とある王国の悲劇 剣姫編6 中編・叛

剣姫編 6(中編・叛)

「ふふっ。楽しんで頂けましたか?」

 不意にかかった声に、王が振り向く。
 王の目に映ったのは壺と、その上で蠢く、黝き塊だった。
 いや、よく見れば、それは剣姫と同じ形をしていた。
 王の目が、それを理解出来なかったのだ。
 その体は濁った池の様な、辛うじて向こうが透けて見える塊だが。
 美しい剣姫の裸体が、僅かに均衡を崩すだけで、これほど醜悪になるのか。
 王は思わず呻いていた。
「そんな顔をしないでほしいですね」
 黝き姫が話す。
 それは、やや擦れてはいるが、剣姫の声だった。
「こんな壺如きで、私を封じられると本気で思ったのですか?」 
 声が嘲る。
「父上ももう歳でしょうかね」
 壺が音も無く砕け、ぺちゃり、と足が床に着いた。
「――だまれ」
 王が堪らず叫ぶ。
「我が娘の姿で、その声で話すな」
「へぇ、さっきはあれ程楽しそうに陵辱したというのに……」
 声は楽しそうだ。
「それとも、他の者が手を出すのは許せませんか?」
 確かにそうかも知れない。
 王はそう感じていた。
 それは本能的な怒りだった。
「何でもいい! 貴様! 何者だ!」
 王が誰何する。
「私ですか?」
 そう言うと蠢く指で、横たわる剣姫を指し示した。
「私は彼女。そう、貴方の娘そのものです」
「馬鹿な!」
 王が剣を抜き放つ。
「魔物の分際で!」
「父上は少し勘違いをされていますね」
 黝き姫が蠢きながら小首を傾げる。
「私はもともと純粋な力。自我なんてありませんでした」
「何だと?」
「ただあるのは、その者の背中を押してやる力だけ」
「背中を押す、だと?」
 王は理解出来ない。
「人とは様々な柵によって、本当の望みを叶えられないものでしょう?」
 それは王にも理解出来た。
 王族たる彼には、特にそれは多かっただろう。
「私はそれを突破する力なのです」
「それがその姿とどんな関係がある?」
 王は尚も問い質す。
「あぁ、それは関係無いですね」
 あっさりと答えた。
「彼女の精神があまりに強過ぎた為私に干渉し、私が彼女となったのです」 
 黝き姫は困ったような顔をした。
「これは私も予想外でした」
 倒れたままの剣姫を見る。
「自己保存本能しか無い持たないはずの私に、自我が生まれたのですから」
 その声はどこか嬉しそうだった。
「その自我で何をするつもりだ」
 王が隙を窺いながら問う。
「勿論彼女の、いえ、私の望みを果たします」
「望みとは何だ」
 その問いに、嘲笑うかのような顔で答えた。
「それは父上も御存知の筈ですよね?」
「くっ!」
 王は歯噛みすると、斬りかかる隙を探す。
 黝き姫の言葉が本当なら、姿形と同様、能力も剣姫と同等の可能性が高い。
 だとすると、武装していない今なら王にも倒せる筈だ。
 だが、あの触手を出されたら厄介だ。
 何とか一足飛びで斬りかかれる間合いまで近付かねば……。
 王の狙いは黝き姫もよく分かっていた。 
 だからわざとそれに乗ってあげていた。
「さぁ、父上……」
 無造作に黝き姫が王に歩み寄る。
「そろそろ冥土の土産は十分でしょう?」
 ぺちゃり、ぺちゃりと不快な音を立て、2人の距離が縮まる。
「終りにしましょう」
「――お前が終われっ!」
 王は叫ぶと同時に跳び、鋭い斬撃を振るった。 
 王としては必殺の間合いの筈だった。
 しかし、その一撃は黝き姫の片腕を斬り飛ばしただけだった。
「流石は父上。完全に避けられる距離の筈でしたが……」
 言いながらその体が蠢き、腕が再生していく。
「くっ! 化け物め……」
 王は間合いを詰め、連続で斬り付ける。
 今度は黝き姫は避けなかった。
 滅多切りにされ、その体が崩れ落ちる。
 そこに残ったのは汚水のような濁った水溜りだった。
「このっ!」
 やや原型を留めていた部分を、王が乱暴に踏み潰す。  
 これでこの化け物が死んだとは思えない。
 ――今は撤退すべきか?
 ――いや、燃やせばどうだ?
 そう考えるや否や、王は壁の松明に駆け寄った。
 松明を手にして振り返る。
 すると、そこには水溜りは無かった。
「何だと?」
 王が辺りを見回そうとした、その時――。
「ここですよ」
 足元から声がした。
 王が慌てて下に目を向けると、濁った水溜りがそこにあった。
 水面から姫の顔が浮かび、話していたのだ。
「なっ!」
 王は松明を投げ付けた。
 が、それを水面から突き出した手が受け止めた。
「あらあら、火事になったら大変ですよ」
 笑いながらそう言うと、自らに押し付けて消してしまった。
 火など効かなかった。
 王が驚愕していると、濁った水溜りはずるずると再び姫の形を取った。
 そして、王を壁に押し付ける様に寄り添った。
「お……俺をどうする気だ……」
「ふふっ、わかりますよね?」
 そう言うと、黝き姫はそっと口付けをした。

