-”霞”-
放課後。
ホームルームが終わり、わき起こり始める喧噪の中を晶の教室まで行く。
あまりなじみのない教室の中にするりと滑り込み、声をかけてくる女子を笑顔でいなしながら目的の席へと進んでいく。
目的の席のすぐ隣までいくと、晶は帰り支度を整えていた。
「あーきらっ」
「あれ、霞? どうしたの」
声をかけると晶がこちらを向く。一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに警戒心が晶の顔を覆った。
「で、なに?」
堅い声色。見事に私を警戒している。
あまり回りくどい言い方をしなくてすむから、晶のこういうところは結構好きだ。
「さすが、晶。話が早くて助かるわー」
「まあ、あんたが来る時は絶対に何かあるからね。で、なに?」
晶の口から漏れる一瞬のため息。自分がいやになっているのか。
そんな晶に精一杯の笑顔をむけた。
「新しく喫茶店ができたのよ。そこのパフェが美味しいらしくてね」
一瞬で晶の顔が曇る。
あきれているのか何なのか。
「・・・あんた。あたしが辛党なの知ってていってるよね」
もちろん知っている。その上で言っているのも晶もわかっている。じと目でこっちを見ていた。
「ええ、もちろん。たしか、今日は剣道部は休みなのよね、剣道部期待の星さん」
これ以上ないと言ったほどの完璧な笑顔を晶に向ける。もちろん、それに込めた嫌みもわかっているだろう。
これ以上ないほど盛大なため息を吐いて、晶は嫌みを返してきた。
「わかったよ。行きゃーいいんでしょ、行きゃー、優等生の生徒会長様」
あまり嫌みになっていないその言葉をそのまま受け流す。にやりと晶にしかわからない嘲笑も入れておいた。
晶の顔が不機嫌になる。そんな晶にかまわず歩く。後ろからたたっという音とともに晶の気配がやってきた。
晶をある店の前まで案内する。そこはこの間偶然見つけた店なのだが、開店したばかりであまり人が入っていない。それであまり待たずにすんなりと入れた。
「あれ、並ぶ必要があるのかと思ったけど、すんなり入れたね」
「きっとまだ話が伝わっていないのよ。チラシとか見たことないもの。でも、きっとすぐに行列のできる店になるわ。運が良かったわね」
にこやかに笑顔を向けるウェイトレスに人数を告げる。案内されたテーブル席に向かい合わせで座る。
渡されたメニューを開いて数秒。私たちは注文を口にした。
「コーヒー、ブラックで」
「私はパフェで」
注文の確認をして、ウェイトレスが下がっていく。
ふと見ると、晶は値踏みをするように店内を見回していた。
「気に入った?」
分かり切ったことを聞く。晶の好みはそれなりに把握しているから、晶がここを気に入ることは予測がついていた。
「ああ、今のところの雰囲気はね。ここはこれくらいの人数があってるよ」
晶がそういった時、注文したものが届いた。ここは雰囲気もそうだが、食べ物もまたおいしい。私はパフェに舌鼓をうった。
「んー、おいしー」
「それがそんなに美味しいものかねぇ・・・」
晶が呆れたような顔で聞いてくる。私には全くわからないが、晶は甘いものが好きではないのだ。
「美味しいよ。こんな美味しい物を楽しめないなんて、晶は潤いが足りないんじゃない?」
「はいはい。どうせあたしはしわがれた子ですよ。そんなものより煎餅のほうが大好きだもの」
私がそういうと、晶はふてくされたようにそっぽを向く。そして、ずずと音を鳴らしてブラックのコーヒーを啜った。
数秒の沈黙。
その沈黙を破るように私は本題へと話を進めた。
「ところでさ、そんな晶に勧めたい物があるんだけど」
「ん、なに?」
「催眠術」
「え?」
唐突な単語のせいか、晶の表情が固まる。それに催眠術という単語は一般的にいいイメージはないと思う。
「ほら、晶、剣道部じゃない。試合前とかにそうやって集中力を高めておけば、試合でも良い結果が得られるわよ」
「・・・・あんた。それ本気で言ってる?」
晶の催眠術に対するイメージがそんなに悪いのか、晶は未だ懐疑的な表情だ。唐突にこんなことを言ったから呆れているのかもしれない。
「え? ええ。言っとくけど、催眠術は魔法とか妙な能力じゃないわよ。ちゃんとかが・・・」
「ちゃんと科学に基づいた、心理療法の技術。でしょ?」
・・・・・なんでそんな言葉がでてくる??
