魔法使いの小冒険 第十三話

第13話

 太陽の光に、鈍い反射を見せる、銀色の檻。
 僕の学校が、裏山が、街全体が、天まで届く巨大な鳥篭の中に閉じこめられちゃってた。
 鉄と鉄がこすれあうような、背筋が凍る音が聞こえる。
 これは・・・、この鳥篭の鳴き声?
 籠の扉にあたる部分に浮かび上がった大きな一つ目が、僕らをマジマジと見つめてる。
 お、オシッコちびりそうだよ~。

「ウゥゥウウウ、テメエら、アプレンティス同士の技比べなら、いくらでもやって腕を磨いてくれやって思ってたんだが、こいつはとんでもねぇ野郎のお出ましだな。ゴホッ、ゴホッ。
 二重鳥篭の大ハルエル。一度こいつの結界に閉じ込められたら、中の空間から魔法元素を全部抜かれて、真空状態を作られちまう。
 魔術師は新たに魔法が使えなくなるだけだが、・・・妖精は干からびちまう・・・。
 くそっ。ガキのハルエルJrがいるから油断してたんだが、野郎、自分のガキまで見殺しかっ!」

 服を着ながら聞いていると、ピンプルの声が、いつもよりしゃがれていて、まるで一言喋るごとに喉が痛んでいくみたい。
 聞くのが辛いよ。

「私のことはご心配なく・・・。所詮は付喪神の一種ですから、マナが枯渇すれば普通の鳥篭に戻るだけ。二、三十年で甦ります。
 貴方たち完全な魔法生物とは違うのです。
 普段は自在に魔法を使って、大暴れの魔法生物。でもその分、マナの希薄化に一番弱いのは、貴方たちですよね。
 ちょっとマナに枯渇するだけで、活力を失ってしまう・・・。
 浄化です。大浄化の完成です。」

 ハルエルJrが嬉しそうに、左右に転げまわる。
 僕はいたたまれなくなっちゃって、抱えたピンプルに呼びかけたんだ。

「ピンプル、逃げようっ!結界の外に抜け出せば、大丈夫なんでしょ?」

「ゼェ・・、ゼェ・・・。遅いぜコゾー。
 この世界は、もともと昔よりもずっと、・・・魔法元素が薄くなってる。
 逃げる時間も、魔法で結界をブチ破る余力もねぇ。
 オイラは・・・。もたねぇな。
 コゾー、一人で逃げな。」

 魔法元素?・・・よくわかんないけど、そう言われてみると、僕の両手に力なく横たわるピンプルの体から、キラキラ光る砂みたいなものが、渦を作って天井に巻きあがっていっちゃうのが見える。
 僕が思わずその光るものを捕まえようと片手で追うと、ピンプルが痛々しい笑い声をあげたよ。

「へへへッ、テメエいつの間にか、マナもその目で見えるようになったか。
 下手くそながらも何度も魔法を使ってるうちに、異世界との親和性も上がってきたみたいだな。
 ・・・テメエなら大丈夫だ。結界から逃げ切って、きっと一人でも、立派なピンク魔術師になれるぜ。」

 ピンプルたちがマナって呼んでるらしい、キラキラした金色の粒は、僕の手のひらを簡単に避けて、次々と上にあがっていっちゃう。
 そうしているうちに、ピンプルの緑の帽子が、緑の服が、だんだん茶色に変わってきちゃったよ!

「駄目だよっ、ピンプルっ。一緒に逃げようっ!
 前だって、前にレンガ職人のオジイサンが襲ってきた時だって、なんとかなったじゃないっ。
 僕たち二人なら、絶対なんとか出来るはずだよ。
 ピンプルは僕の師匠じゃないか。しっかりしてよ!」

 僕がたまらずにピンプルを握り締めると、ちっちゃく「グエッ」って声が聞こえた(ゴメンね)。
 僕は、転がり続けるハルエルJrを放っておいて、音楽準備室を飛び出したんだ。

 急に全速力でダッシュするもんだから、すぐに脇腹が痛くなって、息を吐くたびに喉から小さな悲鳴みたいな音が出てくる。
 でも僕は必死で、階段を駆け下りて、廊下を走りぬけて、校舎の外に出た。

 外に出た僕は、空の暗さに驚いて、思わず天を仰いじゃった。
 空には分厚い黒雲が横たわっていた。
 そして、花壇から、運動場から、裏山から、街中から金色の光の粒が巻き上がっていたんだ。
 それらは大きな渦になって、学校の真上に集まっては、螺旋状を描いて鳥篭の頂点に集まっていった。
 きっとあの、頂点の穴から外に、魔法元素を吸い出されちゃってるんだ。
 こうやってこの金色の砂が全部吸い出された時に、この街は「浄化」されちゃうんだ。

 気のせいか、金色の粒が吸い出されていくごとに、僕の周りの景色から、色が失われていってるように感じられるよ。
 こんな「浄化」なんて・・・、こんな「浄化」なんて、絶対にこの街にとっていいことじゃないに決まってる。
 僕が・・・、僕がいたから、この街はこの大切な光の粒を吸い出されることになっちゃったのかな?
 東棟を出て、正門に向かう僕。
 でもピンプルを握っている手から、今も巻き上がり続ける光の砂を見ていて思わず、涙がこぼれちゃった。

