦茶にしてやる・・・」

 充はそう言うと浅田杏子に覆い被さった。

「たすけて・・・おねがい・・・」

「だめだね・・・先生の身体、楽しませてもらうよ」

 充は凄絶とも言える笑みを浮かべて屹立を秘肉にあてがう。

「あうぅぅぅぅっ!!」

 先端が触れただけなのに浅田杏子は長く喘いで身体を震わせた。

「なんだよ。これからなのに・・・ほら!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 一気に挿入され、浅田杏子は絶叫して白目をむいた。

「あんっ! あんっ! あんっ! あんっ! あんっ! あんっ!」

 杭打ち機のように激しく力強い挿送に浅田杏子は言葉を失い、そのうちに動きに合わせた高く短い喘ぎを発するだけになってしまった。

 充は攻め続ける。

「あくぅぅっ! んんっ! いくぅぅぅぅぅっ!」

 そして、ついに屈服したとも思える調子で喘ぐと、いままでにないくらい激しく痙攣を繰り返した。

 それでも充の律動は止まらない。

「んんんぅぅぅっ! だめ・・・これ以上は・・・死ぬ・・・死んじゃうっ!」

 痙攣にシンクロして蜜壺の内部が収縮して屹立を締めつけてくる。おまけに襞が蠕動しているような感触がある。

「出すぞ!」

 浅田杏子を支配するには中で出すことが必要だと思った。

 後先のことなど考えて情けをかければ、いい結果が出ないことを、充は本能的に悟っていた。

「だめぇぇっ! それだけは、ゆるして! あっ! あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 放出された熱いものを感じた浅田杏子は背中をのけ反らせて硬直した。

 よほど深く達したのか、屹立を引き抜いてもビクンビクンと痙攣を繰り返し、その目はあらぬ方向を向いて焦点を結んでいない。

 充はiPhoneを出して、その姿を写真に収める。

 そして、痙攣する他は、ぐったりとしている浅田杏子の服を充は脱がせはじめた。

 腕にまとわりついたブラウスとジャケットを抜き取るとブラジャーを取り去る。スカートのホックを外して引き抜くように脱がせると、破れたパンティストッキングを引き下ろして、ショーツも下ろしてしまう。こうして浅田杏子は生まれたままの姿になった。

 浅田杏子の身体は文字通りナイスバディだった。月並みな言い方だが肌は抜けるように白い。その肌が興奮で桜色に染まっている。お椀を伏せたようにと言うには大きく形のいいバストは、まるで半分に割ったゴム毬のようだ。頂には可憐とも言える色素の薄い乳首。ボリュームのある腰回りへと続くウエストはすっきりとくびれている。

 その眺めは感動的ですらあった。

「もう、先生は俺のものだよ」

 そう言って、充はiPhoneを向ける。

「よ・・・し・・・かわ・・・くん・・・の・・・もの・・・」

 浅田杏子が、そう言って充の方を向いたときシャッターを押した。

 撮られた。そう思っただけで甘い感覚が子宮を襲った。

「わたしは・・・しはい・・・された・・・」

「しはい? そうか、わかった。先生は支配されたかったんだ。それが悩みだったんですね」

「あ・・・」

「だったら俺が支配してやりますよ。たっぷりとね」

 充の不敵な笑いを見て、浅田杏子は身震いする。しかし、その言葉が子宮に響いた感じがして秘肉が熱く疼いた。

「まずは俺のものを舐めて元気にしてください」

 充はシャツを脱ぎながら言った。

 充のものは硬度は失っているものの、大きさはほぼそのままで下を向いている。

「そうだな。ここがいいや」

 充はアーロンチェアーに座る。

「ここにひざまずいて俺のものをしゃぶるんだ」

 そう言って充は脚を開く。

 充がアーロンチェアーに座ったのにはわけがある。机の上にはパソコン、そして難しそうな本が整然と並んでいる。ここは浅田杏子の仕事場であり、この部屋の中で一番大切な場所だ。そこへ座って浅田杏子に奉仕をさせるのだ。

