「それでは、各班で集まって、課題の相談の続きをしてください。もうテーマ選定が終わっている班は、図書室へ移動するなどして、調査を始めてもらって構いません。まだ決められない班は、明日までにテーマ登録を済ませる必要がありますから、今日、放課後も残って相談してもらって良いですよ」
倉崎先生が言うと、1年C組の教室には生徒たちが机を移動させて班に分かれる音が響き渡る。机の脚が床を擦る音、生徒たちの喋り声が、騒がしく鳴り響く。あまりにも大きな声で騒ぎ立てる生徒は、若くて綺麗な担任の先生にたしなめられる。中学に入って初めての夏休みが近づいていることもあり、興奮気味の男子がチラホラいるようだ。一方で町村達都は、面白くなさそうな顔で、机を友達の塚田修介の机に近づける。その2人の男子の机に、もう一人の班のメンバーである北岡知絵が、さらにつまらなさそうな顔をしながら机を寄せてきた。彼女の場合は、面白くというよりも、もはや、ふてくされたような表情だ。
(なんで私が、こいつらなんかと、こんなこと………。)
まるでそんな呟きが、顔に書いてあるようだった。
「…………一応聞くけど、…………何か研究テーマとか、考えてきた?」
達都が質問すると、知絵は机に頬杖をついたまま、それを黙殺する。修介に至っては、目を丸くして達都を見返してくる。昨日、それぞれテーマ案を考えてくる、という約束をして解散したはずなのに、それさえも修介の頭の中ではリセットされてしまっているのだろうか?
「………ま、………僕も結局、何にも良い案が思い浮かばなかったから、良いんだけど………」
達都はため息をつく。どうやら今日も、放課後にこの3人で、不毛な時間を過ごすことになりそうだった。
。。
「俺、思ったんだけど、夏の高校野球あるじゃん? あれに関係する研究にしたら、クーラー効いた部屋で、甲子園観てるだけで、研究進むと思うぜ。例えば、全出場校の成績と、それぞれの高校の右投げ左打ちの選手の数とを調べてみたら、何か関係が見つかるかもしれないぜ? 左打ちって、一塁ベースにちょっとだけ近いから、ガチな奴ほど、左打ちに転向してるパターンが多いはずなんだよ」
「無理。私、野球興味ない」
運動馬鹿の修介がやっと絞り出したアイディアを、知絵があっさりと切り捨てる。すでに彼女はスマホをイジリ始めている。基本的には校則によって、校内でのスマホの利用は控えるように定められている。授業中やテスト中の利用は厳しく罰せられる。けれど、放課後の時間は、帰宅タイミングを家族に伝えるなどの目的での、短時間の利用は許してもらえているため、事実上、野放しになっている。割と緩い私立校ならではの風景だ。達都もつい、スマホに手を伸ばしてしまう。
「夏の自由研究課題」「中学生」といったキーワードで、検索でもかけてみようと思ったのだ。そして待ち受け画面をスワイプしようとして、メールの着信に気がついた。
「…………え? …………これ、本気? ……………イタズラメールかと思ってたのに………」
「なんだよ。なんか、面白いもんあったか? マッチングアプリ?」
スマホを持っていない修介は、達都のスマホで何か動きがあると、逐一、確認したがる。
「スマホを所持した中学生男子は半年以内に彼女を作っている」という、何の根拠もない噂を信じこんでいるのだ。
「いや…………ただの詐欺メールだと思う。昨日、迷惑メールの中に入ってた勧誘の、タイトルにつられて、返信しちゃったんだ。…………ほら………」
達都が見せたスマホの画面には、「夏のモニターキャンペーンのおしらせ 夏休みの自由研究に、サラリーマンの息抜きに、そしてニートの君の人生逆転劇に、ナノウイルスモニター大募集」という、如何にも胡散臭い、勧誘メールが表示されていた。
「なになに…………。夏と言えば、ナノウイルスです。時代の2周先を走るハイテク企業、シンニー・テックが、皆様にモニターになって頂くことと引き換えに、最凶のナノウイルスを1人分、無料でご提供します。…………、うん…………。全然意味がわからんな。…………あれ? もう一通来てんじゃん。………『ご当選とご提供のおしらせ』………。達都、お前これ、応募したの?」
「いや………別に、本気にしてたわけじゃないんだけど、昨日の晩、何にもテーマが思い浮かばないから、『夏休みの自由研究に』っていう言葉に釣られて、ダメ元で………さ。だって、僕の携帯、カードとか銀行口座とか、抜かれて困る情報とは何にも紐ついてないからさ」
「そのへん、子供の携帯は気楽だよな。………で、ナノウイルスって、何よ?」
「いや、…………なんかわかんないけど、キットみたいなものをうちに送ってくるみたい。住所入れちゃったから」
「住所? それって、抜かれて困る個人情報とは違うの?」
「…………よくわかんない。…………言われてみれば、僕、やっちゃったかも………」
「アンタたち、さっきから何、ゴチャゴチャ言ってんのよ。見せなさいよ」
焦れた北岡知絵が修介の手からスマホを奪う。達都は自分のスマホが班のメンバーたちの手に渡っていくのを、見守ることしかできなかった。
