『私からの提案としては、以上です』
エデン32。
文明崩壊後の世界で、人類の生存を確保するために人工的に作ったシェルターの名前だ。
エデン32、エリア1、部屋番号1、通称大会議室。
そこで、四人の男女が、マザーからの提案を聞いていた。
「つまり、あたしたち四人で、子どもを作りましょ、ってわけね?」
浅黒い肌に、ウェーブがかかった髪のアリーシャが、挑発的に言う。
『その通りです。将来を担うあなたがたの世代が子どもを産むことが必要です。エデン32の全人口は、現在50人を下回っており、早急な対策が求められています』
「しかしね、マザー。君は、人類の生存に貢献する、そして、各々の人権を守る、そういうプログラムがなされており、基本的に、強制力は発揮できない。そうだよね?」
金髪碧眼で、すらりとした体形の少年、ヴァンが言う。
『そのとおりです。エデン32の内部で殺し合いが発生した場合でも、殺人者を隔離することはできても、殺すことはできません。私は人類の存続と人権の尊重を至上命題としているからです』
「殺人者は、人類の存続にマイナスの影響を与えていると思うけど、それでも殺せないようにプログラムされているわけだよね。だったら、強制的に交尾させることも、当然できないよね?」
『そのとおりです、ヴァン。ですので、これは提案です』
「マザー。ぼくはパスだな。正直、セックスよりも本を読んでいる方が楽しい」
『世代を経るごとに、性欲のコントロールができていく傾向にありますが、同様に、生殖に興味を持たない傾向も出てきています。私としては、みなさんに催淫剤を投与することで、より積極的な交配に参加することを希望します』
「それに、正直、四人が性行為をしても、人口って回復するわけ?」
『私の計算によれば、みなさんが性行為をして、その結果生まれる子供や、みなさんが、より上の世代の方々と性行為をして生まれる子供、さらにそれらの交配で生まれる子供の数を問題のないペースで増やすことにより、100年以内に、エデン32の人口を三桁の安定した状態に持っていくことができます』
「催淫剤って、少し怖いよ」
茶髪のアールティーが、その巨乳を揺らして立ち上がる。
「もっと、こう、他に安心できる方法はないのかな?」
「ちょっと待って。その前に、恋人同士はいないと思うけど、この人とならセックスしてもいいなっていう、そういう人はいないか、聞くのが先じゃない?」
赤毛で小柄なファッサムが、アールティーに落ち着くように目配せする。
「もし、そういうペアがいたら、子供を作ればいいわけだし」
沈黙。
『いませんね。定期面接や、エリア内の監視カメラから来る情報によっても、そのような相手がいないと推察できます』
「じゃ、どうするのさ」
「絶滅だよ、絶滅!」
「もうっ、茶化さないでよっ!」
アールティーのつぶやきを、ヴァンがからかう。
『方法は、あります』
マザーの声に、四人の少年少女たちは、口を閉ざす。
「それって、強制、ってことじゃ、ないんだよね」
『そのとおりです』
「じゃ、どうやるの……?」
不安そうなアールティーの質問に、みんなも緊張する。
マザーが人間に危害を加えるとは思えない。しかし、人類絶滅の可能性のある非常時となれば……。
『みなさんは、オレンジとブドウ、どちらが好きですか?』
突然の質問に、みんな、虚を突かれたようで、「え?」とか、「お?」とか、意味を持たない返事をする。
『みなさんがどちらが好きであれ、オレンジを食べた人が、そのオレンジを吐く映像を三十分間見せられて、ブドウを本当においしく食べている映像を三十分間見せられた場合、ブドウを食べることを選択しませんか?』
「ま、まあ、そりゃそうよね、よっぽどブドウにトラウマがなければ、だいたいは……」
『アリーシャ、わたしがみなさんにしようとしていることは、そういうことなのです』
「つまり、一種の思考誘導っていうこと?」
『そうですね』
「それで、本当に性欲がでるのかしら?」
『アリーシャ、それでは、あなたが試してみてはどうでしょうか』
「あ、あたし?」
びくり、とアリーシャが跳ねる。
負けず嫌いのアリーシャも、さすがに一番乗りは気が引けるらしい。
『もちろん、これは強制ではありませんよ』
沈黙が部屋に下りる。
「あの、俺、やってもいいよ」
沈黙を破ったのは、アリーシャではなく、ファッサムだった。
「俺は、ヴァンみたいに人類が絶滅してもいいとは必ずしも思っていないし――それに、その思考誘導とやらも、興味あるよ」
「じゃあ、君がどうなるか、ぼくがちゃんと見ておいてやるよ」
「ああ、頼んだよ、ヴァン」
ファッサムの言葉に、細くて長い指を振って、了承の意を示す。
ヴァンの手はあいかわらず美しい、とファッサムは思った。
「で、でもさ、ファッサムだけが思考誘導されても、相手の女の子が嫌がったら、意味ないんじゃない?」
アリーシャが、一瞬、アールティーの方に視線を走らせながらしゃべる。
「どっちかが相手になる――か、どっちも相手にならない――か、決めなきゃ意味ないんじゃない?」
「…………どうする?」
「どうしよっか、アールティー……」
二人、見つめ合って固まる、アリーシャとアールティーに、ファッサムが声をかける。
「いや、二人とも嫌なら、別にいいんだ。無理するようなことじゃないし……」
「わ、わたし、じゃあ、やってみても、いいよ……」
「アールティー!? 本当に?」
