プリマ 第3話

 部屋の湿度とシャンプーの匂いで、芳乃香さんがまだシャワーから出てきたばかりだということがわかる。ドアを開けたまま立ち尽くす若園アナは白いバスローブ身にまとって、まだ湿っている髪を両肩の先へ広げていた。化粧台にはヘアドライアーと化粧水や何種類かのボトルが置かれていた。ベッドの脇のスツールにはキャスター付きのトラベルケースが開かれている。

「ベッドに腰を下ろしましょうか。………芳乃香さんは今、とっても深い催眠状態にあります。今日は撮影で、沢山の暗示をかけられましたね。それらが後まで中途半端に効力を残していると、生活や仕事に支障が出てしまうかもしれませんから、僕が丁寧に慎重に、全ての暗示を解いていきます。これは貴方にとってとても大切な作業です。僕の質問には何でも、正直に回答しましょう。良いですね?」

「………はい………。正直に………答えます」

 マサキが念を入れて質問すると、芳乃香さんは自分一人で部屋にいるような素振りで、人目を気にすることなく、ベッドにお尻を落とす。力の抜けた、くぐもった声で、自分に言い聞かせるように答えていた。

「今から僕が数を3つ数えると、貴方は今日、催眠状態で自分にかけられた暗示、自分のしたことを全てクリアに思い出します。記憶は貴方の深い深い、深層意識に収められていました。それを貴方は簡単に失うことはしません。だから、これからも催眠状態から覚めた時、意識の表層で思い出せなくても、不安に感じることはありませんよ。………3、2、1。はい、今朝からお昼に起きたことを、全部クリアに思い出します」

「………ぅぅぅ………」

 リラックスしきっていた芳乃香さんの表情が、少し赤らんで曇る。居心地悪そうに、ベッドの上に座りなおした。蘇ってくる記憶のせいで、体中がムズムズしているといった様子だ。

「今日貴方は、番組AD、新藤マサキの催眠術に見事にかかってしまいましたね。最初に風船に吊り上げられて、牧場まで行きました。そこで貴方は、どうなりましたか?」

「………小鳥になりました」

「そう、全部ゆっくりと思い出していきますよ。けれど悪い思い出は一つもありません。全部、新鮮で面白くて、楽しかったですよね? ………他にどうなりました? 順番に思い出していきましょう」

「私は………ニワトリになって、朝の鳴き声を出しました。………それから、ミツバチになって、………ウシさんを刺して………。でも、気がついたら、自分がウシになっていて、お乳を沢山、搾られました」

 恥ずかしそうに、けれど生真面目に時間軸に沿って丁寧に説明してくれる芳乃香さん。驚き、恥ずかしさ、悔しさ、もどかしさ、楽しさ………。自分の気持ちを整理しきれないらしく、口元をモゾモゾさせたり、首を傾げたりしながら、自分の身に起きたことを振り返っては、困り笑いを浮かべていた。

「一旦、そこまでで良いですよ。………そうです。色んなことがありましたね………。その中で、芳乃香さんが、嫌とまではいかなくても困った暗示はありましたか?」

「私が………ウシだった時に、乱暴にお乳を搾ってくる人間のオジサンがいて………もっと、優しくして欲しいけれど、私は……言葉が話せないし………。……ウシだから………」

 芳乃香さんは思い出して、眉をひそめて唇を尖らせる。労わるように、手で自分の胸元の膨らみを撫でていた。

「それは大変でしたね。でも、途中で優しくて上手な女の人が、乳搾りを交代してくれましたよね。あの時は、気持ち良かったんじゃないですか?」

「………はい………。ホッとしたのも……あります………」

「ホッとしたのもありますけど………それ以上に………。どうでしたか? ……気持ち良かったですか? 悪かったですか?」

 2秒ほど、芳乃香さんは口をつぐんだ後で、小声で呟く。

「気持ち…………良かったです」

 まだ芳乃香さんは、胸の膨らみの一番尖っているあたりを、円を描くように撫でていた。居心地悪そうに、その場に座りなおす。

「………他には、困ったことはありましたか?」

「……………牽制球が……投げられたと思うと…………。急いでベースに戻らなきゃいけなくて………。でも、お洋服とか乱れちゃうし、体が痛いし………。それなのに、自分で自分が止められなくて………。困りました」

 芳乃香さんが無意識のうちに、少し擦りむいた、右膝の外側を手で触れる。それを見たマサキの良心がまた、チクリと痛んだ。

「………でも、…………もっと……困ったことが………」

 マサキが、芳乃香に後催眠暗示でスライディングを繰り返させて、軽い怪我をさせてしまったことについて、フォローの暗示を入れようとしたところで、芳乃香が先に口を開いた。マサキはじっくり聞いてみることにする。

「私………ソフトクリームにもなってて………。食べられちゃうのは、少し怖かったけれど、自分からは逃げたりも出来ないから。大きなお口に、食べられて、舐められて………。なんだか、凄く………変な感じ…………。………でした」

 芳乃香さんの顔がさらに赤くなって、俯く。目が潤んでいるので、泣きそうになっているのかと心配したが、マサキが落ち着いてよく観察すると、若園芳乃香さんの呼吸が、わずかに荒くなってきていることに気がつく。思い出しながら、放心しているような彼女。マサキがさらに接近すると、彼女の体温の上昇が伝わってくるような気がした。

「芳乃香さん………。変な感じとは、どう、変な感じなのでしょうか? 貴方はとても表現が上手な方です。言葉で説明するプロフェッショナルですよね。自分の気持ちを正直に、そして正確に説明することが出来ますよ。ほら、スラスラと話すことが出来ます」

 彼女の肩に、優しく触れる。タオル地のバスローブからも、彼女の息遣い、体温、そしてしっとりと僅かに肌が汗ばむ様子が、伝わってきた気がした。

「………私、ソフトクリームとして、お客様に手に取ってもらえて…………、嬉しい気持ちと、………溶けて零れちゃわずに済んだっていう、ホッとした気持ちと…………。どんな舐められ方をされても、全然抵抗出来ないっていうのが………なんだか………。フワフワした気分になって、………お腹の下の、奥の方が、キューって締まるみたいな感じで………。いつもと違うんです。本当に、頭が、蕩けそうに痺れて…………」

 言葉を選びながら、恥ずかしそうに打ち明ける芳乃香の様子を見ていて、マサキは気がついた時には、喉がカラカラに乾いてしまっていた。

 女性経験が豊富ではない新藤マサキでさえも、この反応が「発情」だといういうことは、想像がついた。芳乃香さんは、自分がソフトクリームに変身させられて、抵抗出来ずに舐められ、食べられているうちに、自分の中にエッチな気持ちが沸いたことに気がついた。そのことに、自分でも整理がつかなくて困っていたのだ。

 口に溜まっていた涎を、ゴクリと飲み込んで、喉元から胃まで、意識して落としこむ。どんな暗示が被験者に深く受入れられるか、どれくらいの効果を上げるかは、なかなか予め算段を持つことが出来ない。その日の彼女の状態や周囲の状況、色々なめぐりあわせで、変化するはずだ。しかし、マサキがかすかな期待と希望を持っていた反応に近いものに、今回の彼女の場合は、偶然、「ソフトクリーム」という暗示がヒットしてしまったということだろう。

 やはりそうだ。さっきのロケバスでの帰り道、果代ちゃんに、「舐めてみる?」などと普段のキャラクターに合わない冗談を言いだしたのは、芳乃香さんが酔っていたからではなかった。彼女の深層心理のどこかで、ペロペロと舐められて体を捩らせていた記憶が、確かな引っ掛かりを生んでいたのだ。そのことに確信を得た今、マサキの体も熱くなっていた。こんな大チャンスを見逃すほどの鷹揚さは、新藤マサキにはなかった。

「芳乃香さん、よーく聞いてください。貴方はたった今、自分がソフトクリームになる暗示にかかった時に、変な気持ちになって、困ったと、とても正直に教えてくれました。貴方がこれから困ることが無いように、この変な気持ちが何なのか、はっきりと突き止めたいと思います。もし貴方が真実を追い求める行為に共感を持てるタイプの人でしたら、私と一緒に、真実を明るみにすることに、協力を惜しんではいけません。わかりますね? 芳乃香さん。貴方は自分が感じた違和感をきちんと納得するまで明るみに出すことに、一切、躊躇することはありません。僕を全面的に信頼して、一緒に、謎の解明に果敢に挑みますよ」

 ADのマサキが書き立てるように語るストーリーは強引で大仰なものだったが、催眠状態にある「生真面目なプロフェッショナル・メディア人」にとっては大きく心を揺るがすものだったようだ。うっすらと瞼を開けている芳乃香さんの目は寄り目がちになって、真剣な面持ちで頷いた。観察していると彼女はどうやら、熱中したり真剣になっている時、少しだけ両目が寄り目になるようだ。そんな表情の移り変わりも、可愛らしく思える。

「僕が数を5つ数えると、貴方はさっき変身していた、ソフトクリームの自分にまた戻ります。いや、今度はもっと本物。完全なソフトクリームです。牧場搾りたての生乳を使った、新鮮で混じりっ気のない、高級ソフトクリーム。5、4、3、2、………1.ほら、もう完全にソフトクリームだ」

 指を伸ばした両手を頭の上で合せて、お祈りするように掲げた芳乃香さんが、真剣な表情のまま、ベッドから起き上がった。踵を揃えて、直立している。

「とーっても綺麗で、美味しそうなソフトクリームだ。………いくらかな? 値段を教えてください」

「…………580……円………」

 芳乃香さんの黒目が、少しだけ彷徨って、思案の様子を見せた後で、口が僅かに開いて、小声を出した。………580円。ソフトクリームとしては、少し高い。それともお嬢様育ちの、彼女の金銭感覚だと、これくらいが妥当なのだろうか?

「芳乃香さん、となりで普通のソフトクリームも売っているみたいですね。色んな味が300円均一だそうです。………さて、芳乃香さんは、いくらのソフトクリームですか?」

「………………ごひゃく…………………………ななじゅう………円です」

 少し困ったような表情を見せた芳乃香は、両手を頭の上で合せる、「ソフトクリームポーズ」のまま、マサキに対して、微妙に申し訳なさそうに伝えた。マサキはもう、ジーンズのポケットから、財布を取り出している。

 新藤マサキは番組の制作費を預かる立場なので、ウェストポーチに仕事用の長財布も入れている。そのポーチを身に着けてきていない今は、ポケットから完全に私用の財布を取り出して、小銭を数えた。ありがたいことに、500円玉と50円玉、そして10円玉2枚を、財布の中から見つけ出すことが出来た。

「570円………。税込みですね? ……ほら、聞こえますね。僕が、お店の人に、確かに渡しました。間違いないですね?」

 彼女の耳元で、わざとらしくマサキがコインを1枚1枚、左手の手のひらに落とし、チャリンチャリンと金属音を立てる。よくよく考えると、ここをリアルに再現することにどれだけ意味があるのかは、マサキにとってもはっきりとはわからない。そもそも、芳乃香さんは何の小道具も無しに、成人女性からソフトクリームへの変身を受け入れてくれているのだ。小銭が570円ピッタシ揃っていなかったとしても、『ある』と伝えれば、充分彼女はそう信じこんでくれただろう。しかし、マサキは自分の直感的に、ここは絶対にリアリティを損なうべきでない場面だと考えた。若園芳乃香が自分で伝えた値段。それときっちり同額の現金を見せる。それによって彼女が、マサキに購入された。マサキの所有物になったということを、彼女の脳裏深くに刻み込むのだ。このコインの姿かたちから、金属音から、硬貨が放つ匂いから、具体的かつ徹底的に、刻み込みたかったのだ。