考えられることは一つ。晶は催眠術を知っていると言うことだ。
晶は剣道部の主将をやっているが、実はかなりの勉強家だ。そんな晶が精神集中の方法に催眠術を採用していてもおかしくはない。
はぁ。間抜けだ。
改めて晶を見ると、晶は一本取ったとばかりににやにやと笑っていた。
「・・・なんだ、知ってたの」
「ええ、あんたも言った通り、催眠術はメンタルトレーニングに使えるからね。集中力を高めるのに使ってるよ。それより、あんた。そんな事できたんだ?」
「うん、最近習ったのよ。それでちょっと試してみたくなってね」
試したくという言葉に晶の顔が曇る。それはそうだ、誰だって自分が実験台にはなりたくない。
でも、私も自信がないわけではない。
「ちゃんとできるんでしょうね?」
「任せなさいよ。そこは信用してくれて良いわよ」
そういうと、晶はふっと笑い、そしてわざとらしくため息を吐いた。
「わかった。ま、あんたは確信がないとそう言う事はやらないからね。ちゃんとやってくれるってのは信頼してる。たまには自分でじゃなくて、誰かにかけてもらうってのもいいかもね」
そして、あたりを見回すと、私の方を向き直る。
「どうせ、ここでやるんでしょ?」
「あはは、やっぱりバレバレか」
私も座り直すと真剣な表情を作り、晶を見据える。晶も緊張が混じっているような真剣な表情で私を見ていた。
ふぅと深呼吸をする。こっちも緊張していることが伝わったらだめなのだ。
「さ、まずはリラックスして・・・」
任せてとはいったものの、さてどうしよう。まさか、晶が経験者だとは思ってなかった。
とりあえず、観念運動からやってみようか?
「ほら、晶。こういう風に組んで」
晶に人差し指を伸ばした形で手をしっかりと組ませる。その人差し指を持ってピンと伸ばし、人差し指の間をひらいていった。
「いい、私がはいと言うと、この指がだんだんと閉じていくよ。ほら、はい」
そういって、晶の両人差し指を引くようにして放す。晶の人差し指はだんだんと近づいていった。
「ほら、すうっと閉じていく。どんどん両方の指が近づいていく」
徐々に近くなっていく晶の両指。そこに畳みかけるように言葉を重ねる。
そして、指がくっつくのを見計らい、言葉をかぶせた。
「三つ数えると晶の指はしっかりとくっついてしまうよ。いくよ、3,2,1。ほら、くっついた」
しっかりとくっついた晶の手を包み込むように持って、晶をみる。晶は何とも微妙な顔をしていた。
「ね、閉じたでしょ。じゃ、次にいこう。このまま、腕をしっかり伸ばして」
晶の腕を引っ張るように伸ばす。肘をしっかりと伸ばし、簡単には曲がらないように固定する。
「いい、晶。私がはいというと、晶の手はしっかりとくっついて離れなくなっちゃうんだよ。はい」
はいと言うのと同時にぎゅっと晶の両手を押しつける。
「どう? しっかりとくっついちゃったでしょ? しっかりとくっついちゃってはずせない。どんなにがんばってもはずせないよ」
自信満々に言う私をあざ笑うかのように大きなため息を吐いて、晶はひょいと組んだ手を解いた。
・・・・え?
なんで?
訳がわからない。
「・・・・・馬鹿」
呆れたように半眼でジト眼を送る晶。
私はその意味もわからず、ただおろおろとするだけだ。
「はぁ・・・・」
あ、本気で呆れられてる。って、冷静に分析してる場合じゃないし。
なんで、晶にはかからないの? いや、厳密にはこれは催眠とは違うけど。
まさか、晶は5%くらいいるって言う、かからない部類の人? いや、ちょっと待って。自己催眠をやってるってさっき言ってたし、それはないよね・・・?
ん?
何か引っかかった。
自己催眠・・・・?
自己催眠・・・・・・・・
催眠・・・・を・・・・・やる?
「あーーーーーーーーっ!!」
わかった!!
そうか!! そうだったんだ!
