ブラック企業はやめられない 後編

後編

「あの、深見君、……ちょっといいかな?」

 従業員通用口を23:30に出ようとした時、守衛の高原さんに呼び止められる。夜勤を担当している、ヨボヨボのオジイサンだ。いつもは「お疲れ様です」としか言わない高原さんが、今日に限っては、小声で幸輝を呼び止め、手招きしている。

「はい? ……なにか、ありました?」

 幸輝が落ちこぼれ営業マンだった時代から、この会社で、高原さんだけは温厚そうな表情で見守ってくれてきたと、深見幸輝は思い込んでいる。呼び止めてもらったのは、悪い気はしなかった。

「あの、……営業3課の秋森課長さんって、君の上司だったよね? 確か君の異動の前の」

「はい、そうです。……今はまた僕、3課のアドバイザーをしているので、今も上司ではあるんですが」

 シワの寄った高原さんの顔が、少し曇った表情になる。

「その、彼女。……最近、心を病んでたりしないかな?」

「うぅん……。彼女にメンタルやられた部下は、いっぱい知ってますけど」

 幸輝が言うと、高原さんは小刻みに首を振る。

「それは知ってる……。でもね、こっちの守衛室で防犯カメラを確認してるとね。最近、彼女があっちこっちで映ってるの。……色んな偉いさんと、ちょっと困ることしてるの。……これ、どうしたもんだろうね?」

 幸輝の笑顔が少しだけ強張った。

「あ……、映ってます? ……そっか。……秋森課長、最近、弾けてるんですよ。その、女性として目覚めたというか、何というか」

 適当に、お茶を濁すことに決めた。

「いやね。日勤の若いモンたちの間でも、隠れた評判になってるみたいで。ほら、彼女、別嬪さんでしょ? それで、黙っておくのも悪いかなと思って、一応私からも、総務の菅原部長さんに相談したんだよね。……そしたら、部長さんまでもが、黙っておけって……」

 呼吸を止めて話を聞いていた幸輝が、やっと安心の息をつく。秋森望には最初に営業部長と人事部長、総務部長に体を捧げて籠絡させておいた。その作戦がハマったようだった。望自身は、かつて彼ら3人とも、公衆の面前でたてついてこき下ろしたことがあるので、ずいぶんと嫌がっていたのだが、幸輝が「僕の所有物を僕の自由に活用させてくれないの?」と聞いたら、シュンとしていた。それから3日以内に3部長とズブズブの関係になって戻ってきたところは、さすがヤリ手の営業ウーマンといったところだった。

「そう……なんですね。……ま、総務部長が見逃しておけって言うんだから、放っておくしか、無いですよね」

「彼女……、色んなところに敵、作ってたでしょ? ……今、非常階段とか、お手洗いとか、色んなところで乱れちゃってるのが、映ってると、ちょっと心配でね」

「ありがとうございます。……僕も課長をちゃんとサポートしますので」

「ごめんね、呼び止めちゃって……。あと、深見君は最近、顔色、良くなったね」

 能天気に言う高原さんに、深見幸輝は一礼して、会社を出る。全ては繋がっているのだ。秋森望の最近のご乱行も、総務部長の揉み消し発言も、幸輝の顔色の好転も。全ては繋がってる。そして、昼のお勤めと夜のお勤めに大忙しの秋森望課長と幸輝も、もちろん繋がっている。下半身も3日と開けずに結合しているし、彼女の深層意識の奥底まで、学習プログラムを通じて、幸輝の指示や設定が、毎日新しく、事細かに刷り込まれていく。彼女は一月前とは別人に生まれ変わりつつある。そして、営業3課も、生まれ変わっているのだ。

「おはようございます」

「おはようございます」

 3課の朝は、元気な挨拶から始まる。朝のお掃除を終えた課長と女性営業職の面々は、部下や同僚たちを、両膝と三つ指を床につけて出迎える。それぞれオリジナルにアレンジしているビジネススーツや仕事服はとにかく露出が高かったり、ぴっちり体のラインをさらけだしているものなので、彼女たちがお辞儀をすると、胸の谷間がずいぶんと下まで顔を出す。笑顔の課長は部下たちの注文を一人ずつ取って、お茶やコーヒー、紅茶を出す。

 課の雰囲気を良くするために、課長は若手の女子社員も含めて、自分のことを「課長」や「秋森さん」と呼ぶことを禁止して、「ノゾミちゃん」と呼ばせるようにした。いまだに居心地悪そうに澄川美穂が「ノゾミちゃん、のど飴を買ってきてください」とお願いをすると、心底嬉しそうな顔をした秋森課長が、本社ビルに入っているコンビニまで飛んでいく。つまらない雑用こそ、上の立場のものが率先して行う。それが3課の新しい取りまわしで、その模範を体現できるのは、課長としての秋森望の最高の喜びになりつつある。

 3課は営業部所属なのだが、最近、外回りで出ずっぱりという営業担当は少なくなってきている。課長の方針で、新規の契約を限りなくゼロにして、自然増に任せるということになったのだ。現在の彼らの任務は、既存の顧客の満足度を限界まで上げること。今の究文堂出版の法人顧客に喜んでもらうためなら、何でもする。しかし、新しい顧客の開拓に無理はしない。そう明確な指針が出たことで、業務のメリハリがつけやすくなった。そして、お客様の満足の前には、従業員同士の連帯感や心身の満足・健康がある。

「皆、だいたい揃ったかしら。体操始めるわよ」

 課長が声をかけると、皆、朝のメールチェックや予定確認の手を止めて、課長席の周りに集まる。特に男性社員は我先にと押し寄せる。男だったら押し寄せない訳にはいかない。課長がスーツ、シャツ、スカート、ストッキングと惜しげもなく脱いでいって、ゴージャスでセクシーなランジェリーのみに包まれた、抜群のプロポーションを披露してくれるのだから。

「ラジオ体操第一、よーい」

 当番が掛け声を上げる。皆で揃ってラジオ体操をする。まるで前時代に戻ったような習慣だが、課長のたってのお願いなのだ。元気で仲良し、というのが今の課長の追い求める3課の理想像なのだから、仕方がない。きちんと体の筋が伸びているか、分かりやすいように、課長と体操当番の女子社員は下着姿になって毎朝体操をする。タイトなスカートやピチっとしたシャツなどを着ている女子社員たちも、体操の間は一旦、服を脱いで、動きやすい恰好で体操することになっていた。全員、課長から直接そう言い渡された記憶はない。ただ、当たり前のルールのように自分たちの体に染みついているので、疑問も持たずに従っている。結果的に、課の半数位の女性陣は、ショーツかブラジャーを見せながら体操している。そしてこの朝のラジオ体操は、営業フロアの名物の一つになっているようで、全社的に早朝出勤をして営業フロアに集まる男性社員が増えているそうだ。

 ラジオ体操第2まできっちりやりきった後、3課の女性社員たちは、脱いだ服を着始める。課長はそのままの恰好だ。体操の後は、健康チェックがある。毎朝、3人の男性社員が、性的にも健康であることを、上司の責任として自分の体を駆使して、確認する。下着姿のスーパー美女が、跪いて部下のモノを丁寧に取り出してキスをする。舌を艶めかしく這わせて愛撫する。色っぽいため息を漏らしながら、固くなったペニスを頬張って、頭を前後に振ってご奉仕する。秋森望の頭の中から羞恥心が消えてなくなったわけではない。男の匂いを、周囲の視線を感じるたびに、顔を真っ赤に染めているのは、恥ずかしいと思う心がはっきり残っていることを示している。彼女の羞恥心とプライドと1ヶ月前までの理性が、新しい「学習」に、どう戦っても勝てないというだけのことだった。

「ノゾミちゃん、今日もエロいっすね」

 若い男の部下は、日に日に無遠慮になってきている。課長のブラに包まれたオッパイをギュッと掴む。ビクッと背筋を反らした望は、少し困った表情で、それでも笑顔を取り繕う。

「ア……アヒハホウ」

 若い男のペニスを咥えながら、一流の美人キャリアウーマンがお礼を言う。胸を揉みしだかれても、抵抗してしまっては「仲良く」見えないかもしれない、部下が「元気」でなくなってしまうかもしれない。そのリスクを考えると、マネージメントとしては、フェラ中のお触りくらいは黙認する必要があった。彼女が最近学んだ、どの新マネージメントポリシーに照らし合わせても、そうすることが適当だと思われた。

 部下のほとんどが若い男女である以上は、「仲良く元気に」なってもらおうとすると、性の問題は避けては通れない。性的に健康でない男女が精力的に仕事に励むことも、お客様に喜んでもらうことも難しい。だから、男性社員も課長の朝のフェラチェックを受け入れる。もちろん女性社員も、9時過ぎに出社してくる深見SAの性的健康診断に、喜んで協力する。こうした教育は、「学習」熱心な全課員に、徹底的に浸透している。

「今日は……、実子ちゃん。スカートとパンツ脱いで、中指と膣だけでオナニーしてみて。何秒くらいで濡れだすか、確認するから」

「こ……ここで……ですよね……。はい、喜んでっ」

 一瞬、表情を曇らせた実子も、まだ跪いてフェラチオ中の課長をチラ見すると、自分が躊躇っている場合ではないと理解して、テキパキと服を脱いでいく。フロアの同僚たちの唾を飲む音が聞こえた気がするが、ここで往生際の悪さを見せては、営業3課の名誉に傷がつく。実子は少しだけハニカミながらも、スカートとストッキング、そしてシルクのショーツを一気に押し下げると、胸を張って両足を肩幅まで開いた。

「オナニー始めます。……1……2……3……4……」

 9秒で愛液が回ってきたことを、人差し指を立てて深見SAに説明する。同期の桐原来海が「プッ」と小さく吹き出した。同期だが来海をたしなめる、お姉さん役に回ることが多い実子が、意外と感じやすいく濡れやすかったことが、面白く感じられたようだ。スペシャルアドバイザーにだけ見せるならまだしも、フロアの同僚たちの前でオナニーをした自分を、改めて意識した実子は、指先まで赤くなる。3課の中では北見章大にアプローチされたが、お断りした過去を思い出す。振り返ると北見と目がバッチリ合う。無防備なお尻を北見の目に晒している自分がミジメな気持ちになる。せめて足を閉じたかった。それでも、深見SAからの許可がまだ出ないので、仕方がない。

「あ、あの、深見SA。来海がSAに見てもらいたがっていました」

「うっ。嘘っ。実子ってば、友達売るな~っ」

 机を両手でバンッと叩いて、桐原来海が勢い良く立ち上がる。たわわな両胸が、ピタッとしたシャツの中で揺れる。その揺れを、男性社員たちは見逃さない。幸輝もその程度の空気は読める男だ。

