第七話 偽愛
「ぐはっ!」
地面に飛びこんだ衝撃に、肺の中の空気が無理矢理押し出される感覚。
腕は痛む。だが、それだけだ。動けなくなるほどの怪我、悲鳴をあげたくなるような激痛、そんなものは何もなかった。
運がいい!
急いであの四本腕の化物から逃げないと――両手を突っ張って身体を引き起こして、
「――――!?」
俺は声にならない悲鳴をあげた。
そこは、俺の家だった。正確には、俺のマンションのリビングである。今は夜なのだろう、窓から見える外は真っ暗で、部屋に電灯が灯っている。
俺はリビングの入り口で飛び起きた姿勢のまま、目の前の現実が信じられなくて、それとも理解することで精一杯なのか、その場で立ち尽くすしかなかった。
「やれやれ、危ないところだった」
「っ!」
リビングにあるソファー。こちらに背を向けて長い黒髪を持った誰かが座っている。声からして、男だ。
そんなことにすら気付けなかった自分の不注意を怒鳴りつけたい気分にかられながら、俺は声を荒げる。
「誰だ!」
今の今まで絶体絶命のピンチだったのだ。
気は昂ぶったままで、怪しい奴はどいつもこいつも警戒対象になってしまう。
「まったく、親友のことも忘れてしまったというのか? はは、まあ無理もないか」
男は立ちあがり振りかえった。
……少なくとも、見覚えのある顔じゃない。俺よりも身長が高く、おそらくは180を越えているだろう。全体的にすらっとしたイメージだ。だが、痩せているというわけでもない。適度に筋肉がついているシルエットだ。Tシャツにジーンズ、胸元にクロスのシルバーネックレスを1つぶらさげており、髪は茶色に脱色されている。
寛一と似た雰囲気を感じる。寛一と違う点は、寛一がナンパをすれば女に百パー振られるのに対し、こいつの場合は百発百中であろう、というような美男子だった。顔には友好的な笑顔。
「感謝してくれよ? 俺が助けなければ、君は危うく身体に風穴を四つ作っているところだ」
両腕を広げて、爽やかに言い放つ。
……こいつ、一体何を言ってやがる?
なんというのか、こいつの顔に張りついている笑顔が癪に障ってしかたがない。
「もし、お前が本当に助けてくれたのなら礼を言う。いいから俺を早くもとの場所へ返せ」
警戒を解かずに俺が言うと、男は肩を竦めて見せる。
「おいおい、酷いなあ。俺達は親友だろ? そんなに警戒しないでくれ。悲しくなってくる」
そう言いながらも、男はニコニコしている。
「お前のことなんて知らねえ。初対面の奴と親友になるつもりもない。それから、その薄笑いを止めろ。虫唾が走る」
男の唇が、にぃーと横に広がっていく。
「はは、そうかそうか。君は本来過激な性格だったんだなあ。知らなかったよ」
「そうか。それじゃ一つ利口になったな。ついでにもう一つ利口になって、俺を元の場所に戻せ。今すぐに」
俺が睨みつけるのを平然と受け流し、椅子に座り直した。テーブルの上にあったコップに手を伸ばし、ゆっくりと赤い液体を喉に流しこむ。
「……ふう。雪美のことなら心配しなくていいさ。死にはしない。なにせ世界最高の力を手にしているのだから。惜しむらくは、正しい使い方を知らないことか」
「お前――」
俺が息を飲むのがわかっていたかのように、男が言葉を続けてきた。
「ああ、知っている。見ていたからね。だから、あんなベストタイミングに助けることが出来た。忘れてもらってはこまるけど、俺は君を助けたんだ。感謝こそあれ、こんな睨まれることになるとは思ってもみなかったよ」
男は首を振って悲しげに嘆息した。
どの仕草、どの言葉、どれを取っても俺の勘に触る奴だった。
……これほど問答無用に人を殴りつけたくなったのは久々だ。
「せっかく拓真にリラックスしてもらおうと思って、君の家そっくりのジオラマを作ったっていうのに。あまり喜んでもらえなかったみたいで残念だよ」
男は立ちあがり、こちらに歩み寄ってくる。
自然と、俺は構えを取って警戒する。
「さっきから繰り返しているだろう? 拓真と俺は親友だ。危害を加えようとか、拓真の不利益になるようなことはしないつもりだ。これだけは信じてもらいたいな」
「だったら、その親友に名前を教えてくれないか?」
「ああ、そうだった。君は俺を見てもわからないんだったね。……でも、どうせ忘れるのだから教えるのも無駄だと思うよ」
男は俺の前を通りすぎ、廊下を歩いて行く。
「おい!」
「こっちへおいでよ。大丈夫、何も危ないことはないから」
微笑んで、無防備な背中を俺に見せて歩いて行く。
「…………」
わからない。なにもわからない。
このままあいつの後についていっていいものなのか。感情的には、一つたりともあいつの言いなりにはなりたくない。どうしてか、全身があいつに対して「敵だ」と訴えてきているようだった。
「それにしても――」
ここは俺の家にそっくりだった。あいつが「ジオラマ」だとか言ったことを信じるなら、ここは作り物ということになる。
と、窓から見える夜の風景が心に引っ掛かった。
何かがおかしい。
……なんだ?
窓に近づいてみて、すぐに気付いた。
窓の向こうにあるべき、星空も月明かりも街灯も家から漏れる光も、何もない。あるのは、闇。真っ暗な闇が、あった。
「な……」
俺が窓際で立ち尽くしていると。
「おーい、言っておくけど、この建物の外には出ない方がいいよー。外の『混沌』に捕まったら、君は溶けて混ざって二度と元に戻れなくなるからねー」
軽薄な声で、物騒な情報が伝えられた。
「ねえー、いい加減こっちに来てくれよー。俺達親友だろー?」
今のままでは胡散臭い男に従うしかないようだ。
二言目には親友親友ってうるせえな。俺の親友の基準では、そういう言葉を連呼するやつとは絶対親友になんてなれないんだよ。
心の中で毒づきながらも、俺は男のいる場所まで向かう。
「で、なんだよ」
「いやあ、この部屋の中に用があってね」
「……ああ、そうかい」
よりにもよって、男の前にあるのは『開かずの間』だった。
「ねえ、鍵がかかっているらしくて開かないんだ。鍵持ってないかな?」
「さあな」
「そう。だったら、俺の鍵で開けようかな」
そう言って男が取り出したのは、間違い無く『開かずの間』の鍵だった。鍵についている鈴に見覚えがある。間違いない。
「なんでお前が持ってる!?」
そんな馬鹿な! この部屋の鍵は絶対に見つからないように物置小屋の奥深くに閉まっておいたはず――
「それじゃ、開けようかな」
「ばっ、やめろっ!」
俺の制止は一拍遅かった。男が「開けようかな」と言ったときにはもう開いたあとだったのだ。
「はは、何をそんなに嫌がっているんだい?」
部屋の中に入りながら、なんてことはないように感想を告げている。
「ああ……」
どくん、と大きく心臓が鼓動するのが聴こえた。
そんな馬鹿な。
どうしてあいつが鍵を持っていたんだ。
俺はドアが開ききる前に背を向けて壁に額をぶつけた。
部屋の中を見ることすら嫌だった。
壁に手をつく。
気がつけば、足が震えていた。
う、ううう……な、なんでこんな事に……。
い、嫌だ。
気持ち悪い。
近づきたくない。
「おおい、どうかしたのかい?」