おずおずと口に出したアールティーに、アリーシャがびっくりする。
「う、うん……」
「そ、そっか……」
『それでは、ファッサムとアールティーは、別の部屋にご案内します』
「え、あたしたちと一緒じゃないの?」
『さすがに、性的に乱れることになるので、プライバシーを尊重して、隔離すべきだと考えていますが、ファッサムとアールティーが情報公開すべきだと判断した場合、もちろん情報は公開させてもらいます』
「わ、わたしは、はずかしいかな……」
「俺は逆に、何が起こるのかきちんと見て、安全を確認してもらいたい。だから、俺の思考誘導については、ヴァンとアリーシャに見てほしいよ」
「も、もし、エッチなこと…………しちゃうようになったら…………その、そういうことは、その……」
『つまり、ファッサムについては完全なる情報公開、アールティーが関わる状況については、ファッサムが関わっていたとしても、一切情報公開をしない、そういうことでよいのですね?』
「はい、マザー……」
「まあ、とりあえずは、それでいいかな。あと、いつでもやばいと思ったらやめていい、とそういうことでいいんだよね」
『もちろんです』
「じゃ、俺のほうはそれでいいよ」
「わたしも……」
『では、別室の方で、思考誘導をさせてもらいます。ファッサムは、映像やレポートなどをアリーシャとヴァンに伝えるということでよろしいですね?』
「問題ないよ。ちなみに、どれくらいかかるの、その思考誘導って」
『そうですね、変化が出るまでには個人差があるのでなんとも。早いときには一週間くらい、遅ければ一ヶ月くらいでしょうか。何の効果もない人もいますね』
「万能じゃないんだね」
『ブドウが本当に大嫌いな人間は、ブドウをおいしく食べている映像を延々見せられてもブドウを嫌いなままでしょうし、とんでもなくオレンジが好きな人間は、オレンジを吐く映像を見せられた後でも、しばらくすればオレンジをおいしく食べられるようになるものですから』
「かもね」
『では、二人とも、行きましょう』
マザーによって、この部屋の地下に通じる扉が開き、二人は地下にある隔離エリアへと続く通路へ入っていく。
ヴァンとアリーシャは、ファッサムとアールティーに向かって、軽く手を振った。
「案外、強がっているけど、アリーシャって臆病なところあるよね」
「は、はあっ!? 別にそんなんじゃないし。やばいと思ったことには慎重なだけよ!」
「けなしてるんじゃない。いい精神だと思うよ、ぼくは」
ヴァンの思いがけない言葉に、アリーシャは少しびっくりする。
「やっぱり、ちょっと得体のしれない状況だからな……ぼくなら様子を見る。君もだろ? だけど、あの二人は案外、飛び込んじゃうタイプなんだなあ。つりあいが取れていて、いいのかもしれないけどさ」
「うん……」
「とにかく、どんな感じになるか、見てみようじゃないか」
ヴァンの言葉に、アリーシャは黙ってうなづいた。
「ねえ、ヴァン。レポートや映像、見た?」
アリーシャが、朝食を取っているヴァンをつかまえて、例の話題を始める。
「ああ。特殊な器具――貞操帯、というのか? とにかくそのせいで、自分の性器に触れられないようにして、気持ちよくセックスしている映像を流しているみたいだな」
「なんか、本当に、オレンジとブドウのたとえみたいだね」
「あと、催淫剤が投与されているみたいだ。もちろん、合意の上で」
「うん、それはわかる。怖がっていたアールティーは投与されていないみたいだもんね」
「だけど、最近は、なんか不思議じゃないか?」
「それは、あたしも思う―――」
「完全に隔離されていて、性的な映像も出されていない」
「ほとんど一人でいる以外は、あたしたちのふつうの暮らしと一緒だよね? どういうことなんだろう?」
ヴァンが、彼にしては珍しく、皮肉めいた口調なしの、真摯な口調でしゃべりはじめる。
「ぼくの推測なんだけど――。一種の、『飢え』なんだと思う」
「うえ?」
「飢餓感って、いったらいいのかな。昔の文化人類学の本を読んだんだが、おっぱいが日常的に露出している生活をしている人たちにとっては、おっぱいは性的な器官ではなくて、かなり純粋に授乳器官に見えているらしい」
「はぁ」
この話が、どう着地するのかいまいちつかめずに、アリーシャは相槌をうつ。
「逆に、男女が明確に隔離されているような世界では、まったく何でもないものが性的な象徴になる可能性があるそうだ」
「ということは……」
「もともとぼくたちは性に淡泊だからな。性的な映像を見せて、学習させたあとで、一人にして隔離することで、脳内で記憶を反復させているのかもしれない。だれかと話しているときよりも、一人のときに性欲は感じるものだからね」
「確かに……ファッサム、あそこをよく手で触れているよね……」
「よく見てるね」
「べ、別にそんなんじゃないって!」
顔を赤らめて、アリーシャが抗議する。
「そんなんって、どんなん?」
「と、とにかく! 効果、出てるのかな……」
「かもね」
数週間ぶりに、ファッサムとアールティーが面会した。
面会場所は、大きなベッドが置いてある一室で、薄暗い桃色がかった照明が、本能の一部を刺激する。
ファッサムは、入ってきたアールティーの服を見て、アールティーってこんなにかわいかったのかと思った。
いや。
かわいかった、だけではない。
こんなに、性欲を刺激するような、淫猥な雰囲気を漂わせていただろうか?