「意味はわかるよね?」

「は・・・はい・・・」

 浅田杏子は震えながら答える。

「じゃあ、はやく・・・命令だよ」

「はい・・・」

 しかし、浅田杏子は充の前まで来てひざまずいたまま動かなくなってしまった。

「どうした? はやくするんだ。まさか嫌だなんて言わさないぞ」

「あ・・・あの・・・」

「なんだ?」

「私・・・初めてで・・・その・・・怖くて・・・」

「初めて? あんなに感じていて処女じゃあるまいし、嘘をつくな」

「しょ、処女ではありませんが・・・本当にしたことがないんです」

「先生と付き合った男たちはフェラチオさせなかったってこと? 信じられないな」

「男たちなんて・・・ひとりだけです・・・それも、ごく短いお付き合いでした」

「で、あんなに感じちゃうの? おかしいよ」

「そ、それは・・・」

「なにか秘密がありそうだね」

「・・・」

 そこまで言われて浅田杏子は黙り込んでしまった。

「言えないのか?」

 充はさらに強い口調で言う。

 浅田杏子はうつむいたままだ。

「まだ自覚が足りないみたいだね。しゃぶれ」

 いくら催眠をかけたとは言え、素のままの浅田杏子がバイブレーターを使ったオナニーを告白するには段階が必要だろう。この場所でフェラチオをさせるか、もう一回身体を交えてから聞き出すのが得策だと充は思った。

「・・・」

 浅田杏子はまだ躊躇っている。

「しゃぶれないならお仕置きだな」

 その言葉を聞いて浅田杏子はビクンと震えた。

「床に四つん這いになれ」

 その反応を見て父親にお仕置きをされたことがあるんじゃないかと考えたのだ。案の定、浅田杏子はヒップを向けて四つん這いになった。

「悪い子だ」

 充は大きく振りかぶって平手で浅田杏子のヒップを叩いた。

 パチ~ンッ、と派手な音が部屋に響く。

「あうっ!」

 ショックで声が出る。

「パパ・・・」

 すぐ、その後でそう言ったように聞こえた。なぜか、その言葉を聞いて充は昂ぶってしまった。

「いま、なんて言った?」

 充はもう一度叩く。

「ああっ!」

 叩かれて浅田杏子は明らかに感じている様子だ。

「叩かれて感じるなんて・・・それに、パパって言ったな? もしかして、パパにお仕置きされるところを想像してオナニーでもしていたんじゃないのか? だから支配されたいんだ。言え!」

