剣姫編 5(後編)
「姫、失礼します」
「爺か」
丁度王女が王子の部屋に着いた時である。
剣姫もまた、訪問を受けていた。
相手は無論、育ての親でもある古強者である。
「どうした、こんな時間に」
やや怪訝そうに姫が尋ねた。
「いえ、準備は順調に整ってきてございます」
「そうか」
姫は満足そうに答えた。
「で、それだけを言いに来たのか?」
「……それですが……」
爺は言葉に詰まる。
「兄上の事か?」
姫が助け舟を出した。
これは予想通りの事だった。
「……恐れながら」
爺が恐縮しながら続ける。
「皆、何故姫が次の王に殿下を薦めるのか疑問に思っております」
爺は姫の目を見ながら言う。
「皆、姫が王になられると思ってるからこそ、協力しております」
爺の目もそう言っていた。
「なのに何故……」
「――それはな」
姫が遮って話し出した。
「私も王になれば、兄上に負けぬ政治をする自信はある」
「では、何故?」
姫はやや目を伏せた。
「爺よ、怒らずに聞いてくれるか?」
それは親代わりにだけ見せる声色だった。
「私はな、弱い者の気持ちがわからないんだ」
爺は驚いた。
「私は幼い頃から何でも出来た。他の者に負けた覚えもない」
それは爺も良く知っていた。
まさに自慢の娘だった。
「だから負けるとか、出来ないと言った気持ちが理解出来ない」
自嘲気味に語る。
自分がいかに傲慢な事を言っているのか理解していた。
「王になって、今とは違う政治をする自信はある」
姫は爺の目を見た。
「だがそれは、どうすれば良いか頭で考えているだけだ」
「それではいけませんか?」
爺が疑問を挟む。
「いけなくはないだろう。だが、他に適任者がいれば別だ」
「それが、殿下だと?」
「そうだ」
姫は迷い無く言った。
「兄上は弱い。王の血を引いているとは思えぬ程に」
無礼とも取れる発言だった。
「だが、弱いが故に、弱い者の事がわかるのだ。私の様に頭で考えるのでは無く」
「それで殿下を……」
「そうだ。政治とは王が全てを行う物では無い。不足は他者が補えばいい」
姫は未来を夢見る様な目で言う。
「だが、王が弱い者を虐げるようでは今と変わらない。だが……」
そして爺を正面から見る。
「兄上なら大丈夫だろう」
「そうですか」
爺は答える。
その顔はまだ完全には納得していないようだったが、姫の考えは良くわかった。
何はともあれ、姫は弱き者の事をよく考えていた。
「しかし、殿下と王女様を切り離すとなると、隣国との関係が心配ですな」
爺は話題を変えるかの様に聞いた。
「……私が隣国に嫁いでもいいと思っている」
意外な言葉に爺は目を見張った。
「私の様な者を貰ってくれる人が居れば、だがな」
「しかし、姫……」
「私は殿下の側に居ない方がいい。そう思わんか?」
爺は何も言えず、ただ一礼したのみだった。
「あそこは弟の部屋だよな……」
殿下は王女に気付かれないように後をつけていた。
ああは言ったものの、やはり王女が心配だったのだ。
そうしたら、王女は弟の部屋に入っていったきり出て来ない。
信じてはいるが、こうなってくると疑ってしまうのは仕方が無い事だろう。
殿下はゆっくりと扉に近付くと、聞き耳を立てた。
そこから聞こえてきたのは……。
殿下は耳を疑った。
いや、信じたくなかった。
……が、理解してしまった。
「なっ!」
扉を蹴破り、殿下が室内に踊り込む。
そこで殿下が見たものは、信じられない光景だった。
全裸の男女。
それはわかる。
奉仕されている男は弟だ。
それもわかる。
では、あの惚けたような顔で男根を咥え込んでいるのは誰だ?
わからない。
愛する王女に似ている。
けど、王女はあんな淫らな表情はしない。
王女はいつでも優しげな顔をしていた。
そう、さっき会った時のように。
だから違う。
絶対違う。
違う違う違う。
違う違う違う違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
ちがうっ!
