星辰の巫女たち 第4話

第4話

 アールマティ大聖堂から東にあるレン国。大陸有数の大国だ。この首都レン市からは東西南北あらゆる方向に街道が伸び、地方交易の中心地となり、広場には商人たちの賑わいが絶えることがない。
 このレン国を治める女王・フローラは女性だ。

 この大陸で女性の地位は低い。政治・軍事面でも官職には男性がつくのが当然だ。だが、こと組織の総責任者、トップの中のトップには、例外的に女性が就くことがこの大陸の古来よりの慣習だ。
 彼女らに軍隊の指揮や政治力は求められていない。ただ、象徴としての女性性が必要なのだ。
 その根底には、女性が持っている母としての能力、子を産み育むという能力への信仰がある。彼女らの母性は組織の繁栄と平和を連想させた。
 男は破壊する。しかし女は創造する。この女性性への信仰ゆえ、村や町、教会に、象徴としての女性が君臨している。

 この女王フローラ・通称『花の君主』もその一人だ。だが彼女はただの象徴ではない。
 フローラは政治家としても敏腕を振るい、部下たちを指揮し、レン国をさらに発展させた。彼女は人々から愛されていた。男勝りといっていいさっぱりした性格と、年頃の娘を持っているとは思えないほど若若しい容姿をしていた。ドレスの上からでもはっきりわかる、女性らしい魅惑的で豊満な体は、土地に恵みをもたらす女性としてのイメージそのものだった。

 しかしレン国に危機が訪れようとしていた。いま、首都で人々が話しているのは、もっぱら、模倣者(イミテイター)のことだった。
「とうとう、この国内にも模倣者が現れたそうだ」
「近いうちここにも来るだろうか?」
「なぜ法王猊下は討伐の命令をお出しにならんのだ? 明らかな異教徒ではないか! 邪神タローマティを信仰しているに違いないぞ」
「いやアールマティだそうだ。猊下は同じアールマティを信仰しているのなら、宗派は違えど、その自由を尊重するとおっしゃっている。猊下は寛大なお方だからな」
「各人の自由? おそらく邪悪な術を使ってかどかわしているに決まっている!」
「もしそんな連中がきたら」
「ああ、フローラ様を守るため、戦おうぜ」
「おう!」

 模倣者の噂は当然フローラの耳にも入っている。
「模倣者の首都への入場は禁じることにします。彼らが執拗なら、武力に訴えてもかまいません」
「しかしフローラ閣下、そんな強硬な対応がアールマティ大聖堂に知られたらーー」
「かまいません。これは戦時下の決定です。責任はすべてわたしが取ります」
 フローラはそう決定を下した。模倣者などという胡乱な集団のために愛すべき市民を怯えさせたくなかったのだ。

 しかし、彼女の決断はすぐに虚しくされるのだった。
「閣下! た、大変です」
 ちょび髭の大臣が、息を切らせながら執務室にいる彼女の元になだれ込んできた。
 彼の話では、いつの間にか首都に入り込んだ模倣者が、怪しげな術を使って(この部分は彼の推測だが) 首都D地区南区の住民およそ300名をすっかり虜にしてしまったそうだ。住民たちの目は虚ろで、話しかけても反応がなく、ただ教祖とおぼしき男の声以外は聞こえていないらしい。
「模倣者の数は何人です?」
「それが、ほんの数名です」
「数名……」
 ほんの数名で、数百の人心を掌握できるものなのか?
「とにかく、危険です。ただちにD地区の住民に南区に近寄らないよう勧告しなさい。
「わ、わかりました!」
 フローラの指示は迅速だった。ちょび髭の大臣は息を整える間もないうちにまた執務室を飛び出していった。

「お母様……」
 フローラの傍らにいた娘が不安そうな顔を向ける。2人が並んでいては年が離れた姉妹のように見えるが、彼女はフローラの一人娘だ。
 ポピレア。蜂蜜色の髪の毛を左右で縦ロールにした、貴族の娘らしい出で立ちをしている。まだあどけなさを残した顔立ちをしているものの、フローラゆずりの整った顔の造作をしている。
「姫。部屋にいなさい。騒ぎが収拾するまで、一歩も出てはいけません」
「騒ぎが収拾するって……いつまでですか?」
「1週間か……あるいは1ヶ月か」
「そんな!」
「いいから部屋へ行ってなさい!」
 女王の貫禄を持った母に凄まれると、ポピレアは従うしかなかった。