「見られたがっているかどうかは別として、そういえば桐原さんは、前回、パッドで底上げしている疑惑がありましたね。今日も、ありのままの姿を皆と共有しましょうか」

「はい……喜んで」

 言いながらも、来海がムクレたアヒル口になる。それでも両手は条件反射のように服に手をかけて、シャツ、ブラジャー、スカート、ストッキング、そしてショーツをポンポンと放り投げるように脱ぎ捨てていく。

 下半身裸で立ち尽くしている親友、実子の周りを歩き回るようにして、大胆なポージングを始める来海。顔も可愛くてプロポーションもダイナミックなので、まるでグラビアクイーンのように映える。困ったような顔をしながらも、男たちの視線を感じると、少し大きめの乳輪の真ん中、乳首が伸びて起き上がる。

 自分の部署の朝礼に遅刻してでも、このフロアに少しでも長く居座ろうとするギャラリーが日に日に増えているのは、3課の美女たちによるこうした斬新な見世物、いや、新勤務習慣が、毎日のように追加、更新されていくからだった。

 遅刻を詫びながら、やっと郷原チーフが出社する。今日も相当慌てて来たようで、スカートのファスナーが全開になっていて、ピンクのショーツがやっと腰骨に引っかかっているようなだらしのない履き方になっているのが、外からも見えてしまっている。この状態で通勤してきたようだ。

 全員で小型ヘッドホンを装着し、朝の学習タイムに入る。5分程度で今日の更新は終わる。バタバタとお得意先回りや、新商品説明の打ち合わせ、プレゼンや夜の接待の事前相談が始まる。この慌ただしくも活発な雰囲気だけは、深見は昔から割と好きだった。

 進捗報告の打ち合わせや方針確認のためだけの会議は極力減らしたが、それでも課長が参加しなければならない会議体はゼロにはならない。その合間に、秋森望は部下たちの相談を受けたり、指示出しをしたり、部下たちのお菓子の購入に走ったり、お茶出しをしたりと、なかなか忙しい。しかし、多忙そうであるほど、輝いて見えるのは、この人の特別な才能のように思われた。

 翻って郷原チーフは、以前はそつのなさと優雅な物腰、気遣いで課をフォローしてきた人だったのに、最近は心身の緩みが目立ってきている。上司の秋森望が部下たちのパシリのような仕事まで笑顔でクルクル回している横で、1日に3回は必ずデスクで居眠りをしてしまう。今日も、隣に座っている笹山実子が、まだ席にいる男性社員に呼び掛ける。

「……ねぇ、誰か郷原チーフ、起こしてあげなよ」

「ありゃ、チーフまた寝てんの?」

 瀬之口琉太が意外そうな声を出す。頭では理解しているつもりだが、まだかつての、真面目なチーフのイメージが崩せないでいる。

「チーフは男の人にしか起こせないんだから、琉太が手伝ってあげなよ」

 桐原来海も琉太をせっつく。これまで何度も秋森課長からの叱責をかばってきてくれたチーフなので、来海は格別思い入れが強いのだ。

「ま、……じゃ……。しょうがないよね。……でしょ? ……では……」

 周りの確認を取りながら、両手を擦り合わせてチーフのデスクへ近づく瀬之口琉太。口では「しょうがない」と言いながら、内心喜んでいることは、今フロアにいる課のメンバー全員がわかっていることだった。郷原郁美はこめかみをキーボード、頬をデスクの上にのせて、幸せそうな表情でクークーと寝息をたてている。口の端からは涎が垂れていた。

 ・郷原郁美チーフは1日のうち3回は勤務中に居眠りをしてしまう。それを起こせるのは男性社員のペッティングのみ。郁美が体をじっくり愛撫されて、しっかり感じたら、やっと目を覚ます。居眠りを始めて20分以内にそうして起こしてもらわないと、郁美はオネショをしてしまう。

 誰も、いつこのことを誰から教わったのかは覚えていない。それでも課の全員が、それを公然の事実として受け止めていた。もちろん男にとっては郷原郁美ほどの和風美人の柔らかい体を、本人が無抵抗な間、職場公認でまさぐることが出来るということは、間違いなく役得である。

 女性陣も、昼間から自分たちのチーフが体を好き放題弄られているのを見るのは腹立たしい。終いにはチーフの身持ちの緩さに対しても軽い軽蔑のような感情をこめ、ため息をついてしまう。それでも、皆にとって、郷原チーフは大切なクッション役というかカバー役なので、この、どこかで学んだ知識をなぞって、ペッティングでもって起きてもらうのを黙認していた。

「ほら、チーフ。失礼ですが、オッパイを思いっきり揉ませてもらってますよ。……まだ起きないんですかぁ?」

「……ん……もっと……」

 幸せそうに緩んだ表情で、郁美が寝言を口にする。以前はもっと自分に厳しく、柔らかい物腰の中にも弱みを見せない立ち振る舞いをしてきた郷原郁美だったが、ここへ来て、日増しに生活習慣がズルズルと緩んできている。郁美自身も起きている時は、もっとしっかりしなければならない、と自分を叱りつけているのだが、この蟻地獄のような退行的快楽から逃れられない。まるで、自分自身の性格を定義づけてきた、根本的な自己認識を、誰かに書き換えられてしまったかのようだった。

「チーフ、色っぽい顔しますね~。でも、まだ起きないのかな? ……ホントはもう、起きてたりして……」

「……ちょっと、生温いっ。いつまでイチャイチャしてんのよ。北見の時にわかったでしょ? チーフはパンツに手を突っ込まれて、アソコもグリグリ弄られないと、起きないってば」

「もったいぶってないで、早くやってあげてよ。もうすぐ20分たっちゃうよ。これ以上、私たちの郁美さんに恥かかせる気?」

 焦れた実子と来海が、瀬之口琉太をけしかける。2人とも、郷原郁美に恥をかかせたくない一心で、琉太にさっさと郁美の股間を弄れと、野次っているのだ。そこには、秋森望をパシリに使っている時よりも、愛情がこもった視線が注がれていた。

「ふぁああっ……気持ちいいぃ……あっ……あれっ……やだ、私、また、寝てたのかしら?」

 やっと郁美さんが目を覚まして、周りをきょろきょろと伺いながら、口元の涎を拭う。後ろから彼女のオッパイを揉みながらアソコに指を入れていた、部下の瀬之口琉太が、少し気まずそうに笑いながら手を引っ込めていく。

「あ、起きたんですね。チーフ。……ははっ……。良かった……」

「あ……瀬之口君……。……やんっ」

 服装の乱れに気がついて、慌ててシャツの襟もととスカートの裾に手を伸ばす郁美。

「瀬之口君が、チーフ起こしてくれたんですよ。良かったですね。オネショせずに済んで」

「はっ……。そ、そうだったんだ」

「ははっ、いや、どうも」

「あの、……ありがとう。粗相をせずに済んだわ」

 体をいいようにまさぐられて、まだ官能の余韻に浸っているような表情で、郷原郁美が部下にお礼を言う。琉太の手にもまだ、彼女の体温と、柔らかい体の感触がしっかり残っている。お互いに少し気まずそうに、そして少し名残惜しそうに、通り一遍の挨拶をしながら距離を離していく。その、妙にぎこちない空気を掻き消すかのように、実子が大きなため息をついた。

「あー。仕事、はかどらないなぁっ」

。。。

 仕事の進捗はどうであれ、時間は進み、お昼休みはやってくる。この会社の昼食は、社員食堂(このビルに入る、他の会社と共用)と、外に出て外食、そしてお弁当を持ってきている社員もいて、選択肢は広い。しかし水曜日は営業3課のメンバーにとっては、一択となっている。課の親睦ランチが新たに設定されているのだ。昼休み前から、秋森課長と郷原チーフ、そして当番の女子社員が会議室にこもって準備をする。ケータリングも課長のポケットマネーで賄う。そして手作りのお弁当やお惣菜を持ち寄って、料理のバラエティに花を添える。意外と思う社員もいたが、秋森望は料理も上手だった。普段はしている時間がないというだけで、いざやるとなると、完璧にこなすのが秋森望のスタイルなのだ。この親睦ランチもそうだ。

「お茶、お紅茶、アイスコーヒーとダイエットコーラがあるから、足りなくなったら、私たちに言ってね。お料理の追加も、お皿が空いたら声をかけてくれれば取って来るから」

 会議室のソファーから、ケータリングの机までの数メートルの距離ですら、部下たちには往復させないという、秋森望の気遣いだ。パタパタと甲斐甲斐しく動き回る課長はTバックのショーツ以外には小さめのエプロンしか身に着けていない。そんな課長を見ていると股間が固く起き上がる男性社員が必ず出てくる。それを察知し、口を使って男性たちを楽にさせてあげるのも、上司の重要な仕事。望はほとんど、自分の手料理を口にする暇もない状態だ。そんな課長の手伝いをするのが郷原チーフ。口は使わないが、綺麗な両手で、丁寧に男性陣のたかぶったモノを撫でしごいて、射精に導いてくれる。この2人が公式の汚れ役。

 残りの女性社員たちは、自分たちでも食事を楽しむことを許されている。もっとも、同僚の男どもに求められると、料理を口まで運んで食べさせてあげたり、膝の上に座って一緒に食事を楽しみながら、スキンシップをはかるくらいのことは、拒んではいけない。上司たちの体の張り方と比べたら、それくらい何でもないということは、みんなわかっている。そして、忘れてはならないのは親睦ランチの2大ルール。仕事の服が汚れてはいけないので、全員、服を脱いで、下着姿で食事をとる。食事中は積極的に同僚とスキンシップを図る。この2つのルールが全員の頭の中に絶対的な規則として刷り込まれているからこそ、親睦ランチにはただの合同ランチではない、特別な雰囲気が醸し出されている。

「スミちゃん、オッパイ、大きくなったかな? 彼氏にいっぱい揉んでもらってるの?」

「そ……、そんなこと、ないです。……井塚さんみたいに、激しくは……こないですっ」

「ちょっと、北見、あんた食べる気あんの? ……ほら、あーんってばっ」

「もうちょっと、キスしようよ。ほら、んー」

「……もうっ……。チュパッ」

「あの、ノゾミちゃ~ん。瀬之口君、また勃ってまーす」

「はいはい~。桐原さんの両隣は、すぐに元気になっちゃって、大変ね」

 テキパキと給仕を進めながら、桐原来海の席に早足で近づいて、膝立ちになる秋森望。営業部一番人気の来海は、男たちの要望に応じて、両隣の同僚たちの足の間に、自分の右足と左足をそれぞれ載せて、男の間に、体を浮かせるようにして腰かけていた。バランスを崩さないように、両手を男たちの肩にかけている。そのために無防備になっている胸に、同僚たちはブラの中に手を突っ込むようにして、モゾモゾと楽しんでいた。感触を楽しむ男どもはすぐに股間に反応を示す。その股間に溜まった男の欲情を、美人課長が放出に導くため、優しく口に含む。

