体育教官室の罠 ”晶”

-”晶”-

 裏切られた・・・
 信じていたのに・・・・
 目を閉じると思い浮かぶのはあいつとの情事。
 嬉しそうに震えていた自分が嫌になる。
 これもあいつの手の上なのか。霞を助けようとしたのも無駄なのか。
 剣道場であいつに犯された時、霞は全てを見ていた。
 校舎裏であいつに犯された時、霞が全てを仕込まれた。
 いや、剣道場の時も霞が私に催眠術をかけたんだった。
 ギリと歯を噛みしめる。ベッドの上で膝を抱え込んだ手に力が籠もる。
 眉間に皺が寄り、血管が切れるんじゃないかと思うくらいに血が回る。

 悔しかった。あんな風にされた自分が。
 憎かった。あんな風にしたあいつらが。
 腹立たしかった。感じてしまったのが。

 知らず、頬に涙が伝う。親に聞こえないように声を押し殺してあたしは泣いた。
 それがその日の夜のことだった。

 次の日、学校を休んだ。部屋に鍵をかけて、誰も入れないように籠もる。
 誰にも会いたくなかった。
 否、誰にも会えなかった。自分以外の誰かに会うだけでがくがくと体が震える。
 学校を休もうと思ったわけではない。外に出れなかった。外へ出ようとしても、足が進まない。
 結果、一人で部屋に籠もり、昨夜と同じようにベッドの上で足を抱えるだけだった。
 夕方、コンコンとドアが叩かれる。

「晶、晶。霞ちゃんが来てくれたわよ。いい加減に出てきなさい」

 ビクッ
 お母さんの声に体が震える。霞という単語があたしの心に憎しみを灯す。

「晶。どうしたの? 晶? ここ開けてよ」

 ギリ。
 何であんたはこんなところにいるんだ。あたしにあんな事をしたあんたが。
 既にあたしを裏切っている霞がまだ友達面しているのが腹立たしかった。
 聞きたくもない声が何度も聞こえてくる。
 どんどんと耳障りな音が響き、あたしの神経を逆なでした。

「晶? 晶?」

 いい加減にしろ!!
 すぐ近くにあった枕をドアに叩きつける。
 ドガンと盛大な音が響き、霞のノックが止む。

「晶っ、その態度は何!」

 がちゃがちゃとお母さんがノブを動かすが、鍵をかけているのでそのドアが開くことはない。

「晶、ここを開けなさいっ!!」

 ドンドンと耳障りなノックが響く。ぎゅっと膝を抱える力を強くした。
 何度も聞こえるノック。それが不意に止まる。
 霞とお母さんが何かを喋っている。やがて、足音が遠ざかっていった。

 その夜、ドア越しにお母さんに怒られた。
 何度も何度も霞に謝れと怒られた。だけど、その言葉は逆にあたしの神経を逆なでする。
 やられたのはあたしだ。裏切られたのはあたしだ。酷いことをされたのはあたしなのになんで謝らなければならないのか。
 聞いてるの! と叫ぶお母さんの声にあたしは眉間に皺を寄せて、ドアを睨むだけだった。

 その翌日も学校を休む。お母さんが部屋の前に置いてくれているご飯を取るのにも、トイレに行くのにも外を探らなければならない。お母さんだろうと今は人に会うだけで怖い。
 トイレに行く時に部屋の外へ出るのにも、足ががくがく震えて心が捕まれるように恐怖につぶされそうになった。

 夕方、またもドアが叩かれる。
 ピキという音が聞こえるくらいにあたしの顔が凍った。
 また来たのかという思いが頭を駆けめぐる。

「晶、晶! ほら、出てきなさい。金子先生が来てくださったんだよ。いい加減に出てきなさい」

 お母さんの言葉。その言葉に顔をがばっと上げる。
 先生? 先生が来てくれたの?
 先生・・・・

「綾瀬! 私、金子。あんた、いい年してなにやってんの。こんなのは義務教育中の子供のやる事よ。話聞いてあげるから出てきなさい!」

 ビクンッ
 先生の声にあたしの体が震える。先生のせいじゃない。あたしが勝手に震えているだけだ。
 だけど―――怖い。
 霞に裏切られた恐怖があたしの体を竦ませる。
 先生に縋りたい。先生に助けて欲しい。先生ならば信じられる―――

「先生・・・・?」
「そうよ、私」

 あたしの声に先生が応える。
 先生―――

「なんで・・・・・?」
「話を聞きに来た。何で休んでるのか、教えてよ」

 ビクン。
 その言葉に体が震える。頭の中に数日前の事がフラッシュバックする。
 
「・・・・・・・・・・・・」

 がくがくと体が震える。じわじわと脂汗が染み出し、恐怖があたしを埋め尽くす。
 先生は助けてくれるのだろうか? いや、あたしを助けてくれるのは先生しかいない。
 お母さんは何も知らない。霞には裏切られている。もう頼れるのは先生だけだった。
 ベッドから降りてドアへと進む。震える手を鍵へとかける。

「・・・・先生だけはいって」

 そのままどれだけいただろう。やっとの思いで言葉を紡ぐと、震えるまま鍵を開く。
 そして、再びベッドへ戻ろうと部屋を歩く。
 カチャという音。続いて空気が動く。明るい光が暗い部屋へと差し込んでくる。
 ドアをちらりと見る。逆光に眼を細めつつも、そこに先生がいるのを確認した。
 あれ以来の自分以外の人間。その姿に心臓が縮みそうになる。がくがくと体が震えるのを感じながらベッドへ上がり、膝を抱える。そしてそのまま先生を見ていた。
 先生はしばらくその場に立っていたが、あたしの机から椅子を引き出すと背もたれを前にして座る。
 先生が目の前にいる。それだけでもあたしに安心感が広がっていく。あまりの嬉しさに二の句が継げず、何も言えないまま時間がたつ。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・なんで」

