催眠太郎 1話

1話

【◇◆◆◆◆】

 俺の話をしよう。まずはそうだな、自己紹介から。
 名前は催眠太郎。26歳、男。催眠が苗字で太郎が名前。ふざけた偽名だが、俺はふざけたことが好きなので全く問題ない。それに本名は封印してしまったのでもう自分ではわからないし、取り返しがつかない。
 催眠太郎である俺は、なんの意外性もないのだが催眠能力を持っている。オーソドックスに言葉で他人を操り、認識を塗り替え、強制力においては絶対。何人たりとも抗えない。
 能力を手に入れた経緯については、別段面白いエピソードでもないので割愛する。

 それを聞いて、チートかよ。と人は吐き捨てることだろう。だがあえて言わせて貰えば、チートじゃあない。
 人間誰しも自分に配られたカードの中で、与えられた環境の中で日々を生きている。全てが天賦だ。例外なく。
 物質的豊かさや、生まれ持つ才能、センス、関わる周囲の人間性、境遇。そういった目先の格差こそが、世は平等である証だと俺は思う。試されるのは、そこから一歩踏み込んだ、それぞれがどう生きるのかだ。
 俺が催眠能力というエッセンスを人生に放り込まれたのは、どこまでもたまたまだ。当然の帰結として偶然だ。乱数と星の巡り合わせだ。そこに幸運とか、運命とか、超越存在の意思とか、そういったものは介在しない。
 催眠能力を手に入れただけで、俺が宇宙の王になったり、俺の生命が上等なものであると価値を保証されたり、心を満たされ、幸福になれる訳じゃない。そんなことは全く無い。あくまでそれは、俺自身が生きていく中で選択し続け、問われるもの。俺に言わせれば、チートと呼ぶなら世の法則、森羅万象何であれ好き放題改変程度できなくては、きっと嘘だ。
 ここまでわかってくれたか?
 ……なるほど。お前は理解した。

 続けよう。能力についてだが、強力ではあっても万能ではなく、使い勝手も微妙。つまりリスクやルールがある。
 まずオンオフができない。常にそれは発動している。俺が口を開けばいつでも。
 効果の適用には条件付けがある。《当たり前の事実、常識を話すように言うこと》もしくは《単に強く断定すること》で、更に言った内容が直接聞こえていて、相手が意味を把握。それから初めて認識改変は行使される。
 命令すれば絶対に従う、質問すれば必ず答えるような効果が欲しければ、言い方を工夫しなくてはならない。騒音で俺の声が聞こえていなかったら無理だし、電話などを通せば効かないし、大声で叫びながら耳を塞いですぐ逃げる、みたいな対策をされたら詰みだ。誰にも能力の詳細がバレたことはないから、そこは心配要らないのだが。

 事故も起こる。俺の言ったことが聞こえていて、意味を把握した相手。そこには俺自身も含まれるのだ。自分に効いてしまう。誰に対してなのかを明言していれば防げるし、対象の存在する精神操作だとはっきり意識していても防げるのだが、油断が生まれないとは言い切れない。
 改変は、後出しで何回だろうと上書き修正可能。でも俺自身の認識が改変されてしまったら異常へ気付けないので、永遠にそのまま。改変内容次第で、また詰み。

 例えば。俺が誰かと、雨の日に話をして。《今日はいい天気》だと言う。すると、2人は1日雨のことを認識できず。何故人が傘を差して出歩いているのか不思議だし、自分の身体が濡れてしまう理由に全く思い至れず、ひたすら困惑と。そんな風になる。
 しかし、もし俺や相手が《いい天気》を《雨》だと思っている、雨の方が好きな変わり者だった場合。効果はそこに適用されない。a→bと想定したものが実際はb→bとなる訳だ。改変は各々の理解に依る。だから幼子や認知症や狂人、馬鹿に使うとパルプンテめいて危険で、誤解が生じないよう、言い回しにはいつも細心の注意を払う。
 改変によって起こる整合性の不具合は、辻褄合わせに各人が納得できるよう記憶捏造するので、あまりに無茶な内容だった場合、混乱で気絶したり、最悪精神崩壊も招いてしまう。兆しが見えたらすぐに設定を継ぎ足してやらなくてはならない。
 元々の俺は結構お喋りな人間だったので、会話へ常に気を張っていなくてはならないのは苦痛だし、顔を合わせた対人関係ではすっかり口数少ないコミュ障になってしまった。インターネット全盛の時代へ生まれて、本当に良かったと思う。正直催眠よりも、SNSの方が個人的依存度は高い。

