潜入若妻捜査官 早乙女沙雪 前編

前編

 私は数メートル先の親友を見る。そうだ。真希は、人質だ。私が、逃げたらどうなるか。私が真希を助けようとすれば、私の由紀はどうなるか。

 逃げても地獄。進んでも地獄だ。こんなに察しのいい自分を恨みたい。
 全然気づかずに、真正面から真希を救い出して、あいつに脅されて、気絶でもさせられて、気づかぬ間にみんなと同じようになった方が余程いい。

 ああああ……、奏多は、無事、なのかな……。あの人がいなくなったら私は、生きていけない。奏多が無事でさえいてくれれば、あいつの味方になっていてもいいから。とにかく、生きていてほしい……あの人と、由紀がいない世界なんて私は……。
 いや、全ては私が由紀一人にかまけて、世界の情報をシャットアウトしたのが悪いんだ。私が任務さぼったから、気づかない間にみんながいなくなったんだ……。

 ……? 今まで怒っていた真希がおとなしくなった?
 なんだ、あのペンライト。ペンライトを目に当てたらおとなしくなった?催眠術?
 なら、当然あのペンライトを見てはいけない。もう、私の、常識を超えている。何がなんだかわからない。

 真希が屋敷の中に入っていく。男がはっきりと私の顔を見て

「ここで逃げたら、分かってるよね?」と、声に出さず口の形だけで伝えてきた。

 舐められている。それを理解すると、絶望から怒りの感情が出てきた。
 そこで、私は冷静になる。一体私は、何を弱気になってるんだ。しっかりしろ沙雪!

 一旦大きく深呼吸をし、思考する。
 あの男は、ああいったペンライトを使って、みひろさんも操ったのだろうか。
 ペンライトでどこまでできるのだろう。自我をなくす程度? それを利用して多くの人間を脅している?

 まさか、人の価値観を歪めるほどの……。いや、そんなものがこの世にあるわけない。というかそんなものがあるならば、最初からみひろさんは、私を洗脳していたはず。
 それをせずに、ここにおびき寄せたということは、完璧な洗脳はできないのではないか?
 更にいえば、私を脅してこの屋敷に連れ込む方がより確実だし、事前に与えられた資料を信じるならば、あれほどの大物の権力を使えるのならば、こんなまどろっころしいやり方意味がない。向こうが危険なだけだ。
 一応可能性として洗脳、という線も残しておこう。

 しかし、あの男の油断っぷり。
 そこを上手く突ければもしかしたら……。
 希望がみえた。

 私は真希と男を追って、屋敷内に潜入した。
 屋敷内はエアコンが効いているようで涼しい。
 寒くなるけど、洋服は早々に脱ぎ捨てた。ここはもう敵の敷地内。
 こうなってしまった以上、今回が私の最後の任務になるだろう。
 相手の組織がどれほど肥大化しているかは、事前に与えられた資料を信じ、彼らが全員あの男の下に下っているとすれば、もう私一人の手には負えない。

 私は、もしもの為に、と思って着込んできた胸元の空いた黒のレオタードに、動きやすいスニーカーと、脱ぐのが面倒な黒のニーソをはき続けた。
 GPSも敵に油断させるため身に着けている。
 まだ私が、みひろさんのことを敵だと思っていない、と相手に錯覚させるためだ。

 それに、私が変な勘繰りのしすぎで、みひろさん、おじい様が私の味方で、奏多も単純に連絡を忘れていただけ、という線も捨てきってはいけない。それならば、先の場面で真希を救出していた方が良かったのだろうか?いや、そんな危険な賭けはできない。

 実際、相手はどこまで私が真相に辿り着いていると考えているだろうか。それとも私は考えすぎだろうか。
 もし、あの男が油断してさえくれれば、そして、私の勘が正しいのだとしたら、もしかしたら真希、みひろさん、おじい様に奏多だけでも、何らかの方法で助けられるかもしれない。

 あの男は危険すぎる。
 あの男は絶対に許さない。許してたまるか。必ず法の裁きを受けさせる。殺したいほど憎い相手だが、恐らくあの男は、国際的な犯罪者、日本においてはテロリストの疑いがある。だから、絶対二度と刑務所から出さない。私が捕まえる。私が踏ん張れば、まだ、間に合うはずだ。もう絶望には屈しない。

