後日談
全嶽の一件があってからというもの、犬坂の家では災厄続きであった。
まず、犬坂家の生命線とも言える泉の水が完全に涸れてしまった。
そして、あの年以来、田畑は凶作続きで、犬坂の家運は急速に傾いていった。
犬坂の家中には、あの事件以来重苦しい空気が漂い、笑い声が響くこともほとんどなくなっていた。
さらに、初が家からいなくなってから、鬱ぎがちであった妹の志乃が、数え年で一九になる頃に病に倒れ、そのまま寝込んでしまったのだ。
(犬坂の家に生まれる女は、誰かの奴隷にならなければ二十歳を過ぎて生きることは叶わぬ)
全嶽が立ち去る間際に吐いた呪詛の言葉を振り払うように、宗兵衛は金に糸目を付けずに志乃を医者にかからせた。
しかし、どんなに手を尽くしても、志乃の容態は良くなる気配もなく、その治療にかかる金がさらに犬坂の家を傾けていった。
そして、志乃が病に倒れて半年近く立った時。
犬坂の屋敷を、上杉佐太夫が訪ねてきたのだった。
「これは上杉殿。今日はいったい何の用でござるか?」
家は傾いたとはいえ、宗兵衛には、かつて上杉と並び賞された犬坂家の当主としての誇りがあった。それが、宗兵衛をして、威儀を正し、鷹揚とした態度をとらせていた。
「うむ、ここに来るまでにちらと見たが、田畑もだいぶ荒れ果てて、だいぶお困りの様じゃな、犬坂殿」
「いやいや、そんなことはないぞ。貴殿にそんな心配をされなくても結構じゃ」
「まあ、そう強がりを言うではない。それに、聞けば貴殿の娘のお志乃が病に倒れてもう半年になるというではないか。儂がここへ来たのは他でもない。お志乃を救ってやろうと思ってな」
「な、なんじゃと!?どうやって!?」
「うむ、お志乃を儂の奴隷にしてやる。そうすればその病は治るのであろうが」
「な、なぜ貴殿がそれをっ!?いったいどこでっ!?」
佐太夫の口から発せられた言葉に宗兵衛は目を見張る。
「なに、さる旅の修験者から聞いての。犬坂の娘は人の奴隷にならねば二十歳を越えることができぬのであろう?」
「くっ!あのっ、あの男か!」
間違いない、佐太夫にこの事を教えたのは全嶽。娘の初を奪い、犬坂の家に忌まわしい呪いをかけたあの男だ。
「どうじゃ?今やこの里一番の分限者である儂の奴隷になるのじゃ。悪い話ではなかろうが?」
「断る!帰れ!帰らんか!」
「まあ、落ち着いてよく考えよ、犬坂殿。そうせねば貴殿の娘は生き延びることが出来ぬのであろう?」
宗兵衛の剣幕などどこ吹く風と、悠然として佐太夫は言葉を続ける。それが、おそらく事実であるだけに宗兵衛は反論することが出来ない。
「ぐっ!」
「それに、家もかなり荒れておる様子。儂に娘をくれれば、この家を援助してやろうぞ」
「そのような、娘を売るような真似など!」
「売るのではない、助けるのじゃ。どうせこのままではお志乃の命はないのであろうが?」
「むむ……」
全嶽の力を考えると、今の志乃の病は、おそらく、あの男の呪いのせいであることは宗兵衛にはわかっていた。だから、このままでは志乃の命はあと半年もない。その残酷な現実が、犬坂の当主としての宗兵衛の誇りを確実に打ち砕いていった。
「それとも、貴殿は自分の娘を見殺しにする気か?」
そう言われては、もう宗兵衛には返す言葉もなかった。
「……わかった」
肩を落として、悄然と頭を垂れる宗兵衛。
「うむうむ、それではその娘の所に案内してもらおうかの」
佐太夫は満足げに頷くと、屋敷に上がる。
「おお、そうじゃ、犬坂殿」
廊下を歩きながら、佐太夫は前を歩く宗兵衛に声をかける。
「なんでござるか?」
「その修験者からの言づてじゃ。見せしめのために、奴隷の契りを行う場には犬坂の者が立ち会うべし、とな」
「!!」
その言葉に、宗兵衛は眦を決して佐太夫の方に振り返る。
「いやいや、何の事やら儂には仔細はわからぬがの」
