絆催眠 始4

<始4>

 日曜日。
 いつもなら6人全員でどこかへ遊びに行くところだが、生憎と今日はきいろがモデルのバイトのため、朝からいない。
 遊ぶときは必ず6人以上で、5人以下で楽しむべからず――(ただし例外アリ)。
 僕ら幼なじみの鉄の掟(子供のころに決めた。ちなみに発案者は意外にも紅介だ)を順守し、今日はどうしようかと朝食を終えた午前の朝。
 昨日みたいな唐突な電話を受け、僕は一人、鳴瀬家へお呼ばれしていた。

「まぁ~。いらっしゃい、紫郎君」
「お邪魔します、千珠子(ちずこ)さん」

 玄関の戸を開けて僕を迎えたのは、碧の母、鳴瀬千珠子さんだった。
 碧に似て――いや碧が似たのか――背が高く、とても年頃の娘がいるとは思えないほど若々しい。

 こう言ってはなんだが、僕達の母親はみんな普通の老け方というか、まぁ皺があったり、お腹がたるんできたりなどしている。
 だが、千珠子さんだけは碧を産む前とほぼ変わらぬ容姿を保っており、近所の奥様方から羨望の眼差しを向けられていた。

 やっぱり、お金持ちは使っている化粧品も違うのかなぁ……などと、益体もないことを考える。
 鳴瀬家は大きい。
 流石に『屋敷』とか呼ぶほどの土地面積があるわけではないが、それでも庭付きの3階建てとなれば、自分の家と比較してため息をついてしまう。

 千珠子さんの旦那、つまり碧の父親は大手食品会社の社長だ。
 碧には大学生の兄がおり、彼は既に父親から経営を学び始めている。
 後継者の育成も万全、鳴瀬家はもはや嫉妬する気も起きないほどに順風満帆な道を歩んでいた。

 そんな凄い鳴瀬家の奥さんなのだが、千珠子さんはまったくそれを鼻にかけず、気さくで優しい。
 幼いころ、僕たちはよく招待を受け、手作りのお菓子を振る舞われたものだ。

「碧なら、部屋で待ってるわ」
「ありがとうございます」
「後で、お茶とお菓子を持っていくわね」
「あ、お構いなく」

 優雅に微笑む千珠子さんにドギマギしながら、僕は慌てて碧の部屋へ向かった。
 碧と違って、千珠子さんは出てるところが出てる。
 それでいて仕草の一つ一つが洗練されていて、更に母性と包容力を感じさせるのだ。
 それがなんというか、相対していて、妙に気恥ずかしい。

 まったく、うちの母親と交換してほしいものだ。
 横を通り過ぎるときにいい匂いがして、僕はしばらく、格差というものについて悩んだ。

「おはよう碧」
「お、おはよう紫郎。こんなに朝早くから、ごめんね」

 上下共に中途半端な丈の部屋着を着た碧が、僕を出迎える。
 碧の部屋は、家と同じように広く、家具なんかも高級品で、しかし汚かった。
 汚かった。
 2回言ってしまうほどに残念だった。

 もはや山脈と呼べるほどにそこら中に小さな山を作っている様々なジャンルの本たち。
 ラノベに付いてる帯や広告があちこちに散乱し、壁にはポスターがベタベタ。
 本棚に仕舞われた漫画雑誌の類は完全に適当に詰めましたといった感じで、逆さだったり裏を向いてたりする。
 テレビに繋がったゲーム機たちはコードがぐちゃぐちゃで、ところどころで豆結びが起こりかけていた。

 片付けられない女、碧。

 普通、こういうのは橙真やきいろのキャラだと思うのだが(というか実際に2人のキャラでもあるんだけど)、まさか碧もとは誰も思うまい。
 僕達幼馴染と碧の家族だけが知っている、彼女のどうしようもなく駄目な部分だ。
 ちなみに僕の部屋はよくみんなが集まるから、綺麗にするようにしているぞ。

「えっと、電話でも言ったけど、用件は2つあって……まず最初に、プロットを見てほしいの」
「午後から、編集さんが来るんだっけ?」
「うん……その人にプロットを見せるから、その前におかしなところがないか、確かめてもらいたい……かも」
「おかしなところがないか確かめるのが、編集さんの仕事だと思うんだけど」
「……あの人、口が悪いから。矛盾とかあると、凄いズバズバ突いてきて……だから……」
「その前に出来るだけツッコミ所を少なくしておいて、ダメージを減らそうと」

 こくん、と碧は頷いた。

「でもさ、それなら……紅介を呼べば良かったんじゃないの?」

 いつも碧のプロットや文章を的確に添削し、有用なアドバイスを与えるのは紅介の役割だ。
 それに、碧も……想い人の紅介と一緒にいれたほうが、いいと思うんだけど。

 だけど、碧は悲しそうな瞳で、ふるふると首を横に振った。

「……紅介は今日、お父さんの弁護を傍聴に行ってる……から」
「日曜に裁判? 普通やらないんじゃ?」
「うん、だけど、なんだか凄い緊急で特殊な裁判らしくて……だから、見ておかなくちゃってことみたい」
「ふぅん……よくわからないけど」

