聖騎士王国の籠絡 第一話

第一話

 聖天使博士大学は、キリスト教系の宗教組織を母体とする、小規模の私立大学である。
 総合大学ではなく、少々の学部がある程度だが、付属高校や中学を持っている。
 宗教組織を母体とする、といっても、この大学自体には、実際のところ、あまり宗教色は見られない。
 むしろ、ここの付属高校などの方が、宗教の授業があると聞いている。
 宗教が関わっているとはいっても、保守的というよりもむしろ新進の気鋭に富んだ大学であり、世界各地から優秀な学生を集めている。
 少数精鋭でならす私大であり、在籍する生徒・学生の成績は基本的に高い。
 というのが、わたしがこの大学に入るまでに聞いていた、この大学の評判だ。
 しかし。
 拍子抜けかな、というのが、わたしが実際にこの大学に入って持った印象である。
 どちらかといえば、ここの学生たちは真面目である。
 教授陣も、そんなにいやな感じではない。
 そして、宗教組織を母体とするためか、やけに古い写本などがある図書館や、宗教学部があるのは珍しいといえるだろうし、それを魅力に感じる人もいるだろう。
 でもなあ。
 なんかつまんないよな。
 それが、わたしがこの大学に入って今現在持っている――第一印象ではない、こういうしばらく時間経過したときに持つ印象になんと名前をつければよいのか――印象だ。
 聞くところによれば、宗教的な写本、特にキリスト教関係の異端や魔術分野に関しては、かなりの蔵書や研究実績があるらしく、国内どころか世界的にもトップクラスだと聞いているのだが、あまりそっち分野には詳しくないので、わからない。
 まわりを見てみても、けっこうみんな勉強できるんだろーなー、とは思うが、それだけだ。
 確かに、在籍する人たちの成績がいいというのは、その通りなんだろうと見ていて思うが、なんか面白くないのである。
 あと、この大学には、うさんくさい話が絶えない。
 いや、うさんくさい話ではなく、ある種の怪談というべきか。
 うわさによれば、中央図書館の二階だての地下書庫には、さらにその下に聖なる本のある地下三階と、地下四階が隠されて存在し、地下四階には一般の目に触れさせることのできない危険な魔術書や、呪われた物品、封印された悪魔が眠っているとか、宗教学部特別書庫には、図書索引にも載せられていない稀覯本があり、死者との対話や異世界への航行すら可能にするとか、いかにもそれっぽい話が転がっている。
 そもそも、この大学は、魔術師やエクソシストを訓練するために建てられたのがはじまりであるとか、もうオカルトもたいがいにしてくれという感じだが、とにかく、そういう「あやしい」雰囲気のあるところなのである。
 それは確かに、この大学を歩いていても思う。
 設立年はかなり古いはずなのに、その時代の大学の流行とは違い、むしろ今の流行を先取りしていたかのように、山の中に建てられていて、外界と隔絶されているのがすでに「それ」っぽいし、いまだに木造建築の校舎というのが、ゴシックホラーとか、ヴィクトリア朝怪奇譚なんかをほうふつとさせる。
 エドガー・アラン・ポーを狂ったように愛している学生が、この建物を見て、最高学府の合格を蹴ってここに入ってきたという噂まで聞こえてくるくらい、味のあるというか、雰囲気のある大学なのだ。
 正直にいえば、本当にそんなうさんくさい話があるのなら、ぜひぜひそんな事態に遭遇させてほしいと思っている。
 魔法、魔術、ファンタジー。
 わたしの大好物だ。
 指輪物語で、ぐいっとひきこまれ、英、独、仏のファンタジーに入り込み、アメリカのものにもお世話になった。
 だから、そんな不思議な話があるのなら、ぜひ自分も主人公として参加したい。
 別に、生活にそこまで不満があるというわけでもない。
 しかし、物足りなさ、というのは、確かにあって、わたしはファンタジックな刺激を求めていた。

 図書館の地下二階。
 レポートを書くために、わたしは地下書庫に下りてきていた。
 正直、提出期限はまだまだ先だ。
 しかし、すでに課題がしめされている以上、さっさと終わらせた方が得だと判断した。
 世の中には、夏休みの宿題を最終日に一気に片づけるタイプの人間がいるそうだ。
 わたしは、違う。
 そんなこと、したこともない。
 初日からガンガン宿題をこなしていき、最終日どころか、最終の週までには片づけている。
 そういうタイプだ。
 用意周到と言われることもある。
 ただ、臆病なだけだと思うが。
 危険なところに飛び込むのは好きじゃない。
 安全なところから、しっかり堅実に着実に目標を達成するのだ。
 そんな性格なのに、退屈だなんて不平をこぼしているんだから、なんだか可笑しい。
「そういえば……」
 ふ、と。
 まわりを見回した。
 だれもいない地下書庫。
 試験前でもないので、あまりこの時期に、ここまで下りてくる人はいない。
 こんこん。
 下の床を足で叩く。
 うわさによれば、この下には、地下三階が存在する。
 聖なる本や物品があり、危険な地下四階におさめられているものが、地上に出てこないように守っているのだそうだ。
 そういえば、この話。
 いったい、だれに聞いたんだっけな――。
 うわさの出どころというのは、たいてい、わからないものだ。
 誰に聞いたかをたどっていけば、絶対にわかるはずなのに、だれかが途中で忘れていたり、なぜかどこかでループしたりする、と聞いたことがある。
 そんなバカな、と今までは思っていた。
 しかし、いったいわたしがそのうわさをだれから聞いたのか思い出せないというこの事実に思い当たるとき、そういうものがあるということを認めないわけにはいかない。
「やれやれ」
 しかし、なんだか薄気味が悪いな。
 いったい、だれから話を聞いたのか、覚えていないというのは――。
 これ以上考えていると、怖くなりそうだったので、あわてて頭を切りかえる。
 そうだ、つまらない大学生活について考えていたんだった。
 そうだ、なにか面白いことが起きないかな、と思っていたのだ。
 なにかこう、面白いこと、たとえば異世界に行くとか、魔法使いに会うとか、そういうことだ。
 ぐるぐると地下書庫の間を巡りながら、わたしはいつの間にか自分の考えに没頭してしまう。
 異世界に行って、血沸き肉躍る冒険をする。
 素敵な勇者と会い、魔法を使って彼を助け、そのうえに結ばれる。
 魂が震えるような使命をおびて、宝を破壊しに旅に出る――。
 ああ、本当に、だれかわたしをここから連れ去ってくれ――――。

