喫茶店の角のテーブルで、佐伯さんと健人は、緊張の面持ちで向かい合っていた。佐伯さんはこうやって異性と2人きりで出かけることが、本当に久しぶりだという。健人も、本当に好きな人とのこうしたデートは、人生で初めてのことだった。
佐伯さんはウェイトレスから出されたダージリンティーに少しだけミルクを入れた後で、深刻そうな顔でティースプーンを使ってかき混ぜている。彼女は真面目に考え事をしている時や緊張気味の時、難しそうな表情になる。そのことはわかっていても、デート中として固い雰囲気に、健人までナーバスになってしまう。彼女のその、良すぎるほどピシッと背筋の伸びた良い姿勢も、まるで一緒に何かの儀式に参列しているようで、健人をリラックスさせない空気を作り出していた。
「あの………、映画の選択まで僕に合わせてくれて、なんか、すみません。ありがとうございます」
「いえ…………。私も、突然でしたし、特に、今見たいものというのが、他に思い浮かばなくて…………。君沢さんのご提案は、ちょっと想像していなくて、興味が沸きました」
佐伯さんの言葉を聞きながら、健人は間を埋めるように、自分が注文したホットコーヒーを何度も口に運んで、少しだけすする。彼女が今、言及した、健人のお薦めした映画は、南北戦争の頃のアメリカ中西部を舞台にした文芸作品で、彼女の想像通り、普段健人が見に行くタイプの映画とは違っていた。図書館の司書を務める年上の社会人女性をお誘いする上で、笑われたり馬鹿にされたりしないような、精一杯高尚なチョイスを出したつもりだった。
「………コーヒー。飲まれるんですね。………図書館の自動販売機では、ホットココアを買われているところを、時々お見掛けしていたので、あまりコーヒーは飲まないタイプの方なのかと、思っていました。………………あの、詮索しすぎでしたら、ごめんなさい」
佐伯さんの観察力への驚きと、自分なんかの行動を見ていて覚えていてくれたことに対する嬉しさ、そして、デートだからと大人ぶってブラックコーヒーをホットで飲んでいる自分を見透かされたかもしれない、という恥ずかしさが、入り混じって健人に襲い掛かる。
「それは…………あの…………。えっと…………」
健人が言葉を探すが、なかなか適切な返答が見つからない。生真面目な佐伯さんは、彼の答えを行儀良く待ちながら、切れ長の美しい目でしっかりと彼を見据えている。
「………えっと……………。そうだ、………佐伯さん。……………………うん。……………『薄幸なヤヨイお嬢様』に出てきてもらえますでしょうか?」
その言葉を聞いた佐伯さんは、大きく2回瞬きをする。そして瞬時に表情が、10歳近く若くなったように見えた。
「………はっ…………。先生…………。ごめんなさい。わたくし、診察の途中に、他ごとを考えていたみたいです…………」
佐伯さんの表情と口調が、より気弱なものに切り替わったタイミングで、健人としては申し訳ないけれど、どこかホッとしてしまった。デートのたびに、素の佐伯さんに対して緊張ばかりしていては、彼女と関係を深めていくことは出来ない。そのことはわかっているが、とにかく初デートを成功させようと思うと、あれこれ考えすぎて、居心地が悪くなってしまうのだった。申し訳ないけれど、ここは『薄幸のヤヨイお嬢様』に対して圧倒的に強い立場にいる『主治医の君島先生』として、緊張を解かせてもらおう。そう、とっさに判断しての、後催眠暗示の活用となったのだった。
「ヤヨイお嬢様。治療のために、今までの会話の時に、思い浮かべていたことを、教えてください」
「は…………はい……………。君沢健人さんが、珍しくコーヒーを飲んでいらしたので…………、その、今ここでキスをしたら、コーヒーの香りがするのかなって、ちょっと思っていました」
ポッと顔を赤らめる佐伯さんが可愛らしい。そんなことを考えながら、あんなに真面目な顔で対応していたなんて、少し意外だった。
「貴方は貴方なりに、久しぶりのデートで、ドキドキしている、という理解で正しいでしょうか?」
「仰る通りです。昨晩も、私、自分の体を慰めながら、健人さんとの催眠術で私がしてきたことを思い出して、興奮していました。それに………、今日はちょっと派手な下着を着てきてしまいました。………その、もしもの時に、ガッカリされたくないからです…………」
「派手な………下着ですか………」
「はい、……………その、深い赤の生地に黒い縁取りがしてあって、レースで、ところどころ、透けているんです。……………なぜかここ数日、ネットの通販で購入しちゃったものが届いていまして、………わたくしには合わないと思って棚の奥にしまったのに、今日のことがあるから、すぐに引っ張り出して来てしまいました………」
恥ずかしそうにしながらも、胸の内を全て正直に曝け出してくれるヤヨイお嬢様。彼女にとってはこれも診察の一部なのだから、一切の隠し立てが出来ないのだ。一連の情報を聞いて、健人は昨夜の佐伯さんへのコールが上手くいったことを確信した。
『佐伯さん、貴方はこの電話が切れると、明日の君沢健人とのデートのことが楽しみで仕方がなくなります。貴方が好きな健人の手、声、そしておチンチンのことを考えて、激しく興奮します。我慢しきれなくなったら、オナニーしましょう。するとぐっすり眠ることが出来ます。ドキドキ、ワクワクした気持ちは、明日もデートの直前まで続きますよ。だから間違っても、彼にデートのキャンセルを連絡しようとは絶対に思いません。貴方は、この電話を受け取ったことも忘れてしまいますが、今伝えたことは必ず貴方にとっての真実になります。それでは電話を切りますよ。スッキリとした気持ちで目が覚める。3、2、1………。ガチャリ。』
佐伯さんがふと、考え直して「明日の映画の予定はやはり取り消したい」と言い出さないか、気が気でなかった健人は、昨夜、大学の課題レポートを書いていた手を止めて、初めて佐伯さんに、電話口で暗示を擦りこむことを試した。その効果が今、ヤヨイお嬢様の口から確認できたことに、満足していた。
そして、佐伯さんが、健人の飲んでいるコーヒーについて語った時、ハッとした思いになった。彼はてっきり、普段はココアばかり飲んでいる、子供っぽい嗜好の自分が、初デートに張り切って、大人ぶった飲み物を頼んだことを見透かされたのかと、居心地を悪くして『ヤヨイお嬢様』を呼び出してしまった。けれど、佐伯さんは佐伯さんで、真面目な顔の裏側で、内心では健人とキスすることを不意に想起していた、というのは、意外でもあるし、嬉しいことでもあった。相手が5歳も年上の大人だからといって、憧れの社会人女性だからといって、健人の方でも引け目に感じる必要はないのかもしれない………。そう思うと、少し、この後のデートに、ポジティブな展望を持つことが出来そうな気がした。
「ヤヨイお嬢様………。今から貴方の紅茶に、治療の一環として、お薬を混ぜさせて頂きます。これは貴方が映画を鑑賞中に、突発的に発情して、淫乱な行動をとったりしないためにも、必要な投薬なんです。この薬のおかげで、貴方は安心して、映画に集中することが出来ますよ」
「はい…………。お薬…………助かります」
健人が声色を変えて、低めの声で暗示をかけるモードに、口調を切り替えるだけで、佐伯さんは催眠状態でその言葉を受け止める体勢になる。この1週間足らずの間に、繰り返し様々な暗示を擦りこんでいるうちに、彼女と催眠術との連携がどんどん効率的に、効果的になってきているのを感じる。
「けれど、どんなお薬にも、副作用というものがあります。貴方はこのお薬のおかげで映画の内容に集中して、その世界に没入することが出来ますが、少し没入しすぎてしまうと思います。貴方は主人公の女性を自分と重ね合わせて、相手役の男性を君沢健人に重ね合わせて感情移入してしまいます。そして映画の中で主人公に起こったことを、まるで自分自身に起こったことのように感じるんです。私がヤヨイお嬢様に本の中へお帰り頂いて、普段の佐伯弥生さんに貴方を戻したとしても、その事実は変わりません。これは佐伯弥生さん本人にとっても、必ず真実となります。ヤヨイお嬢様も佐伯弥生さんも、今の私の言葉を思い出すことは出来ませんが、この真実は変わりません」