 ともあれ懸念事項を全てクリアすれば、人間社会でやっていくのにこれ程便利なものもないだろう。栄耀栄華は望みのまま。しかし俺は能力で巨万の富を手に入れるとか、美女を囲って侍らせるといったことはしていない。
 理由は概ね4つ。
 確かに、物質的豊かさはあって困るものじゃない。だからってそれが何の苦労もせず転がり込んでくるなら、結局砂上の楼閣にしか過ぎない。万物に退屈と鬱屈を抱き、情動はあっという間に摩耗するだろう。
 持てる者の立場でいるのなら、常に持たざる者から破滅させられる危険を孕む。持てる者は、心根が強くなければあっという間に腐敗し、持たざる者から負の因縁を結び付けられ。必ず悲劇のうち、あるいは喜劇のうちに死んでいくことを歴史が証明している。
 妄想の与太話でしかあり得なかった異能が、現実として存在し、己に備わっている以上。他にどんなトンデモ設定が飛び出してきて、俺の能力を危険視し。殺されるかもわからない。だから俺は目立つのを嫌うし、目指すのは小市民的一般人生活であると、大真面目に胸中で嘯く。
 最もくだらない理由は、俺自身の性癖だ。俺が自分をどうしようもない屑で、下衆の、小悪党だと評価しているのは完璧に正しいし、屑で下衆の小悪党は、それに相応しい惨めで底辺の暮らしを送るべきと確信している。つまり。
 ーーその方が、気に入らない女の尊厳を辱める時。より一層興奮するからだ。

【◆◇◆◆◆】

 さて。
 そんな俺は、現在派遣社員として働いている。働いていた。今日までは。
 何故過去形であるかといえば、勤めていた自動車部品の下請け工場が減産の煽りを受けて人件費削減(コストカット)を発動。真面目に誠実にと働いていたものの、実際の可もなく不可もない仕事ぶりは評価されなかったようで。紙切れより薄っぺらい派遣の社会的地位へ、俺自身の付加価値は発生しないまま。たった3ヶ月で首を切られた。契約最終日になっても、まだ次が決まっていない。
 ちなみに働いているのは能力を使って稼がない理由と同じで、出る杭(くい)が打たれないように、目立たないように。そして精神的安定の為だ。時間がないのと同じく、暇を持て余すのもそれなりに心を削る。
 
 日勤フルタイム、基本週5、残業若干。手取りは14~5万。独り暮らしの食い扶持でも、なかなか厳しい数字だろう。雀の涙程余裕は出ても、趣味等誰しも精神的余裕の為に使ってしまう範囲として消えていく。貯蓄にまで回せない。
 未だ冬枯れの風冷たい、微妙な時期だ。求人が皆無ではないだろうが、なかなか難しい。適当な小金持ち30人から毎月5千円ずつ口座に振り込ませている生活保護、15万しか残らないとは。すぐ気を抜いて無駄な出費をするのが俺だ。ソシャゲ課金や通販は控えないとな。

「それじゃ、太郎君。お疲れ様」
「はい。短い間でしたが、ありがとうございました」

 定時を迎え、他全員が残業していくのを尻目に、俺だけ帰っていいよと言われる。お疲れ様とも。
 返すのは、心にもない言葉。
 お世話になりました、とは言わない。能力の範囲になる。
 だからって挨拶しないのもあり得ない。挨拶は人として最低限欠かせない礼節だ。俺だって社会人を8年もやっていれば、それ位の常識は弁えている。

 そして駐車場へ戻った俺は、オンボロの軽。愛車に乗り、座席を倒すと目を閉じて。彼女がやって来るのを待つ。
 遠藤。辞める前に、俺が復讐……程大袈裟な話でもないが、一度わからせてから消えようと考えている女。
 楽しみだ。俺の口角が、歪み、吊り上がる。

