佐伯弥生さんの住まいは、図書館から車で15分ほどの場所にあるらしかった。図書館の閉館後に、彼女の運転する小型車(トヨタ・アクアと言うらしい)に乗せてもらう。助手席に座った健人は、緊張しながらも運転する彼女と肩を並べて同じ方向を向いて座る、その時間を楽しんだ。これほど狭い空間に家族以外の異性と2人きりで入りこむこと自体が、久しぶりだと思う。運転する彼女と、道のことなど、他愛のない話をする。けれど、その間にどうしても、チラチラと、彼女の胸元や体を、意識して視界に入れてしまう。今日の昼下がり、彼女の休憩時間の間に、小部屋で催眠術を掛けさせてもらった健人は、彼女の意識と行動を操って、その美しい裸を見た。罪悪感を抱えつつも、どうしてもその時の光景を思い出しながら、それが現実だったことを確かめるかのように、彼女の白いセーターやベージュのロングパンツの奥から醸し出される曲線と、記憶の体つきとをなぞってしまうのだった。
「古いアパートなんです。あまり片付いていないし………」
佐伯さんは何だか恐縮するように、あるいは言い訳するように、健人に予め説明する。見えてきたアパートは、確かにそれなりに年季は入っているものの、洋風の屋根と飾り窓がついた、オーナーに何らかのこだわりがあって作られたらしい建物だった。
「でも、お洒落そうじゃないですか。………素敵なところに見えますよ」
「一人暮らしとしては、ちょっと広めの間取りということで選んだんです。………それなのに、片付いていなくて、恥ずかしいです………」
佐伯さんは、自分でもまだ完全に腹落ちしていないといった様子で話す。もしかしたら心の中には、どうして自分がこんな形で年下の男性を急に家に案内しているのか、疑問が渦巻いているのかもしれない。
「………どうぞ、お入りください。…………何にもお構いできなくて恐縮ですが」
白い階段を2階へ上がり、階段から4部屋めになる、角部屋の前に立ち止まると、鍵を取り出して開けた佐伯さんは、サーモンピンク色に塗られた木のドアを開けて、健人を迎え入れてくれる。ドアの向こう側、佐伯さんの家の中に入った健人は、最初にほのかに香る爽やかな匂いに気がついた。何かの花の香りのようだ。
リビングは白い床と白い壁。趣味の良さそうな食卓テーブルと椅子が置かれている。ソファーはレモン色。ローテーブルも白で統一されていた。ソファーに60センチほどの、ダックスフンドの枕兼ヌイグルミのようなものが置かれている。この点は普段図書館で見る、佐伯さんの凛としたイメージとギャップがあって、可愛らしかった。テレビは置いていないようだ。その他は、本棚と本。床に横積みされている本もある。
「やっぱり、本がお好きなんですね………。沢山ある」
健人がそう言うと、佐伯さんは溜息をつきながら小さく微笑んだ。
「キリが無いから、整理しないといけないといけないとはわかっているんですが、どうしても溜まってしまって………。隣の書斎兼寝室なんて、本だらけで、とてもお見せできるような状態じゃないです………」
「佐伯さんのおうちの本を整理してくれる、司書さんが必要ですね」
健人が言うと、佐伯さんがプッと噴き出した。
「うふふっ………。本当にそうですね………」
佐伯さんの笑顔は驚くほど健人の心を温かく解してくれる。普段は少し、整いすぎている美形のために、健人は独りでに対面していて緊張を感じるほどだが、その美貌が笑顔にほころぶと、健人の心は安らぎながらも浮き立つ。本棚に並ぶ本の背表紙を見ていると、何冊か、健人も読んだ本が目に入る。大衆的な人気小説家の作品から、ある時期に話題になった海外の文学作品、そして近代文学など、思った通りの守備範囲の広さだ。ハウツー本や自己啓発系の本は少ないが、エッセーや漫画などもカバーしている。
彼女と一緒に働いているパートタイムの司書さんは、お薦め本のコーナーに、自己啓発系の本ばかり並べていたのに比べると、どちらかというと佐伯さんは昔から、分厚い小説を並べることが多かった。その点を指摘してみると、佐伯さんは頷いた。
「私、自己啓発系の本って、ちょっと駄目なんです。………影響されすぎちゃって、疲れちゃう。…………あと、実録戦争ものとかあまりに重くて残酷な内容だと、敬遠しちゃいますね。結構、読んだものにドップリ影響を受けて、引きずっちゃうんです」
健人は、佐伯さんの言葉に同調する相槌を打ちながら、なおも彼女の本棚を興味深く見させてもらう。
「…………他の人に自宅の本棚を見られるのって、やっぱり何だか恥ずかしいですね。………まるで自分の頭の中を覗かれているみたい………」
「あとで…………。佐伯さんに催眠術を掛けてもらったら、僕の頭の中も覗かれちゃうかもしれないから、おあいこということで…………」
健人がそう言うと、佐伯さんは笑顔で溜息をついた。
「催眠術…………。そうでしたよね………。そのために、君沢さんにわざわざ片付いていない、私の自宅までお越し頂いたんでした………。紅茶かコーヒーを入れますから、その後で、試してみましょうか? ……………君沢さんはどちらがお好みですか?」
食器棚に体を向けた後で、何気なく健人の方を振り返る佐伯さん。その彼女の視界を覆い隠すように、手のひらを彼女の目の前に広げた。
「佐伯さん、はい、深い催眠状態に入る。眠ってくださ~い。体の力がどんどん抜ける。僕の方へ倒れこんで良いです。しっかり体を支えますよ」
手で急に視界を塞がれて、見開いた彼女の目、その瞳孔が収縮するのに合わせて、かざした右手を握りこむように指を鳴らす。一瞬、彼女の体が緊張で強張った後で、その反動のように力が抜けていく。佐伯さんはまるで昏倒するように向かい合う健人の方へ倒れこむ。健人が受け止めると、そのまま体を預けるようにして、ズルズルと膝から崩れ落ちる。
両腕がダランと垂れる。その肘の内側あたりを僅かに揺すってみると、指先までブランブランと揺れる。全く力が入っていないことがわかる。昼、暗示で『百科事典の一部』になったと思いこませた時に彼女が言っていた体重、『52kg』。その体重よりも重く感じる彼女の体は、現在、弛緩しきっているということだと健人は判断した。
『3回目の催眠導入だと思うけど、どんどん掛かるまでの時間が短くなってくるな。………今なんて、一瞬じゃないか。』
(瞬間催眠とか、驚愕法、驚倒法とか呼ばれてる、導入方法を試したんだ。掛かるたびに掛かりやすくなっていく………。これは、僕が2日で飛躍的に成長したとかっていう訳じゃないと思う。…………もちろん、自信がついてきたというのはあるかもしれないけれど………。それ以上に催眠術ってもしかしたら、誰が掛けるか以上に、誰が掛かるかの方が比重が大きい技術なのかもしれない。佐伯さんが、僕に催眠術を掛けられることに慣れて、簡単に深いトランス状態に入るためのコツを無意識のうちに体得してくれているっていうことだと思う。)
『一瞬で掛かって…………、途中で覚めるようなことが無くなるってことか?』
(…………ん………。ほら………。こんな感じ……。)
健人は、自分の体重を完全に健人に委ねきっている佐伯さんの上体を支えながら、右手を自由にして彼女の胸をソーッと触った。セーターとブラジャーの上からも、彼女の胸の柔らかさは伝わってくる。さっき、直接彼女の肌に触れた時の感触を思い出して、彼の股間がズボンを強く押し上げた。
「佐伯さん、よく聞いてください。今から貴方は図書館の中庭に、私と一緒に行きます。貴方のお気に入り。秘密の中庭です」
ぐっすり深い眠りの中にいるような佐伯さんの顔が、少し柔らかくほころぶ。
「佐伯さんはこの中庭で、ベンチに腰掛ける私に、催眠術を掛けます。ここは貴方のために準備された場所。貴方の能力、ポテンシャルが解放される場所です。だから貴方は伸び伸びと、楽しんで私に催眠術を掛けることが出来ます。私が貴方に『起きてください、美しい催眠術師さん』と呼びかけると、佐伯さんの意識は覚醒したようになります。けれど、私の暗示は、今と変わらず、貴方にとって本当のことになります。私が囁きかける言葉は、貴方の意識をすり抜けていく。けれど、もっと奥深く。貴方の心の芯の部分に届いて、貴方の意識を支配します。それは貴方にとってとても心地の良いことです。………良いですね? ………さぁ、『起きてください。美しい催眠術師さん』。………ほら」
健人は佐伯さんの肩をポンと叩いたあと、彼女の体に力が戻ってくるのを確認しながら、そっと一人で立たせる。そして手で椅子を引いて腰を下ろす体勢になった。
「…………あれ…………私……………。あ、………そうです。君沢さん。そちらのベンチに深く座ってください。………今から、催眠術を掛けさせて頂きます」
