人妻人形日記 二週目②

 

・6月5日(木)

 

 

「僕の催眠人形」

 

 ソファの上に、佳織さんを横たえる。

 今日もマッサージして、彼女の体に触れて、艶めかしい吐息を上げさせているうちに我慢ができなくなってしまった。

 虚ろな瞳を天井に向ける佳織さん。

 ごめんなさい、佳織さん。僕はまた、あなたに卑劣で卑猥なことをしてしまいます。とても興奮して我慢できないんです。

 今日は朝から肌寒く、佳織さんは少し厚手のパーカーを着ている。その前開きのファスナーを僕は下。パーカーの中はブラトップだ。

 室内着だから楽なのを着ているだけなんだろう。でも僕に対して何の疑いもなく、こんな無防備な服を着ていられる佳織さんが、可愛くて、少し苛立たしい。

 僕は男なんだ。あなたのことばかり考えて興奮している、危険な男なんだ。

 あなたにこんなことをしてしまう男なんだから。

 ケータイを取り出して写真を撮った。ソファに横たわり、うつろな目を天井に向ける僕のカオリちゃん人形。本当に芸術品だ。とても可愛くて何枚も撮ってしまう。

 胸に近寄ってアップで撮る。仰向けに寝ても形の崩れない佳織さんのおっぱいは本当に素晴らしい。肌もとてもきれいなんだ。昨日はたっぷりと見せてもらった。本当にきれいだった。

 たまらなくなって胸に触れる。とても大きくて柔らかい。ブラトップの上からでもわかる。佳織さんの胸の感触が、すごくよくわかる。

 僕の手の中で形を変える胸も写真に撮った。いっぱい撮った。

 服を脱がせて見せてもらおうと思ってたけど、その前に僕の我慢が出来なくなった。

 

「カオリちゃん!」

 

 佳織さんの体を跨いで、ジーンズから陰茎を取り出す。

 そして彼女の胸に擦りつけた。胸の柔らかさと肌触り。僕の陰茎はビリビリと快感にしびれる。陰茎の先には、佳織さんの無表情な人形顔が揺れている。

 僕は、カオリちゃん人形を抱いている。汚している。

 それはとてつもない興奮だった。彼女の胸に陰茎を埋めるようにして、何度も擦りつける。かすかな痛みも快楽だ。擦りつけて、熱くなって、このまま蕩けてしまってもいい。

 

「カオリちゃん! カオリちゃん、いい! 大好きだよ、カオリちゃん!」

 

 夢中になっていた。僕の陰茎。佳織さんの胸。佳織さんの催眠顔。軋んで音立てるソファ。

 

「あ、ああっ、ああっ…!」

 

 後のことも考えずに、佳織さんの服の上に精液をかけてしまった。

 胸に、そして喉もとにまで精液は降りかかる。それでもお人形さんは微動だにしない。僕の欲望のかたまりに汚されていく彼女はとても美しかった。そのことに感動しながら、たっぷりとぶっかけてしまった。

 

「……やばいって……」

 

 佳織さんのブラトップTシャツに大きな染みを作る。あぁ、もうべっとり僕の精液だらけだ。

 どうしよう。着替えさせるか。でもバレるに決まってるだろ。

 催眠術だ。なんとかそれで誤魔化すんだ。

 

「か、佳織さん。聞いてください。あなたは、今、お醤油をこぼしてしまった。胸もとにべったりと付いているのはお醤油だ。匂いも醤油だ。あなたは、すぐにそれを着替えなきゃならない。今すぐ」

 

 佳織さんの体をソファに座らせる。

 僕の精液がたらりと垂れてきた。

 

「いいですか。胸についているのはお醤油。あなたのこぼしたお醤油です。だから、あなたはパーカーの前を開いた。これは醤油。色も匂いも醤油です。すぐに脱いで着替えましょう。いいですね」

 

 焦って指示が早口になってしまう。ちゃんと佳織さんの無意識に染みこんでいるだろうか。上手くいくだろうか。

 僕は、バクバクする心臓を押さえて呼吸を整える。上手くいく。信じろ。催眠術を信じろ。

 

「僕が肩を3回叩くと佳織さんは目を覚ます……いいですね?」

 

