スパイラルサークル 第1話

「ホントに行くんだね? 近くまで来て、やっぱりやめようとか、無しだからね?」

 

 吉沢結沙がしつこく念を押すと、クラスメイトで親友の城崎野乃は、少しだけ顔を俯かせて、唇を噛んだ。決心を捻りだそうとしている時の、彼女の癖だ。

 

「…………ん………。いく………」

 

「野乃、大丈夫? ………どっか喫茶店で作戦会議とかしても、良いんだよ」

 

 同じくクラスメイトで親友の、真壁梨々香が聞く。けれど野乃はブンブンと首を横に振った。

 

「学園祭って言ったら、模擬店もあるもんね。野乃はどうせ行くんなら、しっかり満喫たいって思ってるんでしょ。………喫茶店は多分、帰りに。………反省会って感じで」

 

 野乃とは一番付き合いが長くて、小学校の頃から一緒にいる、井関咲良は、彼女の気持ちをお見通しとばかりに、結沙と梨々香に目配せをした。

 

(そこは「反省会」じゃなくて、「祝勝会」って言っておいてあげるべきじゃなかった?)

 

 結沙の視線もシレっとかわした咲良は、少し優しみが足りない物言いが多いけど、頭脳明晰な優等生だ。

 

「えー、でも、学祭か~。ワクワクするね。野乃、めっちゃ格好いい人にナンパとかされたらどうする~? 4人一緒に声かけられたら、皆もどうする~?」

 

「………いや、アンタは彼氏がいるでしょうが………」

 

 梨々香が両手で自分の頬を包みこむようにして、空を見上げて妄想に浸る。咲良の冷静な指摘も、聞いてすらいないようだ。梨々香と咲良の間に挟まれて歩いている野乃は、黙っているが梨々香以上に顔が真っ赤になっているので、野乃も妄想世界にドップリ入ってしまっていることがバレバレだった。

 

「でも、崇泉院の人って、ナンパとかしないんじゃない? ………なんとなくのイメージなんだけど」

 

 結沙が聞くと。全員が「う~ん」と唸ったまま、腕組みをして頭を捻ってしまう。県内有数の進学校で伝統校。崇泉院学園とナンパ男子………。確かにイメージのなかでは、なかなか結びつかない組合せだった。

 

「お母さんが今回、行っても良いって言ってくれたのも、崇泉院の文化祭だからなんだよね………。だから多分、ナンパしてきたりとか、怖い人とか、あんまりいないんじゃないかと思って」

 

 野乃が、希望的な観測にすがるように、結沙に聞いてくる。そのお人形さんのように可愛らしい顔で、クリっとした両目で、すがりつくように見つめられると、結沙も野乃の希望を、まだ行ってもいないうちから叩き潰すのも可哀そうに思えてしまい、口をつぐんだ。

 

(勉強が超出来る真面目男子たちの中高一貫学園って………。ナンパとかしてこないとしても、とんでもないオタクの陰キャばっかりだったら、どうすんのよ………。)

 

 結沙がチラッと咲良に視線を送ると、秀才少女は華奢な両肩をキュッとすくめてみせた。

 

(行ってみて、ショボい感じだったり、怪しげな男子しかいない雰囲気だったら、帰ってくれば良いじゃん。せっかくこんなに引っ込み思案な野乃が、今回は勇気出してるんだし、良いんじゃない?)

 

 彼女の眼鏡の奥から見える両目から、咲良の言いたいことは、伝わってくる。結沙も、小さくため息をついて、頷いた。振り向くと、梨々香はちょっとウェーブのかかった栗色の長髪を左右に揺らしながら、一人でズンズン前に進んで行っている。

 

「ほら、皆。行かないんだったら、置いてくよ。もう2時過ぎてるし、崇泉院まではバス使わなくちゃいけないんでしょ? ボヤボヤしてたら、終わっちゃうじゃん」

 

 梨々香の背中を追うように、野乃が3歩踏み出して、立ち止まり、結沙と咲良の方を振り返る。結沙も小さく肩をすくめたあとで、野乃について、そして梨々香について歩き出した。わずか5年前までは男子校だったという、伝統ある寮制高校。今では女子の入学も受け入れているし、自宅から通学している生徒も増えてきているそうだが、女子高に通う結沙にとっても、謎のヴェールに包まれた世界だ。たまたま彼らの文化祭週間と、結沙たちのテスト明けの短縮授業週間がマッチしなければ、足を踏み入れることもなかっただろう。そう思うと、結沙自身も、見知らぬ世界を探検するようで、少しドキドキしていた。

 

 

。。。

 

 

「おぉっ、その制服は、聖クララ女子の生徒さんたちでは? ………ようこそっ。ゆっくり楽しんで行ってくださいねっ。週末もやってるから、面白かったら、どんどんお友達を連れてきてよっ」

 

「お前、さっさと券、受け取って、行かせろよ。………どうぞー」

 

 野乃が欲しがったので、梨々香が事前に手に入れていた4人分の文化祭招待券。なんと正門の脇にセットされた長机でも当日券を普通に売っていたので、招待券には特別な意味はなかったようだ。応対した男子の軽いノリも含めて、それほど他の高校の男子と違う雰囲気でもなかったので、結沙たちはいくらか気が抜けて、同時にいくらか安心した。

 

 鉄の正門とレンガ造りの講堂は歴史を感じさせる敷地内だけれど、校庭に並んでいる出店や、朝礼台前に作られたステージ、そこでかき鳴らされているサークルの軽音楽などは他の学校の文化祭とさほど変わらない。けれど、柔道や少林寺拳法の演武をやっているのと、圧倒的な男女比率の偏りかたは、元男子校らしさを醸し出してはいた。出店でタコ焼きやクレープ、タピオカなどを買うと、結沙たちの気持ちもお祭り気分に浮き立つ。

 

「君たち、聖クララ女学園だよね? ………俺ら、4時までタコ焼き焼いてるけど、その後、手が空くから、学校案内しようか?」

 

「お嬢さんっ。トウモロコシはいかがですか? 4人とも超可愛いから、9割引き、いや、ただでも良いよっ」

 

「校舎の中には、色々怪しいブースもあっから、俺らがボディーガードするけど、どう?」

 

