「はいはい、いらっしゃい。よく来たねぇー」
扉を開けると皺枯れた老婆の声が狭い店の中に響く。
今にも切れそうな電球を使った、明かりの行き届いていない古ぼけた店。
明らかに価値は無いが年代物と判断できる古棚が所狭しと並んで、そのどれにも怪しげな壷や瓶、なんと表現していいか分からないものばかりが並んでいる。
「お客さん、とりあえず戸を閉めてくれないかい。あたしゃ日の光が好かんのだよ」
「あ、すみません・・・」
呆然と店の中を見ていた俺は、老婆の声にはっと我に帰る。
顔面皺だらけの老婆の言葉通り、建付けの悪い戸を閉めると、暗かった店内はより一層暗闇に包まれた。
「ありがとよ。・・・で、お客さんは何をお求めに来たのかねぇ」
ヒッヒッヒ、と気味の悪い笑い声を続かせる老婆に俺は圧倒された。
「あ・・・と、いや別に何も・・・」
「おやおや、まさか何となく立ち寄ったと言うんじゃないだろうねぇ?」
「いや・・・その、何となくなんです・・・すみません」
その通り、何となくだ。
誰がこんな古ぼけた店に好き好んで立ち寄るものか。
しかし、頭に疑問が浮かんだ。
では、なぜ俺はここにいるのだろう、と。
「ヒッヒッヒ。この店に来たって事はあんたが望んだことじゃないか」
「それは・・・そうですけど」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。この店を見つけたってことを言っているのさ」
「・・・?」
「ヒヒ、まぁそんなことはどうでもいいことさ。客は商品に対して対価を支払う、店はお客の望む代物を提供する、それだけさね」
「あの、すみませんが俺は別に欲しいものなんてないんですけど・・・」
俺がそう言っても、老婆は聞く耳を持たずに重い腰を上げて、腰に手を添えたまま不自然なほどに湾曲した姿勢で店の奥へ消える。
俺は何をしていいのか分からずに、ただ呆然としていることしかできない。
一帯こんな古ぼけてかび臭い店にどれほどの代物があるというのか。
そして俺が欲しい代物をどうして何も聞かずに取りに行ったのか。
まぁあの年だから呆けているだけかもしれない、などとかなり失礼なことを考えていると老婆が店の奥から姿を見せた。
戻ってきた老婆の、皺くちゃのその手には何かティッシュボックスほどの大きさをした箱が握られていた。
「ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ。アタシの見立てではこれがお似合いだと思うんだけどねぇ」
「その誇りまみれの箱がですか?」
「中身に決まっているじゃないかい。今開けてやるからちょっと待ちな・・・」
老婆はいつの間にか手にしていた、これまた古そうな鍵を箱に開いた小さな穴に差し込み、回す。
するとがちゃりと鈍い音が内側から鳴り、埃を撒き散らしながら箱が開かれていく。
「は・・・・・?」
期待して損した。
確かに、目の前の老獪そうな老婆にいつの間にか期待させられていた事は正直言って認める。
が、俺の目に映ったのはただの人形だった。
別段精巧に作り込まれているわけでもない、丸裸の女の人形。
おまけに数本の絵の具が付いてやがる。
服はカラーペイントでって事か・・・馬鹿馬鹿しい。
「お婆さん。悪いけど、それは俺には必要ないから帰るわ。俺、まだ仕事残ってるし」
「まぁお待ちよ。アタシだって魔女の端くれさ。ただの人形なんか出すわけないだろ」
このババア、完全に呆けてやがる。
よりによって魔女、ときたもんだ。付き合ってられん。
「汐見 瑠璃子。なかなかの別嬪さんじゃないかい」
帰ろうときびすを返した俺の背後から、ぼそっと老婆の呟きが聞こえる。
老婆が口にした女性の名前を聞き、思わず俺の足が止まる。
「万年平社員のあんたにはこの秘書課の別嬪さんは難しいかもねぇ・・・。ヒッヒッヒ」
「婆さん、何であんたがそんなこと知ってんだ」
