第04話:落ちる影
-1-
いくら冬とはいえ、昼間の街から人が消えることはない。
主婦やサラリーマン、そして若者達が街を賑わわせている。
そんな中を夕菜は歩いていた。
夕菜は全身から喜びを溢れさせ、自然、その足は速くなる。
その顔は仄かに紅く染まり、呼吸は僅かに乱れている。
そんな夕菜の頭の中では昨日の会話が繰り返されていた。
『ところで峰崎さん。明日の予定は大丈夫かな?』
「明日・・・・ですか?」
夕菜は頭の中で次の日の予定を広げる。明日は大学へ行く予定だ。
頭の中で天秤が作られ、片方の秤に大学の講義や研究室の研究がのせられる。
「なにか・・・あるんですか?」
『いやね、峰崎さんに会いたいなと思って・・・峰崎さんに見せたい物とかもあるし・・・・どうかな?』
耳へと伝わってくる統一郎の声。
もう片方に統一郎との逢瀬がのった瞬間に天秤は一気に傾いた。
「はい、大丈夫ですっ。私も統一郎さんに会いたいです」
『ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ。場所は唯さんの喫茶店。時間は午後一時でいいかな?』
「はい、わかりましたっ。じゃあ、明日。楽しみにしてます」
『うん、僕も楽しみだよ』
「ここ・・・・・だよね?」
夕菜は一つのドアの前で立ち止まっていた。
その店は周囲の建物と比べ、喫茶店という雰囲気があるものの、看板は出ていない。
この間は慌てていたため周囲を確認する余裕がなかったので、夕菜は目の前の建物が唯名の店なのか、いまいち自信が持てなかった。
しかし、他には喫茶店らしき建物は見あたらない。夕菜は意を決してはいることにした。
カランカラン。
ドアにつけられたベルが甲高い音を鳴らす。
カウンターの中できゅっきゅっとカップを拭いていた唯名が夕菜を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。
そして、夕菜も見覚えのある顔を見て、ほっと一息をついた。
「いらっしゃい。あら、夕菜さんじゃない。あの時以来来ないからちょっと寂しかったのよ」
「すいません、あまりこっちの方に来ないもので。今日は統一郎さんと待ち合わせなんです」
そう言って、夕菜はカウンター席へと座る。
「統さんと?」
「はい、午後一時にここでって」
見事な程にがらがらの店内。その店内を見渡して、夕菜は唯名へと言った。
「まだ・・・・来てないみたいですね」
時刻は十二時五十五分。待ち合わせの時間にはほんのちょっと早いが、来ていてもおかしくはない時間帯だ。
唯名は夕菜の言葉の裏に隠された思いに苦笑をしつつ、夕菜へと笑いかける。
「誰もいないものね・・・・やっぱり立地が悪いのかしら? それはそれとしても、統さんと待ち合わせ? だったら、ちょっと我慢した方がいいわよ。統さんって、かなり時間にルーズだから。十分や二十分じゃきかないわよ」
「ええ!? そうなんですか?」
「そうよ、自分で言うのも何なんだけど、ここって統さんのお気に入りの店みたいでね。統さんってば、よくここを待ち合わせに使うんだけど、それが一度も指定した時間に来たことがないのよ。二十分なんてまだ可愛い方で、酷い時には一時間以上待たされた人とかいるんだから」
カランカランとなるドア。
「おいおい、それは酷い言われようだなぁ」
店内に響き渡る声。その声の主は出入り口で開かれたドアを押さえながら苦笑していた。
唯名はその姿を見て、驚愕に目を見開かせた。
「えっ!? と、統さん・・・・統さんが時間通りに来てる!?」
目だけではなく、口も開いたままふさがらない。
そんな唯名を見て苦笑しながら、統一郎は夕菜の隣へと座った。
「まったく・・・・僕をなんだと思ってるんだい、唯さん」
「あら、本当の事じゃないですか。いつもお友達の方が愚痴を零していますよ」
「ったく、あいつら・・・・」
「それにしても、今日は驚きましたよ。統さんが時間ぴったりに来るなんて。夕菜さんの事を大事に思ってるんですね」
コトリと水の入ったグラスを二人に出しながら微笑む唯名。
夕菜はその言葉に紅くなるが、統一郎は慌てた様子もなく答えた。
「女性を待たせるなんて、男としてやってはいけないことだよ、唯さん」
「あ・・・・の・・・・・」
頬を紅く染めて、夕菜は声を出す。
もじもじと体をくねらせて、統一郎が本題にはいるのを待っていた。
「ああ、そうだ。峰崎さん。って、どうかしましたか? 顔が紅いようですが?」
「いえ・・・・・なん・・・・でも・・・・」
統一郎の問いに首を振る夕菜。自分の変化は夕菜自身にもよく分かっていなかった。
