第五話 狙いし者
「すていつ・・・・アメリカ?」
「はい。私はThe United States・・・日本ではアメリカ合衆国というのでしたね、アメリカで開発された合成人間です」
イヴは淡々と俺に告げる。
イヴの話によるとイヴはアメリカで作られて、その運用試験のためにここへ送り込まれ、担当者一人と二人暮らしをしているという。俺のように特殊な能力があるらしく、イヴの唾液を飲むと催眠状態へと落ちるらしい。
「そう・・・か」
合点がいった。それであの時、俺は意識を失ったのか。
しかし、そうなるとやはりイヴは組織とは関係ないことになる。
組織は俺を放っておくのか? いや、そんなわけはない。たとえ今はなんともなくても、近いうちに必ず、俺の始末に追っ手が現れるだろう。
それをどうにかしなければ、俺に本当の自由は来ない。
「Master?」
鈴のように綺麗な声。その声にイヴを見る。
イヴは心配そうな表情で俺を見上げていた。
「ああ、気にするな。・・・・・イヴ、お前はとりあえず俺との関係を知られないようにしろ。学校ではもちろん、家でも・・・イヴ、その担当者とやらを操ることはできるか?」
「私はまだ試験の段階なので警戒されていますが、Masterの命令であれば」
「そうか。なら、その担当者を洗脳し、本国に偽の報告をさせ続けろ」
「Yes,My Master」
俺の命令にイヴは無表情に頷いた。
数日後、俺は再び保健室で報告を受けていた。
その場には羽沢とイヴ。そして、手元には羽沢の調べた資料。
そこに新たな転入生の名前と顔写真が載っていた。
「また?」
「はい。またです。名前は小野 七緒(おの ななお)。アークスさんと同じように出自は不明です」
「また学校名がでっちあげだったのか?」
ちらりと略歴に目を落とす。そこにはいくつもの学校名が書かれていた。
「いえ、学校名は全て実在するものでした。しかし、その全てに在籍していたという記録がありませんでした」
「ふん・・・すべて・・・ね」
イヴの時とは違い、日本各地の学校名は全て本物。しかし、その全てに在籍していた記録はない・・・・
なるほど、組織の者の可能性が高い訳か。
「こいつはどこに配属されるんだ?」
「そうですね・・・・まだ決まってはいませんが、おそらくかずい様とは違うクラスになるでしょう。かずい様のクラスはかずい様にアークスさんとすでに二人も転入していますから」
羽沢の答えにそうかと零す。
組織は俺のことを既に見つけたのか?
いや、だったら直接俺を襲ってくるか・・・・やはり未だ見つかっていないと考えるべきか。
だが、もしも、この小野とやらが組織の追手だとしたら見つかるのも時間の問題。直ぐにでも罠にかけないとならないだろう。
白だろうと黒だろうとそれで問題はない。
そう結論づけるとイヴを見る。
「イヴ、お前の方はどうだ?」
「はい。Dr.Arisaを洗脳することに成功しました。これでしばらく本国の機関をだますことができます。しかし、私の試用期間がありますので、試用期間が過ぎますと私は本国へと強制送還されます」
「所詮は末端か・・・・」
俺の呟きにこくんとイヴは頷く。
そうなると、イヴをあまり当てにはできない。
早めに自由を確立しなければならない・・・・か。
「よし、とりあえず、小野 七緒を罠にかける」
数日後、小野 七緒は転入してきた。羽沢の予想通り俺やイヴとは違うクラスへと配属された。
初日にちらりと覗いたが、教室の外からだったのと、クラス中の生徒に質問攻めにあっていたので、小野が組織の者かどうかは確認ができなかった。
イヴの時と同じ手を使い、保健室へ呼び出す。
既に汗を振りまき、加湿器に俺の体液を混ぜる。これで誰が相手だろうと問題はない。
保健室は羽沢とイヴ。俺はカーテンを閉じてベッドに隠れる。