 事前にもらった屋敷の間取りは、一応は正しいようで、私は罠がないか慎重に進みながら距離を置いて、二人の後をつけた。

 二人は大広間に出たようだ。確か、ステージのある畳の、大部屋だったはず。この屋敷は基本的に洋館の体を為しているのだが、和式の部屋も存在する。あの部屋もそうだ。
 私も様々な場所に気を配りながら侵入する。
 そこで私を待っていたのは、ステージの上に、例の男と、両隣に目がうつろな真希、そして全裸で立っている女性だった。

「やあ、ようこそ我が屋敷へ。お姉さん」

 男は私の身体を舌なめずりするように見て、歓迎、してくれた。

「あら、豪勢な部屋ね。中々センスの良い屋敷じゃない。そんなとこで女性を侍らせて良い御身分だわ。まるで道化師みたい」

 私は思わず胸を隠しながら腕を組み、内心舌打ちをする。これは不味い。
 私は素早く状況を確認する。高さ約一メートルほどのステージに、男一名、女二名の計五名が立っている。内、男は未防備。一連の不可解な事件の容疑者と思われる。周りに人の気配はなし。武器になるものも、物自体もなし。私の周りにあるのは畳だけだ。
 
 何が不味いか。全裸で立っている、一般人とみられる女性が自分で喉元にナイフを突きつけているのである。
 しかし彼女は自分の意思で動いているようにみえる。私から見て、俄かには信じがたいが、あの女性は男を心底信頼し、愛しているようだ。
 この状況を恐がっているようには見えない。あの男側の可能性が非常に高い。でもだからと言って、私には彼女を見捨てることは当然できない。万事窮すだ。

「それじゃあ、もっと面白くしてあげるよ、はい真希さん」

 男が真希にナイフを渡す。女性と同じように喉元にナイフを突きつける。ただ、彼女は恐らくほとんど意識がない。そこを何とか利用できないか、一瞬の隙さえつければ。

「……少しお話をしましょうか、ほら、私見ての通り金髪だけど、これは染めてるんじゃなくて地毛なの。長い髪だからお手入れに時間かかるけど、夫がロング好きだから頑張ってるの。私のこと知ってる?あなたのお名前は?」

 どうでもいいことを言いながら、さりげなく彼らに近づきながら。反応を待つ。どうだ、何か反応来い。
 男の性格をもう少し把握できれば、この状況を突破できるかもしれない。

「え、お姉さん結構暢気なんですね。こんなに人質とられてるのに。真希さん死んじゃいますよ? 確かにあのペンライトでは真希さんを自殺させれられるほどまでは、できないですけど。……ま、まあ、僕はあなたのことを知ってますよ! あんだけ有名になっといて知らない人なんていないでしょう。実は僕、あなたのファンだったんですよ! 僕の名前は須藤悠です!いや、まさかあなたが……」

「悠様喋りすぎです! あなたの言うべきセリフ何!?」

 男は須藤悠というらしい。嘘はついていないようだ。
 須藤悠の傍らに立っている女性が耐えきれなかったようで、たしなめた。って悠様?どういうことなの?
 裸の女性は私と一緒で気が強そうで、だれかに服従するようなタイプには見えないのだが。
 須藤悠はその女性に勝てないようで押し黙る。
 どうやら須藤はいわゆる、ちょろい人間らしい。須藤一人だけならば、容易に制圧できそうだ。となれば、女性を何とかする必要がある。

「あ、ご、ごめんなさい。え、えっと、沙雪さん、唐突に申し訳ないんですが、僕の奴隷になってはいただけませんか?」

「……はぁ? あんた何言ってんの?」

 こんな本当に申し訳なさそうに、丁寧に奴隷になれと言われたのは、初めてだ。そりゃたまには奏多とそういうプレイをしているけどさ、私が主人の方が多いけど……。って何考えてるのよ! 人質取られておいてなんてアホなこと考えてるの!
 駄目だ、須藤のペースに乗せられてはいけない。

「須藤悠さんね?申し訳ないけどお断りするわ。私には私の命よりも大切な夫がいるもの。赤ん坊も生まれたばかりなのよ。こんなくだらないことは辞めて、もうおわりにしましょ?」

 相手に悟られないように少しずつ距離を詰める。
 ……よし、この距離ならば。一気に男を無力化できる。格闘には自信がある。
 後はタイミングだけ

「あの沙雪に名前を呼ばれた……。か、感動だ。え、えっと、ま、まあそうですよね。『普通なら』ダメですよね。じゃあこれなら、どうです。…………あっ、『みひろさん』ですか?こっちにきてください。」