統一郎の姿を見た瞬間、どきんと胸が高鳴った。
ドクンドクンと胸が高らかに音を鳴らし、からからに喉が渇き始める。
じっとりと汗が滲みだしてきて、夕菜は股間が疼くのを感じていた。
『どんどん気持ちよくなってくる。もっともっと気持ちよくなりたい。オナニーをしてしまう』
夕菜の頭の隅で聞き覚えのない統一郎の声が再生されて響き渡る。
『電話を切った後でも君はいくらでもオナニーをしてしまう。だけど、いつまでたってもイク事は出来ない』
思い出せないその言葉。聞いたことのないはずの台詞。しかし、夕菜の頭の中でその言葉は再生され続ける。
『その興奮、その気持ちよさは朝になったら一時的に君の中へと隠れてしまう。だけど、明日、僕の姿を見たその瞬間に、その感覚は姿を現す』
ドクンドクンと胸が高鳴る。
股間が疼き、じわりと愛液が染み出してきている。
はあ・・・・はあ・・・・と呼吸が乱れ、顔は既に紅く染まっている。
誰が見ても分かるその変化に夕菜自身は気づいていなかった。
にやりと統一郎は笑みを浮かべる。
そして、一つの言葉を口にした。
「『夕菜の心、扉が開く』」
瞬間、夕菜の意識は沈んでいった。
「夕菜、聞こえるかい?」
「は・・・・い・・・・」
統一郎の問いに夕菜は答える。
その動きは酷く緩慢で、ゼンマイの切れかけたおもちゃのようにも見えた。
「君は今、深く深く、君の中へと沈んでいる。そこは君の中心だ。とても気持ちがいい。そこは君の中心なんだから、聞こえてくる言葉の全ては君の心の言葉。君が望んでいることなんだ。だから、たとえ、それがどんなことだとしても絶対にそうなる。表面上、どんなに嫌なことでも、それは君が望んだことなんだ」
「のぞんだ・・・・こと・・・・」
追従するように夕菜は言葉を繰り返す。その反応に統一郎はにやりと笑みを浮かべた。
「さあ、今から三つ数えると夕菜は目を覚ます。その時、この喫茶店は満席になっていて、夕菜は昨日の気持ちよさ、オナニーをした時に感じた気持ちよさ、そしてイッてしまいたいという欲求でいっぱいになる。どうしてもイキたい。一刻も早くイッてしまいたい。その思いで夕菜の頭の中は一杯になる。そして、イッたら、またこの気持ちいい所へと戻ってくることが出来る。今言ったことは目を覚ました後には覚えていないが、必ずそうなる」
そう言って、統一郎は三つ数えた。
パンと手が打ち鳴らされる。その音の後、夕菜の瞳がゆっくりと開かれた。
茫然と辺りを見回す。
そして、自分の中の劣情に気がついたかのようにきゅっと体を抱きすくめた。
「あ・・・・・う・・・・・・・」
「どうしたの、峰崎さん? 大丈夫?」
横から心配そうに声をかける統一郎。コクンと夕菜は頷き、体を抱きしめる力を強くする。
ハアハアと熱い物の混じった息を吐き、夕菜はブルブルと体を震わせる。
ドクンドクンと心臓は高鳴り、激しい量の血液が全身を駆け巡っていく。
ゴクンと夕菜は唾を飲み込んだ。
(イキ・・・・たい・・・・)
そんな思いが夕菜の思考を埋め尽くす。しかし、夕菜は手を動かすことができなかった。
ふらふらと目を泳がせて辺りを見回す。
そこには統一郎と夕菜、そして唯名以外には誰もいないが、夕菜の瞳にははっきりと店を埋め尽くす客の姿が見えていた。
その客達が一斉に夕菜を見ているように錯覚する。
(こんな・・・・・ひとが・・・・いっぱい・・・・なの・・・・に・・・・)
次から次へと夕菜の心が白く塗りつぶされていく。
延々と湧きだし続けている欲求が理性という名の堤を壊すのも時間の問題だった。
「大丈夫? 夕菜さん」
唯名も心配そうに夕菜を見る。しかし、その瞳はまるで娯楽を見るように楽しんでいた。
「く・・・・ぅ・・・・・・・」
夕菜の瞳が揺れる。その瞳は既に濡れていて、既に焦点が合わなくなってきていた。
「ふ・・・・・ぅ・・・ん・・・・・」
もぞりと夕菜の体が動く。敏感になった肌が服に擦れて、夕菜にじんわりとした快楽を与える。
ぴくっと夕菜の体が動く。与えられた快楽は夕菜に動きをもたらし、その動きが夕菜にさらなる快楽を与える。
ビクンと夕菜の体が動く。もぞもぞとあからさまにならないように快楽を求めていく。快楽は堤に亀裂を入れ、その決壊を早める。
「ぁ・・・・・ぅ・・・・くふ・・・ぅ・・・・」
じわりとショーツが濡れているのを感じる。次から次へと湧き上がってくる欲求にハアハアと呼吸が乱れた。
(イキたい・・・・気持ちよく・・・・・なりたい・・・・・)
艶めかしい吐息。熱気の籠もった吐息を吐きながら、夕菜の体がふらりと動く。
そろそろと体を抱きすくめた手が胸へと滑る。そして、服の上から胸を揉み上げた。