 しかし、フローラの予想をはるかに超えるスピードで事態は進行していた。
 ちょび髭の大臣がまたすぐに息を荒立てて戻ってきた。
「駄目です! すでにD地区は住民のほとんどが、すでに正気ではありません! 目がうつろで、なにやらうわごとを言っています! ご覧くださいこの男を。D地区全体がこんな様子なのです!」
 フローラは玉座から立ち上がり、ちょび髭の部下が拘束している男を見た。感情のこもっていない表情で、口を半開きのままなにかブツブツ言っている。ここがどこかもわかっていないようだ。
 こんな恐ろしい術が市全体に蔓延したらーー。
 フローラの胸に冷たいものが走る。
「D地区を完全封鎖しなさい! 最高レベルの武装をした自警団を出動させます!」
 そばに控えていた部下たちも彼女に同意する。全員が非常事態と判断したのだ。
「会議を開きます! 至急各局の責任者を招聘しなさい」
 彼女の凛々しい声が執務室に響き渡った。
「「「「はい!」」」」
 忠実な部下たちが素早く動き始める。
 彼女はその動きを見守りながら、腹心の女官をそっと呼び寄せ、こう告げた。
「例の場所に、馬を用意しておきなさい……」
「はい。かしこまりました」
 先ほどの号令とはまったく異なる、ひそやかな声だった。

 会議室に対策本部が設けられた。フローラを中心に一時の休憩もない話し合いが続けられた。
「ご報告します!」
 今度はちょび髭の大臣ではなく、彼の副官が会議室に駆け込んできた。
「先ほど派遣した兵士が……彼らも模倣者の虜となってしまいました。帰還したものはほんの数名……。模倣者たちは現在C地区とE地区に広がっています」
「なぜあなたが報告に来るの? 大臣はどうしたの?」
「そ……それが……市民が集まっている場所を偵察に行き……そのまま戻ってはきませんでした」
 フローラは、模倣者がどんな軍隊よりも恐ろしい最悪の侵略者だと知った。まるで、癌のように正常な細胞を巻き込み、あちこちに転移していく。
 フローラはとてつもなく恐ろしい邪悪な力の存在を感じ始めていた。
 そのころ、首都の空を黒い雲が覆いはじめていた。雨雲にしては低すぎる暗雲がたちこめ、この都市を外界から隠すように渦巻いていた。

 事態は加速度的に悪化していった。

 今現在、フローラのいる城は住民たちに包囲されている。首都の住民のほとんどが城の前に集まっているようだ。
 彼らの目は赤く虚ろで、ただ教祖の命令に従っている。
 城はまるで蟻の大群にたかられた砂糖菓子のように、圧倒的物量の前に食い尽くされるのを待つだけだった。
 フローラは、完全に追いこめられた。
 フローラは会議室を離れ、城の中を駆けた。彼女が向かったのは、娘・ポピレアのいる場所だった。

「姫」
「お母様!」
 母子は再会した。といっても数時間しか経っていないが、ずいぶん久しぶりのように思えた。女官さえ下がらせて、部屋の中はフローラとポピレアの二人だけになった。
「国民たちが模倣者に操られてこの城を落とそうとしています」
「そ、そんな!」
 ポピレアは愕然とする。
「しかし現実に起こってしまいました。姫、母の言うことをよく聞いて落ち着いて行動しなさい」
「……え?」
 フローラは暖炉の前の絨毯をはがした。と、床にわずかな隙間が見えた。フローラは暖炉の火かき棒をその隙間の中に差し込み、力をこめる。すると梃子の原理で床がはがれ、細長い竪穴が現れた。
「姫。ここを降りた先の隠し通路を行けば城壁の外に出ることができます。出口のそばに馬が泊めてあります。あなたはその馬でアールマティ大聖堂にいらっしゃる巫女様たちにこのことをお知らせに行きなさい!」
「お母様……? 何を言って……」
「あなたが行くのです!」
 フローラは娘の両肩を掴んだ。
「姫。よく聞きなさい。模倣者たちにはわたしたちの兵士は勝てない。俗世の戦士ではどんなに強くてもあの魔性のものに勝てないでしょう。勝てるのは、聖なる力を持った星辰の巫女様たちだけ」
「星辰の巫女さま……」
 星の巫女・プリムローズ
 月の巫女・リーゼロッテ
 そして日輪の巫女・ステラ=マリ
 音に聞く、アールマティ大聖堂の3人の巫女。
「模倣者を操っているのはおそらく強い力を持った悪魔。もしそんなものが力を強めていったら世界が闇に覆われる危険があります。そうなる前に彼らを倒す必要があるのです! これはもうわが国だけの問題ではありません。世界の危機なのです!」
 ポピレアは呆然とした様子で聞いていた。世界の危機だなんて、飛躍しすぎた話が飲み込めていないようだった。
「わかりましたね! さあ速くお行きなさい!」
「お母様はどうするのです!?」
「わたしは城を離れるわけにはいきません」
「いや! お母様も一緒に逃げましょう!」
「王の一族がそろって市民を捨てて逃げたとあらば、巫女様たちが模倣者どもを討伐された後に誰がこの国を統治するのです? わたしは逃げるわけにはいきません!」
「そんな……」
 ポピレアの目に涙が浮かぶ。
 フローラには、女王として国を守る義務があった。一度決意を固めた彼女が、己の身の可愛さに翻意することなどない。それはポピレアも十分知っているだろう。
「さあ行きなさい。しばらく会えなくなりますが。お元気で」
 フローラは娘に優しくキスをした。若い娘の肌の芳香がフローラに伝わる。
 彼女は若い。彼女だけでも生き延びてほしいとフローラは思った。
「お母様……」
「ポピレア。あなたは健やかに育ってくれました。わたしの誇りです」
 そして、にわかに表情を厳しくする。その厳しさには、自らを叱咤するような雰囲気があった。
「旅立ちなさい! 世界を守りなさい!」
 ポピレアは頷き、振り返らずにはしごを降りていく。
 蜂蜜色の縦ロールが揺れながら小さくなっていくのを、フローラはずっと見つめていた。

