おるすばん その2

 次の日、クルミは昨日よりも迷いなく、ケイトと放課後に美術準備室で待ち合わせることに応じてくれた。

「昨日ね、家で英語の勉強してみたの。いつもの2倍とか3倍とかスラスラ読めた気がして、学校の復習どころか、次の次の単元まで予習しちゃったんだよ。ケイト君、やっぱり凄いね」

 嬉々として話すクルミの目は、ケイトを尊敬して信頼しきっているようだった。素直で真っすぐな彼女をだましていることに、少し心が痛む。それでも、彼女の持っていた英語に対する苦手意識は、確かに払拭されているようだった。こうした意識の違いは大きいのだろう。

「トランス学習法って、英語以外の勉強にも、集中力をアップさせたりして色々効果があるみたいだから、繰り返しやって、コツを覚えるようにしようか。………じゃ、早坂さん、この光を見てね」

 ペンライトを点灯させて、昨日と同じように催眠導入のステップを踏むケイト。今回は昨日よりも早く、クルミの瞼が閉じて、体の力が抜けていく。ユラユラと揺れた頭が、ガクッと下を向く。人間の体の中で、頭部はこれだけ重いのだと、改めて思わされた。ケイトはクルミの頭を支えるようにしてオデコを押さえて持ち上げて、少し右に傾くような角度で落ち着かせる。その間も、クルミは目を閉じたまま、されるがままになっていた。

「早坂さんは昨日と同じ、窓から灯台の見える、綺麗で気持ちの落ち着く部屋にいます。とっても楽な気分になる、居心地のいい部屋です」

 そう伝えると、クルミの口元、口角が僅かに上がる。見ていて、とても気持ち良さそうな表情だった。

「この部屋の、端っこに下の階に繋がる、螺旋階段がありますよ。手すりもついている階段。ゆっくり降りていきましょう。1歩、2歩、降りていくと、下の階もさっきよりも落ち着いた、ちょっとシックな感じの部屋があります。部屋を出てすぐにエレベーターがあります。そのエレベーターに乗りましょう。エレベーターが降りていきますよ。1階、2階、下へ、下へと降りていきます。貴方の意識の奥深くへ入っていくんです。下へ行くほど、貴方は今自分の体がある場所、その周りで起きていることが全く気にならなくなります。だって貴方の心はどんどん、どんどん降りていくのだから。地下10階まで降りたら、エレベーターを一度、乗り換えましょう」

 せっかく持ち上げて落ち着かせたクルミの頭が、またガクッと、自分の太腿を直視するような角度に落ちている。ケイトは今回は直すことなく、催眠導入を続けた。クルミの右の手首を掴んで、少しだけ前に引っ張る。

 このエレベーターに乗り換えを作るというシステムは、アキミチさんの提案だった。ケイトは若干面倒くさいと感じたが、こういったステップを具体的に作って催眠深化の課程を刻むということが、大事なのかもしれないと、解釈していた。

「今まで乗って来たエレベーターの正面に、今度はもう少し旧式の、エレベーターがあります。これはもっともっと下へ、貴方の心の一番プライベートな部分まで、降りていけるエレベーターですよ。乗りこんで2つあるレバーのうちの左側のレバーを横に倒すと、扉が閉まりますよ。その後で、右側のレバーを一緒に、下に下げましょう。はい、ガッ………チャン。レバーを下げ続けている間、エレベーターが降りていきますよ。少し古いエレベーターだから、振動がありますね。ゴトゴトゴトゴト」

 彼女の手首を動かして、レバーを倒す動きを繰り返す。クルミの手は何かを握るような形になっていた。ケイトの誘導に従って、ひとりでに、クルミの体が小刻みに振動を始める。彼女の想像と体の動きが、ごく自然にリンクしている。ケイトは今、自分の催眠導入がうまくいっているという喜びを、ジワジワと味わっていた。

「地下10階より下は早坂さんの昔の記憶や、とても大切にしている思いなどが沢山しまってある場所ですね。そして地下15階より下に降りると、ここはもう、早坂さん自身にも、普段は意識することが出来ないくらいの。深い深い、貴方自身の心のルーツ。根っこのような場所になっています。地下20階まで来ました。一度エレベーターを降りて、廊下を歩いてみましょうか。目を開いて。見えるのは貴方の心の地下20階ですよ」

 重そうに頭を上げたクルミが、眼を開けた。その目は、前にいるケイトを通り抜けて、さらに遠くで焦点が結ばれているような、ボンヤリとした目になっていた。興味深そうに、左右を見回すクルミ。

「廊下を進むと、色んな部屋があります。右手にあるのは、尊敬する人を飾っている部屋ですね。部屋を開けると、正面の壁に大きな絵が飾ってあります。誰の絵が見えますか?」

 何かを見上げるようにして、クルミの目が上下する。

「お父さんと、お母さんです」

「なるほど………。では、隣の部屋に行ってみましょう。大切なお友達を飾ってある部屋ですよ。誰の絵が飾ってありますか?」

「セナちゃんと、アヤノちゃんと、ミッチャンと、チーと、カオルちゃんと、サーワと、………ケイコと………。他にもいっぱい………」

 顔をほころばせながら、クルミが部屋を見回すようにして、指を指して友達の絵を確認する。何人かはクラスメイトだった。彼女がケイコと言った時、ケイトは一瞬、自分が大切な友達に入っているのではと思って、ドキッとした。すぐに、そんな自分に対して内心で苦笑いする。ちょっと勉強法を教えているだけの、転校生の地味な男子など、この部屋にはとうてい入れないだろう………。

「早坂さん。この部屋から出て、ドアを閉めたら、もっともっと奥まで廊下を進んでください。一番奥の突き当りの部屋まで来ましたね。ドアの上には表示があります。『運命の人の部屋』です。ここには、もしかしたら貴方もまだ知らない、運命の恋人の絵が飾られているんですよ」

 クルミの体が強ばる。緊張が伝わってくる。

「早坂さん。勇気を出して、ドアを開けてみましょう。部屋に入って。………大きな絵は布で覆われて、何が描かれているのか、わからないですね。部屋の中には、本棚があります。背表紙には本の名前が書いてありますね。『運命の人とスキンシップ』、『運命の人とのキス』、『運命の人とお付き合いする』、『運命の人に裸を見せる』…………過激な本もあるみたいですね。………ここは早坂さんの心の奥深く。誰にも気づかれない場所にしまってあるものばかりですから、恥ずかしがらなくても良いですよ」

 クルミはそう言われても、気まずそうに顔を赤くする。口元をモゾモゾしていた。居心地悪そうにしながらも、顔を本棚に近づけて、キョロキョロしている。ケイトはそんなクルミを愛おしく思いながらも、思い切って話を進める。

「あれ、『運命の人とのエッチ』っていう本もあるんですね。『運命の人のことを想って1人エッチ』の横にあります。これは今の早坂さんは気がついていないことかもしれないけれど、運命の部屋にしまってある本のことは、貴方が心の奥底で、いつか必ず起こると信じていることですから、たぶん、いつか実現するのが、運命なんでしょうね。………あれ? ………ファサって音がしましたね? 壁に掛かった絵を覆っていた布が、絨毯の上に落ちちゃっています。見て。……………壁には大きく、クラスメイトの笹川佳斗が描かれた絵がかかっていました」

 ハッと、クルミが息を飲む。目を丸くして、両手で口元を覆っていた。信じられないといった表情だ。椅子に座ったままでも、座面の上でわずかに後ずさりしている。

「………びっくりしたら、一度、部屋を出て、ドアを閉めて、気持ちを落ち着けても良いですよ。楽~にしてください。…………驚いたんですよね…………。でも、きちんと覚えていますよね? …………声に出して言ってみてください。早坂さん。運命の人の部屋には、誰の絵が掛かっていましたか?」

 バクバクする心臓をおさえるような素振りで、クルミは手を胸に当てていた。肩で息をしている。

「……………さ…………………笹川……君です………」

 消え入りそうな声だったが、確かにクルミはそう答えた。焦点の合わない黒目が、キョロキョロと左右へ動いている。

「では、貴方は誰と手を繋ぐ運命だと思いますか?」

「…………さ………さがわ…………くん?」

「自信を持って答えましょう。貴方は誰とキスをする運命だと思いますか?」

「……………笹川君です…………」

「では、最後には誰とエッチをする運命だと思いますか?」

「…………………笹川…………佳斗君………………なんだと………思います」

 どういう感情なのかわからないが、クルミの唇は震えて、目には涙が溜まっていた。それを見て可哀想になってきたケイトが、クルミの目を閉じさせて、楽にさせる。

「今日は地下20階の探検はここまでにしましょう。エレベーターで上がります。ガチャン。ゴトゴトゴト。レバーを倒して、扉を開けましょう。ガチャン」

 今度は彼女の手首を引いて誘導しなくても、クルミの右手が自分から前に突き出されて、レバーを操作するような動きをする。

「エレベーターを乗り換えて、地下10階からどんどん上へと上がっていきます。一気に、一番最初の、灯台が見える窓のある部屋まで上がりますよ。僕が数字を10から逆に数えていくと、貴方はゆっくりとトランス状態から覚めていきます。地下起きたことは、目が覚めたあとの早坂さんには思い出すことが出来ません。けれど、心の奥底ではしっかりと覚えていますよ」

