中庭のある図書館 4

 健人が目を覚ますと、彼は佐伯さんのベッドの上で1人、裸で横になっていた。枕やシーツには、甘く柔らかい佐伯さんの匂いが残っている。さっきの熱く激しい初体験の余韻にまだ浸りながら、彼は2度ほど寝返りをうっては、彼女の匂いを楽しみ、まどろんだ。やがて意識がはっきりしてくると、サイドボードの上に置かれた時計を見る。四角い時計が、彼女のものらしいスマートフォンの横にある。デジタル時計の表示から、自分が1時間ほど寝ていたということを理解する。

 

(佐伯さんはどこだろう? ……………どうしてここにいないんだろう………。)

 

 だんだんはっきりしてくる意識の中で、健人は自分が寝ている場合ではないと理解して焦る。

 

『お前がスヤスヤ寝てる間に、彼女が催眠状態から解けて、ここから逃げ出した、っていうのが、最大のリスクだな。…………でもその場合、彼女がスマホを置いてこの家からに逃げ出したっていうのは、ちょっと不自然でもある。慌て過ぎず、この家の中を探してみようぜ。』

 

 頭の中のもう一人の自分の声に頷いて、健人は体を起こす。体を隠すものが見当たらなかったので、何となく枕を小脇に抱えて、寝室を出る。半分開いているリビングのドアからはオレンジ色の灯りと、カチカチという物音。そして人がいる気配がする。健人が抱いた懸念の3分の1は、ここで解消された。ドアの隙間に顔を入れて、リビングの様子を覗き込む。リビングには彼女のものらしき下着や衣服がうずたかく積み上げられていた。

 

「…………あ、起きたんだ。……………フフフッ。どうだった? …………記念すべき、健人君の初体験は」

 

 少しからかうような、そして年下の子を可愛がるような口調。佐伯さんはダイニングテーブルの椅子に座って、テーブルに置いたラップトップPCを弄っていた。その口調は、ヤヨイ姉さんのもののままだ。健人は残り3分の1の懸念も解消されて、ホッと胸を撫でおろした。佐伯さんは今、薄手のタンクトップとホットパンツという、リラックスした部屋着姿ながらも、スラッとした手足の素肌が露出された格好でいる。

 

「なんかね、健人君が寝ちゃって、しばらく君のおチンチンを観察させてもらってたんだけど、私はずっと裸でいたら風邪ひくか、って思って、着るものを探したんだよね…………。でも無いんだ。着たいような服が。…………インナーもアウターも、すっごいコンサバで、真面目ぶったチョイスばっかりでさ………。なんで私、こんなに地味な服ばっかり買ってたんだろうって、自分で自分に腹が立って来て、全部捨ててやることにしたんだ。ついでに私が着たいようなインナーとかアウターとか、ネットで買っちゃおうって、今、検索してたんだよね」

 

「…………なるほど…………」

 

 健人は口元だけに愛想笑いを浮かべながら、リビングのコート掛けの下に置かれていた、彼の鞄を拾い上げる。この中には、彼の作戦ノートが入っている。これが何かの経緯で佐伯さんに読まれていたら、大きなリスクを生んでいただろう。彼はここでようやく、最後の3分の1の懸念を解消して、完全に一息つくことが出来たのだった。

 

「ヤヨイ姉さん、こちらを見て、僕の言うことをよーく聞いてください」

 

 やっと不安を全て、心から追いやることが出来た健人が、落ち着きを取り戻しながら、佐伯さんに再び催眠術を掛ける。今の彼は彼女に対して、口調と声色を変え、視線に特別な意味を持たせて彼女と目を合わせるだけで、佐伯弥生さんを深い催眠状態に落とせるようになっていた。それだけ、彼女と健人の催眠導入との波長が合ってきているということだろう。彼女の集中力、想像力、思考の柔軟さ、順応性、そして彼女が告白してくれた「健人の声質への好み」と「自己啓発本など、読んだ本に影響されやすい面」。多様な要素が絡み合って、この、知的で真面目、とても優秀な佐伯さんを、最適な催眠術の被験者という存在にしてしまっているということだ。

 

「今から私が『ヤヨイ姉さんのページを閉じる』というと、貴方は元の佐伯弥生さんに戻ります。けれど貴方が今まで一体化していた『佐伯弥生アンソロジー集』の本は、佐伯書庫にしっかりと置いていきます。貴方が催眠状態から解けて普段の生活をしていても、私が『ヤヨイ姉さんのページを開く』と告げると、いつでもどこにいても、貴方はまた、ヤヨイ姉さんに戻ります。…………そうだな、栞を入れておきましょう。メイク・ラブのシーンの直前です。だから貴方はヤヨイ姉さんに戻ったら、すぐに私とセックスをするための口実と場所を探して、動き出すのです。…………わかりましたね?」

 

「………………はい………」

 

「では『ヤヨイ姉さんのページを閉じ』ます。………貴方は、元の佐伯弥生さん。けれど、自分が今、どこにいて何をしているのかも気にならないくらい、深~い催眠状態にあります。これから私が貴方に伝えることを、貴方は催眠から覚めた時には思い出せない。けれど、私の言葉は貴方の深層意識の奥深くへと染みこんで、沈みこんで、根を張っていく。私の言葉は貴方にとっての絶対的な真実になります。わかりましたね?」

 

「……はい…………。絶対的な…………真実………」

 

 佐伯さんはラップトップPCの前に腰掛けながら、ボンヤリと遠くを見据えて、力なく返事をする。健人は、その椅子のそば、もう一対の椅子に掛けられた自分のズボンを手に取りながら、同時に佐伯さんに暗示を擦りこんでいく。

 

「佐伯さん、今日、貴方が君沢健人を自宅へ招き入れてから起こったことを整理しましょう。貴方は、自宅で君沢健人に催眠を掛けた。彼の催眠導入を深めるために、貴方自身も服を脱いで、下着姿になってみせました。それは事実です。貴方は目が覚めてからも、それを不自然なこととは思いません。これま真面目な催眠実験で、貴方はそのために有効と思われることをしたんです。良いですね?」

 

「………はい………」

 

「貴方は、今後、もっと彼を簡単に、そして確実に催眠状態に導くことが出来るように、後催眠暗示というものを掛けました。あるシグナルを与えると、被験者が事前に擦りこまれた暗示通りに反応するというものです。今回貴方が擦りこんだ暗示は、佐伯さんが健人に『健人君は私のもの』と言って、キスをすると、健人はその場で深い催眠状態に陥る、というものです。わかりましたね。言ってみましょうか?」

 

「…………健人君は………私の……もの………」

 

 彼が言わせた言葉だけれど、佐伯さんの口からそんな台詞が出ると、健人はゾクッとしてしまう。そして佐伯さんはまるでその言葉とセットになっていると言わんばかりに、唇をすぼませて、キスをする仕草もしてみせてくれた。

 

「そうです、素晴らしいですね。………これでこれからも、健人君は貴方の催眠術実験の、とても簡単で従順な被験者です。ちなみに、彼が催眠から覚めてしまっては困るようなときは、さらに催眠を深めてあげれば良いのですよ。やり方は、今日、試してうまくいきましたよね? 貴方が服を脱いで、下着姿になると、被験者の健人君は貴方以上に警戒心を解いて、無防備になってくれます」

 

『ずいぶん、お前に都合の良い、導入方法と深化方法を身につけちゃった訳だな………。この、美しい催眠術師さんは。』

 

 頭の中のもう一人の自分の声は、いつもの皮肉なトーンにで呟いている。健人はその声を頭の中から押しやるように、暗示の擦りこみを続ける。

 

「さて、佐伯さんは今日、そうやって君沢健人に催眠術を掛けて、何をしたでしょうか? …………貴方は、彼の手を触ったり、背中を触ったり、そして彼のおチンチンを間近から観察したりしました。………うん。ひょっとしたら、彼の意識がないことを良いことに、結構触ったり匂いを嗅いだりしたかもしれませんね。………ま、それくらいの悪戯は許容範囲でしょう。彼は貴方に好意を抱いていますし………ね」

 

 夢見心地で視線を彷徨わせていた佐伯さんが、顔をポッと赤くする。無意識のうち両手で顔を覆い、恥ずかしさと自責の念に堪えるような仕草を見せたので、彼女の気持ちを軽くするような言葉も添えておいた。

 