「あなた……どうかわたしたちの娘をお守りください」
 フローラは亡き夫に祈りながら、暖炉前の隠し扉を閉じた。
 それとちょうど入れ替わりに、背後の扉が勢い良く開き、女官が飛び込んできた。
「かかか閣下! 模倣者の教祖が面会を求めています!」
「わかりました。しばらく待たせておきなさい」
「そんなわけにはまいりません!」
「なぜ!」
「だって、今すぐにと、教祖様から仰せつかったんですもの!」
「……っ!」
 見開かれるフローラの瞳に移ったのは、模倣者たちと同じように靄が掛かったようになった女官の目だった。
「ご無礼お許しください」
 彼女はフローラの肩を掴むと、抵抗を許さない力で部屋から引きずり出そうとする。
 部屋を出ると、廊下の中はこの女官と同様に目を虚ろにした女官や大臣・兵士たちが包囲していた。もう自分は完全に袋の鼠らしい。フローラは覚悟を決めた。
「離しなさい。このフローラ、逃げも隠れもしません! 子供のように手を引かれなくても、自分で歩きます!」
 フローラはそう言って女官の手を振りほどき、自ら、教祖がいるとかいう部屋へ足を進めた。
 あなた……見守っていてください。
 亡き夫が残した結婚指輪をなぞりながら、彼女は歩いた。

 たどり着いたのは、王の間だった。
 彼女がいつも座っている玉座に、黒いローブを羽織った男が我が物顔で座っていた。
 ついさっきまでフローラと一緒に作戦会議をしていた重臣たちが、みな教祖の周りに跪いている。
「ごきげんよう。フローラ殿」
 男は剣呑に笑った。左目を眼帯で隠した片目の男だ。年は30前後といったところか。
「あなたが、模倣者のリーダー?」
「そうだ」
「名前は?」
「教祖になる前は、ザールとか言ったな」
 片目ながらなんと不気味な眼光だろう。見ていると眩暈がする。目を合わせないようにしないと。

 でも……詰めが甘いわ。
 フローラは勝機を見いだした。
 術で私の部下を操っても、言われたことしか出来ないただの人形だ。彼らはわたしを、身体検査もせずに教祖の前に近づけている。
 フローラはドレスの中に忍ばせた短剣の冷たい感触を確認する。
 これで、刺す。
 フローラは顔色一つ変えず決意した。
「フローラ殿と二人きりで話したい。お前たちは下がっていろ」
 そう言って、教祖はそばにいた重役たちを退出させた。
 チャンス! わざわざ二人きりにしてくれるなんて。大間抜けだわ。

「どうやら、この城は陥落したようね」
 フローラは一歩玉座に歩み寄る。
「そう。あとはあなただけだ。フローラ閣下」
 フローラはザールをキッと睨みつけると、さらに一歩玉座に詰め寄る。
「あなたの要求はなに? 言いなさい」
「話が早くて助かるな」
 ザールはにやりと笑った。
「いえ、その前にまずその玉座からどきなさい、話はそれからです。そこはこの国の女王のみが座ることを許された席です」
「どかないと言ったら?」
「ふん。ならば構わず座るまでです」
 フローラはつかつかと玉座のザールの前に歩み寄ると、足を広げ、ザールの膝の上にまたがった。
 ボリュームのあるドレスの中に隠されていた、彼女の柔らかいふとももと、レースで修飾されたショーツがザールの膝の上に乗る。
 ふん。どう? 王の貫禄を示してやったわ。ほうら、平静を装っているけど内心動揺しているに違いないわ。
 フローラは文字通り目と鼻の先にあるザールの顔を優越感のこもった眼差しで見る。タイトドレスに覆われた乳房の先がわずかにザールに触れている。
「我の要求は単純だ。しばらくこの国に滞在させてほしい。ではあなたの要求は?」
「では遠慮なく言わせてもらうわ」
 フローラが考えている条件は以下の3つだ。
 ひとつ。住民に危害を加えないこと。
 ひとつ。教会の建物や聖遺物を破壊しないこと
 ひとつ。いつ立ち退くかを明確に示すこと。
 フローラは威厳のある表情で切り出す。
「まず、住民に――」
「すまんが耳が遠くてね。もう少し近くで言ってくれるかな?」
 フローラは顔をしかめた。
 邪教の教祖様とやらは耳も満足に聞けないのかしら?
 仕方がないのでフローラは、ザールの膝にまたがったまま上半身をザールの胸板に預け、彼の両肩に抱きつくような姿勢になると、耳に唇を近づける。
 そして、怒りのため荒くなっている吐息でザールの耳朶を湿しながら囁く。
「まず、住民に危害を加えないこと」
「安心しろ。信者となったものに危害は加えない」
 フローラは僅かばかり安堵とした。その溜め息がザールの耳穴をくすぐる。