「ぅぁっ・・・・っ!」
ビクンと夕菜の体が大きく震える。
ゾクゾクとした快感がものすごい勢いで夕菜の神経を駆け上がっていった。
「・・・ぃぅぅっ・・・・っはぁ!」
ともすれば大きく仰け反ってしまいそうな快感が夕菜の体を突き抜ける。その衝撃に夕菜は肺の中の空気を吐ききった。
周りから見えないように服の下へと手を滑り込ませる。しかし、それは夕菜が思っているだけで、第三者から見ればオナニーをしている事、悶えている事は丸わかりだった。
「ハァ・・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・・・」
必死に酸素を取り込もうと呼吸を荒くする。しかし、自らの手によって与えられる快感に夕菜は酸素をはきだしてしまう。
「ぅぅぅぅぅっ・・・・・・・はぁぅっ・・・・・・・ぁぅっ」
ビクビクと体を震わせる夕菜。その肌は元々の白さと相まって桃色に染まり、その表面には珠のような汗が浮かんでいた。
もぞりと手が動く。
知り尽くしている自分の性感帯を刺激し、夕菜はビクンと体を震わせる。
「だめだ。夕菜はまだイク事が出来ない」
統一郎の言葉が夕菜の耳に滑り込む。
込み上げてきた感覚が途中で消えて、夕菜は悶えた。
ハアハアと息を漏らし、さらなる快感を求めていく。
片方の手で胸を揉み、もう片方の手はスカートの中へと滑り込んでいく。
ショーツに守られた自らの秘裂。既に愛液が湧きだしているそこをショーツの上から押しつけた。
じわりと濡れたショーツの感触が手と股間に拡がっていく。
ビクンと夕菜の体が震え。これから予想される快楽にゴクンと息を呑む。
そして、夕菜は再び指を動かしていった。
「ぁぁぅっ! ぁああぁあぁっ! ・・・・ふぁぁっ!」
さっきよりも大きい快楽の波が夕菜を襲い、さっきまでは辛くも我慢していた声があっさりと零れる。
その波は一気に夕菜の理性を塗りつぶし、堤を決壊させた。
「ああああっ!! はぁぁっ! うぁっ!」
ビクンビクンと夕菜の体が震える。
夕菜はなりふり構っていられないとばかりに大きく動く。
ショーツを膝まで脱ぎ、胸を押さえていたブラを外す。そして、晒け出された素肌に指を這わせていった。
「はあんっ! ふあぁっ! んんんっ!!」
指の這っていった部分から快楽が夕菜の脳へと伝わっていく。
その快楽に夕菜はビクビクと体を震わせて、大きく仰け反る。
そんな夕菜の姿を見て、唯名はくすりと笑った。
「あらあら、こんなになっちゃって・・・・。もう、周りも見えていないみたい。流石ですね、統一郎様」
そう言って、唯名も体をもじもじとさせる。夕菜の痴態に当てられていた。
誘うように媚びるように統一郎を見る唯名。そんな唯名の姿を一瞥し、統一郎はふんと鼻を鳴らした。
「藍。俺の許可なく発情するな」
そう言って、統一郎は唯名の返事を待たずに夕菜へと目を向ける。
夕菜は自慰とそれがもたらす快楽、そして絶頂への欲求に夢中になり、周囲の事は既に認識していなかった。
「ひぁぁぁっ!! ぁぁぁぁああっ!!」
大きな快楽が夕菜に打ち寄せ、そして、波が引くように消えて行く。
そして、また更に大きな波が夕菜へと打ち寄せる。
しかし、結局、その波は引いていくので、夕菜はいつまで立っても絶頂へと達する事ができない。
イキたい。
それだけが夕菜の頭の中を占める。
ビクンビクンと何度も体を震わせ、それでも夕菜は絶頂へと達する事が出来なかった。
「どうしてっ・・・・・どうっ・・・してぇっ・・・・!!」
怒りを叩きつけるように夕菜は言葉を吐き出す。
そんな夕菜を包み込むように統一郎は抱きしめた。
「気持ちよくイキたいかい?」
悪魔の囁きが夕菜の耳へと滑り込む。
統一郎からの問いに夕菜は間髪入れずに答えた。
「イキたいっ! イギだいでずぅっ!!!!」
振り向き、縋るように統一郎を見る夕菜。
その瞳の焦点は霞み、夕菜は目の前の相手が誰であるかを認識していなかった。
「分かった。じゃあ、立って・・・・」
にやりと笑い、統一郎は夕菜を立たせる。
そして、そっとその体を支えながら、店の奥へと誘導していく。その際にもじもじと体をくねらせる唯名に目をとめた。
ハアハアと熱い吐息を零し、唯名――藍は統一郎へと濡れた瞳を向ける。
媚びるような視線。その視線を統一郎はふんと振り払った。
「俺がここへ戻ってくるまでに治めておけ。まだ、夕菜の前でそんな姿を見せるな」
藍の返事を待たずに統一郎は店の奥へと夕菜を連れて行く。
パタンと閉じられたドアの向こうから「はいっ」という藍の嬉しそうな声が聞こえてきた。
