星辰の巫女たち 第5話

第5話

 アールマティ大聖堂のそばに小さな孤児院がある。
 この牧場の中を、いま子供たちが遊んでいる。
 彼らの中に混じって草原の上を転がりあって遊ぶ少女がいた。

 可憐な少女だった。桃色の髪、透き通った目、ほっそりと整った体つき。こんなところで泥まみれになっていなければ、どこぞの姫様かと思うような美しい娘だ。
 彼女は桃色の髪を左右に結わえ、法衣が乱れるのにも拘泥せずチャンバラごっこをしていた。
「それー! プリム姉ちゃんを攻撃だー」
「みんなでかかれー」
「ちょっと待って、待ってったら、キャー!」
 彼女は草原の上に押し倒された。それを見て、子供たちが一斉に彼女の上に飛びかかる。
「きゃあー痛い痛い! 降参降参ー! きゃー くすぐったい!」
 彼女と子供たちの屈託のない笑い声が響いていた。

 と、白い馬がアールマティ大聖堂の方から走ってきた。
 神官は下馬すると恭しく跪き、少女に最高位の例をした。少女はその仰々しい処遇に慣れているのか、落ち着いた様子だった。
 だが神官が少女に何か伝えると、少女の顔に初めて動揺が走る。
「ごめんみんな、わたし、ちょっと用事ができちゃった」
「えー。プリムおねえちゃん、もうかえっちゃうの?」
「大丈夫。すぐ戻るわよ」
 少女は馬に跨ると、男とともに走り去っていった。
「プリムローズさまー! 早く帰ってきてねー!」
 プリムローズと呼ばれた少女は、馬上で彼らに手を振った。

「確かなの? それは」
 馬上でプリムローズは神官に問いただす。
「はい……。レンの首都が、模倣者の手に落ちたそうです」

 プリムローズが裾を乱さない程度に急いで、聖堂内の廊下を駆けていく。擦れ違った神官や尼たちはみな立ち止まって礼をした。
 
 呼び出された部屋に駆け込むと、すでに先客がいた。
 銀色の髪をショートボブに切りそろえた少女だった。プリムローズより背が低く、着ている法衣も子供サイズだ。にもかかわらず、ほかの尼たちとは違い、プリムローズを見ても畏まるどころか、なんといきなり毒づいた。
「遅いぞ、馬鹿ちん」
 彼女は気の強そうな釣り目で、頭半個上にあるプリムローズの顔を無遠慮に見上げてきた。
「また下品なチビたちのところに行ってたんでしょ。まったくこんな泥だらけにして……」
「ごめんごめん」
「お前が貫禄ある行動をとらないと、わたしたちまで軽く見られるわ」
 ねちねち言いながらも、銀の髪の少女は甲斐甲斐しくプリムの法衣についた泥を払ってくれる。
「ロッテ、それでお姉様は?」
「ステラ=マリはむこうの部屋だ。いまポピレア姫に掛けられた暗示を解いている。じき終わるだろ」

 果たして、すぐにドアが開き、中から彼女らの仲間が現れた。
 現れたのは金色の髪を腰まで垂らした女性だった。落ち着いた佇まいと、どこか神聖な空気を纏っている。
「お姉様、遅くなりました」
「プリム、来たのね」
「で、どうだったステラ=マリ?」
 金髪の女性――ステラ=マリは頷いた。
「暗示を取り払うことは完了したわ。あまり喜ばしくない事態が起こっていたみたい」
 ステラ=マリが促すと、部屋の中からもうひとり少女がおずおずと出てきた。蜂蜜色の髪を縦ロールにした少女だ。法衣ではなく、汚れたドレスを着ていた。
「ポピレア。落ち着いたら、ここにいるわたくしの仲間にもさっきと同じ話をしてくださる?」
「巫女様の……お仲間……?」
 ステラ=マリのそばにいる2人を見て、ポピレアの顔から血の気が引く。
「あの……。こ……この方々は、まさか……」
「はじめまして、ポピレア姫」
 と、プリムローズ。
「お前が姫? まあ間抜けな面だこと」
 と、銀髪の少女。
「紹介するわポピレア。こちらが星の巫女プリムローズ、こちらが月の巫女リーゼロッテ」

