『若園芳乃香の、ふれあい人生ニューページ』は、3ヶ月後にリニューアルをした。若園芳乃香さんは一旦、卒業というかたちになったので、個人名が外れて、『ふれあい人生ニューページ』と番組タイトルが短くなったのだ。今は4人の新しい出演者が、交代交代で番組を進行するスタイルに変わった。芳乃香さんの後輩女子アナ。彼女はヤマトTVの局アナを続けながら、この番組に出演してくれている。そして今、売り出し中の若手女優、モデルさん、美人ヴァイオリニスト。この4人がそれぞれの担当する週に、地方ロケをしたり、街の人のお仕事や特技にチャレンジさせてもらったりする。今ではケーブル局の番組としては相当に、良い視聴率や配信数を稼ぐようになった。系列局とは言え、全国ネットの局アナを番組に派遣してもらえるほど、番組としての格も注目度も上がったということだ。催眠術企画はほどほどに、それでもしぶとく、月に1回ほど継続させてもらっている。出演者の美女たちの、素顔が見える、可愛らしいところがポロポロ出る。ごくたまに、通を唸らせるセクシーショットが見られると、評価が定着したようだ。
芳乃香さんは、すっかり忙しくなって、全国ネットのテレビのお仕事を増やしている。土曜朝の報道番組で、1コーナーを任せられている。企画や取材からインタビューの収録まで、かなり彼女が主導出来ているようだ。日曜のお昼過ぎに、クラシック音楽のナビゲーターとしても出てくる。ラジオ番組でも、様々な音楽を紹介している。そして、そうした真面目な番組とのギャップが好評を呼んでいるのが、バラエティ番組への出演だ。以前よりも肩から力が抜けた、柔らかい物腰と、時々バシッと本質を射抜いてくるコメントやトークの返しが、人気を呼んでいる。もともとルックスは抜群で頭が良い彼女は、年齢やキャリアを重ねて、角が取れてきたというか、話しやすくなったと、業界の人たちからも評価されているようだ。そして色気がグッと増したというのが、ネット上での評価でも一致している部分だ。スキャンダルや仕事上の衝突でもない限り、彼女はもっともっと、大きな仕事を任されるようになりそうだ。
そんな訳で今、すっかり売れっ子になりつつある芳乃香さんだが、3ヶ月に一度、『ふれあい人生ニューページ』の2時間スペシャル版がある時は、必ずゲスト出演してくれる。そして毎回、『催眠ブースト』演出で、普段全国ネットのTV番組では絶対に見せないような姿も披露してくれる。毎度、ADの新藤マサキがカメラの前に出てくると、催眠術を警戒して後ずさりする彼女。今日こそは絶対にかからない、催眠術から逃げきってみせると見得を切って、その一分後にはドップリとトランス状態に導かれる彼女。そして結局、暗示にかかって何かの企画で思いっきり体を張らされる、最後に術を解かれて自分のやっていたことを理解して恥ずかしさに身悶えする、というところまでが、毎度のお約束になっている。先月のスペシャルでは、女神輿を担ぐというチャレンジ企画に、捩じりハチマキとハッピ、サラシにフンドシという姿で登場して、視聴者と祭りの参加者たちの度肝を抜いた。実際にはフンドシと言っても、前後の布の幅は水着とほとんど同じもの。しかも、前後にこれまたお約束の飛び入り共演者、チーフマネージャーの歩美さんとメイクの果代ちゃんが、同じ格好で芳乃香さんを挟み込んで、一緒にお神輿を担いでいたために、彼女のお尻はほとんど映りこんでいなかった。それでも報道キャスターがフンドシ姿でお神輿を担いでいたというのは、なかなかの衝撃映像だったようだ。彼女が出演したワイドショーでも、この番組のことに触れられて、真っ赤になって恥ずかしがっていた芳乃香さん。それでもこの豹変ぶりが、コアなファンを拡大しているようだ。彼女も、恥かしがりつつも笑って許すくらいには、余裕が備わってきた。そんな彼女を、「格好良い女性」と指示する女性のファンまで増えつつあるそうだ。
芳乃香さんが番組を卒業したばかりの頃は、マサキは彼女と1ヶ月に1回程度、プライベートで会っていた。マサキとしては、催眠術の腕が落ちないように、定期的に腕試しをしたい。芳乃香さんも新しく増えた仕事のストレスを、マサキとのセックスで発散させたがっていたはずだ。大体、彼女の「安全日」に会って、2人きりでイチャイチャした。芳乃香さん本人は自分がマサキと寝ていることを覚えていないので、正気の彼女に質問しても、絶対に彼女は認めないはずだが、マサキが彼女を深い催眠状態に導いて、蓋をされていたストレスを性欲に転換して解き放つと、彼女はいつもマサキの体に飛びついて、腰を擦りつけながらお願いしてくるのだった。
マサキが芳乃香さんが『熟練の風俗嬢になる』と暗示をかけたあの日、面白い発見があった。芳乃香さんはそれまで、催眠状態でマサキとセックスをしている時は、無心に腰を振っていた。それが一度、彼女を奉仕する立場にあると思いこませた時、意外と膣の締めつけを調整して焦らしてきたり、リズムと深さを変えたりして、絶妙にマサキの快感を増加させたりしてきた。臼を回転させるようにグラインドの角度を微調整するなど、巧みな腰づかいを見せた。それまでの芳乃香さんがサボっていた訳では決してないのだろうが、イヤらしいと思われることを恐れて、無意識に自分の行為にストッパーをかけていたのかもしれない。その日以来、マサキは芳乃香さんを抱く時、彼女が持てる技術と知識をフル稼働させてマサキを射精に導くように、指示することを忘れない。それから数か月、彼女は改めて、その勉強熱心で努力家な性格をマサキに証明している。
きっと彼女とこれまでに交際してきた男性たちも、芳乃香さん本人でさえも、気づきもしなかった、彼女の隠された一面が、時に別人を演じさせる時に露わになる。マサキにとっては、これは催眠術という趣味の最大の面白さの1つだった。本当に、どこに暗示の『ツボ』が隠されているのかは、試してみないと分からないところがある。けれどそのツボを見つけ出して、的確に押せた時、暗示の、そして催眠術の威力は想像を超えて強力なものになる。