それとも単に、自分がそういう目で見るようになっただけか?
「ど、どう思う? この服……」
「す、すごく、官能的だ、と思う……」
「そ、そうだよね、ここだといつもシャツとズボンのモノクロームの制服だけだから……規格と効率性重視っていうか。それにくらべてこれは……」
どのような材質で出来ているのか、透明なビニルに思える素材のスカートの下には、上品な藍色の紐パンをはいている。
これだと、後ろをむいたら、お尻が見えてしまうのではないだろうか。
そう考えたとたん、ファッサムのペニスが勃起していくのだがわかる。
ファッサムの下半身は、男性性器の盛り上がりを最大限に強調するようなビキニパンツでおおわれていて、その性的興奮を示すシンボルは、隠す間もなく、アールティーの目に入る。
「あっ……」
それを見て、すばやく顔をそむけたアールティーの動きのために、その豊満な胸が揺れる。
シースルーのベビードールの下には、パンツと同じ藍色のブラジャーを付けている。
ファッサムも恥ずかしくなって、思わず下を見ると、アールティーのパンティに染みが出来ていた。
どうやら、湿り気をすぐに外に表す素材らしい。
「――――――――――」
「――――――――――」
無言で二人は見つめ合う。
アールティーのパンティの染みは、さっきよりも広がっていた。
ファッサムのビキニパンツの膨らんだ山の先では、射精前液の染みが、みるみる広がっていく。
二人とも、もうセックスのやり方はわかっていた。
「あああああああああああっ!! やばいっ、やばいよっ、ファッサムっ! 気持ちいいっ、気持ちいいのっ、おまんこ気持ちいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
「アールティーの中も気持ちいいよっ! すぐいくっ、やばいっ、数週間出してなかった精液、アールティーの中に出すよっ! あああああああああああっ!!!」
どぴゅるるるるるるっ!!
今までに体験したことのない勢いで、ファッサムの精液がアールティーの中に注ぎ込まれる。
それは、確かに精液だったのだが、液というよりも、一種の固形物、ぐちゃぐちゃにしたゼリーに近い粘度をもって、アールティーの中に注ぎ込まれる。
「つっ……おぁ…………」
だるい体で、アールティーから体を離すと、アールティーの割れ目から、黄ばんだゼリーが顔を出す。
それを見た瞬間、すぐにファッサムのペニスは元気と欲望を取り戻し、ふたたびアールティーの中へと向かう。
「んんんっ!! 生ちんぽ気持ちいいっ!!」
「アールティー、どこでそんなエッチな言葉を覚えてきたの?」
その言葉に、かあっ、と顔を赤くさせるアールティー。
「あっ……あ、これは、あの……ふひゃぁっ!? だ、だめだよぅ、そんなに動いたら、またいくっ、いっ……っっ!!」
びくびくっ、と体を震わせる。
アールティーも、今まで性欲をたっぷりと刺激されたのにも関わらず、発散させることができなかったので、まるで嘘のように簡単に絶頂に向かってしまう。
「エッチなアールティー、俺は嫌いじゃないよ」
「ホント?」
「本当」
えへへ、と笑うと、アールティーは、ちゅっ、とファッサムのくちびるに軽く自分のくちびるを重ねた。
ファッサムは、生まれてはじめて、女の子を心の底からかわいいと思った。
「見せられた映像とか……本とか、漫画とかで、勉強したの。ずっと、エッチな言葉が頭から離れなくて……困ったよ」
「俺もだ。ずっと……いやらしいことばかり、考えてた。でも、オナニーもできなかったし……」
「これが、思考誘導、なんだね」
「うん」
「わたしじゃ、イヤだった?」
アールティーの言葉に、ファッサムは首を振る。
「ぜーんぜん。すごく……よかった」
「うれしい」
そのまま、アールティーはキスをする。
今度は、先ほどのような、軽いチュッ、というキスではない。
お互いの口の中を犯しあうような、性欲にまみれた、メスとオスのキス。
「ちゅっ、じゅっ、ちゅるっ、ちゅっ、じゅっ、じゅるるっ、ぺちゃっ、ちゅっ、ぢゅっ、ちゅっ、じゅじゅううっ!!」
キスに刺激されて、ペニスもますます硬くなる。
「アールティー、俺、もう、また……」
「まって……」
ファッサムの腹に手をやって、腰の動きを止めさせると、いったん抜いて、後ろを向き、両手でお尻を両側からひっぱる。
高くお尻をあげて、誘うようにゆらゆらと揺らす。
「い、一度……この態勢で、してもらいたかったの……犬みたいで……ドキドキする……と思ったから…………」
「ドスケベな雌犬だね」
その言葉だけで、カクカクと小刻みに体を震わせてしまうアールティー。