 ばさっ。

「え?」
 急に響いたその音に、わたしは完全に硬直した。
 なんだ、今の?
「だ、だれか、いるの?」
 こわいぞ。
 友だちからは、わりと性格が男っぽいと言われるわたしだが、これでも女の子だぞ。
 わたし一人しかいない地下で謎の音がしたら、普通にびびるぜ。
「…………」
 沈黙。
 沈黙っていやだな、と思う。
 自分の頭が、勝手にいろいろなことを考えてしまうから。
 頭を振る。
 もっと見ていたかった気もするが、もう出よう。
 そして、ふと、手にもった本を見て、あやうく叫び声をあげそうになった。
 だって、見たことのない本がそこにあったから。
「なんだ、これ」
 黒い表紙。
 表紙に書かれてあるのは、ドイツ文字だ。
 フラクトゥール。
 確か、そういう呼び名だったはず。
 うーん。
 この文字をフラクトゥールと呼ぶことは知っているが、読めない。
 というか、もしかしたら、これはフラクトゥールではないのかもしれない。
 ドイツのあの飾り文字に似ているとは思うが、わたしも詳しいわけではないし。
「っていうか、こんなもの、持ってきた覚えはないんだが」
 戸棚に返さなくてはならないな。
 そう思って背表紙を見るが、番号が振っていない。
 十進分類法でどこに分類されるのかわからないなら、返しようがない。
「ちょっと、中、見てみようかな」
 通路の途中にある閲覧机に座り、本を置いた。
 本の一番上に置いてある、例の黒い本を取りあげる。
 ぶるり。
 わたしの手が、一瞬止まる。
「――気のせい、だよね」
 なんだか、本が一瞬、生き物みたいに震えた気がしたんだけど。
 そのとき。
 怖いとか、気持ち悪いという感覚は、確かにあった。
 本を読むのをやめようか、とも思った。
 しかし。
 それよりも、なんだか、この先、ドキドキすることがまっているような――そんな、面白そうなことが起こりそうだという期待の方が――ずっと大きかったのである。
 そして、わたしは本を開いた。

「や、やりましたぁぁぁああああああ!!!」
 突然、絶叫が響いた。
 おおう。
 いったい、どうしたっていうんだ。
「救世主! 我らが救世主よ! おお、我が漆黒の姫君よ!!」
 黒い長髪の、顔立ちの整った、しかし気弱そうな青年が、黒いローブにつつまれて、わたしの目の前で涙を流している。
 たぶん、歓喜の涙、だ。
 そして、青年が見ているのは――わたし?
「あ、あの。あなた、だれです?」
 っていうか、ここはどこだ。
 どう考えても、あの図書館の地下書庫じゃあないぞ。
 大きな空間。列柱。ろうそくの火。
 ここは――なんていうか―――たとえるなら―――王宮―――――。
 そう、王宮。
 宮殿。
 やたら絢爛豪華な、でも、黒を基調とした、どちらかといえば邪悪な感じのする、宮殿。
 その中に、二つの魔方陣が書かれてあって、そのひとつにわたし。もうひとつに、先ほどの青年が入っている。
 いわゆる、悪魔召喚の儀式の典型的なやり方だ。
「おお、僕のことをお知りになりたいと! もちろんです、もちろんですっ!」
 青年が感動したように言う。
「魔国マリスマギアの宮廷魔導士にして、召喚術と死霊術を得意としております、我が名は、ヘルヴィストゥス・マリスディール・エンペラギウス……」
 とても長い名前だったので、途中からわたしは聞くのをやめた。
「待った、待った。長すぎて、覚えられないよ。短い名前を、何か……」
「はぁ」
 あれ? この人、これくらいの長さの名前も覚えられないのかな?
 みたいな目をした、気がする。
 なんかこう――ちょっといらっとしますねぇ。
 別に悪気があるわけではなさそうだが――そう、たとえていうなら、無自覚に上から目線で話してしまうインテリのような雰囲気だ。
 あ――、なんか教授でもこういうタイプいたなぁ。
「では、ヴィスとおよびください」
「うん、ヴィス。ここはどこ?」
「は。魔国マリスマギアで――」
「いや、そこじゃない」
 うん、そこじゃない。
 大事なところは、そこじゃない。
 そんな、わたしの知っている世界地図のどこにもないだろう名前のことを知りたいんじゃない。
「この世界のことだよ。わたしのいた世界と、違うみたいんだけど」
 そう。
 わたしは、この現象を知っている。
 今まで、いったい何冊のファンタジー小説や映画やゲームに触れてきたと思っている?
 わたしは知っているぞ。
 これは、あれだ。
「おお! 失礼いたしました、漆黒の救世姫よ! あなたは異世界から召喚されたのです! この国を救うために!!」
 ――――異世界召喚。
 なるほど、こいつは確かに。
 セオリー通りだ。