 ゲームとかでしか知らないけど、弁護士って探偵みたいなこともしなくちゃならないみたいだし、大変なんだな。

「成程、僕は代理なわけね」
「あっ、あっ、そ、そうじゃなくて……えっと、その、そうなんだけど、それはそれで、紫郎にも用事があって、だから一人だけ呼んだわけで」
「え?」
「えっと……と、とにかく、まずはプロットを読んでほしい……かも」

 碧に5枚ほどの紙の束を渡された。
 ぎっしり書き込まれた文字の他にも、自作のイメージイラスト(下手)などが付いている。
 碧はプロットをきっちり最初から最後まで作り上げてから、書き始めるタイプだ。
 筆は早いが、途中でシナリオの変更が出来ないため、こうして事前準備は入念に行っている。

「前に言ってた通り、海の話にしたんだ」
「うん、最初は普通に海で遊んで……幽霊船と海賊船と、隠された財宝の話を聞いて……」
「ふむふむ」

 あ、紅介をモデルにしたキャラクターが目立ってる。
 これって、無意識なのかな、自覚があってやってるのかな……
 おっと、僕がモデルのキャラクターが縁の下的な活躍を。
 ふふふ、なんか嬉しくなってくるな。
 いいぞ、頑張れ、僕……がモデルのキャラ。

「うん……大きく変なところはないと思うよ。ちょっと気になったのは……」
「あ、そこはね、ちょっとした伏線で……」

 細かいところを話し合っていると、

「お茶とお菓子を持ってきたわよ~」

 コン、コン。
 部屋の扉がノックされ、外から千珠子さんの声が聞こえた。

「はーい」

 碧が返事すると、ガチャリと扉が開き、お盆に二人分のティーセットとお菓子を用意した千珠子さんが入室する。

「まあ、相変わらず汚い部屋。紫郎君を呼んだんだから、ちゃんと掃除したと思ってたのに」
「し、紫郎は、私のこういうところ分かってるから、いいの!」
「編集さんはそうじゃないでしょ? 後で掃除するとき、お母さんも手伝いましょうか?」
「ち、ちゃんと自分でやるから、出て行ってよ!」

 顔を真っ赤にして、碧は母を追い出そうとする。
 ……引っ込み思案な碧も、やはり親が鬱陶しいと思ったりするんだなぁ。
 何故か感慨深くなる。

「あらあら、じゃあお邪魔虫は退散するわね。紫郎くん、ごゆっくり」
「そういう言い方、やめてよ……!」

 まぁ、碧が好きなのは紅介だしな。
 千珠子さんは変に邪推してるみたいだけど、僕はそれが分かってるから、2人のやり取りを見ても落ち着いたものだった。
 コーヒーを啜る。甘い。

 ……でも、まぁ、やっぱり千珠子さんの台詞で、ちょっとは連想してしまう。
 ごゆっくりってことは、恋人同士になってもいいよ、ってことだよな。
 そして、碧と恋人同士で部屋に二人きり、それって…………

 ……………

 紅介の顔が思い浮かんだ。
 碧は紅介のことが好きなんだよな。
 でも、紅介が好きなのは蒼依で、だから蒼依とくっつけば……

 ああ、でも蒼依は橙真が好きで、でも橙真は碧のことが……ええい、ややこしい。

「まったく、もう……」

 僕が妄想に浸っている間に口論は終わったようで、気付けば千珠子さんは既に退出した後だった。
 慌てて、先ほどの邪な考えを振り払う。
 僕の役割を忘れるな。

「そういえば、用件の2つ目って何?」
「あ、それは……」

 碧は言っていいものかどうか、といった感じに目を伏せて、おろおろし始めた。
 碧の昔からの癖だ。
 迷って、困って……でも最後には結局、ちゃんと伝える。

「……その、蒼依ちゃんから、メール来て」
「蒼依から?」
「催眠術、かけてもらったって……」

 蒼依に、催眠術――
 あの時の、恍惚の表情で息を喘がせた、蒼依――

「……紫郎くん?」
「あ、ご、ごめん、ちょっとボーっとしてた」

 慌てて仮面を被り直す。

「うん、確かに昨日、蒼依に催眠術かけたよ」
「イライラが取れた、凄いって、褒めてたよ」
「あはは、照れるな」

 うぐぐ、罪悪感が……
 蒼依は素直に喜んでくれたのに、最近の僕はどうも変だ。
 催眠術を覚えた弊害なのかな……

「でね、あの、私にも、かけてほしいな……って……」
「催眠術?」
「うん」

 こっくり、碧は頷く。

「……編集さんに会うのが怖くて、だから、勇気が欲しくて」
「編集さん? 今まで何度も会ってるんじゃ?」
「ううん、この前から変わったの……凄く態度が悪くて、偉そうで、居丈高で、怖い人……」
「そ、そこまで言うからには、最悪なんだろうね」