 軽いパニック状態にあったように見えたクルミの表情が、次第に安らかになっていく。

「………9。貴方は今日も、笹川佳斗とトランス学習法を真面目に学んだ。今日は英語に特化した話ではないけれど、色んな教科の勉強に向かううえで、集中力を増したり、リフレッシュした前向きな気持ちになれたりする、マインドセットを学べたような気がする。だからとても満足しています。…………8。また明日、僕とトランス学習法を一緒に進めようと思います。…………7。貴方は僕と二度もトランス学習法を試してうまくいったことで、僕のことをとても信用しています。……………6。貴方は心の地下20階、運命の人の部屋に誰の存在があったかを、心の奥に大切にしまっておきます。…………5。思ったより時間がたっていることはあまり気にしません。…………4。軽やかな気持ちで目が覚めます。……………3。家に帰ったら、勉強をします。途中ちょっとだけ、僕のことを思い出して、考えても良いです。…………2。トランス学習を始めてから今までの、僕の言葉は思い出すことは出来ません。…………1。スッキリとした気持ちで目が覚めます。………0。はい、早坂さん、目を開けてください」

 パチッと目を開けたクルミはしばらくケイトの顔をマジマジと見る。ケイトが、忘却暗示が失敗したのかと思ってドキドキし始めた頃にニッコリと笑顔を見せた。

「笹川君、ありがとう。今日もとっても上手くいったと思う。…………なんか、勉強に向かう、気持ちが………凄い。………ヤバい、やる気が」

 スクッと立ち上がったクルミだったが、一瞬、立ち眩みをしたように、ユラユラと体が揺れた。深い催眠状態から覚醒した時には、まだ体や意識の一部が、寝起きのような状態になっていることがあるようだった。

「大丈夫? ………早坂さん」

 ケイトが慌ててクルミの体を支える。クルミは間近に迫ったケイトの顔を、またマジマジと見つめた。

「あ…………ありがとう…………。ちょっと、貧血みたいに、クラっときちゃって…………」

「無理しないでね。ゆっくり、体を動かしていくのが良いみたい」

 ケイトがクルミの手を握って、椅子にもう一度座らせる。クルミは自分の体を支えるように、ケイトの手を力強く握り返す。椅子に座り直してからも、クルミはケイトの手を離さないでいた。

「…………あの、早坂さん?」

「あ……………。………………………あの、………ゴメンね。……………こうしてると、…………なんだか、落ち着くな、って思って…………。あはは。ちょっと、立ち眩みが怖かったからかも」

 クルミは椅子に座ってもケイトの手を握ったままでいる自分のことを、顔を赤くしながら説明した。少しだけ、説明に困っているような雰囲気もあった。

 結局その日は、美術準備室を出る時まで、クルミとケイトは手を繋いだままの状態で後片付けをした。

。。

 夜、ケイトが風呂上りに携帯を見ると、さっき友達承認したばかりのLineのアカウント、早坂来海からメッセージが届いていた。しかも一気に4件。

「勉強、はかどってるよー。明日もヨロシク」

「あと質問。笹川君って、転校してくる前にも、うちの学区に来たこととかある? 習い事とか、塾とかで、来てたこととかあるかな?」

「なんか、もしかしたら、ずっと前から笹川君を知っているかもしれないっていう気がしてね………。私たち、前に会ったことあるのかな? …………勘違いだったらゴメンね」

「やっぱり、さっきの質問は忘れてください。勘違いというか、妄想か。………じゃ、また明日、学校で!」

 ケイトはベッドに寝転がって、クルミのメッセージを舐めるように、何度も見返した。彼女の深層意識に植えつけた暗示が、覚醒後も着実に彼女の気持ちに変化を与えているように見える。優しくて清純なクラスメイトを催眠状態に導いて、暗示を刷り込む。その暗示が、ジワジワと彼女の感情や行動に影響を与えて、彼女を変えていく。それは背徳的でウズウズするような魅力のある、ケイトのオリジナルなプロジェクトだった。

。。

 翌日の授業中、ケイトは現国の教科書を忘れたと伝えたら、クルミは快く、教科書を見せてくれた。隣同士の机で、椅子を近づけて、肩が触れ合うくらいの距離で、一緒に一冊の教科書を読む。途中で、ノートに書いた、メモ書きを、クルミがケイトに見せる。

「笹川君の好きな、漫画とか音楽とか、教えて」

 と書いてあった。その頃ケイトは、催眠誘導法や心理学の本ばかり読んでいた。けれどそんなことは言えないので、色々考えて、ジャンプの漫画や少しだけ聞きかじった洋楽のバンド名などを書いて返した。

 放課後、美術準備室に入る。扉を閉めると、クルミは当たり前のように、横に立っているケイトの手を握ってきた。

「じゃあ、今日も、よろしくね。…………立ち眩みとかあったら、またこうやって、助けてね。……………ははっ」

 密室で男女が手を繋いでいる状態の言い訳を、照れ笑いと一緒に、クルミが伝えてくる。ケイトはそれにはハッキリとした返事が出来ず。かわりに椅子を向かい合うように並べて、いつもの催眠誘導を始める。名目上は「トランス学習法」の導入だ。

「ペンライトの光を見続けて、充分にリラックスできたと感じたら、目を閉じて、いつものクルミちゃんの部屋に入ります」

 もはや、ペンライトは左右に揺らしたりもしない。しばらく掲げて光らせておくだけで、クルミの方から催眠状態へと進んでいくような印象だった。

「下の階からエレベーターに乗る。地下1階から10階まで降りるよ。……………はい、ここで乗り換えです。レバーで扉をガチャン。もう一つのレバーで、下へガチャン。ゴトゴトゴトゴト。地下、20階まで来ました。一番奥の部屋。運命の人の部屋に飾られているのは、誰の絵ですか?」

「………笹川佳斗君です」

「貴方は、誰とキスをしますか?」

「………………笹川…………佳斗君です」

「では、今、しましょう」

「……………え? ……………」

 クルミの体が少し強ばる。それでも、ケイトはこれまでの彼女の反応から、自信を持っていた。

「運命の人との運命の出来事が実現する。それは貴方の夢がかなう瞬間なのです。自分でも気がつかなかった、秘かで大切な夢。それがかなう瞬間、早坂さんはすっごく幸せな気持ちになりますよ。ほら………」

 ケイトは一度生唾を飲み込んだ後で、クルミの唇に自分の唇を重ねた。プルっとして弾力のある、彼女の温かい唇の感触。熱い鼻息が当たる。肩をすくめるようにして、体を緊張させたクルミが、やがてゆっくりと体の力を抜いた。2人の中学生のギコチないキスだったが、長い時間、唇を重ね合わせていた。

「じゃあ、クルミの裸を見るよ。服を全部脱いで」

「……………は……………い………」

 制服のシャツのボタンに手をかけて、震える手で、2つ、3つとボタンを外す。美少女。白い肌と、ブラジャーの一部が見えたところで、震えたままの彼女の手が止まった。

「……………早坂さん。脱いで、裸になりなさい」

「…………ぅぅううう……………」

 クルミはそこで、シャツから手を離して、頭を抱えるように両手でこめかみのあたりを押さえた。まるで強烈な頭痛と戦っているような様子だった。眉をひそめて、首をゆっくりと左右に振る。

 様子がおかしい。ケイトは焦り始めた。

「落ち着いて。運命の人だよ。裸を見せて」

「…………ヤッ……………」

 クルミが足をドタバタさせ始める。首を左右に振って、全身で何かに抗っているような動きを見せる。マズい、マズい。ケイトは内心、パニック状態だった。

『術師が慌ててると、それは相手にも伝わるから、ヤバいと思った時ほど、落ち着かないと駄目だよ』

 ケイトの頭の中に、前にアキミチさんに言われた言葉が響く。ケイトはあえて自分の呼吸を深くして、クルミの様子を伺った。

 床を踏み鳴らす足や、髪を振り乱して左右に振っている頭の動きがどうしても目立っているが、よく観察してみると、クルミの右手が前に突き出されている。何かを握っているような手の形。レバーだ。その手が、持ち換えるような動きを見せて、横に倒そうとする。その途中で、ケイトはクルミの手首を握りしめた。クルミの動きが一瞬止まる。

