……静かだった。
まるで、すべてが燃え尽きたあとの灰の上に立っているような――そんな感触だった。
ソファに身を沈め、顔を濡らしたまま倒れている真壁先生の体は、まだわずかに痙攣を残していた。
目元も口元もゆるみきって、あれほど知的だった顔には、なにひとつ理性の名残が見えない。
でも、それでいい。
それは、俺が与えた破滅だ。
先生が望んでいたものだ。
知りたい――
それが、自分が壊れていくさまであっても。
それがこの人の本質だった。
だから、俺は壊した。
深く、底まで。
だって、それでも彼女は絶対に帰ってくるから。
必ず観察し、理解し、受け止めるだろうと、確信していたから。
彼女の本質は、観察者。
だから、戻してやる。
俺はそっと、彼女の額に指を添える。
額は熱く、微かに震えていた。
当たり前だけど、まだ生きている。
「気持ちよかったですね、先生」
声は柔らかく、低く、響くように。
「壊れて、満たされて、全部が終わった。
それは、あなたが本当に求めた快楽だった」
小さく息を吸う。
だが、そこからが肝心だった。
「だけど、これでは”半分”です。
あなたの望みは、壊れること――では、ないですよね?」
ぴくん
動いた。
「何を、しているんですか?
こんなに面白いものが、ここにあるというのに」
そう。
このまま終わっては、本末転倒だ。
真壁澄の目的は……壊れていく女を、特等席で観察すること。
「ほら。先生、壊れている場合じゃないでしょう。
手伝ってあげますから……帰りますよ、今日に」
言葉を慎重に、でも確信を乗せて重ねていく。
「あなたは今、自分を“2年前のあなた”だと思っている。
でも、それは幻。催眠によって、そう思わされているだけ」
「あなたは、今ここにいる。
“現在”の真壁澄であって、もう“彼”との関係は、あなたの中できちんと終わっている」
ふう、と息をする音が聞こえた。
言葉が、彼女の意識の深層に沈んでいく。
それは、快楽の霧に紛れ込んだ“過去という幻”を、
静かに、優しく、ほどいていくための糸だった。
「そして……あなたは、薬物なんて使っていない」
びく、と震えが見える。
後ろめたく思っているのだろうか。
……かわいいな。
「あなたは自分の知性を、決して無下に扱ったりしない。
冷静で、理知的で、強くて、そして――ちゃんと、自分に戻ってこられる」
表情だけで、わかる。
額の奥に、少しずつ“真壁澄”が戻ってきているんだ。
壊れる過程も、溺れた感覚も、
彼女はすべてを記憶しているのだろう。
それを、観察しなくてはならない。
「もう、大丈夫」
俺は静かに、
「あなたは、“真壁澄”」
その名をはっきりと口にした。
「高校で数学を教えている、大人の女性」
少しだけ微笑みながら、言葉を重ねる。
日々、ちょっとやり過ぎなくらい情熱的に授業をしている。
生徒指導でも、俺たちに向き合ってくれているその姿を――俺はちゃんと見ている。
「穏やかで、厳しくて……そして、とても強い人です」
事実だろう。
俺がやっていることに感づいていても、否定することはなかった。
「ぅ……ぁ……」
額に手を乗せる。
指先に伝わる温度は、まだ高い。
けれどその奥で、思考が再び動き始める気配を感じる。
「僕ら生徒からの信頼も厚い。
あなたの教える姿勢も、言葉も、ちゃんと届いていますよ」
少しだけ柔らかく語りかける。
戻ってくるその瞬間を、できるかぎり気分よく迎えられるように。
「僕から見ても――とても魅力的な先生です」
それはお世辞じゃない。
冷静さと知性に裏打ちされた澄という人間は、
壊れた今でさえ、どこか圧倒的だった。
「一度は壊れもしました。でも、全てを理解した今――」
小さく息を吐く。
言葉の密度を、最後にもう一度高める。
「ちゃんと、戻ってこられる」
精一杯の説得力で、引き戻すため。
俺は知っている。
彼女の意志と知性は――必ず、この場所まで戻ってくると。
すう、すう
呼吸が、深くなった。
喉が微かに動いている。
それを確認して、俺は、少しトーンを緩めて――
「……でも、もしあなたがそれを望むなら」
言葉を続ける。
「目を覚ましたあとも、自分のことを“催眠人形”だと思い続けるかもしれませんね」
「ぁ……」
ぴくりと反応した。
いいだろう、これくらいのイタズラは。
真壁先生は、許してくれるさ。
「さあ、目を覚ましましょう。
真壁、澄さん――あなた自身の意志で」
俺は、静かに、指を離す。
あと少し。
彼女が、自分の力で帰ってくるのを――待った。
まぶたが、微かに震えた。
そして――
ゆっくりと、彼女は目を開けた。
瞬きひとつ、ふたつ。
焦点が合わず、軽く宙を彷徨ったその視線が、
ようやく、こちらをとらえる。
目の奥に、熱が残っていた。
けれど、それとは別に――確かな知性が戻っていた。
「……嘘、だろう」
声はかすれていたが、どこか笑っていた。
苦笑にも似た驚きと、自嘲と、安堵がまざった、ほんのひとこと。
「無事だ……私……」
息をつきながら、ソファの縁を手探りして、身を起こそうとする。
よろけた肩を、俺は無言で軽く支えた。
「ありがとう……」
小さく、けれどはっきりとそう言って、
彼女は深く、長く、息を吐いた。
「……今度ばかりは、終わったと思ったのだが」
言葉に込められたのは、敗北感でも悔しさでもない。
達成感、あるいは奇妙な誇らしさ、そんな風に聞こえる。
俺は静かに頷いた。
「でも、先生は戻ってこられた。
よっぽど、知りたかったんですね」