「やんっ、あの~。宮重さんも勃ってきちゃいました~」

 来海は秋森望がご奉仕している瀬之口とは反対側から自分のオッパイを揉んできている、宮重先輩の股間も起立しているのを目で見て気づく。一応、確認のために、手を伸ばして触ってみる。その接触だけでも、暴発してしまいそうな勢いだ。

「私、手伝います」

 気遣い上手の郷原チーフが駆けつけて、宮重のブリーフをめくる。弾き出された元気なペニスが、郷原郁美の顔を叩きそうになる。

「きゃっ。宮重君、元気ね。……私の手で、ゴメンなさいね」

 申し訳なさそうに両手を添える、郷原郁美の女性的な仕草。花柄のブラは半分ずり落ちそうになっていて、ショーツからはアンダーヘアーが顔を覗かせている。その光景だけで、長年チーフのお淑やかな物腰を、憧れの目で見てきた宮重徹は、派手に射精しそうになる。それでも懸命に下半身に力を入れて、少しでも長く、スベスベした郁美の手による奉仕を、味わうために我慢する。

「じゃ、皆さん、お食事は終わりましたね。一列に並んで、肩を組みましょう」

 自分自身はまだほとんど昼食は食べられていないのだが、課長は気丈に親睦ランチの締めくくりを行う。食事はほとんど喉を通っていないが、それ以外の粘液がベットリ、たっぷり胃に収まっているので、あまり食欲は湧いていないということもあった。

 営業3課の全員が、下着姿のまま(一部の女性社員は下着すら、はだけさせながら)、横に並んで両肩を組む。脇腹同士が密着する。エプロンを脱いだ課長の合図に従って、全員で「究文堂出版社社歌」を合唱する。体を右に、左に大きく揺らしながら、笑顔で声を張り上げると、本当に元気が出てくるような気がした。課長はエプロンを脱ぐとTバック以外は何も身に着けていないので、体を揺らすたびに巨乳がブルンブルンと揺れる。郷原チーフもブラが半分脱げかけているので、カップがパカパカと揺れるたびに、ピンクの乳輪から乳首まで見えそうになる。女性社員は弾む自分の胸を気にして猫背気味になろうとするが、両隣の男どもがグッと胸を反らすと、両肩を預けているために、自分も胸を突き出して、ブラの上からでもオッパイの弾み具合を曝け出してしまう。社歌が無駄に3番まであるということが憎らしく思えた。

 親睦ランチの最後は皆で一緒に席に戻る。今度は縦に列を作って前の人の肩に両手を載せて、全員ピョンピョンと跳ねたり足を交互に蹴りだしたりしながら、フォークダンスでフロアに戻り、そのままフロアを一周する。昔懐かしい、「ジェンカ」というダンスだった。先頭の秋森課長はTバック一枚身に着けただけの、ほぼ裸の恰好で、両手を腰に当てて、胸を弾ませながら右足2回、左足2回と、リズミカルにキックする。後ろの今江係長はトランクスの他には首からスピーカーをかけていて、そこから平和そうなフォークダンスミュージックが流れている。全員でフロアの同僚たちからの視線を感じ、赤面しながらも笑顔でピョンピョンと跳ねる。前、後ろ、そして前に3連ジャンプ。そのたびに、女性社員たちのブラのカップが、ショーツに覆われたお尻の肉が、プルプルと震えるのが晒される。最後尾の澄川美穂は、いっそこのまま社長室に辞表を届けに行けたらと思うほど、恥ずかしかった。北見章大は、目の前の郷原チーフが飛ぶたびに、半分履きのショーツがズルズルと落ちていくのが気になって仕方がない。尊敬するチーフのために、花柄のショーツを引っ張り上げてあげたいのだが、まだダンスの途中なので、両手はチーフの肩から外せない。そしてチーフの丸くて柔らかそうなお尻がブルブル揺れる様、淡いアンダーヘアが触れるたびに割れ目がチラチラ見える前面などが、3課以外の同僚たちの目に収められていくのを、どうすることも出来ずに見守っていた。

「はいっ。ランチタイム。おしまいっ。みんな、急いで服を着ましょう。昼礼ですよっ」

 余裕の表情で告げるのは、深見SA。手料理をお腹いっぱい食べて、課の結束がグッと高まった(というか、グッと密着した)のを確かめて、最後は楽しいお遊戯まで見守って、すっかり満足していた。これから昼礼。そして課長たちは会議室の後片付け。営業3課のメンバーたちは、外回りや進捗報告の数は減ったが、それなりに忙しい毎日を過ごしていた。

。。。

 どう取り繕おうとしても、幸輝が営業3課を大胆に変貌させようとすると、周りの目を無視するわけにはいかない。いくら各部の部長の目を秋森課長の体を駆使して曇らせたとしても、3課の異常事態が外に漏れてしまうことは時間の問題と思われた。だから幸輝は各部に「会社からのお願い」と銘うった動画ファイルを、部長名で展開する。Vol.1からVol.4まで作って、全社員の閲覧必須としてイントラネットでも全面展開してもらう。「後日、理解度チェックテストが行われて、結果は賞与に影響するらしい」という噂を流して、全員が必ず見ることを促した。

 動画ファイルを介して、全社員が深層意識学習を行う。人事部長名で、社長を含む役員全員にも閲覧してもらうよう、徹底した。全員の学習進捗状況を確認するのが大変だと思われたが、簡易的なショートカットを思いつく。

 ・共通サーバー上の特定フォルダに保存されている名簿から自分の名前を探して、「済」と入力する

 という指示を、Vol.4の最終段階の学習内容としてExcelの非認識・行動シートに設定しておいた。これに反応して名簿に「済」と入っている社員は、基本的に深層意識学習を最終段階まで履修しているとみなして良いだろう。済印がなかなか入らない社員は特定して、上司から閲覧を促すようにした。こうして、「心の風邪」で休職中の社員や、長期出張中の社員を除くと、本社勤務中の従業員は全て、幸輝の深層意識学習を履修済みの状態となっていった。と、言っても、急に全てを塗り替えてしまったりはしない。一つずつ、深見SA(前者のスペシャル・アドバイザーに昇格させてもらった)は会社のルールや慣習を、慎重に変更していった。

 ・会社で起きていること、行われていることが社外の常識や道徳、法律を逸脱することでも、社員はそれを社外に口外したりしない。会社と深見幸輝の不利になるような行動は慎む。

 この指示は、あまりにも簡単に、全社員に浸透した。さすがはブラック企業。もともと隠蔽体質が染みついていたようだった。

 ・社内の親睦を妨げる行為はしない。仲良く元気な職場づくりのためなら、通常は恋人や配偶者にしかしないような行為も、同僚に対して率先して行う。公序良俗よりも社内の密なスキンシップを優先する。その間、妊娠はしないように、ピルの服用を行う。

 この指示は、お堅い経理や、人事の女性を中心に、少し浸透に時間がかかった。しかし学習もVol.3まで進むと、全員、学習内容通りに忠実に考え、行動するようになっていた。

≪≪ブラック企業の注意: 世間一般では受け入れられないような慣習が社内に定着する≫≫

 様々な変化の例を挙げると、経理部の女性陣は、深見が営業3課の販売費を使って大量に仕入れた大人の玩具を、全て自分たちの身で「検品」してからでないと、販売費処理を認めないという方針に切り替えた。それ以来、毎日のように営業部から届くディルドー、バイブ、媚薬入りローション、浣腸液、鞭といった、見るもおぞましい道具の山を、部の女子総出で一つ一つ、自分の体で効果を確かめてから経費処理の承認をしている。あまりにも次々と届くアダルトグッズに、真面目な経理女子たちは悲鳴を上げながら(歓喜の声と半々だったが)、悶え狂って検品作業を今日も続けている。

 人事部のエリート女性社員たちが現在、懸命に遂行しているのは、全社の男性社員(場合によっては女性社員も含む)たちの性癖調査。もちろん、普通に面接を行ったりイントラネット上で調査を行っているだけでは、無難な回答しか来ないことが分かっているので、人事部員自らが囮となって、男性社員たちを誘惑。実際の性行為に誘い出す。そしていざ本番となると、一度は正常なセックスを行い、油断した男性社員に、様々な、アブノーマルなセックスを提案する。提案に乗ってきたらしめたもの。変態的な性行為を完遂した上で、きっちり記録に残させてもらう。もっとも、その記録がどう使われることになるのかは、わからないが、真面目な人事部の女性部員たちは、今日もローションやギャグボール、手錠にロウソクをバッグに潜ませ、調査対象との本番行為撮影に没頭している。

 受付嬢は総務部の所属になっている。幸輝が最も楽しみにしていたのは、受付の我妻光希だった。営業部時代の幸輝は、珍しく契約が取れると、正面玄関からフロアに帰る。いつも彼の帰社を笑顔で迎え入れてくれたのは、美人で性格も良いと評判の光希ちゃんだった。「受付嬢は、お客様へのホスピタリティを強化するため、スペシャル・アドバイザーの求めがあれば、いつでも体を差し出して、性交渉にも喜んで応じる」と学習させたあと、喜び勇んで受付デスクに飛び込んだ深見幸輝だったが、ここで衝撃的な告白を聞くことになる。我妻光希は経営企画部の若手社員、越野博夫と付き合っていて、3ヶ月後には入籍という計画を立てているとのことだった。驚いた幸輝は、直ちに経営企画部に呼び出しの電話を入れて、越野博夫を出頭させる。越野は、性格はとても良さそうで、仕事も真面目。頭も良さそうだったが、外見はあまりパッとしない男だった。幸輝は光希の、外見で男を選ばないところに改めて惚れ直したが、反面、忸怩たる思いを抱く。もしも、自分がもっと積極的に、越野と出会う前の我妻光希にアプローチしていたら、どうだっただろうか? 悔しいので、入籍までの3ヶ月間、越野と我妻にはセックスを禁止させた。3ヶ月の間、我妻光希を幸輝が、あらゆるかたちでハメまくることにする。その間、越野が寂しい思いをするのも、少しだけ可哀想なので、光希の同僚、受付の忍田日和を越野にあてがってやることにした。