勢い込んで晶に言おうとしてはたと視線に気がつく。周りが私を見ていることを。
あ・・・・・
しまった。
辺りの視線に私の顔が赤くなる。そのまま何事もなかったかのように席に座ると、にやにやしている晶に向かって話しかける。
「わかった。晶、知ってたんだね」
「さっき催眠を知ってるっていったばっかりじゃない。ぼけるには早いよ」
そうだ、こんなどの入門書に載っている被暗示性テストなんて、晶が知らないわけがないんだ。
からくりを知っているのなら、こんなの簡単に解けるし、そもそもの意味がない。
そして、そこまでいってどうすればいいのか悩む。
被暗示性テストからの流れは使えない。となるとどうすればいいのか?
経験者に一からかけるというのは何か違うように思える。
と、あれ?
経験者?
一から・・・・?
あれ?
・・・・・あれ?
どこから考え違いをしていたんだろう?
そうだ。目の前の晶は経験者。
私は何をしているの? 経験者に一から?
方程式を教えるのに足し算引き算から教えようとしているような馬鹿みたいなこと。そんなことをやろうとしていたのだ。
反省。
経験者には経験者なりの方法で行くしかない。
むしろ、一からやる手間が省けるというもの。催眠が自転車のように憶えるものなら大丈夫でしょ。
「すぅ・・・・はぁ・・・・・」
深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
しきり直して、もう一度晶を見た。
晶はにやりとしてこちらを見る。どんな答えが出てくるのか楽しみそうな顔であった。
「いい?」
「いつでも」
「じゃあ、目を閉じて・・・・うん。そしたら、いつもの感じを、いつも晶が自己催眠をかけている時を思い出して・・・・」
私の言葉に目を閉じ、すうと晶は息を吸う。
晶の雰囲気が変わる。いつもきりっと強烈に示している晶の存在感が薄れたように弱くなる。
すごい、改めて晶の技術の高さを実感する。
漫画や小説などにあるような気配を消すといった感じがこんな感じなのだろうか。
「そう、息を吸うたび、息を吐くたび、晶の体から力が抜ける。そして、晶の頭からは思考がどんどん抜けていく。さあ、私と一緒に呼吸しよ。はあああぁぁぁぁぁ、すうううぅぅぅぅ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・すぅぅぅぅぅぅ・・・・・・」
晶にあわせ、私は言葉を滑り込ませる。
晶の隣へと席を移す。そっと晶の手を取り、晶の呼吸と同調する。
「息を吐くたびに晶は外に出て、息を吸うたび、空虚が晶の中へと入っていく。晶の中がどんどん空虚がつまっていく。晶は晶の外へと追い出されていく。考えることはできても、体を動かすことはできない」
ずるりと晶の体から力が抜けて席へと深く沈み込む。
ふと、晶の頼んだコーヒーが目についた。ひょいとカップを持ち上げ、中のコーヒーをゆらゆらと揺らす。
「ほら、ここに晶の好きなブラックのコーヒーがある。自分の体を追い出された晶は大好きなコーヒーの中へと飛び込んでいってしまう。ほら、もう晶はこの大好きなコーヒーに入ってしまった」
くるくるとカップを回す。ちゃぷちゃぷと揺れるコーヒー。うつろな目で晶がじっと見つめるそれをぐいっと一気に飲み干した。
うえ・・・・。
ブラックってこんなに苦いの? よくこんなの飲めるなぁ。
ブラックの味が舌に残り、顔をしかめたまま晶の方を見る。
「ほら、晶の入ったコーヒーは私が飲んじゃった。だから晶は私の中。こっちにある晶の体には何もない。だから、私の声はすとんと晶に届く」
断定する。
そして、すっと離れて晶を観察する。
体中から力が抜け、ソファー状の席に沈み込むように座っている。すうすうと小さく呼吸をし、その呼吸に合わせて胸が上下する。
どくん。
人形のように動かない晶の姿を見て胸が高鳴った。人を操るという背徳感にごくりと唾を飲み込んだ。
何も知らずに私を信頼している晶。その信頼を裏切り、晶を彼が望む物へと作り替える。
知らず、口の端が持ち上がっていた。
「さあ、晶。よく聞いてね・・・」
くすりと空気を漏らし、晶の耳元へと手を伸ばす。
パァン!!