「人間の体内に侵入して、その行動や思考を制御する人工ウイルスです。現在はまだ研究開発段階なので、限定したユーザーにモニターとして活用頂いています。侵入させる相手は、現段階では安全も考慮して、成人をお勧めしています。……………ふーん。…………超絶ウソっぽいけど、…………ま、良いんじゃん? これ、研究テーマにして、試してみて、効果なかったら、『効果無しでした』っていう研究結果出して、速攻終わりに出来んじゃん」
北岡知絵が、達都の想像の上を行く、やる気のない提案を出してくれた。
「それに…………もし、万が一、ホンモノだったりしたら、それはそれで………、面白いかもしんないじゃん」
そういった瞬間だけ、知絵は目からキラッとした光を出して、ニヤッと笑った。達都は何となく本能的に、背筋にゾクッと冷たいものを感じた。
「ここにはキットが今日届くって書いてある。明日の自由研究の時間には、そのキットをちゃんと持ってきてよ。うちの班は、これで行こうよ。ナノウイルスが本当に人に効くのか、試してみるっていう実験」
「試すのは成人を推奨するって書いてあるだろ? どうする?」
「………いるじゃん」
知絵は顔の向きを40度くらい変えて、教卓に立っている美人の先生に視線をやると、またニヤッと笑った。達都が彼女の本気をはかろうと、しばらく知絵の顔を見ていると、隣の修介がバンッと達都の背中を叩いた。
「なんかよくわかってないけど、とりあえずテーマの件は進展したんだよなっ。じゃ、俺、野球行ってくるわっ。あと、よろしくなっ」
能天気なスポーツ馬鹿が教室を去ってしまうと、何となく、達都の班の自由研究については、方向づけがされてしまったような空気になっていた。
。。。
「あの………倉崎先生」
「どうしたの? 町村君」
廊下で呼び止められた倉崎結衣理先生が振り返ると、そこには担任のクラスの生徒、町村達都が不安そうに立っていた。中等部1年生の中でもやや小柄な彼は、自信なさげに立っていると、まだ小学生のようにも見えてしまう。優しい性格の倉崎先生は彼の不安を解消してあげたくて、親身な笑顔を見せた。
「あの、僕たちの班、まだ夏の自由研究のテーマが決められていなくて、それでも、候補はあるんです。それで、先生にあとで、班の皆から相談がしたくて。どこかで、時間をもらえませんか?」
「もちろん、良いわよ。…………お昼休みに職員室に来る?」
「………出来れば、会議室とか、生徒指導室とかの方が、良いです」
「そうなのね………。じゃぁ、生徒指導室にしましょうか?」
倉崎先生は頷いた。彼女としても、町村達都の班の進捗は心配していたのだ。何しろ班のメンバーで唯一の女子生徒である北岡知絵は、頭は良いのだけれど、学校の活動にはあまり前向きではないし、社交的なタイプでは全くないので、班行動がうまくいくか、心配していたのだ。だから、達都たちの方から声をかけてくれたのは、班での自由研究を指導する結衣理にとっても好都合なことだった。達都が班のメンバーと結衣理だけで話せる場所を求めたのも、もしかしたら他の人に聞かれると話しにくいような、人間関係での悩みもあるのかもしれない。そう思うと、早く生徒たちの相談に乗ってあげたくて、結衣理は昼休みを待ち遠しく感じるのだった。
。。
「先生、お疲れ様ー。食後のコーヒーをどうぞー」
口角を上げて生徒指導室でお出迎えしてくれた北岡知絵の様子を見て、結衣理は若干、怪訝な表情を顔に出してしまった。
「……あら……北岡さん、ご機嫌ね。こちらのコーヒーはどうしたのかしら?」
「調理室を借りて、男子たちと作ったんですよ。私たち、夏休みの自由研究のテーマに、健康的な食生活を自炊しながら考える、っていうのを挙げてみたんです。まずはコーヒーや紅茶を入れるところから始めてみようかと思いまして。…………味見するのが班の男子だけだと、反応もよくわからなくて、先生にも聞いてみたいと思ったんです。うまくいきそうかな? って………。ねぇ?」
知絵が目配せすると、達都は曖昧な笑みを浮かべながら下を向いた。塚田修介に至っては、直立不動で瞬きもせずに結衣理のことを凝視してくる。この生徒はいつもそうだ。性格はまっすぐで、あっけらかんとしたスポーツ少年なのだが、勉強の成績と、人との距離感に、若干の難がある子だ。まぁ、こういうタイプは、勉強に集中する年頃になると、案外凄い集中力で伸びたりする子もいるらしいのだが、まだ大学を出て教職に就いて2年という若い結衣理にとっては、ここまでまっすぐに凝視されると、照れが先に立ってしまう。
「とにかく、こちらのコーヒーを、先生が頂けば良いのね? …………ふぅ………。せっかく皆が考えて動き始めたテーマなんだし、男性の料理というのは、これからの社会で大事なテーマになると思うから、できることは協力するわ…………。いただきます………」