「貴方のおチンチンへの興味、そのなかでもとりわけ、君沢健人のおチンチンへの興味は、抑えられるものではありません。なにしろ、『佐伯弥生大百科』に明記されているほどの、厳然たる事実ですから………。その興味や欲求を解消していくためにも、これからもチャンスがあれば、彼との催眠術セッションを続けましょう。…………ちなみに、彼から催眠術を掛けられることについても、佐伯さんはもっとポジティブになります。何か、自分の日常に違和感を覚えるような変化を意識したとしても、それと催眠術とが結びつくことはありません。何しろ、彼に対しての警戒心は、完全な誤解だったわけですから…………。彼から催眠術に掛けられることを受け入れることで、貴方も彼に催眠術を掛けるチャンスが増えます。だから貴方は自然と彼とより親密な関係になることを、受け入れます」

 

 このくらいのほのめかしで、充分だろうか? …………いや、異性の交遊については、ガードが固めに見える佐伯さんのことだから、もう少し、念押しをしておこうか。健人はさらに暗示を擦りこむ。

 

「そして、佐伯さんは、君沢健人から遊びや食事、あるいはデートのお誘いなどを受けると、ついつい警戒心を解いて、快く受け入れてしまいます。なにしろ、彼は貴方のツボや癖、考え方や弱点を全て記述している『佐伯弥生大百科』を読み込み始めています。そんな彼のお誘いは、貴方のガードを擦り抜けてしまうんです。これはもう、攻略法や裏技の解析が全て明かされたゲームのようなもので、貴方に防ぐ手立てはないんです」

 

「…………受け入れる…………。防ぐ………手立ては………ない………。…………はい………」

 

 佐伯さんが、困惑した表情を見せながらも、同意の言葉を出しながら、頷いてしまう。ここまで確認しておけば、急に彼女から距離を取られることもないだろうと、安心しつつ、次の暗示を考える。

 

「ここに積んだ衣類は、しまっておいてください。…………捨てる必要は無いと思いますよ。…………でも、ヤヨイ姉さんが今までにネットで注文してくれた服や下着は………、キャンセルする必要はありません。…………あと、届いたら、せっかくだから、機会を見つけて、ちゃんと来ましょうね…………。ほったらかしにしておくのは、もったいないことですから。………簡単に捨てちゃったら、もったいないですよね?」

 

「………はい…………。ごめんなさい………」

 

 ヤヨイ姉さんという、キャラクターがやろうとしたことなのだが、健人の指摘に対して、佐伯さんは申し訳なさそうな顔をして、頭を下げて謝罪する。彼女がしたかったことでもないし、彼女の責任は一切ないはずのことなのだが、生真面目に謝ってくれるところが健気で可愛らしく感じられる。

 

「今日、貴方は、君沢健人に催眠術を掛けて、体を触ったり、おチンチンを触ったりしました。その後のことは、貴方の夢か妄想です。貴方の表層意識は、今日、健人と体で繋がったことなどを、現実のこととしては認識しません。…………けれど、貴方の体と、そして貴方の深層意識の奥深くでは、絶対に忘れることはありません。貴方が健人とセックスしたこと。そしてイッたこと。それがとても気持ち良かったこと。これまでの人生で最も気持ち良いことだったこと………。そのことが貴方自身の心と体の芯の部分に深く刻み込まれました。それはこれからも消えることはありません。君沢健人のおチンチンは貴方を痛がらせたり、怖がらせたりしない。貴方を圧倒的な快感と幸福感に導く、貴方の体にジャストフィットする、宝物のようなものです」

 

「………んんっ……………。んふん………」

 

 最後の方で彼女の感想として語ったことには、健人の願望がかなり入り混じっていたが、とにかくそれを暗示として擦りこんだことで、佐伯さんにとっては真実として体に染みこんでいったはずだ。その証拠に、健人の言葉の途中で、佐伯さんはまるで行為の記憶が甦って、体が激しく疼いたかのように、下腹部のあたりに手をやって、腰をヒクつかせると、内腿を擦り合わせるように身震いした。あごが上がり、顔は切なそうに赤らむ。

 

「…………伝えるべきことは、大体お伝え出来たかな? …………あとは、そうだ。私が貴方を催眠状態に導く時のことも決めておきましょう。…………これから、いつでも、どんな時でも、私が貴方に『中庭で集合』と言ったら、貴方は瞬時に今と同じくらい深い催眠状態に落ちます。私からのメールにこの言葉が入っていたのを見た時は、貴方は他人には気づかれないように、密かに催眠状態に落ちて、そこから後のメールの内容を貴方にとっての真実として深層意識へ受け入れていきます。これは貴方が催眠状態から覚めた後、普段通りの意識でいる時でも、いつでも、どんな時でもそうなります。…………わかりましたね」

 

「…………中庭で………集合……………。はい…………」

 

 後で、忘れないように、佐伯さんのスマホにあるメッセージアプリのアドレスを登録させてもらおうと、健人は記憶に留めるようにした。

 

「今までにお伝えしたこと。沢山のことをお伝えしたので、貴方は今から私が合図を出すまで、それらのことを頭の中で反芻させて、自分自身に深く強く染みこませていってください。これらは貴方にとっての絶対の真実として、貴方の重要な一部になっていきます。良いですね」

 

 それだけ伝えると、健人はリビングを出て、洗面所と一体となっている脱衣所へ向かった。そこで乱暴に脱ぎ捨ててあった服を着て、念のためにバスタブをシャワーで一洗いする。リビングに戻ってきた時も、佐伯さんは目を伏せて、頭の中で与えられた暗示を反芻しているようだった。健人は彼女からスマホの連絡先を聞き出し、アプリのアドレスを交換させてもらい、やっと彼女を深い催眠状態から解放した。あくまでも彼女が健人に今まで催眠術を掛けていたのだ、と思いこませた上で、だ。

 

 

「…………あれっ…………。もう………、こんな時間……………。すみません。君沢さん、私、ずいぶんと長くお引き留めしてしまっていたみたいです」

 

「………全然、長い時間、お邪魔していた気がしないです…………。ほんの一瞬、気持ちよく寝落ちした、みたいな感じなんですが………」

 

 健人はわざと大きく伸びをして、無邪気な笑顔で彼女に答える。彼の、何も覚えていないらしい反応を聞いて、佐伯さんはホッとしたように、安堵の表情を浮かべた。

 

「とても心地良い時間だったことだけは覚えているんですが………。1時間以上経っていたなんて、信じられないな………。佐伯さん、僕、催眠状態の間に、変なこととかしました? ………ご迷惑だったら、申し訳ないなって思って………」

 

 そう伝えると、安心していた彼女の表情が、ギクリと固まる。

 

「いっ………いえ………。全然、…………おかしなことは………ありませんでしたよ………。どちらかというと、教科書通りの暗示に対しての、教科書通りの反応でした。思い出せなくても、全然、大丈夫だと思います。………あはは………」

 

 顔を紅潮させた彼女が、薄っすらと額に汗を浮かべながら、取り繕うとしている。きっと彼女の頭の中では健人のモノを間近で覗き込んだり、手で触ったりといった、「自分の犯行」の記憶が、黒歴史のようにグルグル回っているのだろう。

 

 

 その晩、健人は佐伯さんを催眠状態から解いてからは、早々に彼女の家から退却することにした。彼女は何か後ろめたいことでもあるのか、催眠セッションに付き合ってくれた御礼に、健人に夕食を振舞う、と言ってくれたのだが、健人の方で遠慮した。今日一日で余りにも多くのことが起きたので、精神的には「お腹いっぱい」という状態だった。そして何より、疲れていた。これ以上、彼女の家で長居をして、何かボロを出してしまわないように、早めに自宅に帰ることにしたのだ。彼女がクルマで送ると申し出てくれたのもお断りして、駅まで歩くことにした。夜風に当たり、興奮で火照った体を少し冷ましながら、健人は明日からの、楽しく輝かしい日々に思いを馳せて、自宅へ向かうのだった。

 

 

。。。

 

 

「おはようございます」

 

 翌日も、健人は宮津市東図書館に午前中から入る。大学で行われている一般教養課程の残りの講義は、数少ない友人にノートを後から見せてもらうことをお願いした。元から大した趣味や交友も無く、どちらかというと友人にノート取りや代返を頼まれる側の人間だったので、こういう時は多少の融通が効く。いつもは無言か、ほとんど聞き取れないような挨拶を会釈と同時に発していただけの健人だったが、今日はハッキリと、受付カウンターにいる佐伯さんへ向けて挨拶し、その反応を伺った。

 

「………お…………おはようございますっ………」

 