 肩を叩いた。3度。

 佳織さんはゆっくりと目を開けて…そして、はだけたパーカーの胸を覗いて、目を丸くした。

 

「あー!」

 

 思わぬ佳織さんの大声にビクンと震える。どっと汗が噴き出る。

 

「大変、お醤油こぼしちゃった。うわー、べったりー」

 

 そして、僕の精液のついた服を摘む。胸もとがかなり大きく開いて、思わず覗き込みそうになって目を逸らす。

 テンパったときの佳織さんは無防備すぎ。でも今はそんな場合じゃなくて。

 

「は、早く着替えたほうがいいですよ」

「うん、そうだね!」

 

 そう言って頷く佳織さんのアゴにも僕の精液が付いてた。やばいな、あれも拭いてくれるかな。佳織さんは隣の部屋に行って、違うシャツを持ってお風呂場に向かう。

 

「ごめんねー、私ったら、なんでこんなところにお醤油を……」

「あー、あーいいですから全然、僕、そろそろ帰ります!」

「え、ホント? まだいいじゃない、コーヒーは?」

 

 Tシャツを変えた佳織さんが、僕を玄関先まで追いかけてくる。

 

「いえ、じつは明日は超早い現場があって……」

 

 ウソを取り繕う僕の前で、佳織さんはTシャツの襟元を広げて、僕の精液の匂いをクンクン嗅いでいた。

 

「う~、まだお醤油くさいよ~」

 

 その仕草も可愛いし、襟元の広いTシャツは大胆だし、それを持ち上げてるせいでおへそが見えちゃってるし、無防備な色気を振りまく佳織さんをおいしくいただけてるんだけど、余裕のない僕は焦りまくりだ。

 

「そ、それじゃすぐシャワー浴びた方がいいですよ。とにかく僕はこれで!」

「うん、また明日ね」

「はい、失礼します!」

 

 テンパリまくって帰ってきた。心臓がまだドキドキしてた。

 落ち着くためにビールを飲んで、ケータイに撮った画像のことを思い出す。忘れないうちにPCに移動しておこう。誰かに見られでもしたら大変だ。

 どれもきれいな写真だった。佳織さんの催眠顔はとてもきれいだ。胸も腰も横たわる全身も撮ったけど、一番きれいなのはやはり顔だった。

 さっき出したばかりなのに、一段落したらもう僕の股間は硬くなっていた。

 

「佳織さん……」

 

 陰茎を取り出して、PCの画面を見ながら擦る。

 今日は焦った。とんだ失敗だ。

 でも、おかげで後催眠の実験も成功した。佳織さんは、自分の体にべったりと付いた僕の精液を醤油だと誤認していた。

 これが催眠の力か。E=mC^2にあったシチュエーションと同じだ。あそこに書いてあったとおりだった。

 僕の催眠術は佳織さんの認識まで操作することができるんだ。

 現実に、こんなことがあるなんて……。

 

「……ハハッ」

 

 焦って損をしたかもな。こんなことが出来るんなら、もっとゆっくり楽しんでも良かった。

 どうせなら、僕の精液に汚れた佳織さんも撮っておけばよかっただよ。

 すごくきれいだった。あの佳織さんも。

 

「カオリちゃん…ッ!」

 

 どく、どくと僕の陰茎が震えて、ティッシュの中に大量の精液を吐き出す。

 もう2回も出したのにこれだ。佳織さんは、僕の欲望を無尽蔵に引き出す。まるで僕の方が催眠術にかけられたみたいに。

 

「佳織さん…ッ」

 

 むくむくと、絶えることのない情熱。佳織さんの催眠顔は僕の欲望スイッチ。

 

「止まらないよ……佳織さん、止まらない!」

 

 幸せだ。僕は本当に幸せだ。

 明日は何をしよう。きっと今日よりも、もっとすごいことをしてしまう。毎日我慢が効かなくなっていく。

 佳織さん。佳織さん。佳織さん。

 

「あぁ…ッ!」

 

 モニターいっぱいの佳織さんの催眠顔に、僕はまた大量の精液をぶっかける。

 明日が楽しみで仕方ない。

 

 

・6月6日(金)

 

 