 宮殿のように見えたところは、実際に宮殿の一部だった。
 ここは、特別な召喚部屋、らしい。
 高位の悪魔や、魔神などを召喚するときに使うという。
 なるほど。
「ヴィス。また、質問なんだけど」
「は」
 ひざまずいて、うやうやしく返事をするヴィス。
 魔方陣の中に入っているのは、たぶんわたしに攻撃されないためだろう。
 まあ、わたしには攻撃するつもりなんてないけど。
「さっき、国を救うって言ってたけど、どういうこと?」
 そう問いただすと、その端正な顔が、暗い色にゆがむ。
「はい――現在、この国は、聖騎士王国の侵攻を受けているのです」
「なるほど」
「そして、非常な劣勢でして――多くのものは、すでに地龍山脈の向うへと逃げました。しかし、この宮殿は山脈の向うへと続く要所なため、明け渡すわけにはいかないのです」
 ふむふむ。
 どうやら、この国は、となりの国に攻め込まれていて、敗走中。
 山脈の向う側へと逃げてはいるが、この宮殿が落とされれば、追い打ちがかかる、というわけか。
 しかし、ちょっと気になることがある。
 聖騎士王国。
 魔国マリスマギア。
 うーん、この名前の感じ。
「で、わたしはいったい、なんなの? 予言者によって予言されたこの国の危機を救う勇者様?」
 そのセリフを聞いた途端、彼の顔がぱあっと明るくなる。
「さすがでございます! その卓越した洞察力! まさに救世主にふさわしい!」
 なるほど、わたしの判断は間違っていなかったようだ。
「我ら、魔族の窮地に現れ、人間族に反旗を翻すという救世の姫であります!」
 魔族。
 ということは、やっぱり――。
「あなた、悪魔、ってこと?」
「え? いや、さすがに、悪魔ほど高級な存在ではありません。まあその血をひいているといっても過言ではないのですが――ひょっとして、姫さまのいた世界には魔族はおられないのですか?」
 少なくともわたしは見たことがない。
 噂が確かなら、うちの図書館の最下層に封印されているのかもしれないが。
「まあ、たぶん、いないと言っていいと思うけどね。でも、魔族って何が人間と違うの?」
 正直、目の前にいるヴィスを見ていても、わたしのよく知っている人間とたいして変わらないように思える。
 あえて違和感のようなものをあげるなら、やたら肌が白く見えることと、黒髪がきれいな直毛長髪であること、多少日本人離れした顔立ちであること――くらいしか、ない。
「はい。魔族というのは、基本的に、『黒の魔法』が使えるのでございます」
 おお、なんかそれっぽい。
「つまり、相手を殺したり傷つけたり、死んだ人間を動かしたりするような魔法ってことね?」
「はい」
 にっこりと笑って、そんなことを言う。
「しかし、僕たち魔族は、人間が使う『白の魔法』には弱いのです」
「なるほど、つまり、相手をいやしたり、死んだ人間を動かすような魔法を無効化するような魔法っていうことね」
「そう、そうなのです!」
 だんだんと尊敬の念、のようなものがヴィスの顔に浮かんでくる。
 たぶん、知性のある相手には弱いタイプなのだろう。
「そこで、ですね」
 そう言って、魔方陣の中からヴィスが出てくる。
 信用してくれたということか。
「これを」
 自分の懐から、指輪を取り出す。
 漆黒の金属に、真紅の宝玉がはさまっている指輪だ。
 それが、正方形の石の台座に、しっかりと固定されている。
「これは?」
「これは、代々、この国に伝わる、秘宝、武器です。予言によれば、これは伝説の救世主、つまりあなたにしか使えない代物なのです!」
 武器?
 指輪が武器というのは、ちょっと聞いたことがない。
 ふつう、剣とかじゃないのか?
 だが、指輪で武器といえば、思い出すものがある。
 アラビアン・ナイトの「アラジンと魔法のランプ」。
 ランプの魔神が有名だが、あの話には、指輪の魔神も出てくるのだ。
「この指輪、どんな効果があるの? 魔神を召喚できるとか?」
「何をおっしゃっているのですか? 魔神はあなたではないですか」
 きょとん、とした顔でわたしを見つめるヴィス。
「この召喚儀式は、この魔国を救う、救国の姫君にして最強の夢魔、マリ様を呼び出す魔法でしょう?」
「たしかに、わたしの名前は、マリだけど……」
 自分の名前がすでにこの世界で予言されているということに、なんだかうすら寒いものを感じる。
「でしょう? ならば、この指輪も、あなたにしか使えないはずです。予言によれば、異世界の救世主たる姫君が、この国の危機のとき召喚術にて呼び出され、この石の台座にはめこまれた指輪を抜くことができる、それを救世主の証明として、この国を救うと予言されているのですよ!」
「あれ、ってことは、この指輪、抜けないの?」
「抜けませんっっんんんんっ!!」
 なんだかうんうんうなりながら、ヴィスが台座から指輪を抜こうとしているが、びくともしない。もともと、ヴィスはあまり体力がありそうには見えないのだけど。
「この国一番の力自慢でも抜くことかなわず、台座も破壊できず、まさにここから指輪を抜くことができるは、救世主の証明――」
 すぽん。
 わたしも、魔方陣から出て、指輪に手をかけてみる。
 すると、それは、さきほどまでのヴィスの動きが演技にしか思えないほどあっさりと、台座から抜けて、わたしの手におさまってしまった。
「おおおおおおおおお!! やはりっ、やはり救世主、おお、姫っ!!」
 ひざまずいて、涙を浮かべている。
 感動しすぎじゃないのか……。
「で、この指輪、どんな力があるわけ?」
 わたしの言葉に、涙を浮かべながら、ヴィスは答えた。
「夢に入って、心を操る力です」

 ここは、寝室。
 どうやら、わたしが想像したよりも、ずっと戦局は悪いようで、この宮殿には、今、わたしとヴィス以外の人間、というより魔族はいないらしい。
 わたしは、ここで指輪の力を試すことになっている。
「ねえ、指輪の力を試す前にひとつだけ聞いておきたいことがあるの。ヴィス、わたしの召喚に失敗したら、どうするつもりだったの?」
「それは、死ぬしかありませんねぇ」
 先ほどよりは、ずいぶんと落ち着いている。
 召喚の興奮で、ああなっていただけだったらしい。わたしも、こっちの方がしゃべりやすい。
「―――王様も、逃げちゃったの?」
「ええ」
 ちょっと寂しそうに、ヴィスが言う。
「まあ、実のところ、予言というのも、あまり信じられていたわけではないんです。予言どおりにうまくいったらいいけど、そんなにうまくいくわけないよね、っていうのが大半の意見でした。地龍山脈を越えた先には、マリスマギアよりも強力な魔族による帝国が存在していますし――、もう、撤退戦になっていたんです。僕の役割は、マリ様を召喚すること、そして、もしできなかったときは、自爆魔法によってこの宮殿ごと聖騎士王国の兵士たちを殺すことだったんです」
「殺すって……うーん、でも自爆魔法って?」
「はい。魔術師自身の命を引き換えにして、宮殿にはりめぐらされた爆発魔法の魔法式を展開するんです」
 あれ? それって―――
「捨て石、ってこと?」
「まあ、一般的にいえば」
 なんだかいや~な気持ちになる。
「まあまあ。ともかく、マリ様がこちらの世界に来た、ということは、この国は安泰です」
 それを見て取ったのか、ヴィスが話題を切り替える。
「そうかなぁ」
「そうですよ。さっそくこの指輪を使ってみましょう」
「しかし、どうやって使うの?」
 心を操るってかなり強力な魔法みたいだが……。
「いや、指輪を指にはめて眠るだけみたいですけど」
「それだけ?」
「少なくとも、伝承ではそうなっています」
 半信半疑ながら、指輪を指にはめる。
 何も起こらない。
「ちなみに、寝ても安全なの?」
「大丈夫だと思いますよ。結界が張ってありますし、ちゃんと警報もなりますから」
 正直、体の疲れはともかく、精神的な疲れが大きい。眠りたい。
 指輪の力がどんなものか、眠ればとりあえずわかるだろう。
 というか、わたしの現実の体はどうなっているんだろう。体ごとこっちの世界に来たのか、いわゆる精神だけがこちらに来たのか……。
 そんなことを思いながら、わたしは眠りに落ちていった。