「ここらでいい・・。」

 消え入りそうな声が、左手からした。
 僕が立ち止まると、そこはまだ、学校の中庭だった。

「コゾー・・・。オイラはどのみち、助からなさそうだ。
 どうせ干からびて消えちまうんだったら、最後は草木の中にいたいんだ。
 テメエの気持ちはありがてえが・・・。
 ここらで、オイラのしたいようにさせてくれ。」

 中庭で僕が、握った手を開いた時、ピンプルは半分ぐらいの大きさになって、ずいぶんシワシワになっちゃってた。
 帽子と服の色も、すっかり枯葉みたいなコゲ茶色。
 僕は体中から力が抜けて、中庭の芝の中に膝から崩れ落ちちゃった。
 涙がボトボトこぼれて、萎びたピンプルの体を濡らす。
 ピンプルはそれでも強がって、片頬を吊り上げて笑った。

「そこら中から・・・、マナが抜けて、色が変わっていくのが見えるか?
 でもあんまり、心配しすぎるな。マナも所詮、世界を構成している、根源元素から生まれる、エネルギーの一形態にすぎねえ。
 ・・・いいか、よく聞け、コゾー。
 そしてそのエネルギーを生成するのは、自然の中に隠れてる万物の根源元素と、ちょっとした定命の者によるスパイスだ。
 ゲフッ・・・ゼェ・・・。
 少なくなったとはいえ、久しぶりにオイラが召還されたこの世の中にも、まだマナはあった。
 これからもきっと、作られ続けるだろう。
 人間が、あれこれ下らん、ふざけた妄想をしつづけてるうちはな・・・。
 この街から、一度はマナが干上がっちまっても、またいずれ復活するだろうよ。
 テメエら定命の者は、いつだって妙チクリンな想像をやめないからな・・・。
 それがピンク魔法の根源だ。真髄にある秘密だ。
 よく覚えとけ・・・。
 フゥ・・・、フゥ・・・。自分で体現して、・・・最後いつか、誰かに伝えろ・・。

 じゃあな・・、ボウズ。そろそろ、オイラの・・、マナも・・。」

「やだよーーーっ!」

 僕は周囲に構わずに、思いっきり大声をあげた。
 こんな大きな声を出したのって、小6のドッジボール大会以来かも・・・。
 僕・・、なんで、こんな悲しい時に、こんな下らないこと考えてるんだろうね?

「ピンプルがいなくなっちゃ、ヤダよーーぉぉっ!
 あとでマナが復活しようと街がどうなろうと、ピンプルが死んじゃったら、意味がないよっ。
 ヒック・・・ねえ、ピンプル。さっきの見てた?
 僕、新しい魔法を編み出したんだよ。『子鬼の紙鉄砲』って名付けようと思うんだ。
 ピンプルの真似だけど・・・。
 また何か、新しい魔法を教えてよ。僕も自分なりに、それを改良していくよ。
 だからさ、・・・何か方法を、ここから抜け出す方法を、教えてよ。」

「・・・手遅れだ・・根源元素でもまとまってこの場にあれば・・・。
 へッ、今さらもういいや。・・・・それ・・よりな・・、知也。
 ・・・テメエが、・・・・いつか新魔法を生み出すのは・・・。
 ずいぶん前から・・。わかってた。」

 もうピンプルの声は、小さな息が漏れてるようにしか、聞こえなかった。
 僕は一生懸命、耳をそばだてて、師匠の言葉を、呑み込むように耳に入れる。

「いつか・・・。ノーティー・バブルを、ジョウロの口を使って・・・、一度に沢山・・・作ってみたり・・・してたよな。」

「そうっ。そうだよ。僕、ピンプルにみっともないって怒られたんだよね。
 ガキに笑われるような格好してちゃ、魔法使いとして駄目だって・・。」

 僕は、涙と鼻水が垂れるのもぬぐわずに、笑った。

「そうだぜ・・・、テメエは、物語の紡ぎ手にして、ヒーローにならなくちゃ・・・いけねぇ。
 だが、・・・よくやったよ。
 ・・・新魔法の開発は、ピンク魔法アプレンティス、卒業の証なんだ。
 テメエは、次のステップに・・・進め。・・・師匠離れの・・・時期・・だ。」

「こんなの・・・、こんなお別れは嫌だよっ!ピンプルっ!」

 灰色になったピンプルからは、ほとんど光の粒は出てこないようになっちゃった。

「いが・・・、意外と・・・楽しかった・・・だろ?」

 ピンプルは最後の力を振り絞るかのように僕に微笑みかけて、一回だけゆっくりとウインクをすると、帽子を深く顔に下げて、そのまま動かなくなった。

 僕は何も言わずに、ただ涙を洪水みたいに流しながら、芝生の上にピンプルの体を置いたんだ。
 芝生は、沢山の光の粒を巻き上げてた。
 まるでピンプルの最期を悲しむみたいに。
 光の渦が、僕の小さな師匠の体を包み込んで、うねっていたよ。
 僕は、止まらないシャックリをそのままに、光の渦がキラキラと天に上がっていくのをいつまでも見守っていたんだ。