「へ……部屋を、ドアを閉めろ……!」
「ええ、どうして? この部屋が嫌なのかい?」
「決まってるだろ……!」
部屋の壁一面に並ぶ、特殊な器具を見て、そう言っているのか。
磔台、三角木馬、天上には滑車がいたるところについている。壁にはこれ見よがしに様々な器具が並べられており、鞭だけでも10種類はある。
部屋の中で1番大きな家具であるキングサイズのベッドは、大人が3人並んで横になっても充分余裕がある。
大きさも様々な色とりどりのバイブレーターやローターがケースに綺麗に整頓されており、他のケースにも使い道がわからない器具が多数眠っている。
一角には、テレビとビデオデッキ、ビデオカメラににカセットラックがあった。ぎっしりと並んでいるビデオテープに貼られたラベルには、名前と番号が振ってあった。様々な女の調教の記録が延々と並んでいるのだ。
……親父が作った、最悪な部屋。
この部屋に入ることすら嫌で、かといって家の恥を誰かに見られるのも嫌で、二度と開けるつもりもなかった。
あれから一度も入っていないにも関わらず、鮮明に部屋の仔細に渡って思い出し、説明することが出来る。忘れたい記憶は、今もべったりと脳に貼りついて取れやしない。
とにかく、俺はそういったものと関わりたくなかった。俺が自分の性欲に嫌悪を抱くようになったのは、一重に親父が俺に見せつけていた放蕩な日々が原因だろう。親父と同じことにだけはなりたくない。だからこそ、俺はそういったものを自制してきたし、その自制が外れたことは絶対に許せないことなのだ。
親父の性欲の象徴であるこんな部屋、何があろうとも見たくない。
まさか、今、この場で開かずの間のドアが開くことになるとは、欠片も想像していなかった。
「ほら、早く入ってきなよ。お客さんも待ってるよ」
俺の腕をとって、部屋へ引き摺りこもうとする。
「やめろ!」
「いいや、やめない」
男は信じられないほどの力で、俺を抵抗などものともしないで開かずの間へと連れ込んだ。
そこで、俺は見た。
磔にされている、1人の女性の姿を。
「――っ!」
それが女だと認識した瞬間、俺は顔を背けた。一瞬だけみえた残像から、女が着ている服は、服とも呼べない隠している部分よりも露出の方が多い類の物だと容易に推測できた。
「どうかしたのかい? ああ、恥ずかしいんだね? はは、拓真は純粋なんだ」
「何のつもりだ……てめえ。理由によっちゃあ全殺し確定だ」
男の襟首を掴んで、引き寄せる。もちろん女の姿が視界に入らない立ち位置に移動してからだ。
「俺を殺す、だって? ぞっとしない話だね」
首を締められていても、苦しげな素振り一つせずに相変わらず笑顔を保っている。
「せっかく拓真のために用意したっていうのに……あまり嬉しそうじゃないね?」
「これが嬉しそうに見えるんだったら、お前の目ん玉はもう用無しだ。潰したってかまわないよな」
「おお、恐い」
どこまでが本気なのか、こいつは何をするにしても人を子馬鹿にしたような雰囲気がつきまとう。
……どうやら、俺が本気だということ身体に教えなきゃならないらしい。
「今から十数えるまでにお前が俺に対してやったことをまともに答えろ。さもなきゃ喉を潰す。――一つ」
「分かった。分かったから落ちついてくれ。まずはこの手を離してくれないかな?」
「――二つ」
喉を締める俺の手を軽く叩いてくるが、俺はカウントを続ける
「ああ、もう。せっかくここまでの演出を用意したんだよ? こんな簡単に種をばらすなんて……面白くないとは思わないかい?」
「――三つ」
「……やれやれ。仕方ない、降参だよ。全部話す」
肩を竦めて、男はようやく説明する気になったようだった。相変わらずへらへらとした笑いは消えないが。
「まず、この場に連れてきたのは、君を助けるためだ」
「だったら雪美ちゃんはどうしていない」
「雪美は助ける必要がないからさ。拓真はリトラルとの会話を憶えていないのかい?」
「…………」
なにか話をしていた気がするが、興奮していたからな。あまり憶えていない。
「やれやれ。忘れてしまったのか。だったら説明してあげるよ。雪美が持っていた『朝日を呼ぶ書』は、世界を滅ぼす原因となる存在……放浪大図書館が『虚無』と命名している存在を滅ぼすために、世界――いや、地球上に存在するあらゆる戦う力を記録した、まさに最強の武装だ。戦う力とは、戦い続けられる力とも言い替えられるかな。つまり、あの書の持ち主は絶対に死なないんだ。人類最後の1人になっても、明日を守るために戦うために作られた武具。いくら『虚無』とはいえ、放浪大図書館が作った模造品ごときに負けるはずがないじゃないか」
男の言葉を聴いているうちに思い出した。確かにリトラルはそんなことを言っていた。今になってようやく、俺がした行動について客観的に把握できた。
「……つまり、俺が助けに出たっていうのは」
「無意味ってことさ」
―――――――。
改めて誰かに告げられることによって、自分では認められなかった事実を受け入れられた。
余りのショックに脱力してしまい、男の襟から手を離れる。
なんてこった。
俺が勝手に熱くなっただけだったんだ。
あああああ。
また後先考えずに突っ走っちまった。なにやってんだよ俺。
「それで、助けたついでに親友の君に今までのお礼をしようと思って、このような場を用意したのさ」
両腕を広げて、「どうだ」と言わんばかりの態度。
弛緩しきっていた身体に力が戻る。
「ぐぇっ」
「それで、お前が礼だと言う、この嫌がらせはなんなんだ?」
男の襟を再び締めあげて、睨みを利かせる。
「俺は拓真のことを親友だと思っている。これまでの君に感謝しているからこそ、お礼をするんじゃないか――せめて苦しまないように、と」
「……何を言ってる?」
「こういうことさ。接続――反発する自我」
「ふう。最初からこうしておけば良かったかな」
「さて、どうしたものか」
「そうだな。俺の命令には全て従い、疑問を一切覚えない、ということにしようか。これならば命令の度に精神フォーマットに接続する手間もはぶける」
「いいか、拓真。俺の命令には絶対服従するんだ。そして、俺の言葉には疑問を一切覚えるな」
「切断――反発する自我」
「――っ!?」
知っている……命令だ。これで俺は目の前の優男の言葉の通りになってしまうのだ。意識ははっきりしているのに、身体は全く動かないし、考えることすら出来なかった。ただ目の前の状況を頭に詰めこむだけのような感覚だった。
「くそっ、俺をいいように操るつもりか――!」
「動くな」
襟首に指がかかろうというところで、男の命令に身体が硬直する。
くそっ!
「どうしてそんなに乱暴なんだ。暴力は怒りと憎しみしか生み出さない……そう思わないかい?」
知ったことか!
「俺達は親友だ。いいか? 俺のことを親友と思うんだ」
――――――――
「よし、動いていいぞ」
「てめえ!」
身体の自由が戻り、俺は遠慮なく男の襟首を締め上げる。
「な、どうして暴力をふるうんだい!? 俺達、親友じゃないか!」
「親友だろうとなんだろうと、やっていいことと悪いことがあるんだよ!」
「動くな」
くそっ、またか!