澄――いや、真壁先生はそれを聞いて、ふっと目を細める。
少し黙ってから、唇にかすかな笑みを浮かべ――
「……そういえば」
と、突然、顔を俺の方へ向けた。
「あれはやはり、クッションだったのだな」
指先で自分の太腿を軽く叩きながら、
目を細めて、まるでいたずらを見抜いた子供のような顔になる。
俺は小さく笑った。
「ええ、ソファにあった、普通のクッションです。
ただ、それをどう感じたかは――ご満足、いただけたみたいで」
「は……っ、はは、ふふ、はは、は」
先生は声を立てて笑った。
喉の奥で少し引っかかるような、快復途上の笑いだったが、
その声が、この空間に温かさを戻してくれた。
「……してやられた」
笑いながら、彼女は首を横に振る。
「やはり君は、“手”を出してはくれないんだね」
冗談めかして言うが、その目には揺るがぬ理性が戻っている。
「まあ、先生と生徒ですから」
俺は淡々と、そして少しだけ冗談を込めて返す。
「ふん。便利なものだな」
そう返して、彼女はまた笑った。
すっかり、いつもの真壁先生だ。
彼女が帰ってきた。
壊れたままじゃなく、すべてを見届けて、それを自分のものとして。
そして先生は、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
喉の奥で、かすれた吐息を一つ。
「……実に、興味深い体験だった」
そう言って、口元に笑みを浮かべる。
先ほどまで痙攣と恍惚に沈んでいた同じ人物とは思えないほど、
その声音ははっきりしていて、理性的だった。
たっぷり間を含ませて、今日のことを思い返しているのだろう。
「……うん。
今日はもう、帰っていいよ」
まるで、補習でも終わったみたいな口調だった。
俺は素直に頷いた。
けれど、そのまま彼女は続ける。
「それから……あの空き教室、君に譲ってもいい。
私はもとより使わないから、好きにすればいいだろう」
なるほど、助かる申し出だ。
しかし、どこか声色に含みがある。
これは単なる“譲渡”ではない。
権利の譲与と、それに伴う責任の提示――そういう意図があるのだろう。
「その代わり、また私の好奇心に、付き合ってくれ」
やっぱりか。
俺は一瞬だけ目を伏せ、微かに息を吐いた。
そして、迷いなく頷く。
「……了解です」
言い終えてから、ふと――思い出す。
制服のポケットに入れたままだった。
俺は、そっと指を伸ばし、
小さな金属の重みを取り出す。
「そういえば」
軽く視線を澄に向ける。
「これ……預かったままでした。返しますよ。
大事なものなんでしょう」
掌に乗せたネックレスが、光を反射して揺れる。
澄はそれを見て、ふっと目を細めた。
「おや。てっきり奪われたものと思っていたが」
くすくす笑う。
やはり意地が悪いな、この人は。
「そんな。大事なものなんでしょう」
そう言うと、面食らったように目を開き、考えるそぶりを見せた。
「あ、ああ」
「思い出の品なんですよね?」
困惑したように、ううん、と唸ってみせる。
「そう、だな。……正直、自分でもどうだろうな……と思っていたが」
手を伸ばし、ゆっくりとそれを受け取る。
金属の冷たさが、俺の手から落とされたとき――
彼女の目元に、ごく微かな感情が揺れた。
「さっきので、分かったよ」
言葉は、独り言のようだった。
けれど、そこには揺るがぬ確信があった。
「これは、確かに私の大事なものであるらしい」
そして、口元に薄く笑みを乗せて続ける。
「それは、結構ですね」
「ああ……実に、興味深い」
その声音は、どこまでも真壁澄らしく――
けれど、どこか柔らかさを帯びていた。
俺は返事をしなかった。
ただ黙って、それを見届けた。
彼女が、自分の意志で“戻ってきた”ことを――
改めて実感しながら。
「……じゃあ、そろそろですかね」
静かに言って、俺は立ち上がった。
長く座っていたせいで少し足元が鈍く、足取りを整えるために踵を鳴らす。
コツンと響く音。
「……ああ」
ソファの上に座ったまま、先生が短く返す。
どこか、名残を惜しむような声だった。
何気なく背後に視線を流すと、彼女の目線が斜め上を向いていることに気づいた。
俺もつられて、同じ方向を見上げる。
棚の上。小型のレンズ。
ああ――。
「……やっぱり、撮ってたんですか?」
肩越しに、言葉が自然に出た。
振り返るでもなく、視線はそのまま、
けれど声の届く距離を保ったまま問いかけた。
ソファから返ってきたのは、息を吐くような笑い声だった。
「ふ……さあ、どうかな。君はどう思う?」
とぼけた口調。
だけど、どこか期待するような響きが混ざっていた。
俺は、肩越しに振り返って、
「催眠人形。答えなさい」
そう言った。
ソファにいたはずの真壁先生の肩が、ぴくんと小さく跳ねた。
首筋が反射的に震え、喉の奥がくぅ、とわずかに鳴る。
そして――
「……撮っているよ。今も」
どこか感情の抜けた声だった。
澄んでいるのに、揺らいでいる。
完全に理性を取り戻したはずの彼女の奥に、
まだ命令が残響している。
俺はそれを確認し、軽くひとつ呼吸した。
「……そうですか」
扉の方へ一歩踏み出して、手をかける。
金属のひんやりした感触と、指の温度の差が、どこか現実を引き戻してくる。
ここを出たら、元通り。
「では、また学校で」
背を向けたまま、それだけ言って、
俺はドアを引いて――
「ああ。さようなら、少年」
特に立ち止まりもせず、数学準備室を後にした。
夜。部屋はもう薄暗くて、眠る準備もできている。