「失礼します」
その数分後、保健室のドアが開き小野が入ってくる。
「いらっしゃい、小野さん」
「何のご用でしょうか?」
「ええ、ちょっと身体測定をしたいのよ。そこにいるアークスさんも転校してきたばっかりでまだ身体測定をしていなかったから一緒にね」
「・・・・はい」
「じゃ、そこに服を脱いで。ああ、そこの使われてるベッドは気にしないで、ちゃんと見えないように仕切りを作るから安心して大丈夫よ」
ガタガタと何かをたてつける音、そして、しゅるしゅるという衣擦れの音が保健室に響く。ここからは見えないし、見る気も起こらないが、おそらくカーテンと仕切りの向こう側では男子学生が夢にまで見るパラダイスが繰り広げられていることであろう。
「あら、小野さんって意外と着痩せするタイプなのね。こんなにあるとは思わなかったわ」
「先生、それセクハラですよ」
「まあいいじゃないの。ここには私たちしかいないんだから」
「・・・・」
「アークスさんは見た目通り凄いわね」
「・・・・・」
「アークスさんは反応が薄いから、からかい甲斐がないわねぇ。まあいいわ、小野さんそこにのって」
「はい」
「169センチっと、女の子にしては大きいわね小野さん」
「それほどでもないですよ」
「じゃあ、アークスさん。今度はあなたの番よ」
「は・・・い・・・・」
「んふ・・・・アークスさんは160センチ・・・じゃあ、次は胸囲・・・・アークスさん・・・・バンザイ・・して」
「は・・・・・・い・・・・・ふぅ・・・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・もう・・・・だめ・・・・・アークスさん・・・・・」
「ん・・・・・あ・・・・・せん・・・せい・・・・・」
「先生? どうしたんですか? ちょっとあなたも、どうしたの!」
「んはぁ・・・ほしいの・・・・男のあれが・・・・ほしいの・・・・」
「先生、先生! しっかりしてくださいっ!!」
ん? まて・・・・効いていないのか?
「ああっ、もっと、もっとぉ・・・・」
「Ahaaaaaa!!!」
「これは・・・・まさか・・・・・」
あたりか?
「実験体No.0069!! そこにいるのはお前だな!! 隠れてないで出てこい!!」
保健室に小野の声が響き渡る。
あたりだ。俺はカーテンを開き、姿を見せる。
小野は下着姿のまま。俺を見据えて仁王立ちをしている。
「追っ手か。お前は何者だ」
「私は実験体No.0070。この意味わかるでしょう?」
小野、いやNo.0070は言ってぺろりと指を舐める。
「ほしいぃ・・・気持ちよくしてぇ・・・・・んっ」
なめくじのように床を這い、すがりつく羽沢の口に0070は指をつっこむ。
陶酔したように羽沢は0070の指を何度も舐め、そして崩れる。
「・・・連番ナンバー。偶数ナンバーは奇数ナンバーの抑止力として開発される」
俺の返答に満足したのか、0070はにやりと笑みを深くする。
「そう、解毒薬のない毒を開発する者なんていない。人は常に自らが危険に晒された時のことを考える」
0070は俺を見据えながら歩き、入り口のドアの鍵をかける。窓は最初から鍵をかけてあったので、これでここは密室となる。
「連番の偶数ナンバーはその前の奇数ナンバーが問題を起こした時に対処するために開発される。故に偶数ナンバーは奇数ナンバーの特殊能力を無効化できる」
一歩、また一歩と0070は俺に近づく。対して、俺はじりじりと後ろに下がる。
しかし、保健室はそんなに広いところではない。直ぐに窓に行き着いてしまった。
「学生間での情報を集めるために入ったここにまさかお前がいるとは思ってなかったけど、僥倖とはこのことね」
一歩。そして0070は立ち止まる。
距離にして1メートル。ちょっと手を伸ばせば届くその位置に0070は立っていた。