【◆◆◇◆◆】

 定時からおよそ2時間半。すっかり暗く、外気の冷たさは厳しくなった頃。俺の電話にワン切りが入る。
 知らない番号。遠藤だ。意識することなく連絡を入れるよう予め仕込んでおいた。
 俺はすぐに車内から出ると、用意しておいたサングラスにフード付きの上着にマスクというチャチな変装をして、目的の姿を探す。
 暗いので見通しは悪く、こっちの特定される危険が少ないのはメリットとしても、遠藤を探すのが大変だ。何の車か位聞いておけばと失策に舌打ちする。俺という奴はいつも浅知恵で、詰めが甘い。これでよく能力を隠しきって生き延びてきたものだと、逆に褒めてやりたい。
 ……日頃の行いが良いからだろう。俺は焦り始めたすぐ後に、遠藤を発見する。

 遠藤が同僚のおばさんにまたね~と声を掛けてから別れ、上手い具合に車へ乗り込む直前。周りに人はいない。
 大急ぎで近寄る俺は気付いた。
 よく考えれば連絡させるだけではなく、どこか人気の無い場所へ来るように誘導しておけばもっと楽だったのでは。俺の車へやって来るでも。何年この能力を使っているんだ。素人か貴様。
 ま、結果オーライとしよう。

「お前は俺が許可するまで声を出せないし、動けない」

 ぴたり、遠藤が停止する。
 
「お前の声は出ないまま、普通に車へ乗り込んで運転席に座り、また一切動けなくなる」

 その通りになった。
 俺は変装を脱ぎ捨てると助手席へ乗り込み、ほっと安堵の溜息。

「お前は首から上だけ動かすことができる。声は出ない」

 言うなり、途端に激しく振り向いた遠藤と目が合う。
 困惑、怒り、そして理解がゆっくりと追いつき、また怒り。首がぐりんぐりん動いて後から痛めそうだ。今にも噛み付いてきそうな勢い。
 俺は自分のお喋りを聞いてもらうのは好きだが、人から捲し立てられるのは好きじゃない。ましてや罵声なんて御免被る。だからまだ黙らせたまま、車内のライトを点けて。

「遠藤さん、俺が誰だかわかりますか。わかるなら意思に関係なく、ゆっくり頷く」
「……」

 わかるようだ。
 どんどんいこう。

「なら、あんたは俺という人間について知っていることと、関連する記憶を全て失う」
「…………。…………!?」

 理解が至るまで、数秒。仕事上がりに帰る直前、正体不明の相手から妙な力で拘束を受けている、と解釈されるだろう。
 表情へ、さっきまでの困惑と怒りに加え、恐怖が浮かんでいた。
 折角の絶対的な強制力だ。通じる時には遠慮なく使う。

「遠藤さん。あんたの目の前にいる男は、あんたにとって人類一、世界一、宇宙一愛している男だ。その男は見ず知らずの正体不明な男だが、誰であるのかをあんたは全く気にしない。相手の名前よりも、愛している事実の方が大切だからだ。あんたは今日、最近セックスがご無沙汰で凄く欲求不満だった。だから目の前にいる男と、仕事が終わってからホテルへ直行してセックスしようと約束していたんだ。あんたから約束を持ちかけたし、とても楽しみにしていた。だから仕事の疲れなんか気合で吹き飛ぶ。あんたはあくまで安全運転で、これからホテルに向かおうと思っている」
「……………………」

 待つ。1秒、2秒、3秒……30秒は経ったか。
 指パッチンでもしたい気分で、告げる。

「あんたは声が出るし、自由に体が動く。さっきまで動けなかったことは気にならない」
「っ!」

 びくん、と大きく遠藤の体は震え、脱力。そうして、ゆっくりこちらへ向き直る。
 好感度を弄る催眠は、実のところあまり好みじゃない。

「あっ……えと、えーと、うん。お待たせ。待たせちゃった?」
「いいや。大丈夫だよ」
「そっかー、じゃ良かったぁ。んー、あれ。ホテル、ホテルか……ちょっと待ってね」
「決めてなかったの? それくらい準備しておいてくれよ」
「ご、ごめん……すぐ検索するから」

 スマホを取り出して、近場のラブホを検索する遠藤。
 やがて見つかったようで、よし。と呟いてエンジンを掛けた。

「そういえばここまで何で来たの?」
「電車と歩きだよ。今日は約束があったから仕事は早上がりさせて貰って、こっちに来たんだ」
「帰り、どうしよっか。送る? 家教えてくれれば乗っけてくけど」
「大丈夫、適当に自分でなんとかするから。遠藤さんは家直帰しなよ」
「んー……わかった」

