人妻人形日記 四週目①

 

 

・6月16日(月)

 

 

 仕事終わりが近づいてきても佳織さんからの連絡はない。

 夫婦みたいな甘いメールのやりとりをしていたこの数週間がどれだけ幸せだったかを噛みしめる。

 画面を開いて過去のメール画面を見ているだけで、佳織さんの料理や笑顔、肌の感触やお人形さんになったときのうつろな瞳を思い出されて勃起しそうになる。

 だけど、今夜からは1人だ。

 彼女の部屋の前でちょっと躊躇して、でもやっぱりピンポンなんて鳴らせるはずもなくて自分の部屋に帰って買ってきた弁当を食べる。

 こんなにまずい物、よく毎日食べてたよな。

 半分くらいで飽きて捨てる。キッチンを汚したまま横になって天井を仰ぐ。そして、隣の部屋の壁を見る。

 佳織さんはもう食事を終えただろうか。

 とっくに終えて、テレビとか見ているんだろうか。

 ひょっとしたらお風呂に入っているのかもしれない。壁に耳を当てたらシャワーの音が聞こえてこないだろうか。

 

「あー……」

 

 軽く呻いて、僕は体を起こす。シャワーが必要なのは僕の方だ。

 30分くらい頭からお湯をかぶり続け、濡れた髪をタオルで包み、裸のままPCの電源を入れた。

 秘密のフォルダの中には、赤裸々な僕らの毎日が保存されている。

 カオリちゃんの横顔。カオリちゃんのキス顔。カオリちゃんのおっぱい。カオリちゃんの下着。

 僕の精液だらけになった彼女の顔も。

 

「……佳織さん……」

 

 僕はそのモニターの表情に指を這わせる。

 はっきりと思い出せる、彼女の感触。

 どこもかしこも気持ちよくて、僕は触れているだけで幸せだった。嬉しくて何度も射精した。佳織さんの肌に精液を浴びせることで、また興奮して勃起が止まらなかった。

 どうして、告白なんてしちゃったんだろう。

 あの瞬間、カオリちゃんよりも佳織さんが欲しくなってしまった。お人形さんごっこのために決めたルールを自分で破ってしまったんだ。

 恋心が止められなくなって。

 

「カオリちゃん……」

 

 体の中にある感情、ごっそり持っていかれたみたいだ。初恋のミカちゃん人形を失ったときと同じだ。

 彼女は僕の情熱だったと自覚した。

 

「カオリちゃん……カオリちゃん」

 

 触れて射精したい。

 キスをして、フェラチオもさせたい。

 好きだって何度も告白したい。

 

「カオリちゃんっ、カオリちゃん、うぅ!」

 

 灼けるように熱いペニスをさらに右手でしごいて、佳織さんのへの想いを燃やす。

 100万回マスターベーションしたら彼女のこと忘れられるだろうか。

 それとも――

 

 

・6月17日(火)

 

 

 昼休みも外に食べに行く元気はなくて、コンビニのおにぎりを席で食べていた。

 

「た・か・し・さん」

 

 そうしたら、デュアルディスプレイの間から誰かが覗いてて驚いた。

 小田島だ。こっそり近づいていたらしい。何してんだよ。

 

「もしかして約束忘れてないかな~?」

「え、何? なんのこと?」

「うわ、信じらんない。まさか本当に忘れたの? はい、今ので女子社員全員を敵に回しましたー」

 

 約束?

 ええ? 

 ……あぁ。

 今度二人で飲みに行くとか、そんなこと言ってたような。

 

「いや、全然忘れてなんかないけど」

「本当に? 今、めっちゃハードディスクの回る音してましたけど」

 

 というか、それ先週ぐらいの話だろ。

 そんなに急いで行くこともないんじゃないかな。

 

「愛は今日か明日なら空いてますけど〜」

 

 ディスプレイを観音扉のようにギギィと開いて、じとっと僕を見る。ハシビロコウのような視線だ。

 でも行きたくない。佳織さんの部屋で晩ご飯をごちそうになりたい。

 だけど、もう行けないということを思い出して気分がまた重くなる。

 

「今週はちょっと……」

「えー」

 

 正直、仕事に来るだけでも限界だった。体に力が入らない。先輩が帰ってきたら諦めもつくかなと思ってるけど、それまでは僕も僕の精神と肉体を安静にして放置しておきたい。つまり部屋でぼーっとするくらいしかしたくない。

 

「いや」

 

 だけど、そんなやり方で佳織さんのことが諦められるはずがない。昨日のように、カオリちゃんの写真で自分を慰めるだけだ。そしてむなしくなるだけなんだ。

 小田島愛は、佳織さん情報によるとなぜか僕のことが気に入っているらしい。少なくとも2人でご飯に行ってみたいくらいには。

 とは言っても他にキープしている男の数人はいるんだろうけど、そのくらいの子の方がかえって気楽だし、今の僕の気分には合っているのかもしれない。

 僕の気分を、変えてくれるのかもしれない。

 

「今夜、ヒマなら何か食べに行こう」

「え、行く。行きます。仕事終わったらコンビニで待ってる!」

「コンビニ?」

 

 会社から飲みに行くんだから、直接ここから一緒に行けばいいのに。まあいいけど。

 業務終了後、会社から一番近いコンビニに行って小田島を探す。

 雑誌コーナーに彼女はいた。

 タートルネックの半袖ニットに黒いスカートで、なぜかいつもより胸が大きかった。

 

「どこにします?」

 