動かなくなった指から襟を抜き、男が少し呆れた表情で襟を直す。
「やれやれ。拓真にはもっと直接的な命令が必要みたいだね。いいかい、拓真。放浪大図書館に来てからこの場所に来る間の出来事を全部忘れろ。それに、俺に暴力をふるうな。俺に強い友情を感じろ。俺に優しくしろ」
――――――――
「もう、動いてもいいよ」
「……ああ、悪かった。ちょっと頭に血が上っちまった」
俺が男の肩を叩くと、
「いいんだ。気にしていない」
そう言ってもらえて、ほっとする。
俺はなんでこいつを殴ろう、だなんて考えてたんだ? まったく、つくづく自分の勢い任せな部分に飽きれてしまう。
「……そういえば、俺はいつから起きてたんだ?」
俺は自分の部屋で眠っていたはずだ。それなのに、リビングに飛びこむ以前の記憶がさっぱりない。
「この女はなんなんだ? いつから俺の家にいるんだ? お前が連れ込んだのか? それに、どうしてこの部屋の鍵を持っていた? 悪いんだが……お前の名前も思い出せない。教えてくれないか?」
「気にするな」
――――――――
「そうだな」
わざわざ考えるまでのことでもないか。
俺の反応に何やら満足したように頷く男。おかしな奴だな、何か特別なことをしたわけでもないだろうに。
「仕切り直そうか。……さて。拓真のために女を一人用意したんだ。好きなようにしてもらっていいんだけど、どうだい?」
「好きに、なんて言われてもな。本当に好きにしていいんなら、そいつを自由にしてまともな服を着せるな」
「それじゃあ困るんだ」
男を困らせたくはない。そんな顔は見たくない。今のは、そんなつもりで言った言葉じゃないんだ。
「だったら、どうしてもらいたいんだ?」
「そうだね、その女を徹底的に犯して、調教して、君の性奴になる様子を一部始終見せてもらえればいいなあ、と思っているよ」
「うーん……そうなのか? まいったな」
男の頼みなら、可能な限り叶えてやりたいと思う。だけど、それだけは勘弁してもらいたい。彼女でもない女とセックスするなんて、俺は自分を許すことはできない。
「女を見ていてくれないか?」
「ああ。それぐらいならいいぞ」
俺の視界に、女の裸が入ってくる。
身体全身にベルトを巻いているような格好で、胸や局部を強調するように締められている。ベリーショートの髪で、目には目隠し、口にはギャグボールを噛まされ、そこから雫が垂れて顎を濡らしている。胸はそれほど大きくないのだが、身体全体に余計な脂肪が見当たらない引き締まった体つきをしている。全身を拘束される姿はなんともいやらしいのだが、俺は彼女の身体が綺麗だ、と感じていた。
首輪や手枷足枷は、磔台から伸びている鎖に固定され、彼女は胸や局部を隠すことすらできず、俺に全てをさらけ出している。
「くっ……」
見ているのが辛い。
彼女に興奮している自分が許せない。
目を逸らしたいのだが、それはできない。あいつの頼みだ、俺は見なければならない。
「拓真。今日、君はこの女に酷い目に合わされたろ? その仕返しをさせてあげようと思ったんだよ」
目の前の女は誰かは分からない。だが、こいつがそう言うのだから、俺は酷い目に合わされたのだろう。
「そうだったのか。そういう風に考えてくれるのは、正直嬉しいぜ」
「お礼を言われるほどのことでもないよ。それで、仕返しに犯すっていうのはどうかな? とても良いアイディアだと思わないかい?」
その通りだ。良いアイディアだ。
だが、俺は目の前の女を見ていても、さほど憎しみを感じてはいなかった。仕返しをするという気にもなれない。
ギャグボールから唾液が雫が落ちる。彼女は俺達の会話が聞こえているだろうに、身じろぎ一つしない。
「いや、ここまで用意してもらって悪いけど――」
「――犯したくない、と。なるほど、これだけお膳立てしてあっても欲に流されないのか。リトラルが気に入るだけのことはあるね。だけど困ったなあ。拓真が自分から進んで堕落してくれないと意味がないんだよ。ほら、お前からもお願いしな」
男が指を鳴らすと、女が突然身じろぎをはじめた。
「ん……ふーっ、ふうーっ、おふふぉうふおう、おおうおおっふおふぉおおう」
ギャグボール越しに聞こえる声は、言葉をなしていなかった。
「彼女が言うには『お願いします、私を罰して下さい』、だってさ」
「罰しろ、ったってなあ……」
この状況で罰といったら、……その、いわゆるエッチなお仕置きしかないだろう。理由もなく、いや、例え理由があったとしても、そんなことするつもりはない。別の罰……ここのマンションの階段を五往復でもしてもらおうか。これはかなり辛いぞ。
「拓真。この女にされたことを忘れたのかい?」
こうも直接尋ねられては、正直に言うしかないだろう。
「……悪い、実はそいつが誰だか分からないんだわ」
すると、ははっ、と男が笑い出した。
「なんだ、そうだったのか! いやいや、拓真も随分とお人好しだと思っていたけど、そういう理由だったのなら理解できるよ」
女の側までいくと、頭の後ろに手を回してなにやら金具をいじり始めた。
「ほら、これなら誰かわかるだろう?」
目隠しをはぎ取られた顔には、確かに見覚えがあった。仕返しをしようと考えたこともある相手だ。
「……津村」
学校での威勢の良さなどすっかり鳴りを潜めた津村が、泣きそうな、懇願するような瞳で俺を見つめていた。
「そうさ、津村道子だよ。今日、君をソフトボールで昏倒させて、一度も謝らなかった酷い女さ。さあ、これで仕返しをしたくなったかい?」
「……いや」
力なく、首を振る。
この目は知っている。鏡で見たことがある。とても後悔している目だ。どんな償いでもするから許しを請う目だ。
こんな目をしているやつに、仕返しなんか出来るわけがあるだろうか。
一歩、後退する。
見るな。俺には何も出来ない。
津村、俺は目をそらせないんだ。だから、俺を見ないでくれ。
抵抗してもらわないと、俺は耐えられなくなる。そんな、罰を受けることを享受するような目をやめてくれ。
お前が俺を見る限り、俺もお前の瞳が見えてしまう。
そんな目で俺を見ないでくれ……!
「はあ。どうやらこの程度じゃ永久に足踏みを続けることになるみたいだね。だったら、こうしよう。……拓真、この女――津村道子はお前の彼女だ。お前は彼女のことが好きだ。愛している。拓真とこいつは相思相愛だ。そう思え」
――――――――
「…………」
津村が彼女……。俺が大好きな津村が、俺の彼女に……。
「彼女だったら、犯したっていいだろ?」
「ああ……」
呆然と、俺の彼女である津村を見る。
俺が性衝動をぶつけるのは彼女でなければならない。
彼女を作らなければ、俺は誰にも性欲をぶつけない。あやまちを繰り返さないために決めたルールだ。
誰かが聞けば飽きれてしまうだろう。だが、俺は絶対に守ると誓った。彼女なんて最初っから作るつもりはなかった。そうすれば、俺は二度と性欲に我を忘れるなんてことにはならない。
そうして、俺は実際にその決心を支えにしてルールを守り続けてきた。
それなのに、彼女ができてしまった。
耐えるために固く誓ったルールは、今更変えるなんてできないくらい俺の心の中に根付いている。当然、逆の方向にも強くルールは反映してしまう。
好き合っている者同士なら、性的な関係を結んだっていい。我慢していた分、反動も大きい。今の俺は津村を好きにしてもいい、とすら思ってしまっているのだ。
解放されてしまった欲望に後押しされ、俺は津村の恥ずかしい姿を見ることに遠慮しなくなっていた。
「そうだなあ。拓真には苦しんでもらいたくないし……。接続――線路に残る悔恨」
男が何かを話している。だが、俺はほとんど上の空で、津村の裸体を見るのに夢中になっていた。
俺の、恋人。