「お客様ー!探しましたよーっ。
 ご要望の品、デリバリーにあがりましたー。」

 遠くから、男の子の声が聞こえてくるけど、僕の耳にはほとんど入らない。

「デリバリーの犬飼です。
 ポテトチップ薄塩味と、季節限定のビスケット。
 カルピスソーダとハチミツレモンとビール。酒盛りだと伺ったので、サービスで二本ずつつけされて頂きました。」

 ・・・、僕が跪いて泣きじゃくってるのに、本当、ムードない人だなぁ・・。僕は犬飼君の顔も見ずに、無愛想にビニール袋をひったくると、彼の体から『子鬼の名刺』も剥がしてあげた。
 剥がれた名刺からは、あっという間に沢山のマナが飛び散って、ただの紙切れになっちゃう。

「あれ?僕、・・・なんでここに?
 なんか、体もダルいし・・・。早退しようかな?」

 犬飼君が首をかしげながら歩き去っていくのも気にせずに、僕はコンビニのビニール袋からビールを一缶出すと、草に包まれたピンプルの体に、ビールをかけた。

「そうだった・・・。ホントは・・・、酒盛りをしようと思って、買ってきてもらったんだ。
 お別れのお酒になっちゃったけど・・・。
 ピンプルが大好きだったビールだよ・・・。ほら、いっぱいあげるね。」

 黄金色のビールが、アルコールの匂いを発散しながら、ドボドボとピンプルにかかると、シュワシュワと白い泡がたった。
 最期のお別れ。
 ピンプル。僕、この結界から、一人で逃げ出すよ。
 さようなら、ピンプル。

「・・・ぇ・・・。」

 ??

 今何か、僕の後ろで、何か聞こえたような気がする。
 まだビールが泡立ってるのかな?

「・・・・・ぃぇ・・・・・。」

 僕は慌てて振り返った。

「ピンプル?・・・何か言った?」

「先に言え・・・、ビールがあるなら・・・、先に言えって言ってるんだこのボケがーぁぁあああっ!」

 ハスキーな声が響く。
 なんとさっきよりちょっと色づきが良くなったピンプルが、芝生の中で体を起こしたんだよーっっ!

「学校の周りには、ないってばっかり思って、諦めちまったじゃねぇか、このバカ弟子がっ!能無しのムッツリスケベ野郎!万物の根源元素の触媒があるんなら。
 オイラにだって、対抗手段ってものがあらぁ!」

 沸騰するように怒って立ち上がったピンプルは、まだ万全の体調じゃあないみたいで、急に立ちくらみを覚えたみたいにフラついた。

「ピ、ピンプル。大丈夫なの?」

 踊りだしたい気持ちで駆け寄ってピンプルを支える僕。

「クソっ、お説教は後だ。
 今はそら、さっさとビールの缶をよこせっ。
 俺様の奥義の一つ。精霊召還魔法ってもんを見せてやる。
 テメエみたいにレベルの低い魔術師は滅多なことじゃ、お目にかかることも出来ねえ高等魔法だから、よーく見とけ。」

 ピンプルは僕からビールの缶をひったくって、何口か飲むと、気持ち良さそうに一息ついた。

「プハー、生き返るっ!!! よし、じゃあ、こいつを両手で持ってろ」

 僕の手から飛び降りたピンプルは、まだ中身の半分ぐらい残ってる缶を僕に持たせて、僕の周りを側転しながら回りだしたんだ。

「『森の妖精』ピンプル・ディンプル・フレックルス・ポボロ・デポロ・マルコ・ハンス・デル・ボスケ・クリソバランティスの名によって召還する。求めに応じて出でよ、天地を織り成す四精霊。これなるは触媒たる、根源元素の集合体。
 混沌の神々の甘露にして、世界の扉なり。」

 ピンプルがグルグルと側転を続けてると、僕が両手に持ったビール缶が、だんだんブルブルと震えだした・・・。なんか、怖いよ。どうなるの?

「その源は、コクのある大麦の麦芽を育みし、大地の父達の恵みなり。
 出でよ、『座するノルム』!」

 ボーーンッ

 ピンプルが立ち止まって腕を高々と突き上げた瞬間、僕の手にある缶が破裂音を出した。
 缶の口から、急に打ち上げ花火みたいに光の球が、天に向かって飛び出したんだっ!
 す、すごい・・かも。

「その源は、鮮やかに喉を通り過ぎる、水の聖女の潤しなり。
 出でよ、『せせらぐウンディーネ』!」

 シュポーンッ

 また光の球が打ちあがる。僕はもう、缶を落とさないように、両手で押さえるのにただただ必死だよ。

「その源は、泡となって弾け飛ぶ心地よき刺激。風の歌い手達の歓喜なり。
 出でよ、『舞うシルフ』!」

「そしてその源は、飲み干せば胃からたちあがる、暴れる酒精の高揚なり。
 出でよ、『荒ぶるサラマンドラ』!」

 パーーーンッ

 ドカーーンッ

 ピンプルが高々と両手を上げて、背伸びをしながら叫ぶたびに、360mlの缶の中から、巨大な光の球が打ちあがっていく。
 ・・これが、魔法・・・なんだよね・・・。
 やっぱり、凄い。