「お……」
 ふわりと浮きあがるからだが、わたし自身を見下ろしている。
「幽体離脱、なのか?」
 となりで眠るヴィスの方を見ると、その頭のあたりが、白く光っている。
「これは……」
 なんとなく、だけど。
 この指輪の力が、わかる。
 わたしが指先をその光に触れさすと、体全体が、すいっ、とヴィスの中へと引き込まれていく。
 真っ黒なシーツが一面に広がったベッドの上に、わたしたちはいた。
 わたしは、ひじやひざまでを覆う黒い毛皮を、グローヴやストッキングのように身にまとっている。まるで、人間の体ではないみたいだ。
 胸はブラジャーのようなものでささえられているが、前面はおおきくはだけていて、乳首を隠す役目などまるではたしていない。むしろ、胸という器官の性的な要素を強調するだけの結果に終わっている。
 下半身、足と足との間には、申し訳程度の下着がついているが、紐パンツになっていて、しかも、大事なところには大きな切れ込みが入っている。男を挑発するために作られたような下着だ。
 そして、わたしは、この世界に入った瞬間に、一体、何をどうすればいいのかがわかった。
 わかって、しまった。
「マリ様……?」
 目の前のヴィスを見る。
 彼は全裸で、その筋肉質では全然ない、ほっそりとした白い肌の華奢な体を、わたしの目の前にさらしている。
 黒い髪が、その白い肌によく似合う。
 それだけではない。わたしの姿を見て、ヴィスの股間についている生殖器は、しっかりと性的興奮を味わっていることを自己主張するかのように、硬くいきり立っていた。
 ごくり、と思わず生唾を飲み込む。
「大変だったね」
 そのまま、ぎゅっ、とヴィスを抱きしめる。
 わたしのおっぱいが、ヴィスの顔にあたる。びくんっ、とペニスが、わたしの下半身にうちつけられるのがわかる。
 おっぱいを押し付けられて、興奮しちゃったんだね。かわいい。
 わたしの体は、男の裸を見た性的な興奮で、ゆっくりと汗をかきはじめている。腋がしっとりとしめってゆくのがわかる。この世界でのわたしの汗には、発情作用がある。こうやって抱きしめているだけで、きっとだんだんと理性がそがれ、性欲に呑み込まれ、わたしの魅力に屈服するようになる。
「怖かったよね? たった一人でお城に残されて、来るかどうかもわからない救世主を召喚する、なんて」
 夢の世界は、無意識の世界だ。
 この夢の持ち主、ヴィスの心が、手に取るようにとは全然いかないが、ぼんやりとつかめる気がする。恐怖、不安、わたしが来たことによる未来への期待……それにもかかわらず、あり続ける不安。
「でも、大丈夫だよ。わたしが来たからね。よくがんばったね。えらいえらい」
 そして、そのまま、頭をなでなでする。
 かくっ、とヴィスの体から力が抜ける。ヴィスの緊張が、どんどん解けていくのがわかる。
 ゆっくりと下の方に手をやると、大きくなったペニスに触れる。
 硬くなった生殖器に指をからめて、ゆっくりとしごき始める。
「ねえ。わたし、わかっちゃったんだ。この指輪の使い方。自分の意志で、わたしの中に射精したら、わたしの命令なら喜んで何でも聞く、忠実でエッチなわたしの性奴隷になっちゃうみたい」
 ゆっくりと肌をなでる。
「でも、ヴィスは優しい人みたいだから。そんなこと、したくないんだ。支配下に置くみたいなこと。だから、このまま、いっちゃお?」
 わたしの汗のせいもあるのか、この緊急事態で、オナニーなんてしてる暇がなかったのか、すでにヴィスの鈴口からは、はしたないほどダラダラと、いわゆる我慢汁がとめどなくあふれてきている。
 しごきあげる手と、陰茎の摩擦が、くちゅくちゅと卑猥な音をたてている。
「あっ、ああっ、マリ様っ……んんっ、駄目ですよぅ……」
 哀願するような目でこっちを見てくる。
 かわいい。
「駄目なの?」
「駄目、ですっ……」
「駄目じゃないよ。気持ちよくなっちゃおう? ――ちゅっ」
 そのまま、軽くキスをして、そのままいきなり舌で彼の口内を浸食する。
「ちゅっ、ちゅるっ、じゅじゅっ、じゅるっ、ちゅぷっ、ちゅっ」
 びくんっ、びくんっ、とペニスがわたしの手の中で跳ね上がる。
 どうやら、この状態だと射精の気配もわかるようになるみたいで、刺激をしすぎないように、わたしは適度に手をしごいたり、離したりする。
「マリ、さ、ま……」
「ん、なあに?」
 そろそろヴィスの限界が近づいていることを感じながら、わたしは言った。
 ヴィスの目は、快楽と性欲にとろけ、わたしの乳首をちゅっちゅっ、と吸っている。
 わたしの手に握られたペニスから出る淫乱な液体のせいで、ヴィスのペニスとわたしの手は、にちゃにちゃと濡れていた。
「中で……中で、出したい、ですっ……」
 その甘えたような声に、ぞくっとする。
 顔もけっこう整っているし、髪もきれい。筋肉はないけど、肌はすべすべだし、それでいて、男の骨格らしく、体には独特の硬さがある――――雄の硬さが。
 わたしの心のどこかがささやく。
 支配、しちゃいなよ。
 絶対に裏切らない男を手に入れる。
 必ずわたしの言うことを聞いてくれる男を手に入れる。
 欲しいでしょ?
 そんな悪魔のささやきが、どこかから聞こえる。
 でも――――
「でも、そんなことすると、わたしの言うことをなんでも聞くようになっちゃうんだよ。わたしに支配されちゃうんだよ?」
「いい……です」
「え?」
「いいんですっ! 支配してくださいっ! マリ様が召喚できるなんて思ってませんでしたし、どうせ死んでしまうつもりの命でしたからっ! どうか、あなたのしもべにしてくださいっっ!」
 わたしは、自分がヴィスを支配したいのか、支配したくないのか、よくわからなくなってしまう。優しい言葉をかけたのは、ヴィスを本当に心配したから? それとも、安心させて、自発的にわたしの中に射精させて、支配下に置くため?
 でも、わたしも、実際、やりたくてやりたくて仕方なかった。
 目の前の男とセックスしたい。
 指輪の力は、わたしになんの影響も与えないはずなのに。自分の中に眠る性欲というやつが、こんなにすさまじかったのかと思うばかりだ。
「ね、ほら。触ってみて?」
 くちゅ。
 わたしの手に導かれた、ヴィスの指先が、わたしの足と足の間に触れる。
 そこは、とめどなく愛液が流れる泉となっていて、ヴィスの指が触れただけで、エッチな音が響いた。
「わかるでしょ? そんなに誘惑しちゃダメだよ。君を射精させて、あとでわたしの『ここ』、気持ちよくしてもらうつもりなのにさ。我慢、できなくなっちゃうよ」
「我慢、しないでください……捨て石になるだけだったこの命、マリ様のために、マリ様のためだけに、使いたいのです……どうか、主従の契約のしるしを、僕に刻み込んでください……僕は、マリ様の、下僕になりたい」
「そんな目で見たら、我慢できなくなっちゃうよ」
「我慢……しないで……っ、あああっ!!」
 最後まで言わせずに、わたしはそのままヴィスを押し倒して、股間で勃起している性器の上に、自分の腰を落とす。
 ずんっ、と、あの独特の重みが来て、おちんちんが入っちゃったんだ、と実感する。
「あっ、だめっ、だっ、だめだよぉっっっ!」
 びゅるるるるるるるっ!!!
 たっぷりと焦らされたヴィスが、かわいらしい声をあげて、いきおいよく射精する。
「ごめんね。ずっと寸止めだったもんね。我慢できなかったよね」
「ご、ごめんなさい、僕……」
「ううん、いいんだよ。気にしないで。それに、ほら……」
 わたしは、ゆっくりと腰を浮かせる。
 きゅぽんっ、とペニスが穴から離れる。
 自分の体の中に、熱いものを感じる。そして、わたしと、ヴィスとの間に、ある種の接続が行われ、経路(パス)が通るのがわかる。
「見えるでしょ? 君のザーメンがたっぷりわたしの中に入っちゃったの。わたしも気持ちよかったよ。ありがとう」
 ぎゅうっ、と抱きしめる。
「これで、ヴィスはわたしのものだね」
 すうっ、とヴィスの腰の上あたりに、紋様が出てくる。
 わたしがこの男の心を支配した証。
 それを確認すると、すうっとわたしの意識が遠のいていった。

