成田離婚 前編

前編

プロローグ

 珍しく晴天に恵まれた六月の朝、一台の高級外車が、高速道路を疾走していた。
 エンジン音は快調そのもの。車内は揺れもしない。

「すごいなぁ。キャディラックなんて初めて乗ったよ」

 革張りの豪勢な後部座席に座った男性が、窓の外を流れる景色を見てはしゃいでいる。それを、横に座った女性は冷ややかに一瞥した。

「浩太郎さん。あまり騒がないでくださる?みっともない」

 浩太郎、と呼ばれた男性は、女性のトゲのある言葉にシュンとなる。

「ご、ごめん。若菜さん。ついうれしくって」

 若菜と呼ばれた女性は、頬杖をつきながら、退屈そうな視線を車外に移す。その薬指には、真新しいダイヤの指輪が光っていた。
 『成田空港 10Km』そう書かれた標識の前を通り過ぎる。車は、成田空港までの道をひた走っていた。
 天気は快晴。二人は式を昨日挙げたばかりの新婚だ。これからハネムーンに出発するというところなのに、車内には険悪な雰囲気が漂っていた。

 ちらり、と運転手の崎野がルームミラーを見た。

 新郎の浩太郎は、いかにも育ちのよさそうな好青年だ。背も高く、顔もいい。何かスポーツをやっているのか日焼けした肌に、引き締まった体をしている。ただちょっと気の弱そうなところがあり、今もチラチラと隣の若菜の様子を伺っていた。

 新婦の若菜はというと、こちらはモデルのような美女だった。すらりと伸びた長身で、胸も大きい。日本人離れしたスタイルをしていた。やや茶色の長い髪はゆったりとウェーブがかかり、形の整った小さい顔に、気の強そうな瞳がある。今その目には、明らかに怒気を含んでいた。

「あの・・・若菜さん。まだ昨日の晩の事、怒っている?」

 おずおずと、浩太郎が切り出す。

「当たり前よ!一生に一度の記念になる夜なのに、お酒飲み過ぎて酔いつぶれるなんて・・・。台無しよ。もうこれからアルコールは一切、禁止だからね」

「そんな・・・仕事の付き合いとかいろいろあるし・・・」

 尻すぼみに、浩太郎の反論の声は小さくなる。ジロリと若菜が浩太郎を睨みつける。

「何か言った?」

「い、いや・・・」

 浩太郎は言い澱む。

 やれやれ、早速尻に敷かれているのか。
 運転手の崎野は無言で運転を続けつつ、二人の様子を観察していた。結婚式場に勤務する崎野は、たまにハネムーン出発するカップルの、空港までの送迎をしていた。いろんなカップルを乗せたが、中には新婚早々大喧嘩するケースもままあった。
 この二人の場合、美人だが気の強い妻に、気の弱い亭主は一生振り回されていくのだろう。

 そう、このまま何もなければ。

 三人を乗せたキャディラックは、成田インターチェンジを通過した。成田空港まで、あと少しだった。

(1)

 崎野はキャディラックをターミナルに横付けした。素早く降りると後部座席のドアを開ける。二人が降りると、トランクからバッグを下ろし始めた。

「あ、すいません」

 浩太郎が荷物を降ろすのを手伝おうとする。ふと、目が合った。

「・・・」

 無言で、崎野が浩太郎に目配せした。

「あ、あれ?パスポートが無い」

 手にしたセカンドバックの中を物色しながら、浩太郎は素っ頓狂な声を上げた。

「えっそれは大変だ。本当にありませんか?」

 驚いた崎野が声をかける。
 後ろで、若菜が舌打ちするのが聞こえた。

「何やっているのよ、あなたは!まったく」

「車の中に落としたのかもしれない。若菜さん、中を見てくれないかな?」

 若菜はぶつぶつと文句を言いながらも、キャディラックの中へ戻っていく。
 再び、男達が目配せする。若菜に続いて、二人も車に乗り込んできた。浩太郎が後部座席、崎野が運転席だった。