 長々しく続く沈黙。それを先生が打ち破る。その声に顔を上げ先生を見る。

「なんで、学校休んでんの?」

 ドクン!
 その言葉に心臓が高鳴る。頭の中に恐怖が染み渡り、体が震える。先生に責められているようであたしの体が竦む。

「天音にもあたしにも言えないことなの?」

 先生の言葉。その言葉に何もかも言ってしまいたくなる。
 だが言えない。何度も何度も口にしようとするが、その都度言葉が喉で詰まる。
 くっと悔しさを押し込める。何も言えない。言うことができない。
 既に自分の体すら自分でコントロールすることができない自分。そんな自分の体を思うがままに動かすあいつ。あいつへの恐怖、自分への怒りがこみ上げるがどうすることもできない。

「・・・・ごめんなさい」

 辛うじて、それだけを先生に言う。先生はふぅとため息をつくと今度は質問を変えた。

「ねえ、学校には行きたい? 行きたくない?」
「・・・・・」

 その言葉にさっきとは違う映像が頭を駆けめぐる。
 霞と馬鹿をやっていたあの時。無謀にも先生に挑んだ日。あっさりと負けたあとに見た夕焼け。テストに頭を悩ませたあの日。体育祭で徒競走に全力を出し切ったこともある。文化祭でクラス一丸となったこともある。
 学校での楽しい思い出があたしの中を駆けめぐり、ドクンドクンと心臓を動かす。
 込み上げてくる思いに膝を抱え、そして、嗚咽が混じったその声を何とかひねり出した。

「・・・・・・行きたい、行きたいです・・・・先生にも色々教えてもらいたいし・・・・」

 だけど。
 だけど。
 だけど。
 ドクンと心臓がなる。
 縮み上がる体を何とか押さえて、先生をみる。

「でも、怖くて。行けないんです。学校に行くのが、外に出るのが、人に会うのが怖い・・・」

 かたかたと体が震える。あの先生を見ているだけでもあたしの心が震えていく。
 どうしようもない恐怖があたしの心を押し潰していく。
 そして、自分の殻に籠もろうとして、先生に抑えられた。先生は呆然としたままのあたしの顔を拭き、ぎしっと言う音を立ててベッドへと座る。

「怖い・・・・か。ね、暗示をいれてあげようか? 綾瀬が怖くなくなるように」

 ビクッ
 暗示。
 その言葉に体が震える。
 怖い。この間植え付けられた恐怖が体を駆けめぐっている。
 恐怖に震えながら先生を見る。どう? という優しい瞳。その瞳に先生の気持ちを見る。
 先生。先生なら・・・という気持ちがわき出てくる。
 あたしに催眠術を教えてくれた先生。先生ならば信じられる。先生にならば委ねられる。怖いけれど、先生にならば催眠術をかけられても安心できる。
 未だ恐怖に震える体。その体を無理矢理押さえつけて、あたしは首を縦に振った。

「よろしく・・・・お願いします・・・」

 先生はうんと頷くと、あたしに身を寄せる。

「さあ、深呼吸して・・・すう・・・・はぁ・・・・・」

 はぁ・・・・すぅ・・・・・
 言われたとおりに深呼吸をする。先生からだけでなく、自分からも催眠に入るようにする。

「目を閉じると綾瀬はすっと催眠に入っていく。ほら、すうっと力が抜けて何も考えられなくなる。気持ちいい。怖いことなんか何もないよ」

 目を閉じて、体の力を抜く。既に頭は真っ白になり、何も考えられなくなる。
 体を先生にもたれかけさせると、先生があたしの体を抱きしめてくれているのがわかる。

「さあ、静かにしているととても気持ちいいね。ずっとこのままでいたい。怖いことなんて何もない。いつでもこの気持ちを思い出せるよ」

 先生の言葉があたしに染みこみ、安心感が広がる。春の日差しの中、草原で昼寝をしているよう。適度な暖かさ、さわやかな風があたしを駆けめぐる感じが広がる。
 ずっとこうしていたいと心の底から思う。

「綾瀬が怖いと思ったら、目を閉じて。そうすれば、いつでも今の気持ちを思い出せる。怖いことなんて何もない。学校へ行くことも、外へ出ることも、人に会うことも怖いことなんてないんだよ。言ってごらん。怖くない」
「こ・・わく・・・な・・・い」

 目を閉じれば怖くない。目を閉じれば、いつでもこの気持ちよさを思い出せる。だから怖くない。
 先生の言葉を繰り返す。その言葉はあたしの全身へと広がっていく。

「そう、何も怖いことはない。目を閉じればいつでもこの気持ちいい気持ちを思い出せる。それを覚えておいてね」

 すっと頭に気持ちいい感覚が走る。なんだか遠い昔に感じたような嬉しさが込み上げてくる。

「じゃあ、三つ数えると綾瀬はとてもいい気持ちで目が覚める。催眠状態の時に私が言ったことも全て覚えていて、必ずそうなるよ。一つ、二つ、三つ! ほら、気持ちよく目が覚めた」

 不意に体が動かされる。それで意識を取り戻し、あたしは目を開いた。
 だけど頭ははっきりしない。少しの間そのままでいて、あたしは自分の状況に気がついた。

「あっ、先生っ」

 すぐ近くに先生の顔。急に気恥ずかしくなって、飛びすさるという表現がぴったりという勢いで先生から離れた。
 先生はそんな面白いあたしの行動を優しそうな瞳で見ていた。にこりと子供を安心させる様に笑う。

「これで大丈夫。怖いことなんてないよ。覚えてるでしょ? 怖くなったら目を閉じればいいんだよ」

 先生は立ち上がると紐に手を伸ばし蛍光灯をつける。唐突に明るくなった部屋に目が眩み、眼を細めながらも先生を見た。
 先生も眼を細めてあたしを見ていた。

「じゃ、あたしはこれで帰るから。明日はちゃんと来なさいよ」 
「はい、ありがとうございました。明日、行けるようなら行ってみます」

 先生の声。その声に応える。
 先生のことを信じられないわけがない。だから、明日はきっと行ける。

「うん、待ってるよ」

 あたしの返事に先生は嬉しそうに笑った。そして、部屋を出て行く先生を見送って、その先にいるお母さんを見る。
 ドクン。ドクン。
 恐怖が走る。
 お母さんの姿にかたかたと体が震える。
 大丈夫。怖くない。
 目を閉じて呪文のように心でつぶやく。
 怖くない、怖くない。そう、気持ちいい。
 何とか心を落ち着けて、お母さんに向かった。お母さんはそれだけでも嬉しかったようで、ほっとした感じが見て取れた。