「早坂さん。………エレベーターを乗り換えようとしているんだね。エレベーターの扉は開きません。レバーが横に倒れ切らないからですね。箱の中は静かなままだ。とても静か。貴方の気持ちも落ち着いてくる。不安も嫌な気持ちも、不思議なくらい、スーッと消えていく」

 ここでようやく、クルミの強ばった腕から、少しずつ力が抜けてきた。

「リラックスしましょう。ここは貴方の心の奥底です。何も怖いもの、嫌なものはいない。安心できる場所です。さっき嫌な思いをしたような気がするけれど、それも忘れる。こっちのレバーを下にガチャン。ほら、ゴトゴトゴト。また降りていきますよ。地下20階まで降りていく。こんどはとってもリラックスした、楽な気持ちでいられる」

 クルミの顔からも、険しい表情が消えて、穏やかな寝顔のような状態になる。ケイトは溜息をつきながら、自分の馬鹿さ加減を思い知った。

 催眠術に繰り返しかかっている人でもなければ、直接的な命令形の暗示をあまり受け入れない。そんな初歩的なことを忘れてしまうほど、ケイトはクルミとのキスで興奮してしまっていたのだ。「裸になりなさい」は、あまりにもストレートで、深い催眠状態だったはずのクルミにも、拒絶する反応が出てしまった。

 そしてもう一点。ケイトはアキミチさんのアドバイスの周到さに舌を巻いていた。エレベーターの乗り換えという設定を敢えて作っていたのは、こうしたトラブルの時、相手が急に催眠から解けてしまうのを防ぐ、関所を作っていたということだった。もしかしたら今回その関所が有効だったのは、運が良かっただけかもしれない。それでも、人の心の中に入りこんで操作するという時は、こうした慎重さも必要なのだと、思い知らされていた。これまで、ケイトはアキミチさんの催眠導入を後ろから見るたびに、彼の大胆さに驚いてきた。それでも、いざ自分で実践してみると、彼の大胆さは細心の心遣いに裏打ちされていたものだったのだと、気づき始めていた。

 深呼吸する。ケイトの作戦も仕切り直しだ。大胆に、そして周到に。

 今ここで、クルミを催眠から解いてしまったら、怖くてもう二度と、彼女を催眠術で落とすなどという作戦に手が付けられなくなる。そんな予感も持っていた。

「早坂さん、穏やかな気持ちで、また運命の部屋の近くまで歩いて行こう。でも運命の部屋まではいかない。その一歩手前にある部屋。ドアを開けてみて。暖色系で統一された、厚い絨毯と豪華な柄の壁紙で飾られた、ポカポカしたお部屋。壁一面に薔薇のお花と蕾、それから蔦が張る、ゴージャスな柄です。暖炉に火がついているんだね。早坂さん。ここは『愛の部屋』だよ。運命の部屋の隣。君を情熱的な温度でくるみ、体の芯から火照らせる、熱い熱い、愛の部屋だ」

 ふーぅぅぅ、と、クルミが深い息を吐いて、右手で顔を仰ぐ。顔が赤くなっていた。こめかみのあたりに、もう玉のように汗が浮かんでいる。けれどその表情は、不快そうではなかった。

「早坂さん。ここは貴方の心の一番深いところです。誰の目を気にする必要もありません。熱いですよね。服を脱ぎましょう。一番楽で、自然な姿になりましょう」

 ケイトが言うと、クルミの手が、胸元あたりまで上がって、空中で何かをつまむような動きをする。リボンを解く、振りだけしている。想像上の世界で、手だけ動かしているのだ。そう理解したケイトが、彼女の手首をもう一度そっと掴んで、本物のリボンのところまで、彼女の指を導いていく。やっと、クルミが、本当に自分のリボンを解き始める。

「早坂さんの全身に愛が満ちていきます。その親密な空気に肌が触れるほど、貴方は素直で幸せな気持ちになっていく。世界中の愛に包み込まれていく気持ち。とても気持ちいい。満ち足りていて、幸せです。………そう。早坂さんはどんどん、幸せな気持ちになって、脱いでいくんです」

 さっき、あれほど体を強張らせて、躊躇していたクルミが、今度は当たり前のような表情で、自然な仕草で、リボンを解き、ジャケットから腕を抜いて、白いカッターシャツのボタンを一つ一つと外していく。その動作の全てを、ケイトは自分の目に懸命に焼き付けていく。好きな女子が、目の前で、制服を一枚一枚と脱いでいく。その姿をケイトは、唾を飲み込むことも忘れて、見入っていた。

 クルミの下着は、白だった。ブラジャーも、ショーツも、揃いの白。ケイトはこれまでに、アキミチさんの遊びに付き合ってきて、意外と女子の下着の白色率が低いことは知っていた。白いシャツに白の下着は響きやすいし、そもそも純白の下着というものは、汗染みや劣化が見えやすくて、成長期の女子たちには使い勝手の良いものでは無いようだった。そんななかで、早坂来海は純白の下着の上下を身に着けている。よっぽど校則を遵守することに気を遣っているのか、それともウブなケイトの希望に応えてくれているのか(多分それはないだろう)………。

 ケイトはクルミが、プリーツの入った紺のスカートを床に落としてしまったところで、彼女のスレンダーで柔らかそうな体を凝視したまま、言葉を繋ぐ。

「早坂さん。貴方の大切な『運命の部屋』から、誰かが出てきて、こちらの部屋へ向かってくる音がしますよ。貴方は、それでも服を………、下着を脱いでいくことを止めません。これから貴方の『愛の部屋』に入ってくる人がいると分かっていても、貴方は裸になることを止めたりしません。そうです。運命の人に裸を見られることは、まったく嫌なことなんかじゃ、ないからですよね」

 腕が背中に回る。クルミがホックを外すと、ブラジャーがくるりと裏返って、小ぶりだけれどとても形の良い、丸くて可愛らしいオッパイが、ケイトの目に晒される。少し濃い目の肌色の乳輪と、プツっと前に突き出た、まだあどけなさを残す突起。いたいけなという表現が合うような、所帯なさげな乳首だった。

「貴方の運命の人は、誰でしたっけ?」

 思い出したかのように生唾を喉の下まで押し込みながら、ケイトが尋ねる。クルミがだるそうに口を開けて答える。

「笹川…………佳斗君…………です」

「…………じゃ……………。貴方は………、愛の部屋で、誰に裸を見てもらうんですか?」

 一瞬、無防備な胸を腕で隠すように、体の前で腕を交差させて、肩をすくめるような動きを見せたクルミが、おずおずと、答える。

「笹川君に…………見てもらいます…………」

「な…何を? …………ちゃんと答えましょう。…………今から、早坂さんは、誰に、何を見てもらうんですか?」

「は…………裸を………………………。……………………私は………、笹川君に…………。私の、裸を………見て…………もらいます………」

「…………ど、………どうも…………。じゃ…………、笹川佳斗が………、部屋に入ってきましたよ………」

 お互いに言葉がぎこちなくて、どちらが催眠術にかけられていて、どちらがかけているのか、喋り方からではわからなくなりそうだった。ケイトがそう言うのを聞いたところで、ボンヤリと開いていたクルミの黒目が、ようやく1メートル前にいるケイトに焦点が合ったように見えた。クルミとケイトの目が合った。その時、クルミは自分の胸を隠すように交差させていた腕を下ろして、ショーツのゴムに指をかけると、ケイトと目を併せたまま、顔を真っ赤に紅潮させながら、ショーツを下ろしていった。腰骨の内側が少し窪んでいて、やがて両足の付け根に向けてこんもりと盛り上がっていく、スレンダーな彼女の骨盤。その中央には、大切な部分を守るように、やっと生え揃ったかのようなアンダーヘアーがそよいでいた。まだ端のほうの毛は、産毛と陰毛の中間といった、薄い色合い。それでも、その毛は、彼女が少女から女性へと変わりつつある状況を示すように、大事な粘膜を守ろうと、伸びていた。

 細い足首をショーツから抜き取ると、白い清楚な下着を床に落として、早坂来海は完全な裸になった。顔はまだ赤らんでいるが、全裸になった彼女は、少しだけ、度胸がついたかのように、ケイトの前で裸を隠さずに直立していた。目ははっきりと、ケイトと合っている。自分自身の心の最も奥深くという、完全なホームの場所にいること、自分が今、愛の部屋にいるという意識。そして目の前で、運命の異性と対峙しているという意識が、彼女から迷いを取り払っているのだろうか。早坂来海は、その少女から大人に変わる途中の、まだわずかにアンバランスな美を放つ裸の危うい魅力とは異なって、予想外に堂々と、その裸をケイトに、余すことなく見せつけてくれていた。