「おや、帰るんじゃなかったのかい?ヒヒヒヒヒ」
「くっ・・・・!!」
俺が怒りを露にしようとした瞬間、老婆は人を小ばかにした笑みを浮かべながら、まぁお聞き、と続けた。
「さて、意中の人物を虜にするにはどうすればいいか分かるかい?」
「簡単、その人物の理想を得ることさ。顔、金、権力とかね」
「ヒヒ、じゃああんたにはそれが出来るのかい?」
「出来るわけないさ。どうやって知ったか知らないけどあんた自身万年平社員って言ったろ―――――ああ、その通りさ」
「じゃあ、あんたはアタシの質問に答えなかったのと同じさ。もっとスマートに行こうじゃないか」
老婆はそう言うが、俺にはその答えは見つけられなかった。
考えてみればそれが当たり前だ。見つけられるならとっくに実行してる。
「降参。俺には分からない」
「ヒヒヒ、あんたが変われないなら相手を変えればいいのさ」
「変わってくれる相手なら、それでもいいかもな」
「人の話はよくお聞き。変わらせるんじゃない”変える”のさ」
「婆さんは常識を知ったほうがいい。そんなこと不可能だ」
「じゃあ、それが出来るとしたらどうする?」
「どうする・・・・・・って」
「あんたはどれほどの代価を支払えるかと聞いてるんだよ」
「はは、もしそんなことが出来るんなら全財産くれてやるよ」
「お金だけかい?」
「いや、なんでも払うよ。俺が払えるものだったら何でも」
老婆は俺がそういうのを聞くと、不気味だった顔をさらに歪ませる。
人を騙す事を至福とするチェシャ猫がそうするように、にんまりと皺だらけの顔をほころばせると老婆は”聞いたかい?”と呟いた。
すると、不思議なことにどこからともなく、他に誰もいないはずの空間から老婆に呼応するように”キイタ、キイタ”という声が響いた。
「ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ。まいどあり」
老婆と子供のような笑い声が不気味に響き渡る。
声も出せず身動きも取れないまま、その声を最後に俺の意識は深い闇の底へと落ちた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・ぃ・・・ーぃ・・・・・・」
誰かがどこからか何かを呼ぶ声が聞こえる。
がくがくと揺れる。地震か。
違う、俺だ!
「・・・・・・あれ?」
ここは・・・会社。
俺は松井茂。
午後から顧客の獲得のために会社を出て、それから、それからあの得体の知れない――――――。
「おーい、松井ぃ」
「ん・・・あ?」
「”あ?”じゃねえよ。寝ぼけてないで顧客の獲得にでも行ってこいよ。成績は少しでも上げといたほうがいいぜ」
「ああ、そうだな・・・」
確かに同僚の中じゃ、俺の成績は良くも悪くも中間でこのままじゃ万年平社員・・・って。
「おい、今何時だ」
「一時だよ。時計ぐらい壁にかけてあるだろうが、馬鹿」
「俺・・・外回りに出なかったか・・・一時から」
「お前は一時から外に出て一時に戻って睡眠時間も確保できるのか。凄いな、今度俺にもやり方教えてくれ」
「遠まわしに言うな。素直に寝ぼけてるんじゃねぇよ、と言ってくれた方が清々する」
「寝ぼけてるんじゃねえよ。馬鹿」
「馬鹿は余計だ」
「突っ込んでねぇでさっさと行ってこいよ」
「お前はいいのか?」
「午前で二件ゲット」
「げ。・・・・・・くそ、俺も負けてられないな」
と、同期の同僚とたわいない会話をしながら俺は席を立つ。
抜け駆けされたことには腹が立つが、どうやら寝ぼけていたらしい俺を起こしてくれたのでチャラということにしておくことにする。
そうだ、夢だ。
考えてみろ。矛盾することのほうが多い。
何が代価だ。何が、心を操る人形だ。
何が・・・何・・・が?
「何で・・・」
何で俺は聞いてもいないあの人形の使用法を知ってる。
何であの箱が俺の机の上にある!?