「して、次の要求は?」
「教会のたても――」
「いや。待て」
 ザールが右手でフローラのうなじをつかむ。
「考えてみれば、大事な取り決めだ。一字一句忘れないように、もっと形に残る方法で伝えてくれ」
「形に残る方法?」
「口の形がいい。口移して直接伝えてくれ。それなら決して忘れない」
「わかったわ」
 確かにその通りだ。形に残るやりかたで大事な契約を交わすには、口を相手の口に触れさせるのが一番いいに決まっている。あとになって言った言わないで揉めるのはごめんだ。
 フローラは顔をザールの正面に持っていき、その唇と自分の唇を合わせる。
「ん…………」
 思い切り上体を傾け、体を押し付ける。蜂蜜色の金髪が幾房か垂れ、ザールの額をくすぐる。重量感のある二つのふくらみがドレス越しにザールの胸板を圧迫していた。そこから伝わっている鼓動は、怒りのためか、緊張のためか、かすかに高鳴っていた。
「ん……ん……っ……すー……む……ぬちゃ……にちょ……」
 唇を開いたり、鼻孔から息を漏らしたり、歯茎の間から声を出したりして、フローラは丁寧に口の動きで言葉を伝える。決して聴き間違いのないように、一語一語の舌の動き、口の形を丹念にザールに伝える。
「んぅ……!」
 と、ザールの舌が急に歯茎を押し開けて侵入してきた。
 フローラは戸惑い、怒って顔を引きはがす。
「邪魔しないでください! 契約の言葉を曖昧にしようとしたってそうはいきませんよ!」
「邪魔ではないだろう。相手の口に舌を入れていた方がより口の形を理解しやすいだろう?」
「……そういえば、そうね」
 この男の言うとおりだ。フローラはすんなり納得した。
 大事な契約内容なのだから可能な限り正確に言葉を受け取ってもらわなければならない。
 フローラは改めて口づけをし、今度は自分からザールの舌を招き入れる。
「ん……あむ……んっ……あ……」
 ザールの舌はフローラの舌にまるで影のように吸い付いてきたと思うと、喉の奥をなめ、歯の裏を嘗める。舌先のざらざらした感触が心地よくフローラの口腔内に余すところなく刻まれる。
「ん……く……んぁっ……」
 いつしか、フローラの凛とした目が蕩けてきた。
 彼女はいつか口の動きで言葉を伝えることをやめていた。ザールの舌が彼女の口の中を蹂躙するに任せていた。
 ザールの舌は蛇のように伸び、フローラの口の中のあらゆる場所を舐める。フローラはいつしかもっと舌戯を乞うように、今までにもまして体をザールに密着させていた。
 徐々に彼女の鼓動は激しくなり、ザールの体と乳房の間でつぶれていた乳首が固くなり、自己主張し始めていた。ザールの上にまたがったその下半身は、無意識か腰をくねらせている
 ザールはそのままフローラの中に唾液を流し込む。
「ん……ごく」
 フローラは何の疑問も感じず、その唾液を飲み干す。
 すると、たちまち彼女の鼓動の高まりが激しさを増し、胸の高鳴りはっきりと聞こえるようになる。まるで口から快楽を感じる物質を流し込まれたようだ。
「……ん」
 フローラは下腹部に何かがあたるのを感じた。ザールの股の間の一物が布を押し上げているのだとわかったが、今は関係ないなと思った。むしろフローラは下腹部にそれが擦れる感覚が恋しく、ますます体を密着させた。精密なレースのついたショーツに包まれた秘所は、しっとりと湿っており、愛液をザールのズボンに滲ませていた。

 長い口付けが終わった。
 フローラは名残惜しそうに唇の間をつなぐ唾液の端を眺めていたが、それが切れると、気持ちを切り替え、口づけの余韻で蕩けた顔を引き締める。
「して、ほかに要求は?」
「はい」
 フローラは凛とした表情で最後の要求を言った。
「わたしを抱いてください」
 ザールは剣呑な笑みを浮かべた。
 何がおかしいのだろう? フローラは怪訝に思う。
 レン国を守るためなら当然のことなのに。国の安全の保証のためにわたしが心身を差し出すことがそんなに不自然だろうか?
「いいだろう。では服を脱げ」
「はい」
 フローラは部屋の外に控えていた女官を呼ぶと、彼女らに自分の服を脱がせる。
 華やかなドレスを脱がし、コルセットを外す。彼女の体をきつく押さえ込んでいた下着の中からぷるんと、たわわな乳がこぼれた。すでに汗でしっとりとぬれて、艶やかに光っていた。
 腰に隠し持っていたナイフも、フローラは何の興味も示さずに女官に差し出した。どうしてこんなもの持っていたのか思い出せない。
 そして、フローラは一糸まとわぬ姿になった。