でも今日は、そーまに会えなかった。
『さすがに肝が冷えたよ。土曜に呼び出しとか聞いたことないし』
「あはは……それ怖いねえ」
だから、通話。
私は毎日、どっちかでそーまと話す時間をつくってもらってる。
会えるときは会って催眠。会えないときは、こうして通話で声をかけてもらって。
さっきも、ちゃんとトランスに落としてもらったばかりだ。
気持ちよかったな……ふわふわして、安心して、心がまるごととろけて。
今は、そこから戻ってきた後の雑談タイム。
イヤホンの奥から、そーまの声が静かに届いてくる。
『……結果としては問題なかったよ。あの人は、結局こっちの味方になった』
「うん……」
頷きながら、私はベッドに仰向けたまま、胸元に手をやる。
パジャマの前をそっとつまんで持ち上げ、指先を服の上から――左右の乳首へ。
くに。くに。
ゆっくり円を描くように撫でると、すぐに身体の奥から、とろんと甘いのが湧いてきた。
「ぁ……ん……」
つい、口元から熱い吐息が漏れる。
『ひまり、何やってるの?』
「ん……っ♡ 日課の……マッサージ、大事だもんね……♡」
私は笑ってそう答えながら、パジャマ越しにもう一度、しっかりとつまむ。
自分で言うのもなんだけど、ほんとボリュームある。
たぷ、たぷって、指の中で揺れるのがわかるくらい。
この胸、そーまも褒めてくれたし、男子にもよく見られるし……だから、維持しないと。
ちゃんとマッサージして、女性ホルモンをいっぱい出して、もっと綺麗で可愛くなるために。
自分で触ってるのに、ぞくぞくして、背中まであったかくなる。
でも――それは全部、良いこと。
女性ホルモンが、どばどば出てる証拠だから。
「それで、先生……どうだったの? 怒って、た?」
ちょっと乳首を強めにつまんで、くいっと引く。
んひ、って声出た。
甘くって、じゅわっと脳までとろけてくる。
でも、全然おかしくない。ちゃんとした日課だから。
『怒ってた、っていうより……』
そーまの声が、イヤホン越しに微かに落ち着いたトーンになる。
『あの人は……観察者っていうのかな。全部見たいんだ、あの人は。自分がどう壊れていくかも含めて』
「へえ……」
くに、くに。
指をゆっくり動かして、もう片方も同じように刺激していく。
そーまの言葉を聞きながら、私は小さく息をついた。
「壊れるって、ちょっと怖いなあ……」
言ってから、ふと笑う。
「……そういえば私も、昔、一回そーまに壊されたのかもね……♡」
じゅわじゅわって、甘いのが広がる。
体の奥がぽかぽかして、声もとろけていきそう。
『そういう言い方も、できるかもね』
「だめだよ~。先生まで、そーまのこと好きになっちゃうでしょ」
そう言って笑いながら、枕の横に置いていたしろまる――白いくまのぬいぐるみ――に目をやる。
日課の邪魔になっちゃうから、今日はそっと横に避けてあげた。
『そんなこと……さすがに、ないって』
「分からないよ~、澄ちゃん先生だって女だからね……ん、ふ♡」
どんなに綺麗な大人の女性でも、そーまの前じゃとろとろになっちゃう。
そういう男の子なんだ、そーまは。
私も――あの先生も――みんな、気持ちよくさせられちゃう。
(そんなすごい男の子が、毎日通話してくれて、優しくしてくれて……私のこと、可愛がってくれるんだなあ)
それって、すごくない?
ちょっとだけ、誇らしくなってきちゃう。
「ねえ、そーま……私、これからもずっと、ちゃんといい子でいるから」
甘く囁くように、言葉が口をついて出る。
指先はゆっくり、でも確実に乳首の先を転がしてる。
服越しでもわかるくらい、ぴんぴんに立って、しっとりして、熱を持ってて……
「だから、壊したり、捨てたりとか……しないでね?」
そーまの声が、少しだけ息を含んで返ってくる。
『……言うようになったね、ひまり』
「うんっ♡」
――その一言が嬉しくて、私の指は最後のひと撫でをしていた。
こし、こし……きゅぅって、柔らかい先を摘んだまま震えが走って、
「あっ……イく……♡」
甘い音と一緒に、じゅんって、体が跳ねた。
胸の奥まで蕩けたみたいに、ふわぁ……って、光が広がるみたいな感覚。
声も、息も、とろけちゃって、しばらく何も言えなかった。
『気持ちいい?』
「うん……♡ ホルモン、いっぱい出てる……♡」
そーまの声は、優しいまま。
『じゃあ、そろそろ……暗示、解除しとこうか』
「……へ?」
暗示?
何かされてたってこと?
『三つ数えて、指を鳴らすと……今日の暗示が解けて、状況が分かるようになる』
待って。
私は別におかしくないよ?
「ちょ、待ってそーま、それって」
『いち、に――』
指先が鳴った。
ぱちん、って軽い音。
その瞬間。
「……あれ?」
ぽかん、とする。
なんか――なんか変だ。今までのことが、急に頭の中で並び始める。
(え……え、ちょっと待って?)
さっきまでの私。
通話しながら、ベッドの上で。
えっと、私は、胸を……
「……え? 私、触ってた?」
『うん』
おっぱい、触ってたよね?
それは、多分恥ずかしいことじゃなかっただろうか。
「ええええ……っ!?」
顔が一気に熱くなる。
「声とか……出てた?」
『うん。かわいかったよ』
普通にお話ししながら、乳首つまんでイってた。
なるほど。
やっぱり私おかしかったね?
「うわ……っ、マジで……」
枕を手繰り寄せて、思いきり顔を埋める。
あ~~~!!!!
(やばい、やばい、恥ずかしい、ていうか自分なにしてんの!?)