 こっくり、もう一度碧が頷く、

「……だから、怯えないように……今日1日だけでいいから……」
「ふむ」

 碧は最初の催眠で、恐怖心を煽り、叫び声をあげさせることに成功している。
 短時間ではなく、ずっと持続させることはまだ挑戦したことがないが、恐らく出来るのではないか……という予感があった。
 内容的には蒼依のときにかけた、部長を鼠のごとく小さく見せるのと同じものだ。
 だったら、僕も導入に慣れている分、やりやすい。

「分かった、やってみるよ。今日の……そうだな、18時にメールを送るから、そのメールを見た瞬間に催眠が解けるようにしてみよう」
「そういうこと、出来るの?」
「うん」

 それ以前に、そもそも催眠が成功するかどうか、なんて余計なことは言わない。
 碧が『出来るんだ』と思ってくれれば、それだけで深い催眠に入りやすくなる。
 だから僕は、自信満々な表情で頷いてみせた。

「じゃあ、椅子に座って。姿勢を楽にして」
「わかった」

 深呼吸させた後は、お馴染み、虹色に光るペンダントを取り出す。
 お風呂と寝る時以外は、必ず首にかけることにしていた。

「はい、じゃあペンダントを見て……揺らすよ……ゆら、ゆら……目で追っちゃ駄目だよ、視線はまっすぐそのまま……」

「そのまま、数を数えよう。宝石が前を通り過ぎたら、数を減らしていくんだ。僕の声をよく聞いて……30……29……28……」

「…………にじゅぅぅぅにぃぃぃぃ…………にじゅぅぅぅぅいぃぃぃぃぃぃち………………」

 数字を一つ減らすごとに、読み上げる速度をスローにしていく。
 段々と、気付かれないように。
 そして、不思議なことに、振り子の起動を描く宝石のスピードは、僕の声に合わせるかのように、本当にちょっとずつ遅くなっていく。
 最初は公園のブランコくらいのスピードだったのに(この時点でもう明らかにおかしいのだが)、今では一番遅い設定にしたメトロノームぐらいのゆっくりとした速度になっていた。

 本当に、このペンダントは何なんだろう……
 疑念は尽きないが、取り立てて人体に悪影響を及ぼす事象は起こしていないし、調べるために分解したら元に戻せなさそうなので、とりあえずは保留だ。

 
「じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉくぅぅぅ………………」

 30を数え切らないうちに、、碧の首ががくんと下がった。
 すかさず、僕はより深い催眠状態へ以降させるために暗示をかける。

「何も考えられない……光……眩しい光……暖かい……満たされる……」

「さぁ、目を開いて……でも、心はそのまま……白い世界の中にいるまま……」

 瞼を閉じていた碧は、ゆっくりと目を開ける。
 だが、その瞳には何も写っていない。
 いや、ちゃんと映像は入っているのだろうが、彼女は現在、『何も気にならない』状態なのだ。

 ――僕の声以外は。

「あなたは、これから――」

 蒼依のときと同じように、その編集さんとやらより自分のほうが強いのだという催眠をかけていく。
 違う自分に変わるということは、つまるところ、全部本人の演技だ。
 素の自分を取り戻せば元に戻ってしまうため、念入りに時間をかけ、何者にも物怖じしない碧を構築していく。

「……18時、あなたの携帯に『解除』と書かれたメールが送られてきます。それを見た瞬間、あなたは元の自分を取り戻します」

 さて、これで工程は終了だ。
 後は催眠を解除して、かかったかどうかを確かめないといけない。
 さあ、催眠を解除して――

 ―――――――

 ――意識を失った碧――

 ――袖や裾から伸びる白い手足――

 ――綺麗な、長くて、細い、美しい指――

 ――――催眠を、解除して――――

「……元の自分を取り戻した瞬間、あなたは催眠術の凄さが身に沁みます」

 ――――僕は――――

「……催眠術のおかげで助かった、ありがとう……感謝の気持ちが溢れてくるのです……」

 ――――また、こんなことを――――

「……催眠術は凄い、自分のためになる……それを心に刻み付けるのです……さあ、目を覚ましましょう…………」

 ―――――――

 …………6人の絆は、絶対。

 僕は、絶対に、それを違えたりはしない…………

 …………でも、それって…………

 ………………違えなければ、問題ない、のかな………………?

 心が浮ついている。
 自覚はあった。

「漫画とかアニメで、よくあるよな……力を持ったら、性格変わるようなキャラ……」

 多分、僕も、今はそんな状態になりかけてる瀬戸際なのだろう。
 自宅のベッドの上で座禅を組み、深呼吸を繰り返す。

 碧への催眠は成功した。
 言葉をどもらせることなく、ハキハキとしゃべる碧はとても新鮮だった。
 持続力までは流石に確かめようがないが、十中八九催眠が破られるようなことはない、はずだ。

 ただ――
 また、最後に変な催眠を入れてしまった。

 もっと深い催眠をかけたい、という気持ちに嘘偽りはない。
 ただ、じゃあその深い催眠の内容は何なのか、と問われれば――

「……漫画とかアニメのキャラと違って、僕に状況判断能力が残っているのは幸いだな」

 僕は今まで、人に自慢出来るものなんて何もなかった。
 僕に出来ることは、大抵幼馴染の誰かが先に出来ていたからだ。
 あるいは、1番を取ったとしても、すぐに追い抜かれて結局頂点から転がり落ちてしまったり。

