第3話 罠に墜ちた女子大生、その1
その日は、小春日和のいい天気であった。理恵は、いつものように友達と一緒に、楽しく会話しながら、大学から帰るところであった。しかし、今日の連れは、いつもとは違うメンバーであった。
理恵の初対面の人物ばかりであった。2年生の木村一子 と、同じ1年生の4人の学生であった。途中で、ハンバーガー屋に寄り、一子は、今日集まってもらった主旨の内容を話した。
「美人コンテスト?!」
林 二子 は、飲みかけていたコーラをびっくりして、飲むのをやめ、一子の話を聞いた。他のみんなも何の話かと、興味津々に一子の話を聞いた。
「うちの大学では、学園祭が2回あって、もうすぐ、初夏の学園祭があるの」
「へぇー。そうだったの。知らなかったわ」
森 三子 は、適当な相づちを打った。
「それでね、そのメインイベントとして、美人コンテストがあるの」
「ふーん。そうなんだ」
志村 四子 が、再び適当な相づちを打つ。
「話というのは、その美人コンテストに、あなた達に出てもらいたいのよ」
「えっ!? 私たちが、ですかっ!?」
五木 五子 が、驚いたように答える。1年生が、お互い顔を合わせて驚いて、はしゃいでいる。
学園祭の実行委員の一員だという一子は、ハキハキとものを言う、リーダーっぽい女性である。しかし、顔の方はなかなかの美人で、嫌みのない綺麗さであった。
また、1年生の二子、三子、四子、五子も、いろんなタイプではあるが、誰もが人に好かれるような感じの美人であり、可愛い子や綺麗な子が揃っている。さすがは、美人コンテストに呼ばれるだけのことはある。
理恵は、この人達なら呼ばれて当然ね。と思いながらも、自分も一緒に呼ばれた事も嬉しかった。
このようにして、一子の話も、みんなに分かってもらい、本題に入ろうかという所で、一子はもう一人の実行委員の男性の家で、1時間ほどでいいので、打ち合わせをしたいと言い出した。
「えーー?! 男の人の家に行くんですか?」
二子は、少し心配そうに、一子に聞いた。
「ええ。でも、私と一緒に学園祭の準備をしてくれている人だから。それに、行くと言っても、ちょっと打ち合わせで部屋を借りるだけよ」
「それなら、いいわよね・・・」
三子が、少し安心したようなフリをした。
「それじゃあ、みんな、いいわね。1時間ぐらいで終わるから、ちょっとつき合ってね」
「はぁーい」
四子の返事を聞きながら、一子は、みんなの同意を得たと見て、鋭次の家に行く準備をした。
一子の運転するRV車は、6人が乗っても余裕のある、静かな乗り心地の車だ。20分ほど走った後、車は鋭次の家に到着した。一子は、門のインターホンを押し、返事があると門は開いた。そのまま、車で門を抜けて、最高級の一戸建ての玄関の前に車を停めると、みんなを鋭次の家に招き入れた。
「いらっしゃいませ。みなさん、ようこそ、いらっしゃいました」
玄関に入ると、召し使いらしい女性が出迎えた。メイド仕様の白いブラウスを着た、ピンクのエプロンをしたお嬢様っぽい女性である。理恵は、綺麗な人だなぁと思ったが、特に何も言わなかった。
「おじゃましまーす」
女子大生が遠慮のない声とともに、鋭次の家に上がり込む。その時、鋭次が現れた。
「やあ、みんな良く来てくれたね」
女子大生が、一瞬静かになった。そして、鋭次の品定めをする。しかし、実際には鋭次の魅力の確認の場になったのは言うまでもない。
「かっこいい人ねー」
「頭も良さそうよ」
「いい身体してるわー」
「もー、どこ見てるのよ!」
いろいろな声の中、理恵も、初めて見る鋭次であったが、優しくて、かっこいい、良さそうな人だなぁという印象はあった。
その中で、二子が、この人を知っていると言い出した。そして、鋭次に言った。
「3年生の野口鋭次さんですよね?」
「そうよ。よく知ってるわね」
一子が、返事した。そして、全員に説明する。
「この人が、もう一人の実行委員の野口鋭次さんよ。みんな、よろしくね」
「よろしくお願いしまーす」
女子大生たちは、鋭次の顔をのぞき込むようにあいさつした。
「よろしく。ここで話もなんだから、奥のリビングルームで話しましょう」
そう言って、女子大生たちをリビングに案内した。
「わぁーー。 広いお部屋ねー!!」
四子が、感心したように言う。四子だけではない。ここに来た誰もがそう思っているだろう。リビングというには、かなり広かった。30畳ぐらいあるだろうか。それに、部屋の中は、とても綺麗に掃除されており、塵一つ落ちていないようだった。
壁際には、落ち着いた絵画や人形細工、また、高級そうなワインボトル、普通の者が見ても分かる高級そうな焼き物の花瓶、また、何かの大会の優勝の盾なんかもあった。
「その辺のソファに座っといて下さい」
鋭次がそう言うと、五子がふわふわのソファでぷよぷよと跳ねた。他の者も適当に座った。
「一つだけ、注意があるんですが・・・」