 ポピレアは最初緊張して何も喋れなかった。なにせ法王に次ぐ宗教界のトップが3人揃っているのだ。いかに一国の姫とはいえ、こんな状況で気後れせずに喋る胆力はない。
 しかし彼女は勇気を振り絞って話した。故郷レンを、母フローラを守るために一刻も早く巫女たちに危機を報せなければならなかったのだ。
「巫女様がた。どうかわが故郷レンをお救いください……」

「これではっきりしたわね」
 ポピレアの話が終わると、リーゼロッテが確信に満ちた口調で言う。
「模倣者とかいう連中のことは、前からクサいと思っていた。法王が及び腰でなければすぐに討伐していたところよ。だがお前の証言でもう遠慮する必要はなくなった」
「わたしも同じ意見です。お姉さまは?」
「おいステラ=マリ。お前も法王みたいに日和見するなんて言うんじゃないでしょうね」
「いいえロッテ、今回はあなたに賛成よ。すぐに何とかするべきだわ」
 3人の巫女が自分の意見を聞き入れてくれて、ポピレアは顔をほころばせる。
「そうこなくっちゃ! よし行きましょう!」
 リーゼロッテが小さな拳を天井に突き上げる。

「ならん」
 リーゼロッテの意気を、冷厳な声が挫いた。

 ここはアールマティ大聖堂の中心・法王の間。
 白いベールの向こうに、この世の最高権力者である法王がいる。
 法王は巫女以外の人間に姿を見せることはない。身体を一度も人々の前に見せることがないゆえに、身体性を持たない。神と等しい存在なのだ。
 そして巫女は、託宣を受けるもの、法王(=神)の言葉を人々に伝えるパイプ役として、唯一直接話ができる人間だ。
 その法王は、巫女たちからの提言をばっさりと却下した。
「模倣者がまだ邪悪とは決まったわけではなかろう。討伐隊など早急すぎる」
「やつらはまず間違いなく悪魔だ。ステラ=マリでさえ今回はそう言っている」
「100人の悪魔を仕留め損なうよりも、1人の無実な者を殺すほうが罪なことだ」
 法王の言葉に。リーゼロッテは露骨にうんざりした顔をした。
「しかしねえ法王猊下、じゃあどうなったらこの連中がクロだってことを認めるの? 大陸が半分奪われてから? それとも国が3つも4つも消えてからかしら?」
 法王は、その質問には答えず、ただこう言った。
「もちろん、黙って静観していろとは言わぬ。――プリムローズ」
「は、はい」
 プリムローズがベールの向こうに礼拝する。
「そなたが行って偵察してきなさい」
「! はい! かしこまりました」
「ちょっと待って。この半人前が、1人で?」
 リーゼロッテがまたしても食いつく。
「わたしかステラ=マリも同伴するべきだ。プリム一人では心伴い」
「ならん。星辰の巫女3人のうち2人もここを離れるなど」
「猊下、わたくしもロッテと同じ意見です」
「!」
 ステラ=マリだった。
「彼らからは底知れない邪悪の気配がします。ここは最大の戦力で、そうでなくてもせめて2人で行くべきです」
「そうらみろ!」
 いつも粛然としているステラ=マリでさえリーゼロッテと一緒になって法王に意見するなど、そうあることではなかった。プリムローズは口を挟めずおたおたするばかりだった。
「わたくしはポピレア姫の記憶を通じて直にレン国を見ました。恐ろしい悪魔の気配を感じます。たとえば、タローマ……」
「よしなさい!」
 白いベールの奥からすさまじく威厳のある声が響く。
「その忌まわしい名を、神聖なこの部屋で口にする気か?」
 法王の声は震えていた。
「今日のそなたらはどうかしておる。下がりなさい! 法王の命令は翻らぬ!」

