澱 ~紗依の場合~(前編)

~ 紗依の場合(前編) ~

「あなたは深く沈む・・・どんどん沈む・・・もう僕の声しか聞こえない・・・」
ゆったりと浮かんでいるあたしにその声が届き、水の上から沈んでいく。
水の中に沈んでいるのに息苦しくなく、むしろ心地よさが広がっている。
きもち・・・・いい・・・
静かに広がっていく心地よさに何も考えられなくなる。
いや、考えるという煩わしさを自ら拒否している。
「ほら、あなたは底まで沈んだ。何も考えられない。必要なことは僕が教えてあげる。あなたは何も考えなくて良い・・・」
電車の中で眠っているというか、何とも言えない気怠さの中、あたしの頭に誰かの声だけが響いていた。

「紗依ーっ、今夜遊ばない?」
廊下を歩いていくショートカットの少女に向かって、友達と思しき少女が話しかける。
「ごめん、今日はだめなんだ」
ショートカットの少女――秋津 紗依(あきつ さより)は振り向くとばつの悪そうな笑顔を返すと、友達と思しき少女に謝った。
「え~っ、だめなのぉ?この間もだめだったじゃ~ん」
友達と思しき少女はぷーっと頬を膨らませて怒るが、紗依の心は揺るがない。
「ごめんね、今度付き合ってあげるから」
紗依は少女に謝ると、そのまま帰っていってしまった。

あたしは家に帰ると、制服を脱いで着替える。
スカートは嫌いだ。
足は冷えるし、いちいち下着を気にしてしまう。
それならば、ズボンをはいていた方がいいので私服の時は常にズボンをはくように心がけている。
着替えると、部屋の端に立てかけてあるバイオリンケースをひっつかむ。
準備はOK・
あたしは母さんに出る事を告げて、家を飛び出した。

夜中だというのに人が溢れている。
目的の所に辿り着くと辺りには既に沢山の大道芸人が集まっていた。
ダンスに弾き語り、ジャグリングなど実に様々な大道芸人がそろっていた。
実際に実力のある者、無い者、目立つためにやっている者、自らの修行のためにやっている者。
色々いるが、実力がない者の周りにはまったく観衆が寄ってこない。
実力がはっきりと目に見えるのだ。
負けない。
あたしは手に持ったバイオリンケースを開くと、バイオリンを取り出した。
調音をして、自分の前に開いたバイオリンケースを置くと物静かに演奏を始めた。

男はぶらぶらと歩いていた。
何をやるわけでもなく、ただ歩いていた。
やることをやらなくても勝手にやってくれる人がいる。
そんな存在が男を自堕落にさせていた。
そして男は街をぶらぶらと歩いていた。
ただやることもなく。
ふと、一人の少女が男の目に留まった。
その少女は男の目に眩しく映った。
自分とは違う眼。
男はその眼を壊してみたくなった。