「今日から3ヶ月。光希ちゃんは僕としかセックスしちゃ駄目。逆に言うと、僕が求めたら毎日でも、僕の求めるかたちで、僕とのセックスに励むんだ。その間、越野は忍田さんとハメまくったらいい。どうせ、入籍後は生涯この人だけと結ばれるとか、寒いこと言うんでしょ? だったら、今のうちに、僕が決めたペアでヤリまくること。いいね?」

「は……はい。喜んで……」

 光希と親友の忍田日和。そして光希の婚約者、越野博夫は3人で困ったような視線を交し合いながら、深見SAに頭を下げた。黒髪ロングで前髪をパツンと切り揃えている我妻光希は、これからスペシャル・アドバイザーにどんな抱かれ方をしてしまうのか、自分の身の上を心配しているようだ。そして、その間、自分の婚約者と親友がエッチをする、という事実も、なかなか受け入れられないでいる。それでもスペシャル・アドバイザーの言うことは絶対だと習ったことは覚えている(どこで習ったのかは思い出せないが)。

 しかたなく、応接室に深見を導いて、光希は受付嬢の制服を全て脱いだ。制服に響きにくい、ベージュの下着も脱ぎ捨てて、幸輝の前で「きをつけ」の姿勢になる。ゆっくり、じっくり光希の裸を見回した幸輝が光希の体に触れて、抱き寄せるように体を触って確かめながら、キスをした。

「オッパイ揉むから、気持ち良くなったら、声だしていいんだよ」

「……はい。喜んで……」

 婚約者以外の男性に体を好き勝手されることを、光希は決して喜んでなどいなかったが、その言葉は意識もしないうちに光希の口からこぼれ出る。そして丸いオッパイに幸輝の手が触れた瞬間、光希は「思い出して」しまう。彼女の体は、深見幸輝に触れられると、有り得ないほど快感に敏感になってしまうという体質なのだった。そして我妻光希は、幸輝に触られるうちに、どうしようもなく性欲が高まって、はしたない自分のいやらしさを隠せなくなる。そのことを思い出したのは、すでに幸輝に触れられてしまった後だった。

(やだ………。博夫さんと結ばれる時より、何倍もエッチな私になるっ………。)

 自分を抑え込もうと頑張った光希だったが、ふと気がついたら大股開きで自分の大切な部分を左右に引っ張って曝け出し、深見幸輝のペニスをおねだりしていた。そして懇願通りに幸輝のモノが入って来ると、歓喜の声を上げて自分から腰を振っていた。この、会社を代表する美人の一人に数えられている受付嬢の我妻光希は、応接室で喘ぎ声を張り上げながら、幸輝と下半身を繋げて狂ったように悶えていた。隣の応接室からは、同僚で親友の忍田日和の喘ぎ声が聞こえる。光希の恋人、越野博夫と、同じように激しい性行為に没頭しているようだった。

。。。

 調達部の若い社員たちはお昼休みになると、急いでお弁当を食べたあとで、全員フロアで水着に着替え、屋上に上がってバレーボールに励む。若い女性たちのビキニの水着や、最近珍しいハイレッグのきわどい水着が、殺風景だった屋上を彩る。若い女性社員たちのはしゃぐ声がこだまする。こちらも部内の交流はとても密になる。近隣の、より高いビルに勤めるサラリーマンたちからは観光名所として有名になりつつあるようだ。

 経営企画室も総務部も開発本部も、スケジュールや部内規定は全て深見SAが管理権を持つようになった。幸輝が新しいスケジュールを入力するだけで、フロアの風景が一変する。経営企画室はスレンダーで知的な才媛が多いが、毎日午後2時からは新体操の時間が入っている。時間になると予定を「思い出した」女性社員たちがPC作業や打合せを中断して、机の引き出しから、会社支給の純白レオタードを取り出して、その場で急いで着替える。リボンをクルクルと回したり、ボールを使った演技を披露しながら、フィナーレの集団演技までみっちり30分。必死で体を動かす。パッドもアンダーショーツもついていない、薄い生地の白レオタードは、フィナーレの全体演技が終わる頃には、エリート女性社員たちがかく汗で、すっかり透けてしまっている。お尻の割れ目も乳輪の色も、股間を守る恥毛もすべて、きつめのレオタードに貼りついたかたちで、完全に透けて見えるようになっている。それでもスケジュールをきちんとこなすために、才媛たちは照れたような、困ったような笑顔を取り繕いながら、フロア中を跳ね回る。

 総務部は4度目の深層意識学習を終えたあとで、女性社員が使用してきた印鑑の撤廃を決めた。印鑑もサインも、偽造の恐れがある。それと比べて人の体はそれぞれに個性がある。もちろん指紋など、普段人目に触れやすい部分だとコピーされるリスクがあるので、普段は人目から隠している部分に朱肉を塗って、印を押すように決めた。総務部長の提案だったが、まるでたった今、覚えたばかりのようなフレッシュな知識とぴったし合致したので、女性社員全員が、快く受け入れた。備品の貸し出しや個人PC、個人のUSBメモリーの使用などの許可申請であれば、担当の女子社員(たいていは最も若い社員の役割)が、その場で申請用紙を前に、シャツをはだけ、ブラジャーを下にずらして、こぼれ出る若くて張りのあるオッパイの先端に朱肉を押しつけ、机に突っ伏するような姿勢で申請書に印を押す。真面目な若手社員の女の子たちは、きちんと印が残るように、紙の上で乳首を転がして、円を描くようにオッパイを押しつけながら、きちんと押印する。申請用紙を持ってきた男性社員はたいてい、感謝の意を込めて、朱肉をオッパイから拭き取る作業を手伝ってくれる。契約書などの重要書類となると、経験豊富なお姉さまたちが出てきて、股間に朱肉を塗りこんで、魚拓のようにして女性器の印を押してくれる。割れ目がきちんと2枚の紙を跨ぐ「割り印」などは、総務部の新たなプロフェッショナル技術として、若手の尊敬を集めるようになっている。

 開発本部は女性社員の比率が、他の部と比べると低い。それでも、たまに存在する理系の美人社員はたいてい、高校、大学と男所帯の中でお姫様のような扱いを受けてきた「リケジョ」である。ファッションに髪型、盛り上がるトークの内容まで、営業や受付の女子社員たちとは一味違う女子たちだが、一部男性社員たちに独特の人気を誇っている。そんな彼女たちも週に3回、スケジューラーに定められた時間が来ると眼鏡と白衣以外の衣服は全て脱ぎ捨てて、データ計測の社内行脚に出る。男性社員の勃起角度や回復率、精液の量や濃度等々、極力自分の体を使って計測する。もちろん自分の体も計測対象として喜んで差し出す。女性の体の3Dデータを取り込むためにスキャンしてもらったり、オルガズムまでの時間を同僚たちと対照実験したりと、極力、多様なデータを提供して共有する。データは共有、蓄積されて意味を持つのだと、若い世代の科学者たちは常識として知っている。もちろん当然のように社外にはこうした行為すら一切秘密にしているし、対外的に公表される計画が全くない、データの蓄積ではあるのだが。。。

。。。

 営業部では3課主導で、新たな営業方針の実践が進められつつあった。社内で知らないものがいない切れ者課長の、秋森望が提唱する、『ヒューマン・トータル・コネクション』という新たな営業メソッドだ。これは、お得意様とより深い関係を築くために、男女の性的関係を要として、私生活・会社生活の切れ目なく、身も心もお客様に委ねるという、新時代の営業手法だった。集合したフロア中の営業部員たちの前で、秋森望が少し強ばったようなスマイルのまま、そして時折なぜか自分で首を傾げながらも、精一杯の笑顔とポジティブな姿勢でプレゼンする。

「ヒューマン・トータル・コネクション、HTCは、新時代の経営理論に基づいています。そこではお客様との繋がりを大きく3つに分けています。1つめはお金の繋がり。つまり旧来型のビジネスです。そして2つめは体の繋がり。私たち、人間が営業活動をするわけですから、当然その身体性というものを無視するわけにはいきません。そして最後に3つめの心の繋がり。旧来の営業活動では、1つめのお金の繋がりが、自動的に3つめの心の繋がりを強めてくれると解釈していたところに、論理の飛躍、脆弱性がありました。これから私たちが力を入れるべきものは、2つめ、体の繋がりです」

 そこまで言うと、秋森課長が上品そうな仕立てのグレイスーツに指をかける。同時に、居眠りせずに横に立っていた郷原チーフ、チャーミングな笑顔とナイスバディで人気の桐原来海が、服を脱ぎ始める。50人にのぼる営業部員たちが見守る中で、美人営業ウーマンたちがテキパキとスーツを脱いでいって、下着姿になる。そして男性陣の息を飲む音と視線を全身に感じながら、両手を後ろに回してブラジャーのホックを外し、ブラをとってショーツも下ろす。プレゼンの途中で3人の美人社員が裸になった。

「私たちは入社した時から、商品を売る前に自分を売れと、教わってきました。それでもこれまで、本当に自分自身を売り切ってきたでしょうか? お客様やお得意様の前で、恥ずかしいとか、仕事でこんなことをしたくないとか、生理的に受け付けないとか、考えている時点で、それは私たちから壁を作ってしまっているようなものです。これからは、2つめの、体の繋がりを要として、3つめの心の繋がりまで築き上げて行きましょう。……こういう風に、です」

 部長席から肘掛け付きの革のリクライニングシートを移動させたチーフが、優しい仕草で、立って話を聞いていた布施部長の手を取って、椅子に座らせる。両サイドから近づいてきた秋森課長と桐原さんが、豊満なオッパイを、部長の両頬に右と左から、ムギュっと押しつけた。その間に、前に回った郷原郁美チーフが膝立ちになり、部長の股間に両手を添えて、当たり前のようにチャックを下ろす。ブリーフから取り出した部長のモノを、大事そうに口に含んだ郁美は全部員の前でジュポジュポと音を立ててフェラチオを始めた。

「私たちが、自分たちに与えられた体を精一杯駆使して、愛しい恋人やパートナーを受け入れるようりも、もっと情熱的に大胆に取引先の方々に奉仕すれば、必ずこれまでよりも強い絆で結ばれることが出来ます。……ここからはデモンストレーションの時間ですが……。何か質問がある方は、挙手してください」

 部長の顔に丸いオッパイを、ひしゃげるほど強く押しつけながら、裸の秋森望がフロアを見回す。課長と桐原来海は部長を挟むようにして互いの背中に手を回して抱き合って体をこすり合わせていた。