「………はい………。映画が…………、自分のことに……………。………真実………………になります」
目を潤ませて、見上げるように主治医の君島先生の目を覗き込む、ヤヨイお嬢様。彼女がはっきりと頷いたところで、健人は満足して彼女の前にあるダージリンティーのティースプーンを回す。差し出すと、ヤヨイお嬢様はカップ半分くらい残っていた紅茶を、お上品な仕草は崩さないまま飲み干した。
「それではアンソロジー本を閉じて、ヤヨイお嬢様には安心してお休み頂きましょう。僕が指を鳴らすと、佐伯弥生さん本人の意識が戻ってきますよ。はい、パチン」
ビクッと両肩をすくめて、大きく瞬きする佐伯さん。キョトンとした表情で健人の様子を伺う。
「佐伯さん、そろそろここを出ましょうか? 今から出て、映画が始まる時間にちょうど良いくらいだと思います」
「あっ………はい。そうですね。…………わかりました」
。。
映画館に着くと、健人はわざとゆっくりと軽食を買う列に加わった。上映開始時間が近づいて、館内放送がかかっても、気長に列で待つ。健人たちの番が来ると、ポップコーンとスプライトを注文した。生真面目な佐伯さんはチラチラと時計を見ているが、そんな佐伯さんを引き留めるかのように、健人はゆっくりとトレイを持って、壁に並べて掲示されている、他の映画のポスターを眺めたりしている。映画の本編が上映される前に流される、別の映画の予告編をスキップするために、わざとスクリーンの前に着席する時間を遅らせようとしているのだ。佐伯さんには「スクリーンに映っている主人公の気持ちになりきる」という暗示をかけている。うっかりホラー映画の予告編にでも出くわして、モンスターに感情移入しきった彼女に噛みつかれたりするところ想像して、こうした予防策をとることにしたのだった。
「そろそろ、本編が始まる時間かな? ………行きましょう」
「………はい」
時間に正確であろうとする、少し神経質なくらいの佐伯さんを待たせていた健人が、ようやくチケットを渡してスクリーンへと歩き出す。閉じてしまっていた分厚いドアを開けて、指定してある席を見つけ出して座ると、ちょうど映画本編が始まるところだった。平日の文芸大作上映は、お客さんもまばらな様子。健人と佐伯さんが並んで座った周囲には、他のお客さんはいなかった。
映画は南北戦争直前くらいのアメリカが舞台。中西部の大学に進学したお嬢様育ちのキャロルという女性が、ロバートという年上の男性に出会う。始めはロバートの積極的なアプローチに戸惑うキャロル。けれどパーティーでのちょっとしたトラブルを2人で解決したあたりから、2人の仲は急速に深まっていく。ロバートにギュッと抱き寄せられるキャロル。
「はぁっ」
スクリーンの中でキャロルが驚くのと同時に、健人の隣に座っている佐伯さんが驚きの声を出した。ロバートがさらに強くキャロルを抱き寄せて、顔を寄せる。
「そ………そんなっ…………。もう?」
佐伯さんが小さく声を出す。少し離れたところにいる、他の観客にも聞こえたかもしれない。でもこれくらいだったら、凄く映画に入り込んでいる、素直な観客のリアクションとして、受け流してもらえるだろう。健人がスクリーンから目を離して佐伯さんを見ると、彼女は画面の中のキャロルと同じように、驚きながらも唇を奪われて、徐々にウットリとした表情に変わっていく。彼女は今、健人に唇を奪われている気持ちになっているはずだ。キャロルも佐伯さんも、途中から拒もうとするのをやめて、自分からも口づけを求めていく。ロマンチックだけれど、同時にとても情熱的なキスシーン。佐伯さんは鼻から荒い呼吸を漏らしていた。
白樺の立ち並ぶ、湖畔の小道をロバートの乗る馬の後ろに乗って、お喋りに興じるキャロル。学舎を離れて、2人で人目を忍ぶようにデートしているのだ。横倒しになっている木の上に2人で腰掛けて、肩を寄せ合うキャロルとロバート。そのシーンでは佐伯さんが、自分から健人に肩を寄せてきた。清潔で品の良さそうな香りが漂う。その奥にほんのり香る、佐伯さん自身が発する匂い。健人はそれを嗅ぎながら、肩から腕にかけて伝わってくる、彼女の温もりを楽しんでいた。
佐伯さんはその後も、映画のストーリー展開に合わせて、波乱万丈な人生を疑似体験した。乗馬シーンが多かったので、観客席の椅子の上で体を上下させながら鑑賞する。ラブシーンが始まると、何もない空間を抱きしめるような手つきをしながら、さっきの上下運動とは違う、腰のグラインドを見せた。「健人さんっ」と声に出しながら喘ぎ声を漏らし始めてしまった時は、少し離れた席に座っている観客がこちらを振り返ったりして、健人をヒヤッとさせた。2人の恋路を邪魔するライバルも現れる。キャロルの父が強引に引き合わせた「親の決めた婚約者」に迫られたキャロルは、不埒な婚約者をビンタする。佐伯さんの腕がそれにシンクロして大振りに健人の頭の上を空振りした時、健人はキワドイところで頭を下げて佐伯さんのビンタを避けることが出来た。ついに南北戦争が始まり、出征するロバート。佐伯さんはキャロルと同じように、健人の二の腕にしがみついて、泣きながら別れを惜しんだ。健人が戦地で負傷したという電報を受け取る佐伯さん。彼女は家を飛び出して、鉄道に乗り込み、戦場病院へと赴く。最後は一人で馬を駆り、愛する健人のもとへと単身乗り込む佐伯さん。学生時代のお嬢様然とした姿からは想像できない、逞しいその姿。愛が、彼女を成長させたのだ。包帯に包まれた戦場病院で抱き合う、負傷兵の健人と佐伯さん。とても清潔そうには見えないその戦場病院の大部屋で、2人は永遠の愛を誓いあう。そこに後ろから差す光はまるで、2人の幸福な善とを祝福する、天国から届く光のようだった。エンドロールも終わりスクリーンが白く、館内が明るくなる。うっとりとした表情で健人と抱き合っていた佐伯さんは、ふと我に返って赤面しながら体を離した。
「あ………あの、思いがけず、のめりこんでしまって…………、つい、失礼しました」
居心地悪そうに髪の毛をイジる佐伯さん。健人はクスッと微笑んで、彼女をエスコートする。
「全然大丈夫です。さぁ、行きましょう。佐伯さん」
「はいロバー………、君沢さん………」
映画館を出て、道を歩く健人と佐伯さん。気がつくと2人は手を繋いで歩いていた。健人から誘った訳ではない。ふと見た時には、どちらからともなく、いつの間にか2人の手は繋がれていたのだ。
(映画の中は5年を超える大恋愛の軌跡を描いていたからな………。思いっきり感情移入した佐伯さんには、今となっては、手を繋ぐくらい、当たり前になっているのかも………。深層意識への干渉って、本当に劇的な効果があって、面白いな………。出来れば、もうちょっと遊ばせてもらいたいな………。まだ、ディナーには早いし…………。もう一本位、短い映画なら、見られるかも………。)
佐伯さんの態度の変化に味をしめた健人は、立ち止まって、彼女の肩をポンと叩いた。
「薄幸のヤヨイお嬢様の出番です。栞を入れていたページを開きましょう。お嬢様はもうすぐ、発作が出て、突発的に発情してしまいそうな雰囲気です。急いで、緊急治療が必要な状況ですよ。僕が指を鳴らすと、その通りになる。ほら」
パチンッ
佐伯さんの目の前で指を鳴らすと、大きく見開かれた目が、みるみるうちに潤んできて、健人の体にしなだれかかるようにして、佐伯さんが懇願してくる。
「先生っ…………。わたくし………、また、変になりそうですっ。すぐに、治療をしてくださいっ」
「どうしたんですか、お嬢様。発情しそうな感じがありますか?」
健人が主治医の口調を声色で演技して、診察を始める。