一曲弾き終えると、辺りに拍手が響く。
チャリン、チャリンと音がして、硬貨が投げ込まれていった。
初めは皆、ストリートでバイオリンなどと奇異の目で見ていたが、段々と引き込んでいけたと思う。
誰がなんと言おうと、バイオリンケースに投げ込まれた硬貨がその結果だ。
何も金目当てではないが、こうやったほうが実際どれだけの人があたしを認めてくれているかの目安になるのでやっている。
あたしはぺこりと頭を下げると、もう一曲弾こうとバイオリンを構えた。
その時、
「おい、誰の許可を得てここで演奏してるんだ?」
柄の悪そうな兄ちゃん達がイチャモンを付けてきた。
彼らに見覚えはある。
たしか、この辺りで適当にギターやベースやらを弾いている男達だ。
お世辞にも演奏とは言えない騒音を辺りにまき散らせては周りの人から金を巻き上げてる大道芸人にあるまじき連中。
暴力にモノを言わせて、自分らの周りから他の大道芸人を追っ払うのでも有名だ。
早く、警察に取り締まって欲しい連中だった。
「ここは俺らが演奏する場所だ。後から来て取ってんじゃねーよ」
連中の一人があたしに言う。
びびって逃げていくだろうと、完全にあたしを見下していた。
だけど、そうはいかない。
いつもはどうか知らないけど、今日はあたしが先に来ていたのだ。
「あとからって、今日はあたしが先に来てたの。あんた達の方こそ後から来て取ろうとしてるんじゃないの」
「そうだ、そうだーっ!」
「お前らこそ、後から来て取ってんじゃねーよ!!」
あたしの言葉に乗じて野次馬がその名の通り野次を飛ばす。
「うっせーんだよ!」
しかし、野次は男達の一睨みで霧散した。
人間誰も好んで傷つこうなんて思わない。
それが自分に関係ないことなら尚更だ。
「何見てんだよ。さっさと去りやがれ!!」
男達の一喝であたしの演奏を聴いていた人々は一斉に逃げ出していった。
「さて・・・」
男がこちらに向き直る。
あたしは全身に力を込める。
「どいてもらおうか?」
男達が再び凄んだ。
その時
「ちょっと待って下さい」
どこからか男性が一人、あたし達の間に割って入った。
その男性はどこかつかみ所が無く、飄々としているというのがあたしの第一印象だ。
「ああ?なんだてめえは!」
「痛ぇ目にあいたくなければさっさとうせな!」
男達が男性に凄む。
しかし、男性はそれを軽く受け流して、ニコニコと笑っていた。
「何笑ってんだよ!!」
男は男性に向かって拳をくりだす。
おそらく、男の方は喧嘩の経験がかなりあるのだろう。
自信を持って繰り出された一撃だ。
「ぐわっ」
だが、男性はその一撃を軽くいなすと逆に男の方を吹っ飛ばしてしまった。
「・・・・・・」
予想もしなかった事に声が出ない。
誰がどう見ても、男性は殴り倒されると思っていたのに逆に男性が男を倒してしまった。
仲間がやられたのを見て、男達は焦りだした。
自分達と相手の実力差を見いだしてしまったのだろうか?
「憶えてろよ!」
男達は白目をむいている仲間を抱え上げると、お決まりの文句を言って逃げていった。
それを見届けた後、男性はあたしの方を振り向いた。
やはり、どこから見ても平凡な顔でしかない。
「大丈夫?」
優しげにかけられる問いかけにあたしは何度も頷いた。
それをみて男性はフッと笑う。
それだけなのにとんでもなく恥ずかしかった。

「どう?」
あたしの隣で男性が笑っている。
あたしの目の前にはカクテルが並んでいる。