 男が懐から携帯を取り出し、みひろさんに、電話をかける。男たちが視線を、私から、外した。今だ。

 私は彼らの不意を突き、ステージに駆けあがる。女性が反応するけど、遅い。
 私は真希の手からナイフを奪い取り、男の首筋に当てた。

「なっ、あなたの上司がここにいるんですよ!? なんで反応しないんですか!?」

 男が抵抗しようとする。黙らせるために少しナイフを当てて傷をつける。

「お生憎様。あなたが一連の事件の犯人なんでしょう?お前を脅せばそこの女性もみひろさんも下手なことはできない。違う?」

 あっけなく男は黙る。恐怖した男の表情を見て、奴隷も何もできないようだ。鬼のような形相で私を睨んでいる。
 さて、問題はここからだ。

 警察の帽子と制服を身に着け、ミニスカを履いている、みひろさんが現れる。

「ふぅ、流石私の優秀な部下ね。ここまで私の計画を看破されるとは」
「みひろさん、どうしてしまったんですか? 何を脅されているんです? こんなくだらないクズに与する時間があるならこの男を摘発してください!」
「こんなくだらないクズ……? 私のご主人様を悪く言わないでくれるかしら? それに私は脅されてない。自分の意思で偉大な主に忠誠を誓ったの。あなたこそくだらない茶番は終わりにしてくれる? ご主人様を解放しなさい!」

 あからさまに怒りの表情をみせるみひろさん。
 
 私はまたしても最悪の予想が的中してしまったことに気付く。
 有名人が出入りしてるのに誰も口を割らないこと、さっきのペンライトと奴隷女性、男の言動を合わせて考えると、もうこの状況に合致する統制手段は一つしかない。
 でもそれはあまりに非現実的すぎる。みひろさん程の女性を屈服させる方法……洗脳なんて。

「みひろさん、本気で言ってるんですか!? 正気に戻ってください!」
「埒が明かないわね。私はご主人様に洗脳していただいてから、まだ二十四時間もたっていないの。あなたを堕とすために急突貫の計画を練らないきゃいけなかったから、昨日からずっと寝てないのよ。だからちょっとはその労をねぎらってもらいたいわ」

「みひろさん、僕も昨日から性欲発散できていません……。」
「貴様は黙れ。みひろさん、あなたがこいつに洗脳されていて、こいつが大切なら、あなたにとっては一大事なんじゃないですか? 私、殺しますよこいつのこと」
「ありえないわね。あなたに人は殺せない。それに万が一、ご主人様を殺したら、私もあなたのおじい様も、奏多君も、由紀ちゃんも、あなたに渡したファイルの人たちも、全員死ぬことになるわ。それでもいいの?」
「……。」

「好きな方を選びなさい。私たちを捨て、あなたの夢への踏み台にするか。ご主人様の物になるか」

_______

 私は、間取り図にはなかった、地下の洗脳ルーム三号室に連れて来られた。

 全裸の奴隷は
 「私は何もできなかった……。申し訳ございません、悠様。奥方様に怒られてきます」
 と言ってどこかへ行ってしまった。

 洗脳ルームというと、よく分からない機械がいっぱいあって、私に装着させるのかと思ったんだけど、そういう訳でもないらしく、機械と言えば、冷蔵庫ほどの大きさのコンピューターだけだ。
 他にはキングサイズのふかふかなベットに直接手足や関節の拘束具が取り付けられていた。
 拘束具は調節ができるらしい。私はスニーカーだけ脱いで、ベットに大の字で、仰向けで寝て、拘束具を付けるように指示された。
 地下にもエアコンが効いているようで涼しい。

 私はどうしても納得できないことがあったので尋ねる。

「みひろさん、質問があります。どうして最初から私を脅してこの屋敷に連れてこなかったのですか?」
「最初は適当な自衛官や警察官を集めて強制的にあなたをここに拉致するつもりだったわ。私がご主人様にあなたの優秀さを説いて、短期決戦を提案したら」

「そうそう。僕が君の優秀さを知りたくて。本当かどうか試させてもらったんです。いやぁびっくりした。沙雪さんがあんなに素早く動けるとは。計画ではもっとスマートに洗脳に持っていくつもりだったのになあ」
「ご主人様の馬鹿! みひろは、本当に心配したんですからね。だからあれほど油断するなって言ったのに大体ご主人様は」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 つまり、最初から私はもてあそばれていたのだ。最初から私に勝ち目なんてなかった。夫と親友と上司、義祖父、ファイルに乗っていた人達全員と、娘を人質に取られて、行動も声も、監視されていて、勝てる訳がなかったんだ。