 豊満な肢体が、ザールの前に現れる。娘がいるとは思えない張りのある肌。乳首はきれいなピンク色を保っている。彼女の自慢の髪と同じ蜂蜜色の毛で覆われた秘所は、すでに愛液で湿っていた。
 フローラはザールの見られているという喜びで顔を赤くした。
 そうだ。わたしの要求を通してもらっているのだから、待っているのではなくわたしが積極的に動かなければ。
 フローラは玉座の前に跪くと、ザールの足を片方持ち上げる、ブーツと靴下を脱がすと、その足の指を舐め始めた。
 くちゅ……くちゅ……くちゅ……。
 くすぐったいのか、ザールの足が時折小刻みに震える。フローラは自分の舌に伝わるその震えがとても心地よいものに思え、ますます奉仕に没頭する。
 何かがおかしいという声が彼女の中で小さく唸っていたが、その声を聞き取ることはできなかった。火のような官能が彼女の中でどんどん大きくなっていく。彼女はそれに翻弄されるにまかせた。
 と、ザールの手が伸び、フローラのたわわに実った乳房をわしづかみにする。
「ひゃ……!」
「フローラ。お前の胸はなんのためにある?」
 その問いを聞くと、フローラの中にある考えが浮かぶ。
「はい。殿方のおちんぽを受け止めるためです」
 フローラの美しい唇からおよそ似つかわしくない言葉が発されたが、フローラは何の違和感も感じなかった。
 フローラは玉座に座るザールの腰に手を回し、ゆっくりとズボンを下ろす。たくましく直立した剛直があらわになった。
 フローラは期待に満ちた眼差しでそれに見入る
 これに貫かれたら、いったいどれほど幸せだろう……。
 これと似たものを以前どこかでみたことがある気がする。でも、そんなことはどうでもいい。記憶の片隅に申し訳程度に残っているそれよりも、いま目の前にあるこれのほうがはるかに素敵だ。
 フローラはたっぷりとした胸を揉み潰すように肉棒を包み込み、体全体をくねらせて揺さぶる。
 身体をくねらせながら、フローラが上下左右に乳房を揺さぶる。乳房を下げれば男性器がかいま見え、乳房を上げればペニスが完全に胸の谷間に陥没する。亀頭が現われた瞬間を狙ってフローラの舌が亀頭を舐める。
「んっ……ふぅん……んぁ……ぺろ……」
 くちゅ……くちゅ……。
 淫らな音色と共に、頬が熱に浮かされたように赤く染まっていく。
 汗と先行液でしとどに濡れた乳房は滑りもよくなり、ストロークが速くなる。
「くうんっ……ふぅ……んんっ……ん……ぁ……」
 彼女の喘ぎ声が執務室を満たす。
 異様な光景だった。玉座を奪われた女王が、玉座の上でまさにその男に奉仕している。

「んむ……」
 こんなこと……はじめて……。
 フローラは今まででは考えられなかったはしたないことに耽溺している自分に酔いしれる。
「あふっ……くん……」
「く……す………あん」
「いふ……あ……」
 喘ぎ声が聞こえてくるのはフローラの口からだけではない。服を脱がしに来た女官たちもみなスカートの中に手を入れ、自慰を始めている。彼女らは麗しのフローラの妖艶な乱れ方を見て興奮してしまったのだ。
 四人の女の愛液の匂いと喘ぎ声が響く中、ザールの肉棒の先がすぼみ、激しく震えだした。
 次の瞬間、大きく爆ぜた。
「んんっ!」
 フローラの美しい顔に勢いよく精液が放たれる。独特の匂いが彼女の鼻を突いたが、それはまるで甘露のような甘い匂いに感じられた。
 白い精液は彼女の豊満な裸体の上を滑っていく。彼女は大事そうに一筋一筋すくいあげ、舐めた。
 フローラは満足感で包まれた。
 これでいい。
 これでこの国を守ることができた。
 女王だったわたしが教祖さまに恭順を誓ったんだもの。
 これで、国は平和だわ。
 教祖様に、ずっと、平和に、統治して、いただけるわ。