「お買い上げ、完了です。芳乃香さん。僕、新藤マサキが、ちょっと高めのソフトクリームを、お金と交換で受け取りましたよ。コーンの部分をしっかり握りしめます。もう僕のものですから」

 マサキが芳乃香の耳元で、さっきまでよりも低めの声に力をこめて伝える。芳乃香さんが、マサキの立つ方向へ顔を向けて、僅かに頭を下げる動きをした。

「………あれあれ? ………でも、僕、新藤マサキは貴方を片手に握りながら、もう片方の空いている手で、別のソフトクリームを受け取っていますよ。向こうはチョコレート味みたいですね」

 芳乃香さんが驚いたように、顔をしかめる。眉をひそめて、マサキの左手の方をジーっと見ている。ふくれっ面だ。ソフトクリームさんのジェラシーだろうか? マサキはこみあげてくる笑いを噛み殺す。

「あっちのソフトは300円のものなのに、マサキ君はずっとあの、チョコソフトばっかり見ていますよ。芳乃香さんには見向きもしてくれません。悔しいですねぇ。嫉妬の心で、メラメラになっちゃいますね。でも、熱くなっている場合ではないですよ。今日も日差しの強い夏日です。芳乃香さんは見る間に、トロトロと溶けかけていきます。ほら、もう、形が崩れて来ちゃう。垂れ落ちて、地面に惨めに脱落してしまいそうです。………せっかくの高級ソフトクリームが………。このままだと、無駄に溶け落ちるだけです。地面に溜まって、惨めに蟻にたかられて、歩行者に無残に踏みつけられてドロドロに汚れていくだけ。ソフトクリーム人生の惨めで悲しい最後です」

 芳乃香さんの顔がしょげかえって、見る間に生気を失っていく。頭の上で立てた「拝む手」も、しおれるように横に傾いていた。目には大粒の涙が溜まっている。

「貴方もソフトクリームに生まれたからには、買い主さんに優しく舐めとられて、お口の中で幸せに蕩けて、喉を潤してあげることを夢見てきたんですよね。ソフトクリームの幸せは、美味しく食べきってもらうことだったでしょう。それはどんな喜びにも勝る、貴方の人生最大の幸せのクライマックスになっていたはずです。………けれど今、貴方は、買い主さんに見てもらえることさえなく、無意味にベタベタするだけの生ゴミに変わって、打ち捨てられようとしています。忘れ去られようとしています。本当に辛い………。本当に惨めで、情けない。頑張ってお乳を出してくれた、ウシさんにも申し訳ない。こんな自分で申し訳ない」

 もう芳乃香さんは涙を堪えていなかった。ボロボロと頬から顎へ涙の粒を流して、顔をグシャグシャにして泣きじゃくっている。体をグニャグニャと力なく揺らしながら、何かに対して懺悔するように頭を下げていた。

「………あれ、でも待ってください、芳乃香さん。………やっと、貴方のことを、購入者のマサキ君がチラチラと見てくれていますよ。貴方のことを気にかけてくれているようです。その視線が、貴方に希望を与えてくれます。もしかしたら、夢見てきた、幸せの絶頂の瞬間が、貴方にも訪れるかもしれません。太陽がいつの間にか雲に隠れて、気温が下がってきています。貴方は、自分の形をまだ保っていられます。あー、嬉しい。マサキ君に見てもらっていることが、本当に幸せです」

 両手を頭の上に立てて重ねている芳乃香さんは、二の腕で自分の顔の涙を拭うと、涙目のまま笑顔を作って、精一杯背筋を伸ばす。マサキは彼女の横に立って耳元で囁いていた体勢から、回り込むようにして真正面に正対した。

「マサキ君は貴方のことを気に入ったようですよ。………そのことが貴方に、ゾクゾクするような期待感を与えてくれます。貴方のことを上から下まで、ゆっくり吟味するように見つめるマサキ君。貴方という、高級アイスクリームを、心ゆくまで堪能しようとしているんですね。貴方も同時に、その時間を共有して、楽しみます。2人だけの時間です。時間がゆっくりと流れていく。貴方の溶けるまでの寿命も、伸びていくんです」

 そう伝えると、彼女は満面の笑顔になる。この表情の豊かさが、芳乃香さんの美貌を、いっそう愛くるしい印象にしていた。

「けれど芳乃香さん。よく覚えておいてくださいね。貴方は570円もした、高級ソフトクリームです。貴方と比べられていた普通のソフトクリームは、300円でした。………さらに言うと、マサキ君が普段口にしているのは、業務用スーパーで箱買いする、1個50円のアイスクリームだそうです。貴方はその10倍以上の出費を、マサキ君に強いたんですよね。貴方が10倍の美味しさと楽しい時間を、マサキ君に提供出来なければ、きっとマサキ君は詐欺にあったように感じるでしょうね。貴方というソフトクリームのせいで、この牧場全体が、悪どい詐欺師。犯罪者と見なされるかもしれません」

 ハッと、大きく息を吸い込む音が聞こえる。さっきまで満面の笑顔を見せていた芳乃香が、緊張の面持ちで、前方の一点を見つめている。さらによく見ると、顔が、小刻みに震えていた。

「高級ソフトクリームには、包み紙が巻かれているんですね。マサキが期待をこめて、ソフトの巻紙を向いていきます。この過程でソフトがベチャって崩れ落ちるようなことがあったら、本当にガッカリですよね………。でも………大丈夫………かな?」

 マサキがそう言いながら、芳乃香のバスローブの腰の横で結ばれていた紐を解いていく。なかなかうまく解けない。気がつくと、さっきの芳乃香さんの顔よりも、マサキの指先の方が、緊張で震えていたのだった。

 バスローブの紐をやっとの思いで解いて、引っ張っていく。裾を左右に開くと、パステル調に赤みを帯びた、白い肌が現れてくる。両肩まで裾を開くと、昨日の夜に初めて見た、奇跡的に綺麗な丸みを称えた膨らみが、またマサキの前に露わになる。乳首は昨日の記憶よりも、ツンと上を向いて起きていた。バスローブを肩から抜こうとすると、彼女の両手が頭の上から離れて、脱がされるままになる。そして白いタオル地の布が完全に脱げた時、若園芳乃香は白いショーツ以外に何も身に着けていない、無防備な裸になっていた。

 彼女の両腕が体を抱えるように上体の前で交差する。胸を隠すように宙を彷徨って、しばらく小刻みに震える。5秒くらいの躊躇の後で、震える腕はそのまま上がっていって、また彼女の頭の上で拝むように手のひら同士を合せた。ゆっくりと、背筋が伸びる。芳乃香は全身を恥ずかしさで赤く染めながらも、うっすらと目を閉じた顔をマサキにしっかりと向けて、全身を彼に差し出すように、背を反らした。踵が上がって、背伸びをする。見事なオッパイが突き出されるようにゆっくりと揺れる。恥ずかしさを必死に押し殺した、高級ソフトクリーム渾身の自己アピール………。ということらしかった。

 もう、2分くらい、たっただろうか? マサキは芳乃香のオッパイを見ていると、時が過ぎるのを忘れてしまう。芳乃香が背伸びを保てなくなってきたころ、マサキは少し腰を落として、彼女の豊かなバストの間近からおヘソへ、そして下腹部へと、顔を降ろしていく。高級そうな縫製のされているショーツの傍へ、顔がつくくらいの距離へと近づける。心なしか、彼女の腰が後ろへ引けた気がする。ショーツのゴムの内側へ親指の腹をひっかけるようにして、下へ、下へと降ろしていく。彼女の膝が曲がる。右膝を左足の前に交差するようにして、ショーツがそれ以上降りていくのを抵抗しようとする。

「いやー、570円かー。昼食代が飛んでいっちゃったなー。でも、ランチ抜きでも、高級ソフトクリームに満足出来るんだったら、まぁ、いっか」

 マサキがわざとらしく独り言を言ってみせる。またハッと息が飲み込まれて、交差していた足が解ける。膝が綺麗に揃えられて、背伸びの状態になった。ショーツをするすると降ろされて、無防備な股間が曝け出される。縦長の綺麗なおヘソから滑らかに下腹部そして鼠径部まで、滑らかな肌が続いて、やがてアンダーヘアーの森に続く。栗毛色のアンダーヘアーは彼女の大切な谷間を守るようにして生え揃っていた。石鹸の匂いがする。ショーツを足首から抜き取ると、マサキは無意識のうちにそのショーツを握りしめ、ジーンズのポケットへと、しまいこんでいた。

 彼女の生まれたままの、完全に無防備な裸。それを少しの間、距離を取ってじっくりと色々な角度から観察するつもりだった。そのはずだったのに、マサキは、いつの間にか手を彼女の後ろに回して、抱きかかえるように下腹部に顔を埋めると、キスをしてしまった。舌を這わせてみる。昨夜のように時間に追い立てられるのではなく、今度はジックリと、味わうように、反応を楽しむように、彼女を舐め始めていた。時々、芳乃香さんは、恥ずかしさに耐えられなくなったかのように、目をきつくつむって、体をクネらせる。そのたびに、マサキは彼女の耳元に口を近づけて、暗示を染みこませていく。

「ソフトクリームちゃんは、逃げたり拒んだり出来ないよ。されるがまま。でもそれが貴方にとって最高に気持ちがいいこと。僕に舐められるたびに、舌でこそぎとられるたびに、頬張られるたびに、自分が無くなっていく。そのことに対して、芳乃香さんは完全に無力だ。そして無力であることが凄い快感を生んでいきますよ」

 ユラユラと揺れ始めた芳乃香さんは、バランスを失うように揺れを大きくすると、マサキに両腕に完全に自分の体重を預ける。マサキが抱き上げながら、遠慮も見せずにオッパイを揉みしだく。それにも抵抗の素振りすら見せずに、芳乃香は顎をあげて、深い鼻息を吐くだけになっている。

「ただただ、味わわれて、喜ばれて、自分が無くなっていく。それは貴方にとって幸せの絶頂。天国のエクスタシー。マサキの涎と混然一体になって、蕩けてなくなっていく。芳乃香さんは自分の作られた意味を全うして、恍惚の中でマサキの一部になる」

 快感にすすり泣くような声を漏らしながら、芳乃香はマサキに寝かされるままにベッドの上に身を投げ出す。乳首を甘噛みされると、身を縮めて、打ち震えるように悶えた。

「芳乃香さんはどんどん、マサキの舌の上で転がされる、指でも弄繰り回される。摘ままれて口に含まれていく。口の中に、喉の奥に、マサキのお腹の中に、納まっていく。冷えていた貴方の体とのギャップで、すっごく温かく、熱く感じる。もうなんにも考えられない。ただただ気持ちいいだけ。若園芳乃香はいなくなりました。ヌルくなって、隠していた甘さが全部出て来ちゃう。ただ甘くてベチャベチャ、トロトロ、蕩けるだけの白い液体です。もうなんにも気にする必要はないです。貴方は買い主さんのの五感を喜ばせるためだけの存在。そのことが最高に幸せ。どんどんマサキと混じり合って、一つになる。そのためだけに生まれてきて。それを達成した、世界一幸せな物体」

 顔を見てみると、緩み切った彼女の表情は、アナウンサーとは違う生き物になったような気がした。微笑んでいるのだろうか、快感を貪っているだけなのだろうか、目は遠くの何かを探すように彷徨っていた。