 でも、まだだ。私がこの拷問に耐えて、洗脳された振りをすればいい。敵が勝利を確信した時が、私の勝ちどきだ。今はジッと耐えるだけ。
 ベットが動く。私の身体がほぼ床と垂直になるまでベットが回転した

 準備が完了したようだ。
 私から全てを奪った男がフルフェイスのヘルメット見せつける。

 曰く、透明なのは表情が見えた方がいいかなと思ってね。
 曰く、ヘルメットに74個の電極を頭に着けて、脳みそいじるんだ。最初の五分は痛いから頑張ってね。直接脳に刺すのも数本あるけど、ほんとに小さいから大丈夫!
 曰く、大丈夫、たったの五分で三号室は終わるんだよ! ちなみにヘルメットは一人一人の特注品だからこの部屋あんまり使ってないんだよねー。あ、あのヘルメットがみひろさんのだよ!

 死ね 
 死ね
 死んでしまえ。
 人間をなんだと思っているんだ。この男は。絶対に許さない。こんなものに負けてたまるか。必ず乗り越えて娘に、由紀と奏多に会うんだ。

「分かったから、早く、しなさい」

 ヘルメットの後ろには大きなコードが付いていて、冷蔵庫型のパソコンにくっついてるようだ。よく見れば普通サイズのノートパソコンもあった。

「もういいですよねご主人様?じゃあ、もうおしまいなわけだけど、あんた何か言いたいことは?」

「……みひろさん、私は必ず貴方を助けます。待っていてください」

 精一杯の笑顔を浮かべてみひろさんを見る。でも、

「別に助けなくてもいいわよ。望んでないし。待たない。あああ、ご主人様、みひろがやります。ご主人様ったら不器用なんですから。そんなところも大好きです。ご主人様、『これ』が終わったらいっぱいみひろを愛してください。四十過ぎまで仕事一筋で、処女こじらせすぎて、ご主人様以外では全然感じなくなっちゃったおまんこでよろしければ、いつでもどこでも差し上げます。みひろのハジメテ奪って下さい。みひろは、身も心もご主人様専用マゾ婦警です♪」

 そして、私のことなど、どうでもいいかのように、みひろさんは、無造作に、私の頭にヘルメットを着けた。

「うううううあああっ!」

 痛い。想像を絶する痛みだ。気絶できずにずっとありとあらゆる痛みを、与えられているみたい。脳が直接かきまぜられている。
 助けて奏多助けて由紀。ママもう痛くて死んじゃう。由紀を生んだ時の痛みなんておままごとみたい。

 一旦機械が止まる。クズが止めたようだ。

「沙雪さん大丈夫? 後4分30秒ぐらいだからがんばって!」
「根性ないわねこいつ。ご主人様、みひろが捨ててきましょうか?」
「みひろさんの時は30分かけてゆっくり痛みを分散させたからじゃないですか」
「ご主人様、昨日から気になっていたんですが、みひろのことはみひろと呼んで下さい」
「話、聞いて」

う、嘘でしょ……まだ30秒しかたってないの? ムリだ、こんなのむりだ……たすけて、たすけて。奏多、助けて……。

「みひろは早くご主人様とロストバージンセックスしたいんです! もういいでしょ、はい」

「うううううぁぁ。あがっ、がああああ」

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたい。
 何度涙を流し許しを乞うただろう。

 機械がまた止まる。止まってくれた

「流石にやりすぎだよ! まだ僕がナイフで切られたこと恨んでるの! みひろ!」
「ああん。そうです、みひろは悪い子なので、いっぱい叱ってくださいぃ。我慢できません。 首筋ペロペロさせてください!」
「じゃ、じゃあちょっと休憩でいいよね?」
「ダメです」

「おねがい、もうむりですから。ごめんなさい私がさゆきが悪いから、ごめんなさい、許してください、もういやああっ!ぎゃあああああああああっ!」

_______

 5分が終わった。地獄のような5分だった。結局クズが機械の調節をしたから、何回か私を休ませた。実質15分間ほどだった。

 だからと言って、私に何か変化があるとは思えない。演技をした方がいいのだろうか。
 後半は痛みがなくなり、というか脳が順応したのか快楽が混じってきて、少し考える余裕があった。