「あ、あたし、未成年なんで・・・」
あたしは悪いと思いながらも断った。
せっかく誘ってもらったのに・・・
男性は大して気にしたようではなく、笑ってカクテルを飲んでいた。
あたしはその様子にちょっと安心した。
「そういえばさ、君の演奏楽しかったよ。ストリートでバイオリンなんて初めて見た」
「ありがとう、そう言って貰えるとこっちも嬉しい」
男性の笑顔にあたしも笑顔で応える。
「でも、何でバイオリンなの?」
またか。
あたしとストリートで出会った人間はいつも聞いてくる。
『何故』バイオリンなのか?
確かにストリートではバイオリンのようなクラシック楽器よりギターなどのバンド楽器の方がよく使われている。
それこそ『何故』なんだろう?
あたしが考えるにそれは一般人におけるイメージみたいなモノなのではないだろうか?
オーケストラやクラシックは固い感じ、それに対してバンドやジャズ、ポップなどは軽い感じと世間に感じられているのではないか?
そんなことを考えてみて、何故、周りはバンドなのだろうと考えた。
人真似。
いきなりそんなことが思い浮かんだ。
実際にバンドをやっている人には失礼な話だが、あたしにはそう言う風に見えてしまう。
だからこそ、他の人もそう思ってしまうんじゃないだろうかとあたしも思っている。
などと色々考えたこともあったが、結局あたしがバイオリンを選んだ理由はいや、あたしがストリートへとでた理由はただ単に自分の実力を試したかっただけだ。
親に強制されたわけでもなく、また吹奏楽部に入っているわけでもない。
ただ、本当にただ何となくで始めたバイオリンだった。
それなりに弾けるようになって、自分の音楽がどれだけみんなに認められるんだろうそれが気になってストリートへでたのがきっかけだった。
しかし、本当にそれはきっかけだった。
ストリートへでてみると、色んな人と知り合って、楽しくて、今の自分がいる・・・
そんなことを男性へと話した。
男性はうんうんと笑いながら頷くと、再びクイッとグラスを傾けた。
「へぇー、そうだったんだぁ。面白い考え方をする人だなぁ」
うんうんと頷きながらしきりに感心している。
面白い人だな、とこっちも思った。
こんな話は初対面の人にはしないのに、気が付いたら喋っていた。
なんて言うか、聞き上手なんだと思う。
この人の雰囲気に押されて、ドンドンと喋ってしまう。
結果的に、あたしは日頃の鬱憤まで喋ってしまっていた。
周りのバンド連中から見られている眼。
目立とうとしてると言う誤解。
さっきの様な嫌がらせ。
気にしてないと言えば嘘になる。
だけど、出来るだけ気にしないようにしてきた。
「気にならないように出来るよ」
不意に男性が言った。
「本当ですか?」
「ああ、要は集中の深さの問題さ」
男性は身体ごとあたしの方を向く。
「ええっと・・・」
男性が何か言いかけて口ごもる。
ふと、まだ名乗っていなかったことを思い出した。
「紗依です。秋津 紗依」
「紗依ちゃんか、いい名前だね」
男性はにこやかに笑って続ける。
「紗依ちゃんは自分が演奏してない時やしてる時でも周りのことが気になって仕方ないんでしょ?それはそれで周囲に気を配っている証拠なんだけど、ひとつに集中できてないんだよ」
う~ん、集中か・・・・
「そんな難しく考えること無いよ。集中なんてすぐに出来るから」
男性は簡単そうにいう。
「催眠術って、知ってる?」
男性はあたしの眼をしっかりと見据えて聞いてきた。