最初は寝起きのようなボンヤリした表情でキョトンと周りを見回していた佐伯さんが、徐々に意識が覚醒したようにはっきりと話し始める。けれど、自宅のダイニングキッチンにある白い椅子のことを、「ベンチ」と呼んでいた。
「楽な姿勢で私の言葉を聞いてくださいね。君沢さん。ここはとても居心地の良い中庭ですよね? ………お花の香りがたちこめていて、小鳥が囀っています。そして温かい風が吹くたびに、木々が枝をゆっくりと左右に揺らします。体を楽~にしてください。君沢さん。そうすると、貴方の体も、草木と一緒に、右に…………、左に…………ほら、ゆったりと揺れていきます。それは、とーっても気持ちが良い状況です。右に…………、左に…………。温かい風に吹かれて揺れているだけで、体中の凝りが解れていくような、リラックスした気持ちになれます。ほら右…………左…………」
悪くない………。佐伯さんは、暗示で仕立て上げられた即席の催眠術師としては、悪くない、催眠導入を見せてくれている。健人は驚きで舌を巻いた。…………どこかで聞いたことのあるような、話の展開…………。
「ゆっくりと揺れながら温かい南風に吹かれているうちに、貴方のお腹の中が、ポカポカポカポカと、温かくなっていくのがわかります。右に、左に、楽~に揺られながら、お腹の温かさを感じてみましょう。…………その熱は、血の流れに合わせて、貴方の全身への巡っていきます。それはとっても気持ち良い、温かさ。やがて全身が幸せな温もりに包まれていきます。そして最後に貴方の頭の芯まで、まるでお風呂に入っているような温かさでボーっとしてきます。私の声以外の音が遠くなるような感覚。それはとても心地良いものです」
佐伯さんの催眠導入の台詞を聞いていて、途中で健人は気がついた。これは宮津市東図書館の蔵書の一つである、『実践催眠術入門』の中で紹介されていた導入編のサンプルだ。入口の部分が佐伯さんなりのアレンジがされていたので、気がつかなかったが、彼女は本を読んで勉強しているらしかった。
「佐伯さん…………僕に催眠術を掛けながら正直に答えてください。貴方は今日のために、催眠術のことを勉強しましたか?」
健人がいつもの彼の口調よりも一段低い声で、囁くように尋ねると、佐伯さんは堂々とした催眠導入の声とは少し違う、くぐもった声で答える。
「はい…………。昨日、一夜漬けで本を3冊読みました………。昨日、約束をしてしまったので………」
「佐伯さん、僕に催眠術を掛けながら、美しい催眠術師さんのまま、心の奥深くで聞いてください。貴方はこれ以上の催眠術についての勉強を、本や、外部のリソースからすることはやめます。これからは、催眠術について知りたければ、私との実験に集中することが、理解を深めるための近道なんです」
「……………はい…………。わかりました………」
「続けて……」
「……………ぁ・。君沢さん貴方は、ゆっくりと左右に揺れながら、全身がポカポカ温かくなっていくのを楽しみます。そしてこれから右に左に、1回ずつ揺れるごとに、意識が深く心地良いところへ沈み込んでいくのを感じますよ」
佐伯さんは一夜漬けしただけのはずの催眠導入のサンプル文を、よく覚えていた。そして、『この中庭では自分の能力が解放される』という暗示の刷り込みのせいか、堂々と、澱みなく健人を誘導出来ていた。このまま彼女が真剣に催眠術の勉強を進めていたら、健人よりも上手になっていたかもしれない。
(危なかった…………。生真面目で、頭が良い人って、油断できないな………。)
『元はと言えば、お前が、彼女に、催眠術を本当に掛けてみたくなる、っていう、暗示をかけたから、こうなったんだろうが…………。気をつけろよ。彼女は図書館に集約された智慧の、番人みたいな人だろうが………。』
頭の中で健人が声をかけあいながら冷や汗を拭う。それくらい、佐伯さんが不意に見せた流暢な催眠導入の台詞回しは堂に入っていた。
(これも…………美しい催眠術師になった、っていう暗示がすんなり彼女の深層意識に刷り込まれてる、っていうことだと………思えば、良いのかな? …………でも、ちょっと崩させてもらおう………。)
健人は、彼の方を見据えながら、少し目の焦点が彼よりも遠くに合っているような様子でボンヤリと立ち尽くしている佐伯さんに暗示を刷り込む。
「美しい催眠術師さん。貴方は、君沢健人を深い催眠状態に誘導しようとしています。けれど、ただ話しているだけでは、それは上手くいきません。一枚ずつ、服を脱いでいきましょう。上着とズボン………。下着姿になると貴方は、もっと強力な催眠を君沢健人に掛けることが出来るようになります。何も恥ずかしがることはありません。ここは貴方の家であり、貴方のために作られた中庭であり、目の前にいるのは、無力な催眠状態の男の子です。誰の目を気にする必要もないのです。さぁ、起きましょう、美しい催眠術師さん」
2度ほど目をしばたかせた佐伯さんが、再び健人を催眠術に掛けようと努力する。右に、左に、彼の上体をゆっくり揺らすように肩を手で誘導しながら、彼の体が温かくなると、繰り返し呼びかける。そして、健人が自分から上体を揺らすようになると、佐伯さんは少しの間迷うような仕草をした後で、白いセーターに両手をかけて、クルリと捲って見せた。昼の出来事の再来のようだ。
「君沢さん、貴方は周りのことが全く気にならなくなります。私の方には顔を向けずに、そのまま深い催眠状態にどんどん入っていってください………。こちらは見ないで良いですよ………。良いですね」
何度も念を押すように繰り返しながら、佐伯さんがロングパンツを下ろしていく。改めて、昼間に限られた時間の中で見せてもらった、佐伯弥生さんの華奢で可憐で、なおかつ女性的な、体のラインを目で愛でる。淡い水色のブラジャーとショーツ。1日に2回も彼女の下着姿を拝ませてもらっていると思うと、まるで彼女の恋人にでもなったかのような、達成感を噛みしめた。
「貴方の見事な導入で、君沢健人は完全に深い催眠状態に落ちました。彼に暗示を刷り込んだら、彼は貴方の言葉通りに操られてしまいますよ。………もし貴方が以前、他人に催眠術に掛けられて恥ずかしい思いをした、ということをわだかまりのように感じているなら、今こそ、健人に掛け返すことで、そのわだかまりを解いて、さっぱりしましょう」
健人が言うと、佐伯さんは誰に対してともなく頷いて、少し悪戯っぽい笑顔を顔に浮かべた。
「…………君沢健人さん………。貴方は、私が手を叩くと、可愛いワンちゃんになります。とても人懐っこい、無邪気な子犬ですよ。はいっ」
パチンッと手が鳴る音がしたので、健人は椅子から立ち上がると、床に両手をついて、四つん這いの姿勢になった。
「ワフッ………」
「うわ………………本当だ…………。凄い…………。……………キャッ。………こらっ」
健人は犬になった振りをしながら、ブラジャーとショーツしか身にまとっていない、無防備な佐伯さんの体に飛びつく。お腹と背中を抱きしめるようにして圧し掛かると、彼女の頬っぺたをペロンと舐めてみた。佐伯さんがくすぐったくて悲鳴を上げる。調子に乗った健人は、彼女のお腹に顔を埋め、おヘソまで舐める。
「やんっ…………駄目っ。………いい加減にしなさい」
くすぐったそうな表情になった後で、怒って見せた佐伯さんだが、その口調は親密なペットを躾けるような怒り方でしかない。健人は彼女のおヘソの下、下腹部の肉を唇でムニュッと甘噛みしてみた。
「やだ………もう……。ハウスッ…………。良い子にしなさいっ」
ついに本気で怒った佐伯さん、に?? りつけられた健人は、「ク~ン………」と名残惜しそうに声を漏らしながら、彼女が指さした、椅子の方へと戻っていく。
「君沢さん………。貴方は犬ではなくなりますよ。ベンチに深く腰掛けてください。また深~い催眠状態へと、戻っていきます」
一息ついた後で、佐伯さんは健人に呼びかける。
「君沢さん、今から貴方は私の質問に何でも正直に答えます。良いですね?」
少し緊張しながら、健人はそれを悟られぬように目を閉じたままで頷く。
「貴方はどうして、私に催眠術を掛けようと思ったのですか? …………そして私がこれからも貴方の催眠術に掛かっていったら、貴方は何がしたいと思っているんですか?」
「…………佐伯さんに、…………催眠誘導の実験への協力をお願いしたのは………、催眠術の本を新しく購入してもらう際に、図書館の予算を効率的に使ってもらいたくて、より効果的なシリーズを選びたかったからです」
「他に、目的は………なかったんですか? …………」
「はい……………。でも……………敢えて言うと………」
健人は、佐伯さんに本心を語らされているというていで、大義名分を語りなおして、まずは彼女を安心させる。そして、さらに隠された本音がある、ということを示すと、彼女が喉をゴクリと鳴らす音を聞いた。
「はい………。本当のことを言いましょう。………他の目的は?」