 下を見れば、僕より出来ない人間もたくさんいるのだろう。
 だけど、僕の視界には必ず幼馴染の誰かが否応なく映った。
 6人の距離が近すぎたのだ。
 だから僕は、自分の立っている場所が、周囲を高山に囲まれた最下層の盆地という認識しか持てなかった。
 なので、山の上から僕を見下ろすみんなにへこまされてきた。

 ところが、ここに来て、僕だけが持つ特有の能力を得てしまった。
 本当に、初めてのことなのだ。
 こんなに長い間、僕が頂点に立ち続けていることなんて。

 僕はずっと、上だけを見てきた。
 高いところから見下ろすなんて、経験したことがない。

 未知に遭遇すれば、人は興奮するか、あるいは恐怖する。
『不快』ならば恐怖。
『快感』ならば興奮。

 僕は興奮している。
 つまりこれは、僕がやっている催眠術と同じ、トランス状態に陥っているわけだ。

「いかんいかん。ちゃんと周囲を見渡せ、影浦紫郎。お前は目先の欲望に囚われて、大事なものを失う気か?」

 言葉に出して自問自答。
 そりゃ僕だって男だ、えっちなことに興味はある。
 でも、その対象に蒼依や碧を選ぶのは、どうなのだ。

 信頼には信頼で応えたい。
 6人の絆を守るため、僕は自分の想いを犠牲にして――

 ――犠牲?

 あれ?

 なんか、おかしいような……

 デデデデデデデデデ、デーーーーーン!!!

 突如、僕の携帯の着信音が鳴り響き、僕は座禅を組んだ状態のまま飛び上がった。

「こ、この着信音は、きいろか?」

 とあるアニメ映画に使われた、衝撃的なシーンの効果音。
 ウケ狙いで登録したら想像以上にツボに入ってくれたので、以来そのままの設定でいるのだ。
 僕は通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。

「はい」
「あ、紫郎? アタシアタシー。指定の講座にお金を振り込んでほしいんだけどー」
「おかけになった電話番号は現在使われておりません。ピーっと鳴ったらご用件をお申しください。ピー(裏声)」
「今、暇ー? ちょっとアタシの家に来てよ、困ったことになっちゃってさー」
「困ってるなら、そりゃ行かざるを得ないけど」

 何事も無かったかのように話を進める。

「家にいるんだよね?」
「ベッドで座禅組んでた」
「え、何それ、修行してたの?」
「そのうち、手からビームとか撃てるようになりたい」
「アタシもー。夢だよねー」

 困ってるわりには、余裕だな。

「実は、モデル仲間が遊びに来てんですよ、2人」
「あ、バイト終わったんだ」

 部屋の壁時計をちらりと見上げてみれば、14時25分。
 ……あれ、僕30分以上も座禅してたのか?
 昼飯を食べたのが13時で、それから……いや、僕のことはどうでもいい、今はきいろだ。

「うんうん。でさー、えーと……ちらっと紫郎の催眠術の話をしたら、見たい見たいって言い出してさー」
「え、ちょっと、本人のいないところであまり吹聴しないでほしいんだけど」
「いやー、アタシも油断してて、それについてはちょっとガチに謝罪するね。貸し1でいいから」
「しょうがないな……とりあえず、きいろの家に行けばいいんだね?」
「美少女3人でお待ちしてるよー」

 通話を終了する。

 ……困ったな。
 科学の教師は何度も顔を合わせたことのある人で、しかも男だったけど、そのモデル仲間とやらは女性で、完全に赤の他人だ。
 かけるのは勿論、後ろで見られるだけでも僕は緊張してしまうだろう。
 かつていじめられていた故か、僕は結構人見知りするほうなんだ。

 ……いや。
 違うぞ紫郎、これはチャンスだ。
 催眠療法士を目指すなら、どちらにせよ6人の輪を越えて、無関係の人間に催眠術をかけることになるのだ。
 まだ、そのモデル仲間さんたちにかけることになるかどうかは分からないが、これはその前哨戦だと思うべきだ。

 緊張はする。でもそれは当然こと。
 先延ばしにせず、今、ここで慣れておけ。

「よし、行くぞ!」

 自分に気合を入れ直し、僕は外出の準備を始めた。
 ……しかし昨日今日と、よく女子の家に遊びに行く日だこと。

「いらっしゃーい! どうぞお客様、中のほうへお進みくださーい」
「ご注文は何に致しますかー?」
「ドンペリ入ります」
「入りません、せめて注文を聞いてください」

 きいろのモデル仲間はきいろと同レベルに姦しかった。
 碧の部屋より幾分かマシとはいえ、玩具やぬいぐるみで足の踏み場もない雑多な部屋の中に、3人の美少女が陣取っている。