【◆◆◆▽◆】

 遠藤。下の名前は知らない。
 今日辞めた工場の、同じ班、同じラインに居て。管理職ではないが、それなりに年季があり。発言権を持った社員。遠目に眺めてきた限りだと、仕事はできる方なのだろう、たぶん。あまり興味は無い。
 30代前半か、後半かわからないが、割合若く見える。既婚だろうけど、子持ちかは、どうかな。ううむ。
 ヘビースモーカー。汚い茶(髪色における茶は大地でもチョコでもカレーでもなく、どうしてもうんこに見えてしまうのは良くないが、嫌いなものは嫌いだ)髪。特に確証はなく、人から話を聞いた訳でもないが、きっと若い頃から男性的な暴力性に慣れて育ってきた女だ。言葉遣いも乱雑。パターンとして、なんとなく感じる。
 特徴は意志の強そうな、切れ長のつり目。美人と言い切れもしないが、パーツがスッキリと整った配置の顔。まあ、じゃなきゃ抱く気にもならない。変態性癖でも雑に埋め込んで、放置しただろう。

 俺は遠藤の暴力性に根ざした、些細でくだらない理由から少しずつ不快感を溜めて。遠藤の方もまた、つまらない理由で俺へのヘイトを溜めていたらしい。
 だからって俺も、しょっちゅう憂さ晴らしの度能力を使っている程子供じゃないし、我慢してきた。
 それがよりによって昨日、カチンとくるまた些細で些細な諍いがあり、塵も積もればなんとやら。一晩じっくり考えても、怒りを更に募らせるだけだったので。思い知らせると決めた。

「あ、悪いけど先シャワー浴びさせて貰ってもいい? やっぱ仕事上がりだからさ」
「女がセックスの前身奇麗にするのは当然のことだ。しかし男側にそんな義務はないし、マナーやエチケットとしても男の自由。だから入らないし、先にどうぞ」
「んっ、ありがとー♪」

 ホテルに着き、遠藤は風呂へ入りに行った。
 冬場、風呂あがりの温度差。ヒートショックを気にして、俺は2日に1回、悪い時は3日に1回程度しか入浴しないし、歯磨きも起き抜けにしかしない習慣なので朝昼夕食後とうがいだけ。
 遠藤の為に用意した下準備ではない。しかし嫌がらせのアクセントとしては美味しい。

「……はー。生き返るねーおい。今日もさーあたし仕事頑張ったんだよぅ、エッチするのが楽しみでさーあ?」

 脱衣場に用意してやった、飲みやすいよう温くしたお茶をぐぐっと飲み干し。バスローブを羽織った遠藤が、髪を乾かしつつ話しかけてくる。俺も予めトイレは済ませ、軽く水分補給済しておいて。全裸になり、ベッドへ寝転がっている。
 化粧を落とした遠藤は、少し老けて見えた。

「そっか、お疲れ。大変だったね。ラブホテルはセックスをする為に来る施設だ。だからここへ入ってからのお前は時間経過でどんどん欲情と興奮が高まっているし、それは何もおかしくない。ここへ来てどれ位時間が経っただろう、とお前は考えて、もう一刻も早くセックスしたい、我慢できないことを思い出す」
「……っ、え、あ、ぅ…………っっっ~~~~▽▽」

 雷撃を食らったように遠藤の体が痙攣し、悶絶する。
 へたり込み、それからゆっくり立ち上がり。すたすた早歩きで横たわる俺へと近寄ってくる。

「ね、キス……キスしよ、キス……キスして……?」

 目にハートを浮かべながら、遠藤の顔はどんどん俺に迫って、いや。
 それは困る。そういえばこいつヘビースモーカーだからな。ヤニカスの口腔はとんでもなく不味いと聞く。舌を絡めながら吐き気を催したら、流石にセックスどころではない。
 
「お前にとって前戯としてのキスは気分を高め、気持ちよくなれる便利なものだ。だがキスとは女側は唇、男側はペニスを使ってするのが正しいし一般的。お前の頭からフェラチオの概念が消える」