「め、めすいぬ、です……アールティーは、エッチな雌犬、だから……エッチな雌犬おまん、こ……に………ごしゅ、ごしゅじんさ、まの、ぶっといオチンポを、ぶ、ぶちこんで、新鮮な、こ、こくまろザーメン、びゅっびゅ、し、してくだ……さいっ………!」
この性行為が、マザーに記録されていること。
もしかしたら、将来的には、アリーシャとヴァンも見る可能性があること。
でも、その可能性は、自分が許可しないかぎり絶対にやってこない安心感。
これらが、絶対に安心な場所で、自分のもっとも恥知らずな部分を、疑似的に公開している快感をアールティーに与えた。
卑猥な言葉を言うたびに、焼けつくような快感で、脳の快楽中枢が焼き切れそうになる。
(これが、セックスなら……わ、わたし、もう、戻れないよ………)
一瞬、そう思ったアールティーの思考は、入ってきたファッサムのペニスに散り散りにされる。
「ああああああっ!! いいよぉ! ファッサムの生チンポ気持ちいいっ! めすいぬまんこに、ずぼずぼされて気持ちいいっ! いくっ、いくっ、いっちゃうううっ!!」
ファッサムも、アールティーの腰をしっかりと持ち、遠慮なく自分の腰に打ち付けながら、快感のあまり、うわごとのように叫ぶ。
「アールティー……アールティー、アールティー、アールティ!! 一番真面目だった君が、こんなに乱れるなんて! 本当はすごくスケベだったんだろう!」
「はいっ! そうですっ! アールティーはすけべな女ですっ!!」
「おまんこのことしか頭にない雌犬だったのか?」
「そうですっ!! おまんことオチンポとセックスのことしか頭にないどスケベ女、雌犬ですっ!!」
「じゃあ、今までみんなをだましていたんだな!! 本当は淫乱でセックス大好きだったくせに、真面目で清楚なふりをして!!」
「その通りですごしゅじんさまあああ!! 本当は、アールティーは、みんなとセックスしたい、おまんこ大好き雌奴隷だったんですうううううっ!!!」
「アールティー! いくっ、いくぞっ!!!」
「きてっ、ファッサム! この雌犬おまんこのどスケベ子宮を、ファッサムの濃厚ザーメンで妊娠させてくださいっ!!」
びゅるるるるっ!!
二回目とは思えない勢いで、ザーメンがアールティーの中へと入っていく。
ペニスを抜き取ると、今度は白い新鮮な精液が、亀頭と、雌犬の穴の間をつなぐ糸となる。
お互いが向き直ると、どちらからともなく唇をあわせ、お互いの性器を手でいじりだす。
今度は、アールティーがファッサムを押し倒し、そのまま三回目の交合へと突入した。
この日、ファッサムは七回連続で射精した。
「ファーッサムっ! ごはん一緒に食べよう!」
「うん、食べよう食べよう!」
「はい、あーんして?」
「あーん……うん! おいしいよ! アールティーのごはんは最高だね!」
「じゃ、わたしにもあーん、して? ……ふふっ、お腹の子のためにも、料理がんばらなくっちゃ」
まだあんまり膨らんでいないお腹をさすりながら、アールティーとファッサムは幸せそうに笑う。
「…………なにあれ」
「そうだね、ぼくの読んだことのある本によると、昔の言葉で『バカップル』というのがあるらしいんだが、それが近いんじゃないかと推測されるね」
「ふーん」
アリーシャとヴァンが、目の前で仲良くごはんを食べ合っている二人を見て、会話を交わす。
『とてもすばらしいことですね、愛がはぐくまれるというのは』
「まあ、そうだろうね」
マザーの声に、ヴァンが特に感情をこめずに答える。
なにか問題はないかと、公開されている資料や、自分の目で見える経過は把握したものの、特に異常は見当たらなかった。
もっとも、アールティーとファッサムがセックスした映像は、アールティーが恥ずかしがって見せてくれないので、確たる判断は下せない、というのが今のヴァンの意見だった。
『わたしは、このプログラムを、妊娠可能な人間にも、もっと広めようかと思っているのですが。いかがですか、アリーシャ、ヴァン?』
「ぼくは、しばらく保留したいね」
「あ、あたしもっ」
ヴァンの言葉に、即座にアリーシャが続く。
『了解しました。それでは、一番若い世代のあなた方以外の方にも、試してもらうことにしましょう』
「それはいいな。みんなが記録を公開して、安全だと確認されてからやりたいものだね」
「あのさ、ヴァン」
廊下を歩きながら、アリーシャが、前を行くヴァンに声をかける。
「なに?」
「ありがと」
くるっ、と急にヴァンが振り返るので、アリーシャはヴァンにぶつかりそうになる。
ヴァンの青い目と、アリーシャの深い夜のような目がぶつかる。
「何について」
「べ、別に?」
少々うわずった声でアリーシャは答えるが、ヴァンはぼそりと、