勢いよく晶の耳元で手を鳴らし、直後晶の耳元に声を重ねた。
「いい晶。晶はこの音を聞くと、3秒間意識がとんで、とんだ事には絶対に気がつかないの。どんなに晶が警戒していても、絶対になっちゃうんだから」
まずひとつ。晶に鎖をかける。
あの人に喜んでもらうため、私はただ一人の親友を裏切る。
「それと太股を突かれると足に力が入らなくなって、立っていられないの」
あの人のため、晶の鎖を重ねていく。
がんじがらめになって晶が動けなくなるまで。
「キスをされると身体が疼いて仕方なくなってくるよ。晶がどんなにいやがっても身体はとても感じてしまうの。そして、お尻にちんちんを入れられると、晶は犬の言葉しか喋る事ができなくなるんだよ」
チャリン、チャリン、チャリン
次々と重なり、晶を縛っていく鎖。
あの人のため、あの人のため、あの人のため・・・
呪文のように唱え続け、晶に言葉を、鎖をかけていく。
ドクン。
あれ?
ふとした違和感を感じ、自らの頬に手を当てる。
指先には液体の感触。
「私・・・・泣いてる・・・の?」
思わず呟く。訳もわからず頬を伝った涙を拭い取った。
何を泣いているんだろう。私は彼の、あの人のためだけに生きる。それだけの人間なんだ。
気を取り直し、晶へと向かう。
ドクン、ドクン、ドクン・・・・・
高鳴る心音を煩く感じる。
まとわりつくように鳴るその音を振り払うように頭をぶんぶんと振り、晶へと鎖をかけた。
「そうそう、晶は彼を傷つける事はできないんだよ」
そうだ、晶は剣道部のエースなんだ。間違っても晶があの人を傷つけられないように鎖をかけないといけない。
ドクンドクンドクンドクン・・・・・
鼓動が煩い。まるで私が私を責めているようだ。
「それでね、晶は『眠りなさい、晶』と言われると、またこの状態へと戻っていく。晶がどんな状態にあっても絶対にそうなるの」
これでよし。これで晶を彼に捧げられる。
ドクドクドクドクドクドク・・・・・・
ああもう煩いっ! もう終わったんだから勘弁してよ!!
耳を塞ぎ、目を閉じ、力一杯体を抑える。そうしなければ危うく叫んでしまうところだった。
そうして数秒。衝動は過ぎ去り、心は一時の平穏を得る。
速く終わらせよう。そうしないと自分がどうなるかわからなかった。
「さあ、晶。息を吐いて。どんどんどんどん、限界まで息を吐く。ほら、息と一緒に晶に詰まった空虚が外へと出て行くよ。ほーら、どんどん晶の中から空虚が出ていく。晶の中に何もない状態へと戻っていく」
晶が息を吐くのにあわせて、言葉を重ねる。
そして、晶が息を吐ききったのを見て、次の言葉を紡ぐ。
「いい、晶。今、晶の中には何もない。そして晶は私の中。これから晶を晶の中へと戻すね」
ついと、うつむきがちの晶の顔を上に向ける。そして、その無防備な唇を奪う。
舌を伸ばして口内を蹂躙する。
口蓋をつつき、下唇を啄む。伸ばした舌を晶の舌と絡め、ネチャネチャと音を立てる。
その全てに晶は無反応で私にされるがまま、口の周りを汚されていく。
あの晶を支配する。その感覚、その快感に私の心が打ち震えた。
晶の舌を舐り、そして溜め込んだとろとろと唾液を流し込む。
頃合いを見て晶から口を放す。
力無くぼうっと虚ろを見る晶。軽く開かれた口をもう少し開き、唾液が溜まっているのを確認する。
つ・・・
開きすぎた晶の口から唾液が垂れる。それが涎を垂らしているようにも見える。
呆けた顔で涎を垂らしている晶。あのいつも強気な晶の痴呆の様なその姿が淫靡にすら感じられた。
そっと口元に垂れた唾液を拭い、晶の口を閉じる。