「何か小さなことでも、きっかけを見つけられたら、司書の佐伯さんと、もっと親しくなってみたい、とは、思っていました。…………とても、素敵な方だし。………本もお好きなようなので、一緒に、好きな本や作家の話など出来たら、とても嬉しいと、思っていました」
「・ぁ………あの、私を、操って、…………何かそれ以上の、ことをしようとか、…………関係を迫ろうとか、思っていたりは、していないのですか?」
佐伯さんが、言いにくそうに、質問を続ける。健人は図星を突かれていることをおくびにも見せないように注意しながら、如何にも催眠術に掛かって、心の内を洗いざらい喋っているという様子を装って答える。
「佐伯さんは、僕の大好きな図書館のことを、一生懸命、面倒見てくれている、大切な存在です。利用している人たち皆が、彼女に感謝していると思います。………僕は、彼女が嫌がること、悲しむようなことは、絶対にしたくありません。…………例え、彼女が、催眠状態で、無防備になっても………です。………だから、佐伯さんには、もし出来るなら、安心して、さらに心を開いて欲しいと…………思っています」
しばらくの沈黙の後で、佐伯さんが深い息を吐く。
「………君沢さん、ごめんなさい。…………私、貴方のことを誤解して、要らない警戒をしてしまっていました…………。許してください」
まるで感動で声を潤わせたように、うわずった声で、佐伯さんが話す。その声は、健人のすぐ近くで聞こえるようになる。薄目を開けて、様子を見てみた健人の視界に飛び込んできたのは、申し訳なさそうな顔で目に涙をためて、着座している健人に対して屈みこんで話す、佐伯さん。そして水色のブラジャーとショーツだけという、下着姿の彼女の体だった。両手を膝に置いて屈んだ姿勢を維持している彼女の胸元は谷間が強調されている。彼女は、健人と彼の催眠術を不要に警戒してしまったことを申し訳なく思って、こうして謝ってくれているのだが、その実態は、健人に操られて、プライベートな姿を不本意に晒してしまっている。今度は少しだけ、健人の良心がチクリと痛んだ。けれど彼女のそんな姿は、健気で滑稽でいたいけで、健人をさらに興奮させてしまうのだった。
「美しい催眠術師さんの時間が止まります」
健人がパッと目を見開いてそう告げると、かがみこんで謝罪していた佐伯さんの動きがピタッと静止し、彼女の体や顔、目の動きが固まる。
「止まったまま、よく聞きましょう。美しい催眠術師さん。貴方が警戒していた相手は、貴方に対して善良な好意しか持っていない、正直で誠実な男性でした。貴方はその結果と自分の警戒心に対して、申し訳ないという思いを持っている。………けれど、そんな後悔は、もっと後にすれば良いです。今、貴方の目の前には、純朴で誠実な青年がいて、貴方の言うがままに操られます。彼をどうするか、貴方の思い通りです。彼は催眠から覚めた時には、貴方に何をされたかも、全く覚えていません。今、貴方は、誰の目も気にせずに、思い通りに行動することが出来る。彼に対して罪悪感を感じる必要もありませんよ。彼は貴方に好意を抱いている。そして、催眠術を通じて、貴方に自由に自然に振舞って欲しいと思っているだけなんです」
(………これでどうだろう? ………佐伯さんの方から、積極的に僕にスキンシップをしてくれたり、しないかな?)
「……………………」
佐伯さんは、反応をしない。何か、迷っているのだろうか。
『…………お前の期待通りにいくかな? ………今までも、性的な要素が含まれるって感じると、この人の抵抗感は強かったぞ。………ただ、自由に振舞わせるだけだったら、さっきの延長で、彼女の気が済むまで謝る、とか、重い展開にしかならない予感がするな………。』
頭の中のもう一人の健人の声。彼の言うことも良くわかるので、健人はさらに、彼女に何重も暗示を刷り込んで、その行動を操作することを考えた。
「では佐伯さん、止まったまま、僕が持っている本のことを思い出してください。そう、『佐伯弥生大百科』です。ここには貴方の秘密が全て、書き記されていますね。その内容を、僕が質問すると、貴方は本にある通りに説明してくれます。貴方の意識は時間が止まったままで、本の読み聞かせ会を再開しましょう…………。佐伯さん。『佐伯弥生のプライベートの章』から、佐伯さんの性癖のことが書いてあるページを開きましょう。そこには、佐伯弥生その人の、性癖や嗜好、秘密の習慣が包み隠さず書かれていますね。どんな内容か、読んでみてもらえますか? …………意識は止まったまま、本を読むことは出来ますよ」
「…………佐伯、弥生は…………。ほかの人よりも少しだけ、匂いに敏感で………好きな匂いに、のめりこむことがあります。………生理が近いと、ミントやハッカ系の男性の香水を嗅いで、ムラムラすることもあります」
「………なるほど。続けてください。もっとありますよね?」
「佐伯弥生は、男性の手を見るのが好きです。逞しい指も、男性なのに細い指も、どちらも好きです。手の甲に血管が浮いているのを見ると、ドキッとすることがあります」
「………男性の体で好きな部分は、手だけですか? 他にも何か、書いてありませんか?」
健人に促されて、佐伯さんがページを読み進める。
「手の他には、男性の背中の筋肉。………背筋も好きです。…………男らしいと思います。………けれど、ムキムキ過ぎたりするのは、怖いから、そこまで好きではありません」
「他には?」
「………………………声も、割と気になります。…………深くて低い声が、頼りがいがありそうで、好きです」
「手、背筋、声…………。そうですか………」
健人は少し焦れたように、今まで上がった、佐伯さんが異性に対して気になっているポイントを並べてみる。女性の多くはそうなのだろうか? それともこれは佐伯さんに特殊なことなのだろうか? …………なんだか、男性が女性の体で気になるポイントとは、ずいぶん違っていると感じた。
「あの、おチンチンは………。佐伯さんは、男性のおチンチンは気にならないですか? ……」
言った後で、まるで中学生男子の質問のようだと、自分で恥ずかしくなりつつも、聞きたさに勝てずに、質問してしまった。佐伯さんはその質問に対して、しばらく無表情で停止していた後で、ページを何回もめくる動きを見せた。
「…………男性の………おチンチンについては、佐伯弥生の苦手なもののページにあります。………子供のものだと可愛い時もありますが、大人の男の人のものは、形も、大きさも、ちょっと怖いです。あと、私の…………その、あそこに、合わないと………、痛いんです…………。気持ち悪いし、痛いし、怖いんです………」
佐伯さんは、何かを思い出したかのように、両目を痛々しくつむり、顔を大きく左右に振った。
(左胸のシミと、男性器をインサートされた時の痛みのトラウマ。………これがこれほどの美人を、異性との盛んな交際から遠ざけているのか………。)
健人は佐伯さんのように魅力的な女性が、どちらかというと年配の利用者が多い、地方の図書館でコツコツと仕事に打ちこんでいる理由の一端に、少し触れたような気がした。それもしかし、健人の作戦にとって障害になるものならば、対策しなければならない。
「佐伯さん…………。本は生き物です。版を重ねながら、中身も変わっていきますよね。よく見てください。貴方の苦手なもののページ。今は、男性のおチンチンのことは、何も書かれていないですよね? …………気づかないうちに、改訂が入ったようですよ」
空中を両手で掴むような仕草をしている佐伯さんが、眉をひそめて、本当はそこに無いよ本を目で追う。怪訝な顔をして、さらに空想上の本に顔を近づけて読みこんでいた。
「…………本当だ…………。え………、いつの間に………」
「ちなみに『佐伯弥生大百科』の中で、男性のおチンチンに関する記述は、『佐伯弥生の関心事』のページに移動していますよ。…………見つかりましたね? 『佐伯弥生は、男性器について、以前は苦手に感じていたが、今はとても興味を持っている。少し怖さも感じるが、それ以上に、ドキドキする気持ち、純粋に自分が持っていないものへの興味。そして特に、君沢健人という男性のおチンチンに対して非常に強い興味を持っている。』そう書いてありますよね?」
「………書いて………ある…………。どうしよう…………。困る…………」
「困っても、真実は変わりませんよ。佐伯さん。貴方は私の、どこに興味を持っていますか? 好感を持っている部分でも良いですよ。…………自分の心と深く向き合って、正直に答えてみてください」
「………え…………。それは………………。まず、あの………声が…………低くて、男らしいと思います…………。物静かな読書家というところも…………、好ましい性格だと思いました…………」
「他には?」