「ないわよ。どこにも」

 シートのあたりを探しながら、背中の夫に向かって言う。

「座席の下かもしれないよ」

 若菜は前の座席の下の覗き込む為、さらに体を低くした。その瞬間。
 浩太郎はいきなり後ろから若菜の体を締め上げた。

「きゃ・・・!!」

 悲鳴を上げそうになる若菜の口を、崎野は手にした布で塞ぐ。プンと布に浸した薬品の臭いが室内に充満する。
 若菜は頭を左右に激しく振って抵抗したが、男二人がかりで押さえられているのだ。逃れる事はできない。次第に、若菜の体から力が抜けていき、最後には完全に眠りにおちた。

「よし、今のうちに縛り上げてください」

 崎野が取り出した猿ぐつわと皮手錠、アイマスクを浩太郎に渡す。周囲に人通りは多い。車にはフィルムが貼られている事もあり、誰にも気付かれる事はなかった。皆、慌ただしく車の周りを通り過ぎていくだけだ。

「大丈夫ですか?」

 荒い息で、浩太郎は不安げな視線を投げかけてくる。

「気を失っているだけですよ。これでも元医者ですからね。さ、ここにいつまでもいては目立ちます。早く縛ってください」

 浩太郎は不器用な手つきで、若菜の体を起こすと、手を後ろに回して皮手錠をかける。口に猿ぐつわを押し込むと、アイマスクで目を塞いだ。全ての用意が終わってから、男たちはキャディラックの外に降りた。せっかく下ろした若菜の荷物だけを、再び車のトランクに積み込んだ。

「それでは、奥さんは預からせていただきます」

「だ、大丈夫ですか。やっぱり僕も一緒にいた方が・・・」

 躊躇いがちに浩太郎が言う。それを、やんわりと崎野が制する。

「心配されるお気持ちはわかりますが、こちらの方は私に任せてください。それよりも、二人とも旅行に行かないと、トラブルになって発覚するかもしれません。予定通り、浩太郎さんだけでも出発して、アリバイを作ってきてください」

「・・・わかりました。それでは若菜さんをよろしくお願いします」

 崎野に諭されて、ようやく浩太郎は納得したようだ。深々と頭を下げる。

「日本に戻られた時には、奥様と二人でお迎えに上がります。その時は、奥様は見違えるように変わっているはずですよ。夫に従順で、おしとやかに」

 緊張で硬直していた浩太郎の顔がわずかにほころんだのを、崎野は見逃さなかった。

「・・・よろしくお願いします」

 再び浩太郎が頭を下げた。

(2)

 崎野は自宅に若菜を連れ込んだ。崎野は郊外の住宅地に、一人で住んでいる。車ごと車庫に入れば、誰かに目撃される事はない。崎野は若菜の体を苦労して担ぐと、ゆっくりと家の中へ入っていった。その顔には、狂気の笑みが浮かんでいる。

 崎野の家は、代々医者の家系だ。崎野自身、精神科の医者だった。だが、洗脳して女性を弄ぶといった方面に、医者としてあるまじき異常な欲望を持っていた。ある時患者を使って個人的な人体実験をしていた事が発覚し、医者としての将来は閉ざされた。
 名を変え、過去を隠し、今は別人となって生きている。だがそれでも、その血に流れる異常な欲望は、彼をとらえて離さなかった。
 
 ぎい、と音を立てて、扉が開く。そこは崎野の欲望が具現化した場所だ。崎野は自宅に地下室を作り、思う存分調教や洗脳ができるよう改造し、怪しげな機械や薬品を買い揃えていた。

 部屋の中央に座った人間の両手、両足を縛れるようにした椅子がある。背もたれの部分には電極の付いたヘッドギア。そこからは、まっすぐケーブルが伸び、壁際の大型機械につながっている。一見すると、死刑用の電気椅子だ。