 彼女が何か違和感を感じたのは、指でザールの精液を舐め取る際、自分の左手にある結婚指輪を見た時だ。
 ぴしり。
 フローラの中に何かひびが走る音がした。
 彼女を覆いつくし、彼女の心をすっかり塗り固めてしまおうとした皮膜に、かすかなひびが入った。
 フローラは急に苦しみ始めた。
 この指輪は……誰にもらったのだろう……?
 誰か……大切な人だった気がする。
 そして……この指輪は何を意味していたのだろう……?
 何か……大切なことだった気がする。
 ぴしり。ぴしり。ぴしり。
 皮膜のひびがあちこちに伝播していく。
 そうだ……。これは結婚指輪……わたしと……あのひとの……。
 わたし……なにをしているの? レン市を守るために要求を突きつけていたはずなのに、なぜこんなことをしているの……? わたしは――わたしがすべきことは――。
 フローラは何かを必死に思い出そうとした。そして、それが彼女の心に蘇ろうとした寸前ーー。
「んっ!」
 彼女の目が見開かれる。目の前にあるのはザールの右目。その目は火のように赤く光っている。その火は彼女の中に燃え移り、彼女の理性を官能の炎で焼き尽くしていく。
 フローラの目が、赤く、霧がかかったように曇っていく。
 あら……何か……へん……。なんて……なんて気持ちいいの。
 自分が何を考えていたか忘れた。そんなこと、まったくどうでもいいことのように思える。それどころか、この幸福感に比べると汚らわしいものにさえ思えた。
 ザールはフローラの左手に手を這わし、薬指の指輪を抜き取る。
 ザールはそれを指でつぶすと、ゴミのように床に捨てた。フローラはその様子に何の関心も持たなかった。汚らしい金属片がどうなっても、ザールの与えてくれる快楽を少しももらさず受け取るほうが大事だった。
 ザールは生まれたままの肉体を思う存分愛撫した。そのたびごとに彼女の肉体が生まれ変わるような快感が走る。
 長い戯れの後、ザールはフローラに聞いた。
「フローラ、我に忠誠を誓うか?」
「はい」
 フローラはその言葉を待ちこがれていた。ザールの膝の上からおり、玉座の前に跪き、ずっと用意していた言葉を言う。
「わたしは教祖様の忠実なしもべです」
 口に出すと、その言葉は、たちまち女の全身に染み渡り、彼女に完全に同化した。そうだ。自分が求めていたことはこれだったのだとフローラは確信した。
「教祖様……」
 フローラは玉座の前の床に顔をこすりつけると、やおら喜色満面の顔を上げ、足の指の裏をぺろぺろと舐め始めた。
 その目は、足の間でそそりたつ物を熱っぽい眼差しで見つめている。
「んっ」
 ザールが双丘に手を伸ばすと、成熟した艶かしい肢体がザールの前で蛇のようにくねる。
 その間も、フローラの目はザールの股間の剛直に釘付けだ。
「花の君主どのは淫乱のようだな」
 フローラは羞恥に顔を赤く染めながらも否定しなかった。
「教祖様……。どうかこの淫乱のわたくしめにお慈悲を下さいませ」
 皮膚の上じゃなくて、体の中に支配の証である精を注ぎ込んでもらいたい。そんな欲求が彼女の中で育っていた。
「それなら、我からもうひとつ要求を加えさせてもらう」
「はい。なんなりと」
「この国を、我のものとさせてもらう。かまわんか?」
 フローラはきょとんとした。
 そうか……わたし、まだ立場上はこの国のあるじだったんだわ……。教祖様がいらっしゃるのにふてぶてしくも女王気取りなんて……恥ずかしい!
「どうぞ! ぜひ受け取ってください! この国にあるものはすべて教祖様のものです!」
 フローラは熱心に恭順の意を示す。
「だから……このいやらしい牝を抱いてください……」
 唯一フローラが女王の身分であったことを感謝するのは、それを理由にザールに貫かれることができるからだった。
 ザールは答える。
「いいだろう。だが、それには相応しい場所がある」
 ザールはフローラの裸体を抱え上げ、いまだお互いの秘所をまさぐり合うのに夢中な女官たちをあとに、淫らな匂いの充満する玉の間を去った。
「国民たちに教えてやれ。政権交代は平和裡に行われたと」
「はい」
 フローラはうっとりとした表情で答えた。