 すぐに結沙たち4人の周りには色めきだった男子たちが押し寄せて、売り物をアピールしたり、あわよくば仲良くなろうと声をかける。その人だかりを、モーゼが海を割るように、梨々香の愛想良くて世慣れた男子あしらいや、咲良のキッパリとしたお断りで切り開いて、何とか前に進む。普段は女子高にいて、男っ気のない生活に慣れている結沙たちには、こうして沢山の男子たちにチヤホヤされるのは、困るようで照れるようで、そして内心はそれほど悪い気のするものではなかった。

 

 県内有数のお嬢様女子高、聖クララから美少女たちがやってきた。そんな噂が元男子校の敷地内に駆け巡っているのかもしれない。結沙たちを取り囲む人だかりはどんどん増えていく。さすがに気疲れしてしまった4人は、目立たない場所を探して、校舎と校舎の間にある脇道へ、逃げるように早足で歩いた。

 

 

 

「………ちょっとだけ、このへんで休憩していかない?」

 

 文化系サークルが模擬店やジャズ喫茶、ミニシアター系の映画の上映会などをしている校舎内の一角で立ち止まった梨々香が、画用紙の貼り付けられた立て看板を見て、残りの3人に呼びかける。そこの教室は、「リラックスルーム、癒しカフェ by スパイラル・サークル」と書かれていた。

 

 カフェにしては洒落っ気の少ない感じもしたが、教室内を見ると、人もまばら。接客も若干おぼつかない感じで、真面目そうな男子たちが目配せをかわし合って、誰が彼女たちに声をかけるかを、押しつけ合っているようだった。その、どことなく世慣れない、消極的な男子たちの様子を見て、結沙は若干の安心感を覚えた。それくらいここに来るまでというもの、飢えた男子たちの好奇の目に目に晒されて、気疲れしていたのだった。

 

「あの、ここ、カフェなんですよね? ちょっと休んでいっても良いですか?」

 

 梨々香が積極的に質問すると、何人かの男子の内の一人が、少しオドオドしながらも返事をする。

 

「はい、どうぞー。ハーブティーとか、アロマキャンドルとか、色々あるから、ゆっくりしていってくださーい」

 

 ホームパイやチョコ菓子など、小袋に包装された少しだけ高級感のある、買って来たお菓子が紙皿に盛られてテーブルに置かれる。(ケーキとかは無いんだな)と思った後で、結沙は思い直した。この男の巣みたいなところで振舞われる手作りケーキなどよりは、市販のお菓子の方がよっぽど安心感がある。むしろ、市販のお菓子でありがとう、だ………。そう、自分に言い聞かせた。咲良を見ると、彼女もそう思っているようで、結沙に無言で頷き返す。野乃は少し俯き加減の顔で、上目遣いで落ち着かなさそうに周囲をキョロキョロと見まわしている。そして梨々香は、軽いノリで、お菓子を出してくれた男子と話をしている。教室の中に、お客さんは結沙たち4人組だけ。そして「お店側」の男子は3人いるだけだった。

 

「スパイラル…………サークルって………、ここにいるメンバーで全部なんですか?」

 

 咲良が聞くと、最初に彼女たちに声をかけた男の子が、慌てて反応する。

 

「いえっ。この後、音楽室で僕らのサークルの出し物があるんで、そっちの準備に結構人が出払っちゃってるんです。僕らもちょうど、他にお客さんが来なかったら、早めにこっちを一旦閉めて、音楽室に移動しようかって話してたところなんですよ」

 

 小湊弘太と名乗った、3人の中で比較的愛想の良い男子は、高2だという。結沙たちと同じ年だった。テーブルにハーブティーを出してくれた、メガネをかけた男の子は藤村君彦というそうだ。そして、さっきから一番距離を置いて、こちらをチラチラと見ているだけの小柄な男の子は夏原保という高1の人だそうだ。全部、弘太が教えてくれたのだった。

 

「お菓子は適当にお店の出してるだけだけど、紅茶はちょっとだけ凝ってるんだ。シナモンがしっかり入った薬膳ハーブティー。ハーブはうちの園芸部が健康センターとかに卸したりもしてるんだよ。一応、学園祭の時だけの限定商品。体の血流が良くなって、全身、ゆったりする効果があるんだって」

 

 紅茶を出してくれた君彦という男子は、一度口を開くと、話が止まらなくなるタイプかもしれない。意外と流暢に紅茶の説明をしてくれた。カップを顔に近づけると、確かにシナモンのツンとした香りの奥に、少し甘い淀みのような『薬膳要素』を感じた。一口飲んでみる。とにかくシナモンの香りが強くて、味については何とも言えないと思った。それでも、さっきまでのガツガツした男子たちの波のような客引きや声かけに気疲れしていた結沙としては、やっと少し気持ちが解れたような気がした。

 

「それで、………そもそもの、スパイラル・サークルって、何をする集まりなんですか?」

 

 咲良がさっきから気になっていた質問をする。

 

「あっ。あの。………私も、それ、知りたかったんです」

 

 顔を赤くしながら、野乃が身を乗り出す。頑張って男の子とも話そうとしていることが分かって、結沙は少し胸がキュンとなる。こんな可愛らしい顔立ちの美少女が懸命に異性と話そうと無理しているのを見て、ときめかない男子がいるのだろうか? 結沙がこそっと確認すると、夏原保という男の子は、確実に野乃の顔に目が釘付けになっていた。君彦という人は保ほどあからさまではないけれど、野乃のことを意識しているのはわかる。お嬢様学校で知られる、聖クララ女学園でも、相当なレベルの美少女である野乃を、このへんの男子が放っておけるはずがない………。そう思って弘太の反応を確認しようとした結沙は、軽く様子を伺おうとした3人目の男子、小湊弘太と不意に目が合ってしまい、慌てて目を逸らした。少し体温が上がった気がする。結沙は手で自分の顔を扇ぐ。喉が渇いたので、君彦がもう一杯継ぎ足してくれたハーブティーを喉に通す。一杯目よりも、ほのかなくどさのような後味も、口に馴染んだ。

 

「そう、私なんか、最初はスパイ・サークルかと思いました。なんか、工作員みたいな人たちいっぱいいたら、どうしようって、ハハハハッ」

 

 さも面白そうに、梨々香が笑う。いつもに増して、上機嫌だ。

 

「それがね………、これ、うちのサークルに代々伝わってる、大道具なんだけど、………これが渾名の由来みたいなんだ」

 