「晶。晶の口に溜まっているのは晶自身。だから、それを飲み込めば晶は元の晶に戻る。だけど、さっき言ったことは晶が私の中にいた時のこと。だから、晶は私が言ったことは憶えていないの。だけど、晶の体は憶えているから絶対に言ったとおりになるんだよ。いい? 晶はさっき私が言ったことを思い出せないけど、絶対にそうなるの。わかったら晶を飲んで」
私の言葉に晶は微かに頷くと、頭を上に上げる。ごくっごくっと晶の喉が動き、私の唾液を飲み込んでいく。
唾液を全て飲み込んだのか、晶はふっと目を開く。先程までの弱々しい姿はどこにもなく、いつもの強い晶がそこにいた。
まだ意識がはっきりしていなかったのか、ぶんぶんと頭を振り、耳に入った水を出すように頭をパンパンと叩く。
「どう?」
「う~ん、しっかりと入っちゃったみたい。流石だね。まあ、最初のはどうしようかと思ったけど」
「あ、はは・・・・うん」
にっと明るい笑顔を向ける。そんな晶に対する罪悪感を私はひた隠しにして、笑みを返した。
ボーンッ・・ボーンッ・・・ボーンッ
瞬間、時計の音が響き、それにつられたように晶と私の目が時計へと寄せられていく。
時刻は既に六時を回っていた。
「っと、もうこんな時間。帰らなきゃ」
「そうだね。私も」
もうちょっと余韻に浸っていてもよかったが、キリもいいし、すっぱりと帰る。
それぞれ頼んだ物の料金を払い、店を出た。
「うー・・・やばいなぁ・・・・」
「あんなの食べるからでしょ」
寂しくなった財布と体重の増加を気にする私に横から晶の非難。確かにそうなのだが、甘い物に目がないのが女の子なんだぞ。
その点、晶が本当に女の子かどうかが怪しいところだ。
「煩いなぁ。晶にはこの乙女のジレンマがわからないのよ」
「あ、なにそれ。ひっどー。私だって花の女子校生。霞の気持ちの一つや二つ・・・」
嘘だ。絶対嘘だ。
こんな好きな物がお煎餅な女。女子校生なんかじゃない。
「なによ。好きな物がお煎餅な癖に。そう言うことはパフェの一つでも食べてから言いなさいよ」
「そっちこそ煩いなぁ。私が煎餅好きなのは私の勝手でしょぉ。まったく・・・」
その晶の言葉を最後に沈黙が訪れた。暗い夜道、空には星が、地上には街灯と家々の明かりが光っている。
私たちはそんな中を歩いていく。変質者とか、最近は物騒な話題が職員室やPTAを騒がしているが、隣にはインターハイにも出場してる剣道部期待の星がいるから安心できる。
自動車が私たちの横を通り抜け、その度にライトに照らし上げられる。静かな中に響き渡るエンジン音が虚しく感じられる。
「・・・・・」
「・・・・・」
はあとため息を吐き、ちらりと晶を見る。
キリッとした面持ち、近寄るなオーラを放出しているものの、間違いなく美少女だ。
しっかりと前方を見据えるその瞳には力強い意志が籠もっている。
しかし、私はあの姿を知っている。魂が抜けたようなあの力無き晶の姿を。
ドクン!!
またも心臓が高鳴り、私を苛む。
ギリと歯を噛みしめ、その衝動を落ち着かせる。
「・・・ねぇ?」
「ん?」
そして晶の言葉が沈黙を破る。晶の顔はほけっとした煎餅好きの顔に戻っていた。
「あんた、心理学でも専攻するの?」
「は?」
唐突な言葉。その言葉の意味がわからなかった。
「だって、催眠術なんて、一般的な物じゃないよ。興味がない人には魔法みたいなイメージもあるし。なんだってそんな物を憶えたのかなっていうただの詮索」
「まあねぇ・・・・強いて言えば・・・必要に応じて・・・・かな?」
「なによそれ? ・・・・まあいいや。じゃ、また明日」
自分から振った話を自分から唐突に切る。そして晶は分かれ道を走っていく。私はそんな晶の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
晶、また明日・・・ね。
翌日。私は武道場へと走っていた。