 翌日、いつもの時間に目を覚ます。
 朝ご飯とお弁当を自分で用意して、ご飯を食べる。制服に着替えて、身だしなみを確認すると玄関に立つ。
 ドクン、ドクン。
 重い岩の壁がそこにある。そこは通行止めとばかりに立ちはだかる。開かないんじゃないかと思うくらいの岩の壁。
 違う、そんなモノはここにはない。
 ぐっとドアノブを掴みひねる。だが、足は進まず、その重い扉は全く動かない。
 違う、体が動かないだけだ。
 目を閉じる。すると、嘘のように心が軽くなっていく。
 ぐっとドアを押して開ける。先程までの重さが嘘のようにドアは開いて、あたしは外へと踏み出した。
 朝練の時間帯なので朝早く、この時間に登校する生徒はほとんどいない。だが、それは学生に限った話で、自動車や自転車、サラリーマンなどの通勤者はちらほら見える。
 その姿にびくっと震え、その音にがくがくと体が竦む。そして、すぐに動けなくなる。
 怖い、恐い、こわい。
 まわりが怖い、他人が恐い、自分以外の全てがこわい。
 ふらふらと道路標識に寄りかかり、深呼吸する。
 怖ければ目を閉じればいい。
 先生の言葉に従い、目を閉じる。
 そうして、気を落ち着けては前へ進み、そして再び目を閉じる。
 それをどれだけ繰り返しただろうか? 登校にいつもの倍以上の時間がかかり、家からそう遠くない距離にある学校へ着く頃には早めに登校する生徒達が既にいた。
 正門を通り、昇降口へと進んでいく。

「晶!」

 ビクンッ!!
 唐突に声をかけられる。友人の少ないあたしに話しかけてくる相手なんて一人しかいない。

「霞・・・・」

 振り向いて霞を見る。その顔はにこにこと微笑み、のほほんとしていた。

「そんな怖い顔しないでよ。ここは学校よ?」
「その学校であんなことさせたのはどこの誰よ」

 霞への怒りが募る。知らず力が入り、ギリと歯が鳴った。
 そんなあたしの怒りを霞はにこにこと受け流す。
 霞はそのままあたしへと近づき、耳元で囁いた。

「大丈夫。今は何もしないわよ。誓ってもいい」
「勝手にしなさい」

 何が誓うよ。そんな誰に誓っているかもわからない事を信じられるわけがない。
 精一杯の虚勢で霞に向かって吐き捨てると、目を閉じてから昇降口へと歩いていった。
 ため息ののち、待ちなさいよーと聞こえてくる霞の声は聞き流した。

「やあああああーーーっ!!」

 パーンッ!!
 乾いた竹刀の音と部員達の気合いの声が道場に響く。その中であたしは一人、目を閉じていた。
 無断で休んでしまったという自分へのけじめと、それ以上にみんなが怖かった。
 静かに。心を落ち着ける。
 とくん、とくんと自分の心臓の音が耳に届く。目を閉じていると先生の言うとおりに気持ちよくなっていく。
 みんなに竦んでしまう自分の心から恐怖が零れおちていく。
 今日はずっと目を閉じっぱなしだ。授業中、昼休み。あたしに話しかけてくるような人はほとんどいないが、その場にいるだけであたしは脂汗が滲み出るくらいの恐怖を感じる。
 そのために常に目を閉じていたのだった。
 とくん、とくん。
 静かに、自分の心を落ち着ける。
 はぁ・・・・・すぅ・・・・

「やってるねー」

 先生の声が入ってくる。響いていた竹刀の音や気合いの声がぴたりと止み、その代わりに先生の声が響く。

「そのままでいいから聞いて。今日は軽く流して終わり。綾瀬も出て来たことだし、明日からがんがんやるよ」

 一拍置いて、あたしへと声が向けられる。
 
「綾瀬、聞こえてるだろ。ちょっと教官室まで来な。他の者は素振り100! 終わった者からあがってよし。戸締まりは後であたしがやるからそのままでよし!」

 はい! という部員達の合唱。そしてブンッブンッという素振り音が響き始めた。
 ・・・・よし。
 心を落ち着けて、すっと目を開く。竹刀をそのままに体育教官室へと向かった。
 階段を上がり、体育教官室へと行く。体育教官室のドアを開いたまま、先生は立ち止まっていた。

「先生?」

 どうしたのだろう?
 だけど、あたしの質問の答えは全く返ってこなかった。

「ごめん・・・・綾瀬」
「え?」

 突然、先生に抱きしめられる。ビクンと体が震え、そして先生の突然の行動に動揺を隠せない。

「せ、せんせっ!?」
「眠りなさい、晶・・・」
「え・・・あ・・・・」

 なんで、先生がその言葉・・・・
 吹き込まれる言葉。
 なんで・・・・
 薄れていく意識。
 な・・・
 閉じていく視界。
 せん・・・・せい・・・・
 何がなんだかわからないまま、あたしは絶望へと堕ちていった。

 何も見えない・・・・
 何も聞こえない・・・・
 何も考えられない・・・・

 静かでなにも感じない世界。
 その何もない世界であたしは延々と惚けていた。
 何も考えられずに惚けているあたしの世界。そこに言葉が響き渡る。

「さあ、三つ数えると綾瀬の意識は元に戻る。だけど、催眠状態はそのままだ。見ることも聞くこともしゃべることも考えることもできるけど、綾瀬の体は私と霞の言うとおりにしか動かない。そして、今、私が言ったことを綾瀬は覚えていないけど、必ずそうなる」