『うん。そう。土日の間だけ帰れることになったんだ』

 

 昼前にかかってきた先輩からの電話に、僕はあいまいな相槌を打っていた。

 おそらく内容は仕事のことだったんだけど、僕の頭にはもう何も入ってきてなくて、ただ先輩の言うことをメモする手だけ動かしていた。

 

『係長が帰ってきたらそう伝えといてくれ。月曜までには現地に戻るから、会社には顔出さないって。伝票とかはお前に預けていい?』

「はい」

『そんじゃ、帰る前にお前んとこ寄るから』

「はい」

 

 通話の終わったあとも、僕は受話器を耳に当てたまま、しばらく動けなかった。

 そういや、先輩が戻ってきたら相談しようと思っていた件があったんだった。でも、休日を利用して帰ってくる先輩に手間をかけさせなきゃならないようなことでもない。

 だから……何も伝えられなかったけど、別にいいんだ。僕は先輩に何も言わなかった。報告するようなことは特になかった。

 何も。

 

「あ、会社にも電話きてたんだ? まあ、そりゃするよねー。うちにもさっき来たんだけどさ、急に帰るって言われても慌てちゃうよ。ゴハン何作ればいいんだろね。あの人、いっつも『なんでもいい』しか言わないんだよー」

 

 いつものように、晩ご飯をごちそうになりに来た僕の前で、お味噌汁の鍋を温めながら、佳織さんは機嫌良さそうだった。

 

「出張してる間って、民宿みたいな旅館みたいなところに泊まるんでしょ? ああいうところって、どんなお料理出るんだろうね。やっぱ和食が多いのかな?」

 

 そんな気を回さなくても、先輩の「なんでもいい」は本音だと思うんだ。佳織さんの料理は、そんなところで食べるゴハンよりよっぽど美味しいから、本当に先輩は佳織さんの手料理なら何でもいいんだよ。

 僕にはわかる。だって、僕も佳織さんの料理なら何でも毎日食べたいと思ってるんだから。

 

「先輩の好きなものでいいんじゃないですか?」

「あの人さー。嫌いな食べ物ってないんだけど、これが好きっていうのもないんだよね。ほんと気分次第だから困っちゃう。ふふっ。もう有り物で適当に作っちゃおっかなー」

 

 佳織さんは、「ぱっ」と陽気なかけ声で冷蔵庫を明けて、「んー」と小首を傾げる。

 あちこち棚を覗いて「私の主婦力が試されている……」と唸る佳織さんの、丸いお尻が時々揺れるのもじつに可愛くて色っぽかった。

 後ろから見てても幸福を感じさせてくれる光景だが、今はそれよりもキッチンが危ない。

 

「鍋、吹きそうですけど」

「あーッ!?」

 

 味噌汁のことがすっかり頭から消えてたらしい。佳織さんは慌ててスイッチを切って、鍋をかき混ぜる。

 

「あっぶなー。あははっ」

 

 佳織さんは、もう先輩の帰ってくる明日のことで頭がいっぱいのようだった。今、僕のために夕食を用意していることなんて忘れちゃうくらいに。

 

 なんだったんだろう。この2週間は。

 僕と佳織さんはかなり仲良くなれていた。一緒に食事したり、買い物に出かけたり、お互いをマッサージしたりもした。

 以前なら考えられないようなことばかりで、素人の催眠術で彼女を操り、汚してしまったことに、後悔と興奮の狭間で僕は苦しみ、そして喜び、それすらも感動的だった。

 濃密な十数日を佳織さんと過ごして、僕は彼女と特別な関係になれたと舞い上がっていた。

 でも佳織さんにとって僕の存在は、相変わらずただの旦那さんの同僚で、お隣さんで、それだけでしかない。今こうして二人っきりでいることも、彼女にしてみればただの近所付き合いで、僕は寂しいときの話し相手でしかない。

