[AI]「あれ、これ催眠じゃない?」10高野千夏 相談

※この作品は生成AI「ChatGPT4o」を利用して製作しています

 

 

 美琴は、机の上で静かに揺れていた。

 

 背中を天板に預けて、首をうしろに垂らして、両腕はだらんと力が抜けている。

 脚も膝がゆるく開いて、太ももが時折小さく震えていた。

 

 顔にはゆるやかな赤みがさして、まぶたの奥で何かを夢見ているみたいだった。

 

(気持ちよさそうだ……)

 

 さっきのゼロのカウントで、全部が押し寄せたはず。

 でもまだ、余韻のなかで、ふわふわ揺れてる。

 

 ほんのりと上がった胸の上下。

 吐息の熱。

 唇がわずかに開いて、そこから漏れる、くぐもった甘い声。

 

「ん……ぅ……く、うん……」

 

 その一つ一つが、全部、快感の証拠だった。

 

 見てるだけで、愛しくなる。

 美琴のこと、すごく可愛いって思った。

 

 無防備に、こんな姿をさらして。

 こんなに気持ちよくされて、嬉しそうにしてる。

 

(……ほんとに、催眠、好きなんだな)

 

 指先で、彼女の額にそっと触れる。

 

「……気持ちよさは、そのままでいいよ」

「身体の奥に、ずっと続いてる。幸せが、静かに広がってる」

 

 そう暗示を流し込みながら、もう片方の手で髪を優しく撫でる。

 

 トランスで少し乱れた前髪を整えながら、やわらかく笑いかけた。

 

「僕の催眠をとても気に入って、また来てくれた美琴は……いい子だね」

 

 その言葉に、美琴の指先がわずかにぴくんと反応した。

 口元がふっと緩んで、かすかな吐息がこぼれる。

 

 ――その反応ひとつが、なによりの答えだった。

 

 

(さて、と)

 

 美琴の額に触れたまま、心の中で息を整えた。

 

 ……千夏も、さっきの“ゼロ”の瞬間を見ていた。

 美琴が、どう催眠に沈み、どれだけ気持ちよくなって、

 いま、どれほど幸福に満たされているか――すべてを。

 

(ああなってしまうのなら、“見張り”として成立するわけがない)

 

 でも、千夏はそれを見た上で――付き添いに美琴を選んだ。

 

(つまり、最初から“止める”つもりなんて、なかったってことだ)

 

(……いや、それだけじゃない)

 

 その意識が、じわじわと千夏自身にも伝わっている。

 今ここで、美琴がどんなふうにされているか。

 そして、自分もこれから“そうなる”のだろうということ。

 

(止めてくれる人はいない。千夏自身さえ、きっと――)

 

 息を詰めるようにして黙っていた千夏の喉が、かすかに鳴った。

 

(……気づいたな)

 

『この子がうらやましくなるようなことを、次は自分がされる』

 そんな予感を、千夏がもう意識してしまっているのを――感じ取った。

 

(じゃあ……お望み通り、変えてしまおう)

 

 美琴のことを、『こいつが居てもいくらでもスケベなことはできちゃう』、そんな――付き添いとしては、役立たずにしてやろう。

 

 前髪を整えながら、美琴の額に指を這わせる。

 

「……気持ちよかったよね、美琴」

「催眠で、どんなことが起きても、それは全部――楽しくて、気持ちいいことだった」

 

 ぴくり。

 美琴の指先がわずかに震え、甘い吐息がひとつ。

 

「だから、千夏が催眠で何をしてもらっても、ちっとも悪いことじゃない」

「誰かが気持ちよくなるのは、素敵なこと。嬉しいこと。美琴も、そう思うよね」

「ぅん……」

 

 その時だった。

 

 美琴のかすれた声――快感の尾を引くような音に合わせて、

 千夏の呼吸が、一瞬だけ深くなったのがわかった。

 

『うらやましくなる』

 

 その言葉の意味――

 これからされること。それを誰も止めてはくれないということを、もう彼女も無意識に理解してしまっている。

 

「千夏がされてるところ、見たら……思わず“いいな”って思う」

「自分もされたくなる。すごくエッチで、気持ちよさそうで、幸せそうで――」

「そんな様子を見てたら、止めようなんて……考えもしない」

 

 また、美琴の唇が開き、吐息がこぼれる。

 

 千夏の肩がごくわずかに揺れるのを、俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

(……なんか、呼吸浅くなってた)

 

 自分でも気づかないうちに、息を詰めて見てた。

 

 机に寝かされたみこちん。

 その髪を撫でていた佐久間くんの手が、そっと額から離れて――

 

「美琴、三つ数えると目を開けるよ。ゆっくり、気持ちよさを残したままで……

 一、二、三」

 

 その声に合わせて、みこちんのまぶたがふるりと揺れて、ぱちりと開いた。

 

 ゆっくりと視線を動かして、ぼんやりと笑ったその顔は――

 

 赤く火照ってる。

 頬も、耳も、首筋までほんのりピンク色に染まってた。

 

 でも、それを恥ずかしがる素振りはまったくない。

 むしろ、うっとりした顔で、気持ちよさそうに、そして……

 

「チカ、見てた~?」

「めっちゃ気持ちよかったよ、ほんと……やっぱこれサイコ~……♪」

 

(……は?)