「ほーら、手がくっついて離れない。どんなに力を込めて離そうとしても絶対に離れない」
「あれ?あれれ?」
あたしの手は男性に言われたとおり、ピッタリとくっついてしまった。
どんなに力を込めても離れない。
男性があたしの片手を持ちぶんぶんと振り回すが、やっぱり離れない。
「はい、もう手は離れますよ」
しっかりと組まれた手をあたしが何がなんでも離そうと力を込めていると、男性はあたしの手をぽんぽんと叩く。
すると今までなんで離れなかったのか、あたしの手は簡単に離れた。
「え、うそ?」
「今度はこうやって、人差し指だけ離して」
男性はあたしの両手を組ませ、両方の人差し指だけを離した。
そして、すぐに言葉をかける。
「だんだんだんだん、指がくっついてくるよ。ほーら、近づいてくる、近づいてくる・・・」
じょじょに指が近づいていき、人差し指はひっついてしまった。
「なんで?勝手に指が・・・」
「はい、もう一度」
男性はもう一度あたしの指を開いた。
あたしがどんなにがんばっても人差し指は徐々に近づいていき、やはりくっついてしまった。
「え、どうして?」
何度やっても、どんなにくっつかないように頑張っても、指がくっついてしまう。
ボゥッ
男性がライターをつける。
ジッポータイプで一度つけたら、なかなか消えないものだった。
「さぁ、この火をじっと見つめて・・・」
言われるがまま、揺らめく炎をじっと見つめる。
男性はライターを左右に動かしていく。
「ほら、君はこのライターと同じようにゆらゆらと左右に揺れる。揺れる、揺れる、ゆらゆら揺れる・・・」
あたしは左右に揺れるライターの炎を追っていく。
炎が眩しいので何度も瞬きする。
「ほーら、だんだん瞼が重くなってきました。瞼が重い、瞼が重い・・・眼を開けているのが辛くなってきましたね」
あたしを強い眠気が襲い、段々眼を開けているのが辛くなってきた。
凄く・・・眠い・・・・
スッと男性があたしの瞼を下ろしてくれた。
「さあ、君は目を開けることは出来なくなった。でも、大丈夫。僕の声が聞こえる限り、安心できる。ずっと、僕の声を聞いていたい・・・」
その言葉を聞くだけで安心できる。
「これから、僕が手を叩くとあなたの身体は左右に揺れる。怖いことは何もない・・・僕の声を聞いているだけで安心できる」
パンッ
その音が聞こえると、あたしは音楽室にいた。
一定の間隔で揺れるメトロノーム。
あたしはじっと、メトロノームを見ていた。
カチ、カチ、カチ、カチ
昔から、メトロノームを見ていて飽きることはなかった。
ずっと同じ感覚で動く永久機関。
何で動いているのかそれはいまだわからないが、一定の間隔で動いているメトロノームを見ているとそのリズムからどんな音楽が出来るのか楽しみでならなかった。
「もう一度手を叩くと、今度は前後に揺れますよ」
パンッ
メトロノームがリズムを変える。
カチカチカチカチ・・・・・
そのリズムに合わせて、手拍子をする。
それだけで楽しかった。
このリズムに誰が、どんな伴奏をつけるのか、それを想像するのも楽しかった。
「さあ、もう一度手を叩くと、身体の揺れは収まりますよ。そして、深く沈んでいきます」
パンッ
ピタッとメトロノームが止まる。
いつの間にか、目の前に男性が立っていた。
ここは音楽室。
あたしだけの世界のはずなのに、歳はおろか、学校も違うはずなのに、目の前にはあたしと同じ学校の制服を着た男性が立っていた。
男性いや少年はメトロノームを止めていた。
そして、少年はあたしに手をさしのべる。
「さあ、一緒に行こう。大丈夫、何もこわくなんか無いよ」
なぜか、その少年の言葉は真実に思えた。
あたしが少年の手を取ると、辺りが急に暗くなった。
漆黒の闇。
何も見えない、聞こえない。
ただ、少年の手の感触だけがあたしに与えられる情報だった。
その手は離れそうになっては近づき、くっついては離れそうになる。
それが無くなるのは怖い。
「ほーら、だいじょうぶ。僕と一緒にいれば何も怖くないよ・・・一緒に行こう。どこへ行こうとも僕と一緒なら何も怖くない」
この手を掴んでいるとあたしの中から恐怖が霧散する。
何も怖くない。
この手を離さなければ、ずっとこんな気持ちで入れる。
あたしはこの手を放すまいと必死に掴んでいた。