「私のことを、傷つけないように気を掛けてくれているとわかって、感動しました。疑った、自分が恥ずかしいと思っています…………。あと、手も、スラッとしていて綺麗です」
「それはどうも………。他には?」
「…………匂いも、よく洗濯をされて、お風呂も頻繁に入っておられるのが、がわかります。…………背中は、そんなに筋肉質というほどではないけれど、でもやっぱり男の人だから、頼もしい広背筋があります…………」
「他にもありますよね?」
「お………………。おち………」
佐伯さんが真っ赤な顔で、金魚のように口をパクパクさせている。シャイで上品な彼女が、健人の暗示と内心で格闘しているのがわかる。その必死の格闘を、健人は少しサディスティックな快感を感じつつ、観察している。
「お………チンチンに………。君沢さんの、おチンチンに、興味があります…………。どんな形なんだろう…………。どんな色なんだろう…………。大きすぎると困るな…………、とか………。…………ぁぁ…………もう………。駄目です…………」
下着姿の佐伯さんが全身をくねらせるようにモジモジしながら、白い肌を紅潮させて、告白させられている。目を伏せながらも、チラチラとこちらの股間を覗き見しているのがわかる。今、彼女が発した、「もう駄目です」というのは、彼女の意識レベルが安定を失いつつあるということを示しているのだろう。だから、本人の意識は「時間が止まっている」という暗示の強度が、揺らいできている。健人は、彼女のストレスを緩めることにした。
「これ以上は、話さなくても良いですよ。止まっていた美しい催眠術師さんの時間がもうすぐ流れ始めます。貴方は佐伯書庫から抜け出て、地上の中庭に戻って君沢健人君に対面しています。催眠術の実験を続けましょう。貴方は書庫でのことは思い出さない。美しい催眠術師さんによる、催眠セッションに戻るんです」
健人が恥ずかしそうに身を捩っていた佐伯さんの肩(の素肌)をポンと叩く。すると佐伯さんの表情から困惑や羞恥が消え、爽やかな様子で目を見開いた。
「美しい催眠術師さん。貴方の目の前で、君沢健人はリラックスしています。目を閉じて脱力して、まるで熟睡しているようです」
健人が低い声で喋ると、佐伯さんは満足げに頷いた。実際の彼は椅子には座っているものの、瞼を開いて、真っ直ぐ佐伯さんを見据えている。けれど彼女にはそうは見えていない。
「さっき、彼から催眠術についての本当の動機も聞き出せたように、今、彼は貴方の言う通りに反応します。それだけではないです。逆に反応するなと暗示をかければ、何をされても何も感じないし、全く気がつかなくなります。貴方のために用意された素敵な中庭に、2人きりでいるなかで、もう一人の相手が何をされても気がつかない状態になるのです。せっかくだから、貴方のやってみたいことを、全部してみてください。…………ちょっとした悪戯くらい、彼は嫌がりません。どうせ催眠状態から覚めたら、何も覚えていないのです。自分を解放して、自由にしてみてください」
健人が伝えると、佐伯さんは立ったまま頷く。それからしばらく健人を眺めるように見ていると、やがてゆっくりと椅子まで近づいてきた。
「君沢さんは、私に何をされても何も感じることがありません。気がつくこともありません。とっても心地良い、催眠状態のままです。……………………じゃ……………あの……………。失礼します…………」
佐伯さんは、少し申し訳なさそうに、健人が膝の上に置いている手の甲に、自分の指を伸ばしてきた。プニッと、手の甲に浮き出ている血管を人差し指で押す。何度か、プニプニと押しては、その感触を確かめているようだった。その後で、佐伯さんは健人の血管に沿って、撫でるように指を這わせる。やがて5本の指で、健人の手をまるで触診するかのように撫で擦った。健人はその間、くすぐったさを堪えながら、美人司書さんの方から指を絡め合ってくれるという、スキンシップを楽しんだ。
しばらく彼の手を触っていた佐伯さんは、椅子の後ろ側へと回り込む。健人は振り向かずに前を向いておく。すると肩から背中にかけて、佐伯さんの手に撫でられる感触を得る。
「やっぱり男の子だなぁ……。背筋厚い…………」
ボソッと呟いた彼女の声が、唇と舌が動く音まで聞こえるほど健人の後頭部近くから発せられたので、内心ドキッとする。彼女の声は仕事中は時々神経質そうに聞こえるほど、女性としても細くて高めだが、くつろいでいる時の独り言は少しだけ舌ったらずな響きが含まれていて、可愛らしいものだった。
しばらく健人の肩から背中を撫でていたかと思うと、急に彼女に頭を、背中に押しつけられる。感触からすると、彼女の頬っぺたが背中にくっついている状態のようだった。そのまま、1分ほど、彼女は動かなくなる。
健人が心配になってくるくらいの時間の経過の後で、佐伯さんは一度、大きな溜息を漏らして、また健人の正面へと回り込んでくる。しばらく視界から消えていたので、目の前に戻ってきた佐伯さんが下着姿であることに、改めて新鮮な驚きを覚える。こんな格好の彼女と、今までの時間触れあっていた(しかも彼女の方から体を寄せていた)ことを考えて、改めて嬉しくなった。そんな健人の感情とは裏腹に、佐伯さんの表情は少し曇っている。よっぽど迷っているようだ。やがて、覚悟を決めたかのように、表情をキッと引き締めた。
「君沢さん…………ごめんなさい………。…………あの…………、貴方はこれから、シャワーを浴びます……………。ここは貴方のおうちの脱衣所です。ベルトを外して、………その、ズボンを膝まで降ろしてもらっても、良いでしょうか?」
健人は笑いそうになって唇を噛む。本来だったら、暗示をかける前に相手に謝ったり、疑問文で行動を指示したりすべきではない。催眠術は掛ける側の自信の無さは掛けられる側に簡単に伝わり、相手の被暗示性を下げる結果になるはずだ。けれど、彼女に催眠術に掛けられているという振りをしている今の健人は、素直に頷くと立ちあがって簡単にベルトを外し、ズボンをスルスルと下ろした。既にブラジャーとショーツという下着姿になっている(そしてそのことに全く違和感を持っていない)佐伯さんの前でズボンを下ろすというのは、特別な意味を考えてしまって、健人の胸が熱くなった。ズボンを膝の下まで降ろし、トランクスだけで股間を隠した状態で椅子に座り直すと、佐伯さんは「おー」と声を出すような口の形をして、無音で小さく拍手をした。自分の掛けている催眠術の効果を見て喜んでいるのだろうか。それとも何か、別の興味あるものに近づいたことを喜んでいるのだろうか。
それから3分ほどたっただろうか? 佐伯さんは椅子の前にしゃがみこんで、時々、しゃがむ位置を変えては、様々な角度から、ただ健人の股間を眺めていた。あまりに動きが無いので、少し退屈した健人が、とうとう声を出す。
「美しい催眠術師さん。興味があるものは見ているだけではなくて、触ってみてはどうでしょうか? ………大丈夫。彼は何も気づくことはありませんよ。貴方は知的好奇心の赴くままに、触ったり撫でたりして、興味を満足させましょう」
「…………………じゃ………………。また…………、失礼します」
こわごわ、佐伯さんが手を伸ばしてくる。ツン…………と、人差し指と中指とで、健人のトランクスの股間部分がつつかれた。健人が無反応でいると、その指は何度も健人のおチンチンをつついて、やがてゆっくりと撫でるようになる。健人のモノも、自然にムクムクと立ちあがり、トランクスを下から突き上げた。
「……わっ……………ヤッ………………」
佐伯さんがビクッと手を離し、3歩ほど後ずさる。しゃがんでいた体勢から中腰になったその体は、すぐにでも逃げ出しそうな雰囲気だった。
「美しい催眠術師さんの時間が止まるっ」
健人が強めの口調で投げかけると、佐伯さんの体が、中腰の体勢のまま固まる。瞬きすらしない、フリーズ状態になった。
「立ちあがって楽にしてください。佐伯さんはまた、佐伯書庫へ戻っていきます。貴方の秘密や情報が詰まった場所。貴方だけのための、親密で、安心できる場所です」
健人の口調にあわせるように、佐伯さんの表情と全身からも力が抜ける。スクッと体を起こすと、その場で立ち尽くした。
『惜しいところまで行ったんだけど、お前の勃起を理解したら、逃げちゃうな。…………よっぽど、タブー感とかトラウマが強いのか、それともとことん奥手でウブなのか………。20代の美女にしちゃ、もったいないな。…………ま、おかげでお前にも、ちっちゃなチャンスが回ってきてる訳だが………。』
(………うん………。今のまま、無理を押したら、多分催眠が解けて、叫ばれてたと思う………。催眠に深く掛かっているようでも、自分が性的な局面に遭遇してるって思うと、本能的に拒もうとしちゃうみたいなんだよね…………。)