「奇数ナンバーで何らかのトラブルが起こらない限り、私たち偶数ナンバーが起動されることはない」
にやりと0070は笑う。その笑みは目上から見下すように作られたものだった。
「ありがとう。私を外に出してくれて。そして、さようなら」
最後の距離を縮める。しかし、俺にはまだ奥の手が残されていた。
「Hwwwwwww!!」
イヴが呻き、0070へとすがりつく。不意をつかれた0070がイヴを見た時にはイヴの顔が目の前にあった。
「m・・・・」
イヴが0070へ口づけをする。ぎゅっと0070の体を抱きしめ、引きはがされないように密着する。
「んんっっ!!」
0070はイヴを引きはがすのを諦め、自分から舌を伸ばす。こちらを監視しながらイヴの発情を収めようと言うのだろう。
だが―――
ふらりと0070の体がよろめく。
0070はイヴの発情を収めるために唾液を流し込み、そしてイヴの唾液をたっぷりと飲み込んだ。
二人の体から力が抜けて、0070は自分に何が起こったのかを理解する前に崩れ落ちた。
「ふん・・・・連番ナンバーだったとはな。イヴがいなかったら終わりだったな」
足でイヴを0070から引きはがす。
0070は瞼と口を開いたまま、放心状態のように惚けていた。
「0070、聞こえるか? 聞こえたら返事をしろ」
「・・・・はい」
0070の口から微かに声が漏れる。
「よし、質問に答えろ。組織は俺の行方をどこまで掴んでいる?」
「そんなに多くは・・・ただ、この街で0069を見たという情報があっただけ・・・」
ということはそこまで来ているものの、決定的に俺を見つけたという証拠はまだない訳か。
「お前はこの学校では俺を意識することができなくなる。どんなことがあっても俺がNo.0069だとわからない。そして、組織には偽の情報を流す。お前もその情報は真実だと思い込むから何とも思わない」
犯しても、こいつには意味がないからな。
「さあ、目を覚ませ。今言ったことは必ず実行するんだ」
中空を見ていた0070の瞳孔が閉じて焦点が合わさる。
二、三瞬きをして、起きあがる。
ぶんぶんと頭を振り、状況の把握を行っていた。
「おい」
声をかける。その声に反応し0070は俺を見上げた。
沈黙の数秒。そして、思い出したかのように自分の体と俺を何度も見比べる。
「きゃああああああっ!!!」
そして、唐突に悲鳴を上げた。
「何見てんのよーっ!! 出てけぇーーーーーーーっ!!!」
手当たり次第にひっつかみ、俺へ向けてものを投げる。ブラウス、スカート、ペン立て、ファイルなどが次々と飛んでくる。
怒濤のような投擲。その勢いに押され、0070の手が薬瓶にまで達したのを見た瞬間、たまらず保健室の外へ出た。
バンと勢いよくドアを閉じる。中から0070がぎゃあぎゃあ叫んでいる声が聞こえていたが、それも時間と共に消えていった。
ドアに寄りかかるように座る。廊下を歩く生徒や教師はそんな俺に奇異の目を向けてくるが、曖昧な笑みでそれをごまかす。
どれだけ経っただろう。10分以上はそうしていたかもしれない。
不意にがちゃりとドアが開いた。なくなる背中の感触。振り向くと、そこには0070が立っていた。
「ちょっと、通れないんだけど」
さっきのことを思い出したのだろうか。頬を赤くしながらも責めるような表情で俺を見る。
俺は立ち上がり、道を譲ると0070を見る。
さっきの暗示は効いているのだろうか?
「おい」
「なによ。さっきのことは謝るつもりなんかないからね」
じっと俺を睨む0070。
そんなことはどうでもいい。
「お前、俺のことを知らないのか?」
「なによそれ。自意識過剰? あんたなんか知るわけないでしょ?」
ふんと息を鳴らし、全身で怒りを表して0070は歩いていった。
< 続く >