ムジョウノカゼ

「ね、姉さん・・・」

 我ながら、声に力がない。

 細くなった手を、目の前の姉さんへと伸ばした。

「ハルミラ!しっかりしなさい!」

 ギュッと手が握り締められた。

「私は・・・大丈夫だから・・・」

 大好きな姉さんを、心配させまいと精一杯の笑顔を作った。

 でも説得力はなかったかもしれない。

 声を出すのもつらいし・・・。

「ハルミラ・・・」

 姉さんのそんな顔を見たら、つらいなんて言ってられない・・・。

 姉さんの方が、真っ青になってるんだから・・・。

 ・・・病人を心配させてどうするのよ・・・。

 思わず苦笑してしまった・・・。

「どうしたの?」

 姉さんの顔に、ハテナマークが浮かんだ。

「何でもないわ・・・」

「本当に?」

 姉さんたら、本当に心配性なんだから・・・。

 でも・・・姉さんを心配させない為には、早く死んだ方が良いのかな・・・?

 ・・・でもそれなら、姉さんが悲しむよね。

 病気になって寝込んだだけで、これだもの・・・うっ・・・

「ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ」

「大丈夫?」

 姉さんが慌てて背中を擦ってくれる。

「ゴホッ」

 吐いた血が、周りに飛び散った。

「ハルミラ!」

 姉さんの叫びは、悲痛だった・・・。

「ご、ごめんなさい・・・汚しちゃった・・・」

 む、胸が苦しい・・・・。

 それでも・・・笑わなきゃ。

「何言ってるのよ!」

 姉さんが怒ってる・・・?

 でも・・・声が小さくなったような・・・。

「ハルミラ?苦しいの?」

 ・・・姉さん・・・聞き取り難いよ・・・。

 もっと大きい声で・・・ゴホッゴホッ・・・言ってくれないと・・・。

「ハルミラッ!」

 ・・・どうしてそんな・・・小さな声でしゃべるの・・・。

「こっちを向きなさい」

 顔が動かされた・・・みたい・・・ぼんやりと・・・姉さんの顔が見えた・・・目が霞んで・・・よくは見えないけど・・・きっと・・・心配してるよね・・・・。

「いくわよ」

 姉さんの目が・・・ぽうっと緑に光った・・・・。

 目を開けると、見た事もない草原にいた。

「此処はどこなんだろう・・・?」

 辺り一面には、花が咲いている。

 一陣の風が吹き、髪を優しく撫でた。

 その風は何か優しく、とても気持ちが良い。

 でも・・・此処に見覚えがない。

 何故此処にいるの?
 
 今まで何をしてたの?

「ハルミラー!」

 後ろの方で、誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、姉さんが手を振っていた。

 何か嬉しくなって、駆け出した。

「走ると危ないわよーっ!」

 姉さんは、両手を口に当てて叫んでる・・・いつまでも子供じゃないのに。

 次の瞬間、何かに足を取られて転んでしまった。

「イッター・・・」

 何とか手はついたけど、・・・姉さんの言った通りね・・・。
 
「大丈夫?」

 何時の間にか、姉さんが側まで来ていた。

 あれ?・・・もう一人いる・・・?

 隣に知らない男の人─太陽の光が背になってて、顔は見えないけど─がいる。

 差し出された姉さんの手につかまり、何とか立ち上がった。

「姉さん・・・その人は?」

 男の人へ目を向けた。

 それを聞いた二人は、顔を見合わせた・・・どうしたの?

「ハルミラ・・・貴女、何言ってるの?」

 姉さん、とても不思議そう・・・・どうして?

「ヴィシオを忘れたの?貴女の恋人よ?」

 ドクンッ

 心臓が鳴った。 

 ヴィシオ・・・私の・・・コイ・・・・ビト・・・・?