 佐伯さんは健人と目が合うと、顔を赤らめ、少し目を伏せるようにして挨拶を返してくれた。昨日の出来事を思い出しているのだろうか。それとも、寝ている間に見た、荒唐無稽な「夢」のことを思い出して恥じらっているのだろうか。そのことに健人の方でも想像を膨らませながら2Fへ上がる。とりあえず、昨夜、彼女の頭の中に流し込んだ、一連の暗示が、今のところうまく効果を出してくれているようなので、安心する。

 

『自分で催眠術に掛けたと記憶しながら、実は自分が掛かっていてこう反応する………とか、どうたら、やたら複雑な暗示になっていたから混乱してないのか心配したが、彼女は、うまく頭で整理して飲み込んでくれたみたいだな………。ま、普段から、複雑な設定や世界観の物語も、混乱せずに読み込める、優秀な理解力を磨いてるのかもしれないが………。健人にとっては、願ったり、叶ったり………だな。』

 

(うん。昨日、元々の作戦で考えていたところよりも、ずいぶんと進捗したから、今日はまずはじっくりと、暗示の定着度合いを観察しようと思うんだ。)

 

 いつも座っている、2Fから階段と吹き抜けを通して1Fの受付カウンターの様子が伺える読書机に陣取って、健人は本を読んでいる振りをしながら、佐伯さんの様子を観察する。3年の間、チラ見し続けてきた、美人司書、佐伯弥生さんの働きぶり。今ではちょっとした仕草や姿勢の違いからでも、彼女が今、悩み事があるのか、スイスイと仕事が進んでいるのか、健人なりに想像出来るようになっている。そして今日の佐伯さんの仕事ぶりは、一言で言うと、集中出来ていない様子だった。健人の席から、彼女が利用客や施設の関係者と話している内容までは聞き取ることは出来ない。けれど、彼女が何度か、相手の言葉を聞き逃して、聞き直していたり、システム入力を間違えて戸惑っているところが見て取れた。一人で作業している時も、彼女は溜息をついたり、頭を左右に振ったりして、自分の仕事のパフォーマンスに満足出来ていない様子だった。

 

 観察しているうちに、佐伯さんが2Fに上がってくる。返却された本を元の場所に戻すためだろう。分量が多い時はカートと奥の業務用エレベーターを使うが、基本的には少量の返却本を細目に足を使って戻すのが、彼女のスタイルだ。もしかしたら、奥のエレベーターが出す、僅かな作動音について、読書中の利用客のために気遣っているのかもしれない。

 

 

 そんなことを考えながら、佐伯さんが戻ってきて、1Fへと階段を降りていくのを確認しようとしていた健人だったが、彼女が10分経っても、戻ってこないことを、ふと不思議に思う。受付カウンターには、返却本は無人の時に入れられるボックスがあるが、今、本を借り出したい利用客がいたら、待たされることになる………。彼女の、いつもと違う行動をキャッチした健人が、念のために様子を伺おうと、本を探す振りをして彼女が進んでいった方向へと、歩いていく。東図書館の蔵書は1Fに雑誌や児童書、小説や文庫本といった、比較的、貸出頻度が高いジャンルの本が並べられている。そして2Fは、学術書、研究所の類が多い。日本史の棚、世界史の棚、その他の人文学系の学術書の棚を歩いて行って、やっと佐伯さんのシルエットを見つけた時、健人は彼女が立ったまま、本を読みこんでいることに気がついた。裏表紙や奥付をチラッと確認しているのではない、何ページも、集中して読み進めている様子だ。………これは、仕事の一環としての本の位置確認や再整頓ではなくて、れっきとした読書であるような気がした。

 

「あの…………佐伯さん?」

 

 ボフッ!

 

 柔らかいけれど大きな音がした。分厚い本を、勢いよく閉じると、こうした音がする。

 

「はっ、はいっ…………。佐伯ですっ……………。……………あ、君沢さん………。ご、ごめんなさい」

 

 文字通り、10センチほどその場で飛び上がった彼女は、振り返って健人だとわかると、素早く今閉じたばかりの本を、棚の隙間に押しこんだ。そしてその場から、逃げるようにして歩き去ろうとする。

 

「いえ………、僕は全然。………あの、カウンターがしばらく空いていたから、どうかなさったかと、思っただけです。お邪魔しましたら、僕の方こそごめんなさい」

 

「全然、大丈夫です…………。それでは失礼します」

 

 彼女は健人に非礼を詫びつつ、図書館の平穏を乱さない程度に早足で素早くその場から立ち去った。途中、彼と顔を合わせないように、不自然なほど顔を伏せていたようにも思えた。気になった健人が、さっき彼女が本を強引に押しこんだあたりを、確認してみる。…………そこには、『男性器の文化人類学 - 性器とヒトとの年代記』という、分厚い本が置いてあった。

 

『佐伯さん…………、今、どうやら、仕事をサボって、チ〇コについて読んでたんだよな………。興味がどんどん沸いてきて、理性で抑えきれなくなってるんじゃないか? …………このまま放っておくと、仕事のミスが激増するかもしれないぞ。』

 

(………うん…………。お昼過ぎの彼女の休憩時間に、もうちょっと暗示の強度を調整させてもらうよ。…………昨日の夜、そこまで『おチンチンへの興味』暗示ばっかり、強調したつもりはなかったんだけど…………。佐伯さん、思った以上に、暗示に素直に、ビビッドに反応してくれるみたいだね………。)

 

 自分の変化に、困ったり、戸惑ったりしている佐伯さんの様子は、妙に可愛らしくて、健人を興奮させる。なぜこれほど佐伯さんが狼狽えている姿が健人をゾクゾクさせてしまうのか、自分でも不思議に思うほどだった。

 

 

。。

 

 

 パートの司書さんがシフトに入ってからの、佐伯さんのお昼過ぎの休憩時間。受付カウンターの付近を歩いて、彼女と一瞬視線が合っただけで、健人は理解出来た。彼女の休憩時間が始まったら、多目的ルームの一室、いつもの小部屋の前で待っていれば、彼女が来る。健人はそこで彼女に催眠術を施し、今の彼女の暗示の強度を微調整する。チューニングが済めば、彼女はこの後、仕事に集中しやすくなるはずだった。

 

 伏し目がちに、多目的ルームのコーナーへの中扉を開けて、小部屋へ近づいてくる、佐伯さん。彼女がドアを解錠して、健人を部屋に入れた後で、自分も入室してドアを閉める。健人が彼女に後催眠暗示のキーワードを告げようとしたその時、振り返った彼女はおもむろに健人との距離を詰め、両手で彼の後頭部を掴んで、彼に覆いかぶさるように体重を乗せた。顔を寄せる。彼女の唇が開いた。

 

「健人さんは私のもの」

 

 顔に彼女の熱い息がかかる距離でそう告げられると、彼女の唇が健人の唇に重ねられる。先を越されてしまった………、と健人は思った。実際には、このプロセスで健人が催眠状態に陥ることはない。あくまで佐伯さんが、「健人を催眠状態に導いた、と思う」だけのことだ。健人は抵抗することが出来る。けれど、彼は今、佐伯さんのターンを尊重したいと思った。せっかく彼女と交わしたばかりの約束事なのだから、まずは守った上で成り行きを見守りたいと考えたのだ。

 

 健人が体から力を抜きながら手を伸ばして椅子を引っ張り、手繰り寄せると、そこに深々と座って見せる。目を閉じて脱力する。深い催眠状態に陥った、という演技をしてみせた。すると、目を閉じている彼のすぐ前で、衣擦れの音が聞こえる。プチプチと、プラスチックや金属のボタンやホックの外れるような音も聞こえてくる。薄目を開いて見てみると、目の前で佐伯弥生さんは、テキパキとエプロンやシャツを脱ぎつつある途中だった。

 

 淡いヴァイオレットのブラジャーとショーツが現れる。昨日、一昨日と、見せてもらった彼女の下着と比べると、比較的ゴージャスな雰囲気のものだ。もしかしたら彼女が持っているラインナップの中で、最もセクシーなものを無意識のうちに選んできたのかもしれない。佐伯さんは下着姿になると、まだ少し恥ずかしそうにしながらも、健人の前に立つ。

 

「どうですか? 君沢さん。貴方の催眠状態は、深まっていますか?」

 

「はい………。体の力が抜けて、とてもリラックスしています」

 

「今の貴方は、私が何をしても、全く気にならない。私の言葉に従って動くけれど、後から記憶には残らない。そうですね?」

 

「はい………そうです」

 