 周りを窺うようにしながら、小田島は僕の隣に並ぶ。

 職場のみんなでよく行く居酒屋の名前を出したら、「なんでそこ?」って不機嫌な顔をしたので、女子社員がよく行くという韓国料理屋を提案する。

 

「そこも嫌です。ちょっとここから出ませんか?」

 

 と、小田島は少し離れた場所にある店を提案してきた。

 僕としては近場でいいし会社の人に会っても別になんだけど、「いいね」とだけ答えて店に向かう。

 わざわざ会社の人目を避けるなんて、彼女ひょっとして今夜中に僕とどうにかなるつもりなんだろうか。

 正直に言うと、僕は彼女に勃起できる自信もないんだけど。

 

 和食レストランのカウンターで並んでお寿司を摘まんでいるうちに、彼女もいつもの饒舌さを取り戻していった。

 会社のことや友だちのこと。彼女は何でもないことを楽しく話すのが上手で、男にモテるのもわかるような気がする。

 彼女のペースに乗っかるようにして僕もしゃべり出す。以前はそんなに話し上手ではなかったけど、佳織さんとの数週間で学んだ心理学や催眠導入のためのテクニックは会話術を底上げしてくれていたし、共通の話題も多いから盛り上がるのは早かった。

 そしてお酒の量も増えるに従い、小田島も体もぐんにゃりと僕に近づいてくる。

 

「愛ってぇ、周りから結構遊んでるように言われてて。別にいいんだけど、全然そんなことないんだけどなぁ」

 

 肩にこつんと頭が乗って、すぐに離れていく。会社とは違う匂いをさせていて、ちょっとだけ、後を引かれる気持ちになる。

 小田島は一緒にいて楽しい子だった。

 そして、エロい雰囲気のある子だ。

 楽しいセックスを期待させる。さすがに少し疼いてくる。

 

「小田島は盛り上げ役になってるとき多いから、そう見られるのかもね」

「そうなの。でも飲み会なんだから盛り上げるのは若手社員の義務だよね?」

「いや僕はそんなに……」

「盛り上がれー、貴司ー!」

 

 ともかく、僕らは楽しく飲んでいた。

 やがてお酒のペースも落ち着いて、料理を追加する感じでもなくなって、そして小田島が体に触れてくる回数も増えてきて。

 引き上げ時かというところで、彼女が僕の太ももに手を乗せてきた。

 

「ね、次どうする?」

 

 小田島と寝たいという気持ちがそのとき少しだけあった。

 でも、僕らがこの先どうなるにしろ、今日はそういう気分にさせてくれた彼女に感謝だけして別れた方がいいだろうと思う。

 

「明日も仕事だし家まで送ってくよ」

「えー?」

 

 小田島は唇を尖らせて、「愛の家より貴司の家は?」と太ももを揺すってくる。

 僕は苦笑を浮かべて「送るだけだから」とその手を握った。

 

「行こう」

 

 タクシーを拾おうとしたけど、そんなに遠くないという彼女の家まで歩くことになった。親と同居だという小田島家までは一駅もないくらいで、途中でドラッグストアに寄ったり、少しフラついてる彼女の手を握ったり、人通りの途絶えたところで2回ほどキスもしたりした。

 

「おやすみー」

 

 玄関前でしっかりした足取りに戻った彼女を見送り、どこかでタクシーを拾おうとしたところでメールを着信する。

 小田島からだ。

 

『おすし美味しかったね』

 

 寿司の絵文字を語尾に付けて、数行の空白を置いて。

 

『たかしのキスも』

 

 少しだけ重い気持ちになって、『おやすみ』とだけ返信した。小田島はもっと軽い子かと思ってたけど、ひょっとしたら逆に少し重い子かも。

 そしてケータイをしまおうとして、もう一件着信があったことに気づく。

 

『ごはんどうしてる?』

 

 3時間も前に届いていたメールは、佳織さんからだった。

 急いで返信しようとして、ケータイを落としそうになった。まず帰らなきゃと慌ててタクシーを捕まえ、だけど今から行くわけにいかないだろうと思い直し、というか誘われてるわけじゃないだろうと気持ちを落ち着け、タクシーの中で返信を打つ。

 

『気づかなくてすみません。会社の人たちと飲み会でした。今帰るところです』

 

 もう寝ているだろうか。いやだけど、まだそんなに遅い時間じゃないはずだ。

 返信が帰ってくることを信じて後部座席で膝を揺らす。その間もずっと心臓がバクバクしている。

 まさかだろ。

 もうフラれたはずだろ。

 だけど僕が今までかけてきた催眠を思い返せば、彼女の心の空白を埋められるのは僕と僕のマッサージだけだ。習慣化してしまっている隣人との夕食を、心待ちにしていたのは僕だけじゃないはずなんだ。

 胸の音がうるさく鳴って、体が熱くなっていく。

 佳織さんに会いたい。顔が見たい。僕の言葉であの人を人形にしたい。

 

『そうだったんだ。ごめんね、気にしないで。どうしてるのかと思って』

 

 そっけない返信に胸をかきむしりたくなる。運転手に「大丈夫ですか?」と心配までされる。

 大丈夫だからほっておいて。今はそれどころじゃない。

 

『佳織さんのごはんが食べたいです』

 

 何度か打ち直しして、やっぱり一番言いたいことをと、酔いの勢いでメールする。

 拒絶されるかもしれない。

 いや、されるに決まってる。期待はしちゃダメだ。

 二人で会わないと言ったのは佳織さんだ。僕の好意は彼女には迷惑でしかない。佳織さんは人妻で、先輩の奥さんで、身持ちの固い人なんだ。

 だから期待するな。

 期待するな。

 