睨み殺さんばかりの宗兵衛の視線を浴びながら、佐太夫はとぼけたように肩をすくめる。
「だから犬坂殿、貴殿にはその場に立ち会うてもらうぞ」
怒りに肩を震わせる宗兵衛。しかし、志乃の命を救う術が他にないことを考えると、宗兵衛は佐太夫の言葉に逆らうことは出来なかった。
* * *
志乃の寝所。
「あ、お父様。それに、上杉の旦那様も?」
部屋に入ってきた父と佐太夫の姿を見て、志乃が起きあがって挨拶をしようとする。
「よいよい、お志乃殿。楽にしているが良い」
佐太夫が手を振って、起きあがろうとした志乃を押し止める。
「あの、いったい今日はどのようなご用で?」
佐太夫がこの場に来た理由がわからず、志乃は怪訝そうな表情を浮かべる。
「うむ、儂がお志乃殿の病を治して進ぜようと思っての」
「上杉の、旦那様が?」
そう言われても志乃にはまだ事態が理解できない。
「単刀直入に言おう、お志乃殿。儂の奴隷になるのじゃ。さすればお志乃殿の病は治る」
「旦那様の、奴隷に?」
佐太夫に言われたことの意味がすぐには理解できず、志乃は戸惑いながら父親の方を見る。
「お志乃、お前もお初が連れ去られたあの時、あの場に居合わせたであろう。今のお前の病は間違いなくあの修験者の呪いによるもの。お前の病を治し、命を繋ぐには誰かの奴隷にならなければならんのじゃ」
そう言うと、宗兵衛は頭を振って嘆息する。
その事実を告げられた志乃の脳裡に、あの日の光景がまざまざと甦った。
あの日、自分と父に取りすがって震えていた姉が、全嶽とかいう修験者の言葉ひとつで怪しげな笑みを浮かべ、嬉々としてこの家を去っていった。
あれが、あれが誰かの奴隷になるということ?私も、あんな風に?
忌まわしい記憶を思い出して、ガタガタと体を震わせ始めた志乃の耳元に口を寄せて、佐太夫が囁くように言う。
「お志乃殿。そなたももう子供ではないからわかっておろう。犬坂の家は荒れ、傾きかけておる。そなたが儂の奴隷になれば、そなたの病が治るだけではない。この犬坂の家を儂が助けてやる」
佐太夫の言葉に、志乃は思い当たるものがあった。使用人の数も減り、寂しくなっていく屋敷。父も兄たちも、笑顔を見せることがなくなり、陰鬱な空気が家の中を漂っていた。
「そなたが儂の所に来るだけで、そなたの家族は儂の助けを得ることが出来るのじゃ。それに、奴隷というても儂はそなたに不自由はさせぬ。どうじゃ、悪い話ではないであろうが?」
佐太夫の言葉に志乃は考え込む。
どうせ、自分はいつか嫁に行ってこの家を出なくてはならない身。上杉の家は里でも一番の裕福な家ではあるし、上杉の旦那様もああ仰っている。ならば、嫁に行くのも奴隷になるのもさして大きな違いはないのかも知れない。
それに、自分ひとりが犠牲になることで、父や兄たちが助かるのなら、私は上杉の旦那様の奴隷になろう。
志乃は、そう心を決める。志乃は、そういう娘だった。
「わかりました。私は上杉の旦那様の奴隷になりまする」
「おお、そうか!よく決心してくれた、お志乃殿。それでは、犬坂殿、これから契りの儀式をするゆえに、貴殿にもやってもらいたい事があるのじゃ」
志乃と佐太夫のやり取りを、複雑な心境で眺めていた宗兵衛は、佐太夫に声をかけられて我に返る。
そして、それから宗兵衛は、あの日、初と全嶽の間で何が行われたのかをはじめて知ることになった。
「さあ、宗兵衛殿。これで、儂の左の手のひらとお志乃殿の右の手のひらに円を描いてもらいたい」
そう言って佐太夫が差し出したのは、小さな壺の様なものだった。
宗兵衛が、筆を使って佐太夫と志乃の手のひらに円を描いていく。その、壺の中の液体は朱よりも濃く、まるで血の様に赤黒かった。
「それではお志乃殿。この円を合わせるようにして、儂の左手とそなたの右手を合わせ、まずそなたが、”わたくし、犬坂志乃は、上杉佐太夫様に全てを捧げて奴隷となり、その言葉に従うことを誓います”と言うのじゃ」