「はい…………あの………、さっき、オトナなシーンもある、映画を見まして、その時も、あのアソコが濡れて、お腹の中がキュンキュンしました。隣に座っている健人さんに、オッパイを触って欲しいって………少し思ってしまっていました。今になって、その時の我慢が、エッチな気持ちに負けそうになってきたんでしょうか…………。わたくし………、誰か、男の人に、無茶苦茶にしてほしいくて、しょうがないんです………。はぁ…………恥ずかしい………」
耳まで真っ赤になりながら、即物的な欲求を包み隠さずに説明してくれる、素直で健気なお嬢様。彼女を、一本奥に入った裏通りへ連れ出しながら、健人はある看板を見つけて、また1つの悪戯を思いついた。
「ヤヨイお嬢様。今すぐ、治療が必要ということがわかりました。けれど、このあたりで人目につかない場所というと…………。あの、映画館くらいしかなさそうです。映画続きで恐縮ですが、こちらへ入りましょう」
「あ………あの………、でも…………ここは…………」
「ためらっている余裕はありませんよ。お嬢様が色情狂になって事件を起こしてしまっては、ご家族にも申し訳が立ちません。すぐにそこに入りましょう。これは治療ですから」
「は………はい………。お願いします…………」
困惑のお嬢様も、覚悟を決めるしかない。君島先生に連れられた入った映画館は、小さくてボロい独立系の映画館。看板には『団地妻 昼下がりのハッスル5番勝負』と書いてある。バックには絵で描かれた、仰け反る若妻らしき女性の姿。完全な成人向映画館だった。それでも主治医の先生についていくしかない、可哀想なヤヨイお嬢様は、受付の老人の視線から逃げるようにして、映画館の暗闇に入る。2人で、出来るだけ近くに他の観客がいない席を探して、腰掛けると、早速ヤヨイお嬢様が白いブラウスのボタンを外し始めた。すぐにオッパイを、君島先生に触って揉んで、乳首を摘まんでもらわなければ、彼女はおかしくなってしまう。正気を保ちたい一心で、ヤヨイお嬢様は、暗闇の中ではあるが、密室ではない、他人も存在している場所で、服をはだけていくのだった。
上品な白いブラウスのボタンを外していくと、目を奪うのは真っ赤なブラジャーだ。さっき彼女が自分の口で説明した通り、黒い縁取りがされていることでより赤い生地の真紅の赤さが際立つ、派手で大胆なブラジャー。ところどころレースの縫製が粗く薄くなっていて、佐伯さんの胸の素肌が透けて見えている。ただ剥き出しのオッパイを見るよりも、よりヤラシク見えるほどの、アダルトなブラジャーだった。おそらく、『ヤヨイ姉さん』がネットで購入したものなのだろう。そのブラのカップもズラされて、佐伯さんのオッパイが曝け出される。2人きりの密室ではない、薄暗いけれど他にも人がいる場所でオッパイを晒したヤヨイお嬢様の、はにかむような、身悶えするような表情と仕草。そこには健人の心の奥深くにある。獣性のようなものを刺激するのに十分な、儚い愛おしさがあった。
「先生………触ってください………」
ヤヨイお嬢様の、恥辱と苦渋の懇願を受け入れて、健人は手を伸ばし、遠慮なくオッパイを揉みしだく。ヤヨイお嬢様は中腰で上体を仰け反らしていると、周囲に目立ってしまうことに気がついて、両膝を床についた。場末の成人向映画館の座席と座席の間。健人の左右に開いた足の間にすっぽり入りこむようにして、跪いた。目の前に生身の格別に美しい司書さんが胸を差し出して、健人にされるがままになっている。その彼女の肩越しに、スクリーンに見えるのは、B級、いやC級の成人向ピンクポルノ映画。佐伯弥生さんという女性に、最も似合わないデートの在り方があるとしたら、それはこんなシチュエーションではないだろうか。こんな状況に、催眠術に格別にかかりやすいという理由で落としこまれている。彼女がなりきっている、『薄幸なヤヨイお嬢様』というキャラクターを越えて、佐伯弥生さん自身が、薄幸な美人ヒロインなのではないかと、思えてきてしまう。そしてその思いは、健人にとって決して、悪戯の手を緩める方向には働かないものだった。
「お嬢様、ちょっと今回は治療が遅れたせいで、胸を触っているだけでは、完全には症状を抑えられないかもしれません。別のお薬を使いましょうか。………少なくとも、この場で発情期の獣のように暴れてしまうことは、防げるはずです」
「はいっ…………。お願いします。なんでも結構です。わたくしに、お薬をくださいっ」
オッパイを好き勝手揉まれ、弄られて、上気した表情になっている佐伯さんが、興奮を隠そうともしない、荒く切なげな呼吸の合間を縫って、お願いする。その、か弱く、色っぽい仕草が、さらに健人の悪戯心を刺激してしまう。
「ちょっと外で服用するのが、恥ずかしいかもしれませんが、他に方法はないですね。………実は、そのお薬は、座薬なんです。お嬢様、恐縮ですが、下着を脱いで、こちらに向かってお尻を突き出してください」
「えっ………………。ざ…………………、座薬………………。……………あの、先生…………。他の種類の、お薬は…………ありませんでしょうか? ……………………こんな、お外で、なんて………そんな…………」
ヤヨイお嬢様が泣きそうな表情になる。暗がりとはいえ、誰かに見られないとは言い切れない、こんな状況で、下着を脱いでお尻を出し、薬を入れてもらうという状況を考えると、泣きたくなる気持ちも、理解出来た。けれど、全ては治療のため、お嬢様自身のためだ………。
「お嬢様、躊躇っている時間はありません。すぐに準備してもらえば、あっという間に終わります。我慢して、そこに四つん這いになってください」
健人が宥めるように囁きかけると、佐伯さんは情けなさそうな表情をしながらも、渋々、水色のロングスカートの中に手を入れる。ブラジャーと揃いの派手派手しいショーツを足から抜き取って、着席している健人の斜め前の狭いスペースに体を押しこめるようにして両手をついた。スカートの裾を捲り上げる手がプルプルと震えていた。白く、丸い佐伯さんのお尻が剥き出しになる。
「お嬢様、座薬を入れますので、お尻をもう少し突き上げて、ご自分の両手で、お尻を左右に引っ張って開いてもらえますか? ………お尻の穴が出来てるだけ開いていた方が、痛みが無いですから」
本当にそうなのかはわからないが、意地悪な健人がそう伝えると、薄幸なヤヨイお嬢様は、ベソをかくようなか細い声を出す。
「………は…………はい…………。これで…………良いでしょうか?」
治療だと信じて疑わない、素直で健気なお嬢様が、消え入りたくなるような恥ずかしさに耐えながら、白くて柔らかいお尻の肉を左右に引っ張って、精一杯、排泄のための恥ずかしい穴を広げようとしてくれる。
「はい、とても上手です。お嬢様がとても協力的なので、ここにある座薬は、ほとんど痛みや異物感を与えずに、スルスルッと入っていってくれますよ。………ほら………。むしろ、不思議な気持ち良さを感じるくらいです。…………ほら………スルッと…………。意外と気持ち良い………。けれど、体の自然な反応として、お薬を押し返そうという反射反応がありますから、しばらく私の指を、お嬢様のお尻の穴に当てて、蓋のように塞いでおきますよ。お嬢様も、出来るだけ、括約筋を使って、お薬を、体の奥へ奥へと導いてみてください」
「…………こ…………こう…………でしょうか?」
佐伯さんは、困惑と恥ずかしさの混ざった小声を出しながら、可憐なお尻の穴を懸命に、窄めたり開いたりしてみる。そして想像上の座薬が体の奥に入っていくように、お尻の右側と左側のお肉を擦り合わせるかのように、交互に前後させて、捩っていく。その仕草は、慎み深い成人女性のものとしてはとても人前で見せてはいけないような恰好と動きなのだが、健人にとっては、堪えられないほど可愛らしいものに見えてしまう。普段の物腰丁寧な美人司書さんが、場末のポルノ映画館の客席で、お尻を? き出して四つん這いで腰を振っている。こんな姿を、普段の彼女を知っている、誰が信じるだろう?