「断ってくれてありがとう、わたしはまだ怖かったから。そう言いたいのかな?」
無言で顔を赤くさせるアリーシャ。
「意地悪! 意地悪! 意地悪!」
「ごめんね」
謝罪の意を全く感じられない態度で軽く手をあげると、ヴァンはまた踵を返して、歩き出す。
「でもさ、アリーシャ。ぼくはぼくなりに考えているんだ。きちんとデータを取って、安全性を確かめてからでないと、大変なことになりかねないだろ。一番若い世代はぼくらなんだ。ファッサムもアールティーも、一見問題ないように見えるが、後から問題が出てくるような問題を抱えていた場合、ぼくたちは同じわだちを踏むわけにはいかない」
「うん」
「ここは慎重にいくべきだ。そうだろ?」
「そう、だね」
数か月後。
マザーの「思考誘導」によって、何人かの人間が、カップルとなり、妊娠した。
ヴァンはその資料を見て、アールティーとファッサムの間に何があったのかを推測した。
(確かに、こういうことしてると、情報公開するのは恥ずかしいだろうなあ。ファッサムは大丈夫だろうが、アールティーは……)
しかし、エデン32には、カップルとならないでセックスをする人たちも存在した。
すでに生殖機能が失われている年齢の人たちは、乱交により誰の子供か予測できない事態になっても問題ないため、特にカップルを作らずに性行為をするグループが出来ていた。
「んひぃぃいいいっ!!」
「おおおおっ!!」
ヴァンは、図書室で、公開情報にアクセスしていた。
おじいさんとおばあさんたちがセックスにはげんでいる姿は、ヴァンに嫌悪感よりも、むしろ一種の興奮と、若干の知的好奇心を呼び起こした。
(年をとっても性欲や恋欲は残るという話を聞いたことがあるが、案外間違っていなかったようだな)
そう思っていると、ヴァンはあることに気がついた。
腕に描かれたスタンプを見せると、男性も女性も、発情するようなのだ。
さっきまでおしとやかにワインを飲んでいたおばあさんも、ダンディにウィスキーを飲んでいたおじいさんも、その印を見ると、勃起したり、股間を濡らしたりして、そのままセックスに突入する。
「マザー。この印は何だい?」
『一種の条件反射ですね。その模様に含まれる一種のコードを見て、それから性行為をする。あるいはオナニーをする。あるいは、なにかしら性欲を喚起させることをする。それを繰り返したことで、そのコードを見ると、若干の発情をするようになっています』
「これ、する意味あるの?」
『自分が発情するコードは、一人一人違っているのですが、このことにより、浮気を抑制し、遺伝子情報のカオス、予測不可能な遺伝子の組み合わせを起こすことを阻止できるのではないかと考えています』
「ふうん。結果はどう? 効果はありそう?」
『スタンプで発情したとしても、その発情が他の人物に拡散する状態も見受けられ、あまり効果はないのではないかと思っています。もうこの実験はやっていません』
「そのようだね」
マザーが行ってきた、あるいは行っているプロセスをレポートで眺めて、ヴァンはそう結論づける。
「あがってる? 出生率」
『はい。現在、5人が妊娠中です』
「そりゃすごいや」
『カップルも順調に愛をはぐくんでいるようですね』
「カップルからあぶれた人たちはどうするのさ」
『それは、これからの検討課題ですね』
「ま、ひとまずは、おめでとう」
『ありがとう、ヴァン』
ヴァンはレポートを閉じる。
その夜、図書館で本を読んでいるヴァンに、アリーシャが声をかけた。
「こんばんは」
「ああ、こんばんは」
「最近は、夜、あんまり出歩かないね」
「みんな、セックスで忙しいんだろう」
「ね」
机のはじっこに座っていたヴァンの、ななめ、ちょうど九十度ぐらいの位置に、アリーシャは座る。
「もう、あたしたち以外、全員、マザーの思考誘導を受けたみたいだけど。結論は、出た?」
「まあ、マザーがなんらかの手段で、思考誘導を受けた人たち全員を無意識下で下僕にしているというわけでなければ――」
「なにそれ、偏執狂的」
「いいんだよ、ぼくぐらい心配性なやつが一人いることで、最悪の事態を防げるんだから」
「ふーん……じゃあ、受けないの、思考誘導」
「ああ」
「じゃ、あたしも受けない」
「君も怖がりだもんな」
「………君も?」
「ぼくもね」
「そっか」
すっ、とアリーシャがヴァンの手に触れる。
「そっか」
夜の沈黙の中で、アリーシャがもう一度、口を開く。
「あのさ。あたしたち、付き合っちゃおっか?」
「好きなら好きって言ってほしいなぁ」
「はあ!? バカじゃないの!?」
「ぼく、歴代のエデンの人間の中でも、けっこう知能高いほうだと思う」