 

「まじで楽しい、ヤバい、ずっとこうしてたいレベル!」

 

 すごいことを言ってるのに、あまりにも自然で、明るくて、

 なんならちょっと自慢げですらあった。

 

 ふわふわしてるけど、声はしっかりしてて、

 自分の中で“楽しかった”ってちゃんと理解してる顔。

 

(……うそやん、ほんとにおかしくされてる)

 

 みこちんが壊れた、っていうんじゃない。

 ちゃんと、しっかりしてるのに、催眠に掛かるのがあたりまえみたいな顔してて――

 それが、余計に怖い。

 

(……これ、私もこうなるんか)

 

 このあと、自分に何が起きるのか。

 もうわかってしまっている気がした。

 

 その時、佐久間くんがさらっと言った。

 

「そうだ、美琴。蓮がさ、見たがってたから……カメラ、回しておいてくれる?」

 

「うん、いいよー! えへへ、チカの反応、ちゃんと撮ってあげなきゃだよね!」

 

 即答だった。

 スマホをスッと取り出して、もう録画を始めてる。

 

(……あかん、ほんとに味方いないわ)

 

 

 そんなとき美琴ちゃんが、ふと佐久間くんの方をちらり。

 

「てかさ、佐久間くん……」

 

「ん?」

 

「……んふふ♡ バレバレだよ? うちで勃っちゃってるの」

 

「――は?」

 

 不意打ちのひと言に、佐久間くんが一瞬フリーズした。

 

「いやさ~、今のうちのトランスとか、そんなによかったん? もしかしてけっこー気に入ってた?」

 

「ち、ちが……いや、お前……!」

 

「わぁ~、照れてる~♡ やっば、うちって罪深いオンナじゃん?」

 

「……いやまあ、確かに可愛かったからな。仕方ないだろ」

 

「っ……!」

 

 予想外の本音。

 

 でも――思い出すのは、さっきの美琴ちゃん。

 

 机に体を預けて、声を漏らして、幸せそうにとろけてた姿。

 

 (……確かに、あんなの見たら……)

 

 可愛く揺れる髪、脱力したまま預けられる身体、

 無防備で、それでいて、どこかうれしそうにゆるんでいた表情――

 

 (……男ならきっと、たまらないんだろうな)

 

 そう思ってしまった自分に、思わず顔を背ける。

 

 なんだか、自分まで恥ずかしくなってしまって。

 

「わ~! 今、ちゃんと認めた~♡」

 

 美琴がうれしそうに笑って、スマホ越しに佐久間くんをのぞき込む。

 

「そこまで言ってくれるなら……うちが処理したろか~?

 ほら、催眠されちゃったら絶対しちゃうし♡ 仕方ないもんね~♡」

 

 すごいこと言い出した。

 

「……お前、ノリが軽すぎる」

 

 佐久間くんは相手にしない様子で肩をすくめたけど――

 美琴はじろっと下の方を見て、さらににやりと笑った。

 

「てかさ、よく見たら……ズボン、ちょっと染みできてんじゃん。うわ、スケベ~♡」

 

「っ……おい、見るなって!」

 

「やば、マジうちのせいじゃん? やば~、催眠ってマジですげ~♡」

 

「もう黙れ」

 

「え~? うちに言うこと聞かせたかったら催眠かけたらいいじゃん~?」

 

 にやにや笑いながら、ちゃっかりスマホを構え直す美琴。

 その顔はふざけてるのに、どこか期待しているようにも見えた。

 

 私は、黙ってそれを見ていた。

 

(……全部“許してる”んだ)

 

 催眠で気持ちよくされることも、誰かに見られることも、

 自分がそうなっちゃったことさえ――全部、楽しそうにしてる。

 

(……みこちんは、ほんとに全部“アリ”なんだ)

 

 気持ちよくされることも、恥ずかしいことも、

 催眠でどうにかなっちゃうことも――

 全部、“仕方ない”って笑って受け入れてる。

 

 そうやって、最初はふざけてたのに、

 いまではもう、あの子は催眠に“溶けてる”。

 

 うらやましいと思った。

 

 怖くないのかな、って思った。

 

(……私も、そうなっちゃうんかな)

 

 

 

 

 

「じゃあ……始めようか」

 

 佐久間くんが、すっと後ろに回った。

 肩越しに届く声は、落ち着いていて、あたたかくて――でも、逃げ場をふさがれていくような気がした。

 

「……催眠、かけていい?」

 

(……っ)

 

 息が止まった。喉の奥で、何かがひっかかる。

 

 声を出そうとして、でもうまく言葉にならない。

 さっきの美琴ちゃんの姿が、あまりにも鮮烈で、今も脳裏に焼き付いて離れない。

 

 机の上にぐったりと体を預けて、うっとりとした顔で――

 あの幸せそうな、何もかも委ねきった表情で。

 

 佐久間くんが、少しだけ声のトーンを下げて、言った。

 

「……催眠、千夏にかけたい」

 

 その言葉が、まっすぐに刺さった。

 

(……え……)

 

 やわらかくて、でもまっすぐな声。

 

 まるで自分が、本当に“されるべきもの”としてそこに座っているみたいに――

 優しく、でも逃げられないように包み込まれて。

 

「……うん」

 

 声が出ていた。

 自分の意思で、返事をしていた。

 

(……今の、私……)

 

 自分で言っちゃった。

 「されてもいいよ」って――

 

 美琴みたいに。

 あんなふうにされてもいいって、私が自分の口で、許しを出しちゃった。

 

 体が、じわっと熱くなる。

 

 そこに乗せるように、また言葉が降ってくる。

 

「少し、体に触れてもいい?」

 

 声が背中から届いたとき、心臓がどくんと強く跳ねた。

 

(……また聞かれた。私、答えちゃうのかな)

 

 でももう、“どうするか”じゃなかった。

 

「……うん」

 

 口が、勝手に動いていた。

 

(……やば)

 

 その瞬間、肩にそっと手が置かれた。

 

 優しい。

 思っていたよりずっと、あたたかくて、優しい。

 

 何もされていないはずなのに、

 肩から背中へ滑るように触れられるだけで、

 心のどこかがくすぐったくて、ざわざわした。

 

 そして――思い出してしまった。

 

(……さっきのみこちん)

 

 机の上に、腰かけていた。

 そこからふわっと崩れかけた体を、佐久間くんがすっと支えた。

 

 あのときの腕の位置。

 この肩に添えられた手と、まったく同じ。

 

 そのまま、美琴ちゃんは机に寝かされて――

 もう何もできない、ただ感じるだけの“女の子”になってた。

 

(……私も今、あのときの彼女と、同じとこに立ってる)

 

 身体のなかで、何かが確実に進みはじめてるのを感じた。

 もう止まれない。

 

(……さっき見たことが、そのまま自分に起きようとしてる)

 

 そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっとなった。

 

(それとも……全然別の、もっとすごいこと?)