 頭の中の霧が、晴れていくような気がした。

 そうだ・・・懐かしい名前・・・。

 ヴィシオ・・・大切な人・・・。

 もう一度、彼の顔を見た。

 彼はこっちを見て、にっこりと微笑んだ。

「思い出してくれたかい?」

 嬉しそうな顔と声・・・。

 何か、恥ずかしくなった。

「ごめんなさい・・・忘れてて」

 本当に・・・どうして忘れてたの?

「いや、良いんだよ」

 苦笑しながら、そう言ってくれた。

「じゃ、私は向こうに行ってるから」

 姉さんが行ってしまうと、肩に手を回してきた。

「再会を祝って・・・」

 彼──ヴィシオはいきなりキスをしてきた。

「ん・・・」

 最初は軽く唇を触れただけだった。

「んっ・・・んんっ・・・」

 次第にねっとりした、甘いキスへと移っていく。

「んん・・・」

 甘くて心地良い、その感覚に身を委ねる。

 そのまま草原の上に倒れ込んだ。

 草花の匂いが、体を包んだ気がする。

「はぁ・・・」

 やがて、どちらからともなく、唇を離した。

 示し合わせたかのように、同時に仰向けになった。

 風がまた吹いて、草花がそよいだ。

「気持ち良いね」

「ええ・・・」

 優しくて、暖かい風・・・今は春なのかな。

「ハルミラ・・・」

 心地良さに浸ってると、隣から声が聞こえた。

「しようか」

「え・・・?」 

 きゅ、急に何を言い出すのよヴィシオ・・・。

 顔どころか、全身が熱くなってきた。

「俺達、まだだよな?」

「そ、そうだけど・・・」

 し、真剣な顔でそんな事を言わないでよ・・・。

「嫌なのか・・・?」

「そ、そうじゃないけど・・・」

 そんなに・・・見つめないで・・・。 

 ヴィシオはいきなり覆い被さってきた。

「きゃ・・・」

 思わず声が出たけど、単に驚いただけだ。

 ヴィシオの温もりが感じられて、何か幸せだった。

 再びキスをすると、服を脱がされた。

 服も、下着も・・・そして、靴までも・・・。

 太陽の下で、何も身に付けていない、正真正銘の全裸だ。

 誰も見てないだろうけど、やっぱり恥ずかしい。

 胸と股間は、必然的に手で隠す。

 ヴィシオがチュッと頬にキスをしてきた。

 安心して、とでも言うかのような・・・そんなキスだった。

 実際に少し楽になった気がする。

「綺麗だよ」

 そう囁かれると、体がビクッと震えた。

 恥ずかしくて・・・ヴィシオの方を向けず、俯く。

 そ、そんなに見つめないでよ・・・・。

「大丈夫・・・俺に全部任せてくれれば良い・・・」

「うん・・・」

 大丈夫・・・何故かは分からないけど・・・そう思えた。 

 ヴィシオの言葉は信用出来る。

 何の疑いもなくそう思えた。
 
 手はどけられ、ヴィシオの唇が胸に触れた。

「あっ!」
 
 何とも言えない、その感覚に思わず声が上げてしまった。

「はあ・・・ふうん・・・あぁ・・・」

 ヴィシオは舐め続ける・・・気持ち良い・・・。

「ああ・・・んん・・・はあ・・・」

 一人でした時と・・・く、比べ物に・・・あ・・・ならない・・・。

「もっと感じろ・・・そうすれば、もっと幸せになる」

 その言葉が・・・染み込んでくる・・・モット・・・・シアワセ・・・ニ・・・。

 ヴィシオの口が、胸から下に移動した。

「ひゃあっ!」

 い、一番敏感な部分を・・・。

 体中に電気が走った。

「あっ、ああっ、んっ、んんっ、はあっ、」

 す、凄い・・・凄く気持ち良い。

「ああっ、ああんっ、ああっ」 

 し、舌が・・・ヴィシオの舌が・・・。

「ああっ、あああっっっ!!!」

 あ、頭の中が真っ白になって・・・全身から力が抜けていった。

 き・・・気持ち・・・良過ぎる・・・。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」 

 何か体がだるいけど・・・それでも幸せな気分・・・。

 それなのに、まだ体は火照ってる・・・。

 イッちゃったばかりなのに・・・嘘でしょ?