 ずいぶんと質問の多い催眠術師さんだ。本来だったら、これほど自信なさそうな会話が続くと、被験者とのラポール(信頼関係)が揺らいでしまいそうなものだが、そこをリアルに演じる必要もないと思い、流れに任せて、頷いておく。すると、安心した様子の佐伯さんはすぐに言葉を継いだ。

 

「君沢さん………。あの、すみませんが、ズボンを脱いでください。…………下着も降ろして頂けますか?」

 

 まだ少し遠慮の残る、迷いがちな佐伯さんの言葉に、笑いを噛み殺しながら健人が従う。体を起こしてズボンを降ろし、トランクスも降ろす。そのまま椅子に腰かけると、尻に冷たい感触が返ってきた。

 

「両足を開いてください。…………もう少しお願いします…………はい。…………あの………。失礼しますっ」

 

 健人が膝を開けて出来たスペースに入り込んだ佐伯さんが自分の膝を床について、両手で健人のモノに触れて、導くようにその手を添わせながら、佐伯さんはパクッと口に含んだ。亀頭の先だけではない。美しい顔が変形するほどに深々と、健人のペニスの根本まで咥えこむ。彼の陰毛に、清らかなお顔が密着する。けれど、そのことも気にしないほどの勢いで、健人のモノを唇と口の中の肉とでシゴキ始めた。昨日の、「本から得た文字情報の記憶を想像で膨らませていた」だけのフェラチオもどきと比べると、ずいぶんな進歩だ。昨日の夜、遅くまでネットで動画を見漁ったのかもしれない。佐伯さんの涼やかな目元をよく見ると、化粧で隠しているが、目の下に薄っすらとクマが出来ているようだった。

 

 健人の掛けた催眠術。そこで擦りこんだ暗示のせいで、清楚で生真面目で奥手なはずの佐伯さんが、深夜までエロ動画を見て学習することになった。彼女が懸命に挑戦しているのは、一夜漬けで覚えこんだ、本物のフェラチオ。健人が佐伯弥生さんの人生の中での初フェラの相手。そう思うだけで、まだ多少ギコチなさも残る佐伯さんのフェラチオは、何倍も気持ちの良いものになる。いやむしろ、この経験不足を一生懸命さでカバーしようとしている、今の佐伯さんのフェラこそ、男としての健人が受けられる、最も贅沢なご奉仕ではないだろうか? そう考えると、彼のモノはますます固く、大きくなっていく。

 

 佐伯さんの表情は真剣そのもの。生真面目な性格がすぐに顔に出るのか、少し眉をひそめて集中している様子は、本の検索作業などをしている時の彼女の表情によく似ている。しかし両目は寄り目がちで、自分が今、しゃぶっているモノへの興味から、目が片時も離れない。そして頬は健人のペニスのせいで膨らんだりすぼんだりを繰り返す。そのたびに、可憐で清純な彼女の唇から、成人男性の性器が出たり入ったりする。彼女が真剣に懸命に取り組めば取り組むほど、そのフェラチオの光景は健気にも滑稽にも見える。そしてなにより、間違いなく、いやらしい光景だった。

 

 このままだと、すぐにイってしまう。せめて彼女に与えられている休憩時間のうち15分くらいは、この気持ちいい時間を引き延ばしたい。そう思った健人は、跪いている彼女の頭を撫でながら呼びかけた。

 

「佐伯さん、少しだけ休憩しましょうか、口を離して、僕とお話ししましょう。正直に答えてくださいね。…………佐伯さん、貴方は今、どんな気分ですか?」

 

「…………嬉しい…………。ずっと気になっていた…………、君沢さんの………おチンチンの………味とか、固さとか大きさとか…………、直接触れて、咥えて感じることが出来て…………満足しています………。朝から…………いえ、昨日の夜から…………、ずっと、このことしか考えられない状態だったから………」

 

 佐伯さんは柔らかい笑みを漏らす。心底、嬉しそうな表情だった。

 

「なるほど………。それはとても良かったですね。…………他に、貴方が今、感じていることはありますか?」

 

「……………ちょっと、申し訳ない気持ちもあります………。私の欲求を満たすために…………。君沢さんに催眠術を掛けて、無抵抗の状態にして、こんな…………道具みたいに使ってしまって…………」

 

「そうですか………。まぁ、本人は、嫌だとは思っていないかもしれないから、そこまで気にしなくても良いかもしれませんよ。どっちみち、相手は目が覚めた時には、何も覚えていない訳ですから」

 

「……………でも…………、だからといって…………、こんなこと…………してしまうのは…………。申し訳ないです…………」

 

 佐伯さんはしょんぼりと、いかにも反省しているような表情で顔を伏せる。けれど、無意識のうちにだろうか? 反省の弁を口にしている間も、右手は感触を楽しむかのように今も健人のモノを撫でて回しているのだった。

 

「なるほど。それが今の、佐伯さんの気持ちの全てですか?」

 

「あと……………。あの…………、何と言うか……………。不思議なんですが………、ちょっと、ドキドキするというか………、ゾクゾクするというか………。ちょっとだけ、気持ち良さも、あります………。大人の男の人が………、君沢さんが、…………こんなことされても、全然気がつかなくて、私の思い通りに動いてくれる…………、私の、言う通りになる………なんて…………。ちょっと信じられないというか、自分に、こんな力がある状態が、腑に落ちないけど凄いというか………」

 

「気持ち良い………。そうですね?」

 

「………は………………………………………はい………」

 

 心の中で健人はガッツポーズをしていた。それは、彼が佐伯さんに催眠術をかけて操って、彼女を裸にしたり、正反対のキャラクターを押しつけて体の関係を持ったりした時にも、感じていたことと、同じだったからだ。シンプルに欲求を充足させられている満足感、充実感。相手に対しての若干の申し訳ない気持ち、罪悪感、背徳感。そしてその奥に、本来は自分と対等だったり自分より立場が上にあったりと、思い通りには出来ないはずの他者を、自分の思い通りに出来てしまうという状況自体に対する、特別で非日常的な万能感………。この感情の予感のようなものを密かに掴んだ瞬間から、健人は催眠術という技術に心を奪われてしまっていたのだ。佐伯さんとセックス出来たことは嬉しい。昨日の夜、正直に言うと彼は、このまま死んでしまったとしても、自分は幸せな人生だったと言えるほどの喜びに浮き立っていた。今、佐伯さんにフェラチオをしてもらっていることも、とんでもなく嬉しい。そこに嘘や誇張は一切無い。しかし、では、これから先も佐伯さんと、催眠術を使わなくてもこうした関係を続けられるということになったら、彼は催眠術を封印するだろうか? そう問われると、彼にはYESと答えられる自信が無かった。まだ本格的に催眠術を実践する世界に踏み込んでから、日数にして僅かではあるが、彼はそこに、セックスへの近道というツールとしての存在以上の、なにか蠱惑的で、禍々しささえも孕んだような、怪しい魅力を感じていたのだ。

 

 健人に頭を撫でられながら、「おあずけ」を指示されているような状態の佐伯さんは、手では彼のペニスを撫でるようにしごきながら、目は一時もそこから離れない。彼女の舌がペロッと自分の唇を舐めるところも見えた。潤んだ目と、強めの鼻息。彼女は、発情していた。清純で奥手な美人司書さんが、(休憩時間とは言え)仕事場で、おチンチンへの興味に突き動かされて、熱病に浮かされるように、ムラムラしている。ただただ、おチンチンのことしか考えられなくなっている。健人が「どうぞ」とばかりに、頭を撫でていた手を離し彼女に自由を与えると、佐伯さんは喜び勇んで彼の股間にもう一度飛びつき、何の躊躇いも見せずに彼のペニスを咥えこみ、頬張り、フェラチオに無我夢中になる。彼女にとって神聖な職場にいること、休み時間後には彼女の天職である司書業務に戻ること、自分が今、利用客の一人にすぎない成人男性の前で、肌もあらわな下着姿を晒していること、それら一切を忘れて、おチンチンを自分の体の中に取り込むことだけに没頭している。そんな佐伯弥生さんを見ているだけで、健人の征服欲が十二分に充足され、万能感が胸を高鳴らせる。まるで世界を自分の手に入れてしまったかのような、うまく行き過ぎていることへの不安感さえ入り混じる、多幸感が満ち満ちていくのだった。

 

『…………お楽しみのところ悪いが、彼女の欲求レベルをチューニングするんだったら、いつまでもフェラばっかりさせてる訳にもいかないぞ………。時間配分は大丈夫か?』

 