 弘太が部屋の片隅から、布を被った大掛かりな教材のようなものを運んでくる。なにやら小学生に丸時計の見方を教えるために使うような、大きな円形の部品が棒と台に括りつけられた、大仰な装置だ。形状だけで言うと扇風機のような構造になっている。

 

「………ジャーン。これ、何かわかる?」

 

 少し結沙たちとの会話に慣れてきた様子の弘太が、被せてあった布を捲ると、円形のシルエットは白い丸型の板のようなもので、そこに黒い渦巻のマークが何重にも巻かれてあった。

 

「なんか…………。昔のコメディ映画とかで、見たことあるかも…………。いかがわしい、催眠術師とかの役の人が使うような」

 

 咲良が言うと、梨々香がコロコロと笑った。

 

「何それ………。ウケる……………。ちょっと、デカいし………」

 

 梨々香は何がそんなに嬉しいのか、さっきから笑いが止まらないようだった。

 

「わ、わたしも、見たことあるかもっ。コント番組とかで………」

 

 野乃は頑張って会話に入ろうと意気込むがあまり、ガバッと立ち上がっていた。

 

「………どうどう」

 

 たしなめるように、結沙が野乃の肩に手を置く。野乃の体温は高かった。野乃を座らせた結沙は、自分も腰を下ろすと、もう一口、紅茶を飲む。

 

「これで、本当に催眠状態に導いたりとか、試してたみたいだよ。僕たちのサークル、正式名称は『意識学研究会』っていうんだ。ずいぶん古い名前らしんだけどね。で、渾名がスパイラル・サークル。人の意識のリラックス状態とか、勉強の集中力を上げる方法を調べたりするし、メンタルトレーニングとか催眠誘導法なんかも勉強したりするんだ。で、これはご推察のとおり、催眠術の道具。ここまで大掛かりなのは、たまにしか使わないけどね」

 

 弘太が冗談っぽく、渦巻きを描かれた円盤をグルっと回して、すぐに手で止める。そのわずかな瞬間の渦巻の回転だったけれど、結沙は心なしか、その渦の回転の中に自分が引っ張りこまれていくような感覚をおぼえて、とっさにテーブルに手をついてしまった。

 

「催眠誘導とか………、実際に出来たりするんですか?」

 

「えー、『アナタはだんだん眠くなる~』、とか? ………ウケる」

 

 梨々香は手を叩いて笑っている。何がそんなにおかしいのだろうか? 結沙は頭をブンブンと、左右に振った。さっき、梨々香が「眠くなる~」と言ったのを聞いた時、確かに結沙はふとした睡魔におそわれたような気がしたのだ。体が椅子に沈み込んで、そのまま瞼が落ちてきてしまうような、そんな気怠い感覚。まだ眠くなるような時間帯では絶対にないのに。

 

「…………試してみる? ………このスパイラルをよーく見て。ほら、ゆっくり回る渦巻き。ほら、ジーっと見てみようか」

 

 結沙は嫌な予感がして、渦巻きの円盤は見ないようにしようと思った。顔を背けて左側を見ると、野乃がポーっとした表情で、真っ直ぐに前を向いている、その横顔を見た。ほんのりと笑みを口元に浮かべて、黒目が1点を見つめて動かない。気がつくと、咲良もそんな雰囲気だ。結沙は、見たくないという本能的な警戒心と、「ジーっと見てみよう」という、頭にしみこんでジワジワと響き渡るような言葉の響きに従いたいという思いとの戦いで、頭が一杯になる。痺れるような感覚に意識をやっているうちに、ついつい円盤に描かれた回る渦巻き模様に目が行っている自分に気がついた。

 

「この渦巻きの回転に心がどんどん吸い込まれていく。ほら、どんどん………。もう何も考えられない。考えるのがだるい。………大丈夫、僕の言葉の通りに従っていると、何も考えないで良くなるよ。とーっても楽になる。皆、そんな状態がとっても好きになる」

 

 顔の筋肉が、全身の他の筋肉と一緒に、ジワーっと緩んでいくのが自分でわかった。きっと結沙は今、自分の顔も、野乃や咲良のように緩んだ、何かに陶酔しているような表情になっているのだろうと、想像した。

 

「今、あなたたちは、とーっても疲れている。もう何を考えるのも面倒くさい。………僕の言葉に心を委ねて、ゆーったりと穏やかな眠りに落ちましょう。とっても楽になります。ほら、3、2、1、ハイ、眠ってー」

 

 結沙たちが最初にこの教室の模擬喫茶店に入った時と比べるとずいぶんと流暢に喋るようになった小湊弘太が、抑揚も交えて淀みなくこの言葉を口にすると、結沙はその言葉の波のようなものに意識を押し流されるようにして、椅子に体を完全に預けて、深い眠りに沈み込んでいく。視界が一気に狭く、そして暗くなっていく。そこまでのことしか、覚えていなかった。

 

 

 

 

「一度、目を開いて、ゆーっくりと立ってみようか。でも意識はまだ深い眠りの中。僕の言葉に反応するだけだよ」

 

 瞼を開いた結沙。けれど何も考えることは出来なかった。椅子に手をついてフラフラと立ち上がる。自分の前には、さっきまであったはずのテーブルはなかった。椅子も結沙たちも、横一列になるように並べ替えられていたようだ。

 

「おっと………気をつけて。足に、もうちょっと力が入る」

 

 真横で別の男子の声がする。確か君彦だ。どうやら梨々香が立ち上がろうとして、よろけたところを、横で支えているようだ。けれど今の結沙は、友達の梨々香のことを心配することにも頭が回らない。ただ、目にして耳にすることを、淡々と受け流すか受け止めるか………、それだけしか出来ない状態だった。

 

「スペシャル・ハーブが被暗示性を極端に上げてくれるのって、20分くらいだったっけ? 確か手に入る材料のレベルだと耐性もすぐにつくから、深い催眠状態への誘導を安定化させるチャンスは、この1回きりなんだったよね?」

 

 弘太の声が聞こえる。

 

「いや、効き目の時間は若干、個人差あるから、15分で仕上げろって、ユウマさん、言ってただろ? あんまり時間ないな」

 

 君彦が答えているようだ。あんまり時間がない………。そうだ、時間が無いのだ。結沙は録音された言葉を返すだけのレコーダーのように、頭の中で彼らの会話を反復していた。

 