 見ることも・・・聞くことも・・・喋ることも・・・・できる・・・・
 だけど・・・からだは・・・・うご・・・かない・・・・
 考えられないまま、響いてきた言葉を繰り返す。

 見ることも・・・聞くことも・・・喋ることも・・・・できる・・・・
 だけど・・・からだは・・・・うご・・・かない・・・・

 見ることも・・・聞くことも・・・喋ることも・・・・できる・・・・
 だけど・・・からだは・・・・うご・・・かない・・・・

 見ることも・・・聞くことも・・・喋ることも・・・・できる・・・・
 だけど・・・からだは・・・・うご・・・かない・・・・

 何度も何度も繰り返す。そのうちに言葉はルールとなってあたしの中へ定着していく。

 見ることも・・・聞くことも・・・喋ることも・・・・できる・・・・
 だけど・・・からだは・・・・うご・・・かない・・・・

 一つ、二つ、三つ。
 何かが耳に届き、あたしの意識はこの世界から引き上げられる。
 視界が戻り、ボウッとした頭に酸素が取り入れられていく。
 いつもの教官室。なにやら水っぽい音が響いている。
 あたし・・・なんで・・・・
 先生に呼ばれて・・・・

「・・・・あ・・・れ? せん・・・せ・・・」
「ようやくお目覚め? 晶」
「っ、霞!? それにあんたっ!」

 横から霞の声。そして正面にあの男。にやにやとこちらを見ている。
 霞の声にびっくりして飛び退こうとしたのに体が動かない。既に体の自由を奪われていた。

「よお、綾瀬。気分はどうだ?」

 その瞳、その表情に悪寒を感じる。必死に虚勢を張り、目の前の男に声高に叫ぶ。

「何であんたがここにいるのよ!! ここは体育教官室よ!」
「何だっていいだろ。大事なのは俺がここにいる理由じゃない。これから綾瀬がどうなるか、だ。まあ、こうなるわけだが」
「うっ・・・ふっ・・・・」

 にやにやと笑ったままの男。目の前の男が顎で自らの目の前を示す。そこで何かがもぞもぞと動いている。
 何か?
 え・・・?
 見慣れた胴衣。
 うそ・・・・・
 水音で聞き取りにくくなっているが聞き間違えようのないあの声。
 そんな・・・・・
 なにより見間違えるなんてあり得ないその後ろ姿。
 なんで・・・・・
 あいつの足下で動いているのは間違いなく先生だった。

「せ、先生っ!!」
「綾・・・瀬・・・っ」

 あたしの声に先生が震える。一瞬、水音が止まるが、すぐに響き始める。先生の頭が動くのに併せて、水音が響く。
 嘘だ。先生がそんなことをするなんて!

「先生っ! 先生っ!!」
「・・・・・」

 呼びかけてみるものの先生からの返事はない。

「っ!!」

 にやにやとこちらを見ているあいつが目に入る。
 お前か・・・っ
 ぎりぎりと噛みしめる歯に力が入る。

「あんたっ・・・・先生にまでっ・・・・」

 全力であいつを睨む。今のあたしにはそれしかできない。
 もちろん、それを知っているんだろう。目の前のあいつは余裕綽々だった。

「だったらどうする?」
「絶対に許さない・・・あんたを絶対に殺してやる!!」
「そんな状態で何ができるんだ?」

 にやにやとあたしを見てククッと嗤う。
 許さない・・・・許せない・・・・
 沸々どころではなく、ぼこぼこと怒りが沸いてでる。
 だが、体が動かない今のあたしにはどうすることもできない。
 体さえ動けば、その場でこいつを殴り倒すのに。いや、視線だけで殺せるのなら殺しているだろう。

「それに、最後までそんなことを言ってられるか、なっ」

 先生っ!!
 あいつの精子が先生にかけられる。
 先生・・・・どうして・・・・どうしてよけないの・・・・・どうして、そんなことをするの・・・

「さあ、先生。ここに座って。綾瀬にオナニーを見せてあげてください」

 告げられるあいつの言葉。その言葉に先生の体がかたかたと震えているのが見える。

「先生っ!! やめてくださいっ!!」

 唯一自由になる口で、あたしは叫ぶ。だけど、そんな叫びはこの部屋の誰にも届かなかった。

「さ、どうぞ」

 あいつが立ち上がり、今まで座っていたところを先生に譲る。先生はふらふらと立ち上がるとその自分の椅子に座った。

「先生っ!?」

 どうして。
 そんな。
 先生の手が胴衣の上を這っていく。くねくねと先生の体が動き、先生の体、そして先生の手が蛇のようだ。
 やめてください。
 そんな先生は見たくない。

「だめよ、晶。ちゃんと先生を見なくちゃ・・・ほら、晶は先生から目を離せなくなる・・・」

 かすみっ!?
 顔を背けようとするあたしの顔を霞が押さえて、先生へと向けていく。
 そして、霞の言葉はあたしの中へと染みこんでいき、あたしは先生から目を逸らすことができなくなった。

「か、かすみぃぃぃ」

 今のあたしは先生から眼を離せないが、すぐ近くに霞がいるのはわかっている。
 ギッと歯を噛みしめて、霞へと呪詛を吐いた。
 ふふっと嗤い、霞はあたしにさらに言葉を重ねていく。

「ほら、よく見て。晶の感覚は先生に移っちゃった。だから、晶は先生が感じるとおりに感じてしまう。先生が気持ちいいと晶も気持ちよくなっちゃうんだよ」
「かすっ・・っ!」

 ビクンッ!!
 突然の感覚。
 その感覚に霞へと言おうとした言葉が途切れる。
 先生の手が自らの胸を押し開いていた。その開かれた合わせから、先生のブラジャーが抜き取り、更に胸をいじる。

 ビクビクッ!!