「………クルミちゃん…………。綺麗……………だね………」

 ケイトがやっとそれだけ呟くと、クルミは頷くかわりに足を進めて、ケイトの間近まで来て、両手を伸ばす。ケイトを手繰り寄せるようにして抱き着いて、わずかに背伸びをして唇を近づけてくる。ケイトはクルミにリードされるようにして、深い催眠状態にある彼女とキスをした。

 鼻と口の間の場所にかかってくる、彼女の鼻息が温かい。クルミの唇、間近に迫った彼女の顔と髪が醸し出す香り。そして抱きしめる彼女の体の弾力、全てトータルで、ケイトは「甘い」と感じた。そしてその感覚を確かめるように、より強く、彼女の唇を、肌の感触を、鼻をくすぐる匂いを貪る。ケイトは今、全身で早坂来海を味わい尽くそうとしていた。

 息が続かなくなって、やっとケイトがクルミから唇を離す。深い息をついたあとで、ケイトは改めてクルミと向かい合って、オッパイを両手で触り始める。最初のうち、クルミが反射的に背中を反らして、右に左にと、上体をずらしながら、逃げるような姿勢を取る。

「早坂さん。ここは愛を交わし合う、愛の部屋ですよ。恥ずかしがったり、躊躇ったりする場所ではありません。そして、今、貴方は運命の人に愛されている。それはとても幸せなこと。貴方は全てを受け入れます。そうですよね?」

 ケイトがはっきりと伝えると、クルミの儚い抵抗は、風船がしぼむように力を失っていく。

「…………は……い………。………そうです………」

「貴方は、…………運命の、誰に何をされて、…………それを、どう感じるか。正直に答えてください」

 クルミの唇が少し震える。………が、やがて、はっきりと、口に出して答える。

「…………わ…………私は…………、運命の…………笹川君に………、裸の体を………見られて…………、触られて…………、それを…………、幸せに………感じます………」

 ケイトはもう少し、勇気を出して、クルミに答えさせることにする。どうも、さっきのキスから、自分の心構えも、少し変化したように感じる。

「早坂さんにとって、運命の部屋から出てきて、愛の部屋に入って来た笹川君とは、どんな存在で、………どんなことを許す相手なんですか?」

 ケイトはもう、全てクルミの口から言わせないと、気が済まなくなっていた。あまりにも彼女が、彼女の可憐な口と清らかな声を使って、ケイトの思い通りのことを答えてくれるので、嬉しくて仕方がなくなっていたのだった。

「…………笹川君は…………私の…………、運命の人で…………。私の…………愛する…………人です…………、たぶん…………。だから…………、裸を…………見せたり……………、体を…………触らせたり……………するのを………、許すのは………しょうがなくて…………」

 その答に乗っからせてもらうように、ケイトがクルミのオッパイを揉みさする。指の間をオッパイの肉が逃げるように、押しつけてくる指から波打って、クルミのオッパイが踊る。その感触がスベスベ、モチモチしていて、たまらない気持ちにさせる。

「…………どこを触らせるのまで、‥・許すんですか?」

 追求するように尋ねられて、クルミの目が泳ぐ。

「……………ぜ……………、全部……………。許さないと……………。・だって…………運命だから…………」

 自分に言い聞かせるように、やっと答えたクルミ。その反応に満足するように、ケイトは指を彼女の下半身、両足の付け根の間にまで滑り込ませた。脚の腱の間、こんもりと柔らかい部分に、粘膜が閉じた、割れ目がある。そこを撫でると、少しだけ、水分が指へ伝うのを感じた。ケイトはもう少し暗示を強化することにする。

「早坂さん。今、僕たちがいる愛の部屋、こっち側の壁を見て。ほら、折りたたむようにして壁が開いていくよ。仕切りが開かれて、隣に会った『性の部屋』と一緒になる。ここは『性愛の部屋』になったんだよ。向こうから吹き込んでくるのは、エッチな、とーってもエッチな空気。一瞬にして、今、僕たちがいる場所の雰囲気も変わったよね。愛に満ちていて、それでいて、すっごくエッチ。ヤラしくて、心地いい。気持ちいい、幸せな空間になったんだよ」

 はぁぁ………と、声を漏らす。クルミの顔を見ると、一瞬だけ、チロッと唇を、彼女の赤い舌が舐めたのが見えた。顔を見ると、熱に侵されたように目を潤ませている。呼吸のリズムと雰囲気も、変わった気がする。そして、彼女の下半身の閉じた割れ目を擦る指に、クチュクチュと粘着性の液体が伝ってくるようになる。早坂来海の体は、明らかに暗示にかかって変化を見せつつあった。小ぶりの美乳の先端にある突起が、ツンと恥ずかしそうに、伸びをする。縦に擦られるうちに、クルミの下の割れ目が、ゆっくりと広がっていって、やがて閉じていた左右の粘膜が開いてしまった。

「早坂さんは、これから運命の誰と、何をするんだと思う? ………正直に答えましょうね」

「私は…………、運命の笹川君と……………………いけないことを………するんだと思います」

 クルミは言葉を選んでいる。ケイトは、もっとクルミの口から、決定的な言葉を引き出したくなっていた。

「ここは誰の目もない、クルミちゃんの心の中だけで起きていることなんだから、イケないこととか、イイこととか、ないんだよ。クルミちゃんが期待することだけが起きるんだ。そんな場所で、笹川佳斗と早坂来海は、どんなことをするの?」

「……………………え……………、エッチな…………こと………」

 プチュッと音がして、クルミの大事なところから、温かい粘液が、一気にケイトの指にかかった感触がした。ケイトは開いてしまったクルミの割れ目に、その指を押し込もうかどうかでしばらく迷ったあとで、そろそろ今日のセッションを終わらせることにした。これから本番に雪崩れ込むには、少し時間がかかり過ぎていた。窓の外はもう暗くなっていて、宿直の先生が見回りに来るような時間帯だった。

「早坂さん。僕が貴方の肩に触れると、貴方はとっても幸せな気持ちのまま、全身の力をスーッと抜いて、リラックスして穏やかな状態になります。そして、気持ちが落ち着いたところで、僕がこっち側の肩に触れると、服を着始めます。その間も、僕の言葉は貴方の心の一番深いところに直接響いて、貴方を導いていきますよ」

 ケイトがチョン、と右肩に触れると、熱に冒されるようだったクルミの表情が、スーッと色を無くしていく。少し残念な気持ちと、彼女をしっかりとコントロール出来ているという喜びとが、ケイトの胸で入り混じる。左肩に触れると、クルミはボンヤリとした目で床を見回して、下着を拾い上げて身につけ始める。ショーツから手をかけるかと思っていたケイトの予測と違って、クルミは最初にブラジャーを拾って身につけ始めた。

「服を着ながら、早坂さんの『性愛の部屋』を出ていきましょう。この部屋の中で起きたことは、トランスから覚めた時、貴方は思い出すことは出来ません。貴方の心の奥深くに、大切にとっておきましょう。それでも、貴方の心の根っこの部分で確かに起きた、大事な思い出です。夢の中で思い出したり、貴方の妄想として繰り返し思い浮かべたりするようになりますよ。それはとってもドキドキする、エッチで、幸せな妄想。愛する運命の人とした、早坂さんにとって一番エッチな、願望の原風景になったんです。だから、『性愛の部屋』の外、廊下もほら、部屋の中の絨毯の柄に変わっていますね。壁にはいつの間にか、僕の絵がいくつも、掛かっています」

 シャツのボタンを一つ一つ止めながら、クルミがハッと息を飲んで、周りを見回す。

「僕の絵だけではありません。早坂さんと僕が描かれた絵も、掛かっていますね。生まれたままの姿を、愛する笹川君に見せている早坂さん。熱烈なキスを僕と交わしている早坂さん。オッパイを触られて、悶えている早坂さん。アソコを触られて、喘いでいる早坂さんも描かれていますね」

