ブラック企業はやめられない 中編

中編

 営業3課のスタッフ全員が、課の定例会議に出席することは珍しい。やり手の課長がパイプを築き上げた、多くの得意先を持っているので、担当者の誰かは欠席しているということが多い。中には半数以上のスタッフが外回りで不在な中、アシスタント主体で行われる定例会議も珍しくはない。大抵のコミュニケーションが携帯電話とメール、そして外部からもアクセスできるイントラネットを介して行われている昨今、課員全員が集合して打ち合わせるというセレモニー的な会議は、意義が小さくなりつつあるのかもしれない。

 それでも、今日は秋森課長の厳命のもと、14人のスタッフ全員が、中会議室に集められた。TV会議などを行うための、通信設備が充実した部屋だ。

 長机を14人のスタッフと先日の異動で開発課に移ったはずの深見幸輝が囲んで座る。全員の席の前に、ノートPCとヘッドホンが置かれていた。

「今日は、週次定例のマネージメントからの業務連絡は飛ばします。全員、共有フォルダの伝達事項のところを良く読んでおいて。この時間を使って、みんなに、とある極秘プロジェクトへの協力をお願いしたいの」

 ダークレッドのスーツを着た秋森課長が、立ちながら机に両手を乗せて話す。年齢はまだ30にも達していないが、これまで築き上げた彼女のキャリアと実績。そして全身から醸し出される「デキる女オーラ」に気圧されて、この課で彼女を見くびる社員はいない。課長の提案に口を挟める者は存在しなかった。

「みんなも良く知っている、深見。彼が開発課に回ってすぐに、重要なプロジェクトの取りまとめを任されているみたいなの。昔の仲間として、手伝ってあげて欲しい。そして、この革新的な開発に携わるということは、3課にとってもとても光栄なことだと思います」

 深見の同期である今江係長は、少しだけ眉毛を動かして、秋森課長の方を見る。いつものドライでビジネスライクな課長のプレゼンテーションと違って、「仲間」、「光栄」と、意外にエモーショナルな言葉が並んでいることが、珍しく思えたからだった。

「みんな、細かい話はあとで聞いてもらうから、まずは私を信じて、何も言わずにこの試作プログラムを体感してみて欲しいの。ヘッドホンをつけて、PCのディスプレイを見てもらえるかしら。PCディスプレイだと集中力が途切れるという人は、後ろの大型モニターを見てもらっても同じ映像が流れるし、こちらには、数が限られているけれど、4つ、ヘッドマウントディスプレイもあります。PCが立ち上がっていないという人はいるかしら?」

 この課で課長の指示は絶対的なものだ。みんな、疑問を挟むこともなく、ヘッドホンをつけて、ディスプレイが稼働していることを確認する。係長の今江以外には、あと2人、チーフの郷原郁美と、桐原来海だけが、ヘッドホンの装着に時間をかけていた。郷原は1チームを取りまとめている、秋森も信頼するチーフだけあって、まだ若いが観察力に秀でている。少しだけ、今日の秋森課長と深見幸輝の間に流れている空気が、これまでと違っていることに、すでに気がついていた。課長は表面上はいつも通りという態度を見せているが、話しているなかで頻繁に、深見の様子を伺っている。出方を伺っているというか、顔色を見ているというか、常に彼のことを気にかけているような素振りが見える。そして深見はこれまで見たことがないくらい、自信を持って席についていた。課長の指示にはもちろん従いながらも、郷原郁美はそうした3課の僅かな変化を見つけ、観察している。そのせいで、ヘッドホンを耳に当ててフィット感を確認するのに、少し時間がかかっていた。

 もう1人、ヘッドホンの装着に手間取っていたのは、若手スタッフの桐原来海である。彼女は単純に、ヘアスタイルが乱れないように気にしながら、ヘッドホンを慎重につけている。頭のセットを押さえつけてしまうことを気にした彼女は、小さく舌を出して、小ぶりのお辞儀をしながら、ヘッドバンドがあごの下に来るように、上下逆さに装着した。

 桐原来海は、自他ともに認めるフロアのアイドルで、3課だけでなく、営業部全体を見回しても、屈指のルックスを誇っている。顔の造形だけで言えば、秋森望がもっとも完成された美を誇っているが、秋森は性格がサイボーグというかナチスのサディスト医務将校というか、近寄りがたい存在なので、男性社員の人気は、可愛らしい桐原や、お淑やかでよく気が利く郷原などに集中している。

 元来この会社の営業は女性社員が多く活躍している。男性主体の企業社会ではあるが、オヤジキラーの営業担当たちが伸び伸びと仕事をして、成績を上げて、社内でも大きな顔をしてきたのだ。男性の営業職が活躍するためには、余程仕事が出来るスーパーセールスマンであるか、今江係長のように、女性社員の扱いに長けた、気遣い上手である必要があった。そして、深見幸輝は、そのどちらでもなかったので、開発課というまったく異なる畑に飛ばされたのだった。

「コホン、……えぇ、皆さん。今から再生しますので、画面とサウンドエフェクトに集中してください。先ほど課長も言われた通り、説明不足で恐縮なのですが、これも営業最前線の皆様の、先入観を持たない第一印象を頂くためです。では、スタートさせます」

 郷原は、手を上げてこの試作品体感会を止めてもらおうか、内心迷った。深見幸輝が、会議の中で課長に指名されてもいないのに、自分から発言を始めるなどというのは、初めてのことだった。しかも、秋森課長の説明を、途中で遮るようなかたちで……。何か、違和感がある。しかし、その違和感をどのように発言して良いのかもわからない。郷原郁美は質問をしてプログラムの試行を止めるということを、思案の末に諦めた。

 ライトダウンした中会議室に、環境映像が流れる。大型モニターと14個のノートPCに、山や海、雲や川の景色が映る。そしてヘッドホンからは差し障りのない、毒にも薬にもならないような、環境音楽が流れていた。しかしその音楽が、妙に3課のスタッフたちを引きつける。単調で退屈だと思えた曲調だが、1分も聞いていると、これがいつまでも聞いていられそうな、中毒性のある曲に思えてくる。社員たちは束の間、仕事のこと、クライアントのこと、さらに秋森課長のご機嫌のことから関心を失い。音楽と映像の世界に没入していった。桐原来海の頭の中からも、ファッションのこと、美容のこと、スイーツや格好いい芸能人のことがフェイドアウトしていく。郷原郁美も、気にかけていた秋森課長と深見幸輝の微妙な変化や、3課の若手社員のこと、新人の澄川美帆のことなどを一時忘れて、音楽と映像に入りこむ。5分もたつと、中会議室からは人の音がほとんどしなくなった。いや、人の気配まで、無くなってしまったようだ。深見幸輝はその様子を、注意深く確かめていた。

(秋森さんは、周りのヘッドホンから洩れてくる音を聞いてるだけでも、トランス状態に入っちゃった。やっぱり、繰り返しすことで、どんどん入りやすくなるんだな。今江も今は頭の中、空っぽか。来海ちゃんが最後の方までキョロキョロしてたのは、集中力がないからか。そして、郷原チーフ。相変わらず勘が良いな。何かこちらの真意を測ろうとしていたみたいだったけど、今は……)

 深見が席を立って、郷原郁美の座っているところへ近づいていく。

「郷原さん。……聞こえますか?」

 肩をポンポン叩いても、郁美は反応しない。虚ろな目で、前をボンヤリ眺めていた。

「髪の匂いを嗅いでもいいですか? ……どんなシャンプーを使っているんだろう。いっつも、清潔感がある匂いですよね」

 ツヤのある黒髪を後ろでまとめている郷原郁美の後頭部に鼻を押しつける幸輝。無反応の郁美の様子に、満足する。

「来海ちゃんは、集中力のない子ですね~。ヘッドホンもこんな、勝手に自己流の掛け方をして。駄目でしょうっ」

 桐原来海の愛くるしい顔に両手を当てた幸輝が、頬っぺたを両手のひらでギュッと寄せる。アイドル顔負けの美貌が、フグのように変形させられた。幸輝の両手はそのまま、下に滑って行って、来海のオッパイの周辺を、円で書き示すかのように指でなぞる。そしておもむろに、服の上からギュッと揉んだ。

「来海ちゃんのオッパイをこんな風に触ってるところを見られたら、営業部の男どもどころか、お得意様みんなに、怒られそうだな。でも、もうすぐ3課のルールが色々と巻き変わって、こういうことも普通になってくるから。これはその練習だと思って、我慢してね」

 誰も耳を傾けていないとわかっていても、幸輝は上機嫌に語りかける。職場のアイドルの胸を好き勝手に揉みしだきながら、鼻歌まじりに自分の計画の一端を明かしてしまう。深見幸輝は今、浮かれていた。こんな言葉が郷原郁美に聞かれたら大いに警戒されてしまいまそうだが、幸い、郷原チーフも今は深層意識学習中だ。プログラムの設定する通りに、自分の行動、思想信条を書き換えられている最中だ。幸輝は既に、3課を乗っ取ったも同然の立場にいた。

「今日は指示事項をWORDファイルじゃなくて、EXCELファイルに保存してみた。その効用の違いを、しっかり確認させてもらおうね」

 みっちり20分、3課のスタッフたちは深層意識学習を体感した。そしてプログラムが終了し、曲調が変わった時に、長い眠りから目を覚ましたかのように、瞬きをして周囲を見回していた。中会議室に生気が戻る。全員が目をこすったり、伸びをしたりとリラックスした表情を見せていたが、議長席に秋森望の姿を確認して、慌てて背筋を伸ばす。「居眠りなんて絶対にしてませんでした」という顔を作って、姿勢を正して座りなおした。