健人は腕組みして考えこむ。最初に導入した時にも、「下着が見えてしまいそう」と彼女が深層意識でも察知した時には、ブレーキがかかった。一方で、「カエルになった」という暗示にかかった時には、ショーツが見えていても平気で飛び跳ねていた。さらに言えば「本の一部、大百科の中の挿絵になった」と思った時には、完全な裸になって、その体を健人に触れられても、催眠から解けることはなかった。
(彼女が自分を佐伯弥生ではない、別物だと思っている時には、性的なニュアンスの暗示にも警戒心が起こりにくい。そういう傾向はあると思う。)
『そうだな…………じゃ、彼女が自分のことを風俗嬢だって思い込んだら、最後まで行けるかもしれないっていうことは言えるよな?』
(そう…………。あるいは、今のままの佐伯弥生さんとして、僕とエッチしてもらうような誘導をしようとすると、もっと手のこんだ、暗示を重ねていく必要があるんだろうな………。)
佐伯さんは初回のセッションでは下着が見えそうになる体勢を拒もうとした。けれど今は、「自分は催眠術師で、安全で人目につかない中庭にいて、相手の催眠を深めるためには服を脱ぐ必要がある」と信じこんでくれた時には、セーターもロングパンツも自ら脱いでくれている。つまり健人には今、即効性がありそうな近道と、長く安定しそうな遠回りの道とがあるということだろう。
『…………で、お前は当然、近道を行くだろ? …………童貞のお前がこんな美人の姉ちゃんとヤれる千載一遇のチャンスなんだから。』
頭の中で、もう一人の自分の声が響く。彼の言っていることはよくわかる。何しろ、下着姿の佐伯さんの前で、健人は今、ズボンを下ろし、勃起した状態で彼女と向かい合っているのだ。これから時間をかけて何重にも暗示を刷り込むだけの辛抱が出来ないかもしれない。けれど、初体験を「無意識の佐伯さん」や「スレた風俗嬢になりきった佐伯さん」、あるいは「自分のことをダッチワイフだと思いこんでいる佐伯さん」と済ませるのも、少しだけもったいないような気もしたのだ。
(……………3つめの道があればなぁ……………。)
頭を掻きながら健人が体の向きを変えて考え込む。ふと何の気なしに目を上げると、本棚にある大量の本の背表紙が目に入る。うんうんと唸りながら頭を悩ませていた健人は、ある本の背表紙のところで目を止めた。
(……………アンソロジー集…………。……………………試してみようか………。)
深緑色の装丁の本は、「女流小説家のアンソロジーシリーズ17 図書館にて」と書かれていた。1つのテーマで、複数の小説家が書いた短編を集めてあるものだ。健人は頭の中で、閃きを一連の作戦と暗示文に整理しながら、立ち尽くしている佐伯さんと向かい合った。
「佐伯さん、よく聞いてください。この佐伯書庫のなかで、もう一冊、僕が本を取り上げました。今日のお昼、貴方は僕が手渡した本の一部になった時の感覚を思い出します。あれと同じことが起きるんです。……………今回の本は『佐伯弥生アンソロジー集』です。深い催眠状態のまま、この本を受け取りましょう」
健人が分厚い本を手渡すような仕草をすると、彼女も重そうに受け取ってくれる。
「佐伯弥生さんというキャラクターをヒロインにして、色んな作家さんが小説を書き下ろしたものをまとめたものです。作家さんそれぞれの個性と想像力で、「佐伯弥生」というキャラクターをそれぞれ全く違うキャラクターとして書きこんでいるんです。作品ごとに佐伯さんの性格、役割、行動は全く違います。むしろその飛距離、普段の佐伯さんとのギャップ、そして佐伯さんワールドの大きな幅こそが、読者の期待する内容なんです。1本目の短編は『セクシーなヤヨイ姉さん』というタイトルです。ここで描かれている佐伯さんは、年下の男の子を誘惑して、女性の素敵さ、セックスの楽しさを教え込みます。リードする佐伯さんはとっても大胆で開放的、性に対してもオープンで積極的です。普段の貴方とは大きく違うかもしれない。けれどそれこそが、作者の狙いであり、読者の驚きと楽しみなのです。貴方はこれからこの作品にある『セクシーなヤヨイ姉さん』になって、君沢健人と素敵なセックスをします。ヤヨイ姉さんにとって、セックスは抵抗もない趣味。そしてスポーツみたいなもんです。それが、貴方が一体化する、この作品。貴方が躊躇ったり、ネガティブな気持ちを持つと、作者と読者を激しく裏切ることになります。本の出版に携わった人たち、本を心待ちにしていた人たち、全てを暴力的に失望させることになる。貴方は絶対にそんなこと、したくありませんよね?」
本を開いてページをめくる手。佐伯さんは困惑するような表情で本の中身を目で追っていたが、最後に健人が尋ねると、首を横に振って同調する。「作者と読者を裏切る」という言葉を聞いた瞬間の彼女は、胸が潰れそうといった様子で顔をしかめ、辛そうな表情を見せた。本当に「本」というものの存在と意味を、大切にしている人なんだと、伝わってきた。
「そうです。貴方はいつもの佐伯さんではありません。小説に出てくるフィクションの存在、セクシーなヤヨイ姉さんです。ページはちょうど、メイク・ラブが始まるところ。貴方は普段の自分とのギャップ、そして非日常を、ただただ楽しみます。ここは小説の中の世界です。セクシーなヤヨイ姉さん、目を覚ましてください」
パチン
健人が手を叩くと、本を持つような手の動きをしていた佐伯さんがビクッと両肩をすくめて、目をさっきまでよりも大きく見開いた。あたりをキョロキョロと伺う仕草。そして目の前にいる、健人を見た。頭上から明日の爪先まで、ジックリと見る。途中、健人の股間あたりで、しばらく目が止まっていたような気がしたが、それは健人の妄想(願望?)かもしれない。
「………っ……。ちょっと待って…………」
佐伯さんは健人の予想に反して、クルリと体の向きを変えて健人に背を向けると、タンスの方へと3歩走った。(逃げられる………。)健人の期待がまた、シュルシュルと失望に変わってしぼんでいく。「佐伯さんでありながら、本人とは違う佐伯さんのキャラクターになりきる」という、第3の道を見つけたつもりだった。アンソロジー本という、読書好きには共有出来ている言葉で、スムーズにイメージを共有して、彼女を自然に暗示の世界に取り込むことが出来たと思った。それなのに、この暗示でも駄目なのか。健人は暗い気持ちになりながら、彼女の背中を追う。
すると、自分の胸くらいの高さのタンスの前で立ち止まった佐伯さんは、タンスの上に置かれている鏡を覗き込みながら、ペンケースのようなものを開いて、何かの作業を始めている。どうやら、玄関のドアへ向かって走っていくような様子や、携帯電話を取り出して通報する、といった動きをとろうとしているのではないようだ。
「佐伯さん?」
「ちょっと待ってっ………………。それから…………」
佐伯さんは健人の方を振り向かないまま、彼へ手のひらを見せて静止する。
「それから…………佐伯さんって呼び方、………なんか堅苦しくて、好きじゃないな………。ヤヨイ姉さんって呼んでくれない?」
佐伯さんの言葉を聞いて、健人の失望と恐怖が、また期待へと巻変わってムクムクと大きくなる。やっと振り返った佐伯さんは、唇に真っ赤なルージュを引いていた。
「お待たせ………。こうじゃないと、私、調子出ないんだ…………。どう? ………綺麗でしょ?」
振り返って笑顔になった佐伯さんは両手を腰に当て、その腰をキュッと斜めに傾ける。まるでキスでもするかのように、真っ赤な唇をすぼめて前に突き出してみる。健人はハートを撃ち抜かれたような気がした。普段の佐伯さんの立ち振る舞いと違い過ぎて、別人が乗り移ったかのようにも思えてしまう。けれど、その顔、声、魅力的なプロポーションは、佐伯弥生さん本人だ。別人のように振舞ってはいるけれど、そのイメージは佐伯さん本人が膨らませている、彼女の内側からやってきたものだ。健人はキャラクターの骨格のようなものは伝えたけれど、それを現実に具現化してくれているのは佐伯さんなのだ。だから彼女は今、自分の切替スイッチ、あるいは鎧のような存在として、象徴的に真っ赤なルージュというものを選んで身にまとった。きっとこれが、「セクシーなヤヨイ姉さん」のトレードマークのようなワンポイントなのだ。健人は男性としてだけではなく、催眠術師としても興奮でたぎっていた。今、この場で挑発的な仕草をしているのは、健人の暗示と佐伯弥生さんの想像力とが混ざり合って生み出した、共同創作物なのだ。
「もちろん、すっごく綺麗です。そしてセクシー………。僕、ドキドキしてます。ヤヨイ姉さん」
「うふふっ………。ありがと。………もうズボン、下ろしちゃって………。イケナイ子ね。………どうする? ………お姉さんと、このままもっとイケナイこと、しちゃおっか?」