 頭の中で、もう一人の自分の声が冷静に呟く。健人は振り返って掛け時計を見て、頷いた。

 

(うん……………そろそろ、イっても良いタイミングかな………。)

 

 健人は、快感と興奮のせいで声を上ずらせつつも、佐伯さんに話しかける。

 

「佐伯さん、よく聞いてください。今からもう少しで、貴方の口の中に、粘り気のある液体が噴き出されます。それは貴方にとって最高のご馳走です。美味しさと幸せな気持ちとで、頭の中が真っ白になります。これは私、君沢健人だけが貴方に提供することが出来る、貴方の大好物です。今から、私が3っつ数えると…………うわっ…………あっ………」

 

 健人は言い終わる前に、うっかりイってしまった。彼が暗示文の表現のことに意識をやった瞬間に、たまたま佐伯さんが強く彼のモノを吸い上げたせいで、不意な快感の高まりが、我慢の限界を超えてしまったのだ。目を大きく見開いた佐伯さん。健人がその様子を緊張とともに観察する。断続的な射精が落ち着いたところで、健人がペニスを彼女の口から抜き取る。すると彼女の驚きの表情は、次の瞬間に、文字通り、蕩けた。目尻を下げて、ウットリと目を閉じて緩んだ笑みを浮かべる、恍惚の佐伯弥生さん。彼女はまるで極上のスイーツシロップに酔っているように、幸せの笑みに溶ける顔を両手で包み込むように頬に手のひらを当てた。

 

「………んんん………………。んふぅん……………」

 

 色っぽい吐息を鼻から漏らしながら、佐伯さんは口の中で健人の精液をかき混ぜて、味を口内全体で噛みしめるように弄んだあとで、少しずつ、まるで名残を惜しむかのようにコクコクと喉を動かしてお腹に収めていく。普段だったらティッシュの中に廃棄される、彼の精液は今、上品な美女に、こちらが申し訳なく感じるほど、大事そうにありがたそうに堪能されて、彼女の体へと吸収されていくのだった。

 

「佐伯さん、貴方は僕が出した精液を飲み干すと、今朝からの………いえ、昨日の夜からの、おチンチンに対する異常なまでの興味や執着が、少し落ち着きます。貴方は君沢健人のおチンチンには気持ちが惹きつけられたままですが、他のおチンチンのことは、休憩時間の前ほどには気にならなくなる。仕事の邪魔になることはありませんよ」

 

 健人がそう告げると、佐伯さんは安心したかのように体の力を抜く。さっきまでやや内股気味に床に跪いていた膝からも力を抜くと、体の重みで膝が左右に開き、内腿の間に距離が出来る。すると彼女のショーツの鼠径部のあたりが、染みで黒ずんでいる様子が、健人の目に飛び込んできた。

 

「佐伯さん、ゆっくり立ち上がって、両足を肩幅に開いてもらえますか?」

 

 健人がそう言うと、佐伯さんはまださっきの精液の味の余韻を楽しんでいるかのような笑顔のままで、立ち上がって健人の指定する姿勢を取る。ショーツの真ん中から下あたりがやはり、湿っている。液体のせいで内側のアンダーヘアーが貼りつく様子が透けて見える。そしてその、現在のシミが作った模様の周囲には、グラデーションのように、濃淡の違う、以前のシミの後が等高線のように何重かの囲いを作っていた。

 

(佐伯さん…………。今朝から、何回も、ビショビショにここを濡らしていたんだ………。ま…………、おチンチンのことをずっと考えていたら、健康な生き物の体として、当たり前の反応をするのかな…………。)

 

 佐伯さんだって健康に機能している、大人の体を持っているんだから、四六時中、異性の性器のことを考えていたら、体もこうやって反応するのも、ごく自然なこと………。そう思う一方で、健人は僅かなショックと激しい興奮とを覚える。真面目で、常に卒のない対応をする、プロフェッショナルな佐伯弥生さんが、その顔の下で、オンナとして、メスとして、発情していたんだ。仕事に打ち込む振りをしながら、頭の中は男性器のことばかり考えているうちに、こうやって自分のアソコからはヤラシイ汁を何回も垂らして、パンツをグショグショに濡らしてきたんだ。僕に、暗示を擦りこまれただけで…………。彼女は、どれだけ清楚で上品な振る舞いを保とうとしても、僕が催眠状態の彼女に指示すれば、ムッツリスケベにもなるし、ザーメン大好きなキワモノグルメへも体が変質してしまう。そして僕が許しを与えるまでは、どれだけ自分では嫌がっていても、こうやってはしたなく、恥ずかしい液を垂らして、下着を汚し続けるんだ。

 

 3年の間、鉄壁ように感じてきた、美人司書のお姉さんのガードは、今はもう、可哀想なくらい儚げで弱々しいもののように感じてしまう。健人が、催眠術という、マスターキーを入手してしまったから。今では、彼女のプライベートな情報も、彼女すら知らないような深層意識の人格の芯にも、彼女の体を動かすコックピットにも、彼女の女性としての大切な入口にも、本当にどこにでも出入り自由になったのだ。

 

『………いや、過信しすぎるのはリスクあるけどな。今でも彼女のアイデンティティの関門はれっきとして、あるだろう。』

 

(うん…………。けれど、それも1つ1つ、キャラクターを立てて、徐々に与えた人格と、本来の人格とを融合していけば…………。そんなに日数をかけずに、突破出来そうな気がするんだよ…………。試させて。)

 

 健人は大きく深呼吸すると、次に佐伯さんに刷りこみたい暗示を一式、頭の中で整理する。抑制的な彼女が、自分の衝動をコントロールしきれずに戸惑っている姿は、表現できないくらいセクシーだった。だから、こちらの線で彼女に、アンソロジー集からの次のキャラクターをプレゼントしたい。そう考えて、健人は急ぎ、1つのキャラクター像を固めていく。

 

「佐伯さん。ここは貴方の大好きな、図書館の中庭…………。から下に階段を降りたところにある、貴方だけのために作られた「佐伯書庫」です。貴方の手にあるのは、前にも見たことがある、アンソロジー集です。『セクシーなヤヨイ姉さん』のこと、貴方はまだ良く覚えていますよね? 普段の佐伯弥生さんとは全くかけ離れたキャラクター。けれど、そうした、自分とかけ離れた登場人物ばかりでも、無いみたいですよ。次の作品に登場するキャラクターは、『薄幸なヤヨイお嬢様』です」

 

 健人がそう伝えている間に、佐伯さんはもう手で分厚い本をめくるような手つきをしながら、彼女にとっては間違いなくそこに存在しているであろう、重そうな本を、読みこむ仕草をしている。その表情は真剣そのものだ。

 

「この作品に出てくるヤヨイお嬢様というキャラクターは、真面目で貞淑な性格という点では、いつもの佐伯さん本人とあまり正確に違いはありません。けれど、彼女は、最近になって発症してしまった、『突発性色情症及び性欲抑制不全』という珍しい病気を抱えて生きています。この発作が起きてしまうと、ヤヨイお嬢様はもう誰とでも、あるいは何とでも、最初に目に映ったものと性行為に及んでしまいます。命に危険があるような病気ではないですが、とても気まずいですし、恥ずかしい結果を生んでしまいますよね」

 

「…………ぅぅぅ…………」

 

 佐伯さんは催眠状態に落ち込んだまま、両手で自分の顔を隠すように覆った。自分の持病のことを恥ずかしがるあまり、無意識のうちにも反応が仕草に出ているようだ。

 

「でも、少し安心してもらって良いです。ヤヨイお嬢様には、『君島先生』という主治医がついています。発作を抑制するため、あるいいは病気の治癒のため、ヤヨイお嬢様は君島先生の問診や触診、治療には全面的に前向きに取り組みます。質問を受けたら全て正直に答えますし、治療と言われればどんなことでも、君島先生の指示に従います。ヤヨイお嬢様の感じること、考えることは基本的に、佐伯弥生さん本人と、それほど変わりません。そして記憶も、佐伯さん本人と、ヤヨイお嬢様は基本的に共有します。ヤヨイお嬢様の体験したことで、事実の記憶としては佐伯弥生さん本人には絶対に受け入れられないほどのショッキングなものがあれば、その部分だけ、佐伯さんにとっては、そういう夢を見た、という記憶に刷り替わります。持病のこと、そして君島先生への全幅の信頼。この2つは、薄幸なヤヨイお嬢様にとっての絶対的な真実です。わかりましたね?」