 崎野は隅の粗末なベッドの上に、若菜の体を投げ出した。改めて若菜の体をまじまじと眺めて、思わず息を飲んだ。
 職業柄多くの新婦を見てきたが、その中でも最上の部類だ。太股の熟れ具合などはまさに食べごろだ。若菜の意識はまだ戻っていない。それでも、若菜の体からは男を惑わすフェロモンが漂ってくる。

 崎野は若菜を縛っていた皮手錠を外した。続いて服に手をかける。
 若菜は水色のワンピースを着ていた。ベルトを緩め、ボタンを外す。
 たちまちブラウスとストッキング姿になる。中途半端な裸体が、不思議なセクシーさを醸し出していた。

 ブラウスのボタンを一つずつ外していく。ロケット型の、前に飛び出た巨乳が、次第に露わになっていく。完全にブラウスを脱がせると、深い胸の谷間が見えた。

 続いてストッキングを巻き取るように下げていく。最後に足から抜き取って、完全に下着姿にした。上下お揃いのピンク色だった。レース模様のショーツの下に、黒々とした茂みが透けて見えた。

 崎野は若菜の体を怪しげな装置付の椅子に座らせた。両手と両足、それに首まで縛りつけ、椅子に固定する。その上で、電極の位置を慎重に合わせながら、ヘッドギアを装着させる。全ての用意が終わって、ようやく安堵のため息とともに額の汗を拭った。

「ふぅ」

 崎野は棚からこげ茶色の小瓶を取り出した。蓋を外すと、若菜の鼻に近づけた。むっと無意識のうちに、若菜が顔をしかめる。
 気付け薬の刺激に、若菜の意識は次第に覚醒してきた。

「ん・・・」

 崎野は若菜の正面に座って煙草を吸いながら、正気に返るのを無言で待っていた。力なく閉じられていた若菜の目が、ゆっくりと開いていく。若菜はきょろきょろと周囲を見回した。

「ここは・・・どこ・・・?」

「気が付きましたか。ここは私の家の地下室ですよ」

「なんでこんな場所に・・・えっ」

 若菜は自分が下着姿にさせられ、しかも両手両足を縛られている事に気づいた。途端にメラメラと怒りの表情で、崎野を睨みつけた。

「これは、何の真似」

「若菜さん。あなたはシェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』という作品をご存知ですか?私は昔からあの作品が好きでね、じゃじゃ馬の気の強い女性を、調教する事に喜びを感じるんですよ」

 崎野は欲望丸出しの下卑た笑みを若菜に投げかけた。

「あんた、こんな事をしてただで済むと思っているの?」

「思っていますよ。あなたもこの部屋から出る時は、別人のようにおしとやかな性格に変わっています。その時には、きっと私に感謝するはずですよ。それにこれは、旦那さんに頼まれた事ですから」

「浩太郎さんに?」

 若菜は驚いた様子だった。

「そうですよ。覚えていませんか?車の中で、浩太郎さんは、あなたを押さえつけて、私に協力してくれましたよ」

 そういえば、とはっとした表情を浮かべる。

「あいつ・・・一体どんなつもりで」

「若菜さん、あなたは確かに美しいが、相当きつい性格のようですね。結婚後の生活に希望が持てない浩太郎さんから、相談を受けたのですよ。なんとか妻を従順にできないかってね」

 崎野はスティック型のボイスレコーダーを取り出し、再生スイッチを押した。聞こえてきたのは、間違いなく浩太郎の声だった。

『僕は、妻若菜の調教を崎野さんにお願いします。崎野さんが妻にする事は、全て私の同意の上での行為です。若菜、僕が戻るまで崎野さんを夫だと思って尽くすんだよ』

 浩太郎の声はそこで途切れた。ふと見ると若菜の唇は、怒りの余りわなわなと震えていた。

「今、浩太郎さんは一人新婚旅行に向かって、アリバイを作っています。つまり、あと一週間は誰にも知られる事はない、というわけですよ」

「・・・離婚するわ。こんな事を考える男なんて、こちらから願い下げよ。だからすぐにここから出しなさい!」

「そうですか。それはお二人の問題ですからね。他人がどうこう言う話ではありませんね。浩太郎さんが帰国されたら、ゆっくり話し合われたらいかがですか。それまでは、私は浩太郎さんに頼まれた調教をやるだけです」