今日も休日出勤をしていたマサキは、編集チェックの現場が長引いた昼下がり、ふと息抜きのために、オンエアーチェック用のテレビをザッピングすると、偶然にも、芳乃香さんが映っている。最近はこんなことが増えて来た。今、彼女が映っているのは女性芸能人が集まって私生活などを語り合う、トークバラエティ。芳乃香さんが、今ハマっている趣味を紹介する場面になると、『アイスづくり』を、最近の自分の中でのブームとして紹介していた。牛乳から作ったアイスクリームに、生クリームをかけて、可愛らしくトッピングをする。実際に彼女が作ったアイスが出演者たちに振舞われる。「これは美味しいっ。若園さん、お店を開けますよ」とおだてられた彼女は、間髪入れずに、「じゃ~、570円で売ります」と、笑顔で答えた。「意外と強気の価格設定!」とコメントを受けると、芳乃香さんは一度、不満げな、ふくれっ面をしてみせて、すぐにまた笑顔に戻る。豊かな表情を、屈託なく、素直に表現出来ている。見ているマサキも感心した。そして同時に、胸のなかが少しだけザワザワとした。そのザワザワが、少しずつ大きくなってきたのを感じて、マサキはテレビも消さずに、部屋を飛び出した。
マサキの制作会社が入っている雑居ビルは、隣のビルと接近しすぎているせいで、昼下がりでもこちら側の廊下は薄暗い。休日のために電気もついていない、細い廊下の暗がりのなか、マサキは意味もなく歩いていた。ふと立ち止まり、マサキは自分が常に持ち歩いている、肩さげ鞄の小さなポケットから、メモ帳を取り出す。上着の胸ポケットからペンとペンライトを取り出すと、メモ帳に頭の中にあることを、あまり深く考えずに書き込んでみることにした。ペンライトを咥えて、手許を照らしながら、考えを書きなぐる。そういえばマサキは、仕事で行き詰った時はいつもこうして、頭の中を整理してきた。最近はそうしたことも、減ってきたのだが。
「芳乃香さん」
名前を書いて、丸で囲う。マサキが大好きな、美人アナウンサー。見た目も最高に綺麗だが、性格も本当に素敵な人だ。
「仕事」
2文字書いて、これも丸で囲う。芳乃香さんの隣に書いた。同じ丸で囲われていないのは、最近は彼女と一緒にする仕事がめっきり減ったからだ。けれど、マサキを芳乃香さんと結びつけてくれたのは、テレビ番組制作の仕事だ。
「催眠術」
と書いてみる。芳乃香さんと仕事の下に、三角形を作るような位置に書いた。そして、斜め上にある、「芳乃香さん」と「仕事」の両方へ向かう、矢印を、上向きに2つ書いてみた。
マサキはもともと催眠術に興味があった。けれど今年になって、急にこの催眠術にのめりこんだ経緯を思い出すと、それは仕事で企画が急にバラシになってしまい、とっさに急場を凌ぐために、催眠術の企画を申し出たからだった。
いや、それだけではない。その前夜、マサキは思いつきで、芳乃香さんに催眠術を試させてもらった。そしてそれが奇跡的に上手くいったのだ。あの時は、自分にそれなりの資質が備わっていたなんて思いもよらなかったから、芳乃香さんの被暗示性に助けられて、奇跡的に上手くいったのだと理解した。なぜ、彼女に催眠術を試したのか? 確かあの時点ではまだ、番組で催眠術企画をすることには、なっていなかった。
マサキはしばらく考えたあとで、2本の上向きの矢印を、もう一度なぞった。
マサキは最初から、チャンスがあれば芳乃香さんと、もっと近づきたいと思っていた。多分、出来ることなら、彼女をモノにしたいという願望も、最初から隠し持っていたはずだ。催眠術は、彼女と、仕事での成功を得るための、まるで裏技のような道具だったはずだ。
少し考えたあとで、マサキは「催眠術」という字も、丸で囲った。これは、マサキにとってもはや、ただの道具では無い。むしろ、催眠術の力を存分に発揮して見せたくて、テレビ番組としてはバランスを崩しかけたこともあった。大好きで、尊敬もしている若園芳乃香さんを、催眠術の色んな技を試したいという理由で、悪戯を超えるような操り方、弄び方をしたこともあった。いつの間にか、目的を手にするための手段が、ただの手段では無くなっていたのだ。マサキは、催眠術という技術の面白さ、その効果の不思議さ、強力さに、心を奪われていた。魅入られていた。それほどまでに、催眠術は、マサキを取り囲んでいた日常の風景を一変させてくれたのだ。
本当に簡単な図を描いただけのことだが、頭の中でモヤモヤ、ウダウダ考えているよりも、紙とペンで体の外に出してみたことで、ずいぶんとスッキリと考えることが出来るようになっていた。「お前は頭が悪いんだから、手を動かせ、足で稼げ、口で誤魔化せ」と、口酸っぱく言ってくれた、キューさんに感謝しなければならないかもしれない。
マサキは、芳乃香さんに催眠術をかけて、思いを遂げて、しばらくの間、本当に好き勝手に弄んだ。ひょんなことから彼女の本心を聞き出す流れになって、意外な失恋に遭遇したけれど、本当は今の彼の力をもってすれば、彼女に心変わりをさせて、最愛の恋人にすることは出来る。今でも自分がそうしていないのはなぜか? 図を描いたことで、少し自分の気持ちが整理され始めてきた気がするのだ。
きっとマサキの今の度量や精神的なキャパシティでは、芳乃香さんを身近に置いて、大切にしながら、同時に催眠術の技術を思うがままに伸ばして、術師として成長していくことは難しいのだろう。彼女を大切にするために催眠術の実験をセーブしていくには、余りにもこの技術は強力で、不思議に満ちていて、魅力的過ぎるのだ。そして同じように、脇に置いてチラチラと目をかけつつ、他の女性をつまみ食いしながら、悪の催眠術師生活を過ごしていくには、あまりにも、芳乃香さんが魅力的すぎるのだ。さらにはマサキの仕事。彼女の仕事。これらを全て、手にしながら、同時に100%の集中力で催眠術の世界へのめりこんでいくには、マサキ自身が未熟すぎるのだ。きっと何かがどこかで壊れるのだ。もしかしたら全てが。
マサキが溜息をつきながらメモ帳を閉じて、ペンライトの光を消すと、廊下はまた薄暗くなる。
マサキは芳乃香さんが大好きだ。そして今、催眠術の習熟に、熱中している。おまけにマサキは、性格が悪い。これは師匠譲りの、性格の悪さなのだろう。ニヤリとマサキが、薄暗い廊下で微笑む。……………だから少なくとも今しばらくの間は、どちらかと意識して距離を置くことを考えるべきだ。それがマサキの辿り着いた結論だった。