「ヤヨイお嬢様、申し遅れましたが、この座薬は突発的で対象を選ばない発情を抑制しますが、副作用としては多幸感と酩酊。とっても幸せな気持ちになります。そして、先ほどの飲み薬と同様に、この後で見た映画には必ず感情移入してしまうんですよ。…………そしてそこで映ったものは、その日のうちに、必ず自分自身で再現してみたくなる。………そういう薬です」
「………………ふぅぅぅ………。………そうなんですね……………。せんせい…………。もう、ふくさようが…………はじまっているかも……………しれません…………。………うふふ………」
まだ自分のお尻の穴を押さえている健人の指先をパクパクと咥えるかのようにお尻の穴を締めたり開いたりしながら、ゆっくりとお尻を振っている佐伯さんの声が、見る間に緩んでいく。次第に満足そうな溜息や、意味のまとまらない寝言のような単語の連なり、そしてクスクスという囁き笑いが入り混じるようになってきた。さっきまでの、この世の不幸を一心に背負ったかのような薄幸なお嬢様ぶりとは打って変わって、佐伯さんはお尻に指を突っ込まれながらも、幸せそうな吐息を立て始めるのだった。
そろそろ落ち着いたと思われる佐伯さんの体を起こして、ショーツを穿かせる。彼女の少し肌色のくすんだお尻の穴。そこを守るスベスベした白い肌。それらを覆っていく、ドギツイ赤と黒のショーツ。そして最後に清楚で上品な水色のロングスカートが被せられる。これは、健人が催眠術を駆使して作った、佐伯弥生さんの最高にエッチなミルフィーユのような色の層の重なりだと思えた。
「ヤヨイお嬢様。映画見ましょうか………」
「………はぁぁぁぁい…………。………うふふふふ……………エッチなことしてるぅ…………」
酔ったような口調の佐伯さんは椅子に腰かけてもまだクスクス笑っている。スクリーンの中では、団地妻(そこまで若妻には見えない)が、『昼下がりのハッスル5番勝負』のうちの、3番目の勝負に挑んでいるところだった。相手は洗濯屋のお兄さんとのこと。奥さんは座敷に連れ込んだお兄さんに乗りかかり、騎乗位で激しくまぐわう。佐伯さんがきちんとスクリーンを見だしたのはそのシーンから。さっそく佐伯さんは、笑いを漏らしながら、自分も僅かに腰を浮かして上体を上下し始める。
4番目の勝負は近所の学生さん2人組と。奥様はバックで突かれながらフェラでもう1人に対応していた。そして5番目は意外なことに、仕事が早く終わって不意に帰ってきた旦那様と。これはこれまでの勝負の総集編のように、奥様は次々と体位を変えて、正常位、駅弁、騎乗位、そして後背位と、多彩な繋がり方を披露して、浮気を疑っていた旦那様を、何も考えられない状態で昇天させたのだった。
勢いだけで作られたような成人向ピンク映画だったが、健人にとっては意外と楽しめた。隣の佐伯さんに、団地妻の変幻自在な体位の入れ替わりがシンクロされていくのと、交互に見比べることが出来たからだ。映画が終わった時、健人の右隣の席は座面に水たまりのようなものが出来てしまっていた。佐伯さんが感じまくっていたという、物的証拠だ。
「ヤヨイお嬢様、………そろそろ出ましょうか………」
「………ふぁい……………」
お嬢様の中では「副作用」はだいぶ治まったものの、感情移入しきって見ていた映画(そして席の中で密かに再現までしていた映画)のあまりのふしだらさに、疲労困憊になってしまっているようだった。フラフラと、健人にしなだれかかるようにしてしがみついて、やっと一緒に歩いていく。歓楽街の裏路地を、栄えている場所とは反対側に向かって歩いていく、肩を寄せ合った男女は、傍から見ると、すでに目的地が決まっている2人のようにも見えているだろう。
「ヤヨイお嬢様。…………ちょっとお疲れのようですね。…………どこか、休憩できる場所を探しましょうか?」
健人が囁きかけると、ダルそうに健人の肩に寄りかかって歩いていた佐伯さんは、顔を上げて健人の顔を下から覗き込む。
「あの…………先生……。わたくし…………その、今日中に………、しなければ、ならないことがあるんです…………。あんな、映画を見てしまったもので…………。その………」
健人は内心でニンマリする。「映画の中で起きたことを、ヤヨイお嬢様なりに、再現しなければならない」という、先ほど入れた暗示が、しっかり効果を現していることを確認できたからだ。疲労困憊、意識朦朧といった状態に見える佐伯さんが、擦りこまれた暗示に対してはとても素直に律儀に反応してくれるところが、愛おしくてたまらなかった。
「そうですか………。その、しなければならないこと、と仰ることは、…………そのへんの公園でも出来そうですか? ………あるいは、そこらへんの道端でも?」
「い…………いえっ…………絶対ダメです。お巡りさんに捕まりますっ」
泣きそうな表情を見せる佐伯さん。普段の真面目に仕事に取り組む、真剣な表情をあまり崩さない彼女の様子と比べると、薄幸なヤヨイお嬢様はなかなか表情豊かだ。けれど彼女のリアクションのせいで、これから彼女が何をしなければならないと思っているのかも、筒抜けになっている。
「それでは…………。あくまでも治療の一環として、あちらのホテルででも、休憩していきますか?」
繁華街の裏通りを下っていくと、見えてきたのはラブホテル街だった、一瞬、たじろいだお嬢様が、逡巡したすえに、健人にまた体を寄せる。
「お………お願いします。………あぁいったところに、行ったことはないのですが、………その、先生にご案内頂けるようでしたら………」
お嬢様の、いかにも世慣れない、純真な様子。………どこまでも、からかってしまいたくなる。………男の子をが、意地悪したくなってしまうタイプかもしれない。
「ヤヨイお嬢様。申し訳ないのですが、これも治療の一環として、貴方から私をリードして、あちらのホテルに導いて頂かなければなりません。受付での応対も、お嬢様にお願いします」
「わっ…………わたしくは、そんな…………、女ですし。そんな、殿方を差し置いて、そういったはしたない行動は…………。ご………ごめんなさい………」
顔をクシャクシャにして、謝り、戸惑っているヤヨイお嬢様。その様子を見て、少し可哀想に思えてきた健人は、助け舟を出すことにした。
「アンソロジー本の栞を手繰り寄せましょう。『セクシーなヤヨイ姉さん』にお出まし頂きます。………姉さん。うぶな僕を、あのホテルに連れ込んでくれませんか?」
お嬢様の目が、一瞬遠くなる。再び焦点が合った時には、その顔には自信の色が浮かんでいた。
「あら、ボク。こういうところに興味あるんだ…………。ふーん………。良いよ。お姉さんに任せなさい」
両手の甲を腰に当てて、斜に構えたような笑顔を見せる姉さん。キャラクターの切替が、思ったよりもスムーズにいった。
『あれ、別のキャラクターを演じてもらっているところから、本人に戻らずに直接また別のキャラクターに移行してもらうのって、初めてじゃないか? …………変な話、彼女の方でも、慣れてきてるってことか?』
健人の頭の中でも、もう一人の自分が呟く。そしてその見方は、同意できるような気がした。健人の考える催眠術は、掛ける側の熟練度合も重要だけれど、それと同じくらい重要なのが、掛けられる側の受け入れ具合なのだ。その点、佐伯弥生さんは思考が柔軟で、こちら側の意図を把握する理解力に優れていて、さらに没入力がずば抜けている。最高の題材なんだと、実感することが出来た。
「姉さん、せっかくだから、ちょっとした遊びで、こんなことを受付で言ってみるのはどうでしょうか?」
佐伯さんの耳元で悪だくみを囁きかけると、ヤヨイ姉さんも、唇の片側を上げて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いいねぇ。………オッシャ。お姉さんに任せなさい」
健人の手を掴み、引っ張るようにして、一番近くのラブホテルにずんずんと突撃していく佐伯さん。通行人がハッと振り返るほどの美人が、こんな積極性を見せてラブホテルに男を引っ張り入れていく姿は、猥雑な歓楽街の裏路地でも、人目を引いているようだった。
「いらっしゃいませ」