 彼女の上に覆いかぶさるようにして、オッパイに、左右交互に吸いついていく。手と唇と舌とで、考えつく限りの愛撫していったマサキが、ゆっくりと彼女の上体から下の方へと、キスする位置を変えていく。彼女の股間の近くに顔を寄せると、さっきは石鹸の匂いしかしていなかったアンダーヘアあたりの匂いが、明らかに変わっている。甘酸っぱいようで、少し香ばしい、女性の生の匂いが濃厚に漂ってきている。芳乃香さんの両手が、ゆっくりと、マサキの目を盗むように伸びてきて、股間の恥ずかしい割れ目付近を隠すように重なろうとする。

「こんなところにはもう、とっくの昔に、力が入らなくなっているよね。溶けきった、元ソフトクリームさん」

 マサキが、確認するように伝えながら彼女の両手を左右に開くようにズラして、シーツの上に置く。すると、もう芳乃香の両手は、それ以上の抵抗を諦めたように、動かなくなる。

「この体は…………。この物体は、もう、新藤マサキに食べられて、消化されて、吸収された、新藤マサキの一部なんだよ。僕の思うように反応して、僕の思うように動くんだ。そして僕は今、すっごくエッチな気分。エッチなことをしたい気持ちで一杯。エッチなことしか、考えられない。………貴方も同じだよ。そのことに疑問を持ったり、押さえつけようとしたりする脳も、もう貴方には無い」

 マサキがそう言いながら芳乃香さんの両足を開いていく、膝を立てるように太腿を開かせて、顔を近づける。震える彼女の下半身に、少し力が入る気配………。やがて彼女は、足に力を入れて、踏ん張るようにして少し腰を上げる。まるでマサキが見やすいように、愛しやすいように、股間を差し出して押しつけてくるような体勢になった。

 濃い赤みをまとった粘膜の裂け目周辺が、クパッと音を立てるようにして、自分から口を開く。離れた割れ目の間に、粘液が糸を引いた。湿度と温度の高い、濃密な雌の空気が、封印を解かれたように外の空気と混じり合う。マサキはその香りを、鼻を押しつけるようにして吸い込んだ。芳乃香さんが隠したくて必死になっていても、芳乃香さん自身から染み出てきて主張してくる、彼女が成熟した女性であることの証。芳乃香さんの体が、性的な刺激に反応して、生殖行為を受け入れる準備をしているという信号。愛液に濡れ浸って、男性器の挿入に備えている、女子アナの膣のヒクつきだ。彼女の性器の形と色と匂いと感触を、全てトレースして、頭の中にマッピングするかのように。マサキは丁寧に、丹念に、執拗に彼女の性器の外と中、指や舌の届くまでの全てを愛撫した。

「芳乃香さん………。そろそろ、入れるよ」

 名前を呼ばれると、僅かに人間としての意識を取り戻すのか、天井を眺めていた芳乃香が、マサキの顔を見る。その目は潤んでいて、顔は赤く熱を帯びて、理性が飛んでしまっているように緩んでいた。マサキと目を合せながら頷く芳乃香。ジーンズもトランクスも既に降ろしているマサキが、これまで自分でも見たことがないくらい高ぶって固く膨れ上がっている自分のモノを、ずっと憧れてきた美人キャスターのヴァギナに挿入しようとする。先端が僅かな抵抗を受けるが、グッと踏みこむとズルっと入る。芳乃香の中は温かくて、ヌルヌルと柔らかかった。そして思った以上に締めつけが強い。彼女の年齢から考えると、あまり使い込まれていない、若々しい膣の内部。マサキはしばらく目を閉じて、全身の神経をペニスに集中させるような気持ちで、芳乃香の内部の感触を噛みしめていた。そして次に目をはっきりと見開いて、結合している自分のペニスの根本と、彼女の膣口の光景を、網膜に焼き付けた。既に繋がっている2人の性器は、ドロドロのベトベトに濡れて光っている。腰を引いてみると、ヴァギナから自分のペニスが3分の2くらい、外に出てくる。摩擦から生まれる快感で、左右のコメカミが押しつぶされるかと思うほど、頭がクラクラする。ペニスは鈴口から太腿の付け根まで、全てが性感帯になってしまったかのように、刺激でピリピリと痺れる。すぐに暴発してしまわないように尻の筋肉を引き締めながら、もう一度ペニスを根本まで芳乃香の奥へと挿入すると、更に激しく心地よい刺激が、爪先から脳天まで駆け抜ける。

「んんーーーんんっ…………………」

 芳乃香が深い溜息を洩らす。ベッドに寝そべったまま、ブリッジするかのように背を反らした。彼女も全身の神経で、結合している性器から得られる性的な快感を貪っている。いやらしい刺激を味わうことしか、考えられなくなっている。マサキがそう暗示をかけた。彼女がその通り反応していることは、しっとりと汗を浮かべて桜色に染まっている、彼女の白い肌が示していた。

 彼女の下半身をベッドの端まで引き寄せて、マサキはベッドの脇に立つかたちで結合する。この体勢が、一番奥深くまで、彼女に自分のモノを挿入出来る気がする。膝を曲げて、グッと奥へインサートすると、波打つようにして彼女の上体がクネる。背中が弓なりに反って、芳乃香の見事なオッパイがブルンブルンと、左右で時間差をつけて揺れる。日本に何万人といるであろう、美人アナウンサー若園芳乃香の男性ファンたちが、妄想はしても目で実際に見ることは決して出来ない光景。美貌を歪めて快感に悶え喘ぐ、全裸の芳乃香の乱れる姿。ADのマサキが普段、ご機嫌をとるのに懸命になっている、意識の高いキャリアウーマン。その彼女が自分のモノを下の口で咥えこんで、自分からも腰を振って、性器の擦り合わせに没頭しているこの痴態。この世に本当に存在するなんて、誰もが今一つ信じ切れない、若園芳乃香がセックスに夢中になっている姿。それが今、目の前で晒されている。そんなショッキングでセンセーショナルな光景を、マサキは今、独り占めさせてもらっている。

 腰を引いたり、押し出したりの繰り返し。いつの間にか、彼女の方からも腰を振って、膣壁を精一杯締めつけて、マサキのピストン運動の生み出す愉悦を、少しでも多く搾り取ろうと体を動かす。本当に人が違ってしまったかのような、彼女の熱に冒されたような目は、快感の搾取に真正面から、文字通り体当たりでぶつかってくるようだった。

「イキそうだ………。僕はもう、イキそうだよ…………。でも、もうイク、寸前のところで、あと一歩とのところで踏みとどまっているんだよ。僕と一心同体になった、君もそうだよね? ………もう、ほんのちょっとでイキそう。でもまだまだ我慢する。ギリギリまで我慢して、最後に何にも残らないくらい、弾け飛ぶためだよ。ほら、もうイク………。でもまだ我慢…………。気持ち良すぎて壊れそう………。壊れたい………。もう少し………。もう、ほんのちょっとの快感で、みっともなく決壊しちゃう。でもその寸前で留まってる」

 マサキは、自分で思ったよりも口数が増えている。芳乃香にかける暗示に集中していた方が、長続きしそうだと思ったからだ。彼のそんな、逃げ道がわりに暗示を刷り込まれていく芳乃香はたまらない。もともと「イヤらしいことしか考えられない」、「発情した自分を抑える脳も無い」と刷り込まれている今の彼女の、剥き出しになった無防備な本能に、「イク寸前」、「もう少しだけ我慢する」、「もっと気持ち良くなる」と、直接的な暗示が、ピストン運動のたびに次々と塗りこめられていく。芳乃香はもう、言われるがままに乱れ狂うしかなかった。

「うぅぅぅはああああっ…………。ふあぁぁああああっ」

 芳乃香は今、自分のことを若園芳乃香だとは思っていない。それどころか、人間だとも認識出来ていないようだ。とにかく新藤マサキの一部として、あるいは一切れのイヤらしい肉として、注ぎ込まれる快感に溺れて即物的な反応を返すことしか出来ないでいた。本当だったら、とっくにエクスタシーに達して果てているはずの快感の量。それドボドボと決壊寸前まで注ぎ込まれて、なお我慢を強いられている。もう彼女は、完全に自分を無くしてしまっているようだった。

「今から僕が声を出してイクよ。僕の一部である君も、当然のように一緒にイク。それは君が今まで知っているエクスタシーの何倍も何十倍も協力で暴力的なエクスタシーになる。君の体、そして深い意識の底にそれは、一生消えないような強烈な快感を刻みつけるよ。そして君はその快感を、最高に幸せな気持ちとともに受け止める」

 催眠術師の流暢な喋りを装っていても、マサキの声も上ずって何度も裏返っている。マサキ自身、いつ暴発してもおかしくない状態で、必死に下半身に渦巻く快感から意識を反らしていた。そして、今、我慢の堰を一気に緩める。オスの本能を満足させる放出………というよりも、我慢し続けていた精を、やっと放つことが出来る、安心の方が先に立った。

 背筋が震え立つような快感の中で、尻の筋肉が吊りそうになるまで我慢していた射精を、何度も、何度も、何度も繰り返す。目の前の光景が白黒に変わるほどの強烈な愉悦。危うくマサキ自身の意識が細切れに飛び散りそうな、射精の悦楽が、脳髄から頭頂部まで炸裂した。自分のヘソまで飛沫が叩きつけてくる感触に、しばらくは気がつくことも出来なかった。

 マサキが射精を繰り返して、執拗なほどに精子を芳乃香の子宮口から子宮の内幕全面に吐き出している間、芳乃香も尿道口から激しい水流の、噴いた潮をマサキの下腹部に叩きつけていた。潮を噴いている。それをマサキが理解してからが、長かった。マサキの射精が終わったあとも、いつまでも、何度も、いつ終わるのか彼が心配になるほどに、芳乃香は繰り返し、激しい勢いで潮を噴き続けていた。気がつくと、ベッドの半分そしてカーペットまでビッショリ濡れるほど、若園芳乃香はものすごい量の水分を潮として噴き出していた。その勢いはまるで、不用意に振り回されたシャンパンのボトルを、開封した後のようだった。

 延々と、それこそマサキにとっては永遠と思えるくらいの長い時間、芳乃香は断続的にエクスタシーに達しては、プシュッ、プシュッと潮を噴いていた。やっと落ち着いてきたと思ってからも、まだ数分に一度くらい、少し腰を浮かせて、まるで名残を惜しむように少量の潮を噴いて、打ち震える。見守ろうと思ったが、することがなくなった正樹は添い寝して、横から芳乃香のオッパイを揉んだり、乳首を摘まんだりして、暇つぶしのように時間を消費する。その間も、若園芳乃香は呆然と天井を見上げて、放心しきったままの表情で、恍惚の世界から帰ってこなかった。時々、思い出したように、腰が浮いては、申し訳程度の潮を噴き、ブルブルっと痙攣する。マサキのセックスの10倍くらいの時間をかけて、彼女は今もまだ、彼とのセックスの中にいるのだった。

「そろそろ、僕の言葉………、わかるかな? ………貴方は、とっても気持ちがいい、最高の天国にいた。それは間違いありませんね。…………若園芳乃香さんは、ソフトクリームになった後、全身を残さずマサキ君に食べられて、究極の喜びと幸せを味わって、消化されました。もう吸収されて、完全にマサキ君の一部だね。………どう? ………思うことがあったら、話すことが出来るよ」

 マサキがチョンっと肩に触れる。芳乃香さんは自分のことを、食べられて、無くなったと思っている。それでも肩に触れられたことは認識出来るし、口を使って話すことは出来るのだから、人間の解釈というのはとても柔軟なものだ。