本当のことを言うと、結衣理はカフェインがあまり得意ではないのだが、生徒たちのやる気を削ぐようなことはしたくなかったので、差し出された白いコーヒーカップとコースターを受け取ると、カップに立てかけられていた小さなスプーンを持って2回転ほどかき混ぜて、クリームが漆黒のコーヒーの中に渦を描くのを見た。そして口元へカップを持って行って傾ける。苦みと甘み。熱い液体が舌の上、口の中、そして喉の奥へと流れていくのが、その温度から伝わってくる。コーヒーはエスプレッソとクリームを混ぜ合わせた、いいわゆるラテだと思う。とても強い味で、なにか隠し味が含まれていたとしても、その深く熟成された苦みの中にすべてくるまれてしまうのではないかと思うほどだった。
「………うん…………。美味しいわよ。…………とても、香味の強い豆なのかしら、辛みと苦みがはっきりとしているわね。…………先生、コーヒーのことはあまり詳しくないのだけれど」
「………良かった! 先生に午後の授業も頑張ってもらおうと思って、皆で作ったんだよね」
今日の知絵はずいぶんと饒舌だ。それと比べて男子2人はモジモジしている。町村達都はいつもに輪をかけて無口になっている。塚田修介は結衣理と目を合わそうとしない。一本気の彼がこういう様子を見せる時は、何か後ろめたいことでもある時だと思うのだが………。生徒たちの様子を確認しながらそこまで考えたところで、知絵は生徒指導室の机に手をついている自分に気がついた。体が熱っぽくなっていて、力が適切に入らない感覚。まるで急に高熱に浮かされたかのように、倉崎結衣理は机に置いた左手で自分の上体を支え、右手を自分の額に伸ばす。
「…………ちょっと…………待ってね、先生、…………少し体調が…………」
出した声が、まるでタイル地の風呂場で発せられた声のように、何度も反響する。スキューバ・ダイビングの途中かのように、耳の奥の鼓膜が収まり悪く押し込まれたような感覚。
「え~。大丈夫ですか? ………保健室行きますか? ほら、修介、達都、手伝ってあげなよ」
知絵に促されて、慌てて結衣理の両脇に来て助けようとする塚田修介と町村達都に右手で制する仕草を見せて、自分で立とうとした結衣理は、自分の視界がグルグルと回転し始めたところで、一人で立つのを諦めるしかなかった。体温がどんどん上がっていくと当時に、脱力感、疲労感も加速度的に増していって、すぐに足元がおぼつかなくなる。結衣理は肩を貸してくれている男子生徒2人に体重を預けるようにして、完全に寄りかかってしまうのだった。
「………自然のタンパク質で構成されるナノウイルスだっていうけど、やっぱり侵入時にアレルギー症状は出るんだね。多分もうちょっとで意識ごと落ちて…………何確認のフェーズになるんだったっけ?」
「インストール確認」
知絵に答える声が、結衣理のすぐ右横、達都の口から出される。何やら不穏な言葉が飛び交う中、結衣理は怯えた表情で声のした右側を向くと、その動きだけで脳内がシェイクされるような不快感を覚える。口を開くと、胃の中のものがこみあげてきそうな気がして、声も出せずにいる。申し訳なさそうな表情で伏し目がちに知絵と会話している町村達都の顔ごと、結衣理の視界が暗くなっていく。
(何かおかしなものを飲まされたみたい…………。このまま気を失っちゃ駄目………!)
結衣理はそう心の中で強く思ったが、その思いの固さもほどけるように拡散して、結衣理の意識と一緒に薄れていく。やがて結衣理は頭をガクッと右に曲げて抵抗しようとする体の節々から脱力し、意識を失った。
。。
達都は手にしているスマートフォンの画面に噛りつくようにして見入っていた。メールのリンクからダウンロードしたアプリは今、達都のスマホのなかで『シンニイ・テック デイジー09』というアプリとして起動中だ。デイジー09というのが、どうやらこのナノウイルスの名前らしい。今、スマホの画面には、そのデイジー09が倉崎結衣理先生の体にどれだけ浸透しているかを、枠線で描かれた人の体の画で示しているようだ。黒い背景の中に、無機質に描かれた、白い枠線の人体図(性別もわからない、ピクトグラムのような人体だ)の両肩やお腹、下腹部から太ももにかけて、赤外線で温度を識別する絵のように、赤い部分が増えていっている。そして人体図の上には、『制御』という文字の下に大きな数字が表示されていて、ちょうど今、『62%』から『63%』に数字が変わったところだ。数字の周りには点線が円を描いていて、グルグルと表示が回転していた。デイジー09というナノウイルスが、高速で自己再生して増殖して、結衣理先生の体の色んな部分を制御している。その進捗を見せている画面のようだ。
「思ったより、進むの遅いね………。50%を超えたあたりから、ゆっくりになってきた気がする………」
横から画面を覗き込んでくる知絵に、達都が答える。
「いや、でも、ウイルスの分裂スピードだって考えたら、異常な速さなんじゃない? インフルエンザとかのウイルスだって、潜伏期間とかあるでしょ?」
「…………おもっ…………。先生、完全に全身の力が抜けてるぜ………。気絶しちゃったみたい………。大丈夫かな?