「そういう意味じゃないでしょ! 意地悪! 意地悪! 意地悪!」
「そういうとこ、かわいいよね、アリーシャ」
「ふああぁ!?」
「ぼくは、アリーシャのこと、好きだよ」
真っ赤になった顔が、浅黒い肌の色とまざりあって、赤黒くなっている。
ヴァンは、その色が、きれいだなと思った。
「あ、あたしも、ヴァンのこと、好き」
二人の顔の距離が、小さくなって、ゼロになる。
そっと触れあった二人のくちびるが、どちらから先に動いたか。
その疑問に答えを出す必要はない。
「思考誘導なしのセックスってさ。今、やっている人、いないじゃない?」
「うん」
「ぼくたち、してみよっか」
ヴァンの部屋のベッドで、横になりながら、アリーシャとヴァンはおしゃべりをする。
「――じゃあ、あたしたち、結婚……するよね」
「うん、しよう」
どちらからともなく、わらいあう。
白と黒の、落ち着いたユニセックスの服を脱ぐ。
二人とも立ったまま、生まれた姿をお互いにさらす。
「恥ずかしい」
茶色の体をしたアリーシャが、思わず、恥ずかしそうに体を隠す。
右手で陰部。左手で胸。
「かわいいよ」
キス。
くちびるに少し。
おでこ。耳。首筋。鎖骨。手で押さえられた胸の露出している部分。
「ひゃうっ」
おっぱいの上半部にキスされて、甘いしびれがアリーシャに走る。
肩にキス。
二の腕。おなか。おへそ。
ヴァンはひざまずいて、ふともも、ふくらはぎにキスをする。
アリーシャは、ひざまずいている男の子を見て、興奮する。
土下座するように、足の甲にキスをするヴァン。
蛇のように、アリーシャの体にからみつきながら、今度は上へ。
ふとももの裏。
おしりの左側。右側。
背中を舌がなめる。下から上へ。
うなじ。
後ろから、ヴァンがアリーシャを抱きしめる。
「ん、ぁ…………」
アリーシャの、かすれたような声。
後ろから抱きすくめられたアリーシャのお尻には、大きくなったヴァンの生殖器を確かに感じている。
ほっそりしたヴァンの白い腕が、アリーシャの左手に添えられる。
ゆっくりと、アリーシャの手が、陰部からどかされて、そこにヴァンの指がすべりこむ。
にゅるっ。
割れ目をなぞった指は、そんな感触に出会う。
「アリーシャ……すごく、濡れてる…………」
「駄目、だよ……」
本当は、駄目なんかじゃないのに。
恥ずかしくって、駄目って言ってしまう。
胸を隠していた手もどけられて、その荒っぽさにちょっとだけときめく。
危険な場所での暴力は恐怖を産む。
安全な場所で、安全な相手の、荒っぽい動きは、場合によっては、性的興奮を生じる。
腕をどけられたアリーシャの乳首は、かたく、おおきく、とがっていた。
「アリーシャ、乳首、かたいよ?」
「わ、わかってるよ……」
「えっち」
耳までアリーシャが真っ赤になったことを確認して、ヴァンはアリーシャをひっくり返して、自分と正面を向かせる。
そして、ねっとりとしたキスをする。
その間に、自分の右手を、アリーシャのぐちょぐちょになった秘密の場所に置いて、アリーシャの右手を、自分の硬く、興奮した男性性器に導くヴァン。
「ん……ふ、じゅ……れろ、ぁ……ちゅ、ん、ちゅ……」
誰に言われたわけでもなく、アリーシャは、ヴァンのペニスをしごきはじめる。
出てきたカウパー腺液を、ペニス全体にぬりたくる。
ヴァンの指による愛撫で、くらくらするような興奮の中、生まれてはじめて男の生殖器をしごいている事実に、気がふれそうになる。
「入れて、いい?」
ヴァンの優しい声なんて、あまり聞けないな。
アリーシャはそう思い、なぜか胸の奥があったかくなる。
「いいよ。来て―――」
「痛かったら、言ってね」
「うん」
ゆっくりと入れていく。
痛いところがあったら、止めるつもりのヴァンだったが、全部入ってしまう。
「あれ、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だった」
「痛くない人も、いるって本に書いてあったけど、本当だったんだ」
思わず、アリーシャは笑ってしまう。
「こんなときまで本の話?」
「い、いいじゃないか」
アリーシャはふつうの疑問を言ったつもりだったのだが、予想以上にヴァンがうろたえるので、面白くなる。
そして、ヴァンのことを、かわいいと思う。
「ちゅっ……ん、ふっ、ちゅっ」
ヴァンの言葉を封じるために、今度はアリーシャからキスをする。
アリーシャは、ベッドに押し倒されて、キスをされながら、ペニスを出したり入れたりされる。
「ん、あっ、んんんっ、ん~っっ」
キスされながらで、あまり大きな声は出せないけれど、快感の声があわさったくちびるから漏れ出してくる。