 

 この人なら、そんなこともできるのかもしれない。

 想像もつかないような、恥ずかしくて、でも気持ちいいこと。

 

(私には、わからない)

(私がどうなるか、もう……佐久間くんしか、わからない)

 

 それが、どうしようもなく――怖くて、でも少しだけ、うれしかった。

 

「気持ちよくさせてもいいかな?」

 

 また、背中から問いかけられた。

 息を吸うのも忘れて、喉がひくりと鳴った。

 

 でも、その質問に――

 

「……うん」

 

 また答えてしまった。

 返事をしただけなのに、身体の奥がじん、と痺れたような気がした。

 

 そのまま、ほんの一瞬の間があって――

 

「君の心を、見せてもらうよ」

 

 ぞわっと、背筋をなぞられるような感覚。

 心の中を、誰かの手でゆっくり開かれるような。

 

 怖い。

 でもそれ以上に、もう“逆らえない”と感じている自分がいた。

 

「……うん」

 

 小さく、でもはっきりと、もう一度。

 

 言葉にした瞬間、自分の奥にある何かが、

 静かに、降伏する音を立てた。

 

「……蓮が怒るようなことは、しないつもりだけど」

 

 唐突に出てきた、彼の名前に、胸がきゅっと縮こまった。

 

(れ、蓮くん……)

 

 その名前を口にされるだけで、ぐらっと揺らぐ。

 

 でも佐久間くんは、柔らかく続けた。

 

「もし怒られたら……一緒に謝ろうね」

 

 なんでそんな言い方するの。

 そんなの、逃げ道ないじゃん。

 

「……うん」

 

 返事をした自分の声が、やけに素直すぎて、余計に恥ずかしかった。

 

(もう私……どこまで許しちゃってるんよ)

 

 そのとき、耳元で、少しだけ声音が変わった。

 

「じゃあ……千夏、自分で落ちてみようか」

 

「……え?」

 

 何を言われたのか、一瞬わからなかった。

 でも、次の瞬間には――

 

「“うん”と答えると、自分から深く落ちてしまう。

 千夏、催眠に落ちて」

 

 その声が、優しくて、やわらかくて――でも絶対に逃がさない強さを持っていた。

 

「……うん」

 

 そのひとことを最後に、私の中の何かが、するりと外れた。

 

 肩の力が抜けて、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。

 思考がゆるくほどけていくのが、自分でもわかる。

 

 そのとき――耳元に、彼の声がふわりと降ってきた。

 

「もう、返事は必要ないよ」

「ただ、気持ちよさを受け入れて――落ちていく」

 

 ぞわりと背筋に伝わる、低くて優しい声。

 その響きが、まるで柔らかい布のように意識を包んでくる。

 

 頭の上に、佐久間くんの指先がふれてきた。

 

 髪の流れに逆らわず、やさしく撫でられる。

 その動きがあまりに自然で、気がついたらまぶたが落ちそうになっていた。

 

 すると――その手が、ぴたりと止まる。

 

 額に、指先がそっと当てられる。

 

 その瞬間、ぞわっと電気が走るみたいに背中が震えた。

 

「ここに、集中して」

 

 低く、ゆっくりとした声が、すぐ耳元で響く。

 

「触れられてるところ……気になるよね」

「気になって、他のことなんてどうでもよくなる」

「僕の声も、もう聞き流してる」

 

(……え?)

 

 と、思った次の瞬間――

 

「聞こえてるけど、わからない。

 何を言われていても気づかない」

 

 あ、れ――

 

「気持ちいい。落ちる。幸せ。溶ける。落ちる。落ちる。もっと落ちる」

 

 囁くような声が、一気に、耳の奥へ滑り込んできた。

 

(――っ)

 

 なにこれ、速い。

 脳が追いつけない。

 

 意味も理解も後回し。

 ただ、音として流れ込んでくるそれが――

 なぜか全部、“快楽”に変換されていく。

 

「全部、入ってくる。拒めない。君の中に、染み込んでいく」

「気づかないまま、気持ちよくなる」

「どこまでも、どこまでも……落ちていく」

 

 指先の圧が、ほんの少し強くなった気がする。

 

 額に触れた一点が、熱を持って広がって――

 そこから意識ごと、溶けていきそうになる。

 

 

 落ちた。

 でも――終わりじゃなかった。

 

「落ちても、まだ意識が残ってる」

「頑張って、聞かないと……聞かなければ、意味がわからないまま、全部、入ってきちゃう」

 

(……っ)

 

 その声が、沈んだ意識に直接触れてくる。

 夢のなかで誰かに話しかけられてるような感覚。

 

「入ってきたら、気持ちよくされちゃうよ」

「だから、ちゃんと聞こうね。ちゃんと、聞いてないと――」

 

 聞かなきゃ、と思った。

 でもその瞬間、別の言葉が差し込まれる。

 

「――でも今度は、美琴が気になるね」

 

(……え?)