「結局、プリムのこのほっそい肩にすべては任されたか……」
 法王の間から戻る長い回廊を歩きながら、リーゼロッテがため息をつく。
「プリム。気をつけてね。模倣者が使う、暗示の術にはとくに」
(はいお姉さま、心得てます)
「自分の五感を信用しては駄目。ただ、光の神の加護だけを信じて」
 ステラ=マリは丁寧に祈りの印を切った。
「任せてください。わたしだって、もう一人前の巫女ですから」
「ええ。そう信じてるわ」

 星辰の巫女のひとり、日輪の巫女ステラ=マリはプリムローズの憧れの人だった。
 プリムローズはステラ=マリをお姉さまと呼んで慕っている。この世の頂点に君臨するにふさわしい美しさ。類まれな知性と徳。動作の一つ一つ、喋る言葉の一つ一つからしてとにかく凡夫とは違っていて、まるで生きた芸術品だった。彼女のような巫女になりたいというのがプリムローズの夢だった。

「なーにが一人前だ!」
 と、いつの間にやら背後に回っていたリーゼロッテがプリムローズを羽交い締めにする。
「ひぐぅ!」
「小娘の分際で生意気言いおってぇ!」
「きゃあー痛い痛い! 降参降参ー!」
 なんだか昼間もこんな目に遭った気がするとプリムローズは思った。

 星辰の巫女のひとり、月の巫女リーゼロッテはプリムローズの目の上のたんこぶだった。
 銀色の髪、宝石のようなくりくりした目、子供特有のふくよかな頬と、つんと引き締まった目鼻立ち、リーゼロッテは黙ってさえいれば人形のような美少女だ。しかし、口を開けばその姿から想像もつかないような傲慢さ傍若無人さに誰もが面食らうだろう。最初、プリムローズはなぜこの人が巫女なのか不思議でたまらなかったものだ。しかし、のちにその認識は誤りだったことを知ることになったのだがーー。
 ところで、今プリムローズは彼女に首を羽交い絞めにされているのを忘れてはならない。
「し、死んじゃうー」
 きりきり首を締められ、蟹のように泡を吐いた。

「ぜー、ぜー。死ぬかと思ったわ。ひどいわ」
 プリムローズはハンカチで涎を唇の泡をぬぐい。涙目で抗議する。
 星辰の巫女のひとり、星の巫女プリムローズは3人のうちもっとも若い巫女だ。
 いかに人々から崇拝される星辰の巫女とはいえ、プリムローズはまだ年若い少女。巫女の先輩たちからすれば年齢相応の弱さも露にした。
「ほら見ろ。敵がこうやって攻撃してきたらお前なんかイチコロだろ。これでも一人前?」
「うう……こんなちっちゃい敵はいないもん!」
 プリムローズは自分より頭半個低いリーゼロッテの頭をぽかぽか叩いた。
「まあ背が高くなったからといって生意気言うこと! つい昨日まで洟たらして聖殿内をうろうろしていたと思ったのに」
「は、洟垂れじゃないもん!」
 プリムローズは顔を赤くしてリーゼロッテに反抗した。ステラ=マリはそれを見てニコニコ笑っている。
 プリムローズが肩肘を張らず年齢相応の少女でいられる時は、孤児院で子供たちと遊んでいるときと、こうして3人一緒にいる時だけだった。だから、こうしてプリムローズを子ども扱いすることは先輩たちの気遣いだとも言えた。プリムローズもそれに気づき、心置きなく幼く未熟な少女として先輩たちに甘えることができるのだった。
「そう思い出した。お漏らしたパンツを換えてやったこともあったな。たしか」
「!!!」
「たしか、プリムちゃんはクマのアップリケがついたおパンツを履いていたっけなぁ」
「もうっ! そんなこと言わないでよ、ロッテのばかばかぁ!」
 これも、気遣い、だと思う。