『貴司くんに買ってもらった食材がまだ残ってるから、明日は何か作るね』

 

 やっぱりタクシーを停めて、さっき食べたお寿司は出しちゃおうかと思った。

 もちろんそんなことはしないけど、足をバタバタさせて運転手さんに「停めましょうか?」とは言われた。

 だけどそれほどまでに盛り上がっている僕に、佳織さんは次のメールを送ってくる。

 

『玄関に下げておくから帰ったら食べて』

 

 ケータイの画面を見たまま固まっていると、すぐに次のメールを着信した。

 小田島からだ。

 

『おやすみ、たかし♥』

 

 いつの間に小田島は僕を呼び捨てするようになったんだ。

 おやすみなさいと、僕は佳織さんに返信した。

 

 

・6月18日(水)

 

 

「おーはよ」

 

 じとじとした雨の中を出勤した僕の前に、小田島が現れる。

 

「昨日のことは、みんなにはまだナイショだよね?」

 

 僕の袖を摘まんで、彼女は声をひそめてくる。

 まだどころか、今後も誰にも言うつもりはなかったけど。

 

「後でね」

 

 誰かに見られる前に、小田島はさっさとロッカールームに向かう。

 ため息をついて、僕も作業服に着替える。

 

 仕事中もなかなか集中できなかった。

 今日は、佳織さんが夕食を作ってくれる。だけど会うことはできない。

 嬉しいような寂しいような、落ち着かない気持ちがずっとくすぶっている。

 一度はきっぱりと拒絶されたのに、わずかでも絆が残っていることを確認してしまったことで、かえって未練は増幅されている気がした。

 僕の催眠術はまだ佳織さんの中にある。僕に会えなくて寂しい思いをしている。それは間違いないんだ。

 どうするべきかずっと考えていた。

 このまま放置していれば、いずれ催眠術は解除される。だけど人妻に告白してフラれた僕がどうやって彼女に会いに行けるというんだ。

 強引に部屋に行って、もっと僕に会いたいと催眠術をかけることだって出来るだろう。それをしてしまえば、佳織さんは完全にカオリちゃんになって僕のお人形さんになるけども。

 僕が好きなのは佳織さんなのかカオリちゃんなのか、ずっと考えている。

 先輩に操を捧げて僕を拒絶する佳織さんが好きだ。

 何でも言いなりになって弄ばれるカオリちゃんが好きだ。

 人妻も人形も好きなんだ。

 僕の性癖は、いよいよねじれて歪んでしまった。

 

 7時前に家に着くと、玄関にお弁当が下げられていた。

 保冷バッグにきちんと入れられていて、可愛らしい字で「おかえりなさい」とメモも添えてある。

 どういうつもりですかと、直接聞いてみたい。催眠術を使って接近しておいて言えることではないけど、フッた男に食べ物を与えるなんて残酷なことですよと。

 すごく嬉しいですけど。

 レンジで温め直して、手を合わせていただく。

 きちんと手作りの品ばかり詰められていて、どれも美味しかった。佳織さんの味だった。

 食べてるうちに、少し涙が出てきた。

 

『なにしてる?』

 

 小田島からのメールに、『ばんごはん』とだけ答える。

 

『今度何か作ったげよっか?』

 

 適当に『うん』とだけ答えて、あとは職場でのことなんかを何回かやりとりする。

 

『どっか旅行いきたい』

 

 お弁当箱代わりのタッパを流しにつけて、『そうだね』と返信する。

 

「……そうなんだよな」

 

 僕の食べたいご飯は佳織さんにしか作れない。

 そして佳織さんのごはんは、ちゃんと彼女の前に座って「美味しいです」って伝えながら食べたい。食後にはキスをしてマッサージして裸にしたい。それが僕の正直な気持ちで欲望だ。

 会いたい。

 でも、佳織さんは僕に会いたくないと言ってるんだ。

 あの優しい佳織さんが。

 

 PCの電源を入れてE=mC^2のトップページを開く。

 バナーの下の新着をチェックして、僕のお気に入りの作家が新作を投稿しているのを見つける。

 人を催眠状態に落とすウイルスが日本中にばら撒かれるパニック物だ。犯人の企みよりも、むしろそれに巻き込まれた人々の葛藤と欲望の狂気が胸に迫る。

 なんの因果もなく突然人が人を支配するということの異常性はそれ自体が快楽で、その万能感は麻薬だ。マインドコントロールの力に狂わされているのは被術者も施術者も同じ。理性が残っているのなら、催眠術なんて使うべきじゃないだろう。

 だけど、僕の知る限りそんな物語は一つもない。こんな力を手に入れて自ら踏みとどまるなんてもったいないこと、どんな臆病者でもしない。

 催眠術という名の欺瞞の帝国では、誰でも独裁者になれるのだから。

 佳織さん。

 カオリちゃん。

 自分の気持ちを秤にかけて、どっちに傾けるかを悩んでいる。

 ずっと考えている。

 

 

・6月19日(木)

 

 

『ごちそうさまでした』

 と、メモ書きを添えてタッパと保冷バッグを玄関に下げる。

 そのことを佳織さんにメールして、ひょっとして返信があるかと思って待っていたけど何もなくて、少し落胆したまま出勤する。

 土曜日には先輩が帰ってくるはずだ。

 日常が戻ってくる。

 僕と佳織さんが2人で夜を過ごすなんてこと、もうなくなってしまうんだ。

 