鋭次が、理恵を見ながら、みんなに言った。
「この花瓶だけは、絶対に壊さないようにお願いします」
テーブルの側にある、高級そうな焼き物の花瓶を指さした。
「その花瓶が、どうかしたの?」
一子が、何事かと問いかける。それから、鋭次の説明が始まった。
「この花瓶は、俺の貯金のほとんどを使って買った、大事な花瓶なんだよ」
「へーー。いくらしたの?」
五子は軽い気持ちで聞いたが、その後、金額を聞いて、びっくりした様子だった。
「500万円だよ」
「えっ?!」
二子が、信じられないという顔で花瓶を見ている。確かに、それぐらいは、するであろうの代物である。鋭次の説明は続く。
「この花瓶は、1ヶ月前に500万円で買った。しかし、今は、値段が上がっているんだ」
「ふーーん。で、いくらになっているの?」
一子が、軽い相づちを入れる。
「今は、3650万円になっている」
「なんですって!!」
一子が、声を上げる。
「この花瓶を都内の有名な、萬田哲男氏に鑑定してもらったんだ。すると、これは、昔の名高い人が作った幻の品だったそうだ。それで、3650万円の値がついたんだよ」
萬田哲男氏は、有名な優良鑑定士である。お宝鑑定のTV番組にも出ているので、知っている者も多い。
「すごいわねー」
一子が、何か宝くじにでも当たったかのように驚いている。
「それで、一週間後に、萬田氏に買ってもらうことになっている。だから、それまでに壊されてしまうと、大変なので、一応、注意させてもらいました」
鋭次の話が終わると、ソファでぷよぷよと跳ねていた五子は、跳ねるのを止めた。
「それじゃあ、学園祭の打ち合わせだね」
鋭次が言うと、みんなはテーブルに集まった。
学園祭の話は、簡単な取り決めの話で、話は終わろうとしていた。もともと、この話はどうでもよいのである。
初夏の学園祭に、美人コンテストは無いのだから・・・
「ちょっと、休憩しようか。飲み物は、冷蔵庫にあるから、何でも好きなのを飲んでくれていいよ」
「じゃあ。いただきまーす」
喉の渇いていた四子は、冷蔵庫からハーブティーを取り出すと、ゴクゴクとおいしそうに飲んだ。休憩の間、女子大生たちは、リビングの中を見渡していた。高級そうな品物が彼女たちの目を引いた。
その中でも、焼き物の花瓶には、みんな溜息をついて見ていた。オレンジジュースを飲みながら、部屋を眺めている理恵に、鋭次が近づいた。
いよいよ、本日のメインイベントの始まりである。鋭次が、理恵の前に立ち、理恵を見つめる。理恵は、少し恥ずかしそうに視線を外したが、何かと思って鋭次の方を見た。その途端、鋭次の目が妖しく光った。理恵の目が、とろーんとなった。
そして、一言二言囁くと、鋭次は、理恵にキスをした。催眠術の効果を確実にするために、30秒ぐらいの間、理恵を抱きしめ、強い口づけをしていた。長いキスであった。
この部屋には今、他に五人の女子大生がいた。しかし、誰もこの事に気付いていないようであった。いや、こちらを向いている者もいたが、何とも思っていないようであった。何故なのか・・・
キスが終わると、理恵は、何事もなかったかのように、ジュースを飲みながら、部屋を眺めていた。しかし、目はとろーんとなっていた・・・
一分後、理恵はテーブルの側にある花瓶のほうに近づいていった。そして、テーブルから花瓶を取ると、両手で持って眺め始めた。ここまでは、普通に花瓶を見ている感じであった。
しかし、次の瞬間、理恵は、花瓶を持った手を前に突き出すと、花瓶から両手を離した。
その瞬間、理恵の催眠術が解けた。まるで、スローモーションの映画の場面を見ているようだった。花瓶が床に落ちていき、ガチャン、という賑やかな音がしたかと思うと、花瓶は床に砕け散った。
まるで、悪夢を見ているようだった。理恵は、放心している。自分のした事の重大さに、気分が動転している。
「あーー!! 何てことなの!!」
一子が、わざとらしく大声を出して言う。
「花瓶がっ!! 花瓶がっ!!」
三子が、続いて、慌てたように言う。
「きゃっ!! 3650万の花瓶がっ!!」
五子が、続いて言う。理恵は、どうしたらいいのか、分からなくなっている。
そんな様子を見て、鋭次は理恵に優しく言う。
「大丈夫? 怪我はないかい?」
「は、はい・・・」
花瓶より自分の身体の事を心配してくれた鋭次の言葉に、理恵は鋭次の優しさを感じた。
鋭次は、理恵に怪我がない事を確認すると、花瓶を片付け始めた。新聞紙や広告ちらしを持ってきて、割れた花瓶を包んで、ごみ箱に捨てた。そして、掃除機を持ってきて、花瓶のかけらや破片を吸い込んでいった。そうして、床はきれいになり、その上を歩いても大丈夫であることを鋭次は確認した。
第4話 罠に墜ちた女子大生、その2
「本当にごめんなさい」