不愛想な中年男性が受付に座っている。もっとも、こうした場所では、度を越した親密な接客や、社交的なサービスなど、求められてはいないのだろう。しかし、ヤヨイ姉さんはそんなことにはひるまない。
「2名で休憩お願いします。って言っても、全然休む気はないですけどっ」
「お時間は、ショートとロングがございますが………」
「ロングでお願いしますっ。少なくとも3番勝負はしないといけないんで」
「………はい、空室がございます。鍵をご準備しますね」
「あの、出来るだけ防音対策のしっかりした部屋をお願いしますね。…………アタシ、する時、相当、大きな声で喘ぐんで…………」
「……………………角部屋がございます。騒音でクレームが来たことはないので、多分大丈夫ですよ」
中年の受付男性は、分厚いレンズの眼鏡を少しズラして、訝し気な目で、佐伯さんと、同行者の健人とを見比べながらも、一応きちんとした対応をしてくれた。4Fの角部屋の鍵を渡される。小さいながらもエレベーターがあったので、そこに乗り込んだところで、健人がヤヨイ姉さんの耳元で囁いた。
「姉さん、お疲れ様です。栞を入れて、本を閉じます。ヤヨイ姉さんは帰っていって、元の佐伯弥生さん本人が正気を取り戻します。けれど、今日の出来事や行動は全て、佐伯弥生さんの自発的な行動として覚えていますよ。ヤヨイお嬢様がこれからしなければいけないことも、佐伯弥生さんご本人が引き継ぎます。3、2、1。…………ハイ」
健人が佐伯さんの肩をポンと叩く。両目をパチパチと何度かしばたかせた彼女は、急に両手で頭を抱えて、唸りながら仰け反った。
「わ…………私…………どうしてあんなこと…………。はっ……………恥ずかしすぎる…………………。もう、無理ですっ………」
頭を抱えたまま、壁に倒れこむように寄りかかる佐伯さん。4Fまでの移動なので、そこまで羞恥と自己嫌悪に悶えている時間も無く、エレベーターがチンッと安いっぽい到着音を出してドアを開く。
「部屋は一番奥の角部屋ですよね。…………佐伯さんのリクエスト通り…………。早く部屋に入っちゃいましょう。廊下で人とすれ違うのも気まずいですし。……………万が一、宮津市の知り合いの人とか来てたら、困りますよね?」
健人がサラッと呟くと、エレベーターの中でまだぐずぐずしていた佐伯さんが、弾かれたように、廊下を行く健人に追いつく。早足で廊下を進み、角部屋まで辿り着いた。健人が受け取った鍵でドアを解錠して開ける。2人で部屋に入る。そしてバタンとドアが閉じた次の瞬間には、佐伯さんは健人の頭を抱きかかえるようにして、勢いよく唇を重ねてきた。
(佐伯弥生さん本人が、…………正気のまま、僕にキスを求めてきた? ………………いや、違うか…………。佐伯さんは、僕を催眠状態に落とそうとしているんだ………。一瞬、忘れてた………。)
唇を合わせながら、ドギマギしている健人が、なんとか頭を使って考える。そうだ、佐伯弥生さん本人には暗示で、「君沢健人はキスをすると催眠術を掛けられる」と信じこませている。だから今、彼女は健人の心を操ろうとしているのだ。その予想は合っていたようで、彼女はまだキスを続けながらも、スルスルと服を脱いでいく。白いブラウスと青いロングスカート。清楚な着こなしの服を脱ぐと、そこには黒い縁取りが強い赤をさらに際立たせる、ドギツくて派手なランジェリーが現れる。キスの合間、息継ぎをしている時に見ることが出来るそのギャップも、健人をさらにそそる。
(濃いめの赤い下着って、意外と白いシャツに透けないんだな…………。勉強になった。)
どうでも良いような豆知識も増やしながら、健人は佐伯さんの下着姿と、キスの余韻を楽しむ。佐伯さんは服を脱ぎながら、時折、空いた方の片手で健人の股間を何の気なしに撫でる。『健人の催眠状態を深めるには下着姿を見せる』、『佐伯さんは男性のオチンチン。特に君沢健人のオチンチンに興味を持っている』といった、これまでに彼女に擦りこんだ暗示の一つ一つが安定して効果を出しているということが、彼を満足させてくれる。そんな、良い気分に浸っている健人に、佐伯さんが話しかけてきた。声色を作って、演技が入ったような口調だ。
「君沢健人さん。…………今、貴方は深い催眠状態にあります。これから私は、貴方の記憶を操作する暗示を入れていきます。よく聞いてくださいね。いいですか? ………貴方は、今日あった、おかしな出来事は全て忘れてしまいます。貴方は私と一緒にいやらしいポルノ映画を見に行ったりしていませんし、そこで私がはしたない様子を見せてしまったことも、忘れてしまいます。特に、貴方は私に、座薬を入れる手伝いなんてしていません。私も貴方にそんなことをお願いして、お尻を出したりなんてしていません。これはもう、絶対です。本当ですよっ」
催眠術師は施術中、いつも冷静であるべきだと思うのだけれど、この美しい催眠術師さんは、暗示をかける途中で、気持ちが入りすぎて、若干興奮気味だ。両手で拳を握って、ぶんぶんと上下に振りながら、健人に健忘暗示を掛けようとしている。その姿もまた、可愛らしい。
「本当に、あれは気の迷いだったんです。あの、私、デート自体が久しぶりで………。途中から、自分がこんなエッチな感じの下着を着て来たことも違和感いっぱいで。多分、よく訳の分からない舞い上がりかたをしてしまっていたんだと思うんです。そこで意外とロマンチックな恋愛映画を見たせいか、どうも私の妄想があとから爆発して。…………ありもしない変な持病とか信じこんで、君沢さんを自分の担当のお医者様みたいに扱って…………。それもこれも、全部、忘れてください。…………お願いしますっ」
暗示を掛けているはずが、最後はストレートにお願いをされてしまった。健人は、佐伯さんのまだこなれていない、ぎこちない催眠術師ぶりに笑いを噛み殺しつつも、必死さは伝わってくるので、自分も懸命に、催眠術に掛かっている被術者の演技を続ける。
「そして、君沢さんは、私がここのフロントで変なことを口走ったことも、これから2人でしなければいけないことも、このホテルを出たら、全部綺麗に忘れます。貴方にとって、私は、普通のつまらない、年上女性というだけです。今日の映画は普通に楽しめたということを覚えておいてくれたら、他は忘れて良いです。是非、そうしましょう」
「はい…………わかりました……………。でも、教えて欲しいことがあります………」
「はい、何でしょう? ………君沢さんは何でも正直に口に出すことが出来ますよ」
通常の催眠状態では、掛かっている側の人間が自発的に質問を出したりはしないが、佐伯さんは健人の行動も受け入れてくれている。彼女には『自分は一定のプロセスを踏めば、君沢健人を深い催眠術状態に導くことが出来る』という、強い暗示がかかっている。その前提の中で、全てを柔軟に解釈してくれているのだ。例えば『犬になる』という暗示に完全に掛かっている被術者でも『人間に戻る』という、人間の言葉を聞き取って理解することが出来る。人間の言葉を理解出来なくなって、犬として一生を終えたという被術者の話などは、聞いたことがない。きっと、それと同様のことが起きているのだろう。
「あの、2人で、しなければいけないこととは、何でしょうか? ………どうして、しなければいけないのでしょうか?」
健人がそう尋ねると、佐伯さんの顔が見る間に赤くなる。言葉に迷った末に、彼女は口を開いた。
「…………男女が、こういうところで、することです。………それも、今までに私自身が、体験したことがないような、凄く、大胆な体勢で………です。…………それは、なんでとか、あまり考えても仕方がないことで………、とにかく、どうしても、しないといけないのです。私は、さっき見た映画の内容を、今日中に、ここで再現しなければならないんです。…………答えになっていなくて、ごめんなさい。…………でも、私自身、どうしてとか、考える気にもならないんです。これは、疑ったり抗ったりしようとしても、どうにもならないことなんですから………」
モジモジしながら答えてくれた佐伯さんの華奢だけれど柔らかい体を、健人は思いっきり抱きしめたい衝動に駆られた。健人の擦りこんだ暗示を、この人はなんて素直に、なんて従順に受け入れてくれるのだろう。そう思うと、過激な下着を身につけながら、目の前でモジモジしている真面目な美人司書さんのことを、いっそう愛おしく感じられるのだった。