 くぅ・・・・
 胸から快感がわいてくる。その感覚に動かない体が前のめりになる。
 胸を引き、快感に耐えようと体がもだえる。
 だけど、顔は相変わらず先生を向いたままで先生から目を逸らすことができない。
 先生っ。
 先生っ!
 やめてくださいっ!!

「先っ・・生ぇっ・・・! やめてっ・・・くだっ・・・・さいっ・・・」

 体を疾る刺激に声が切れ切れになる。
 先生、先生。そんなことしないでください!
 先生の指が胸を変形させる。揉まれているような感覚があたしに走る。
 胸から頭へと伝わる快感があたしの頭をじわじわと焙っていく。

「くぅ・・・っ。せんせぇ・・・」
「綾・・・瀬・・・・」

 伝わる刺激。ビクンと体が跳ねる。
 いやだ。
 先生の指がピンと乳首を弾く。瞬間、あたしの乳首に痛みにも似た刺激が疾る。
 こんな。
 ビクンと体が震える。先生に弄られているように思える。
 やめて。
 ハァッと息が漏れる。それはびっくりするほど熱が籠もっていた。

「ほら、先生。上だけじゃ満足できないでしょう? 下も刺激しないと」
「・・・・っ!!」

 あいつの声。
 先生はあいつを振り向くが、先生の体はあいつに従う。
 そんな・・・・・
 袴の裾を持ち上げて、あたしに見えるように指を這わす。
 やめてください・・・・
 瞬間、信じられない刺激があたしを突き抜けた。

「ぅああぁっ!!」

 逃げたくなるような感覚に体が前のめりになる。だけど、顔は先生を見続ける。
 先生の指が膣を刺激する。
 とんでもない感覚があたしを突き抜け、あたしの腰がびくびくと震える。
 その感覚は頭へと飛び火し、さっきから頭を焙っていた炎が急速に燃え上がる。
 熱にうかされるような感覚。ズキズキとした痛みがあたしを襲う。

「せん・・・・せぇ・・・・」
「綾・・・瀬ぇ・・・・みないっ・・・でぇ・・・・・」

 弱々しく漏れる先生の声。
 先生・・・先生っ
 刺激が疾る体はぞくぞくと震え、ひくひくと膣がわななく。
 そんな声・・・・ださないで・・・・
 憧れの先生の痴態。その姿から目を逸らしたいのに逸らすことができない。
 つつと動かされる先生の指。
 何度も味わわされた感覚が徐々にあたしを犯していく。
 いやだ。
 無理矢理イカされるなんて嫌だ。
 朦朧とする意識。その中で一つの意志だけを強く思う。

「せんせぇ・・・・やめて・・・・くだっ・・・さいぃ・・・」

 その意志を言葉にする。
 突然、伝わってくる刺激が止まった。
 ドクドクと大きな音を立てて、心臓が血液を送る。ハアハアと息を整える。
 朦朧とする意識が徐々に鮮明になっていく。先生を見るとそのとなりにあの男が立っていた。
 にやにやと嗤いながらあたしを見る。
 見られている。もだえている自分を見られた。

「どうした? 綾瀬。もっといじって欲しかったか?」
「そんな・・・わけっ・・・ないっ・・・・でしょっ・・・!!」

 びくんびくんと震える体。快感に高まったまま体は刺激を失っていく。
 快感で震え、わき上がる衝動に声が途切れた。
 体に残る快感の因子はじわじわとあたしを焦がしていく。その感覚を意志でねじ伏せるとにやにやとあたしを眺めるあいつ。その姿をにらみ返す。
 あいつはあたしを見てハッと嘲った。

「そんな格好で言われても、微塵も説得力がないぜ。まあいい。じゃあ、やめてやるよ。霞」
「がんばったね晶。晶の感覚は先生から晶へと戻った。だから、先生がどうなっても晶は何も感じないよ」

 あいつの言葉に従って、霞があたしの暗示を解く。
 それを確認すると、あいつは先生に言葉を重ねた。

「先生。今から指を鳴らすと先生はイッてしまう。どうしようもなく気持ちよくて、先生はその快感に流されてしまうんですよ」

 言って、あいつは右手を挙げる。
 え・・・・あ!
 その意味を理解するのにかかった一瞬の空白。その一瞬が何より遅く、あたしが声を出すより早くその音が教官室に響く。
 パチン。

「っ・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「先生っ!!」

 瞬間、先生の体が跳ね上がる。大きく胸を反らして体を震わせる。がたんと音を立てて先生が椅子から転げ落ちる。転げ落ちてもビクンビクンと体を震わせ、熱い吐息、甘い悦楽の声を吐き続ける。
 先生・・・・・
 くねくねと体を震わせる。既に意識はないのか、その瞳は焦点が合っておらず、その口からは涎が垂れ流れている。
 先生・・・・・

「・・・・先生」

 思わず声がでた。
 先生はあたしの声が届いていないのか体を震わせている。
 はぁぁと熱い吐息が漏れ、先生の全身から甘い香りが発せられる。
 憧れの人の悶える姿にごくっと唾を飲み込んだ。

「欲しくなったんじゃないか?」
「っ・・・そんなわけないでしょっ!!」

 唐突にかけられるあいつの言葉。
 その言葉を口では否定する。だが、頭の片隅ではその言葉を肯定していた。
 ドクン。
 心臓が鳴る。快感の因子は未だあたしの中に残り、頭を焦がし続けていた。

「その割には金子先生に見入ってたみたいだけど?」
「っ・・・・」

 あいつの言葉に図星を突かれる。
 答えに詰まるあたしをあいつは笑い、先生に声をかける。

「先生。起きてください。まだまだこれからですよ」
「う・・・・・」

 気がついたのか、先生は呻き声を上げて体を起こす。
 その姿にほっと安堵をつく間もなく、絶望は襲いかかってくる。

「さあ、先生。先生の方法で綾瀬を堕としてください。僕に服従するように」

 その言葉に固まったのはあたしと先生。
 だけど、先生はすぐに行動を開始した。
 立ち上がり、先生はあたしへと歩いてくる。
 うそ・・・・せん・・・・せい・・・・
 胸は開かれたまま。先生の顔に付着した精子がつうっと頬に垂れる。
 うそ・・・・ですよね・・・・
 先生の顔は泣きそうで絶望に支配されている。