 そう仕向けたのも僕だ。彼女に会いたいと思わせる口実を作ったのは僕だった。

 彼女は僕に恋はしてない。僕の恋心だけが、前よりもずっと大きく揺るぎがたいものになっているだけだ。

 催眠術で、彼女の恋心を僕に向けることはできるんだろうか。

 きっと時間をかければ可能だ。

 でも僕が欲しいのはニセモノの恋心じゃない。そんなのが彼女が今、先輩に向けている想いに絶対に勝てるわけがない。

 2人に対する罪悪感が、今さらながらにとても重くのし掛かってくる。なのに、今も遠くにいる先輩のことを思って幸せそうな佳織さんを見ていると、強引にでも僕の手元に引き戻してやりたくて。

 いつもの罪悪感と欲望が僕を苛む。

 でも、どちらがより大きいかなんて、今さら決まりきっている。

 

「僕の催眠人形」

 

 鍋の火を止めてお椀に移そうとしていた彼女をお人形さんにする。

 後ろから抱きしめる彼女の体は、今日も柔らかくて良い匂いに満ちていて。

 僕は至福の時を彼女の肉体から与えられ、遠慮なくその喜びを貪っていく。

 

「ごめんね……でも、大好きだよカオリちゃん…ッ!」

 

 首筋の匂いが好きだ。髪の匂いも好きだ。鼻を擦りつけ、大きく吸い込み、そしてキスをして濡らしていく。細くて柔らかい体は、華奢な僕でも強く抱きしめれば折れてしまいそうで、慎重に抱きしめてあげたいけど、どうしても無茶をしてしまいそうになる。

 細いお腹も大きくて柔らかい胸も張りのあるお尻も、佳織さんの体で足りないところは1コもない。100点満点でも足りないくらい僕を満足させてくれる。

 僕のカオリちゃん。僕のカオリちゃん人形。

 君みたいな子にもう二度と会えるはずがない。もう一生、君だけで構わない。カオリちゃんを心から愛してるんだ。

 

「はぁ…ッ、好きだ、カオリちゃん。この抱き心地も、匂いも、大好きだ…ッ!」

 

 僕は彼女の正面に回る。

 あぁ、そしてこの顔。整った小さな顔。女の子らしくて、きれいで、僕より年上のくせに汚れを知らない少女みたいで、大好きだ。

 その顔の中で一番きれいなその瞳を、催眠状態でからっぽにした今のその顔が大好きなんだ。

 

「愛してる……愛してる! 僕はカオリちゃんが大好きだ! 僕のカオリちゃん人形だ!」

 

 先輩は知らない。佳織さんのこの顔を。人形顔を。先輩の知らない佳織さんを僕は抱いている。

 エプロンの隙間から手を突っ込んで胸を揉み、キスをする。

 頬、首、胸にキスして跪く。お人形になった佳織さんは動かない。お玉を握ったまま、瞳を宙に向けている。僕のカオリちゃん。愛しいカオリちゃん。

 

「君は僕のモノだよ! カオリちゃん人形は僕のモノだ! 誰にも渡したりしないよ!」

 

 誰にも渡さない。

 あっさりと口に出してしまっている自分に驚いた。でも、それは当然の気持ちだ。

 今の会社に入って、このマンションに越してきて、先輩と一緒に片付けの手伝いに来てくれた佳織さんを紹介され、そのときからずっと片思いしてきた。先輩の家に呼ばれるのをずっと待っていた。佳織さんに「いらっしゃい」と言ってもらえるのを待っていた。彼女の料理を食べられるのを、彼女の笑顔が向けられるのを、名前を呼んでくれるのを、毎日毎日、どれだけ我慢して待ってたと思ってるんだ。

 ようやく、僕だけのカオリちゃんに会えたのに。僕だけの秘密の彼女が出来たのに。

 僕だけのものなんだ。彼女は僕だけの。

 

「カオリちゃん!」

 

 エプロンごとお腹をめくって、おへそにキスをして舐める。可愛くて美味しいおへそだ。少ししょっぱいところがいい。チュウ、と音を立てて吸う。れろれろと舐めてから吸う。

 そして、ジーンズのベルトに手をかける。

 

「ねえ、いいよね? 脱がせてもいいよね、カオリちゃん!」

 