「僕は、今、深い催眠状態にあって、佐伯さんの言う通りに動いたり感じたりします。そして、目が覚めると、何も覚えていません。さらには、僕はずっと佐伯さんに好意を持っています。だから、貴方のしなければならないことを、僕を使って、存分にしてもらえばいいと思います」
健人がそう答えると、佐伯さんが一度、咳払いをして、彼に近づいてくる。そして手を伸ばすと、ベルトのバックルを外し始めた。ベルトを緩め、ズボンのボタンを外し、ズボンをズルズルと下に降ろしていく。膝までズボンを降ろした後で、トランクスを内側から伸ばしている、股間をジーッと見つめたかと思うと、彼の腰に手を伸ばして、トランクスをグッと引っ張り降ろす。飛び出た健人のペニスを見て、佐伯さんが鼻から溜息を漏らした。
「私………、昨日の晩も、ずっとこの、オチンチンのことを考えてたんですよ…………。どうしたら、もっとこの子を、喜ばせることが出来るのかな? って…………。…………では、よろしくお願いします………」
一旦、目を閉じて、佐伯さんがペニスの間近でお辞儀をする。その風圧を感じただけでも、健人は既にイキそうになっていた。佐伯さんが口を開けて、ペニスを口に含む。目を閉じて、ウットリとした表情の彼女はまるで、健人のペニスの味も固さも皮膚感も、全てを五感で楽しんでいるかのようだった。たっぷりと口の中に唾液を溜めて、健人のペニスを舌と唇、口内の粘膜とで擦り始める。その動きが、昨日してもらったフェラチオよりも、格段に複雑になっていると感じた。頭を前後させて、亀頭の真ん中あたりまで口から出したり、根元に唇がつくまで深々と咥えこんだりする、前後の動き。それと同時に舌を左右に動かすようなくねる動きが裏筋を柔らかく刺激してくることで、健人の下半身に響く快感が、まるでうねるように倍化している。佐伯さんのフェラチオが僅かな時間の間に、レベルアップしていく。しかも、本人の本来の意志とは無関係のところで、彼女は健人の暗示で強制的に興味を開かれ、ネットの世界で自主学習するように躾けられて、めきめきと上達していくのだ。
「………ん…………、佐伯さん、イキそう…………」
「ふぁ……………らめれふ…………まら………」
佐伯さんは慌てて口を開いて健人のペニスを出すと、スクッと立ち上がった。
「君沢さん。まだイってはいけませんよ。ベッドに行って、横になりましょう。ほら、私の手を取って、一歩ずつ、前に進みます。右足、左足。右、左。上手ですよ」
佐伯さんは健人の手を取って、ゆっくりと丁寧に、ベッドまで案内してくれる。彼が深い催眠状態にあって、周囲の状況をきちんと把握出来ていないと、信じ切っているのだ。
(おジイサンたちを介護しながらエッチもしてくれるようなサービスがあったら、こんな感じなのかな?)
無駄なことを考えつつ、健人は誘われるままに、大型のベッドの真ん中に横になった。クシャクシャになってしまう前に、上着やシャツも脱いでおくことにした。その間に、佐伯さんも両手を背中に回して、ホックを外し、ブラを取る。カップが捲れ落ちるとまた、美しさと母性的な優しさとを兼ね備えた、完璧に思える形のオッパイが現れる。左胸の乳輪の下に、くすみのようなシミがあるところも含めて、佐伯弥生さんの、完全に無防備な、ありのままのオッパイだ。
ショーツも脱いで足を滑らせ、足首から抜き取る。ベッドに大の字に寝そべる健人の体を跨いだ佐伯さんが、ゆっくりと両膝をつく。腰の位置や角度を調整しながら、腰をさらに下ろしつつ、健人のモノを掴んで自分のアソコへと誘導する。グニュリ………と肉の抵抗を掻き分けて、亀頭が佐伯さんの膣の中へ侵入する。両目を閉じた佐伯さんが、アゴと両肩をビクッと震わせる。彼女の内部がベットリと濡れていることはペニスから伝わってくる。膣の締めつけによる抵抗も強いけれど、無理はさせていないはず、という感触。健人は佐伯さんが痛みや恐怖を感じることを心配したが、今回も彼女は、健人のペニスを忌避感なく受け入れることが出来そうだ。
「佐伯さん…………僕を安心させて、より深い催眠状態で安定させるために、貴方は、思ったことを正直に口に出してください」
健人が言うと、佐伯さんも頷く。
「あぁ…………ぴったり…………。君沢さんのオチンチンは…………はぁっ………。本当に…………私と……………、ちょうど…………、気持ちいい………………感じなの………」
佐伯さんが声に出して、そう教えてくれる。その言葉が嘘でない証拠に、彼女は自分から腰を上下させて、健人のモノをズブズブと出し入れし始める。彼女のしなやかな指が健人の手を見つけ出す。手と手を繋ぐ。佐伯弥生さんが上に乗った、騎乗位の完成だった。
「ふぅっ…………ふぅ…………ふぅっ…………。気持ちいい…………。頭が、中から蕩けちゃうくらい、気持ちが良いです………」
彼女の内腿が健人の腰回りにぶつかるたびに、パチン、ペチンと音がする。まるで2人でお餅をついているようだ。そして彼女のアソコはプツプツとした襞が健人のペニスに絡みつくようにして、それが往復するたびに気怠い刺激を与えてくる。見る間に、健人の快感の高まりが、限界まで近づいてくる。
「佐伯さん…………、もう、イキそうです……」
「あっ…………、じゃ、……じゃぁ、ちょっと待ってください………」
佐伯さんが慌てて腰の動きを止めて、膝に力を入れて起き上がる。大きなサイズのベッドの、空いている部分に四つん這いになると、膝を大きく開いて、お尻を突き上げる。頭を低く背中を反らせるそのポーズは、ヨガのダウンドッグというポーズを思い起こさせた。
「君沢さん…………、こちらの体勢でも、お願いします」
その大胆で動物的なポーズとは裏腹に、佐伯さんの言葉遣いはいつも丁寧だ。もしかしたら本当は、1つの体位でどちらかが果てるまで通さなければ、『3番勝負』とは言えないのかもしれないが、佐伯さんはそうは解釈しなかったらしい。健人としても、短い時間内に3回射精が出来るかは自信がなかったので、ありがたく体位を変えさせてもらうことにした。彼女の腰を両手で掴んで、グッとペニスを突き入れる。
「あぁっ…………。やっぱり………好き…………。………おかえりなさい………」
佐伯さんの言葉に、健人は思わず吹き出しそうになる。心の中で思ったことを、なんの栓もフィルターもなく口から零れださせているせいで、佐伯さん自身のキャラクターにはあまり似合わないような言葉も、ポロポロと出てしまう。女の人って、色んなことを考えているんだ、と、改めて勉強になる。自分のモノをバックから佐伯さんのアソコに突っこんで、「おかえりなさい」と言われるとは思わなかったが、ありがたく、ここでくつろがせてもらおう。健人はさっき騎乗位で繋がっていた時の、されるがままだった状態とは違って、今度は力強く自分から腰を振る。佐伯さんの方でも、健人とタイミングを合わせるようにして腰を動かして、2人で下半身をぶつけ合いながら、お互いの快感を高めていくのだった。
「あぁぁぁああっぁあ、………もう…………、何にも、考えられない…………、気持ちいいぃぃいいいい、うぁあああああっぁあぁ」
腰を振り合って深く結合するたびに、佐伯さんは頭を振り、髪も振り乱してよがる。悶える。口から出てくる感想は、だんだん意味をなさなくなってくる。男性よりも女性の方が、セックスで感じる快感が強いと聞いたことがあるけれど、本当にそうかもしれない、と健人は思いながら、歯を食いしばって射精を我慢しながらさらに激しく腰を振った。パンパンという、腰を打ちつけ合う破裂音がさらに大きくなる。
「はぁぁぁぁぁぁっ。……うぁあああああああああん………わかんないぃぃいいいいいっ」
佐伯さんがこんなに大きな声を張り上げるのを聞くのは、初めてだと思う。普段は、静かな環境が求められる図書館勤めの彼女。タガが外れてしまったかのようなその叫びは、偶然にも、フロントで宣告した通りの喘ぎ声のボリュームになっているようだった。その喘ぎ方は若干、独特というか個性的にも思えるが、健人としても初めての女性なので、はっきりとはわからない。そして健人にとっても、様々なことがどうでも良くなっていた。とにかく彼のモノが、亀頭の先端から根元まで、衝撃的な快感に包まれていて、下半身が分解されてしまいそうなほど気持ちが良い。背骨から脊椎まで、その快感の波が断続的にあふれかえり、頭の中の雑多な思念を真っ白に塗りつぶしていくようだった。