どれだけ歩いただろう。
少年の声と手に導かれ、真っ暗な道を歩いた。
この人と一緒なら怖くない。
だから、この人があたしをどこへ連れていこうと気にもならなかった。
「さあ、ここに横になって・・・」
導かれるまま、あたしは横になった。
「ここは湖・・・塩湖です。あなたは水面に浮かんでいます。空は青く、辺りは太陽の光に溢れています・・・」
浮かんでいる・・・・
ゆらゆらと水面に浮かんでいる。
穏やかな波があたしに打ち寄せて、水面にあわせて身体が上下している。
波にあわせて気持ちも穏やかに静かになっていく。
とても静かで上を吹く風の音も聞こえてくる気がする。
「さあ、ゆっくり目を閉じて・・・」
あの人の声が聞こえる・・・この声に従っていればずっとこんな気持ちでいられる・・・
あたしはゆっくりと目を閉じた。
目を閉じても怖いことは何もなく、穏やかな気持ちがあたしを包んでいた。
「あなたは深く沈む・・・どんどん沈む・・・もう僕の声しか聞こえない・・・」
ゆったりと浮かんでいるあたしにその声が届き、水の上から沈んでいく。
水の中に沈んでいるのに息苦しくなく、むしろ心地よさが広がっている。
きもち・・・・いい・・・
静かに広がっていく心地よさに何も考えられなくなる。
いや、考えるという煩わしさを自ら拒否している。
「ほら、あなたは底まで沈んだ。何も考えられない。必要なことは僕が教えてあげる。あなたは何も考えなくて良い・・・」
電車の中で眠っているというか、何とも言えない気怠さの中、あたしの頭に誰かの声だけが響いていた。
「さあ、空を見上げて・・・・」
言われるがまま、空を見上げる。
水というフィルタを通して見る空は不思議だった。
「綺麗・・・」
思わず呟いた。
「何が見える?」
「光・・・・ゆらゆらと揺れる光。太陽の光なのにそんなに眩しくない・・・それに辺りは暗い・・・太陽の光が段々と弱くなって・・・それがわかる・・・とても綺麗」
「いい答えだ。じゃあ、そのまま空を眺めていよう」
「うん」
あたしは頷き、空を見続けた。
その微細な変化も見逃さず、じっと眺めていた。
「さあ、じっと見つめて・・・君はじっと見続ければいい・・・何も考えられない・・・何も考えなくていい・・・・必要なことは僕が教えるよ。だからなにも考えなくていい・・・きみは湖面を見ていればいい・・・」
湖面はゆらゆらと揺れ、乱反射する光があたしの眼に様々な色を届けてくれる。
「いいかい?君は僕のことが大好きだ」
赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫
「ここは学校の音楽室」
とても綺麗で心地いい・・・
「今日は君が僕に告白するために音楽室に呼び出したんだ」
ずっとこのままでいたくなる・・・
「とても恥ずかしいけど、勇気を出して告白をするんだ」
あたしと周りの境界線があやふやになる。
「そう、告白。君にとって僕はとても愛おしく、大好きな存在だ。絶対に僕に嫌われたくない、僕に嫌われたら君は闇に取り込まれ落ちていってしまう・・・」
あたしは海・・・・あたしは水・・・・
「これから五つ数えると君は気持ちよく目が覚める。君が眠っている間に僕が言ったことは忘れてしまう。だけど、僕が言ったことは本当になる。絶対に実行する」
この湖の全ての変化を感じられる・・・・
「1」
湖にあの人の声が響く。
「2」
その声に呼応して、湖に散らばったあたしがひとつに集中する。
「3」
朧だった境界線がはっきりとしてあたしの身体を形作る。
「4」
湖の底から水面へと向かって浮上していく。
「5」
あたしはぱっちりと目を覚ました。
「ん?」
目の前に大好きな彼がいた。
疑問の光を宿した瞳をあたしに投げかけてくる。
あたしは恥ずかしくなって慌てて顔を背けた。
顔が熱い。
恥ずかしい。
鼓動がはやくなる。
それで思い出した。
ここは放課後の音楽室。
テスト前で部活がないので彼を呼びだしたんだ。
大切な話をするために。
「どうしたの?」
あたしの顔を覗き込んでくる。
意を決して、彼の顔を見た。
彼はあたしの表情から真剣な話だと察したのだろうか、あたしを真剣な眼で見た。
とても恥ずかしいけど、でも逃げてはいられない。
この人に嫌われたら、あたしは死んでしまうかも知れない。
だから、この人に嫌われないようにしなければならない。
「あのね、言わなければならないことがあるの。いえ、言いたいことがあるの」
あたしは居住まいを正し、彼を見据える。
「あたし、あなたが好き。大好きなの」
言った。
彼は驚いたような顔をしていたが、すぐに察したようだ。
「あ、あのっ、返事はすぐでなくていいからっ」
彼の口が開くのを遮るようにあたしはさらに言葉を重ねる。
答えを聞くのが怖い。
いや、答えがノーだったときが怖い。
あたしはそのままその場から逃げ出そうとした。
「それで?」
彼の声があたしの動きを止める。
「それでどうしたいの?」
どうって・・・
考えてなかった。
あたしはただ、好きだと伝えられればそれでよかったのだ。
「ど、どうって・・・いわれても・・・」
声が尻窄みになっていく。