 キスされる直前で、唇は寸止め。遠藤の顔がすっと下がっていき、萎えた俺のペニスを見つけると、愛おしそうにくちづけた。

「ん……ふっ、あ、むぁ、ちゅ、む、んっ」

 キスを置換したフェラだからか、最初は唇を押し付けるばかり。が、すぐにディープへと移行し、舌を大胆に使って舐めしゃぶり始めた。

「ぐちゅ、ちゅる、んふ、むぅ、くぷ」

 室内に、唾液の音だけが響いている。
 静かだ。静かすぎても、騒音と同じく時折気に障ってしまう。小さくイージーリスニングでも流している位の方が、好みの男も多いと思うのだがどうだろう。
 目の前にいる気に入らない女がヘラヘラと媚びへつらい、頭を弄られ、俺のペニスを咥えさせられているというのに、頭は冷め切っていた。どうだ、身の程がわかったかクソ女!とはならない。簡単な話、まだ性癖にシチュエーションが合致していないからだ。
 それでも。粗ちん、包茎、早漏よりもっと、ふにゃ魔羅の謗りだけは嫌なので。以前、《女が服で隠している部分の素肌に触れたら、俺は必ず欲情する》と改変してある。故に、相棒はちゃんとビンビンだ。大きくはないが、人並で、フツーの逸物。

 俺は女の裸を眺めていても、それだけじゃ興奮に繋がらない。美女が脱いでも精々、ああ綺麗ねと思うだけ。二次エロ概念的な半脱ぎや、コスチュームバリエーションも多少マシになる程度。絵なんかじゃシコれない。
 では何だったら良いのか。勿論、まずは触覚だ。触ること。粘膜接触も快感は触覚から生まれる。触れなければ話にならない。俺はそっと身を起こし、遠藤の頭に触れ、髪を撫で、首筋を通り。手を滑らせて、悪戯のように、フェザータッチを始める。遠藤が一旦口を離すと、視線を寄越し。くすぐったそうに微笑む。

「……ん。からだ、触る?」
「ああ。触るよ。遠藤さんの体、どこもかしこも、触る。触って、確かめる。確かめて、俺の痕を付けるよ」

 遠藤は優しく笑うと、俺に身を委ねた。
 可愛い女だ。可愛がられて喜ぶ女。素を知らなければ、多少は情も湧いていたかもしれない。
 そうして、触れる。俺の手が遠藤の肌を滑り、撫で、つまみ、揉んで、たまに舐めたり、吸い付いたり、気の向くまま自由に弄ぶ。
 温かい、温もり。女の躰、血と肉の熱。
 遠藤は、特に良いスタイルでもなく。年齢そのまま、30代。曲がり角を過ぎてすぐらしい印象を受けた。聞きそびれていたが、経産婦だともわかる。
 俺は、そんな遠藤の躰を、綺麗だと。……感傷か。

 恋人同士が想い合い、互いを尊重するセックス。そんなセックスをした経験はほとんど無い為、わからないのだが。たぶんセオリー通りにやっているんじゃないかと思う。十人十色で正解なんて無いとはいえ、パターンはある程度収束するだろう。
 それはそれで、実に素晴らしいことだ。否定はしない。愛とはかくあるべしと、お手本のような性交。だが俺の好みじゃない。全然違う。
 俺にとってセックス、好みのセックスとは、視覚よりも触覚に重きを置いて。相手との絆や関係性は二の次で、最も大事な興奮要素、それは、

「あっ、や、あっ、あっ、あ、あっ、や、ゃ、ぁ…………あっ▽」

 遠藤の肉壷で俺の指が踊る。くちょ、くちょくちょ、くちょくちょくちょ。リズムを付け、緩急で遊び、小気味よく水音が鳴る。びく、ひく、ぴくんと。音に合わせて躰が痙攣。震えは段々大きくなっていく。
 音楽に詳しくはないので適当な感想だが、女はとても、楽器に似ている。
 思考の強制と、嗜好の矯正と、至高の嬌声。今宵限りのエロティック・セッション。
 それはライブだ。ライブは生。生だから当然、生膣出しといこうじゃないか。
 