「おはようございます、マリ様」
 ヴィスの声で、わたしは目が覚める。
「あ、おはよう、ヴィス」
 一見して、昨夜と何も変わっていないように見える。
 あれは、ただの淫夢だったのだろうか、と一瞬思ってしまう。
「ねえ。ヴィスにとって、わたしはなあに?」
「マリ様は、僕のご主人様です」
 昨日の夢は、夢であったけれど、夢じゃなかった。
「服、脱いでみて」
 ヴィスがするすると服を脱いでいく。きれいな白い肌があらわになる。
 だが、腰のあたりには、何も描かれていない。
 現実の体には、なんの影響も出ないのだろう。
 ごくり、と喉が鳴る。
 全裸になった男の体に、わたしの中のメスの部分が反応する。
 まだ、足りない。この指輪が、求めている。もっと魔力を。もっと精力を。性なる力を。
「ねえ、ヴィス。避妊薬とかそういうものって、ここにある?」
「え、ああ、ありますよ」
「じゃあ、すぐに用意して。ほら」
 そういって、私は足を大きく開いて、股間をよく見えるようにする。
「わかるでしょ? 我慢、できないんだよ」
 自分からは見えないけれど、はしたなく、ぐちょぐちょになっているのが、見なくてもわかる。
 ヴィスは顔を真っ赤にして、そしてペニスを大きくさせながら、「ただいまお持ちいたしますっ!」と言って、そそくさと出ていった。
 そして、帰ってきたヴィスとわたしは、二回戦――いや、夢ではない、この現実の世界においては、一回戦へと突入した。

 昼過ぎに、目を覚ます。
 セックスの余韻で、若干疲れているかとも思ったが、全然そんなことはなく、元気そのものだ。
 もしかしたら、ヴィスの体から、エネルギーを吸い取ってしまったのかもしれない。
 それとも、単にセックスをすると力がみなぎる仕組みなのか?
「お目覚めですか、マリ様」
 扉を開けたヴィスが、わたしに声をかける。
「ああ、ヴィス」
 その手には、カップと、紅茶のようなものが入っているのだろうガラス細工のようなポットが見える。
「ごはんを用意しているところです。少々お待ちください」
 おお、献身的なやつじゃないか。
 ヴィスが召喚者で本当によかった、とわたしは思う。
 しばらくすると、サンドイッチとクレープのあいのこのような食べ物が出てくる。
 わたしたちは、ベッドから出て、部屋の中にある小さなテーブルで食事をとる。
 サンドイッチもどきは、ちょっとスパイシーな味で、どことなく「エキゾチック」という形容詞を思い起こさせる味だ。それが、お茶の甘い味とよくあっている。
「おいしいね、これ」
「マリ様のお褒めに預かり、光栄です」
 にっこりと、ヴィスが微笑む。
 うん、やっぱり、けっこう整った顔立ちだ。
 この世界の基準ではどうかわからないけれど、なかなかわたしの好みである。
 おなかがすいていたので、何もしゃべらずに、もくもくと食べる。
 ヴィスも、わたしの食べ方に合わせて、何もしゃべらずに、食べ物を口に入れる。
 おしゃべりのない食事を味気ないと思う暇もなく、あっという間に食べ終わる。
 ヴィスは、まだいくらか残っている。我ながら早く食べたものだ。
「ねえ、ヴィス。食べながらでいいんだけど、質問に答えてくれる?」
 食べながらでいい、と言ったのに、律儀に手をとめる彼に、食事を続けて、と手で合図して、わたしは質問を繰り出す。
「ええっと。昨日の話だと、聖騎士王国が攻めてくるっていう話なんだけど。実際、この城はどれくらい持つのかな?」
「はい、この城には結界が張っておりまして、正直なところ、人間は入ってこれません。つまり、普通なら、ということですが」
「普通じゃないやつがいる、っていうわけか」
 お茶を一口すすって、ヴィスは続ける。
「聖騎士王国に伝わる聖剣のひとつ、『結界切りの剣』を持った、皇位継承権第三番目の王子がこちらに向かっているという話です」
「うーん、その剣って、どれくらいの威力なの?」
「その剣で切られたら、結界が消滅します」
 それは、かなり強いんじゃないか?
「敵味方関係なしに破壊してしまうので、そこまで優秀な剣としては認められていないですね。使い手の王子シェムザールは、優秀な剣士だということですが、継承順位も低く、そこまで強力な剣は持っていないそうです」
「うーん、ちなみに、結界が壊れたら、結界を張りなおせばいいってことには、ならない?」
「破壊された結界は、そんなに短期間で修復はできません」
 なるほど。
「いったい、どれくらいの規模の軍隊が来るんだろうね」
「そうですね……実際、補給しながら来ますし、最初は様子見の要素も多いので、千人単位では来ないでしょうね。たぶん数百」
 数百。
 あまり多いとは感じないが、数億人を軽く突破しているわたしたちの地球の人口を考えると、この世界では妥当なのかもしれない。
「当初の予定では、わざと明け渡して、数百人みんなを爆破させるつもりだったんだよね」
「そうです」
「そんなに簡単にいくかな?」
「いかないでしょうね」
 ヴィスはあっさりと言った。
「たぶん、罠だと思って、あまり一気には入ってこないでしょうし、全員が入城するまでの間、僕が隠れるつもりだった、隠し部屋や隠し通路が見つからない保証はありません」
「あれ、ということは、この城を開けっ放しにしておいたら、たぶん一気には攻め込んでこない、ということかな?」
「シェムザールは勇猛果敢な兵士であると聞いていますが、あまり知略には長けていないようです。だれもいない怪しい城があったら、教科書どおりに、少数の人間で探りをいれて、徐々に安全を確認していくでしょうね」
 それは――――もしかして、わたしの能力に、おあつらえ向きの舞台じゃあないのかな?
「よし、ヴィス。ごはんを食べ終わったら、彼らを迎え撃つ準備をしよう」
 自分でもびっくりするくらい落ち着いた声が出た。
 その声に、ヴィスがうやうやしく礼をする。
 まるで、体が人間のものではないかのような気もしてくる。いや、これは本当に、そうなってきているのかもしれないが……。
 ともあれ、たった二人の攻略戦が、今、開始されたのだった。