「ああ、ねぇ……んんんっ。みひろ、5分終わったよ。外してあげて!」

 クズの首筋をずっと舐めていたみひろさんに、クズが命令した。みひろさんは、私がつけていたヘルメットを外してくれた。
 さて、演技をしてみよう。

「さおとめさゆきを洗脳していただきありがとうございます。ご主人様ぁ……」

 
 恥ずかしいのを我慢して言う私。
 だけどクズにはそれがツボだったようで、思いっきり笑われてしまった。

「あっははは! ごめんね沙雪さん、三号室の洗脳は三段階まであるんだ。一回目の洗脳じゃあ、そこまで人を変えれないんだよ」

 えっ。思わず顔も体も熱くなり、クズから目を背ける。
 そんな自分に気づき、顔が赤くなった自分を恥じた。潜入捜査官として、ポーカーフェイスを演じるのは当然のことだ。それなのに、私は。

 私は思わずみひろさんを見た。みひろさんは手で顔を覆っている。みひろさんも赤くなっている。

「誰かさんにそっくりだったね。ねぇみひろ?」
「ご主人様はいじわるです……」
「く、くそっ。じゃ、じゃあ今のはなんだったんだこのクズ! 答えろ下種がぁ!」

 そうクズに言ったら思いっきりみひろさんに頬を叩かれた。

「クズはお前よ! 偉大な主になんて暴言を、謝りなさい!」

「ブチギレのところまで本当にそっくりだなあ。みひろの場合はなんだっけ?」
「い、嫌ですご主人様ぁ。もう昔のみひろのことは忘れてください……」

 さてと、ここからが本番だよ。
 と言わんばかりの目で私を見るクズ。別に大したことないじゃないか。もしかしたら、みひろさんも演技で潜入捜査してるんじゃない?

「沙雪さん、あなたは今回の計画をどの段階から疑っていましたか? 沙雪さんの考えを聞かせてください」

「はい、ご主人様。沙雪は三日前に愛する夫の早乙女奏多からの連絡が途絶え――――――――」

 嘘だ。嘘だ。喋ってはいけないのに勝手に口が、舌が動く。私は、全てを、話してしまった。

「―――――――以上が私の思考と行動です。ご清聴ありがとうございました、ご主人様」

 やばい、やばいやばい。クズの洗脳は本物だ。クズクズクズクズクズ。
 死んでしまえ下種が!
 ち、違う、今そんな事考えてるときじゃない。冷静に、そういえば、体中が火照っている。股間が、お腹の下が熱い。この感覚は……嘘だ。そんなことは。

「沙雪さん、凄いね。あなたのこと、尊敬します。僕は。……いや、何でもないです。…………で、みひろ、油断しすぎなんじゃないの? 最初っから疑われてんじゃん」
「そそそ、そんなことは。決して。ただ、こいつの話しを聞いて感じたのは、やけに勘に頼っていませんか?しかもそれがことごとく的中している」
「うーん、確かに。沙雪さん、それについては?」

「はい、ご主人様。私は人を見ると、善人か、悪人かが大体わかります。更に相手の真意も少しだけなら読み取れる、という特技を持っています。この特技は誰にもお話したことがございません。なお、今回の件は、非常に信頼を置いていた人間に裏切られたとあって、これでも普段より、全く第六感を信用しておりませんでした。愚かな沙雪は身内を信じすぎて、ご主人様の下僕に成り下がりました。どうぞ滑稽だとお笑いください。」

 私の切り札が。奏多にも、はなしたことがないのに……こんなクズに、私は。
 そして私は、パンティーが湿るのを感じた、こんなことあり得ない。

「ふぅ。なるほど沙雪さんも一気にしゃべって疲れたよね、みひろ、お水持ってきて」
「嫌です」
「ふぉえ!?なんで?」
「みひろはまだ、ご褒美もらってないです。沙雪ばっかり優先して、優しくして、ずるいです。正直に申し上げまして、濡れました」

 信じられない、あのみひろさんが、こんなに男に媚を振るのは初めて見た。
 みひろさんは私と、クズの間に立ち、私に見せつけるようにミニスカをたくしあげる。何も履いていなかった。はっきりとわかるほど、濡れていた。

「ご褒美、お願いします。ご主人様」 
 
 お尻をふり、クズを誘惑するみひろさん。クズはうしろから抱きつく。

「うんぅ。ご主人様だって興奮しちゃってるじゃないですか、おちんぽ、おっきしちゃってます」

 身体全体をゆする、みひろさん、私は見てはいけないのに、あまりに目の前の光景が淫靡で、そしてショックが大きくて、頭が真っ白で、目線を離せなかった。何もできない自分に悔しさをにじませながら、パンティーが更に湿る。