「またやられた……」
ぐだりと仰向けになって、しろまるにすがる。
「わかってたはずなのに……毎回なんで信じちゃうかな、私……」
胸をおさえてごろんごろん転がる。
「ホルモンどばどばって何よ……私アホすぎ……」
『いや、それは割と本当らしいよ』
「え?」
それどういうこと?
『女性ホルモンはちゃんと出るとかなんとか』
「じゃあいいか……ってよくないよ!? 何言わせてんの!?」
自分に自分でツッコむ。
顔が熱い。耳まで熱い。恥ずかしすぎる。
『まあまあ。気持ちよかったでしょ?』
「……気持ちよかったらいいってもんでもないから」
むすっと言ってみたけど、声に全部出ちゃってる。
私、嫌じゃないと思ってる。
『でも、可愛かったよ』
「……ほんとに?」
『ほんと』
蒼真の言う「かわいい」ってどれくらいか、分からない。
最近は特に、いっぱい可愛い子がいるから。
「……澄ちゃん先生より?」
『うん』
「……みこちーよりも?」
『ひまりが一番かわいい』
あ、一番欲しい言葉言ってくれる。
蒼真って本当にずるい。
「……許した」
『よし、ちょろい』
「ちょろくないわ!」
でも、笑ってる。
通話の向こうで笑ってるのが伝わってきて、私も笑う。
なんか、今日もいい日だったな、って思っちゃった。
確かに、私ってちょろいのかも。
『そういえばさ』
「ん?」
『今日、蓮からメッセ来たんだよ』
中西蓮くん。
私と蒼真の共通のお友達……というか、蒼真と仲良くなってて、私も仲良くなった。
……蒼真の友達とか、レアすぎだと思う。
もっと蓮くんに感謝するべき。
「へえ、れんれんが? なんて?」
『“ついにチカとヤったぜ!”』
「ぶっ……!」
そういえば、蒼真がそういう相談で呼ばれてたんだった。
うまく、行ったんだ。
『 “さよなら童貞。俺は次のステージへ行く!”だってさ』
「いやいや言い回し中学生すぎでしょ」
思わず笑いが漏れる。
でも、すぐにふと思う。
(……あれ、そーまって……)
「じゃあ、そーまは先越されたんだ?」
『ん』
蒼真は、童貞のはず。
私も手を出されてないし、他の子にもまだ……のはずだから。
「え~、そーま、情けないなあ~?」
からかう口調で言ってみるけど、声はちょっとだけ上ずってたかもしれない。
(ほんと、なんで……手、出してくれないんだろ)
『いや、そういうの気にしてないから……』
「でも、先を越されちゃったのは本当じゃん」
なんか、やだな。
『いいんだよ、そういうの』
(私なんていつでもOKなのに。ていうか、そーまなら、催眠でOKにできるよね?)
私が蒼真をどう思ってても、心を落とされて……あの声で言われたら。
例えば「三つ数えると、ひまりは僕とセックスがしたくなる」とか。
(……したくなっちゃうよね、絶対)
『あと、千夏からも通話誘われてる。“今夜お礼が言いたい”って』
「へえ……お礼、ねえ?」
心の中で、ちょっとだけ引っかかる。
(そーま、高野さんに何したの?)
蓮くんとすぐさまエッチしちゃうくらいで、お礼したくなるようなこと。
……えっちなこと、だよね。絶対。
(ああもう……ずるいなあ)
でも、言わない。
言えない。
笑いながら相槌を打つ。
「そーまって、モテるよねえ。澄ちゃん先生に気に入られて、みこちーにも高野さんにも頼られて」
『そうかな』
だめだ。
勢いで喋ってしまっているのが分かる。
「……そうだよ。というか、手を出そうと思えば、誰でも落とせるくせに」
自分でもびっくりするくらい、すうっと声が小さくなった。
(――あれ、もしかして)
ふと、気付いた。
(私も、実はもう“好きにさせられてる”んじゃない?)
蒼真のことが好きなの、いつからだっけ?
(性格も、価値観も、感情も。そーまに作ってもらったようなもの)
じゃあ……そのときに、蒼真のことが好きになるようにするのなんて、簡単じゃない?
(そーまのことが、好きでたまらない女の子にされてる――の、かも……)
不思議と、怖くなかった。
むしろ、嬉しかった。
「えへ、えへへへ……」
だって、それなら全部、説明がつくから。
(そーまが好きで好きでたまらなくて、気持ちよくて、ずっと一緒にいたいって思ってるのも)
『ひまり、どうしたの?』
(そーまが触れてくれるだけで、胸が熱くなるのも)
こんなに気持ちいいのも。
毎日して欲しいのも。
(……最初から、そう“決まってた”って思えば、ぜんぶ……自然で、幸せ)
『おーい、どうした? 黙っちゃって』
「ん? ううん、何でもないよ~」
そう言って笑ってみせる。
ほんとは、ちょっとだけ想像してた。
(――そーまが私を作ってくれた)
じゃあ、きっと今の私は……蒼真の好みの女の子なんじゃない?