生徒会の仕事が長引いてしまい、すっかり遅くなってしまった。
もう終わっていなければいいけど・・・
急ぐ私は足を速め、武道場へと駆け込んでいった。
「嫌ぁっ!!」
武道場の入り口、靴を下駄箱へ入れていると大きな悲鳴が聞こえてきた。
もう始まってるよっ。
柔道場の手前、剣道場の入り口へと駆け寄り、そっとその中を窺う。
剣道場では四つん這いになった晶に彼が絡みついていた。晶の口からはハアハアと熱い吐息が漏れ、その表情はとまどいに満ちている。
何を囁いているのか、彼が晶の耳元で何かを言う。
「あぅっ!」
晶が彼を引きはがそうとするが、ナニをされたのか嬌声を上げて身体を震わせる。
ここからでも分かる程に体を硬直させ、続いて体が脱力する。
イッたんだ。
汗にまみれ、屈辱にまみれ、イカされた晶。
その呆然とした表情にごくりと唾を飲み込んだ。
彼が動く。その動きに次の展開を察知したのか、晶も何とか逃げようとする。
「ひんっ」
だが、一瞬にして晶が無力化される。晶は与えられた刺激に背を反らす。彼はその間にズボンを下ろし、性器を取り出す。それはギンギンに張りつめてそそり立っていた。
「ぅくっ、んんっ、ひぅ!」
股間に彼の性器を擦りつけられ、晶は悶える。その姿。あの晶が為す術もなく悶える様にゾクゾクと感じる。
ドクンドクンと胸が鳴り、口の中に唾液が溜まる。その唾液をごくんと飲み込んだ。
晶につられるように私の口からも熱い吐息が漏れる。
晶・・・
出会った契機はもう思い出せない。
同級生、担任、そして両親までもが気付かなかった私の猫かぶりを看破した唯一の人間にして親友。
長い付き合いとは言い難いが今までのどんな時間よりも楽しかった。
その晶が今、目の前で犯されている。
「うっ、わんっ、わんっ」
晶の口から犬の鳴き声が漏れる。私がそうなるように仕込んだ。
ドクン。
晶を罠に嵌め、その心に楔を打ち込んだ。
ドクン、ドクン。
晶を、たった一人の親友を裏切った――!!
ドクン、ドクン、ドクン。
煩い。
また、心音が私を苛む。それは罪人の証なのか。私は頭を振り乱す。
「わんっ、わんっ、わんっ!」
晶の声が道場内に響き渡る。その声に体が震えた。
ドクンドクンドクンドクン。
心が私を責め立てる。それにどうしようもない恐怖を覚えた。
「ほら、自分でもわかっているんだろ? さっきよりもここが濡れてきてるのが」
「うー、わん、わんっ!! わんわんっ!!」
中では彼が晶を攻め立て、その動きに晶はもがく。
晶の体がビクッと震え、晶の顔には苦痛と屈辱に紛れ、快感の色が見え始める。
私が・・・・私が・・・・私が・・・・・
「わんっ!?」
ドクドクドクドクドクドクドクドク・・・・・・
ーーーーーっ!!
一層大きく響く晶の声。その声に耐えきれず、私は駆けだした。否、駆け出そうとした。
足を踏み込んだ瞬間、ずるりと靴下が廊下に滑り、ずだんと体を打ちつけた。
ジンジンと体中に痛みが響く中、私は耳を塞ぎ蹲る。
私のせいだ。私が晶をあんな風にしてしまった。
目も閉じて、外界からの情報を拒絶する。しかし、頭の中には晶の悲鳴が反響し続け、私を責めていく。
「ひぐぅっ!」
晶の声が塞いだ上から聞こえてくる。その痛々しい声に体が震えた。
晶―――。
目の前に浮かぶ、昨日の晶の姿。すっかりと脱力した無防備な晶。
私のせいだ。わたしのせいだ。わたしの―――!!
そしてまた浮かぶ。今度はさっきの晶。彼に犯され、敵意と恐怖に彩られた瞳。
私が、私が晶を陥れた。私は親友を裏切った―――!!
なんのため?
心に芽生える質問。そして浮かび上がる彼の姿。
「ひぐぅっ!」
ドクン。
心が震える。先程とは違う鼓動。
そして、再び浮かぶ昨日の晶。
あのとき私は何を考えた?