ドアの先に広がっている廊下。その廊下を前回と同じように曲がっていく。
「さあ、一歩、一歩と進むたびに夕菜の体は更に気持ちよくなっていく。どんどん敏感になっていく。いくらでも気持ちよくなってしまう。だけど、決してイク事はできない。僕がいいと言うまで君は決してイク事が出来ない」
行く先は前回と同じ場所。
統一郎は前回と同じ部屋へと夕菜を連れ込む。
そして、ベッドの上にそっと座らせると、自分もその隣へと座った。
ハアハアと息を漏らし、くねくねと悶えるように体を動かす夕菜。
そんな夕菜の顎をくいと押し上げて、唇を重ねる。
「んんんっ!」
唇、そして歯の間から押し入ってくる舌の感触。そこから広がる快感に夕菜はビクビクと体を震わせる。
統一郎は悶える夕菜をそっとベッドに押し倒し、唇を合わせたまま夕菜の服を脱がしていく。
服が滑り、布が肌に擦れる感覚。今の夕菜はそれすらも快感に変えていく。
開かれたブラウス。その下にあるブラジャーを統一郎はぷつんと外す。その一つ一つの動作に夕菜はいちいち体を震わせていった。
統一郎はそっと唇を放す。
「ああ・・・・・っ」
感覚が途切れた事に夕菜は落胆の声を上げる。そして、恨めしそうな瞳で夕菜は統一郎を見た。
そんな夕菜に見せつけるように統一郎は服のボタンを外す。その下からは見事に引き締まった鍛え上げられた肉体が現れた。
無駄な脂肪は刮ぎ落とした、筋肉質の体。そして、力強く屹立した統一郎の肉棒。それを見て、夕菜は呼吸を荒くする。そして、統一郎に縋り付いた。
「イカせてっ! イカせてよぉっ!!!」
その様子に統一郎はくすりと笑うと、夕菜の胸を鷲掴み、ぐにぐにと動かしていく。そして、体を寄せるとスカートの上から夕菜の秘裂を肉棒で軽く突いた。
「ああぁっ!!」
ビクンと震える夕菜の体。その耳元に顔を寄せ、統一郎は囁いた。
「ほら、もっと気持ちよくなりたいだろう? イッてしまいたいだろう? 俺が気持ちよくしてやるよ」
統一郎は夕菜のスカートの中に手を差し込み、秘裂を守っているショーツへと手をかけた。
ビクンと夕菜の体が震える。ゴクンと唾を飲み込み、夕菜は僅かに腰を浮かせた。
ずるりとショーツが夕菜の肌を滑っていく。一気に下ろされたショーツはぐちょぐちょに濡れており、足首でくるくると巻き上げられていた。
統一郎は夕菜の足の間へと体を割り込ませ、夕菜のスカートをまくり上げた。
統一郎の前に露わになる夕菜の秘裂。そこに統一郎は膝を押し当てた。
「ひぁぅっ!」
ビクンと震える夕菜の体。秘裂からは愛液が零れだし、統一郎のズボンに染みこんでいく。
統一郎はにやりと笑うと夕菜の両足を持ち上げる。いちいち体を震わせる夕菜を無視し、足を開かせると、秘裂に肉棒を宛った。
「いくよ」
「はいぃっ!!」
夕菜の返答を待って、統一郎は腰を進める。その瞬間、夕菜の体が大きく震えた。
「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」
ずるりと言う感覚。体に押し入ってくる異物。そして、そこから広がっていく増幅された快感が夕菜の脳を灼いていく。
しかし、その快感は波が引くようにすぐに消えていく。統一郎が腰を動かす度に快感は夕菜の脳に打ち寄せ、そしてすぐに消えていく。
「あぁっ! ひぁぅっ! ぁぁぅっ!! くはぁっ!!」
統一郎の腰が動いていく度に夕菜は白目を剥き、口から泡を零す。
先程と同じ、否、規模の段違いの波が打ち寄せる中、統一郎の言葉に縛られた夕菜はまだイク事が出来ないでいた。
「ひぅっ! イカッ・・・せてっ!! イカせっ・・・・てぇっ!!」
泡を吹きながら、夕菜はその言葉を口にする。
統一郎はにクククと笑い、夕菜の中へと深く突き込んだ。
「さあ、イッていいぞ! 最高に気持ちよくなる。今までの分、一気にイッてしまう。それは最高の快感だ!!」
ドクッドクッと統一郎の肉棒が震えて、白濁液を夕菜の中へと注ぎ込む。
それと同時に夕菜の体が一際大きく震えた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
夕菜はベッドの上で大きく仰け反る。
『イッたら、またこの気持ちいい所へと戻ってくることが出来る』
先程、統一郎が言った言葉が夕菜の中で再生され、ガクンと糸が切れたように崩れ落ちた。
ずるりと統一郎は肉棒を引き抜き、夕菜の耳元で囁いていく。
「さあ、君はまたこの気持ちいいところへと戻ってきた。気分はどうだい?」
「気持ち・・・・・いい・・・・・」
「そう、とても気持ちいい。気持ちよくて何も考えられないね」
「・・・・きもち・・・・いい・・・」