「こ……ここは……?」
 王は真っ白な空間に居た。
 上も下も、右も左も何も無い。
 そもそもそんな感覚が無かった。
「俺は……いったい……」
「もう……いいんですよ……」
 不意に誰かに抱き締められた。
「寂しかったんでしょ?」
 そう言うと、その者は王の顔を見詰めた。
「……っ!」
 それは、剣姫の母たる少女だった。     
「もう、苦しまなくていいの……」
 少女は王に口付けをした。
 優しい口付けだった。
「私に全て委ねて……」
 少女は王の体を優しく愛撫する。
「こ……れは?」
 王はまだ状況が掴めない。
「大丈夫ですよ」
 そんな王を安心させるかのように少女が微笑む。
「私が全部受け止めて上げます」
 そう言うと、再び愛撫に戻った。
 指で。
 舌で。
 または自らの肌で。
 王を満遍なく愛撫していく。
(俺は……何を……)
 王は自分が何をしていたのか思い出せなかった。
 ただ、全身から感じる気持ち良さに、心が安らいでいた。
 こんな安らかな気持ちになったのは、生涯初めてだった。
「陛下のここ、とっても硬くなってます」
 少女はそう言うと、舌を這わせ、口に含む。
(この女は? いったい……何を……)
 王は何故この少女がここにいるのか判らなかった。
 この少女はもう死んだ筈だ。
 そう、死んだのだ。
「入れますね……」
 少女は王に跨り、腰を沈めた。
「あぁっ! 大きいっ!」
 少女が快感に叫ぶ。
 そして王もまた、大きな快感を感じていた。
「お……奥までっ! 届いてっ!」
 少女が激しく腰を振り、快感を生み出す。
 2人はその快感に酔いしれた。
「陛下もっ! もっとぉ! 突いて下さいぃぃぃ!」
 2人の動きは絡み合い、激しくなっていく。
(何だこの不思議な気持ちは……)
「気持ち良いぃぃぃぃっ!」
 少女が喘ぐ。
 その声に王も喘いだ。
(全てを許すような……温かい……)
「私ぃぃっ! もうぉぉっ!」   
 少女が限界を感じさせる声で叫ぶ。
 王もまた限界だった。
(心が全て……洗われるような……)
「陛下もぉぉぉ! 陛下も一緒にぃぃぃっ!」
(この気持ちは……まるで……)
「ぁあぁぁっぁァァっぁァァアアあぁぁぁぁぁアッぁああぁ!」
 2人の体が激しく痙攣し、やがて動かなくなった。
「あ……りが……と……」
 やがて王の手がふらふらと動き、少女の頭を撫で……。
「お……れ……の…………あ………………………………ぃ……」
 止まった。

「あ……あぁあああ……」
「あら、目が覚めましたか?」
 黝き姫が、剣姫に声を掛けた。
 が、剣姫は驚愕に声が出ない。
――それもそうだろう。  
 壁に立ち尽くす干乾びた父の姿と、それにべったりと付着する濁った蠢く塊。
 それが自分の顔を浮かべ、自分の声で喋ったのだ。
 如何に豪胆な剣姫と言えど、言葉に詰まった。
「ありがとう。貴女のお蔭で楽しくなったわ」
 塊がずるずると剥がれ落ちると、再び剣姫の姿となった。
 そしてゆっくりと歩み寄る。
「ひっ!」
 その不気味さに、剣姫は後ずさる。
「そう怖がらないで。傷付くわ」
 黝き姫がくすくすと笑う。
 そして、動きは遅いのに、瞬く間に剣姫の傍に立った。
「貴女は私に、私を与えてくれた」
 剣姫は怯え、身動きが出来ない。
「お礼に貴女の望みは私が叶えて上げますね」
「私の……望み……?」
 剣姫は今までの事を思い返した。
 そして自分のしてきた事が信じられなかった。  
 その時はそれが当然に思えたのに!
「そう、貴女の望みは、人の身では重過ぎたの」
 黝き姫は優しく微笑む。
「だから、私が必要だった」
 剣姫はガタガタと震えていた。
 如何に罪深き事をしてきたかを思い知らされていた。
「怖がる事はありませんよ」
 黝き姫が顔を寄せた。
「貴女は、私です」
 剣姫の目は、最早何も映してはいなかった。
 その精神は限界に達しようとしていた。 
「貴女の望みは、私が叶えてあげますね」
 そう言うと、そっと口付けをした。
「がァッ!」
 剣姫の目が一際大きく見開かれる。
 手足をバタつかせ、逃れようと足掻く。   
 が、それを嘲笑うかのように、黝き塊がゆっくりゆっくりと姫の体へと入り込んでいった。 
 実にゆっくりと時間をかけて、モノは姫の中に入り終わる。
 仰向けに倒れた状態の姫の体が激しく痙攣する。
 四肢もがくがくと痙攣を繰り返し、顔は苦悶に歪んでいた。
 しばらくして一際大きく痙攣すると、落ち着いたかのように静かになった。

 姫はゆっくりと起き上がった。
 自分の体を確認するかのように動かす。
 しばらくそうすると満足したのか、歩き出す。
 干乾びた父の元へ。
「父上、行って参ります」
 そう言うと一礼し、歩み去る。

 王の顔は、干乾びていたが、どこか笑っている様に見えた。

< つづく >

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