「…………………こんなに………気持ちいいことが………、人生で起こると思っていなかったから………………。幸せです…………………」

 まだ夢うつつを彷徨うように、芳乃香さんが呟く。

「………でも…………、私が無くなっちゃったことは…………………。…悲しい…………かも……………」

「そうかぁ、悲しいか」

 マサキは弄ぶように、芳乃香さんの右の乳首を人差し指と親指で摘まんで、引っ張り上げたり、離したりしている。こんな玩具が手元にあれば、一生飽きないのではないかと思った。

「は……い。…………悲しい…………かな………。…………もっと、…………ちゃんと、アナウンサーとして…………、お仕事、したかった………………。いっぱい、勉強もしたし………、先輩や先生にも…………、色々……………。お父さんとか…………お母さんも…………いっぱい‥・応援………………………………。だけど……………………、もう………食べられちゃった………………」

 芳乃香さんが横で鼻をすすり始める。マサキは彼女の真っすぐな性格を改めて思い知らされて、秘かに感動する。若園芳乃香に催眠術をかけて、改めて彼女の、気遣いの多い性格を理解した。そういえば彼女は、高級シャンパンをぶちまけてしまったということを、ずぶ濡れになった自分のことよりも心配していた。牽制球を投げられたと思えば、真っ先にチームのことを考えて身を投げた。ソフトクリームになったと思ったら牧場の名誉を気にした。そして、食べられてしまったと信じ込んでいる今は、人生最強のエクスタシーに心身をバラバラにされながらも、これまでアナウンサーとして成長してきた自分を、応援してくれた人たちに詫びようとしているのだ。

 これほどまでに素直で真っすぐな若園芳乃香を、マサキは自分のものにしたいと、さらに強く思った。誰もが羨むような顔の造形の美しさと、プロポーション。胸の形の良さと柔らかく健康的な肌質。生まれ持ってのポテンシャルに、恵まれた家庭環境と親密な人間関係。全てが調和して、彼女のように見た目も頭も性格も良い、魅力を太陽のように発散する存在を作り出した。世渡りは上手ではないし、不器用なところは多分にあるが、真っすぐな性格とコダワリ。頑固なところもきっと、彼女の将来の大きな成功に、いつか役に立つ資質なのだろう。その素晴らしい環境が、彼女のように素直で真っすぐで共感性が高くて、被暗示性が抜群に高い女性を作り上げた。皮肉なことでもあった。

 今、催眠術というニッチな技術をうっかり受け入れた彼女は、偶然にもマサキにとって、絶好の玩具になってしまっている。彼女の知的能力の高さ、理解力、想像力、共感力、柔軟に解釈する思考力、素直な性格。全てが抜群の玩具として、彼の前に差し出されているのだった。だから新藤マサキは、芳乃香の備える数多くの美質を愛でながら、それを弄ばせてもらう。こんな逸材を見逃してしまっては、彼にこの先、それほど良い未来があるとも思えないからだ。

「………芳乃香さん。よく聞いてください」

 暗示の言葉の中で、彼女の名前を呼んだのは、久しぶりな気がする。しばらくの間、彼は若園芳乃香のことを、「たまたま暗示に反応出来る無機物」として扱ってきたからだ。

「貴方の、食べられて、無くなってしまって、気持ち良かったけれど悲しい思いもあるという気持ち。新藤マサキは、しっかりと理解して、受け止めてくれました。これも一心同体になったおかげですね。………これから、彼の特別な催眠術の力で、貴方を、若園芳乃香という女性を、努力を惜しまないフリーアナウンサーを、もう一度ここに、独立した存在として呼び戻そうとしてくれています。催眠術には、そんな力まであるんですね………」

 はぁ…………っと息を吐いて、芳乃香の顔が嬉しそうに色づく。期待に満ちた目で、彼女の視線がマサキの顔を捉える。久しぶりに、彼女の目の焦点があったのを見た気がする。

「けれど、もし、肝心の貴方の心の中に、マサキ君の催眠術の力を少しでも疑ったり、訝しんだりするような心があったら、この奇跡は一生起きません。………だからマサキ君が貴方に、大切な暗示を掛けてくれる時、貴方はその威力を全身全霊、心の底から信じ込まないといけません。マサキ君の催眠術は、芳乃香にとって絶対的な力。どんなことでも実現することが出来る。どんなかたちにも、芳乃香を変えることが出来る。………そのことを、祈るように、貴方の魂全てを震わせて信じきらなければ、若園芳乃香さんは帰ってくることが出来ません。‥・芳乃香さん。出来ますか? 出来ますよね? …………お世話になった皆のためにも、そう信じ切ることが、貴方には出来ますよね?」

「………はい…………。出来ます………。頑張りますっ」

 目をバチバチっと瞬きさせると、彼女の長い睫毛が上下する。まっすぐ見据える芳乃香の目には今、前に立つ催眠術師への絶対的な崇敬の念が込められていた。

「芳乃香さん、貴方と同体になっていた、ADマサキ君の魂をまず慰めて、約束してあげてください。彼にとっては自分の体と魂の一部が、今から剥ぎ取られて分割されるというのは、とても辛いことですから」

 マサキが言うと、目の前に膝立ちになっている全裸の芳乃香は、一度だけ唾をゴクリと飲み込んだあとで、目を潤ませてマサキに訴えかける。

「…………マサキ君…………。ゴメンなさい…………。私と貴方は…………。その……………。離れても…………、心は1つだから………。お願い………。私を、解放してください…………。貴方が寂しくなったら、絶対に私が貴方を包みこんで、慰めてあげる………。私たちは、2人になっても………、一つだから……………」

 芳乃香の決死の告白を、録音する準備をしておけばよかったと、マサキは秘かに悔やんだ。芳乃香さんは本気だけれど、マサキにとっては、気恥ずかしくなるような告白だった。何と返答していいかわからなくなって、反射的に目を逸らしたマサキ。その彼に、念を押すかのように抱きついてきた芳乃香は、自分から唇を寄せて、マサキにキスをした。

「…………貴方が寂しい時があったら、いつでも私、貴方と一つになるから………許してください…………。お願い…………」

 キスの合間に、懇願してくる美人アナウンサーに対して、マサキは断る言葉は思いつけなかった。

「………はい、芳乃香さん。マサキ君は痛みとともに、貴方と分離することを許しました。貴方はそのことへの感謝を、一生忘れることはありませんよね。………では、これから、若園芳乃香を1人の成人女性として、ホテルの一室に呼び戻しますよ。僕の暗示を全身全霊で受け入れて、深く信じこんでください」

「……………はい………。お願いします…………」

 芳乃香さんが生唾を押し込むように飲み込んで、頷く。

「若園芳乃香は、新藤マサキと一心同体になっていたところから、もう一度、別々の存在に分かれます。心は繋がって居てますが、マサキ君の善意で、独立した女子アナウンサーとして、もう一度、生まれ変わります」

「……………はい………、生まれ変わります…………。…………マサキ君の………おかげ…………です」

「普通なら、こんなことは不可能なのですが、若園芳乃香にとっては、マサキの催眠術は絶対的な力を持ちます。マサキの暗示は何でも真実になる。芳乃香をどんなかたちにも変えられる。だから今回も、芳乃香を復活させることが出来ます。今も将来も、催眠状態の芳乃香は、正樹の言うがままになる存在なんです」

「マサキ君の………催眠術は絶対的…………。何でも‥・真実…………。私は………どんなかたちにも、変わる………。………言うがままま……………」

 芳乃香さんはお経を唱えるように、何度も繰り返し、口の中で反芻している。薄っすら空いた瞼の間から、彼女の黒目が寄り目がちになっているのが見える。彼女は今、懸命に正樹の言葉を飲み込んで、自分自身に深く、広く、染み込ませていっている。

「新藤マサキの催眠術を、絶対の力として受け入れることを決めた人だけが、今、復活することが出来ます。将来、マサキが催眠術をかけようとしていることに気がついたら、必ず受け入れる。必ずかれの暗示を絶対の真実として抱きかかえる。そのことを決めた人だけが、ゆっくりとここへ、戻ってくることが出来ます。ほら、芳乃香さん。大の字になって寝転んでください」

「はいっ」

 マサキ言葉を咀嚼する間も惜しむように、全裸の芳乃香さんがゴロンとベッドに寝そべって、両手両足を大きく広げる。

「芳乃香さんの体と心が、ゆーっくりと、ここに戻ってきます。ほら………ほら………。貴方が完全にマサキ君の暗示を受け入れることが出来たおかげですね………。素晴らしいことです。芳乃香さん。貴方は、今、新しく生まれ変わりましたよ。…………人気の美人フリーアナウンサー。若園芳乃香は、とっても魅力的な女性として、改めてこの世界に戻ってくることが出来ました。全て、催眠術の絶対的な力のおかげですね」

「…………はいっ…………。本当に…………ありがとうございましたっ。うぅっ…………………」

 彼女が全裸の姿のまま、ポロポロと涙を零している。そんな芳乃香の両肩に、マサキは白いシーツかけてあげた。芳乃香は鼻をすすりながら、シーツに包まれる。

「若園芳乃香さんは、1人の独立した成人女性。プロフェッショナルなアナウンサーとして、冠番組の主役として、華麗に戻ってきました。けれど貴方は深層心理では決して忘れません。貴方はADの新藤マサキ君と、一度は一心同体になった存在です。そして彼の催眠術の万能で絶対的な力で、復活させてもらった存在です。貴方はいつでも、彼の催眠術の前では完全に無力な存在です。そしてそれは、とても幸せなことです。貴方は催眠状態に落ち込む時、いつも一切の抵抗が出来ない無力感と当時に、圧倒的な力に包みこまれる幸福感で恍惚の歓喜を味わいます。………わかりますね?」

「は………い、…………わかり…………ぅあぁっ」

 芳乃香さんが、言葉の途中で顔をしかめて、全身を、………主に下半身を蠕動させる。シーツの裾から、ポタポタっと液体が垂れた。まだ。この期に及んでも、彼女はまだ、思い出したかのように潮を噴いていた。それも、マサキの言葉のせいだろうか? 若園芳乃香は、マサキとの性行為の後、30分も過ぎているというのに、まだだらしなく、はしたなく、股間から恥ずかしい液を垂れ流して、まるで馬鹿になってしまったような下半身の醜態を、マサキの前で曝け出してしまっていた。

「…………うっ…………ぅぅううっ……………無力で……………、幸福で………………、恍惚の……………………、はぁあっ…………ぁぁっ」

 最後の愛液を振り絞り出すように、芳乃香の腰がはしたなく振られる。ベッドの上に、また新しい水たまりを作りながら、芳乃香はマサキの言葉を懸命に復唱して、もう何も出なくなった腰を、まだ切なげに、名残惜しそうに、前後に振っていた。

。。

 呆けたように天井をボーっと眺めながら、時々、思い出したかのように「芳乃香は無力です………」とか、「いうがまま…………幸せ…………絶対です」とか、うわごとのように呟いている芳乃香さん。マサキはそんな彼女の体の横で、添い寝するようにしてオッパイを手で弄んでいた。芳乃香さんの意識の奥深くまで、全身にまで暗示が行き渡るのを、じっくりと待っているのだった。いつまでも見つめていたくなるような美しくて魅力的な体だけれど、ただ隣で観察しているだけではもったいない。マサキは手持無沙汰を紛らわせるように、彼女の乳首を突いたり、摘まんだりして遊んでいた。

 左の乳首を弄っているあいだに、また彼女のピンク色の乳首は左右とも同時に膨らんで立ち上がってくる。片方だけ刺激していても、仲良く両方、ほぼ同時に固くなる。その様子が面白くて、弄ったり、しばらく休ませたりを繰り返して、彼女の体の反応を何度も楽しんでいた。

(そろそろ、暗示の浸透度を確かめても良いかな?)