「貴司って、ちょっとメールそっけなくない?」

 

 昼休みに小田島に捕まり、駐車場に連れ込まれる。

 そして社用車の中でお説教だ。どうやら、僕はあの後のメールを無視してしまっていたらしい。

 

「愛たち、今結構大事な時期だと思うんですけど。キスくらいで俺の女扱いされても困るんですけど」

「そんなこと思ってないよ」

 

 小田島を僕の女だなんて思ってない。

 本音だった。

 

「昨日は疲れて意識飛んでた。無視したわけじゃないって。ごめん」

「んー、本当?」

 

 顔を近づけて疑わしい視線を向ける小田島に、「ほんと」と言ってフリスクをあげる。

 社用車ですることじゃないけど、まあ誰もいないようだし、軽くキスもする。

 

「ふふっ、なんかやらしー」

 

 僕はいったい何をしてるんだろうな。

 佳織さんのことを思いながら、小田島とキスをする。彼女の方から舌が伸びてきて、僕はそれをゆっくりと迎える。何をしているんだろうな。そんなことを思いながら、彼女に合わせて舌を絡め合う。

 小田島は僕の手を取って、両手に握ったまま胸元に引き寄せた。

 決して大きくはない胸だけど、事務制服の上からでも柔らかさは伝わってくる。

 そのまま僕の手をいじりながら、小田島はにっこりと笑った。

 

「今日、どっか行く?」

 

 どこでもいいよ。

 と、彼女は思わせぶりに目を細める。

 小田島と寝たい気持ちもあった。正直に言うと、誰でもいいから抱きたいって。

 でもそれは、出来なかった。

 

「ごめん。今日は無理」

「えー。じゃあ、明日は?」

「先輩が戻ってくるまで、ちょっと無理かも」

「…………」

 

 みるみる不機嫌な顔になって、小田島は僕を突き飛ばすように離れる。

 

「じゃ、今度は貴司から連絡して。絶対ね!」

 

 念を押すように語気を強め、彼女はさっさと出て行ってしまう。

 僕は座席に背中をもたれてため息をつく。

 

「何がしたいんだよ、僕は……」

 

 頭を抱えて、ひたすら自己嫌悪に陥る。

 佳織さんことしか考えられないのに、職場にキープも作るって最低に最低すぎないか。

 小田島はこのへんにしておこう。きっぱり断るのも気まずいし、やる前にフェードアウトしていけば彼女のことだからさっさと他の男に行くだろ。

 そして僕は、佳織さんにメールしようと決意する。

 するぞ。絶対にする。

 

『今夜、一緒にごはんどうですか?』

 

 いや待て。

 これは完全に調子に乗ってると思われる。お弁当を作ってもらったからって、告白が許されたわけじゃないんだ。家にまで上がれるわけがない。

 

『どこかで会えませんか?』

 

 これも違うな。佳織さんを外に連れ出そうなんて、それはそれでハードル高いことは検証済みだ。そしてやらかしてしまったはずだろ。

 昼休みいっぱい使ってさんざん悩んで作り上げた文面は、昨日と全く同じものだった。

 

『佳織さんのごはんが食べたいです』

 

 あのときはお酒の勢いでメールしたけど、今思えばよくこんなの送れたよな。人妻に。

 もうすぐ休憩が終わる。

 思い切って送信して、仕事に戻った。

 

 仕事に集中して他のことは忘れる。というつもりで働いた。

 現場に出たり打ち合わせに行ったり、小田島に伝票を突っ返されたりしながら就業まで過ごす。

 そして、深呼吸をしてケータイを確認する。

 

『食べにおいで』

 

 ――息が詰まって死ぬかと思った。

 何度も確認して、それが佳織さんからで間違いないことを確信する。

 食べに行く。絶対に行く。

 相変わらず無自覚にエッチな誘い文句に興奮しながら、僕は雑にデスクを片付ける。

 

「お先に失礼します!」

 

 まっすぐに急いで帰宅。駅に着いてから思いついてプリンを買って行く。スキップしそうな気分だ。

 参った。参ったな、もう。

 佳織さんには本当に参った。

 大好きだ!

 

「……いらっしゃい」

 

 僕とは裏腹に、佳織さんは全然浮かない調子だったので、僕も急いでテンションを下げた。耳鳴りがするくらいに。

 

「あり合わせのもの。これで貴司くんに買ってもらった食材は終わりだから」

 

 そうですか、と僕は席につく。

 あり合わせとは思えないくらい美味しそうで、お腹がぐうと鳴る。

 

「食べよ」

 

 さっきからあまりをこっちを見てくれない佳織さんに寂しい気持ちになりながら、僕も手を合わせていただきますという。

 さくさくの唐揚げが、ちょうどいい塩梅でご飯がすすむ。付け合わせのポテトサラダだって僕の好きな味だ。

 だけど、料理の美味しさを増してくれるいつもの楽しい会話はこのテーブルにはなかった。

 

「…………」

 

 佳織さんも何か言いたそうにしている。だけどお互いに、口を聞けずにいる。

 これまで築いてきた信頼や親密さが、壊れてしまったのかと悲しくなった。

 

「……これで、最後だね」

 

 佳織さんはやがて小さい声で言った。

 

「ありがとねー。あの人がいない間、ごはんに付き合ってくれて。貴司くんがいてくれて助かったよ。本当。1人でも退屈しなかった。貴司くんのおかげ」

 

 そして、いつものような笑顔を浮かべる。僕の大好きな表情を作り物っぽくして。

 