「コホン。……みんな、学習プログラムの試作品を体感してもらいました。本来なら感想を集めたいところなのですが、正直に言うと、みんな、一度ではどんな評価を下していいのか、わからないのではないかと思います。私自身も、気がついたらいつの間にか、学習時間が終わっているといった感想でした。そこで、この課では、あと何回か、全員参加で体感会を行いたいと思います。感想はその後、集めましょう。……深見。それで良いかしら?」

 秋森課長が立ったまま、隣に着席している深見幸輝の方を見る。深見が説明を引き取った。

「はい。……あ、皆さん、改めまして、おはようございます」

 即座に全員が起立する。

「おはようございます」

 背筋を伸ばして、深々とお辞儀をする。郷原チーフも今江係長も秋森課長も、取引先のVIPに遇するような、最上級のお辞儀をしていた。

「どうも」

 深見は椅子に深々と腰を下ろしたまま、手を開いて、3課の同僚たちのお辞儀に応じた。全員、当たり前のように着席して、また元の、深見を見る表情、姿勢に戻る。

「楽にして聞いてください」

 深見がその言葉を告げると、営業3課のメンバーたちは、「あっ」とか「そうだ」と、口々に呟く。何かを思い出したかのように、お互いに視線を交わし合って、頷き合いながら、姿勢を変える。6人いる男性社員は、紳士靴をその場で脱いで、靴下のまま、床に正座をした。8人の女性社員と秋森課長は、急に気がついたかのように椅子の上で姿勢を崩して、襟元のボタンに手をかける。第3ボタンまで外した。鎖骨が見えてくる社員。控えめのシルバーアクセサリーが見える女子社員。そして下着が一部、露出してしまう女子社員がいる。少し恥ずかしそうだが、これがビジネスマナーなのだと、自分に言い聞かせているような表情だ。幸輝が見回すと、桐原来海は堂々とピンクのブラジャーのカップ上辺をシャツから覗かせていた。郷原郁美は、少しモジモジしながらも、第3ボタンまで外したところだった。全員から、明らかな戸惑いと葛藤が見えていた。

「この深層意識学習プログラムは、僕の友人……。えぇ、友人が組んでくれたプログラムです。今から考えると彼は一種の天才で、数分で元となるプログラムファイルを作ってくれました。その使い方を確認して、最初のプロトタイプ、課長に始めに体感してもらったものなのですが、その統合DVDが出来るまで、足掛け2日でした」

 ドン、ドン、ドン、ドン。

 ヒールのある靴の踵が、机に打ちつけられる音。会議室に驚きの声が上がる。室内の女性社員たちが、みんな一斉に椅子を引いて、右足を会議机の上にドカッと乗せていたからだ。当の女性陣は、みんな、自分がしたことに驚いて、目を丸くしている。桐原来海は顔を赤くしてアヒル口を作った。彼女の困ったときの表情だ。きっと床に正座している男の同僚たちからの視線を気にしているのだろう。タイトなミニスカートの裾が大きく捲れ上がってしまっている。

「……し、失礼致しました」

 郷原チーフが、耳まで赤くなって恐縮している。慌てて机の上にふくらはぎまで乗せていた右足を、下ろして、スカートの裾を直す。意外と美脚であることが、課のみんなに知られてしまった。

「みんな、会社のパソコンも置いてあるんだから、壊さないように、気をつけなさい」

 秋森課長の叱責の声がいつもよりも弱い口調なのは、自分自身も長い脚をデンッと机に乗せてしまっていたからだった。

 男性社員の好奇の目に視線に晒されながら、女性陣が足をしまって、姿勢を正す。

「どこまで言いましたっけ? ……あぁ、足掛け、2日で」

「キャッ、なんで?」
「やだっ、すみませんっ」

 またドカドカと片足が机にあげられる。

「もう一度いいます。足掛け、2日です」

「ごめんなさいっ。……こんなこと」
「あ……、足がっ、勝手にっ」

 さらにドカドカと、もう片方の足が机に乗せられる。女性たちはみんな、椅子の座面から背もたれに体重を預けたかたちで、両足を机に乗せてしまっていた。真正面のPCを避けるために、足の間がずいぶん開いてしまっている女性も多い。スカートの人はみんな、太腿まで大きくさらけだしてしまっていた。3人ほど、バランスを失って後ろに倒れてしまった女性もいる。下着までパックリと見えてしまった状態で、椅子ごと後ろに倒れていた。

「みんな、深見の説明中よ。……私もなんだけど……。コホンッ。ちゃんとした姿勢で、最後まで聞きましょう」

 秋森課長が、自分のことを少し棚に上げながら、部下たちに注意をする。両足を机に乗せながら口頭注意する課長の姿は、なにやらシュールな光景に感じられた。郷原チーフは足を戻しながら、恥ずかしさに両手で顔を覆っている。いつもお淑やかで女性的な郷原郁美が、やんちゃなポーズを見せて戸惑っている姿は、幸輝から見てもそそられるものだった。

「違うんです、私、こんなこと、したくなかったのに……」

 桐原来海が頬を膨らませてむくれる。無駄に同僚にパンチラを見させてしまった自分に腹を立てていた。こんなことになるなら、もっと可愛い下着をはいてくればよかった……。来海の反省ポイントは、上司たちとは少しずれていた。

「ごめんなさい、深見君」

「ごめんね」

 口々に謝る、美人アシスタントOLたち。営業担当の女性たちも申し訳なさそうに身を縮こめていた。

「気にしないでいいですよ。説明もダラダラするよりも、次回また体感してもらって、直接ご自分の心身で理解してもらう方が、良いなと思いました。なので、僕からはここまでです。皆さん、ありがとうございました。

 椅子を引く音、課員全員が立ち上がる音がする。

「ありがとうございました」

 課長の秋森望を含めて、全員が直立して、深々とお辞儀をする。声もきちんと揃っていた。そして顔を上げると、着席して筆記用具を片付ける者、次の打合せに向かうもの、フロアの自分の席へと連れ立って帰っていく者。全員、何食わぬ顔で行動していた。ヒラ社員の幸輝に対しての、不釣り合いなほどの最敬礼については、誰も違和感すら覚えていない、いや、お辞儀したことすら覚えてもいないという表情だった。

「実験は全部成功だ。……いきなり大人数を一括でという不安はあったけれど、まったく問題ないっていうことが証明された。初回からヘッドマウントディスプレイも必要なかったね」

 秋森課長と深見を残して、課の全員が退席すると、深見は椅子に深々と腰を下ろして、背もたれに体を預けながら天井を見る。ネクタイを緩めながら、笑顔で上を見ていた。思っていたよりも、自分が緊張していたことに気がつく。

「これで、私の課を、乗っ取ったつもりでいるの? ……私はそんなに、簡単じゃないわよ」

 ヘッドホンを集めてコードをきれいにまとめながら、課長の秋森望が幸輝に、恨めしそうな視線を送る。幸輝の命令には絶対に服従するという「学習」を骨の髄まで染みこまされているので、彼の計画を邪魔することは一切出来ないが、2人っきりになったときに、嫌みを言うという程度の自由は、与えられていた。

「もちろん、そんな簡単に全員の学習を完了出来たとは思っていませんよ。これからじっくり、時間をかけて、この会社を変えていくんです。まずは営業3課。次に営業部全体。そして会社。最後は取引先とか関係会社さんにもいくらか影響を及ぼさないと、一つの組織って生まれ変わることは出来ないと思いますからね。だから、課長にはとっても大事な役を担ってもらいます。午後もよろしくお願いしますね。スケジューラーに詳細書いて送っておきましたけど、見てもらってますよね?」

「貴方、本当に正気で私に、みんなの前で大恥をかかせようとしているの? ……こんなことして、貴方が油断した瞬間に、私が自由を取り戻したら、貴方は破滅よ。絶対に、後悔するわよ」

「課長、今から開発課に戻って、プログラムの評価と微修正をしてきます。この会議室はもう30分くらい押さえてあるんで、……そうだな。3回はイクまでオナニーをしてください。ちゃんとイクまでは退室出来ませんからね、仕事が遅れないように、張り切ってオナってください」

 怒りの形相で唇を噛む望。幸輝は昔の思い出のせいで、一瞬、背筋が寒くなった。

「僕が所有してる体に対しての指示ですからね。言う通りにしてもらえますよね?」

「……もちろん、貴方が所有する体なんだから、好きにすればいいじゃない」

「あれ、返事は何ていうんでしたっけ?」

「……はい、喜んで」

 声がうわずって震えている。そのうちに言い慣れるだろう。幸輝は鼻歌を歌いながら会議室を後にした。社内で鼻歌混じり歩くことなんて、入社以来、ほとんどしたことがなかった。それでも、今は実験結果のあまりの見事さに、上機嫌にならざるをえなかった。人目がなければ、スキップすらしていたかもしれない。

。。。

 WORDファイルに学習内容を記入する場合、深層意識に刻み込んで覚えるべき内容を、ただ書き込むだけだった。今回はEXCELファイルに学習内容を書いている。EXCELはWORDと違って、ワークシートが複数存在している。シンペイから受け取ったプログラム・ツクールの中のEXCELファイルには、それぞれのワークシート上に、吹き出しがあった。

 1シート目 学習事項シート: 覚えるべきことや、従うべきルールを書き込む。学習者は状況を認識しながら、学んだことを自分にとって重要なこと、守るべきことと認識して、実行する。