「ふざけないで!」

 崎野はまともに取り合おうとはしない。ここまでしておいて、若菜を開放する気など毛頭ないのだ。

「しかし、少し浩太郎さんの悩みも、少しは理解してはどうです。なぜ浩太郎さんに、いや男性に、そんなに攻撃的なのですか?」

「理由なんてないわ。ただオトコという生き物が、どうしようもなく下劣で不潔な生き物だからよ。こんな事をやるくらいね」

 若菜は縛られた両手を無理に動かして見せた。

「ふむ。何かきっかけになった出来事でもあるんですか?」

「・・・あなたには関係ないでしょ!」

 この若菜の強い反応は、崎野の言葉を肯定したようなものだ。しかし、それが何なのか、聞き出す事は難しいだろう。といって、それを知らずに調教するのも困難だ。

「それでは、機械を使う事にしましょうか」

「いやよ!」

 崎野は若菜の声には取り合わず、壁際の機械の電源を入れた。ブーンと機械の大型ファンの振動が、地下室に低く響いた。パチパチとスイッチを入れていく。

「いや、外して!」

 若菜はジタバタと体を動かす。しかし、被験者が抵抗する事を前提に作られた椅子は頑丈で、びくともしない。

「リラックスしてください」

 崎野は若菜に無茶な事を言いつつ、スプレーを手に若菜の所に戻ってきた。シューっと顔めがけて、スプレーを吹きかけた。次第に、若菜の抵抗が弱まる。注射の方が効果は高いが、ここまで抵抗している人間には難しい。針が折れるかもしれなかった。

 崎野は脳波計を凝視していた。人間の精神活動は、突き詰めれば全て脳の電気信号だ。いわゆる『催眠状態』にも、独特の電気信号の流れ、脳波の形がある。若菜の頭に付けたヘッドギアは、人工的に脳波の形を催眠状態へ導いていく悪魔の装置だ。人間の被暗示性には個人差があり、誰でも深い催眠状態になるわけではないが、この機械を使うと、誰でも極限の催眠深度まで落とす事ができる。

 機械を起動してから15分ほどが過ぎた。若菜はぐったりとしたまま動かない。脳波計は、極めて深い催眠状態である事を示していた。そろそろいいだろう、と崎野はマイクを掴んだ。音声は、ヘッドギアのスピーカーにつながっていた。

「若菜さん、聞こえますか?」

 こくん、と素直に若菜は頷いた。

「これから、もっとも大事な事を言います。あなたは、私の許可なしにこの部屋を出る事ができない。この部屋を出よう、という考えすら思いつく事がない。この部屋から逃げる事は、あなたの敗北を意味します。あなたは絶対に逃げようとは思わない。それは、私が行う行為全てについても同様です。あなたは私の行う調教に耐え切る自信がある。あなたは、私の調教を克服してこそ、私に勝ったと思う。調教を嫌がる事は、あなたの敗北です。だから、あなたはむしろ積極的に調教を受けようと堅く決意します。いいですか?」

 再び若菜は頷いた。これで心配なく調教を進める事ができる。

「この声は心の声です。恥ずかしがらず、なんでも正直に思った事を口にしてしまいます。それでは、記憶をさかのぼっていきます。男性を意識するようになった、その時まで。さぁどんどんさかのぼっていきますよ。一年・・・二年・・・」