「紹介するねー。こっちは茉莉枝(まりえ)。アタシたちの妹分ってとこ」
「槇(まき)茉莉枝です! モデルやってます! 応援してくださいね!」
「影浦紫郎です。よろしく、槇さん」
「茉莉枝で構いませんよ! 茉莉枝も、紫郎兄ぃって呼んでいいですか?」
「に、兄ぃ? あ、ああ、うん、別に構わないけど」
「えへへ、お兄ちゃんが出来たみたいで嬉しいです、紫郎兄ぃ♪」

 にこっ、と茉莉枝ちゃんは純粋無垢な笑顔を浮かべる。
 童顔なきいろよりも更に小柄で幼く、守ってあげたい気持ちにさせられる女の子だ。

「騙されちゃ駄目だよ、紫郎ー。その子、こう見えて凄く腹黒だから」
「あ、酷いよきいろちゃん! 茉莉枝は純粋にお兄ちゃんが出来て嬉しいんです!」
「この前の龍哉(りゅうや)お兄ちゃんはどうしたのよー?」
「そんな人は知りませーん。下心ミエミエすぎてキモかったし、割り勘とか言い出したから幻滅しちゃたんだもん」

 ……成程、こういう子なわけか。

「紫郎はアタシの友達なんだから、変なことしたらアタシが許さないよ」
「きいろちゃん、心配しすぎ! 紫郎兄ぃは茉莉枝のこと、好きですよね?」
「そうだね。精々、使い捨てられないように気を付けるとしようかな」
「あー、余裕な感じ」

 ぷんすか、という擬音が付きそうなくらい、茉莉枝ちゃんはわざとらしく頬を膨らませてみせる。

「もうバレてるんで遠慮なく言いますけど、紫郎兄ぃは全然茉莉枝のタイプじゃないんで、変な期待はしないでくださいね?」
「そうか、残念だな。雑誌のモデル人気アンケート、茉莉枝ちゃんの名前を書こうと思ってたのに」
「というのは嘘でーす! 茉莉枝、紫郎兄ぃのこと、大好き♪」

 そう言って、茉莉枝ちゃんが僕の左腕に抱きついてくる。
 僕は苦笑して、もう一人の子のほうに向き直った。

「こっちは那咤瑠(なたる)。私とデビューが同時で、それ以来の付き合いなんだー」
「灘(なだ)那咤瑠だ。君のことはきいろから聞いている、幼馴染ということもな」
「影浦紫郎です、きいろがお世話になってます」

 恐らく、外国人の血が流れているんだろう。
 那咤瑠さんは藍佳ちゃんのような人工的に焼いた感じとは違う、純粋な褐色の肌をしていた。
 背も高く、プロポーションも日本人離れしている。
 きいろや茉莉枝ちゃんが可愛い系のモデルなら、那咤瑠さんは美人系のモデルだ。

「母がポルトガルの人間なんだ。きいろや君とは歳も近いし、私のことも、気軽に那咤瑠と呼んでくれ」
「分かった、僕のことも紫郎って呼んでね、那咤瑠さん」
「うむ、よろしく、紫郎くん」

 がっちりと握手する。
 なんか、軍人みたいな人だな。
 表情もキリッとしていて、メンズファッションのほうが似合いそうな感じ。
 まあ、そういうのが好きな人の需要を満たしているのかもしれないけど。

 それにしても、2人ともずいぶんと個性的だ。
 でも、考えてみたらきいろと仲良くしてるくらいなんだから、変なのが集まるのも当然のことかもしれない。
 類は友を呼ぶ。
 ん、じゃあ僕も類友なのか……?

「で、僕がここに呼ばれた理由なんだけど」
「そうそう! 紫郎兄ぃ、催眠術が使えるんですよね?」
「普段、縁がないものなので、非常に興味がある」
「使える……て言っても、まだ覚えたてなんで……」
「でも、きいろちゃんたち幼馴染グループ? は、全員かかったって聞きましたけど?」

 僕は視線をきいろへ向けた。

「……きいろ、どこまで話したの?」
「い、いやー…………全部?」
「…………」
「許してやってくれ。根掘り葉掘り訊ねたのは私のほうなんだ」

 ……いいんだけどさ、別に
 正直、自分の実力レベルがどれだけなのかも把握してないのに、なんかプロ並みみたいな言い方をされるのは、その……
 自分の身の丈にあってない感じで、羞恥心を覚えてしまう。

 ……やっぱり、そう簡単に性格なんて変わらないものだな。

「……分かったよ。とりあえず、きいろにかけてみて……2人も体験してみる?」
「ええっと……それは……」
「……まずは、きいろの様子を見てから決めさせてもらっていいだろうか?」
「僕は構わないけど」

 うーん、橙真たちは基本的に僕のやることを怖がらないから、これまた新しい反応だなぁ。
 でも、催眠術って普通はそういうイメージか。
 だからラポールを築かないとと成功しないわけなんだし。