理恵は、先ほどから、何度か、この言葉を言い、頭を下げるのだった。これ以上、謝る方法が思いつかなかったのだろう。可愛い顔が、泣きそうになっている。鋭次は、一子の言葉を待っていた。
しばらくして、一子をはじめ、何人かが言葉を発した。
「大事な花瓶を割ってしまって、どうするのよ。謝っても済まないわよ!」
二子が、理恵に対して言う。
「3650万円、弁償するしかないわね」
三子が、続いて言う。
「どうやって、弁償するのかしらね」
四子が、素朴な疑問を出す。
「とにかく、杉本さん。あなたは、3650万円、弁償する必要があるわ。分かるわね?」
年上の一子が、優しく説明する。
「はい・・・」
理恵が、落ち込みながら、返事をする。
「どうすればいいのかは、鋭次さんに聞くことね」
一子は、そう言い、鋭次の言葉を催促した。
「そうだなあ・・・どうやって、3650万円、返してもらうかだな・・・とりあえず、いくつか、返済の方法を言うので、その中から、選んでくれるかな?」
鋭次は、そうして、いくつかの案を言った。
「まず、銀行やサラ金で、お金を借りるという方法だ。でも、普通の女子大生が、借りに行っても、まず、こんな金額は貸してくれないだろう。これはダメだろうね・・・」
鋭次は、自分で答えを言って、金を借りるのは難しいと言った。
「次に、金になる仕事をしてもらうかだ。キャバレーで、ホステスをするか? 禿げた親父やスケベな親父に触られまくるぞ」
理恵は、黙って聞いている。
「または、ソープランドで、働くか? 給料はいいが、身も心もボロボロになるぞ。ヤクザやチンピラが来て、身体をめちゃくちゃにされるだろう。杉本さんには、そんな風にはなってほしくないな」
鋭次は、正直な感想を述べた。
「ただし、こういう仕事をして、金を返すというのなら、利息を付けさせてもらうよ」
鋭次は、宣言をした。
「利息は、年2.5%くらいで計算してやろう。 銀行やサラ金に比べて格安でしょう」
鋭次は、安い利息を付けると言い出した。いったい、どれくらいになるのだろう。
鋭次は、わざわざ、説明を始めた。
「何年で、返してくれるかによりますが、10年で返してくれる場合、合計4400万円になり、月に約35万円ですね。20年の場合、合計5200万円で、月に約20万円になる。また、30年の場合、合計6300万円で、月に約16万円になるね」
「そんなになるのね・・・」
五子が、返す金額の多さに、驚きの声をもらす。
「ホステスやソープランドで働いても、こんなに稼げないぞ!! それに、君のお父さんやお母さんが知ると、嘆くだろう。やめた方がいいよ」
理恵は、それぞれが、どんな事をする所なのかは、なんとなく分かっている。しかし、どれくらい稼げるかは知らない。そんなものなのかと、理恵は鋭次の言葉を信じて、途方に暮れていた。
「あと一つ、返済の方法があります。それは・・・」
理恵は、鋭次の言葉に、どういうものなのかと耳を傾けた。
「私のこの家で、召し使いをしてくれるというのは、どうでしょうか?」
鋭次は、理恵の方を向きながら、みんなに説明を始めた。鋭次の話は、次のようなものであった。
『この家は、広くて、掃除や家の手入れが大変であるということ』
『現在、召し使いをしている女性がいるが、もうすぐ、契約の期間が切れるということ』
『召し使いをしてくれるのなら、借金に利息を付けないと約束してくれるということ』
『1日につき、10万円を支給してくれるということ』
だいたい、こんなものであった。
「どうでしょうか?」
鋭次が、理恵に問いかける。
しかし、先に声を出したのは、二子のほうだった。
「それじゃあ、365日で返せちゃうっていうわけ?!」
「そういう事になるわね」
一子が続いて言う。
「いい話じゃないのー」
三子が、楽しそうに言う。
「でも、大変なんじゃないの?」
四子が、簡単な感想を言う。
「杉本さん、どうするの?」
五子が、締めくくりに理恵に問いかける。そして、理恵が口を開く。
「本当に、1日に10万円も頂けるんですか?」
あまりの条件の良さに、少し不安になって、鋭次に聞いてみた。
「ああ、本当だよ。安いですか?」
鋭次は、あっさりと答えた。
「いえ、そんなつもりじゃ・・・」
理恵は、鋭次の言っている事が、本当であると信用出来た。
「そんなに難しいことはないから、出来たら引き受けてもらいたいんだけどね」
鋭次は、困ったように言った。その様子を見て、理恵は、花瓶を割った事に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。鋭次に対する罪悪感の気持ちでいっぱいになった。
(こんなに良い条件を出してくれているんだから、受けないほうが失礼だわ・・・)
理恵は、考えた末に、召し使いを引き受けることにした。
「わかりました。召し使いをさせて下さい」
理恵は、みんなの前で、はっきりした声で答え、意志を明確にした。
< つづく >