 2シート目 行動シート: 行動させたいことを書き込む。学習者はなぜそのように行動しているのか、自分でも理由はわからないが、書き込まれたことをその通り実行する。

 3シート目 非認識・行動シート: 行動させたいことを書き込む。ただし、その行動を学習者自身は気づかずに実行する。

 4シート目 人格シート: 学習者の性格、感情、思想信条に与えたい変化を書き込む。学習者は自分の変化に気づきつつも、その変化に抵抗することは出来ない。

 5シート目 記憶シート: 記憶の新規作成、消去、書き換えを行う。いつの記憶かについても設定することが出来る。ただし、重大な記憶や幼少期の記憶の変更は、学習者の人格に影響を与える場合があるので、4シート目に書き込んでいない変化が意図せず生じる場合もある。

 6シート目 体感シート: 学習者が認識する感覚や体質に影響を与える。正し、あくまで体感なので、物理的な制約や現象を覆すことは出来ない。

 7シート目以降: FAQのサイトを参照。

 どうやらエクセルのワークシートごとに、学習の効果の現れ方を変化させることが出来るらしい。幸輝はそのように理解した。そして営業3課の課員たちには3シート目まで学習内容を書きこんで、効果を試してみたのだった。

 学習事項シート: 『深見幸輝が「楽にして」と言ったら、良いと言われるまで、男は靴を脱いで正座をして話を聞く。女性はシャツの第3ボタンまで外して、首元をしっかり開けて話を聞く。』

 この合図に対して、全員がその通り、従った。少し戸惑いを見せながらも、「こうしなくてはならない」という義務感を学んでくれていたようで、全員従順に(多少首を傾げつつも)、学んだことを実行してくれた。

 行動シート: 『女性は幸輝が「足掛け」と言うのを聞いたら、片足を机の上に乗せる。』

 この合図に対しては、女性全員が機械的に従ってくれた。そして本人たちは、どうして自分がそんなことをしているのか、まったく理解できていないようだった。2回立て続けに「足掛け」と言ってみたら、バランスを崩して椅子ごと後ろに倒れてしまった女性社員もいた。このシートの学習は通常の学習よりも無機質に遂行されて、本人の安全注意などよりも強力に働いてしまうのかもしれない。

 非認識・行動シート: 「全員、幸輝が「皆さん」という言葉に続けて挨拶をした場合、直立して深くお辞儀をしながら挨拶を返す」

 この合図に対しては、全員、自分たちがそのように行動していることすら、気づいていなかったようだった。

 一度に大量の学習内容を書きこんでも、効果の測定が複雑になる。そう思って3つのシートに1つずつの学習内容を書いたのだったが、その効果は、それぞれの特徴も含めてよく観察することが出来た。まずは導入としては上出来だ。午後はもう少し、課の在り方自体を変化させる。そのためには、3課の最重要人物に、活躍してもらう必要があった。

。。。

「はい、昼礼を始めます。全員、スケジュールボードの前に集まって」

 秋森課長が招集をかけると、全員席を立ってボードの前に集合する。午後の予定を確認する、昼礼が始まった。普段は半数くらいの出席率だが、今日はこの昼礼後に、またもや営業3課全員出席という緊急ミーティングが設定されている。課長からのお達しなので、営業担当者も他のスケジュールを調整してこの昼礼から出席している。

「昨日の業務報告書が出ていないのは、井塚さんだけですね」

 秋森課長が業務進捗の確認をする。課長よりも2周りも年上、中途採用の井塚さんは耳の上と後頭部以外には髪が残っていない、ずいぶん貫禄があるオジサンだが、口を開くと「駄目な雰囲気」が漏れ出てしまうタイプの人だ。今回も、娘ほど年が違う上司に指摘されて、途端に目が泳ぎ、ハンカチで汗を拭き始める。

「あれっ。しまった。すぐに出します。あの、スミちゃんと一緒に回ったお得意先のレポートなので、スミちゃんとも一緒に書こうと思って……」

「えっ。そうだったんですか、ごめんなさい。知りませんでした」

 新人の澄川美帆は、井塚さん以上にうろたえる。駄目な先輩から急に無茶ブリされたんだと、同僚たちは感づいている。

「井塚さん。報告書作りが新人の勉強になるというのはわかりますが、業務指示は余裕を持って与えるようにしてください。今回のケースは井塚さん自身で書いてもらえますか? もう半日以上過ぎていますので」

 秋森課長がギロリとにらむと、井塚さんは縮こまる。澄川美帆が皆に聞こえるほどの大きなため息をついて、胸をなでおろしていた。

「あと、報告書で言うと、今江係長のものも、酷かったです。サンカイ企画さんとの契約が全く進捗していないということも問題ですが、なに? この文章。主語と述語、『てにをは』まで、私に直させるつもり?」

「……申し訳ございません」

 課長のイビリが始まった。課の空気があからさまに固く、重苦しくなる。

「貴方、係長という立場で、報告書一枚、きちんと作れないって、どういうこと? この課の皆が恥を掻くことになるということが、分かっていないの?」

「ちょっと、業務が積み上がっていまして、きちんと言葉を練れていませんでした」

 上司である今江係長が、皆の前でさらなる上司にボロボロに叱責されている。今江チームはその場にいること自体が辛かった。

 ビリビリと、報告書が破られる。秋森望が8つに千切ったレポート用紙を、直立して俯く今江の前に投げつける。紙がヒラヒラと、床や今江の肩に落ちる。

「もう、いい加減にしてくださいっ」

 深見幸輝の声が、フロアに響き渡る。他の課のメンバーも、自分たちの昼礼を止めてまで、3課の様子を遠巻きに見ていた。午後一番のミーティングに参加することになっていたので、開発課から来て昼礼にも立ち会っていた深見が、課長の秋森を一喝した。叱られていた今江までも、深見のことを心配そうに見ている。フロア全員の、注目が、深見と、秋森に注がれていた。

「今江係長の仕事が立て込んでいることは、みんな分かっていると思います。課長は上司として、書類の『てにをは』よりも、もう少し部下の健康やモチベーションを気遣って頂けませんか? ……失礼な物言いで、申し訳ございません」

 深見はこれほど人に注目されることが少ないので、多少緊張しながら、決めていたセリフを全て言い切った。

 今度はフロアの社員全員の注目は、秋森課長へと集まる。秋森望は、何か言おうと口を開けたまま、唇を小刻みに震わせた。

「あ……あの……。……ごめんなさい。オモラシ……。ちょっと、トイレに行かせて」

 ダークレッドのスーツパンスは濡れるとよく目立つ。膝の内側を擦り合わせるようにして中腰になった秋森望の股間から太腿まで、黒い染みが出来てしまっていた。内股歩きでトイレへ向かおうとする課長に、郷原チーフが心配そうに付き添った。スーツパンツのお尻の部分まで、ぐっしょりと濡れてしまっているようだ。桐原来海が小さく「えぇぇー」と声を出して、その口を両手で押さえる。みんなの気まずい沈黙の中で、昼礼は、なし崩し的に終了となった。

。。。

「課長はこのミーティングの途中から出席するそうです。私はキャンセルしてはどうかと提案したんですが、どうしてもこのプロジェクトを前に進めたいとのことでした。みんな、……ヘッドホンをつけて、深見君の学習プログラムの体感をもう一度、お願いします」

 複雑そうな表情で、郷原チーフが告げる。郷原郁美自身はこのプログラムの試行自体、あまり納得しているものではないため、自分の口でみんなに試行を薦めるのは、あまり気が乗らなかった。それでも、今の秋森課長の心境を考えると、彼女の指示に異論を挟む気にはなれなかった。そんな、心の迷いを露わにしながらも、計画に協力してくれている郷原郁美の表情は、幸輝にとっては面白いものだった。気配り上手で柔和な和風美人。そんな郷原郁美の、そつのない楚々とした佇まいを、少しずつ塗り替えて、変貌させていくということを考えると、深見の鼓動が早くなる。郷原たちが今、耳に装着したヘッドホンと、PCの中にあるプログラム1つで、それが可能になるんだと思うと、幸輝はこれまでに感じたことのないような万能感を噛みしめていた。

「では、再生しますよ。今回は、映像なしのバージョンです。音楽だけ聴いていてくださいね」

 再生ボタンをクリックして、1分も立たないうちに、郷原チーフが持つ、抑制された知性の光が、両目から失われていく。焦点の合わないような視線を、壁に向けているだけの、マネキンのような存在になる。深層意識学習中のサインだった。集中力が途切れがちな桐原来海も、今回は前回よりもずっと短い時間で、意識が深いところへ落ちた。先ほどの昼礼で大慌ての様子だった新人の澄川美帆も、ロートル社員の井塚さんも、叱責を受けていた途中からの展開にまだついていけていない今江係長も、営業3課のメンバーは椅子に座ってヘッドホンをつけたまま放心している。ミーティングにまだ参加出来ていない、課長の秋森望を除いて。

「チーフの、呆けたような表情。とっても魅力的です。いつもの、おすましした表情から、ギャップがあって、良いですよね。……もっと油断して、気を抜いて生活しても、いいと思いますよ。純日本風美人って感じなんだし」

 幸輝は郷原郁美の席に近づくと、無言で前を眺めている郁美の顔の輪郭をなぞるように、指を這わせる。耳の造形まで、綺麗に整っている。切れ長の目。顔の左右が精緻なシンメトリーになっている。そして朝の定例会議の時と同じように、両手で郁美の胸を揉む。柔らかい感触が返ってくる。

 対照的に、桐原来海の胸は張りがある。若さのエネルギーがつまっているかのような、挑戦的なバスト。シャツの上からブラジャー越しに触っているが、パッドがそれなりに入っていることも分かった。大きさはおそらく、郷原郁美の方が大きいはずだ。あとで、答え合わせをしよう。