「せ、先生・・」

 弱々しく漏れる声。
 目の前には憧れの人が立っている。
 その人にもっとも似つかわしくない表情をしていた。

「先生・・・嘘・・・ですよね」

 声が震える。
 目の前の事実を否定したかった。
 先生。
 初めて見たのは小学生の時、インターハイに連れて行かれてそこで先生を見た。
 先生。
 準決勝で惜しくも負けてしまったが、その姿はあたしの心に焼き付き、あんな人になりたいと幼い心で思った。

「冗談・・・なんですよね・・? そう言ってくださいっ!! 冗談って!! ・・・言って・・・くだ・・さい」

 まくし立てる。
 この学校に入った時、先生がいるのを知って感動した。
 あの時と全然変わらないその姿。その姿は成長してなお、あたしの目標であり続けた。
 そんな先生があいつに服従している。
 そんなことは信じられない。信じたくない。
 冗談だとそう言って欲しかった。

「さあ、綾瀬・・・よく聞いて。ごめん。これから三つ数えるとあなたの体はとても敏感になる。ごめんなさい。どこを触られても気持ちよくて仕方がなくなる。ごめんなさい、綾瀬。でも、綾瀬はどうしてもイク事が出来ない。わかったね。ごめん・・・一つ、二つ、三つ」

 夢なら醒めて欲しい。夢であって欲しい。
 だけど、先生の体はあたしに言葉を重ねていく。先生の瞳からも涙が零れ、ごめんごめんと壊れたレコーダーのように言葉を漏らす。
 先生の意志とは裏腹に先生の口は三つ数え、手を叩いた。
 瞬間、あたしの体に得も言われぬ衝動が走る。いや、これはさっきから感じている。
 ぞく、と体が震える。空気の流れが敏感になった肌に刺激を与えた。その刺激はさっきからあたしを焦がしていた熱を強くする。

「先・・生・・・」
「天音」

 あたしの声を聞き流して、先生は霞へと声をかける。その表情は見えない。
 すぐ近くで霞が「はい」と答えるのが聞こえた。

「あーきらっ♪」

 ビクッ
 突然霞に抱きつかれた。
 それだけであたしの体にすごい快感が走る。
 危うく声が漏れそうになるのを何とか堪えた。
 ぞくぞくと震える中、意志を総動員して抱きついてきた霞を睨む。

「霞ぃ・・・んっ」

 霞はあたしの顔を押さえ、唇を重ねる。

『キスをされると身体が疼いて仕方なくなってくるよ。晶がどんなにいやがっても身体はとても感じてしまうの』

 霞の声が頭に響く。
 ズンとあたしを襲う刺激が強くなる。
 霞の舌が伸びてきて、歯茎を舐める。あたしに口を開くように要求する。
 いやだ。
 そんなことはしない。
 意志の力を込めて、ぎゅっと眼と口を閉じる。
 だけど、耳元で囁かれる先生の言葉にそんな抵抗は無駄だった。
 
「綾瀬・・・口を・・・開いて・・・」
「ん゛~~~~~」

 先生の言葉に従って、あたしは口を開いてしまう。入ってくる霞の舌。
 いやっ
 振り解きたくても体が動かない。霞の舌があたしの中をかき回す。
 その度に頭の中がチカチカと明滅を繰り返す。快感が波のように襲ってくる。
 だめぇ・・・
 霞の指が胸を這う。霞が触ったところが例外なく気持ちいい。さっきまであたしを焦がしていた因子は再び炎となり、あたしの頭を焼き始める。
 霞のからかうような視線。その視線が「淫乱だね」と言っている。
 違う、あたしは淫乱なんかじゃない。
 ちがう、あたしはいんらんなんかじゃない。
 その視線から逃れるように目をつぶる。
 えぁっ!?
 ブラジャーを押し上げられる。ブラジャーが胸を擦り、その刺激があたしを貫く。そして、その刺激に悶える間もなく、さらなる刺激が胸から伝わってきた。

「っ!!!」

 呼吸が止まる。筋肉が勝手に縮み、ぎゅっと毛穴が収縮する。
 衝動が体を突き上げる。ひくひくと何度も感じた感覚が体を走る。
 いやだ。

「っ、あ゛あ゛あ゛ぅ!」

 霞が口から耳へとターゲットを移す。何とも言えない感覚が耳からも疾り、喉がつぶれそうな叫びがあたしからでる。
 ふんと漏れる息は誰のモノか。あたし? それとも霞?

「ああぅっ!!」

 するりと霞の指が袴の中へと入ってくる。
 くちゅりという音があたしの叫びに混ざる。
 ここに来て鋭角的な刺激があたしを襲う。神経を直接触られたかのような感覚。頭がどうにかなりそうだった。
 やめて。
 頭の中を掻き乱されて、何も考えられなくなる。

「ほら・・・晶のここ、とても濡れてる。いやらしいね晶は」

 違う!
 あたしはそんなんじゃない!
 ぎゅっと目をつぶり、首を振ることで霞の言葉を否定する。
 口を開くと喘ぎが漏れてしまいそうだった。
 ビクンビクンと体が跳ねて、ひくひくと膣が蠢く。
 伝わってくる刺激が頭を真っ白に塗りつぶしていく。

「ふふ。晶。もっともっと感じていいんだよ。ほら、晶のここも欲しいって言ってる」
「っぁ!!」

 ビクンッ!!
 内部からの感覚。その感覚があたしの全身を反り返させる。
 目も口も閉じていることができずに開いてしまう。涙と涎が頬を伝う。その感覚すら甘美に変わる。
 イヤだ・・・
 こんなの・・・・いやだ。
 
「綾瀬・・・・イキ・・・たい?」

 先生の声。
 せんせい・・・・
 そんなこと・・・・いわないで・・・
 その声を必死に否定する。
 イキたくなんかない、イカされたくなんか・・・・ない。
 次の瞬間、あたしをとんでもない感覚が襲った。