「あ……あの。よろしいでしょうか?」

 笹山実子が手を上げる。

「笹山さん、どうぞ」

 秋森課長は部長の頭を撫でながら笹山の方を見た。

「それって、……その、枕営業とは、違うんですか?」

 部長のモノを咥えたまま、巧みに舌を動かしていた郷原がピタッと動きを止める。秋森課長と目を合わせて、優しく笑いあった。

「うふふ、笹山さん。おかしなことを聞くのね………。……でも、初めてHTCについて聞く人は、そんな誤解をしてしまうのかもしれないわね。ここで、はっきりさせておきますね」

 自信満々の表情で秋森望は宣言する。

「枕営業とは、女性が体を委ねて契約を取って来るという、卑しい旧時代の違法行為です。HTCとは、契約数や営業成績とは関係なく、お得意様への感謝の思いから、私たちが自発的かつ個人的に、体も心も繋がろうとする、崇高な仕事のありかたです。営業3課にはノルマもありません。私たちはただ、この会社を贔屓にしてくださる方々に、自分の意志で体と心を捧げて、癒そうとするだけです。わかりましたね。笹山さん」

『わかりましたね』と言われた瞬間、全てが実子の腹に落ちた気がした。これまでの道徳も規範も価値観も、綺麗に塗り替わっていく新鮮な心地良さ。それは、使い古した部屋が目の前で大規模なリフォームをされていくような、生まれ変わる快感だった。

「はいっ。課長の仰る通りにしますっ。させてくださいっ」

 実子が慌てて仕事着に手をかけ、一枚一枚脱ぎ捨てていく。他の女性社員たちはまだ不安そうにお互いの目を見合わせている。

「あのー、僕たち、男性社員はどうしたらいいんでしょうか? ……あんまり女性のお得意様を接待する場は多くないんですが」

 北見が手を上げて質問する。スラスラ答えようとした秋森だったが、少し言葉につっかえる。部長の布施が、望のオッパイを積極的に吸い始めたからだった。

「男の人たちは、接待の場でも打合せの場でも、女性の営業担当が接待や奉仕をするのを手伝ったり、盛り上げたりしてもらいます。お年を召したお客様で、自分ではエッチなことをもうしようと思わないけれど、そうした行為は見たいという方もいらっしゃると思いますから、そうした場合は女の子を竿役として貫いて、見栄えのするセックスを披露してください」

 北見に異論はなかった。井塚さんも、今江係長も、反論する理由はない。

「さらに、男性社員の皆さんには、重要な任務があります。私たち営業部の女性社員が、お客様への奉仕の技を磨くために、社内にいる時は技術の査定役、相手役を務めてください。これから私たちにはディープキス、フェラチオ、パイずり、手コキ、乳首弄り、オナニー披露、アナル、イマラチオ、各種回春マッサージなど、社内検定がたくさん設定されます。女子社員たちがそうした検定を一つずつ合格していけるように、お手伝いをしてください」

 男性陣のうち誰一人、答えに迷うものはいなかった。

「で……でも、これって、あの」

 普段はシャイで控えめな新入社員の澄川美帆が、勇気を振り絞って挙手する。ここで声を上げなければ、自分の貞操を守ることは完全に諦めなければならないと思った時に、一生分のガッツを使って、秋森課長に反論することにした。

「女性の皆さんも、わかりましたね」

「はいっ。かしこまりました」

 秋森望が「わかりましたね」と言うのを耳にした瞬間に、美帆のわだかまりも一瞬にして蒸発してしまっていた。自分の口が大きな声で同意の言葉を発していることに気がつく。その反応の速さには驚いたが、改めて考えてみると、何も困ることはなかった。課長の仰ることは全て、最初から最後まで、美帆の納得のいくもの。どんな自分の信条や親の躾、法律を曲げてでも、一番自分が守るべきものだったことを、「わかりましたね」と言われた瞬間に、思い出したのだった。

「では皆さん、そこに突っ立っていないで、自己研鑽に励みましょう。最初の社内検定は明後日です。接待は今夜もあります。ボーっとしている時間はないですよ」

「はいっ。喜んでっ」

 女子社員たちが大慌てで服を脱ぎ始める。澄川美帆もライトグレイのスーツに手をかけたが、考えを改め、先に男性社員に腕を絡めて、パートナーを確保した。美帆はまだ世慣れない新入社員だが、頭は良い。女性比率が高いこの会社で、性技の練習に当たって男性の相手役を確保することの方が大事だと、冷静に判断したのだ。隣にいた男性の腕を絡めとって、ギュッと抱きしめる。普段は奥手の美帆だが、仕事に対しては真面目だ。見上げると、自分が抱き寄せた男性社員は、ロートルの井塚さんだった。

「あら、スミちゃん。今日は積極的……。僕なんかでいいの?」

 禿げあがった頭を自分で撫でながら、照れた井塚さんが笑うと、銀歯がキラリと光った。

「よ……喜んで……」

 目じりを下げて口角を精一杯上げた澄川美帆だったが、あまり喜んでいる顔にはなっていなかった。

 40人を超える営業部員たちが、服を脱ぎ捨てて裸になり、抱き合い、絡み合う。営業部は女性も男性も若く、女性のほとんどはルックスに秀でていて、男性の多くは体力には自信のある肉体派か、人間関係を巧みにこなす社交上手だった。10組強のカップルが出来上がって体を重ね始める。余ってしまった女性社員は、すでに他の女性と結合している男性社員にキスを迫ったり、シャツを脱がせて乳首を責めたりして、少しでも自分の技術を伸ばそうと頑張っている。なかには意識の高い女性社員同士、同性のカップルを作って絡み合っている子たちもいた。裸で絡み合う若い男女、見栄えのする社員がとても多い。深見SAは改めて、自分がこの部にあまり適性が無かったということを思い知らされた。それでも今、この部全体、そしてこの会社全体が深見幸輝の遊び場であり、全社員が彼の玩具だ。全員、彼の思いついた気まぐれを、心の奥深くに刻み込んで学んでくれる、熱心な生徒。そしてどんな命令も忠実に遂行する、絶対服従のロボットたち。全員が深層心理学習の特待生たちだった。いや、実は、数人の上司たちは、如何にも無能そうだったので、大した指示もしていない。心や思考を書き換えることもしていなかった。

「部長、如何でしょう。部員全員が賛成してくれたこのHTCという営業手法を、私たちの部の公式な業務形態と認めて頂けますでしょうか?」

 秋森課長がさっきまでよりも、いっそう胸を強く押しつけて部長に問う。

「気持ちいいっ。もう出るよっ」

「部長、よろしいでしょうか?」

「出るっ」

 部長の布施は、無能だった。

。。。

 その夜、営業3課による箕輪商事の接待には、秋森課長、郷原チーフ、桐原来海、笹山実子、澄川美帆、北見、瀬之口、そして深見幸輝が参加した。

 秋森望ファンを公言している奥寺課長が率いる、箕輪商事の面々は、深見も以前から面識がある、付き合いの長い相手だったので、比較的容易に、会食が始まる前に、究文堂出版が一押しの「リラックスミュージック」を聴いてもらうことが出来た。一度聞いてもらえば、二度目、三度目は容易い。前菜が出きったころには、接待相手も、接待する側と同じように深見幸輝の思い通りに、考え、行動してくれるようになっていた。

「……奥寺さん。最近わたくしどもがお配りしている、スピードラーニングお得意様へのノベルティってご存知でしょうか?」

 いつもよりも体を寄せて、ほぼ密着するような体勢でお酌をしてくれる、憧れの秋森望の姿にすっかりのぼせ上っている奥寺課長は、上機嫌で自問した。

「あれ……、そう言えば、なんだか、聞いたことありますよ。究文堂レディース・ノベルティ・シリーズとか言いましたっけ?」

 なぜこんな固有名詞が、すっと自分の口から出てくるのか、奥寺課長は良くわかっていない。いつ教えられたのかも覚えていないが、驚くほど小気味良く、思い出すことが出来た。

「そうです。ノベルティをお配りしているんです。シリーズの第1弾は、インナーウェアなんですよ。ご覧頂けますか?」

 個室を用意はしてあるものの、秋森望は店員さんの出入りを気にしながら、こっそりとジャケットを脱いで、シャツのボタンを外していく。白いブラジャーがさらけだされると、カップの上辺に「Kyubundo」というロゴとハートマークがついていた。望の部下たちも笑顔で、箕輪商事のオジサンたちにブラジャーを見せる。全員、同じブラを身に着けている。

「うぉっ。究文堂さん、責めますねぇ~。……ただでさえ美人揃いの営業さんが、そんなセクシーなノベルティを見せてくれたら、もう他社さんが入りこむ余地無いんじゃないですか?」

 奥寺課長はもう、秋森望の目を見て話してくれない。その両目は、憧れの美女、秋森望の胸元に釘付けになっていた。

「うふふふ。いつもお世話になっていますから、今日はサービスですっ」

 秋森望の目が酔ったよう潤んでいる。自分の発案で新しく導入している様々な施策が、取引先の心をガッチリとらえていると思うと、他のこと全てが、どうでもよく思えてくるほどの喜びに包まれる。望の新しい体質だった。

「本来ですと新品のノベルティをお配りしたいのですが、まだサンプルの段階でして……私たちの中古でよろしければ、受け取って頂けますと嬉しいです」

 シャツの中に手を入れた望が、腕を背中に回して、窮屈そうにモゾモゾと動く。ブラジャーが外れる。彼女の体温と匂いがしっかり残ったブラジャーを、接待相手に手渡した。全ては店員さんの目を盗んで、こそこそと行われる。その秘密裏の行動が、余計に箕輪商事の面々を焦らしてドキドキさせた。すでに接待相手は、共犯者の立場に変わっている。

「あ、ありがたく頂きますよ。……秋森さんの付けていたブラジャーなんて、夢みたいですから」

「嬉しいっ。ありがとうございますっ。これからもよろしくお願いします」

 ノーブラになって、まだシャツのボタンを外したままの望が奥寺課長に抱き着く。はっきりと、ボリュームのあるオッパイの感触が奥寺に伝わる。

「こっ。こちらこそ。これからも末永く。これまで以上に、よろしくお願いします。毎年新版、発注しますっ」

 深見がテーブルを見回すと、郷原郁美も笹山実子も澄川美帆もシャツをはだけてブラジャーを、隣や向いに座る、お得意先のオジサンに渡している。そして秋森が第2弾のノベルティの話を始めると、申し合わせたかのように全員立ち上がって、スカートをまくり上げてストッキングを下ろし、こちらも『Kyubundo』とロゴの入ったショーツを披露した。当然、ショーツもノベルティだから配布するためにある。店員さんがいない間に、ショーツを脱いで、両手でオジサンたちに渡す。澄川美帆は固い笑顔を保ちながらも、耳まで真っ赤になっていた。桐原来海からパンツを受け取ったオジサンは早くも酔っぱらってしまったのか、人前で来海のパンツを広げて、顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