力自慢の修介が、意識を失って脱力しきっている結衣理先生を、生徒指導室の椅子に座らせる。先生は両腕と両足をダランと垂らして、その体重を椅子に預けきっていた。その表情は両目を閉じて口を少し開け、右上を向くようにして右肩に頭を載せている。いつもの真面目で清楚な佇まいとは、まったく違う表情だった。
「今、やっと67%だ………。色で見ると、やっぱり頭がなかなか赤にならないな………。腕とかは、ほら、もう真っ赤だから、制御が済んでるみたいなんだけど………。………うわっ………」
「えっ、なに?」
「うおっ」
達都は声を出して、手に持っているスマホを落としそうになったところを慌てて両手ですくいあげる。彼が何気なく、画面上の真っ赤に染まった左腕に触れた時、その指のスワイプに引っ張られるようにして画面上の人体図が左腕を挙げた。それとほぼ同じタイミングで、結衣理先生が左腕をスッと挙げた。肘から引っ張り上げられるように、腕を曲げながら、勢いよく挙げたせいで、脱力しきっている上体が少し右側に傾く。木の背もたれと先生のシャツが擦れる音がした。気絶したような状態だった先生が急に体を動かしたので、すぐそばにいた修介も、達都の横で見守っていた知絵も、びっくりして反射的に小さく跳ぶようにして後ろへ下がった。しばらく様子を見ていて、先生がその姿勢のまま止まっているのを確認して、こわごわ2歩ほど近づいてみた。
「今、達都が画面上の腕をドラッグしたら、その通りに動いたっていうこと? …………凄いじゃん。…………これ、やっぱり、ホンモノじゃん。…………チュートリアルページがなんか超リアルに細かい説明してたから、ついついその気になっちゃってたけど、これ、本当に、人を操るナノウイルスなんじゃない? …………ハハッ、信じらんない………」
「制御が100%になってないのに、もう動かせるなんて、思わなかった………。びっくりして、もうちょっとでスマホを落としちゃうところだったよ………」
「………先生、ずっとこの姿勢のままで大丈夫かな? ………ちょっと辛そうだけど………」
修介の言葉を聞いて、達都が我に返る。確かに椅子からずり落ちそうに体を右に傾けながら、かろうじて座っている結衣理先生の体勢は、少し不自然で、辛そうに見えた。迷ったあとで、達都は反対の右腕も、画面の人体図に触れて上に挙げさせてみる。今度はゆっくりと、自覚的にドラッグ&プル。1秒の遅れもなく、目の前の結衣理先生が右腕も上げていく。両腕を肘から引っ張り上げられたような状態………。先生は首を力なく曲げたまま、両肘を突き上げるようにして椅子の上で上体を真っ直ぐにした。画面上の『制御』は73%まで進んでいる、少し、制御の進捗が加速されたような気もする。
「体………。動かした方が、進みが早くなるかも…………。血の巡りとかが良くなると、ナノウイルスが回ったり増えたりするスピードも上がるのかな?」
「………じゃ………、もうちょっと動いてもらおうよ。…………確か、音声入力も出来るって、書いてあったでしょ?」
知絵に言われて、達都は画面の右上にあるメニューを選択するとコマンドバーが降りてくる。『行動制御』という項目を選択するとそのコマンドバーが少し左にずれて、右横にもう1つ下の階層の選択肢が出てくる。そこには確かに、知絵の言った『音声入力』があった。選択すると、画面がさきほどの簡素な人体図に戻ったが、右上に耳の画が表れて、点滅している。達都は息を飲んだ後で、スマホを自分の顔に近づけた。
「…………先生………。立ってください………」
両肘をこめかみの上に挙げて、達都と知絵に対して脇の下を見せつけるような姿勢のまま、結衣理先生の膝が動く。床に両足をつけると、先生は両目を閉じたまま、スクッと立ち上がった。
「…………きをつけ…………。やすめ…………。前へならえ…………。小さく前へならえ…………。…………ハハッ………凄い。本当に、先生が言うとおりに動いてくれるよ」
達都は思わず笑っている自分に気がついた。もともと倉崎結衣理先生には何一つ不満なんて持っていないつもりだ。それでも、大人で、しかも担任の先生という、中1男子にとっては完全に上の立場の人が、自分の言うとおりに動いているのを見ると、なんだかスカッとするような爽快感を感じてしまう。そして、その爽快感の後味として、ドキドキするような、何か悪いことをしているというスリルを感じてしまうのだった。目鼻立ちがはっきりしていて、なおかつ整った顔立ち。高い鼻筋と大きな目は、モデルのような美しさと、アイドルのような可愛らしさを、絶妙なバランスで同居させていた。
「…………行進始め。………1、2。1、2………。もっと手足を元気よく振って」
真っ白いカッターシャツとグレーのスカートを身に着けている先生が、まるで体育の授業中の生徒のように、生徒指導室の中をテキパキと行進し始める。時々、よろけてしまうのを防ぐために、達都は両目を開けるように先生に(スマホ越しに)伝えた。意識を失っているはずの先生が瞼を開くと、その黒目はなんだかガラス玉のように生気を失ってしまっているように見える。それでも、先生の行進は目を開けてすることで、さっきまでよりも安定した。
「…………やっぱり、運動量が上がると、制御のペースも上がってる気がする。もう82%まで来たよ」
「完全に無表情だと、面白くないなぁ………。達都、先生に笑顔になるように伝えてよ」
知絵はいつの間にか、自分のスマホを持ち出して、動画の撮影を始めているようだ」
「………先生………、笑顔で行進を続けてください………」
達都がスマホに音声を入れると、結衣理先生の口角が上がって、いつものはにかんだような可愛らしい笑顔よりは、少し固い、張りついたような笑顔になる。けれど両手はブンブンと元気よく振って、先生は生徒指導室の中をグルグルと行進して進む。
「達都、出来たら………、もうちょっと足を高く上げるように、お願いできないかな?」