「ーーーーっ!!!」

 頭が真っ白に染め上げられる。
 何がなんだかわからなくなる。
 びりびりとした刺激があたしを崩していく。
 何も考えられなくなるあたしをさらなる刺激が現実へと引き戻し、更に何も考えられなくしていく。
 だけど、あたしはあるはずのそれ以上にいくことができず、ずっとこの刺激を受け続ける。
 もっと・・・もっと・・・・

「天音」

 っ・・・
 あ・・・・
 あれ・・・?
 唐突に刺激が止む。
 どうして・・・
 疑問が頭を掠める。それはどういう意味だったのか。

「どうしたの晶? 気持ちよくして欲しい?」
「っ・・・」

 霞の声に我に返る。
 あたしは何を思ったのか?
 何を思っていたのか?
 自分へと問いただす。
 そんなことはない。
 半ば無理矢理自分を納得させて霞を睨む。

「綾瀬、気持ち・・・よくなっても・・・いいん・・だよ。一緒に・・・気持ち・・・よくなろう?」

 先生の声。その言葉に泣きそうになる。
 せんせい・・・・
 目の前には先生の姿。その手があたしの帯へと伸びる。 
 しゅるりという衣擦れの音。帯が解かれて袴がおろされる。

「先生っ!?」

 やめてくださいっ!!
 そんなあたしの思いは全く届かず、先生は胴衣の紐を解いていく。

「先生っ!!」
「綾瀬・・・・気持ちよくなっても・・・・いいんだよ。一緒に・・・気持ちよく・・・なろう」

 叫ぶ。
 だけど、先生はそんなあたしの声を聞いてない。
 ぐっと、顔を向けられた。
 目の前には先生の顔。その瞳は茫洋として、表情は淫蕩としていた。
 そして、その頬にはあいつの精子が未だもってこびりついている。

「先・・・・生・・・・」
「ん・・・・」

 先生の顔が近づく。
 やめてください。
 その壮絶な貌に戦慄する。
 目を逸らせない。
 やめて・・・
 唇が重なる。

『キスをされると身体が疼いて仕方なくなってくるよ。晶がどんなにいやがっても身体はとても感じてしまうの』

 霞の言葉が再び響いた。
 ドクンと胸が打ち鳴らされる。
 やめ・・・
 ビクン。
 唇から快感が流れて、頭を朦朧とさせる。
 それだけでイッてしまいそうだった。
 せん・・・・・せい・・・
 しかし、それ以上はどうしてもいけない。
 延々と繰り返されるお預けに気が狂ってしまいそうだ。
 もっと・・・・いき・・・たい・・・・・

「あやせ・・・・気持ちよくなってもいいんだよ・・・・。一緒に・・・・気持ちよくなろう?」
「先生・・・気持ちよく・・・なって・・・・いいんですか?」

 先生の甘美な誘惑。
 気持ちよくなってもいいの・・・・?
 せんせい・・・・きもち・・・・よくなって・・・・いいんですか・・・・?
 だったら・・・・きもちよく・・・なりたい。

「そう、気持ちよくなっていいんだよ。・・・・ごめん・・・・。一緒に気持ちよくなろう。・・・・ごめんね、綾瀬」

 もう一度先生とキスをする。
 気持ちよくなりたい・・・・
 せんせい・・・・
 舌を伸ばして、先生と快楽を共有する。
 もっと・・・もっと・・・・
 ぴちゃぴちゃと音を鳴らし、気持ちよくしてもらおうと体を動かす。だけど、うまく体は動かず、快感を得ることができない。
 もっとぉ・・・きもちよくしてぇ・・・・
 脳髄をそのままかき回されるような感覚。それに翻弄され、考える事なんてできなくなる。
 先生から流し込まれる唾液。甘いそれを受け取ってごくんと飲み込む。
 あぁ・・・・・
 先生の唇が離れていく。
 もっと、気持ちよくして・・・・・イカせてくださいぃ・・・・

「せんせぇ・・・・きもちよく・・・してくださいぃ・・・・もっとぉ・・もっときもちよくなりたぃ・・・いかせてぇ・・・・せんせぇ・・・」

 びくびくと体が震える。
 ハアハアと息が漏れる。
 ひくひくと膣が蠢く。
 全身が快感を求めて震える。
 もう何も考えることができなかった。

「そう・・・なら・・・彼にお願いしなさい。・・・ごめん・・・。彼にセックスしてもらえば・・・・ごめん・・・・綾瀬はとても・・・・きもちよく・・・なる。・・・・ごめん・・・彼にして・・・もらえば・・・綾瀬は・・・イクことが・・・・ごめんっ・・・できる・・・・」

 先生が言う。
 それでもいい。
 誰でもいい。
 気持ちよくして欲しい。
 イカせてほしい。

「次に晶がイッた時に・・・・ごめん・・・最初に見た男の人を・・・晶は好きで・・たまらなく・・・なる・・・ごめんなさい・・それが・・今まで・・・大嫌いに・・思っていた・・・相手だと・・ごめん・・・しても・・・」
「それでもいぃ・・・それでもいいからぁ・・・いかせてぇ・・・・いかせてくださぃ・・・・」

 さらなる先生の言葉。そんなことはどうでもよかった。
 誰でもいいから気持ちよくして欲しい。
 どうなってもいいからイカせてほしい。
 このままだと狂ってしまう。
 何でもいいからあたしをイカせて!!