やっとできた。俺の全てをぶつけられる相手。
もう我慢しなくていいんだ。
俺の大好きな津村を、好きにできるのなら……これほど幸せなことはない。
俺は吸い寄せられるように、磔になっている津村へと歩み寄っていく。
「再設定モード起動。精神フォーマット設定――思考パターンにおける基準反映率を100%に変更。精神フォーマット設定終了。再設定モード終了。津村道子、お前は拓真のことが大好きだ。拓真はお前の恋人だ。切断――線路に残る悔恨」
俺は、磔にされている津村の胸にそっと触れた。ベルトが無理に寄せ上げている膨らみ。柔らかくてすべすべする。
「んーっ! ふふう、んうふうーっ! んーっ!」
突然、磔になっていた津村が暴れ出した。
そのおかげで、欲望一色に染まっていた俺も我を取り戻した。何を言っているのかわからないが、胸に触れたことを咎めているのだろう。慌てて手を離す。
「あ、わ、悪い!」
「鎖、放して――だってさ」
こんな呻き声なのに、何を喋ったのかよくわかるな。男の耳の良さに関心してしまう。
「そうか。通訳悪いな」
「いいさ。俺は拓真のことを親友だと思ってるからね。今回の館長代理が拓真だったのは残念だけど、できるだけ気持ちのいい思いをさせてあげるよ。性欲に溺れてもらって、二度と浮き上がれないくらいに沈んだ頃に命令を解除してあげる。そうすれば、いくら拓真でも性欲に逆らうなんてできないだろ? ……ああ、そうそう。もう津村だけを見なくていいよ。じゃあね」
ドアを閉め、部屋から出ていく男の気配は感じていたが、俺は津村を鎖から解放するのに忙しくて、最後の言葉のほとんどを聞き流していた。
ようやく四肢と首を捕らえていた鎖をほどくと、津村はギャグボールを止めているバンドに手を伸ばす。
だが、うまくできないらしく、
「んんー!」
ベルトを指差して「外せ」と俺を睨む津村に従い、ギャグボールも取ってやった。
外すなり、津村が威勢よく怒鳴り散らした。
「なんでこれが最後になんのさ! 普通一番最初に外すもんじゃない!? これつけてんの、すっごい苦しいんだかんね!」
勢いは凄いが、顔を真っ赤にして胸とアソコを隠してその場にしゃがみ込みながらでは、迫力も半減だ。むしろ面白可愛い。
「いや、つけたことねえから知らねえし」
「だったらつけてみな!」
そう言って、ギャグボールを俺に差し出す。だが、自分の唾液でべとべとになっていることに気付き、後ろ手に隠してしまう。
「あああああ、あんたっ! なにか着るもの持ってきて! それから後ろ向いて! 今すぐ!」
「……ええー?」
「なんで嫌そうなのさ!」
「お前のことを、もっと見ていたいから」
「なっ……」
俺の言葉に絶句してしまう。視線を逸らし、津村は不機嫌そうに声音が低くなる。
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃないよ。いいから後ろ向いて」
「嫌だ」
俺は津村の腕を引っ張って、立たせようとする。
「えっ? ちょっと、やめてって……やめな! あっ……お願いだから、ねえ!」
腕を取られて隠せる腕が一本減ったため、津村は残った腕で胸を隠し、屈みこむような姿勢で太ももを擦り合わせて局部を隠している。
「なあ、津村」
「な、なにさ」
俺の呼びかけに、津村が俺を見てくれた。俺は津村の瞳を真っ直ぐに見る。
「俺、津村が好きだ」
「……そう」
が、すぐに視線を逸らされた。
俺と津村は恋人同士……恋人同士のはずだ。間違いない。それなのに、どうしてこんなに不安なんだろう。
捕まえておかないと、今すぐに離れ離れになってしまう。そんな強い不安に、俺は津村が嫌がっているにも関わらず、腕を離すことができないでいた。
「なあ。俺さ、すっごいスケベなんだよ。お前と色んなことしたくてしたくて、今も我慢するのでギリギリなんだ。俺は津村を抱きしめたい。津村とキスしたい。津村とセックスしたい。津村の全てを俺のものにしたいと思っている。でも、津村が嫌がっているから、俺はなんとか踏みとどまっていられる。好きな相手が嫌がることはしたくない。どっちも俺の本心だ。だから」
喋っているうちに、気が緩んだせいか抱きしめたい衝動が限界に近づく。言葉を切り、落ちつけと念じながら呼吸を繰り返す。
好きだから抱きたい。俺の性欲をぶつけられる相手だから、抱きたい。でも理由はそれだけじゃない。
不安なんだ。恋人同士だと実感できる何かをしたくて、俺は津村と何でもいいから恋人同士の証拠となる行為をしたくなっている。
「だから……何なのさ」
俺とは視線を合わせないようにしながら、津村が続きを促す。
「……だから、よく考えて俺の質問に答えてくれ。俺は、今すぐ津村とセックスしたい。だけど、お前が嫌なら俺は抱きしめたりしない。キスもしない。いいと言うまで我慢する。津村のことを傷つけたくない。けど、俺は――」
気力を振り絞って、俺は津村の腕から手を離す。津村の存在自体が、俺を誘惑しているようだった。津村と色んなことをしたい。肉体的な繋がりだけじゃなくて、精神的にも。
考えてみたら、俺は津村のことを何も知らない。もっと言葉を交わしたい。津村のことを沢山知って、俺のことも津村に沢山知ってもらいたい。
そんなことを考えても、俺は津村を抱きしめるのを我慢するだけで精一杯なのだ。今の言葉だって精一杯の虚勢でしかない。津村に俺の情けない部分ばかり晒すわけにはいかないだろう。
だけど、津村のことを大切にしたいというのも俺の本心でもある。建前なんかでこの衝動が我慢できるはずがない。
津村は、俺の質問をじっくりと考えているようだった。
……ああ、考えこんでいる津村って可愛いな。いや、津村だったらどんな表情でも、どんな仕草をしていても可愛い。『好きになった奴がタイプの女だ』なんて考えていたけど、まさにその通りだ。俺にとっては、津村こそ世界で一番の女だ。今日会ったときはなんて凶暴な女だ、と思っていたが、とんでもない。過去に戻って俺自身をぶん殴ってしまいたい。
「ねえ、あたしもあんたのこと……好きだよ」
突然、津村がそんなことを言った。その一言で、はしゃぎたくなるほど浮かれてしまう。
「だけどさ――おかしいよね? あたし、あんたの名前知らないんだよ? パウパウにまとわりつく嫌な男だとしか思ってなかったから、名前も覚えるつもりもなかった」
「……そうか」
その言葉に、俺は谷に突き落とされるような落下感を味わった。……いや! 津村は俺のことを好きだって言ったんだ! それを信じろ!
「だからさ、あんたの名前を教えて」
「山崎拓真だ」
「そう。じゃあ拓真、あたしのことを名前で呼んで」
「……道子」
言う通り名前で呼ぶ。
すると、道子がそれだけで笑ってくれた。俺が道子を笑わせた。それだけのことが嬉しくてたまらない。
「なあ。あたし、すっごい独占欲強いんだ。その上嫉妬深いし、口よりも先に手が出るし、態度とかすっごい男っぽいし――」
道子が自分の欠点を並べたてる。
同じような気持ちになっている俺は、道子のことがよくわかった。
自分の悪い部分を知って、それでも俺が好きでいてくれるかどうかが不安なのだ。嫌われるのなら、引き返せなくなる前に、傷が浅いうちに、なんて考えているんだろう。
馬鹿な奴だ。俺が嫌うなんてことは絶対にあるはずないのに。
「大丈夫だ。俺はどんなことがあっても道子が好きだ」
「本当に? もし、あたしを抱いたりしたら、あたしは絶対に拓真を逃がさないよ。他の女と付き合ったりしたら、それを知った途端に泣き叫んじゃって、どこにいてもあんたのこと殴りに行くよ」
「ああいいさ。殴ればいい。そんなことはありえないけどな」
「……なんでそんなこと言いきれんのさ?」
決まっているだろう。そんなことも分からないのか?