 服を着る手を時々止めて、両手で口を押さえたり、真っ赤な顔でオデコを押さえたりしながら、クルミはキョロキョロと、空中にある想像上の絵を見て、モジモジしている。

「早坂さん。絵の中の貴方は、僕にアソコを触られて、どんな顔をしていますか?」

 念のために聞いてみる。クルミは、困ったような顔で、空中を見上げる。

「…………私じゃないみたい………。ちょっと、オトナな感じ…………。エッチで…………。気持ち良さそうに、天井を見上げてます…………。…………や………………」

「誰にも見られない、早坂さんの心の奥底のことなんだから、恥ずかしがる必要はないですよ。エレベーターに乗りましょう。レバーを上げると、ゆっくりと上がっていきます。………あれ? 地下19階も、模様替えしちゃったのかな? 地下20階の性愛の部屋や廊下と同じように、赤いフカフカの絨毯に変わっていましたね。壁も薔薇の柄になっています。………地下18階は、いつも通りみたい。…………貴方の心の中は、一瞬で全部変わってしまったりしないから、安心して。…………それでも、毎日、1階ずつ、運命の人とエッチなことをした時の心の模様がジワジワと上がってきますよ。少しずつ。それでも着実に、早坂さんの心の奥は、模様替えが進んでいきます。それを止めることは、出来ません」

 服を着終わって、ボンヤリと立ち尽くしているクルミの耳もとで、ケイトは大きな音量ではないが、ハッキリと語りかける。言葉が、彼女の頭から胸の奥へと染み入っていく様子をイメージしながら、伝えていく。

「早坂さんは僕といると、僕のことを考えると、心の奥深くが温かい、満たされた気持ちになる。そして裸の自分を見てもらっている時、触ってもらっている時のような、ドキドキした気分が湧き上がってくる。今は心の地下19階から。明日は心の地下18階から、その感情が心を浸してくるようになるよ。…………さぁ、一番最初にいた、窓から灯台の見える部屋に戻って来たよ。…………何も変化は無いかな? ……………あ、本棚を見てください。背表紙に、地下20階と19階の壁紙の柄と一緒の柄がついている、赤い本が入っていますね。タイトルは、『運命の人とのスキンシップ』って書いてあります。知らないうちに、本を持って来てしまったのでしょうか? ………また今度、読んでおこうか。………さ、今日はもう遅い。僕が逆から5つ数えると、スッキリとした気持ちで目が覚めるよ。何も疑わしいことはない、満ち足りた気分。5、4、3、2、………1。おはよう、早坂さん」

 クルミがパチパチと瞬きをする。暗くなった美術準備室を見回す。目の前のケイトを5秒ほど凝視した後で、ゆっくりと、心の芯からほぐれるような、笑顔を見せてくれた。

「おはよう………。笹川君。…………今日も、ありがとう。…………とっても気持ち良かった」

 椅子から立ち上がると、少し体がふらつく。磁石に鉄が引き寄せられるように、クルミは自分の体をケイトの胸に預けてきた。

「大丈夫? ………早坂さん」

 昨日と同じように、クルミの手を握ろうとするケイト。それを当たり前のように受け入れるその瞬間に、クルミは腕をクルッと回す。ケイトと腕を組んだ形で、クルミは手を握り合った。

「……………笹川君。………ちょっとだけ、足元がフワフワした感じだから…………。帰り道が分かれるところまで、こうやって一緒に帰ってもいい?」

 ケイトに断る理由は一切無かった。

。。。

 次の日から、目に見えて、クルミとケイトとの距離が縮まった。心の距離というよりも、物理的な体の距離だ。授業中、隣の席のクルミが、ケイトと一緒に教科書を読んだり、ノートを見せてくれたりする。彼女の方が教科書を忘れたのでケイトと一緒に見たいという、珍しい出来事もあった。そんな時、クルミは無意識のようだが、ケイトと危うく肌が触れ合うくらいの距離にまで、クルミは接近してくる。彼女の使うボディソープの匂いや、シャンプーの匂いが、ケイトの鼻をいつもくすぐる。時折、クルミの髪の毛の先が、ケイトの頬や首筋を撫でる。体温まで伝わってくる距離で、他愛のないお喋りを囁き合ったりする。休み時間中に、クルミの親友のセナから、警告のような咳払いを受けるようにもなった。

「早坂さん、ノート見せて」

「うん。全部見ていいよ。…………笹川君の、見たいところを、気が済むまで見てね」

 クルミは冗談っぽく、それでも少しだけ顔を赤くしながら、言葉多めに答える。休み時間中に、クルミの綺麗な字で書かれた、ノートのページをめくっていく。あえて必要以上に、色んなページを、無造作にめくってみる。そんなケイトを、クルミが熱っぽい視線で、さっきからずっと見つめているのが、伝わってくる。

 あるページをめくりかけたところで、そんなクルミが、急に我に返ったように、慌てた。

「やっぱり、ここらへんは駄目っ。……………その、今の授業とは、あんまり関係ないでしょっ」

 ガバっと体で覆いかぶさるようにして、ノートを隠すクルミ。急にラグビー選手が暴れるボールを体で抑え込むような動きを見せた。顔を机に押しつけたまま。クルミは「ダメ―。ダメ―」と繰り返している。それでもクルミが隠す直前に、ケイトは見てしまった。ノートに落書きのように何回も、「笹川来海」と書いてあったページだ。漢字やひらがな、英語のブロック体や筆記体で、「笹川来海、Kurumi Sasagawa」と、何度も書かれていた。ケイトは突然のクルミの慌てっぷりに驚くような素振りを見せながら、内心でガッツポーズを取っていた。

。。

「笹川君って、セーターとか、着る?」

 恥ずかしそうに髪の毛先を弄りながら、隣の席のクルミが聞いてくる。

「セーター? ………ま、普通だけど」

「あ………、体質的に毛糸がチクチクすると駄目とかじゃないんだね。…………寒くなる時期までに、私、笹川君にセーター編んであげよっか? ………今、編み物、勉強中なの。………笹川君には、いつもお世話になってるし………ね」

 苦手だった英語の点数が良くなったことで、心に余裕が出来たのか、クルミは学校の勉強以外のことにも、目が向くようになっていた。以前よりもさらに、笑顔が柔らかくなっている。

 ケイトが首を縦に振ると。次の休み時間、空いている教室で、クルミはケイトの体のサイズを測ると言って、メジャーを駆使しながら、ケイトの上体の色んな部分に腕を回して寸法を確認した。

「ちょっと、失礼します………」

 背中の後ろに立ったクルミが、ケイトに後ろから抱きつくようにして両腕を回してくる。クルミの体が、ケイトの背中に密着する。制服と下着越しに、彼女の胸の膨らみの感触が伝わってくるような気がした。気がつくと休み時間の終わり際まで、クルミとケイトはその姿勢のまま、ギュッと密着していた。

。。

「…………今日…………。私、笹川君に、セーター編んであげるって、約束しました………。笹川君は………ぶっきらぼうに…………、いいよって………。フフッ。2人、付き合ってるみたい…………」

 蕩けるような表情になっている顔を挟みこむように、クルミが両手で左右の頬っぺたに当てる。放課後の美術準備室。トランス状態のクルミは、当たり前のように、今日あったドキドキしたことを、目の前にいる誰か、信頼しきっている男の人に、全部打ち明ける。

「そっかぁ。笹川君は、ぶっきらぼうに答えたんだ…………。もしかしたら、嬉しくてリアクションに困ってただけかもしれないよ………。それで、休み時間に、セーターを編むために、笹川君の体、色々と調べたの」

「………う…………。そう………なんです…………。でも………、サイズ測るっていうのが、言い訳で、途中から、変な気持ちになっちゃってたって…………バレたかも…………。私…………気がついたら、我慢できなくなってて…………。何分も……………抱きついちゃってました。………こんなヤラしい子…………、嫌われちゃうかもしれません」

 急に泣きそうな顔になるクルミ。自分の心の中の部屋にいると思っている彼女は、いつもよりも感情をストレートに表してくる。コロコロと表情を変える彼女を見ているのも、ケイトの楽しみだった。

「早坂さんみたいな可愛い子に抱きしめられて、嫌いになる男子なんていないと思うよ。それに、笹川君は、早坂さんの運命の人なんでしょ? もっと自信を持っていいよ。きっと、笹川君も、早坂さんの胸とか背中で感じて、ドギマギしてたと思うよ」

「………そう………かな………? …………そっ……………か…………。………はい………」

 心の部屋の中では、すっかり素直になっていた。まるでいつもの理性が働いているように喋るけれど、ここではクルミの心の壁は何重も取り払われている。普段だったら秘密にしておきたいこと、恥ずかしいことも、明け透けに語ってくれるし、ケイトの言葉を丸飲みするように受け止めて信じこんでくれる。

「だって、早坂さんのオッパイは、こんなに綺麗で魅力的だもん」

「あっ……………ふぁ………………」

 ケイトがじかに触れると、クルミのアゴが上がって、また蕩けそうな表情になる。親指のはらでコネるだけで、すぐに乳首がムクムクと起き上がってくる。クルミは今、美術準備室の真ん中に全裸で立って、ケイトの手がオッパイをまさぐるのを受け入れていた。クルミにとってそれは、トランス学習中には当たり前のことになっていた。