 千里鏡。
 この城の隠し部屋に陣取って、わたしたちはそれを覗く。
 一種の遠隔透視魔法道具だ。城のすぐ近くにまで、敵の軍隊が迫っているのがわかる。
「うーん。たしかに数百人くらい、いるっぽいね」
「どうやら、城に入らず、ここで野営するようですね」
「よし、じゃあ、今夜が勝負だ」
 王子が眠りに入ったのを確認して、わたしも隠し部屋のベッドに横になる。
 すうっと、夢が、わたしを引き寄せる――――。

 ふわふわと、空を漂う。
 先ほど、千里鏡で見た場所へ、たゆたっていく。
 この幽体離脱に、射程距離があるのかどうかはわからないが、シェムザールの寝所までは、簡単に飛んで行けた。
 シェムザールは、ちょうど寝るところだった。
 短い金髪に、青い目。戦闘で鍛え上げられた、たくましい筋肉のついた体。
 カエサルのガリア戦記で叙述されているガリア人のような風貌は、このようなものだったのだろうか、と勝手に思う。
「じゃあ、俺は寝る。見張りを怠るなよ」
「はっ。ごゆっくりお休みなされませ、シェムザール様」
「ああ」
 そう、短く返事をすると、シェムザールは横になる。
 しばらくすると、頭に白い光が明滅する。
 シェムザールが、夢に入ったのだ。
「さぁて、いっちょ、いきますか」
 わたしは、気合いを入れると、シェムザールの夢の中へと入っていった。