そうか。
どんなに想っていても、言葉にしないと伝わらないのか。
俺もきっと道子が一言でも俺を好きだと言ってくれなければ、どんなに親しくなったとしても、ずっともやもやを抱えているのかもしれない。
俺は、俺の本心を言葉にする。
「道子のことが好きだ。大好きだ。お前以外の女なんて目に入らない。お前だけいてくれれば、他に女なんていらない」
「ほんとに?」
「ああ」
「ねえ、ほんとに? あたしのこと、ずっと好きでいられる?」
俺を見る道子の瞳が、涙でうるんでいた。
泣くな、道子。そう言いたかったが、想わず抱きしめてしまった。
「好きだ。ずっと好きだ。お前だって、俺のことをずっと好きでいられるか?」
「当たり前のこと訊くな」
道子の声は、震えていた。腕が俺の背中に回される。
「……ねえ、あたしのこと、抱きたい?」
「抱きたいに決まってるだろ。俺がさっきなんて言ったかもう忘れたのか?」
鼻をすする音がする。
「抱いたら、もう駄目だよ。あたしは、ずーっとあんたのことを好きでいることになるよ。それでもいい?」
「その方がいい。俺は、道子がずっと俺を好きでいてくれる方がいい。お前だって、俺がずっと好きでもいいのか?」
「いいに決まってるじゃない! ……馬鹿なこと訊くな」
怒る道子の声は、泣いていた。
俺の胸に顔を埋めて泣いていた。
道子が泣くのにつられて、俺も泣いてしまった。
全然悲しくないのに、むしろ嬉しいくらいなのに、道子が嗚咽を漏らすたび、俺の瞳から涙がこぼれた。
抱き合っていた俺達は、自然と唇を重ね合わせていた。
そして、お互いに進んでベッドへと向かった。
「ねえ……ほんとにこの格好ですんの?」
「もちろん」
ベルトを全身に巻いたようなボンテージを着たまま、道子が布団にくるまって身体を隠しながら言う。
「これ、裸になるよりも恥ずかしいんだけど」
ぶつぶつ文句は出ていても、脱ごうとしないのが嬉しい。
「拓真は、こういうのが好きってわけ?」
「……そういう風に訊かれると、なんか恥ずかしいな」
「あたしの方が恥ずかしいに決まってるだろ!」
ごもっとも。
「好きか嫌いかどっちか選ぶなら、断然好きだな。エッチだし、色っぽいし、可愛いし」
俺が褒め言葉を並べるたび、道子の顔が赤くなっていく。
「……照れた?」
「訊くな!」
道子の鉄拳が俺の鳩尾を急襲。
「ぐおおおお――」
や、やるな道子……お前ならその拳で全国を狙えるぜ……。
俺が腹を押さえてベッド上で悶えていると、道子は布団の中に潜ってしまった。
「あのさ……。あたし、処女じゃないけど……それでもいい?」
突然の衝撃的な告白に、俺は一瞬言葉をのむ。
「お、俺はお前の処女に惚れたわけじゃないぞ」
慌ててそうは言ってみたものの、やはりショックではある。好きな相手の初めての男になりたいと考えるのは、当然ではないだろうか。
「あたしさ、最初に好きになったのがあんたじゃなかったのが悔しい。なんであんな馬鹿に惚れちゃったのかな、ってさ……」
「いや、お前は悪くないって!」
道子が落ちこみはじめている。なんとか励まさなければ。
「道子が今好きなのは俺だろ? だったらそれでいいって! そいつ以上に俺のこと好きなんだったらそれでいいから!」
「……ありがと」
道子が、布団の中から出てきた。
ベルトに強調された胸も、露になっている股間も隠さず、手を後ろに組んで俺の前に座った。
「これで、よく見えるでしょ……?」
顔を背けて、俺に言う。俺のためにしてくれているのが嬉しい。俺にだけ見せてくれるのが嬉しい。俺の前に道子がいるのが嬉しい。
「道子。道子の顔をちゃんと見みせて」
顔を赤くさせながらも、俺を見た。まるで睨むかのような表情だが、恥ずかしいのを我慢しているからなのだろう。
俺は道子に近づいて、両手で胸を触った。掌に感じる弾力。優しく掌全体で押したり、指を動かしたりして胸の手触りを楽しむ。
「柔らかいな」
「……小さいでしょ」
「俺は気にしない」
もにもにと道子の胸を揉んでいると、そのうち指に固くなっている感触があるのに気がついた。
立っている乳首を、人差し指と親指でつまむ。
「ふっ!?」
全身がビクリと震える。つまんだまま、引っ張ったりひねったりして、指先で転がす。
「ちょ、ちょっと、くすぐったい……」
「気持ち良くない?」
俺が訊くと、首を大きく振って否定してきた。
仕方ないな。
「……ちゅっ」
乳首にキスをすると、道子の身体がまた跳ねた。
「ひうっ!?」
あ、可愛い悲鳴。
「ああっ、もう駄目! ちょっと待って!」
俺の頭を掴んで無理矢理乳首から引き剥がす。
「なんだよ」
こんな楽しいことを止められるのは、正直面白くない。
「あたしがやるから」
何を? と尋ねる前に、道子は俺のベルトを外しにかかった。
「おい、ちょ、えぇ!?」
手際よくベルトをはずしてファスナーを下げられた挙句、ズボンを強引に引っ張られた俺は仰向けに寝転んでしまい、あれよあれよという間にズボンを脱がされてしまう。
そのまま道子は俺の下半身に覆い被さり、パンツに手をかけた。
「待て! 落ちつけ! いや、落ちついて! ちょっ、待てってやめろやめてやめてきゃあああああ!」
俺の抵抗も空しく、俺は下半身を丸裸にされてしまった。
俺自身に驚いた。まさか女の子みたいな悲鳴を出すとは。とっさのことに慌てたのもあるが、心の準備もないままにパンツを脱がされるとはそれだけ恥ずかしいということだ。
「そんな悲鳴あげるんじゃないよ、みっともない。ほーら、お姉さんがいいことしてあげますからね~」
今のですっかり主導権を道子に奪われてしまった。子供をあやすような猫なで声で、寝転がっている俺に四つんばいで近づいてきた。
「おい、ちょっと待てって……うっ」
道子は躊躇わず俺の股間のモノに手をかけた。
「うわ、すごい元気」
最初っからいきりたっているソレをやわやわと握りながら、関心したように呟かれた。眺められながら感想をいわれるのは、少し恥ずかしいものがある。
「そりゃあ……興奮だってするだろ」
「興奮する?」
上半身を持ち上げて、腕を寄せて胸を見せつけるような姿勢をとる。主導権を握ったことが余裕に繋がったのだろうか、随分と積極的だ。
「ああ、興奮するね」
腕を伸ばして胸に手をかける。
「駄目だって。あたしがしてあげるから、大人しく言う通りにして」
言うほど嫌がっている様子はない。俺が胸を揉んでいると、道子のやわらかく握っていたソレの手の動きが、次第にしごくように縦に動きだす。
「くっ」
「あ、なんか良さそうだね」
少し表情を変えただけで、道子が目ざとく見つけて嬉しそうに笑う。そうして、擦る力を強めてきた。
「拓真のこと、こういう風に気持ち良くできるんなら、あいつに色々覚えさせられたのも無意味じゃなかったって思えてくる。……あ、信じてもらえないかもしれないけど、あたし、抱かれたことあるのって一回しかないんだかんね、一回だけ!」
「そんな強調しなくたっていいって。俺は、お前がいてくれればそれでいいんだから。……気にならないといったら嘘になるけどな」
「抱かれるのが嫌で、変わりに別のことをしてたら……色々覚えちゃったわけなんだけど」
小声でいいわけのようなものをしながら、擦る力を強くしていく。
ジリジリとした快感が、股間から背中を通って脳へと伝達されていく。
「どうする? このまま一回出す? それとも……口でしてあげようか?」
積極的な台詞に、興奮が更に高まっていく。
だが、気持ち良くしてもらうだけというのは嫌だった。
「いや……。やっぱり俺もする!」
「あっ、やめなって言っただろ! 駄目だって……恥ずかしいから……!」
道子の腰に腕をからめて身体を引っくり返し、横に寝かせる。腰を引き寄せて、道子の股間を隠していたベルトを外していくと、俺の目の前に道子の秘所があらわになった。
やっぱり、道子のことを気持ち良くしてやりたい。当然ながら、じっくりと見てみたいというのもある。
「なるほど、道子のはこうなっているのか」
「声に出すなぁ……」
道子が情けない声で注意してきた。
「恥ずかしいんだって……。することはあっても、そういう風にされたことってなかったんだよ。だから、駄目なんだって……」
責めよりも受けの方が恥ずかしいのか。……わかるような気がする。
だが、俺はそういう可愛い道子も見てみたい。
「俺はこういうことが大好きだ」
「そんなこと言い切るなよ……うぅっ!?」
「くっ」
女性器にキスした途端、道子の身体が震えた。同時に、握りっぱなしだった俺のモノへの刺激が一瞬強くなった。
俺はゆっくりと舌をつけた。
「ひっ!」
そのまま、割れ目のまわりをゆっくりと舌を動かして一周していく。
「ふうぅぅぅぅぅぅぅ……」
我慢できなかったのか、道子は吐息にしては大きな音をだした。
俺がなにかする度に反応が返って来る。それが嬉しくて、正直ちょっと楽しい。俺は舐めやすいように両腕で道子の腰を掴んで、顔に近づける。
「あっ、まだやんの!?」
俺がこれから何をしようとしているのか理解したのだろう。
口を開けて、道子の股間に思いきり唇を押し付けた。
「ひゃっ? あ、ああああああっ!」
道子の中に舌を差し込み、舐めまわす。ひだを舌で掻き分け、唇を押し付けるようにして性器を愛撫し、あいている掌でお尻を撫でまわす。お尻は小さめで余分な肉がついてないのか少し固い感じがした。けれど、張りはあってすべすべしてて手の動きは次第に大きく、こねまわすようになっていく。
「くふぅぅ、も、もう……! ――んちゅっ」
「うくっ!?」
股間が生暖かい何かに包まれた感触に、思わず愛撫の動きを止めて自分の股間を見てしまう。すると、道子が俺のモノを頬張っているのが見えて、その光景に俺は興奮してしまう。
「ぷはっ。ふふっ、今すっごい跳ねたよ。ビックリしただろ」
道子に「してやったり」という風に笑われる。それが悔しくて、俺は無言で道子のアソコを舐める作業を再開させる。
「あっあっ、く、くすぐったいって言ってるのに……!」
言ってもやめないのがわかったのだろう、道子も無言で口淫を再開させて、無言の反抗をはじめる。
「じゅる……ぷう、はあ、はあ……れろ、にゅろ……」
舌の動きをどんどん加速していく。
「じゅっ、じゅっ、じゅっ……ふう、はあ……ちゅっ、ちゅちゅっ、レロレロ……」
道子も口の動きを早めていく。
俺が舌を動かせば動かすほど、股間に与えられる快感が増していく。気持ち良くしようと始めたことが、いつの間にか更なる快感を得るために愛撫を強めているような錯覚に陥っていく。
まるで間接的にオナニーをしているかのような感覚。
快感が一気に身体を支配していく。
もう、俺はさっきからいつ果ててもおかしくないくらいに昇りつめていた。ただ、道子がまだイク気配すらないから、半ば意地で耐えているだけだ。快楽から逃れるために、目の前の行為に没頭するのだが、それが更に相手の愛撫を強くさせてしまい、結果として悪循環になってしまっていたが。
俺の頭は道子の太ももに挟まれ、一層密着する。
「んっ……」
密着していたため、ふるふるっ、と道子の身体が震えたのもわかった。
もう少しでイクんだな?