「じゃあ、きいろにかけるよ」
「『きいろにかける』とか卑猥ですー」
「ぶっ!」

 噎せた。

「ちょ、ちょっと茉莉枝!」
「あはは、紫郎兄ぃってば童貞丸出しで面白ーい」
「お前だって経験無いのに、何を偉そうに」

 き、際どい会話を。

「2人とも、やめろって! 怒んよ!?」
「えー、きいろちゃん、何ムキになってるんですかー?」
「シモの話くらい、いつもやってるだろう」

 いつもやってるんだ……
 流石女子。

「アタシたち6人は、その……そういう話はしないようにしてんの!」
「なんで?」
「な、なんでって……べ、別に、いつの間にかそうなってて……いいっしょ、アタシたちの問題なんだから!」

 ――確かに、僕達は昔から、そういう話は極力しないようにしていた。
 別に、誰かがルールを決めたわけではない。
 子供と一緒に見ているドラマでエッチなシーンになるとチャンネルを変える母親のごとく、僕らは自然と性の話題を避けた。

 恐らく、本能的に察していたのだろう。
 性の話題になれば、当然男女を意識する。
 そのことで、6人の輪に亀裂が入ってしまうんじゃないか――ということを。

 だから性に繋がる『誰が誰を好き』という話題も、ずっとしてこなかった。
 最近になってようやく、みんなから相談されて、僕だけが皆の好意の対象を知り得たくらいだ。
 もっとも、それが幼馴染内で完結し、更に全員片想いだったということは予想外だったけど……

「まあ、そこまで言うのなら仕方ない。考えてみれば、男子の前で少々はしたなかったな」
「えー、でも噂のトーマ君やコースケ君ならともかく、紫郎兄ぃ相手じゃ取り繕ってもしょうがないよ?」

 ひ、酷い。
 本人を前にして言ってるところが酷い。
 腹黒なら隠せよ、見せるなよぅ。

「……もういい。もういいから、さっさと始めよう、きいろ」
「その……マジでごめん。根は悪くない奴らなんだけど」

 これ以上ないくらい申し訳無さそうな顔をしているきいろを椅子に座らせる。
 茉莉枝ちゃんと那咤瑠さんには、催眠術は万能の力ではなく、嫌なことは拒否出来ることを説明。
 いちいち茶々を入れる茉莉枝ちゃんを受け流し、僕はいよいよ、きいろへの導入を開始した。

「では、深呼吸をして……前に催眠術にかかった、あの時の感じを思い出して……」

 背後から突き刺さる視線を意志の力で跳ね除けながら、僕は普段通りのやり方できいろをトランス状態に持ち込んでいく。
 緊張気味だったきいろの心の防壁を溶かし、和らげ、安心させる。
 心配なんていらない。
 心を剥き出しにするのは、とても勇気がいることだけど、それを見せる相手は僕だから。
 培ってきた6人の絆があるから、きいろは、必ず僕を信頼して、催眠状態になってくれる……

「目を開いて……でも、心は催眠術にかかったままだよ……」

「わ……」
「お……」

 目を開いたきいろの視線が、完全に虚空を向いていることに気付いたのか、後ろの2人が身じろぎしたのが肌で伝わった。
 きいろにかけるのも2回目だ。
 今回、茉莉枝ちゃんと那咤瑠さんは恐らくショー的なものを期待していることだろうし、まずか軽い運動操作から。

「肩が重くなる……続いて肘……手……腰……膝……足……」

「動けない……重い……だるい……辛い……苦しい……」

「……僕が手を叩くと、その重さが全部なくなる……身体が軽くなる……」

「でも、その瞬間、足が地面にくっついてしまう……歩けなくなるよ……どうやっても、足の裏が床から離れない……」

「絶対だ……どんなに力を入れても足は接着剤をつけられたみたいに固定されてる…………さあ、手を叩くよ…………」

 パンッ!!!

 僕が手を叩くと、きいろははっとして目を開いた。
 瞬間、

「足がくっついた!!!」

 僕は鋭く叫んだ。
 きいろはびくりと身体を強ばらせ、周囲をきょろきょろと見渡している。
 催眠術をかけられた後、軽い健忘状態に陥るのはよくあることらしい。

「え、っと……アタシ……?」
「おはよう、きいろ。早速ですまないけど、ちょっと立ってくれないかな」
「うん……」

 きいろは素直に立ち上がった。
 膝を使って、足の裏の位置を変えないまま。

「そのまま、こっちに来て」
「ん…………んー?」

 ぐっ、と足に力が篭もる。
 だが、きいろの足裏は、床から剥がれようとしない。

「どうしたの、きいろ? こっちに来てよ」
「ちょ、ちょっと待って……んぐぐぐ…………」

 ばたばた、きいろが身悶える。
 だが、どうやっても、きいろの足はぴたりとくっついたままだ。

「え、ちょっ……これ、本当なんですか? 演技とかじゃなくて……?」
「これは……ううむ…………」

 後ろの2人も驚いてる。
 成功だ……良かった。
 毎度毎度、催眠がちゃんとかかっているかどうか確かめる瞬間はドキドキしてしまう。
 催眠術だけでなく、度胸のほうも鍛えないとなぁ。

「くぬっ、くぬっ……うわわっ」
「おっと!」

 力を入れすぎたせいか、きいろがバランスを崩しかける。
 僕は慌てて、その体を抱きとめた。

 ――柔らかい。

「っ……じ、じゃあ、手を叩くと歩けるようになるよ……はいっ」

 パンッ!