 新人の澄川美帆は、胸は小ぶりだが、ショートカットの清純派だ。この胸は、あまり多くの男には触られてきていないはず。そう思うと、希少価値がある。こちらもあとで答え合わせが出来ることだ。だが、敢えて本当の答えは知らないでおいた方が良い気もする。「ひょっとしたら、僕が初めて触るんじゃないか?」そう妄想しながら、揉みしだくのに、ちょうどいい大きさと形をしている。若いって素晴らしい。

 コンコンコン。

「……入るわよ。……深見、貴方、やっぱりいやらしいことが目的じゃない。偉そうなことを言いながら、男なんて、みんな浅はかね」

 秋森望課長が、入室してくるなり、ため息をついて、髪を掻き上げる。さっきの失態などでは心が折れていないという、ファイティングポーズだ。幸輝は嬉しくなって、両手を澄川美帆の胸から離す。

「お疲れ様です。課長。開発課の池淵課長とは、話がつきました?」

「……最初は、ぶつぶつ言ってたけど、……最終的に、納得してもらえたわ」

 口ごもるようにして、秋森望が答える。

「報告は結果だけじゃなくて、交渉過程もきちんと整理して説明しなさいって、何度も貴方に言われてきましたけれど」

「わかりましたっ。もうっ。……スケジューラーに示されていた通り、論理立てて説得するんじゃなくて、打合せ部屋に連れて行って、この胸に池淵課長のペニスを挟んで、擦り上げながらお願いしたの。最後は口で奉仕したわ。全面的に協力するって。それまでと言ってることが違ったんで、飽きれたわよ」

 顔を赤らめながら、苛立ったように詳細な説明をしてくれる秋森課長。昼礼でのオモラシ事件に引き続いて、社内でとった行動としては、彼女の黒歴史が増えたことになる。幸輝にとっては、深層意識学習プログラムを使って直接、池淵課長の許可を取る方が容易だったかもしれないが、秋森望に、自分の置かれた状況を細目に理解してもらうという方が、面白そうに思えた。これまでスーパー頭脳で社内の男たちをケチョンケチョンに論破してきた秋森望が、これからは体を張った奉仕活動で、お願いを通していく。少なくとも、会社に響き渡るのが女性のヒステリックな怒号よりは、甘美な吐息の方が、会社自体が良い職場環境になると思われた。

「じゃ、正式に、この課を新しくしましょうか」

「これも、私から、みんなにスケジューラーのノート通りに、説明するの?」

「いいですか?」

 少しの間、沈黙する。まだ怒気を含んだ目で、幸輝を貫くように見返す。

「……はい、喜んで」

 その口調は、これまでよりも、少し険というか、覇気が弱まっていた。公衆の面前でオモラシをして、その後、別部署の同僚に隠れてご奉仕をしてオネダリをした。操作されたものであるとは言え、自分の行動を、身を以て確認していくと、彼女の鉄の精神力も少しは揺らぐのだろうか。

。。。

 ヘッドホンから流れる音楽の曲調が変わると、今江係長や郷原チーフといった営業3課の面々は、次々に目を覚ます。そして周りの様子を伺って、議長席に秋森課長がいることに気がつく。全員、反射的に背筋が伸びるが、郷原郁美や女性陣はそんな中でも心配そうに、秋森望になんと声をかけようか、迷っていた。

「みんな、学習を終えて、意識が戻ったみたいね。先ほどは、情けない姿を見せてしまって、ごめんなさい。上司として、というよりも、大人として、社会人として、とてもみっともないところを見られてしまったわね」

 課長が切り出すと、課のメンバーたちは、多少、居心地悪そうにお互いに視線を交わし合った。望はそのまま続ける。

「私はあの後、自分自身を振り返って反省しました。深見の言う通りだと思います。これまでの私は、自分の実績を鼻にかけて、課の皆のことを見下していました。こんなことでは、うちの課はちゃんとしたチームには成れない。これから私が先頭を切って、組織の結束を強めていきたいと思います」

 課長が一礼すると、パラパラと拍手が起こり、やがて会議室全体に響きわたる。幸輝が見てみると、純朴な澄川美帆は目に涙を溜めて感動しているようだった。

「ありがとう。これから、極秘プロジェクトの進行もあるので、開発課の深見には、うちの課のスペシャル・アドバイザーも務めてもらおうと思っています。先ほど、開発課の池淵課長に了解を取ってきました」

「えっ」

 郷原が思わず、戸惑いを声に出してしまった。いつも感情を抑制しがちなオトナの郷原郁美は、あからさまに表情を曇らせていた。

「郷原さん、不満かしら」

「い……え、あの、課長が任命されるのでしたら、私に不満なんてございませんが……。あの、スペシャル・アドバイザーと言えば、組織の構成員の業務や働き方の変更にとどまらず、私生活や、そのプライベートな行為まで指示できる、超法規的な臨時特別職ですよね? それを、深見君に任せるのですか?」

 自分で口にしておいて、郁美は意外な思いがしていた。もともと記憶力には自信がある方だが、会社の職制について、ここまで一言一句、スラスラと説明出来ているとは、予想外だった。まるで、つい先ほど、暗記したばかりの新知識のように、滑らかに口から出てくる。

「そうよ。深見幸輝がスペシャル・アドバイザー。SAになるの。課のドレスコードから勤務形態から、全て彼に設定してもらうの」

「それはつまり、深見君が決めれば、私たちは服装から行動まで事細かに、自分の好みや道徳観念、そして最終的には社則や日本の法律にも優先して、彼の取り決めに従わなければならない。そういうことですよね?」

「お嫌ですか? 郷原チーフ」

「いえ、喜んでご命令に従います。……え……? ………今の……私?」

 郷原郁美が、両手で口を押えながらうろたえる。聞こえたのは自分の声。そして自分の口を動かした感触はある。しかし、自分で考えてもいないはずの、言葉が出ていた。不穏な空気を感じ取って、郁美が2歩、後に下がる。

 幸輝は郁美の勘の良さを褒めたい気分だった。行動シートに入力した通りの内容を学習して、遂行してくれつつ、事態の異常さにも気づきつつある。やはり、この課のナンバー2は郷原郁美だ。係長の今江でも、年長者の井塚でもない。

「じゃ、ただいま課長からSAという役割に任命されました、深見です。皆さん、よろしくお願いします」

 郷原や秋森も含めて、課の全員が席を立ち、直立してお辞儀をする。深々と頭を下げたあとで、営業スマイルを精一杯つくる。

「よろしくお願いします」

 全員の声が揃う。そして元の姿勢に戻ると、何事もなかったかのように、深見の話を聞く。

「では、最初にいきなり細かい話で恐縮なんですが、僕のポリシーをご説明します。同じ課で働く仲間なので、あまり隠しごとをすべきでないと思います。その模範を、秋森課長と郷原チーフに見せてもらいましょう」

 秋森望と郷原郁美がゴクリと唾を飲みこんだ。

「お2人とも仕事がすごくデキるということは、課の皆さんがご存知だと思いますが。働く女性は、色々と大変なこともあると思います。特に女性の美は内側から出てくると言います。服装については会社の規定もありますが、今回は、下着。インナーウェアを皆さんに見てもらって、模範的な選び方をされているか、後輩や部下の皆さんに、よく勉強してもらいたいと思います」

「あ、あのっ」

 秋森望が何か言いかけるが、幸輝が喋らせない。

「はい、2人とも下着以外の衣服を全て脱いで、課の皆の前に良く見えるように立ってください」

「………。うぅっ」

 拳を握って、何か言おうとした郷原郁美が、葛藤の末に言葉を飲み込むようにして下を向くと、ジャケットに手をかける。男性社員の何人かが、首を伸ばしてしっかり見ようと、無理な姿勢を取る。部下たちに後輩、同僚たちの視線を感じながら、郁美も望も首筋まで赤くして、小刻みに震える指でボタンを外し、シャツを脱ぎ、スカートやビジネスパンツを脱いでいく。26歳の郁美が、貞淑そうな淡い水色のブラジャーとショーツを晒す。男性たちの前で、パンティストッキングを下ろしていく体勢を見られていることは、恥ずかしさ以上に屈辱だった。秋森望が黒とサテンゴールドのブラジャーを見せたあとで、ビジネスパンツを脱ぐと、女性社員の小さな悲鳴と、男たちの低い声が上がった。望は、ショーツを履いていなかった。

「……あ、そうか。秋森課長は、ショーツを履いていなかったんですね。そういえばパンツも上のジャケットとは合っていないですね。正直に言いましょう。何ででしたっけ?」

「……よ、……汚したから……よ」

 ブラジャーのみ身に着けた姿で、股間の前に両手を添えて、手入れの行き届いたアンダーヘアのあたりに手を重ねながら、答える秋森望は、恥ずかしさと情けなさで、顔色が青白くなってしまっていた。

「きちんと報告出来ないと、今江係長に笑われますよ。主語述語と、『てにをは』でしたっけ?」

「わ……、私が、深見SAに怒られて、オシッコを漏らしたからです。汚れたショーツとパンツは洗面所で洗って、持ち帰るためにビニール袋に入れてきました。パンツだけが替えがあったので、ショーツは穿いていません」

 丁寧に過不足なく、秋森課長が説明する。横で郷原チーフは水色のブラとショーツだけとなった自分の体を、腕で隠すようにしてモジモジしていた。

「はい、2人とも、気をつけ。……休め・。……気をつけっ」

 深見SAに指示された通りの体勢を取る望と郁美は、体を隠すことも出来なくなってしまった。後輩の女性社員や、色めきだった男性社員の前で下着姿を晒しているということに、郁美は耐えられなくて、気が遠くなりそうだった。目を合わせるのが恥ずかしすぎるので、誰の目も見ないように斜め上を見ながら堪えている。そこに幸輝が近づいてくる。