「えっと、………で、どうすんだっけ?」

 

「被暗示性を上げるっていうのは上がったみたいだから、あとは催眠状態の深度を確かめるんだったと思いますよ。………テストするんです。普段のこの人たちなら、絶対嫌がるっていうようなことで試さないと」

 

 他の子たちよりも一段高い声。夏原保だった。

 

「……………うん…………。じゃぁ…………その………。今から、皆さんの………パンツをチェックしていきます。抵抗してはいけませんよ。皆さんは僕たちの言葉をただそのままに受け止めます。それはとても心地いいことなんです」

 

 弘太が少し心配そうに、こちらの様子を伺いながら、結沙の前に来る。それよりも一足早く、保が咲良の前に行く。男子3人の中で一番小柄な保が、女子4人の中で一番小柄な咲良の目の前に立って、無造作に彼女のスカートの裾を掴むと、遠慮ない手つきでスカートを捲り上げた。結沙は視界の端でそれを見ていたけれど、どうすることも出来ずに立ち尽くしていた。その彼女の目の前に、今、弘太が立っている。

 

「ちょっと、ゴメンね。………その、………効き目のチェックだから」

 

 弘太が結沙のスカートの裾を、人差し指と親指とで摘まむと、おずおずと上にあげていく。結沙の頭の一部は何かを伝えようとしてドアを叩いているような気がする。それでも、結沙は自分に言い聞かせる。

 

(私たち、抵抗しちゃいけないから………)

 

 そう思ううちに、心のどこかで誰かがドアを叩く音も、弱まってきている気がする。チェック柄のスカートがめくられると太腿の間に外気が通る感覚を覚える。吉沢結沙は今日、淡い水色のショーツを穿いてきていた。

 

(……………どうせ……………。どうせショーツをチェックされるってわかってたら、もうちょっと、可愛いのを穿いてきたら、良かったかも………………。…………って、私、なんでこんなこと、思ってるんだろ………。)

 

 結沙の頭の中に少しだけ、複雑な思いと、冷静な視点とが混濁する。けれどそこから何かの行動に結びつけるということが出来ない。されるがままになっていることの気楽さのようなものが押し寄せて、すぐにまた何も考えられなくなる。このプロセスを行ったり来たり、繰り返しているうちに、ずいぶんと長い時間、結沙は弘太にスカートの裾をお腹の位置くらいまでまくられた状態で、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 

 ガラガラと、教室の扉が開かれる音がする。弘太が一瞬、肩をビクッとさせて結沙のスカートから手を離した。

 

「弘太たち、結局ギリギリで出演者、確保出来たんだって? ……………へー、可愛い子いるじゃん……………。うん、全員上玉。特にそっちの小柄なお嬢様タイプの可愛い子ちゃんと………、あと今、弘太がお相手させてもらってる、女優みたいに綺麗な子が、人気出そうだね。こっちの巨乳お姉ちゃんと、そっち側の優等生タイプも、素敵なバリエーションってな感じ。……………………これなら、キープしてた詩織先生や奈緒美先輩は、再演頂かなくても良いんじゃない?」

 

「ユウマさん………。そうなんです。…………今、ハーブの効果が切れないうちに、急いで条件付けしておこうって思って」

 

「うん。僕、気にせず、どんどん進めて。今年のショーマンは弘太なんだから」

 

「あ………はい」

 

 ボンヤリと立ち尽くす結沙たちを放ったらかしにして、何回か会話のキャッチボールがあった後で、弘太は再び結沙たちに顔を向けた。

 

「結沙さん、梨々香さん、咲良さん、野乃さん。よーく聞いてください。今から皆さんにとって、僕たちの言葉は絶対の真実になります。今の意識の状態。ふかーい催眠状態にある間、皆さんは心の扉を完全に開放して、僕たちスパイラル・サークルのメンバーの言葉を全て受け入れる。皆さんの常識もマナーもルールも、思うこと、考えること、覚えていること、これから行動すること、全部、僕たちの言葉が優先されて、真実になるんです。そのことをよーくおぼえて、受入れます。それはとても気が楽で、リラックス出来て、良い気分になることです。これは皆さんにとって、すごく心地良い状態。わかったら、頷いてください」

 

(ずいぶん、勝手なこと言われてる気がするな…………。気のせいかもしれないけど…………。あれ? …………私、頷いてた………)

 

 まだ頭がちゃんと回らないうちに、結沙は視界の角度から、自分が深く頷いていることに気がついた。目の前に立つ弘太が満足げにしているから、きっと両隣の友人たちも、結沙と同じ反応を見せたのだろう。

 

「その、絶対的に僕らの言葉を受け入れる、深い深―い催眠状態。つまり今の状態に、貴方たちは、普段の精神状態からでも、あるキーワードを聞くと、いつでもどこにいて何をしている時でも、一瞬にして戻ってくることが出来ます。そのキーワードは『スパイラルの旅行者』です。この言葉を聞いたら、さっき見た渦巻の円盤がクルクルと回っていて、皆さんの意識を引っ張っていった、その力強い引力を思い出してください。螺旋状に意識が深く落ち込んでいって、今の深―い、催眠状態に戻ってきます。それは、懐かしい隠れ家に、やっと戻ってきたように安心できる、一瞬の旅なんです。必ずそうなりますよ。良いですね?」

 

 結沙の頭がまた、コクリと頷く。両隣から「…………はい………」と、寝言のようにボンヤリとした声が聞こえた。

 

「今、貴方たちは、自分の部屋に一人でいます。制服も下着も脱いでしまって、一度、裸になりましょう」

 

 結沙は少しだけ黒目を動かして、顔の向きは変えないままで周りを見回してみた。………自分の部屋にいる。さっきまで、他校の学園祭に友達と行っていたはずなんだけど………と考えたが、そこから今までの、家に帰る記憶を辿っていくのも、面倒くさい気持ちになってしまった。

 

「………さあ、楽な私服に着替えます。制服も、下着も脱いで、まずは裸になりましょう」

 

(私、自分の部屋に一人でいるんだけど、この声は、他にも誰かいるんだっけ?)

