鑑賞用催眠人形 第1話

第一話

「命を持たない、最初から動かない人形を作るなんて、実に簡単で魅力を感じないだろう」

 先生は時々おかしなことを言う。
 それならどうして、創作人形専門の学校で教師をしているのか。
 お弁当を食べながら、私は先生に質問をする。

「先生はどんなものを美しいと感じるの?」

 けれどやっぱり先生の回答はおかしなもので

「今まで普通に生きていた人間に絶望というパーツを入れて、鑑賞用の生きた人形にするほうが……僕は美しいと思うかな」

 そんな理解不能な言葉しか返ってこなかった。

 さて、ここで学園内で起きている少し不気味な事件の話をしよう。
 3週間ほど前からだろうか。
 学園の所謂美少女と呼ばれている女子生徒達が、毎週ひとりずつ行方不明になっているのだ。
 そしてその少女達は未だに見つかっておらず、現在も事件解決には至っていない。
 しかし、不気味なのは行方不明という点ではなかった。
 多分私だけしか知らない、不可思議な旧校舎の人形との繋がりだ。
 私がいまお弁当を食べているこの校舎は、もう使われていない旧校舎と呼ばれる建物で、その旧校舎の入り口にあるガラスケースには毎週違う人形が飾られていた。
 旧校舎であるにも関わらず毎週人形を飾るなんて……と既に疑問視してしまうが、それ以上に奇妙なのは、飾られている人形が行方不明になった女子生徒にそっくりだという点だ。
 だけど私はそんな事件と何か関係がありそうなガラスケースの人形にほんの少しの恐怖を覚えつつも、友人がいない私がひとりでお弁当を食べられるこの旧校舎が事件を理由に無くなってしまわぬように、と人形の話は誰にも打ち明けなかった。

「先生、先生は欠落をどう思う?」

「っと言うと?」

「私はきっと優しさという人間に必要な感情が欠けているの、自分でも分かる位によ、誰かに伝えなくてはならない秘密、いいえ真実ね、それを私は私自身の防衛本能から隠してしまう……悪い子なの」

 先生にそう伝えたのは、勿論事件の手掛かりを知っていることに気付いて欲しかったわけじゃない。
 こんな相談をする私を不思議に思い、問いただして欲しかったのだ。
 優しくないと悩んでいるかのように話す私に「君は本当は何かに悩んでいるんじゃないか?」と、そう聞いて欲しかったのだ。

「そうだね、僕は欠落こそ魅力だと思うけれど……そんな思考こそが僕の欠落なのかも知れないね」

「欠落こそが魅力?」

「そう、例えば君は今僕に、その欠落には理由があるんじゃないか、ともっと深く心へ侵入して欲しかったんじゃないのかい?」

「……」

「どうやら図星のようだね、だけど君のその作戦を、こう僕は解釈する、君が欠落しているパーツは優しさという感情ではなく、自己中心的な思考だと」

「失礼なことを平気で言うんですね」

「あくまで僕の解釈さ、真実はわからない、だけど僕はこう感じたんだ、君はきっと『こう質問をしたらこう返事をして欲しい』そして『その返事に合わせてこう答えてみたい』と既に今から始まる会話を自分に都合の良いように進めようと、作戦を立ててから会話をスタートさせたのではないか……と」

「そんな……こと」

「そしてきっと今までも、その自己中心的な思考故に、自分の望んだ返事が返って来なかった時には機嫌を悪くしたりと、友人間でトラブルになったりもしたんじゃないだろうか」

「…………」

「君は本当は何かに悩んでいる、そう、自己中心的な思考から、会話も上手くいかず、友人との関係に崩れが生じていることに」

「……馬鹿にしている?」

「いいや、さっきも言ったけれど、僕は欠落こそ魅力だと思っているよ、まぁこの話は長くなりそうだ、また今度にしよう」

 先生はそう言って、水筒からお茶を注ぎ私に渡した。
 全てを見透かしているような先生の言葉に私は少しぞくりとしたが、それでも悩みに気が付いてくれたことが嬉しくて、私はそのお茶を素直に受け取り、ごくりと……飲んだ。