 僕が両手を打ち鳴らすと、途端、きいろの両足は床から離れた。

「うわっ、はっ、はっ」

 きいろは勢いの付いたまま、部屋の中をぐるぐる歩き始める。
 ちらりと視線を後ろに向けると、呆然とした表情の茉莉枝ちゃんと那咤瑠さんの顔があった。
 ――なんか――気分がいいな。

「じゃあ、次は……」
「犬とか猫にしたりとかは、出来ますか?」
「んー……それは記憶支配段階だから、まだ無理だね」
「残念です」

 何をさせようとしていたんだろう。

「紫郎くん、こういうものを持っているのだが」

 那咤瑠さんは、ポケットをあさり、飴玉を取り出した。
 いいね。
 僕は飴玉を受け取り、ちょいちょいときいろを呼ぶ。

「はい、ペンダントを見て……揺れるよ……ゆら、ゆら……この感覚、覚えてるよね……そう、催眠状態になる時の感覚……」

 きいろをトランス状態に持ち込み、まずは普通に飴玉を与える。

「オレンジ味。美味しいー」
「……その飴玉には、遅効性の激辛成分が入っていた! 辛い! 唐辛子を何十本も凝縮したような辛さ……!」
「っ!!!!!」

 きいろは髪を振り乱し、涙目で口元を抑えた。
 演技とは明らかに違う、わざとらしさの欠片もない動作。
 ただ単に写真に収められるだけではなく、様々な表情や仕草を求められるモデルの2人なら、今のきいろが本当に苦しんていることが伝わるだろう。

「ほ、本当なんだ……」
「いやあ、堪能させてもらったよ」
「どうしたしまして」

 僕は軽く頭を下げ、きいろに向き直った。
 これで彼女たちへの義理は果たした。
『不快』な催眠ばかりかけたから、今度は幸せになる催眠をかけてあげよう。

 僕は蒼依や碧にかけたような、喜びの催眠をきいろに与え、このショーを締めくくった。

「お邪魔しました」
「またね、きいろちゃん。それから紫郎兄ぃも」
「うん、それじゃあ」

 バタン。
 扉が締まり、2人の姿が見えなくなる。

「……ふぅ~」

 僕は大きな息を吐いた。
 非常に疲れた。
 やはり催眠術は1対1で行うほうがやりやすい。
 私もかけてくれー、とか言われなくて幸いだった。

「や、ホントすまなんだ」
「催眠術ってあまりいいイメージ持たない人もいるんだから、今度は言いふらさないでよ」
「肝に銘じます、はい」

 意気消沈している珍しいきいろの姿を見てると、少々悪戯心が湧いてきた。
 僕もちょっと試してみたいし……よし。

「ところで、催眠術はどうだった?」
「いやー、相変わらず不思議だねー。分かってるのに分かってない、あの微妙な感覚がさー」
「そうだね、ペンダントが揺れて……すぅっと気持ちよくなって……心が真っ白になって……」
「……あ…………」

 きいろの焦点が、ボヤけていく……
 やがて、腕や肩を脱力させた、いつもの催眠状態に。

 ……出来た!
 さっきかけたばかりだから、もう一度この状態に戻すことも容易いと思っていたのだ。

「ええと…………」

 かけたはいいけど、その後のことを考えていなかった。
 どうしよう。
 僕はきいろの全身を上から下まで見渡し――

「――――――」

 ――きいろは、ミニスカートを履いていた。

 きいろといえば胸の大きさが目立つが、そちらは厚着の服と上着でがっちりガードされているから、ひとまず無視して。

 下は、膝まで届かないスカート。

 つまり、その下は――

「――――――」

 ――何を考えている?

 おい、影浦四郎。

 やめておけ。

 きいろから電話が来る前に、悩んだばかりだろう。

 そういうのは、僕のキャラじゃない。

 きいろは、友人だ。

 きいろは――――

 きいろは、可愛くて、身体つきが色っぽくて――

 ――――貸し1、だったよな。

「……部屋に戻る」

「部屋に戻る。それ以外のことについては何も考えられない……」

「意識はそのまま……真っ白で気持ちいい……階段を登る……いつものように部屋に戻る……」

「扉を開ける……部屋の中に入る……ベッドに身を横たえる……」

「目を閉じる……何も見えない……何も聞こえない……何も気にしない……とても安らか……暖かくて心地良い……」

「それ以外には何もない……気持ち良さだけ……何も気にならない……ずっと、この暖かさだけを感じている……」

 ドクン、ドクン、ドクン。

 心臓の音がうるさい。

 マラソン大会を終えた後のように騒々しい。

 息が荒くなるのを、必死に堪える。

 その場に、しゃがむ。

 ゆるゆると。

 音を立てず。

 目立たず。

 きいろが気にならないように。

 きいろは――目を閉じている。

 だから、大丈夫。

 気付かれない。

 ――――やれる。

 僕はきいろのミニスカートの裾を摘み、

 持ち上げた。

 恐怖と快感は鏡合わせ。
 罪悪感でシクシクと胃が痛む。
 それなのに、僕のペニスは痛いほど勃起している。

「…………」

 自室のベッドに座り、僕はペンダントを眼前にかざして、宝石の煌きをじっと眺めていた。
 これを手に入れてから、どれだけの人間に催眠術をかけてきただろう。
 もしも、これを手に入れてなければ、僕は蒼依に催眠術をかけていたとき、失敗していたかもしれない。
 そうなっていれば、未来はどう変化していたのだろう。