(だったら、私がそーまの一番になれたら、最高だよね)
たった今、そう思ったことを――
私は、まだ蒼真に言わない。
でもいつか、そのうち。たぶん。
言えたらいいな。
しろまるを抱きしめながら、そんなことを考えていると。
『あ、そうだ。ひまり、聞いてくれる?』
「なにー?」
(なんだろ)
なんとなく、胸がざわつく。
『ほら、これ』
――チャリッ。
イヤホンの奥で鳴った、乾いた鎖の音。
(あ――)
それが何の音か、瞬時にわかってしまった。
私の“心の鎖”。
水晶でできた、透明な音を持つ――あの鎖の音。
(やだ、やだやだ。これ、ダメなやつだって)
わかってるのに、身体がもう、ゆるんでいく。
喉の奥がきゅっと閉じて、背中がじんわり熱くなる。
そうだった。
こいつが「聞いてくれる?」なんてわざわざ言うときは、絶対ろくでもないやつに決まってるんだ――
「う、ぁ……やだ……」
それでも、声は止められなかった。
『君の心を、もらうよ。ひまり――』
(あ……だめだ、これ)
耳元で、そーまの声。
イヤホンっていうのがもう、ずるい。
甘く、確実に、私の中のスイッチを押してくる。
『落ちて』
その瞬間――
視界の奥が、ふっと霞む。
(――もう……)
全部が、沈んでいく。
息を吸うのも忘れて、私はただ、蒼真の声に沈み込んだ。
胸の奥、きゅうっと絞られて、そこから甘い泡が溢れていくような感覚。
(……ずるいよ、そーま)
でも、嬉しかった。
安心して、任せてしまえるのが、心地よかった。
私は、また――気持ちよく、深く、落とされた。
――あれ?
ふと、意識が浮上した。
まぶたが自然に持ち上がって、天井の薄暗がりがぼんやりと映る。
(……あれ? 私、寝落ちしてた?)
ぽやんとする頭の奥に、微かに残ってる余韻。
胸の奥が、ほんのりじんわりしてて……気持ちよくて。
蒼真の声に落とされた記憶は……ある。
でも、そこからのことが曖昧で。
(そーま……?)
イヤホンに触れてみるけど、返事はない。
……そっか。
(そーま、今夜は高野さんに呼ばれてるんだった)
思い出して、ゆっくり吐息をつく。
(もう通話、終わったんだ)
だから――今、何を言っても、誰にも聞かれない。
(そーま、行っちゃったんだ……)
ちょっと寂しいけど、まあ、仕方ないよね。
だから――
「……あ~……なんか、気持ちよかったな……♡」
口に出してみると、それだけでまた、ぞわっと甘い感覚が背筋を撫でていった。
『言葉にすると、もっと気持ちよくなる』
――ん?
……今、声が聞こえたような?
(……え、気のせい……だよね。通話、終わってるし)
でも、その“気のせい”が、胸の奥にふわっと残る。
言葉にしたら、きっと気持ちいいんだろうな。
「……なんか……また、したいな」
さっき感じたあの気持ちよさを思い出すと、指先がむずむずする。
「……ひとりで……しよっかな」
ふと、そんな気になっただけ。
でも、想像しただけで、下腹が熱を帯びる。
「そーまの声……気持ちよかったな~……」
『思い出すだけで、とろける。気持ちよくなっていい』
ぞくん――と、背中が震えた。
声、した?
……いや、通話は切ってある。聞こえるはずがない。
「……気持ちいい、かも」
私はそっと、パジャマのゴムを指でつまんで引き下ろす。
布越しに、指を這わせて――
「ん……♡ あ……やば……やっぱ、こういうの、ひとりのほうが……♡」
自然に、ぽつぽつと言葉が漏れ出す。
(なんで言ってるんだろ、私……でも、言うと……気持ちよくなる)
『どこをどう触って、どう気持ちいいか……全部、声にしていい』
「……ん、右のほう……ちょっと、強く撫でると……♡ 奥のほうが、きゅってしてきて……」
言葉にするたび、指が勝手に動く。
頭がふわふわして、何がどうしてるのか、もう曖昧になっていく。
でも、気持ちいい。
それだけは、確かにわかる。
『言えば言うほど、気持ちよくなる』
「ん、ほんとに……やだ、私、何言ってるの、でも……♡ 止まんない……そーま……♡」
蒼真の名前が、ぽろりと唇からこぼれた。
(……あれ? 今、そーまのこと……考えて……)
……でも、おかしくないよね。
だって、蒼真の声が気持ちよすぎたんだもん。
(そーまの手、そーまの目、そーまの声――)
ぜんぶが、私の全部を気持ちよくしてくれる。
『もっと気持ちよくなっていい。君が感じたままを、ぜんぶ言って』
「……そーま……もう、すき……すきだよ、だいすき……♡」
両手が震える。腰がくねる。吐息が濡れて、声が擦れる。
恥ずかしいこと、言ってるのに。
誰にも聞かれてないと思うから、なんでも言える。
(……そっか)
今夜はもう――蒼真はいないんだ。
いないから、気にせず、思ってること、ぜんぶ口に出していい。
言えば言うほど、こんなに気持ちいいんだし。
……それって、すっごく幸せだよね♡
「……気持ちいい……♡」
ぬる……とした熱が、指に絡みついてる。
どくどくしてる。鼓動が、足のつけ根で跳ねてる。
どうしてこんなに気持ちいいのか、もうわからない。
「ふぁ……♡ そーま……すき……♡」
声が勝手に出てる。
誰も聞いてないってわかってるから――全部、口に出せる。
『恥ずかしいことでも、言える』
「……いま、……ぅ、ん……♡ 乳首、すりすりして……っ、ちょっと……ぴりってしてきて……♡」
パジャマの胸元に手を滑らせて、片手でゆっくり、乳首を撫でて。
もう片方の指は、ショーツの奥で――
「くちゅ、くちゅ……あっ……♡ 下もすごくて、こんな音、してる……っ」