喋り口調も、いつもの佐伯さんの丁寧で上品だけど、常に人との適切な距離を測るような話し方ではなくて、一言一言で男心をくすぐるような、悪戯っぽい口調。それがあの、真面目でお堅い司書さんの口から出てきていると思うと、余計に興奮させられる。
「お願いします…………。あの、シャワー、貸してもらっても良いですか?」
「あら………。私は別にこのままスルのでも良いけど…………。ま、良いわ。綺麗好きなのよね、健人君は…………。ウフ。お姉さんと一緒に入っちゃおっか?」
どこまでも健人を煽るような言い方をすると、佐伯さんは思わせぶりにウインクをする。バスルームへと連れて行ってくれる時も、ご機嫌にハミングしつつ、お尻を左右に振りながら、モデルさんのようなキャットウォーク………。バスルームの扉を開けると、健人の方を値踏みするように横目に見て、右手の人差し指を起こすようにして、クイッ、クイッと手招き(指招き?)する。喋り方から、出てくる仕草、そして歩き方まで無意識のうちにここまで変化するのかと、健人は今、感動と興奮が混ざり合ったような気分になっていた。
手狭な脱衣所で、男女が2人、向かい合って服を脱いでいく。佐伯さんはブラとショーツだけなので、ほとんど一瞬で全裸になる。バスタオルを身にまとうと、さっきまでよりも肌の露出が減ったほどだ。健人はというと、ズボンはリビングに置いてきたものの、他の服を脱ぐのに、佐伯さんよりも時間がかかる。緊張と興奮で気づかないうちに汗をジットリかいていたようで、肌に貼りつくTシャツとランニングシャツを脱ぐのに、予想外に手間取った。そして、トランクスも降ろす。目の前でバスタオル一枚で腕組みしているお姉さんの視線が気になる。さっきから佐伯さんは、健人の股間からなかなか視線を外してくれない。なんとなく恥ずかしくなって、健人が片手で股間を覆った。
「こらこら………。お姉さんが良く見てあげるから、隠しちゃ駄目だよ」
子供の悪戯をたしなめるように、お姉さんが諭してくる。けれど健人は彼女の視線から逃げるようにして、バスルームに入り込んだ。シャワーヘッドを手に取って、お湯を流し始める。
「もう逃げられないよ~。おとなしく、ヤヨイお姉さんに健人君のおチンチンを見せなさいっ」
冗談めかして、しかし目だけは本気の目つきをした佐伯さんが、シャワーを浴び始めた健人の後ろに忍び寄ってくる。
「お姉さんだけ見せないんじゃ、フェアじゃないですよ」
健人が言うと。佐伯さんはその言葉を予想していたかのように、余裕の笑みを浮かべる。
「じゃぁ、これでどう? ………エッチな健人君。…………ウフフ」
佐伯さんはクスクス笑いながら、バスタオルをズラして、右のオッパイを完全に露出させる。丸くてボリュームのある、綺麗なオッパイが顔を出す。何度見ても、その完璧と言って良いほどの美しさには目を奪われる。
「片方だけですか? 見せてくれるの………」
健人が聞くと、今度は佐伯さんが手をあごに当てて、黒目を上げて考える。
「んーとねぇ…………。こっちのオッパイは……………。ちょびっとだけ、訳アリなんだけど………。どうしよっかな~?」
佐伯さんが言葉を選びながら、迷いを現す。「セクシーなヤヨイ姉さん」としてのキャラクターと、そのはるか低層にある本人の思いとの葛藤が、このような言動になっているのかもしれない。健人は彼女にもう1歩近づいて、耳元に顔を寄せると、今までよりも一段、低い声で囁く。
「セクシーなヤヨイ姉さん、この言葉は貴方のキャラクターの深層意識にだけ届いて、キャラクター造形を変化させます。良いですか? 貴方は、例え左胸に少しコンプレックスを持っていたとしても、君沢健人にだけは包み隠さず見せます。そして自由にさせます。君沢健人だけは、貴方の全てを受け入れて肯定してくれる。貴方はそのことを知っているからです。そして彼のおチンチンは貴方にとってまさにジャストサイズ。理想のサイズと形です。興味は持ったまま、怖いと思ったり、警戒したりすることはありません。彼のおチンチンで痛い思いをすることが絶対に無いから。貴方はそのことを知っているからです」
耳元で低い声で暗示を流しこんでいる間、佐伯さんは少しあごを上げて、遠い目をして気持ちよさそうに聞く。そして彼が話し終えると、コクリと頷いた。それだけで、健人は彼女にしっかり暗示を刷り込むことが出来たことを理解出来る。
「どうします? …………ヤヨイ姉さん、もし嫌でしたら、オッパイは片方だけ見せてくれるのでも良いんですが………」
健人が普段の声の高さでそう言うと、目に光を取り戻した佐伯さんが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「よ~し、今日は、大サービスだ…………。ジャジャーーンッ。どう?」
佐伯さんはバスタオルの裾と裾を両手で握りしめて、ガバッと前から開く。両足を肩幅に広げて両手を大きく左右に開いた彼女は、マントみたいにバスタオルを広げた、完全に全裸という姿で、健人の前に立ちはだかって見せるのだった。健人がまた、時間も忘れて、彼女の美しい裸体に釘付けになる。左胸のシミも、彼女らしさを表現してくれているアクセントのようだった。すぐに彼のモノが、ムクムクと立ち上がる。それを見て、佐伯さんがバスタオルを床に落としながら両手を叩いて飛びがった。
「イェーイッ。健人君のおチンチン、おっきくなってる。………怖くないじゃんっ。可愛いーっ。おもしろーいっ」
裸のまま、手をグーにして突き上げたりと、はしゃぐ佐伯さん。半分勃起した自分のモノを、好きな女性に「可愛い」と表現されたことには密かにショックを受けたが、(男性器がトラウマという人が、これならベストサイズと思ってくれてるんだから、これで良かった。可愛いっていうのも、きっと暗示の影響だ)と考えて、無理矢理自分を納得させることにした。
「健人君、そこに座って。お姉さんが背中を洗ってあげよう」
言われた通りに、佐伯さんに背中を向ける形で白いプラスチックの椅子に座る。まだ鏡越しにチラチラと佐伯さんの体を見てしまうが、「憧れの佐伯さんと一緒にお風呂に入り、体を洗ってもらう」というシチュエーションに、感激するしかなかった。肩の先から肩甲骨あたりを、ボディソープの細かい泡をタップリと盛った細い手が撫でていく。背筋に沿って上から腰のあたりまで、そして脇腹から、脇までと、佐伯さんがかなり極め細かく、丁寧に洗ってくれる。特に、背筋のあたりは執拗に手で擦ってくれる。綺麗好きな彼女の、特にこだわって洗いたがる部分のようだった。そして彼女の両手が健人の肩から腕を撫でながら、横から包み込むようにして健人の手の先へと回っていく。こちらも指を絡めて、丹念に洗ってくれる。その流れで、体を近づけた彼女の体が、健人の背中に押しつけられる。
プニュニュ。
「………あっ………」
頭の中で、そう音が聞こえたような気がした。健人は不意に背中に当たった柔らかくて弾力のある2つの尊いお肉の感触に、反射的に声を上げてしまった。
「ふふふっ………。びっくりした? …………健人君、お姉さんのオッパイ、好きでしょ? ………お姉さんも、健人君の背中、割と好きだな~。好きなもの同士、くっつきあったら、…………気持ちいいでしょ?」
健人はブンブンと首を縦に振る。思ったよりも、この「ヤヨイ姉さん」は器用だ。オッパイを健人の背中に押しつけて擦らせるように背中をオッパイで撫でながら、左手は健人の手と指を絡め合って動く。そして彼女の右手は、石鹸でヌルヌルした状態で彼の股間まで、ツルッと滑り降りるように伸びてきた。彼女の白くて細長い、美しい指が、健人のおチンチンを横から包み込むように掴む。その感触だけで、健人は気を許すとイってしまいそうな状態になっていた。健人がマゴマゴしている間に、左手で彼からシャワーヘッドを奪い取った佐伯さんが、健人と自分の体に温かいシャワーを浴びせる。浴びせながらも、右手は健人のモノを、洗うようにしごくように、弄び続ける。
我慢できなくなった健人が振り返って佐伯さんのスレンダーだが柔らかくてメリハリのはる体をギュッと抱きしめる。顔を近づけても彼女が拒もうとしなかったので、唇を重ねた。プルプルと新鮮な弾力を持った生き生きとした粘膜。彼女が仕事で利用客や同僚との真面目な会話に使っている唇。それを吸い尽くすような勢いで健人は夢中でキスをした。(自分は今、あの佐伯さんと抱き合ってキスをしている。しかも裸の佐伯さんと。今はキスをしながら、彼女のオッパイに触っても、お尻を撫でても、嫌がらないでいてくれる。受け入れてくれている。)そう考えるだけで、また健人は懸命に射精を我慢しなければならないほど、熱く興奮した。
チュパッ
唇が離れる瞬間に、エッチな音が浴室に響く。健人と佐伯さんの湿った粘膜同士が密着から離れた音だ。