「松井、机の上のその汚い箱何だ?」
「ああ、いや別に、何でもない」
「おかしいな。そんな箱さっきまでそこにあったか?」
「さ、さあ。お前の気のせいだろ?」
「ふ~ん。まあ、そうかもな」
俺は同僚が好奇の目でこの箱を見るのを遮るように、慌てて箱を抱えて部屋を後にする。
押さえきれないほど胸がどきどきと波を打っていた。
俺の体は信じられないような歓喜に満ち溢れていた。
俺はそのまま男子トイレの個室に飛び込み、便座に座る。
そして膝の上にそっと箱を置く。誰に見られているわけではないがあくまで冷静を装いながら、しかしどうしても震える手で箱の蓋に手をかける。
中には夢の中――――――あの不思議な店の中で目にしたのと同じ人形がしっかりと収められていた。
震える手で人形に手を伸ばす。
ただの人形じゃない。いや、ここまできてただの人形であってたまるか。
俺は便座に座ったまま、尻ポケットから黒い皮財布を取り出す。
中から取り出すのは一人の美しい女性が写った写真。
”汐見 瑠璃子”
俺が勤める会社の中にある秘書課に配属された美しい女性だ。
しなやかに流れる黒髪。
スーツに包まれて尚、いや一層強調された完璧な身体。
ミニスカートから伸びた、まるで男を誘うためだけに作られたかのような美脚。
たとえ営業スマイルだとしても、その笑顔が自分に向けられるなら俺はどんなつらい仕事を当てられてもこの会社に残るだろう。
そう思っているのは俺だけではなく、会社内でもそういう連中の手によって彼女のファンクラブが隠れて結成されている。
実を言うと俺が持つこの写真のそのルートから仕入れたものだったりする。
「この写真を人形に・・・」
人形の顔面に、汐見さんが写った写真を近づける。
すると人形の、人間で言えば心臓に当たる部位辺りからぶよぶよとした丸い球体が形成される。
老婆の話によると。
”それが心さ”
信じられない話だが、この人形のこのぶよぶよとしたものが人間の心。
このまま潰せば、簡単に精神崩壊を引き起こし、再起不能になるらしい。
「色が浮かんできた・・・・・・やっぱり赤か」
”赤色は侮蔑だよ”
恥ずかしい事だが、身分を考えずに俺は汐見さんに告白したことがある。
その時、彼女はただごめんなさいと言い放つと、冷めた笑顔を浮かべながらあっさりと去って行ってしまった。
俺と同じ行動を起こしたやつらの話によると、彼女には裏の顔があるらしい。
表には伝わってくることは無いが、経済界の大物たちと身体を重ねることもしているらしい。
「そうだな・・・」
なら彼女の本性を暴いてやろうか。
まずは彼女と二人っきりになることだな。
俺は頭に残った老婆の言葉を思い出しながら、箱に付属した絵の具に手をかけた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・・・・あら?」
「どうかした、汐見さん?」
「何で、私があなたと・・・ホテルなんかにいるの・・・かしら」
「何でって、誘ったのは汐見さんだろ?会社ですれ違いざまに手紙くれたじゃないか、ほら」
俺の手の中には一枚の紙切れがあった。
そこには綺麗な字で”今夜、二人で食事でもどうですか”とだけ書かれていた。
「ええ・・・そうよね。書いたわよね、私・・・なんでだろう?」
瑠璃子が困惑するのを見て、俺は内心でほくそ笑んだ。
それもそのはず俺はあの後トイレの中で人形の心に好意を持つ色を塗りつけた。
そして、俺に強い好意を向けるようにさせられた瑠璃子がさっそく行動を起こした、というわけだった。
「さて、続きをしようか」
「え・・・え、ええ」
瑠璃子が予約を取っていたホテルの部屋で二人っきりになった後、俺は瑠璃子の前であの人形を取り出した。
そして彼女が見守る中で、人形の心に新しい色を塗り重ねていく。
新しい色の効果は”肉体支配”
この色を塗ると、感情系の色の効果はリセットされ元に戻ってしまうらしい。