「佳織さん、僕は――」

「あ、プリン食べちゃう? せっかくだもんね。これもいただきます!」

 

 何か言おうとしても、佳織さんはかわしてしまう。

 彼女の警戒心はトゲのように心に刺さった。

 今日誘われたとき本当に嬉しかったのに。

 僕の気持ちは受け取ってもらえないにしても、佳織さんは許してくれたと思ったのに。

 

「お茶入れるから待ってて」

 

 さっきから僕を見ようともしない佳織さんに死にたくなる。

 勝手だとはわかっているけど、これまで積み重ねてきたものは何だったんだ、なんて思ってしまう。

 あぁ、やっぱりな。やっぱり僕はわがままだ。

 このまま終わりたくない。

 彼女の笑顔が見たい。裸にして触りたい。

 最後の一日が終わろうとしているのに、僕の思うのはそれだけだ。いつものおしゃべりとスキンシップが欲しいんだ。

 これが最後の催眠術と決めて、内心で詫びながら咳払いする。

 

「佳織さん、待って。聞いてください」

 

 立ち上がりかけた彼女を座らせ、僕は姿勢を正す。

 今日の佳織さんはジーンズにTシャツと薄いパーカー。普段着そのものの彼女によそよそしくされるのは、つらかった。

 

「今日は、ありがとうございます」

 

 まずは頭を下げた。

 そして、今までのことにもお礼を言う。

 

「今まで毎日美味しいごはんが食べられて幸せでした」

「や、やだな。たいしたもの作ってなかったでしょ」

「すごく美味しかったです」

「おおげさだなぁ……」

 

 照れる佳織さんに、こっちまで頬が緩む。

 だけど、顔を引き締めて言う。

 

「僕は、佳織さんのことが好きです」

 

 とたんに佳織さんは表情を曇らせる。

 でも、僕はかまわずに続ける。

 

「ずっと前から好きでした。ひと目惚れでした。先輩の奥さんにこんな気持ちを抱くのはダメだとわかってるのに、どうしても我慢できなくて告白してしまいました。迷惑をかけてすみません」

「……どう答えていいかわからないけど」

「答えはもう聞いてますからいいです。これ以上困らせるつもりはありません」

 

 僕がそう言うと、佳織さんはなぜか寂しそうな顔をした。

 彼女の良心に僕のことが刺さっているのかと思うと、気の毒になるのと同時に、少し気分が晴れるような気がした。

 本人を目の前にするとわかる。結局僕は、彼女に自分の欲望をぶつけたいだけなんだ。この気持ちを受け入れてくれないのはわかっていたから、僕は彼女をお人形にしたんだ。

 

「次の恋はちゃんと探そうと思ってます。今、職場の子と少しいい感じなんです」

「え、そうなんだ」

 

 佳織さんは驚いて顔を上げる。そしてパッと咲いたみたいに笑顔になる。

 

「ひょっとして、小田島さんって子?」

「はい。付き合うことになるかもしれません」

「そうなんだー。よかったね。応援するよ」

 

 安心した表情を見せる佳織さんに、僕は同じように微笑んで、催眠キーワードを刺した。

 

「僕の催眠人形」

 

 佳織さんの笑顔が内部に溶けるように消えていき、うつろな瞳に変わる。

 久しぶりに見るカオリちゃんの表情に、僕はまだ微笑んでいる。

 

「佳織さん、あなたは僕に安心しましたね。それでいいです。僕は安全な人間です。あなたの隣人です。これまでと何も変わりません」

 

 人形に話しかける。

 反応はなくても、彼女の心に僕の言葉は十分に浸透する。無表情なその顔の下で起こっている変化を、僕は手に取るようにわかるんだ。

 

「目の前にいる僕に安心してください。よこしまな気持ちなんてない。あなたに好意を抱いている、あなたの味方です。あなたの寂しさを埋めるだけです。だから心配はいらない。心配しているようなことは起こらない。僕は安全な男です」

 

 そして、ごくりと息を飲んで言う。

 

「マッサージのときはバスタオルは不要です。ただのマッサージなんだから、下着にならないといけないし隠すのもよくない。それに、ただのマッサージだから、どこをどういう風に触られてもそれは体をほぐすための作業だ。僕のマッサージはそういうもので、世間のものとは少し違うけど、あなたはそれを毎晩受けてきたし、そういうものだと思っている。おかしくはない。どこをどんな風にマッサージされても」

 

 言いながら顔が熱くなっていく。

 さっきまで佳織さんには二度と会えないと思ってたのに、会えたら途端にエッチな気持ちになってしまうんだ。

 ごめんなさい、佳織さん。

 

「はい、解除します」

 

 パンと手を叩いて、佳織さんの目を覚ます。

 ちょっとだけ戸惑った感じで視線を泳がせたけど、すぐに直前の会話を思い出して佳織さんは微笑む。

 

「よかったね」

 

 頬杖をついて目を細めて。

 弟を応援するみたいに優しい佳織さんに、僕も「ありがとうございます」と微笑む。

 

「でも、僕が一番好きなのは佳織さんですから」

 

 びっくりして目を丸くした。そういう子どもっぽい反応、本当可愛い。

 

「もう、ダメだってば。ちゃんと小田島さんひとすじでいきなさい」

 

 僕の告白を軽く流して笑う。さっきまでの重い空気は晴れた。

 安心感が彼女の中心にあるという手応えを感じる。

 