単純な修介の考えていることは、達都にもすぐにわかった。グレーのタイトスカートをはいている先生が、足を大きく動かして行進すると、スカートの裾が上がって、白くて綺麗な太腿がまぶしく光る。ストッキングをしている先生の脚は、長くて綺麗だった。
「…………じゃ………、先生、もっと足を高く上げて行進しましょう………」
タン、タン、タンという足音に合わせて、シュッ、シュッ、シュッ………と、衣擦れの音が部屋に響く。グレーのタイトスカートの裾が、ストッキングと擦れる音。部屋の中をグルグルと行進している結衣理先生が達都や修介と向き合った時、彼女が足をさっきまでよりもさらに高く上げるたびに、内腿の間の白い布地がチラチラと見えるようになる。ストッキングの下で伸び縮みしている先生の下着は、白地に淡い花の柄がついている、先生の性格通りにとても清純なものだった。達都と修介が上体を折り曲げて、股間の変化を目立たせないような姿勢を取る。その間も、彼らは視線を先生の下半身から一瞬たりとも離さないようにしていた。
「なんか、まどろっこしいなぁ………。どうせ先生の意識がなくて、行動をコントロール出来るんだったら、もっと思い切った命令を出せばいいじゃん。ほら、達都、貸しなさいよ」
達都の手から、スマホを奪い取った知絵が、うっすら口角を上げながら、そのスマホを自分の口元へ近づける。もう片方の手では、自分のスマホで先生の行進を撮影し続けている。
「結衣理先生、止まれ。気をつけ。笑顔も止めて良いよ」
知絵が指示を出すと、結衣理先生はボンヤリと前の方を眺めた無表情に変わると、行進をやめ、直立不動になる。知絵がクスッと笑った。彼女も、達都と同じように、先生の動きを操作するという行為に、スリリングな快感を感じたようだった。
「スカートの裾を両手で掴んで、ガバッと引っ張り上げて、こっちにパンツを見せなさい」
ハッと息を飲む音が、達都の喉と、すぐ近くにいる修介の喉から聞こえる。2人とも少し上体をかがめたまま、先生の様子を凝視して伺った。今までの指示には1秒の遅れもなく従っていた先生は、3秒ほど止まったままでいる。そして両手を自分の体の前に揃えるように腰もとに伸ばすと、スカートの裾を掴んだ。ここでまた2秒ほど、先生の手が震える。そしてその両腕が肘から曲がってスカートを引き上げると、男子中学生たちの目に眩しい大人の女性のショーツが完全に曝け出された。結衣理先生は無表情で前を見据えたまま、わずかに瞼を震わせているように見える。そして両頬がさっきまでよりも、赤く染まってきたように見えた。
「ショーツとブラは揃いのものを着てるのかな? シャツを脱いで、ブラも見せなさい。………っていうか、どうせなら、ブラも外して、オッパイ丸出しになったら、また部屋を元気よく行進しよっか。アハハ」
知絵はハッキリと指示を音声入力でスマホに入れた。達都と修介が、生唾を飲み込んで、次に何が起こるかを見守っている。けれど、結衣理先生はそのままの姿勢で硬直して、わずかに両手や顔を痙攣させていた。指示に反応してくれていない………。達都が心配になって、知絵に近づくと、彼女が持っている自分のスマホの画面を覗き込んだ。
「………あっ………。北岡、これ、ヤバいと思う。さっきより制御率が落ちてきてる。…………先生、抵抗してるんじゃない?」
達都の言葉に顔色を変えた知絵が、慌ててスマホの画面に目を向ける。修介も駆け寄ってきた。それは、スマホ画面の人体図の頭上に表示されている制御率が、81%から80%に変わる瞬間だった。
「さっきは最高で87%まで行ってたんだよ。………まだ制御が100%完了してないうちに、負荷をかけすぎたんじゃないかな?」
「そういえば、さっきより、人の画の頭の部分が黄色っぽくなってきてるんじゃないか? さっきはもうちょっとオレンジから、赤になりかけだったのに………」
達都と修介の言葉に、知絵の顔がいっそう青ざめた。
「………え? …………どうすればいいの? …………何とかしてよ………」
さっきは達都の手から強引に奪い取った彼のスマホを、今度は達都に押し付けるように返す。達都は一言くらい文句を言ってやりたかったが、それよりも結衣理先生と、このナノウイルスと連携しているとされているアプリの状況の方が心配だったので、素直にスマホを受け取った。少し迷ったけれど、反射的に困った事態の前に戻るための操作を考えた。
「結衣理先生。シャツは脱がないで良いです。ブラジャーも出さないで良いし、下着を脱いで行進したりしないで良いです。スカートから手を離して、リラックスしてください」
今度の指示には、結衣理先生はあまり間を開けずに従ってくれた。両手で掴んで捲りあげていたスカートを放すと、彼女の両肩が下がる。小刻みな体の震えも収まっていった。達都がスマホの画面を見ると、79%まで下がった制御率は、しばらくその数字で止まっていたあとで、ゆっくりと、80%、81%と、また上昇を始めた。そこでようやく、3人の生徒たちは安心のため息をつくことが出来たのだった。
「チュートリアルのところに新着メッセージ来てる。…………制御率が95%以上がセーフティ・ゾーンなんだって」
達都の言葉を聞いて、知絵と修介も近づいてスマホを一緒に覗き込む。
<チュートリアル新着メッセージ>
全部のガイドを一度に展開しても、どうせ誰も読まないだろう、という前提で、モニターの皆さんには使用上の注意やコツ、お得なキャンペーン情報などを、アプリのAI判断で逐次、発信しています。デイジー09についてのチュートリアルです。それ以外の品番のウイルスをお試しの場合はこちら。