俺がもっと激しくしようと息を大きく吸いこんだとき。
「拓真ぁ……」
甘ったるい声に、心臓がドクリと跳ね、俺の動きが止まってしまう。
「好きぃ……大好きなのぉ、拓真のチンチン、すごく好きぃ。ねえ、出して、白くてあっつい拓真の精液、あたしに飲ましてぇ……。飲みたいの、あたし、拓真の精液飲みたいよぉ! ねえっ、あたしの上の口から拓真の精液で種付けしてぇっ!」
――――ぷち。
「あ」
ビクッ! ビュっ、びゅびゅっ!
「あははっ、やっと出てきたぁ……」
道子の言葉に精神を焼かれた俺は、今まで耐えに耐えていた堤防をあっさり決壊させてしまった。
ああああああ。駄目だ。いまの台詞はすっごい興奮した。あれで興奮できないなんて男じゃねぇ。
「んく、んくっ……げほっ! んぅ、げほ、久々だったから飲みにくいわ。ほら、全部飲んであげるから最後まで出して」
そう言って、まだ俺のモノから口を離さない。じんわりとした快感が今も続いている。
ちくしょう……。負けた。負けちまったあ。
いや、勝負をしていたわけではないのだが、先に射精してしまったことに少し自尊心が傷ついた。
「やっぱりエッチなこと言われる方が興奮するんだ?」
尿道に残った精液を吸い出しながら、そんなことを訊いてくる。
「そりゃあ……あんなこと言うとは思ってなかったし。ひょっとして……?」
「まあ、ね」
そういう言葉も前の彼氏に教えてもらったっていうことか。……前の男にも俺は負けたような気分になってくるのは何故だろうか。
半ば自棄になって、俺のモノを咥えている最中に自分から腰を振って、一滴でも多く道子の口に精液を出してやろうと努力する。
股間にある、ぬるぬるする感覚。
柔らかい快楽。強すぎず、弱すぎず、ずっと感じていたくなるような暖かい感触。
「ん、ん、ん……、んううーう?」
俺のものを口に含んだまま、道子がなにか喋った。
しかしながら、勝負に負けたことと前の彼氏に負けたという二重の敗北感にすっかりいじけてしまっている俺は、素直に道子の声を効く気にはなれなかった。
腰を揺するのを止めずに、俺は道子の股間を指でいじりはじめた。
「んうっ!?」
道子の身体が跳ねた。
「ぷはっ、ねえ、もういいでしょ?」
何やら焦った声。
「…………ほう」
ピンときた。
どうやらまだ道子との勝負をイーブンに持っていくことはできそうだ。
「なあ、まだ俺の舐めててくれよ。優しくな。一度出しちゃったんだからいいだろ?」
「そうじゃなくてさ――」
「なあ、頼む。お願い。舐めててくれよ。くれぐれも強くしないでくれよ。出したばっかりで敏感になってるんだからな」
「――はあ。わかった。もう好きにしなよ」
諦めた調子で、道子がそっと俺のモノに舌をつけはじめた。
「ぺろぺろ、れろ……ちゅっちゅっ、ん……」
俺の言った通り、優しくいたわるように舌と唇が俺のものをなぞっていく。
ぞくぞくした快感に身を委ねながら、俺は最後の反撃を開始した。
「っふ! れろ……ぅう! ちゅぅ……んあっ」
漏れ出る声に、指の動きに翻弄されているのがわかる。
……ここに、男のモノが入るんだよなあ。
膣口を指で撫でながらしみじみ思う。
男のモノが入るんなら、指だって入るよな。ふとした疑問が、好奇心を刺激する。
人差し指を、ゆっくりと道子の中にうずめていく。
あったかい。それにぬるぬるしてる。濡れているのは唾液だけのせいじゃあないだろう。
「んんーっ! はあっ、そんなとこに指入れるなっ」
抗議の声を無視して、指の付け根まで埋没させる。全体的に、柔らかく圧迫される感じ。指を回転させてみたり、壁の感触を確かめてみたりする。
「あっ、ああっ? ふうっ、やめてよ……ひっ!? う゛う゛ーっ!」
俺が指を動かす度に、ビクリ、ビクリと面白いくらい道子の身体が反応する。
そういえば、まだ女の男性器と呼ばれる部分に触れていなかった。膣口の上にある半ばまで埋もれている小さな突起を、指でむきだす。
「ひあっ!? あ、お願い、そこだけは触らないで――」
「イ・ヤ」
人差し指で中をかき混ぜながら、突起を親指で潰した。
「あひゃあっ!?」
ビグンッ、と身体が大きく跳ねた。今までで一番大きな反応。
勢いに乗って、親指の動きを大きくしていく。
「ちょっ……痛いっ……刺激、強すぎ……!」
身体を震わせながら、辛そうな声を出す。本当に辛いのだろう、俺はさすがにやりすぎた気になって親指を離した。
「ふう……」
道子が安堵のため息をついた瞬間。
「はあっ!?」
突起を口に含んだ。
今度は痛くならないよう、優しく舌で転がす。当然、人差し指も膣内での動きを止めたりしない。
「あっ、あーっ!」
ガクガクと身体が震える。
「駄目! もっ……ああーっ! くっ、う、んーっ!」
もうそろそろイクな。
指の動きを大きく中全体を掻き回すように動かし、止めとばかりにクリトリスを軽く噛んだ。
膣内が指をきゅっと締めると。
「あ゛っ、んんーーーーーーーーーーーーー!」
身体を反らし、足を大きく突っ張って、道子の身体が痙攣した。道子の中から愛液が少し垂れてくる。
最後に声を噛み殺されたのがちょっと悔しかったが、イカせられたのが嬉しい。
嬉しかったので、ついクリトリスに吸いついてしまった。
「やっ、め……あはあああああああああああああああああっ!」
ビクビクビクビク、と再び道子の身体が痙攣する。
……二回目か?