「……ふゃ、ぁ。あ……ん」
「もう、沢山濡れたね。気持よくなれた?」
「ん……ふふ。うん。気持ちよかったよ。ね。だから、そろそろ」
「わかってるよ。お前は気持ちよくなりたいんだから、欲求不満だったんだから、生膣出しの方が絶対に気持ち良いんだから、今日に限っては避妊なんか全く考えない。ナマでして欲しいとお前はねだる」
「ゴム、用意するの忘れちゃったからさ。たぶん大丈夫だし、そのまま挿入れてよ。ね▽」
「いいのか?」
「うん♪……さ、早く、早くしてっ▽▽」

 異論はない。合意でセックスするに至った女から、生膣出しをねだられて断る男は居ないだろう。
 上下入れ替わり、まんぐり返しで自分の足を抱え込む遠藤。表情は期待に満ち満ちている。濡れそぼったそこは淫蜜を滴らせ、緩く粘性の輝きを見せていた。湿り気に溢れた茂みは、割れ目を彩るアクセントだ。
 咲き誇る雌花、満開。開花宣言。
 暖房を入れても完全には寒気を拭えない、室内の温度と、発情しきったオンナの躰が放つ熱。2つは反応し、流石に白く視認できる程ではないが、ほこほこと。湯気が立ち昇っている、ような気がした。
 このままぶち込んだって構いやしない。だけどその前に、まだ焦らす。なんとなくもうワンクッション、挟むとしよう。
 
「は、ひ、ひゃっ!?」

 素っ頓狂な声は無視して、そのまま股間の、誘う媚態へと舌を伸ばす。
 ちろり、れろ。べ、ちゅっ。くちゅ。……じっくりと味わうように舐め、香りを目一杯に吸い込み、蜜を。愉しむ。
 古今東西、甘蜜になぞらえて謳われるモノだからといって、実際味蕾に美味しいなんて事は無いのだが、そこはそれ。本能に届き、獣欲を煽り、感動と官能をもたらす不思議な蜜だ。
 
「あ、あは、やっ、ま、待って、あなた、待ってって、ば」

 名前がわからないからか、偶然の呼び名だったが、あなた。あなたか。所帯を持ち、子供もいる女が、旦那でもない男に向かってあなた、ね。
 強制する力を使っておきながら勝手な言い分だが、狙わず狙った通りに動く方が、そりゃあ嬉しい。
 性癖の琴線を、つんと。軽く。意図せず爪弾かれた。
 いっぺんイかせてから、敏感なうちに突っ込んでやろうと思っていたのを予定変更。
 まだ大したクンニもしていなかったが、俺はさっさと顔を離し、姿勢を変えて、一気に挿入。貫いた。

「あッ、……はャ、あ、あァァァァァ!」

 驚声そして嬌声。甲高い悲鳴。次いで、やって来るのは法悦。
 
「あ、ぐっ、ん、……ぃ」

 一方の俺も、余裕綽々とはいかない。
 お互い散々見下し馬鹿にしていて、怒りと雄の身勝手からした催眠レイプ。主導権を握っていたのはずっと俺だ。俺が上位だった。
 だった筈が途端にどうだ。能力を悪用しているから、女性経験は同年代からすれば相当豊富で、ひぃひぃ喘ぐ遠藤を嘲笑いつつ揺さぶってやる位のつもりが、この、膣肉。カリ首や肉幹をぬるぬると、刺激的に愛撫するこの襞はなんだ。ふわり、包み込むように。ねっとり、逃がさないように。締め付け、緩くもなく、キツくもなく。この穴、女の穴はペニスへ吸い付き、ペニスを堪能している。
 名器、なのだろう。経産婦だなんて、改めて信じ難い。催眠ではご無沙汰だと決めつけたが、本当はどうなのか。旦那がどんな男だとしても、こんな気持ちよさを、快感を遊ばせておくだなんてあり得ない。そんな奴は雄として失格だ。
 顔は並の上。髪は失格。スタイルや肌艶は歳相応と評したが、この穴は別格、格別。とんでもない。いつまでも味わっていたくなる、挿入。抽送。猿みたいにカクカク振り続ける腰。止まらない。
 茶番もいい加減飽きていたところだ。ここからは素でいこう。
 