「先生・・・目を逸らしてはだめですよ。先生には綾瀬が堕ちていく様をしっかりと見てもらいます」

 あいつの声。
 その声に反応する。
 どこ? どこ?
 気持ちよくして欲しい。
 イカせてほしい。
 あいつにセックスして欲しい。
 そしてあいつが目の前に立つ。その股間には立派なモノがそそり立っていた。
 ごくんと唾を飲み込む。
 あれがあれば・・・・あたしは気持ちよくなれる・・・

「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・それ・・・・それぇ・・・・・」

 あいつを見る。
 欲しい。
 欲しい。
 イキたい。
 貫いて欲しい。
 涎が垂れるのなんて気にせず、あいつのモノを見上げる。
 あいつはにやりと笑うと、いきなりそれを突き込んだ。

「ああああああああっ!!!!」

 瞬間、快感が爆発し、あたしは一気に持ち上げられる。
 快感が疾り、体がひきつけを起こす。ビクンビクンと痙攣し、意識がすっ飛ばされた。
 それからどれだけたっただろう。頭を燃やし続ける炎の中、あたしは目覚めた。
 ほしい。
 もっともっと。
 体も頭もそれを求める。
 遙か遠いところにある快感。こいつならそれをくれる。

「もっと・・・・もっとぉ・・・・いかせてぇ・・・・いかせてよぉ・・・・・」

 あたしとつながっている男。こいつは憎むべき相手。
 だけど、こいつでもいい、あたしをもっとイカせてほしい。
 足りない、足りないと全身が求める。
 ほしい、ほしいと意識をつぶす。
 あたしの全てが快楽を、絶頂を求めていた。

「俺が嫌なんじゃなかったのか? あんなに俺のことを憎んでいただろう?」
「あんたでもいいのぉ・・・・あたしをいかせてぇ・・・・もうたえられない・・・いきたいのぉ・・・・きもちよく・・・・なりたいのぉ・・・」

 あいつの嘲笑。
 そんなことはどうでもいい。
 頭はとっくにどうにかなってしまっている。
 体はとっくに悶えきり、快感をえようと蠢いている。
 イカせてほしい。
 この感覚をどうにかしてほしい。
 今のこの感覚がなくなってくれるのならば、あとはどうなったってかまわなかった。

「あ・・・や・・・・せ・・・・・」

 遠く先生の声が聞こえたような気がした。
 あいつの腰が深く突き刺さる。
 
「あああああっ!!」

 それだけで頭がトんだ。
 快感だけが頭を支配し、体はその快感を貪るために動いていく。
 もっと、もっと。
 もっとほしいと腰が動く。

「ああ、あああっ、もっとぉっ!! もっと突いてぇ!!」
「あやせぇ・・・・」

 気持ちいい。
 きもちいい。
 キモチイイ。
 膣と脳が直結しているかのように快楽が頭を崩す。
 あまりの気持ちよさに涙が零れる。
 不意に胸が揉まれた。さらなる快感に頭も体も崩れていく。見ると、霞が胸を揉んでいた。

「あああっ!! かすみぃっ!! もっとぉっ!! いかせてぇ!!!」

 ビクンビクンと全身が震える。
 ほしい、ほしい。
 何を求めているのか。何もわからない。
 頭は真っ白になり、絶頂だけを待っている。
 早くイカせて。

「綾瀬! いくぞっ!! おまえは中に出されるとイッてしまうっ!!」
「きてぇ! だして! いかせてぇっ!!」

 イキたい。イキたい。
 何だっていい。イカせてほしい。
 既に焼き付いている神経はそれ以上の刺激を求めて、あたしの心を潰していく。

「っ!!」

 あいつの動きが止まる。
 ドクドクと中に感じる精子の感触。
 その感触があたしを遙か高みへと押し上げていった。

「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛・・・・・・っ」

 途方もない感覚。
 視界は真っ白く塗りつぶされ、頭も考えることを停止している。
 口から言葉とは言えないモノが零れ、体中の筋肉は動くことを停止していた。
 快楽の奔流があたしの意識を押し流し、ぶつんとテレビの電源が切れるようにあたしの意識も途切れた。

「う・・・・」

 どれだけ経ったのだろう。
 寝過ぎたかのように響く頭痛。その頭痛に苛まされて、あたしの意識は覚醒した。
 目を開くと、そこに一人の少年がいた。
 あたしもそいつも裸で何をしていたのか想像に難くない。
 目が合う。
 ドクン。
 え・・・・?
 ドクン。
 心臓が高鳴る。
 ドクン。
 何とも言えない感情。先生への憧れとも霞への信頼とも違う想いがあたしの中に広がっていく。
 ドクン。
 顔を見れない。
 ドクン。
 声が聞けない。
 ドクン。
 彼の前にいられない。
 ドクン。
 そしてあたしは現在の自分に気がつく。
 え・・・・・あ・・・・・・!
 あ・・・ああ・・・・!!
 彼のモノがあたしの中に入っている。愛しい彼とセックスしている。
 なんて幸せなんだろう。
 ずっとこのままでいたい。
 あたしは再び彼の胸へと体を預ける。
 目を閉じて、彼を感じる。

「晶」

 不意に声をかけられた。いつもよりも優しい感じ。だけど、間違えるわけがない。

「霞」

 目を開くと、そこにいつもの霞がいた。
 にっこりと笑う霞にあたしも笑みを返す。
 それだけでいままでのわだかまりはなくなっていた。

「だめだよ、晶。彼は私や晶のモノじゃない。私や晶が彼のモノになるの。彼に愛してもらうために」

 だから、晶から求めちゃだめ。と唇は続く。
 そうだ。確かにそうだ。人は誰かのモノじゃない。だから、愛してもらうためにはあたし達が求めちゃだめなんだ。
 彼に求められるままに答えるのが愛すること。彼のモノになればいい。
 うんと頷くと体を彼から引き離す。
 体にぴりっと走る快感。先程までと比べたら微々たる快感を我慢して彼のモノを引き抜いた。
 あ・・・・
 足に力が入らない。
 カクンと尻餅をつく。
 あたしを見ていた霞と目が合う。

「・・・・ぷっ」
「ふふふふふ、あははははははっ」
「あははははははははっ」

 どちらともなく吹き出し、笑いあう。
 狭い教官室に笑い声が響き渡った。

「ごめん・・・・綾瀬・・・・ごめん・・・・」

 笑い声にかき消されたが、先生の声が聞こえたような気がした。

< 了 >

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