 しばらくすると、若菜の顔に嫌悪と恐怖が浮かび上がった。

「いや・・・いや・・・」

 若菜は仰け反って、少しでも目の前にあるモノから逃げようとしている。

「目の前には誰かがいるね?それは誰?」

「山下先輩・・・テニス部の・・・」

「今はいつ?」

「中学二年の・・・テニス部の夏合宿・・・」

「山下先輩は、何をしようとしているの?」

「私を・・・倉庫の中に呼び出して・・・いきなり、私の服に手をかけて・・・」

「それで、その後はどうなったの?」

「私が大きな声を上げたら・・・逃げていった・・・」

 若菜は中学時代、レイプされかけていた。その事件がトラウマとなり、男性を嫌悪するようになったのだ。浩太郎の話によれば、交際中、若菜は手も握らせなかったらしい。おそらく、性的なもの全てを拒否してしまうのだろう。

 うーむ。と、崎野は腕組みをした。浩太郎からの依頼は、若菜を従順な妻にする事だ。その中には夫婦の営みも含まれる。このトラウマを乗り越えなければ、調教など不可能だ。

 しかし。再び崎野の顔に、邪悪な笑みが戻る。ここにこそ、調教の鍵があるとも言える。もしトラウマを越えて、性的な快楽を骨の髄まで染み込ませ、雄の凄さを思い知らせる事ができたなら、若菜は男に従順な女になるのではないか。何より、男性を拒否する感情がこれだけ強いという事は、恐らく処女であり誰の色にも染まっていないとも言える。この、類まれな美貌を持つ若妻が。

「真っ白なあなたを、下品な原色に染め上げてあげますよ。若菜さん」

 崎野は邪悪な笑みを浮かべたまま、調教の準備をする為、一旦部屋の外へ出て行った。

「いや…いや…」

 若菜は未だ催眠状態の中にいる。いまだ過去のレイプシーンを追体験しているのか、それともこれから自分の身に降り注ぐ不幸を想像してか、弱々しい拒否の言葉を繰り返していた。

(3)

 崎野が手にした注射針が、若菜の腕の中に入っていく。未だ椅子に縛られたまま、催眠状態の中にある若菜はピクンと震えただけだ。注射器の中に入った怪しげな薬剤は、どんどん若菜の中に入っていった。

「これでよし」

 崎野は全ての薬品が若菜の中に入った事を確認すると、注射針を引き抜いた。元医者だけあって、その手際に迷いはない。薬品の中身は性的快楽を誘発する麻薬と、被暗示性を高める自白剤の一種だ。

「若菜さん。私の声が聞こえますか?」

 スピーカー越しの崎野の声に、若菜はこくん、と頷いた。

「ゆっくりと目を開けてください」

 ゆっくと、薄く若菜の瞼が開く。ただし、その瞳には何も映っていない。綺麗なガラス玉と同じだ。

「あなたはとても気持ちのいい夢をみている。体がふわふわして、何も考えられない。何も考えたくない・・・」

 崎野の言葉が、若菜の中に染み込んでいく。ただ黙って聞いていた。

「目の前にスクリーンがあります。今からあなたはそこに映し出される映像を見ます。ただぼうっと見るのではなく、熱心に鑑賞します。映像の全てを、あなたは暗記し、心の奥に焼き付けてしまいます」

 崎野はハードディスクプレーヤーのスイッチを入れた。いきなり大画面にエロチックなシーンが映し出された。映像の中では、裸の女性がベッドの上で激しく自分の性器をまさぐって喘いでいた。

『あ・・・いい!!オ○ンコいい・・・!!ヘンになっちゃう・・・!!』

 女性の喘ぎ声が、部屋中に大音量で響き渡る。
 普段の若菜なら、嫌悪感を露にする内容だろう。しかし今は、無表情のままぼんやりと目を開けて、画面一杯に映し出されるいやらしい映像を凝視していた。

「よくお勉強するんですよ。若菜さん」

 崎野は若菜がしっかりとアダルトビデオを見ている事を確認すると、部屋を出て行った。

『あ・・・あ・・・あ・・・いい!気持ちいい!!』

 薄暗い部屋の中からは、快楽に喘ぐ女性の声が溢れ出ていた。

(4)