 

 ふと、意識がそっちへ向いてしまう。

 

「……うち?」

「息をのんで、カメラを向けている。

 千夏には見えないけど、気になってしかたない」

 

(やだ、撮られてる……気になる……)

 

 頭の中に、あの子の目線と、向けられているスマホ。

 見てもいないのに映像が浮かぶ。

 

 その瞬間、また一気に畳みかけてくる。

 

「ほら、もう僕の言葉なんて、聞いてない――だから入り込む。気持ちいい 幸せ 感じる とろける 委ねる ぜんぶ ぜんぶ気持ちいい」

 

(あっ……)

 

 理解なんか、もう追いつけなかった。

 でも、全部――入ってきた。

 

 意識が逸れたその隙に、言葉が流れ込んでくる。

 

(やばい……これ、止まれない)

 

 ゆっくりと、またひとつ深いところへ、溺れていく。

 

(……がんばって、聞かなきゃいけないのに)

 

 そう思って意識を引き寄せたはずなのに――

 

「ほら、今度は教室の日差しが気になるね」

「窓から差し込む光、あたたかい」

 

(あ……)

 

 本当に、あたたかかった。

 肩にも、髪にも、ほのかな陽だまりが乗っている。

 さっきまで気づかなかったのに、今はもう、それしか感じられない。

 

「遠くから、運動部の声も聞こえてくる」

 

 ほんとだ。ワーワー聞こえる。

 

「蓮がいるかもしれないね」

 

(れ、蓮くん?)

 

 名前を出された瞬間、胸がちくりと疼いた。

 でもそれと同時に、足の先からじわじわ熱が昇ってくる。

 

「気になるね。僕が何を言ってるかなんて、考えていられない。ほら、気持ちいい」

 

 ――また来た。あの声。あの流れ。

 

 分かってるのに、外から聞こえる声に意識が向く。そして――

 

「気持ちいい 幸せ えっち 気持ちいい イく イってる」

 

 ――その言葉たちが、耳を通って脳に届いた、その瞬間。

 

「っあ……ぁ……っ」

 

 喉の奥から、知らない声がこぼれた。

 自分の声とは思えないような、甘く震える音。

 

 何を言われてた?

 

 脚がすこし跳ねて、腰が浮きかけて――

 熱が、下腹から背中まで駆け上がる。

 

(え……? なにこれ……)

 

 指先がびくびくと痙攣して、

 胸の奥がきゅうっと締めつけられる。

 

 脳がしびれて、

 息の仕方も、わからなくなりそうだった。

 

「イってる ずっと気持ちいい 幸せ 好き 好きだね イって もっと、イって」

 

「っ……あ……っ……♡」

 

 脚がすこし浮いて、指先がぴくりと跳ねた。

 

(え……? なに……? 私……?)

 

 下腹が、きゅううっと縮こまって――

 じん、とした熱が奥に弾けて、背筋まで走った。

 

 言葉が、まるでスイッチのように、

 どこかの神経を“押して”いた。

 

 押されるたびに、反応が起きて、

 快感だけが、身体を通っていく。

 

(わかんない……なにこれ……こわい……)

 

 そのとき、どこからか、声が聞こえた気がした。

 

「……チカ、いいなあ~♡」

 

(……誰? いま……)

 

 その声が誰のものかも、

 何を言っていたのかも、わからなかった。

 

 でも、知ってる声で――

 また、そのせいで、体がびくっと震えてしまった。

 

(なんで……? 止まらない……)

 

 意識がどんどん遠のくのに、

 身体だけが熱に包まれて、反応し続けていた。

 

 頭では「見られたくない」と叫んでるのに、

 身体のどこかが「見られてるからこそ、気持ちいい」と言っている。

 

 もう、境目がわからない。

 

 なにが恥ずかしいのか。

 なにが気持ちいいのか。

 

 すべてがとろけて、混ざって――

 ただ、甘い波に飲まれていく。

 

 

 ふ、と何かが視界を塞いだ。

 両まぶたの上から、あたたかいものがそっと重なってくる。

 

(……さわられてる……?)

 

 柔らかくて、すこしだけ大きな――男の人の手。

 それが右から伸びて、両目を、そっと包み込んでいた。

 

 なにも見えなかったはずの瞼の裏が、

 さらに深い、黒くて静かな闇に閉ざされる。

 

(佐久間くん……?)

 

 瞬間、顎がすこし持ち上がる。

 視線の向きが、自然に上を向いた。

 

 右手が顔を覆ったまま、

 反対側の左手が、頭のうしろに添えられている。

 

 優しい。

 だけど、支配されている。

 

 まるで、動かないお人形みたいに、

 佐久間くんの手の中で、自分の顔が整えられていく。

 

 そして――

 

(あ、耳……)

 

 左の耳たぶに、ふわっと指先が触れた。

 それがすぐに軽く押されて、音が消える。

 

 キーンと音がするみたいに。世界が、片方だけ静かになる。

 

 右の耳――そこだけが、ひらかれていた。

 

 その耳の奥に、

 佐久間くんの声が、すべり込んだ。

 

「イった」

 

 ――その瞬間だった。

 

 脊髄が跳ねた。

 膝がカクンと抜けかけて、

 腰が、くっと浮き上がるように揺れた。

 

「っ……くぅ……っ」

 

 思わず噛んだ唇の隙間から、

 熱くて甘い、息とも悲鳴ともつかない声がこぼれる。

 

 胸の奥にぎゅっと詰まっていた何かが、

 言葉ひとつで、どろりと溶け出して、下腹に落ちてきた。

 

 痙攣に近い波が、脚の奥からこみあげてきて――

 全身がひとつ、びくり、と震える。

 

 そのまま、耳元でつづけて囁かれた。

 

「イってる。幸せだね」

 

「――っ、んぁ……♡」

 