「バスタブで…………しよっか? ……………お湯、入ってないけど」
強気で挑発的な表情の多かったヤヨイ姉さんが、こんな言葉を出す時だけ、両目を細めて、優しく誘ってくれる。健人は頷くかわりに、抱きしめたまま彼女の体を抱え上げて、白いバスタブの中に足を入れると、倒れこむように彼女と一緒に浴槽で寝そべった。シャワーで綺麗になったお互いの体を絡ませ合うようにして全身にキスをする。舌を使って愛撫もした。少しずつ頭の位置を下げていった健人は、弥生さんのスレンダーな両脚を自分の肩に乗せて、彼女のおヘソから下腹部、そしてついに淡く縮れたアンダーヘアを選り分けて、彼女の大切な部分にまで自分の顔を辿り着かせた。ボディソープの香りの奥から、甘酸っぱさとほのかな香ばしさを漂わせる、彼女の女性的な匂いを、鼻を押しつけるようにして肺一杯に嗅ぎこんだ。緊張で震える指先でピチッと貞淑そうに閉じていた割れ目に伸ばす、少しこんもりと盛り上がった土手のようになっている肌に指を添わせて開いてみると、佐伯弥生さんの秘密の部分がゆっくりと曝け出されていく。全身の色素が薄めと言える彼女のアソコはピンク色の淡く美しい色合いをしている。ミルフィーユの断面のように折り重なった陰唇は、繊細さを感じさせた。そして上のほうに行くにしたがってその皮膚の縮れは1つに繋がる。その場所には、慎ましい様子で半分肌に守られた、豆のような赤い肉が顔を覗かせていた。その下には、小さな穴と、やや大きめの穴がある。健人が伸ばした舌がそこに触れると、少ししょっぱい味がする。その穴の周辺、そして中へと、健人は夢中で舌を動かした。
「………ぁっ………………。いいよ…………。上手だよ、健人君…………」
佐伯さんは年下の男の子を教育するかのように、頭を撫でながら褒めてくれた。褒められた健人が更に舌を激しく動かすと、佐伯さんが少し腰を浮かして、背筋をねじりながら顔を横に振る。白いFRP素材のバスタブに彼女の頭がぶつかって、ゴンと音がしたが、彼女は痛いとも止めてとも言わなかった。かわりに彼女の左手が挙がって人差し指を伸ばすと、バスタブの外を指さす。
「…………え? …………どうしました?」
「あの……………、ソープ………。もう一度、健人君のおチンチンにしっかりかけて欲しいの。…………入れる時、………私、時々、痛いから…………」
健人は飛びつくようにバスタブを乗り越えてボディソープの容器を掴み取ると、再びバスタブに飛び込む。1秒でも彼女の魅惑的な体から離れるのが惜しいとさえ思えた。手に細かい泡をタップリと盛ると、いきりたっている自分のモノに塗りたくる。その感触でまた、少しイキそうになる。それくらい、彼の興奮と発情は臨界点近くへ来ていた。インサートの前にすべきことを指示されたということは、その条件を満たせばインサートの許可を得たというのと、同じことだ。健人は少しの間、モノを彼女のヴァギナに挿入するための角度を探って腰の角度を調節する。苦闘の結果、彼のモノの先端部分が、佐伯さんのアソコの入口に入りこんだ。
(…………ん? ………………………まさか佐伯さん、…………ヴァージンじゃ………ないよな? …………そんな馬鹿な。)
彼女は深い催眠状態の中で、昔の恋人との行為中にインサートで痛みを感じた、と告白してくれた。だから、彼女が処女であるはずがない。けれど、経験不足ではありつつも健人がそう誤解するほど、彼女の膣の締めつけは強く、まるで健人のペニスのそれ以上の侵入を拒んでいるかのようだった。健人はしばらくマゴついた後で、石鹸の潤滑油効果を最大限活用することを意識しながら、ソーッと腰を捩じり、時計回り、反時計回りと、何度ずつか捩じりこむようにして、彼のモノを彼女の奥へ、奥へと押しこんでみた。半分くらい入った後で、抵抗が減り、ペニスは根元まで入りこむ。彼女のナカはプツプツした膣壁が強い締めつけを発生させる襞の連続になっていて、全体がとても温かく、徐々にジットリと湿ってきているのが分かった。まだ石鹸の滑る効果も借りながら、モノの長さのうちの7割ほどを出し入れしてみる。やがてヴァギナの緊張がほどけてきたのか、徐々に出し入れが容易になっていく。奥まで突いてみると、ペニスの先端が、コリコリとした固めの肉に触れるように感じる。佐伯さんの表情を伺ってみると、彼女は両目を薄く閉じていて、女性の快感を噛みしめてくれているようだった。健人が深く突くたびに、佐伯さんのあごが上がり、切なそうな表情をしながらもセクシーに色づく。丸くて大きなオッパイが、粗い呼吸のたびに揺れる。その真ん中で、苦しそうなほどビンッと立ち上がった2つの乳首。桜色に染まる全身の肌。そこに浮かんでくる、玉のような汗。全てがエロチックだった。佐伯弥生さんという人はとても美しくて、素敵な人だと前から思っていたけれど、こんなイヤらしい姿を曝け出してくれるなんて、想像もしていなかった。
佐伯弥生さん本人の、深層心理の奥深くまで根ざした性行為へのトラウマと忌避感を、ヤヨイ姉さんというキャラクターが乗り越える。今、彼女はその過程にあるのだと思う。けれどその葛藤をやっと克服することに集中しているからか、今の、突かれるごとに受け身的に喘いで悶えているだけの佐伯さんは、少し、ヤヨイ姉さんのキャラクターらしくない。だから健人は性行為の途中だけれど、催眠術のかかり具合にも気にかけて、佐伯さんに呼びかける。
「なんだか、今のヤヨイ姉さんって、受け身の、か弱い女性って感じで、ちょっとだけ、貴方らしくないかも…………」
「………ば…………馬鹿ね………。ちょっと休憩してただけだってば。………ほら、見てよ。どう? 気持ちは?」
両脚に力を入れたヤヨイ姉さんは、膣の締めつけを強くする。そして腰をもう少し浮かして、自分からも腰を振って健人の腰の動きとタイミングを合わせるように打ちつけ合う。さっきまでよりも快感がさらにグッと増してくる。健人がペニスを出し入れするたびに、より締めつけを増した佐伯さんのアソコのナカ、膣壁の襞が、ペニスの動きに抵抗するようにグニョグニョと動くせいでより複雑な快感を健人の下半身に与えてくるからだ。両手を伸ばして健人の肩につかまった佐伯さんは、自分の体をくの字に折り曲げるようにして、下半身で結合したまま健人を抱きしめる。体を密着させる。彼の胸の筋肉に、今はコリッと固い感触を与えてくる、彼女の起立しきった乳首とオッパイが押し当てられる。彼女の体重を支えるために、健人が腰の動きを少し弱めて、体を起こしたまま彼女を抱きかかえることに集中する。すると彼の腰の動きの分まで自分で挽回しようとしてか、佐伯さんがさらに体を上下させて、激しく腰を振る。
「んっ…………。んっ……………。んっ…………。気持ちイイ…………。健人君のおチンチン、…………私のアソコに、ジャストフィットしてる……………。すごいっ。癖になりそう…………」
「ヤヨイ姉さん…………疲れないですか?」
「…………大丈夫よっ………はぁんっ………………。私にとっては、…………セックスは、スポーツ……………みたいな……もんだから…………あぁああっ。イイッ………」
抱きかかえられて両腕で健人の体にしがみつきながら、自分から腰を上げ下げさせて、アソコで健人のモノを貪欲に咥えこみつつ出し入れさせて、快感を搾り取ろうとする。そんな彼女の、はしたないとも、動物的とも言えるような、普段の立ち振る舞いと違い過ぎる姿を目の当たりにして、健人の射精への我慢は既に限界をはるかに超えつつある。それでも、懸命に、少しだけ冷静さを保ちつつ、健人は佐伯さんの耳元に顔を近づけて囁いた。
「今から僕が『少しだけ正気に戻る』と言うと、セクシーなヤヨイ姉さんの意識が本に戻り、佐伯弥生さん本人の意識が戻ります。けれど戻るのは意識だけ。体の動きは止まりません。そしてこうなったことは、佐伯さんが掛けた催眠術が、自己催眠を伴って暴走してしまったからだと、理解します。これは健人が仕掛けたことでも無いし、彼に責任はない。ただ、佐伯さんの催眠術失敗の結果ですから、事態が落ち着くことを待つしかないんです。良いですね? ………では『少しだけ正気に戻る』」
健人がそう言っている間も、ピストン運動は続いている。そして表情だけが、冷静な佐伯弥生さんを取り戻したように変化した。
「え? ………………いやっ…………。私…………、なんでこんなこと……………」
弥生さんの顔がさらに赤らんで、怯えたように狼狽する。けれど腰の卑猥なグラインドは、少しも弱まらない。
「…………佐伯さん、僕もよくわからないんです。…………気がついたら、こうなっていて…………。どうしたら良いんでしょう?」
健人が弱々しい声で演技すると、弥生さんは恥ずかしさとパニックとで、泣きそうな顔になる。