 

「……………はい…………」

 

 佐伯さんは少しだけ躊躇いの間をあけたあとで、ゆっくりと頷いた。

 

 

「では、ヤヨイお嬢様、目を覚ましてください。診察を始めましょうか…………。きちんと診察してもらわないと、貴方は恥ずかしい発作を起こしてしまいますから。先生に聞かれたら何でも正直に答えて、先生に指示されたことは、どんなことでも真面目な治療として従いましょう。わかりましたね? ヤヨイお嬢様が目を覚めたらどうするか、言ってみてください」

 

「……………はい………。わたくしは………、先生の仰ることを何でも良く聞いて、治療に取り組んで、早く病気を治したいと思います」

 

 少し口調が変わったように聞こえる。これまでも佐伯さんの喋り方は上品で丁寧だったが、そこにさらに、まるで大正時代の女学生のような純真さと、素封家のご令嬢といったハイソ感が加わったように思える。彼女の深層心理が、健人の流しこんだキャラクター設定を受け入れて、さらに自分で膨らましていってくれる。この共同作業感。そして歪な関係ではありながら、まるで2人で世界を作り上げていくような共犯感。こうしたものが、健人の胸を高鳴らせて、より深く、催眠術の世界に彼を引きずりこんでいく。結果的に彼女をも………。

 

「3、2、1………。起きましょう。お気分はどうですか? お嬢様」

 

 ポンッと肩を叩かれて深く瞬きするように瞼を閉じて、また開いた佐伯さんは、2秒くらいの間、周りを見回した後で、君沢健人の質問に答える。

 

「あ………あの、先生。………今のところは大丈夫です。………その、喉の渇きみたいに感じていたものが解消されて、今は…………どちらかというと、喉の奥に、何かネットリした引っかかりみたいなものを感じるのですが、気持ちとしては、満足感と言うか、不思議とスッキリした気分です…………。でも、昨日の夜から、本当にわたくし、おかしくて………。もう、正気を失ってしまったのかと、心配しました」

 

「なるほど………。触診しながらお話を伺いますから、身につけている下着をお脱ぎください。………それで、お嬢様は、昨日の晩から、何を考えていたんですか?」

 

「……………あの……………。恥ずかしいんですが…………。お…………おチンチンのことです。駄目だと思っていても、おチンチンのことしか考えられなくて…………。特に、君沢さんという、大学生の男の人とお知り合いになっているのですが、………あの方の、おチンチンのことばかり、考えてしまうんです。…………こんなこと、あの方に、…………絶対に聞かせられない…………」

 

 顔がまるで茹でられたかのように紅潮して、目を潤ませている佐伯さんは、熱病に冒されたような様子で話し続けながら、ブラジャーを外していく。ヤヨイお嬢様は、診察だと思って仕方なく、全幅の信頼を寄せる主治医の君島先生に全てを打ち明けている。「絶対に君沢健人には聞かせられない」と思うような、あられもないプライベートな心のうちも含めて。はにかみながら戸惑いながら、胸の内を全て曝け出しつつ、ブラジャーを外していく佐伯弥生さんの姿は、まさに完全に無防備で心と体の隅々まで、曝け出されていく、薄幸のお嬢様の儚さを現しているようだった。右のオッパイからは手を離したけれど、まだ左のオッパイから左手を離せないでいる。

 

「ヤヨイお嬢様は、左の胸にシミがあるのが、コンプレックスなんですよね。ちゃんとカルテに書いてあります。けれど、恥ずかしがっていては、治療が進められませんよ。両手を頭の後ろで組んで、胸をグッと突き出してください。…………一応、治療記録のために、写真を撮らせてもらいますね。しっかりオッパイが映らないと、診断の精度が下がりますから、オッパイをもっと突き出して…………。そのまま小さく飛び跳ねてもらえますか? うん。ブルン、ブルンって、揺れ方は健康的で、問題なさそうですね。その場でランニングしてみましょう。…………両腕をバンザーイって挙げながら走れますか?」

 

「は…………恥ずかしいです………。先生」

 

 両腕をあげて、その場を動かないようにランニングすると、彼女の大振りのオッパイは、上下左右に暴れるように、変形しながらブルンブルン揺れる。ヤヨイお嬢様は恥ずかしさのあまり(そして高貴な育ちのせいで運動不足なのだろうか?)呼吸が乱れて、息が上がっている。その顔は鬱血したかのように、赤黒く、辛そうだ。健人が向けるスマホを見て、自分が撮影されていることを意識すると、より辛そうな表情をする。清楚で品方向性な深窓のお嬢様は、治療だとわかっていても、この状況に耐えられないかもしれない。

 

「お嬢様は今、発作は抑えられているんですよね? …………その状態をわかりやすく記録に残すために、大丈夫な時はもっとはっきりと、笑顔になってください。笑いながらバンザイして走って、もっとオッパイを揺らして見てください」

 

「は……………はいっ……………こ…………こな…………感じでしょうか?」

 

 佐伯さんは固くギコチない笑顔を作って、ピョコピョコとその場で走る。両腕を上に上げて、笑っているその姿は、エアロビクスか何かのインストラクターのようにも見えるが、とにかく恥ずかしそうに、動きの一つが弱々しく縮こまっている。しかしその消え入りたそうなほどの赤面ぶり、腰の引け具合がまた、何とも言えず可愛らしい。守ってあげたい気持ちと、もうちょこっとイジメたくなるような気持を、同時に掻き立ててくるのだ。

 

「ではお嬢様、揺れ具合はよくわかりましたので、触診を始めますよ。立ち止まって。バンザイのポーズを崩さないまま、オッパイをぐっと突き出してください。背筋を反らして両肩を後ろに開いていくイメージです…………そうそう。…………どれ…………」

 

「あぁっ…………………あんっ…………………」

 

 健人が手を伸ばして、その見事な形と大きさ、色合いのオッパイに触れると、佐伯さんがビクッと上体を震わせる。けれど、両腕は降ろさないように、歯を食いしばるようにして彼女は耐えている。本当に素直で健気な、良家のお嬢様といった雰囲気だ。

 

「突発性色情症及び性欲抑制不全…………。そして性的刺激過敏症の気もありますね………。ほら、ちょっと触られるだけで、とんでもなく感じるでしょ? …………特に主治医の私や、貴方のお知り合いの君沢さんという方などに触れられると、もうそれだけでイキそうになるくらいの気持ち良さ………。そうですよね?」

 

「そ…………そうなんです。…………もう、いますぐイキそうなんです………。気持ち良くて、気持ち良くて…………。お腹の下のあたり、奥の方で、キュンキュンするんです………」

 

「キュンキュン…………それは、痛みですか? ………引きつるような感じですか?」

 

「お…………おチンチンに…………入ってきて欲しい…………、おチンチン欲しいって………、訴えているみたいに、アソコが疼いてくるんです。…………恥ずかしい、体液が止まらなくなって、トロトロで火照ったみたいになるんです」

 

 病状を説明する時に、隠しごとなどしないように伝えているので、佐伯さんは切羽詰まったような声で、自分の体の恥ずかしい反応を、包み隠さず、詳細に教えてくれる。迷いながらも懇切丁寧に赤裸々に、自分の心と体の動きを生々しく語ってくれる。純真無垢のお嬢様口調で伝えられるから余計、健人の背徳感と快感が高められてしまう。

 

「ァアアアアッ…………ンンンッ」

 

 ピンッと痛いほど立ち上がって背伸びしているような乳首を健人が摘まむと、佐伯さんは大き目の声を裏返らせながら上げて、身を捩って悶える。

 

「お嬢様の体から染み出てくるイヤラしい部分。セックスを求める、動物的な性的欲求。それをこうやって発散させるんです。オッパイを揉みしだくと、ほら。全身を快感が駆け抜けるでしょう? これが今、最先端を行く治療法なんです。体質的な相性もありますから、貴方の場合は、君沢君か………この私、君島の手で触れられると、発作は治まり、病状は改善します。だから、私や君沢君にオッパイを揉んでもらうこと。このことを心掛けてください」

 

「はいっ…………ぁはあああああっ………………。わかり…………ました………やんっ……」

 

 体の中を駆け巡る暴力的な快感に突き動かされているのか、佐伯さんは髪の毛を振り乱して、顎を突き出し、頭をガクンガクンと揺らしながら、胸を弄られて悶え狂う。

 