 城の前は、町中の人々が押し掛け、ごった返していた。
 と、正面門の上にある3階のテラスに人影が現れた。フローラ、そしてザールだ。
「うおおおおおおおおおお」
 群衆たちは偉大な教祖と愛しの女王を盛大な歓声で迎える。
「レン国の諸君。これより女王閣下より重大な発表がある。心して聞くように」
 ザールがそう言うと、蜂の巣をつついたようだった群衆がしんと静まる。
「みなさん……ごきげん……あふっ……よう」
 フローラは、群集に対して後ろ向きのまま喋った。
 愛しのフローラ様の挨拶に、広場に押し寄せた人々は熱っぽい快哉の声をあげる。
「もう……ああんっ……諸君たちはすでに知っ……っふっ……あん……ていると思いますが、……このたび、レン国は、偉大なる教祖様に……くふ……統治していただけることに……なりました……あふっ………く………ひゃあ……」
 フローラは衣ひとつまとっていなかった。フローラは、ザールに下半身を貫かれたまま、いわゆる駅弁という体位で彼の体にしがみついていた。
「みなさん……あ、ああ、……い、イク……こ……光栄に……ひやあ……あ、あ、お、思いましょう!……くふふっふ……いああああああ!」
 フローラがしゃべる間も、ザールは容赦なく腰の動きを続ける。
「ごらんなさ……い……。教祖様は……んふぃ……わたくしの……卑しい……かぁ体を……あああぁ……貫いて……かふ……くださっています……ん! はあぁっ、はあぁ!」
 城下を熱狂が包む。
 町中の市民たちに見られているということが彼女の羞恥心と快感をさらに強くした
「はあぁっ、はあぁっ、はあぁっ。 イク……ぅ!!!」
 蕩けきった表情で、感極まった嬌声を上げて、乳房を押し付けながらザールの体を絞め殺さんばかりに抱きついた。
 ザールの突き上げが徐々に速くなる。
 腰を振るたびに彼女の中で極彩色の火花が散り、脳が溶けていく。長年男の性器を受け入れることのなかった肉壷が、本来の役目を思い出した喜びに激しく蠕動する。
「教祖様にぃぃぃ……永遠の忠誠をっぅぅぅぅ! ……あふん! あっ、あっ、あっ……!」
 市民たちの歓声に包まれながら、フローラの腰の動きがラストスパートに入る。
「ウォォォォォ」
 市民たちがこぶしを突き上げる。
 同時に、フローラの子宮の中に大量の精液が放たれる。
 フローラは大歓声の中、絶頂に達した。
「くあ、あぁ、ふあーーーーーーーーぁ!」

 一連の騒ぎが一段落すると、ザールは改めて玉座の感触を味わった。
 今までのような村や町ではなく、レン国という大国を手に入れたことはもちろん大きな躍進だ。だがそれ以上に、この大陸の交易の中心地でこのある首都を支配下におくことは、ザールにとって大きな意味を持つ。放っておいても、商人や旅行者が次々とこの都市に入ってくる。彼はここにいるだけで信者を増やすことができるのだ。
「しばらくは、ここで力をつけようと思う。あと1年もすれば、本来の肉体を取り戻せるほどに力が回復できそうだ」
 ザールは誰にともなく言った。
(なら、そのときはさっさと俺の体から出て行くんだな……)
 ザールの中で、別の声が答える。ひどく弱った、人間らしい声だった。
「かまわんよ」
 ザールは意味ありげな笑みを浮かべた
「お前が、それを望むならな」

 ポピレアは三日三晩馬を飛ばし続けた。
「お母様……お母様……」
 彼女は馬上で、幾千回もその言葉を呟いた。涙で腫れ、拭う暇もなかった洟が口の周りにこびりついている。
 本当は戻りたかった。戻って、母親とともに抵抗して死にたかった。しかし彼女はその誘惑を断ち切った。「世界を守れ」という気高い母の言葉に従ったのだ。
 伝えなければ……巫女様に伝えなければ……。
 母から受け継いだ使命感が彼女を突き動かした。
 凸凹した岩地を越え、ぬかるんだ沼地を越え、馬蹄が滑る露の草原を越えた。
 彼女の可憐だった顔は汚れ、痩せこけた。ただ目だけがぎらぎら光っていた。彼女は首都を出てから何も口にしていない。休憩のために民家に立ち寄ることさえもしなかった。彼女の鍛えられた愛馬は、まるで世界の危機を知っているかのように、主人を乗せて疾走し続けた。
 そして、4日目の夜が明ける頃、彼女の視界は遥か地平線の彼方に聳えたつ尖塔を認めた。
「アールマティ大聖堂だわ!」

 聖堂の門の前で、馬は目的を果たしたことを理解したように倒れた。もう動かなかった。
 ポピレアは「ごめんね」と愛馬の亡骸を撫でると、涙を振り切って聖堂の門を駆け抜けた。

 聖堂の中は、頃合が悪く何かの神事の真最中らしい。普段は巡礼者が自由に行き交うことのできる広い広場は、多くの群集と物々しく武装した神殿騎士たちが整然と配置されている。
 だが、構っていられない。一刻も早くこのことを巫女様に報せなければ!
 ポピレアは広場を突っ切って巫女のいる場所へ駆けようとした、が、神事の警護にあたっていた神殿騎士たちに取り押さえられてしまう。
「放してください! 至急、巫女様にお会いしたいんです!」
「いまは太陽の祭りの最中だ。御用があるなら儀式が終わってから出直したまえ」
「そんな暇はありません! 火急お伝えしなければならないことがあるのです!」
 ポピレアは力の限り叫んだ。
 群集がどよめき、広場中の目線がポピレアのいる場所に集中する。ある意味、好都合といえる。
「大変なんです! ――が―――――なんです!」
 ?
 ポピレアの口から出たのは、言葉とは思えぬおかしな声だった。

