プリマ 第5話

 撮影の翌日、仮編集版をロケ班スタッフ皆で確認した。キューさんのセンスは皆良く理解しているので、通常この作業はほとんど形だけの追認作業になる。けれど今回は揉めた。珍しく、一番立場が下であるADのマサキが異議を唱えたからだ。

「キューさんの靴を酸素マスクだと思って吸うシーン、丸々カットなのは、なんでですか?」

「尺に合わないもん。………若さんが自分の靴を顔に当ててるシーンあるんだから、充分だろ?」

 キューさんはケロッとした顔で返答するけれど、マサキはまだ食い下がる。

「これ催眠術的には残してもらった方が美しいんです。このすぐ後に、芳乃香さんがキューさんに恋しますよね? 嗅覚で生理的に拒否反応を示すって、女性としてはかなり強い拒絶だと思うんです。そこから一気に、同じ相手に惚れちゃう。そのギャップが催眠術的に面白いはずなんです」

「キューさんと姫様のやり取りは、これまでも時々入ってるし、このおっさんビジュアルなんだから、ギャップは伝わると思うけど………」

 マルさんが言う。音声スタッフだけど、ビジュアルのことも結構口に出す。カメラマンのゴンさんとの絶対的な信頼関係があるからこその言動だ。

「タバスコ・スパゲティ食べるシーンはちょっと残ってますけど、イナゴを食べるところもカット。外の撮影は止め画を何枚か差し込むだけ………。催眠術的に美しいところ、ほとんど捨てちゃってるのが、勿体ないと思うんですけど…………」

「それって逆に凄いことだと思わないか? スタジオシーンでほとんど20分引っ張って、外ロケがほぼカットって………、普通逆だろ? それだけマサキの企画が充実してたってことだよ。姫様のストリップシーンとか、チアダンスとか、たっぷり残してるだろ? 下着がチラ見えしたとこ以外は」

 マルさんがマサキを宥めるように言うと、キューさんも頷く。

「猫カフェとかジャグリングとか、動画で出したかったところもあるけどな。…………ま、こうやって止め画でチラ見せしておいて、リクエストいっぱい来たら、蔵出し回を作ることも出来るしな。様子見だよ」

「………個人的にはサーフショップでやった硬直暗示によるボードへの変身は、絶対に残したかったです。ヒューマンブリッジって言って、催眠術的に美味しいネタの、僕なりのアレンジだったんです」

「悪いんだが、マサキがさっきから言ってる、『催眠術的な美しさ』とか『催眠術的な美味しさ』とか、こっちは、わかってねぇんだ。姫様を綺麗に撮ることしか考えてねぇぞ。………あと街か」

 今まで、黙って議論を聞いていたゴンさんがボソッと呟く。その言い方に険は無かったが、マサキは開きかけた口を閉じてしまった。何も言い返す言葉が思い浮かばなかった。

「………まぁ、なんだ。切るところに困るっていうのはホント贅沢な悩みだよ。マサキ様様って訳だ。それに、どういう編集しようと、番組に届く声は、『もっと過激にしろ』っていうのと、『やりすぎだ』っていうのとが、おんなじくらいの数、来るもんだ。本当に計ったみたいにおんなじくらい来るんだ。不思議なもんだよ。でも、そんなもんだ」

 キューさんがマサキの肩をポンッと叩く。それでもまだ、マサキは何と言って良いのか、わからずにいた。

。。。

 その日はあれこれ忙しくしていたせいで、思い出している暇はなかったのだが、空が白む頃に家に帰って布団にもぐりこむと、頭の中で反芻してしまう。若園芳乃香さんを綺麗に、魅力的に映す。つい最近まで、マサキもそのことしか考えていなかった。それがほんの2週間くらいの間に、マサキは、催眠術という不思議な力を、現象を、より魅力的に見せることに没頭するようになっていた。もちろんそこには、芳乃香さんという抜群の素材を引き立てるという発想はいつもある。けれど、彼が今、一番熱中しているのは、果たして芳乃香さん自身についてだろうか、それとも催眠術自体についてなのだろうか。

 掛け布団に頭をもぐらせて目を閉じていると、瞼の裏に浮かぶのは、この前に妄想した、バレエ劇団の優雅なステージだ。そしてマサキは答えの出ないであろう疑問を思い浮かべる。この劇団の演出家兼脚本家兼振付師は、今も舞台袖からウットリとした表情でステージの上を見ているはずだ。けれど彼を感激させているのは、プリマの美しいダンスだろうか? バレエ全体の出来映えだろうか? それとも、ダンサーたちを思うがままに動かすことが出来る、自分の立場なのだろうか? そんなことをつらつらと考えているうちに、いつの間にかマサキは眠っていた。

。。。

<昨日のホノニュー、最高だった。芳乃香ちゃんが真顔で靴を電話だと思ってお喋りしてたり、辛い物食べさせられたり、ペットボトルに恋したり。可愛い表情の乱れ打ちになってた! この企画続けてくれー。>

<若園芳乃香って、こんなに表情豊かなんだって、ちょっと意外だった。上の人も言ってるけど、ペットボトルを好きになったり、カメラに向かってモジモジしながら告白してきたとことか、まじでドキドキした。番組見たあとでコンビニ行った時に、ついヴォルビック買っちゃった奴は、俺だけじゃないはず。。。>

<ストリッパーになった瞬間とか、ちょっと魔性の色香みたいなものが漂ってて、エロさМAXじゃなかった? ………個人的にはチアリーダーになって、自分を応援してたところも、彼女のちょっと天然ボケ入った可愛さが引き立ってて、良かった。>

<先週の放送見た時は、「ヤラセ?」って思ったけど、やっぱ、ヤラセなしの、ガチなのかな? ………ヤベー。そう思って見直すと、催眠術すごすぎじゃね? あの感じだと若園芳乃香を自由自在に操れちゃうじゃん。>

<ペットボトル持ってる奴を好きになるってシーン。出来れば腕を組んだとこで、『彼氏』を見上げる彼女を、『彼氏視点』で肩越しに見るカットも欲しかった~。それさえあれば、俺的に永久保存版だった。>

「しまった、その通りだ!」

 マサキのスマホから、掲示板の番組感想書込みを見ていた、カメラマンの権藤さんが頭を抱える。

「そうだよな。姫様が彼女になっちゃったっていうシーンは、キューさんと並んでるとこ、全身撮ってても、あんま嬉しくないよな………。その通りだよ。急いで肩越しに、彼氏の目線で撮りに行っとくべきだった」

 ストイックなゴンさんは、太い腕でスマホを握ったまま、もう片方の手で自分の額をピシャリと叩いた。

 マサキは少し手持無沙汰気味に、ゴンさんが独り言をブツブツ言っているのを見守っている。強面のベテランカメラマンは、自分の携帯や自宅パソコンからネットを閲覧するのを嫌がる。結果、マサキのスマホを借りては、自分の仕事への評価を確認する。「知らないうちに詐欺にあったり、課金されたりするのが怖いから」というのが、ゴンさんの言い分だ。世代が違うと、ネットに対して感じる恐怖心や抵抗感も、かなり違うようだ。マサキにとってはゴンさんの顔の方がよっぽど怖い。

 ガチャリ、と不意に編集室のドアが開く。プロデューサーのキューさんだった。

「あ………、まだここにいたか。………マサキ、明日の18:00って打ち合わせ、出られるか?」

「え………。はい」

 マサキは自分のスケジュール帳を確かめもせずに、二つ返事で答える。久米島Pからの質問は、ほぼ命令に近いものだ。けれど、今日のキューさんの顔は、眉毛を「ハ」の字にさせて、悪びれた子供のような笑顔だ。この表情で何かを頼んでくる時、キューさんのお願いはタチが悪いものが多い。嫌な予感が、マサキの胸に浮かんだ。

「若さんのマネージャーとの打合せだよ。次回の企画説明。大した問題は無さそうなんだけど、俺、前の打合せとちょっと被ってるから、もし何かあって、俺が出られなくなったら、マサキ、進めておいてくれな。………頼むわ」

「はぁ………」

 自分の言いたいことだけ伝えて、編集室を後にするプロデューサー。マサキが振り返ると、ゴンさんはまだ、マサキのスマホを見ながら、一人反省会を、頑固な職人のようにブツブツ独り言をつぶやきながら行っていた。

。。。

(やっぱり、キューさんにやられた………。)

 翌日になってマサキが思った時には、もう打合せの時刻になっていた。マサキたちの制作会社の応接室兼会議室に現れたのは、若園芳乃香さんの専属マネージャーである木村タモツさんではなくて、その上司。チーフマネージャーの柊歩美さんだった。柊さんと言えば、自身が元は局アナで、今は若園さんが属するフリーアナウンサー事務所の役員も兼務している、敏腕マネージャーだ。事務所のアナウンサーやタレントたちを守るために、必要があれば制作サイドにガンガンにクレームを入れてくることで知られている、切れ者だ。おかげで彼女への所属タレントたちの信望は厚い。そして同時に制作会社は、彼女を恐れている。今日、打ち合わせをバックレた、キューさんもその一人だろう。マサキは知らないうちに、この敏腕マネージャーと2人きりで会議室で対峙するように、仕組まれてしまっていたのだ。

「久米島さんが、お越しにならないようでしたら、新藤さんから伺いましょうか? こちらで大変お世話になっております、うちの若園の、来週の企画に温泉レポートが含まれていると、木村から聞きましたもので、詳しく教えて頂きたいと思いまして、まかり越しました」

 柊チーフマネージャーは、綺麗な口跡で流れるように話す。その物腰は、キューさんとは比べ物にならないほど洗練されているが、マサキの上司とはまた別種の、断ることを許さない迫力を持っていた。まだ30代前半だと聞くが、事務所の役員を兼務しているというだけあって、バリバリのキャリアウーマンという雰囲気だ。顔の造りは、芳乃香にも負けないほど美しく整っているが、芳乃香よりもずっと怜悧な、ナイフのような鋭さを感じさせる美貌だ。光沢のある黒髪を綺麗に後ろでまとめている。そのパリッとした髪のまとめ方も、彼女の隙のない性格をあらわしているようだ。マサキがゴクッと生唾を飲み込む。その音さえ、聞かれているのではないかと、不安になった。

「えぇっと、こちらが企画書になりますが、次回は鬼怒川温泉でのロケになります。街の最近のお薦めスポットや話題のお店、お土産物屋さんも回って、地元の人との触れ合いもありますが、ご覧頂いた通りの温泉街ですので、地元の観光協会としても、若園さんに温泉をレポート頂きたいというのは、ありまして………」

「確か、番組開始当初に草津温泉郷にも行かせて頂きましたが、誰もいない浴室のショットや露天風呂からの眺望のショットで済ませて、若園の入浴シーンはありませんでしたよね? 足湯だけ、浸かっているシーンを撮りましたか………。彼女が水着や入浴シーンはNGとしているので、色々とお気遣い頂きましたよね? その節は大変ご苦労おかけしました」

 マサキの説明を全部聞いてはくれない。けれど話を乱暴に振り回す訳ではない。話の核心を、正確に突いてくる。所属アナウンサーやタレントの要望と、出た番組の内容をきちんと把握して、的確な指摘をしてくる。本当に、頭の良い人なんだと、マサキは息を飲んだ。戸惑いつつも、説明を試みる。

「あ………はい。もちろん。若園さんのNG事項は良く認識しています。うちの番組の大事な主役で、ほとんど唯一の演者さんですから。………ただあの、若園さんもこの冠番組に慣れてきて頂いたあたりで、去年よりもさらに打ち解けた、カジュアルな素顔を見せて頂けると、視聴者も嬉しいと思いまして、今回、ご提案させて頂いています。もちろん、映し方には細心の注意を払って、若園さんのご了承を確認した上で………」

 柊チーフマネージャーの目が、そこでキラッと光ったような気がした。

「本人の了承…………。そこが一番、私が気になっているところです。………実は前回、前々回の放送。うちの若園は承諾したと言っていますが、内容を確認させて頂くと、これまでの彼女の判断と比べると、ずいぶん過激な内容をOKしていました」

 これが本論だ………。マサキが無意識のうちに柊チーフに正対するように座りなおした。

「はい………。現場判断で、色々とご理解頂きました」

「催眠術企画に限って…………。ですよね。催眠術師の、新藤さん。今回、貴方と直接お話し出来るのは、実は私にとっても好都合です」

「………はぁ………。あの、ここ2回くらいの企画は、かなり突発的な流れで、ああなってしまったのですが、制作サイドとしては、意外な好評を頂いて、結果も出ていて、手応えを感じています。でも、セイクレッド・フェアさん的には、ご都合悪かったでしょうか?」

 マサキも思い切って、核心をついてみることにした。頭の良い人と、化かし合いをしたところで、勝てるわけがない。いっそ、開き直って、本音で話してみた。

「いえ………。それが、弊社にも大きな反響が届いています。お仕事のオファーもこれまで以上に頂いていまして、驚いています。若園はこれまで、報道系や芸術・教養系のお仕事を頂いていましたが、ここ2週間ほど、バラエティ関係のオファーを沢山頂いておりまして、彼女の殻を破ったように感じています。だからこそ、私は新藤さんと、こちらの番組の企画に非常に興味を持って注視させて頂いています。何が、若園をこれほど変えているのか………」