デイジー09は宿主のアレルギー症状や拒絶反応、身体・精神への負荷を最小化した、スムーズ&スマート潜伏を採用しています。従来のナノウイルスよりも侵入から制御完了までの時間を短縮しつつも、特に脳へのゼロダメージの実現のために、デイジー自身が宿主を診断し、制御スピードを変化させています。制御率が90%を超えるまではデイジーおよび宿主へのコマンド入力はお控えください。特に宿主の信条・信念や道徳規範と大きく対立するコマンドの入力は、制御率95%以上の状態がセーフティ・ゾーンであることをご理解ください。
なお、制御率が100%に達しないのも、正常仕様です。人間の心と体は常に変化しつつ、侵入者(デイジー09)に対抗しながらやがて共存をはかります。制御率93%~98%の振幅は正常状態とご理解ください。
「なんか………、いろいろ書いてあるけど、結局よくわかんねぇな」
「うーんと、僕も全部理解できる訳じゃないけど、とにかく制御率90%。出来れば95%以上の状態の時に指示を出せ、っていうことだと思う。…………でも、だったら、最初からそうやって………」
達都が修介に説明をしながら愚痴を言おうとしたところで、ピンポンっと着信音が愚痴を遮る。チュートリアルを示す、博士の顔のようなアイコンの右上に、新着メッセージを知らせる「!」マークが点滅した。
<チュートリアル新着メッセージ>
モニターの皆さん(特に今回応募をかけた少年少女モニターの皆さん)は、「それならそうと、最初に教えておいてよ」と思われるかもしれません。このモニター活動は、「ユーザーが開発サイドの予測していないかたちで利用した場合にもトラブルを回避できるようになっているか」を確認する、デバックも目的としております。皆さんは思うままに、直感的にご活用ください。センター側でログを取り、万が一のトラブルの際にも、リアルタイムでデイジーと遠隔連携して対応して参ります。
「……………文句言おうかと思ったんだけど、先を越された………。とにかく、あんまりマニュアルの読み込みとか気にせずに、手探りで使っていけば良いみたい…………」
達都がメッセージを閉じると、画面は人体図と制御率を示している、メインのステータス表示に戻る。そこでは制御率が96%まで達してた。ハッと息を飲んだ達都と知絵と修介は2メートルほど前で、直立している、倉崎結衣理先生を見る。先生は「気をつけ」の姿勢のままで、やはり感情のない目をしていたけれど、その黒目はどこか遠くの1点を見据えているように、さっきまでよりも安定したように見えた。
「…………先生………。気分悪くないですか? …………大丈夫?」
4歩ほど近づいた達都が、結衣理先生の顔の前に右手を広げて、左右に振ってみる。先生の黒目は、全く達都の指を追おうとせず、遠くの1点を見据えたままだった。
「………私は今、何も感じていません………」
結衣理先生が口を開いて、まるで機械音声のように平坦な喋り方をした。
「………じゃ、今なら、さっきの指示………。オッパイを見せてもらっても…………」
修介が言いかけたその時、生徒指導室の壁に掛けられたスピーカーが「スー」っと小さな作動音を出す。その直後に、キーンコーンカーンコーンと、校内放送のチャイムが学校中に鳴り響いた。昼休みが終わった合図だった。
「うぉーっ。クソッ。このタイミングで、マジかよっ」
修介が両手で頭を抱えてのけぞる。知絵も小さく舌打ちをした。達都は2人と違って、結衣理先生をこの状態からどうやって、(達都たちにとっても)安全に昼の授業に送り出せば良いのか、わからなくて焦っていた。そこにまた、チュートリアルモードの着信音がなる。
<チュートリアル新着メッセージ>
初回のデイジー侵入から制御完了には、宿主の記憶への簡素な制御がセットで組み込まれています。コマンドで宿主に「起きて、元の行動に戻る or 起きて、次の予定に進む」ことを指示すれば、宿主はデイジー侵入前後の記憶を持たず、なおかつそのことに疑念を持つ思考プロセスを遮断された状態で目を覚まします。再度、コマンドを入力したい場合は、お手持ちの端末やPC、スマートウォッチや体内埋め込み型送信機から、指示操作してください。
「なるほど、………っていうことは、そのまま………『先生、起きて。昼1の授業に行ってください』………。これで良いのかな?」
半信半疑で達都がスマホに呼びかけると、直立不動で前を見据えていた結衣理先生が、両目の瞼を閉じる。そして瞼を開いた時、無表情だった先生の顔に、パーっと生気が戻ってきた。自分の右と左。そして目の前の3人の生徒たちを見つめたあとで、先生は壁に掛かっている時計を見て、ギョッと驚く。
「………えっ………。やだ。もう、こんな時間? ………………嘘………。2年生の階に行かなきゃ……………。あ、教材が全部、職員室…………」
上品に片手で口を押えながら、独り言を云いつつ慌てだす先生。その様子からすると、知絵や達都にコーヒーに隠して一服盛られたことなどは、全く覚えていないか、気になっていないようだった。
「貴方たちも、授業に遅れるわよっ。数学でしょ? 急いで………。ごめんなさい。貴方たちの自由研究テーマの話は、どこかで時間を取って、きちんと話しましょうね」
申し訳なさそうに達都たちにそれだけ言うと、先生は生徒指導室を出ると、早足で職員室へと急いでいく。その後姿を見て、達都と修介は、完全にこの、「デイジー09」というナノウイルスが本物の人間制御機械なのだということを実感したのだった。知絵はというと、念のためにもう一度確認したかったのか、すでに遊び始めているのか、達都のスマホを奪うと、廊下を急いで進んでいく結衣理先生に、ダメ押しのコマンドを音声入力で入れようとする。
「先生、ジャンプして頭の上で両手を叩いて」
すでに小さくなりつつある結衣理先生の後姿が、急にゲームのキャラクターのようにビヨンと飛び上がって、頭の上で両手をパチンッと合わせる。着地した後で、怪訝そうな、そして恥ずかしそうな顔で、キョロキョロと周りを見回す先生。
「職員室で戻るまで、ケンケンパーで移動して」