 気が急いて上手に外せない。心臓がバクバク鳴っている。興奮しすぎて震えている。

 でも僕の手は止まらない。彼女の大事な場所をキッチンなんかで暴こうとしている自分に、ひどく興奮していた。

 ベルトを開いて、ファスナーを下ろす。彼女の下着の色、ネイビーが鮮やかに目に飛び込んでくる。

 カオリちゃんの下着。履き慣れて見えるそれは、きっと男に見せるためのものじゃなく、彼女の普段履きの下着だ。

 当然だ。僕に下着を見せる用意なんて彼女が考えるはずがない。

 そんな下着を僕は覗いている。あぁ、なんて悪いことを。でもいいんだ。今は彼女は僕のもの。カオリちゃんは僕のお人形さんなんだ。

 脱がせろ。お人形さんを裸にしろ。あのときのように。

 下着のフチに手をかけ下げる。

 そして、わずかにずらした指の先に彼女の陰毛を感じた。じょり、と擦れた瞬間に何かが冷めた気がした。

 してはいけないことをしているという、そっちの意識が強くなる。

 それは人形の股じゃなかった。生々しいほど女だった。

 先輩の奥さんだった。

 下着を掴んでいた手を離すと、元通りに彼女の股を覆い隠す。

 

「……ごめんなさい……佳織さん……」

 

 床に手をついて、涙をこぼす。

 何をしているんだ僕は。

 

「ごめんなさい……先輩……佳織さん……」

 

 何をしているんだ、僕は。

 

 

・6月7日(土)

 

 

 久々の夫婦の晩餐だというのに、人の好い隣家の夫婦は僕も一緒にどうかと誘ってくれた。

 まぁ当然、僕は適当な理由をでっちあげて断るわけだけど。

 

「すいません、学生時代の友人がこっちきてるんで」

 

 先輩は、そっか、なんて軽く答えて頷いた。佳織さんも「それじゃまた今度だね」と疑いもせずに微笑んでいた。

 とりあえず家にいるわけにもいかなくなったので、たまには一人で飲みに出てみる。

 適当に目をつけて入った居酒屋は、うるさくもなく、雰囲気も悪くなかった。

 お酒も料理も意外と豊富だったし、時間をかけてお腹を膨らませ、気持ち良く酔うこともできた。

 なんだ、結構いいもんだな一人呑みも。今度からたまにやってみるかな。

 さて、これからどうするか。帰るにはまだ早い気もするし映画でも行こうか。それとも漫喫かな。

 ちょうどそんなこと考えてたタイミングで、メールが入った。

 小田島からだった。

 

『愛でーす♪なにしてます~?』

 

 わざわざ自撮りの画像を添付してる。どうやらどこかのカラオケあたりにいるみたいで、いつもの小田島らしい満面の笑みと、可愛い柄のネイルでマイクを握っていた。

 

『ソロで飲んでる』

 

 そう返信すると、しばらくしてまた添付付きのメールが返ってきた。

 

『ソロ活動かっこいー☆☆☆こっちは経理課+わたしのトモダチでカラオケしてまーす。貴司さんもこっちきてきてー!愛は孝ザイルが聴きたーい♪てか北山うぜ〜』

 

 経理課の若い男連中と、小田島の友だちらしい知らない女の子たちの集合写真だ。彼女の肩を僕らの同期の北山が抱いていた。

 そういやコイツ、小田島狙いだって言ってたっけ。ハハ、なんだそのドヤ顔。小田島にうぜーって言われてるぞ。

 なんだか楽しそうだ。経理課の先輩たちもごっちゃになって、かなり盛り上がってるみたいだ。ちょうど良い誘いだな。こないだ新曲を仕入れたばかりだし、思う存分歌わせてもらおうか。

 僕はOKを伝えるメールを打って、送信に指をかけた。

 でも、送る直前に気が変わって全文を消去した。

 

『ごめん。もう帰るとこ』

 