 充はさらに力を込めて叩く。

「ああっ! ゆるして!」

 喘ぎとともに浅田杏子が懇願する。

「言わないなら、こうしてやる!」

 充は浅田杏子の後ろにひざまずいて、甦ったものを一気に挿入する。

「いやぁぁぁぁっ!!」

 予想もしていなかった充の行動に、浅田杏子は悲鳴にも似た喘ぎ声をあげて背中をのけ反らせた。

「言え! 言うんだ!」

「ああっ! ごめ・・・んなさい・・・して・・・ました・・・あぁぁっ!」

「こんなに感じるなんて、どんなオナニーしていたんだ?」

 充は挿入と同時にテンポの速い挿送を開始した。

「やっ! あんっ! あんっ!」

 パンパンとヒップの肉を打つ音と喘ぎ声がシンクロする。

「言わないとお仕置きだよ」

 充は挿送の速度をさらに速める。

「ああっ! そんなに・・・あああっ!!! だめぇぇぇぇっ!!!」

 浅田杏子は一気に登り詰めてしまう。

「なんだ・・・気持ちよがらせるだけか・・・だったら、これはどうかな?」

 充は親指を舐めて唾液をたっぷりと付けた親指を、ヒクヒクと蠢いているアヌスに挿入する。

「うぁぁぁっ! そ・・・そこは・・・ああぁぁぁっ!」

「感じるみたいだね?」

 浅田杏子は必死で首を振って答える。

「言わないなら、こっちにオチンチン挿れちゃうよ」

 充は親指でアヌスをかき回す。

「ひぃっ! やっ・・・やめて・・・言います・・・言いますから・・・おねがい・・・」

「じゃあ言いなよ」

「は、はい・・・道具を使って・・・オナニーしていました・・・毎日・・・」

「道具?」

「バイブレーターです・・・ああっ・・・ゆるして・・・」

 親指の動きに反応して浅田杏子はヒップをくねらせる。

「どこにあるの?」

「そ、そこの・・・ヘッドボードの引き出しに・・・いやぁっ!」

「ヘッドボード?」

「ベッドの・・・上の・・・ああっ! だめっ! たすけて・・・」

「そんなこと言って感じてるみたいだね」

「いやっ! そこ・・・だめぇっ~!」

 言葉とは裏腹に浅田杏子の声は甘い。

「なら、そのバイブレーター持って来てもらおうかな。見せてよ、それ」

「あああぁぁ・・・そんな・・・」

 充に屹立と親指を引き抜かれて浅田杏子はその場に崩れ落ちてしまう。

「言うことを聞けないなんて、まだまだ、お仕置きが必要みたいだね」

 充が浅田杏子をお姫様抱っこしてベッドに運んだのは、自分と父親をオーバーラップさせる意図があった。バイブレーターを使って浅田杏子を悦楽の縁へ追いやれば、自分を父親以上の存在と認識して支配は完成するはずだ。

「これだね」

 ヘッドボードの引き出しを開けて充はシリコン製のバイブレーターを取り出した。色は濃いピンク。初めて手にする禍々しいとも言える物体に興奮しながら、充は努めて冷静な声で言った。

「ふ~ん・・・こうなってるんだね。こんなもん、どこで買ったの?」

 スイッチを入れると先端と枝分かれした子機が振動するのを確認しながら、充は聞いた。

「密林です・・・」

 ベッドに横たわり、まだ荒い息で豊かなバストを上下させている浅田杏子が答える」

「密林? ネットショップの?」

「はい・・・あるとき・・・偶然見つけてしまって・・・つい・・・」

「で、ハマっちゃったんだ?」

「・・・」

「そんなにいいの?」

「・・・」

 浅田杏子は答えられない。

「黙ってちゃわからないよ。そうだ、試せばいいんだ」

「あっ・・・いやっ・・・なにを・・・」

 充はベッドの下方に移動して浅田杏子の脚を開かせる。

「ああっ! だめっ!」

 振動したままの先端を秘肉へ押しつけると、浅田杏子はあえぎながらも、ずり上がって逃れようとする。

「逃げるな!」

 膝立ちした充が一歩踏み出すと、その勢いでバイブレーターが蜜壺へ潜り込んだ。

「いやぁぁぁっ!」

 思わず腰を浮かした勢いで、さらに深く埋まってしまう。

「なるほど、こうなってんだね」

 酷薄とも見える笑みを浮かべた充は、子機をクリトリスに押し当てる。

「あうっ! あううっ!」

 浅田杏子が腰をバウンドさせた。

「もうイキそうなんだ・・・だったら、イクとこ見せてね。先生って、こんなにエッチだったんだね」

 充はバイブレーターを根本まで押しつけながら小刻みに揺らす。

 蜜と充の精液が混ざったものがジュブジュブと音を立てて溢れ出した。

「ああっ・・・違うの! いやっ! だめっ! いやぁぁぁぁぁっ!!!」

 絶頂を迎えた浅田杏子は何度も痙攣を繰り返す。

「まだまだ、これからが仕上げだよ。俺が先生を支配したことを思い知らせてやる」

 充は浅田杏子のヒップを持ち上げて膝の上に乗せると屹立をアヌスへあてがう。

「ああ・・・もう・・・だめぇ・・・」

 浅田杏子は余韻で何をされているのかわからないらしい。

「うあっ! ああっ! うそ・・・あぁぁぁぁっ!」

 絶頂後の弛緩と、溢れ出たものが潤滑剤になったのが功を奏して亀頭がズブリと埋没した。

「どうだい? 生徒に尻の穴を犯されて支配される気持ちは?」

「うそ・・・うそぉぉぉっ!」

 浅田杏子の声は甘い。

「これが現実です。先生は俺に支配されたんですよ」

 そう言って充は結合を深めていく。

「あぐっ! んぅぅぅっ!」

 浅田杏子の声はもう言葉にならない。

「こっちも」

 充はバイブレーターの根本に並んでいるスライドスイッチを最大にする。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 浅田杏子が絶叫した。