 マサキは時計をチラッと見た後で、芳乃香さんの催眠暗示への反応を、確かめる方法について考えてみる。そこで先ほどから、自分が彼女の左の乳首ばかり弄っていたことを思い出す。彼女の左耳に口を近づけて、囁いてみた。

「芳乃香さん、貴方は僕が手を叩くと目を覚まします。この部屋には誰もいない。貴方一人です。僕がここにいることには気がつかない。けれど、僕の言葉は貴方の心に響きます。貴方が起きているつもりでも、僕の暗示は貴方の心と体を自由に操ることが出来ます。はい、目を覚まそう。パチン」

 マサキが手を叩くと、芳乃香さんはスッキリとした顔で上体を起こす。ズブ濡れになったベッドを見回しながら、頭を掻いた。

「寝起きの頭をスッキリさせるには、運動が一番だよ。床に手をついて、腕立て伏せを始めようか。腕立て50回、始め」

 マサキが囁くと、芳乃香さんはバスローブを取ろうとしていた手を止めて、直ちに床にうつ伏せになって、腕立て伏せを始める。まるで上官に指示をされた兵隊さんのように、真剣そのものの表情で、服を着ることも考えずに、運動を始めた。その腕立て伏せも、30回を超えると、二の腕がプルプルと震え始める。顔が赤くなって、辛そうな表情を見せるが、それでも上下運動は続く。オッパイが絨毯に接するたびに、柔らかく形を変えていた。

「貴方の体はさっきまで、左の乳首だけが何回も刺激を受けたことを覚えていますよ。右の乳首が刺激を求めて、ウズウズしてきましたね。右の乳首も刺激が欲しくて仕方がない。摩擦が欲しい。けれど自分の手で弄ってはいけません」

 マサキが言うと、芳乃香さんの表情は少しずつ、鬱屈とした欲求を貯めこんだような、切羽詰まったものに変わってくる。キョロキョロと周りを気にしながら、腕立て伏せの途中で胸を絨毯に擦りつけるような動きが入ってくる。

「芳乃香さん、腕立て伏せ、止め。床に乳首を擦りつけるのもやめましょうか? バイキンが入ったら困りますよね。でも、………もっと刺激が欲しい。右の乳首が刺激を求めて爆発しそうだ。自分の手でも床でもないところに擦りつけてあげないと………」

 マサキの言葉が終わらないうちに、芳乃香さんが床に膝をついて、ベッドの端にオッパイを押しつける。体を左右にずらしながら、乳首で感じる摩擦に喘ぐ。

「ベッドも駄目になっちゃいました。早く他のものを探しましょう。…………壁も、…………もうアウト。次はドア? ………………………はい、ドアも駄目」

 マサキはもう、理由も告げない。ただ一方的に命令するだけだ。何の理由付けも動機付けも無くても、芳乃香さんは疑問も持たない様子で、マサキに言われるがままに、壁やドア、机、そして窓の方へと、パタパタと駆け回って、懸命に右の乳首を擦りつける。

 …………パタパタ?

 マサキは芳乃香さんが部屋中狭しと駆け回っている時の音に気がついて、彼女の足元を見る。そして思わず、笑みを漏らしてしまった。芳乃香さんは全裸で部屋中を走っているのに、足元にはきちんと室内用のスリッパを履いているのだ。さっき、腕立て伏せを終えて、立ち上がったところで無意識のうちに履いたのだろう。密室で、無防備な全裸で走り回り、自分のオッパイを家具や壁に擦りつけている合間に、それでもスリッパは履いている彼女。一体どれほど育ちの良い、お嬢様なのだろう。全裸なのにスリッパという、少し滑稽に見えるその姿も、マサキにはとても可愛らしくて愛おしいものに見えた。

「はい、頑張ったね。芳乃香さん。そのまま窓で乳首をこねくるのは、OKです。すっごい快感が乳首から貴方の全身を痺れさせるよ。思いっきり、この気持ち良さを楽しもうか」

 ガラス窓にオッパイを押しつけて、乳首を上下左右に擦りつけながら、今にも涎を垂らしそうな表情で快感に悶えている芳乃香さん。顔を90度横に向けて、頬っぺたまでピッタリと窓に押しつけていた。両足はガラスの下の壁に、ガニ股気味に押しつけられている。もしも、このホテルの近くの建物からこちらを見ている人がいたなら、その人は有名女子アナの物凄い痴態を目にすることになっただろう。幸いにも(残念なことに?)、周りにはこのホテル旅館ほど高い建物は無い。

「芳乃香さん、僕がもう一度手を叩くと、貴方は正気に戻って、僕が部屋にいることに気がつきます。貴方が僕を呼んだんですよね。けれど、体の動きは今のまま。僕が止めさせるまで、自分では止めることが出来ない。パチン」

 手を叩くと、芳乃香さんは、上半身で円を描くようにオッパイを窓ガラスに擦りつけている動きはそのまま、ハッという表情になって自分の口元に手をやった。最初に意識がいったのは、口から窓ガラスを伝っている涎を拭うことだったようだ。そして、その次に、窓の近くまでやってきた、マサキの気配に気がつく。

「………キャァッ…………。マサキ君っ……………。やだっ…………。こっちを見ないでっ」

 芳乃香さんは慌てて手をカーテンへ伸ばして、自分の体を隠すように引っ張ったカーテンに包まる。けれどお尻を隠すほどの丈はないカーテンなので、もう片方の手でお尻の割れ目のあたりを隠した。それでも状態はまだ、オッパイをムギュムギュと窓に押しつけている。女性のお尻というのは不思議なものだ。さっきまでの丸出しよりも、彼女が背伸びをして隠そうとするたびに、カーテンの裾から隠れたり見えたりする、今のお尻の方が、マサキをドキドキさせている。

「………あの、芳乃香さん、僕が勝手に部屋に入ってきた訳じゃないこと、わかりますよね」

「………う………うん…………。私が呼んだの……………。でも、………信じて……………。これは…………………その、貴方が思ってるようなことじゃないの…………」

 芳乃香さんの、苦しい言い訳が、カーテン越しに聞こえてくる。

「………これって…………、芳乃香さんが、僕を部屋に呼んで、裸でオッパイを窓に擦りつけながら待ってたことについてですか?」

「……………そ………………。そう……………。私も、………こんなこと、したいんじゃないの……………。でも、…………………………………とめられない…………………。勝手に……………こうなっちゃってるの…………。信じて」

 弁明の最後の方には、消え入りそうな声に、泣き出しそうな響きが混じっていた。

「そうなんですね……………。芳乃香さん。……………多分、それも、僕が貴方のお尻を3回、平手で叩いてあげたら、治ると思いますよ。そうやって、女の人の体の自由を取り戻させてあげる、ショック療法があったはずです。…………学校で習いませんでしたか? ………これ、医学的には常識みたいですよ」

「…………………………そっか…………。そうだよね……………。うん……………。中学の保健体育で、習ったかも………」

 自分に言い聞かせるような声がして、カーテンに包まれた芳乃香さんの頭が頷く。

「…………マサキ君、…………その、………急なお願いで、本当にゴメンなさい。…………私の、お尻を3回、叩いて欲しいの」

 カーテンの裾からはみ出た、丸くて形の良いお尻が、マサキの方へ突き出される。彼女の上体は今も、グリグリとオッパイを窓ガラスに擦りつける動きを続けている。

 ペチンッ、ペチンッ、ペチンッ

 と、瑞々しさと弾力のある肉を叩く音が部屋に響き渡ると、芳乃香さんの体の動きはやっと止まる。ホッと溜息が、カーテン越しに漏れてきた。

「………………」

 しばらく無言で迷っていた芳乃香さんは、カーテンの隙間から、白い腕を伸ばす。ベッドの方を指さしている。さっきまで腕立て伏せをして赤くなっていた二の腕は、やっと彼女の本来の肌の色に戻っていた。手や手首、肘のあたりは普段から見ている白さだが、二の腕から肩にかけてはさらに透き通るような白さ。美しい腕だった。

「…………ゴメンなさい、マサキ君。………バスローブが、ベッドにあると思うんだけど、取って来て欲しいの…………」

 申し訳なさそうな声。マサキはそこまで聞いて満足して、もう一度手をパチンと打ち鳴らした。

「芳乃香さんは深い催眠状態に戻ります。恥ずかしい思いもない、完全な無意識状態。カーテンから出て来て、ベッドに体を預けましょう」

 マサキがそう言うと、カーテンを巻き付けるように包まれていた芳乃香さんが、無表情になって出て来る。真っ直ぐベッドへ向かって、ドサッとうつ伏せに倒れこんだ。

(感覚操作、行動指示、記憶操作、常識変換…………。大体全部、半覚醒の状態でかけられたか。…………もともと芳乃香さんの被暗示性が凄い高いから、あまり極端な差はわからなかったけど、ほとんど理由付けも無しで適当に入れ込んだ暗示にも、素直に従ってくれてるから、充分合格ラインかな?)

 マサキは自問自答しながら、何度か頷いていた。

。。

 申し訳程度にバスローブを羽織らせた芳乃香さんを、ベッドの上で上体を起こさせて語りかける。

「芳乃香さん、聞こえますね?」

「……………はい…………」

 口を開くのも億劫そうにだが、芳乃香がようやく答える。まだ頭の中は歓喜の余韻に浸っているようだった。

「今から私が10から0まで数えていくと、貴方はスッキリとした気持ちで目を覚ますことが出来ます。今度は本当の覚醒状態です。催眠状態の間に起きたことは、目が覚めた後は思い出すことが出来ません。けれどとっても気持ちがリフレッシュされる、素敵なことがあったということだけは、貴方もわかっています。そして、今日あった出来事は貴方の心の奥深く、貴方の人格の根っこの部分にしっかり残って、少しずつ、ほんの少しずつですが、確実に、貴方に変化を及ぼしていきますよ。わかりますね?」

「………はい………。思い出せないけど………………、私を………変えていきます…………」

「目を覚ましたあとで、お部屋のお片づけをして、身だしなみを整えて、東京に戻る準備をしましょう。10………9………8……………7…………僕は部屋を出ますよ。………………6……………5………………4………………3……………2………ドアを閉じた後、ゼロになります。…………1……………」

 ドアを閉めた後、「0」とマサキは小さく呟く。芳乃香に聞こえたかどうかはわからない。それでも敢えて「0」まで口にしたのは、こうした約束事を、きちんと最後まで実行しておくことが、2人の間に強力なラポールを維持していく上で、大切なことのように思われたからだった。

。。。

「はいお疲れー」

 自分の部屋に戻って来たマサキは、そうとうにぞんざいな仕草で左手を使って、安眠を貪る佳代ちゃんのオッパイを揉みしだく。13、14、15。揉んでいるうちに、若いメイクさんはゆっくりと目を覚ます。

「…………あ…………、すみません………。私…………。ウトウトしちゃって………」

 まだ寝ぼけているような目つきで、果代ちゃんが体を起こしてブンブンと左右を見る。頭の中にまだ鈍痛を覚えるかのように、後頭部を撫でた。深い眠りから急に起こされると、こういう状態になることもある。