 白い霧。
 その中で、だれかの泣く声がする。
 これが――――シェムザールの夢?
 泣き声の方へ歩いていくと、ゆっくりと霧が晴れていく。
 そこには、三人の男の子がいた。
「シェムザール、泣くなよ」
 おだやかな声で、一番年長に見える男の子が言う。
「そうだよ、ちゃんと剣をもらえただろ?」
 二番目に年上に見える男の子が続けると、一番年下に見える子――シェムザールと呼ばれた子が、泣く。
「だってぇ、ううっ、お兄ちゃんたちみたいにすごい聖剣じゃないもん……」
「ぼくたちのものとしたがって、聖性は低いけれど、威力としてはかなり高いんだぞ?」
 二番目に年長に見える男の子が言うと、一番年長に見える男の子も、それに続く。
「そうそう。シェムザールは強いからね。武術の才能は、一番あるんじゃないかな?」
「ほんと?」
「ああ、本当さ」
「じゃあ……じゃあ、おれ、がんばるよ!」
 霧がまた濃くなってゆく。
 次に霧が晴れると、また別の世界が広がっていた。どこかの城の中、二人の男が剣を打ち合っている。試合だ。
「うおおおおおお!!!」
 がきいんっ、と鈍い音がして、剣が空を舞う。
 すっ、と若い男の子が、剣を、壮年の男性の首元に突きつけた。
「勝者、シェムザール!!」
 その声のあとに、大歓声が響く。
「さすが、最も武勇に優れた第三王子」
「王国武術大会で王族が参加することは珍しいが、優勝まで行くとは……」
 ぼそぼそと声が響く。ふつうなら聞き取れそうにないくらいの音量に思えるが、シェムザールは耳がいいのだろうか。
「でも、もしかして八百長では?」
「王族だものね、わざと負けたわけじゃなくても、本気が出せないかも……」
 またもや霧。
 そして場面転換。宮殿の廊下を歩いている。
 ぼそぼそとした声が、耳に入ってくる。シェムザールの記憶だ。
「魔族をまた討伐したんですって」
「すごいわねぇ、本当に強い方だったのね」
「王国勲章をもらうなんて、さすがね」
「でも、魔族との戦闘に明け暮れていて、本当に血の匂いが染みついている感じ」
「やっぱり、わたしは結婚するなら、一番目の王子がいいなあ。優しそうだもん」
「わたしなら、二番目の王子ね。王国始まって以来の秀才だとか」
「第三王子は、あまり王族という感じがしませんね」
「確かに……」
 霧。場面転換。どこかの野営宿舎。
「もしや、王国から遠ざけておいて、王国の政治に介入させないつもりなのでは?」
 おそらく側近なのだろう、壮年の男性と、まだ若い青年が、シェムザールと話している。いや、これは、進言しているのか。
「第三王子も王子である以上、国政に参加する資格は十分にお持ちのはず……戦いが悪いとは申しませんが、なぜ外地でこのような戦闘に明け暮れなくてはならないのですか。別に王国が攻め込まれているわけでもあるまいに」
 シェムザールが口を開く。
「俺は、戦いしか能のない男だ。別に、そこまで戦いたいわけではないが……それが兄たちの命令とあらば、仕方あるまい」
「しかし――――!」
「兄たちには何か考えがあるようだ。俺の適性は、考えることではない。戦うことだ」
 霧。今度は深い霧だ。
 それが徐々に晴れると、たくさんの死体が見える。
 魔族の死体、なのだろう。
「―――――――――疲れたな。―――――――もう、戦いたくない――――――」
 暗転。
 気づくと、わたしは、漆黒のベッドシーツの上で、鎧を着こんだシェムザールと共にいた。わたしは昨日と同じような服装だ。男の情欲を煽るような下着。胸を強調するような乳首丸見えのブラジャーに、大事なところに穴が開いていて、すぐにハメられるようになっているパンティ。そして、昨日はなかった、尻尾。
「貴様、魔族か」
 シェムザールが、わたしの方を警戒心と敵意をもって見ている。
 そうか。今までのは、シェムザールの記憶と思考か。どうやら、やっと夢に帰ってきたらしい。夢に帰ってくるという表現も奇妙なものだが。
「こんばんは、シェムザール」
 ひゅおっ。
 目にもとまらぬ速度で――文字通りの意味だ、見えなかった――抜刀された剣が、わたしの体を切り裂いた。
「なに!?」
 だが、わたしの体は何ともない。夢というのは便利なものだ。
 これは夢だから、シェムザールの手にある剣も、本物の結界切りの剣ではないのだろう。
 わたしは、先ほどの夢、シェムザールの記憶を思い出す。
「シェムザール……もう、戦いたくないんじゃない?」
 びくり、とシェムザールが動揺する。
「兄たちとの確執もあるみたいだし――戦うことで自己表現しているんだよね。自分の価値が、戦うことにしかないって思ってるんじゃない?」
「魔物めっ!!」
 びゅんっ、びゅんっ、と大きく振りかぶった剣が、わたしの体を切り裂いていく。
 しかし、それはまるで、空気を切っているかのように、わたしの体に何一つ傷をつけたりはしない。
「いいんだよ、もう戦わなくて」
 ぎゅっ、とシェムザールを抱きしめる。剣と違って、この行為は、ちゃんと相手に届く。
「戦わなくても―――あなたは、大事な一人の人間なんだから」
 そう言って、わたしは、尻尾の先端を、シェムザールの首筋に刺した。
 この尻尾の使い方は、わかっている。
「おっ……お……おおっ……」
 軽く痙攣し、忘我しているすきに、シェムザールの下着に手をいれる。
「ふふっ。もう、こーんなになってる」
 先ほど、尻尾から入れた媚薬――というより夢の中だと発情魔法になるのか――が、すぐさま効いてくる。
「ねえ、答えて? あなたの軍には女の子いないみたいだけど――ちゃんと毎日ぴゅっぴゅっしてたのかなぁ? 射精、きちんと出来てた?」
 その質問に、シェムザールが真っ赤になる。
 うぶなところが、かわいい。もっと優しく搾り取ってあげたくなっちゃうよ。
「とりあえず、一回、出しておこうか?」
 上目づかいで、シェムザールを見ながら、たっぷりと大きくなったシェムザールのオチンポをしごきあげていく。
「いいよ……手の中でびくびくっ、って言ってる。たっくさん我慢してきたんだね? でも、もう無理しなくていいんだよ。解放しちゃおうよ」
 シェムザールのペニスに言っているのか、それとも、シェムザール本人に言っているのか。自分でも、だんだんわからなくなる。
「キス―――しよっか」
 ちゅっ。
 甘い、最初のひとくちづけ。
「ちゅっ、ちゅるっ、じゅぷぷっ、じゅるっ、じゅるるっ」
 それは、すぐにはしたない音を豪快に立てる、獣欲にまみれたキスになって。
「んっ、ん、んんんーーーっ!!!」
 舌と手の快感に耐えきれなくなったシェムザールが、思わず腰を引かせようとするのを、もう片方の手で、がっちりと抑え込んだ。
 びゅるるるるるるるる!!!!!
 あっさりと、シェムザールのペニスは限界を迎える。
「あはっ。た~っくさん出たね。いいよ。思いっきり出しちゃお? 我慢しなくていいんだからね」
 びゅっ、びゅっ、びゅーっ。
 よっぽどたまっていたのだろう。下着がべとべとになるまで、信じられないくらいの量の精液が、壊れた噴水のように出てくる。それとも、これは夢だからかな?
「はあっ……はあっ……」
 シェムザールは、犬のように、舌を出してあえぎながら、快感に染まった声をあげている。
 そのだらしなく開ききった口に、わたしは自分の唾液を流し込む。わたしの唾液も、汗も、体液はすべて、催淫効果を持っている。
 そのため、唾液を流し込んで、たっぷりと犯しつくすようなキスをしたあとは、またすぐにペニスが元気になってしまう。
「おおっ、おお……」
 先ほどの射精の快感がものすごかったのか、体からは力が抜けている。今がチャンスだ。性の快楽の沼にどっぷりとつけこんであげなくちゃ。
「ふふっ、ここは夢の中なんだよ。好きなだけ絶頂できるの。ずーっとずーっと射精して、気持ちいいまま、壊れちゃおっか?」
 今度は、口でペニスをほおばる。
 ついでに、体の向きを変えて、シェムザールの顔の上に、自分の生殖器が来るようにする。きっと、ぽたぽたと愛液が落ちているだろう。
「れろっ、れろれろっ、れるっ、ちゅっ、じゅぷっ、じゅるっ、じゅるっ、じゅぷぷっ、んんっ、硬いね……すごおい。戦いなんかしなくても、こんなに元気なおちんちんがあるなら、立派に価値があるよ、シェムザール……ん、ひゃぁんっ!」
 シェムザールが、突然わたしのモノにむしゃぶりついたので、びっくりする。
 きっと、わたしの淫臭にあてられて、自制が効かなくなったのだろう。乱暴で、慣れていない舌づかいからは、あまり女性経験がないことがわかる。いや、この匂いは――
「童貞、なんだね―――」
 きゅうんっ、と胸がうずく。この男のはじめてがわたしだという特別性に、酩酊性の優越感を感じずにはいられない。
 なめあげていたペニスから口を離して、立ち上がる。
「あっ……」
 わたしの股間を一生懸命なめていたシェムザールが、名残惜しそうな声を出す。
「あらあら。甘えんぼさんだね。もっと欲しいの? もっと気持ちよくしてほしいの?」
 わたしの声に、こくん、と首を縦に振るシェムザール。
 もう、すっかり性欲の虜みたい。
「しょうがないなぁ。いいよ。でも、持っているもの、全部捨ててもらわなきゃ、駄目だよ?」
 まだ、鎧を着こんで、剣も装備しているシェムザールに、そう言う。
 夢の世界で鎧を着ているということは、精神的な警戒をしているということ。
 逆に、夢の中で裸になるということは、無防備であるということ。
 シェムザールを、わたしの支配下に置くなら、まずは無防備になってもらわなきゃ。
 ずっとずっと戦ってきたシェムザール。
 疲れたでしょう? 休みたいでしょう? もう戦いたくないでしょう? だれか優しい人に甘えたいでしょう? いいよ。わたしが、思う存分、甘えさせてあげる。
「おいで」
 はだかで、大きく手を広げて、シェムザールを誘う。
 からんっ。
 剣が落ちる。
 がしゃん、がしゃん。
 鎧が外れていく。
 そこからまた一歩近づいて来ようとしたシェムザールに、わたしは声をかける。
「まだ、だーめっ。服も脱がないと」
 その声に、服もすべて脱ぎ、そして、一糸まとわぬ姿になったシェムザールが、わたしの目の前に立つ。
「いいの?」
「え…………」
 シェムザールの不安そうな顔。
「ここでわたしに抱きしめられたら、シェムザールはきっと、わたしのものになっちゃうよ。わたしの中で射精したら、もう二度と戻れないよ。それでもいいの?」
 シェムザールの瞳に、迷いが浮かぶ。
「もし、それでもいいなら――――もう戦わなくていい世界に、連れて行ってあげる。ずーっと甘えさせてあげる。どうする?」
 一歩。二歩。
 ゆっくりと、だが、着実に、シェムザールはわたしの方に近づいて来て―――
 ぎゅっ。
「よしよし……いい子だね、シェムザール……これでお前は、わたしのものだよ」
 ぶぴゅっ!!
 よっぽどストレスがたまっていたのか、その安心感で、射精してしまう。
 どろどろの精液が、密着したわたしのおなかにぶちまけられる。
 だけど、それが気持ちいい。
 おなかを動かして、わたしにぶちまけられた精液を、シェムザールの体にもぬりたくる。
 抱きしめ合いながらキスをする。すぐにいやらしい音が響いていく。キスをするだけではなく、片方の手は、シェムザールのペニスをしごきあげている。その間に、ペニスに精液を塗ることも忘れない。
 また、大きくなっていくペニスに、わたしの興奮も、どんどん高まっていく。
「そろそろ―――しよっか」
 寝転がって、大きく股を開いて誘惑する。
「ほら、入れて」
 シェムザールが、ふらふらと、酔ったように歩いて来て、わたしにのしかかる。そして、ペニスを挿入しようとする。
「あ……あれ……」
 おしいところで、なかなか入らない。
「待っててね。こうだよ……」
 わたしが、手でペニスをつかんで、あそこに誘導する。
 くちゅ、という音が響いて、先端が熱いぬかるみに触れたことを知らせる。
「そのまま、腰を前に出して……」
 ずるるっ、という感じで、わたしが彼のペニスを飲み込む。
「んんっ」
「あっ……」
 わたしも、シェムザールも、軽く声をあげてしまう。
「ん……気持ちいいよ……そのまま、動いて………?」
 わたしの言葉でシェムザールが腰を動かす。
「んっ、んんっ、んあっ、ああっ、いいよっ、そう、上手い上手い!」
 ぎこちない腰振りが、愛しさを加速させる。
「いやなことぜーんぶ忘れて、わたしで気持ちよくなってね」
 ぎゅうっ、と胸にシェムザールを抱く。
 オッパイに抱かれた頭。舌がわたしの乳首をなめる。
「ふふっ、赤ちゃんみたいでかわいい」
 愛液と我慢汁でぐちゃぐちゃになった結合部から、快感が断続的に送られてくる。
 もう、シェムザールは限界だ。
「いいよ。出しちゃお?」
「ま、まだ、もっとこうしていたい……」
「ふふっ。また出したあと、たっくさんすればいいじゃない。すぐ出しちゃって全然いいんだよ。すぐに精液を出して、いっぱいセックスしようね」
「ん、んおおぉっ……」
 びゅるるるるるっっ!!
 元気よく精液が注ぎ込まれる。
「よしよし。いい子いい子。いーっぱい出たね。でも、まだだよ」
 わたしの中に出したことで、わたしとシェムザールの間に、支配関係が生まれる。これで、シェムザールはわたしに逆らえない。
「さ、続きをしましょ」
 わたしの「お願い」に、こくんとうなづいて、わたしたちは長い夜を始めた。