 ここまで言われて、マサキは唾を飲むことを止めた。音が聞こえると、何かを悟られそうな気がする。

「これまで、若園には、かなり本人の判断に任せて仕事をさせていました。あのとおり自立心が強い子ですし。事務所がお断りしようとした、海外の犯罪が多い地域などのルポも、本人判断で受け入れたこともありましたし、逆に事務所が了承しようとした企画でも、彼女が意固地にお断りしてしまったこともありました。ですので、本人が承諾した内容には、極力、口を挟まないようようにしてきたのですが…………。最近の若園は、少し判断の軸が変わってきたように思います。……………そこで質問なんです。新藤さん。一体貴方は、催眠術でどこまで出来るんですか? 貴方たちの企画は、確実にうちの若園の、仕事へ向かう態度や、考え方を、変えています。良い意味でも、………もしかしたら、悪い意味でも。だから、貴方には直接伺いたいと思って参りました。貴方は一体、どこまで出来るんですか? 貴方の催眠術で………」

 柊さんは、話しながらこちらの様子を伺っている。そのことは良く伝わってきた。

「ご存じないかもしれませんが、私自身も昔、アナウンサーをやっていまして、教養番組のMCをしていました。そこで催眠療法というものを何度か取り上げていたものですから、催眠療法でどんなことが出来て、どんなことは出来ないということは理解しているつもりです。それと比べても、貴方と若園の間で起こっていると思われることは、私の理解を超えているんです」

「………もし、お知りになりたければ、………試してみますか? ご自身で………」

 マサキは、思い切って、かまをかけてみる。頭の良い人に対して、いい加減な誤魔化しをしても無駄だと、半ば開き直っている。スマホを出して、カメラの録画操作をして、会議机に立てかける。

「僕たちは、若園さんのご判断として、良い番組を作るために、彼女の信条やこだわりを、少し曲げてもらうことを、一生懸命説得してきたつもりです。でも、たまたまそれが催眠術企画だったから、マネージャーさんとしては、当然不安なんだと思います。所属タレントの安全を確保するために、自分自身で色んなリスクを確認しておきたい。そういう気持ちは事務所さん側としては、当然のお気持ちだと思います。だから、実際にどんなものか、あれこれ説明に時間を費やすよりも、直接ご経験頂いた方が、効率的ですよね? もしご心配があれば、うちのスタッフの女の子にも入らせて、柊さんの安全を担保させてもらいます」

 そこまで聞いて、柊チーフマネージャーが、ニコッと笑う。初めて、彼女の本心からの笑みを見たような気がした。

「うふふっ。そこまで伺うと、まるで私が新藤さんの提案をお断りしたら、所属アナウンサーのことを心配していないみたいですねっ。若いのに、交渉上手なんですね。………良いですよ。わざわざ監視カメラまで準備して頂きましたし、見届け人は必要ないですから、一度、私に催眠術をかけてみてください。若園本人の承諾に、催眠術の影響があるかないか、マネージャーとして私が、貴方の催眠術の力というものを確認させて頂きます。………どうぞ」

 予想通りと言うべきか、柊歩美チーフマネージャーは、マサキの話術を全てお見通しのようだった。それでいて、マサキの提案に乗ってきてくれる。自分がこれまでに入手してきた知識に、絶大な信頼を置いているようだった。

「催眠術は、人の意識を覚醒と睡眠中の混ざり合ったような、変性意識、エアポケットのようなトランス状態に導びくこと。そして理性的な判断力が一時的に低下した状態、暗示を受け入れやすい状態を活用して、相手の反応や行動を導き出すこと。そうですよね? それは人が夢を見ている間は非合理的な状況設定や夢の展開を受け入れても、目が覚めると理性的な判断を取り戻すように、あくまでも一時的なもの。そして被術者の意識も完全に停止することはないので、本人が嫌がること、思想信条に反することを押しつけることは出来ない。そうレクチャーを受けましたよ」

 あまりにもスラスラと説明するので、マサキにはこれが、柊歩美チーフマネージャーにとって、女子アナ時代の教養番組でのレクチャーの記憶ではなくて、最近になって調べなおしたことだということが、伝わってくる。そのことを意識しながらもなお、マサキは笑顔を崩さずに柊さんの顔の角度を調整させてもらう。

「本当に良くご存じで。きちんとした知識を持って臨んで頂けると、正確に僕の技術を評価してもらえると思いますから、光栄です。そして、新しい体験も、心底楽しんでもらえると思いますよ。………もう15度くらい、上を見るように顔を上げて頂けますか? ………ちょうど舌の根っこのあたりが喉の奥に少し下がることを感じる角度があると思うんです。………そう、凄く上手です。舌が下がると顔が凄くリラックスすると思うんです」

 元アナウンサーで、現在はフリーアナウンサーやタレントのマネージメント。そして事務所の経営に携わっている柊さんは、「話すこと」のプロフェッショナルだ。マサキの想像通り、舌の位置や状態について語ると、心身をより深く弛緩させられそうだ。彼女の表情、目の動き、瞬きの数、そして手足の反応を観察しながら、マサキはそんなことを考えていた。

「僕の目を見てください。黒目をよーく見て。意識を僕の目に集中させると、柊さんのものすごい集中力のおかげで、スーッとこの目に入りこむように意識がフォーカスされる。ジーっと見ていると目が疲れてくるから、瞬きが増えますね。お仕事で目もお疲れでしょう。貴方が何人分ものお仕事をこなされていることが良くわかります。楽にしてください。瞬きをしていないと、目が乾くから」

 マサキはさっきまで、ペンライトを使うことを考えていたのだが、思い直して、何も小道具を使わずに、柊さんを催眠状態へと導こうとしている。下手な演出は彼女に見破られる。そうした警戒と、そしてもう一つ、彼女を何の道具も無しに、自分の言葉と体の動きだけで、落としてみたいという欲求にかられていた。失敗のリスクも高まると理解していたが、新藤マサキにとっては、この抜群に鋭い知性を持った妙齢の美女を、自分の身一つで催眠術の虜にするというビジョンが、震えがくるほど魅力的なアイディアに思えて仕方なかったのだ。

「瞬きって面白いですよね。瞼を閉じる瞬間に、人の視覚は分断されています。けれど、自分の見ている世界が、常に瞼で頻繁にブツ切りにされているなんて、意識している人はいないと思います。人間の見ている世界は全部、人の頭の中で編集されて、ようやく繋がりのあるものになっている。五感も意識も、本当は数秒置きに寸断されて、ブラックアウトしているのに、とてもそうは思えない」

「………意識の………編集の、力ですね。映像制作の方らしい、発想………」

 瞬きを意識させると、かえって瞬きの数が減る。その分、瞬きを堪えきれない自分も意識してしまう。柊さんのシャープな会話も、少し靄がかかったように口調が重く聞こえた。

「仰る通りでしょうね。プロの編集マンのなかには、人がリラックスしている時の瞬きの数、集中しているの時の瞬きの数なども考慮しながら、1分間のカット数を考える人までいるそうです」

 マサキは自分の黒目と黒目の間、眉間に右手の人差し指を構えた。

「瞬きは、そういう意味では意識の編集点かもしれません。でもそういう意味では、人間の五感や意識の流れを成り立たせている編集点は他にも色々とあります。呼吸の山谷や心臓の鼓動、脳に血を送る脈拍の波。それぞれに平常な動的均衡と意識が寸断されるタイミングがあって、1分に1回くらい、それらが一致するタイミングがある。催眠術師が長い時間をかけて、じっくりと相手を催眠状態に誘導するという場面がありますが、僕は実はあれも、個人差のあるそうした意識の編集点の重なる瞬間を、何回か逃しつつ、どこかで捉えようとしているんだと、個人的に思っています。だから、タイミングを計るのさえうまく出来れば、導入準備の長さは関係ない。一瞬でも深い催眠状態に落ちます。ほら、このように」

 マサキが手を叩く。瞬きの途中で、柊さんが瞼を閉じたまま、動かなくなった。何か言おうと息を吸ったあと、唇も開かない。

「グーーーーーっと意識が沈み込んで、体中の力が抜ける。全身の骨と骨を繋ぎ止める筋肉がロックを外すように、弛緩する。数十年ぶりに楽器から外された弦のように、解放感に包まれて弛緩します」

 喋りながら柊さんの頭を動かす。斜め右に向けるように俯かせた。首を、特に脊髄のあたりを楽になるように伸ばしてあげる。そして同時に、首の頸動脈が抑えられるような角度を探して、俯かせる。頭が重くて重くて仕方がないといった様子で、柊さんの首はグニャリと角度を変えて、マサキが両手で向ける方向と角度で収まってくれた。

「柊さんの理解力と集中力なら、時間をかけてタラタラと催眠状態を深化するステップを踏んでいく必要もなさそうですね。僕が指を鳴らすごとに、意識の深ーいところへグングン沈み込んでいきます。ほら、ほら、ほら。シューターを滑り降りるように、深―い催眠状態へ入りこむ」

 指をリズムよく鳴らす。瞼は、ギュッと瞑っているというよりも、脱力して薄っすらと開いていた。そこから見える黒目は、焦点を失っている。唇も僅かに開いていく。

「さっき柊さんは、催眠状態にあっても、自分が本当に嫌なことには抵抗が出来るという知識を共有してくれました。人間全部がそうかどうかは、僕にもわかりませんが、仰る通り、催眠誘導法の世界でのとても一般的な定説ですね。きっと柊さんの意識は、どんな状態にあっても、他人に完全に操作されることはない。意識を無くす訳ではないですから、柊さんは自分の意志を自分の思考で完全にコントロールすることが出来る。貴方の意識は、完全に貴方の心の声の支配下にあります。どこまでも僕の暗示に心身を委ねてしまっても心配ないのです。どこまでいっても、貴方の心をコントロールするのは、貴方の意志だから」

 彼女の睫毛が軽い痙攣で震えているのを見る。カタレプシーだ。柊さんのような切れ者は、いつ催眠術に「かかった振り」をしてくるとも限らない。そう思って観察を止めていないのだが、このカタレプシーという現象は嘘で作ることはなかなか難しい。やっとマサキは、次のステップへ進む勇気を得た。

「柊歩美さん、よく聞いてください。今、貴方の耳に聞こえている、この声。僕の声が、貴方の声に聞こえます。貴方の、心の声です」

 ハァッと、柊さんが息を飲む音。催眠状態のまどろみの中にありながらも、彼女の表情が少し強張った。

「リラックスしましょう。体の力を抜く。これは貴方の心の声です。貴方の心と体を常に完全にコントロールする、柊歩美の心の声です」

 柊さんがゆっくりと、一度強張りかけた体から、浮き輪の空気を抜くようにして、脱力していく。

「柊歩美は今、とても寒い場所にいます。手足がかじかんで、骨がきしむ。そんな極寒の地にいます」

 カチカチカチカチと、彼女の前歯が打ち鳴らされる。あっという間に、柊さんは体をブルブルと震わせながら縮こまる。椅子の上で体操座りをするように膝を抱えて丸くなった。シャツの袖から手首の奥、腕の鳥肌が見えた。

 この人はとても頭の良い人で、だからこそ深層意識から表層意識まで、綺麗な論理の糸が通っている。その筋を正しい方法で引っ張ってあげると、まるでリボンが解けるように、テンポ良く、完全に無防備になってくれた。途中で感情的だったり本能的だったりする抵抗に会うことが、ほとんど無い。

 理詰めで考える癖がついている人には、そういう人なりの、感覚的に物事を捉えることに慣れている人にはその人なりの、攻め方、落とし方があるということを、マサキはハッキリと学ぶことが出来た。

「気がつくと今度は、正反対の場所。灼熱のジャングルにいます。暑くて暑くて気絶しそう。やっとの思いで日光を遮ってくれる場所を見つけましたけれど、凄い気温はそのまま。そして湿度がものすごく上がっていきます。もう蒸し暑くて蒸し暑くて、まるでヒーターの暴走したサウナに閉じ込められているみたいです」

 暗示を与えて10秒もたたないうちに、柊さんの額に汗が浮かぶ。首筋や腕にも汗が出てきた頃には、額の汗は綺麗な鼻筋の横を通って、唇の上まで垂れていた。

「誰もいない、灼熱のジャングルです。貴方は少しでも涼しくなるために、貴方は今すぐ、着ているものを脱いでいかなければなりません。………これは、貴方が絶対の信頼と自信を持っている、貴方の意識と行動をコントロールする、貴方の意志が決めたことです」

 マサキが念を押すと、暑さのせいでいてもたってもいられなくなった柊さんが、椅子の上で上体を起こして、首元のスカーフに手をかける。シュルシュルとスカーフを解くと、カッターシャツの襟元からボタンを一つ一つ、外していく。エンジ色のゴージャスなブラジャーが見えてくる。マサキは赤系の下着が意外と白いシャツに響いていないことに、新鮮な発見を得ていた。

 椅子から立ち上がって、黒のタイトスカートのチャックを降ろしていく柊さん。ブラと揃いのエンジ色のショーツは、布地の面積が少なめの、オトナっぽいデザインだった。パンティストッキングを脱いでいくと、そのショーツを守るものも無くなる。まだ暑そうに手で顔を仰いでいる柊歩美の全身を、マサキは一歩下がってじっくりと眺めた。

 スレンダーで美しい体。一言でいうと柊歩美の体はその説明が一番似合うものだった。30歳を過ぎているその体には、無駄な贅肉が全くと言って良いほどついていない。エクササイズを欠かさないのか、必要な筋肉のある、引き締まった体でもあった。そして胸は、芳乃香さんのものよりも二回りくらい小さい、形は良いけれど微乳と言える大きさだった。