 四つの光の球は、長い尾を引いて、空を駆け巡る。
 散らばっていく光の尾は、まさにマナそのものなんだってことが僕にもわかるよ。
 褐色、青、白、赤。交差して駆け巡る四つの光の球を、鳥篭の一つ目が、素早い動きで補足して、キョロキョロと目玉を動かす。
 鉄の格子が大きく震えて、軋むような金属音を立ててるよ。

「おうおう、怒ってやがるな、大ハルエル。
 まあ、精霊界の大物スターが四体も召喚されちまったんだから、せっかく吸い出したマナも、たっぷり充満しちまうわな。
 オイラのネームヴァリューを、見くびってもらっちゃぁ、困るぜ。」

 僕はピンプルに話しかけようと思ったんだけど、ビールの缶がまたブルブル震えだしたから、慌てて両手に力を入れたよ。
 ブッシューーーーッゥゥゥゥ

 こんなにビールが残ってるわけないのに・・・。
 凄い勢いで、ビールの噴水が空に上がってく。
 僕は缶を落とさないようにするのに精一杯になっちゃった。

「コゾー。大ハルエルが怒った。この檻、縮み始めるぜ。
 俺たちを潰すつもりだ。鉄格子が、結界の壁が迫ってくるから気をつけな。
 いよいよ、こっからが正念場だ。」

「正念場・・。うんっ!
 ピンプル、ビールの缶はもう一本あるけど、そっちも使った方がいい?」

 精霊たちの光の粒を浴びたピンプルは、すっかり顔色もよくなってる。
 服も帽子も綺麗な緑色。なんだか僕まで元気一杯になったような気がするよ。

「いや、精霊は四体で十分だ。下手に呼び出しすぎたら、収拾がつかなくなっちまう。
 残りの一本は、勝利の乾杯用に取っといてくれや。
 じゃあ、後でな、ボウズ!」

 僕の両手で、缶から吹き出し続けるビール。
 その流れの中に、ピンプルが飛び込むと、みるみるうちに天高く、ピンプルが跳ね上げられていく。ビールの水柱(ビール柱?)に乗って、鳥篭のてっぺんまで持ち上げられていくピンプル。
 まるで、ピノキオの絵本で見た、クジラの潮吹きの絵みたいな光景だよ。

 迫ってくる鳥篭の格子に対して、四つの光の玉は何度も跳ね返りながら、スーパーボールみたいに飛び交う。
 よく目を凝らすと、時々僕にも見えるよ。
 赤い光に包まれてる、トカゲみたいな、小さな竜みたいな精。
 褐色の光の中の、筋肉質な男の人の上半身。
 青い光をまとった髪の長い女の子みたいなシルエット。
 白い光から時々飛び出す、軽やかに跳ねるような女性の姿。
 それらを追いかける、鳥篭の目玉が、どんどん血走ってきてる。

 上空で、ピンプルがいくつもの魔法を使っているみたい。
 鉄格子の根元から、いくつもの蔦や蔓が螺旋状に鉄の柱を絡めとっていく。
 いつの間にか、僕の周りも人で一杯、賑やかになってきたよ。

「あ、あれ?里美ちゃん。松永・・。みんな、裸で、何してるの?」

 気がついたら、校舎から、どんどん全裸の生徒たち、先生たちがどんどん中庭に、運動場に飛び出してきてる。
 みんな体を隠そうともせずに、オッパイやチン○ンを揺らして、駆け出てくる。
 次から次へと、うわっ・・・、これ、全校生徒と教師の集団ストリーキング?

「ええじゃないか、ええじゃないかー!」

「そーれ、ええじゃないか、ええじゃないかー!!」

 四方八方から、妙にコブシの効いた掛け声が飛び交い始めると、みんな両手をヒラヒラさせながら、踊り始めちゃった。
 高城先輩が、「ももかファンクラブ」の男子に囲まれて、一緒に踊り狂ってるのも見える。
 正門から、フェンスの上から、どんどんみんなが学校の敷地の外に、踊り出ちゃってるよ。

「ちょ・・・、里美ちゃーん! 学校の中ならまだしも・・・、外で全裸は駄目だってばーっ!」

「ええじゃないか、ええじゃないかっ。」

 僕の言葉に耳も貸さずに、踊り去っていく里美ちゃんの後姿。
 お尻を左右に振って、両手を振り回してクネクネ踊ってる。
 ミス章花台ともあろう人が・・・。全然よくないってば。

 でもフェンスの向こう側を見ると、裸で踊ってるのは、うちの学校の人たちだけじゃないみたい。
 近くの家々から、次々と裸の奥様たちが出てきて、踊りの列に加わってる。
 ずいぶん遠くの方からも、「ええじゃないか」の大合唱が聞こえてくるよ。
 どこから用意したのか、太鼓の音まで聞こえてくる。

 これ、ピンプルの魔法の副作用?
 それとも、まさか僕の街が、魔法の戦いに耐え切れずに、壊れちゃってきてるのかも?