 充の屹立にも薄い肉を通して振動が伝わってくる。

「先生は俺のものだ。声に出して言うんだ!」

「あっ! ああっ・・・私は・・・」

「そう」

「私は・・・吉川くんの・・・もの・・・あああっ!」

「もう一度!」

「私は・・・吉川君のもの・・・ああんっ!」

 墜ちた。と、充は思った。

 充が微妙に律動しているので浅田杏子の喘ぎがとまらない。

「よく言った。ご褒美だよ」

 充は律動を速めて、バイブレーターも動かす。

「あああっ! そんなにしたら・・・ああっ! いっぱいに・・・こわれ・・・ちゃうぅぅぅっ!」

「壊れればいい! 先生の過去と一緒に・・・全部壊してやる!」

「よしかわ・・・くん・・・くっ・・・くぅぅぅぅぅっ!」

 最後は「イク」と言いたかったのだろうか? 浅田杏子は絶叫して身体を硬直させた。

 アヌスが屹立をすごい勢いで締めつけてくる。

「洗礼だ!」

 充は叫んで思いきり放出する。

「あっ・・・熱いのが・・・いっぱい・・・あぁぁぁ・・・」

 直腸を直撃した奔流を浅田杏子は甘い声で「熱い」と表現した。

 屹立を引き抜く。刺さったままのバイブレーターのくぐもった音、浅田杏子は、まだ痙攣を続けている。それも抜き去ると、ぐったりと脱力した。それでも、ときおりヒクリと身体を震わせている。

「わたしに還りなさい」

 とどめを刺してやろうと充はキーワードを唱える。しかし、浅田杏子の様子はほとんど変わらない。

「キョーコ」

 充が声をかける。

「はい・・・」

「わたしがわかるな? わかったら名を呼べ」

「私の・・・導師・・・」

「そうだ。キョーコはわたしのお告げに従って呪縛から解放された。父親の存在を忘れることはないだろうが、お前を支配する者は替わった。わかるな?」

「はい・・・」

「その者の名を述べよ」

「吉川・・・吉川充・・・君・・・です・・・」

「そうだ。キョーコは吉川充に支配された。しかし安心するがよい。吉川充は秘密を守るし、お前を満たす唯一無二の存在だ。これからの生活はよろこびに満ちたものになる」

「はい」

 浅田杏子は顔を輝かせる。

「しかし、吉川充はキョーコの恋人ではない。支配者だ。そして特別な存在。他の女が吉川充を讃え、身体を交えてよろこぶこともある。それに嫉妬してはいけない。なぜなら、それはキョーコにとって誇らしいことだからだ。お前の支配者が他者から讃えられるのは、お前のよろこびでもある。けっして裏切りなどと思わぬよう。そうすれば、吉川充はキョーコによろこびを与え続ける。わかったな?」

「はい」

「ならば・・・あなたに戻りなさい」

 充がキーワードを唱えると浅田杏子はビクンと身体を震わせた。

「先生」

「あ・・・よしかわ・・・くん・・・」

「俺は自分が誰なのかわかった。これは運命だね」

「・・・」

「学校では、いままでどおり先生と生徒でいよう。でも、ときどき、ここへ遊びに来るよ。ふたりで楽しむために。いいね?」

「はい」

 浅田杏子は、こっくりとうなずく。その表情は晴れやかで艶っぽい。

「さてと・・・ふたりとも裸だし、一緒にシャワーを浴びて、ごはんを食べようよ。用意してくれてたんでしょ?」

「あ・・・忘れてた・・・一緒に・・・」

 そこまで言って浅田杏子は頬を朱く染める。

 ツンデレ一丁あがりぃ。充は心の中でそう言って笑った。

 風呂と食事を挟んで、もう一回戦がんばった充が帰宅したのは深夜だった。

 疲れているはずなのに興奮してベッドに入ってもなかなか寝付けない。

 どれくらい時間が経っただろう、部屋のドアが静かに開いた。薄目を開けると月明かりに静香の姿が見えた。ベッドの傍らに立って充を見下ろしているが、暗すぎてその表情は見えない。

 声をかけるのが、なぜかはばかられて充は寝たふりを続ける。

 静香はすっとしゃがみ込むと、ごく軽く充に唇を重ねた。そしてまた静かに部屋を出て行く。

 もし、浅田杏子とのことがなかったら抱き寄せてしまっていただろう。

 充は二人の年上の女を手に入れたのだと実感した。それも、現実世界で。充にとっては静と動、正反対の存在のような気がする。この先どうなるのかは充にもわからない。

 なるようにしかならない。欲望の赴くまま催眠術を使うだけだと隼人は思った。

< つづく >

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