「歩美さんは犬です。犬になりきって、吠えてみてください」

 まだマサキが言い終わらないうちに、歩美は一切躊躇せずに、下着姿のまま、会議室の床に両手と両膝をつく。そして顔を上げる。

「ウォフッ…………ウゥゥゥゥ…………。ウォウッ」

 吠えたてた後で、歩美さんは舌を突き出して、ハッ、ハッ、ハッと口から息を飛ばしている。15日ほど前、初めて芳乃香さんに催眠術をかけた時、彼女が最初に見せた猫になるという暗示への反応は、「ニャーニャー」というありふれた、文切り型の鳴き声だった。それと比べて、段違いにリアルな犬へのなりきりぶりを見せる歩美さん。マサキはここでようやく確信することが出来た。若園芳乃香さんが催眠術にドップリかかって、身も心もいとも簡単に操られたのは、彼女の被暗示性の高さだけが原因ではない。芳乃香さんよりも催眠術への知識と抵抗感を持っていた、柊歩美さんが、芳乃香さんよりも深い催眠状態に、より短い時間で落ちたということは、新藤マサキの腕が良いということが原因のはずだ。その確信を得た時、マサキは思わず、声に出して笑ってしまっていた。

 下着姿で四つ足で床を歩き回る歩美さんに、「お手」、「おかわり」、「チンチン」、「3回回ってワン」。次々と指示を出して、犬の躾を仕込んでいく。頭の良い犬を自負する歩美さんは、即座にご主人様の意図を理解して、張り切って芸を見せる。その懸命で前のめりな姿を、マサキはスマホのカメラに丁寧に収めていった。

 ふと、マサキの頭にある疑惑がよぎって、柊さんがさっき座っていた席の、隣の椅子に置かれたハンドバッグを手に取ってみる。良くは知らないが雑誌などで見たことのある、高級そうな黒革のバッグを勝手に開けさせてもらうと、中で柊さんのスマホが起動されていた。ボイスレコーダーのアプリのようだ。どこか違う場所に音声を飛ばしていたりはしていないことを確認して、マサキは溜息をつきながら、録音されたデータの削除操作をする。その間も、命令を待って四つ足で背伸びするように待機している柊さんは、犬になりきったまま、不思議そうに首を傾げて、ご主人様の命令を待っていた。

。。

「歩美さん、手の動きは止めなくて良いですから、そのままよく聞いてくださいね。貴方は得意の交渉術と持ち前のカリスマ性、類まれな知性を駆使して、弱小制作会社のAD、新藤マサキを完全に論破して屈服させることが出来ました。貴方の輝くようなインテリジェンスと強固な意志の力に完全に感服した新藤マサキは、すでに貴方の完全なる信奉者です。彼が口にすることは貴方の考えと全く一致するというほど、貴方の強い影響下にあります。それは貴方も驚くほど。貴方が気づかなかった、貴方の心の声を代弁出来るほど、強固な繋がりです。だから、貴方が催眠状態にある時、新藤マサキの言葉は全て、貴方の心の真の声として、貴方自身の意識も変えていきます。それは貴方の求めていることでもあります。わかりますね?」

「…………はい…………んんっ…………。私の……求めた………こと…………ぁあんっ」

 全裸になった柊歩美さんは、左手で小ぶりなオッパイを揉みながら人差し指で乳首を刺激して、右手では自分の股間の秘部をクチュクチュと弄って喘ぎながら、マサキの言葉に返事を返している。歩美は今、訪問した会社の会議室で全裸になって、椅子の上で身を捩らせながら、オナニーに興じていた。

「貴方はこれから、いつでもどんな時でも、僕が『最上の自己管理』と言うと、ただちに、今のように深ーい催眠状態に陥ります。そこでは、僕の言葉が貴方の意識を、行動を、人生を決定する、絶対的な存在です。なぜならそれは、貴方が自分で意識できなかった、真の貴方の求めるものを代弁するものだからです」

「…………絶対的…………はぁっ…………あぁあ、もうっ……………もうっ…………イクッ…………。イクぅううううっ」

「僕が手を叩くと、貴方は爆発的なエクスタシーに達して、今までの自分が壊れるくらい、決定的にイキます。けれど、僕が手を叩かないうちは、イクことが出来ない。どれだけ気持ち良くても、どれだけイキたくても、僕の許しがないとイケない。………歩美はイキたいの?」

 悶え狂いながら、ブンブンと首を縦に振る歩美。

「いっ………イキたいっ………。イカせてっ………」

 マサキが両手を近づけて、叩くような仕草を見せると、両膝を大きく割って、足で椅子の座面に乗り上げるように腰を突き出してくる。彼女の体が絶頂に達する準備を整える。しかし彼は手を打ち付ける寸前で止める。歩美は口惜しそうに指をさらに膣の奥へと突っ込んで、左手の親指と人差し指とで乳首を強くつねりながら、イケない体を持て余して乱れる。

「じゃあ、手を叩こうかな………。そうしたら、歩美は爆発的な快感で今までの自分が吹き飛ぶくらいにイキまくるよ。そして僕の暗示が、更地のようになった、歩美の深層意識に深く深く、刻み込まれる。もう、ずっと僕の催眠術の虜になるんだよ」

 両目を強く瞑って、歩美が体を弓なりに突っ張る。そろそろ体の限界のようだったので、マサキが手を叩く。泣きじゃくる寸前のような表情。妙齢の美人キャリアウーマンが、全てを忘れたようなイキ顔と、愛液の洪水、そして動物的な痙攣を披露して、果てた。

。。

 マサキはかつて彼に催眠術を教えてくれた師匠、アキミチさんの言葉を思い出す。マサキよりも年下の彼は、まるで退屈しのぎのように、歌うようなトーンで、語ってくれた。

「催眠術はかかった人が絶対に嫌だと思うようなことをさせられない。………割とどんな本にも書いてある、常識みたいになってる。けど、それって、これまでに一体何万人に催眠術をかけて、試した結果が書かれているんだろうね? 数万人、数百万人のサンプルから人間の足の速さを決めつけちゃったら、たぶん『人は100メートルを11秒より速くは走れない』っていうのが、定説になっちゃうよね? ………俺の思うにさ。多分そういう定説とか常識とかって、皆が信じたいことを言ってるだけなんだと思う。催眠術にこれからかかるっていう被術者側は、『自分の意志を覆されることはない』って信じて安心したい。技量の劣った催眠術師は、『他人の意志を曲げられないのは、自分が下手なんじゃなくて、これが催眠術の限界だから』って信じて安心したい。そして、他人の意志も自由に曲げられるような、類稀な技量を持った催眠術師は、そんなことは隠しておいて、皆を安心させたい。………結果として、世の中ではまことしやかに、催眠術の限界が語られている。俺は単にそういうことだと思うよ」

 マサキは頷こうとしたけれど、まだ気になっていることがあったので、さらに質問してみることにした。

「でも………アキミチさん。………それって、催眠術が人の意志を曲げられることが、世間に伝わっていないっていう、現象の説明だけですよね? ………僕が質問したのは、どうして貴方みたいな催眠術師には、人の意志までこんなに簡単に曲げられるのかっていう、原理についてです」

「ハハッ……。君は見た目の感じよりも頭が良いね。…………そうだな、こんな仮説はどう?」

 立ち上がろうとした師匠は、座りなおして、マサキに向き合った。

「どんな人間にも、深層意識の奥深くに、自己破壊願望っていうものが潜んでいる。それはきっと人間の心が環境の大変化にも適応出来るために、必要とされているプログラムなんだ。例えば君が、コンクールに向けて練習ばかりしている真面目なピアニストだったとする。全身全霊をかけて、そのコンクールのために猛練習している。けれどその、君が人生の全てを賭けるつもりだったコンクールが、何かの事情で開催中止になったとしよう。心の100%でコンクールを待ち望んでいたら、君の精神は崩壊するよ。すっごく簡単にね。だからそうならないように1%くらいは………あるいは0.1%くらいは、心の片隅に『コンクールなんか無くなってしまえ。いや、なんなら、ピアノなんか弾けなくなってしまえ』っていう、逆行する願望も併せ持っているんだ。必ずね。そうすることで、自分にとって最悪と思える事態が起きても、『実はこうなることもちょっとだけ望んでいた』っていう思いが、人の心を、強くしなやかにするんだ。そんな、ほんの僅かな、逆行願望を掴まえたり、引き出して拡大しちゃうっていうのが、この技法の面白いところかな? ………俺、やっぱり性格悪いね。………ははは」

 アキミチさんはマサキにデモンストレーションを披露するように、自分の尻の下で、四つん這いになってアキミチさんの体重を支えている、全裸の美女のお尻を叩いて見せた。無表情のお姉さんは、ピクリとも痛みを顔に出さない。手を伸ばしたアキミチさんが、お姉さんのオッパイに触れて、乳首を摘まむ。オッパイが変形してしまうほど、摘まんだ乳首を強く引っ張った。

「お姉さん、痛いですか? こうされるのは、嫌ですか? あと、全裸で知らない男を座らせてるのって、嫌じゃないですか? ………喋っていいから、教えてください」

「……………わたしは、椅子なので、何も感じません」

 綺麗なお姉さんは、乳首を強く引っ張られても、真っ直ぐ前を向いたまま表情を全く変えずに、単調に答えた。上に座っている師匠は、マサキを見て肩をすくめる。アキミチさんの催眠術ショーに参加した妹が、演出で恥をかかされたと、楽屋にまでやって来てクレームをつけてきた女性。20秒後には自分から服を脱ぎ始めたかと思うと、四つん這いになって、アキミチさんを背中に載せていた。それからもう10分以上も、一切姿勢を変えず、自分のことを椅子だと思い込んだままでいる。そして彼女はショーの夜の部で、妹さんの何倍も過激なことを、笑顔でやり遂げることになっていた。

 今になってようやく、あの時の師匠の言葉の本当の意味が、マサキにも伝わってきている気がする。

 そしてさらに言うと、師匠の性格の悪さも、引き継いでしまったかもしれない。

。。。

 フリーアナウンサーが多く所属する事務所、『セイクレッド・フェア』のチーフマネージャー、柊歩美が書いて、捺印までした委任状。それをマサキが見せても、しばらくの間、キューさんは信じてくれなかった。自分が担当している若園芳乃香の番組出演に関しては、新藤マサキに全権委任する。NGもクレームも出さないので、編集後のフィルム確認も不要という内容。この業界では普通は見ないものだ。久米島Pがなかなか信じてくれないのも、無理のないことだったかもしれない。

 仕方がなく、マサキがキューさんに、スマホで撮影した動画の前半部分を見せる。催眠の導入、深化の過程、そして下着姿で犬になりきって、仕込まれた芸を嬉々として見せる柊歩美さんの姿。マサキが見せたのはそこまでだったが、キューさんを唸らせるのには、十分だった。

「マサキ、お前この勢いで、若さんを再ブレークさせる番組を沢山作ったら、来年にはディレクターに昇格してるんじゃないか?」

 キューさんは、マサキに抱き着くかわりに、首を抱え込んで頭をゴリゴリと擦った。そして鬼怒川温泉探索のロケ企画はさらに細かく詰められる。マサキがデジカメを持ってロケハンに行った三日後には、泊りがけでの本番撮影の日になっていた。

。。。

「機材の準備が整うまで、少し待ち時間ですが、今日は午後の間中、街を巡るロケになります。夜は早めに休んでもらいまして、明日の早朝、マルゴーマルマルから温泉の撮影になります。夜以降は、若園さんの事務所の柊さんも合流してくれるそうですね」

 マサキが彼女の部屋に入れてもらって説明を始めると、若園芳乃香はストレスで爆発しそうな自分の心境を、目で訴えてくる。

「マサキ君………。私、今になって言うことじゃないのはわかってるけど、それでも、どうしても、温泉レポートなんて、どうして自分でOKしたのか、自分でも良くわからないの。でも………今更………。無理とか、言えないよね?」

 マサキも、さて困ったという気持ちを、目で訴え返してみる。

「もし、芳乃香さんが本当に嫌だったら、言っちゃったほうが良いんじゃないですか? それに、今晩には柊さんも来るから、彼女を通せば、きっと久米島さんとも良い代替案で合意してくれると思いますけど………」

 芳乃香さんは、駄々っ子のように唇を噛む。

「柊さんが来るっていうのも、………実はちょっと緊張するの。すっごく尊敬する先輩だし、今は偉いマネージャーだから。………いつもは、木村さんにも来ないで良いですって言ってるのに、よりによって明日、柊チーフ帯同だなんて………」

 色んな方向から、芳乃香さんはストレスを貯めこんでいるようだ。このままだと、撮影にも差支えるかもしれない。そんな時には、マサキは一言、『芳乃香さんの究極のリラクゼーション状態』になれると良いんですけどね、と告げる。すると彼女は一瞬で変貌する。脱力、弛緩、精神は無防備なトランス状態。そして、彼女が一週間、爆発寸前まで貯めこんで来たストレスは、性欲へと見る間に切り替わる。今ではもう、『起爆』というスイッチも必要ないほどだった。ボンヤリと立ち尽くかと思われた彼女は、フラフラとマサキの胸に寄りかかるようにして体重を預けた。