「は、はい」
さすがに、誓いの口上の内容を聞いて動揺の色を隠せないが、すでに覚悟を決めている志乃は佐太夫の言葉に素直に頷く。
「さすれば、それに儂が”認める”と応える。次に、儂が、”われ、上杉佐太夫は、汝、犬坂志乃を奴隷とする。汝、われの言葉にすべからく従うべし”と言うから、そなたが”誓います”と応えて儀式は終了じゃ」
「……わかりました」
すでに、諦めの境地に達しているのか、そう言って頷いた志乃の顔からは、およそ感情というものが消えていた。
「では、始めるぞ、良いな」
佐太夫のその言葉を合図に、志乃は佐太夫と手を合わせる。
「わたくし、犬坂志乃は、上杉佐太夫様に全てを捧げて奴隷となり、その言葉に従うことを誓います」
「認める」
「われ、上杉佐太夫は、汝、犬坂志乃を奴隷とする。汝、われの言葉にすべからく従うべし」
「誓います」
「いやあああああっ!」
儀式が完了した瞬間、志乃が顔を引きつらせる。
「お志乃!」
思わず宗兵衛が志乃を抱きかかえると、志乃は目に涙をいっぱいに溜めて父の顔を見上げる。
「熱い!右手が熱いの!」
宗兵衛に抱きかかえられながら、志乃は体を震わせながらそう訴える。
そんな、父娘の様子をしばし眺めていた佐太夫が、おもむろに口を開いた。
「命令じゃ、お志乃、立て」
すると、宗兵衛の腕の中の志乃の震えが止まり、その顔から表情が失せた。
そして。
「かしこまりました、佐太夫様」
抑揚のない声でそう答えると、今まで病で寝込んでいたのが嘘のように、志乃はスッと立ち上がる。
「あ、お志乃……」
立ち上がった志乃が、あの日の初と同じ、妖艶ともいえる笑みを浮かべているのを見て、宗兵衛は絶望に言葉を失う。
「それでは、儂の屋敷に戻るぞ、お志乃」
「はい、佐太夫様」
佐太夫の言葉にそう答えて頭を下げる志乃。そのまま志乃を従えて部屋を出ようとした佐太夫が、不意に立ち止まって宗兵衛に声をかける。
「おおそうじゃ、忘れるところであったわ。犬坂殿、あの修験者からもうひとつ言づてがあっての。今ほど、契りの儀式で使った赤い薬液は、犬坂の家で保管すべし、と言う事じゃ。もちろん、捨てても構わぬが、そうすれば、犬坂の家に生まれた娘が助かることは叶わぬであろう、とな」
その、佐太夫の言葉が、宗兵衛に重くのし掛かる。
「では、行くぞ、お志乃」
「はい、佐太夫様」
志乃は、佐太夫の言葉に嫣然として返事をすると、佐太夫の後に従って犬坂の家を出ていったのだった。
佐太夫が志乃を連れて出ていった後、残された壺を宗兵衛は拾い上げる。
「くっ!こんなもの!」
それを、壁に打ち付けようとしたが、その刹那、長男の所の、今年で三歳になる孫娘の顔が脳裡に浮かんで、宗兵衛は力なく振り上げた手を下ろす。
ただ、言いようのない絶望感だけが宗兵衛の胸を覆い尽くしていたのだった。
* * *
上杉の屋敷。
志乃を連れて屋敷に戻った佐太夫が寝所に入ると、そこには出掛けに佐太夫が指示していた通りに褥の用意が出来ていた。
「え?あら、私?」
その時、それまで笑みを浮かべながら佐太夫に従っていた志乃が、我に返った様な声をあげた。
「私、上杉の旦那様の奴隷になる契りをして、それから……」
呟く様にそう言うと、なにやら思案でもするかの様に首を傾げる志乃。
しかし、考えるまでもなく、それまでの記憶ははっきりと志乃の中にあった。
私、契りの儀式の後に上杉の旦那様の言葉を聞いたら、そのままに体が動いて……。
でも、あの時のあの感じ、上杉の旦那様の声を聞くと、うっとりとする程の甘い気持ちになって、そして、自然に笑みがこぼれてきて、私は上杉の旦那様のものだって、ずっと、ずっと佐太夫様の側でお仕えしたいって……。そう、私、佐太夫様と呼んでいた。これが、これが奴隷になるっていう事なの?お姉様も、こんな気持ちだったの?