「ふぇん……かぁ?」
男根を咥えたままの女が侵入者に気付いた。
そして惚けた表情で殿下にゆっくりと向き直った。
その顔は涎を垂らし、淫蕩に溶けてはいたが、紛れも無く王女だった。
殿下の頭は瞬時に沸騰した。
「うあぁぁあぁああぁあぁっ!」
叫び声を上げ突進し、王子を殴り飛ばす。
吹っ飛んだ王子には目もくれず、跪いたままの王女を抱き起こす。
「きっ、君はっ、な、何をっ」
助けたいのか、叱り、罵りたいのかもわからない。
あまりの事に殿下の頭は混乱していた。
「でっ、でん……? 殿下っ!」
快感に流されていた王女の意識が正気に戻る。
「いやっ! 見ないでぇぇっ!」
こんな姿を愛する者に見られたくはないのだろう。
王女が暴れ出す。
その拍子に王女が寝台に仰向けに倒れた。
体は火照って赤みを帯び、汗でぬらりと光り、秘部からは愛液が垂れている。
その姿はとても卑猥だった。
それを見て、殿下は思わず唾を飲み込んだ。
王女のこんな姿を想像した事が無い訳では無かった。
が、実際に目の当たりにすると引き込まれそうになる程魅力的だった。
王女の怯えた様な表情がまた扇情的だった。
殿下は怒りや戸惑いを忘れ、王女に覆い被さっていった。
それを、座り込みながら王子が楽しそうに見ていた。
口から流れる血を気にもせず、せせら笑うように。
そう、この部屋には王子が発する淫猥な気で満ちていた。
殿下はその気にすっかりと飲まれていた。
そうでなければそんな行動に出る筈も無かった。
「でっ、殿下?」
殿下に覆い被され、王女が戸惑いの声を上げる。
しかしそんな声を無視し、殿下は王女の体にむしゃぶりついた。
「あぁっ!」
すでに昂っていた体はすぐに反応し、淫らな声が漏れる。
それが殿下を一層興奮させた。
乱暴な愛撫。
相手の事等考えない稚拙な手付きだった。
侍女相手の性行ばかりでは仕方ないかも知れないが、王子とは雲泥の差だった。
それでも王女は官能を昂らせる。
殿下は我慢出来なくなったのか、自分の男根を取り出すと、いきなり秘部に突き入れた。
「ぁぁあぁぁああっ」
王女が一際高い声を上げた。
王子にずっと焦らされて、秘部はすでにドロドロだった。
それがようやく満たされたのだ。
それも愛する人のモノによって。
王女の心は幸せを感じた。
……だが……。
殿下は王女の秘部のあまりの熱さと快感に驚いた。
そして夢中で腰を振り、王女の叩きつけた。
一突き一突きが殿下にとって初めての快感だった。
これ程気持ち良いものがあったのか。
侍女との性行などこれに比べたら、取るに足らないものだった。
王女の胸を揉み、先端を口に含み、腰を激しく振った。
快感のあまり気が遠くなりそうだった。
「うぅぅっ!」
程なく殿下は達してしまった。
まるで搾り取るような王女の秘部に、全てを放った。
満ち足りたような感覚を覚えた殿下は、ようやく王女を見た。
……そして気付いた。
王女がまるで満たされていない事を。
殿下の性行は相手の事を全く考えない、言わば自慰のようなモノだった。
そんな性行で満足されられるはずも無い。
殿下の男根は急速に萎え、秘部から押し出された。
「殿下……すみません……」
王女の謝罪。
何についての謝罪なのか殿下には分からなかったが、そんな言葉は聞きたくなかった。
殿下はよろめき、後ろの壁にもたれる様にへたり込んだ。
「兄上はダメだね~」
王子は待ってましたとばかりに王女に歩み寄る。
「あれじゃあ満足できないでしょ?」
そう言いながら、王女の胸を優しく愛撫した。
それだけで王女は激しい快感を覚えた。