早いな。
と、道子が俺の頭を手で押してきた。
「もっ、もういいでしょっ。そっ、そろそろ離れな……」
息も絶え絶えにそう言われると――
――イタズラしたくなるではないか。
「な、なにさその目は……やっ、いやだっ、やめてお願いっ、もう辛いんだからはあっ!? あはあああああああああああああああああ!」
膣内に入れる指を二本に増やす。それだけで道子の中はとても狭くなってしまった。その状態で指を激しく動かす。
「やめっ……おねがっ、いっふうううううううううううううっ! んふうううううううううううううううううっ!」
クリトリスを舌でめちゃくちゃに転がす。唇で思いきり挟んでみたり、歯の平らな部分で強く押し当てて転がしてみたりもする。
思いつく限りの愛撫で、道子に絶頂を与える。俺の行為にこれ以上ない形で応えてくれるのだ。やめられるはずがないだろう。
何度もかかる制止の声を無視し、何度も絶頂に導くこと数回。
「まっれ!」
今までで一番強い調子で響いた制止の声に、愛撫することに夢中になっていた俺は我に返った。
「ふうっ、ふうっ……。も、もうらめらっれ……。ほら、もうひゃんとひゃべれなくなっれひれるらろ……」
力無い懇願に、俺は愛撫を止めて顔を上げる。ちょっと見ない間に、道子の顔はすっかり様変わりしていた。度重なる絶頂で真っ赤になっており、頬には真新しい涙の跡があった。目も少しうつろで、うるんだ瞳で俺の顔をじっと見つめていた。
「……可愛い」
「へっ? ――ひうっ!」
再開させた指の動きに、道子は敏感に反応する。指をそのままに、俺は道子に覆い被さるような姿勢で唇を求めようとした。
「は、あ、あ……。らめら……あっ、あっ、き、きらないらろ……」
唇を腕で隠し、横を向く道子。
「汚くないって。……ああ、俺、お前のアソコ舐めてたしな。やっぱり自分のは舐めたくないか」
「りがうっれ……。あらひが、らくまの飲んれらから、それれ……」
「なんだ。そういうことか。――俺は気にしない」
「あっ」
力の抜けている道子をどうこうするなんて簡単だった。かばう腕をどかし、強引に唇を奪う。舌を差しこんで、口の中を蹂躙する。道子も懸命に舌をからましてくれる。
「ふっ、んんっ、ちゅっ、じゅちゅっ――」
「ちゅぶっ、ちちゅー……ぷっ、ふう、ふう……ちゅる、じゅじゅじゅじゅっ――」
力一杯道子の身体を抱きしめて、深いディープキスをした。
身体を離すと、道子はどこを見ているのかもわからない、ぼーっとした顔で上を向いていた。
「道子……最後までして、いいか?」
俺の呼びかけに、道子の焦点が俺の顔に合う。
「……ここまれしれおいて、今更すぎらろ?」
道子がとろけきった顔で、微笑む。愛撫を止めたせいか、少し身体に力が戻ったのだろう。口調がさっきよりははっきりとしている。
「そうだな」
苦笑して、俺は道子の腰をつかんで引き寄せた。度重なる絶頂に道子の股間部分のシーツには染みができてしまっていた。受け入れる準備は充分に整っている。
「いくぞ」
「ん」
狙いを定めて、腰を鎮めた。
――ズヌヌヌヌヌ
少しキツめの膣内に、ゆっくりと俺のモノが侵入していく。根本が入りきるまでさほど時間はかからなかった。
「ふう……」
「はあ……」
互いに、小さく息を吐く。
「やっと、一つになれた……」
道子が感慨深げに呟く。
「そうだな」
俺だって同じ気分だった。こうして身体が繋がっているのは、とても安心する。
「ねえ。あらし達、恋人同士らろ?」
「ああ」
「るっと一緒なんらよな? 離れなくても……ずっと抱き合ってらって、いいんらよな?」
「ああ」
「らのに、ろうしてこんなに不安になるんら? これ以上繋がることもれきないのに、だったらろうすればこの不安を消せるんだ?」
道子は泣いていた。
「なあ道子。今、幸せか?」
道子は泣きながら頷いた。
「……それ以上に不安なんだな?」
道子は泣きながら、何度も頷いた。
「俺も不安だ」
繋がったまま道子の身体に覆い被さり、抱きしめる。
「なんでこんなに恐いんだろうな? お互いに好きであることを確かめ合って、お互いの身体に触れ合って、繋がってさえいる今でさえ、次の瞬間にはなにもかも終わってしまうような気がする」
「そうなんだよぉ……」
道子が俺の背中に腕を回してきた。腰にも足を絡ませ、今までにないくらいお互いの身体が密着する。そうなると、ベルトのゴツゴツした感触が邪魔になってくる。強く抱きしめればそれだけ道子の体温を感じられるのだが、少し身じろぎするだけで痛い。
「なあ、ベルト外さないか」
「もう離れたくない」
俺の身体にしがみつくようにして、道子が拒否してきた。
「もっろ、もっと近づきたい。このまま溶けて拓真と混ざり合いたい。そうすれば、そうすればきっと不安も消えると思うから……」
「だけど、そうなったら俺は俺でなくなるし、道子も道子でなくなる」
俺は優しく道子の頭を撫でてやった。ベリーショートの髪は思っていたよりも柔らかく、さらさらとした感触だった。
「恐いけどさ、俺は道子と混ざり合いたいとは思わないぞ。俺はこうして道子を実感していたい。笑い合いたいし、触れていたいし――当然、こういうこともしたい」
「ひう」
俺が腰を軽く動かすと、道子が小さく声をあげた。
「……ばか」
鼻をすすりながら、道子は笑った。俺も笑う。
「だからさ、安心しろよ。俺は絶対この気持ちをなくさない。なくしたくないものは、簡単になくせるもんじゃない。道子が例え忘れても、俺は忘れない。絶対に」
手に取るように道子の気持ちがわかる。俺と道子はきっと同じなんだろう。
その感情は、あまりにも突然に現れ、あまりにも深すぎた。
持て余すほどの大きな気持ちは、大切だと思う反面、失う瞬間を考えると恐ろしくて叫びだしてしまいそうだ。
恋愛というにはお互いに費やした時間が少なすぎて、同じだけのわずかな時間で醒めてしまいそうな錯覚が常に懐にある。
感情の大きさに反比例して、互いの感情を確かめる時間が少なすぎる。しばらくすれば落ちつくかもしれないが、時間が必要なのは今で、どうにかすることはできない。
だから、出来ることはなんでもして、お互いに離れないことを実感しなくてはならない。
「道子」
「なに?」
「好きだ」
「あたしも。拓真が好き。拓真が大好き。誰よりも好き。ずっと、一生、一緒にいたい――あっ」
俺は腰を動かしはじめた。
道子の中は暖かくて、柔らかくて、じっとしているだけでも気持ち良かった。だが、動くともっと気持ちが良い。
「はっ、はっ、はっ、ねっ、ねえっ、拓真っ」
「……なんだ?」
腰を動かすのを止めずに、訊く。
「好きっ! 大好きっ!」
「ああ、俺も好きだ!」
道子の身体を引き起こして、あぐらをかいた俺の上に座るような体勢をとる。置きあがった勢いでキスをしながら、ベッドの反動を利用して動き出す。
ギッギッギッ、とベッドの軋む音が大きく響きだした。
「ねえっ! お願いっ! ずっと、離さないでっ!」
「ああ……ああ!」
繋がれば繋がるほど、不安が増していた。
最初に言葉を交わしたときよりも道子を愛しく感じているのに、近づけば近づくほど、快感を得れば得るほど、体温を感じられるほどに近づいたまさに今、これ以上ないほどに俺は恐怖を感じていた。
「道子っ!」
俺は道子の名を呼びながら、一心不乱に腰を動かした。ぶつけていた。叩きつけていた。
「うっ、うんっ! うんっ! はあっ、はあっ、ああっ、はああっ、もっと、強くっ! もっとぉっ! ああああああああああああっ!」
道子の中が急に狭くなる。それでも、俺は出し入れを止めたりはしない。狭くなったせいで、快感も一気に強くなる。
「つっ、強いっ! 強いっ! いいっ! もっとっ! 離さないでっ! 痛くしていいからっ! もっと強くっ! 抱きしめて! 抱きしめてっ!」
言われた通り抱きしめると、注送を続けているとベルトが俺の身体を擦っていくのがなかなか痛い。だが、股間の快感には負ける。俺は力一杯腰をぶつけていく。
「ひっ、ううううううううううううううううううっ!」
繋がってから二回目の絶頂。それで脱力してしまったのか、道子の腕から力が抜けた。仰向けに寝転がってしまったが、そのせいで膣壁の上っ面に俺の亀頭ががしがしぶつかるようになる。
「ひいっ! いいっ! もっとしてっ! 気持ち良くっ、なって!」
ビクリ、ビクリと膣内が俺を締め続けている。次第に俺も何かこみ上げてくる。
「んう゛っ! ふう゛っ! ああああっ!」
全身が弛緩しているのか、上半身はだらりとベッドの上に投げ出したまま、道子は俺が突く度に声をあげるだけになってしまっている。ただ、両足はしっかりと俺の腰を離そうとしていない。
そろそろ、限界が近づいてくる。
そうなってようやく思い出したが、俺はコンドームをつけてなかった。
「なあっ、道子っ。そろそろ出る……からっ、足っ、離せっ」
「いいからっ! らめらけろ、いいからああっ!」
「駄目だけどいいって……おい!?」
俺の言葉の意味をきちんと理解している言葉なのだろうか。俺が慌てて問いただそうとすると。
「らしてっ! あたしの中にっ! お願いらからっ、らしてっ! しょうっ、こっ! 証拠にしたいのっ! ねえっ! お願いっ!」
証拠。恋人同士の。好き合っている。愛の。
そんなことで道子を安心させることが出来るなら……!