まだ慣れていないヴァンのぎこちない腰振りが、強烈な刺激を与えないので、アリーシャにはありがたい。
でも、だんだん慣れてきて、アリーシャはもっと快感が欲しくなる。
「ね、ヴァン。あたし、上になる」
無言で笑って、ヴァンが横になると、アリーシャは、自由に快感をむさぼりはじめる。
「はあぁっ、ああっ、んんっ、いいよっ、おちんちん効くうっ……」
そう言いながら、腰をカクカクと小刻みに前後に動かす。
「アリーシャ、何してるの?」
「こ、こうするとぉ……クリにこすれてっ、んんっ、気持ちいいんだぁ……っ、くっ、はぁっ……」
びくびくっ、と痙攣して、アリーシャの膣内が締まる。
ヴァンは、今までも、熱いアリーシャの体内で、射精しないように我慢していたのに、あっさりとその我慢が打ち破られる。
「あっ、そんな急に、おぉっ……」
うめくような声をあげて、アリーシャの中に、ザーメンを放出してしまう。
「出た?」
「………うん、出た……」
いつも自分の一歩先を行ってしまうことのあるヴァンだけど。
ベッドの上では、かわいいとこあるじゃない。
アリーシャは、またちょっとだけ愛しくなって、ヴァンにキスをする。
「妊娠するまで、毎晩セックスしてね?」
無言で、顔を赤く染めてうなづくヴァンに、アリーシャは優しいキスをする。
そしてすぐに、アリーシャは、萎えたペニスに顔をうずめ、舌でチロチロとなめた。
おどろくヴァンに、いたずらっぽくアリーシャは微笑んだ。
「夜はまだまだ長いよね?」
再び二人の体が重なるまでに、そう長い時間はかからない。
その夜、思考誘導なしでの、気持ちいいセックスを、二人はたっぷりと味わった。
結局、アリーシャとヴァンが思考誘導でセックスをしたのは、子どもたちが生まれてからずいぶん経ってからだった。
子どもたちが思考誘導されたセックスをしたり、思考誘導でないセックスをしたりして子供がまた生まれる。
それを見て、思考誘導には、やっぱり問題がないと判断したあとのことだった。
アリーシャとヴァンは、中年にさしかかっていた。
アリーシャの崩れかけた体形は、熟した女の魅力を放ち、ヴァンの少し枯れたような肉体は、独特の色気を放っていた。
すでにセックスの経験がある二人は、一週間程度、催淫剤を投与されつづけ、射精やオーガズムを禁止させ、その一方で性欲をそそる映像、画像、文章をたっぷりと見せられながら、たった一人で隔離されていた。
そして、今日、特別室で、二人は再会した。
アリーシャとヴァンは、ぎこちなく挨拶する。
アリーシャは、真っ白い水着を身に着けている。褐色の肌に白がよく映える。
だが、その生地は、ギリギリまで小さくなったもので、かつてならマイクロビキニと呼ばれたようなものだった。
ヴァンは、黒い下着を腰にまとっている。だが、その生地は半透明で、勃起したペニスが、黒い陰影を通して、アリーシャの目にはっきりと映る。
もちろん、勃起した状態を隠すなんてことはせず、こんもりとした山が、股間にそびえたっていた。
この部屋に充満する、薄暗い照明と、独特のお香のにおいが、性欲をちくちくと刺激する。
そして、大きく存在感を示すベッドが、セックスをいやおうなしに連想させていた。
「どう、だった?」
「ああ、ぼくは理性には自信があるほうだが……なかなかやるな、って感じ」
「あ、あたしも……」
二人の頬は、赤く上気している。
恥ずかしさからではない。本能の奥底から立ち上る、生殖欲がそうさせているのだ。
「じゃあ、アリーシャ、今日はセックスなしで、もう帰ろうか?」
「えっ……」
アリーシャは、あからさまに落胆した声を出してしまう。
「冗談だよ」
そう言って、アリーシャをベッドまで連れていくヴァン。
何も言わずに、ベッドの上に横になるアリーシャの足のつけねを見る。
そこは、言い訳のしようがないほど大量の愛液がまき散らされていた。
「うわぁ、すごいね。エッチなお汁がたっぷり」
「は、はぁ? べ、別にどうってことないけど……っ、ああ!」
さらりとふとももの内側を、ヴァンの指が撫でただけで、あられもない声をアリーシャはあげてしまう。
「へぇ。アリーシャ、強がっているけど、案外限界?」
「うるさいうるさいうるさい! あー、もう! あー、もうっっっ!!」
ばんばんっ、とベッドを叩いて、アリーシャが叫ぶ。
「わかったわよ、認める、認めるわ、認めます! あたしは今、すっごくオマンコがうずいてるの、頭の中セックスのことだらけなの、硬くなったおちんちん、すぐにおまんこにぶちこんで、こすりあげてほしいのよっ!! しょうがないじゃない、催淫剤たっぷり入っちゃってるし、思考誘導で、エッチな経験、ガンガン送り込まれちゃったんだもん!」