夕菜の口から零れる言葉。その言葉を聞きながら統一郎は夕菜に指示を出していく。
「さあ、体を拭いて、服を着よう」
ぱさりと掛けられるタオル。そのタオルを手に取り、夕菜はのろのろと体を拭いていく。顔や腕、胸や足へとタオルが滑り、体に絡みついた汗や体液を拭い取っていく。
そして、一通り体を拭き終えるとのそのそと服を身につけていく。
夕菜が服を着終えたのを確認すると統一郎は夕菜に新たな指示をだした。
「さあ、立って―――君は歩く事が出来る。僕についておいで」
統一郎は夕菜の手を取り、部屋を出る。そして喫茶店へと連れて行き、カウンターの椅子に座らせる。
「さあ、僕の言葉をよく聞いて。ここは君の心の中。その中心。だから、聞こえてくる声は君の心。それが君にとっての真実になる。今日も君はこの喫茶店で僕と唯名と仲良く話した。それはとても楽しかった。今日はそれ以外には何にもなかった。だけど、先程感じた快感は君の心の奥底で覚えていて、僕の事を考えるとその快感を思い出す。どうしてそんなに気持ちよかったのかよく解らないけれども、とても気持ちいいと言う事だけ感じる」
「統一郎さん・・・・・唯名さん・・・・仲良く・・・・きもち・・・・いい」
「そう、今日も三人で話した。それ以外には何もない。それが真実だ。さあ立って。店を出て、扉が閉まると君は目を覚ます。詳しい内容は思い出せないが、僕と唯名と三人で仲良く楽しく話した事だけ覚えている。他の事は覚えていない。それ以外に何もなかったから当然だ。今言っている言葉も全て君の心の奥底にしまわれて思い出す事は出来ない。さあ、手を鳴らすと君は店を出て目が覚める」
統一郎は重ねて暗示をかけ、大音量で手を打ち鳴らした。
ビクンと震える夕菜の体。既に持たされているバッグを片手にふらふらと出入り口へと進んでいく。
扉が夕菜の手で開かれてカランとベルが乾いた音を鳴らした。
統一郎の言葉通り、夕菜は店の外へと出る。
パタンと閉じられる喫茶店の扉。その向こうの夕菜の姿が徐々に遠ざかっていくのを確認すると統一郎はちらりとカウンターを見る。
そこに夕菜を店内で覚醒させなかった理由が居た。
「統一郎様・・・・・私にもお情けを・・・・」
もじもじと体をくねらせて、誘うように、媚びるように全身から色気を発している唯名――藍。
ハアハアと熱い吐息を漏らし、統一郎へと濡れた瞳を向ける。
その痴態を冷めた目で眺め、フンと鼻を鳴らすと、統一郎は店から居住スペースへと消えていった。
-2-
「はぁ・・・・はぁ・・・・・」
夕菜の口から僅かに乱れた呼吸が漏れる。
洋介に気づかれないようにコクッと唾を飲み込む。
「うな・・・・・・ゆうな・・・・・」
耳の端に洋介の声が届く。しかし、耳がその声を拾っていても脳までは届かない。
もじもじと洋介の見えないところで足を摺り合わせる。
(ぁ・・・・・統一郎・・・・・さん・・・・・)
ぴくっと夕菜の体が震える。
統一郎の笑みが夕菜の脳裏に浮かび、その度に夕菜の体に何とも言えない感覚が走る。
「ん・・・・」
夕菜はじわりと自らの下着が濡れているのを感じた。
(統一郎・・・・さん・・・・)
夕菜の頭の中に統一郎の笑顔が浮かぶ。
心に統一郎への思いが拡がり、トクントクンと心臓が早まるのを夕菜は感じていた。
隣に洋介がいるというのに。
「夕菜っ!!」
耳元で出される声。その声は今度こそ夕菜の脳へと届いた。
「えっ!? あっ、ご、ごめんなさいっ!?」
「あ、いや、別に怒ってないから」
夕菜はすぐ隣にいる洋介に思わず頭を下げる。洋介も夕菜の突然の行動に面食らう。
「でもさ、夕菜。本当にどうしたの? 今日の夕菜、ぼうっとしてるって言うか、別な事を考えているって言うか。何か変だよ」
そんな洋介の言葉に夕菜はビクンと体を震わせる。
自分の考えている事、自分の体の変化を洋介に気づかれてしまったのではないかと恐怖を覚える。
そして、それ以上に洋介の事を裏切っているという事実に夕菜の心は震えていた。
(わたし・・・・・わたし・・・・・)
「ごめん・・・・・なさい・・・・・」
何とか口から言葉を押し出す。その言葉にはいろいろな意味が込められていたが、その意味に洋介は気づかない。
「だから、怒ってる訳じゃないんだよ。夕菜って無理をしてても、それを隠してそうだから、それが心配なんだ」
そっと夕菜を抱きしめる洋介。
夕菜は洋介に抱きしめられながら、統一郎の事を考えていた。
ぶるっと夕菜の体が震える。
それを感じ取った洋介はそっと夕菜から身を離した。
「あ・・・・・」
夕菜の声が漏れる。物欲しそうな眼。残念そうな声。そんな夕菜の態度に洋介は訝しげな目を向けた。