 そうして一人で家路につく。でも部屋に戻る気分になれなくて、マンションの下の公園で缶ビールを開けた。

 風が冷たくて気持ちいい。

 でも一人で飲んでて楽しいわけがない。僕が考えるのは、今、隣の夫婦は何をしているのかってそのことばかりだった。

 缶ビールを一気に飲み干し、盛大にゲップする。そして、空を見上げる。

 あの部屋に、まだ明かりはついてるんだ。そのことを確認して、僕は自分のしていることを恥じて顔を伏せる。

 4階の左から3つ目が、先輩と佳織さんの部屋だ。そこが見える公園のベンチで、僕は3本目のビールを空けてしまった。

 目はグルグル回り始めている。二日酔い確定コースを順調に僕は歩んでいる。

 佳織さんは今、先輩と楽しい食事をとっている。笑って、恥じらって、怒ったフリして、夫婦2人きりの食事を楽しんでいるに違いない。

 出張中のこととか、それとも2人にしかわからない思い出なんかを楽しく語り合い、そして、キスをしているかもしれない。

 するに決まってる。だって彼女は先輩の奥さんなんだから。

 ビールの缶を握りしめる。泡と一緒にあふれ出す中身が僕の手を濡らした。

 コンビニの袋に空き缶を放り込み、手を洗うために立ち上がった。ちょっと間抜けな象さんの形をした手洗いだ。

 そして、見上げた窓の明かりが消えていることに気づいて、心臓が止まりそうになった。

 それを確かめたくてここにいたくせに、僕は見上げたまま動けなくなって、しばらく立ちつくしていた。

 わかってたのに。

 今夜、あの2人はセックスするって。

 

「……あー」

 

 そりゃするよ。いっぱいするに決まってる。佳織さんのあの体を先輩が抱きしめて、キスをして、服を脱がせて、そして体中のいろんなところにもキスをするんだ。

 佳織さんはとても嬉しそうな顔をする。気持ちよさそうな声も出すんだろう。僕にマッサージされてるときよりも、ずっと。

 そして佳織さんも先輩にキスをする。体に触れて、あちこちにキスをして、ペッティングをして、先輩を喜ばせるんだ。

 そうして挿入して腰を動かして、2人でいやらしくねちっこく、幸福なセックスをしているんだろう。

 僕のことなんか考えもしないで。

 

「あぁぁぁーッ!!」

 

 蛇口を蹴飛ばし、靴を水浸しにする。何度も何度も蹴飛ばして靴に傷をつける。

 

「あぁぁーッ! くそっ、くそっ、うあぁぁぁーーッ!!」

 

 引っこ抜いてやりたいけど、僕の力じゃ当然こんなの持ち上がらない。何度も蹴飛ばし、悲鳴を上げて、水浸しになって八つ当たりした。

 好きにならなきゃよかったんだ。出会わなきゃよかった。

 こんなに苦しくなるのなら、催眠なんて手を出すべきでもなかった。

 彼女は僕のモノにはならない。彼女の瞳に映る男は僕じゃない。永遠に手の届かない女性を愛してしまった。

 でも、それだけでは終わらない。

 そう思って諦められることじゃなくなった。

 この手には、まだ佳織さんのぬくもりが残っているから。唇にはキスの感触だってある。

 僕の愛した女性は、佳織さんだけじゃない。

 カオリちゃん人形もここにあるんだ。

 誰にも言えない秘密の恋人だ。僕だけの恋人なんだ。

 僕の!

 僕の!

 なのに、今、先輩の…ッ!

 

「あぁぁーッ! あぁぁッ! うああぁぁーっ」

 

 アルコールが逆流して喉を灼く。

 尻もちをついて、汚い夜空を見上げて、僕はなぜか笑ってしまった。

 

 

・6月8日(日)

 

 

「佳織さんに質問します……昨夜、あなたと旦那さんは何回セックスしましたか?」

「……2回です……」

 

 2回。

 なんだ、たったの2回か。

 

「フッ」

 

 笑ったりしてすみません、先輩。

 でも、なんだか拍子抜けです。

 

「気持ちよかったですか?」

「はい……」

「幸せでしたか?」

「はい……」

 