『どこが気持ちいいのか、普段言わないような言葉で言える』
「ん、クリちゃん……ぬりゅぬりゅで、……さわるたび、ぴくんってして……♡」
くちゅ、くちゅ……
指先で円を描いて、熱い奥のほうに触れるたび、甘い声がもれてくる。
「ふぁ……♡ ……や、やば……イく、おまんこ……イっちゃ……♡」
『信じられないくらい、幸せで、気持ちいい』
「あ、あぁぁ……♡ しあわせ……そーま、すき、しあわせぇ……♡」
背中がぐぅって反って、脚がつっぱる。
びくんっ、びくんっ……と腰が跳ねて、
「あ゛あぁ……っ♡ イ、イっ……ああ……イ、ったぁ……♡」
『イっても、手は止まらないよ』
イったのに、なぜか、指が止まってくれない。
変だ。こんなのありえない。
「っ、ぁ、あ゛……うそ、うそ……やだ、また、またきちゃ……っ♡」
ひとりでしてるのに、こんなにイってるの、おかしい。
でも――止まらない。
『すごい声が出てしまう。我慢なんかできない』
「ひゃ、あっ♡ お゛お゛っ、イ、イぎゅ、イく、イくぅ……♡」
口が勝手に動いて、言葉にならない声があふれる。
耳の奥がじんじんして、視界が揺れる。
『自分じゃ絶対できないこと、イってもイっても続けられる』
「ぃ、あ、あ……♡ やだ、これやだ、きもちよすぎ、おまんこバカになるぅ……♡」
とろとろで、ぬるぬるで、指がぬけない。
クリちゃんを撫でるたびに、またぴくんって反応して、
『頭バカになるくらい、気持ち良すぎる』
「ん゛……♡ バカになっちゃう……えへへ、あー、あぁぁー……ぉお゛……♡」
しろまるを抱きしめたまま、私は何度もくちゅくちゅと音を響かせながら、
とろけきった声を、ぽろぽろこぼし続けた。
「お゛ぉ……♡ ひぎゅっ……♡ イぎゅ……ぅあ……♡ イきゅ……ずっとイくぅ……♡」
――誰も、聞いていない。
そう信じて。
私は、ひとりで、そーまの声だけを心に響かせて。
夢の中に落ちるみたいに、甘く蕩けていった。
「あ゛……♡」
またイったのに、指が――止まらない。
じゅわ……って音がして、身体がぐにゃぐにゃになってるのに、
手だけが、勝手に、ぬちゅ、くちゅって……やさしく、ずっと動いてる。
「ぁ……ぅ、ん、あ……♡ やだ、止まんない……ぅあ……♡」
背中がしびれて、呼吸が浅くて、頭の中、ふわっふわしてる。
(……もう、なにも、かんがえ……られない……)
『気持ち良すぎて、脳みそは溶けてしまった』
「ぅ、ん、ふぁ……あ、……とける……♡ あたま、とけて……ばか……になってりゅ……♡」
言葉にならない。
声だけが漏れていく。
口が開いたまま、のぼせた吐息だけが、とろとろ垂れ流されて。
『だらしない声を出しながら、もう何も考えられない』
「ん゛っ……あ゛あ……お゛ぉ……っ♡ もぉ、むり、むりぃ……っあああー……♡」
だめなのに、うれしくて、しあわせで、きもちよくて。
世界が蒼真で満たされて、声が、姿が、触れてくるイメージで……全部、埋まってく。
何度もイったのに……
まだ、止まらない。
私の手が――私のじゃないみたいに、ゆっくり……でも確実に、ぬりゅ、ぬりゅって動いてる。
「……ぁ、ん……ぅ、ふぁ……♡」
奥に広がった余韻が、もう一度かき混ぜられていく。
背中が小さく跳ねて、足の指が勝手に丸まる。
『イったまま、手だけがゆっくり気持ちよく動き続ける』
「……ん、ぅぅ……っ、そーま、……きもちぃ……♡ ぁあー……ぉぉお……♡」
言いながらも、手は止められない。
くちゅ……ぬちゅ……音がふえるたび、腰が勝手に揺れてくる。
でも、もう……何も考えられない。
頭の芯が、ぐにゃぐにゃして、言葉が泡みたいに溶けていく。
『ほら、気づく。誰も聞いていないなら、おもちゃを使っても、ばれないよね』
「あ……そう、だ……♡」
(……うん、そう、だよね……)
今この部屋には、私しかいない。
誰にも見られてない。聞かれてない。なにも、ばれない。
「……どーせ、誰も……聞いてないんだもん……」
うわごとのように呟きながら、ふらりと立ち上がる。
足元がふわふわしてて、でもベッド脇のポーチを開く手は迷わなかった。
「……ぶるぶるするやつ……と……吸うやつ……♡」
指先で、ピンクの筒型と、小さな口みたいなパーツの付いた形を取り出す。
パジャマの裾をたくし上げて、ショーツをそっとずらして――
あたたかく濡れた場所へ、ぶるぶるを――
ブイイイイイン……
「あ、うぁっ……♡ や、やば……ぴくってするぅ……♡」
下腹の奥が、ぐっ、と突き上げられる。
乳首とクリちゃんが同時に反応して、腰が小刻みに跳ねた。
「ぶるぶる……中、入れちゃう……っ♡」
にゅく。
ブイィィィン
気持ちいい。
内側からぶるぶるされるの、好き。
「吸うやつ……クリちゃんに当てるの……これ、すごいから……♡」
吸うやつを手に取り、
やさしくクリちゃんに押し当てると――
ぐっぽっ……ぽっ、ぽっ、ぽっ……
すごい音と、ちょっと他で味わったことない快感が突き抜けてくる。
「ん゛っ♡ ひゃ、やっ、ん、んああっ……♡ だめぇ……っ、すご、いの……っ♡」
ぶるぶると、ぐぽぐぽが、同時に重なる。
すごすぎるのに、まだ足りない。奥のほうがずっと、きゅうきゅう言ってる。
ベッドの端で、足をくの字に曲げながら、
私は、何度もぴくんぴくんと跳ねて――
「あ゛ああああぁ……イぎゅ♡ イぎゅぅ……♡」
言葉も理性も、もう、とけて、どこかに流れていった。
ブイイイイイン……
ぶるぶるするやつが、中を細かく揺らしてくる。