 

 結沙はボンヤリ、とりとめのつかないことを考えながら、首元の制服のリボンに手をかけて、シュルシュルと解いた。白い半袖ワイシャツに付いている、プラスチック製のボタンを外していく。袖から腕を抜き取ると、ショーツと合わせた水色のブラが見える。このブラも外すのか…………。そう思うと、結沙は少しだけ奇妙な感覚を持った。結沙はいつもだったら、学校から帰って私服になる時も、よっぽど汗をかいたりした日以外は、下着までは着替えないのだ。下着は繊細な素材でできているから、あまり激しいローテーションで洗うと、傷みやすい。それなのに今日は、一度全部脱いで、裸になるのか…………。つらつらと、そんなことを考えている時に、結沙は不意に、自宅の、何もない空間から、口笛の音を聞いた。

 

「ヒュー。梨々香ちゃん。オッパイ大きい。…………Cカップくらいある?」

 

「今は…………Dです………」

 

 梨々香の声を聞いた気がする。そう、梨々香は胸が大きいのだ。結沙はBカップで、同年代の女子たちと比べても小さいわけではないけれど、梨々香の迫力バストと比べると、そんなに自信はない。そのことに思いが至ると、一人で自分の部屋にいながらも、急に全部脱いでしまうことに、抵抗を覚えた。シャツを脱いでスカートも下ろしたあとの、下着姿の結沙は、そこからブラジャーのホックに手を伸ばそうとしたところで、動きが止まってしまった。

 

「結沙ちゃん、どうしたの? ………早く脱がないと」

 

 弘太の声が聞こえる。そうなのだ。結沙は早く下着も脱いで、裸にならなければならない。これは本当のことだ。けれど、ブラを外そうとすると、あの梨々香のダイナミックなバストのことを思い出して、手の動きが遅くなる。モジモジしたまま結沙は顔を俯けてしまった。

 

(どうしよう………。裸にならないといけないのに………、なんか恥ずかしい………。)

 

 さっきから何人かの声を、自分しかいない部屋で聞いたような気がしたことで、さらに結沙は混乱している。迷うように首を傾げたまま、下着姿で手を背中に回そうとしたり、戻したり、次の行動に移れないでいた。

 

「弘太は、もうちょっと自信もって進めた方がいいな。誘導もメリハリつけて、力強く。………良いですか? 貴方は今から、急いで下着を脱ぎます。そのことに一切抵抗を感じない。迷わない。僕が3つ数えると、必ずそうなりますよ。ほら、3、2、1。ティック」

 

 年上っぽい男の人の声は、低くて力がこもっていた。その声が数を数えた後、指を鳴らす音がする。その音を聞いた瞬間に、結沙の頭の中から、さっきまでの迷いや恥じらい、抵抗感が、まるで蒸発するように無くなっていく。全部脱いで、裸になる。その考えだけが、くっきりと結沙の頭の中に残っている。気がつくと体が自分から動いていた。背中に回した両手でホックを外して、肩のストラップをずらす。カップの部分が浮き上がるように自分の素肌から離れて、指で触れるだけでブラが外れる。簡単なことだった。そしてその簡単なことを簡単に出来たことで、結沙は気持ちがだいぶん、楽になった。

 

「あ、すいません。ありがとうございます」

 

「何かちょっとね、おっかなびっくりっていうか、ブドウの実から皮を剥がそうとして、爪を立てて一部分ずつ剥いでるような雰囲気があるんだよね。ゴメンね、感覚論ばっかで。ブドウの、ここだっていう勘所みたいな場所に指を当てて、ギュッと押し出したら、一瞬で実がプルンって出てくることがあるでしょ? その方が早いし、ブドウの実も傷つかない。力の入れどころを見つけたら、グッと押し出してあげた方が、操られてる相手も楽だからね」

 

「………はい。わかりました………たぶん」

 

「やっぱ、ユウマさんって天才肌ですよね。説明の仕方が面白い………」

 

 今の声は夏原保ではないだろうか? 結沙は自分の部屋に一人でいるはずなのに、さっきまで教室で目にした4人の男子、全員の声を聞いた。それでも、もうそんなことは、大して気にもならない。親指の腹でショーツのゴム部分をひっかけた彼女は、スルスルと水色のショーツを足から下ろして、左右の足を抜き取ると、生まれたままの姿になって、また「気をつけ」の姿勢に戻った。さっきから、小湊弘太がすっごい間近で彼女の胸を、無防備な裸を凝視しているような気がする。けれど、結沙は視線を感じる居心地の悪さよりも、「言われたこと」をちゃんと遂行出来た、という、達成感のようなものでウットリとしていた。きっと顔も緩んだまま、薄っすら笑顔になっているのではないだろうか。

 

「じゃ、スペシャル・ハーブが助けてくれる時間は短いから、手早く彼女たちの深層意識に、『催眠術状態だと自分はここまでも許す』って、しっかり覚えこんでもらってね。俺は、もういっぺん、会場の確認、してくるよ」

 

「はい。お疲れ様です」

「どうもでーっす」

 

 文化系のサークルならではの軽いノリで後輩が挨拶する。結沙はまだ、弘太に自分の裸を隅々まで凝視されながら、それを受け入れるかのように遠い目をして立ち尽くしていた。もう自分が家にいるのか、さっきの教室にある模擬喫茶店にいるのかも、気にはならなくなっていた。

 

「じゃぁ、急いで皆さん、僕らとキスをしましょう。これくらいは当たり前のように受け入れられないと、この後のショーで反応が不安定になっちゃうかもしれないし………ね」

 

 弘太はそれだけを4人の女子に伝えると、さらに足を前に出して、結沙と体が密着するくらいの距離になったあと、顔を近づけて小声で囁いた。

 

「ゴメンね、これ、結沙ちゃんのファーストキスなんだよね? ………でもとっても気持ちいい、最高の経験になるから、心配しないでね」

 