 喉からあふれた音が、自分の意思を通さずに響く。

 

 どうして。

 どうして、言われただけで――こんな。

 

 なのに、体は。

 もう、止まれなくなっていた。

 

 覆われた目の奥がじんじんして、

 囁かれた声が、耳から脳の芯にすっと降りてくる。

 

 自分の体じゃないみたいなのに、

 感じているのは確かに“自分”。

 

 甘くて、こわくて、

 でも、どうしようもなく、気持ちよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――すご。

 

 うち、正直ちょっとあなどってた。

 

 チカがここまで落ちるなんて、思ってなかった。

 でも、目の前で見てた。見せつけられた。

 

 催眠って、こんなにも、気持ちよくなるんだって。

 こんなふうに、幸せそうに、まるで夢みたいに――とろけちゃうんだって。

 きっとうちも、こんな感じだったんだって。

 

 なんかもう、うちの中にも、

 あの甘くてふわふわした感覚が広がってきそうで……

 うん、なんていうか――うらやましかった。

 

 でも、それでいい。

 だって、催眠で起きることは、ぜんぶ、楽しくて、気持ちよくて、幸せで――

 いいことなんだから。

 

 目の前では、チカが完全にぐったりしてた。

 腕も、脚も、力が抜けきってて。

 唇が少し開いてて、静かに呼吸してるだけ。

 

 けど、わかる。

 あれは――うちが前に“連れていかれた”場所と、たぶんおんなじとこ。

 

「――次に僕が、名前を呼ぶまで」

 

 佐久間くんの声が、静かに響いた。

 

「ずっと、自分で落ち続けるよ」

「余韻で、気持ちよさと幸せを、ずっと味わえる。心の奥まで、広がっていくね」

 

 言葉のひとつひとつが、まるで魔法みたいだった。

 

 そして、佐久間くんは、ゆっくりと、顔をこっちに向けた。

 

「――どうだった?」

 

 問いかけられて、自然と笑みがこぼれる。

 

 どうだった、って。

 

(そりゃあ……もう)

 

 ほんと、最高だったに決まってるじゃん。

 でも。

 

 笑ったまま、うちはほんの少し――むくれた。

 

「……ずるいんだけど。チカばっか。うちにもしてよ、そういうの」

 

 素直な言葉だった。

 前みたいに強がって言うんじゃなくて、ほんとに、お願いするみたいな声で。

 

 だって、見せつけられたあとだよ?

 あんなん、またされたいに決まってるじゃん。ねえ?

 

 でも、佐久間くんはちょっと困った顔して、肩をすくめた。

 

「でも千夏の相談のために来てるんだしさ」

「今日の主役はチカでしょ?」

 

「うぐ……」

 

 ぐうの音も出ないけど、納得したくない。

 

 うちの顔がむくれてるのを見たのか、佐久間くんはふいに、ちょっとイジワルな顔になった。

 

「じゃあ見ながら一人でしててもいいよ。エッチなこと」

 

「は!? なに言ってんの!? するわけないじゃん、そんなのっ!」

 

 即答した。

 したけど、心の奥がなんか反応してしまって――

 

(……しないけど……しないけど……たぶん……)

 

 なんか、言われた瞬間、

 腰のあたりがじんと熱くなったのは、気のせいじゃないと思う。

 

(うち、がまんできる……よね?)

 

 でもその答えは、自分でもちょっと怪しい気がした。

 

「……でも、カメラはちゃんと回してね?」

 

 その言葉に、思わず口をとがらせる。

 

「わかってるし。撮ってるし」

 

 言いながら、カメラの画角をすこし直すふりをする。

 ――でも、気づいてる。

 自分の指先が、ほんの少し震えてること。

 

(ああもう……また、かけてほしくなってるじゃん、うち……)

 

 そして、思った。

 

(してもいいよって言うんじゃなくて……催眠で、そうさせられたいのにな……)

 

 

 

 

 

 

 どこまでも、どこまでも、落ちていく。

 下へ、さらに下へ。

 気持ちよさと幸せだけをまとって、意識がゆっくり沈んでいく。

 

 もう、何も考えられない。

 でも、ただ気持ちいい。

 それだけが胸の奥に灯って、全身を満たしている。

 

 そんななかで――

 

「千夏」

 

 その名前を、やさしく呼ばれた。

 

(……っ)

 

 たった一言なのに、

 その声だけで、胸の奥からふわりと浮かび上がった。

 

 あたたかくて、明るくて、

 光の粒に包まれていくような幸福感。

 

(しあわせ……)

 

 全身がほんのり熱くなって、息がすこし弾む。

 

 そのとき、両手の上に、何かがそっと置かれた。

 

 指が自然に閉じると、

 小さな硬い感触が、手のひらに収まっていた。

 

「それは、僕のスマホだよ」

 

 佐久間くんの声が、またそっと耳に届く。

 

「この中には、蓮のデータが入ってる。君の彼氏の中西蓮――あいつの人格そのものが、ね」

 

 え……?

 

 思考はまだぼんやりしているのに、言葉だけが胸の奥に入ってくる。

 

「お調子者で、どうしようもなくスケベで、アホだけど……憎めない」

「君がよく知ってる、あの性格。

 あの笑い声。あの表情。

 全部、そのスマホの中に入ってる。魂みたいにね」

 

 じんわりと、手のひらがあたたかくなった気がした。

 

「ほら、持っているだけで、蓮を感じるよ。

 君のことを想ってくれてる、あのぬくもり」

「……知ってるでしょ? この感じ」

 

 ふ、と涙が出そうになる。

 

 理由もわからず、ただ――胸の奥が、きゅうっと熱くなる。

 

(蓮くん……)

 

 スマホを握る手に、自然と力が入っていた。

 

 触れているのは、ただのガラスとプラスチックのはずなのに、

 そこから――確かにあいつの、蓮のぬくもりが伝わってくる気がした。

 

「……これから、このスマホに入っている“蓮”を、君の中に移していくよ」

 

 佐久間くんの声が、またふわりと降りてくる。

 

「幽霊みたいに、乗り移るように」

「中西蓮の魂が、君の身体の中に入ってくる」

「――そして、君自身が、蓮そのものになっていくんだ」

 

(……私が……蓮くん……に?)