 僕は――今の僕の変化は、いいものなのか、悪いものなのか。
 僕は、もう、自分が何も分からない。

「……………………」

 見てしまった。
 きいろのパンツ。

 蒼依、碧、きいろ――
 意図的に覗こうとしたことなんてないけど――
 でも、幼いころはたまにパンチラが見えたりして――
 今でも、ブラが透けてたりしてて――

 だけど、自分の意思で『見よう』と『実行』したのは、これが初めてだった。

 死にたい。
 そう思えるほどに、僕は苦しんでいる。
 たかがパンツを見たくらいで。

 それでも――

 僕は、本当に、興奮した。

 すぐにスカートを戻してしまったから、じっくり観察したわけではないけど。

 それでも、見てしまった。

 視界に焼き付けた。

 エロビデオとか、そういうのじゃない。

 生々しい、リアルな、女の子の――それも好きな女の子の、下着姿。

 ――全て、催眠術があったからだ。

 ――なら、もっと深い催眠をかければ、それ以上のことも出来るんじゃないか?

 これは、裏切りだ。
 信頼に対する裏切りだ。
 信頼を裏切りたいくない。
 そう思っているからこそ、こうして、僕は罪の意識を感じている。

 ――――でも、影浦紫郎。

 ――――お前は結局、きいろにも、最後に催眠をかけたじゃないか。

 ――――『もっと催眠術にかかりたくなる』催眠を。

 催眠術。

 催眠術で、どこまで出来るのだろう。

 きいろのパンツは見た。

 なら――

 蒼依と、碧の下着姿だって、きっと見ることが出来るはず――

 ――やめろ、もうやめてくれ。

 理性と欲望が鬩ぎ合う。
 
 僕は――恋愛相談を受けた。

 誰にも話していない。

 僕にだけだ。

 僕だけが頼りだと、思ってくれたから。

 何の取り柄もない、僕に。

 だから、僕は――――

 ――――取り柄なら、もうあるだろ?

 きらり、きらりと、宝石が輝きを増す。
 僕に話しかけるように。

 ――みんなの恋愛模様は、みんな片道。

 ――それを成就させるには、つまり相手の恋愛を諦めさせる必要がある。

 ――――つまり、その理屈で言えば。

 ――――僕の恋愛のために、相手の恋愛を諦めさせても、いいんだろう――――?

 僕だって。

 6人の中の1人なんだから。

 みんながみんな、幼馴染の誰かを好きだと言うのなら。

 僕だって、誰か好きな人のために。

 ………………

 3人の中で、一人、恋人に選ぶとするなら。

 蒼依?

 碧?

 きいろ?

 ――――男が2人、女が3人。

 必ず女の1人が余る、不公平な椅子取りゲーム。

 ――――その余った女の子を、僕が頂いても――――

 ――――最終的に、互いが互いを好きになれば――――

 
 橙真と、付き合うことになった女子が、互いに互いを好きあって。

 紅介と、付き合うことになった女子が、互いに互いを好きあって。

 そして僕と、付き合うことになった女子が、互いに互いを好きあえば。

 結果的には、問題はないはずだ。

 だって、全員の希望を叶えられないんだから。

 だから―――

 ―――だから―――

 ――――『絆』を裏切るのか!?

 ――――『絆』を裏切ったのは、みんなのほうが先だ!

 誰かと誰かが恋人同士になれば、僕達6人の輪が崩れる。

 そんなこと、わかっているはずだ。

 それなのに、皆、僕に相談した。

 自分の恋心を成就させてくれと頼んできた。

 ――――『絆』よりも、自分を優先したんだ!

 宝石が、虹色に光ってる。

 虹は、僕らの絆。

 僕は、絶対に『絆』を手放さい。

 僕達は、いつまでも、6人一緒だ。

 ――――だから、そのために、僕は自分の持ってる全ての能力――――

 ――――催眠術を使って、『全員に恋人を作り』、『不公平な人物を出さない』ようにする。

 ――――6人は、平等。

 ――――6人の間に、格差があってはならない。

 ――――催眠術の力を使えば、可能なんだ。

 ――――僕なら出来る。

 ――――僕がやらなくちゃならないんだ。

 だから。

 僕は選んだ。

 この催眠術で、手に入れる。

『彼女』を――――

 ………………

 …………

 ……

 僕は、狂った。

< 続く >

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