「いや………大丈夫だよ、果代ちゃん。………今日はキューさんの無茶ぶりで、始発の電車で来てくれたんだよね? ………お疲れさまでした」

 マサキが優しい声で応じる。今日はとにかく、マサキにとっては、すべての願望が叶ったような、人生の記念日だ。果代ちゃんの戸惑いくらい、余裕で包み込むことが出来た。

「…………えっ………。……………ギャッ!」

 無造作に胸元の立派に育った膨らみのあたりに手をやった果代ちゃんは、自分がノーブラの姿でマサキの部屋で寝ていたこと、そして脱ぎ捨てたブラジャーがベッドに転がっていたことに気がついて、飛びつくようにして、目にしたブラの上に飛びついて下着を隠す。

「………アハハ………。僕、何にも見てないから、果代ちゃんは楽にしててよ。…………今、若園さんは、自分でヘアブローとかしてるのかな? 呼ばれるまでは、果代ちゃんはこっちの部屋にいていいんじゃない? 僕はジュースでも買ってくるよ」

 隣の部屋からは、ドライアーを掛ける音が延々と聞こえる。果代ちゃんは、自分のだらしなさを責めるように、ふくれっ面で頷いた。マサキが部屋を出て、2人の女性が楽に過ごせるように、気を遣ってホテルの外へと足を運ぶ。ドアを開けると、隣の部屋でかけているらしい、ドライアーの音が一層大きく聞こえる。しばらくは続くだろう。隣部屋の芳乃香さんは今、自分のベッド周りの愛液で出来た水溜まりを、必死でドライアーで乾かそうとしているのだから………。ショーツが無くなっていることも気づかない、ノーパンの芳乃香さんが懸命にシーツの恥ずかしい染みの後始末をしている姿を思い浮かべて、マサキはニヤニヤしていた。筋肉痛気味の二の腕と、ヒリヒリと熱いお尻を押さえて首を傾げながら、健気にお部屋を片付けている彼女を思い浮かべるだけで、マサキは口笛を吹きたくなるくらい、愉快な気分になっている。

。。。

 撮影機材とスタッフを載せた、灰色のハイエースがホテルに着くと、一行は東京へ戻る。若園芳乃香さんはまだ足取りがおぼつかなくて、荷物を持ってくれているADのマサキに、さらに体を預けるようにして、ロビーのエントランスから、白いハイエースに、フラフラと乗り込む。

「………若ちゃん、ゴメンね。今日の撮影分、仮編集の目処付けだけ、大体終わった状態なんだけど、まだ決められてない部分とかあって、お見せできる状態じゃないんだよなぁ………」

 白いハイエースのスライドドアから車内に顔を入れた、プロデューサーのキューさんが、申し訳なさそうに頭を掻く。本当はこの人は、本編集が終わって、出来ればオンエアーされるまで、若園さんに内容を見せたくないんだと、マサキは勘づいた。

「………はい………。私も、ちょっと色々と疲れが出ちゃったみたいで………。移動中に見られる気がしないので…………。結構です」

 キューさんが、ホッとした顔を見せる。意図がバレバレに思えて、マサキはヒヤヒヤする。

「……あの、編集済み、ポスプロも終わった内容の最終チェックって………、マサキ君も入りますか?」

 ダルそうにシートの背もたれをリクラインさせながら、芳乃香さんが尋ねる。

「はぁ…………、マサキも入りますよ………。テロップの間違い潰しとか、うちはご覧の通りの小所帯なんで、何でもやらせてます」

 答えを聞いて、今度は芳乃香さんがホッとした顔を見せる。

「それなら………、私、見なくて大丈夫です………。多分、私の考えることとか、心配することとか………、マサキ君はわかると思うので、お任せします。事務所確認も、無くて良いです………」

 話しながら、芳乃香さんがまだ寝ぼけたような目で、後ろの席に座った果代ちゃんに声をかける。

「果代ちゃん………ゴメンなさい。………まだポカリ、あったかな?」

「あ………、後ろのドリンクホルダーに、ポカリも麦茶もありますよ。………おしぼりとか、要ります?」

 果代ちゃんからスポーツドリンクのボトルだけを受け取った芳乃香さんは、蓋を開けて、ボトルを大きく傾けて、グビグビと飲み始める。果代ちゃんが顔を近づけて、芳乃香さんの耳元で囁いていた。

「……あんまり沢山飲んじゃうと、おトイレ近くなっちゃいますよ」

 果代ちゃんのヒソヒソ話は、離れていても聞こえる。芳乃香さんは少し顔を赤らめて、まだドリンクを飲みながら頷いた。

「………今日は………、すっごく喉乾くよね………。乾燥してるかな?」

 芳乃香さんも、やっとペットボトルから口を離して、果代ちゃんに応える。2人もそろそろ、帰路につく準備が整ったようだ。

「それじゃぁ、高速に乗って、1時間半くらいのところにあるサービスエリアで、休憩取ります。それまで、何かあったらLineください。よろしくお願いします」

 マサキも白いハイエースを降りる。

「お疲れ様です」

 芳乃香さんと果代ちゃんが、マサキとキューさんに小さく頭を下げる。スライドドアを閉めると、マサキの肩が、ポンと後ろから叩かれる。どうやらキューさんはマサキの『時間稼ぎ』の仕事に対しても、満足してくれたようだった。

。。。

 周囲の車の混雑具合、渋滞具合で、東京に近づいていることがわかる。結局、解散場所の放送局前に着く頃には、予定時刻の18時が近づいていた。

「お疲れ様でした」

 白いハイエースから降りてきた芳乃香さんは、リアデッキからマサキが取り出した、キャスター付きの旅行ケースを軽快に受け取る。

「それでは、また来週、よろしくお願いします」

「オンエアー、楽しみにしてますね。………今日の分は、あんまり見たくないかもですけど………アハハ」

 若園アナが冗談めかして笑う。いつもの可愛らしい美人女子アナの物腰に戻っている。彼女はこれから、深夜に放送されるラジオの音楽番組に、キュレーターとして入る。アナウンサーさんたちはタフだ。

 マサキたちはこれから、レンタルの機材と車を返す。キューさんは編集マンと一緒に、仮編集に入る。さすがに本編集の作業は本職のプロダクションに任せるが、仮編までは自分たちでこなす。それが小規模制作会社で、ディレクターを長くやってきた、キューさんのスタイルだ。編集は朝まで続くこともざらにある。制作会社の人間もタフだ。

。。

「大体、こんな感じじゃないか?」

 本編集を終えて、テロップや効果音を仮入れしたバージョンを、マサキはキューさんと一緒に、確認する。今回は後半の催眠術企画からどの部分を切って、どの部分を生かすか、さらにはどの部分を隠すかで、ずいぶん相談や打合せが重ねられた。キューさんの立場でいうと、芳乃香さんのいつもの穏やかでお上品な物腰とはかけ離れた、催眠術に翻弄される必死の表情を、沢山残したい。ちょっとセクシーなカットも、サービスとして残しておくと、ネットで盛り上がって、社内でも話題になるはずだ。一方でこの番組の視聴者には、若園芳乃香アナの清楚な魅力を好んでいる層もいる。あまり過激なショットや情報は、抑え目にした方が良いという声もあった。結果として、彼女の胸の谷間が映ったシーンや、下着が見えてしまったシーンには、ハートマークやモザイクをかぶせて隠すことになった。

「スリーサイズとか、何カップかなんて、ネットで公然と話されてるのにな………」

 キューさんは残念そうに最新バージョンを確認しながら、缶コーヒーを飲んでいるが、編集室で流されている映像には、彼女がうっかりとスリーサイズを漏らしてしまったシーンには、ピー音が入っている。口元の動きも、ハートマークで隠される。それでも………、ハートマークが思ったよりも小さいので、口の動きが想像出来なくもない………。ここにはキューさんの意を受けた、編集マンのギリギリの抵抗が見て取れた。彼女が「牽制球」の暗示に反応して、足から派手にスライディングを決めるシーンでは、スカートが捲れ上がったところにモザイクが入っている。………ただ、このモザイクも、そこそこ目が細かいので、ショーツの色まではわかる………柄も想像つくと言えば………。このあたりはやはり、ネットで議論が紛糾することになるだろう。

「スリーサイズは確かに彼女が局アナ時代に、プロフィールのページに載ったことがありましたけど、もう何年も前に消されましたよ。この前、口にしてたサイズとも微妙に変わっていましたから、やっぱ若園さんは隠して欲しいって言うと思いますよ」

 マサキが言うと、隣で椅子の背に仰け反るように伸びをしたマルさんが、ピューっと口笛を吹く。

「さすが芳乃香マニアは良く知ってるねぇ。………にしても、マサキ。今回は大車輪の活躍だったな。この企画が続く限り、演者として………、というか主役級で出続けなきゃいけないんじゃないの?」

 マルさんに言われた。キューさんのチームは、カメラさんも音声さんも、編集後の映像を撮影班一緒に確認するのが慣習になっている。撮ったらおしまい、後工程に任せるという、職人スタッフさんも業界にはいるが、このチームのスタッフは皆、最終的にどんな画や音が番組として使われるという傾向を理解しておいた方が、一発撮りの時にも、良い画、良い音を押さえられると考えているからだ。

「い、いや。………レギュラー企画になるんだったら、プロの催眠術師を呼んでくださいよ」

 マサキは、どもるように答える。

「え? ………本当に、別の催眠術師に、任せたいと思ってる?」

 マルさんに追求されると、マサキはさらに口ごもってしまった。

「マサキの腕前は、ホント、たいしたもんだと思うぞ。………姫様もほら、こんだけガッチリかかってるし………。ちょっとエロな感じと、でも行き過ぎない感じとのバランスが良い。………ほら、この表情………。いい顔してるよな?」

 ゴンさんは満足げに、腕組みしながら画面に見入っている。モニターの中の芳乃香さんは、瓶とシャンパングラスを握ったまま、腕をブンブン振り回して、指揮者になりきっている。カメラを一人の演奏者と見立てて煽り立てているのか、表情がアップになる。真剣そのものという芳乃香さん。微妙に黒目が寄り目がちになっていた。

「ゴンさんは、自分の撮った画と腕前に惚れ直してんだろ?」

「ウハハッ。それもある」

 腕組みしたまま肩を揺らして笑うゴンさん。マサキは、キューさんが何と言い出すか、気が気でなかった。

「よそからプロの先生呼んでたら、毎回、出演料がかかるだろっ。マサキだったらタダみたいなもんなんだから、迷うまでもねぇよ」

「ひでぇな、マサキだってこれだけの腕があるんだったら、出演料もらいたいよな?」

 マルさんとキューさん、ゴンさんも笑う。撮り終えた時の手応え通り、ビデオは素晴らしい出来映えだったので、みんなご機嫌だ。マサキも愛想笑いを浮かべながら、内心ホッとしたような、複雑な思いを抱えていた。

 もし、この苦し紛れに捻りだした催眠術企画が、本当に評判を呼んで、レギュラー企画になるとしたら、本当に自分が術師役で出続けて良いものか、不安ではある。素人に毛が生えたような状態の自分では、早々にネタが尽きてしまうかもしれない。そしてトランス状態でされるがままに操られる、若園芳乃香さんの姿を、第三者の立場から見ていた方が、楽しめるような気もする。

 けれど同時に、誰か他の先生に、催眠状態の無防備な芳乃香さんを手渡して委ねるということを想像してみると、マサキは心臓の鼓動が早まるほど焦りを覚えてしまう。彼女のあの類稀な被暗示性の高さは、彼女の人となりをよく知っている自分こそが最も巧みに引き出せる。そんな自負も、少しばかりはある。なんといっても彼女にはつい先日、「一度は新藤マサキと一心同体になった存在」、「マサキの催眠術は自分に絶対的な力を持つ」、「自分はマサキの催眠術にかかっている間、どんな存在にも変わる」と、強い暗示をかけた。そう考えると、今、マサキ以上に彼女と相性の良い、施術者が見つかるとも思えなかった。思いたくなかった。

(他の催眠術師…………か…………。)

 マサキは、前回の撮影前に、Youtubeでショー催眠の動画を漁った時のことを思い返す。どの催眠術師もとても堂々としていて、プロフェッショナルに振舞っていた。そこから学んだことは多い。しかし、実際の導入の方法や暗示の深め方などについては、実のところマサキは、特に感動したり、学びを得たとは、思っていなかった。

 それどころか正直に言うと、マサキから見て、粗かったり、見当違いに力の入ったものも少なくなかった。もしかしたら、これは本当に、もしかしたらなのだけれど、実はマサキの師匠がすさまじい人で、短期間でもその薫陶を受けたマサキ自身も、既に一般的なプロ催眠術師以上の腕前に、なっているということはありえないだろうか?