知絵が言うと、先生はまるで小学生の女の子が遊んでいるかのように、片足でピョコピョコと跳ねたり、両足で着地したりと、リズミカルに廊下の角を回って、階段を下りていくのだった。
。。。
その日の放課後、達都たち3人は、知絵の提案で生徒指導室に集まった。結衣理先生には待ち合わせの約束をもらっていないし、この時間と場所を伝えてすらいなかった。
「結衣理先生、生徒指導室にすぐ来なさい」
デイジー09のアプリを起動してコマンドの音声入力モードをオンにした、達都のスマホにそう呼びかけるだけで、3分も待たずに、倉崎結衣理先生が指導室に駆け込んできた。いつもの大人らしい上品で優雅な物腰の先生の様子とは違って、先生は息を切らして、肩までの長さのヘアースタイルを少し乱して、慌てて部屋に入ってくる。
「…………先生、どうしたんですか? 急に」
修介が問いかけると、入り口の扉に手をかけて、体を支えながら呼吸を整えている先生が、少し困った顔をして首を傾げた。
「………それが…………。わからないの………。急に、大事な用があるような気がして………。気がついたら、ここに、来ていて…………」
達都がスマホを操作して先生(とデイジー09)のステータス確認画面を見ると、制御率は97%。「行動制御」、「身体制御」、「感情制御」、「思考制御」という表示の横にチェックマークがついていた。一番下から2つ。「記憶・人格制御」と「拡張モード」の横にはまだ、砂時計のマークが点滅していた。
知絵がアゴで指示するように促すと、修介は指導室の扉を閉めて、鍵をかける。
「…………デイジー09。直接制御モード・オン」
達都が一度、唾を飲み込んだあとで、スマホに囁きかける。ここだけ、倉敷結衣理先生ではなくて、デイジー09というナノウイルスに対して直接呼びかける、というのが印象的だった。午後の休み時間、チュートリアルモードに届いた新着メッセージに書いてあった、直接制御モードというものを試しているのだ。けれど、達都が秘かに抱いていた「凄いモードかもしれない」という期待は、正直に言うと、少し縮んでいった。結衣理先生は今の言葉を聞いて、気をつけの姿勢になり、まっすぐ前を見据えたまま、顔の表情から感情と生気を無くしていく。けれどその様子は、昼に見た、初期インストール完了後の先生の様子と、同じように見えた。
「………じゃ、………ラジオ体操でもしてもらう?」
達都が問いかけると、知絵と修介は、あからさまに不満な顔を見せる。
「さっきとほとんど一緒じゃん………。つまんない……」
「やっぱりさ、服を脱いで、とか、もうちょっと冒険してみる方が、俺も良いと思うんだけど」
修介の本音が出た。………同じ中1男子として、達都も修介と同じような願望を持っていない、と言うと? になるが、それにしても修介は、達都がビビるほど、自分に正直だった。そして知絵は、さっきは達都と同じように、大人の先生を、ちょっと指示通りに運動させるだけでも、面白がっていたはずなのに、半日もたたないうちに、それだけではつまらない、と言い切っている。このままだと、1週間もしないうちに、とんでもないことを言い出さないかと、達都を少し不安な気持ちにさせるのだった。
スルスルスル…………。
「………おあっ!」
「え? ………先生?」
衣擦れの音を聞いて、達都たちが、音の出元あたりに目を向けると、閉じられた扉の前で、結衣理先生がグレーのジャケットを脱いで床に落とし、無表情の顔を俯かせて、白いカッターシャツの首元から、ボタンを1つ1つ、外していく途中だった。すでに第4ボタンくらいまで外れていて、かがむような姿勢とともに、シャツの胸元から先生の白い肌と、白地に花柄をあしらったブラジャーが顔を出している。柔らかそうな布地の、大きくて丸いカップ。結衣理先生の大きめの胸を守るようにして包み込んでいた。
「………今、達都って、『脱いで』って言った? 先生に」
「うんう………。僕は言わないよっ。………修介が言ったんだ。…………スマホも持ってないのに………」
「…………じゃ………。先生。…………そのままシャツを脱いだら、ブラもはずして、アタシたちにオッパイを見せて」
知絵が呼びかける。さっきの修介と同じように、今の知絵もスマホに話しかけていない。先生に直接呼びかけているのだ。達都は自分の手にあるスマホが汗で濡れるくらい握りしめながら、期待と不安の入り混じった感情を持て余しつつ、事態を見守る。修介も、一言も言葉を発しない。3人の生徒たちが黙って見守るなかで、ただ倉崎結衣理先生だけが、淡々とシャツを脱いでいき、袖から腕を抜き取ると、床にファサッとシャツを落とす。そして、一度、感情のない目でまっすぐ前を見据えると、今度は両手を胸元の下着に手をやり、カップの下の部分に指を入れる。ブラジャーをずらし上げるようにして、先生は下着の役割を奪ってしまう。ボロンとこぼれるように出てきたのは、2つの、大きくて丸くて、とても柔らかそうな女性の膨らみだった。無意識のうちに、達都はハッと息を深く飲み込んでしまう。この中学校の男子たちの間でよく名前が挙がるほど、人気のある美人で可愛らしい先生。1年担任の倉敷結衣理先生の、オッパイを、直接見てしまった。水着や薄手の運動着を隔てて、そのボリュームある膨らみを目で愛でるのではない。無防備な先生のオッパイそのものを、直に見ている。そんな瞬間が来るなんて、これまで妄想はしたことがあっても、現実のこととして想像したことがなかった。
白くて丸いオッパイの周囲には、今までブラジャーをつけていた跡が赤くなっている。その跡を指でさすって消してあげたくて、達都は思わず伸ばしそうになった手を自制する。ピンク色の乳首はそれ自体が小動物の舌か粘膜かのように独特の瑞々しさをたたえていた。結衣理先生が呼吸をするたびに僅かに揺れる、2つの固まりは、重力と戦っているようでもあり、ある部分で重力を受け入れているようでもある。あるいはそれら自身が、達都や修介そして学校中の男に対して、独特の重力を発生させているようにも感じられた。