 お人形のカオリちゃんが、無表情に答えていく。

 今日、先輩が帰り際に僕のところに挨拶に寄ってくれた。

 スッキリした顔の先輩を見送った後、「昨日の残りだけど晩ご飯どう?」なんて、軽く誘ってくれる佳織さんと2人で食事した。

 佳織さんも機嫌が良かった。いつもより倍くらい明るかった。

 僕はほとんど相槌を打ちだけだった。無口な僕を怪しむそぶりすらご機嫌な佳織さんにはなかった。

 そんな佳織さんに食後のマッサージをして、そしてカオリちゃん人形にした。

 今、カオリちゃん人形は真っ裸だ。

 僕が脱がせた。服も、下着も、全部脱がしてやった。

 昨日はあれだけ躊躇いがあったのに、今日の僕は彼女を全裸にすることに抵抗はなかった。

 彼女の体はとても綺麗だった。ビーナスのようだ。形の良い胸も、くびれたウエストも、そして、薄く繁ったあそこも、とても綺麗だ。

 先輩が夕べ何度も突っ込んだはずのそこも、人妻だというのに清潔なピンク色で、まるで少女のようだった。

 とても大切に愛されているんだろう。

 わかりますよ、先輩。こんなに綺麗で可愛いお嫁さんなんだもん。お人形さんみたいに、大事にしてあげたいですよね。僕にもすごくわかります。

 彼女の裸はすごく興奮した。でも、乱暴に扱うにはもったいなくて、僕にはろくに触れることも憚られた。

 彼女の裸を見ながら、マスターベーションしただけだ。

 4回も。先輩が彼女にセックスした回数よりも、ずっと多い。4回だ、4回!

 なのに僕はまだこんなに猛りきっている。

 僕はソファに腰掛ける佳織さんを見下ろしながら、まだ擦り続けている。

 佳織さんは、僕の精液で顔も体もベトベトだった。

 すごい量だ。だって4回分だから。なのに、まだまだ溢れてきそうで止まらない。

 

「旦那さんに抱かれて嬉しかったんですね?」

「はい……」

 

 佳織さんは、うつろな瞳を床に向けて、抑揚のない催眠声で答える。

 僕はその顔の間近で陰茎を擦りながら、質問を続ける。

 

「あなたは幸せなお人形さんですね?」

「はい……」

「でも、僕に会えなくて寂しくありませんでしたか?」

「はい……寂しかった……」

「それじゃ今は会えて嬉しかったんですね?」

「はい……」

 

 彼女は僕に会いたがっている。カオリちゃんになる時間を楽しんでいる。

 だから、これは悪いことじゃない。お互いのためなんだ。先輩がいない間、寂しい佳織さんの相手をしてあげてるだけなんだから。

 そうですよね、先輩?

 

「佳織さん、これから僕のマッサージを受けるときは、あなたは下着姿にならないといけません。恥ずかしいかもしれないけど、それがマッサージの決まりだから仕方ありません。下着姿じゃないと僕のマッサージは受けられないんです。だから、あなたは恥ずかしくても下着だけになりましょう。いいですね?」

「……下着に……」

「なりましょう。いや、なっていた。あなたはこれまでもマッサージのたびに僕の前で下着姿になっていた。いいですね?」

「……はい……」

「旦那さんがいない間、僕に来てもらうことであなたはとても助かっている。不安や寂しさを忘れられる。だから、僕が来てくれるのが楽しみだ。そうですね?」

「……はい……」

「佳織さんは僕がいると安心だ。いないと寂しくて不安。だから僕に毎日来てもらっている。あなたが望んだから僕は来ているんだ。そうですね?」

「……はい……」

「これから僕は毎日ご飯を食べに来る。毎日、あなたに会いにきて、ごはんを食べて、マッサージをする。あなたは僕と一緒にいると楽しい。気持ちが安らぐ。とても感謝している。そうですね?」

「……はい……そうです……」

「良い子だ、佳織さん。これからもたくさん可愛がってあげるからね」

 

 いいですよね、先輩?

 僕はあなたから佳織さんを奪うわけじゃない。ほんの少し、仲良くなるだけだ。彼女もそれを喜んでくれている。僕は彼女の寂しさを慰めているだけなんだから。

 だからこれは、ちょっとだけご褒美をもらってるだけです。

 別にセックスしてるわけじゃないし、彼女の心を奪ったわけじゃない。

 少しだけ、ほんの少しだけ、僕の居場所を作っただけです。僕だけの小さな秘密の人形部屋を。

 だから、いいですよね?

 先輩のいない間、彼女を僕だけのカオリちゃんにしてもいいですよね?