はーっ、はーっ、と荒い息をつくアリーシャに、ヴァンがニッコリ笑いかける。
「よくできました。で、どうしてほしいの?」
「あたしのおまんこに、あんたのオチンポぶちこんでほしい―――っ、あはあああああああああああっ!!」
無言で挿入されたペニスに、アリーシャは歓喜の声をあげる。
「いいっ、素敵っ! おまんこズボズボ、ズボズボしてぇええ! アリーシャのぐちょぐちょおまんこ、生オチンポでぐっちゃぐちゃにされてるの気持ちいい~っ!!」
すでに何人か子供を産んでいるアリーシャの子宮が、だんだんと降りてくる。
「ふっ、ふっ、ふうううっ、ああっ、だめっ、子宮がっ、子宮口がっ、ああっ、キスしちゃう、おちんちんの先っぽにキスしちゃう、だめっ、これ、だめっ、あひゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
びくびくっ、と痙攣しながら、アリーシャの子宮は、射精された精液を奥へ奥へと飲み込んでいく。
ヴァンも興奮しているのか、射精しながらも勃起の勢いは衰えず、獣のように腰を振り続ける。
「もっとお……もっとお……んんっ、いいよおおっ、おまんこ効くぅっ……あはあああっ、気持ちいいっ、くるっ、くるっ、またきちゃうっ!!」
ぎゅっ、と足を、ヴァンの腰にからめて、アリーシャはまた絶頂に達した。
「ああああああああああ!! しあわせぇ、中出しされて幸せだよぅ……もっとぉ、もっとぉ……」
その日からしばらく、ヴァンとアリーシャは、その部屋から出てこなかった。
しばらくして、アリーシャの妊娠が発覚した。
アリーシャが孕んでから、しばらく経ったある日、アリーシャとヴァンとアールティーとファッサムとマザーは、大会議室で話をしていた。
「結局、人類の絶滅は、避けられたのかな?」
『はい。問題ない状況へと回復しました』
ファッサムの言葉に、マザーは答える。
「よかったぁ。わたしたちも、貢献できたんだよね」
『もちろんです、アールティー。また妊娠したようですね』
「うん……えへへ、胸もまたちょっと大きくなっちゃった」
アリーシャが若干の嫉妬をアールティーに――より正確にはアールティーの胸に――向ける。
だが、その顔には、幸せそうな友人に対する暖かな色が宿っている。
『ヴァン、アリーシャ。私は、あなたたちの用心深さを、非常に高く評価しています。また、ある集団の中で、珍しい行動をとるということに関しても』
「ある集団において、ひとつだけの行動ではなく、複数の行動を持つことは、その集団の生存確率を上昇させるからね」
『そのとおりです』
ヴァンのいつもの皮肉めいた口調に、マザーもいつもの「声」で答える。
「人口が増大も減少もしないように、きちんと管理するのは大変じゃないのかい?」
『最善を尽くすだけですよ。またこの地球上にエデンなしで人類が住めるようになるまで、安全に、文化的に、人類を生存させ続けるのが私の目的ですから』
「頼もしいね」
ヴァンは、マザーを少し疑っていたことを謝ろうかとも思ったが、謝ることでもない気もしたし、マザーの言う通り、自分のようなやつもいないと、生存確率が下がるので、何も言わないことにした。それに、マザーはそんなこと、気にしないのだ。
「ねえ、マザー。あたし、文明崩壊後の世界、見てみたいな」
『それでは、今度、準備しましょう。よければみなさんもどうですか?』
アリーシャの声に、マザーは肯定的な返事をする。
人類を補助し、生存を手助けし、文化的な生存を確保する。
それがマザーの役割。
そして、エデン32の役割だった。
エデン32。
ここから人類が出ていくとき、それは楽園からの追放ではなく、失われた地球という楽園への帰還になることだろう。
それまで、エデン32は自らの役割を果たし続ける。
だがそれまでは―――エデン32は、現在進行形の楽園であり続けるだろう。
あとがき
マザーコンピューターが黒幕じゃない、正義の立ち位置にいるSFが読みたかった。
でも、知らなかったので、書いてみた。そんなお話です。
未来の話だと、人種は今とは違う感じになっていると思うけど、アリーシャが北アフリカ~中東あたり、ヴァンが北欧、アールティーがアジアとヨーロッパの中間、ファッサムはアイルランドに東アジアが混じったイメージ――を最初に持っていましたが、書いているうちにあまり意識はしなくなりました。
いろんな人種がわいわいやっているのは、早川書房の世界SF全集で、小松左京の「継ぐのは誰か?」を読んで以来、やってみたかったので、できてよかったです。
(「継ぐのは誰か?」にはミステリ要素が含まれており、下手に検索するとネタバレに抵触することがあるので、ご注意を)
< 終 >