。。。
芳乃香さんの仕事が忙しくなってきたせいで、彼女とマサキ、そして歩美さんに果代ちゃんが次に集合することが出来たのは、平日の夜中のことだった。場所はマサキの制作会社と関係の深い、貸衣装のお店が持っている倉庫。テレビや舞台、イベントなどのために貸し出す、様々なコスチュームやドレス、衣装を保管してある倉庫だ。制作会社のスタッフをしていると、こういう場所と顔が繋がる。「演者さんと衣装合わせをするつもりなのだけど、先方のご都合で深夜に伺いたい。チーフマネージャーの柊さんも同行するから、チェックが厳しくなると、エンドレスかもしれません」そう伝えると、倉庫番のオジサンは、帰り際に黙って鍵をマサキに渡してくれた。柊さんの名前はここまで知れ渡っているのだ。
倉庫のラックから、思いつく限り、目につく限りの衣装を運び出して、芳乃香さんと歩美さんにメイクルームで着席してもらう。果代ちゃんが丁寧にウィグをつけたり、お化粧をしてくれる。
例えば2人を映画女優にする。金髪のウィグをかぶせて、深紅のドレスを着させて、キラキラしたメイクを施してもらう。今のマサキの腕なら、一言彼女たちに暗示をかければ、別にこうした衣装の助けがなくても、彼女たちを豹変させることは出来るだろう。けれど、今夜はあえて、時間をかけて、じっくりと、彼女たちの変貌の過程を見せてもらう。変身の暗示を与えられた彼女たち。鏡をボンヤリ見つめる2人の表情が移り変わっていく。髪型を変えるたび、衣装が変わるたび、化粧が変わるたび、そして変わりゆく自分を鏡で見ているうちに、彼女たちの顔つきが、そしてオーラまでが変わっていく。それを眺めているのは、とても贅沢な時間だった。
「果代ちゃん。宝塚の舞台へようこそ」
マサキに言われた果代ちゃんは、顔の前でペチペチと、小さな拍手をしてみせた。そんな彼女の右から左から、タキシードに身を包んだ、男装の麗人が近づいてくる。髪をオールバックにして(芳乃香さんはポニーテールのように後ろで束ねて)、顔には濃いめの男性的な化粧。歩美さんにいたっては、口髭までつけている。顔の造形が整っていて、姿勢が綺麗な2人は、男装しても美しい。その2人の男役が、跪いて、若いメイクさんに求愛の歌を歌い出す。芳乃香さんの方は時々音程を外してはいたが、2人とも威風堂々としている。果代ちゃんは大感激だ。普段は洋楽、それもハードロックが好きだと言っている果代ちゃんだが、こういう世界観も嫌いではないとわかって、マサキにとっては新鮮だった。
「貴方のハート。盗みに来たわ」
「ごめん遊ばせ」
「あたしだって、お姉様たちには負けないわよっ」
30分の衣装チェンジのあとで、マサキの前に並び立っていたのは、三姉妹のセクシー盗賊だった。全員がセクシーなレオタードに身を包んで、スカーフを巻き、目元だけを隠す、マスクをしていた。大真面目な表情でポーズを取る。長女の歩美はスレンダーな体をくねらせてマサキに向けてトランプのカードを投げつけてきた。次女の芳乃香は、優雅に微笑みながら、女性らしい曲線美を強調しつつ、少しだけ恥ずかしそうに自分の体を撫でさする。そして三女の果代は、さっきまで自分だけ半分以上正気だったこともすっかり忘れ、姉たちよりも随分と立派なバストをブルンブルンと震わせながらヤンチャな決めポーズで挑発。マサキは笑うのも忘れて魅了されながら、彼女たちの勇姿を、アップで何枚もの写真に収めていった。マサキがうろ覚えのアニメの情報を暗示で伝えたあとで、彼女たちなりに再現してもらっているので、オリジナルのアニメとは、少しずつ違う姿になっているかもしれないが、そこは彼女たちが精一杯自分なりになりきっている女盗賊だ。その微妙なズレもまた、可愛らしく思えた。
3人を正気に戻した上で、今ここが『気の置けない仲間内で始めた、催眠術パーティー』の会場だと思いこませる。果代ちゃんを催眠術師に仕立てると、彼女はさっそく、歩美さんと芳乃香さんに『男になってBL』プレイを始めるという暗示をかける。さっきの『宝塚ごっこ』がよほど、果代ちゃんの深層意識に刺さったのだろうか? また男言葉で愛を語らされる芳乃香さんと歩美さんは、お互い背徳感に責められながらも、イケナイ愛に燃え上がった。
今度は芳乃香さんが催眠術師になったと伝えると、彼女は迷いながら、歩美さんと果代ちゃんを猫に変身させる。お腹を撫でたり、顎の下を擦ったりして、可愛がる。猫たちもご機嫌の様子で、お腹を見せて寝転がる。芳乃香さんはそれから10分以上も、歩美さんと果代ちゃんの『肉球』の部分をプニプニと指で押して楽しんでいた。どうやら、自分で暗示を口に出したにも関わらず、彼女自身にも、残りの2人が可愛い猫に見えるという暗示がかかってしまっていたようだ。
歩美さんを催眠術師にしようとすると、彼女が「全員、夜を徹して仕事をしましょう」とか言い始めたので、彼女のターンは強制終了とする。一度歩美さんだけを深い眠りに落とした。催眠術師の立場も楽しんだ、『共犯者』の彼女たちに、今度はマサキが少し意地悪な遊びを持ち出す。
「果代ちゃんは目を覚ますと、芳乃香さんに変身します。けれどそれは果代ちゃんの中にある、ちょっと困った時の芳乃香さんです。果代ちゃんの心の中の、困った芳乃香さんのイメージが何倍にも拡大される。そのイメージに変身するために、相応しい衣装も、探してきてくださいね。はい、パチン」
マサキが手を叩くと、目をパチクリさせた果代ちゃんは、慌てて休憩スペースから倉庫へ駆けていく。不安そうに彼女の帰りを待っていた芳乃香さんの前に現れた果代ちゃんは、お嬢様のようなゴージャスな、けれどガーリーな水玉模様のドレスを着ていた。パニエが内側からスカートを盛上げる、オールドスタイル。少し、実年齢からは乖離しているような、女の子用のドレスだ。
「みっ…………みんな。私の言うことを聞きなさいっ…………。今日は、ワタクシ、機嫌が悪いですので、撮影はおしまいでございますよっ」
絶句する芳乃香さんの前で、果代ちゃんが、我儘言い放題のお嬢様を演じる。今、このお嬢様がご機嫌斜めな理由を延々と演説し始める。口調から、生真面目でお上品で、潔癖チックなイメージは伝わってきたが、とにかく文句が多いお嬢様だ。