 下の世界の狂騒に目が止まった時、鳥篭の大きな一つ目は、情けなさそうに瞼を閉じた。
 きっと、「浄化」とか考えてた大ハルエルにとって、目も覆うばかりの状況とは、このことだったんじゃないかな?
 その瞬間、雷みたいな、緑色の閃光が上空で走って、大きな爆発音がした。
 見上げると、鳥篭の先端の、要にあたる部分が溶けてめくれ上がっちゃってた。
 吹き上げるビールの噴水の上には、きっとピンプルが(見えないけどね)、そしてその周りには、四つの光の球が浮かんでた。

 ・・・勝ったの?

 そう思った二秒後、上を見てた僕は、急にまぶしさに耐えられなくなって、目を閉じてうつむいちゃった。
 だって鳥篭の一番上の部分から、急に金色の光の粒のシャワーが、洪水みたいに降り注いだんだもん。

 マナだ。結界の中から排出されていた魔法元素が、大量に戻ってきてるんだよ、きっと!
 僕は嬉しくなって、缶を支えたまま、その場で飛び跳ねちゃった。
 学校を何重にも取り巻いている「ええじゃないか踊り」の列も、みんな金色の光を素肌に浴びて、大喜びしてる!
 みんなにも、この光が見えるのかな?
 無機質で強靭に見えた鳥篭の格子が、バターみたいにゆっくりとトロトロと四方に倒れていく。
 空が、地面が、全部金色に、キラキラ輝いているよ。

「マナが、大量に戻ってきているの。元の量をはるかに超える量よ。
 恣意的にここに、マナの真空状態を造ろうとしていたから、それが失敗すると、今度は圧力がかかって、周囲のマナがこの街に押し寄せちゃうのね。」

 ちょっと不思議なイントネーションで喋る、女の人の声。
 僕が振り返ると、そこには野宮瞳ちゃん?がいた。
 でも、瞳ちゃん。急に髪の色が変わってるよ。
 金髪で、カールのかかったすごく長い髪。三つ編みが・・・七つもできてる・・・。

「意識を失ってるこの娘の体を、今はちょっと借りているだけ。
 本当の私は、ここの世界よりもずっと離れたところに今もいるの。
 私が誰だか、わかって?ピンク魔術師君。」

 悪戯っぽく笑う瞳ちゃん。でもその綺麗さというかゴージャスなオーラは、なんかまさに、「人間離れ」してた。
 裸でいるはずの瞳ちゃんの体だけど、胸は三つ編みに隠れてるし、腰から下は、動物の毛皮をスカートみたいに纏ってる。
 くせっ毛の頭には、草で出来た冠を被ってたんだ。

「おおっ、なんだよ。女神ちゃん、来てたのかいっ。
 オイラの勇姿を見に来たってわけかい?」

 僕が目の前の女の人に見とれているうちに、缶ビールの噴水がぐっと弱まってた。
 器用に僕の肩に着地するピンプル。
 嬉しそうに女の人に話しかけたんだよ。

「勇姿?さっきからこの辺りの芝がみんな、貴方の弱音が、それはもう酷かったって騒いでるわよ。ピンプル。
 ずいぶんとピンチだったみたいね?フフッ。」

 ピンプルがちょっと顔を赤くして、帽子のつばを鼻まで下ろしちゃう。
 なんだか、さすがのピンプルも、この人の前だと、手玉にとられちゃう感じみたい・・・。

「貴方たちのおかげで、この街が一瞬だけ、この世界では数世紀に一度と言っていいほどのレベルでマナが濃密化したから、私もちょっとだけ顔を出すことが出来たわ。
 でも目的は、ただの散歩じゃないの。
 残念ながら、ピンプルの応援でもないわね。
 正統なピンク魔術のアプレンティスが、新魔法を開発して試験に合格したって言うから、ゲッゼーレの宣下をしようと思ってきたの。」

 ヒューゥ。
 ピンプルが口笛を吹く。

「ゲッゼーレ?どういう意味ですか?」

「アプレンティスを卒業した者が上がる、次のステップよ。
 まだ修行は続くだろうけれど、ゲッゼーレは魔術師同士の間でも、一人前として扱われます。
 そう、貴方に『魔術師名』もつけなければいけないわね。
 ・・・どんな名前がよいかしら。」

 女神さんが首をかしげて、悩んでる。
 僕もまだ、よく訳がわかんないよ。

「魔術師名ってのはな。魔法で契約を行ったり、使い魔を持ったり、召還魔法を使ったりする時に、必要なもんなんだ。
 女神ちゃん。こいつのために、アンタが頭を悩ますほどのこともないぜ。
 こいつはそんな立派な奴じゃねえ。
 オイラと会うまでは、朝までネットでエロ画像見てたような、暗い奴だったから、オイラはムッツリスケベって呼んでたんだ。その名前でいいんじゃないかい?」

 僕のためにあれこれ考えてくれる女神さんのせいで嫉妬したのか、ピンプルがとんでもないことを言い出す。ムッツリスケベなんて正式に名づけられたら、困るよ!僕は慌てて口をはさむ。

「ちょっ・・、やだよ。そんな名前。」

「うーん、ネットでエロ画像・・。そうしましょう。
 魔術師君。貴方を『曙の隠者』草野・知也・ネッテロガゾーと名づけます。
 精進するのよ。ほどほどにね・・・。
 さて、そろそろマナも平準化する。私も帰らないといけないわ。
 この街の後始末だけはしておいてあげる。
 草野君の次のステップのことは、ピンプル、よく話しておいてね。
 魔術師君も、旅立ちの準備を始めるのよ。それじゃあね。」