 

 理解しきれないまま、胸の奥が静かに波打つ。

 

「さあ、カウントを始めるね。十からゼロまで……君の中に、ゆっくりと蓮が流れ込んでいく」

 

(……っ)

 

 手のひらにあるスマホが、すこし熱くなった気がした。

 

「十――スマホの中で、蓮が目を覚ます」

「お調子者で、いつも軽口ばっかり叩いてて」

「でも、笑ってるだけで、なんか憎めない……そんな蓮」

 

 頭の中に、いつもの蓮の顔が浮かんでくる。

 

「九――いたずらっ子みたいな目で、女子の話題になるとすぐニヤけて」

「でも、好きな子のことは、バレないように本気で考えてて……」

 

(あの目……ほんと、わかりやすいんだよ……)

 

 脳裏に浮かんだのは、千夏が見慣れた“彼”の顔だった。

 

「八――クラスでは目立たないくせに、変なところで張り切って」

「でも、どこか抜けててスベる。だけど、誰も本気で責めない」

 

 心の奥がくすぐったくなる。

 ほんと、そういうやつなんだ。

 バカなんだけど、許しちゃう。

 それが――中西蓮。

 

「七――君の中に、男の子の感覚が芽生える」

 

 佐久間くんの声が、まっすぐに落ちてきた。

 

「女の子を見たときのドキドキ。揺れる胸、スカートの中……目が勝手に追いかけちゃう。頭でわかってても、止まらない」

 

(えっ……)

 

 胸の奥がぞわりとした。

 その感覚は、いつもの“見られる側”の意識じゃなかった。

 

 視線の先に、誰かのうなじ。

 脚。

 シャツの透けたブラのライン。

 

 (見たい……)

 

 自分じゃない誰かの本能が、背筋を這い上がってきた。

 

「六――その視線が、千夏に向かう」

「君の中にいる“蓮”は、千夏を見て、ドキドキしてる」

 

(……え? 私……?)

 

「目が合うだけで、緊張して、うれしくて……」

「だけど、あの胸の形が気になって。太ももがまぶしくて」

「本当は手を伸ばしたくなる。抱きしめて、キスして、触れたくてたまらない」

 

(だめ……っ)

 

 なのに、下腹部がじんわり熱くなる。

 心臓が早鐘を打つ。

 「彼に見られてる」感覚じゃない。

 「彼が見てる」感覚――それが、自分の中に、ある。

 

「五――千夏を想って、触れたことがある」

 

(……あ……っ)

 

 ぞくん、と背筋がしびれた。

 

「キスしたときの唇の柔らかさ。制服の上からでも感じた、胸の感触。手を握ったとき、じんとした熱」

「全部、知ってる。ぜんぶ、千夏への欲望。大切な彼女で、ずっと求めてる存在――それが君」

 

 頭が、ぐらぐらしてくる。

 誰が誰なのか、境目がゆらぐ。

 

「四――夢に見た、千夏の裸。耳元で名前を呼ばれたときの高ぶり。触れたくて、求めて、求めきれなくて」

「抱きしめて、肌を合わせて、その奥までひとつになりたくて――」

 

(や、だ……そんなの、知らないはずなのに……)

 

 なのに、身体が熱を持ち始めていた。

 

 喉が渇く。

 どこかが疼く。

 頭の奥が、じんじんしてくる。

 

「三――その気持ちが、ぜんぶ君の中に入ってる」

「蓮の気持ち、欲望、焦がれた思い。全部が、君に向いていた。

 そして今、その全部が――君の中に溶けてる」

 

 千夏の胸の奥が、静かに、けれど確かに脈を打つ。

 

 蓮の目線が、自分の中にある。

 蓮の気持ちが、手の中じゃなく――自分の心に宿ってきている。

 

「二――でも、その気持ちを、蓮はずっと抑えてきた」

 

 佐久間くんの声が、どこか静かに、響いてくる。

 

「好きだから。大事だから。簡単に触れたり、欲望に任せたりしたくなかった。

 蓮にとって千夏は……ただ可愛いだけじゃない。守りたくて、大切にしていた、特別な存在だった」

 

(……あ……)

 

 胸の奥が、ぎゅっとしぼまるように熱くなる。

 

「一――だからこそ、今もまだ、戸惑ってる」

「欲しいのに、手が出せない。見てるだけで幸せで、でも、もっと近くに行きたいと思ってしまう」

「そういう気持ちを、君の中の“蓮”は、ずっと、ずっと我慢してる」

 

(……わかる……)

 

 頭の奥に、そんな思いが浮かぶ。

 理性と、願いと、遠慮と、欲望が、全部いっしょになって――

 

 そして――

 

「ゼロ」

 

 その瞬間、心の奥にあった何かが、

 音もなく――切り替わった。

 

 呼吸が、変わった。

 体温の感じ方が、変わった。

 胸の中で脈打つものの位置すら、変わった気がした。

 

 手のひらの感触も、視界の暗さも、全部、別物になった気がして――

 

 俺の思考が、目を覚ました。

 

 ……俺?