 それはマサキに、光のような可能性を与えてくれる仮説だった。

 催眠術を教えてくれた師匠である、アキミチさんという人。あの年下の師匠が、実は隔絶して凄い腕前を持っていたのかもしれない。弟子であるマサキは、アキミチさんと比較して、自分なんて全然だと思ってきた。だからこそ、芳乃香さんがアッサリと深い催眠状態に落ちてくれた時には、彼女の被暗示性の高さに驚いた。しかし、いざ本番に臨むと、現に彼女だけではなく、果代ちゃんまでアッサリと巻き添えに掛かってしまったではないか。たまたまマサキの周辺にいた2人の女性が抜群に被暗示性が高かったと考えるよりも、マサキの技術が、それなりの水準にあると考えることは、楽観的過ぎる見方なのだろうか?

 超絶技巧のアキミチ師匠と比べればまだまだでも、ひょっとするとマサキ自身の腕前自体も、一般的なプロ催眠術師より、優れているのかもしれない。いつの間にか、そんな都合の良い夢想にまで、浸ってしまっていた。

。。。

「………で、……結局、想像以上の評判になってる………」

 マサキは深夜の0時過ぎに帰宅して、倒れこむように布団に入る。本当ならすぐ寝た方が良い、相変わらずの弱小制作会社の激務の日々。だが、僅かに得られた自分一人の自由時間を、ついついスマホを覗きこんで消費してしまう。忙しい時ほど、息抜きが、スマホを使ったネットサーフィンくらいしかなくなってしまうのだ。………もっとも、自分たちの仕事が、予想以上の反響を呼んでいるという状況を確認するのは、睡眠時間を削っても、力が湧いてくるような一時だ。(体に良いのかどうかは、わからないが)

<昨日の「芳乃香のニューページ」、凄かった。久々の神回。催眠術企画、またやって欲しい。>

<あんまりにもアッサリ、ドップリ掛かってるから、ヤラセじゃね? って思ったけど、逆にヤラセであそこまではありえんかも。………蜂になった芳乃香ちゃんとか、ちょっと悪戯っぽく笑って、お尻をクイクイッてしてるとことか、超可愛かった。>

<牽制球っていう命令聞いて、必死に帰塁するとこ、笑った。スライディング綺麗だったし、パンチラはモザイク入ってたけど、しっかりキャプチャーさせてもらいました。野球用語にあれだけリアルに反応するのって、やっぱり昔、福橋選手と付き合ってたっていう噂、本当なのかな? >

<僕も後半の、頻繁に正気に戻って、自分のやったことに恥ずかしがったり、唖然としたりしてる芳乃香さんがツボでした。>

<命令じゃなくて、暗示な。………いや、合図が正しい? ……俺も催眠術のことはわからんけど、指揮者になったり、自分の名前忘れる時とか、なんか目つきがやばいくらい入ってたな………。術師役の若い男が、時々キョドったような喋りをしてたのがノイズだったけど。ソフトクリームになって舐められてる芳乃香とか、ウシになって乳搾りされてる芳乃香とか、妙に動きがエロくなってたよな。あれはタマランかった。今までに10回は見返してる。>

<お高くとまった美人アナが、乱暴に乳を搾られた時の顔を見せてくれる、エロ番組の感想板はこちらですか? 俺はああいうのを、もっと見せて欲しい。お上品な美形だけど、芳乃香って意外と気が強いキャラだから、ベソかいてるとことか、ギャフンってなるとこでヌケる。>

<芳乃香ファンだから見てる番組なのに、スタッフの女の子(メイク?)が巻き込まれて一緒に操られたシーンで一番萌えた俺は少数派? なんかあのシーンが、凄くリアルというかライブ感あるというか、グルーブしてたと思う。胸おっきくて、まぁまぁ可愛い子だったし。>

<とにかく、第2回催眠術企画に期待ってことで………。>

 マサキは、自分のことが書かれているところで顔を青くしたり、芳乃香さんについてツボが似ている視聴者の書き込みに深く頷いたり、そしてお褒めの言葉を読んではニヤついたり、とにかく書き込みを何度も見返してしまう。小さい番組にも公式サイトはあって、簡易の感想書込みページは存在する。けれど、非公式なサイト、スレッドの書き込みの方が、褒めの言葉も批判の言葉もリアルだ。番組のマンネリ化が進んでいる時や、撮影班にも手応えがなかった回などは、目を覆いたくなるような文句で板が埋め尽くされるか、書込み自体がスカスカになったりする。それに対して、今回は大盛況だ。

 ひとしきりエゴサーチを済ませると、マサキは机の引き出しから、あるものを取り出してきて、もう一度布団に転がりながら、スマホをいじる。若園芳乃香の公式SNSを開くと、彼女の近況が、自撮り写真や短いコメント、友人やマネージャーに映してもらった写真が並ぶ。白と黄色の縦ストライプ柄のシャツを着た芳乃香さんが、カンカン帽を被ってピースサインをしている。チャコールブラウンのロングスカートの裾を広げて、少し恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔を見せる芳乃香さん。写真を褒めそやすコメントがファンから沢山書き込まれている。このSNSの「個人メディア」の方が、マサキが担当する番組の公式サイトよりも、非公式感想版の書き込み数よりもはるかに多い。彼女のアカウントをフォローしている何十万人というファンのうちの三分の一でも、番組を見てもらえると、ありがたいのだが。。。

 そんなことを考えながら、マサキは次の写真も確認する。白いニットブラウスの上にジーンズ地の上着を着た、少しボーイッシュな装いの芳乃香さんが、七分丈の長さのモカブラウン色のチノパンで足をクロスさせて、元気そうなポーズを取っている。

 マサキは気に入った写真を漁って、これぞという写真を決めたら、スマホを置いて、横に机の引き出しから持ってきた、布を置く。若園芳乃香さんの穿いていたショーツだ。撮影の日。気がついたら彼女から拝借して、ポケットに入れて持ち帰ってしまっていた。その日以来、マサキがムラムラした時は、芳乃香さんの美しいショットと、見比べるように彼女の下着を並べて、自分のモノをしごくようになった。万人が羨むような美貌と抜群のプロポーションを控えめに披露しながら、少し照れくさそうに微笑む芳乃香さん。そんな彼女の写真の真横に、確かにシャワー後に彼女が身に着けていた、彼女の最もプライベートな部分を密着して守っていた貴重な布。これがマサキに、あの日の出来事は白昼夢ではないと、はっきりと伝えて来てくれる。芳乃香さんはあの日、マサキに暗示をかけられるがままに、裸の自分を差し出して、観察させ、触らせ、舐めさせて、匂いを確認させた。シャンプーや石鹸の匂いの奥から漂ってきた、甘酸っぱい彼女自身の生の匂い。ショーツに顔を埋めると、その匂いの記憶が蘇ってくるような気がする。

。。

 企画会議が長引くと、本当に終わりが見えなくなる。マサキは昨日の夜、さっさと寝なかったことを後悔していた。寝不足で狭い会議室に閉じこもったオジサンたちが仏頂面を並べていても、良いアイディアなんて、生まれてくれる気がしない。それどころか、オーバーワーク気味のマサキの頭は、ろくでもない考えばかり思いついてしまう時間帯に入ってきていた。

 灰皿を掃除するという名目で、会議室からしばらく退室させてもらう。灰皿にうず高く積まれた吸い殻を給湯室で捨てて、出口の脇に設置されている自動販売機で、コーヒーと紅茶、エナジードリンクを買っておく。時計を見ると、芳乃香さんのラジオ番組が流れている時間であることに気がつく。会議室に戻るのは、呼び出しメールが来てから、ということに決め込んで、マサキはスマホでラジオを聞く。クラシックやオペラ、現代音楽なども紹介する、ちょっとハイソ志向な音楽教養番組。いつも「キューレーター」役の芳乃香のオープニングトークから始まる。ピアノの旋律をバックにエピソードトークを話す若園アナウンサー。彼女の高音は少し鼻にかかったようなハスキーボイスになるが、低音は意外と深い声が出る。夜、落ち着いた雰囲気の中で聞いていると、こちらもオットリとした気持ちになってくる。聞き心地が良い声だ。

 曲の紹介をすると、リクエストに応じたバレエの曲が流れる。どこかで聞いたことがある曲。華やかで、軽やかな旋律。マサキはバレエやクラシック音楽のことはわからないが、さっきまで聞こえていた芳乃香さんの声を頭の中で反芻するように、目を閉じる。

 瞼の裏に、バレエの劇団が華々しい公演をしているところが思い浮かぶ。ダンサーたちが入り乱れて、ステージを所狭しと交錯して飛ぶ。ただ歩いているだけでも、姿勢の綺麗さが際立つ、一流のバレエ団だ。曲のテンポが変わる。目を閉じているマサキの想像の中で、舞台中央にスポットライトが当たった。プリマ・バレリーナが顔を上げると、それは若園芳乃香さんだった。

 彼女がバレエをやっているとは、「芳乃香マニア」のマサキの情報にもない。ただの、彼の頭に今思い浮かんだだけの妄想だ。バレエの心得が無いからか、ライトを浴びながらも芳乃香さんは、少し困ったような、恥ずかしがるような笑みを漏らしている。けれど吹奏楽器が大きめの和音を短く出すと、舞台中央の芳乃香さんは背筋をピンっと伸ばして、両手を挙げてポーズを取る。足が交差してキビキビと動き出して、トワール、ジャンプ、ジャンプ。軽やかに踊りだす彼女を、スポットライトが追いかける。始めのうちは困ったような表情で自分の体の動きを見ていた彼女が、いつの間にか音楽に乗って、晴れやかな笑顔で踊る。観客席は暗がりの中だが、沢山のお客さんたちが、彼女の踊りに心を奪われているのが、息遣いでわかる。その様子を、マサキは舞台袖から見守る。彼が脚本家で、演出家で、振付師も兼務しているのだ。プリマである芳乃香の魅力を、最大限の意外性を持って引き出すのが、彼の仕事だ。曲が終わると、万雷の拍手が劇場に渦巻く。芳乃香さんはポーズを決めて、激しい踊りの後で息を整えながら、はにかんだ笑顔を見せる。

 バレエの曲が終わると、ラジオ番組はCМに入る。妄想から覚めたマサキは、手持無沙汰を紛らわすかのように、スマホをいじる。気がつくとまた、若園芳乃香さんの公式SNSを開いている。

 新しい写真がアップされていた。白いシフォンブラウスと、ビスケット色のダボっとしたパンツルックで、はにかんで微笑んでいる芳乃香さん。表情はまるで、さっきバレリーナになっていた、マサキの想像した顔、そのもののようだった。