「あの、松井さん・・・。悪いけれど、私そろそろ・・・」
「ん?帰れるもんならどうぞ」
「え・・・あれ・・・ちょっと、何、身体が動かなっ!?」
「はい、手を上げて」
手にした人形の腕を上に持ち上げる。
すると、いくら力んでも動かなかった瑠璃子の腕が人形と連動して万歳するようにすっと上がる。
「な、何・・・なんなのっ」
「はい、次は椅子から立ち上がって屈んでみようか」
困惑の声を漏らしながら、まるで操り人形のように屈む瑠璃子。
身体が俺のほうに向けられているためスーツから胸の谷間が露になる。
少し前まではいくら望んでいても、決して直視することなど叶わなかった光景だ。
「ちょ、ちょっと、何なのよっ!!」
「はは、ごめんごめん。ちょっと試してみただけだからさ。・・・けどもう終わりにするよ」
瑠璃子の体を直立状態にする。
が、瑠璃子の顔には今までに見たことも無い怒りの表情が浮かべられていた。
「松井さん・・・私に何をしたの?」
「さて、汐見さんに何かしたかな?」
「とぼけないでっ!!・・・どうやったか知らないけど、私の体があなたの持ってる人形と同じ動きをしたじゃないっ!!」
「とぼけてないって。俺が何かしたのは人形に対してだから。・・・それに、そんなに言うんなら汐見さんに直接してあげるからさ」
「なっ!?」
俺の頭の中で、直接響いてくるように老婆の声が聞こえてくる。
”ヒヒヒ、絵の具なんざただのおまけさ。この人形の一番のポイントは、心を人形から外す事にある。外したら指でぷちん、と壊してしまいな。・・・いいかい、間違っても人形に付いたままで壊すんじゃないよ”
「さーて、じゃあ俺だけの人形になってもらおうかな」
「そ、そんなこと本当にできるわけないじゃない」
「じゃあ、試してみるけど・・・いいよな?」
瑠璃子は気丈にやってみなさいよ、と言い放つがその顔はひどく青ざめている。
俺が手にした人形からぶよぶよとした塊を取り出そうとするのを、不安げな表情で見つめている。
「よし、取れた。じゃあ早速―――――――」
「ま、待って!!」
「何だよ?」
「もう、こんな馬鹿らしいこと止めましょうよ。もし何も起こらなかったら、貴方どうなるか分かっているの?」
「誘ったのはお前だろ。別にやましい事なんて何もないね」
「ね、ねえ。その人形を私にくれるなら、これからもお付き合いを続けてあげても――――――」
俺は動けないままの瑠璃子の目の前まで歩き、笑顔を浮かべると瑠璃子の顔面に”心”を突き出す。
憂いを帯びた美貌が、若干穏やかな表情に変わる。
そして、俺はにっこりと笑うと――――――――指先に力を込めた。
瑠璃子の目の前で、瑠璃子の心がいとも容易くぷちん、と弾け跳んだ。
成功する望みの低い説得が成功したのかもしれない、と安心していた瑠璃子の目が驚きに大きく見開かれる。
「あ」と短い悲鳴を洩らし、信じられないといった目で弾け跳んだ自分の心を追っていた。
「あ、貴方・・・なんて事を・・・!!?」
「・・・・・?」
予想していた反応と違う。
催眠術にかかったみたいに、虚ろな目になったり、体の力が抜け切ったりするんじゃないのか。
「な、何よ、何にも変わってないじゃない」
「え・・・え・・・」
「あ、あは・・・あはははははは。あはははははははっ、馬っ鹿みたい」
俺に嘲笑を浴びせながら、瑠璃子は先刻までどうしても動かなかった体を、容易に立ち上がらせる。
そして情けない表情を浮かべて立ちすくむ俺を鼻で笑いつけると、そのまま踵を返し向こうへ行ってしまう。
「なぜだ・・・」
俺の頭は真っ白になっていた。
老婆の言いつけ通りにやったのに、何で瑠璃子は元に戻ってしまったんだ。
呆然と虚空を見つめる俺に、瑠璃子の声がかかる。
「私、あなたに無理矢理襲われたって噂流してやるから。手紙なんかどうとだってなるから、覚悟しておきなさいよ」
終わりだ、と俺は思った。
ドアのノブに瑠璃子の手がかかる。