「私や君島君の手でオッパイの肌に触れてもらうこと、揉んでもらうこと。乳首を弄ってもらうこと。あるいは口をつけて吸ってもらうこと。それが貴方の心と体が、全霊で求めていることです。それを繰り返すうちに、病魔は去って、貴方は健康で瑞々しい、幸せな自分に戻ることが出来ます。だから貴方は、心の底から、私や君島君に胸を愛撫してもらうことを求めていくんです。そうでしょう?」

 

「そうですっ……………私っ…………。胸を、揉んで頂かないと………。もう、駄目なんですっ」

 

 佐伯さんは思い余ったように上にあげていた両腕を降ろして健人の体を抱えこみ、すがりつくように体を密着させる。少しでも健人の手を自分のオッパイに強く押しつけてもらえるように、自ら体を押しつけ擦りつけて、さらにオッパイに刺激を与えてくれることをせがんでいる。慎み深いお嬢様の、病気を克服したいがための、決死の覚悟での醜態だった。それに応じるように、健人が佐伯さんの乳首を根元から唇で咥えて、引っ張るようにしながら強く吸う。もう片方のオッパイは強めに掴んでムギュッと指の腹を押しこむ。その瞬間に、ビューゥッと、健人の太腿に、熱い液体が噴きかけられた。視線を下げてみると、彼の太腿に足を絡めるようにしていた佐伯さんの股間から、愛液が噴き出されたことがわかる。それは彼女の、すでにビタビタに濡れきっていたショーツを貫通して、健人のズボンの生地をも通して、噴きかけられた感触を、健人の太腿の肌に与えてくるほど、強い勢いで噴き放たれたものだったのだ。

 

「お……………お漏らし……………しちゃいました? …………私…………。子供じゃないのに…………。ごめんなさい………。もう、イヤ…………」

 

 エクスタシーの余韻からやっと抜け出したヤヨイお嬢様は、つぶらな瞳から輝く涙をボロボロこぼしながら、君島先生にすがりつくようにして泣き始める。先生は可哀想なお嬢様を抱き上げるようにして、あやしてあげる。

 

「全然大丈夫ですよ………。これは多分、あの、潮を噴いたんです。…………と言っても、潮も成分としては尿と変わらないっていう研究結果もあるらしくって、そこらへんはよくわかっていないのです。私の専門分野とも違います。けれど、これは貴方が病気を克服するために重要なステップなんです。体の悪いものを外に出してしまうのは、とても良いことです。貴方はスッキリと、体が浄化されたような感覚になっているはずです。そうでしょう?」

 

「そ…………そう………かも……………しれません………」

 

 ヤヨイお嬢様はまだショックのせいで鼻を鳴らしながらも、泣くのを止めようと呼吸を整えようとしている。先生を見上げる目には、一切の疑いの色も、反論を持ち出そうとするような様子もない、主治医先生への、純粋で混じりっ気のない、信頼と助けを求める感情があるのみだった。

 

「貴方は真面目で清廉潔白なお嬢様像を自分に押しつけ過ぎです。その凝り固まった殻が、お嬢様の、健全な人間だったら誰もが持つ、性的な欲求や感情、感覚を押しつけ、まるでなかったかのように抑え込んで滞留させてしまっていたんです。それが時折、暴発してしまうのが、貴方の病気の根源です。だからお嬢様は、病気を快癒させるためにも、私、主治医の君島や、お知り合いの君沢君に、自分の胸を好きなだけ弄んでもらって、凝り固まった自分の殻を、快感で壊してもらう。もう、恍惚の気持ち良さで、自分を無茶苦茶にしてもらう。そこでようやく薄幸なヤヨイお嬢様がリセットされて、持病が快復に向かうんです。だから、オッパイを揉んでもらうこと、吸ってもらうことは、本当は治療のスタートです。終わりではありません。ある程度の時間、症状を抑えることには、役に立ちますが、根治に向けた治療としては、オッパイの愛撫の後、もう理性が弾け飛んだかのように、君島先生か君沢君と、セックスをすることです。信頼出来るその2人のうちのどちらかに、自分の全てを曝け出して捧げきって、無心で快感を貪る。相手に快感を与えるために、自分を投げだしてどんな行為も厭わずにやりきる。その原初的な営みから、お嬢様本来の生命力が正しく循環し、無軌道な性欲の暴発を本当の意味で減らしていくことに繋がるんです」

 

『お前の催眠術師っぷりも、板についてきたなぁ………。よくもまぁ、ペラペラと色んな言葉が出てくるもんだ………。』

 

(多少入り組んだ台詞でも、芝居がかった台詞でも、読書家の佐伯さんがスムーズに受け入れてくれるから、ついついこっちもノッて来ちゃうんだよね………。それに、根が小心者だから、どうしても何度も繰り返し暗示を入れて確認しないと、心配で………。)

 

 健人は、頭の中のもう一人の自分の声に、弁明するように答える。

 

『まぁ、それはそれで構わんが………、時間を食っちゃうことは忘れるなよ。………時計を見ろ、彼女の休憩時間は、とっくに終わってるぞ。』

 

 そう言われて、慌てて時計を振り返ると、確かにこの時点でもうすでに、彼女が予定していた休憩時間の終了時刻を10分も過ぎてしまっていた。健人は慌ててこのセッションを閉じる方向に舵を切る。

 

「それではヤヨイお嬢様、私が今から5つ数を逆に数えると、アンソロジーの本は閉じられ、ヤヨイお嬢様というキャラクターも、佐伯弥生さんの深層心理の奥深くへと去っていきます。但し、本には栞というものがありますよね。貴方が深い催眠から覚めて、正気に戻ってから、いつでも、どんな時でも、私が『薄幸のヤヨイお嬢様』というキーワードを貴方に伝えると、貴方はいつでも、ヤヨイお嬢様に戻り、いやらしい発作と戦いながら、主治医の君島先生の治療に全力で従う闘病生活に戻ります。キーワードは、私が貴方の耳元で直接呼びかけても、電話を通して聞かせても、あるいはメールや手紙の形で送ったとしても、私から貴方に届けられたことがわかる限り、必ず同じように今の効果を発動させます。わかりましたね」

 

「…………はい…………。どんな形でも…………。必ず…………。……………わかりました」

 

 素直に首を縦に振る佐伯さんの様子を見て、安心した健人が彼女に服を着るように伝えるしかしそこで、思いついたことをまた1つ、試してみたくなった。

 

「佐伯さん、私が5から0まで数えると、本はさっき言った2つめの栞を挟み込んだ状態でしまわれていき、貴方は脱いだ服を着て、仕事に戻れる準備をします。但し、貴方のパンツは、グショグショに濡れてしまっていますので、そのまま身につけていては、風邪をひいてしまうかもしれません。貴方は今すぐパンツを脱いで、私に手渡して、身だしなみを整えてから、残りの服を着ましょう。そして自分がパンツを穿いていないことを綺麗サッパリ忘れて、この後のお仕事に集中しましょう。5、4、3、2、1…………0」

 

 健人が数え終えると、佐伯さんは俯いて、自分の穿いているショーツに両手をかける。肌にべっとりと貼りついて抵抗する薄い布を引き? がすように降ろして、佐伯さんが全裸になっていく。ショーツが股間から離れると、ムッと香ばしい匂いが健人の鼻と股間を刺激した。足を抜いた後の濡れた布は、両手で全裸の美人司書さんから健人へと手渡される。健人はそれを大事そうにポケットにしまった。彼女がとことん興奮して、アソコを湿らせたどころか、潮まで噴いてくれたという重要な証拠品だ。自宅に持ち帰って、様々な用途に使わせてもらうつもりだった。

 

 素肌にパンティストッキングを穿き、ブラジャーで美しい胸を包み込み、テキパキと服を着ていく佐伯さん。その仕草は、さっきまでの世慣れない儚げなご令嬢といった様子とは変わって、立派に仕事をこなす、成人女性のものへと変わっていく。そして鏡が無くても慣れた様子で身だしなみを整えたあと、健人の前に「気をつけ」の姿勢で直立した。

 

「はい、佐伯さん、催眠術のセッションは終了しました。貴方が僕に催眠術を掛けたセッションです。とても上手くいって、君沢健人はリラックスしたけれど、何が起こったかは何も覚えていない。そして貴方は午前中に溜まったモヤモヤを、スッキリさせることが出来ました。はい、目が覚めます」

 

 健人がポンと肩を叩くと、佐伯さんは大きく2回瞬きをして、正面の彼を見つめる。そして何かを思い出したかのように、少し気まずそうに目を逸らした。

 