「そんなに簡単に切り替えられませんよ。しばらくは引きずりそうです」

「小田島さんに悪いよそんなのー」

「じゃ、彼女のことはしばらく保留で」

「だめです。すぐ切り替えていこ」

 

 佳織さんは笑っている。僕の見ている前で。

 それだけで幸せな気分になれる。

 だけど、僕の欲望は薄汚く渦巻いている。

 

「そろそろマッサージしましょうか?」

 

 僕の提案に、佳織さんは「え?」と驚いた顔をする。

 

「あまり遅くなる前に、肩をほぐしてから帰りますよ」

「い、いいよ。今日は大丈夫」

「本当ですか? 無理してません?」

 

 心に入った僕の暗示は、きっと彼女にマッサージを求めさせている。

 先輩のいない寂しさ。僕が近くにいることのリラックス。

 体に触れられることで埋められる安心は、彼女の心に麻薬のように浸透しているはず。

 

「じゃ、じゃあ、ちょっとだけお願いしようかな?」

 

 夫のいる自分に恋心を打ち明けるような男に、2人っきりで体を触らせる。

 普段の彼女ならあり得ない難関を催眠術でいくつも壊し、僕は佳織さんの体を手にする。至福の時間だった。

 

「着替えてくるから、待って」

 

 隣の部屋に佳織さんは消えてしまう。

 しまったな。

 着替えは僕の目の前でってことも、注文しておけばよかった。

 

「……おまたせ」

 

 だけどそんな後悔も、下着姿で出てくる佳織さんの姿に吹き飛ぶ。

 黄色の可愛らしい上下。白いレースがひらひらとしていた。

 固くなっている股間を解放したい気持ちをこらえて、僕は佳織さんをソファに座らせる。

 

「な、なんだか、何回してもらってもこの格好は恥ずかしいよね。はは……」

 

 照れくさそうに手でブラのカップを隠しているけど、もちろんそんなもので隠せるような胸じゃない。

 おっぱいはこうじゃなきゃいけない。心からそう思う。

 

「力を抜いてください」

「んっ」

 

 肩に触れる。優しい感触。優しい匂い。佳織さんの肌だ。

 

「んっ……はぁ……」

 

 背中のラインを辿るように、指を下ろしていく。すべすべしていた。本当にきれいだ。

 マッサージをしながら、髪の匂いを堪能する。さりげなくブラの紐にも触れる。

 少しイタズラをすれば簡単に外すことができる。だけど、佳織さんは艶めかしい声を上げるだけで、僕の好きに触れさせてくる。

 

「あっ、あん、気持ちいい……貴司くんの指」

 

 どこをどんな風に触っても、それはマッサージだ。彼女にはそう暗示してある。

 だけど、いざ好きにさせてもらおうと思っても、なかなか勇気は出ない。

 ためらいながら、佳織さんの胸に手を伸ばす。

 彼女のカップにそっと触れる。

 

「んっ」

「マッサージですから、佳織さん」

「んっ、わかってる、よぉ。んんっ」

 

 触った。佳織さんの胸。カオリちゃんじゃなくて、佳織さんのときに触ってしまった。

 

「んっ、んっ、んっ、んっ」

 

 軽く回すように動かす。ブラの下の大きな脂肪の塊が、たぷたぷと上下している。

 

「佳織さん……」

 

 ぐっと指を押し込む。「んっ」て佳織さんは唇を噛む。

 佳織さんのおっぱいを揉む。少し力を入れて、ブラの上からでもはっきりわかるように揉む。

 僕に――人妻に横恋慕している隣人に胸を揉まれているんだとわかるように。

 

「あっ、んっ、はぁ、んっ、はぁ、はぁっ」

 

 それでも佳織さんは抵抗しない。“いつものマッサージ”だと思って僕に体を委ねている。

 これまで積み重ねてきた信頼がどれほど強固なものだったかと思い知る。僕のマッサージを彼女は安心して受け入れてくれていた。

 続けてきてよかったと心から思った。

 

「佳織さんっ」

「あんっ」

 

 たまらなくなって、後ろから覆い被さるようにのし掛かる。佳織さんは、ソファの上で四つんばいになってしまった。

 

「んっ、こんな格好、するの?」

「……は、はい。これから、腰の辺りをほぐします」

 

 黄色い下着の中で張り詰めているお尻。こんなのを突き出す格好をさせられても、佳織さんはまだこれをマッサージだと信じている。

 

「んっ、んっ」

 

 両手でそのお尻をじっくりと揉む。手に張り付く肌の感触に、股間から何かが滲み出る。

 

「佳織さん……うっ、気持ちいいですか?」

「んっ……よくわかんないけど、んっ、なんだか、ぽかぽかする……」

「このまま続けます。はぁ、少し、強くなったりするかもしれませんが」

「うん。貴司くんに任せる」

 

 佳織さん。佳織さん。

 ぎゅっとお尻の肉を寄せて、ぱっと離すと彼女の白い肌に僕の指の跡が残る。揉んでいるうちに、下着がよれて彼女の割れ目に挟まっていく。

 

「ん、や」

 

 それを引っ張って戻す仕草が、すごく僕の股間に響く。

 

「佳織さん。マッサージ中だから、あまり動かないでください」

「で、でも」

 

 どこをどんな風にしても怒られない。ただ、恥ずかしそうに下着を直すだけだ。

 ブラも外しちゃおっか。でも、さすがにそれは怒るかな。怒られても、僕の催眠術でどうとでも出来るけど。

 佳織さんは僕のもの。

 カオリちゃんじゃなくても、僕のものに出来るんだ。その気になればいつでも。

 そう考えると興奮して、何でもしてやろうかなって思ってしまう。

 でも、やりすぎはダメだ。彼女は先輩の奥さんだぞ。

 今夜は最後だから、少しだけ大胆なことさせてもらうけど。

 