自分が佐太夫の奴隷になったという事実への戸惑いと、その時の恍惚とした記憶の狭間で志乃の心は揺れ動いていた。
佐太夫は、首を傾げて立ちつくしたまま視線を泳がせている志乃の姿を見て、あの、全嶽とかいう修験者の言っていた言葉を思い出していた。
(契りの儀式を済ませただけでも、相手を命令通りに従わせることは出来る。しかし、ただ命令しただけでは、時間が経てばその相手の心は元に戻ってしまうのじゃ。相手を常に自分に従う、完全な奴隷にするには、そのための命令が必要でござる)
そして佐太夫は、全嶽が教えた通りにその言葉を口にする。
「お志乃、命令じゃ。そなたの命ある限り、いついかなる時でも儂に仕え、尽くすのじゃ」
その命令を受けた、志乃の顔が佐太夫の方を向く。しかし、その瞳孔はせわしなく動き、佐太夫の姿を捉えてはいない。だが、それもほんの僅かな間の事であった。やがて、ゆっくりと瞳の焦点が合っていき、佐太夫の方にしかと定まったかと思うと、志乃は笑みを浮かべて佐太夫に頭を下げる。
「はい、私はいついかなる時でも佐太夫様にお仕えいたします」
「うむ、ではお志乃。そなたの体で儂に奉仕してみよ」
佐太夫がそう言うと、志乃が目尻を下げ、口許を歪めて淫靡な笑みを浮かべる。
「かしこまりました、佐太夫様」
一礼して面を上げた志乃は、佐太夫に近寄ると、佐太夫の着物の帯を解いていく。
佐太夫の服をはだけさせると、志乃はすがりつくようにして佐太夫を褥の上に寝かせ、舌を伸ばして佐太夫の体を舐め始める。
「ぴちゃ、ちゅ、んふ、れろ」
時々上目遣いに佐太夫の顔を窺いながら、志乃は佐太夫の体を舐めていく。舌先を伸ばして佐太夫の乳首をチロチロと舐め回したかと思うと、臍の周りをねっとりと舐めあげる。
「ん、えろ、ぴちゃ、んちゅ」
ひとしきり佐太夫の体を舐めると、志乃は佐太夫の褌を解く。すると、固くそそり立つような肉棒が露わになる。
「ああ、佐太夫様」
うっとりとした表情でそれを眺めたあと、志乃は肉棒に顔を近づける。
「あむ、あふ、ん、くちゅ、じゅる」
肉棒を咥えこんだ志乃は、添えた片手でそれを扱きながら、湿った音を立て続ける。
佐太夫は、自分の肉棒が大きく脈打っているのを感じていた。そして、同時に、おのれの左手の印が、下半身の脈動に合わせるように疼いていることにも佐太夫は気付いた。
「んふっ、じゅるるる、ちゅぼっ」
志乃が、盛んに頭を振って佐太夫の肉棒をしゃぶっているうちに、目に見えてそれは大きくなっていく。
そして、志乃が、肉棒に添えた手を左手から右手に替えたその時。
「ぐああああああっ!」
ドクン、と何かが弾けるような感覚と共に、佐太夫は、肉棒に強烈な快感を感じて堪えきれずにそのまま精を放つ。
「んふっ、ふあっ、ふあああっ!」
志乃が、それをまともに顔に受けて、悲鳴とも嬌声ともつかぬ声をあげる。
「あふう、ん、ふあ、あああ、気持ちよう、ございましたか、佐太夫様?」
「あ、ああ」
いったい、今の強烈な刺激が何であったのか訳も分からぬまま、佐太夫は、熱い吐息混じりに蕩けた声で訊いてくる志乃にただ頷く事しか出来ない。
「よろしゅうございました。では、次は私の体で奉仕する番でございますね」
まだ、肩で大きく息をしながら、志乃が右手で肉棒を掴むと、またさっきの強烈な刺激が佐太夫の体を貫く。
うむ、これは!?