「………? …………どうしましたか? ………佐伯さん。僕が貴方の催眠術に掛かっている間に、何か起きました?」

 

「い…………いえ。何も、おかしなことは、起きていません。……………普通です…………」

 

 佐伯さんは両手で自分の頬を包み込むようにして、赤面する顔を隠しながら、何も起こっていないと言い張る。けれど、彼女の体はきっと、潮を噴いた後の気怠さ、健人の精液を飲み込んだあとの喉の奥の違和感を、はっきりと主張しているはずだ。唯々、彼女の記憶だけが、それらは佐伯弥生が健人に催眠術を掛けて、自分の意志でしてしまったことだと、錯覚しているだけの違いなのだ。

 

「そうなんですね…………。普通か…………。僕は、とてもスッキリとして、気分が良いですよ。…………催眠術って、よくわからないけれど、面白いですね」

 

 ニコニコしている健人に対して、まだ佐伯さんはきちんと目を合わせられないでいる。しかも、罪悪感に苛まれているのか、伏し目がちに、ボソボソと、「そ、それは良かったです。はい」などと呟きながら、ペコペコと頭を下げていた。

 

「今日の夜も、佐伯さんのご都合がよろしければ、ご自宅に伺って、一緒に催眠術の練習でも…………と、思ったのですが、僕、今夜中に仕上げておかないといけない、レポートがあるんです。佐伯さんも、少しだけお疲れのようですし、今日は、ゆっくりされては如何でしょうか?」

 

「…………あ…………はい………。お気遣い、ありがとうございます………」

 

 やはり、昨日あまり眠れなかったのだろう、佐伯さんはホッとしたように表情を緩める。しかし、その表情の奥には、どこか、少しだけ残念そうな様子も見てとれた。そう。そうやって彼女の心を揺るがしておいて、不意に提案してみる。

 

「あの、そのかわりと言っては、なんなんですが…………。明日って、佐伯さんは出勤されない日ですよね? …………その、もし他にご予定が無ければ、午後に、僕と何か、映画でも見に行くというのは、どうでしょうか? …………その、さらに深く催眠術を勉強するに当たっては、図書館や家以外の場所でも、一緒の時間を過ごしてみるなどして、信頼関係を強めて置いた方が、掛かりが良くなると思ったんですが………」

 

 健人が言うと、佐伯さんはまた少し困惑したような表情になって、押し黙ってしまった。何と答えるべきか、迷っているようだった。20秒ほど。健人にとっては日が暮れてしまわないか心配になるほどの長考を経て、佐伯さんは、おずおずと頭を縦に振った。

 

「君沢さんには、その………色々、言葉に出来ないほど、お世話になっています。…………特に、君沢さんは催眠術に掛かっている間のことは、全く覚えていないタイプのようで、それで言うと、20分、30分と、まるで私が君沢さんのお時間を奪っているようなものですよね…………。そういう意味では、ちょっとしたお詫びも兼ねて、その、映画を1本、ご一緒させて頂くくらいは、…………人として、当然のことかな…………とも、思いまして…………」

 

 赤面したままの彼女の回答を、健人がきちんと理解出来るまでにも、多少、時間がかかる。健人が自分の解釈が正しいのか、確かめようとしている時に、頭の中のもう1人の自分の声が先に響く。

 

『おい、これって一応、OKしてるんだよな? でも、なんか、言い訳が多くないか? 人として当然のことかと思うから、デートを了承しますみたいな…………、まるでお前が何か因縁つけて来たみたいなリアクションに見えるんだが………。』

 

(………そこまで言うかな? …………いや、やっぱり、プロの司書さんとして、1人の利用客とあんまり特別な関係になるのもまずいとか、彼女なりに、色々と考えなきゃいけないことがあるんじゃないの? ………僕としては、明確な拒絶じゃないだけで、御の字なんだけど………。)

 

『まぁ、そうだな………。今のお前だったら、彼女が仮に乗り気じゃなくたって、話を聞いてもらえる機会さえあれば、催眠術の助けも借りて、何とか出来そうだよな。』

 

 佐伯さんは佐伯さんなりに、健人は健人なりに、頭の中で議論が沸騰しているようだった。そんな中で、佐伯さんが先に、時計を見てギョッとする。休み時間を大幅に過ぎてしまったことに気がついた彼女は、慌てて身だしなみをもう一度だけ確認して、健人が部屋を出たらすぐに施錠すると、早足で多目的スペースから図書スペースへと、歩き去っていった。

 

 身だしなみを整え、仕事に戻っていったはずの佐伯さん。彼女が唯一、休憩に入る前と違って身につけていない、大切な布を、健人はポケットにしまっている。そのことを手でズボンの腰あたりに触れて確認するとともに、健人は自然と、緩い笑顔を顔に浮かべてしまっていた。

 

(明日は、午後から佐伯さんとデートだ…………。こんな日が来るなんて………、図書館にも、通いつめてみるもんだなぁ………。)

 

 健人は多目的スペースと図書スペースを区切る、中扉を通ると、今まで浮かべていた、だらしない笑みを掻き消すかのように、咳払いをして、真面目な表情を作る。夢にまで見た、佐伯弥生さんとのデート。そのプランを綿密に練ることが、今の彼に出来る準備だ。女性経験に乏しい健人だからこそ、佐伯さんとの初デートでやりたいことは山ほどある。与えられた時間の制約のなかで、催眠術も駆使させてもらいながら、最適なデートプランを練る。いつも座っている読書机の馴染みの席につくと、健人はノートを開き、時々、ペンのお尻の方で頭を掻きながら、計画の立案に没頭していくのだった。

 

 

<第5章へ続く>

3件のコメント

  1. 読ませていただきましたでよ~。

    清楚なのに暗示によっておちんちんのことで頭が一杯になって思春期の男子みたいな行動してる弥生さんが可愛すぎるw
    佐伯弥生大百科を読み込んでいるからお誘いを全く断れないというのもすごい好き。素の弥生さんをラブホに誘ってあたふたしながらも断れない弥生さんとかセックスしたいという直接的なお誘いも断れず入れられてしまう弥生さんとか非常に見てみたいでぅ。もちろん、ジャストフィットするという暗示もあるのであっという間に乱れてしまうわけでぅが(それがいいw)
    まあ、下手にやってもラポール崩れてしまうので難しいところなのでぅが。

    そして新たな人格薄幸のヤヨイお嬢様が爆誕。基本的には普段の弥生さんと変わらないものの都合よくいやらしくなっちゃうのがまたいいでぅね。
    ”君島先生”だけじゃなくて君沢くんに触れてもらうことも治療になっているのがちょっと気になるところ。ヤヨイお嬢様を出しておいて君島先生がいない状況に設定するのかな?
    そうなると、ヤヨイお嬢様が触ってくださいって迫ってくるのか・・・いいでぅねw
    多分次回あたりが最終回になると思うのでぅが映画館デートでヤヨイお嬢様をだして、更に素の弥生さんとの関係をちゃんと落ち着かせる・・・結構な量になりそうな気がしますでよ。
    個人的にはヤヨイ姉さんも出して欲しいところでぅし、欲を言うならまた別の人格をつくったりでもっと読みたいところでぅ。

    まあ、ともかく、次回も楽しみにしていますでよ~。

  2. 拝見させて頂きました。
    少しずつ少しずつ本来の弥生さんの人格に影響していく描写がとても素晴らしく楽しませて頂いております。
    特に健人君へ催眠を掛け(ていると思い込み)、記憶に残らない事をいい事に自分の欲をぶつける描写は、本人の人格が影響されているシュチュエーションでとても感動致しました。
    次回もとても楽しみにしております。また、無理はせずどうか完結までご執筆頂けると幸いでございます。

  3. >みゃふさん

    ありがとうございますっ。
    真面目な顔して、
    ムッツリスケベになっている真面目な女性。
    そしてそれが思いっきりバレている。
    という状況がとても好きなので、
    お楽しみ頂けてましたら幸いですっ。
    今回は最終話が6話目になります。
    ストーリー的には大きな展開はないですが、
    ご容赦願いますです。

    >ROM専さん

    ありがとうございます!
    「操っているつもりが好き勝手に操られている女性」
    というシチュエーションがどうしても書きたくて、
    このような展開となっております。
    読んで理解しにくい、一見さんに優しくない仕様なのですが、
    通の方にはお楽しみ頂けるかもです(笑)。
    もう1.5話ほどで完結となりますが、
    お付き合い頂けましたら、嬉しいです。
    よろしくお願いします。

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