 相変わらず、可愛らしい。そのSNSは写真の保存操作が制限されているので、スクリーンショットを撮ろうかどうか迷っていて、マサキはふとした思いつきに捕らわれる。

「………え? ………………そういうことっ? …………まさか………」

 深夜の給湯室で、マサキは思わず声を上げて、スマホを握りしめてしまった。

 スクロール操作をして、昨日の、そして一昨日の彼女の掲載写真に戻ってみる。昨夜もお世話になった、見覚えある写真たちだ。一昨日は白いニットブラウスの上に紺色の上着を羽織っていた。下はチノパン。昨日は上着は無くて、白と黄色のストライプシャツにロングスカート。そして今日は純白のシフォンブラウス。二の腕のあたりはゆったりとしていて、手首近くでキュッと絞られた、バルーン袖。胸元からお腹のあたりも、ゆったりしている、ガーリーなブラウス。下には黄色と茶色の間くらいの、ライトなブラウンのパンツ。

 これもマサキの妄想かもしれないと、自分で自分を疑う。けれど、何となく、画面を遠ざけてみると、「ソフトクリームをイメージした色合わせ」と言えなくもないような気がする。それを、一昨日、昨日と、時間軸で並べてみると、徐々に彼女の服装が、ソフトクリームイメージに近づいていっているように見えて仕方がない。20万人のフォロワーたちに対して、平等に微笑んでいるように見える彼女の笑顔。もしかしたら、芳乃香さんは深層意識にソフトクリームのイメージをくっきりと抱いていて、それを自分でも気づかないうちに、マサキに向けて発信しているのかもしれない。『私は、今日も、マサキと繋がっています』と、彼女の意識の底、彼女自身も気づけない深層意識で、そう彼に向けて伝えてきているのかもしれない。………そんな想像に捕らわれると、マサキの腕に鳥肌が立つ。股間が熱く、固くなる。マサキは、スタッフや構成作家さんのために買ったドリンクを持って行くのを後回しにして、トイレに駆け込んで、ボックスの中で一発、ヌイてしまった。

 明後日、マサキはまた、撮影で芳乃香さんと会う。その時には、何とか機会を見つけ出して彼女と2人きりの時に催眠術をかけて、暗示を調整しなければならないだろう。このまま放っておいて、1週間後に彼女が、ソフトクリームそのものの着グルミでも着てSNSに自撮り写真をアップしていたら、ちょっとした騒ぎになるだろう。いや、SNSくらいだったらジョークで済まされるかもしれないが、そんな姿でニュースを読もうとしたりすると、きっと彼女のキャリアにも差支える事態になるだろう。

 いや、本当にそんなところまで、進展するだろうか? マサキは事態を静観して見守っておきたい気も、しないでもない。一体自分の催眠術で、この人気アナウンサーの人生を、どれだけ振り回すことが出来るのだろうか? 彼女はマサキの振り付けにどこまで従って舞い踊ってくれるのだろうか………。

 妙な気分を抑えつけるように、給湯室の隣の洗面所へ駈け込んで、冷たい水で顔を洗う。冷水を何度も浴びせ、両手でゴシゴシと洗い流して、顔を上げる。目の前の鏡には、気の弱そうな若いAD。寝不足のせいで目にクマが出来ている。その顔に、一瞬影がよぎったような気がして、マサキはギョッとして上体を反らす。今、一瞬だけ、若いADの顔が不気味な含み笑いを浮かべたように見えなかっただろうか?

 頭を左右にゆっくり振る。寝不足が続くと、余計な妄想が次々と思い浮かんでしまうことがある。マサキはもう一度、顔をゴシゴシ洗って、洗面所を出ると、仕事に戻ることにしたのだった。途中で、先輩スタッフたちのために買ったコーヒーやエナジードリンクを持って帰るのを忘れていたことに気がついて、もう一度自動販売機の前に引き返す。念のために洗面所で、もう一度だけ、鏡に映る自分の顔を見てみた。疲れてはいるが、いつも通りの自分の顔だ。マサキはわざとニコッと笑ってみせて、ドリンク缶を抱えると会議室へ急いで戻る。

 催眠術は恐ろしく強力だ。若園芳乃香さんという知的な美人アナを、完全に支配してしまった。しかしそれは、コンピュータのプログラムをリセットするような、機械的なものではなかった。どちらかというと、砂浜にまだら状に染みこんで浸食していく波のようだ。室内でもスリッパを履くなどといった、彼女の癖や仕草のような些細なものほど、意外としぶとく残っていたりする。また、そうかと思えば、想定以上に『ソフトクリーム』という暗示のイメージが深く染みこんで、彼女の表層意識を動かしたりしている………。うまく彼女と操り続けるためには、一つずつ、ボタンを掛け合わせて、彼女のための暗示を組み立てていくことが必要だ。それはまるで、芳乃香さんと動作を合せ、呼吸を合わせ、注意深く彼女の様子を伺いながら、一緒にダンスを踊っているようでもある。

 それは面倒くさいことか? 嫌なことか?

 …………全く嫌ではなかった。だからマサキはまた、彼女との関係と合わせて自分自身も変質していくようなスリルを味わいながらも、彼女をもっと操ることに、のめりこんでいく。

<第4話に続く>

7件のコメント

  1. 読ませていただきました。
    3話目にしてついにタイトル回収と本番突入。
    しかし催眠嗜好マンである私は彼女と結ばれてめでたしめでたしでは満足できず、4話ではさらにどんな催眠術をみせてくれるのかを大いに期待してしまうのでした。

    ガラスに向かって胸を押し付けるシーン、良かったです。
    花の帝国のウエイトレスさんが鏡を舐めるシーンやビールス・パニックの女教師にガラスを舐めさせるシーンが印象に残っていたのですが、永慶さんは鏡やガラスを使うのが上手ですね。

  2. おおお!
    こういう、術者の想定外のところで深層心理に暗示が残って生活に影響を及ぼすのって、大好きです。
    どのように操り、どう演出し、何を観客に見せるか。単なる催眠術師ではなく、番組のADという立場でもあるからこその展開ですね。だからプリマ。
    ちょっとエピローグっぽい雰囲気を出しつつ、6話目くらいまで予定されているということなので、次回から新展開ですね。
    今後の展開も楽しみにしています。

    ……ってアキミチさん案件かー!
    あの人、こうやって行く先々で催眠術の指導をしては、弟子を作りまくってるんですね……。

  3. 読ませていただきましたでよ~

    うおおおおおおおおおおおおおお!!
    前半の深化させて更に食べて同一化からの支配、そして本番の流れが素晴らしすぎる。
    分離しての復活にも深層に支配を刻み込んでもう完全に支配したレベルがすごいでぅ。
    もう、ここまで支配してるなら通常の催眠術では難しそうな意識を戻してからの肉体操作でレイプとかもできそうでぅね!(おい)

    徐々にソフトクリーム化していく芳乃香さんの気ぐるみとか想像してちょっと笑ってしまいましたがそこはなんとか調整をしてもらって、ついでにプライベートな連絡手段も欲しい所でぅね。

    それにしてもアキミチさん。またお前かw
    ここまで超絶だとそのうちアキミチさん主人公の話も読みたくなるのでぅが、逆に全く出てこず、アキミチチルドレンが増殖していくのも面白そうだと思ったり(アキミチさんだと達観してて変な事やらなさそうだし)

    もう、芳乃香さんは完全に支配しているわけでぅが、芳乃香さんの人格的にはまだ落ちてないわけでこれがどんな感じに落とされていくのか、この先が楽しみでぅ。
    もちろん、もらい催眠してしまった果代ちゃんも楽しみだったり(今回はぞんざいに扱われてましたがw)
    世間的にはこのままでこっそり同棲とかだと良いなぁ(文春砲の的w)
    であ、次回も楽しみにしていますでよ~

  4. 第3話読ませていただきました。
    意識の高い、知的で貞操観念もしっかりしたキャリアウーマンが
    「催眠」という本人のあずかり知らぬ罠に落ちて性の玩具になってしまうという描写、
    個人的に催眠モノに求めるそのものズバリで最高でした。

    主人公の気持ちはヒロイン一筋な気もしますが、
    ついででいいのでデカパイ果代ちゃんも玩具にしてほしいですね。
    性格のよい子の尊厳がぞんざいな扱いで奪われるのもグッときます。

    第4話も楽しみにしています。

  5. いつも楽しく読ませて頂いてます。
    さすが、永慶さんといった丁寧な導入でした。
    主人公が段々と成長していき、それに周囲がどのように巻き込まれていくのか。
    今回の主人公のタイプ的に難しいかもですが、個人的には永慶さんのハーレム展開が凄く好みなので、芳乃香さんを利用して女子アナ達や街ロケ先で人妻達とHな展開になったり、番組で催眠ショーを開催して出演者、スタッフ、観客と…なんて妄想しちゃってます。
    長々と申し訳ありません。今後のお話も楽しみにしています!

  6. >慶さん

    ありがとうございます!
    そうなんです。1つのお話としては3話で完結しても良いところを、
    これからまだまだと色んな催眠のパターンをネチネチ試してみたいと思っています。
    もうしばし、お付き合い願いますです。

    仰る通り、窓ガラスや鏡を使ったシーンが好きですね。
    鏡だったら自分自身の目、窓だったら他人の目に晒されるという意味で、
    より羞恥プレイっぽい雰囲気が出ると思います。
    たぶん、心理分析などの世界でも、窓や鏡って、床とか机とかよりも
    人の深層心理にシンボリックな意味を持っていそうな気がしますです。
    そんなこんなを、楽しみながら書いております。
    引き続きよろしくお願いします!

    >ティーカさん

    毎度ありがとうございます。
    4話目はあまり話は展開せず、意固地のように催眠術番組をやっております(笑)。
    飽きずにお付き合い頂けますと幸いです。
    アキミチの影は便利だったので使いました。
    最初は危なっかしい感じだった新米術師が急成長して色んなことを出来るように。。。
    という話にしようとすると、「実地経験は足りなかったが、筋は良い生徒が
    凄い先生に教わっていた」という設定が都合良かったという次第です。

    >みゃふさん

    お楽しみ頂けていたら嬉しいです。
    初めての施術から堕としてモノにするところまで、
    真正面から、端折らずに書くとなかなか消耗しますが、
    ご好評頂けるとアッサリと心地良い疲労感に変わりますね(笑)。
    人格的に完全に堕としきった訳ではないというのが本当にポイントで、
    もうしばらく、粘り強くジャレあっていきたいと思います。
    引き続きお楽しみ頂けるものが書ければ、嬉しいです。

  7. >きやさん

    ありがとうございます!
    ここまでのところ、きやさんの好みにバチっとあっていたなら、
    とても嬉しいことです。
    通常の拙作よりもテンポをゆったりめに、暗示や描写をみっちりめに
    やっておりまして、1話あたりの文字数がどんどん増えてしまっております。
    読んでいる方も大変かもしれませんが(笑)。
    もうあと3話、お付き合い頂けますとありがたいです。

    感想にとても励まされております。
    御礼申し上げます。

    >ビオレさん

    丁寧な導入とお褒め頂いて、恥ずかしいやら、嬉しいやらです。
    普段は「メリハリ大事」とか自分を甘やかしながら、
    ポンポン省略してしまうのですが、
    今回は催眠術小説に真正面から真摯に向き合うつもりで、書いております。

    ここから大規模なハーレムが築かれるという展開には
    なりにくい話ではありますが、5話目~6話目くらいでチョボチョボと
    操る対象が拡大していくことも考えております。
    ド派手な集団支配は難しくても、出来ることを考えてみますです。

    皆様、ありがとうございます!大変励みになってますです。

    永慶

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