そして、そして俺はそれを見て無意識に叫んでいた。
「待てっ!!」
ノブを捻り掛けた瑠璃子の体がぴたり、と止まる。
「何よ?」
瑠璃子は振り返り、じろりと睨み付ける。
落胆する俺を余所に、瑠璃子は部屋を出て行こうとはせず、ノブに手をかけたままその場所で立ち止まっている。
「何か用があるなら早く言いなさいよっ」
俺の頭からは言葉が消え失せ、非常に気まずい沈黙が流れる。
瑠璃子はドアのノブに手をかけたままその場を動こうとしない。
なぜ、そのまま部屋を出て行かないのか。
「こ・・・こっちに戻ってきてくれ」
俺は何を思ったかあまりに馬鹿馬鹿しい頼みをする。
と、瑠璃子は素直にドアノブから手を離し、こちらへ歩いてくる。
その顔を依然凄まじい怒気で包んだままで。
「何よ?」
「俺に・・・キスしろ」
「・・・・・・はい」
まるで一貫性のない瑠璃子の行動に、俺はある種の期待を覚え、駄目元で命令をする。
すると、従順な返事を一言。
怒り顔のままで、肉厚のある唇が俺の唇に重ねられる。
ああ、そういう事かと俺は思った。
瑠璃子が動けるようになったのも、人形がその機能を必要としなくなったからなのだ。
「何へらへらと笑っているのよ」
「でも、お前はこの顔が好きなんだろ」
「ええ、大好きよ。けど・・・・・・用がないならもう帰るわね」
「分かった。じゃあ、裸になってベッドに横たわれ」
「はい」
俺の意味がまったく分からない命令に対し、瑠璃子は従順に行動を開始する。
全男性社員憧れのボディーラインを惜しげもなく露にし、大きなベッドに倒れこんだ。
内腿がぴったりと閉じられたせいで、肝心の部分は見えなかったが、きれいに生えそろったアンダーヘアは丸見えだった。
「人の裸をじろじろ見ないでよっ、訴えられたいの!?」
もし、俺の姿が見えないといえば、瑠璃子の中では俺は透明人間になれるわけだ。
それだけじゃない、一言お前は露出狂だと言えば、自分からせがんで俺に裸を見せてくれるのだろう。
思わず想像してしまい、俺の股間がテントを張り出す。
「自分の妻の裸を見て何が悪いんだよ、瑠璃子」
「え・・・あ・・・、そうね・・・別に悪くないわね」
「お前が結婚してくれって泣いて縋るから仕方なく結婚してやったんだぞ。お前も”覚えているだろ”」
「あ、ご、ごめんなさい。ごめんなさいあなた」
一変した瑠璃子の表情に、俺は邪悪な笑みを隠せない。
すぐに俺も裸になり、必死に謝り続ける最愛の妻の元へと近づく。
「ほら、いつものように舐めてくれよ」
「ええ、分かったわ・・・」
ベッドに座り、大きく隆起した陰茎を指差すと、疑いなく瑠璃子は俺のものを舐め始めた。
しかし、むわっとした男の匂いに少し顔を顰めており、舌の動きもたどたどしい。
もちろん、憧れの瑠璃子が俺のものを舐めてくれるだけで俺は今にも達してしまいそうなほどに興奮していたが、俺は完全に自分の思い通りの人形になった瑠璃子をもっと試してみたかった。穢したかった。
「どうした、瑠璃子は俺の股間の匂いが大好きなんだろ。いつも、嗅いでるだけでイきそうになるって言ってたじゃないか」
「ぴちゃ、ぴちゃ・・・ん、くん、くん・・・はぁああああ」
俺の言葉を聴くにつれ、たどたどしく俺のものを舐めていた瑠璃子の舌の動きがゆっくりと、そして完全に止まる。
鼻先を俺のものの根元に近づけたまま、動こうとしない。
男の淫臭を胸いっぱいに吸い込んでは吐き、その顔を至福に染めていた。
俺もしばらくは瑠璃子のいやらしい顔を眺めていたが、艶っぽい黒髪を鷲掴みにして俺の股間から瑠璃子の顔を引き離す。
「もっと、もっとぉ匂いたいのぉ」
「おいおい、俺のちんかすの方が好きって言ってたろ。見てるだけでも脳が溶けそうとか言ってただろ」
俺がそう言うや否や、瑠璃子の視線が再び俺の男性器に向けられる。
打って変わって熱っぽい瞳で、びくびくと波打つ男根を見つめている。
俺が髪から手を離すと、待っていましたとばかりに俺の男根に顔を近づける。