 そのころ、レン市では彼女の母親フローラがザールにベッドの上で奉仕していた。
「あむ……」
 フローラはザールの肉棒が硬くなるのを見て、うっとりとした顔をした。
「さてフローラ。お前には年頃の娘がいたな。連れてこい」
「あ……」
 フローラの顔が曇る。
「申し訳ありません教祖様……」
 彼女はザールのしもべになった喜びに酔いしれ、娘のことをこの瞬間まで忘れていた。
「……娘は、城の外へ逃がしてしまいました」
 ザールは彼女の心を読む。
「なるほど。アールマティ大聖堂に我のことを伝えに行ったのか」
「! そ、そうです。 申し訳ありません……」
「問題ない。すでにこの町全体に弱い暗示がかけてあった。お前の娘は大聖堂に行ったところでなにも教えることはできないだろう」

「……なんで……?」
 ポピレアは、この4日間ずっと心に秘めていたことを口にすることができなかった。
 伝えなきゃ……。伝えなきゃ……ってずっと思っていたのに……。 あれ……? 何を伝えるんだっけ?
 何か。
 それは、まるで、心に鍵がかかったように思い出すことができない。
 なぜ?
 大事なことを伝えなければいけないのに……!
「何なんだ?君はいったい誰だね?」
「わたしはっーー国のーーーーです」
 え?
 自分の名前が出てこない。
 命より大事な国の名が出てこない。
「どうなっちゃったの?わたし、どうなっちゃったの?」
「知らんよ、君の事なんか」
 恐ろしい事件があったはず。
 悲壮な決意を託されたはず。
 強大な危機が迫っているはず。
 それなのに、それがなんだったか思い出すことが出来ない。
 不安と苛立ちのあまり、ポピレアは癇癪がついたように暴れだした。
「なんなのっ! わたし、どうしちゃったのよぉ!」
 暴れだしたポピレアは、神殿騎士たちにより強硬に取り押さえられる。
 腕の関節を極められ、両足を掴まれ、彼女は地面に突っ伏した。
 どうしてこうなっちゃうの?
 彼女の瞳を涙がぼろぼろとこぼれる。
 命からがら逃げてきて、愛馬を使いつぶして、やっとの思いでここまで来たのに、何も伝えられず、誰もわかってくれず、拒絶される。どうしてこうなっちゃったの?
 彼女は、神殿騎士団たちに担がれ、広場を連れ出されようとした。
 そのときだった。
「待ってください」
 その、静かだが威厳のある声が響くと、周りの喧騒は不意に静まった。
 音一つしなくなった広場を、一つの靴音だけがポピレアに近づいてきた。
「その子を離してあげてください」
 ポピレアを拘束していた神殿騎士たちは、まるで神のお告げでも聞いたように、ポピレアをうって変わって丁重に扱い、地面に下ろし、手足を結んでいた紐を解いた。
「大丈夫です。落ち着いて」
 と、その声の主がポピレアの額に触れた。と、そこが急に春の日差しを浴びたように暖かくなる。
 彼女の声はすべてを赦す救済の手のようだった。
 彼女は、それまでの恐れや不安が消えていくのを感じた。
「顔を上げてください、ポピレア」
 ポピレア!
 そうだ。それが自分の名だ。
 ポピレアはほとんど反射的にその声に従った。
 ポピレアの前にいたのは、金色の髪をした美しい女性だった。それも、ポピレアが見たこともないような、全身がほのかに光り輝くような美女だった。少なくとも自分はこんな人に会ったことがない。なぜこの人は自分の名前を知っているのか?
 と、女性はすべやかな手を伸ばし、ポピレアの額に触れる。
 こんな緊急事態の真只中だというのに、その女性の顔を間近に見て、その女性の手に額を触れられて、ポピレアは不覚にも胸のときめきを押さえられなかった。
「--あなたには、闇の力の残り香が感じられます。あなたはごく最近、闇のものの手から逃げてきたのですね?」
「!」
 ポピレアの背後で気をつけしていた神殿騎士たちがざわめく。
「そして、これは……記憶想起を妨害する闇の魔術……。闇の勢力がひた隠したいことを、あなたは伝えにきてくれたのですね? それも、あなたの大事なものを犠牲にしてまで」
 ポピレアは、喋ることが出来なかった、必死でうなずくことしかできなかった。
 彼女は自分が理解されたことに随喜の涙があとからあとから零れ落ちてきたからだ。
「よく、ここまで来てくれました」
 彼女は、そっとポピレアを抱きしめてくれた。それだけで、今までの苦労がすべてが報われるようだった。
 この人はいったい何者だろう?
 わたしが伝えたいことを、寸分のあやもなく理解してくれるこの人はいったい何者?
 あなたは誰……?
 ポピレアが疑問の眼差しを向けると、彼女は、大陸中で知らぬ者のいないであろう名前を告げた。
「わたくしは、ステラ=マリと申します」

< つづく >

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