「……なんだか不思議な香りね、ハーブティーか何か?」

「あぁ、僕の遠い親戚がハーブに詳しくてね、最近僕も興味を持って色々と飲むようになったんだ」

「これはなんて名前のハーブなの? 身体が少し暖かくなってきたわ」

「これは特別に調合した物だからね、名前を聞かれたら答えるのは難しいけれど、リラックス効果があるハーブを使っているんだ」

 そのお茶を飲んでまだ2分くらいしか経っていないだろう。
 しかし既にハーブの効果か、頭がぼーっとして来たのが自分でもわかる。
 何もかもがどうでも良くなっていくような、睡眠に入る直前にも似たような、身体のダルさを感じていた。

「そろそろ……かな」

「……?」

「ところで、君は人形を作るうえで一番大切な物とは、一体なんだと思う?」

「いちば……ん?」

「ゆっくりで良いよ、なぁに、ちょっとした心理テストだと思って答えてくれれば良いさ」

「…………人間らしさを感じない、完璧な美しさ?」

「そう、人間らしくない、それがあってこそ完璧は生まれるだろう、ではもうひとつ質問だ、その美しさを人間が再現する為には、どうすれば良いと思う?」

「再現……」

「ヒントをあげるなら、見た目的再現は整形手術だね、元の自分の顔や身体を破壊して、作り変えてしまえば人形に近付くだろう」

「…………」

「段々意識が遠くなって来たようだね、では君にひとつ良いことを教えてあげよう、破壊と君がさっき言った欠落、実はこのふたつは少し似ているんだ」

「………………」

「君は君自身の欠落に自信を持って良い、だって人間として欠けていると言うのは、人間らしくないと言う素晴らしく美しい価値があるのだから」

 そういって先生は私の瞳をじっと見つめる。
 しかし私はもう焦点を合わせることも出来ないくらいぼーっとしていた。
 会話もほとんど成り立っていない。
 頭も……重い。
 まるで脳内に、鉛が埋まっているかのようだ。

「だけど、君はまだ人間らしさが残っている、まだ完璧な人形にはなれていない」

「……カンペキ、ニンギョウ」

「だけど大丈夫、君には完璧な人形になる素材がたくさんある、今に君は評価され、旧校舎なんかでお弁当を食べる惨めな少女ではなくなるだろう」

「……ソザイ、ヒョウカ」

「その為に、さぁ、君はもっと人間として欠落しなくてはならない」

「……ケツラク」

「まずはちょっとした変化からだ、見た目から入る、とも言えるかな? 人間としての羞恥心、それを欠落させる為に……裸になってみよう」

 その言葉に私は確かな違和感を感じた。
 だけどそれは本当に一瞬の出来事で、私は裸になったらどうしてだめなのか、理由が何故か思いつかなかった。
 っというか、もう考えることが出来ないのだ。
『完璧な人形になる為に必要な素材を私は持っていて、それを評価される為に私はもっと欠落する必要がある』
 そのフレーズだけが、何回も頭の中で響いては、考えるという行為の邪魔をする。
 そして何より、さっきから私は凄く眠いのだ。

「まぁいきなり裸、なんて抵抗があるだろう、勿論僕も今ここで君が服を脱いでみせるなんて思っていないさ」

「……」

「だけどもしも君が裸になることが出来たなら、それはきっと欠落への第一歩、そして完璧への第一歩にもなるだろう」

「……カンペキ、ダイイッポ」

「あぁ、だけど人間という生き物はそう簡単に完璧になれるほど単純ではない、順序があり、経験を繰り返す、いつしかそれが慣れに繋がり、新しい扉を開けるヒントにもなるね、そうして成長する厄介で面白い生き物なんだ」

「…………」

「だから……まずは下着だけ脱いでみる、なんて言うのはどうだろうか? もしもそれが出来ないのならそれまでだが、僕は君に可能性を感じている」

「……カノウセイ」

 瞳の奥がジンジンする。
 瞼の裏に何かを刻まれているような、痛くて熱くて、だけど何故だか嫌じゃない。
 そんないままで感じたこともない感覚だ。
 下着だけ脱いでみる……?
 あぁ、そんな簡単なことで良いのか。
 小さな胸やお尻を覆っていた白色の下着。
 こんな布をただ外すだけで、私は完璧に近付けるのだ。
 私はゆっくりと下着を脱いだ。
 ブラジャーのホックを外し、ショーツは太ももをススッと通し、そのまま床へと落とす。

『いっつも難しい知識を自慢して来る、あの人との会話って本当につまらないわ』
『綺麗だからって私達のこと、きっと見下しているのよ』
『この間あの子の話を全否定したら、見るからに嫌そうな顔をしたのよ、私笑っちゃった』
『そんなに都合の良い会話がしたいなら、自分の作ったお人形に話しかけたら良いのに』