鼻の先が当たるほど近づき、男の淫臭が濃縮されたちんかすの臭いを嗅ぎ、甘美な吐息を漏らした。
グロスで濡れた唇から伸ばされたピンクの小さな舌がおそるおそる触れ。
「んんふうううううう」
普通の男性とのセックス。
それも相性のよかったときに感じた絶頂感よりも、いや、そんなものなんかよりも比べ物にならない刺激が瑠璃子の体を走る。
荒い息を吐きながら、瑠璃子はまじまじと茂のそれを眺める。
もう、臭くて堪らないそれに夢中だった。
「んん、んぶじゅるるるるぅ、じゅる、じゅる、んむぅ、う、うんんむむう」
唾液が自分の顔と、握り締めた茂のものをぐちゃぐちゃに穢しても瑠璃子はお構いなしだった。
口に咥えては味わい尽くすように舌の腹をぐりぐりと先端に押し付ける。
駆け巡る快楽に何度も体をぶるぶると震わせ、それでもひたすらに味わいつくそうとした。
テクニックも何もあったものではなかったが激しさを増されては、元から暴発しそうだった肉棒は堪らない。
「ぐ・・・・・・っ」
びくん、と肉棒が一瞬痙攣する。
そして、予告もなしに瑠璃子の口の中に茂の精子が噴出される。
「!?―――――――、げほっ、げほっ、おぇえぇぇええっ」
訳の分からないままいきなり精液に喉を撃たれる。
それだけではない、瑠璃子の喉を無理矢理通り抜けたのは嚥下しにくくて、ひどく生臭い最悪のものだった。
瑠璃子は、そのおぞましさに精液を逆流させる。
一瞬、瑠璃子の鼻から、喉を通り逆流した精液が吹き出した。
「ごふっ、ごふっ、うえええええっ」
瑠璃子が無様に精液を吐き出したのには理由があった。
もちろん、いきなりの事でびっくりしたというのもあった。
だが一番の理由は、瑠璃子の不慣れさにあったのだ。
これまで、自分の一作りのために多くの男性と体を重ねた瑠璃子だったが、気位の高かった彼女は今の一度たりとも男のものを咥えた事はなかった。
ましてや汚らしい男のものから排出された精液など見るのも嫌だった。
「おい、何で吐き出すんだよ。ベッドが汚れたじゃないか瑠璃子」
「――――――こんな青臭いもの飲めるわけないじゃないっ」
口元を押さえながら、瑠璃子は反抗的な目つきで茂を睨み付けた。
自分から泣いて縋ったイメージを植えつけても、まだ瑠璃子には不完全らしい。
「でも、その青臭さが堪らなく好きなんだろ?」
「ええ、そうよ好き。・・・けど喉に絡み付いてっ」
「たまらなく快感なんだよな」
「そうよ。気持ちよくてしかたないのよ。でも・・・苦くて・・・」
「はぁ?お前、どうしたんだよ。味わうだけでおま○こがぴりぴり痺れる位美味しいって言ってたじゃないか。・・・それだけじゃない。俺の小便だって、美味しい美味しいってあれほど喜んで飲んでただろ?」
「当たり前じゃない・・・ほら、おま○こ・・・ぴりぴりするぅ」
途端に惚けた表情に変わり、嫌悪していた精液を口内で味わい始める瑠璃子。
電気が走るように女芯がぴりぴりと疼くのを楽しみながら、白い指で顔に付着した精液を集めては口に運んでいく。
余すところ無く顔の精液を舐め取ると、今度はシーツに飛び出た精液にも舌を伸ばす貪欲さに俺は失笑を隠せない。
犬のように這い蹲りながら、端正な顔をシーツに埋めて舌を這わす。それは何ともエロチックな光景だった。
「瑠璃子、また俺のものを舐めろよ」
「ん・・・ふぁい」
また硬くそそり立った俺のものを見ると、瑠璃子はうれしそうな表情をした。
あの高慢ちきな女が、媚びる様に俺のものに頬を摺り寄せている。
そう思うと、堪らない高揚感が俺の中に湧き上がる。
「ストローを吸うみたいに吸ってみろよ。精液の残りが出てくるぞ」
「ん、んぶじゅるるるるるるぅぅぅぅっ」
それを聞くや否や、ものすごい刺激が俺の肉棒に奔る。
まるでバキュームのように吸い込み始める瑠璃子。
少しでも精液を出させようと、吸い込んだ後もちろちろとピンクの舌で俺の尿道付近に刺激を与える。