「んっ、そう、ご主人様お上手ですぅ」

 みひろさんがクズの手を取り、右手を自身の胸に押し付け。左手を、股間をさすらせていた。

「あああぁ……ご主人様ぁすきぃ……ちゅ、ん……ふぅ……じゅるるる……じゅぱ」

 背の低いみひろさんは、少し背伸びをすると、激しくディープキスを始めた。みひろさんは、もう夢中みたいだった。どんどん、激しくなる。息継ぎのタイミングで不意にクズが、思い切り、乳首をつねった。

「じゅる、んっ……っ!ぷはっ、んっああああっ!」

 みひろさんの身体が痙攣する。達したようだ。
 ふと下を見るもうレオタードにまでシミがでてきてしまっていた。その事実に私はまた、興奮する。

「はぁー……はぁー。ご主人様、逝かせていただき、ありがとうございました。次は、ご主人様のを……」

 みひろさんの目つきが更にクズを誘惑する。しかしクズは

「はっ……。ふぅ。満足した?水差し、持ってきて」

 みひろさんの表情が変わる

「な、なんでですか!そんなにこの女が大切なんですか!?この馬鹿ご主人!ケーワイ!デリカシーのない男は嫌われますよ!!」
「……みひろ……」

 クズが何かをみひろさんに囁く。胸を揉む。途端にみひろさんの表情が蕩けた。
 すると、みひろさんは迷いなくクズに土下座し、直後クズのズボンを舐めた。

「しつれい致しましたぁ。ご主人様ぁ。直ぐに持って参ります……ぺろ……ちゅ……」

 自分はクズの物だ、と言いたいのだろうか。顔をクズのズボンに擦り付けた後、みひろさんは素早く、部屋を出て、水差しを持ってくる。
 クズがみひろさんをあごの下を撫でる。みひろさんはとてもうれしそうだ。
 みひろさんは、水差しから直接水を飲み、口に貯める。

「んぅー……はやふぅ、ほひゅひんひゃまぁ……んみゅ、じゅりゅりゅ……」

 まだ激しくキスをする。お互い水を飲み合ってキスをしている。
 みひろさんが白目をむき始めた。キスだけで限界の様だ。

「……んっふああああ!!」

 みひろさんが、腰から崩れ落ちた。
 クズが言う。

「……ぷはあ。はぁ、みひろも可愛い。満足した?みひろはしばらく放置プレイです」

 そう宣言されたみひろさんは、体中喜びで震えているようで、力なくクズを見上げている。

「はぁー……はぁー……はぁいごしゅじんさまぁ」

 クズが私を見る。見るな、汚らわしい。嫌なはずなのに、きらいな、大嫌いな、憎むべき相手なのに、クズに見られていると思うと興奮する。やめろ。見るな
 
 「あれ、沙雪さん、そこ濡れてるよ?」

 水差しを持ったままこちらに近づく。やめろ、寄るな。

「ここからも、水出ちゃったら、大変だね。水、飲ませてあげる……とと、危ない危ない。みひろが口移しさせてあげて」

 クズが私の股間さわった。正真正銘、頭が真っ白になった。達しかけた。

「ああああっっ!」

 信じられなかった。あろうことか、敵に、少し触られただけで、こんなに気持ちよくなるなんて。奏多としてる時でも、こんなに気持ちよくは、ならなかった。

「……わ、……わたしに……なにを……んむっ」

 意識が元に戻った、みひろさんが水を飲ませる

「ちっ、あんた、感謝しなさいよ。あ、でも、ご主人様に無理やり命令されて、したくもない口移しをされていると妄想すれば……ありね。んっ、んっ……むぅー」

 業務的に水を飲まされた。終わったら、みひろさんに唾を吐かれた。

「ぺっ。汚い。……ご主人様。口直しのきすぅ……んー」

 何、なに、これ。
 呆然としている私にキスが終わったクズが質問する。

「はい。じゃあ沙雪さん、あなたはどういう洗脳されたか、答えてください?」

「……かしこまりました、ご主人様。まず、一つ目の洗脳です。沙雪はご主人様に『質問』されたら、ご主人様が興奮していただくような返答を、嘘偽りなく答えます。返答の中に『ご主人様』の文言を必ず入れます。この状態の一人称は沙雪です」

「次に二つ目の洗脳です。沙雪はご主人様に対してだけマゾヒストになります。沙雪は元々サディストなので、サディストの属性も残っています。沙雪は公安警察官として、先ほどの特技と合わせ、相手の考えていることや、相手が望んでいることがなんとなく分かるので、ご主人様に対しては時にS、時にMを使い分けます。」