 女神さんが七つの三つ編みを振り回して体を回転させ始めると、見る間に髪が黒くなって、野宮瞳ちゃんの体はその場にへたり込んだ。

「ネッテロガゾー・・・。よくわかんないけど、やっぱり、安易な名前つけられちゃったなぁ。
 なんか旅立ちとか、言ってるし、神様の考えてることって、わかんないもんだね、ピンプル。」

「ん・・・。」

 ピンプルが、なんだか浮かない声を出す。
 僕は肩に乗ってるピンプルの様子の変化に気がついて、すぐに聞いたんだ。

「どうしたの、ピンプル?
 まさか、また具合が悪いの?」

 ばつの悪そうに、鼻の頭をポリポリかくピンプル。
 どうかしたのかな?

「い・・、嫌。その、実はだな。
 ゲッゼーレってのは、間違いなく、アプレンティスを卒業した一人前の魔術師がなるもんだ。
 だがなぁ、これは、新しい修行の形態でもあってな。
 その、魔術の道を究めるために、放浪の旅に出るもんなんだ。
 師匠からも離れて、ピンク魔法を使いながら、腕を磨く。
 しばらくテメエは、オイラとも、この街ともお別れってことなんだ・・・。」

 そ、そんな~!
 せっかく瀕死だったピンプルも復活して、怖い敵も倒して、これでまた二人でやっていけるって思ってたのに。
 僕の方から、みんなとお別れしなきゃいけないの~?
 今時、放浪の旅人だなんて、流行らないよ。
 家族とも、友達とも、彼女ともピンプルとも急にお別れだなんて、やだよー!

 魔法使いって、なんて辛い運命なんだろう・・・。
 また涙が浮かんで来ちゃったよ。

 。。。

 全部の後片付けが済んだのを確認して、ピンプルと一緒に家に帰った僕は、お父さんとお母さんと一緒に、晩御飯を食べた。
 おかずはなぜか、僕の好物のハンバーグ。
 ピンプルが気を利かせてくれたのかな?
 父さん、母さんとは、色々と話をしなくちゃいけない気がしたけど、いざとなると、なぜか話すことが思い浮かばなかったんだ。
 しょうがないから、最近の学校のこととか、近所の犬が最近大人しくしてるって話とかを、とりとめもなく話しちゃった。

 夕食後に自分の部屋に戻った僕は、思わず里美ちゃんに電話をかけて、夜の学校で待ち合わせすることにしたんだよ。

 夜の9時過ぎ。僕と里美ちゃんは、学校の屋上にいた。
 警備員さんに魔法をかけて、用意してもらったマットの上。
 二人で横になって、ボンヤリと星を見てたんだ。

「草野君・・・。草野君は、夜の学校も怖くないの?
 私、一人だったら、絶対こんな時間に来れないな。
 草野君と一緒だから、好きな人と一緒だから私、ここにいられるんだと思うの。」

 里美ちゃんが、僕の方に寝返りをうって、優しく話しかけてくれる。
 でも、僕の頭の中には、大好きな里美ちゃんの言葉も、あんまりしっかり入ってこなかった。
 さっきまでこの空に、大きな鳥篭があって、僕らはみんなその中に閉じ込められてて、大切なものが吸い取られていくところだったんだ。
 その怖さを思うと、学校のお化け話なんて、なんだか真剣に考えられないよね。
 あんな凄い出来事があったのに、女神さんとピンプルの魔法で、みんな何事もなかったみたいに忘れちゃった。
 裸で街中でお祭りしてたこともきれいに忘れちゃってる。
 だとしたら・・・、僕が明日からいなくなっても、それは魔法で簡単に誤魔化せちゃうんだろうな。
 この街の誰も、僕がいなくなったことどころか、僕がいたことにさえ、気がつかずに全てが済んでいくのかな・・・。

 僕は思わず、里美ちゃんを引き寄せて、グッと力を入れて抱きしめちゃった。

「どうしたの?草野君。」

「里美ちゃん、僕たちが初めて結ばれたの、この屋上だよね。覚えてる?」

「もちろん、覚えてるわ。」

 里美ちゃんも、そっと僕を抱きしめる。
 でも里美ちゃんは、その後、僕の家で腰元さんになっちゃったり、お掃除おばさんになっちゃったり、デパートでハイレグ水着でウロウロしてたことは、きっと忘れちゃってるよね。
 僕とつきあってたことだって、きれいサッパリ、忘れさせちゃうことだって出来るんだ。
 魔法の世界って、凄いけど、怖いもんだよなぁ。

 僕は里美ちゃんの柔らかい胸に顔をうずめて、ほんわかと漂ういい匂いを肺に一杯吸い込みながら、ちょっと弱気になっちゃってた。

「草野君も・・・、怖い?」

「里美ちゃん、魔法って信じる?」

 急に里美ちゃんの目を見て、真剣にきく僕。
 ちょっと困ったような顔をする里美ちゃん。

「うーんと・・・、子供の頃は、信じてたよ。」

「そっか・・。じゃ、僕を忘れてもいいから、昔魔法を信じてたことだけは、ずっと忘れないでいてね。」

 困った里美ちゃんをなだめるみたいに、オデコにキスをしたんだ。
 そんでもってそのまま、柔らかい唇にチュー!
 ベロも入れちゃうっ。里美ちゃんも抵抗しないで、受け入れてくれるよ。
 大事にオッパイを揉むと、僕と繋がってる可愛い口から、熱い息が漏れた。