 夜。
 旅支度を終えたプリムローズは約束どおり孤児院を再訪していた。
 が、残念ながら子供たちはすでに共同ベッドの中ですやすやと寝息を立てていた。保母が申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいんです。話ができなかった代わりにこんなに可愛らしい笑顔が見られました。保母さん、明日の朝に、伝えてもらえますか? わたしは用事でしばらく会えなくなるけど、いい子でねって」
「承りました。この子達は幸せです。星辰の巫女さまに可愛がられるなんて、一生の自慢になるでしょう」
 プリムローズは笑う。
「わたしも、幼い頃に親と死に別れていますから……この子達に親しみがわくんです」
 子供たちの健やかな寝顔を見ると、プリムローズは勇気がわいてくる。この子達にためにも、生きて帰ってこようと。

 夜。
 リーゼロッテは聖堂の一室をあてがわれたポピレア姫のところを訪れていた。
「というわけで、――ほんとうはわたしが行ってやりたかったんだが――頼りない星の巫女に任せることになった、あの法王はほぉーんとに呆れた石頭なんだから」
「いえ。巫女様がご出陣なさるならきっと勝てます。ただ……」
 ポピレアの美しい顔は曇ったままだった
「巫女様……お気をつけください。やつらは、人を虜にする邪術を使います」
「知ってる。おそらく悪魔だな」
 悪魔の使うあやかしの邪術。どんなに憎いと思っていた敵にも忠誠を誓ってしまい、正義の戦士でさえ悪の僕になってしまうという。
「そんな下法の餌食になるのは心に邪心を飼っているやつだけだ。我々巫女には心配ないよ。――おっと、未熟者のプリムはどうか知らんがな。あいつは食い意地が張っているし、すぐにぷりぷり怒る。やられちまうかもしれない。ああ大変だ!」
 ポピレアは少し笑った。大聖堂に来て初めて笑みを漏らした。リーゼロッテはそれを流し見て少し安心したような顔をする。彼女がポピレアを元気付けるためおどけてみせているということはポピレアにもわかった。
「月の巫女様は面白いお方ですね」
「そうか?」
「ええ。第一、わたしと同じくらいのお年頃なのに巫女様だなんて、すご――」
「ちょいと待て」
「?」
「お前、わたしをいくつだと思ってるんだ?」
 ポピレアは当惑する。
 リーゼロッテはポピレアと同じくらいの背丈だ。体つきといえばもっと子供らしいくらいだ。たとえるなら、幼いころ抱いて眠った人形が彼女くらいの風体だった。
「……わたしはプリムやステラ=マリよりも年上よ」
「ええ! じゃあ、おいくつくらいなんです?」
「女に年齢のことを聞くやつがいるか」
「……」
 リーゼロッテはへそを曲げたらしく、不機嫌そうに出て行ってしまった。
 ポピレアを元気付けるためおどけていたのではなかったらしい。

 夜。
 ステラ=マリは法王の部屋に呼び出されていた。
(わらわは、どうすべきなのだ? ステラ=マリ)
 白いベールの先で法王が座っている。そのシェルエットは昼間よりも弱弱しく見えた。
(そなたも、リーゼロッテと同じ意見なのか? 疑わしい芽は武力を用いて摘むべきだと考えるか?)
 法王は、不安を心の中で口にする。
「そうは考えません。ただ、今回は恐ろしい闇の気配を感じるのです」
(理由は?)
「ポピレア様の記憶を覗いたとき、強力な闇の気配を感じました」
(……闇?)
「いままで感じたことのないほどの強力な闇の力を」
(そなたが言うのなら、本当なのだろう……)

 これは法王とほかの巫女たちしか知らないことだが、ステラ=マリは、人の心を読むことができる。だから、2人で会話するときは、相手は心の中で思うだけで事足りるのだ。そのほうが、言葉というフィルターを通すよりも、完全な形で思いを伝えられる。