「はっっ…………もうっ……………イクよっ…………」
健人は告げる。佐伯さんが何と言おうと、どうやってこの時間を引き延ばそうと、彼にとってはどうしようもなかった。どうなっても良いから、このままイキたいと、心と体が一致して訴えていた。
「はいっ……………いっしょにっ…………」
健人は佐伯さんの言葉を聞くのと同時に、これまで食いしばって耐えてきた我慢を一気に解放させる。彼女がこの時に「駄目」と言っていても、それは止まらなかっただろう。下半身が破裂したのかと心配になるくらい、激しく精が弾き出される。頭の中でマグネシウムが焚かれたかのように真っ白の閃光が広がって、全てが白飛びした。
「うぁあああああああっ」
「あぁぁぁぁあああああああああん。いっっっっっくぅぅうううううううううっ」
健人は佐伯さんのよがり声に負けないくらい、自分も声を出してイッたつもりだったけれど、やはり彼女のおたけびの方が大きく響いた。健人の射精と連動するかのように、彼女の熱い膣内が蠕動してさらに締めつけを強くする。その圧力が健人をさらに射精させる。子宮まで満たされるほどの精を受け止める感覚が、佐伯さんを更なるエクスタシーに導く。このサイクルが、永遠に続いてしまうのかと思えるほどだった。
2人で繋がったまま、痙攣しながらベッドに横倒しになる。その落下感。ベッドに跳ねる衝撃すら、彼女のアソコは健人のペニスとの摩擦を倍化させる要素として噛みしめているようだった。健人は呼吸を荒げながらも、すでに射精後の余韻に浸って呆けている。けれど彼が抱きしめている佐伯弥生さんの体はまだ、時々寄せて返す、波のようなエクスタシーに打ち震えて、喜び悶えている。その時間もまた、ずいぶんと長い間、続いていた。そしてその間、健人も幸福に浸りきっていた。
どれくらい休んだだろうか? 健人は抱いている佐伯さんの後頭部に顔を埋めて、彼女の髪の良い匂いを嗅ぎながら、手ではオッパイの感触を飽きずに楽しんでいた。そうしながら、眠るともなく、起きるともなく、中途半端なまどろみの、心地良さを甘受していた。いっそこのままはっきりと眠るなら、もっと熟睡出来るポジションもある。そう考えて、久しぶりに口を開いた。
「佐伯さん…………。起きてます? …………このまま寝て、起きたらホテル出ます?」
健人が尋ねると、佐伯さんは何も言わずに首を横に振った。そしてやっと言葉を出す。
「………まだ………、もう1回。最後に、一番普通の体位で、しないといけないんです」
佐伯さんの生真面目さ、律義さに、健人は感動と呆れとが入り混じった気持ちになった。シャワーのように降りかかったエクスタシーの余韻で、まだ体になかなか力が入らない様子の佐伯さんが、ズルズルと自分の体を引きずるようにして、ベッドの真ん中、上の方まで行くと、枕に後頭部をのせる。きっと彼女にとって、人生の喜びとは、読書で本の世界に没中すること以外には、与えられたタスクリストを1つ1つ消化しながら、チェックマークをつけていくことなのだろう。その日の残タスクが1つずつ減っていくことを確認して、完遂した自分を褒め、満足して眠りにつく。そうやって佐伯弥生さんは、丁寧に日々の暮らしを過ごしてきたのだろう。そのタスクの1つが、「ポルノ映画の主人公の行動を再現する」だったとしても、彼女は疲労困憊の体に鞭打ってでもやりきる。そんな意志の強い、自制心の強い彼女。裏腹に、彼女はずば抜けて被暗示性が高くて、健人に思い通りに操られてしまう。この一見相容れなさそうな2つの要素が佐伯弥生さんに同居している姿が、君沢健人の心を強く惹きつけて離さないのだった。
「君沢さん………、来てください。………貴方は……正常位で、私とセックスをします」
彼女は今も、自分が主導権を握っているつもりでいる。健人に催眠術をかけ、自分の意志でセックスをしていると信じて疑わない。寝そべる彼女に健人が覆いかぶさり、彼女の両足を開きながら押し上げて、膝で折りたたませ、正常位の形でインサート。健人が佐伯さんと結合しても、彼女は自分が催眠術師のつもりで語り続ける。ペニスを彼女のヴァギナに入れたままグッと腰を押むと、綺麗なオッパイを揺すって胸を突き出すようにして仰け反った。
「あっ……………ぁぁ…………。気持ちいい…………。……………君沢さん、いいですか? …………あんっ……………。正直に…………答えてくださいね………………。貴方は……………、私………………、んふんっ……。佐伯弥生と…………、お付き合いしたいでしょうか?」
「…………はい………。もちろんです………」
健人は、彼女の質問の裏の意図までは読めなかったが、ここは正直に答えてみた。佐伯さんは少し微笑んだ。
「あ…………ありがとうございます。………でも………。私が…………貴方よりも…………5歳も…………年上で…………。これといった、面白みもない人間で…………。んふんっ……………貴方の意識が無いのを…………良いことに…………。自分の……………あぁんっ……………欲求を…………満たすような……………、酷い……………女でも……………でしょうか?」
「はい………。僕は、佐伯さんが喜んでいるなら、それで幸せですよ」
「そ…………それなら……………、お………お付き合い…………しましょうか………」
彼女の言葉に、健人は目を見開いて聞き入る。
「私は、…………自分の欲求ばかり………満たすのではなくて………、貴方の希望も…………かなえてさしあげるべきだと…………思います……から………」
佐伯さんは健人を見上げて、目尻を下げて笑顔を浮かべた。それは、彼女の決心の現れのように感じられた。そこに健人は、小さな違和感を感じた。そろそろ立場が入れ替わっても良いタイミングなのかもしれない。
「佐伯さん、中庭で集合しましょうか」
そう一言告げると、彼女の目の焦点が遠ざかる。どれだけ強く腰を押してペニスを彼女の体内奥深くに突き入れても、表情が変わらなくなる。佐伯さんは今、心地の良い、自分のためだけに設計された中庭にいるのだ。
「佐伯さん、私は下にある『佐伯書庫』から持ち出してきた『佐伯弥生大百科』を持っています。今、この本を開きました。佐伯さんの今の気持ちの奥底を示すページに来ました。ここにすべてがあります。それを読み聞かせてください。…………貴方は、どういう気持ちで、僕とお付き合いしようとしていますか?」
「…………私は、君沢さんのことを催眠術で自分勝手に操っていることが申し訳なくて、彼の気持ちにも答えてあげたいと思っています。………そうしてあげるべきだと思います………。それに、彼とすることが…………気持ち良すぎて…………離れられないと………思いました」
「貴方は僕の、どこが好きなんですか?」
「オチンチンです。…………私のアソコにとてもピッタリのサイズと形で、………まるで2人のアソコが繋がるために、2人が設計されたみたいだと、思います。……………君沢さんのオチンチンを入れてもらっている時が、私が生きていて一番幸せな時間です………。あと…………手も好きです。………………彼の口も…………。私がコンプレックスに思っていた、胸のシミも、構わず熱心に愛撫してくれて…………。私を、気持ち良くしてくれます………。他には………彼の、声や…………匂いも…………好きです」
言われて嬉しい言葉は次々と出てくるが、健人にはもっと欲しい言葉がある。
「佐伯さんは、内面も含めて、僕の………君沢健人のことを、好きですか?」
佐伯さんは息を飲んだ。
「…………あ…………あの……………。君沢さんは…………素晴らしい人だと思います…………。特に、彼のオチンチンは……」
「貴方は、僕のことが好きですか?」
健人は少し嫌な予感を感じながらも、質問をさらに押しつけざるを得ない。しばらくの沈黙の後、佐伯さんが口を開いた。いつの間にか、声が上擦っていた。