「全部脱いで、裸になりなさい。芳乃香さんは僕と、大急ぎでセックスをしましょう」

 マサキが腕時計を確認しながら言うと、若園アナはテキパキと、身に着けている趣味の良い落ち着いた服を、一枚一枚、脱いでいく。白い下着を慌てたように剥ぎ取ると、柊歩美さんよりもずっとふくよかなオッパイと、柔らかそうな下腹部が外気に触れる。まだショーツが足首に引っかかっている間に、飛びつくようにしてマサキの下半身にしなだれかかった。マサキも大急ぎでジーンズとトランクスを降ろし、いきりたったモノを突き出した。芳乃香が恥かしげもなく、しゃぶりつく。しばらく舌と口内とで愛撫したあと、口から出したマサキのペニスを自分の胸の谷間に挟みこむ。ネットの世界でも既に有名になっている、芳乃香の美乳で、マサキのモノを懸命にしごく。いつの間にか、芳乃香は男女のプレイを少しずつ、勉強してきているようだった。生真面目な芳乃香さんが、顔を真っ赤にしたり背けたりしながら、それでも深層意識から湧き出る衝動に勝てずに、こわごわ性技について自習する。そんな光景を思い浮かべると、マサキのモノはもう一段階、大きくなる。

 その、暴発しそうなマサキのモノを導くように、芳乃香がベッドに仰向けになって、白くてスベスベした太腿の、その間の大切な場所へと、手を添わせて誘っていく。マサキも時間を気にしながら、やや強引めにインサートをする。すでに充分に濡れていた芳乃香のヴァギナが、大事そうにマサキのモノを咥えこむ。腰を振り始めるのは、マサキよりも芳乃香の方が早かった。

 1週間の仕事で貯めこんだ、不安感や緊張感。恨みつらみに、出演した番組での痴態に対するご意見、ご感想まで。全部吐き出そうとする芳乃香。発情期の獣のように腰をグラインドさせる。膣の壁がマサキのペニスとの摩擦を感じるたびに、頭の中のモヤモヤが一つずつ、消えていくようだ。膣内の奥深く、子宮口近くまでマサキの亀頭が突っ込まれるたびに、嬌声を上げて悶えた。その声が、どんどん切羽詰まって、高い音になるほど、マサキの体にすがりつく彼女の腕にも力がこもる。マサキのモノもいよいよ暴発寸前になる。時間でいうと10分もたっていないくらいだろうか。あまりにも速いスピードでまぐわったせいで、2人はマサキの予想した時間よりもずっと短い間に、絶頂に達してしまっていた。

 メイクの果代ちゃんが部屋に来るはずの時間まで、まだ7分ほどある。そこでマサキが芳乃香の目の前に、人差し指を突き出してみる。ベッドに寝そべったまま、さっきオルガスムで絶叫していた芳乃香が、嬉しそうにマサキの指の先を唇で咥えこむ。舌でくすぐるように、マサキの指を吸いながら愛でる。彼女はこれを、自分のクリトリスだと信じて、全く疑う様子もない。それから5分近くの間、芳乃香は嬉しそうに、幸せそうに、『自分のクリ』をしゃぶりつづける。通常の女性には出来ないであろう、特殊なオナニーに没頭していた。マサキはふと気になって、両腕をグッと伸ばして、左手を彼女の股間に忍び込ませる。内腿の間、さっき激しくイッたばかりでふやけたように火照る彼女の割れ目の上部、本当のクリトリスを探り当てる。ギュッと強めにつねってみる。芳乃香は何の反応もせず、口の端から涎を垂らしながら、蕩けるような笑顔でマサキの指を吸っている。今度は左手の人差し指の爪で、ピンっと彼女の本物のクリトリスを弾いてみる。それでも、芳乃香は痛がる素振りも見せない。彼女にとっては、自分のクリトリスは今、何の疑いもない事実として、マサキの人差し指の先についているということらしかった。

。。

 果代ちゃんが入室した時には、芳乃香さんはまだ髪もボサボサ、服も半分しか着ていないような状態で、ボンヤリとした目で果代ちゃんを迎えていた。足首には白いショーツがまだ引っかかったままだ。同じ部屋にいたマサキも、まだベルトがきちんと締められていない。声を上げて騒ごうとした。その瞬間、マサキに深い催眠状態に落とされる。マサキは、芳乃香さんの浅い催眠状態が、果代ちゃんの慌てる様や切迫した声を聞いても、覚めていなかったことに、上機嫌だった。深いトランス状態が安定するのは当然のこと。今の彼にとっては、浅く淡いトランス状態がきちんと安定させられるということが嬉しかった。

 部屋の荒れた様子や男女の結合の跡が醸し出す匂いにも、一切反応しなくなった果代ちゃんが、虚ろな目で、ただ真っ直ぐ、芳乃香さんのヘアメイクとフェイシャルメイクを遂行する。芳乃香さんは「とにかくご機嫌。お風呂でリラックスした後のように良い気分」という暗示を刷り込まれて、能天気な鼻歌を歌っている。そんな二人に、後ろから手を回してオッパイを揉み比べさせてもらったり、お尻の谷間が出るまでズボンやスカートをずらしたりして、悪戯を楽しむ。撮影開始の時間は、あっという間に訪れた。楽しく過ごしていると、時は飛ぶように過ぎていく。

。。。

 その日の撮影は全体としてとても良い獲れ高だった。主役の若園芳乃香アナウンサーがとにかく上機嫌というか、ノッテいる。いつもオットリとした愛想の良さと、頭の回転の速さ、インタビュー技術の高さで、街ロケも如才なくこなす若園さん。だが、今日はいつも以上に屈託なく笑い、雑貨屋さんやお土産物屋さんに対して女の子のように純粋にはしゃぎ、伝統の民芸品のエピソードに、真剣な顔で聞き入ってくれている。

「今日は挨拶した時とは逆で、姫様ご機嫌だな。声に張りがある。朝一の仕事で大声出してきたとかかな? 喉がしっかり開いてる感じがするぞ」

 撮影の合間に音声担当のマルさんが呟く。横でカメラマンのゴンさんも頷いた。

「笑顔が良いな。あと肌質もグッとツヤを増してる。何か、スッキリすることでもあったんだろうか?」

 マサキは、2人のベテランスタッフの会話を、聞こえなかった振りをして、やり過ごした。隣にいるプロデューサー、キューさんは丸めた台本で、ポンポンと自分の尻を叩いている。

「んー、いつも本番ギリギリまで準備に余念のない若さんにしては、進行でちょいちょい、イージーミスがあったけどな………。それでも、愛嬌で見事にリカバリーショットを打ってるから、大したもんだよ。…………明日は嫌がってるはずの温泉レポートがあるっていうのに、ご機嫌曲げずにやってくれてるんで、助かるよ。…………心境の変化でもあったのかねぇ…………。なぁ、マサキ」

 上司にはっきりと呼び掛けられて、マサキは笑って誤魔化した。

「アハハハ………。何か、良いことあったんですかねぇ? …………。ハハッ」

 予定よりも早く撮影が終了したことで、全員ロケバスで旅館に撤収となった。「打ち上げの練習」という理由づけをして、キューさんがコンビニで缶ビールと乾きものを買ってくる。バスのそこここで、プシューっと缶ビールが開けられる音がした。

「あれっ。芳乃香さんもバスで飲むんですか? 珍しいですね」

 前の座席で、果代ちゃんが驚いた声を上げている。確かに芳乃香さんがビールを、それも移動中に飲むというのは、珍しい出来事だった。

「果代ちゃん………。そんな、大きな声で言わないでよ………。一杯だけ、皆さんにお付き合いして………って思っただけ………。皆、仲間だし……」

 芳乃香さんはそう言ったあとで、後ろの座席のマサキの方をチラッと振り返った。ビール一口でもうアルコールが回っているのか、顔が赤らんでいた。

 温泉街は道路が細くて、地形に沿って曲がりくねっている。夕方の渋滞しやすい時間帯だったせいもあるが、それほど長い距離ではなかったはずだが、ロケバスが旅館に到着する頃には、マサキはずいぶんと先輩スタッフたちにビールを飲まされてしまっていた。

 旅館に戻ると、一息ついたら、もう打ち上げが早々と始まる。明日は撮影開始が早い。スタッフは準備も含めて、5時起きか、もしくは4時半起きになることを見越して、今日の分の打ち上げは、17:30から始まったのだった。旅館の料理が小宴会場に届けられ始めたのは18:00から。その時にはマサキはもう、空腹に随分とビールや日本酒、焼酎のお湯割りを飲まされていた。

「いやー、マサキが催眠術企画なんて持ち出した時は、どうなることかと思ったが、あれから凄く風向きが良いな。番組の視聴率もガンガン上がってるし、姫様もゴネない。おまけに姫様の事務所サイドもチェックが緩くなるっていったら、無敵じゃねぇか。本当、マサキのお手柄はデカいな。ほら、お疲れさん」

 さっきから何回も、キューさんやマルさんに、同じ話で褒められて、酒を注がれているが、マサキとしては断るわけにもいかないので、ぐっとコップに注がれた酒を飲む。これまで下っ端ADとしてコキ使われてきた身としては、こうして上司や先輩スタッフたちに認められて、褒めそやされることが、嬉しくもあったし、むず痒くもあった。とにかく、酒が進んだ。

「あの~。私、そろそろ、失礼しようかと思います。………ちょっと酔ってきてしまいましたし、明日も早いので………」

 若園アナが、周囲の盛り上がりに水を差さないように気を遣いながら、打ち上げの席を中座しようとする。いつもの彼女の、スマートな動きだった。撮影スタッフの飲み会に最後まで付き合おうとするとエンドレスになってしまうし、意外と演者がいなくなった後の方が、スタッフの皆は、気を遣わないで盛り上がるということもある。しかし、今日はキューさんが若園芳乃香さんを押し留めた。

「まぁまぁ、若さん。もうちょっとだけ、良いじゃないですか。大丈夫。テッペンまで飲んでいたって、質の良い睡眠をとれば、短時間でも充分でしょ。なにせ、うちには腕利きの催眠術師がいるからね。ねぇ? 先生」

 キューさんがマサキに話を振ってくる。マサキはすでに、酔いが回っていていい加減に首を振るだけだった。芳乃香の返答も、酔いのせいか、すこし声が大きい。

「あれは、撮影の時だけです。普段からかかったりは、しませんよー」

「そうかー、そんなもんですか。………マサキの催眠術っていうのも、テレビ番組あっての、ものって訳ですね」

 プイっと顔を横に振る芳乃香に対してオジサンたちが愛想笑いする。まるで番組向けに特別にかかってあげたとも受け取れる言い方だったのが、マサキには少し引っかかった。

「え………いや、あの。全然、普段の若園さんにも、僕、催眠術かけられますけど」

 マサキが言い返すと、キューさんやマルさんが「おーっ」と低い声を出す。酒の肴に、煽られているだけというのはわかるけど、マサキも酔いのせいか、引っ込みがつかなくなっていた。

「マサキ君………。あの、その言い方はちょっと、無いんじゃないのかな? まるで私のことをいつでも自由に操られてるって言われてるみたいで、私もちょっと………」

「ここででも、『芳乃香さんの究極のリラクゼーション状態』は作れるっていう話をしてるだけです。………どうです?」

 マサキが言うと、芳乃香さんの動きが止まる。彼女の反論を期待していた、オジサンたちの注目が集まるけれど、芳乃香さんは真っ直ぐ前を見たまま、静止している。

「……え? ………芳乃香さん? …………マジで、もうかかってます? ………嘘でしょ?」

 隣に座っている果代ちゃんが、びっくりして芳乃香さんの前で手をヒラヒラと横に振るけれど、芳乃香さんの目は一切、果代ちゃんの手の動きを追わない。

「うぉおおお………。やっぱり、マサキの催眠術はガチだな。カメラをオフってる時に見ると、改めて凄さがわかる」

「一瞬だよな。この、一瞬でここまで完全にかかる姫様が凄いのか、マサキが凄いのか………。多分、両方だよな」

「こうやって、マジマジと見させてもらうと、やっぱり姫様、美人だな」

 オジサンたちが好き勝手な感想を述べる。少しだけ不穏な空気を感じたマサキが、芳乃香の催眠を解こうとする。そのマサキを押さえ込むように、マルさんが強引に肩を組んできた。

「マサキ、ちょっと待ってな。………キューさんも、一度で良いから催眠術を試してみたいって言ってたんだよ」

「はぁ? ………キューさんがですか? …………そんな、簡単にいくもんじゃないですけど……」

 カメラの前で催眠術企画を主導している時は、マサキが場を仕切っていたが、飲み会の席では当然ながら、彼が男性スタッフの中では最も下っ端だ。上司の久米島がどうしてもというなら、ちょっと試させてあげても良いかと思った。第一、催眠術は見様見真似で習得出来るものではない。

「じゃぁ………若園さん。………聞こえますね? ………今から、僕の声は貴方には、新藤マサキ君の声として聞こえます。この声は、マサキ君の言葉です。そうですね?」

「…………はい………」

 芳乃香さんが、ボンヤリとした口調で答える。頭の中で、マサキの酔いが、スーッと冷めていく音がした。これは、マサキが芳乃香のチーフマネージャーである柊歩美さんの催眠状態を深める時に使った手法。彼が見せたビデオから、キューさんはこのやり方を学び取っていたのだった。