「夕菜、本当に大丈夫? やっぱり今日の夕菜は変だよ」
覗き込むように夕菜を眺め、洋介は夕菜の顔が赤い事に気がつく。そして、そっと夕菜の額に手を当てて、夕菜の体温が高い事に気がついた。
「夕菜、熱があるんじゃないか! 駄目だよ、ちゃんと寝てないと!」
そう言って、洋介は夕菜をベッドへと押しやっていく。
テキパキと夕菜をベッドに寝かしつけて、その額に濡れタオルをのせた。
「じゃあ、僕は帰るけど、夕菜はちゃんと寝て、体調を戻すんだよ」
「・・・・・・はい」
布団の中で夕菜が頷いたのを確認して、洋介は部屋を出て行く。
パタンと閉められたドア。そして、静寂が部屋を包む。
その中で夕菜はもぞもぞと体を動かした。
脳裏に浮かぶ統一郎の笑顔。じわじわと奥底から快感が込み上げてくる。
「あ・・・・ぁ・・・・ぅ・・・・・統一郎・・・・さん・・・」
のそりと布団の中から手を出し、枕元に置いてある携帯電話を手に取る。
ピ、ピ、とボタンを押し、電話帳に登録されているその番号を呼び出した。
数秒間続くコール音。そのコール音が途切れて渋い声が受話器から伝わってきた。
「はい、剣」
「統一郎さん・・・・!」
統一郎の声が受話器から聞こえてきた瞬間、夕菜の体がびくびくっと震えた。
じわりと秘裂から液体が溢れ出し、下着を湿らせていく。
内側から溢れてきた快感を逃がさないように体を丸めた。
ずるりと、濡れタオルが落ちる。
「あれ? 峰崎さん? どうしたのこんな時間に」
耳を通り、脳へと伝わってくる声。その声を脳が認識すると同時に内側からさらなる快感が溢れてくる。
「は、はい・・・・統一郎さんの声が・・・・・聞きたくて・・・・」
「へぇ・・・・そう言ってくれるとうれしいなぁ。峰崎さんみたいに若い人にそう言ってもらえるなんて光栄だよ」
統一郎の優しい言葉。その言葉を胸に納め、キュッと体を縮み込ませる。
トクン、トクンという心臓の音。その音を感じながら、夕菜は更に溢れてくる想いに気がついた。
(逢いたい・・・・・統一郎さん・・・・・)
脳裏に浮かぶ統一郎の笑顔。それを見たくてたまらなくなっていた。
「あ・・・・あの・・・・・・統一郎・・・・さん」
「ん・・・・なんだい?」
「その・・・・明日・・・・逢えませんか?」
二人の間に沈黙が横たわる。その沈黙の間、夕菜は心臓をドキドキとさせていた。
コクンと唾を飲む。
「ああ、ごめん。明日はちょっと用事があるんだ・・・・」
「そう・・・・・です・・・か・・・・」
その言葉に夕菜の気持ちは下降する。
露骨に出た声の調子に統一郎はクスッと笑い、言葉を続けた。
「だけど、今度の金曜日なら会えるんだけど、どう?」
「え・・・・・今度の・・・・金曜・・・・」
その言葉に夕菜の思考が止まる。
「どうかな?」
「は、はい! 大丈夫です!!」
再びの統一郎の問い。その問いに夕菜は反射的に答えた。
「そう、よかった。じゃあ、詳しい事はまた電話するから」
「はい、お休みなさい」
ピッと通話を切り、夕菜は携帯電話を元の位置に戻す。
そして、ぎゅっと体を抱きしめた。
「今度の・・・・金曜・・・・」
夕菜の口から声が漏れる。
「偶然・・・・だよね・・・・・」
僅かに声を漏らし、再び体を抱きしめる。
「統・・・・一・・・・郎・・・・さん」
その名前を口にする。それだけで体が震えた。
瞼を閉じるとそこに思い浮かんでくる統一郎の顔。それに併せて体の奥底から快感が湧きだしてくる。
ぶるっと体が震える。
夕菜はそっと自分の肌に触れていった。
指の触れた先から溢れてくる快感。その快感に体を踊らせていく。
ハアハアと荒い呼吸。そのままで夕菜は体の上に被さっていた布団をはいだ。
そっと服の上から胸を揉む。その瞬間から溢れてくる快感にビクンと体を震わせる。
「は・・・・ぁ・・・・・・っ」
ふにふにと手の中で形を変えていく胸。
溢れ出る快感に丸めた体が反っていく。
「統一郎・・・・・さんんぅっ!!」
脳裏には統一郎の笑顔。
夕菜の脳に快感が溢れ、びくびくっと体が震える。
しかし、それだけでは物足りない。
物足りない、物足りないと夕菜の脳が声を上げる。
「・・ふ・・・・・ぅ・・・・」
プチンとブラジャーを外し、セーターを脱いでいく。
セーターの下のシャツの更に下に手を差し込んでいく。
緩んだブラジャーを上に押し上げて、シャツの下で胸に直接触れる。
ビクン。
夕菜の指が肌に触れた瞬間、夕菜の体が大きく震えた。
「ぁ・・・・・ぅ・・・・・っ・・・・」
ビクッビクッと体を震わせながら夕菜は胸を転がしていく。
(統一郎さんっ、統一郎さんっ!)