(わらわは怖い。そなたがそこまで危惧する脅威と、それを放任しているかもしれない自分の判断が怖い……)
「猊下……」
(しかしわらわは考えを改めない……)「そう。そうここだけは譲れぬ!」
 ベールの中のシェルエットが、震えながらも決然とした声を出した。
「異端狩りの歴史は血の歴史だった。先代の時代は、多くのものが火あぶりになり、財産を奪われ、磔にされた。彼らのほとんどは無辜の民で、邪教の信者などはごく一握りだった。彼らは教会の正義のためではなく教会の権威を示すために殺されたのだ。神の名において行われた異端討伐の正体はそれだ! だから、わらわの在位中はそんな悲劇を二度と起こしたくはないのだ。たとえ日和見主義と謗られようとも、邪教を見逃す結果になっても、無駄な血は一滴も流してはならん……!」
 ステラ=マリは仕方なさそうに睫毛を伏せた。
「わらわは祈る……。模倣者が、邪悪なものではないようにと……」
 その声は、世界の頂点に立つ法王とはとても思えない、ひとりの怯えた子供のようだった。

(近う、ステラ=マリ)
 ベールの向こうから白い手が現われ、ステラ=マリを招いた。
(わらわが眠るまで、そばにいてくれ……)

 静かな夜だった。風一つない夜だった。
 まるで嵐の前の静けさのように。

 そして、夜が明けた。

 早朝、プリムローズは10名ほどの神殿騎士を連れて聖堂を発った。
 プリムローズは巫女装束に身を包んでいる。
 巫女の服はシスターの服と似ているが、構造は東洋のキモノに似ている。
 胸元で交差する「おくみ」と、大きく広がった袖、そして、腰全体を覆う大きな帯が特徴だ。この帯には紫紺色の素地に極めて精緻で優美な模様が編みこまれており、純白の装束に強いアクセントを加えている。この帯が背中で結わえられた形は、どんな薔薇も恥らうほど美しいと言われている。
 巫女だけに許されたこの装束は、神聖さの象徴、人々の憧れの的だ。
 その装束に身を包んだプリムローズは、ふだんの幼さを感じさせない、神聖な巫女そのものだった。

 と、彼女らの背後で声がした。聞き覚えのある声に、プリムローズが振り返る。
「プリムねえちゃーん!」
 子供たちだった。
「プリムおねえちゃあああんー! がんばってねー」
「プリム様ー! 早く帰ってきてねー」
 プリムローズの顔がほころぶ。
 こんな朝早く、こんなところまで見送りに来てくれたんだ。
 プリムローズは力いっぱい手を振って答えた。
「それじゃあみんな! 行ってきーます!」
 白い巫女装束の袖と、彼女の桃色の髪が朝日の中にきらきらと輝いた。

 その日の夕方、レン国の首都。
 フローラの城の寝室にいるザールのもとに、蝙蝠のような小型のモンスターが飛んできた。
「申し上げます、教祖様」
 ザールはフローラを背後から貫きながら聞いた。
「アールマティ大聖堂が、このレン国の首都に向けて巫女を派遣した模様です」
「ふぁ……!」
 感嘆符が顔に浮かんだのはフローラのほうだ。当のザールはたいして動じていない。
「教祖様……まさか……ポピレアが?」
「だろうな。やつが何も喋れなくても、レンの姫君の顔を知っているものがいて異常事態を察したか、それとも、巫女に暗示を解かれたか」
「も、もうしわけありません……わたしの愚かな娘が……教祖様にご迷惑を……ひ、あふっ!」
 ザールは無造作に肉棒をフローラから引き抜く。もう彼女のことに一片の関心も払わなかった。
「くく。そうか。ついに、巫女が動くか」
 何の未練もなくベッドから立ち上がり、興奮した様子で大股で部屋を歩く。
「聞いたかザール。ついに愛しの巫女殿に会えそうだぞ」
(……)

 ザールの心もまた期待に躍っていた。
 巫女がこの悪魔を倒してくれること期待した。
 彼の体に巣食う闇は、まだ実体を持っていない。邪神タローマティになるにはまだ血が足りていないらしい。巫女たちが戦って勝ち目のある相手のはずだ。
 自分の体はどうなってもいい。これ以上闇が力をつける前に、この世から消してほしい。
 それが、ザールの心の考える唯一のことだった。

< つづく >

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