佐太夫は確信する。
それがあの、儀式の時に描いた印のある志乃の右手で握られたためなのは間違いない。
その証拠に、さっきから佐太夫の左手の印もドクドクと脈打って痛い程に疼き、志乃が右手で肉棒を扱く度に、全身が痺れるような快感が走る。そして、さっき精を放ったばかりの筈の肉棒が再びムクムクと隆起してくる。
「ああ、佐太夫様。またこんなに大きくなっておりますよ」
そう言って肉棒から手を離すと、志乃は立ち上がって自らの着物の帯を解く。そして、裸になった志乃は、佐太夫の体をまたぐようにして膝立ちになる。
そうして、肉棒に手を添えておのれの陰部に宛い、佐太夫を見下ろしている志乃の瞳は潤み、大きく息をする度に胸がゆっくりと上下している。志乃の、透き通る程に白いその肌は仄かな桜色に染まっていた。
「それでは、ご奉仕させていただきます、佐太夫様」
切なげな吐息とともにそう言うと、志乃は腰を沈めていく。
「んんんん、んっ、んん、んんんぅっ」
肉棒が乙女の証を突き破る一瞬、痛みに顔を歪めるが、そのまま志乃は動きを止めることなく佐太夫の肉棒を飲み込んでいく。
「んっ、はあああっ、佐太夫様ぁ!」
自分の中の奥深くまで肉棒を飲み込んで、感極まったように佐太夫の名を呼んだかと思うと、志乃は腰を動かし始める。
「んんんっ、んふう、ふああ、あああっ」
「んくうっ、ああっ、お志乃!」
いったい、初めて男を迎え入れる筈の志乃の体に、奴隷の契りがいかなる作用をもたらしたものか、志乃の中は、今まで幾度も肉棒を飲み込んできたかのようにヌメヌメと佐太夫の肉棒にまとわりつき、あるいは締め上げて、その快感に佐太夫も荒く息を吐く。
「んんんっ、んふうっ、んん、んんんっ、んっ」
時に、ひねるような動きを加えながら肉棒に刺激を与えていた志乃が次第に腰を大きく跳ねるように動かし始める。
「あああっ!はあっ、佐太夫様!あっ、はんっ、あっ、あっ、あっ!」
つい先程まで病で寝込んでいたのが信じられぬ程に、志乃は激しく体を動かし、佐太夫の肉棒を貪る。
「んっ、あああっ、さっ、佐太夫様!」
その、まだ少女と言っても良い志乃の体の乱れる様に興奮して、佐太夫が腰を突き上げると、志乃の体が佐太夫の上で大きく跳ねる。
「あっ、んっ、あふ、んむむっ!」
弾ませる様にして志乃が体を前に倒し、佐太夫の口に吸いついてくる。その志乃の乳房を佐太夫が左手で掴んだ刹那。
「ああああああっ!さっ、佐太夫様ああぁっ!」
志乃が、体を仰け反らせて叫び、女陰(ほと)が佐太夫の肉棒を締め付けてきた。
「ひああああああっ!んんんっ!はあああああっ!」
佐太夫が左手で胸をまさぐる度に、志乃は大きく喘ぎ、女陰が肉棒を締め上げる。
そんなことを何度繰り返したろうか、志乃は佐太夫の肉棒をきつく締め続け、佐太夫は再び快感の極みに達する。
「くうううっ!おっ、お志乃!」
「ああっ!佐太夫様!」
佐太夫が、左手で志乃の乳房をきつく握り、ふたりは同時に登りつめる。
「あっ、ああああっ!佐太夫様のお恵みがっ!あああああああーっ!」
体の奥深くで精を受けとめると、志乃は腕を佐太夫の首に回してしがみつき、何度も体を大きく震わせる。
「あっ、ああっ、あっ、ふあああっ」
そのまま、佐太夫の体の上でグッタリと動かなくなる志乃。
佐太夫も、情事のあまりの激しさに、しばらく動けそうもなかった。
それからというもの。
「あっ、はああっ、あああっ、佐太夫様っ!」
仰向けになった志乃の体に覆いかぶさるようにして腰を動かし続ける佐太夫にしがみつき、志乃が大きく喘ぐ。
あの日から、佐太夫は夜毎に志乃を抱いていた。
最初はまだ少女のあどけなさを残していた志乃の体は、日に日に女の色香を漲らせ、一ヶ月も経たないうちに妖しいまでに艶を感じさせる肢体になっていった。そして、はじめから驚くほどに佐太夫に快感をもたらしていた女陰の中も、肉棒を挿れただけで思わず蕩けそうなほどに熟れてきていた。