 崎野は食事を取り、少し仮眠を取った。目を覚ますと、モニターで若菜の様子を観察する。
 若菜の様子に変わりは無い。じっとしたまま、大型スクリーンを凝視していた。

「そろそろ薬が切れる頃か」

 時計見て、崎野は呟く。若菜に注射してから、既に六時間が経過していた。つまり若菜はその間、ずっとアダルトビデオを鑑賞していた事になる。崎野は二本目の薬剤を注射器に入れ、再び若菜のいる地下室へと階段を下りていった。

 崎野が部屋に入っていっても、若菜はこちらを見ようともしない。相変わらず、画面に映し出される映像を凝視したままだ。内容は崎野が編集した、いわゆる『痴女もの』といわれる内容のアダルトビデオだ。スクリーンには途切れる事なく再生し続けるよう、設定がしてあった。

 今、画面では一人の痴女がセックスの相手を求めて夜の街を放浪していた。『逆ナンパ』ものという奴だ。

『あの、すいません。私とセックスしてはいただけませんか?』

 道行く男に手当たり次第に声をかける。相手の男達は気味悪がって、痴女を避けていく。何人もの男に声をかけた末に、痴女はようやく一人の男を捕まえた。いかにもスケベそうな、頭の薄くなった中年男だった。

『ヘヘヘ、ドスケベな姉ちゃん。よっぽどたまっているのかい?男が欲しくて、堪らないんだろう?』

『ああ・・・そうよ。私、あなたのコレが欲しくて仕方が無いの』

『今日はついてるぜ。それじゃホテルへしけ込むとするか』

『ああン、嬉しい・・・』

 痴女は中年男に自らの体を擦り付ける。その声は、歓喜に震えていた。
 路上で展開される会話としては、過激すぎて芝居がかっている。おそらくヤラセなのだろうが、そんな事は今の若菜には関係ない。良く見ると、催眠状態であるにも関わらず若菜の顔は紅潮し、しきりに唇を舐めている。

「若菜さん、ひょっとして・・・」

 崎野は身を屈ませて、若菜の股間に顔を近づけた。絶え間なく内腿を擦り合わせる、その奥からは、プンと雌の臭いがした。間違いない、若菜は欲情していた。よく見ると、ショーツは漏らしたかのように、ぐっしょりと濡れていた。

「おやおや、男嫌いの若菜さんも、一皮むけば発情した雌なんですかねぇ」

 崎野は失望したと言わんばかりに嘆いてみせる。しかし内心、自分の調教が順調である事に激しく興奮していた。
 性的経験がないばかりか、それを激しく嫌悪していた美女を、自分の知識と技術を駆使して無理やり発情させる。しかも、この行為自体、若菜の心の奥底に決して消える事のない記憶として刻み込まれるのだ。

「それでは次の段階に進みますか。若菜さんには女の悦びを教えてあげますよ」

 崎野は、若菜の腕に、二本目の注射を突き刺した。注射が終わると、手を縛っていた手錠を外す。例え手錠を外しても、催眠状態にある若菜は逃げようともしない。だらり、と両手が肘掛けからずり落ちる。若菜の両手の指は、内側に少し曲げられていた。微妙な反応だが、これは若菜が完全に脱力、つまり深い催眠状態にある事を示していた。それは、脳波計の数値からも明らかだった。

「若菜さん、私の声が聞こえますか?」

 画面を凝視しながら、若菜は頷いた。
 今、画面では痴女が中年男とホテルに入り、痴女が中年男の肉棒に激しくむしゃぶりついているシーンを映していた。

『チュ・・・パ・・・ん、おいしい。男の人の味がする。チュパ・・・』

『ヘヘヘ、そんなに俺のチ○ポが気に入ったのか?痴女め!』

 崎野は一息吸い込んで、決定的な一言を口にした。

「“あれ”は、お前だ」

 若菜の目が見開かれる。

 今、男の肉棒をおいしそうに咥えている女。
 男を求めて、街をさ迷い歩く女。
 何か汚いモノを見るように、男達にじろじろと見られる女。
 男の腰の上にまたがって、歓喜の表情を浮かべて、自ら腰を振っている女。
 自ら、自分の性器をいじり、快楽を得ようとしている女。