「ほら、オッパイが、笹川君に直接触られたい、キスされたい。舐められたいって、言ってるよ………。聞こえる?」

「…………はい…………。聞こえます」

「左のオッパイも、同じようなことを言ってるね。………何て言ってるかな?」

「………笹川君に、揉まれたい………。ちょっと強引なくらいに揉まれたい。乳首を優しく摘ままれたい………。ちょっと悪戯っぽく、軽く噛まれたり、下の上で転がされたり、色々と遊ばれたい………って、言ってます」

 ケイトが出した言葉よりも、強めの答えが返ってきて、吹き出しそうになる。この前、クルミの心の部屋にある本棚に、『エッチ系の本が増えてきたね』と暗示を刷り込んだせいだろうか、ネットで知識を得てくるのか知らないが、奥手な処女のはずのクルミが、最近ボキャブラリーを豊富にさせてきている。

「オッパイがそれなら、………アソコは、もっと凄いこと、言ってそうだね。…………我慢できなくなってきたら、自分で触っててもいいよ」

 少しだけ迷ったあとで、クルミは脚を15センチくらい開くと、淡いアンダーヘアーがそよぐ、華奢な股間に手を伸ばして、右手の指先をモゾモゾと動かし始めた。左手は、ごく自然に胸を触り始めている。

「ん…………ふ…………………ふ………………………………んんっ‥‥‥‥ハァッ…………」

 ボンヤリとした目のまま、口をわずかに開けて、クルミがくぐもった声を漏らす。10日ほど前には、「裸になって」と言われ、催眠状態から解けてしまいそうになっていた早坂来海が、今ではケイトが「いいよ」と許可するだけで、裸のままオナニーをするようになっていた。心の奥底に『性愛の部屋』を持っている自分を意識させて、時間をかけて地下20階から地下11階まで、彼女の性への興味と欲求で染め上げてきた成果だ。そして彼女の性欲は常に、『運命の人』、笹川佳斗の存在と結びついている。そのことに自己嫌悪を感じたりもしない。早坂来海は深層意識ではっきりと、自分はケイトに愛してもらうために生まれてきたと、確信を持つようになってきている。毎日食事をするのも、勉強するのも、息を吸うのも、ケイトに愛してもらうためだと思うようになっている。まだ表層意識ではそれを認めきってはいないけれど、その思いは徐々に彼女の日常生活にも表れ始めていた。

 毎日、2人きりになると、手を繋ぎたがったり、腕を組みたがったりするクルミ。ケイトが好きだといったミュージシャンや映画監督のことに、いつの間にかケイトよりも詳しくなってしまったクルミ。昨日のクルミはついに、現国の提出物の名前を書く欄に『笹川来海』と書いてしまったことを先生に指摘されて、授業が終わるまで顔を真っ赤にしていた。それでも机の下の手は、ずっとケイトのシャツの袖を握っていた。

「うっ……………はっ…………………くぅぅううううっ……………笹川君っ…………イクよっ!」

 天井を仰いで、腰と頭をガクガクと揺するクルミ。ケイトは現実の自分が呼びかけられたのかと思って、一瞬、素の返事を返しそうになってしまった。

。。。

「セーターの毛糸。何種類か買ったんだけど、色がちょっと原色っぽくなくて、どの色が笹川君に合うか、試してみたいの。今日は、トランス学習はお休みして、私のウチに来てくれないかな?」

 計算上は心の地下10階、エレベーターの乗り換えがあるフロアまで性愛の柄で染まったはずの日に、クルミからお誘いがあった。

(色合いが微妙でも、携帯で写真見せてくれればいいけど…………。)

 そう一瞬思ったけれど、ケイトはそんな無粋な回答はせずに、喜んでクルミの家へ上げてもらうことにした。

「今日は親も遅いから………。緊張しないでいいよ」

 立派な家の玄関を上がって、階段を登るところで、クルミはそう告げた。言っている彼女の顔は、ガチガチに緊張していた。

「綺麗な部屋だねー。広くて、………やっぱり良く片付いてるよね。女の子の部屋って」

 そう言ったケイトだったけれど、本当は片付け度合いなど見ていなかった。体中の五感を集中させて、クルミの部屋の良い匂いを味わって、肺に収めていた。催眠状態で裸になった彼女と抱き合ったりする時に香る、甘くて爽やかな、良い匂いだ。

 部屋を見渡していると、ふと、かすかな既視感を覚える。ケイトはこういうところが注意深くて良い、と、アキミチさんに褒められたことがあった。ある疑問を感じたケイトは、少し失礼かもしれないが、広いクルミの部屋をウロウロと歩いて確かめる。カーペットを見ていると、ある部分に、ベッドの足の跡が4つ残っていた。

「クルミちゃん………。変な質問かもしれないけど、最近、部屋のレイアウトを変えたりした?」

 クルミは嬉しそうに首を縦に振る。

「なんでわかるの? この前の日曜に、お父さんに手伝ってもらって、ベッドも本棚も机も、鏡も、場所替えしたよ。こっちの方が、すっごく落ち着くって思って」

 クルミは居心地良さそうに、ベッドにドサッとお尻を下ろす。悪戯っぽくベッドの上で小さく跳ねた。

 ケイトは疑問が解消されたスッキリした気持ちと、自信が満ちるような嬉しい気持ちになる。窓、本棚、ベッド、机。窓から海や灯台が見えることはないが、これまでにケイトがクルミに説明してきた、早坂来海の「心の部屋」と、レイアウトがそっくりになっていたのだ。部屋の大きさは違う。細かいディーテールはもちろんケイトの想像とは違っている。それでも、ここは、ケイトが与えたイメージを、クルミが何度も心の中に思い浮かべて、より豊かに緻密に作りこんだものだ。

 催眠状態にある彼女に、「落ち着く部屋」と何度も暗示を擦りこんで来たせいで、彼女は現実の自分の部屋を、同じレイアウトに変えて、居心地を同じように良くしたくなっていたのだ。

 2人で作った部屋にいるという考えが、ケイトを嬉しくさせた。本棚の本の背表紙に触れる。本に挟まれるように、裏向きに置いてあった雑誌を手に取ると、大人の女性向けの、ちょっと際どい特集がある雑誌だった。

「い…………いきなり、本棚、チェックする? …………もう…………」

 クルミは、小さな声で抗議するが、ケイトの行動を止めたりはしない。まるで、ケイトが部屋の全てを見て触れて、理解することを、許しているような態度だった。

「早坂さんも…………、こういう雑誌とか、読むんだ…………。大好きな彼とのラブラブスキンシップ特集………」

「ちが………たまたま…………。………………って、そんなに付箋いっぱい付いてたら、無理か…………」

 否認を諦めるような、クルミの溜息。確かにこの、オトナな雑誌には沢山の付箋と、蛍光ペンでのハイライトがされていた。いつも見せてもらうクルミのノートと同じように、几帳面な性格が出てしまっている。ベッドを見ると、腰かけているクルミは赤い顔のまま、こちらを上目遣いでジトッと見ていた。

「笹川君。こんな私って、嫌い?」

 しばらく、冗談交じりにクルミの蔵書をチェックさせてもらおうと思っていたケイトが、ふと見た彼女の真剣な表情に、飲まれる。

「…………いや………、嫌いじゃ………ないよ」

 赤い顔のクルミが、プルプルと口角のあたりを痙攣させるようにしながら、喋る。

「嫌いじゃなくて……………なに? ……………」

「…………………んと…………、好き……………かも………だけど…………」

 ケイトの言葉が終わらないうちに、思い立ったかのようにガバっと起き上がったクルミが、制服のジャケットを脱ぎ捨てる。赤いリボンを解いて、シャツのボタンに手をかけていく。

「………早坂さん?」

 ケイトはクルミの勢いに若干気圧されながら、声をかける。けれど、クルミは思いつめたような表情で、一心不乱に服を脱いでいく。シャツを脱いで、スカートを下ろすと、ブラジャーを外して、ショーツから右足、左足と抜いていった。最近のケイトにとっては実は見慣れたクルミの裸だが、彼女が今、催眠状態にないということを思うと、股間がはじけそうになった。

 クルミが、急いで服を脱いだせいで、早くなっている呼吸を整えながら、真正面に立つケイトに伝える。

「笹川君。………私。…………君のことが好きです。……………でも、ただの好きとかじゃないの…………。変に聞こえるかもしれないけど、私は、笹川君と会う前から、ずっと笹川君のことが好きだったの。………多分、運命的な愛なの。だから、君にも、私のこと、もっと知って欲しい。エッチな雑誌読んじゃうこととか、セクシーじゃない裸とか、私の恥ずかしいところも、全部、全部知って欲しいの」