「おい、おい、おいッ……聞いてんのか遠藤、この雌豚ァ!」
「ひゃん、あ、ぁぃ、えっ?」
「旦那でも恋人でもない、見ず知らずの相手へあなただとぉ?……ナメた口利いてんじゃねえぞ淫売!」
「え、やだ、あっ、そんな、の、だって、ぇ」

 遠藤の雌に狂わされた、俺の雄は負けだ。だとしても、遠藤の魂を陵辱し貶めるのはこの俺。俺の勝ちだ。
 女の業と、男の愚か。性愛における、ひとつの縮図が此処にあった。果たしてそれは天国か、地獄か。

「面白みのねえ、オバハンの、振りして、こんな、穴ァ隠し持っていやがって。犯罪だ。これは犯罪だぞ遠藤。こんな、お前こんな、チンポ突っ込まれてお前、ヨガる為に生まれてきたようなドスケベマンコ、眠らせておくのも犯罪なら、な、男誘惑してザーメン搾り取る、マンコそのものも犯罪だ。麻薬は、持ってるだけで、犯罪だろ。だからお前も、犯罪者だ、犯罪者に、罰を与えてやる、オラッ、そら!!」
「ひぃッ、ひ、ぁ、や、ぁぅ、ん、ふっ、ぅ、あっ」

 無茶苦茶なことを言っている自覚はある。勢いに任せて口走れば、大体こんな感じだ。
 俺のせいでそうなった、そうされたというのに理不尽極まりないだろう。
 だが遠藤はそれを自覚できない、わからないという事実が、俺に本物の興奮と欲情を沸き立たせる。

「どうなんだ遠藤、俺のチンポはどうなんだよ、エエッ!? 言ってみろやおい!!」
「しょん、な、ぃゃ、感、きもちい、いヒッ、ぁん、あっ、ああっ▽」

 何ら相手の都合を考えない、独り善がりの抽送を更に続けていくと。遠藤の反応が、いきなり高圧的になった俺への混乱から脱し、急にワンランクまた艶が乗る。恐らく俺の言葉がどこか、能力条件に引っかかったのだ。
 ぐちゅぐちゅと、濡れた肉のぶつかり合う音が、骨にまで響いて、頭の中で暴れ回るような錯覚。
 遠藤の腰がいやらしくうねり、俺は腰を勢い任せに叩きつけ。淫靡な雌穴だけが遠藤と別人格のように、荒れ狂う俺をいなし、受け容れ、ペニスを飲み込むことが嬉しくて仕方ないと、熟練の娼婦が如き一面を見せる。
 
「んはぁッ、いい、チンポいいっ、チンポいいのぉ…………ォゴっ▽▽」
「馬鹿手前ェ、自分だけ気持ち良くなっててどうすんだこの馬鹿が。チンポ射精させる為の女が、チンポ射精させねえでどうすんだよ。ド淫乱の癖して何もわかっちゃいねえな。ほら手伝ってやるから、もっと気合入れて締めろ、腰振れや!」

 どちゅ、んヂ、ぬヂュぅッと、抽送の音が更にえげつないものへシフトチェンジしていく。
 ラストスパートだ。肉槍が割れ目を貫き押し広げる度、もうほとんど言葉になっていない声で喘ぐ遠藤。
 突き上げる俺のピストン、好き放題揺さぶられるばかりの遠藤。
 繰り返すグラインド。亀頭がぐりぐりと、女の秘穴の奥の奥。大切な部屋の入り口を不躾にノック、刺激する。

 誰がどう見たって、この雌は屈服した。俺の雄に蹂躙され、それを悦んでいる。快感のことしか頭に無い。爆発するような歓喜と灼熱は、俺の脳髄を真っ白に染め上げ、テンションを振り切り、そして。
 辛抱も限界、もう射精を堪えられない。男としてのチンケなプライドなんて知るものか。気持ち良く出す、最高に気持ち良く。それが全てだ。

「射精(だ)すぞ遠藤、射精してやる。何処に欲しいんだ。チンポ射精させる女のお前は、何処でザーメン受け止めるべきなんだ、言ってみろ。妊娠しないように膣外(そと)か、ああ? お前は今の正直な気持ちを口に出す!」
「駄目、膣外なんてダメっ、つまらないのだめ、あは、全部膣内(なか)に、ゆう子のいやらしいドスケベマンコに、膣内射精(なかだし)してぇぇ!」
「いいさ。射精す、射精すぞ遠藤。俺はお前の膣内を、プリプリの濃厚ザーメンで汚しきって、お前は同時に絶頂するっ!!」
「あひゃ、クる、おチンポ膨らんで、クるっ、射精クるよぉ、あたし、知らない男に種付けされちゃ、~~~~~~~~~~~~~~~っっ▽▽▽▽▽▽▽」