ドクンドクンと胸が鳴る。
目と耳を開き、恐る恐る道場の中をのぞき込む。
中では彼が晶を組み敷いていた。
「ほら、これだけでこんなに感じて。本当は嫌じゃないんだろ? 淫乱の証拠さ」
「違う・・・違うの・・・」
力無く否定する晶。その姿にごくりと唾を飲む。
私が晶をあんな風にしたんだ。
ドクンドクンと胸が高鳴り、ゾクゾクとした感じが体を走る。
晶は私に逆らえない。
知らず両手が動き、敏感な所を刺激する。キュウッという感覚。その刺激に体が震える。
どんなに嫌なことでも強制できるんだ。
くちゅという音。晶を支配しているという優越感と背徳感が興奮を加速させた。
「んっ・・・」
指が進む。震える瞳で見た先では彼が晶に侵入していた。晶の体は震え、快感を示す。
晶があんなに感じている。
晶に呼応するように私の呼吸も乱れていく。
「はぁ・・・」
鋭角の刺激と共に拡がっていく幸福感。思わず声が漏れる。
私の指がやわやわと胸を揉み、くちくちと音を立てて股間を動く。
否。違う。これは私の指じゃない。
再び晶を見る。彼の物に打ち震える晶と私を重ねる。
そう、アレは私。コレは彼の物。
そう思った瞬間、快感が跳ね上がる。全身の細胞がぎゅっと引き締まり、毛穴が一斉に閉じていく。
ビクンビクンと体が震え、声が腹の底から湧き上がってくる。
「あっ、んっ、あぁっ」
いつの間にか三本に増えた『彼の物』を懸命に動かす。
快感が私を走り、その快感に打ち震える。
「やっ、だめぇ。やめてっ、中はっ」
晶の声が更に私を高ぶらせる。その声に同調するように私の快感も強くなる。
もっと。イキたい。
晶を見る。胴着をはだけ、彼に犯されるままに乱れる晶。そんな晶の姿に自分を重ねる。
ズンズンと彼が動く。ビクンビクンと体が震え、私はすぐに持ち上げられていく。
「ふぅっ、ああぁっ、ひくぅっ」
子宮の奥が震え、絶頂が近いことを伝えてくる。
親指でクリトリスを弾く。鋭い快感が一気に私を貫いていった。
ドクン!!
「ーーーーーーっ!!!」
クリトリスを弾いた瞬間、私の全身が固まった。
筋肉はつりそうなくらいの緊張状態を保ち、呼吸が止まる。
「ーーーーっはぁっ・・・・・はぁっ・・・・」
数秒の呼吸停止の後、酸素を一気に取り込む。
ドクンドクンと心臓が動き、酸素を全身へと行き渡らせる。
「わたし・・・は・・・永遠の・・・・愛と・・・服従を・・・・ちか・・・う」
言葉が零れる。
そうだ。私は彼に永遠の愛と服従を誓ったんだ。
なにを迷っていたのだろう。なにを畏れていたのだろう。
私は既に彼の物。それ以外の何者でもない。
彼への愛情以外は意味のない物。友人も、家族も、自分ですらも意味がない。
全ては彼のため。そのために私は全てを捨てたのだ。
「な・・・んで・・・」
掠れるような晶の声。その声につられるように中を見る。それと晶が竹刀を落とすのは同時だった。
ガシャンと言う音が響き、晶ががっくりと膝をつく。
「わかったか。お前は俺を傷つける事はできないんだ」
そんな晶を見下ろして彼が言う。彼に対し、晶が何か言ったようだが、あまりにも小さい声でここまで届かなかった。
「俺は、なにもしてない。あ、いや、ちがうか。俺はお前を犯しただけだ」
「ふざけないで! そんなわけないでしょっ!! こんな・・・・こんな・・・」
彼の言葉に対して晶が叫ぶ。今までのことを思い出したのだろう、晶の体が震えている。
ふふ、彼の言ってることは本当だよ晶。その人はあなたを犯すことしかしていない。
だって、あなたに何かをしたのは・・・・
「本当に俺は何もしてないぞ。俺はな」
そう言って、彼は私を見る。彼と私の視線が交錯し、彼が何を望んでいるのかを知る。
そして、彼の望むとおりにした。
「そうよ、晶。だって何かしたのは私だもの」
晶に聞こえるように声を放つ。ビクッと晶の体が震えた。
震える体で晶は顔を上げ、そして、表情を驚愕に染める。
「あ・・・・あ・・・・・」
私の登場に驚いていた晶は一瞬後、何かに気付いたように己の体を隠す。
そんなの、とっくに遅いというのに。