「統一郎っ・・・・さんっ!!」
ピンと足を伸ばし、全身の筋肉を硬直させる。そして夕菜は更なる快感を求めて股間へと指を這わせていった。
つつ、としとどに濡れている下着に触れる。
その瞬間、夕菜の脳に激しい快感が走り、ビクンと体が震えた。
「あ・・・・はぁっ・・・・」
快感に朦朧とする意識の中、夕菜は下着に手をかける。
濡れて冷たくなった下着。それをそっと脱いでいく。
ねっちょりと下着と秘裂を繋ぐ糸が伸びていき、プチンと切れた。
そして秘裂へと夕菜は指を伸ばす。
「あ・・・くぅ・・・・」
夕菜の指が秘裂に触れた瞬間、ピクンと体が震えた。
クチュという音。
閉じられた秘裂をそっと押し開くと、その中からとろりと愛液が零れた。
つぷ。
指を一本、秘裂の中へと差し込んでいく。そして指で中を掻き回していく。
「あ・・・あ・あ・・・・統一郎さん・・・・・」
夕菜の頭には統一郎の笑顔が浮かぶ。その瞬間にきゅっと秘裂が締まった。
相対的に指の感覚を強く味わう。その感覚と家から込み上げてくる快感。その二つに挟まれて、夕菜の体が大きく震える。
「は・・・・ぁ・・・・・あっ!」
くにくにと指を動かす。それに併せて夕菜の体の震えの頻度、そして間隔が多く、短くなっていく。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ!」
荒く短くなる喘ぎ声。それにつられるようにして胸、そして秘裂の指の動きが速くなっていく。
ビクビクと震える体。それにとどめを刺すように夕菜はピンとクリトリスを弾いた。
「っ!!!」
夕菜は短く息を吸い込む。それと共に筋肉が一瞬にして収縮した。
硬直する夕菜の体。その一瞬後、呼気と共に全身の力、そして意識が抜け落ちていく。
(統・・・・一郎・・・・・さん)
意識が途切れる直前、夕菜の頭に浮かんでいたのは統一郎の顔だった。
-3-
木曜日、洋介は一人で街を走っていた。
その瞳には期待と焦りが浮かび、その表情には何を想像しているのか、笑みが浮かんでいる。
時間は既に八時が近い。
急がなければ店が閉まってしまうと言う思いが洋介を焦らせているのかもしれない。
この前、夕菜と歩いた商店街。その一角にある個人商店。
洋介はその扉を開いた。
「いらっしゃい」
こちらを見て微笑む老婆の優しい声が狭い店内に響き渡る。
洋介は店が開いていた事に安堵し、ふぅと息を漏らす。
そして、軽く息を整え、改めて店内を見渡した。
見ると、他に客の姿はなく洋介一人だ。
洋介を見る老婆の視線を受け流し、洋介は目的の物を手に取る。
先程から店に流れているBGM。その音源を手にした洋介は迷わずレジへともっていった。
「これ、ください」
そう言って、老婆の前へと先日夕菜と見つけたオルゴールを出す。
「あら」
老婆の瞳に驚きが走る。それは予想もしなかった物が目の前にあったからか。
じっと老婆を見る洋介。そんな洋介に向かい、老婆はすまなそうに瞳を伏せた。
「ごめんなさいね、これは売り物じゃないの」
「え・・・・でも・・・・」
言葉にならない思い。洋介はそれが置いてあった場所を示し、身振りでどうしてかを問う。
「ごめんなさいね。これはね、私の主人が私にくれた物なのよ」
「え・・・・・」
老婆の言葉。その言葉に洋介の勢いが途切れる。
そんな洋介を申し訳なさそうに見て、老婆は言葉を続ける。
「私の主人はね、こういうカラクリって言うのかしらね。そう言うのが好きな人だったのね。何か新しい仕掛けを思いつくと、一日中試行錯誤をしてしまう、子供のような人だったの。そんな主人がある日これを私にね。やるって。その前の日に一日中部屋に籠もっていたと思ったら、これを作っていたみたいなのよ」
その時の事を思い出したのか、老婆はふふっと上品に笑った。しかし、次の瞬間にはその笑顔は悲しみに沈み込んでいった。
「私は主人から結婚指輪もなにも、結婚式も挙げられなかった大変な時代だったから・・・・あの人が遺してくれたのはあの人の夢が詰まったこのお店とこのオルゴールだけなのよ。だから、申し訳ないのだけれどもこれはお売りする事は出来ないの。ごめんなさいね」
「いえ・・・・・・そう・・・・ですか・・・・・」
老婆の言葉を聞いて、洋介はふらりと出口へと向かった。
「あ、でも・・・・」
背中から聞こえてくる老婆の言葉。しかし、ふらふらとした足取りの洋介にはその言葉は届かなかった。
カラカラと引き戸を閉めて、洋介は外へと出る。しかし、その頭の中はどうしようという思いでいっぱいだった。
(どうしよう・・・・あんな所にあるんだし買える物だと思ってたのに・・・・)
確実に買える物だと思っていた洋介は次の候補を考えていなかった。
「馬鹿、夕菜の誕生日は明日じゃないか。こんな所でぼうっとしてるくらいなら、別な物を早く買わないと!」
(まだまだ街には人がいる。なら、まだ営業している店があるはず)
パンパンと自らの頬を叩き、洋介は商店街を走り出した。
しかし、そんな洋介の思いを嘲笑うかのように一軒、また一軒と商店街の店が閉じていく。
その様が洋介を更に焦らせていく。
(明日は買ってる暇なんてないのに!)