 鈴口からぼこりと、熱く沸き上がったスペルマが放たれる。それはまるで溶岩の奔流。
 ゴムなんて無粋なものを挟まない、生のペニスから、何千何百億という精子が、子宮へ。それらはあっという間に女の聖域へ辿り着き、埋め尽くす。繊毛が蠢き、侵略者達を自分から奥へと誘い、蛮行は肯定される。
 全ては人間以下の雌犬となったこの女、遠藤の卵子を蹂躙し、孕ませる為に。

【◆◆◆◆◇】

 ーー長い長い、余韻があった。
 心地良くも、限界を感じる疲労。

「…………は、はっ、ははっ、あ。あー、あ」
「……………………」
 
 よくわからない譫言が漏れる。
 予想外だったと、言わざるをえない。見通しが甘かったとも。
 力尽きぐったりとした遠藤は、どこもかしこも汁まみれで、酷い顔をしていた。俺も大差ないのだろうが。
 だが深い充足感はある。
 認めよう。これは良いセックスだった。
 そして俺は、最後の仕上げをするべきかどうか、迷いが生まれていて。
 遠藤、いやゆう子だったかを放置し、一人でシャワーを浴びながら。俺は考える。

 この後、ここからが本番。この後を一番美味しく頂くつもりで、その為に最初俺はラブラブセックスなんて茶番を導入にした。計画ではこうだ。《お前は俺を声以外で認識出来なくなる。俺の声は認識出来るし、意味もわかるが、その上で意識できない》《お前は俺の不在に気付くと、俺の容姿風貌見た目について全て忘れる》《俺が誰であるかの記憶はずっと忘れたままで、もうわからない》《今夜お前は見ず知らずの相手を最愛の人と思い込んで熱烈なセックスをしたと、改めて自覚する》《セックスした相手の正体については何一つわからないが、そいつに本当はどんな感情を抱いていたのか、それだけ思い出して、今夜の記憶と差し替わる》《お前の感性は全て元の自然なお前に戻る》そして、《今夜お前が奇行に走ってしまったのは、お前が本当は嫌悪感を持つ相手に抱かれたい性癖があったからだとしか考えられない》《お前は3日に1度のペースで、お前が嫌悪感を持つ男とセックスしたくなる。嫌悪感を持つ男なら相手は誰でもいいし、知り合いじゃなくても構わない》《嫌悪感を持つ男とセックスしたくなるのは、使命感を伴った強い衝動で、絶対に抗えない。お前はまともな感性のままで、衝動に苦しむ》《相手に嫌悪感を抱いている度合いによって、それが強い程よりセックスの快感も強くなり、激しく乱れてしまう》《相手を一旦決めたなら、男から要求されることはどんな内容であれ逆らわず、抗わず、意識は普段のまま全力で媚びるお前へと肉体は切り替わってしまう。セックスを済ませた後男と別れ、初めて身体の支配権は元に戻る》《お前はそのことで幾ら苦しんでも狂わないし、自分を傷つけないし、誰にも相談しない》とまあこんなもん。
 細工は流流、後は仕上げを御覧じろ。ってな。

 3日じゃ流石に日常生活ままならないだろうし、1週間じゃ長いか。間を取って5日辺り。
 ……大分冷静さを取り戻してきて、どうするべきか決めかねる。
 だけどさあ。セックスで絆されてなあなあにしちまうなんて、馬鹿で矮小な男らしくて悪かないけど、でもダサいだろ?
 ダサいのだけはよろしくない。男ってのは、いつだって格好付けていたがる馬鹿だ。
 そんな時こそ、俺の能力が出番となる。

「俺は遠藤ゆう子に対して、甘ったるい感傷を何も抱かない」

 無職に戻った日。
 俺の小規模な復讐は、こうして成った。

 ーーどうだ、身の程がわかったか。クソ女。

< 続く >

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