 結沙がまだ誰ともキスをしたことがないということを、なぜ弘太が知っているのか、不思議に思った。さっき、スパイラルを見ていてから意識がわずかでも戻って立ち上がるまでの間に、自分は何か秘密を話してしまっていたのだろうか? そんなことを思っている間に結沙の視界が少し暗くなった。顔を寄せた弘太が、自分の唇を近づけて来て、結沙の唇に触れたのだ。頭がジンワリと熱くなった。今、自分は、キスをしている。ファーストキスを、ついさっき会ったばかりの、よく知らない男子と………。けれどそれはとても気持ちいい………、「最高」と言ってしまっても嘘ではないような、ウットリする体験だった。両肩を弘太に持たれると、素肌が触れ合う感触で、自分が無防備な全裸の状態であることを思い出して、さらに顔が赤くなるのを感じる。なのに、そんなこともどうでもよくなるくらい、頭が奥まで痺れて、蕩けていくような感覚。自分がこのまま、お馬鹿になってしまうのではないかと思うくらい、結沙はキスの熱い刺激に溺れた。弘太の舌が、結沙の唇の抵抗を押しのけるようにして口の中に入ってくる。男の人の粘膜が、結沙のナカに押し入ってきたのだ。ファーストキスなのに。それなのに、結沙はそれをキッパリと拒めない。「んんっ………」とくぐもった声を鼻から漏らしたあとは、口の中を、舌でまさぐられるがままになっている。とにかく気持ちが良すぎて、何も抵抗出来ないのだ。

 

 やっと弘太が口を離してくれたので、少しだけ結沙がホッとする。けれどその休息は、弘太が次の言葉を出すためのものだった。

 

「結沙ちゃんは、何をされても受け入れるよ。こうされるのがとっても好きだ。この、催眠状態自体がとっても好きだ。だから自分からも、これが好きなんだって、体の反応で、僕に教えてね。もう一度キスをすると、必ずそうなるよ」

 

 さっきまでの、緊張気味の上ずったような喋り方がなくなって、声が低く力がこもっている。その力に引き込まれるように結沙も頷いた。これはもう、結沙がそうしたい、そうしたくないといったこととは関係がないことのように感じた。弘太がそう言うのだから、必ずそうなるに違いない………。だから2回目のキスでまた、弘太が舌を入れてきた時には、顔を赤くしながらも、自分からも舌を絡めて応じた。肩を抱かれると、自分の胸を押しつけるように体を寄せてくっついた。指を太腿の間に伸ばされると、(………そっ。そこまでするのっ? …………まだファーストキスしたばっかなんだけど…………)と思いながらも、内腿の力をゆっくり抜いて、弘太の指にまさぐられるままになった。弘太に、されるがままになっている………そう思っているうちに結沙の恥ずかしい部分が、弘太の指にかき回されるたびにピチャピチャと音を立て始める。自分の下半身に目をやると、気がつかないうちに、ほとんど無意識に、自分からも腰を突き出すように前後に動かして、弘太の指を受け入れている。そのことに気がついて、また顔が真っ赤に紅潮した。これではまるで、恋人同士の共同作業のようではないか。

 

(……こう………するのも……好きだから…………しかたないんだけど…………。)

 

 始めての行為のはずなのに、結沙は自分が好きなことをされると本能的にわかってしまっているからか、何をされても拒めない。気がつくと自分からも誘っているような動きをしてしまっていることで、また恥ずかしさが増すのだけれど、そんな自分の動きも止められないでいる。きっとさっきの2回目のキスが、きっかけになっているのだ。自分の体も心も玩具にされていると、薄っすら理解しながら、それすら、受け入れて気持ち良くなっている自分がいる。そのことが、信じられなかった。

 

 丹念に結沙のオッパイを揉んで、乳首を弄んでいた弘太の手が、結沙の胸から離れる。キスを中断して体を少しかがめた弘太は舌を伸ばして、結沙の乳首をイジメ始める。もう充分、弘太の指に弄ばれてきた乳首は、ツンっと立って背伸びしているようだった。しばらく舌先でつついたり、捏ね繰り回したあと、弘太が口を開いてカプッと結沙のオッパイに吸いつく。乳首をチューチューと吸い始める。

 

「あはぁっ………やんっ………」

 

 結沙はこれが自分の声なのかと、驚いた。それがセクシーというよりも、いやらしい、大人の女の喘ぎ声のように聞こえたからだ。

 

「口が寂しいかな?」

 

 弘太が少し、余裕が出てきたような声を出して、結沙の顔の前に自分の手を突き出してくる。人差し指を伸ばす。結沙は少し迷ったけれど、唇を開いて伸ばされた人差し指を口に含むと、チューチューと吸い始めた。弘太に言われて気がついた。確かに自分は、キスの快感に酔ったあとで、口が寂しくなっていたのだ。どうして自分自身では気づけなかったのだろう?

 

 片手で股間をまさぐられて恥ずかしい液を出し、乳首を吸われるたびに背筋を波打たせて悶える結沙は、弘太のもう一方の手の人差し指を、赤ちゃんのようにチューチューと吸いあげることに夢中になっていた。口の寂しさ(急に感じ始めたもの)が少しだけ、紛れた結沙は、わずかに余裕を持つことが出来るようになって、周囲を見回してみる。

 

 3人の男子の中で一番小柄な夏原保という男子の顔が見えなくなっていた。梨々香の胸の谷間に、顔をスッポリと埋めているのだ。顔をグリグリと、梨々香の豊満なバストに押しつけながら、両手で彼女を抱くようにして、お尻の肉を揉んでいた。全裸の梨々香はそれを喜んでいるかのように、自分の手で左右のオッパイを持って、保の顔を挟みこんでいる。全身をジットリと濡らしている汗がぎらついていて、怪しくテカっている。梨々香の今の状態は、絶対に彼氏の明人さんには見せられないものだった。明人さんがもし、こんな梨々香を見たら、彼女にすっかり幻滅してしまうかもしれない。こんな、はしたない、梨々香を…………。そこまで思って、結沙はふと、自分の状態を思い返す。いまや弘太の指を二本、咥えこんで吸いついている彼女の口の端からは涎が、アゴまで、いや、鎖骨まで垂れている。オッパイを吸われ、アソコを弄られて悶え狂っている自分の姿は、きっと梨々香の醜態以上に、見られたものではない状態だろう。

 

 結沙は首をひねって、逆方向の野乃を見る。あの純真な野乃は、今、どんなことに………。結沙が目で追った先には、野乃と咲良、そして君彦が、3人でイチャついていた。当たり前のように野乃と咲良とが、キスをしている。3人で順繰りにお互いの乳首を舐め合って、キャッキャとはしゃいだり、感じ入って喘いだりしていた。真面目な咲良とお嬢様タイプの野乃。親友同士の2人が全裸でお互いの顔を遠慮なくベロベロと舐め合っている姿は、やはり彼女たちの知り合いや家族には、絶対に見せられないものだった。