「課長さんがノーパンでいるのに比べると、郷原チーフはお上品そうな下着を綺麗に着こなしていて、ちょっと、きっちりしすぎですかね」

 幸輝が郁美のブラジャーのストラップに触れる。その場で幸輝の手を叩いてやりたかったが、SAに「気をつけ」の姿勢を指示されたまま、まだ解除を許してもらっていないので、身動きが取れない。右肩からストラップが腕までズラされてしまった。

「郷原さんはただでさえ、お淑やかにまとまりすぎですから、もうちょっと、だらしない、緩い感じになるくらいの方が、モテますよ。こっちも、……これくらいかな?」

「ひっ……、ちょっと……」

 人差し指の腹をショーツのゴムに引っ掛けた幸輝が、引っ張りながらショーツを下にずらしていく。後ろはおしりの割れ目が3分の1ほど露出したところ、前は、郁美の淡いアンダーヘアがチョロッと顔を覗かせたところで、指を止めた。

「うん。……これくらいの感じが、ルーズで、新しい郷原郁美さんにピッタリですよ。これから、下着はこうやって、だらしなく着こなしてください」

「こ……これから、ずっと?」

「いいですか?」

「はいっ。喜んでっ」

 ブラジャーはストラップが片方外れて、右のカップが柔らかそうな中身との間に隙間を作ってしまっている。そしてショーツは下がって、アンダーヘアがお目見え。そんな恰好で、郁美はまたも、自分の言葉ではない返事を口にさせられていた。

「課長は昨日も今日も、ブラジャーがゴージャスですね。綺麗なブラを買い集めるのが趣味なんですか? 僕はそう思ったんですが、どうですか?」

「そ、そうね。……あんまり、見せる相手はいないけれど」

 自分の舌を噛んでやりたい思いに駆られる。望はいちいち言いたくないことまで、部下たちの前で発表させられている。

「じゃ、せっかくだから、みんなに見てもらいましょうよ。課長、ご自慢のブラ。ほら、手に取って、皆の前に裏表、しっかり披露しましょうよ」

「そっ、そんなこと、出来るわけっ」

 気色ばんで、望が拒絶しようとする。ノーパンでブラジャーのみという格好でも、彼女の生来の気の強さはまだ失われてはいなかった。それでも、無遠慮に幸輝が『共感を求める』

「そうした方がいい。僕はそう思うんですが、どうですか?」

 途端に、望の怒りがシュルシュルと胸の中でしぼんでしまう。まだ残っている葛藤を押しつぶすようにして、首を縦に振った。

「そうよね。……私も、さっきから、そう思っていたわ」

 驚愕の眼差しで見つめる郷原郁美から顔を反らすようにして、秋森が両腕を背中に回し、ホックを外す。腕を回して抜き取ると、豪華で派手な黒とゴールドのブラジャーが望の手許に収まる。カップからこぼれ出たボリューム満点の豊満な胸は皆の見守る前でプルルっと揺れた。

 まるでラウンドガールがボードを持って練り歩くように、部下たち1人1人の前を、全裸の秋森課長がブラジャーを突き出したり裏返したりしながら、闊歩する。大きくて形のいいバスト。キュッとくびれた腰回り。そして迫力満点のムチムチしたお尻。この持て余すようなエロい体を、男性社員たちは、いや、女性社員までもが懸命に脳裏に焼きつける。

「いいですね~。課長。もっと笑顔を見せて。みんなに課長の生まれたままの姿と、ご自慢のブラを見せつけてあげましょう。最後は、井塚さんの頭に被せてあげるのはどうでしょう。僕はとてもいいと思うんですが、どうですか?」

「そ、そうね……。私も、ずっとそうした方が、いいと、思ってたの」

 まだ固い笑顔を振りまきながら、課長は最後に、ついさっきの昼礼では冷たい視線を向けていた、年上の部下の前に立つ。信じられないという表情をしながら、目は望のオッパイに釘付けになっている井塚さんの、禿げあがった頭の上に、課長が脱ぎたてのブラジャーを被せた。ご丁寧に、顎の下でホックを留めて上げる。

「皆さん。隠しごとなく、課の皆さんと心からチームメイトになりたいと思っている、課長の覚悟に拍手しましょう」

 さっきよりも熱を帯びた拍手が、中会議室に響き渡る。秋森課長は少し困ったような笑顔で、首を傾げながらも、お辞儀をする。

「郷原チーフも、清潔感いっぱいの下着を、ちょっと新しい着こなしにして、イメチェンを図って、みんなで気楽にやれる課をアピールしてくれています。こちらも拍手」

 拍手を浴びて、さらに赤くなった郁美が頭を下げる。自分のショーツからアンダーヘアがチョロリと顔を出しているのを見て、頭を上げるのが嫌になってしまったが、それでも自分を鼓舞して顔を起こす。その瞬間、右のカップがパかッと下がりかけ、危うく片乳をポロリしてしまいそうになる。慌てて腕でカバーした。

「では、皆さん。最後にもう一度、ヘッドホンをつけてください。今日、最後の学習で、効果を完全なものにしましょう」

 幸輝に促されて、全員がヘッドホンを着ける。もはや特に説明もなく、再生ボタンをクリックする幸輝。下着姿の郁美も、全裸の望も、座り心地悪そうに着席して、ヘッドホンから流れる音楽に聞き入る。ヘッドホンをかけずらそうにしていた井塚さんも含めて、全員15秒程で深層意識の強制学習モードに入っていた。

 そして全員が目を覚ます。大きく伸びをする。幸輝に促されて、身だしなみを整えるために周りを見回す。課長の秋森望は、井塚さんのところへ行って、恥ずかしそうにブラジャーを受け取り、そのまま胸に着ける。井塚さんが手伝おうかと申し出たが、はっきりと断った。ビジネスパンツを穿いて、シャツに腕を通す。郷原チーフは、まず口の周りがネバネバとしていることに気がついて、無意識のうちに指で拭って舌で舐めとる。そしてハンカチで残りの粘液を拭き取ると、少し居心地悪そうに、ズレた下着を直さないようにしながら、上に服を着こんでいく。桐原来海はシャツがおヘソの下までボタンが外れ、ブラジャーが下にずれて両方の乳首が丸出しになっていることに気がつくと、周りのみんなに気がつかれないように体を縮こめて肩をすくめる。来海は自分の寝相の悪さがつくづく嫌になったが、生まれつきのことだから仕方がない。パッド厚めのブラジャーにやっと収めたロケット型のオッパイは、強めのマッサージを受けた後のように、鈍い痛みがあった。澄川美帆は両足を開いて椅子の手すりに乗せた状態で起きた自分にびっくりしている。足首まで降りていたショーツを慌てて腰を浮かせて引き上げる。股に張りついたショーツは、いつの間にか潤っていた股間の水分を吸い取っていく。顔を赤くしながら、周囲の誰も、美帆の恥ずかしい異変に気がついていないことを確認して、少しだけホッと一息ついた。自分は心配性なのかもしれない。気がついたらパンツが下りてアソコが湿っていた、ということぐらいでは慌てない、落ち着きのある大人になりたい、と美帆は思った。

 井塚さんは起きた時、社会の窓が半分くらい開いていることに気がついた。だが、これはいつものことだったので、特に何ともなかった。

。。。

 16:00からの部会に、営業3課の秋森、今江、郷原が慌てて参加する。気がついたら緊急ミーティングの時間が当初の予定よりも長引いていたので、営業部会の準備を大慌てで行ったのだ。営業1課からは個人客への営業の進捗報告、そして2課が教育機関へのセールスの状況を説明する。どちらも上層部から現実的とは思えない目標を掲げさせられているため、目標達成度という意味での進捗は芳しくなかった。部会の雰囲気は重くなる。そして3課が、民間企業・法人への営業状況を報告する。大抵の月は3課が目標を達成、報告者の秋森課長が華麗にパワーポイントでプレゼンをするという、お決まりのパターンだった。今回もその予定、……だったが、プレゼン中、少しずつ異変が起きる。パワーポイントを操作している郷原チーフのPCに、チャイムが表示される。スケジューラーだった。そして、そのスケジューラーを覗き込んだ、郷原郁美の表情が、強ばる。

「し、失礼します」

 部会の会議室に、緊張気味に入ってきたのは、3課の桐原来海と澄川美帆だった。2人が抱えていたものが、営業マネージャーたちの怪訝そうな視線を集める。ライスクッカーとシャモジ、そして焼き海苔の束だった。

「なに? 会議中よ」

 プレゼンを中断させられた秋森課長が、不機嫌そうに部下を咎める。2人の女性社員は、それでも腰を落として、そろそろと郷原チーフのもとまで歩いてくる。

「あの、秋森課長。……こちら、ご覧ください」

 PCを持ち上げて壇上まで歩み寄ったチーフが、困った顔で秋森望にディスプレイを見せる。スケジューラーには、部会とかぶるかたちで、新たな予定が挿入されていた。

「あ……、も……申し訳ございません。報告の途中ですが……。その、オニギリを食べさせていただきます。……どうしても、予定が重なってしまいまして……」

 秋森課長が葛藤しながらもそう言って、頭を下げると、会議室内はどよめく。部長の布施も眉をひそめて首を傾げている。

「し、失礼します……。あつっ……」

 スーツの袖をまくって、素手でオニギリを握ろうとする郷原。こちらも周囲の目を気にしながら、急いで握ろうとして、炊き立てのご飯を握りしめてしまい、小さな悲鳴を上げた。しかし、少しくらいご飯が熱くても、予定は予定だ。塩を振った手で几帳面に大ぶりの正三角形を作っていく郷原郁美。その先輩の苦境を察しながら、役目を終えた桐原と澄川が忍び足で退室していく。