マサキが『催眠解けた』と伝えると、素に戻った果代ちゃんが潔く土下座する。
「芳乃香さんっ。………私、今の、本気じゃないから…………。服のセンスも、別に、これ、たまたまあっただけで、ディスってた訳じゃないんですっ。ゴメンなさいっ」
「か………果代ちゃん………。ア……アハハハ………。あの、もし、私…………、自分でも気づかないうちに、貴方の気分を害している時があったら、もっと言ってね…………。気をつけるから…………。あと、服装も………」
少し強張った表情で、優しく果代ちゃんに接しようとする芳乃香さんの後ろに回り込んだ、マサキが暗示を流し込む。
「今度は芳乃香さんが、果代ちゃんに変身します。貴方のイメージの中にある、少し困った果代ちゃんが、何倍にも拡大されて、出てきますよ。さぁ、相応しい衣装にお着替えしてきましょう。パチン」
手を叩くと、ビクッと肩をすくませた芳乃香さんが倉庫へ駆けていく。
「…………あれ、マジっすか………」
果代ちゃんが低い声を出す。戻ってきた芳乃香さんは胸元にバレーボールくらいの分厚いパッドを入れた肌も露わなキャミソール。その上に革のジャケットと革のズボンに身を包んで、顔にはサングラス。口はガムを噛んでいるような様子で、ガニ股で歩いてきた。ズボンが、破廉恥なほどのローライズで腰履きされている。
「・チ……………チース……………。…………ダルいっすね…………」
少し迷ったあとで、果代ちゃんを演じる芳乃香さんが、ガバッと両膝を開き、行儀悪い姿勢でしゃがむ。とにかく品が無くて行儀が悪い。その様子は、まるで一昔前のドラマに出て来るような、田舎のヤンキーだった。
「はい、催眠解けた」
マサキが言った瞬間に、芳乃香さんが果代ちゃんに飛び掛かるようにして抱き着く。「違うの違うの違うの」と繰り返す。2人でしばらく話し合って、5分かけて誤解も全て解いて、すっかり仲直り、…………したはずの様子で、手を繋いで戻ってきた芳乃香さんと果代ちゃんだったが、目があった時にはどちらも少しだけ、ギコチない笑みを浮かべていた。
面白かったけれど、2人の間に微描な空気を残しておくのも可哀想なので、さっきの記憶ごと2人の意識を無くさせる。目が覚めた時には、歩美さんも含めて全く別の3者としてマサキの前に揃い踏みしてもらう。次の衣装が待っているのだから。
「さぁ皆様っ、世界最高のサーカスをお楽しみくださいっ」
高らかに宣言すると、三方にお辞儀をしてみせた果代ちゃん。今はハイレッグなボディスーツと網タイツ。白手袋にシルクハット、そして右手にステッキ、左手に鞭と、フォーマルなのかアグレッシブなのかよくわからないが、ある意味ではお約束のサーカスドレスを身に着けて、満場のお客様に挨拶をしていた。彼女が鞭をしならせて床を叩くと、その両脇にノッシノッシと周囲を威嚇するように登場したのは、ライオンのたてがみを首回りにつけた全身タイツの芳乃香さん。そしてホワイトタイガーのボディスーツをピチピチに身に着けた歩美さんだった。
「芳乃香、GO!」
果代ちゃんが鞭を床に打ちつけると、マサキが慌ててフラフープを転がす。その、転がっているフラフープの中を、四つん這いの芳乃香さんが機敏に潜り抜けて見せた。マサキは思わず拍手する。芳乃香さんは誇らしげに喉を鳴らす。ただ全てを暗示で『そう見える』ように仕向けるだけではなくて、実際に年下の女の子の振るう鞭の音に従って、知的なアナウンサーがサーカス芸を披露する。その光景は、準備に時間がかかった分、マサキを満足させてくれる画になっていた。
「歩美、GO!」
果代ちゃんもノッてきているのか、その場でクルリと1回転した後で、鞭で床を叩く。その音を聞いてピンっと背筋を伸ばした歩美さんは、マサキが転がすバランスボールの上に跳び乗る。そして玉乗りを見事にやってみせる………つもりだったが、そのままバランスを失って、床に転がってしまった。ションボリと体を小さくするホワイトタイガー。マサキは実際にションボリしたホワイトタイガーを見たことはないので、断言は出来ないのだが、歩美さんの演技は多分、真に迫っていたと思う。
せっかく動物になりきって、世紀のサーカスを見せてくれたのだから、人間に戻す前にもう少しだけ、野生の解放感を味わわせてあげることにする。マサキが芳乃香と歩美、そして果代ちゃんを一度、深い催眠状態に落とす。着ていた衣装を脱がせ、全裸にさせた彼女たちの腰に装着してあげたのは3つのペニスバンド。さすがにこれは貸衣装倉庫のものではない。マサキが通信販売で購入したものだ。
「僕が手を叩いたら、君たちは元気一杯のワンちゃんになっているよ。発情期が訪れたばかり。しかも全員がバイセクシュアルで両性具有の犬なんだ。相手がオスでもメスでも構わないよ。みんなでお互いの体に圧し掛かって、交代交代に交尾しよう。そのことをちょっと考えるだけで、もう君たちのペニスはギンギンに勃っちゃう。ヴァギナはビショビショに濡れる。頭の中は交尾のことで一杯、他に何も考えられない。ほら、パチンッ」
マサキが手を叩いた後、倉庫の中には品の無い鳴き声とよがり声が反響しはじめる。口から舌を伸ばしきって、涎を出しながら呼吸を荒げる3匹の犬が、お互いの体に乗りかかって、不躾に腰を振る。相手やポジションを交代しながら、ゴムのペニスをお互いのヴァギナに入れ合ってジャレ合う。今は芳乃香さんが果代ちゃんにハメられながら、快感に喘いで遠吠えをしている。あぶれてしまったように見えた歩美さんも、しばらく果代ちゃんの前後に振られるお尻をクンクンと嗅いでいたかと思うと、その果代ちゃんに圧し掛かって、腰を振り始めた。お互いをペロペロ舐めたり甘噛みしたりしながら、3匹の発情したシーメール犬たちは、獣欲に突き動かされるままに腰を振り、汗を振り乱して快感を貪りあった。歩美さん犬は、アゴを振って、マサキに何か伝えようとしている。お前も後ろから突いてこいと言いたいようだ。けれど、3匹のあまりの激しい交尾の様子を見て、マサキは参加するのを遠慮することにした。捕まったら、今度はマサキが入れられる番だと、乱暴されかねないような勢いだったのだ。