「ただ、好きって言って・・・つきあえたらいいなって・・・」
もじもじと下を向いて上目遣いにあたしは言う。
「いいよ」
「え?」
彼はあっさりと言った。
「僕も君のこといいなって思ってたんだ」
彼はニッコリと笑って、あたしに近くへと来た。
あたしと彼の唇が重なる。
彼の口から甘い唾液が流れてきて、あたしをとろけさせる。
さらに彼の手があたしの胸を揉み上げる。
「はっ・・・・あ・・・・」
早まる胸の鼓動が彼に気付かれないかハラハラする。
だけど、そんなことが気にならないくらいの快感があたしを襲う。
「あぁぁっ・・・はあっ!!」
がくがくと足が震え、立っていられなくなる。
ずるずると崩れ落ちるあたしに彼は覆い被さってくる。
後ろから胸を、そして大事なところを攻めてくる。
「ああああっ、あんっ、いいっ、いいっ!」
水面をゆらゆらと漂っているときとは違う動的な心地よさがあたしを襲う。
「気持ちいいかい?」
彼としているのだ。
気持ちよくならないはずがない。
あたしは上手く動かない首をがくがくと上下に動かした。
その答えに満足したのか彼はニッコリと笑ってくれた。
嬉しい。
もっと、彼に満足してもらいたい。
彼のズボンを下ろして、中から彼のモノを取り出す。
元気のないモノを元気づけるため、手でいじる。
前に読んだ雑誌にそんなことが書いてあった。
読んどいてよかった。
真剣にそう思った。
もし、満足させられなかったことが原因で彼に嫌われたらあたしは一生後悔しただろう。
彼のモノがドンドン大きくなる。
雑誌で読んだり、経験のある友達から聞いてはいたが、男の人のモノがこんなに変わるのを実感した。
「ひぁっ!!」
ぞくっと来た。
何が起こったのかわからなかった。
「ひぁぁっ!!」
もう一度来た。
ただし、こんどは何が起こったのかを確認できた。
彼があたしのうなじを舐めたのだ。
あたしの心臓ははやく動き、息が切れている。
大好きな彼とやっていると思うと心が満たされ、ドンドン感じてくるのだ。
あたしのアソコからは液が溢れ出して、ショーツやスカートを濡らしている。
「じゃあ、入れるよ」
その言葉にあたしは固まる。
入れるって?
何を?
あれを?
あんな大きいのに?
入るの?
あたしの頭の中にそんな訳の分からない言葉が舞っていた。
未知による恐怖があたしを包んでいた。
「大丈夫、怖くない。僕に任せて・・・・」
彼の言葉を聞いた途端、あたしを包んでいた恐怖は霧散した。
大丈夫。
彼に任せていればきっと大丈夫。
彼と一緒なら怖くない。
「じゃ、入れるよ?」
彼の確認の言葉。
あたしは勇気と共に頷いた。
ぶちぶちっ
次の瞬間、痛烈な痛みととてつもない満足感があたしを襲った。
「あぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」
あたしは彼と一緒になった。
痛いけど、とても痛いけど、彼と一つになったという至上の幸福があたしを包んでいたので、痛くても構わなかった。
「どう?」
「あたし、幸せです」
彼の質問にニッコリと笑って答えた。
「はぁっ!」
あたしの太股をなで上げる感触に思わず、吐息がでる。
太股だけではない。
あたしのなかに刺さったモノを動かさず、彼はあたしの体中をなで上げた。
「ああん、いいっ、もっと、もっとしてぇっ!!・・・・ひぅっ!!」
そこで彼が動いた。
大きな動きで彼のモノをあたしの中に打ち込んでいく。
「ひぃっ、ふぅっ!ああっ、うあぁっ!!」
次から次へ、あたしはどんどんと高みへと持ち上げられる。
彼の動きに呼応するようにあたしもいつの間にか腰を振っていた。
「なんでっ、腰が、勝手に、うごいてるっ!!」
彼から与えられる刺激がとても気持ちよく、あたしはさらに腰を振ってしまうのだった。
一突きごとに高く高く、持ち上げられる。
あたしはこの気持ちよさにいつまで耐えられそうになかった。
もう目の前に限界が来ている。
後3回。

「うあぁっ!!」

「はぁっ!」

「イクーーーーッ!!」
そして、あたしは急激な奔流に飲まれていった。

あたしは再び湖の底にいた。
先程の激しいまでの快感は今はなく、かわりに穏やかな心地よさがあたしを包んでいた。
「紗依、聞こえるかい?」
彼の声が湖面に響く。
あたしは何も考えなくて言い。
必要なことは彼が教えてくれる。
そう、あたしは水になっていればいいのだ。
「君にこれから大切なことを教える。このことは湖の底に沈んで、絶対に忘れない。普段は湖の底に沈んでいるが必要な時には湖面へと浮上してくる。それはいつでもどこでも僕に『紗依は僕のお人形』と言われたらすぐにいまの状態になる。そうしないと、僕に嫌われるから絶対にそうなるよ。君が好きな人は僕だ。僕を見ていると胸がドキドキしてたまらなくなるよ。目が覚めても、君は僕のことが好きでたまらなくなるんだ」
この湖はあたし。
いま、あたしの湖に彼のお人形が放り込まれた。
それはあたしを捕らえる枷。
だけど、それは嫌なモノではなく、あたしは喜んで枷を受け入れた。

< つづく >

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