「催眠状態の芳乃香さんは、この声に質問をされると、何でもクリアに思い出して、正直に答えます。そうですね?」

「はい………。マサキ君の質問には………何でも正直に………」

 芳乃香さんが呟くように答える。マサキは、本当は芳乃香さんを覚醒させたかったが、迷った挙句に、芳乃香さんの隣の果代ちゃんを無力化させることにしてしまった。

「果代ちゃん。『最強のメイク落とし』をつけましょう」

 芳乃香の肩を揺すって、起こそうとしていた果代ちゃんも、動きを止めてボンヤリとした目で遠くを見るようになる。キューさんが一つ咳ばらいをして、芳乃香さんに尋ねる。

「芳乃香さんは番組の撮影の時以外に、新藤マサキに催眠術をかけられたことがあると思います。その時、貴方は彼に何かされましたか?」

 芳乃香さんが何かを言おうとして、言い澱む。しばらくの沈黙の間、マサキの先輩たちも静まり返って彼女の回答を待った。

「………………………………………わたしは………………………。マサキ君に…………………。食べられてしまいました…………。そして………一つに………なりました………」

 パシッと後頭部を叩かれる。多分、ゴンさんだ。

「いや、違うんです。今のは、若干、語弊があって、…………いや、……ないのか?」

「………570円で買われて………。マサキ君のものになりました………。…………それからは…………。催眠術にかかっている間は、いつでも、どんな時でも、マサキ君の言う通りにします」

 別の方向からまた、頭を叩かれた。

「言う通りにって、どんなことをするんですか?」

 芳乃香さんの顔が赤くなって、体をモジモジと捩り出す。マサキは心の中で「もうやめてくれ」と連呼していたが、声に出して皆を止めることは出来なかった。裏方のスタッフが演者に手を出すというのは、明らかにご法度。マサキはそれを堂々と破ってしまっていた。

「………マサキ君に………体中を舐められて………、全部…………食べられてしまって………。私は………一切抵抗が………出来なくて…………どうしようも…………はぁああああぅううううっ」

 熱っぽい表情で答えていた芳乃香さんが、不意に背を反らして、腰を突き出すような姿勢で体を震わせる。甘い思い出を噛みしめるような表情をしている彼女のアゴがあがる。撮影後に着ていたカジュアルなワンピースの裾から、足を伝う液体が、皆の目に晒されてしまった。

 また誰かに頭をはたかれるかと思ったが、オジサンスタッフたちは無言になっていた。皆、何と言って良いのかわからずに、人気の美人アナウンサー、若園芳乃香が宴会の席でイってしまったところを、黙って眺めている。芳乃香さんは寝そべるように座ったまま、壁に背中を預けて、幸せそうに人差し指を噛んで、余韻に浸っている。まだ時々、快感の波が襲ってくるようで、断続的に体を震わせている。内腿を擦り合わせるように動かすと、クチュッと股間が音を立てた。

「マサキ………。これ、お前。若園芳乃香さんを、どうするつもりなんだ? この前は催眠術的な美しさがどうとか、催眠術的に美味しいとか、アレコレ言ってて………。結局、若さんとヤッテるじゃないか。お前は本当は何がしたいんだ?」

 キューさんの質問に、マサキはしばらく答えられなかった。芳乃香さん本人と、隣の果代ちゃんはただボンヤリと前を見ている。それ以外のキューさん、ゴンさん、マルさんは、皆、マサキのことを見て、回答を待っていた。

「………ゴメンなさい。芳乃香さんに、暗示をかけて、エッチなことしました。前よりも仕事のガードを下げるようにもしました。あとは放送前の白カンとかチェックしないように仕向けたり、放送後の反響が耳に入っても、あんまり気にしないように仕向けました」

「………うん。そうだな。さすがの俺らも、そこまでは大体想像がつく」

 キューさんの言葉は、マサキにとっては少し意外だった。マサキは今まで、二人の仲のことは、オジサンスタッフたちにはバレていないと思っていたからだ。

「姫様の、マサキと喋ってる時の距離感の違い、気づいてないと思ったか? 今、彼女、お前にこれぐらい近づいて話してるぞ」

 マルさんが、両手の間に15センチくらいの距離を開けて、再現して見せる。

「ま、俺たちがマサキをそっちの方向に仕向けたような部分も、あるかもしれんわな。撮影した動画チェックしてる間、若さんと二人っきりになって時間稼げなんて指示して、ホテルで休憩させたりしてた。………若い男がこんな別嬪さんを自由に操れる状況を作っちゃったら、そうなっちゃっても仕方がない面もあるかもしれん」

「俺だって、催眠術を自由自在に使いこなせちゃったりしたら、チャンスがあったら、こうしてたかもしれんな」

 キューさんとマルさんが言葉を交わす。その後で、キューさんはもう一度、マサキに顔を向けた。

「だから、ここまでのことは大体俺たちも理解した。………で、問題はだ。お前、ここから若園芳乃香さんを、どうしようっていうんだ? 心を操って、恋人にでもするのか?」

「………………」

 マサキはしばらく考え込んだ。沈黙は辛かったが、焦って答えるのも違うような気がしたからだ。やがてゆっくりと、3人の先輩たちを見る。

「………本当に正直に、勝手なこと言わせてもらいますと、今は芳乃香さんを恋人にしたいっていう訳じゃなくて、この番組で彼女の魅力をもっともっと引き出していきたいです。催眠術にかかってる芳乃香さんはすっごく魅力的でいつもより可愛らしくて………。それに催眠術企画じゃない時も、僕の暗示を入れると、もっと彼女も生き生きとテレビに映ってて………。それが芳乃香さんの本当に求めてることじゃないかもしれないですけど………。でも最高の被写体で、演者さんで………、被験者なんです。………自分の願望ばっかり押しつけて、本当に申し訳ないんですけど………」

 腕組みして聞いていたキューさんが、溜息をつく。

「番組で若さんの魅力をもっとかぁ………。それで若さんが結果的に喜んでくれるんなら、制作者の俺らは結果オーライかもしれんけど………。ゴンさん、マルさんは、どう思う?」

 マルさんはアフロヘア―をポリポリ掻いて、特に何も答えなかった。充分に間を取って、ゴンさんも溜息をつく。

「わからんっ。………風呂でも入って、考えるか?」

。。

 妙な流れだとは思ったけれど、マサキに断ることは難しい流れになっていた。旅館のフロントに電話をして、家族風呂が空いているか聞く。平日だからか、運良く、貸し切りにすることが出来た。オジサンたちの無言の圧力に屈して、芳乃香さんと果代ちゃんにもついてきてもらうことになる。さらには、キューさんに耳打ちされて、仕方なく暗示をかける。

「今から、スタッフも演者も皆一緒に、お風呂に入ります。混浴はこの温泉のルールだから、何も変なことはありません。恥ずかしがったりするのは、大人のエチケットに反することだから、ごく自然に入浴しましょう。そして芳乃香さんにとっては、これが明日の朝にある撮影のリハーサルでもあります。スタッフのディレクションには、快く従ってください」

 だんだん、このオッサンたちの魂胆が見えてきた。芳乃香とのエッチを黙認してやるかわりに、エロのおこぼれをよこせ…………。そんなところではないだろうか? マサキは本当に真摯に考えて答えを返したことを、ほんの少しだけ、後悔した。

「家族風呂って言っても、イメージよりも小さいですね」

 果代ちゃんが、すりガラスの扉を開けて、一言呟く。

「これだと、皆で湯船に浸かるのは無理だな」

 キューさんが頷いた。

「………あの、別に皆で湯船に入る必要はないと思うんですけど」

 芳乃香さんは、まだ完全に納得がいっていないという口調で、少し頬を膨らませている。

「はい、男性陣は、むこう向いて脱いでくださいね」

 果代ちゃんはこちらに背を向けてTシャツの裾に手をかけると、エイっと捲り上げる。芳乃香さんは、まだ不安そうに、こちらをチラチラと振り返って警戒していた。

「これから皆でお風呂に入るっていうんだから、いちいち気にしてたってしょうがないんじゃない?」

 マルさんが言うと、芳乃香さんがふてくされたように返す。

「確かに『日本の温泉は混浴が当たり前』ですけど、今日は明日の撮影の準備のために皆で入るんですから、そこはちゃんとわきまえて欲しいです。リハーサルに変な気持ちで臨まれると困ります」

 言いながら、ワンピースの背中のチャックを降ろしていく芳乃香さん。オジサンたちはついつい、見えてくる白くてスベスベしていそうな綺麗な背中をチラ見してしまっていた。

「そうですよっ。マルさん、調子に乗らないでくださいねっ」

 果代ちゃんがイーッと威嚇するように歯を見せる。いつの間にか上半身は黒いブラジャーだけの姿になっていた。

 芳乃香さんの下着姿は後ろから見ていても美しい。肩甲骨と背筋のライン、まるで巨人に摘ままれたかのように、キュッとくびれた腰回り。腰骨の下にはむっちりとお尻の肉が優しい丸みを見せている、ブラジャーを外すと、ショーツしか、この美人アナを守る布は無くなる。そしてショーツに手をかけようとして、ふと手を止めて、バスタオルを体に巻こうとした。マサキの隣でマルさんが小さくため息をつく。しかしマサキは芳乃香さんが棚のタオルに手を伸ばした瞬間に、一瞬見えた、横乳の揺れるところをしっかりと目に焼き付けていた。

 彼女のオッパイはこれまでに何度も真正面から拝んできている。それでも、こうしてチラっと見える横乳は、依然として嬉しいものだった。

 正直に言うと、これまで独り占めしてきた芳乃香さんの裸を、職場のオジサンたちにも見せてしまうというのは、悔しい思いがする。悔しさと勿体なさが9割といったところか。それでも1割くらいは違う感情が沸き上がってきていることを意識してしまう。美しく、清純で意識がとても高い女子アナ、若園芳乃香がオジサンたちに裸を見せてしまう。本人が普段だったら絶対に見せたくない、秘密の姿を、マサキの催眠術の力で、晒させてしまう。そこまでに、無防備で従順な状態にして、彼女を弄んでいる自分に、酔ってしまう。いや、そこまでのことをさせてしまう、催眠術の力に酔いしれていると言った方が正確だろうか。

「お風呂で裸を見せたり、ちょっとしたスキンシップくらいは許します。………けど、芳乃香さんのアソコに触ったり、挿入しようとしたりするのは絶対許しません。誰かがそんなことをしたら、僕は彼女の催眠をそこで解いて、この仕事を辞めます。警察に突き出してもらっても結構ですから」

 芳乃香たちに暗示をかける前に、マサキは先輩たちに対して、かなり強い態度で念を押していた。マサキがそんなことを言える立場ではなかったかもしれないが、それでも、開き直ったように、そこだけは譲らない覚悟を示した。オジサンたちにヤラれてしまうことを防げるなら………。多少の露出アップやスキンシップくらいは、芳乃香さんにも許してもらっても良いかもしれない。そんなことを考えているマサキの頭には、まだしっかりとお酒が残っていた。

「……じゃぁ、私たちで皆さんの体を洗いますから、湯船に入る前に、こちらに座ってください」

 バスタオルを体に巻いた芳乃香さんが、オジサンたちを洗い場へ誘導する。椅子にキューさん、マルさん、ゴンさんが並んで座る。『温泉には付き物のスキンシップ』の時間だ。果代ちゃんと芳乃香さんが、働くオジサンたちの背中を流して、ゴシゴシと体を洗ってあげる。『これは当たり前のこと、職場のチームワークを強化するための大事な仕事。』そう自分たちに言い聞かせながら、芳乃香さんと果代ちゃんが健気に手を動かす。いざ『仕事』が始まると、真面目な芳乃香さんは早くも、一生懸命キューさんの背中に円を描くようにして洗ってあげることに没頭している。一方で果代ちゃんは、まだ少し納得いっていない様子で、時々首を傾げながら、自分の年齢の倍以上の年のオジサンの脇腹をスポンジで擦っている。2人とも、仕事に励むほどに、意図せず肌と肌が触れ合う。オジサンたちは表情を崩さないよう我慢しているが、実際は嬉しそうだ。

「はい、………もう、こんなもんです。湯船に入ってヨーシ」

 果代ちゃんが、恥かしさを押し殺すように、オジサンたちの背中をベチンと叩く。芳乃香さんの体に巻かれたバスタオルは、すでに沢山お湯がかかって、体に貼りついてしまっているために、その色っぽいプロポーションを隠せなくなってしまっている。

「………じゃ……。私たちも、体を流しましょうか………。皆さん、むこうを向いていてください」

 体を洗う労働とお湯の熱のせいか、肌を火照らせた芳乃香さんが、男性陣にお願いすると、恥かしそうにタオルを解いて、膝の上に置く。両手で桶を使って、お湯を体にかけていく芳乃香さん。マサキはその姿を、横から見ていた。

 傾く桶から零れ出るお湯が、彼女の肩から足とお尻まで降りていく。お湯が膜のようになって、彼女の体の柔らかそうな曲線を、舐めるように撫でるように、滑り降りていく。その様子は、とても艶っぽく、なおかつ清らかなものに思えた。

 湯船に入ったオジサンたちは、縁に肘をついて、芳乃香さんと果代ちゃんがお湯を浴びているところをボーっと見つめている。彼らの角度からはきっと、芳乃香さんたちの、椅子に押しつけられたお尻の谷間が見えているだろう。

「よし。じゃ、カメラ角の調整させてくれ。若園さん、タオル巻いて、そっちで立ってもらえます?」

 ゴンさんが、ザバーっとお湯を零しながら湯船から立ち上がって出てくる。芳乃香さんが自分の目をゴンさんの股間から背けた。裸だった芳乃香さんにわざわざもう一度、タオルで体を隠させる。