 たっぷりと注ぎ込まれた精液で、おなかが満たされた後。
 夢の中で、わたしはシェムザールに命令を伝えていった。
「君の兵士たちを、少人数で、少しずつ城の中に入らせていって」
「はい」
 シェムザールが、わたしにひざまずく。
 三百人を一気に支配するのは難しいが、徐々に徐々にやっていけば、問題ないんじゃなかろうか。夢の中で、一日当たり二十五人と交わるとして……二週間あれば十分だな。
 一日当たり二十五人?
 その計算、今までのわたしだったら、卒倒していただろう。
 でも、今は違う。
 ちろりと出した舌で、くちびるをなめる。
 今から興奮が抑えきれない。夢の中なら、やり放題だ。
「みんな、すぐに支配してあげるからね」

 二週間後。
 わたしは、きれいに整列した聖王国騎士団の面々の前で、玉座に優雅に座っていた。
「これで、俺が率いてきた人間は全部です」
「ありがとう、シェムザール」
 数百人の男たちが、わたしに尊敬と崇拝のまなざしを送っている。
 二週間の間、夢の中でたっぷり交わった男たちだ。
 おいしくておいしくておいしくて、わたしの体には、力がみなぎっている。指輪のせいか、それとも、召喚されたときからそうなっていたのか。
 わたしの体は、この世界でも、完全に人間のものではなくなってしまったようだった。その証拠に、今や、悪魔のような尻尾が飛び出ている。
 わたしの目は、聖騎士王国の方角へと向く。
 あそこを叩かなければ、この国は、また侵略されるだろう。
 ちょうどいい具合に予言もある。男を食べるついでに、王国も征服してやろう。
 わたしは、まだ見ぬ王国の男たちのことを考えて、薄く笑った。

< 続く >

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