「もー、竹井さんのエッチ~」

 オジサンの体にしなだれかかった来海が、無防備な巨乳をムギュっと竹井の顔に押しつける。こらしめているつもりのようだった。普段は部下に厳しいはずの秋森、ビジネスマナーについては生真面目な郷原。2人の顔色を窺った箕輪商事の面々だったが、2人がクスクスと笑っているだけなのを見て、次第にたがが外れていく。来海は大きなオッパイを竹井さんと、もう一人のオジサンに両側から揉みしだかれても、笑って許している。実子も生のお尻を触られたが、笑顔で「つねったり叩いたりしてもいいですよ」と応じてみた。郷原は店員にテキーラとオレンジジュースを頼んでいる。

「そう。郷原チーフはよく気がつくわね。あの、奥寺課長。私たち、ノベルティだけじゃなくて、新しい究文堂出版の名物接待を作ろうとしているんです。ご存知ないかと思いますが、キューブンドー・カクテルと言いまして……」

「あれ? ……何でだろう。聞いたことあるな。……確か、究文堂のお姉さんたちがお酒を口に含んで、……僕がジュースを口に入れて」

「そうですっ。さすがは奥寺さん、何でもご存知なんですねっ」

 秋森望が嬉しそうにテキーラで頬を膨らませる。奥寺課長もオレンジジュースを、誰に勧められるでもなく、口に溜める。そして取引関係にある会社の課長同士が唇を合わせて、お互いの口にある液体をクチュクチュと混ぜ合わせる。2人で飲み切るまでは、相手の体を好きに触っていい。……なんでこんな、他社の下世話な接待芸の詳細まで、覚えているのか、奥寺自身も説明出来ないが、とにかく悪い気持ちはしなかった。今まではお話し出来るだけで幸せだった、ガードの硬い絶世の美人課長と、今は抱き合ってディープキスをさせてもらっているのだ。下着を身に着けていない、裸のオッパイ、裸の下半身を、好きなようにまさぐっても怒られもしない。彼女の部下たちも、そそくさと、強めのアルコールを口に含んで、箕輪商事の面々と濃厚なキッスに挑んでいく。お酒とジュースが混ざり合って、自分の口に吸い上げられたり、相手の口に流れ込んだりするのを繰り返すうちに、みんな頭のネジが飛んでしまったような酔い方になる。ましてや、抱き合っている美女たちは下着も身に着けていない。撫でても揉んでも摘まんでも、くすぐったそうに笑いながら、いっそう大胆に体を寄せてくる。男たちが酔わないはずはなかった。

「あの~。お客様、……他のお客様の迷惑になりますので、これ以上は……」

 申し訳なさそうに、少し年配の店員が秋森に申し立てる。結局会食は、コースのメインディッシュまで辿り着かないうちに、次の場所へ移ることとなった。次の店は、飲食店ではない。全員で、秋森課長と郷原チーフの誘導の下、そこから歩いて10分の場所にある、ラブホテルに直行した。

「はい。箕輪商事の皆さんは全員、当社の女の子とカップルになっていますね。5つの部屋をロングで押さえていますから。ここの休憩代までは、弊社持ちとさせて頂きます。僕ら男は帰りますので、これからもよろしくお願いしますね」

 会社のカードを使った深見SAが箕輪商事のオジサンたちに軽い挨拶をする。奥寺課長は移動中も秋森望に路上でキスをしたり股間に指を入れたりとさんざん弾けていた。みんなのノゾミちゃんは、その従順なご奉仕っぷりで部下たちの模範となるように、全てを笑顔と感謝の言葉で受け入れている。

「あ~。深見君だったっけ。……色々、悪いね。……彼女たちも悪いようにはしないから」

 奥寺課長は大好きな秋森望の頬をベロベロ舐めながら、幸輝に礼を言う。

「わかってます。乱暴なことはしないように、写真を流出させたり、他人に口外したりしないように、きちんと設定してますから」

「へ? ……設定?」

「あ、いえ。それより、奥寺さん。これ、例のCDです」

「あー。そうだった。これを……、うちの社長と、我が社の女性社員の可愛い子トップファイブに、聞かせるんだよね。そのあとでCDは破壊して破棄。……僕はこれからも君の言うことは聞いて、その見返りに時々、秋森さんたちにこうやって接待してもらう……と」

 奥寺課長は、会食中にほとんど言葉を交わさなかった深見の言いたそうなことを、なぜか全て、わかっていた。まるで真っ白な脳にデカデカと印刷されたブロック体の文字を読むかのように、自分のなすべきことをスラスラと説明することが出来た。数日後、深見の下には他社から美人の訪問客が次々と訪れる手はずになっている。

「社外で接待っていうと、場所の確保が必要だな。個室だからいいかと思ったけれど、お店も思ったより、厳しいみたいだ。……それに、ホテル代も馬鹿にならないから……。もうちょっと学習対象を拡大させるしかないか」

 幸輝は夜風に吹かれながら、北見と瀬之口を連れて会社に戻る。まだ21時。会社に戻って、やることはどんどん思いつく。今では深夜残業も苦にならなくなっていた。

。。。

 北見と瀬之口は翌日から、究文堂出版のビルからほど近い、シティホテルや、比較的高級な割烹やバーが入る飲食店ビルへの営業を始める。サービス期間中は視聴も無料、さらに特典として商品券をたくさんつけると説明すると、飲食店ビルのオーナーや店長たちもCDやDVDでのスピードラーニング体験に乗ってきた。シティホテルには近年、外国からの宿泊客が増えていたようで、英会話学習が爆発的に進むと説明すると、マネージメントから従業員、清掃のおばさんまで、全員、英会話CDの無料体験に乗ってくれた。数日のうちに、究文堂出版は自由な営業活動の拠点を確保することが出来た。

 割烹、ダイニングバー、イタリアン、スペイン風バル、カラオケ付きのラウンジが入っている飲食店ビル「旭ダイハチビル」は究文堂出版から歩いて5分の場所にある。ここで究文堂の営業部はいつでも個室が確保出来るようになった。個室の中ではどんな接待を行っていようと、店側は一切クレームを入れない。美人のウェイトレスやバーテンダーは、深見や秋森のリクエストがあれば、狂乱の集団プレイに加わってくれさえする。お店の収支には損害が出ないよう、接待費は潤沢に準備され、出し渋ることなく各店舗に行き渡る。究文堂の社内の親睦会や同僚同士の女子会などには、そのお礼に、思い切った割引き価格が提示された。

 シティホテル「ウォルナット東京ホテル」が究文堂出版をVIP法人に指定したことで、究文堂の社員はぐっと会社生活が楽になった。深夜残業や接待、飲み会で遅くなったら、ホテルに圧倒的な格安価格で宿泊出来る。スーツやシャツのクリーニングやアイロンがけもついてくるので、翌朝の出社も気兼ねなく出来る。そして各部屋でのHTC(ヒューマン・トータル・コネクション)型営業は、安いラブホテルで行うよりも、ずっと快適に出来た。お得意様とゆったりとシャワーを浴びて、バスタブでいちゃいちゃして、体を隅々まで洗ってあげた後で、大きなベッドで伸び伸びとご奉仕できる。綺麗好きの澄川美帆も、これには大満足だった(彼女の奉仕を受ける取引先のオジサンがさらに満足なのは言うまでもない)。時間を気にせずに添い寝をして、また元気が出てきたらもう一戦挑む。年長のお得意様にも優しい環境だ。

 そしてシティホテルの部屋はお客同士の行き来も禁じていないので、複数で接待するのにも便利だ。VIPのお得意様には秋森、郷原、桐原の三位一体攻撃をお見せすることも容易だったし、景気づけに若手でマッチョな男性社員を複数名、本社から電話一本で呼び出して、秋森課長を前と後ろから同時に責めさせるといった見世物も簡単に披露できた。

 ウォルナット東京の売りの一つは、広々とした最上階の展望風呂だ。ここは平日の11時から15時まで、究文堂出版社の貸し切りにさせてもらうことにした。15時から16時までの清掃の前に、幸輝の同僚たちが入浴に使わせてもらうようにする。もちろん普通の入浴ではない。社内の懇親混浴会のためだった。

 毎日、ランダムに選定された、フロアの違う2つの部署が、ウォルナット東京まで5分歩いて入浴に行く。混浴となった大浴場で、普段あまり交流したことがない別部署の、異性の同僚と体を洗いあっこして、親睦を深めるという行事だった。せっかく裸の付き合いをするのだから、会話は相手の気分を害する話以外は全て秘密禁止の本音トーク。男も女も、質問されたことには正直に、自分の性癖でも性体験でも、体のコンプレックスでも密かな自慢ポイントでも、包み隠さずに語り合う。そして親密にお喋りをしながら、スポンジやタオルは使わずに、お互いの素手や体の柔らかい部分で同僚の体を綺麗にしてあげる。こうして素っ裸のお付き合いをしていくうちに、会社の中には恋人以上に自分のことを知っているという同僚がどんどん増えていくことになる。まさに家族同様、あるいはそれ以上の密着度の会社になりつつあった。

。。。

「あれ、スミ。元気なさそう。どした?」

「昨日、接待した文明社の川尻さんと体の相性が合わなくて、すぐに帰されちゃったとか?」

 先輩の実子と来海が、若手社員の澄川美帆の様子を心配して声をかける。女子チームでランチに出て、公園のベンチで食べているのだが、一番後輩の美帆は、浮かない顔をしている。

「いえ、………昨日の川尻さんはすっごい激しくて、結局2時半まで、4回もすることになったので、たぶん満足してもらえたと思うんですが……。その、今朝、ホテルから出社する時に経理部の同期と一緒になって………」

「経理も泊まり込みだったんだ………。あ、そう言えば、最近4課が浣腸グッズを大量発注しちゃって、体を使って一品ずつ検品するのが大変だって、私の知ってる経理の子も言ってたわ」

 郷原郁美チーフが心配そうに話す。気配り上手の彼女には、社内の色々な部署に友人がいるようだ。

「それで、経理の子になんか言われたの?」

「あの……。もしかしたら、チーフが言われたようなことで、気が立ってたからなのかもしれないんですが……。その、営業は最近HTCとか言葉だけ飾って、実際は風俗嬢か、その、だらしない女の子みたいなこと、してるだけだって、言われちゃったんです」