犬として散々暴れたあと、綺麗なドレスに身を包んで、髪型を整え、メイクを施してもらっても、気持ちが入るまでにはしばらく時間がかかったが、夜も2時半を過ぎた頃、やっと若園芳乃香さんに、『お姫様になる』暗示がきちんと入りきったことが、マサキにも確認出来た。
「ゆっくり目を開けて」
マサキが耳元で囁くと、プリンセスは瞼を開けて、周りを見回した後で、目の前の王子様に気づく。
「ここはどこなのかしら? ………貴方が私の運命の人だっていうことは、心で感じることが出来るけれど」
お姫様は、芝居がかったようなオーバーアクションで、台詞を読み上げるような喋り方をする。
「ここは夜空に吊り下げられた、空中ブランコ。天空から長い長い紐に吊られているんだよ。君が今まで訪れた街の夜景を、全部見下ろすことが出来るだろう?」
芳乃香さんの可憐な演技に導かれるように、マサキも、恥ずかしくなるような台詞だが敢えて言う。せっかく舞台衣装と美女たちの意識が自由になる時間を過ごしているのだ、たまにはこんなコスプレに入りこんでみるのも良いのではないだろうか。
「空中ブランコ? …………すっごく高いわ………。私、怖い」
「大丈夫、僕にしっかり掴まっていて。ほら、街から街まで一漕ぎで行けるよ。僕らはここで、世界で一番ロマンチックな、セックスをするんだ」
「そう…………、………私たち。セックスをするのね」
さっき読み込ませた台詞を、芳乃香さんは丸暗記している。若干不自然な喋り方だったが、十分頑張って演じてくれた。
2人のセックスを盛上げるために、愛の精霊が2体、夜空を舞っていてくれる。薄くて白いベールだけを身に着けて、思いつくままの振り付けで舞い踊る、歩美さんと果代ちゃんだ。キャスターのついた椅子に座っている芳乃香さんの体を向こうへこっちへと動かしながら、マサキはゆっくりと彼女のドレスを捲り上げて、ショーツを下ろす。芳乃香さんは少しだけ恥ずかしそうに体を背けようとしたが、怖さが勝つのか、セックスする運命を受け入れようとしているのか、マサキの体を強く抱きしめて返す。マサキは多少の腰の負担を感じつつも、頑張って、アクロバティックな姿勢で彼女にインサートした。プリンセスになりきっている芳乃香さんは、神々しいほど美しい表情を少しだけ歪ませて、マサキを受け入れる。さっきまでの発情犬になりきった表情とは、全く別の生き物のようだった。
「…………綺麗………。温泉町も、高原の町も、海辺の町も………。全部、私が行った街………。夜景も素敵ね。お昼でも、とても素敵なところばかりだったけど…………」
これは、マサキが作った台詞ではない。芳乃香さんがアドリブで演じてくれたのだ。時々、マサキがペニスを動かすたびにアゴを上げて悶えながら、芳乃香さんは、自分の体のはるか下に見える、ロケで訪れた街の景色に見とれている。そのウットリとしたような、愛おしそうな表情を見ていると、1年近く、一緒にロケを続けてきたマサキも、妙な感慨を覚えていた。マサキが気を遣い、足で情報を稼いで、先輩たちに小突き回されながらも、必死で芳乃香さんと一緒に積み重ねてきた仕事を、若園芳乃香さんが認めてくれている。そんな気分に浸ることが出来た。
芳乃香さんがマサキにぶら下がりながら、片足をピンと上げて、弓なりに仰け反る。マサキは下半身を結合させたまま、背筋を伸ばし、彼女の体を支えつつ、『空中ブランコ』を漕ぐ。緩やかにピストン運動を続ける。
2人ともあまり激しい刺激を求めず、ゆっくりと、自分たちを労わりあうように、優しいセックスを続けた。そして、合図も無しに、2人同時にエクスタシーに達していた。それを確かめ合うように、彼女が体を起こして、マサキにキスを求めてくる。長い口づけのあとで、芳乃香さんはゆっくりと意識を沈めていく。
彼女の体を衣装の上に横たえたあとで、協力してくれた『愛の精霊』たちにも、口づけする。マサキが言った通りに、キスのあとで、歩美さんも果代ちゃんも、深い眠りに落ちる。
キスをすると、お姫様たちは、深い眠りに落ちていきました。
子供の頃にマサキが聞いていたお伽噺とは、ずいぶん違う展開になったなぁ、と頭の中で独り言を呟いてみた。
静かになった控室と貸衣装倉庫。マサキは今日のことを思い返しながら、一人でその中を散歩する。ふと、せっかくの機会なので、芳乃香さんを起こして、バレリーナの衣装を着てもらうことを思いつく。ここで、マサキの妄想上の、プリマ・バレリーナになってもらってみてはどうだろう? そう考えて、芳乃香さんが寝ているところまで戻ってきたが、結局は止めることにした。半裸の芳乃香さんは、ほとんど裸になっている歩美さんと果代ちゃんの2人と抱き合うようにして、本当に幸せそうな表情で、スヤスヤと寝ていたのだ。マサキはしばらくその寝顔を見ていた後で、自分もベールの中に潜り込んで、彼女の体を抱き締める。その体から発散される、甘くて柔らかな匂いを肺一杯に取り込むようにして、一緒に眠りについた。
その夜。マサキと芳乃香さん、歩美さんと果代ちゃんは、貸衣装倉庫で抱き合って寝た。夜が明けるまで、4人で並んで、衣装とベールに包まれて、裸で眠っていたのだった。睡眠時間は短かったはずだが、早朝目を覚ました時には、疲れは残っていなかった。残っていたのは、精液や愛液で汚れて、特別なクリーニングが必要になった、貸衣装と小道具だった。
歩美さんのその月の出費が、多めだったのはそのせいだが、秘密を覚えているのはマサキだけだ。マサキは一人だけ、この夜のことを、一生忘れないでおこうと、心に決めていた。きっともう一度、同じメンバーを集めて、同じ暗示をかけても、この夜のマサキの気分を再現することは出来ないだろう。全部が完璧で毎秒が幸せだったと思える、特別な夜だったのだ。
。。。
思い返すと、最初の頃は夢中で芳乃香さんの心を捉え、ラッキーにもそれに成功すると、必死で体をまさぐった。そして知らず知らずのうちに、彼女の意識の中にあった、暗示に対する『ツボ』を探り当てることが出来た。この瞬間が、マサキにとって、たまらなく嬉しいものだったと思う。