「どうだい? 心まで軽くなっていくような気がしないかい?」

 先生は私を見つめながらそう尋ねてきた。
 そしてその言葉の通り、私への悪口が下着を脱ぐだけではがれていくような……そんな気がしていた。
 私に向けられた負の感情が、ぼーっとしている脳内でもしっかりと判断出来るくらい、下着と共に床に落ちていくのだ。
 あぁ、もっと、もっとはがしたい。

『本当あの子って自己中心的で気分が悪くなるわ』

 下着だけじゃ足りない。

『わがままで嫌になるのよね、もっと人のこと考えられないのかしら』

 靴下も……いいえそれでもやっぱり足りない。

『お人形はあんなに上手なのに、お喋りは下手くそなのね』

 リボンをほどいて、セーラー服のチャックを下げて、スカートを落として……

『世界で1番自分が偉いとでも思っているのよ』

 ひとつ、またひとつ、私を黒く飾っていた悪口という名の洋服をはがしてく。
 醜い汚れは落とさなければならない。
 私は完璧になれる人間なのだから、こんな安っぽい洋服は、今すぐ脱いでしまわないといけないのだ。

「驚いた、まさか、着ているものを、全部脱いでしまうなんて」

「…………」

「白く透き通る肌、腰も細くて、なんとも美しい」

「…………ウツクシイ?」

「あぁ、君は美しい、まるで完璧な、人形のようだ」

 先生はそう言って私をうっとりとした表情で見つめる。
 誰かにこんなに長い時間裸を見られたことはない。
 私は思わず視線を逸らしたが、もう一度先生に見つめられたいという感情からか、ゆっくりと先生のほうへ視線を戻す。
 あぁ、あぁ、あぁ……先生が、私を見ている。
 朦朧とする頭の中、私はなんだかのぼせてしまったかのような、一瞬恋にでも落ちてしまったかのような錯覚に陥った。
 心臓がドクンドクンとはやくなる。
 まるで興奮しているかのよう。
 呼吸も乱れているし、瞳の奥がジンジンとする痛みも、さっきより勢いを増していた。

「よっぽどハーブティーが気に入ったようだね、こんなにもリラックスしてくれるなんて思わなかった」

「……リラックス」

「そうさ、君はいま凄く眠気を感じているだろう? さぁ、そのままゆっくり目を閉じてしまおう」

「……」

「大丈夫、君は美しい、そして明日もまた君は美しくなるだろう、そしてきっと1週間ほどで、君は完璧な人形になれる、僕を信じて?」

「……イッシュウカン、カンペキ、ニンギョウ」

「そう、ゆっくり……ゆっくり目を閉じてごらん? そして僕の声に集中して? 良いかい、次に目を開けた時、君は今ここで裸になったことを思い出せなくなる、だけどハーブティーを飲めば、またすぐに思い出すことが出来る、あの香りを覚えているね?」

「……ハーブティー、カオリ」

「そう、あの香りが鍵となるんだ、なぁに心配いらないさ、君はちゃんと美しい、それは紛れもない……事実なのだから」

 その言葉に安心したのか、私は重たくなっていく瞼を、受け入れた。
 そのあとのことは……あまり覚えていない。

 気が付けば私は家にいて、いつものようにベットの上で本を読んでいた。
 ベットから見える窓の先。
 ぼんやりと光る三日月をじっと見つめながら、私は今日の出来事を振り返ってみたけれど、途切れ途切れの記憶を繋ぎ合わせるのが精一杯で、結局思い出せなかった。
 私は、今日一日何をしていたのだろう。
 何か特別なことをしていたような気がするのに……どうしても分からない。
 私は考えることに疲れたのか、そのままベットに横になり、気が付けば眠りについていた。
 パジャマに肌が擦れてそわそわする。
 私は今、下着を身に着けていないのだ。
 お風呂に入ってパジャマに着替えているのに、下着だけ付けていない。
 理由は勿論浮かばなかったけれど、私は心の奥底で、それが当たり前で、正しいことで、しなくてはならないことだと……何故だか思っていた。
 私はどうしてしまったのか。
 そんな疑問すら頭にないほど、その行動は私にとって……何ひとつおかしなことではない、ごく普通のことだった。

< つづく >

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