「佳織さん、体を起こして」

「んっ」

「僕の上に腰を落として」

「え、でも」

「これはマッサージです。普通の、んっ、ただのマッサージですから」

「だけど、ちょっと、貴司くん、あん」

 

 僕の膝の上に佳織さんを跨がせて座らせる。後ろから回してをおっぱいに添えて。

 

「体幹をほぐしますから。少し揺すりますね」

「あっ、怖い、これ、貴司くんっ」

「しっかり、支えてますから、安心して、任せてください、うぅっ」

 

 腰をお尻に押しつけるようにして、ソファのバネを使って突き上げる。

 佳織さんの体は簡単に弾んで、僕の手の中に豊かな胸の振動を、そして僕の股間にお尻のむっちりとした柔らかさとボリュームを伝える。

 

「あっ、あっ、こんなマッサージ、あるの? あんっ、んんっ」

「あ、ありますっ。前にもしたことあったはずです」

「そう、だっけ? んっ、あんっ、これ、少し怖い、んっ、んっ、貴司くんっ」

「僕にもっと体を預けてください。しっかり支えているから大丈夫です。ほら、もっと」

「あんっ」

 

 抱き寄せて、彼女の全身に手を這わせて揺する。

 どこも柔らかい。どこも温かくてすべすべしている。

 ソファが大きく軋んでいる。下の階の住人にはセックスをしていると思われているかもしれない。

 セックスしたい。佳織さんとカオリちゃんとセックスがしたい。

 

「あっ、あっ、貴司くん、はぁっ、これ、すごい、よ、体、ぶるぶるするっ、はぁっ、はぁっ」

「全身を、ほぐしてますから、もっと、力を抜いて、んんっ、体を僕に預けてくださいっ」

「はいっ、んんっ、あっ、はぁっ、はぁっ」

 

 僕の腕の中で、佳織さんが僕に従う。

 お尻を突き出して、僕の股間にされるがままになっている。

 髪に顔を埋めて、ぺろりと肩を舐めた。ビクンと佳織さんの体は反応したけど、それでも僕の好きにされている。

 胸を揉む。お腹を撫でる。匂いを感じながら、また肩にこっそりキスをする。

 

「あぁっ、あぁっ、あぁーんっ、貴司くんっ、あんっ、これ、強すぎるかも……あぁぁ!」

 

 最高だ。

 佳織さん、最高すぎる…ッ!

 

「あぁっ、佳織さん!」

 

 ズボンの中で精液が暴発した。

 どくんどくんと痺れる快楽と連動して、大量の精液が下着もズボンも濡らしていく。

 それは、佳織さんの黄色い下着にもあっという間に染みこんでいく。

 

「え、こ、これって……」

「僕の催眠人形」

 

 慌てて佳織さんを停止させる。

 僕の膝の上で、女の子座りをしたまま彼女はカオリちゃん人形になった。

 

「聞いてください。これはマッサージオイルです。おかしなものじゃないです。全身を使ったマッサージをしているから、服のどこかに付いたりするかもしれないけど、僕は全然気にしないので、佳織さんもお気遣いなく。それよりも、気持ちよかったらもっと声を出しても平気です。僕と2人っきりだったら、それは恥ずかしいことじゃありません。体に感じる気持ちよさが強すぎて怖かったら、僕を頼ってください。しっかりと、しがみついて。僕は全然平気です」

 

 そして、佳織さんをソファに横たえる。

 本当に美しいプロポーションだ。モデルや女優さんにだって全然負けていない。お人形さん以上だ。

 僕はそんな彼女の足を大きく広げる。もちろんお人形さんはそんな恥ずかしい格好されても抵抗しない。膝を曲げてカエルをひっくり返したようなポーズを取らされても、彼女の心はお人形さんの幸せに浸っている。

 下着の股の部分が、僕の精液とは違った染みを作っていた。

 

「あぁ……」

 

 感動して泣きそうになる。

 佳織さん。佳織さん。

 そっとそこに口づけをして、覆い被さった。

 顔を近づけて、唇にも口づけをして、そして僕の股間を彼女の濡れた股に重ねる。

 

「解除です。目を覚ましてください」

 

 ぼんやりと瞳に光を取り戻していく佳織さんを、僕は上から揺すり始める。

 

「……え? あっ、やっ、貴司くん」

「ん、まだマッサージの途中です。はぁ、佳織さん、もう少し揺すりますね」

「やっ、なに、この格好、恥ずかしいっ」

「ただのマッサージですよ。ん、普通ですよね。いつもしてましたよね」

「あんっ、でも、あんっ、今日は、なんだか、あっ、恥ずかしい気が」

「リラックスして。楽にすれば、もっと気持ちよくなりますから、あっ、うぅっ」

「ん、ん、あっ、はぁっ、あ、あっ、あんっ、これ、なんだか、あんっ、あぁ!」

 

 大きく口を開いて、佳織さんが仰け反る。

 僕の腹の下で。

 人妻の佳織さんが喘いでいる。

 

「はぁっ、はぁっ、あっ、あっ、強いっ、これも、強いよ、貴司くんっ、貴司くん!」

「しっかり掴まって。後で、オイルが出たらもっと優しくなりますからっ。そのまま、しっかり僕に掴まってて!」

「んんんっ、貴司くん…ッ!」

 