今、芳乃香さんの後輩アナウンサーである野宮さんを裸にする時も、モデルの室戸さんにトゥワークダンスを踊ってもらう時にも、女優の松園さんと混浴させてもらう時も、ヴァイオリニストの鷲尾さんを処女に戻して、彼女の初デートから初お泊りを一緒に再体験させてもらう時も、マサキが気にしていることは同様だ。彼女たちそれぞれが、自分だけが隠し持っていて、自分でも気づいていない、暗示の『ツボ』を見つけ出したい。そこを押すと、スイッチを切り替えられたように、知らなかった彼女たちが露われ出て、新しくて妖しい魅力が溢れ出す。そんなツボを、今も無意識のうちにも探っている。そして時には、そもそも、芳乃香さんの『心のツボ』をマサキが偶然にも探り当てた経緯を思い出す。なぜ彼が、即興で彼女を相手に催眠術企画を試すことになったか。その経緯も含めて、彼にとって楽しくて大切な思い出。とても大事な財産だ。
。。
とにもかくにも、芳乃香さんはメディアの中で、再ブレイクを果たした。報道番組に自分のコーナーを持ったり、雑誌の連載を持ったり、バラエティ番組のレギュラーも持ったりと、前にも増して、忙しくなってきた。フリーになったアナウンサーが、セクシー系の露出を契機に女性層の支持も得てカムバックするなんて、一昔前だったら、考えられなかったことだったはずだ。しかし、時代は変わりつつあるようだ。
話題を呼んだケーブル番組も、繰り返しキャプチャー画像が拡散されるうちに、たまに出演するキャラクターに光が当たったりする。マサキも、芳乃香さんの再ブレイクまではずっと信じてきたのだが、メイクの果代ちゃんが一部で脚光を浴びるとは思っていなかった。彼女は今、20代向けのファッション雑誌でコラムを持っている。流行の髪型と、古めのハードロックについて語るという、いつまで続くかわからないような企画だが、果代ちゃんは張りきって取り組んでいる。
芳乃香さん再ブレイクの立役者ということになっているのは、敏腕チーフマネージャーの柊歩美さん。相変わらず、バリバリと仕事をしている。周囲の評判では、少しだけ、当たりが柔らかくなったらしい。なにか、欲求不満が解消されるようなことでも、あったのだろうか。
キューさんは、担当番組の『ニューページ』が時間帯を格上げされて60分番組になっている上に、最近新たに、ラーメン屋巡りの番組を任されたので、これまでに増して、忙しくなっている。「ニューページの回しは、マサキに任せたいんだわ」と豪語してくれるが、いざ収録が始まると、相変わらず、現場で一番フットワーク軽く動きまくる、元気なオジサンだ。
マルさんは、半分趣味で作って使っていた『ニューページ』の番組テーマ曲や挿入曲が、ジワジワとコアな音楽ファンに受けてきたらしく、音声マンの仕事の他に、個人で作曲や編曲の発注を受けるようになっている。
仕事が一切変わっていないのは、ゴンさん。この道30年以上のベテランカメラマンは、相変わらず、『ニューページ』の撮影の一部始終を、黙々と取り仕切っている。いや、厳密には、権藤さんにも、少し変化はあった。
「最近な、前にマサキの言ってた、催眠術的な美しさ、美味しさ、っていうのが、ちょっとずつわかってきたぞ」
普段無口なゴンさんが、このあいだ、そう言ってくれた。確かに、先月あたりから、ゴンさんに、「2人落とすなら、しばらく2人が脱力して肩寄せ合って、お互いに寄りかかってるところを撮らせろ」とか、「放心してるところをジックリ押さえたいから、ここ、ゆったり進行してくれ」とか、リクエストされることが増えてきたような気がする。マサキはそのことが本当に嬉しい。別に細かい好みが完全に一致しなくても、マサキが魅力に感じることに、少しでも共感してくれる出来る人がいて、意見交換出来るということが、小さいけれど本物の喜びだ。
。。
そんな訳で、マサキが芳乃香さんと会う頻度も、目に見えて減ってきている。それでも、あるいはだからこそ、たまに彼女がスケジュールを融通出来た時は、名残を惜しむように、じっくりと催眠術で遊ばせてもらう。マサキは、自分がこれほど諦めの悪い、粘着質な性格だとは、思っていなかった。
今夜は彼女の寝室で、芳乃香さんを再び『風俗嬢』に変身させて、以前彼女が話していた、『女子アナ・プレイ』を現実のものとして一緒に楽しませてもらう。
「メイン司会者の僕が、スタジオから芳乃香さんを呼びます。そのたびに、貴方は観光スポットにいて、僕の呼びかけに答えて中継を始めます。そのスポットの情報を、端的に、つまびらかに、そして魅力的にお伝えしましょうね。もちろん、芳乃香さんしか知らないような情報をワンポイント付け加えることが出来たら、貴方はとても優秀なレポーターですよ。貴方が中継する場所は、若園芳乃香その人の、体の色んな部分です」
こう伝えて芳乃香さんを「オッパイ山」や「アソコ谷」、「お尻洞窟」からの中継レポートに駆り出す。彼女は笑顔で快活に、それぞれのスポットの見どころや地元の人しか知らない秘密の情報など、的確に情報提供してくれる。彼女の乳首が、寒い時などに勝手に硬くなって、仕事中など困る時があること、乾燥する季節は下着と擦れて痒くなったり痛くなったりして困るのでワセリンを塗って予防すること、社会人に成りたての頃は不規則な生活と新生活のプレッシャーから小さな痔が出来てしまったので、それ以来、睡眠は細切れでも必ず確保するようにして、辛い食べ物を避けていることなど………、事細かに説明してくれる。そしてヴァギナについては、自分が昔は色や形を気にしてコンプレックスだったこと、一度なぜか真っ白になって食べつくされたような夢を見たこと。それ以来、少しずつ自分自身に馴染んできているように思えること。たまにお風呂上りに手鏡や姿見でマジマジと見ることを教えてくれた。それもアナウンサーのご当地レポートとして、丁寧に流暢に、笑顔でお伝えしてくれた。見事な中継レポートだった。まるで本物のアナウンサーさんだ。
一度、「風俗嬢の女子アナ・プレイ」という設定を通して遊びを提案すると、若園芳乃香さんにとっては大切なアナウンサーのお仕事を汚すようなことであっても、意外とすんなりとのってきてくれる。実はこの「体の色んな部分を観光地のようにレポートする」という遊びは、以前芳乃香さんが風俗嬢として語った、「お客様の体をゲレンデに見立てて、スキーヤーのように舌で滑走する」という想像からインスピレーションをもらったものだ。このようにして、マサキと芳乃香さんの遊びは(彼女の知らないところで)2人のイマジネーションが入り混じり、複雑に込み入っていく。ベースはマサキが作り上げた世界だけれど、芳乃香さんの心象風景がそこここに形跡を残している、2人で積み上げた遊び場だった。芳乃香さんはただ、それに気がついていないだけだ。彼女はそれと気づかずにかつての仕事仲間(今は友人)を自宅に招き入れ、合言葉を聞いて深い催眠状態に陥り、誘導されるがままに裸になって貪るようにセックスをする。