 困った顔でオニギリを渡してくる郷原郁美から、さらに困った顔をして受け取った秋森望は、プレゼンを続けながら、オニギリをもぐもぐと頬張る。もはや何を言っているのかわからないが、それでもプレゼンは並行していく。手際の良い郷原から、もう出来上がった2つめのオニギリを受け取った秋森は、マイクを持つことも諦めて、両手のオニギリを交互に頬張りながら、懸命に報告を続けた。

「なんだか、わからんが、気合は感じるな。営業は、その、気迫だ。……さすが秋森だ」

 部長の布施は、無能だった。

「い……いひょうれ……さんは……はらの……ほうほふ……ほ………ほはりはふ」

 口いっぱいに詰め込んだご飯を、のどに詰まらせながら飲み込んで、目を白黒させた秋森が、ホッとした表情で郷原を見る。郷原は今にも泣きだしそうな表情で、またディスプレイを指さしていた。新しいスケジュールが表示されている。

「あ、あの。報告はこれで以上ですが。その……最後に、私のタップダンスをご覧ください」

 秋森望は強ばった笑顔で会議机の上に足をかけ、机に登ってしまう。半分ヤケになったような様子で、固い笑顔のまま、両手を腰に当て、ハイヒールの踵を机に打ち鳴らし始める。タップダンスなど、習ったことも練習したこともない望が、記憶を辿りながら、とにかくドタバタと机を踏み鳴らす。稚拙なタップだったが、予定表にある以上、勝手にサボることは出来ない。ライバルの課長たちの前で、秋森望は頭の中を真っ白にしながら、必死でタップダンスを踊りきって、両手を前に突き出して、フィナーレをアピールした。

「うーん………。3課はやっぱり、斬新だな」

 布施部長が、したり顔で、横の席に座る森下4課課長に語りかける。

「えぇ、勉強になります……」

 森下課長も無能だった。

「深見SAっ。話がありますっ」

 部会が終わった直後、3課のフロアに駆け戻った秋森課長は、深見に与えられた仮の作業机に手のひらを叩きつけた。後を追って、ライスクッカーとオニギリ道具一式を抱える郷原チーフと、郷原のノートPCを持った今江係長もやってきた。

「大事な部会に、予定をかぶせて入れるのを止めてもらえるかしら。会社に迷惑がかかるでしょっ」

 深見は余裕の表情で、キーボードをはじき続けている。

「仕事を進める上で妨げになるのだったら、貴方のSA職も解かざるを得ないわ」

「ちょっと、落ち着いてくださいよ。予定はかぶったけれど、部会の報告は、ギリギリ成り立ったでしょ? 次の予定みたいに、会議を退席しなければならないようなスケジュールは、入れてませんから。ほら」

 深見がリターンキーを押すと、望のジャケットの胸ポケットで、会社携帯が着信を示す音と動きをする。望は、絶対に確認しない方が良いという予感を得ていたが、仕事なので、自分の新たなスケジュールは確認しないわけにはいかなかった。

「課長………」

 秋森のそばまで追って歩いてきた郷原と今江の方を、振り返らずに秋森望は手で「来るな」とサインをした。

「郷原、今江係長。ここから、出来るだけ離れて。出来れば反対側の作業机で仕事をしていて欲しいの。訳は聞かないで」

 片手の手のひらを郷原郁美たちに向け、もう片方の手でまだ携帯を確認している秋森望は、切羽詰まった表情で、部下たちに命じた。

「みんなも、絶対この机の近くに来ちゃ駄目。出来れば、近い席の人は耳を塞いでいて欲しいの。いい? 私の方に、見に来ないでね」

 珍しく、懇願するような口調で話しながら、深見の作業机の反対側、深見が座っている側に回りこんだ望は、皆の視線を警戒しながら、深見の机の下に潜り込む。チーィィィッとズボンのチャックが下げられる音。最大限の注意を払って音を抑えているようだが、時折、ジュボっという、濡れた音がする。深見幸輝がPCを触りながら、少しずつ腰を前に出して背もたれに低く寄りかかり、気だるそうなため息をついた。

 3課のメンバー全員が、何も言葉を発しなかった数分間。その沈黙の後で、幸輝の椅子が押し出され、机の下から、口元を押さえた課長が、精一杯の素知らぬ顔を繕いつつ、膝歩きで出てくる。そのままお手洗いを目指す。

「静かにしていてくれて、皆さん、ありがとう」

 深見が悪戯っぽく告げると、3課のメンバー全員、起立して深々とお辞儀をする。

「ありがとうございます」

「ありがとうございまひゅ……あぁっ」

 全員同時に、機械的に挨拶した。頭を上げて、営業スマイルを作った後、元の状態に戻る。すると秋森望だけ、口から白っぽい液体をあごから首元、そしてシャツの襟にまで垂らしてしまっていた。

 結局、課長はその日、パンツもシャツも、替えのものを身にまとって帰宅することになった。

 幸輝が満足そうにフロアを見回す。フロアの反対側の作業デスクには、自分のPCを見ながら頭を抱えている女性がいる。郷原チーフ。全て予定通りに進行しているようだ。

 10分待って、3FのIT会議室に顔を出す。ぶ厚めのドアをグッと開くと、お淑やかで気配り上手な、郷原郁美チーフが、会議室の真ん中で椅子にお尻を乗せて、何かに励んでいた。さっきの水色の下着姿に戻っている。ただブラとショーツはさっきよりも、あるべき場所から離れてしまっている。腕に絡まっているだけのブラジャー。ショーツは足首にかろうじて引っかかっているだけだ。IT会議室の間接照明に、牛乳のように白い、清楚な肌が照らされていた。そして迫力なのは後ろの大型モニター。小豆色の女体の粘膜を大写しにしてしまっている。経験ある男性なら、これが何か言い当てられる。それにしても、これだけドアップだと、幸輝も少し、戸惑ってしまう。エロというよりもスペクタクルだった。

「はぁあああっ、こんなことっ……、したくないのにっ……。いやぁあああんっ」

 首を横に振りながら、自分の女性器をドアップで会議カメラに収めつつ、片手で割れ目をパックリ開き、もう片手で指を容赦なく出し入れしているのは、物腰柔らかでお上品な和風美人、郷原郁美。どんなに嫌がっていても、スケジューラーに予定が設定されているのだから、実行あるのみだ。

『17:10-17:20 IT会議室302号室で自分のアソコをモニターに映しながら、激しくオナニー。』

「チーフ、予定通りみたいですね」

「やんっ。見ないでっ。……こんなの、私じゃないのっ。予定だから、仕方がないの……」

「そうですか、見ない方がいいですか。……でも、せっかくスケジュール通りに仕事がはかどっているんだから、見てもらう方がいい。僕はそう思うんですが、どうでしょうか?」

 深見が共感を求めるように質問する。郁美はそれを聞くと、心の中の何かのスイッチが切り替わってしまう。学習効果がたちまち現れてしまうのだった。

「そ……そう……なんだ……けど、……でも、……やっぱり……」

「やっぱり、見ないで起きましょうか? 女性が自分を慰めている姿なんて、見ないでおいてあげるのが、マナーかもしれない」

「いえっ……やっぱり、見てもらった方がいいと、私も思うわ。……あんっ……仕事なんだから、恥ずかしがってちゃ、駄目よっ……。はぁんっ……そうでしょ?」

 両手の動きを止めないまま、床に足を着けて、股を大きく開いたまま、歩きにくそうに、入口へ近づいてくる、郷原チーフ。白い肌が桃色に染まっていた。黒髪が一筋、頬に張りついている様も、艶っぽい。

「チーフ、やっぱり仕事が出来る方って、忙しいんですね。ほら、ダブルブッキングですか?」

『17:15-17:30 IT会議室302号室で深見幸輝と情熱的セックス。中出しをしてもらう。』

 わざわざ共通サーバーにアクセスして、会社携帯で郷原郁美のスケジュールを表示させる幸輝。グチュグチュと股間を弄っていた郁美は、幸輝に突き出された携帯の表示を理解した時、両目を丸くした。

「い……急がないと、もう、間に合わないっ」

 泣きそうな顔で、郁美が幸輝の体に飛び掛かる。胸元にドンっと抱きつかれた幸輝は、思わず会社携帯を落としてしまった。

「うっ。うわっ。激しいな、チーフ」

「ごめんなさいっ。急がなきゃ駄目なのっ。許してっ。ちょっとだけ、手伝ってほしいのっ」

 必死の形相で幸輝に馬乗りになった郁美が、幸輝のベルトを、幸輝の下半身ごと持ち上げるように力づくで引き離す。ボタンも千切りそうな勢いで外すと、力の限りにズボンを引き下ろした。その勢いのまま、トランクスもひっぺがす。

「ちょ、ちょっと待って、さっき、課長のクチに出したばっかりで、急には……」

「関係ないのっ。私の予定なんだからっ。私が守るのっ。絶対なのっ」

 郷原郁美の責任感の強さには、幸輝も密かな感動を覚えてしまった。両手は今、マシュマロのように柔らかいオッパイを揉みしだいて、乳首を摘まんでネジりながら、ヴァギナで強引に幸輝のモノを咥えこんで、激しくグラインドする。時間がない中でのオナニーとセックスのダブルブッキング。郁美がそのスケジュールの両方を健気に遂行しようとすると、こういう狂態が繰り広げられるようだ。