「三つ目の洗脳です。ご主人様が許可を出すまで沙雪はイクことが出来ません。愛液をもらし、乳首をぴんぴんに立てて、ご主人様におっぱいを触られるだけで母乳噴出しちゃいそうで、イキたくて、果てたくて、どうしようもなく淫らになっている沙雪をお楽しみくださいませ」

「四つ目の洗脳です。ご主人様のことが、さらに嫌いになりました。過去に感じた、怒りや憎しみ、嫌悪の感情を、ご主人様に集中させました。負の感情にとらわれて、まともに思考が出来なくなっている、愚かな沙雪をご鑑賞くださいませ」

「最後に五つ目の洗脳です。沙雪は決して自分から自殺することはできません。なお最後の洗脳については、例外があります。例えばご主人様にとっての敵に捕らわれた時などです。以上、沙雪が洗脳された内容となります、ご主人様……あああ!?」

 そ、そんな。口が勝手に動いて。無理やり言わされて。だからこんなに。こんな、気持ちよくなるなんて、あり得ない。こっちを見るなクズがぁ……んうっ。
 クズが偉そうな目で私を見て拍手する。……くそぅ……。

「へー、沙雪さんMになっちゃったんだ。僕、沙雪さんがモデルさんだったころからずっとファンだったんだよ? 幻滅だなあ。このヘンタイ」
「くうっ……」

 クズに罵られたら体中がゾクゾクしてきた。逝きそうになった。
 だけど、それだけだ。この程度で私は。

「沙雪さん今、どんな格好してますか?」
「はい、ご主人様、今沙雪は黒のレオタードを着ています。背中が大きくあいていて、胸元もあいています。靴下は黒のニーソを履いています。大体太ももの上辺りまでの部分です。沙雪は普段、ここにガーターベルトを着けています。パンティー及びカップもレオタードに合う黒を付けています、以上です。ご主人様。……くぅ。……やめろ」

「体制は?」
「はい、ご主人様、沙雪は、大の字、仰向けです。両手を真横に伸ばし、手首、肘を固定されています。首は洗脳中においては固定されていましたが、今は外れています。なお、ベット全体が九〇度まで、傾くように設計されているようなので、直立状態で、ベットに固定されたまま洗脳していただきました。現在も、私のいやらしいニーソをはいた足が床に付く状態になっております。胸の下や腰も固定されています。足は七〇度ほど開いております。太もも、膝、足首が、固定されています。以上ですご主人様……イっ……ぐうう……お、お願い……」

「僕に無理やり言わされて嬉しい?」
「はい、ご主人様。沙雪は洗脳していただいている、最中から体がほてっています。沙雪は絶頂できないのに、今も体どころが脳みそが、ご主人様にいじめて、いただきたくて、どんな反抗をしようか、企んでいます。こんな変態女を、末永くかわいがってください、ませ。ご主人様。……もう、やめてぇ。あふううう」

「沙雪さん何カップ?」
「H、カップです。ご主人、様。……イイっぃ……あんんっ」

「完璧だね。みひろ。ん……。」
「ん~。ふっふーん。そうですね。とりあえずこいつは放置して真希の方を完成させておきましょう」

「やめてっ!真希には手を出さないで!」
「ご主人様?」
「うん。沙雪さん?僕たちはこれから真希を完全に洗脳しちゃうね?何もできない沙雪さんは、そこで惨めに放置されながら、僕にいじめられてることを想像しながら待っててね?」

「申し訳ございません、ご主人様、沙雪はご主人様にい、じめられることを、想像しながら待つこと、はできません。なぜなら、沙雪は嘘偽りなく、答える以外に、行動の強制は、自殺禁止と、絶頂、禁止、までしか洗、脳していただいてない、からです。無能で使えない、ご主人、様から罵られ、て、生きるしか、能の、ない、マゾ乳女で、真にっ、申し訳、ござい、ません。……イクうううううううう……あああ……な、なんでぇ」

「放置プレイを楽しんでろマゾ」
「……んひいいいい」
「……ご主人様はなぜ、みひろをいじめてくださらないのですか……はっ、放置プレイ!?」

_____

 最悪だ、逝きたくても逝けない。脳までとろけそうなほど快楽が押し寄せてきてる。

 ふと、みひろさん達は何やっているのかと考えた。それがまずかった。

 あんなクズな男にこの私が、こんないいようにやられるなんて……。ああ、ダメだ。また逝きそうになる、クズの顔が思い浮かぶ。ダメだダメだダメだ。
 由紀、奏多、私を守って……。そうだ、私の大切な家族を思えばこんなもの……。