2人で果てたあとは、仕事の疲れもあって、マサキはベッドに寝そべって、つらつらと考えごとをしたりする。けれど芳乃香さんはまだ少し、頑張れそうな雰囲気もある。彼女にとって、新しい仕事と環境は、ストレスの貯まることもあるのかもしれない。
「じゃぁ、芳乃香さん。あっちを見て。マサキ君が急に元気を回復させて、貴方ともう1ラウンド、エッチするために抱きついてきたよ。そこにマサキが見えるでしょ? 触られてる感触もある。こっちには、誰もいないよ。貴方は、そこのマサキと、気のすむまで徹底的に、セックスをやり抜くことが出来ます。ここは、他に誰の目もない、2人きりの場所。もうイヤってなるまで、やりまくっていいよ」
マサキがそう言うと、芳乃香さんは一人でベッドを転がって、体をくねらせて、想像上の新藤マサキとまぐわう。マサキは、次々と体位を変えながら、喘ぎ、悶えつつ嬌声を上げる芳乃香さんの、空想上の性行為を見守っていた。ベッドから降りると、両手をベッドの縁にのせて、体を弓なりに反らしてお尻を突き出す。そこにいるはずのマサキ君にバックから突かれて、芳乃香さんが栗毛色の髪を振り乱して腰を振る。
(芳乃香さんって、僕とバックでしてる時、僕に見せないようにしながら、こんな表情してたんだ…………。)
マサキは、今更ながら、まだ色々な発見をする。これまで全く気がつかなかったが、彼女は後背位で繋がって、相手にも背を向けている時、完全に緩み切った、蕩けたような笑顔になっていた。そして、相手のいる、後ろを振り返る時には、少しだけ表情を作っている。セックス中でも、この快感に没頭しきっている時でも、まだ、異性の目を意識すると、若干表情が変わっているのだ。
半年以上、相手の意識を自在に操らせてもらってきて、体も自由にまさぐらせてもらってきて、未だにそうした発見があるということに、感動すらおぼえた。
ふと気になって、マサキもベッドから降りて、彼女の足元を見るために、回り込むように近づいてみる。…………やっぱりだ。彼女は裸で、本気エッチの最中なのに、ベッドから降りている今、足にはいつの間にか、室内履き用のスリッパを履いていた。新しい発見と、いつもの変わらない芳乃香さん………。本当に見ていて飽きない。自分とのセックスを満喫してくれている彼女を、別の角度から見ているというのも、面白いものだった。
彼女はもう一度果てて、長めの時間、潮を噴いたあと、落ち着いてきたら、今度は緩々と暗示の世界を2人で散策して、最後はマサキの人差し指の先を口に含み、赤ちゃんのようにチューチューと吸いながら安らかな眠りにつく。そこに自分のクリトリスがあると信じて、気持ち良さそうに吸いつきながら、スース―と寝息を立てて、安心しきって眠るのだ。
マサキは芳乃香さんの耳元で囁いて、彼女の『恋愛禁止をお手伝いする』暗示の数々を、解除することを、そっと伝えた。熟睡しているようだった彼女が、ゆっくりと頷く。その表情は、嬉しそうにも、ガッカリしているようにも見えて、よく判断出来なかった。
今、芳乃香さんに右手の人差し指を差し出しながら、添い寝をしている。もう片方の手で彼女の髪の毛を指ですくったり、頬にキスをしたり、胸元の匂いを嗅いだりするのにも飽きてくると、薄暗い部屋の中を見回す。ベッド脇のサイドボードには、何冊もの台本が置いてある。教養番組のナビゲーターやナレーション。アニメーションの声優のお仕事も来ているらしい。本物の売れっ子だ。こうしてマサキと会う機会を捻りだすことも、早晩、難しくなっていくだろう。それは、率直に言って寂しいことだ。それでも、彼女が舞台挨拶に出ていくところを想像するとワクワクする。マサキのイマジネーションの中、舞台に立つ彼女は少しだけ恥ずかしそうに、それでも幸せそうな表情をしている。マサキも思わず一人で微笑んでしまう。客席の皆は大喜びするだろう。なにしろ美人でスタイルが良くて頭も良い有名人。特に最近は、くだけて可愛らしい部分も沢山見える、人気者の登場だ。新藤マサキが本気で大好きだった、魅力溢れる、最高の女性だ。妄想を膨らませるために、マサキは白いシーツを、自分と芳乃香さんの頭をスッポリと隠してしまうようにかぶせて、その中へもぐりこむ。2人で夢の世界へ入っていく。
いつの間にか、舞台の上で、芳乃香さんがバレエを踊っている姿を思い浮かべている。舞台挨拶の現場だったはずのステージから、プリマ・バレリーナのソロパフォーマンスへと、マサキの想像は跳躍している。暗い客席。ステージ上も、彼女にだけ、スポットライトが当たっている。息を飲むような緊張感の中で、芳乃香さんが両手を伸ばし、羽ばたくように舞う。足を上げる。膝を伸ばし、つま先まで一本の棒になったように真っ直ぐ前に出して、一歩踏み出す。軸が一切ブレないトワール。左足からの高い跳躍。長い滞空時間。観客席から溜息が漏れる。全員が一人残らず、彼女の動きに魅せられている。やがて舞が終わる。割れんばかりの拍手が、劇場の中に音の渦を作る。舞台袖から共演者たちが彼女の左右に駆け寄り、彼女の素晴らしいパフォーマンスを祝福する。全員でお辞儀をする。ダンサーたちが退場しても、一向に拍手は鳴りやまない。舞台袖に一度はけた彼女たちが、一息ついてから、もう一度、光の当たる舞台へ出て、観客へ再度挨拶しようとする。その瞬間、通り過ぎる瞬間に、プリマ・バレリーナは、マサキに一瞬だけ視線を送る。脚本家、演出家、振付師をつとめたマサキは、表舞台には出ず、袖からダンサーたちを見守っている。そんな彼に、短く微笑みかけたプリマが今、眩しい光のなかへ歩き去っていく。この後ろ姿の格好良いこと、美しいこと。マサキが心の底から好きだった、彼女の後姿。気高さすら漂うその魅力は、客席からでは、わからないのではないだろうか?