 携帯を取って、予定時間をもう少し伸ばそうと思った幸輝だったが、携帯まで1メートルも離れたところで、完全にマウントを取られている。仕方なく、幸輝は「挨拶」で時間を稼ぐことにした。

「セックス、とても気持ちいいです。皆さん、ご馳走様です」

 必死の形相で性の快感を貪っていた郷原郁美が、一瞬無表情になって、機械的に直立する。そしてほぼ全裸の体で綺麗なお辞儀をする。

「こちらこそ、ご馳走様です」

 顔を上げて、営業スマイルになる。その間に幸輝が這って進み、携帯に手を届かせる。スケジューラーを開いた時にはまた、郁美が馬乗りになっていた。

「……あ、チーフ。スケジュール、微妙に変わってます。ほら、時間延長されてるし」

『17:15-17:45 IT会議室302号室で深見幸輝とじっくりと愛をこめてセックス。中出しをしてもらう。』

 覆いかぶさって来る郁美の顔の前に、幸輝が慌てて会社携帯をかざす。それを見た郷原郁美の表情に、やっと安堵の色が混じる。

「は……、良かった……。私、スケジュールに間に合わないかと……。……ごめんなさい、深見君。もうちょっと、心をこめて愛し合えるのね」

 自分を落ち着けるかのように、呼吸の荒くなっている口元を幸輝に近づけて、唇を重ねる。舌先が、遠慮がちに幸輝の口の中に入ってきた。郁美さんはこんな時も、清潔感のあるシャンプーやボディソープの匂いがする。腰をまたズラして位置や角度を調整しながら、性器を結合させる。郁美と幸輝、どちらが主導して繋がったのかもわからない。気がついたら2人で、協力し合ってペニスをヴァギナに入れこんでいた。ヌルっとした感触のなかに、つぶつぶした摩擦。幸輝は口の中でもペニスでも感じていた。郁美さんの体はどこまでも柔らかくて温かい。口の中と膣の中はネットリと甘く濡れている。手をめいっぱい広げてオッパイを握りこむと、指の間からムニュっと郁美のオッパイが盛り上がる。手も口も腰も、幸輝と郁美の体の境目が、なくなったり新たに出来たりするような感覚を、2人でいつまでも楽しんだ。少しずつ、幸輝のペニス付近に、気だるい快感の素が溜まっていく。郁美が切なそうに腰を振り、舌を絡ませ、胸を押しつけてくるたびに、幸輝のペニスは郁美の膣壁に握りしめられながらさらに大きさと硬さを増す。もう少しの刺激で、暴発しそうになる。

「もうイクッ。なかでイクよ。チーフの中で」

 郷原郁美が何度も首を縦に振って頷く。両目を垂れ目に閉じて、嬉しそうに、満足そうにさらに腰の締めつけを強める。そして幸輝の目を盗んで、密かに打合せ部屋の時計を気にする。さらに満足そうな顔になったのを、幸輝は見逃さなかった。

 デュッ、びゅっ………びゅっ。

 かなり郁美の奥まで、精子を飛ばしてしまったと思われる。郁美はそれを逃さないよう捕まえるかのように、膣の締めつけをさらに強める。幸輝のペニスから一滴でも多く、精液を搾り取ろうとしているかのようにも感じられた。

 不意に脱力した郷原郁美が、幸輝と抱き合ったままの姿勢で幸輝の横に寝転ぶ。やっとペニスが郁美のヴァギナから抜け出る。2人の太腿に熱い粘液がポタポタとつたった。

「ん……素敵。スケジュールに、少し余裕がある。……私、こういうのが大好きなの」

 大仕事をやりきった後のような、心地良い疲労感とリラックスしきった感覚。郁恵は両目をさらに垂れ目にして微笑みながら、幸輝の頬に短いキスをした。

「郁美さんの体、すっごく気持ちよかった。また僕とエッチしてもらえますか?」

 幸輝があえて聞いてみる。郁美さんは緩んだ表情のままで、首を横に振る。指を幸輝の鼻頭に当てた。

「駄目よ。私たちはただの同僚。仕事とプライベートを混同しないで」

「仕事でなら、セックスもまたしてくれるの?」

 郁美さんが少し困った顔をして、考え込む。幸輝と目を合わせた。

「……そりゃぁ、仕事だったら、セックスでも……どんなことでも、……良いとか嫌とか、ないでしょ。予定に入っていることを断ったりしたら、皆に迷惑がかかるじゃない」

 郁美さんの言葉を聞いて、自分を納得させるように幸輝が頷く。こんなお淑やかな和風美人とプライベートでも繋がれないのは、一度彼女の味を知った男として、とても残念なことではある。しかし、学習内容が確実に彼女の心身に染み込んで定着しているというのは、嬉しいことだと、自分に言い聞かせる。

「もう一度、スケジュール内容、確認させてもらえるかしら」

 郁美が両手のひらを広げて、幸輝から会社携帯を受け取る。

「時間は大丈夫。中出しもしてもらった……。あと、愛情も、たっぷり」

 郁美がもう一度、幸輝の体をギュッと抱きしめて、額にチュッとキスをする。ソフトなキスだったが、両目を閉じて、心をこめたキスのようだった。

「うん……。全部、滞りなく完了したわ。良かった。お仕事を手伝ってくれて、ありがとう。深見君」

 秋森望のような、強い口調ではないが、郁美は柔らかさの中にも潔い口調で、幸輝に礼を述べながら、身だしなみを整える。趣味の良さそうなハンカチを取り出して、幸輝のペニスを拭き取ると、裏返して、自分の股間も拭き取る。ショーツと、ブラジャーをテキパキと身に着ける。少し迷った後で、ブラのストラップを腕までズラし、ショーツも、アンダーヘアがモサッと覗くまでズリ下ろす。自分の体を見下ろして、頷くと、スカートとシャツを身にまとい始めた。

「チーフ、ちょっとゴメンなさいね」

 深見SAが服を着ている最中の郁美の頭に、小型のヘッドホンを着ける。郁美が目を丸くして「えっ?」と戸惑うが、幸輝はヘッドホンのコードが繋がったタブレットを操作する。数秒で郁美の動きが止まった。視線は幸輝の後の上の方を彷徨っている。

「郷原チーフの、学習を追加しますよ。……やっぱり、チーフ。真面目な性格と優雅な物腰も良いけれど、もうちょっと隙を見せてくれたほうがいいと思うんだよな~」

 タブレットのタッチパネルをぺたぺたと触って操作する幸輝。郁美は本日4回目の深層意識学習を始めていた。

。。。

 翌日、営業3課のフロアは、普段とは随分違う光景になっていた。早朝から大きな荷物を3つのバッグに詰め込んだ秋森望課長が出社すると、真新しい雑巾を出してきて、部下たちのテーブルを丹念に拭き掃除する。布巾で一人一人の固定電話も拭いて、受話器を綺麗にする。PCはキーボード、マウスの手入れからモニター磨きまで、せっせと心をこめて早朝の清掃作業をやり遂げた。

「お……、おはようございます。課長」

「あ、おはようございます。今日も、お仕事頑張ろうね」

 部下たちが1人、1人と出社してくると、彼らのデスクまで出向いて、両膝をつき、恭しく出迎える、秋森望の満面の笑顔。かえって部下たちには緊張感を増やす感もあった。

「今日、痴漢にあった~。ショックなんだけど~」

 桐原来海が、出社するなり愚痴を言う。ショックな出来事のようだが、それでも周りにはっきりと聞こえるように声を上げてしまうのは、フロアのアイドルとしての天性の癖なのだろうか。

「うぅん。……その、服装のせい……もある? ……ちょっと、谷間出し過ぎじゃない、来海」

 仲の良い同僚の実子に指摘されて、桐原来海が自分の服装を見下ろす。ピチピチのワイシャツは第4ボタンと第5ボタンだけが留められていて、ロケット型の胸は谷間が目一杯、曝け出されていた。ハーフカップのブラジャーも赤の生地が出てしまっていて、カップからは今にも乳輪が出てしまいそうだった。お腹周りはヘソどころか、みぞおち付近まで露出されている。過激なグラビアアイドルしかしないような着こなしだった。

「そんなこと言って、実子はどうなのよ」

「私も、……結構、変な視線感じたかも。今朝はね」

 アシスタント職の実子は、襟付きの服以外も許されてはいるのだが、今日来ている毛糸のワンピースは、かなり体型がはっきりと出てしまう、ノースリーブタイプのピチピチセーター。おまけに背中が腰付近までパックリと開いてしまっていた。

「風邪ひかない? それ」

 来海が実子の背中にペタッと手を当てる。

「やだっ、冷たいってばっ」

 実子が飛び跳ねる。その瞬間、2つの胸の固まりがブルンブルンと揺れた。

「ん? ……あんた、今日、ノーブラ?」

「……ん……」

 笹山実子が、口元をもぞもぞとさせながら、顔を紅潮させて頷く。

「ちょっと、美帆ちゃん。この子、今日、ノーブラで会社、来てんのよ。信じられる?」

「あの、桐原先輩、ちょっと声が、大きいです」

 澄川美帆が、実子よりも顔を赤くする。

「あれ、でも、美帆ちゃんも、ちょっと今日は大胆コーデじゃない? ……珍しいよね」

 来海が言うと、実子もジッと後輩を見下ろす。視線を感じると、澄川美帆はさらに恥ずかしそうにモジモジと体をよじって恥ずかしがる。

「あの、あんまり見ないでくださいよ~。でも……私も今日、学生さんに、携帯で写真とか、撮られてたと思います。……恥ずかしい……」

 澄川美帆はサマードレスのようなワンピースを身に着けているが、首の後ろで布を縛って、辛うじてバストを隠している。横から見ると、丸いオッパイのサイドがはっきり見えてしまっていた。そしてスカートは腰骨あたりまでスリットが入っているので、足がパックリと見えてしまっている。