「ケチ経理の言ってることなんて、放っておきなさいよ。誰が会社に利益をもたらしてると思ってるのよ」

 実子は美帆のためにも憤慨して見せる。

「そうそう。誰が、風俗だって? 誰がヤリマンだって~? 経理は大人の玩具検品しすぎて、自分のお股がユルユルになること、心配してればいいのよっ」

 来海が言葉を選ばない。美帆が「だらしない子」と言い換えていた言葉を、ズバリと原語に戻して怒っていた。その怒りは、美帆のためというよりは、自分のためのようだった。

「スミちゃん……。貴方、せっかくの同期なんだから、今度会った時に、許してあげたらいいわよ。きっと向こうも、酷いこと言っちゃったって、反省していると思うから」

 郷原チーフは優しく、澄川美帆の肩に腕を回す。朝は寝坊がちだし、会社でも良く居眠りをして、男子のペッティングで起こしてもらうようになったチーフだが、その気遣いと優しさは、少しも変わっていなかった。

「貴方が自分のしていることに自信を持っていたら、他の人に何と言われてようと、笑ってやり過ごせるはずよ。……スミちゃんは、今、自分の仕事にちょっと、迷いがあるのかしら」

 母親のように、温かく愛情に溢れた視線と口調で、話しかけてくれる郷原郁美に、澄川美帆は自分の迷いを正直に投げかけることにした。

「あの、皆さんと一緒にいる時や、……朝の学習時間の後などは特に、自分の仕事に誇りを持てているのですが、時々、他の子たちとは違う働き方をしている自分を振り返ると、不安になる時があります。……私たちのお仕事は、本当に風俗嬢とは全然違うのでしょうか? ……私たちが練習している技は、とても似ているような気がするのですが………」

 郁美はあえて美帆の言葉を何一つ否定せずに、ウンウンと頷いて見せる。論じるよりも、まずは後輩に共感を見せるのが彼女のスタイルだ。

「そうねぇ。スミちゃんの言う通り、私たちが日々、会社の男の子たちを相手に磨いて、時々深見SAや、社外のお得意様に披露したりしているテクニックは、とても風俗のお仕事の人たちのものと似ているわね。でも、彼女たちはそこに、心を宿しているのかしら?」

「……心……ですか」

「風俗嬢さんたちは、お金をもらって体を売ったり、エッチなサービスをするわね。そこにはビジネスのルールがあって、禁止事項やNGとかあって、それに守られながらお客様に身を委ねているのよね。でも、私たちに、NGってあるかしら?」

「NG………。ないです。私たちは、何でもします」

「お金のためかしら?」

「……いえ、私たちは、お得意様と心から繋がるために、まず体で繋がろうとしているだけです。見返りは要りません」

 美帆が首を横に振ると、ショートカットの前髪が左右に揺れる。黒々とした髪は彼女の清楚さを際立たせている。

「時間制限は?」

「ないです。……他のお仕事中でも、土曜日でも、都合がつけられるときは突発であっても、お得意様のご要望を極力優先して、どこにでもご奉仕に伺います」

「そうよね。実子ちゃんも来海ちゃんも、そうでしょ」

「はい」

「そうでっす」

 実子がコクリと頷く。来海はペロッと舌を口の横に出しながら、敬礼のポーズをとってみせた。

「見返りも求めない、NGもない、時間制限もない風俗業なんて、この世には存在しないわ。貴方がしていることは、もっともっと、尊いことなのよ」

「で……でも、浩美は、それはただの、ヤリ……、その、だらしない子だって……」

「ただお股が緩い子は、自分の欲望のままに、男に体を許しちゃうのよね。……じゃあ、私たちが接待をしたり、同僚相手に性技を磨くのは、自分の欲望のためかしら。例えば貴方は、凄く格好いいお得意様と、凄く不細工なお得意様とで、ご奉仕にかける情熱は変わる?」

 郷原郁美の、諭すような言葉を聞いて、自分の胸に手を当てて考えてみる。

「いえ……、私たちは、相手がどんな人でも、一切選り好みせずにご奉仕して、精一杯、気持ち良くなってもらいます。求められればどんなエッチなことも喜んでしますし、相手が疲れてしまったら、耳掃除や爪のお手入れ、歯磨きのお手伝い、マッサージ、お部屋の掃除、炊事、洗濯、なんでもします」

 少しずつ、美帆の顔色が良くなってきた。引っ込み思案の彼女だが、元気が出てきた時の純朴な笑顔はとびきり可愛らしい。

「そうよね。自信を持ちなさい。日本のどこにもそんな風俗嬢やヤリマンはいません。私たちはこの会社に導かれて、特別な任務を頂いた、最高に幸せな営業女子なの。みんなが私たちを羨んでいると思うから、その幸せの、おすそ分けをするつもりで、皆に優しく、余裕を持って接してあげるべきなのよ」

「はいっ。ありがとうございますっ。チーフ」

「あの、チーフ……。そろそろ、お昼ご飯食べないと、冷めちゃいますよ」

「きゃっ。いけない。皆さん。急いで食べましょう」

「はいっ」

 腕時計を見て、休み時間の残りを確認しながら、郷原郁美と美人社員3人が、ベンチに座りなおす。両手でフランクフルト・ソーセージの棒を持つと、口を開けて奥まで赤黒いソーセージを入れる。そして舌を這わせながら、頭を動かしてゆっくりソーセージを出す。思わせぶりな舌使いと大胆に咥えこむ口元。そしてウットリしたような表情を見て、前を行くサラリーマンたちが立ち止まったり、振り返ったりする。周りの目を気にしている暇はない。午後にはフェラチオの社内検定が開かれる。郷原郁美は今、A級で残りの2人はB級。澄川美帆はC級。全員でS級を取ることが、彼女たちの目下の目標なのだった。

。。。

「いってらっしゃいませ」

 美貌を最大限駆使したスマイルで、同僚を送り出す受付嬢。彼女たちは表で出す声と比べて、1オクターブくらい低い声で、隣の受付嬢と雑談する技術を身につけている。

「秋森さん、最近も疲れてるはずなのに、いつも綺麗ね」

「ねぇ、営業3課の人たち、今日も夕方から接待のダブルヘッダーなんだって」

「大変ねぇ~。でも、ちゃんとあの人たちはその分、お手当もしっかりもらってるし、夜遅くなったら、ホテルで寝ちゃって、朝は優雅に10時出社とか出来るんだから、いいよね。うらやま……」

「……そ。私たち、ここから動けないし、気持ち悪い社員さんにロックオンされたら、逃げ場がないよね~」

 白いシャツと赤いスカーフ、赤い帽子をかぶった受付嬢たちがお喋りをしていると、聞いていた一人の美女が口元に手を添わせる。

「うぅっ………。思い出させないでよ、千鶴。……私、朝から開発部の浦部のオシモのお世話させられたんだから」

「そうだよね………。日和、フェラだけで、許してもらえたの?」

 口元を押さえていた美人受付嬢が、目を伏せながら首を横に振る。

「フェラだけで、キモ浦部が許すと思う? ……しっかりオシッコ飲まされました。朝の一番搾りだってさ……。おまけに私に綺麗にしてもらうために、昨日もお風呂に入らなかったんだって」

「うわっ………。キモみが凄い………。日和、4週連続だよね~。そろそろ浦部も、日和に、飽きてくれないのかな?」

 親友の言葉に、忍田日和は少しだけ複雑そうな表情を見せる。

「………でもなんだろう、この気持ち。あのキモ浦部に、もうお前は飽きたって言われた時のことを考えると、なんか、それはそれでプライドが傷つくというか………」

「それな………。……あ、お客様よ」

「いらっしゃいませ」

 4人同時に立ち上がった受付嬢が笑顔で恭しくお辞儀をする。さっきまでの内緒話からは綺麗に1オクターブ高い声が揃っていた。

 受付嬢は会社の顔であるため、基本的には受付業務以外には深見SAへのご奉仕に限定された仕事をしている。しかし、8人いる受付嬢を持て余していてはもったいないので、会社に当別な功労のあった社員や、誕生日を迎えた社員には、限定的に体の提供を許される。開発課の浦部君は、性癖はド変態だが、特許を沢山取る才能には恵まれていたので、比較的頻繁に受付のお姉さんの体の私的利用を許されていた。彼がご褒美をもらえる時はいつも、会社屈指の美人さんたちの顔や口を便器代わりに使うことを要望する。最近のお気に入りは忍田日和さんだった。他の男性社員たちは指を咥えて羨ましがるか、自分も必死で会社に貢献して表彰されるべく、業務に励むしかない。努力出来ない社員たちがすがる密かな期待は、今週の懇親混浴会で自分の部署が総括部受付課と当たること。その可能性はしかし、20分の1ほどのものだった。

。。。

「専務秘書の沢井響子さんって、去年まで光田常務の担当だったよね。常務との噂とかあった……。ちょっと、予定入れてみよっか?」

 五十嵐専務が出張中。光田常務と沢井響子さんが見当たらないということに気がついた深見が、会社携帯を操作する。

『沢井響子、光田幸一、14:25-14:26 今していることと並行して5Fの営業3課、深見SA席前に出頭。』

 予定を入れると、この会社の社員はみんな動きが速い。役員用のエレベーターは空いているので、なおのこと移動はスムーズだ。1分足らずで大慌ての役員と秘書が5Fに現れた。

「きゃっ。響子さん、何やってるんですか?」

「あ、常務。どうしました?」

 営業フロアが騒然となる。いつも毅然とした役員秘書の綺麗どころ、沢井響子さんは女遊びに悪評のある光田常務と下半身が繋がった状態で歩いてきた。上半身は服を着ているが、下は2人とも裸。真っ赤な顔をしながら、決まり悪そうに、後背位のかたちで繋がって、歩調を合わせて幸輝の席の前までやってくる。

「あれあれ、お2人とも、昼からお盛んですね。専務のいない間に、お楽しみだったようですね」

 幸輝が声をかけると、桐原来海が隣の笹山実子と、コソコソ話を始める。

「常務が、とても力強く誘ってこられて、ついこんな………」

「いや、私も、こんな予定が被ってこなければ、誰にも迷惑はかけなかったはずなのだが」

 普段から態度の大きな常務と、その常務や専務のご寵愛をかさに着てきた秘書さんだったので、周囲の視線は冷たかった。

「いやー、予定はいつ変更になるかわからないのが、忙しい役員の仕事でしょう。ほら、もう一つ、予定が被ってきたみたいですよ」

 幸輝が携帯の画面を見せる。

『沢井響子、光田幸一、14:25-16:00 今していることを継続しながら、全裸で社内の全フロアを1周。みんなにこれまでの2人の関係を喧伝する』

「こっ………こんな、予定っ。困りますっ」

 沢井響子がベソをかく。それでも彼女の両手は高そうな藤色のスーツを両手で引きちぎっていた。レースをあしらったシャツも、黒いブラジャーも破り捨てる。

「や、役員の私が、予定を無視するわけにもいかんしな。……響子君。頑張るしかないぞ」

「そ……そんなぁ」

 ズコズコと後ろからハメられながら、全裸になった沢井響子さんが、フロアをぐるりと練り歩く。自己紹介から常務との馴れ初め、常務の奥さんと会った時に挨拶でドモッてしまったことから、ホテルでの密会、出張先での秘密のエッチまで、全てバラしながら、各フロアを巡回した。