射精してまもない、敏感になっているところでこの刺激を受けては堪らない。
目の前が真っ白になり、すぐさま股間から激しい男汁が噴出される。
「んんんん――――――ぷふあっ、ごくっ、ごくっ」
さっきとは大違いで、嫌がるどころかむしろ迎え撃つように精液を喉に流し込んでいく瑠璃子。
「ぷふぅ・・・んんぶぅ・・・じゅるるるるるるるぅっ。・・・あぁ・・・私のおま○こびくびくするぅ・・・」
精液がもう出ない事を知るや、さっき教えたように残りかすを吸い込む。
そして、また同じように愛撫を加え始める。
「ま、待てっ!!」
「じゅるる・・・ぷぁぁい」
唇をそぼめて、俺のものを咥えた体勢のまま瑠璃子の動きが止まる。
あの瑠璃子を支配できたせいだろうか、不思議と俺のものは二度も出しているとはいえ硬さを失わない。
しかし、このまま瑠璃子の好きにさせていては際限なしに搾り取られてしまうだろう。
―――それではいけない。
たとえ言動、心さえ自由に操れてしまおうとも瑠璃子には心まで俺に依存してもらわないと満足とはいえない。
「瑠璃子、俺のものを離してベッドに仰向けに寝ろ」
「ぷわい」
「股を広げろ」
「・・・こう?」
夢にまで見た瑠璃子の陰部。
サーモンピンクの色をしたそれは、とても何人もの男に抱きこまれたとは思えない。
そして、何度も達して愛液にまみれたそこは、今にもむしゃぶりつきたくなるほどにてかてかと濡れ、牝臭を放っていた。
「挿れるぞ」
「ええ」
妄想の中で、何度も何度も汚してきた瑠璃子の秘所が今俺の目の前にある。
俺は興奮と緊張で震えながら、瑠璃子の秘所に俺のものをあてがう。
半開きになった淫裂からとろりとした液体が流れ出し、茂の肉棒を汚す。
茂はそのまま腰を突き出し、瑠璃子の中へと硬くそそり立った肉棒を埋める。
「う、んっ」
瑠璃子は自分の中に入ってきた異物に対して小さな悲鳴を上げて身をくねらせた。
茂が突くのに合わせてAVのようなワザとらしい喘ぎ声を洩らし、意図的に膣で肉棒を締め付ける。
それは、打算的な動きだった。
おそらく、今までのセックスは全てこんな感じで早々と済ましてきたのだろう。
そう”今までのセックス”は。
「瑠璃子、今日はなんだか反応が鈍いな」
「んっ、あんっ・・・そんなことないわよ」
「さっき俺のものを舐めていたときの感覚を思い出してみろよ」
「んっ、んぅぅぅうううん」
ぶるり、と軽く瑠璃子の体が震える。
「気持ちよかっただろ?」
「ええ、とっても気持ちよかった・・・」
「俺とのセックスはもっと、もっと気持ちいいだろ?」
「もっと・・・ん、ひうっ!?」
「一突き毎に、女芯が熱く疼きだし―――」
茂はゆっくりと腰を突き出す。
瑠璃子の手足が痙攣した。「はぁっ」と熱い吐息がこぼれる。
「溢れ出す興奮を止められない」
「んっ・・・・・・」
蕾がきゅっと閉じられる。
「俺のものが膣内を抉れば幸福感に包まれ―――」
「うふぅっ」
内壁を擦りあげられると、瑠璃子は顔をほころばせる。
「脳を焼くような激しすぎる快感が体中を駆け巡る」
「―――――――――!!」
瑠璃子の瞳が大きく見開かれた。
何か一線が切れたように、舌を突き出したままパクパクと口を動かしたまま反応を起こさない。
いや、起こせないのだ。
再び俺はぐっと腰を突き出す。
そして根元まで瑠璃子の濡れそぼった淫裂に埋めると、また力強く腰を引く。
「ひっ」と瑠璃子の口から小さく、短い悲鳴が漏れる。
俺は笑みを浮かべながら、同じ動作を繰り返す。
どんどんと速度を速めながら、何度も何度も。
「あ゛、ん、んんんっ、っ、んんーっ」
いつしか獣じみた悲鳴を瑠璃子は上げていた。
結合部から送られてくる快楽によって理性なんてものはすでに狂わされていた。
肉と肉が弾ける音が部屋に鳴り響き、ぴんと張り詰めた釣り鐘型の胸がぶるぶる揺れる。
「あふ、ああ、うっ、っ、っんんん」