びりびりして、かきまわされてるみたいで、腰全体が震えてるのに――
ぐっぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ……
吸うやつが、クリちゃんに貼りついて、小刻みに吸って離してを繰り返す。
「んあっ、ぁ……♡ ぅ……ん、ふ、あっ……♡」
両手で押さえて動かしてる。
自分で動かしてるのに、もう止め方がわからない。
『自分でするときは、すぐに手を離してしまうかもしれないけど』
ふ、と頭の奥に聞こえた声。
『でも今日は、手が止まらないね』
「……や、だ……っ♡ こわ、い……むり……♡」
口から漏れた声が、自分のものじゃないみたいだった。
「……きもち……ぃ……イって……る、の……♡ ずっ、とぉ……♡」
熱い。視界の端がにじんでて、何回イったかわからないのに、まだ動きが止まらない。
内側が、吸い取られてるみたいにからっぽになって、それでも、感じ続けてる。
『ずっと押し当てて、頭がトぶまで楽しむことができる』
――トぶ。
その言葉に、びくっ、と背筋が反応した。
『バカになって、言葉を話せなくなって、変な声が出るだけになる』
その瞬間――
「ふぁ、ぅ、んっ、ふやっ、あ、くぅ、ぅ、♡ あ、んぃっ、っ♡♡ ぅ゛あっ……♡」
もはや意味のある言葉じゃない。
出てくるのは、あえぎと、息と、喉の奥が震える濁った音。
言葉が言えない。もう何も言えない。思い浮かばない。
なのに、クリちゃんにはぐぽぐぽ、奥ではブイイイインが続いてる。
脳の芯が溶けて、抜けて、なにか大事なものが流れていくみたいで――
「ふゃ、あ……♡ ん、く……っ♡ ひぃっ♡ ぅぁあぁ♡♡」
――なのに。
『でも、三つ数えると、通話が繋がっていることを思い出せるよ』
何か、聞こえた気がして。
『いち』
ブイイイイイン……
ぐっぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ……
ぴくんって、腰が勝手に跳ねた。
何度目かわからない絶頂に、頭の奥がまたひとつ、ふっと溶けて消えていく。
(なにか……いま……言われた、ような……)
「ぉ……あ……ぅ、ん……っ、おっおぉお……♡」
それしか出ない。もう、まともな言葉が浮かばない。
目の端が滲んで、ベッドのシーツに手を取られて、私は、ただ震えてた。
『に』
ブイイイイイン……
ぐっぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ……
また、中がしびれる。外が吸われてる。
同時に責められてる。苦しいのに、もっと欲しいって身体が言ってる。
(あれ……なんだった、っけ……)
頭がぽやぽやして、思考の輪郭がぐちゃぐちゃに溶けて。
「お……ぅ……あ、ぅ、あぁ……♡」
喉の奥から洩れてくる音だけが、私がまだここにいる証みたいだった。
『さん』
ブイイイイイイイン……っ
ぐっぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ……
ぱちん、とイヤホンの奥で指が鳴った。
その瞬間、全身ががくんと跳ねた。
「ぅ、ひ、あぁ、あ……♡♡」
びくびくって何度も震えて、視界がひっくり返った。
――そして。
ひとつの記憶が、ふ、と浮かぶ。
(……あ……これ……通話……)
通話、切ってない――。
今、これ、全部――
「……っっっっ~~~~~!!!!!!」
とろけきったまま、顔面が一気に灼けるように熱くなった。
喉が震えて、何かを叫ぼうとしたのに、
その一瞬で、ふっと。
意識が――覚めた。
ぼやけていた視界が輪郭を取り戻して、
ぶるぶると奥を揺らしていた振動と、吸い上げるような刺激が――
ぜんぶ、鮮明に、びりびりと突き上げてきた。
「ひ゛っ……あ゛ああああああああああっっっっっ♡♡♡♡」
腰が跳ねて、喉が裏返った。
口から漏れたのは、自分でも聞いたことのない、
絶頂と混乱が混ざった、情けないほど響く声だった。
「う゛……っ、あ゛……っ、ぁ、や、や、やだっ、やば……っ!!」
慌てて、おもちゃを両方とも引き離す。
両手でボタン長押し。
渾身の力でスイッチを切る。
「あああああああっ!!」
ブイイイインも、ぐっぽっぽも消えた。
でもまだ、足が震えてて、力が入らなくて、
全身が小さく痙攣してるみたいだった。
心臓が、ばくばく鳴ってる。
喉は焼けるように熱くて、唇がびしょびしょで、
呼吸を整えようとしても、全然おさまらない。
「はっ……はぁ……はぁ……っ」
両手で顔を覆った。
なにこれ。なに、これ……もう、ムリ。
終わった。死んだ。人生が終了した。
春野ひまり、完。
なのに、イヤホンの奥から――
『やあ』
――また、声がした。
『いつも通話の後は、こんな感じなの?』
軽い、あまりにも軽すぎるその調子に、私は数秒フリーズして――
「………………………………っ」
耐えきれず、しろまるに顔面を突っ込んで悶えた。
さっきの。
いや、さっきどころじゃない。あの、あの、全部。
(うそ……うそでしょ……)
ぐちゃぐちゃになった指先。とろとろの太もも。
引き抜いたおもちゃがまだシーツの上に転がってる。
(聞かれてた。聞かれてた……聞かれて、た……)
「っっっ……っ~~~~~~~~っっ!!!」
爆発するように跳ね起きる。
「しっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ」
吸い込んだ空気を、まるごと肺に溜めて。
「しぬわ!!!!!!」