「そこから、ゆっくりタオルの端をズラしていってください。胸元どこまで撮って大丈夫か、確認していきます」

「はっ、はい………」

 強面のゴンさんが演者さんに丁寧に喋っている時は、プロとして真剣な時だ。芳乃香さんも気圧されたかのように肩をすくめて、思わず言う通りにする。困った顔をしながらも、タオルをゆっくり降ろして、オッパイを出していく彼女。乳輪の端が見えたところで、指でカメラのアングルを模した長方形を作っていたゴンさんがストップをかける。

「ここで乳首ね。………了解です。じゃ、今度は横から確認します。右側を向いて、またタオルで胸を隠して、ゆーーっくりズラしていってもらって良いですか?」

 ゴンさんに言われるままに、芳乃香さんがしぶしぶとオッパイの横側を露出させていく。乳輪が出る瞬間のところで、またゴンさんがストップをかける。入念なチェックだった。

「こないだの書き込みにはマイッタよな………。肩越しに恋人の姫様を見下ろしたかったって………。確かにベストアングル、逃しちまったよ。けど、今回はぜってぇ、ベストショットを逃さねぇぞ。明日の朝は、きわどくても、品を無くさない、美味しいショットを、これでもかってくらい撮ってやる」

 いつもはどちらかというと無口なゴンさんが、とり憑かれたかのように、ブツブツと独り言を呟く。その気迫に圧倒されたマサキは、カメラマン権藤さんのことを、改めて見直していた。

「ゴンさん………。単なるエロ目的じゃ、なかったんですね」

「…………当ったり前だろうが………。こちとら、プロだぞっ」

 明日の撮影に向けて、演者さんの体を入念にチェックして、一番セクシーなショットを綺麗に撮ろうとしているゴンさんの姿は、格好いい。そう思って改めて全身を見た時、マサキは、ゴンさんのモノがギンギンに勃起していることに気がついた。

「まぁ、同時に男でもあるがな」

 少しゴンさんらしくない、ぎこちない言い訳だった。

 声の反響度合いやその他の足元からカメラを上げていく時に止めるアングルなど、ゴンさんとマルさんのチェックは細かく続く。さすがに芳乃香さんがモジモジし始めたので、マサキは彼女に「きをつけ」の暗示を与える。酔いが回っているせいか、マサキの操り方も少し雑になっていた。

 指先までビシッと揃えて直立不動の姿勢で固まってしまった若園芳乃香さんは、顔だけ恥ずかしそうにしていたが、オジサンたちに色んな角度から、近くで全裸を観察されてしまっている。マサキは自分の大切なものを他人にジロジロ観察されている悔しさと気まずさとで、芳乃香さんたちから目を逸らして、湯船に首まで浸かった。縁に手をかけながら、果代ちゃんの裸を見たり、天井を眺めたりして、ボーっと時間の過ぎるのを待つ。お酒の酔いと温泉の気持ち良さのせいで、気がついたらウトウトしてしまっていた。

「あの~………、マサキ君ってば………。………………ねぇ…………マサキ君!」

「おわっ……………、はい、すみませんっ」

 寝入りばなに、強い口調で呼びかけられると、マサキは反射的に謝ってしまう。慌てて体を起こすと、湯船の中にいる自分に気がついた。家族風呂の浴室には、もう果代ちゃんやキューさん、先輩スタッフたちの姿はなく、湯船でウトウトしていたマサキと、洗い場と湯船の間の場所で「きをつけ」の姿勢で立ったままの芳乃香さんがいるだけだった。

「もう、皆さん、お風呂出ちゃいましたよっ!」

 芳乃香さんの言葉に少し棘を感じる。

「あ………ゴメンなさい………。僕、寝かけてました………。じゃ、僕もそろそろ出ます」

「………………………あの…………」

 芳乃香さんが、慌てて湯船から体を出したマサキを呼び止める。

「私………、ずっと動けないんですけど……………」

 直立姿勢で裸で硬直している芳乃香さんを見る。マサキは自分が暗示をかけていたことをようやく思い出した。

「あっ…………ゴメンなさいっ。芳乃香さんの催眠が解けて、体が自由になります。…………でも、穏やかな気持ちで、お風呂に入りましょう」

 彼女を自由にした瞬間に、ビンタされたりしないか心配になったマサキは、一応、暗示を追加した上で解放する。すぐに湯船に入る彼女。体が冷えて、鳥肌が立ってしまっていた。それを見て、マサキは申し訳ない気持ちになる。もう一度、彼も湯船に入ることにした。

「え、マサキ君も入るの? ………混浴は…………当たり前のことだけど………、二人っきりだと、ちょっと恥ずかし……」

「芳乃香さん、この指先を見てください。見ているうちに体の力が抜けて、スーッと頭から心配や恥ずかしさ、ネガティブな感情がお湯に溶けていく。ほら、この指先に、何がついているのか、思い出しましたね」

「…………はい………。私の……………、クリ………ト………リス………」

 芳乃香さんはもう、ボンヤリとした視線をマサキの人差し指の先端から離せない。マサキはバシャバシャとお湯の中を進んで、彼女のまだ冷たい体を抱きかかえるようにして、自分の体を密着させた。

「芳乃香さんの好きなことをしていていいんですよ。お風呂の中なので、思う存分、自分を楽にしてあげてください。ここには、貴方と、元、貴方と一心同体だった僕しかいません。何も恥ずかしいことはないです」

 まだマサキが言い終わらないうちに、芳乃香の頭が前に出て、マサキの指をパクっと口に含む。チューチューと、芳乃香が『自分のクリトリス』だと思っている、マサキの指先を吸い始める。いつもながら、一心不乱に指を吸っている時の芳乃香さんは、赤ちゃんみたいに穏やかな表情になっていた。

 だんだんと彼女の体が、内側と外側から温まってくる。マサキはその間、彼女の体を抱きかかえるように自分の体の上に乗せて、時々軽く持ち上げたりしながら、その柔らかい肌がお湯の表面から出たり入ったりするところを見ていた。アンダーヘアーがユラユラと揺れている様を見て楽しんでいた。

 しっかり温まったところで、芳乃香さんと一緒にお風呂を出る。宿が貸し出している浴衣に着替える。彼女のグショグショになっているショーツは穿かせずに、下着なしの浴衣姿。柔らかい曲線を描いている胸元の先端がツンと起きていた。「お風呂でのオナニー」の余韻からか、呆けているような彼女を連れて、部屋まで送っていく、そこで何気なくスマホを確認すると、上司からメールが届いていた。

「チーフマネージャーの柊さんも到着済み。夕飯まだみたいなので、さっきの小宴会場また借りました。二次会やるんで、全員集合! 八時にだよ」

 読んだマサキが固まる。

「うわぁ………。もう芳乃香さん寝かせてあげるつもりだったのに………。まだやるんかい………」

 溜息をついた後で、芳乃香さんにこちらを向かせて、暗示を入れる。部屋に戻ったら新しい下着を身に着けて、浴衣でもう一度出て来ましょう。二次会も嫌がらず、協力的な姿勢で参加する………。もう今日は、とことん流れに身を任せることにした。

。。

 宴会場の個室に芳乃香と一緒に戻ると、宴席には既に全員揃っていた。スーツのジャケットだけ脱いでいる白シャツ姿の柊歩美さん以外は、皆が浴衣姿だ。テーブルにはビールの大瓶とグラスが沢山並べられ、料理も並び始めている。オクラのトロロがけや酢の物といった小品もあるが、唐揚げやソーセージ、コーンのバター焼きにホッケといった、ガッツリ系の料理も並び始めている。オジサンたちは皆、上機嫌だった。肌が異様にツヤツヤしていて、血色が良い。これは温泉の効果だろうか? いや、間違いなく、芳乃香効果も含まれているのだろう。仕事仲間とはいえ、顔もプロポーションも完璧な美女の裸をじっくり見て、背中も洗ってもらったのだ。キューさん、ゴンさん、マルさん。全員がずいぶんと生き生きしていた。乾杯の声も伸びやかで張りがあり、グラスを打ち付け合う仕草も力強い。柊さんや女性陣は愛想笑いで合せていた。

「いやー、マサキは本当に色々とお手柄だよな。見直したっ」

 マルさんに背中をバシバシ叩かれる。

「こっちもお蔭さんで、明日は良い画が撮れる。………お前が、番組を盛上げていきたいって、さっき答えてたのも、実はちょっと響いたぞ」

 ゴンさんにも強引に肩を組まれる。気がつくとマサキは左右からマッチョなオジサンたちに肩を組まれていた。さっきお風呂から上がったばかりなのに、汗が付くし、こちらも汗をかく。………それでも、悪い気はしなかった。またビールを、焼酎のソーダ割りを次々と注がれる。仕方ないので、オジサンたちにもう少しサービスを追加してあげることにした。………さり気なく共犯者を増やしておくのは、悪いことばかりではないだろう。

「じゃぁ……………、柊さん、若園さん、果代ちゃん。僕の目を見て、話をよーく聞いてください。とっても気持ちが楽になる。楽しく心地良く酔うことが出来ますよ。飲んだビールやサワーが体中を巡って、ポカポカしてきます。体中の凝りが解れていく。皆さんは今から、意識は起きていると同じ状態でも、深い催眠状態にある時と同じように、僕の暗示がスーッと潜在意識の奥深くにスムーズに入りこんでいく状態。僕の言うことが皆さんにとって真実。本当のことになりますよ」

 芳乃香さん、果代ちゃんはもちろん。柊歩美さんも目をトローンとさせて、体を若干ユラユラとさせながら、マサキの言葉に聞き入った。

「今から、このグラス。この空のグラスは皆さんの口そのものになります。このグラスが触られると、感触が皆さんの口に伝わる。だってこのグラスは、皆さんの口、そのものですから。ホラ、いまそうなった。目を覚まして、自分の席からは離れずに見てみてください」

 マサキがグラスの底をテーブルに軽く打ちつけて、コツンと音を立てると、それが合図になる。柊さんや芳乃香さんが、瞬きをしながら、テーブルの上に見入った。

「こんな風に………。ほら、ね」

 マサキがグラスの縁を指でペタペタと触ると、「うぅっ」と芳乃香さんが声を漏らす。自分の唇を手で押さえていた。急に唇を男の指で触れられた感触が不快だったのか、柊さんも小さく呻く。若い果代ちゃんは「わっ」と素直に声を出した。

「キューさん、このグラスでお水でも飲みますか?」

 マサキの言いたいことをすぐに理解してくれるプロデューサーが、嬉々としてグラスを受け取る。やめてくれと言わんばかりに、芳乃香さんや柊さんが手を伸ばしたが、グラスは色黒のオジサンに手渡される。必死にグラスを取り返そうと腰を浮かす芳乃香さんに、マサキが尋ねた。

「ただのグラスですよ? 別にいいじゃないですか」

「そうなんだけど………、でも…………、あのグラスだけは駄目なの…………。駄目っ。駄目だってばぁぁ……………あぁああっ」

 大げさに純情そうなキス顔を作って、ゆっくりと自分の口元へグラスを近づけていったキューさんが、芳乃香さんの制止も聞かずにグラスの縁に自分の唇を押しつける。パクっとグラスの縁を、上と下の唇で咥えこむ。柊さんが両手で顔を覆って、テーブルに突っ伏した。芳乃香さんは仰け反って身悶えして、体を震わせている。果代ちゃんは頭を引きすぎて、後頭部を壁にぶつけてうずくまる。三者三様のかたちで50過ぎの久米島プロデューサーとのキッスを嫌がった。

「マルさんもせっかくだからどうですか? このグラス、なかなか唇の触れ心地が良いですよ」

 キューさんに振られると、マルさんも喜んで乗っかる。

「おー、そりゃ是非。僕はこう見えて、舌遣いも結構自信があるんです」

 女性陣から悲鳴が上がる。

「駄目駄目っ。そんなことっ。絶対駄目ですっ」

「お食事中ですよっ。やめてくださいっ」

 芳乃香さんたちが騒ぎ始めたので、キューさんが手のひらでグラスにピタッと蓋をする。なぜか芳乃香さんも柊さんもピタッと抗議の声を止めてしまった。二人ともなぜ自分が声を出せなくなっているのか、あまり頭では理解出来ていないようだったが、困った顔のまま、静かになった。

「じゃ、失礼して……。ここは紳士的に。…………レロレロレロレロ、レロレロレロッ」

 まったく紳士的でない舌遣いで、グラスの内側を全部舐めまわすマルさん。芳乃香さんが身震いしながら、のたうち回る。柊さんは生気を失ったようにバッタリと倒れこんでしまった。果代ちゃんはまだ、後頭部を両手で押さえてうずくまっている。

「これは………、こうしちゃ、いられんっ」

 不意にマルさんが、グラスをキューさんに返して、ダッシュで宴会場を出ていく。その後ろ姿を見送ったキューさんは、グラスの他に、手に黄緑色の物体を持っていた。「バミリ」をするための布テープだ。上からマジックで字が書けるタイプのテープ。そのテープをグラスに貼って、キュッキュと、油性ペンの筆先を走らせる。

「これで良し。………と」

 キューさんがテーブルに置いたグラスに貼られたテープには、『若園さんのオクチ』と書かれていた。精神的ショックからやっと立ち直ってきた芳乃香さんや柊さんが気がついた時には、テーブルの上には『柊さんのオクチ』、『若園さんのアソコ』、『柊さんのアソコ』とそれぞれ書かれたグラスまで並んでいる。美人たちの目が一気に覚めた。