 

 親友たちの痴態を見て、心のどこかでホッとしている自分がいる。結沙は心のつかえがとれたかのように、弘太との愛撫に改めて没頭し始めるのだった。

 

 今度は弘太が左手を結沙の口から抜いて、結沙の股間へ持っていく。口には彼の右手の指が入ってくる。吸い上げると、しょっぱくなっていた。結沙がさすがに顔を強張らせる。

 

「初めて舐めるんだよね? 自分の恥ずかしいエキス………。でも、これが結沙ちゃんの大好物になる。自分のエッチな汁を、毎晩でも舐めたくて、たまらなくなっていくよ」

 

 結沙は眉をひそめ、首を左右に振ろうとした。けれど、そうしたい気持ちが一瞬で無くなるほど、みるみるうちに、口の中に広がる、微妙にしょっぱい液が、美味しいものに感じられてくる。味覚まで、あっという間に豹変してしまうのだ。

 

 

 

「ウォッホン…………。あの、お楽しみのところ、ゴメンね」

 

 さっき聞いた、ちょっと大人っぽい声がまた聞こえる。弘太がクルっと振り返って、急に結沙から手を離す。結沙はまだ名残惜しそうに、腰を突き出して彼の手を誘うような動きを見せていた。

 

「あっ、ゴメンなさい。………もう時間ですか?」

 

「………うん。…………彼女たちも、ちょっと落ち着かせないといけないし、服とかも、来てもらわないといけないし………ね」

 

「はい………。すっかり時間を忘れちゃってました………。もう、スペシャル・ハーブの効果は完全に切れてるよね?」

 

「30分くらいたってるから、それはもう………切れてると思う」

 

 ユウマさんという、先輩らしき人と弘太の会話に、君彦も加わっている。男子の中で、無言になっているのは、保くらいだ。一方で女子たちはまだ皆、裸で立ち尽くしていて、時々腰をヒクつかせるようにして、愛撫の余韻を噛みしめている。

 

「30分たってて、この状況なら、もうちゃんと、ハーブを調合した効果で被暗示性が上がった状態から、催眠状態自体が安定化した状態に移行出来たってことだと思うよ。………おめでとう。…………ショーは任せた」

 

「はいっ。ありがとうございますっ」

 

 ユウマ先輩の言葉に、弘太たちが背筋を伸ばして元気よく答える。何やら青春部活もののドラマのようだ。また結沙たちの前にクルリと顔を向けた小湊弘太。その目が、輝いていた。

 

「それでは皆さん、君彦がウェットティッシュやハンドタオルを配りますから、身だしなみを整えてください。下着も制服も着て、髪が乱れてたら、こっちの鏡を使って直して良いです。でもそうしながらも、僕の話を聞いてくださいね。今でも僕の言葉は皆さんにとって、絶対的に本当のことになりますからね」

 

 そこまで言って、一度咳ばらいをする弘太。

 

「僕がこのあとで貴方たちの『催眠が解ける』というと、皆さんは正気に戻ります。けれどそれは表面の意識だけのことで、深―い深層意識には、まだ僕の言葉の影響が、しっかり残りますよ。まず皆さんはこの後、うちのサークルが開催する、催眠術ショーに出演します。司会進行や、スタッフ、そして催眠術師役である僕のリクエストには従って、協力的にショーを手伝ってください」

 

 結沙は沢山汗をかいたり、色々濡れてしまった体を拭きながら、まだ夢見心地で頷いている。

 

「それから、忘れないうちに色々、言っておくと…………。あ、君たちには忘れてもらうんだけど…………」

 

 

 弘太がそれから色々と細かなルールや今後の話をしていたと思うけれど、一体彼が何をいっていたのか、あとから結沙が思い出すことは出来なかった。

 

「はい………それじゃあ催眠解けるよ。3、2、1。さぁスッキリとした気持ちで目が覚める。足に力を入れてグッと立ち上がりましょう。もうあんまり時間がないですよ」

 

 弘太の声で目を覚ますと、結沙はキョロキョロと周りを見回した後で、咲良や梨々香、野乃と目を合わせる。お互いのキョトンとした表情から、誰も今までに何が起こったのか、ハッキリとわかっていないことが理解出来た。それでも、「あまり時間がない」と言われると、急いで立ち上がって、先導する君彦の後ろをついて行かざるを得ない。

 

「ね………。時間が無いって、………ショーのことかな?」

 

「そうだよ。私たちの出番でしょ。さっき、出るって約束したじゃん。……………したよね?」

 

「…………う~ん。………多分」

 

「ちょっと緊張するね。………他校の人たちばっかりのところで、前に出るのって………。なんで私、約束したんだったかな~?」

 

 女子たち4人が口々に、これから彼女たちが実験台として出ることになる、催眠術ショーについて、不安や戸惑いを口にしていた。そこに保が質問する。

 

「君たち、出たくないなら、無理しないでも良いと思うけど、どうする? やめる?」

 

『出ますっ』

 

 4人の声が綺麗に揃った。はっきりと意志表明をしてしまった後で、結沙はまた咲良と顔を見合わせて、少しだけ首を傾げた。

 

 4階の音楽室が近づくと、すでに客席に座って待っているギャラリーたちの喧騒が漏れ聞こえてくる。立て看板には『意識学研究会 スパイラル・サークル 崇泉祭限定の特別催眠術ショー』と掲げられている。さっきチラっとあった、上級生の男子。ユウマさんがドアを開けていて、暗幕カーテンを捲ってくれた。中に入ると、そこは音楽室を配置換えして作った、催眠術ショーの特別会場であることが分かる。音響と、ちょっとしたライティングが脇に設置されていて、室内中央前の部分には、またもや椅子が4つ。横一列に並べられていた。暗い室内でスポットライトが当てられると、聖クララ女学園高校の女子生徒たち4人が入ってきたことが客席にひしめく男子学生たちに伝わり、拍手や指笛で迎えられる。こちらに当てられているライトが眩しくて、暗がりの客席の側はよく見えないけれど、相当な数であることはわかる。

 

「…………こんな緊張する環境で、催眠術とか、かかるわけないでしょ。…………確か、催眠状態の誘導って、リラックスした安心できる環境じゃないと、無理なはずだよ」

 