「んんん、あっ、ああああっ!」
そして、この手の印。佐太夫の左手が触れると志乃は激しく乱れ、志乃の右手は、佐太夫に天にも昇るほどの快楽をもたらす。
あの、全嶽とかいう修験者。まことに良いものをくれたものじゃ。
志乃とまぐわいながら、佐太夫は胸の内でほくそ笑む。
「あああっ、佐太夫様!志乃はもうっ!どうか、どうかお恵みをっ!」
佐太夫にしがみついて腰を揺らしながら、堪えかねたように志乃が叫ぶ。
「よしよし、では、恵みを放ってやろうぞ!」
そう言って佐太夫が左手で志乃の胸を掴み、体をさすると、志乃が体を反らし、佐太夫の肉棒をきつく締め上げる。
「さあ、受けよ、志乃!」
「あああああっ、熱いいいぃ!熱うございますっ、佐太夫様ああああっ!」
佐太夫が精を放つと、志乃は恍惚とした顔でそれを受けとめる。
「あああぁ、ふああぁ」
事の済んだ後、大きく息をしながら甘い声で喘いでいる志乃を見遣りながら佐太夫は考える。
このような奴隷は、手に入れようと思ってもなかなか手に入れることは出来ぬ。千金を積んでも手に入らぬであろうよ。
そうじゃ!犬坂の娘は、奴隷とならなければ生きていくことが出来ぬ。なれば、今ならあの家に生まれた娘は我が上杉の家の思うがまま。このような奴隷を手に入れる権利を手放してなるものか。
佐太夫の口許が歪み、ククク、と低く笑う。
志乃を撫でてやりながらも、底の知れぬ欲望に目をぎらつかせ、低い声で笑い続ける佐太夫。
「んん、ああ、佐太夫様ぁ」
しかし、今や完全に佐太夫の奴隷となった志乃は、ただただ恍惚として佐太夫を眺めているだけであった。
* * *
数年後。
犬坂の家は、それからも落魄の一途を辿っていた。
もはや、使用人はひとりも居らず、田畑のほとんどを手放し、細々となんとか生活している有様であった。もちろん、手放した田畑の大半は上杉佐太夫の手に渡ったのではあるが。
上杉佐太夫が、再び犬坂の家を訪れたのはそんな時であった。
「これはこれは犬坂殿。いささかやつれたようじゃの」
家族に支えられて、佐太夫を出迎えた宗兵衛は、急に老け込んだ様に見えた。
「お久しぶりでございます、お父様」
佐太夫に寄り添う様にして立っている志乃は、父親のやつれた姿を心配する素振りも見せない。
「なんの、用でございますか、上杉殿?」
宗兵衛の弱々しい声には、かつて里で一、二を争う長者といわれた家の当主としての威厳は微塵もなかった。
「うむ、はっきりというがの、どうじゃ、犬坂の者は儂の家で働いてはどうじゃ?」
「なんですと?」
「悪いことは言わん。田畑をほとんど手放した今では、その日を暮らすのもやっとであろうが。ならば、犬坂の男は儂の田畑を耕してはどうかの?そうすれば生活の糧くらいは用意してやる」
そこまで言うと、佐太夫はいったん言葉を区切る。
「そしてじゃな、犬坂の女は上杉の家が奴隷として貰い受ける。どうせ奴隷とならなければ生きてはいけぬ身じゃ、我が上杉の家で面倒を見るのなら申し分はあるまい」
そう言うと、佐太夫はニタリと笑う。
「あ、ああ……」
年老い、気力の衰えた宗兵衛は、佐太夫のあまりに失礼な申し出に言葉を返す事もできなかった。
「お父様、佐太夫様の仰る通りになさいませ」
佐太夫にしなだれかかるようにしながら、宗兵衛に微笑みかける志乃。しかし、その笑みは、かつての、家族思いの優しい娘のそれではなく、まるで奸婦のような淫靡な笑みであった。
「あ、し、志乃……」
茫然として志乃を見つめていた宗兵衛は、肩を落とし、がくりと項垂れる。
「うむ、どうやら異論はないようじゃの。ところでじゃ、あの修験者が持っておった例の薬液は捨てずに持っておるかの?……おお、そうか、やはり捨てずにおると思うておったわい。で、長男は子供が居るのか?なに?息子と娘がひとりずつ?うんうん、それは重畳」
すでに、犬坂家の者を使用人にしたつもりで、佐太夫は宗兵衛には見向きもせずに話を進めていく。