「何してるんですかっ。久米島さんっ。食事の場でこんなこと………。若園さんも、そこの、………隠したらどう?」

 アソコと書かれたグラスが、テーブルの上、パックリと口を開けて丸出しになっているのを、何とか手を伸ばして隠そうと慌てる二人だが、席から離れないというマサキの暗示のせいか、あと少しというところでグラスに手が届かない。

「いやっ………………。ひ、柊チーフだって、そこで、出ちゃってますよ」

「わかってるけど、ここの席から、離れるわけにはいかないのっ。………お願い、誰か隠してくださいっ」

 いつもは冷静沈着、颯爽とした物腰が格好良い、クールなキャリアウーマンの切羽詰まったお願いに、キューさんが対応してあげる。手近にあった小皿を空けて、裏返しにして『柊さんのアソコ』グラスの上に被せてあげた。やっと柊さんが、安心の溜息をついて肩を下ろす。

「あれ、………そうすると小皿が足りなくなっちゃった。………じゃ、ちょっと失礼して、こっちのソーセージは、空のグラスに………」

「キャーーーーァァァッ」

 今度は芳乃香さんが、頭を抱えて悲鳴を上げる。キューさんが、小皿が足りないからとソーセージを入れたグラスには『若園さんのアソコ』と書かれたテープが貼ってある。そして、グラスに突っ込まれたソーセージがゴロリと向きを変えると、そこにも黄緑色の布テープが貼られていて、『ゴンさんのアソコ』と書かれていたのが、芳乃香さんの目に入ったからだ。

「すぐ抜いてくださいっ。………こんなのっ、駄目ですっ」

「…………………そんなに嫌がられると、ちょっと傷つくなぁ………。たかがグラスとソーセージだけど………」

 隣で飲みながら事態を見守っていたゴンさんが、ボソッと呟いた。

「じゃぁ、芳乃香さんのたってのお願いを聞いて………。ちょっとこっちに置かせてもらいましょうか」

 キューさんが、ソーセージを『芳乃香さんアソコ・グラス』から取って、今度は小皿の蓋を外した『柊さんアソコ・グラス』に入れる。柊さんがイヤイヤと首を左右に振って、目に涙を浮かべて身を捩る。普段の気の強い彼女の姿勢と比べると、意外と弱々しい反応だった。少し安心しかけた芳乃香さんだったが、今度は空になったグラスに『久米島Pのアソコ』とテープの貼られたソーセージが突っ込まれて、また悶絶する。

「どうでもいいけど、キューさん。アンタ自分のソーセージ、俺のよりも大きめのサイズを選んでテープ貼ってないか?」

 ゴンさんが口にする。本当にどうでもよいことだったが、オジサンたちの間でもこういうのはセンシティブな問題なのかもしれなかった。しょうもない小競り合いが始まるかと思ったところで、襖がスーッと開けられる。マルさんが肩で息をしながら駆けこんで来た。

「お待たせっ。皆。仲居さんたちには、こっちから声かけるまでは、放ったらかしてくれって、頼んどいたよ。………まだ遊んでんだよね。これも混ぜてくれよ」

 マルさんがテーブルに出したのは、テキーラなど、強いお酒を飲むためのショットグラス。お猪口くらいの大きさのグラスに、神妙な顔つきで、『若園さんのアソコ』というテープを貼り替える。ボイスレコーダーまでテーブルにセットして、ソーセージを押しこむ。3本目のソーセージには『マルさんのアソコ』というテープが貼ってあった。

「駄目ぇええええっ。そんなおっきいの、入らないです~」

 身を仰け反らして、芳乃香さんが悲鳴を上げる。マルさんは正座して両目を閉じて、芳乃香さんの絶叫をシミジミと聞き入った後で、一度合掌してからレコーダーの録音停止ボタンを押した。

「おっ。俺にも貸してくれよっ」

 ゴンさんがもう一つのショットグラスを奪い取ると、『柊さんのアソコ』テープをそちらに貼り替えて、自分の名前のテープが貼られたソーセージを挿入する。

「ひぃぃっ。無理無理無理っ。入らないってばっ。おっきすぎっ………壊れちゃいますぅっ」

 泣き叫ぶ柊さん。ゴンさんもマルさんも、なぜかキューさんも一緒に、両目を閉じてウットリとその声を鼓膜に刻み込んでいた。感動巨編の映画を見終わった後のように、オジサン同士で無言で頷きあう。マルさんとゴンさんはなぜかハグをしていた。50過ぎのオヤジたちの、奇妙に美しい光景が広がる。二次会はまだ、始まったばかりだった。

 マサキもちょっとソフトに、美女たちにイタズラさせてもらう。『芳乃香さんのオクチ』、『柊さんのオクチ』と書かれた、2つのグラスの片方に焼酎を少し入れて、口同士をツンツンと何度もくっつけて見せる。芳乃香さんと柊さんは手で口元を覆って、上体を反らしてお互いから距離を取ろうとする。

「ちょっと、チーフ………。酔ってます? ………私、こういうの………。困ります」

「あ………貴方でしょ? 若園さん………。悪いけど私、こういう趣味はないから………」

 問答無用に、くっつけ合ったグラスの上下を何回かひっくり返す。2つのグラスの中を、透明な液体が何度も行ったり来たりする。気がつくと、芳乃香さんと柊さんは無言になって赤い顔をお互いから逸らしていた。固い絆で結ばれていたはずの2人の間に、微妙な空気が流れ始めていた。このまま2人が疎遠になったりしたら可哀想なので、マサキは2人の仲直りを手伝うことにする。今度は『柊さんのオクチ・グラス』を『芳乃香さんのアソコ・ショットグラス』に飲み口の縁をくっつける。

「………やだ………。チーフ、本当にやめてください。………こんなの………駄目です」

「………私だってしたくてしてるんじゃ………、あんっ。若園さんも、やめてよっ………やんっ」

 柊さんの『アソコ・ショットグラス』も芳乃香さんの『オクチ・グラス』と密着させる。縁同士をずらしたり押しつけたりしているだけで、2人の美女がくぐもった喘ぎ声を漏らしながら、悶え始める。体同士は2メートルも離れているけど、意識の上では2人は今、強制的なシックスナインに突入させられていた。芳乃香さんが身を捩らせるたびに、浴衣の裾がはだけて、パステルピンクに火照る肌が見える。柊さんのカッターシャツが汗で肌に貼りつく。2人の喘ぎ声から困惑の色が薄れていって、だんだん、快感に身を任せるような、純粋に快感を噛みしめる、女の色が濃くなっていく。

 美女たちが体をクネらせながら、自分の席で悶えている。男に一方的に嬲られるのではなくて、女同士でじっとりと快感を高めあっていく、濃密で背徳的な空気が漂う。そんな中、マルさん、ゴンさん、キューさんは、ヘッドホンを交代で装着しては、さっき録音したばかりの声を高音質で聞き返し、それを肴に旨そうに酒を飲んでいた。果代ちゃんは後頭部の痛みが治まったようで一度体を起こしたが、自分の『オクチ』、『アソコ』と書かれたテープの貼られたグラスに、無造作にオジサンたちの名前が書いてあるソーセージが何本も差し込まれてあるのを見て、完全に気を失ってしまった。

「柊さん、芳乃香さん。暑くなったら、服を脱いでも良いんですよ。今さら、オジサンたちに下着姿を見られたって、恥かしがるような仲ではありませんよね? 素直にそう思えたら、シャツもスカートも浴衣も、自分で脱いでいきます。そうすると、気持ち良さがさらに増していきます」

 おずおずと、柊さんと芳乃香さん。2人の絶世の美女が、服を脱いでいって下着姿になる。マサキにとっては、この「半覚醒」の状態で操って遊ぶのがブームだ。声色一つの変化で、これまで普通に会話していた彼女たちが、マサキの暗示を受け入れていく。このトランスに入っているのか抜けているのかわからない状態というのはまるで、ウイスキーグラスのなかで氷がゆっくりと解けて、お酒と水とが混じり合って淡く色合いを変えていく過程を楽しんでいるようだった。

 目を閉じて、美女たちの声を聞き返していたオジサンたちも、ブラジャーとショーツだけの半裸状態になった彼女たちを見て、また色めき立つ。器用に小さなテープの破片に『芳乃香さんの乳首』と書いたキューさんが、コーンの粒に貼り付けて、ペロペロと舐め始める。芳乃香さんが胸元を抑えて、肩を震わせて喘ぐ。見る間に『柊さんの乳首』、『果代ちゃんの乳首』、『芳乃香さんのクリトリス』、『柊さんのクリトリス』と、テープの端を貼られたコーンの粒が、テーブルに並べられていく。『柊さんの右足』、『左足』と書かれた塗り箸が開かれたり、角度を変えられると、柊さんは自分の席からは離れずに大股開きになったり、右足を天井に向けてピンッと伸ばしたりと、床体操の選手の様にポーズを変える。即座にスペースを広くとるために、ゴンさんとマルさんの手によって、テーブルの位置がズラされていく。このオジサンたちのアイディアとチームワークは一体、何だろう。バラエティ番組の制作現場に何十年も携わっていると、ここまで即座に柔軟にアドリブで動けるものなのだろうか。マサキは秘かに感心してしまっていた。

 マルさんが持っていた革の巾着袋から、音叉や十得ナイフが取り出される。この音声マンは録音中に自分で雑音を立てないように、小物をいつも、革の袋に小分けして持っているのだ。その巾着袋の口を締めた部分に、『芳乃香さんのオシリの穴』と書かれたテープが貼られると、美人女子アナは下着姿のままお尻に両手を当てて恥ずかしがる。皆の注目が自分のオシリの穴。それも剥き出しにされた肛門に集まっていると思い込んでいる彼女が、体を捩って恥ずかしさに身悶えしている。するとそれを宥めるように、キューさんが巾着袋を座布団の下に隠してあげると言う。だが、隠す前に、巾着の口の部分にベットリと、小皿料理のトロロを擦り付けた。しばらくは手を膝に置いて、お行儀のよい姿勢で我慢していた芳乃香さんだったが、次第にムズムズとお尻を、居心地悪そうに座布団や壁に押しつけて擦り始める。痒くて仕方がないということが、恥かしくて口に出来ないようだった。

『柊さんのオシリの穴』と書かれたテープを貼られた、革の巾着袋の口に、マルさんが人差し指を突っ込む。優秀なことで知られる、知性派キャリアウーマンが、「きゃぁっ」と可愛らしい声を上げて膝で飛び上がった。

「ちょっと湿らせた方が良いですかね?」

 マルさんが、私物の革の巾着袋のすぼんだ口をペロッと舌を出して舐めると、柊さんが両手で顔を覆いながら、もう一度、膝で飛び上がる。マルさんが湿った巾着の口に人差し指をズズズッと入れていくと、柊さんはすすり泣くように、膝立ちになって、両手をついて四つん這いになって、痛みと不快な感触に耐えながら呻いた。この姿勢の方がお尻からくる刺激に対して、踏ん張りが効くのだろうか?

「もうちょっと、ゆっくり。………そーっと、入れてください…………。そう………。そうです。ここから、一気に入れちゃ駄目ですよ。………お願いですから、慎重に………。そう。……あ、グリグリしないでくださいっ。もっと優しく、そーっと入れてください。………そうです………その調子………。やっ。急に抜こうとしないでっ………ゆっくり………あ………もう………。出し入れしないで…………」

 額に汗を浮かべながら、柊さんが、マルさんの指を入れる動作に、細かい指示をする。いつの間にか、指を入れられること自体は受け入れてしまっているのが、マサキには可笑しかった。切羽詰まると、柊歩美さんほど優秀な人でも判断の視野が狭まってくるのだろうか? それとも、彼女くらい頭が良い人だからこそ、指を入れられること自体を拒否することが出来ない状況を理解して、少しでも自分を守れる選択をきちんと見極められているのだろうか? よくわからないけれど、とにかく、エロいと思ってしまった。ヴァイオレットのゴージャスな下着姿で、四つん這いになった彼女が、シャム猫のようにツンとお尻を突き上げて、腰を振って身をくねらせる。想像上の肛門に指を突っ込まれていく不快感と痛み、恥辱に身悶えしながら、少しでもスムーズに優しく入れて欲しいとお願いしている姿は、イヤらしくて、艶めかしくて、非常にそそられるものだった。

 マサキが芳乃香さんに目を移すと、彼女は苦渋の選択の末に、テーブルの上に自分のショーツを載せて、巾着袋とショットグラスに被せていた。ブラジャーだけを身に着けた状態で、小宴会場にいる自分。『テーブルに置かれた自分のアソコと肛門』をショーツで隠せたという不思議な安堵感。まだ消えてくれないお尻の痒み。乳首やクリトリスを追いかけてくる甘痒い刺激。全てが彼女を悩ませているようで、何度も首を傾げながら、納得のいかない表情で机の上の自分の下着を見つめながら悶えていた。

 その晩、コーンの粒を甘噛みされたり、何度もソーセージをショットグラスに出し入れされたりしているうちに、芳乃香さんも、歩美さんも、我慢出来なくなって、イってしまった。それも1回ではない。3回も4回も、柊さんは穿いたままのショーツがほとんどシースルーのように濡れて透け透けになってしまうほど、愛液と潮を噴いて、白目を剥いて失神した。芳乃香さんは、お風呂に入る前にも潮を噴いていたのに、まだ何度も、テーブルに飛沫が跳ねるほど盛大に噴いて、ぐったりと倒れてしまっていた。