 ここで見せられた痴女の全てのシーンが、若菜の脳裏でプレイバックする。と同時に、痴女の姿が自分の姿へと変換されていく。

「これが私・・・本当の私・・・」

 映像の中で、痴女は中年男にバックから犯されていた。

『おらおら、どうだ。俺のチ○ポは!』

『いい!おチ○ポ大好き!!』

「いい・・・おチ○ポ大好き・・・」

 若菜は小声でブツブツと呟いていた。よく聞いてみると、画面の痴女の声をオウム返しに繰り返していた。

『もっと犯して!オマ○コの奥をグリグリって、立派なチ○ポでかき回して!!』

「もっと犯して・・・オマ○コの奥をグリグリって、立派なチ○ポでかき回して・・・」

『へっ、想像通りの痴女だな!そんなにチ○ポがいいのか!!』

『そう、私は痴女なの!おチ○ポなしじゃ生きられない、淫乱なの!!』

「そう、私は痴女なの・・・おチ○ポなしじゃ生きられない、淫乱なの・・・」

 次第に、若菜の両手が上がる。ゆったりと、自分の股間へ向かっていた。
 若菜は、崎野に言われたわけではなく、自らの意志でオナニーを始めた。ショーツの中に差し入れた両手が、激しく動いている事は布地越しにも見て取れた。

「あ・・・ン・・・」

 若菜の口から、痴女の口真似ではない、自らの歓喜の声が漏れ出した。ピクピクと、快感に体が揺れる。

「ふふ、オナニーは初めてですか?思う存分快楽を貪りなさい」

「ああン・・・あ・・・あ・・・あ・・・」

 初めての感覚に、若菜は翻弄されている。恐怖心もなくはないが、己の身を焦がす快感が、後戻りする事を許さない。性器をどう触れば自分が気持ちよくなるか、若菜は学習しながら、その指使いはすぐに巧みなものになっていく。

『イキそう・・・ねぇ、私イキそおぉぉ・・・!!』

 映像の痴女が、半狂乱になりながら叫ぶ。それと同調するように、自慰を続ける若菜の性感もどんどん高まっているようだった。

「いや・・・何これ・・・へんな・・・感じがどんどん高まって・・・ああ!!」

「それがイクという事ですよ。イク時は、周りの人に知らせる為に『若菜イっちゃいます』って大きな声で何度も言うんですよ」

 若菜の息が荒くなる。絶え間なく喘ぎながら、指の動きは激しくなる。

「あ・・・あ・・・くる。来ちゃう・・・これがイクって事なの?ねぇ若菜イキそう。もうイキそう・・・!!」

 髪を振り乱しながら若菜が叫ぶ。

「ああ!イク。イっちゃう。若菜イっちゃいます!若菜イっちゃいますぅぅ!!」

 一際大きな声を上げて、若菜の体は痙攣した。それが治まると、若菜の体からがっくりと力がぬける。再び垂れ下がった両手の指は愛液にふやけ、湯気が出ていた。

 始めての絶頂、決定的な絶頂。そして今、若菜は快感に惚けたような顔をしたまま、意識を失っていた。
 いつも色気溢れる若菜だが、今は異常なまでの破滅的な色香を醸し出していた。

「気持ちよかったですか?若菜さん。それがイクって事ですよ。確かにこれは催眠状態での話です。目を覚ましてもあなたは何も覚えていないしょう。しかし、あなたの深層心理には、確実にこの快感が刻み込まれました。決して消える事のない烙印としてね」

 崎野の独白は続く。気を失った若菜に、崎野の声が届いているとは思えない。しかし、そんな事はお構いなしに崎野はしゃべり続けた。まるで何かに酔っているかのように。

< 続く >

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