マサキは、全てを満足げに、しかし憑りつかれたような目つきで見守る。他のスタッフたちは拍手をしたり、互いを見合って観客の反応を喜んでいるが、マサキは腕を組んだまま、視線を一秒たりとも舞台から離さない。スポットライトとプリマ、そしてマサキの位置とが直線で結ばれると、マサキからは彼女のシルエットが一瞬、逆光に飲み込まれ、見えなくなる。目が眩むほどの眩しさ。それでもマサキは瞬き一つしない。呼吸も忘れて見入る。プリマが、より大きな劇場、より大きな劇団へと旅立っていくこの瞬間を、一瞬も逃さず、凝視し続けるのだ。
そして幕が閉まる。
<おわり>
最終話お疲れさまでしたでよ~。
なんかしんみりした最後でしたね。
マサキくんが催眠術の魅力にのめり込んでしまったおかげで女性たちにがっついてるようにみえない(実際には結構やりまくってるけど)のでなんか淡々とした印象でぅ。
みゃふとしては芳乃香さんが忙しくなって接点があまりなくなっていくのもありだなぁと思いますでよ。(もちろん、完全に放置ではなくて呼べばすぐ来るような関係でぅけどw)
まあ、それはみゃふが一人のキャラとべったりしなくなれば別のキャラとエロエロできるとかゲスな考えを持ってるからなので、マサキくんの心境にたどり着けるわけではないんでぅけどw
っていうか鷲尾さんの初デートからの処女喪失シーンを詳しく(おい)
であ、また次回。冬を楽しみにしていますでよ~。
あ、あと、芳乃香さんとのお姫様プレイ良かったでぅ。ポケットマネーでクリーニング代を出させられた柊さんは可哀想でぅけどw
最終話まで読ませていただきました。お疲れさまでした。
本人は「性格悪い」と言っていますが、やはり小市民的というか
善人にも悪人にもなりきれない主人公らしいエンディングだと思いました。
素面では絶対に恋仲になれない女性に、記憶に残らない陵辱をして、
しかし女性の人生までは壊さない。あくまでつまみ食いさせてもらう。
催眠モノの醍醐味ですよね。
私は「催眠術で誘導から裸にするまでの描写」大好き人間なので、
牧野さんや鷲尾さんがそうなるシーンもぜひ見たいなあと思いつつ、
また次の物語も楽しみにお待ちしています。
素晴らしい作品をありがとうございました!
完結お疲れさまでした!
マサキくん、きちんと自己分析して気持ちを整理できたのは良かったです。
バランスを崩して暴走しがちだった初期と比べて、ADとしても催眠術師としても一つ上のステージに立てた感じですね。
周囲から一目置かれるようになってきたのも伝わってきますし、これからもっと上の立場も任されていくのでしょう。
それにしても、番組で催眠術を解かれた芳乃香さんが真っ赤になって逃走するのがお約束になる辺り、オイシイですね……w
「催眠術にかかっている姿を晒した」上で、「本人のイメージを傷つけない」という、ショー催眠を成功させる上でとても高度なバランス感覚。
マサキ本人やスタッフの前ではそれ以上の醜態を晒していても、最終的にブラウン管の前の視聴者に対しては好印象だけを残す。
まさにプロの手腕と感服します。
あとは個人的に、最終的に芳乃香さんが恋愛禁止の暗示を解いてもらってよかったです。
ジェリー=フィッシュみたいに幸せが決まってる相手に意地悪な暗示を残すのは微笑ましいですがw
それでは、次回作も楽しみにしています!
いつもエロいお話ありがとうございます。
また別の話ですがこちらの話の中で「先生ごめんなさい」も面白かったです。
https://megalodon.jp/2012-0229-2326-55/homepage1.nifty.com/tmiyabi/story1.htm
最終回お疲れ様です。
一気に2話も読めてしまっていいのかしら。
永慶さんの作品は催眠術を通してヒロインとどう向き合っていくかもそうですが、主人公が催眠術とどう向き合っていくかも楽しませてもらってます。
催眠術がただの道具ではなく、一段上の存在のように感じます。
次回作を楽しみにしております。
>みゃふさん
今回も最後までありがとうございました。
伴走頂いて走りきったような気がしますです(笑)。
催眠術に魅入られた男の子の奮闘を何とか最後まで書ききった気持ちがあり、
それなりに満足しておりますです。
また冬も投稿出来たら、よろしくお願いします!
>きやさん
ありがとうございます。
仰る通り、「弄ぶ」、「つまみ食い」するというスタンスが、
催眠術という具材とも、私の嗜癖ともよく合っていると思います。
今回、執拗に執着するところも描きましたが、
「半覚醒」や「予想外に相手に残った暗示」など、個人的に新しめの描写も入れられたので
嬉しかったです。丁寧に感想頂きまして、とてもありがたかったです!
>ティーカさん
毎度ありがとうございました!
全体的に前向きな終わり方に読めるようでしたら、嬉しいです。
芳乃香の恋愛禁止の暗示は解いたものの、マサキは今後も、彼女に対して
たまーにチョッカイは出しそうな気がします(笑)。
それくらい、彼の催眠術師人生においては、芳乃香に悪戯をした初期衝動が
決定的な思い出になるのではないかということで。。。
半年後にはまた違うタイプの話を書いていると思います。
お気に召したら、またお話ししましょう!
>匿名さん
ありがとうございます!
「大人のための催眠術」の「先生ごめんなさい」は、個人的にも気に入っている作品の1つです。
今思うと、「催眠術の暗示が術師の当初の意図を超えてエッチな展開へ進展させてしまう」、
「エンディングに向けて登場人物が催眠術体験を経て、何らかの変化(成長/堕落)を遂げる」
といったポイントは今回の「プリマ」にも共通する話ですね。
むしろ、短く語れている分、過去作の方が切れ味良いかもしれません(笑)。
今回は今回で、オーソドックスな催眠術小説をまず正面からしっかり書いて、
そこから現時点で自分の考える物語的な発展を書ききるというテーマでやりましたが、
ご指摘、とてもありがたいです。助かります!
>慶さん
ありがとうございます。
今回は催眠術を使ってエッチをする話というよりは、
催眠術の怪しい魅力や魔力(リスク含めて)を描ききるという展開になりました。
個人的にMCフェチの世界の中で催眠術(フィクションとしての)の魅力は
「半分、現実の技術や現象に立脚した存在であること」、
「対象の個性をすり潰す人形化ではなく、隠された個性を際立たせる可能性を秘めた現象であること」、
「ファンと共有している様式美(ステップや小道具、お約束など)が多いこと」が挙げられると思っています。
こうした魅力を本作で少しでもMCファンの方々と共有出来たら、本当に嬉しいです。
感想、とても励まされました。ありがとうございました!