「セックスは絶対にさせない」という、マサキの宣言は守られた。オジサンたちは芳乃香さんどころか、歩美さんにも果代ちゃんにも、ほとんど指一本触れなかった。それでいて、今まで言わせたかった台詞を口にさせて録音までして、じっくり弄んで、何回もエクスタシーを味わわせた。彼らの執念と創意工夫、チームワークに、マサキは舌を巻いた。見事なエロオヤジ道の求道者たちだと思った。

 けれど、ああなりたいとは、全く思わなかった。

。。。

 翌日の温泉レポート撮影は、予定通り早朝6:00から始まった。若園芳乃香アナはバスタオルを1枚身にまとっただけの姿で、颯爽とレポートをする。吹っ切れたように、快活な笑顔で、内風呂に浸かって泉質や趣ある温泉の佇まいについて感想を述べる。日の出の時間になると、露天風呂へ出て、白みゆく空の色、まだ肌に少し冷たい空気が徐々に温まっていく様子、そして登っていく太陽が波うつお湯の表面に反射するところを、感動の声とともに伝えた。かけ湯を繰り返して、タオルが少し透けるように肌に貼りつく様子、タオルの裾から太腿が覗く様子を撮られても、少し恥じらいつつも堂々としている彼女は、かえって清々しい。

 これほどスムーズに芳乃香さんが、抵抗のあるはずだった温泉レポートを出来ているのは、理由がある。カメラの後ろで、信頼するチーフマネージャーの柊さん、そしてメイクの果代ちゃんも、同じくように裸にタオル一枚の姿だからだ。柊さんに至っては、バスタオルではなく、フェイスタオルで胸元を隠しているだけなので、ほとんど下半身は丸出しになっている。2人とも、これが『温泉レポートを見守る際の当然のドレスコード』と思い込んでいるので、笑顔で芳乃香さんを応援している。その2人の姿勢が、若園アナの背中を押してくれている。スタッフのオジサンたちも、裸で腰に手ぬぐいを巻いただけの姿だ。その、妙に照れ臭い親密な空気は、しっかり芳乃香さんの表情にも、映像にも表れている。

「もう、本当に素敵な温泉で、身も心も、とことん解放的になってしまいますね~。ほらーっ」

 露店風呂の岩縁に乗り上げて、仁王立ちになった彼女は、外の景色に顔を向け、カメラには背中を向ける。仁王立ちになった彼女がバスタオルをガバッっと広げる。もし、外の山側に人がいたなら、彼女の全裸が完全に見えてしまっていたはずだ。カメラからはその裸のシルエットだけがバスタオルを通して映っていた。アナウンサーによる温泉レポートの歴史に、新たな1ページが刻まれた瞬間………とは、ならないのだろう。やはり彼女の清楚でお淑やかなイメージを壊しかねないシーンは、無情にもカットとなってしまうに違いない。

 それでも、マサキはしみじみと実感する。暗示をかけた訳でもないのに、芳乃香さんは撮影スタッフたちの前で、バスタオルを解いて肌を晒した。昨日の混浴の記憶、イクところを見られた記憶は、思い出すことが出来なくても、彼女をジワジワと変化させていく。ゆっくりと、しかし着実に、催眠術の力は、若園芳乃香アナウンサーを変えていくのだ。もしかしたら、撮影スタッフのオジサンたちも、新藤マサキ自身をも。

<6話目に続く>

7件のコメント

  1. 読みましたー!
    マサキの危うさと同時に、撮影スタッフの人たちも海千山千の兵であるところが、全体としてのバランス感覚として非常に良かったです!
    というか、編集会議での空気の読めてなさがいたたまれない……w
    これ、もはやブレーキの壊れたトラックみたいなマサキの舵を取れる人がいないと、まっしぐらに破滅に突き進んでいきそうな感じですね。
    アキミチさんの言う一種の破滅願望なのか、あるいは単に若さからくる危機意識の不足故なのかは分かりませんが。(多分後者)

    MC的なシチュとしては、柊さんに対して、「自分の信奉者だから、本人が気付いていない自分の考えまで理解してくれている」というのが最高に大好きです。
    こういう「相手に受け入れてもらいやすい理由付けをして自分の思い通りに操る」って、すごく征服している感じがして!
    あと、番組撮影での、仁王立ちでがばっとバスタオルを拡げさせるやつ、温泉絡みだとぜひ一度やってみたい奴です!
    体の一部を別の物体に移す、というのも定番ながらとても濃厚に描写されて、永慶さんのこだわりが伝わってきます。
    席から離れる訳にはいかない状態で、テーブルの上のグラスを必死で隠そうとする反応とか、とても興奮します。

    そして、まさかのキューさんの催眠シーン。
    これ、恐らく最初からこうやってマサキの所業を問い質す魂胆だったのだと思いますが、本当に見様見真似でやってのけたとしたら恐ろしい才能ですね。
    正直マサキ本人よりも、周りのスタッフの方が肚が読めない分、かなり厄介な感じです。
    ある程度撮影も自由にできるようになり、芳乃香に色々してきたこともスタッフに共有され、話が広がってきた今回。
    ここからどう展開していくのか、次回も楽しみにしています。

  2. 読ませていただきましたでよ~。
    ぐぁぁぁぁぁぁ・・・
    指一本触れてないのにNTR感が酷いw
    独占スキーなみゃふには柊さんへの導入からの落差が激しすぎでぅ。
    確かに体には手を出してない。手を出してないんでぅけど、主人公以外が好き勝手してる状況、やっぱりみゃふには厳しいでぅ。(永慶さんの描写力もあってマサキくんが言うまで触れてない事に気づいてなかったw)
    下のやつが誰かを好き勝手してたら上の人はやはりそれを掠め取るんでぅよねぇ・・・(まあ、掠め取るっていうかご相伴に与る感じなんでしょうけど、みゃふからすればどっちも同じw)
    でも操ってる内容は勉強になるんでぅよね。”口”とか”アソコ”とかを物理的に色々することで反応をフィードバックさせるとか、擬似的に強制操作で69するとか素晴らしいと思いましたでよ。
    エロへの創意工夫はおじさんもエロガキも変わらないと思い知らされましたでよ。(おじさんのほうがねちっこいだろうけど)

    マサキくんにはこっそり支配していて欲しかった所でぅが、キューさん達を支配するなんて言うのはキャラ的になさそうだし、知られたのが痛かったでぅね。
    せめて、この先は宴会が無いと良いなぁw

    柊さんへの瞬間催眠、素晴らしかったでぅよ。本当に。
    それだけに落差で更にダメージがでかいw

    次回は独占してますように(おい)

  3. 第5話読ませていただきました。

    妙齢のキャリアウーマンを堕とす、マサキ君やってくれましたねー。
    「本人の嫌なことはさせられない」という催眠術の常識を逆手にとって
    「本人の声だからこれは嫌なことではないのだ」
    「あなたは術師に打ち勝った、術師はあなたの言いなり、だから術師の言うことはあなたの意思」
    とねじ曲げていくのはたしかに才能あると自惚れてもいいでしょうね。

    しかしアキミチ師匠はなんと20秒ですか、おそらく驚愕法とはいえタクマ先生もビックリの神業ですね。
    アキミチ師匠がどのようにここまで能力を開花させたかも気になりますが、
    それはまた別の機会で語られることをうっすら期待しております。

    それにしてもマサキ君は「一途」ですね。
    柊さんにも果代ちゃんにも恥ずかしいことはさせていますがノー挿入。
    私だったら据え膳食わぬはなんとやらで絶対つまみ食いしてます笑
    悪いオジサンたちにも芳乃香さんには最後まで手をつけさせないと思いますが、
    柊さん果代ちゃんは「まあいいか」になりそうな感じも…
    特にキューさんはさすが百戦錬磨のプロデューサーだけあって、
    マサキ君がいなくても催眠誘導できちゃいそうですから、
    うかうかしてるとこっそり食べられちゃうかもしれませんね。

    第6話も楽しみにしています。

  4. いつも素晴らしい作品をありがとうございます。

    初めてコメントさせていただきます。かつて、大人のための催眠術さんでタクマ学校に出会って衝撃を受けて以来ファンとなり十数年、
    楽しく作品を拝見させていただいています。

    さて、自分もショー催眠が大好物でショー催眠でアナウンサーというと山〇美江さんのかかりっぷりを思い出します。あと、タレントだと
    眞鍋か〇りさんとかw。どうも自分は普段絶対にそんな行動をとらない人物をあやつるというギャップに弱いみたいです。タクマ学校だと
    タクマの伯母やビールス・パニックだと重野千春警部補など大好物です。
    今回の作品もツボにドストライクな作品で今後どう展開していくか楽しみです。マサキ君無双を期待しています。

    次回も楽しみにしています。

  5. >ティーカさん

    いつもありがとうございますっ。
    編集会議のシーン。いたたまれない思いをさせてしまってすみません。今、マサキは催眠術のことにまっしぐらで、ほとんどそれ以外のことが見えていない状態ですね。それくらい怪しい引力も魔力もある技術ということで、このように書いてみたくなりました。でも、魔法や超能力ではないので、ポイントを押さえると、素人にもかっさらわれるリスクがあるという(笑)。

    これが私にはMCフェティッシュの中での催眠術のスリリングさと面白さの1つだと思っているのですが、「別にエロ小説の中でそこを強調してもらいたくもない」という方もいらっしゃいますでしょうから、そこはもう、すみませんというものです、はい。

    ただ、そろそろ終盤です。もう1つくらい展開がある予定です。面白がって頂ければ本当に嬉しいです。ではでは!

    >ティーカさん

    やっぱそうですよねー。ごめんなさーい!
    催眠術が銃だとすると、これを手にして気弱な男の子がイキっちゃったり、逆に銃が奪われると一気に窮地にっていうシーンで揺るがされたりすると、よりこの道具の威力が際立つと思うのですが、そのシーン、見せられて萌えるかどうかは、そうとう人を選びますよねっ。独占好きは一番、ギャッとなるシーンだと思いました。ホントすみません。プロデューサーのオッサンに催眠誘導の主導権を奪われたシーンについても、導入や暗示の横展開は全部マサキがやってる訳ですが、ポイントを押さえて横取りされると、ギョッとなりますよね。

    感覚転移という、ショー催眠のお約束を、終盤付近でもしつこくやらせて頂きました。ありきたりな暗示でも、色々詰め込むと、まだ味がします(笑)。食べ物で遊んでしまってゴメンなさいです。

    >きやさん

    ありがとうございます。アキミチは本当に、催眠術のお化けみたいな存在になってしまいました。この人が主人公の話となると、本当にカタルシスが無いか、あるいは逆に物凄く展開の鈍重な話になってしまうかもしれません。けど思い入れを持って頂いて、本当にありがとうございます。作者冥利に尽きるというのと、あと再度、彼の痕跡を出して良かったなと思います。
    久米島プロデューサーが催眠誘導できるかというと、基本、マサキの導入と深化に乗っかっただけなので、再現は難しいと思っております。でもそろそろこの話もエンディングが近いですので、このままお楽しみ頂けましたら、本当に嬉しいです。

    >あやつり右近さん

    はじめまして!お声がけ頂きまして、本当にありがたいです。「大人のための催眠術」サイトの頃から読んで頂いていたとのこと。とっても励みになります。あのサイトに投稿していた頃は、あちらに催眠術小説、こちらE=mc^2に催眠以外のMC小説と、書き分けておりました。その頃は、十数年後にすっごくオーソドックスな催眠術小説をこちらで書いている自分は全く想像しておりませんでした(笑)。

    山〇美江さんや眞鍋か〇りさん、私の妄想のタネの1つです。他に秋〇淳子さんや河野〇子さんが操られるシーンも好きだったため、マーティン先生が亡くなったあとでも、こんなお話書いておりますです。間もなく話も最終盤に向かいます。ご期待に添えるものでしたら嬉しいですが、また気が向いた時に、お気に召す話がありましたら、気軽にお声がけ頂ければ嬉しいです。それではまた!本当にありがとうございますです。

  6. 読ませていただきました。
    中年オヤジーズがキャラ立ってて、オッサンたちも催眠術の餌食になっちゃって操り人形になっちゃったら寂しいなぁって思ってたら、まさかの共犯体制で嬉しい。

    ヒロインは独占したーい欲はありますが、心のどこかでNTRもいいかなって気持ちがないとNTRされたとき心が壊れてしまうのはアキミチ師匠も仰ってますからね!

    チーフマネージャーが堕ちちゃっいましたから、これは事務所の他の女性陣も連鎖的に・・・。

    催眠って秘められた場所でこっそりやってるイメージと、TVや舞台ショー的なオープンでやるイメージがありますが、術者がTVスタッフということで両方を満たしていけますね。その分書くのは大変でしょうが。

    さておき、次回期待しております!

  7. >慶さん

    ありがとうございます!
    有名人をAD君が長期に渡ってゴニョゴニョと考えると、
    よっぽど熟練の術師とか狡猾な人でないと、一人で独占し続け、かつ派手に遊ぶというのは難しいかと思い、共犯体制が出来ました。ただまぁ、共犯は共犯でリスクもありますので、終盤に行くにつれ、話はAD君へフォーカスしてまいります。
    柊歩美チーフマネージャーは、事務所の役員待遇でもあるので、ここを押さえている限りは、事務所側からのクレームはもう出ないということで、こっちの攻略も済んだこととしております。では終盤に何の展開があるか、あいから割らずダラダラ書いていて恐縮ですが、頑張って読んで頂ければ大変嬉しいです。

    感想ありがとうございます。大変励みになります!

    永慶

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