 佳織さんの手が僕の肩に食い込む。

 真っ赤に上気した顔で唇を噛んでいる。

 セックスの顔だ。

 佳織さんは、セックスのときこんな顔をするんだ。

 

「はぁ、はぁ、佳織さんっ、佳織さんっ」

「んんっ、あっ、貴司くんっ、んんっ……」

 

 僕たちの疑似セックスで、ソファがぎしぎし鳴る。

 もっとしたい。佳織さんともっとくっつきたい。

 腰を強く押しつけて、ぐりぐり回す。佳織さんは大きく口を開けて、「あぁーっ!」と響き渡る声を出す。

 

「もっと、声を出してもいいんですっ。これは、ただのマッサージなんですから!」

「でも、んんっ、恥ずかしいっ、あんっ、あぁっ、んっ、ダメ、そこ強くしちゃ、ダメ、あっ、あっ、あぁー!」

「佳織さんっ、はぁ、佳織さん、素敵だっ、あぁっ、すごい、いい、僕も、いいですっ」

「んんっ、あぁーっ! やっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、んんっ、あっ、あっ、あっ、貴司、くん、あっ、あっ、貴司くんっ、やっ、顔、近いよっ、あっ、あんっ!」

 

 キスしたい。

 その柔らかそうな唇が欲しい。

 でも我慢して、その代わりに愛をささやく。

 

「好きです、佳織さん」

 

 佳織さんは、口を「あ」の形に大きく開くと、きゅっと噛みしめて顔を背けた。

 

「好きです。大好きですっ」

「だ、だめだってば。んんっ、今、変なこと言わないでっ、あんっ、マッサージに、集中、してよぉ、あぁんっ」

「好きだっ、大好きだ!」

「あ、あ、あっ、あっ、ダメ、だってば、んんっ、もう、小田島さんに、あんっ、言えばいいよ、そういうことはっ、あん!」

「佳織さんっ、好きだ!」

「あぁーっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」

 

 腰を動かすことに夢中になる。

 肩に強く食い込む佳織さんの指の感触が最高に誇らしい。

 佳織さんを抱いている。

 大好きな人妻を犯している。

 そして喜ばせているんだ。

 

「佳織さんっ、そろそろ、オイルを使いますっ。たっぷり注いでマッサージしますから……足を、もっと広げてっ」

「は、はいっ、んんっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」

「佳織さん、佳織さぁん!」

「あぁー!」

 

 二度目の射精も、大量に弾けた。

 頭の中が真っ白になり、佳織さんの膣内で射精する想像でいっぱいになり、体中の液体を絞り出すつもりで射精した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 佳織さんも僕の体の下で弛緩して、ぱたりと腕を投げ出した。

 すごくだるくて、しばらくこのままボーッとしてたいけど、なんとか体を起こす。

 佳織さんも、ポーッとしていた。目の周りが赤くて、そしてすごく優しい表情をしていた。

 

「……疲れちゃった?」

 

 息を乱している僕の髪を撫で、唇を軽く噛んで恥ずかしそうに佳織さんは微笑む。

 

「がんばってくれてありがと。すごく気持ちよかった」

 

 その色っぽい表情に、また襲いかかりたくなったけど、なんとか我慢した。

 

「――それじゃ、ごちそうさまでした」

 

 ずっとそばにいたいけど、そういうわけにもいかない。

 濡れた股間もそのままに僕はお暇を告げる。

 すごいことをしてしまった。もしもこれが最後の夜だとしても僕は後悔しない。

 佳織さんの“あの顔”を見たんだから。

 服を着直した佳織さんは、玄関まで見送りに来てくれた。

 そして、後ろで手をモジモジさせて僕を見上げる。

 

「ねえ、貴司くん」

「はい」

「土曜日にはあの人も帰ってくるから、明日が本当に最後だね」

「え?」

「何食べたい?」

 

 まだ赤いままの頬。熱っぽさの残った視線。

 ぞくりとした。事後の顔だ。抱いた男に甘える表情を佳織さんはしていた。

 これまでに見たことない佳織さん。夫にしか見せない夜の人妻の顔だった。

 僕たちが積み重ねてきた催眠と、今夜の大胆なマッサージが彼女の心に小さな風穴を開けたと確信する。

 最後の夜も僕と過ごしていいと……いや、過ごしたいと思わせた。

 奇跡だ。

 舞い上がった気分を隠すことなく、僕は破顔する。

 

「なんでもいいです!」

「だから、それが一番困るんだってば~」

 

 佳織さんがくれたラスト一日。

 僕は決めた。

 明日、最後に佳織さんとキスをする。

 そして、カオリちゃんとセックスするって。

 

2件のコメント

  1. そして15日が消えた。
    キング・クリムゾンによって一日すっ飛ばされたようでぅねw(曜日はつながってるけど)
    小田島はディアボロだった?

    しかし、小田島のターンなどなかったw
    拗らせてる陰キャは潜り込む隙間なんて見せないけれど、優しい人妻はたとえけじめを付けるためだとしても僅かな隙を見せてしまう。
    わずかに見せてしまった隙をこじ開けられて再びお人形遊びをされてしまう佳織さんはこのまま最後のセックスで諦めてもらえるのだろうか?
    MC使いに接触なんてしちゃだめでぅよねーw

    そしてビールスパニックw

    1. >みゃふさん
      よかった…ループした1日なんてなかったんですね。
      あと定期的に推しています、ビールスパニック。
      やっぱ世界規模、国家規模がMCの醍醐味ですよね…

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