ついに叫んだ。
ばしばし。しろまるを勢いよく何度もベッドに叩きつける。
ごめんしろまる。恨むなら蒼真にして。
「しぬ!!!!!! マジでしぬ!!!!!!」
気持ち良すぎと恥ずかしさで死ぬ。
シーツを思い切り抱え込み、ベッドの上でばたばた転がる。
「えっ!? 通話切ったじゃん!? 私、ちゃんと終わったと思ってたし!? 何!? 全部!? 聞いてたの!?!?!?」
『あーえっと』
おっ。
『可愛い声とえっちな水音とおもちゃの音くらいしか聞いてないよ』
「うわああああああああああああ!!!!!!!! 終わった!! 私の人生、ここで終了!!!」
枕に突っ伏して足をばたばたさせながら、頭を抱える。
「なんで!? 私、なんでこうなるの毎回!? バカなの!? 催眠に弱すぎなの!? というか、そーまがずるい!!」
『うん、まあ。そうだね』
「肯定すんなぁぁぁぁぁ!!!!」
そんな中、そーまの声が――少しだけ柔らかく、でも確実に刺さる調子で響く。
『……ところでさ』
「……なに」
またどうせ、ろくでもないやつだ。
『“ぶるぶるするやつ”は、前から持ってるの知ってたけど』
「……っ」
そ、それは……っ
前にそーまに見つかって、軽くからかわれたときの記憶が蘇る。
『吸うやつは、知らなかったな』
「っ……~~~~っ!!」
ぎゅううっと、しろまるの顔を抱えて押しつぶす。
「それは……先週……買ったのっ!!」
『へえ』
「へえ、じゃない!!」
ばっ! と顔を上げる。
怒ってるのに、涙目。視線がどこにも定まらない。
「つ、使ってみたけど……っ、し、刺激が……強すぎて、あんまり……使えてなかったの……っ」
声が段々しぼんでいく。
そして――
『そうなんだ。今日は使えてたね』
「お前のせいじゃぁああああああああああ!!!!!!」
しろまるを振り回して枕に叩きつける。
しろまる、本当にごめん。
なのに、そーまは止まらない。
『……気持ちよかったんだ?』
「~~~~っっっっ!!」
もう無理。顔から火が出てる。頭から煙も出そう。
「しっ、知らないっ……!! 知らないもん……!! ばかぁ……!!」
『でも、かわいかったよ』
「うるさいうるさいうるさい!! そういう問題じゃないでしょ!? だいたいさ!! 高野さんはいいの!?!?」
『うん。もうすぐ約束の時間だから切り上げるところだった』
「そんな直前まで何やってんのよ!!!!」
怒ってるはずなのに、どこか悔しくて、情けなくて。
涙じゃなくて、熱がにじむ。
なのに。
『ひまりの相手』
「っ……」
『ひまりは、満足できた?』
その一言で――また全部ひっくり返された。
胸の奥が、きゅうってなって。
言葉が詰まって、喉が鳴って。
しろまるをきゅっと抱きしめたまま、
私は声にならない声で、ぽつりと。
「……ばか……」
そしてそのまま、うつ伏せに崩れ落ちた。
そーまは、少しだけ間を置いて――
『もし満足してないなら』
「……ん?」
『おしっこすると、カラオケの時みたいにイっちゃうよ』
「――――は?」
顔が固まった。
空気が一気に凍りつく。
『家族にばれないようにね?』
「いつ!?!?!?!?!?」
跳ね起きた。
「ねえ、ちょっと!? いつそんなの入れた!?!? 私聞いてない!! おかしいでしょそれは!!!」
『今』
「ふざけんなああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
しろまるをぶんぶん振り回して、枕をもう一回全力で殴る。
「やってないって!! 今催眠やってない!! 暗示ってそういうもんじゃないでしょ!? ルール違反でしょ!?!?」
『催眠では僕がルールだから』
「やだあああああああああああ!!!!! 助けてえええええええええ!!!!」
絶叫して、布団にダイブ。
でも、笑ってる。
悔しいのに、悔しいのに、そーまにしてやられると、なんかもう……どうでもよくなってくる。
『ひまりが入ってると思っちゃったら、入っちゃうよね』
「もーーーーーーーっっ!! ほんっと最低!!!! 好きだけど最低!!!!!!」
しろまるにぎゅっと抱きついたまま、私はぐるぐるしてる頭で――
情けないことに、幸せを噛みしめていた。
「……うん」
……ないないない。ないでしょ、あれは。
絶対、効いてない。ぜったいに。
私、意識もあったし。
催眠状態とかいうやつじゃなかった。
「……あんなの、雑すぎるもん……」
ぶつぶつ言いながら、スリッパを履いてトイレへ向かう。
ドアを閉めて、カチッと鍵をかけて。
大丈夫。私は正気。
あんなのは、催眠とは言わない。
なんでもかんでも言えば通ると思うな。
私は――負けない。
「……ふぅー……」
深呼吸して、便座に座る。
大丈夫。ぜったい大丈夫。
落ち着いて、意識を集中して。
お腹に力を入れて――
「……え、あ」
……おしっこ。
おしっこは、さらさらのはずだ。
こんな、粘ついて、どろどろして、熱くて、甘くて、びりびりして、
気持ちよくて、気持ちよくて、すごいのは――
おかしい。おかしいおかしいおかしい。
でも、でも――
(あっ、出る――)
「や、っこれ……♡」
むり、と思っても、引っ込められない。
出る、ってなったら、出すしかなかった。
(だめ、これ、もうむり、出る、出る、出る――)
「……イ、くっ……!!」
――びゅる、びゅく、びゅっ、びゅるる……
「あっ出、っ、う、あ、あああぁあぁあぁあぁあ……♡」
便座の上で身体を震わせながら、
私は、また――信じられないくらい、とろけていた。