 翌日、今まで気位が高いという評価だった役員秘書の沢井さんが、各フロアの各部に菓子折りを持って現れる。常務からの弁明の言葉も持って、みんなに謝る。なんとか五十嵐専務には内緒にしておいて欲しいというお願いだったが、120人いる社員全員の口を塞ぐというのは、なかなか大変なタスクになりそうだ。ノーブルな顔立ちと肉感的な体を持った沢井さんに憧れていた男性社員も多い。沢井さんはこれから、皆の口を何か具体的なもので塞ぐ必要が出てきたようだった。

。。。

 深見幸輝は、プログラムを追加したり、時々一定の学習内容を解除してみたりして、社員たちの反応を楽しみ、同時にプログラムの作用の仕方を学んでいる。

 社内にいる間は自分のことを布アレルギーだと思っていた女性社員は、解除してあげると急に裸の自分に気がついて、さっきまで毛嫌いしていた服をひったくって逃げていく。研修室で性技の特訓を受けてきた若い子たちも、自分が服を着忘れていることに気がつかないようにしておいて、一度に解除をすると、自分の体を抱きしめるようにして、その場にうずくまる。それでもそのまま「逆立ち歩き」の予定を彼女たちに入れてあげると、恥ずかしそうにしながらも、懸命に逆立ちしようとしては床に倒れて、という動作を繰り返す。この、幸輝の指示を何でも従順に受け入れる社員たちの、限界はどこになるのか、気になるところではあった。

 気になるという意味では、プログラムの作用の仕方も、1人だけが対象の時と、集団が対象の場合では異なるということに気がついた。

『私はウシ』という学習内容を1人のOLに入れてみる。彼女は服を脱いで、四つん這いになってフロアの絨毯を噛むような仕草を始めるが、『解除』の指示を出すとすぐに正気を取り戻す。ところが、人事部全員に『始業ベルを聞くと自分はウシになる』と学ばせると、学習効果は1人だけの時よりも強く働くように見える。若い女の子の中には朝ご飯を反芻するものや、乳を搾られると、母乳とは少し違うものの、透明な分泌物を乳首から出す子も出てきた。そのなかの女の子を1人選び、学習内容の解除をする。その子はキョトンとした顔で自分の胸を隠しながら、周りを見ていたが、周囲の同僚たちの、本気の牛の鳴き真似などをあたり一面から聞いているうちに、目がトロンとしてくる。いつしか、彼女はまた、自分はやっぱりウシだと思いこんで、絨毯の上に寝そべって、涎を口元でクチャクチャし始めてしまった。

(学習効果は集団に現れると、互いに強化し合うような効果も出る。……おまけに一度、解除されたはずの子でも、また学習集団の中にいる間に、影響下に戻ってしまうんだ。これって、シンペイのプログラムの特徴? ……それとも、人の習性ってこと?)

 幸輝は気になって、同じような実験を、色んな部、色んな課で試すようになる。そのうちに、一つの仮説に辿り着く。

『人は集団で学習したことを、お互いに強化し合う傾向がある。そこから抜けようとしても、同じ集団にいるうちに、学習の影響下から、逃れられなくなる。さらにはその集団が受けた学習が、世間の常識とはかけ離れた学習であるほど、その集団の結束力や、相互に強化し合う効果が上がる。』

 この仮説に行きついた時に幸輝の頭に思い浮かんだのは、「カルト」という言葉だった。

 これは人間の生存本能からくる習性なのかもしれない。今ここで、秋森課長や郷原チーフの学習内容を全て解除して、完全に正気を取り戻させたとする。彼女たちは会社を辞めるだろうか? 自分の過去の行いを恥じて、引きこもるだろうか? あるいは、自殺にまで至ったりするのだろうか?

 恐らく違う。ここで見た、人間の習性、集団の作用として、彼女たちは、直ちに学習効果を解除したとしても、この会社にいる間に、いつの間にか部下や同僚たちの学習内容を汲み取って、また学習の影響下に戻って来るのだろう。

 それは良いことなのだろうか? それとも、もっと恐ろしいことなのだろうか? 幸輝は疑問を感じると、キーボードを叩く手を止めて、ふとデスクトップを見つめている自分に気がつく。デスクトップの中央には、今もシンペイの残した圧縮ファイルが居座っているのだった。

。。。

≪≪ブラック企業の注意: 私生活がない。あるいは、仕事と私生活の線引きが曖昧になる≫≫

 営業課は接待が夜遅くまで長引くことがあるので、朝の勤務開始時刻が1時間後ろずらしされた。そして、週休3日。土・日…月が休日となった。それでも完全にオフとされているのは日曜と月曜日。土曜日はプライベートな時間のようでも、取引先や先輩たちから呼び出しを受けたり、または後をつけられたりする。後をつけられるというと、ストーカーをイメージするかもしれないが、究文堂出版の社員の場合は、粘着的なストーカー行為など必要ない。休日も保持が義務付けられている会社携帯が、GPSでその位置をみんなに知らせているからだった。

『あー、もしもし。郷原郁美さんですか? この前、会食にご一緒させて頂いた、サルワ書房の村川です。お休み中にすみません。』

「あら、村川様、お電話ありがとうございます。究文堂出版の郷原でございます」

 郷原チーフは土曜の電話だろうと、極力愛想良く出る。村川君というのは確か、先日接待した取引先の中で、一番の若手だった子だ。

『あの、俺、いま友達と飲んでまして、……その、郁美さんも来てもらうこととかって、出来ませんか? 俺、郁美さんの柔らかくて、あったかい体が、忘れられなくて……。』

 口調からして、すでに相当酔っているようだった。が、休日でもお得意様はお得意様だ。むしろ、仕事を離れても心が繋がっているということを、喜ぶべきなのだろう。

「あの、ずいぶん若い方々の飲み会だと思うのですが、私なんかが伺って、お邪魔ではないでしょうか?」

『そんな~。郁美さんだって俺と大して、年、変わんないし、郁美さん見たら、こいつらも絶対、惚れると思うよ。裸もすっごく綺麗だったし。……来てくれませんか~。』

 絶対行きたくないとも思ったが、郁美は店名と行き方をメモって、会社携帯を切ると、プライベート携帯でGoogleマップを確認し始めていた。お得意様に呼ばれているために焦る気持ちを落ち着けて、一度シャワーを浴びることにする。多分、郁美は酔っぱらった若い男のたちの前で、裸を見せることになるだろうから。郁美の裸を友人に見せびらかして、悦に入っている若い取引先の男の子。その光景を想像して、郁美は早くも少し興奮していた。

。。。

「あれ、スミちゃんじゃない?」

「ホントだ。チョー奇遇~」

 北見と瀬之口が特急電車で乗り合わせたのは、澄川美帆と大学時代の後輩の男の子。初のお泊りデートの途中だった。2人の先輩が会社携帯を手にしているところを見てすぐに、自分のGPSが辿られたんだと気がついた美帆。顔を真っ赤にして口を開いたまま、恥ずかしさと悔しさと気まずさと不吉な予感とが入り混じって、感情が融解しそうな表情をしていた。

「あ、あの。大学、‥後輩……。その、こっちは、会社……。先輩………。あの、いい天気になると、いいね。あはは」

 間に割って入って、出来るだけ双方を引き離そうとする澄川美帆の肩越しに、大学生の男の子を物色する北見と瀬之口。完全に悪ノリモードになっていた。

「彼氏、真面目そうで格好いいじゃん。今、大学生?」

「……あ、前、スミちゃんが、就職活動が落ち着いたら、ご褒美に遊びに行くって言ってたの、この子のことじゃない? ……ほら、学祭の後片付けの時にキスしたとかって言って………」

「先輩、お疲れ様ですっ」

 ボフッと北見の顔にリュックをぶつけた美帆が、瀬之口に目線で、「今日は見逃してください」と訴える。瀬之口は美帆の必死で本気の表情を見て、さらにからかうのが、少し可哀想な気持ちになった。

「北見さん、そろそろ行く? 俺らの席はもう一個、後ろの号車みたいだよ」

 後輩の月坂君を背に、瀬之口に対して両手を合わせて拝む澄川美帆。その美帆の耳元で、北見が小声でお願いを一言入れる。

「スミちゃん、チラッとでいいから、ブラ見せてよ。そしたら、大人しく、あっちに行くから」

 上目遣いで北見先輩を睨みながら、無言で悩む美帆。月坂君の方を振り返って、一言お願いした。

「月坂君、ゴメンね。ちょっとだけ、窓の向こうを見ててほしいの。ちょっと仕事の情報のやりとりがあって」

「あ、……はい」

 優しくて真面目な月坂君(公務員試験に合格した)は、大好きな澄川先輩の頼みなら何でも聞いてくれる。大人しく窓の向こうを見ている月坂君を何度も確認した後で、澄川美帆は人目を盗みつつ、花柄ワンピースのファスナーを下ろして、上からガバっと下ろして、ブラジャーを先輩たちに見せた。いつも白や水色、ピンクといった、大人しい下着を身に着けて来ては、深見SAにもっと派手なデザインのものに着替えさせられている澄川美帆が、今日身に着けていたのは、濃いめのピンクと黒の、精一杯大人っぽい下着。少し、わかりやす過ぎるほどの勝負下着だった。北見は笑いを押し殺して、自分の号車へ足を進める。瀬之口は去り際に、美帆を後押しするかのように、親指を突き上げてから去っていった。

「あの、そろそろいいかな? ………あれ、さっきの先輩たちは? ………ムギュっ」

 半分ヤケになった美帆は、月坂君の質問をキスで塞いだ。その夜、2人は高原のペンションで初めて結ばれた。しかし途中で北見先輩からのしょうもないTELで、2人の大事な夜が3度も中断された。取り返そうと必死に頑張る真面目な美帆は、気がついたら経験の少ない月坂君が、イキ疲れで気絶するように眠りに落ちるまで、会社で習った性技を駆使して責め上げてしまったのだった。

< エピローグに続く >

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