「あっ! ぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああっ!」
王女がのた打ち回る。
「ほら、兄上が中途半端な事するから、王女が可愛そうでしょ」
殿下に見せ付ける様に愛撫し、王女の体がそれに反応する。
それは殿下にとって悪夢そのものだろう。
王女の顔が一層淫蕩に蕩ける。
その目は王子の男根に釘付けだった。
「ん? これが欲しいの?」
意地悪く王子が尋ねる。
「く……くだ……」
言いかけるが、殿下の事があるのか言い切れない。
「そう。いらないんだ~」
王子がわざとらしく見せ付ける。
最早王女は限界だった。
「くっ! くださいっ! おねがいっ!」
切羽詰った様子で王女が叫ぶ。
「ついさっき兄上に入れてもらったでしょ?」
王子は殿下を見る。
「兄上のじゃ満足できないの?」
そしていたぶる様に王女の秘部を弄る。
「あぁっ! でんかのぉっ……じゃ……ちいさぁっ……くて……」
「ん? 何?」
「まんぞっ……く……できないのぉぉぉぉっ!」
王女の目が虚ろだった。
快感しか頭に無いのだろう。
そこに愛する人が居る事も関係無かった。
そして、その言葉に殿下は打ちのめされていた。
その顔に生気は無かった。
「そこまで言われちゃ仕方ないね」
王子は男根を秘部に当てると、焦らさず一気に突き込んだ。
「ぁアァァぁぁあァァあアアァァぁぁぁぁあああぁァッァッァアぁぁぁぁぁあっ!」
王女から絶叫の叫びが上がる。
それは最早人の声では無かった。
「これよぉぉぉっ! これがほしかったのぉぉぉっ!」
王女の目にはもう王子しか、いや、男根しか映っていなかった。
男根が突き込まれる度に達し、快感で脳が焼き切れそうだった。
だが、それも王女にとっては幸せにしかならなかった。
そうして2人は激しく交わり、殿下が出て行った事など気にもしなかった。
……どれ程交わっただろうか?
幾度目かの射精を体内に受け、王女が女の悦びを感じていた時だった。
何かの風切音がしたかと思うと、王女の腹に重い物が落ちた。
また、何かの液体が降りかかる。
何かと思いそれを見ると……。
……王子の首だった……。
それが笑みを張り付かせたまま、自分の腹に乗っている。
「え?」
理解出来ず、ふと視線を上げると、剣を持った人物が立っていた。
「でん……か?」
それが、王女の最後の言葉となった。
「姫っ! 姫様ぁぁっ!」
激しく扉を叩きながら、衛兵が叫ぶ。
「何事だ」
姫と爺は異常事態を感じ、外に飛び出す。
「いえっ、で、殿下がっ! 御乱心にっ!」
「何?」
まさか。
姫は自分の思惑が外れた事を悟った。
「兄上は何処だっ?」
「第二王子の部屋でござ……」
全てを聞き終える前に、剣を手に姫は走り出していた。
それを見た爺も追って走り出す。
姫は物凄い速度で走り、瞬く間に王子の部屋に辿り着いた。
――そこで見たものは。
2人の生首をぶら下げながら笑い続ける、血まみれの殿下の姿だった。
「兄上……」
姫はゆっくりと歩み寄る。
が、殿下はそれに気付くと、剣を振り上げ襲い掛かる。
その太刀筋は素人に毛が生えた程度で、姫ならば目を閉じても避けられるものだった。
が、その剣は姫の肩口に叩き込まれた。
血が飛び散る。
「姫様ぁぁぁっ!」
ようやく追い付いてきた爺が悲鳴を上げる。
「兄上、餞に傷を1つ差し上げます」
静かにそう言うと、剣を一閃した。
殿下の首がゆっくりと落ちた。
その首を拾い上げ、血を拭い整える。
そして、最敬礼をした。
「すみません、兄上」
その瞳から涙が一筋流れた。
「やはり私は、弱い者の気持ちはわからない……」
姫は自嘲の笑みを浮かべた。
< つづく >