 今日見たような魔法の敵と比べたら、学校のお化け話なんて、怖くないと思う。
 おんなじように、今日の魔法の対決みたいなものを見ちゃったら、出来ないことなんてないって思っちゃう。
 やっぱり僕は、魔法使いの道を進んじゃおう。
 今さっきまで、自分のこれまでの生活を全部失っちゃうような気がして、寂しくてしょうがなかったんだ。
 でも、僕は魔法使い。
 最後には、欲しいもの全部手にしちゃうぞ!
 里美ちゃんとだって、ちょっとの間のお別れだよね。

 Tシャツを捲り上げて、オヘソにもキスしちゃう。
 里美ちゃんは恥ずかしそうに、ブラジャーのホックを自分から外して、僕に脱がされるのを手伝っちゃう。
 ちょっと肌寒い夜だから、ピンクの乳首がすぐ、遠慮がちに立ち上がってくるよ。
 パクっと咥えちゃうと、敏感に体を突っ張っちゃう。

 里美ちゃんはズルイな。
 顔もすごく可愛いのに、オッパイもこんなに綺麗で。
 スタイルも良くて、勉強も結構出来て、友達も多くて、性格も良くて。

 でも僕はもっとズルイんだぞ。
 魔法を使って、そのみんなの憧れ、里美ちゃんの彼氏になっちゃう。
 里美ちゃんを全身、僕への愛情で満たしちゃう。
 ブラジャーを自分から外させちゃう。オッパイもペロペロ舐めちゃう。
 それを里美ちゃん自身に、こんなに喜ばせちゃう。

 魔法使いは大変だ、なんて思わないよ。
 やっぱりこんなにオイシイ話はなかなかないもん。
 精一杯楽しんじゃうべきだよね!
 この先もどうなるかわかんないけど、きっと楽しいことも沢山待ってて、弱音を吐いてる暇なんか、ないと思うんだ!

 ズボンを下ろして、女の子らしいデザインの白いパンツも下ろしちゃう。
 手を伸ばすと、里美ちゃんは僕のために、しっかり濡れててくれた。
 腰を浮かさせて、僕のモノを根元まで入れると、清らかな里美ちゃんと一つになった僕まで、素敵な存在になれるような気がして、心も体も満たされちゃう。
 うーん、やっぱり里美ちゃんが一番!
 ついこの間まで、僕には手に届かない存在みたいに思えていたのに、今こうやって体を繋げていると、まるで僕のモノに合わせて造られてきたみたいに、アソコもオッパイもお尻も顔も、全身が僕の好みなんだ。
 やっぱり里美ちゃんは手放さないぞ!
 いつか修行を終えて帰ってきて、魔法使いのお嫁さんになってもらおう。

 僕が思いっきり腰を振ると、里美ちゃんも声を上げて、僕にすがりつく。
 両手を握り合って、動物みたいに求め合って、最後は一緒に果てちゃった。

 里美ちゃん、しばらくの間、さようなら!
 絶対にまた、会いにくるからね!

 。。。

 次の日の早朝、リュックサックを背負った僕が家を出ると、外は清々しい、いい天気だった。ちょっとだけ風がヒンヤリしてるけど、雲一つない、青い空。
 うーん、絶好の旅立ち日和だよね。

「いいのか?
 魔法使いの道を断念して、普通の学生としてこの街で生きてくことだって出来るんだぜ。
 昨日みたいな、『秩序側』の奴らにとっちゃ、テメエは指名手配犯みてえなもんだ。
 女神ちゃんの宣下を直接もらってるテメエに、そうそうちょっかいは出せねえかもしれねえが、その分しっかり準備してから仕掛けてくるだろうよ。
 楽な旅にはならねえぜ。」

 緑の服を着た、元気な小人が門灯の上に腰掛けて、足をブラブラさせてる。
 僕は里美ちゃんとお別れして家に帰ってから、夜通しピンプルと話をしようと思ってたのに、結局ピンプルは、照れくさがって、僕の部屋に顔を出さなかったんだ。

「うん・・・。大丈夫。色々とありがとうね。
 僕がいない間、家族と里美ちゃんと、瞳ちゃんと、学校のみんな。
 あとこの街をよろしくね。」

「まあ、そのへんは心配いらねえ。
 あと、こいつを持っていきな。ちょっと重くて古ぼけてるが、立派な魔術書だ。こいつで自習しながら、腕を磨いてこい。
 帰ってきたら、腕試ししてやるぜ。」

 ピンプルの皮袋から出されたとたん、コゲ茶色の分厚い本は、辞書みたいな大きさに変化した。
 これ・・・、全部読むの、大変だろうなぁ・・・。

「あ、ありがと。
 あと、あのピンプル。僕、実は一人旅はあんまり経験ないんだ。
 魔法使いの修行の旅って、バスを使った方がいいの?電車?
 あんまりお金がないんだけど・・・。」

 ピンプルは門灯の上で立ち上がると、両手を腰に当てて、お説教のポーズ。

「あぁっ、もうっ。ったく相変わらず勘の鈍い野郎だな、テメエは!
 オイラがいつか、「ピンク魔法の基本にして究極だ」って教えた魔法があるだろっ!」

 えーっと、それは・・・。多分一番初めに教えてもらった、ノーティー・バブル?