溢れ出した蜜がシーツをべとべとに濡らし、そして狂ったように瑠璃子の腰が振りたくられる。
果てては蜜を溢れ出させ、果てては一層快楽を搾り取ろうと貪欲に根元まで咥え込んで。
何度もペニスを締め付けられ、根元からその日、三度目の射精感が沸きあがる。
そうすると、もう茂には止めようがなかった。
「くう・・・瑠璃子、出すぞっ!!」
そう言うと同時に、茂は自分の腰を瑠璃子の股へと密着させ、その一番深いところで肉棒を爆発させた。
瑠璃子の膣内で、ぱんぱんに勃起したものがさらに膨張し、膨れ上がる。
そしてその日一番の量の精液が瑠璃子の子宮を叩く。
熱い牡汁の激流を受けた瑠璃子の背骨は折れるかと思うほどに張り、手は強くシーツを握り締めていた。
長い緊張が走り、瑠璃子の体がどさりとシーツの上に落ちる。
強すぎる快楽を受けて、倒れこんだ体はぴくぴくと震えたまま。
「う・・・・・・あぁ・・・・・・うぅ」
弛緩したままで開ききったワレメから、どろどろと濃い精液が流れ落ちてくる。
大きく開いた目の端からは涙が、幸せそうにゆがめられた唇からは透明なよだれが零れ落ちる。
この時茂は知らなかったが、瑠璃子は内部でも茂に屈服していた。
この人と結婚してよかったと、自分はもうこの人無しでは生きていけないと思っていた。
瑠璃子は今まで信じていなかった神に対して、茂と出会わせてくれたことに深い感謝の念を抱いていた。
瑠璃子がそんなことを考えていると知らない茂の肉棒がまた瑠璃子の秘所にあてがわれる。
じわっと腰の辺りから甘い痺れが広がるのを瑠璃子は感じた。
「んんんっ、ああああっ」
瑠璃子の瞳から涙が流れ出した。
再び身体を襲う暴力的な快楽に、瑠璃子の意識が闇に落ちていく。
そしてその部屋には、終わらない快楽と、止まない嬌声だけが残された――――――。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それから一ヵ月後。
俺はあの奇跡の人形に驚かされることとなる。
なんと、使いっきりではないのだ。
女性限定には変化は無いが、対象の女性を人形の瞳に映せば、人形は何度でも効果を発した。
しかし、俺はむやみにその力を使わなかった。
いや、使う必要が無かったというほうが正しいだろうか。
なんせ、俺にはこいつがいるのだから。
「じゅ、じゅぷ、んじゅぷ、んぶううううっ」
男子トイレの個室の中、便器に座る俺と、跪いて俺のものに奉仕をする瑠璃子。
びしっと着こなしたスーツとは裏腹にその白い顔は色っぽく紅潮し、目はとろんと蕩けきっている。
「瑠璃子」
「ん・・・むぅ・・・何、あなた」
瑠璃子はあの夜から俺のことを自分の最愛の夫だと思っている。
籍を入れているわけではない。一緒に暮らしているわけではない。
周りには無関係のように振舞う。
それでも、瑠璃子にとって俺は愛しくて仕方ない最愛の夫だった。
「お前、今日の晩は空いているのか?」
「ごめんなさい。今日は―――」
「キャンセルしろ」
「はい、キャンセルします」
瑠璃子は反射的に答えた。
文字通り心を奪われた瑠璃子は、俺に盲目的に従う他無いのだ。
「舐めてもいいぞ」
「ありがとうございます・・・んん、ちゅぱ、ちゅぷ、んむぅう」
瑠璃子は自分から俺を求めることはしない。
俺が求めた通りに行動し、俺だけを愛し続ける。
俺を褒め称える言葉を吐き、俺から与えられることは全て自分の幸せという定義を作り上げる。
瑠璃子は理想的な奴隷妻だった。
「これからもたっぷり可愛がってやるからな、瑠璃子」
「んちゅぷ・・・ふぁい、ありがとうございます・・・あなたの望む事なら、私なんでもするから・・・捨てないで」
上目遣いに涙目で、俺を見上げる瑠璃子。
それがとても愛しくて、答え代わりというように俺は瑠璃子の口内に濃厚な白い迸りを放つ。
瑠璃子もそれに気付いたらしく、嬉しそうに目を細めると、唾液にまみれたザーメンを喉を鳴らして飲み干した――――――。
< 終 >