(七割がた、もう教えてもらってます)と言いたくなる気持ちを抑えて、ケイトはギコチない笑顔を作った。

「僕も、早坂さんのこと、大好きだよ。エッチなこととかしたいし、エッチな早坂さんをもっと知りたい。全部知りたいな。あと………。わっ」

 また言い終わる間を与えてくれずに、クルミが裸でケイトに飛びかかってきた。抱き合って、キスをする。催眠状態でお人形のように何でも受け入れる彼女とは違って、今のクルミとのキスは、激しくて積極的なキスだった。キスをしたまま、クルミを抱きしめて一緒にベッドに倒れる。彼女がケイトの服を脱がしてくれる間、ケイトはクルミの丸いオッパイを揉んで、変形するくらいに指と手のひらで弄んで、乳首を触って、摘まんで弾いて、舌で転がしたり、甘噛みしたりした。クルミは部屋に響くような大きな声で喘いで、悶えて、喜んだ。顔を見ると、夢がかなったという感激の表情になっていた。

「凄い………どうして、笹川君はこんなに、私のして欲しいことが、全部わかるの? ………初めてなのに、2人でこうしてることが、当たり前みたい………。…………笹川君、凄い………上手…………」

 クルミがオッパイにしてもらいたいことは、昨日も予習させてもらっていたから、というのが正解だけど、ケイトは応えずに、プルプルのオッパイと乳首を口と手で味わい続ける。勉強の大切さを、思わぬところで実感させられた。

 ベルトを外してもらって、ズボンを下ろすと、トランクスも一気に膝の下まで引きずり下ろす。ケイトはクルミの体に覆いかぶさるようになって、手で彼女のアソコに触れる。粘膜の割れ目………、クリトリスを包む皮。めくると、芽のような突起。早坂来海のクリトリス。実はもう、目で確認しながらでなくても、彼女の大事なところの愛し方は、分かっていた。弾くように断続的な喘ぎ声を出しながら、クルミがケイトの背中に手を回す。ケイトは腰を引いて、自分のモノの先端を、クルミのアソコに沿わせるようにして、姿勢を整えた。息を飲む。ここからは予習していない、初めての領域。クルミの女の子を守る膜を破って、彼女のナカに完全に入る。さっきまで夢見心地で悶えていたクルミも、顔を見ると緊張の面持ちになっていた。

「入れるよ。…………心の準備はいい?」

 ケイトが聞くと、クルミは真剣な表情のまま、コクコクと頭を縦に振ったあとで、少し笑顔を見せた。

「もう、生まれてから、ずーっと待ってたの。ケイト君をここに迎え入れるの」

 その笑顔も、ケイトが勃起しきった熱いモノを、クルミの濡れたヴァギナに押し込んだ時に、ギュッと歪む。唇を噛んで、クルミは痛みに耐えていた。ケイトは膜の抵抗を裂くように、固いペニスを少し乱暴にクルミのナカに押し込んでいく。根元まで完全に挿入しきった時、クルミはアゴを上げて、ケイトを抱きしめる腕に力をギューッと入れた。ケイトにとっては、感触を楽しむ余裕よりも、とにかく大仕事を無事こなしたというような気分の、クルミとの初めてのセックスとなった。

 痛みと感激と、何かの感情の暴走が混じったかのように、クルミが目から涙を零す。ケイトは挿入したペニスを腰の動きで出し入れしながら、クルミの頬に優しいキスをした。するとクルミの方から、唇同士でのキスを求めてくる。2人は抱き合って、下半身で繋がり合ったまま、唇を重ねた。

 キスを終えて、やっとケイトもリラックスして腰を痺れさせるような快感を、楽しむ余裕が出てくる。クルミのナカの壁は温かくて、ヌルヌルしていてプツプツしていたりして、ペニスを滑らせているだけで、快感が脊髄を溶かすようだ。けれど、ケイトが深くモノを押し込むたびに、クルミが顔をしかめる。痛いのだ。

『早坂さん、心の部屋に行きましょう。』

 ケイトが言うと、痛みに耐えて強ばっていたクルミの表情が緩む。目が、ガラス玉のように生気をうしなって、ボンヤリと天井を見つめる。

「今から、貴方のアソコからは、痛みが引いていくよ。痛みは、快感に変わるんだ。だから、クルミちゃんの初エッチは、最高に気持ちの良いものになる。…………それから、クルミちゃん心の部屋の本棚には、僕が帰った後で、本が加わっているよ。『愛する人との色んな体位でのセックス』、それから『上手なフェラチオ』という本だよ。僕が今言ったことは、催眠が解けると思い出せないけれど、必ず実現します」

 両手をパチンと叩く。クルミの顔に生気が戻る。けれど、もうケイトが強めに腰を振っても、辛そうな反応は見せなくなった。かわりに大きな声で喘ぐ。身をくねらせて、悶える。最後には、クルミの方からも腰を押し出して、2人で腰を打ちつけ合うようにして、激しいセックスをした。

「あっ……あっ………あぁあああっ。……………もうっ……………イクッ………………。見てっ…………………。ケイト君っ…………。私がイクところっ………………見てぇえええっ」

 最後は叫ぶようにして、背中を反らせるクルミ。彼女がイッた表情を見たと、思った時、ケイトも我慢できなくなって、クルミの性器の中で暴発するように射精した。

 2人でイッた後で、ケイトとクルミはしばらくの間、ボーっと天井を眺めて、激しかったセックスの余韻に浸っていた。クルミは30分たっても、目の焦点があっていない様子だった。

「クルミちゃん。大丈夫?」

 ケイトが声をかけても、しばらくの間、返事をしない。

「クルミちゃん?」

「…………もうちょっと……………。もうちょっとだけ、このままでいさせて……………。ずっとこの日のことを、考えて来たから…………。もう少し、浸っていたいの」

 クルミは天井をボンヤリ見据えていた目を一度閉じて、ゆっくりとした口調でケイトに答えた。

「…………お母さんは、まだ帰ってこない?」

 こんな時は、アキミチさんだったら、黙って女の人を抱きしめているのだろうな、と想像しながらも、「ビビり」のケイトは余計な心配を口に出してしまっている。

「今日は…………もうちょっと…………遅いの…………。…………………………明日も」

 最後の言葉を口すると、クルミは横で寝そべっているケイトの手を、ギュッと握った。

。。。

 次の日も、ケイトとクルミは、クルミの家で、セックスをした。一度2人で同時にイッたその後、今度は私が上になる、と、クルミが言い出した。ギコチない騎乗位でのエッチだったけれど、ケイトは楽な体勢でのセックスを楽しめた。下から見上げるクルミのオッパイが、ブルンブルンと揺れるのを見たり手で支えたりしながら、腰を振るのは、良い気持ちだった。

 最後に、クルミが、しばらく迷ったように言葉を詰まらせたあとで、ケイトのおチンチンを口で愛してあげたいと言い出す。まだ迷いながら、何かを思い出すように目をキョロキョロさせながら、寝ているケイトの腰のあたりに顔がくる位置で四つん這いになって、恐る恐るおチンチンに唇を近づけていくクルミ。まだタドタドしい動きだけど、口に含んで、大事そうに舌をチロチロ動かしてくれる、クルミの真剣な表情を見ているうちに、2回イッたあとの、疲れたおチンチンが、またムクムクと起き上がってくる。昨日の夜、痛む股間をだましだまし、書店に行って、顔を真っ赤にしながらフェラチオや色々な体位の本を探して買っているクルミの様子を想像してみる。ケイトのモノは完全に勃起していた。

。。。

 やはり、クルミはとても勉強熱心なんだと思った。催眠状態の彼女に、「今度は心のお部屋の本棚に、『舌を使ったご奉仕百選』という本と、『体臭フェチ』という本が入っているよ」と伝えた3日後、クルミの部屋でセックスをした後で、1時間近くも、彼女はケイトの体がふやけるまでペロペロペロペロと舐め続けた。

 脇の下をくすぐるように、玉袋の裏を刺激するように、おチンチンの裏筋を愛でるように、足の指の一本一本を掃除するように、舌の動きも変えながら、クルミは懸命にご奉仕してくれる。

「今日、体育の授業もあったし、シャワーも浴びてないけど…………臭くない?」

 ケイトが両腕を組んだ上に後頭部を乗せて、寝そべったまま足元のクルミに聞くと、クルミは嬉しそうに高い鼻を、ケイトの体に近づけてクンクンと慣らす。

「ケイト君の体から出てくる匂いは、どんなものでも、私にとっては最高の香りだよ。高級フレグランス…………」

 言った後で、クルミがしばらく動きを止める。10秒くらい、迷った後で、顔を上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……嘘…………。フレグランスとか、やっぱり、言い過ぎだね。……………私の好きなクサさっていうところかな? ………アハハハ」