20秒くらいの間、達都も修介も、一言も言葉を出さずに、目の前に曝け出された先生のオッパイを凝視していた。それは彼らの人生の中でも、特別な20秒に思われた。
「直接制御モードって………。スマホを使わないでも、私たちの言葉に、直接反応してくれるんだ…………。先生、ケンケンパーして。さっきみたいに」
知絵が言うと、ブラジャーを鎖骨のあたりに絡ませたままの姿で、先生がその場でピョコピョコと飛び跳ね始める。
ブルン、ブルン、ブルルン。
ブルン、ブルン、ブルルン。
ブルン、ブルン、ブルン、ブルン、ブルン、ブルン、ブルルン。
先生が跳ねるたびに、肌色の乳輪の真ん中に立つ小ぶりの乳首が上を向いたり下を向いたりする。そして柔らかそうでありながらハッキリと弾力を感じさせる2つの大きな丸みが、ダイナミックに揺れる。
「………すっげぇ………。…………じゃ………あの、先生………」
「ちょっと、修介っ………」
何となく、彼の言いたいことを想像できた達都が、慌てて遮る。
「………その、急に人が来たり、先生に用事が出来たりするかもしれないから………。何かあった時に、すぐ先生を普段通りに戻せるようにしておかないと………」
達都の説明に説得力があったかどうかは、わからない。知絵はしばらく達都と修介の2人を見定めるように見比べた後で、声を出した。
「………だったら、こうしたら良いんじゃない? 結衣理。スカートもストッキングも脱ぎなさい。ショーツは、膝まで下ろすだけ。完全に脱いじゃ駄目。………ブラもそのままにしておきなさいよ。私たちが指示したら30秒以内に服を着て、普段通りの格好に戻れるようにすること………。わかった?」
知絵の口調は、もう生徒が先生に口をきくようなものでは、無くなっていた。彼女の解決策が、達都の心配を解消してくれるのか、まだ疑問だったけれど、達都はそのあと、彼の耳をくすぐった言葉のせいで、懸念など忘れてしまったのだった。
「…………はい………、わかりました………」
それまで、ロボットのように無機質で無感情な目で遠くを見据えていた先生が、知絵に問いかけられると、答えた。その声は単調で、心のこもっていないような響きだったけれど、直後に先生は、スカートのファスナーに手を伸ばすと、チ゛ーィィッとファスナーを開く音を出す。腰元の留め金も外すと、グレーのタイトスカートは彼女の綺麗な太腿からふくらはぎにすがりつくように、撫でるように降りていき、床に着地した。ストッキングに包まれた、先生の花柄のショーツがまた、完全に露出される。その白を基調にした清楚なデザインは、彼女が膝を曲げ、足を上げてストッキングを抜き取っていくと、より鮮明になった。達都と修介が何度も生唾を飲み込みながら見守る中、結衣理先生はストッキングを完全に脱ぎ捨てて、一度、気をつけの姿勢に戻って前方遠くを見据えたあとで、また手を腰元に伸ばし、ショーツのゴム部分に指先を滑り込ませると、ゆっくりとショーツを下ろしていく。白い下腹部を出しながら、先生の下着が腰骨からさらに下へと降りていく途中で、股間のアンダーヘアーの黒がりが布地からはみ出る。外気に晒されてボリュームをましたように見える、先生の黒々としたアンダーヘアーは、密度は薄くても、白い肌とのコントラストでよく目立っていた。
倉敷結衣理先生はショーツを膝の上あたりまで下ろしたところで、両腕を伸ばして体の横に添える。まっすぐ前を向いた姿勢は、朝礼の時などに見せる綺麗な姿勢と同じだ。けれどその恰好は、学校の敷地内で人前に出すような恰好ではなかった。ブラジャーは中途半端に首元まで押し上げられてバストを丸出しにしてしまっている。そしてパンツは完全に脱ぐでもなく、まるで脱ぐ途中で面倒になってやめてしまったかのように膝の上にひっかかっている。それは無防備でだらしがなく、かえっていやらしい雰囲気を掻き立てるような、無造作な恰好だった。あの清純で上品な雰囲気の結衣理先生が、どうしてこんな姿で立っていられるのだろうか。もはや達都は、ナノウイルスの力を1ミリも疑うことが出来なくなっていた。
「…………で………どうする? ………」
知絵がわざとらしく聞いてくる。
「どうって…………、いや、触るでしょ………」
修介は、達都が羨ましくなるほど、素直で欲望に正直だった。
「…………じゃ…………、僕も……………。その、…………デイジー09の………テストとして…………」
達都は言い訳がましく言った後で、少しその、あまりにも見え見えの言い訳の底の浅さを理解して、後悔した。もう、それ以上は何も言わずに、憧れの美人先生の体に近づいて、手を伸ばすことにしたのだった。
<第2話につづく>
永慶の夏、抹茶の夏(冬も有るけどw)
ということで読ませていただきましたでよ~。
今回はナノマシンによる強制操作。操る側に男子だけでなく女子の知絵ちゃんがいることに珍しさを感じていますでよ。
まあ、性格的に男子たちにうざがられて最終的にナノマシンを飲まされる未来が予想(願望)されるわけでぅが。
100%完全支配は仕様上できないというのがなかなか気になるところでぅね。催眠術的というかなんというか。その人の倫理あたりで左右されるとは思うのでぅが、98%でどこまで操れるのかは気になるところでぅね。
結衣理先生がどんなふうに操られていくのか、知絵ちゃんはどうなるのか。次回も楽しみにしていますでよ~。
であ。
半年ぶりです。お待ちしておりましたー。
前作は一人を徹底的に堕とすお話でしたが、今作は結衣理先生だけでは終わらなそう。飲ませる系だと学校中まとめてやれちゃいそうですね。あとは知絵ちゃんと、どちらが先に裏切るか問題。
ただ…中学生が先生にヤバい物飲ませたって事件が現実にも起きてるって知って鬱ですわ。
そういうお話はお話の中だけで楽しみたいものです。