「こんなドレス持ってるなんて、知らなかった。美帆ちゃん、意外~」

 実子が言うと、澄川美帆は肘で自分の横乳を隠しながら身悶えする。

「昨日、ちょっと早めに帰らせて頂いたので、帰り道で衝動買いしちゃったんです。今月、お金ピンチなのに、カード使っちゃったんです。どうしよう」

「いや~。そのエロい服で外回りとかしたら、成績グンとアップするって。来月の支払いは、心配ご無用だと思うよ」

「ヒュー、オヤジ殺し~」

「う、嬉しくないですぅ」

 澄川美帆は本当に嫌なようで、つぶらな瞳に涙まで溜めている。なぜ自分が、こんな大胆な服を衝動買いして、翌日、コートも身に着けずにこのドレス1枚で、肌を晒しながら出社してしまったのか、自分でも納得がいかない。先輩の男性社員たちからの視線を感じると、恥ずかしくて、本気で早退を考えていた。

「今日は、珍しく、郷原さんがまだ来ていないのね。でも定時になったから、朝の学習時間を開始するわよ」

 秋森課長は、昨日までとは打って変わって、にこやかに部下たちに語り掛ける。営業3課の面々は、全員、机の引き出しからイヤホンを出して自分のPCに繋ぐ。イントラネットを経由して、画面上にはリアルタイム放送の招待サインが表示されている。深見SAが招待者となっている。全員、承諾のコマンドをクリックすると、再生が始まる。もう、音楽も鳴らない。無音か、かすかに電子音が入り混じるような再生を聞きながら、3課の全員が深いリラックス状態に入る。人目を気にして、横乳を肘でガードしていた澄川美帆も、いつの間にか椅子に深々と腰かけて弛緩している。横乳は、他の課のメンバーから覗き見し放題の状態になっていた。

「はい、学習時間はこれで終わりよ。朝礼を始めましょう」

 5分の学習で全員が素に戻る。深層意識学習の効率は、繰り返すことで加速度的に上昇する。

「どうも、皆さん、おはようございます」

 全員起立して、深見SAに深々とお辞儀。

「おはようございます」

 顔を起こして、最大限のスマイル。その後で、女性陣は自分の胸を持ち上げながら指で輪っかを作ると、乳首の辺りを服の上から摘まむ。ゆっくりと手を戻して笑顔から素の表情に戻る。自分がしている動作にも気がつかずに、一連の行動を遂行する。たった今、学んだプログラム内容を忠実に反映している。

「えっと、今週の皆さんの予定表、一応出してもらっています」

 深見幸輝が喋り始めると、紙の束を手渡した課長は、深見SAの真横で床に正座する。深見が喋りながら横に歩き始めると、慌てて膝立ちになってさらに下がる秋森望。深見の邪魔をしないように懸命に立ち回っている彼女は、今、この課の実権を握っているのが誰か、課の内外に身を以て知らしめているようだった。

「ですが、この週間予定表。週次の業務報告書と合わせて、廃止させてもらいます」

 幸輝が手にした紙の束をバラまくと、後ろに正座で控えていた望が、慌てて散らばる紙を、這いつくばって拾っていく。黒のマイクロミニスカートの裾が上がって、赤いTバックがお尻の山と一緒に顔を覗かせた。

「みなさん、個別に業務を報告してくれると思いますから、重複した報告書とか儀礼的な進捗説明の会議。念のための打合せなどは、止めましょう。上司が進捗を聞きたいときにはメールでも電話でも口頭でも確認できますし、皆さんも指示を仰ぎたい時にはいつでも我々にアクセス出来るでしょう。唯でさえ忙しいのに、会議と紙作りで時間を無駄にするのは、もう止めてください」

 今江係長が、秋森課長がこちらに大きなお尻を向けている間を狙って、ウンウンと大きく頷いた。

「各プロジェクトごとに、それぞれの目標と進捗をお話しされていると思うので、我々マネージメントはそれを重複して定例でチェックしたりは、しません。我々が定期的に細かくチェックするのは、皆さんの心身の健康です」

 これまで感心したように頷いていた美帆が、少しだけ頷きを止めて、聞き入る。

「過労は女性の生理不順を招いたり、男性の性欲を減退させるようです。それを防ぐために、僕と、秋森課長が、異性の目から皆さんを触診していきます。これは至極当然のこと。僕はそう思うんですが、皆さんはどうですか?」

 同僚同士、お互いに視線を交わして、頷き合ってから、深見SAにも同意を示した。

「ではさっそく。本当は個別に部屋を準備した方が良かったのですが、今日は時間もないので、フロアで触診を始めます。今日のところは、桐原来海さん、笹山実子さん、澄川美帆さん。前に出てきてください。秋森課長は男性の方をお願いします」

 おどおどしながら、来海と実子、そしてその後ろをくっつくようにして美帆が前に出る。

「3人とも、昨日の話は覚えていますでしょうか? 女性の美と健康は内側から出てきます。下着が合っていないと、色々な不調につながります。特に女性の胸は、日々微妙にサイズも変わったりしますから、同じブラジャーで良いかどうか、僕がランダムで確かめさせてもらいますよ。それじゃぁ、服を脱いで、上半身裸になりましょう」

 異性のマネージャーによる、体のチェック自体は、別におかしなことではないはずだ……。部下の体を気遣ってくれているんだから、感謝しなければならない。それは、まるでついさっき学んだばかりのことのように来海たちの記憶には鮮明にある、当たり前のことなのだが、それでも皆の前で体のチェックだと思うと、なぜか妙に、胸騒ぎを覚えた。まるでこれまでやったこともない、異常な事態のような気も、しなくもない。それでも、深見SAが「さあさあ」と、自信満々に手で促すと、来海たちは自分にこれは当たり前と言い聞かすようにして、上着に手をかけ、脱いでいく。桐原来海は真ん中で2つのボタンと結び目だけで縛ってあったような小さなシャツを脱いで、赤のハーフカップブラをさらけ出す。笹山実子と澄川美帆はワンピースだったので、全て脱がなければならない。実子は下から捲り上げて、ピタピタのニットを、くるくると巻き上げるように脱いでいく。ブラジャーはしていないので、紺色のショーツだけの姿になる。美帆がおずおずと、首の後ろの結び目を解くと、自由になった布はペロンと前にめくれて腰まで降りる。そのワンピースを戸惑いながら下まで下ろす。美帆。丸いオッパイが空気に触れる。横乳だけ披露していたバストが完全に露わになった。

「はい、気をつけ。‥1人ずつ、オッパイの確認をしますよ。……桐原さんは、形が良くて大きなオッパイだけど、結構、パッドの厚い、補正下着だったみたいですね。全部取ると、乳首が少し、外を向いていますね。……でも、揉み心地はとてもいいです」

「……あ、ありがとうございます」

「笹山さんは、釣り鐘型の、下の方がムチっとした、お母さんタイプのオッパイですね。お子さんが生まれたら、たっぷり母乳が出ると思いますよ」

「……はぁ、……どうも」

「スミちゃんは……。大きさはそこそこだけれど、かたちが、おわん型というか、まん丸というか、いいね。見事な、フォルムです。……これは、他に、何と例えたらいいのかな? ……あと、この触り心地……。おモチかな?」

 言葉を選びながら、澄川美帆のオッパイを揉みしだいたり、急に離れたところから角度を変えたりして観察する幸輝。美帆は、気をつけの姿勢のまま、震える声で、お願いをした。

「あ……、あの。深見SA。チェックは、ありがたいのですが……出来れば、人目もありますので、お早めに……お願いします」

 唇を噛みながら、申し訳なさそうにお願いする美帆。幸輝は3人ともそれぞれ綺麗な体だと評価した。

「では、この後、時間と会議室を押さえてもらって、3人で僕の下半身チェックを受けてください。性器が清潔に保たれているか、感度は十分か、締めつけはどうか、イクときにどんな反応をするか。通常よりも、念入りにチェックしてさしあげます」

「あ……ありがとうございます」

 胸をやっと腕で隠すことが出来た3人だったが、恥ずかしいことになるのはこれからだと理解して、複雑そうな表情でお礼をいった。

「男性陣のチェックは……。あ、もう、最後まで言ってるんですね」

 3人の男性社員を並ばせて、ズボンとパンツを下ろさせた秋森課長は、両手と口とで同時に男性器の健康度を並行してチェックしていたようで、すでに若い男性社員たちは放心の顔で精を放った後だった。全て自分の顔と口とで受け止めた課長は、美貌をドロドロにされながら、笑顔で幸輝に頷いていた。

 昔の営業3課は完全に無くなった。課の内外に、それを知らしめて、朝礼が終わった。

「お、遅くなりました。ごめんなさいっ」

 朝礼が終わってから、出社してきたのは、郷原郁美チーフ。ノーメイク、髪もセットされていないチーフは、なんとパジャマのままでフロアに駆けつけた。ノーメイクでも、綺麗な顔立ちが変わらないのはさすがだったが、まだ口元には涎の跡まで残ってしまっていた。

「ごめんなさいっ。寝坊しました。……あ、仕事の鞄も………。忘れてしまいました」

 携帯と財布と、可愛らしいクマのヌイグルミだけを抱えて出社してきたチーフは、みんなに普段とのギャップを笑われる。3課の変貌ぶりは、これで決定的な事実として、社内に知れ渡ることとなった。

< 後編に続く >

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