 みひろさん達が三号室に戻ってきたのはそれから一時間後の事だった。

「機嫌、直してよ」
「……ふん。ご主人様なんて大嫌い」
「しょうがないだろ? 沙雪さんは僕にとって、とっても大切な人なんだ」
「沙雪沙雪沙雪って随分入れ込んでますのねえご主人様。ばーか」
「嫉妬してる?」
「べっつにー」
「みひろ」
「……」
「好きだ。こっちを向いて下さい。みひろさん」
「…………。さん、ではなく、私は、みひろです」
「みひろっ!!」
「ご主人様っ!!」

 
 んんっ。何やってんだこいつら。私を本気で洗脳する気あんのか。みひろさんって好きな人相手には、ああなるのか。

 いや、だからクズのペースに呑まれてはいけないんだってば!
 落ち着け。冷静になれ沙雪!
 あっ、だめ。自分で、呼んだら、さっきの、思い出して……はぁぁぁ。私の馬鹿!

「さて、沙雪さん、時間も置いたし、第二段階の洗脳しちゃうね。こっちは正真正銘、心をぐちゃぐちゃにしちゃうからね。がんばれ!」
「ご主人様、油断はいけませんよ」
「うん、みひろ、好き」
「私もですご主人様ぁ!ちゅっ」
「んっ、えへへ。じゃあ起動します」

 ベットを起こされ、今度はクズの手で、ヘルメットを被された。今回は痛みもないし、平気なはずだ。クズは三段階目まで洗脳があると言っていた。とりあえずは、これを耐えて……。

「はぁぁぁぁんんんぅぅぅぅ!」

 な、なにこれ、さっきのと全然違う!
 気持ちいいだけじゃない。やばい。私がわたしじゃなくなるような。

 あああ、気持ちいい。
 おかしくなる。

 目の前にいるクズが私の身体を触っている。
 クズが。私に、早乙女沙雪に触るな
 身体がびくんと跳ねる。
 何度も触られる。
 股間をさすられる。
 胸をもまれる。
 果てそうになる。でも逝けない。
 やめて、私が私じゃなくなる。
 また胸がもまれる。
 もっとしてほしい。
 もっと。
 もっと。
 もっと。
 ……ち、ちがう、私は早乙女沙雪だ。沙雪沙雪沙雪。
 目の前のこいつがどんどん愛おしくなってくる。だめだ、奏多のことを考えて……。
 あ、あれ、なんで、全然あいつの顔見て興奮しない。あいつの裸が気持ち悪い。私、私、なんで、あいつのことなんか大切に思ってたんだろう。
 目の前にいるこいつの方がもっとイケメンで。よく見てみたら可愛い顔してる。
 ああっ。私の胸に顔押し付けてるっ! 服越しに、おっぱい飲んでる! 可愛いよ。赤ちゃんみたい……。

 赤ちゃん……由紀、由紀? そ、そんな、由紀、うそ、ち、違う、私は由紀が大切で、あの子の味方は私しかいないのになんでなんとも思わないの!? お腹を痛めてまで産んだ何もできないクズの娘……。なっ、私何を考えて!? 私は、早乙女沙雪は、ママでしょ! しっかりしなさい! 沙雪はママとして悠様をあやさないといけなくて……。違うやめろやめろやめろ。

 そうだ沙雪がこんなに苦しんでいるのはクズのせいだ、そうだクズが全部悪いんだ。あのクズにあったら怒鳴りつけたい。いや、もう会いたくもない憎い憎い憎い。クズクズクズ。
 クズのせいで悠様に沙雪の処女をささげられなかった。早乙女なんて、背負いたくもない苗字を背負わされた。沙雪は産みたくもないクズの娘を産んだ。憎い憎い憎い。
 
 さゆきは、わたしは、わたしは、そうだ、そう、悠様を心から愛しているんだ……。違う。何が違う。潜入捜査。誰のため? 公安? 私にとって悠様は素敵な御方。

 色々な人が私の頭を、沙雪の頭をかけめぐる、まるで走馬灯のように。
 浮かんでは消え、浮かんでは消え、最後に現れた、偉大な御方は――

 私は一途に御主人様を愛したい。でも私には、使命がある。
 私の夢、平和。私を根底から作っている全て。国のため。そうだ。沙雪が私である限り、私は、どれだけ愛する御主人様でも――

< 続 >

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