心の中で悪態をつく。
はっはっと息を切らせながら、人混みを縫っていく。
しかし、開いている店と言えば、飲食店にコンビニ、居酒屋などプレゼントなどとは無縁の場所。
商店街のどこを回ってもプレゼントを買えるような店など既に開いておらず、洋介は夕菜へのプレゼントを買う事が出来なかった。
「はぁ・・・・・」
失意にがくりと肩を落とし、ふらふらと洋介は街を歩く。
その姿は弱々しく、夜の街を行く人々に奇異の目で見られていく。
そんな目を気にせず、否、気にするだけの余裕などなく、洋介は後悔と動揺で一杯だった。
(明日は夕菜の家に行くだけでギリギリなのに・・・・・もっと早く買っておけばよかった)
そんな洋介の耳ににゃー、と間延びした鳴き声が聞こえた。
「ああ、よかった。やっと見つけられた」
続いて、優しい声。
「え・・・・・」
洋介が頭を上げると、そこに雑貨屋の老婆の姿があった。
「おばあさん・・・・・」
「慌てて飛び出していくんだから、人の話は最後まで聞きなさいって教わりませんでした?」
老婆はニコニコと笑いながら、洋介へと近づいていく。その足下では三毛猫が体を擦り寄せていた。
「さ、手を出して」
そう言って、老婆は洋介の手を取り、持っていた何かをそっと渡した。
硬い感触。老婆の手が離れた後、洋介の手には小さな四角の箱があった。
「これ・・・・」
「開けてみて」
老婆に言われるままに洋介は箱を開く。すると、キンコンと高い音で聞き覚えのあるメロディが流れ始める。
トロイメライだった。
「これ・・・・」
「あなたが慌てて飛び出していくものですから、渡しそびれてしまったの」
目を見開いて老婆を見る洋介に、老婆はふふと上品に笑った。
「先程のオルゴールは私の主人がくれた物って話したでしょう。これはあのオルゴールを見つけた人に差し上げている物なの。でもね、発見しただけじゃ見つけたかどうか分からないでしょ? ですから、帳場まで持ってきた方にだけお渡ししているんですよ」
だから、これはあなたの物よ。と老婆は再び洋介の手を握った。
「ところで、これはこの間のお嬢さんへと贈るのかしら?」
ふふっと、老婆はいたずらっ子のような笑みで洋介を見る。
その言葉を聞いた瞬間、ボッと洋介の顔が赤くなる。
そんな洋介の表情の変化にあらあらと老婆は笑った。
「それなら、綺麗に包んであげないといけませんねぇ」
いらっしゃいと老婆は洋介を促し、自らの店へと戻っていく。そんな流れに何も言う事が出来ず、洋介はただ老婆の後をついて行った。
「はい、できあがり」
数分後。洋介の手には綺麗にラッピングされたオルゴールがあった。
小さなオルゴールをぴったり合う箱に詰め、その箱を水色の紙で包む。そして、ピンク色のリボンで綺麗に蝶結びされたもの。
それを鞄に入れて洋介はお金を払っていない事に気がついた。
「あ、お金」
慌てて、鞄から財布を出そうとする洋介。その手を老婆は押し止めた。
そして、フルフルと首を振る。
「いいんですよ。そのオルゴールはあのオルゴールを見つけた人には無料で差し上げている物なんです。だから、お金は要りませんよ」
「え・・・・でも」
老婆の言葉に戸惑う洋介。そんな洋介に向かって、老婆はふふっと微笑んだ。
「それでしたら、今度あのお嬢さんともう一度来て下さい。お二人が結ばれたのかどうか私も気になりますから」
「はい・・・・・・ありがとうございました」
洋介は老婆にお辞儀をして、雑貨屋を出て行った。
ちらちらと雪が舞う街。
家路へとつく者。これから何処かへと行く者。仲良く寄り添うカップル達。それぞれの人の流れに混じり、洋介は駅へと向かい歩いていった。
< 続く >