「………ご…………ゴメンなさいっ。きっと、私のせいです…………。催眠術が、暴走してしまって…………。私の体が勝手にこんな……………し………したくないのに……………。ヤダ……………。どうしよう………………」
「これって、佐伯さんの暗示のせいなんですか? ………僕も、体が自由にならなくて…………。それに、佐伯さんが、そんなに、締め付けて…………激しく動くと…………、もう………、イってしまいそうです………」
「許して………。こんな……………。したくないのに…………。止められないのぉぉおっ、私も、……………もうすぐ……………………。いやぁ…………」
「あぁっ…………。佐伯さんっ。………出るっ…………。一緒にイこうっ」
「だ…………駄目なのにぃぃいいいい。いぃいいいいいいいいいいいいいっ」
彼女のナカ、奥深くにペニスを押しこんだまま、健人の下半身が暴発する。打ちつけるかのように、何回も、熱くて濃い精液を佐伯さんの体内にぶちまけてしまった。佐伯さんもほとんど同時に、膣の締めつけを今までで一番というくらい強くして、ブルブルっと体を震わせる。背中に回している両手が、爪を立てるほどに力を入れて、健人の体を掴み、胸を密着させる。あごを突き上げて、髪を振り乱すように頭を振り、何度も襲ってきているであろう、快感の津波に身を震わせた。
2人でバスタブの中に折り重なるようにして倒れこむ。全身が疲れと暴虐的と言って良いほどの強烈だった快感の余韻とで、ジーンと痺れている。頭の奥には鈍痛のような疼きが残っていた。しばらくの間、健人と佐伯さんは、抱き合ったまま無言で放心していた。
「ヤヨイ姉さんが戻ってきます」
健人がそう告げると、佐伯さんの呆けたような目に、少し悪戯っぽい光が灯った。
「………んふふ………。気持ち良かった? ……………ずっとこのままだと、風邪ひいちゃうよ…………。ベッドで、もちょっと、休もうか?」
主導権はこうして、再び佐伯さんに戻ったのだった。
2人で手を取り合って体を起こすと、バスタブから出る。佐伯さんがシャワーヘッドを手に取って、2人の体をもう一度、温かいシャワーで洗い流してくれた。洗い場には、彼女が投げ捨てたバスタオルが床に落とされたまま濡れてしまっている。バスルームを出ると、彼女は新しいバスタオルを2枚出してくれた。無言でも、お互いの体を当たり前のようにタオルで拭きあうことが出来る。肌を重ねたことで健人とヤヨイ姉さんは、そのくらいは心が通じ合うようになっていた。
裸のまま手を繋いで短い廊下を歩き、ベッドルームのドアを開けると、中には本棚とピンクのシーツに包まれたマットが白い木枠にはめ込まれたベッドが見えた。枕元には、狸をイメージしたような、ゆるキャラっぽいヌイグルミが置いてある。本棚の前にも本が積まれている以外は、想像以上に女の子っぽい寝室だった。
「………ちょっと、可愛すぎて、私には合わないコーディネートだよね………。すぐ、模様替えしようと思ってるんだけど、今は、ま、しょうがない………。狭いけど、ここで一緒に寝ようよ」
先にベッドに、ダルそうに寝そべった佐伯さんが、右手を挙げて、健人を手招きしてくれる。一人暮らしの女性が使うベッドに持ち主と一緒に寝転がるという、夢のようなシチュエーションに、健人は迷わず飛び込む。しばらくの間、佐伯さんと抱き合って、キスをしたり、彼女の長くて黒い髪の毛に顔を寄せて匂いを嗅がせてもらったりしながら、満ち足りた時間を過ごす。やがて、彼女がモゾモゾと動き始める。体勢を変えて、彼の足の方へと自分の頭の向きを変えていく。
「健人君のアソコ………。もうちょっと見せて欲しいな………。かわりに私のアソコを見たらどう? おあいこ、ってことで」
からかうような口調で、ヤヨイ姉さんはそう言うと、健人の顔の上に跨るようにして肘で上体を支えて両手で健人のモノを弄り始める。健人もお言葉に甘えて、佐伯さんのアソコを間近で観察したり、指で色んな方向に広げてみたりして、じっくり調べさせてもらう。彼女のヴァギナは行為の前に見た時よりも、ポッテリと赤くなっていた。陰唇も開いたままになっている。膣口からはまだ少し、さっき健人が放出した、精液がトロリと垂れてきていた。
チュッ……………チュパッ……………チゥゥーッ。
健人のモノが、佐伯さんの唇と舌で弄ばれている。その触れ方は、どこか、おっかなびっくりのギコチなさが感じられる。ヤヨイ姉さんとしては、自信満々でやっているつもりなのだろうが、佐伯さん本人に、こうした経験が無いことが明らかだった。佐伯弥生さん本人は間違いなく、本で得た知識から、フェラチオというものを知っている。けれど彼女はおそらく一度も実践したこともなければ、ビデオなどでそういったシーンを直視したこともないのだろう。想像力で補いつつ、懸命に「フェラも上手なオトナのお姉さん」になりきっている。しかし実態としては、しきりに亀頭へのキスや吸いつきを不器用に繰り返しているのだった。
「ヤヨイ姉さん…………。降参です。…………僕は、さっきの初めてのエッチでもう、体力を限界まで絞り出しちゃいました。…………姉さんもちょっとは疲れたでしょ? …………一緒に休みませんか?」
ずっと、亀頭だけを単調に吸い上げられていても高まらないので、健人は「疲れたから休む」という名目で彼女も休憩させようとする。「降参です」という言葉に気を良くしたのか、ヤヨイ姉さんは上機嫌のまま、もう一度、健人の頭の方へ自分の頭を寄せて、また2人で腕を絡ませ合った。
「そっか………、健人君はお疲れでちゅか……………。いいよ。お姉さんの腕の中で眠っていいのよ。オッパイを吸って、赤ちゃんみたいにネンネしても良いからね…………。ウフフ。可愛いなぁ…………。健人君、お眠りなさい………」
作戦のなかの大きな節目を乗り越えることが出来た安心感と、緊張からの解放。そして初めてのハードなセックスの後で、健人は一気に気が緩んで、眠くなっていた。ついさっき、佐伯さんに、自分が健人を催眠状態に誘導している、と暗示をかけて、彼女の真剣な導入を微笑ましく見守っていたのに、今は、彼女の言葉に従って、本当に眠りにおちようとしている。少し皮肉にも感じたが、彼女のベッドで裸で抱き合って眠るのは本当に心地良くて満ち足りた気持ちになって、彼はひと眠りすることを自分に許した。顔を動かすと、ムニュ~っと彼女の胸に包まれる。その息苦しささえ、少しも不快に思うことはなかった。こうして君沢健人は、今までの人生で最も幸せな仮眠に落ちたのだった。
<第4章へ続く>
・・・素晴らしい。
なにこれ最高かよ。
催眠術をかける暗示をかけて、かけさせているように見せて実はこっちが操っている。エッチでセクシーなヤヨイ姉さんによる導くような本番。途中で意識を戻しての肉体操作エッチ。
これでもかというくらいに素晴らしいシチュエーションの連続でしたでよ。
後一話か二話かで終わりになるんでしょうけれど、もう十分みゃふの中で殿堂入りしてるのでぅ。
途中、無理やりな近道と安全な遠回りの言及で「無理がしたけりゃ無理は禁物」(秘密の箱より)なんて言葉が思い浮かんだのでぅけど、ヘブンズドアー形式とキャラ変で押し通したのは「おお」と唸りましたでよ。普段の弥生さんからのギャップでヤヨイ姉さんもすごくいいし、ヤヨイ姉さん以前の下着姿で健人くんを好き勝手する弥生さんも可愛くて仕方なかったのでぅ。
本番も終わらせてしまったし、この先どうするのかがまた気になるところでぅけれど。
催眠をかけ続けるのは当然として恋人にするのか、セフレにするのか、奴隷にするのか。
まあ、健人くんの動機から考えると恋人にするのが妥当なところだと思うのでぅけど。
次回も楽しみにしていますでよ~。
前回に引き続き誤字(というかどうかはなんともでぅけど)
> ついに本気で怒った佐伯さん、に?? りつけられた健人は、
機種依存文字でぅかね? 叱りつけられた?
アンソロジーという司書さんには通じやすい言い方で別人格系催眠にかけるというのは上手な催眠ですね。
ゲームや小説で天才催眠術師の凄さを表現しようとすると唯々魔法みたいなことやってんなってなりやすいんですけど、こういう相手に合わせた臨機応変な言葉の使い方があると、「ああ彼には催眠術の才能あるんだな」とストンと思えますね。
今のところ他に目ぼしい女性キャラ出ていないので、このまま佐伯さん専用催眠術師で行くのかな。あとはどういう催眠をかけていくのかを楽しみにしています。
>みゃふさん
毎度ありがとうございます!
肉体操作も、ちょっとですが入れてみましたです。
みゃふさんの殿堂入りを誇りに、
最後まで駆け抜けたいと思いますっ。
>慶さん
ありがとうございます。
試行錯誤、工夫をしているシーンを出して、
ファンタジー気味の「かかりっぷり」に、
ちょっとでもリアリティとのバランスというか、
催眠術小説らしさを感じて頂けていましたら、
とっても嬉しいです!