 あなたは佳織さんとセックス出来るんだから。

 

「カオリちゃん! 可愛いよ、カオリちゃん、うぅ!」

 

 僕に4回も精子をかけられて、ベットベトになった彼女の顔に、僕は5回目の精子もかけてしまう。

 すごい。全然量が衰えない。1回目から、ずっとこんな調子で大量にあふれてしまう。まるで僕の体がどうにかなってしまったみたいだ。

 ひどい匂いと、髪にまでこびりついた僕の欲望のかたまり。

 カオリちゃんは、うつろな目を床に向けて、顔に額から垂れ落ちる精液で全身を汚されていく。

 豊満なのに、締まるところは締まった素晴らしい肢体。

 本当に、男の子を喜ばせるために作られた人形のようだ。

 

「佳織さん……あなたは、僕が帰ったあとシャワーを浴びた。着ていた服は脱いで洗濯機に入れた。体が濡れているのは、シャワーを浴びている途中で電話が鳴ったから。でも、電話はすぐ切れた。間違い電話だったんでしょう。あなたは気にしない。体がベトベトしているのもボディソープだ。匂いも普通の石けんの匂いだ。気にしない。すぐにシャワーを浴びて、きれいに流して、もう一度、髪も体も洗い直しましょう。いいですね?」

「はい……」

「それじゃ、立って。はい、僕の手をとって……そう、ちゃんと立ってシャワーに行きましょう。僕が玄関から出て、ドアの閉まる音がしたら、あなたは目を覚ましてシャワーに行く。ボディソープでベトベトの体を流す。いいですね?」

「……はい……」

「それじゃ、もう一度確認します。ドアの閉まる音であなたは目を覚ます。僕はもうとっくに帰っていて、あなたはシャワーの途中だった。いいですね?」

「……はい……」

「それじゃ……僕はもう行きます」

 

 彼女の服は、すでに僕が洗濯機に入れてある。

 僕は帰る前に、僕の精液で全身を汚した佳織さんの姿をケータイに収めた。とても綺麗だ。一生残しておきたい姿だ。

 愛おしさで胸がいっぱいになる。そしてまた股間が熱くなっていく。

 でも、明日も明後日も、彼女は僕だけのモノなんだから焦る必要はないんだ。

 

「おやすみなさい、佳織さん」

 

 僕はリビングの扉を閉める前に、もう一度僕の可愛いカオリちゃんを振り返る。

 精液がうつろな顔から胸へドロリと垂れていく。それでも微動だにしない彼女のお人形さんぶりに口元が勝手に歪む。

 

「愛してます」

 

 また明日。

<続く>

3件のコメント

  1. 自己嫌悪と現実を見せられてからの自己正当化。
    拗らせていくスタイルは陰キャの特権(でもないけど)
    鬱屈した情念をぶつけていくのにMC系は非常に相性がいいでぅね。
    人形としてはほぼ完全に落ちてるけど心は落ちてない佳織さん。

    習作スレのときはここで終わりだったんでぅよね。この先が楽しみでぅ。
    いや、ノクターン版読んでるんでぅけどw

    あと、なんか脱字見つけたので
    >「いいですか。胸についているのはお醤油。あなたのこぼしお醤油です。だから、あなたはパーカーの前を開いた。
    こぼしお醤油ってにぼしで作った魚醤の一種でぅかね(違)
    こぼしたお醤油でぅね

    であ、次回も楽しみにしていますでよ~。
    そういえば、俺の妹が超天才美少女催眠術師なわけがないの電子書籍が出てるの今更知りましたでよw
    知らなかった・・・

    1. >みゃふさん
      誤字報告ありがとうございます!
      こういう誤字発見のやりとりもE=MC^2ではよくあったなぁと懐かしくなりました(誤字なくせ)

      「俺の妹が〜」は当時の編集者に自分から提案して出してもらったんですよね。じつは「人妻〜」も新しい担当に自分で売り込みました。
      あんまり出版できそうなのを普段書いてないから、編集さんの手間を省くために自分で選んで提案するっていう、たぶん他の作者さんならしてなさそうなことしてる…
      次は「落ちこぼれのレイニー〜」あたり提案しようかと思ってるんだぜ。

      1. >みゃふさん追記
        誤解を招く書き方になってしまったけど提案したら何でも出してくれるわけではないっす…

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