 光から目を守るように手をかざしている咲良が、ボソッと横にいる結沙に呟いた。やはり咲良は博識だ。けれど、その言葉は結沙をそれほど安心させてくれはしない。

 

「………そうかな? 咲良…………。なんか私………。さっきから、あの弘太君って人に、何か一声かけられただけで、意外と簡単に催眠術にかかっちゃうような、嫌な予感がするんだけど………」

 

 歓声と雑音の混じり合う中で、結沙は自分が抱いている不安感を、出来るだけ咲良に共有しようとしていた。けれど、すべての不安は短い時間で、言葉や、まとまった考えにすることは出来なかった。後から考えると、結沙がその時感じていた不安感は、自分たち4人があっさりと催眠術にかかって、醜態をさらしてしまうのではないかという不安だけではなかった。結沙自身が、なぜか催眠術にかけられて、弘太に操られる自分というものを、望んでしまっているような、そんな気がしてしまっていることこそが、もっと大きな、そして、もっと根が深そうな不安だった。

 

 

<第2話へつづく>

6件のコメント

  1. そろそろか?と0時過ぎに見に来てみれば更新お久しぶりです。
    今回はブースト有りとはいえ正統派催眠術っぽいですね。

    2話は催眠ショー形式で酷い目にあっちゃうのでしょうか(ワクワク)
    「詩織先生や奈緒美先輩」の登場があるといいなぁ

    ではまた来週。

  2. 新作、楽しみにしていました!

    本格的な催眠ですかね、2話のショーが楽しみですね。(*´∪`)

  3. やったー催眠ショー(予定)だ!

    うへへ、王道ながら大好きです。
    しっかりと予備催眠を仕込まれた後でそのことを忘れさせられて、
    「催眠術になんてかかるわけないでしょ」って言ってる女の子が大勢の観客の前で操られるシチュが!

    深層意識を分からせるためとはいえ、1話から脱がせたり色々したりと結構過激なスタート。
    果たして結沙ちゃんたちはステージの上で催眠に抵抗できるのでしょうか……!(多分できない)

    変性意識に入ってるところで楽しくなって笑ってしまうのとか、分かるなぁ……

  4. 読ませていただきましたよ~。
    え? ヒプノディスクサークルじゃないの?(直球すぎる)

    被術者視点での導入深化いいでぅね。
    決して意識がなくなっているわけではなく、受け入れてしまうという形が素晴らしいでぅ。

    次回はショーなわけでぅが、もちろんショーが終わったあとにはプライベートでもエロエロさせてくれることを期待するところでぅ。
    あとキープしてた詩織先生や奈緒美先輩も(チラッ)

    であ、次回も楽しみにしていますでよ~。

  5. 文化祭週間と短縮授業週間って両方とも月曜日から始まってるんですかね。
    正門で「週末もやってるから、どんどんお友達を連れてきてよ」って話しかけられてるから、
    少なくとも明日や明後日が土日ではなさそうと予想します。
    ということは、皆さんが期待している詩織先生や奈緒美先輩以外にも、
    結沙ちゃんのお友達が出てくるのかな(チラッ)
    毎日音楽室で催眠術ショーをやっているのかわかりませんが、
    フィナーレを飾るであろう日曜の催眠術ショーの宣伝を、
    結沙ちゃん達が「異色肌ギャル」で校内を練り歩くのをリクエストしたいです。
    調べると、宇宙人とかモンスターとかの人外がコンセプトらしく、
    強くて可愛い「異能力者」のイメージらしい…。
    …それってセラムンやプリキュアの事でわ(笑)
    この意識学研究会ってサークル、
    園芸部と薬膳ハーブティーを作っているくらいだし、
    表だけじゃなく裏も考慮すると、
    プリマの配信とケーブル放送の弱小チャンネルより、
    給料を払わなくていい分お金を持っているのではないかと予想します。
    校内の協力者を考えると、メイク担当が1人だけのプリマより、もっと自由度がありそう。
    買ってきたカツラにカラコン、手芸部お手製の衣装、
    ロボコン部、いや、伝統あるならTK-80でラジ館に入り浸っていたマイコン部のメカメカしい小道具、
    演劇部のハリポタっぽい小道具、漫研に紋章っぽい刺青を描いてもらい、
    美術部に各人各様のオプションとして、付け耳、角、牙、触角、
    ヒレ耳や首元にエラ、付け鼻や逆に周りを盛って鼻を無くしたり、嘴を付けたり、
    コスプレの域を越えられそう。
    あ、今、気づきましたが、文化祭って地域住民が来るから、
    本当の催眠ショーのメインは生徒達だけの後夜祭になるのかも。
    だとしたら地域住民集めに、校外をちんどん屋みたいに練り歩いている時に、
    ドーランの色だけではなく、顔が誰だかわかんないくらいにしてあれば、
    聖クララ女学園や自宅の近所まで宣伝に行くとかも良いですね。
    もし異色肌ギャルをやっていただけるなら、
    6人6色希望です。
    素粒子物理が好きで、素粒子で色といえば、
     赤   緑   青
    シアン マゼンタ 黄
    なもので。
    参考http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/~asai/201408_044.pdf

  6. >慶さん

    ありがとうございます!お待たせ致しましたー。
    先生たちが出てくるとすると4話くらいになりそうなのですが、ご容赦頂けましたら(笑)。またしばし、お付き合い願いますです。

    >第3のだいちさん

    ありがとうございます!ショー催眠というテーマ、何回擦るんだと怒られてしまうかもしれませんが、好きなので何度でも帰ってきてしまいます。お楽しみ頂けましたら幸いです!

    >ティーカさん

    いつもありがとうございます!今回はちょっとファンタジー寄りのショー催眠にしたくて、ハーブとか出て参りました。お好みに合えば嬉しいです。少々お付き合い頂きさけましたら!

    >みゃふさん

    ご無沙汰しております。スパイラルなのかサークルなのか、よくわからない変な名称が好きになって、名付けました(笑)。先生たち出て来るのが、多分4話目くらいになります。ご容赦くださいませ。

    >感想文書くのが苦手さん

    ありがとうございます!異色肌ですか。うまいことはまるかどうか、試してみますですね。多分5話目くらいになると思います。うまくいかなければお許しくださいませ(笑)。

    永慶

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