「そう、そのシャボン玉だ。
 何も考えずに、真上にデッカいバブルを作ってみろ。
 テメエをすっぽり包み込むぐらいのデカいバブルだ。
 そのバブルの中に入り込めば、テメエの行くべき場所や、求められてる場所にテメエを運んでくれる。
 ノーティー・バブルってのは、もともと何かを運ぶために編み出された魔法なんだ。
 魔法使いが他人への指示を念じて飛ばせば、一般人には本人の思いとして運ばれるし、魔法使い自身を飛ばせば、魔法を必要とする一般人に届けられる。
 全部そのへんのことも書いてあるから、本をきっちり読んで、勉強しろ。」

 僕の上に作った大きなシャボン玉は、ゆっくりと降りてきて、僕を包み込む。
 ・・・と思ったら、そのシャボン玉が、僕ごとフワっと、地面から30センチぐらい浮き上がっちゃった。

「達者でな、草野・知也・ネッテロガゾーI世。
 覚えとけ。ゲッゼーレ卒業の試験は、かつての師匠との技比べ対決だ。
 オイラに勝てるぐらいの立派な魔術師になって、いつか帰って来い!
 それじゃーなーっ!」

 僕を包んだピンクのシャボン玉が、僕の意志とは関係なしに、どんどん上に浮き上がっていくよ。
 帽子を手にとって振り回してるピンプルが、どんどん小さくなる。

「ピンプルー、ありがとー!
 い、が、い、と、楽しかったよーっっ!!」

 最後は帽子を上に放り投げるピンプル。
 でもその帽子もピンプルも、すぐにゴマ粒みたいに小さくなって、見えなくなっちゃった。
 僕の家の屋根も、近所のクリーニング屋さんの看板も、どんどん小さくなって、ジオラマの模型みたい。
 消しゴムみたいな大きさの、学校の校舎もずっと西の方に見えてきた。
 相馬先輩や谷川先輩は、もう朝練に励んでるかな?
 里美ちゃんや瞳ちゃん、先生たちやクラスのみんなは、これから登校時間かな・・・。

 僕の街がどんどん小さくなっていく。雲をいくつか通り抜けるうちに、シャボン玉のピンク色が濃くなって、外の景色は見えなくなっちゃった。

 パチンッ!

 どれくらいたったかな?
 シャボン玉が弾けた時、僕は空にはいなくて、なんと狭くて汚い部屋の中に立ってた。

「うっ、うわっ!何?・・・君、誰?」

 目の前には・・・、大学生ぐらいの、色が白くてちょっとポッチャりした男の人。
 白いTシャツしか着てない格好で、ティッシュを片手に、ひっくり返ってる。
 どうもエロ本見ながら、セルフサービスの途中だったみたい。

「う・・・うーん。これからの旅、行く先々で必ずこういう出会いなのかなぁ。
 もうちょっと格好いい顔合わせがしたいんだけど・・・。
 ま、いっか。
 ゴホンッ、初めまして。
 僕はピンク魔術師、『曙の隠者』の草野・知也・ネッテロガゾーI世。
 お兄さんの夢をかなえるために、遠くからやってきたんだよ。」

「う・・・、嘘。魔法使い?
 でも君、女の子じゃないよね?アニメ声でもないし・・・。」

 オナニー途中で僕に登場されちゃったお兄さんは、だいぶん混乱してるみたい。

「うーんと、お互いちょっとイメージとは違うみたいだけど、まあ、仲良くやろうよ。ちゃんとお兄さんにもいいことあるからさ・・・。
 ところで、ここってどこ?なんていう名前の街?」

「鹿内市三坂町だけど・・・。」

 三坂町・・・。え、えぇぇええっ!
 鹿内市っていったら、僕の住んでた章花台の隣町じゃない?
 僕、あれだけ大げさにみんなにお別れして、感傷的になっておいて、ただ隣町に来ただけ?
 か・・・、格好悪~い!
 さんざん里美ちゃんと感動的なお別れまでして、電車で駅二つぐらいの距離にいますだなんて、情けないよ~。
 電車の中で、ばったり会っちゃったりしたら気まずいなぁ・・・。
 トホホ。

 もう・・・、僕の冒険は、結局どこまでもスケールがちっちゃいなぁ~。

 。。。

 ってなわけで、僕のお話はここでオシマイです。
 思わず長話になっちゃったけど、ちょっとでも楽しんでもらえてたら、嬉しいな。
 僕は今でも、修行の旅の途中だよ。行く先々で、その土地の美味しいものを食べたり、温泉に入ったり、ちょっとエッチな騒動を起こしちゃったりしてます。
 いつか君のところにも行くかもしれないから、その時はヨロシクね。
 それじゃあ、皆さん。
 さよーならー!

< おしまい >

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