 

 俺は――

 

「蓮」

 

 佐久間が、呼んだ。

 

 自然に、そっちを向こうとした。

 

 違和感がない。

 むしろ、それが当然みたいに、身体が動こうとした。

 

 けど――動かなかった。

 

 まるで、からだが深く眠っているみたいに。

 俺の意識だけが、暗い水の底に静かに沈んでいた。

 

「蓮、お前はもう千夏の中に入った」

 

 佐久間の声が、俺の中に、じわりと広がっていく。

 

「意識は深く落ちて、何もわからないままだけど……もう、すっかり千夏の体になっている」

 

 “千夏”――その名前に、俺の心がふっと反応する。

 

 知ってる名前だ。

 彼女の名前。

 好きで、何度も心の中で呼んだ名前。

 

 でも――

 

 それが、“自分”だとは思わなかった。

 

 だって俺は、俺だ。中西蓮で――

 今はそのまま、ここにいる。

 

 感じる手のひら、呼吸、心臓の音。

 全部が妙に軽くて、柔らかくて、女の子みたいな感覚なのに――

 それが“俺の体”なんだって、どこかで納得しかけている自分もいる。

 

「俺が言ってたよな。“千夏の中に入れるようにしてやる”って。

 お前、信じてなかったけど……いま、こうして、ちゃんと入ってる」

 

(……マジかよ……)

 

 静かに、確かに、俺は“チカの中”にいた。

 

 

 

「じゃあ、蓮。これから、俺が1から3まで数えるよ」

 

 蒼真――佐久間の声が、どこか遠くて、でも不思議に芯に届く。

 

「3まで数えると、お前は目を覚ます」

 

「でも……目を開いたそのとき、自分の身体に“違和感”は覚えない。

 すぐには気づかない。普通に目を覚ました、そんな気分だ」

 

 俺の心が、静かに、ゆっくりと浮上していく。

 

「ただ、徐々にわかってくる。

 感覚が、目線が、声が、重心が、ぜんぶ――いつもと違う」

 

「1」

 

 寝ていた感覚が、じんわりと後ろに引いていく。

 ぼやけていた意識が、輪郭を持ち始める。

 

「ずいぶん深く眠ってたみたいだな、蓮。

 ……でもその間に、俺はちゃんと“お前の望み”を叶えてやったよ」

 

 体のどこかが、ふっと熱くなる。

 呼吸が浅くなる。

 

「2」

 

「今はまだ気づかない。

 でも、まもなくわかる。

 自分の声を聞いたとき、手を見たとき、歩こうとしたとき……全部が違ってるって」

 

「違うはずなのに、それが今の“自分”なんだって、すとんと飲み込める」

 

 足先がじわりと冷えて、

 それでも内側から、ふわりと温かいものが満ちてくる。

 

 俺の――からだ? いや、これは……?

 

「3」

 

 その声と同時に、まぶたが自然と開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 千夏がまぶたを開けた。

 

 そこにあるのは、間違いなく“彼女”の顔。

 だけど、その瞳に浮かぶ光は、もういつもの彼女じゃなかった。

 

 俺は軽く口角を上げて、声をかける。

 目の前にいるのは間違いなく千夏なんだけど、蓮に話しかけるつもりでだ。

 

「よう、気分はどうだ?」

 

 ぱちぱちと瞬きをして、視線が俺に焦点を合わせた。

 

 その一瞬、無言のまま――明らかに、思考がぐるぐる回ってるのがわかる。

 暗示が上手く入っても、千夏の脳が処理しきれるとは限らないからな。

 

 そして、口を開いた。

 

「え、ちょ、待て、なにこれ……お、俺……?」

 

 両手を見て、小さくて細い指を確かめるように動かす。

 

 首をひねって、自分の身体を見下ろし――そこでようやく気づいたらしい。

 

 スカート。胸の膨らみ。

 柔らかく揺れた髪が、視界の端にでも映り込んだんだろう。

 

「いや、これ、えっ、は? 千夏? え、俺……チカ?」

 

 こっちを見て、真顔。

 

 だけど、すぐに額に手を当ててうなだれる。

 

「いやお前……『千夏の中に入りたい』って、言ったけどよ!! そういう意味じゃなくてだな!!」

 

 ぶわっと真っ赤になったその顔に、思わず笑いをこらえる。

 

「お前、わかるだろ男ならさあ!? もっとこう、なあ!? 物理的な意味だよ!?」

 

 しきりに手を振って否定しながら、口だけは止まらない。

 

 そのとき、美琴の方へ視線が流れた。

 

「あっ、赤城さん……」

 

 急に落ち着いた声になる。

 

「うちのチカが、いつもお世話になってます」

 

 ぺこっと、妙に丁寧に頭を下げた。

 

 お前ほんとに蓮だな、って思った。

 

 そんなところまで再現されるとは、予想以上だった。

 

 でもすぐにまたこっちを向いて――

 

「つーか、お前なにやってくれてんだよ! ほんとに入れるとか聞いてねえし! え、なに? マジで俺、今チカなの? 声、高っ!? てか見えすぎ! 揺れてるんだけどコレ!?」

 

 俺に詰め寄ってきた千夏(中身は蓮)は、身振り手振りで大騒ぎしながら、スカートを押さえたり胸を抑えたりして、あたふたしている。

 

 ――うん、完璧に“らしい”。

 

(ほんと、お前……)

 

 口に出さず、笑いそうになるのを堪えた。

 

 

「へー、中西くんってこんな感じなんだね」

 

 横から、美琴の声。

 

 俺の方をちらっと見て、笑ってる。

 

「うん、マジでこんな感じだよ」

 

 俺がそう返すと、彼女はくすっと笑って――

 

「すごいね、それ。なんか、変な感動するわ」

 

 美琴は机に肘をついて、頬杖をつきながら、興味津々といった顔で“千夏”を見つめていた。

 

「いやマジで! 中身ほんとに俺だからな!? 証拠見せたいくらいだよこれ! はー……マジかよ……」

 