 クルミは本音を出して、コロコロと笑う。自分が言ったことにウケていて、いつまでもクスクスと笑いながら、ペロペロとケイトの体を舐める。その嬉しそうな顔は、今までケイトが見たことが無いくらい、リラックスしきった、屈託のない朗らかな笑顔だった。

 クルミちゃんはこんな表情が出来るんだ。そう思うと、ケイトは胸が締めつけられるような気分になる。もしかしたら、この顔が見たくて、クルミを操って堕として、ここまで行きついたのかもしれないと、自分勝手な妄想に浸った。

。。。

「そんな訳で、課題は全部クリアしましたよ。クラスメイトに自分から裸で告白させるように仕向ける。自分からセックスをおねだりさせる。軽く性癖をイジる。この3つでしたよね? 初級編にしては、ずいぶんハイレベルな要求だと思うんですけど………」

 ケイトの作戦ノートをペラペラめくっているアキミチさんに、ケイトは自信に満ちた説明をする。片思いの相手だった早坂来海に、ほぼ独力で催眠術をかけて、彼女にした。優しくて真面目な美少女を、エッチやご奉仕の大好きな、従順な恋人にした。それを思うと、自信もついて当然だと思えた。

「ほーん………。ま、要求のハイレベルさは期待度の高さだと思ってよ………」

「で、その高いハードルを、見事に越えたと、思いませんか? こないだクルミは、授業中に、ノートに何て書いてきたと思います? 『笹川海斗』っていう、もし僕らの間に男の子が生まれたら、付けたい名前とか書いてきたんですよ。来海の海と、佳斗の斗で、海斗。ケイトの息子でカイトっていう響きも凄く良くないですか?」

「んー………。気になったのはそこだな」

 アキミチさんは頭をポリポリ掻いた。

「初めてのターゲットだから、用意周到に深い暗示を積み上げて、深層意識をガチガチに自分色に染め上げてっていうのは、分かるけど、俺の課題って、『運命の人』とか『一生添い遂げる』とか、求めてたっけ? ………どっちかというとさ、真面目なクルミちゃんの固い信念に、ケイトの方が影響受けてないか?」

 アキミチさんの指摘は、3割くらい言いがかりっぽく感じたが、7割くらい、ケイトの心に刺さった………気もした。

「マンツーマンで施術してると、時々あるんだよ。相手もエスカレートする。術師もどんどん大げさな暗示を刷り込む。2人でいつの間にか、最初に術師がセットした目標よりもずっと遠いところに行っちゃってる………。これって、ケイトも催眠術に操られてるのと、あんま変わんないからね」

 さっきよりもずっと強い眼力で、アキミチさんの視線はケイトを射抜いていた。

「ま、そのへんだけ気をつければ、今回は合格。…………次のチャレンジは、一度に複数人。クラスメイトだけじゃなくて、立場の違う、先生とかも織り交ぜて堕とせると良いな。頑張るのだ、少年」

 ケイトは自分で思っていたよりも、負けず嫌いだった。そのことも、アキミチさんには見抜かれていていたのだろうか? クルミを堕とすまでには2週間以上かけたケイトだったが、クルミの友人のセナと、お嬢様のアヤノ、そして数学の御堂郁恵先生を同時に堕とすのには、6日しかかけなかった。

 アキミチさんは口笛を吹いて賞賛してくれた。そして、ケイトが気づかなかったリスクや修正点を指摘して、また次のタスクを与える。1年もしないうちに、ケイトはアキミチさんも認めるほどに腕前を上げていった。

<その3に続く>

4件のコメント

  1. ROM専でしたが素晴らしい作品に感激しまして初めてコメントいたします。
    「アプリでお手軽即堕ち催眠」「異世界全能MCスキルでやりたい放題」「嘘催眠で実はターゲットは主人公を大好き」
    という創作ばかりになってしまっている昨今において、
    純粋に催眠術を扱い導入過程も入念に描写される永慶氏のような息の長い作家はたいへん貴重な存在です。
    書き続けていただき本当にありがとうございます。
    >クルミの友人のセナと、お嬢様のアヤノ、そして数学の御堂郁恵先生を同時に堕とすのには、6日しかかけなかった
    おそらくその3以降は導入後の話になりそうですが、彼女たちを堕とす過程もぜひ見てみたいものです。
    (今は飄々としているアキミチ師匠がはじめて催眠で女の子をモノにしたときの前日譚なども…)
    次回も楽しみにしています。

  2. おおお!
    がっつりとした導入描写、お見事です。
    最初からすべてがうまく行くわけではなく、途中で失敗しそうになってアキミチさんのアドバイスした保険が生きてくる展開など、
    ケイトとアキミチさんの力量が非常によく伝わってきます。
    しかし、ケイトの方もアキミチさんにいいように操られている感がありますね。
    どういう意図があるのかは別として、今回の催眠も、本来ケイトがクルミちゃんをどう操りたいのかではなくアキミチさんが出した課題に従っていたわけですし。
    今後の展開も気になるとことです。

  3. 読ませていただきましたでよ~。
    いやー、勉強になりますでよ。
    細かい導入の仕方や、初心者ががっついてやらかす展開など催眠術をつかったエロ小説を書きたい人に読んでもらいたい内容でぅね(NOT催眠アプリ)。

    そして、導入から徐々に心境を変化させていくのが過程派なみゃふとしては素晴らしい内容でぅ。
    来海ちゃんが佳斗くんに惹かれていく様やいろんな性癖が追加されていく様が本当に素晴らしい。
    自宅へ誘い、そこから本番にいっちゃうとか来海ちゃんが可愛らしすぎるかと思ったら。次の日にはフェラとかできるようになったり、匂いフェチになったりして、完全に支配されているのが目に見えていいでぅね。

    それはそうと来海ちゃんはただの課題の対象だったのだろうか?
    佳斗くんが来海ちゃんを狙っていたのかと思ったらアキミチさんからの課題で割と誰でも良かったのかって感じを受けなくもないんでぅが、暗示の大げさになりっぷりとかからも考えて、課題を受けたから前から気になってた来海ちゃんを使ったって考えても良さそうな気がするのでぅ。
    まあ、そこらへんは次回以降のアキノさんやセナちゃん、郁恵先生あたりをどういう風に操っていくかでわかりそうな気もする。
    一人ずつ催眠をかけていくという設定から永慶さんお得意の中規模な変態空間は終盤でないとやりにくいと思いますが頑張ってくださいでよ。

    であ、次回も楽しみにしていますでよ~
    被術者の嫌がることはできないっていう催眠術の基本を考えると今回肉体操作は厳しそうだなぁ・・・(諦めろ)

  4. >きやさん

    感想頂きまして、誠にありがとうございます。
    今作では1・2話でしっかりと導入過程を描写して、
    3・4話では自由にフィクション寄りに催眠術を書いてみようと
    設計してみました。MCエロを書く時、エロへ手軽にジャンプする装置としてMCが出がちな
    トレンドかもしれませんが、長くフェチを抱えていると、この装置としてのMC自体の魅力を
    描いてくれる作品を探してしまいますよね。
    アクション映画の中でも「ド派手なドンパチ」を呼ぶ装置として銃が描かれているか、
    銃自体の魅力(選択、入手、保有、修練に至るまで)を描いている銃映画を求めるかというと、
    どうしても前者の方が裾野は広がって、マスに訴えかけられると思います。
    大勢の人に楽しんでもらうことも捨てずに、うまく後者のエッセンスを忍び込ませられるか、
    ニッチ作家の宿命ですね(笑)。お声がけ頂いて、本当に励まされました。ありがとうございます。

    >ティーカさん

    毎度ありがとうございます!初めて1人で催眠をかける男の子と、侵食される女の子の
    地味な攻防を頑張って書いてみました。果たして、ここでみっちり描写したことで、
    後半もうちょっとファンタジックに操りを描いていてもリアリティが担保されるのか、
    個人的にも興味を持って書いております。是非感想お聞かせくださいませ。

    >みゃふさん

    毎度どうもでございます。ケイトのクルミに対する思い入れというのは、なさそうでいて、
    しっかりあると、後半でも書いていきたいと思います。
    たぶん、「初めて」の相手のことは性的にも、催眠術の原体験としても、
    エロ催眠術師には深く刻まれているのでは、というのが僕の仮説です(知らないですが)。
    今回、過程をしっかり描こうとして、前半エロが少なかったので、前作(明るい生活)と同時投稿するという
    誤魔化しもして凌ぎました。過程をしっかり描こうとすると、こうした課題もありますね。。。
    後半も是非、お時間あれば、率直な感想をお聞かせくださいませ。ありがとうございます。

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