「違う・・・これは違うのよ・・・霞」
「何が違うの? 晶」
滑稽なほど哀れに弁解する晶。私はそんな晶を嘲笑い、笑みを返した。
そして、晶へと寄って宣言する。
「隠さなくても大丈夫よ。だって、私ずっと見てたから。晶が乱れていく姿。犬みたいにわんわんって言ってる姿」
にやりとして晶を見る。徐々に晶の顔が変わっていく。
「そして、晶がイッちゃうところ」
「な・・・な・・・」
晶の貌は恐怖に変わり、かちかちと歯が打ち鳴らされる。
愕然とする晶を彼にもっともっと見せてあげたい。
そんな晶を私はそっと包み込む。そしてにっこりと微笑みかける。正反対の感情を心に浮かべ。
「そんなに怯えなくても大丈夫。だって、晶をそんな風にしたのは私だもの」
「え、霞・・・?」
私の言葉が理解できないのか、呆然とする晶。
「何を・・・言ってるの?」
「だから、私が晶をそんな風にしたって言ってるのよ。この間、催眠術をかけた時にね」
「なんで・・・」
信じられないのか、それとも信じたくないのか。晶は呆然としたまま言葉を紡ぐ。
昨日の、私を小馬鹿にしていた晶はどこへ行ってしまったのだろう。
「なんで? だって、この人の望んだ事ですもの」
私は晶から離れ、彼へとしなだれかかる。そして、彼とキスをした。
あ・・・・ふぅ・・・・・この人の・・・・・。
彼をもっと感じたくて、私は懸命に舌を伸ばす。
そんな私に彼は応える。彼の舌が私を迎え、絡み合う。
十数秒、私と彼は絡み合い、そして口を放す。
「な・・・・な・・・・」
晶から声が漏れる。晶の表情が驚きへと変わっていた。
「か、霞・・・・」
「どうした? またやりたくなったか?」
彼が晶を挑発する。私も彼に抱きついたまま晶を見ていた。
「あ、あんたっ。霞に何をしたのよっ!!」
「俺の好きにしただけだ。俺の好きなようにな」
「な・・・・」
晶の質問。その答えを裏付けるようにぐいっと私の体が引き寄せられる。
晶はそんな私たちを見て一瞬黙り込み、そして、怒りを以て彼を睨む。
「赦さない・・・。あんた、絶対に赦さない」
「で、どうするんだ? さっき傷つける事ができないのは証明済みだろ?」
にやにやとする彼に睨みつける晶。晶の体がだんだんと緊張に包まれ、何か行動を起こすのだろう事が分かる。
「警察と学校に言ってやる。そうすればお前ももう終わりよ!!」
そう吐き捨てるように晶は言うと立ち上がり、私の手を取り走り出す。
そんな晶の手を逆に引っ張り、晶を引き留める。
学校に言う? 警察に言う? だめよ、そんなことしちゃ。
「だめよ。そんな事しちゃ」
「霞っ・・・」
私の行動に晶は驚きを隠せない。その隙をつき、私は晶を抱きしめ囁いた。
「さ、『眠りなさい、晶』・・・」
次の瞬間、晶の体から力が抜け、私に寄りかかる。力無く寄りかかった晶の体を静かに床へと横たえた。
催眠状態へとおち、すうすうと呼吸をする晶を見下ろす。
自分一人で行けば助かったかも知れないのに。馬鹿な晶。
ふっと笑う私。そして、晶へと言葉を重ねる。涙は流れず、鼓動も鳴らなかった。
「晶、聞こえる?」
私の声に軽く頷く。
うん、ちゃんと入ってる。
「じゃあ、晶。よく聞いて。今あったこと、覚えているでしょ。晶はそれを決して忘れない。でも、晶は、今あった事を私達以外の誰にも伝える事ができないんだよ。言う事も、何かに書く事も、身振りで助けを求める事もできないの」
晶に新しい鎖をかける。
晶が暗示を理解し、染みこむよう間を空け、再び晶に声をかける。
「さあ、晶。深呼吸して・・・・」
晶にあわせて、私も深呼吸をする。気分を落ち着け、晶と対峙する。
「晶。これから10分後に晶は目覚める。だけど、眠っている間に言われたことは思い出すことができないんだよ。でも、言われたことは絶対にそうなる。言われたことはそうなるけど、思い出すことはできないの。わかった? わかったら深く深く眠りなさい」
ふぅと息をつく。
終わるのを待ちわびたかのように彼が道場を出て行く。
彼を追いかけて、私も道場を出て行った。
ぐったりと横たわっている晶を残して。
< 了 >