 幸せな感じなのに・・・どこか物足りない・・・どうして?

「まだ大丈夫か?」

 ヴィシオが覗き込んできた。

 まだ、という意味は分からないけど・・・大丈夫。

「大丈夫よ」

 そう言ったら、ヴィシオはにっこりと微笑んだ。

「じゃあ第二ラウンドだ」

 ヴィシオはズボンを脱ぐと、馬乗りになって来た。

「いくよ」

 その意味を察して、ゆっくりと頷いた。

 これから、ヴィシオと・・・一つになる。

 そう考えただけで、ドキドキする。

「んっ・・・」

 ヴィシオはゆっくりと・・・中に入ってきた。

「くう・・・」

 思ってたよりも・・・かなり痛かった。

 でも、ヴィシオも辛そう。 

 それでも何も言わず、じっとしている。

 少しずつ・・・時間が経つにつれ、痛みが和らいできた。

「そろそろ良いか?」

 痛みがほとんどなくなった時、そう訊いてきた。

 ・・・痛みが治まるまで待っててくれたのね・・・嬉しい。

「ええ・・・」

 そう言って微笑んで見せた。

 安心したのか、ヴィシオはゆっくりと動き始めた。

「んんっ・・・くっ・・・」

 まだちょっと痛いかな・・・でも、快感も感じる・・・。

「んっ・・・ふっ・・・あ・・・」 

 少しずつ、快感が大きくなってきた。

「んっ・・・あっ・・・ああっ・・・」

 段々と気持ち良くなってきて・・・全身がしびれてくる・・・そんな感じがする・・・。
 
「あっ・・・んっ・・・ああっ・・・」

 あ、頭も・・・溶けるような・・・あっ・・・ああっ・・・。

「はあっ・・・あんっ・・・ああっ・・・」

 も、もう・・・何も・・・か、考えられない・・・。

「ああっ・・・ヴィ、ヴィシオ・・・ああっ、ああああっっっっ」

 イッちゃうと、ドクドクと精液が流れてきた。

 一緒にイケたのかな・・・だとしたら、凄く嬉しい・・・。

 ああ・・・何か今、すっごく幸せな気分・・・。

 でも、体が急にだるくなってきた・・・。

 二度もイッちゃったから、疲れたのかな・・・。

 目を開けるのも・・・億劫になってきた・・・・。

 ちょっと寝た方が良いかも・・・・。

「有り難う・・・姉さん・・・・・・」

 何故か、そんな言葉が出て来た・・・本当に・・・寝な・・・きゃ・・・・。

「有り難う・・・姉さん・・・・・・」
 
 そう呟くと、ハルミラは腕の中に倒れてきた。

「ハルミラ・・・」

 呼んでも既に冷たくなっていて、返事は返って来なかった。

 その顔は安らかで、幸せそうに微笑んでいた。

「幸せな幻(ゆめ)を見ながら逝けたよね?」

 答えがないのは分かっていても、訊かずにはいられなかった。

「苦痛は感じなかったよね?例え幻(ゆめ)の中だけでも、恋人と過ごしながらだったものね?」

 声は震え・・・涙は止まらない。

 せめて苦しまずに逝かせてあげたかった・・・二人きりの家族だったから・・・。
 
 だから・・・もしそうなら、救われたのはハルミラだけじゃない。

 ハルミラの遺体を埋める為に、外へ出た。

 遺体を埋め終えると、風が吹いて木々がざわめいた。

 この風は、ハルミラの死を悼んでくれているのかしら?

 ハルミラと、後に遺されたこの心を慰める為に。

 それとも・・・運命と同じように無情なだけかしら・・・・・・。

< 了 >

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