「よし、出すぞ! お前の中に出すぞ!」
「うんっ! うんっ! 一杯に、しれっ! らくまのれ、らくまの、らくまのぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「くううううううっ!」
我慢が限界に到達した。俺は限界まで腰を突き出して、できるだけ道子の奥で精を吐き出すことにした。
どくん
「ああっ! あっ! あはあっ! ああっ! れれるっ! れてるよっ! あったかい! いいっ! ああっ、ああ……」
俺の腰から、道子の足が離れた。俺も道子の腰を抱えるのをやめて、道子の上に覆い被さるように倒れこむ。
全身の感覚がない。頭の奥が痺れていて、何も考えられない。
お互いに呼吸もあらく、無言で折り重なっていた。
しばらくして、道子が俺の背中を叩く。
「……あ、拓真、ねえ、拓真。ちょっとお願い」
「なんだ?」
「足持って。腰を持ち上げるんでもいいから」
「……はあ。いいけど」
疲れきった四肢に命令をして、身体を持ち上げる。いままで入れっぱなしだった俺のモノが、ようやく膣から精液と愛液に塗れた姿で出てきた。
立ちあがるのも面倒だった俺は、パワーボムの姿勢で腰を支える。道子のお尻が目の前にあったので、なんとなく頬擦りをする。あ、これも結構いいな、なんて思いながら、
「で、この姿勢はなんなんだ?」
「奥に流れるようにした方がいいって聞いたことがあったんだわ」
「……なにが?」
すると道子はにこっと微笑んで、
「精液」
と告げた。
ぴたり、と頬擦りする動きが止まる。
「…………」
ああ、そうだ。そういうやり取りをした。
……この歳で子持ちか。俺はいいけど、道子は――自分から言うくらいなんだし、いいに決まってるか。
俺が良くて、道子もいいのなら何の問題もあるまい。あるとすれば、道子の家族にどう話せばいいだろうか、ということだ。俺の方は家族なんていないから問題は全くない。三人くらい楽勝で養えるほどの蓄えはある。……こうなるなんて考えもしなかったが、遺産を残した親父に感謝をするしかないだろう。
「こんなんでうまくいくもんか?」
俺はお尻にキスをしながら、道子に尋ねる。
「まずは奥まで行ってもらわないと駄目に決まってるからね」
先ほどよりも輪をかけて嬉しそうに告げる道子。俺が全然反対しなかったのがそれほど嬉しかったのだろうか。
確かに、これ以上ない『証拠』だろう。
道子に言われるままだったが、俺も『証拠』が欲しくなった。そうなると、もっと確実性を増した方がいいだろう。
「……そういえば道子、さっき『一杯にして』って言ってたよな?」
「はあ!? いや、そりゃあ言ってたけどさ……なにさいきなり」
さすがに行為に夢中になっていたときには言えても、冷静になると恥ずかしいのだろう。慌てて視線を反らしながら聞き返してくる。
「一杯にしようか」
「は?」
何を言っているのかわからない様子。
「もう一回」
「へ?」
俺が道子のお尻から顔を離し、道子の顔の近くに座りこむ。
「一杯になるまで注ぎ込むから。元気にしてくれ」
「え? ……マジ?」
「マジ」
半笑いで聞き返す道子に真顔で頷き返しながら、俺は道子の身体を包むベルトを一本一本外していく。次は全身で道子の体温を感じるためだ。見ている分には最高の衣装なのだが、行為時には邪魔でしかない。本番以外なら実用性もあるんだろうけどな――などとくだらないことを考えながら次々にベルトを外していく。
「あ……あのさ。あたしちょっと……その、イキすぎて……腰が抜けちゃってる……んだけど」
恥ずかしそうに、ボソボソと告げる。俺はその言葉で興奮したが。
「じゃあ、俺が腰を動かすから、お前は口と舌だけ動かしていればいい」
「本当に? 本当にすんの!?」
悲鳴に近い声。
「いや、子作りしたいんだろ?」
「はっきり言うな!」
「したくないのか?」
「したい! けど、そうじゃないって!」
顔を赤くしてすぐに否定する。
「ああ、もう……。あんたって、押しが強い奴だったんだ」
「普段はそうでもないんだけどな。……お前が相手だからだよ、きっと」
冗談めかして『子作り』と言うよりも、真面目な台詞の方が照れくさかった。
「はあ……仕方がないな。我侭な拓真に免じて、一杯にしてもらおうか」
「なんだよ。お前がしろっつったんじゃねえか」
俺のせい、みたいな言い方はやめてもらいたい。
「今はちょっとうまく身体動かせないから、言葉だけで元気にしてみますか」
「言葉だけで? できるのか?」
「ふふふふふ、あたしにかかれば男のチンチン立たせるなんざ手を使う必要すらないね」
「お前、そういう台詞はあんま使うな。萎える」
「えー? ……そうか、拓真はチンポ、って言う方が燃える派なんだ?」
「いや、論点ズレすぎ」
それから、二人は何度も何度も交わった。
言葉通り、道子の膣が一杯になるまで拓真は精を注ぎ続け、お互いにどろどろになるまで繋がり続けた。
最後の方ではもはや性交しか頭になく、言葉も交わされず、汗と、体液と、精子と、愛液を吐き出し続けるだけだった。
やがて道子の意識が、糸を切ったようにぷっつりと途切れ、それを追うように拓真も意識を失った。
お互いに抱きしめ合ったままで。
繋がったまま、離れないように。
心も、身体も。
――館長代理より命令
――退館ゲート 命令確認・・・・・・・・――命令受理
――退館ゲート 検索開始・・・・・・・・――検索終了
――識別コード ≪反発する自我≫ の通過記録は検出されませんでした
――館長代理より命令
――退館ゲート 命令確認・・・・・・・・――命令受理
――退館ゲート 検索開始・・・・・・・・――検索終了
――未登録識別コードの退館ゲート通過記録は検出されませんでした
――館長代理より命令
――退館ゲート 命令確認・・・・・・・・――命令受理
――識別コード ≪反発する自我≫ 及び、未登録識別コードの通過を確認次第、館長代理に報告します
< つづく >