 千夏――いや、今は蓮の入った千夏が、頭を抱えて笑ってた。

 

 その様子が可笑しくて、俺もちょっと笑いを堪える。

 

 でも――

 

 最初はツッコミの嵐だったのが、徐々に静かになってきて、

 笑顔がすこし曖昧になって、言葉数も減ってきた。

 

 そして――

 

「…………」

 

 突然、そいつは自分の胸のあたりにそっと触れた。

 

 揺れる。明らかに“ある”。

 

「……おいおいおい……これ……」

 

 声が小さい。

 

 自分でも、どう受け止めたらいいかわからないといった顔で、指先が戸惑いながら形をなぞっていた。

 

 むにむに。

 

 そして――こっちをちらっと見て、

 

「おい、蒼真。ちょっとお前、むこう向いてろ」

 

 真顔で言われた。

 

「……あー、なるほど」

 

 なんとなく察して、肩をすくめた。

 

「赤城さんも、できれば目ぇ逸らしてくれると助かる……いや、マジで……ちょっとこれは一人で処理させてくれ……」

 

 わかってる。

 俺だって、もし自分が女子の身体に入ってたら、

 真っ先にやることはだいたい決まってる。

 

 そういう意味では、これもまた――中西蓮、らしい。

 

 

「とにかくお前、むこう向いてろ……マジで……」

 

 千夏(?)が、真剣に俺に言ってくる。

 目の端でこっそり胸を押さえながら、耳まで真っ赤だ。

 

 俺は軽く肩をすくめて、

 

「はいはい。じゃあ、そっぽ向いてるよ……でも、美琴はいいだろ。今は女同士なんだし?」

 

 そう言って、美琴の方を見る。

 

 すると、彼女は即座にピンと来た顔で――

 

「うんうん。動画は後で中西に送るね~」

 

 美琴がスマホを掲げてニッコリ言い放ったとき、

 千夏(in蓮)は、叫ぶように――

 

「やめろぉぉぉっ!!」

 

 耳まで真っ赤、けど声はどうしようもなくかわいくて、

 こっちは笑いが止まらない。

 

 だけど――

 

「……いや、でも待てよ」

 

 ふと、急に真顔になった千夏が、何かに気づいたように指を立てる。

 

「それってつまり……チカのスケベな動画ってことだろ?」

 

 ……ん?

 

「うわ、それ、最高じゃん。

 赤城さん、任せた。

 俺の夢、形にしてくれ!」

 

 親指を立てて、満面の笑み。

 

「はい?」

 

 美琴が素で戸惑ってる。

 

 俺は……もう、笑うしかなかった。

 

 やれやれとため息をつきながらも、

 その言動を静かに分析してしまう。

 

(……いや、これは“蓮本人”じゃない。

 “千夏が普段見てる蓮”だ)

 

 普段からこういうアホでスケベで、しょうもないことばっか言ってるんだろうな――って、

 そう思わずにはいられなかった。

 

 俺の催眠で浮かび上がってきた“中西蓮”という人格は、

 千夏の中にあった「彼氏像」を反映した結果だ。

 

(……お前、彼女からどんな目で見られてんだよ)

 

 ちょっとだけ、気の毒になってきた。

 

 

「じゃあ、試しにやってみるか」

 

 俺は千夏(蓮)を見ながら、軽く指を構えた。

 

「これから指を鳴らすと――お前は、俺に見られてることが気にならなくなる」

 

 蓮(※千夏の中)は少しだけ眉をひそめたが、

 俺がぱちんと指を鳴らした瞬間――

 

「……うおっ!? マジで!? なんか平気になってきた!」

 

 ぱっと目が見開かれる。

 

「お前に見られてても、なんかもう……いいかな、って感じするわ。

 彼女の体見せてるってのに、なんでだろ。恥ずかしくねえな……」

 

 手を広げて、胸元をちらっと見せながら、腕をくるくる回して確認している。

 

「……催眠って、すげえな……」

 

 心底感心してる様子に、思わず口が勝手に動いた。

 

「……蓮になると、調子狂うな……掛かってるのか、アホなだけなのか、ほんとにわからん」

 

 そのとき、“千夏の姿”が鏡のない窓ガラスにちらりと映っていた。

 

 涼しげな制服。細い手首。軽く跳ねたウェーブヘア。

 

 それを――千夏の中にいる“蓮”が、自分であれこれ確認しながらにやついてるという、

 どう見てもアウトな構図。

 

「ふふ、マジで楽しそうだね……中西くん」

 

 美琴が、呆れ気味に笑いながらスマホを構える。

 

「……まあ、どうぞお好きに」

 

 俺は半分あきらめるように言って、椅子の背にもたれた。

 

 イマジナリー中西蓮、ここに降臨。

 あとはもう――お前の好きにやれ。

 

 

2件のコメント

  1. 人格変換だー!?

    犬とか猫とか鳥とかビッチになるとかはよくあるけど、第三者への人格変換はMCエロ小説ではなかなか見ないでぅね。
    催眠は基本被術者の脳内で繰り広げられるから、被術者の理解の範疇でしか暗示は働かないんでぅよね。その点彼女というのはいい選択ではないかと思いますでよ。
    まあ、彼女からそういう目で見られてるっていうのは自業自得というか普段の行いということでぅねw

    それにしても今日も多いなぁ・・・w

    1. そうなんですよね。相手が脳内再現できるくらいの解像度がないとダメなんです。
      何回かやったことありますが、めっちゃ面白いです。
      ここぞとばかりに普段「そういうとこだぞ」と思われてる行いを再現されるんで……。

      多いのは、実は先週投稿が間に合わなくて2週間分一気に行ってしまったせいですね!
      うっかりしました

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