「……………………………はい……………。そうだと………………書いてあります。……………………私は、君沢健人さんが…………好きです。……………………その思いと………きちんと向かい合うのが怖くて…………私は、…………催眠術で好き勝手している責任とか…………御礼とか…………、言い訳を作って…………彼とお付き合いしたり…………もっと体の繋がりを重ねようと…………しています…………」
健人は腰を振りながら、ペニスを佐伯さんの大切な穴に、奥まで入れたり出しかけたりしながら、彼女の話を聞いている。さっき爆発的なオルガズムを済ませたせいか、今のセックスは割と冷静に、会話をしながら進めることが出来ている。
「もう少し、読み進めてみましょう。………佐伯さんはそれでは、どうして、自分の好きだという感情を前面に出すことが出来ないのですか?」
「……………わ………わたしが…………。恋愛感情に流されてしまうのが…………怖いから………です。……………昔から、感化されやすくて…………、相手のペースに流されて………自分を見失って…………、依存…………しすぎたり………。結局………色々と上手くいかなくなって………壊してしまうのが…………。怖いです………」
そこまで聞いて、健人は腰の動きを止めた。何の気なしに、両手で彼女の綺麗なオッパイを3回ほど揉む。きちんと立っているピンクの乳首も摘まんで、指の腹で転がしながら、頭の中で作戦を固める。
(もう1人。………彼女を突き動かして振り回してくれる、新キャラクターが必要だな。愛情表現を躊躇わない、熱愛キャラが…………そうだ………………うん。)
健人は頷くと、彼女の胸を揉む動きを止めて、佐伯さんに語りかける。
「佐伯さん、大百科は大事に閉じましょう。また、僕が借り出して、預かっておきます。これから開くのは、貴方のアンソロジー本です。栞が2つ入っている、多彩なキャラクター・エピソード集。これから開くページは『新婚のヤヨイ奥様』の熱愛ぶりが綴られている作品です。このヤヨイ奥様は、旦那様である君沢健人への愛に生きる、幸せ絶頂の日々を過ごしています。そんなヤヨイ奥様が、呼び出されると貴方の体を借りて行動するんです。そしてヤヨイ奥様はその、無限とも思われる愛情の量と類稀な包容力とで、大好きな旦那様の全てを受け入れ、彼が日々を心地良く、機嫌良く過ごせるために全身全霊をかけるんです。良いですね?」
「…………は………い…………」
健人は話しながら再び腰の動きを再開させる。無反応の佐伯さんのアソコを好き勝手に使わせてもらうのも、勝手ながら気持ちの良いものだった。
「キーワードは『新婚のヤヨイ奥様』です。ちなみにこの奥様の感情や行動は、佐伯弥生さん本人と、完全に分離されたものではありません。彼女の健人への溢れる愛情、有り余る献身の気持ちは、少しずつ、佐伯弥生さん本人にも流れ込んできます。少しずつですが、弥生さん本人も、ヤヨイ奥様の行動に似てきます。影響を受けていくんです。わかりますね?」
「………はい………少しずつ…………似てきます…………」
健人は腰をさらに激しく振りながら、呼吸を整えて合図をする。
「それでは、新たに栞を入れたページを開いて、お呼びしましょう。『新婚のヤヨイ奥様』、いらっしゃい」
2、3度、大きく瞬きをした佐伯さんが、黒目を左右に動かした後で、真上にある健人の顔を見据える。3秒ほど置いて、佐伯さんは目尻を下げきって口角を上げると、蕩けるような笑顔になった。
「私の健人さん。愛していますっ。………一生。………私の全部、貴方のものですっ」
「………わっ………」
不意に、彼女の満面の笑顔と、健人が想像していた以上の、言葉の衝撃とで、健人が集中力を完全に緩めてしまった。その瞬間、うっかり射精してしまった。前回よりも量は少ないが、出し切ったと思っていた精液が、まだ出ることにも驚く。
「………うふふっ………。ナカでだしてくれたのね………。嬉しい………。健人さんのものなら、何でも私の体に出して欲しいの。2人はこれからも、一心同体ですよ」
ウットリとした表情で健人を眺めながら、聞いていて少し恥ずかしくなるような台詞を堂々と口にしてくれるヤヨイ奥様。彼女はもう、人にどう思われるかということよりも、自分が如何に健人を愛していて、そのことが幸せなのかを、伝えることしか考えていないようにも感じられた。
「………健人さん、汗、いっぱい掻いてますよ。放っておくと、風邪をひいてしまいます。あったかいお風呂で汗を流して、温まりませんか? ………私が体を洗ってあげますから」
ヤヨイ奥様に言われて初めて、健人は自分がずいぶんと汗ばんでいることに気がついた。さすがよく気がつく、賢い奥様だ。見ると、自分の汗が、下に寝そべっている佐伯さんの体にも垂れていることに気がつく。
「あ………ごめんなさい。僕の汗が、貴方にも………」
「あ………気になさらないで…………。言いましたでしょう? 愛しい旦那様の体から出るものは、何でも私の宝物です。ほら、ペロッ……………ウフフ」
佐伯さんは正常位で健人と繋がったまま、体の柔軟性を発揮して頭を起こすと、健人の肩に浮き上がっていた汗を、舌を伸ばして舐めとると、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「それから、健人さん、私のことを『貴方』なんて、距離のある呼び方をしないでください。『ヤヨイ』とか『お前』とか呼んでもらった方が、夫婦になったんだ、っていう実感が沸いて、嬉しいです」
汗を舐めてくるという大胆な愛情表現と、呼ばれ方については若干古風な嗜好を持つ、ヤヨイ奥様のギャップと人柄のスケールに、健人は若干押されている。
「う………うん。でも、呼び方とか………、急に切り替えるのって、かえって照れくさいから、徐々に…………変えていこっか?」
「はい。旦那様のなさりたいようになさってください。私は、一生ついていきますから。…………愛しています。……………さぁ、お風呂の支度をしますから。健人さんはここで寝ていてくださいね。私がそばにいる間は、健人さんは本当に寝そべっているだけで良いんですよ。大好きなあなたの、お世話が出来ることが幸せなんです。………うふふふっ」
それだけ言うと、ハミングをしながらバスルームに、まるでスキップするかのような軽やかな足取りで、全裸で歩いていくヤヨイ奥様。その、プリプリと左右に振っていく柔らかそうなお尻を見ていると、健人はまた自分のモノが少しずつ固くなっていることに気がついて、唖然とする。この調子で一緒にお風呂に入ったら、結局のところ今日は、3度めの射精をしてしまうことになりそうだ。………そんな予感を感じながら、健人はベッドの上に大の字に寝転がって、少しでも体力の回復に努めるのだった。
<最終章へ続く>
読ませていただきましたでよ~。
デート回。ついに結ばれましたね。かと思ったら弥生さんは自分の自信のなさで言い訳をしてる模様。好きなのはおちんちんが気持ちいいから、ぴったりだったから。催眠で好き勝手するならそういうのもいいと思うんでぅけどねw
好きな人とのセックスは気持ちいい、健人くんとのセックスは気持ちいい、だから健人くんのことは大好き。
まあ、これは嫌ってる相手にかける手法でそもそも佐伯さんの内部での葛藤を良しとしてない健人くんには言い訳ではなく心から好きと言ってもらいたいから新婚ヤヨイ奥様の誕生でぅか。
全身全霊で旦那様を受け入れる奥様はなんか三歩下がって歩くとか、三つ指ついてお迎えするとかそんな感じの印象を受けましたでよ。
そしてそんな奥様の愛情や考えが徐々に弥生さんに流れ込んでいくということは弥生さんが言い訳ではなく健人くんを愛してしまうということで、今回みたいなお付き合いしましょうかではなく結婚してくださいと懇願していくのか・・・いや、貞淑な奥様みたいな考えがあるなら全力で奉仕しながらも結婚などは健人くんに言わせるように誘い受け的な行動をするのか?
今回でほぼ決着がついて、残りは予定調和と言うかエピローグ的な感じ思えますが、次回の最終回、弥生さんが完全に落ちるのを楽しみにしていますでよ~。
であ。
お疲れ様です。
次回で最終回ですね。コメントによると0.5話とのことなのでエピローグ的なお話でしょうか。
1人を対象にじっくりと、催眠が題材のお話としてはかなりピュアラブなエンドになりそうですね。