「それで、次男と三男には嫁がおらんのか。よいよい、犬坂の家は絶やさせはせぬ。上杉の家の使用人から女をくれてやるわい。ああ、心配せずとも良い、なるべく器量の良い女を選んでやるわ。犬坂の家には見栄えの良い娘が生まれてもらわんと困るからのう。でなければ、奴隷にするにしても張り合いがないわい」
ぬけぬけとそう言うと、佐太夫は下卑た笑いを浮かべる。
もはや、上杉の家には刃向かうこともできず、何も言い返すこともできない犬坂の家の面々が見ている中で、この家の娘であった筈の志乃は、ひとりうっとりとした表情で佐太夫を見つめていた。
犬坂宗兵衛が死んだのは、それから程なくしての事であった。
里の者は、犬坂の家は天狗に目を付けられたのだと口々に噂した。ある者は、犬坂の家の繁栄を天狗が妬んだのだと言い、またある者は、犬坂の者が天狗の棲家を荒らしてその怒りを買ったのだとしたり顔で言うのだった。
そして、犬坂の家は、天狗に祟られた家として里の者から疎まれる様になっていった。そうでなくとも、上杉の家の奴隷となり果てた犬坂の人間の相手をする者など、もはや里にはいる筈もなかった。
しかし、天狗の祟りなどという噂も、犬坂家に災厄が降りかかってからずっと後になって立てられた噂であり、今となっては、はたして全嶽が本当に天狗であったのか、それともただの心悪しき妖術使いであったのか、もはやそれを知る術はない。
ただひとつ確かなことは、この、犬坂の家に降りかかった呪いが、この先数百年の間、犬坂の家を縛り続けることになったということだけである。
* * *
上杉佐太夫が最後に犬坂宗兵衛を訪ねたのと同じ頃。
ここは、とある人里離れた山中。
守をする者もなく、人のいない筈の小さな仏堂から、幽かに灯りが漏れていた。
「ふああっ、ああっ!」
その小堂から漏れ聞こえるのは、艶めかしい女の喘ぎ声。
仏堂の中では、蝋燭の灯りの下、体を絡め合う一組の男女がいた。
「ああっ、よろしゅうございます!全嶽様!」
汗に濡れた体を、薄暗い灯りに照らされて腰を揺らしているのは、犬坂家の長女、初であった。
間もなく三十歳に届こうかという初の体は熟れきり、脂が乗って、ただならぬ色気が漂っていた。
「ああんっ、はあっ、全嶽様ぁ!」
そして、初がしがみついている男は、犬坂の家を凋落させた修験者、全嶽であった。
「ああっ、あああっ!ん、んむむ」
胡座をかいている全嶽の首に手をかけ、腰に足を絡めて、初はおのれの腰を揺らし、時に全嶽の口を吸う。
「むむむ、んんっ!ふあ、あっ、あふ」
全嶽が腰を突き上げると、初は堪えかねたように首を反らせるが、その口からは、赤い舌がまるで意志を持った生物のように全嶽を求めてチロチロと妖しく動く。
「はううううっ!あああああっ!ぜっ、全嶽様あああっ!」
全嶽が、印のある左手を初の肌に這わせると、初は悲鳴ともつかない喘ぎ声とともに体を仰け反らせる。
「はああっ、あっ、全嶽様っ、全嶽様あぁ!」
だが、初は、それではまだ足りぬと言わんばかりに再び全嶽にしがみつき、いっそう淫らに腰をくねらせ始める。
「あああっ、全嶽様!初に、初にもっと!」
高まるほどに、より激しく全嶽を求め続ける初。
それは、仏堂の中、御仏の前で行われるにはあまりに破戒的な狂乱の宴。
しかし、蝋燭の薄暗い灯りの下、体を絡めてまぐわうその姿は、さながら歓喜天が顕現した様でもあった。
「ああっ、全嶽様!初は、全嶽様をお慕いしております!どうか、どうか初めにお恵みをっ!」
全嶽が腰を突き上げると、初はそれに挑むようにさらに激しく腰を動かす。
その、ふたりだけの淫猥極まりない肉欲絵巻は、いつ果てるとも知れない。
小堂から少し離れると、すぐ目の前の物も見えぬ暗闇の中、辺りに人ひとり居らぬ山中に、妖しくも艶やかな女の嬌声だけが、いつまでもいつまでも流れて行っていたのだった。
< 終 >