ドールメイカー・カンパニー3 第2幕(5)

(5)奪還

 “きつね”くんは美咲の言葉を聞いて、すぐに諒子を振り返った。
 すると時計を見上げていた諒子はワンテンポ置いて片手を広げる。
 50分という意味だろう。
 つまり美咲の仲間の突入までもう10分程度ということだ。
 のんびり美咲で遊んでいる場合では無かった。
 既に諒子は、何も命じられる前に立ち上がっている。
 けれど踵を返そうとする背に“きつね”くんは声をかけた。

「待って、僕がいく」

 そして貫かれたまま仰け反っている美咲から惜しげもなく腰を退いた。
 すると、ぐずぐずに溶けかかっている美咲の口から何かを叫ぶような声がこぼれる。
 けれどもうそれは日本語の、いや、言語の形態を成していなかった。

「んあ゛っ、くわああああっ」

 涎と涙でベトベトの顔を必死に歪め、自らの股間を“きつね”くんに差し向ける。
 その様子に“きつね”くんはちょっと困ったように溜息を吐いた。
 けれどすぐに笑みを取り戻すと、右手をその濡れ光る割れ目に差し込み掌全体で柔らかなその肉洞を捏ねるように動かしたのだった。

「お待ちどうさまっ」

 熱い息とともにその言葉を耳に送り込む。
 すると美咲は、たったそれだけで感電したように痙攣した。
 そして胎内に潜り込んだ指を握り潰すような勢いで締め上げると、股間から熱い粘液を盛大に吹き上げながら嘗て経験した事のない絶頂へと昇っていったのだった。

「きひぃぃいいいいいいいいいいっ!!」

 金属音のような甲高い叫びが響き渡る。
 体中の筋肉が痙攣していた。
 このまま躰が固まってしまうのではないかと思えるほど、それは長く続く。
 そしてその長い長い絶頂が遂に終焉を迎える時、美咲の意識は淡雪のように溶け去っていた。
 目は見開いているが、何も視ていない。
 音は聞こえているが、何も理解できない。
 まるで生まれたての赤ん坊のように、美咲は躰と心を無防備に解放していた。
 強い意志も試薬による抵抗も、ドールメイカーの囁きがちりぢりに寸断する。
 その手際は、まさに暴れる魚を捌く一流の板前のようである。
 今や美咲の精神はバラバラに解体されてしまっていた。
 後はもう、それを再構築するだけなのである。
 “きつね”くんは覆い被さるように顔を近づけて、美咲の瞳を見詰めた。

「いいかい、キミの本当の名前は『諜報人形美咲』だ。この名を呼ぶ相手がキミの進むべき道を示してくれる。優秀なキミに相応しい最高の仕事が与えられるんだ。命を懸けて、持てる全ての能力を傾けてやり遂げるんだよ」

 優しげな口調で囁く。
 そして言葉がゆっくりと美咲の脳に浸透するまで確認すると、“きつね”くんは指を打ち鳴らして美咲の意識を暗転させたのだった。
 これでようやく一区切りである。
 “きつね”くんは小さく息を吐いて体を起こした。

「さ、行くよっ」

 しかしまだ全裸である。
 諒子は満足げに失神している美咲を一瞬羨ましそうに見たが、すぐに気を取り直すとティッシュで“きつね”くんの下半身を拭い下着を差し出したのだった。

「あと何分?」
「6分です」
「急ごう。折角見つけたマンションなのに騒ぎを起こされたらまた引越しだよ」
「はいっ。でも、あの、大丈夫でしょうか、あの女。まだ第1段階ですよね・・・」
「仕方ないよ、今は。相手は2人みたいだし、5分で片付けて戻ろうっ」

 そう言って“きつね”くんは走り出た。
 無論、諒子もあとを追う。
 幸いエレベータがこの階に止まっていた。
 2人はそれに駆け込みロビーへ急ぐ。
 そして恋人同士のように腕を組んで1つの傘に入ると、ゆっくりとエントランスから外へ足を踏み出したのだった。

 マンションの前の通りはひっそりとしている。
 2人はそこを静かに歩いていった。
 何台かの駐車車両が佇んでいる横をさり気なく観察しながら進む。
 けれど目当ての車は見つからない。

「反対側だったのかなぁ?」

 “きつね”くんがそう呟いた時だった。
 一台のランクルが凄いスピードで地下駐車場から飛び出してきたのだ。
 なんと2人が出てきたマンションの駐車場である。

「しまったっ!裏をかかれたっ」

 2人は慌てて駆け出したが無論車に追いつける筈もない。

「ナンバーは見ましたっ、追いかけますかっ?」

 手近な車の窓ガラスを指差しながら諒子は訊く。
 けれど“きつね”くんはそれに返事もせずにマンションへと駆け戻っていった。
 今度はタイミング悪くエレベータが待っていない。

「階段だっ!諒子、先に行けっ」

 “きつね”くんの指示に諒子は風のように駆け上っていく。
 “きつね”くん自身もその後を全速で追った。
 けれど流石にそのスピードは比ではない。
 “きつね”くんがやっと5階に辿り着いた時、既に部屋の扉は大きく開け放たれていた。

「諒子っ!どうしたっ!」

 部屋へ向かう通路から信じられない大声で“きつね”くんが訊く。
 すると諒子が悔しそうな顔で姿を現した。
 そして顔を横に振る。
 その様子に“きつね”くんの目が見開かれた。
 そして諒子を突き飛ばすように部屋へ駆け込んでいく。
 その後姿を見送っていた諒子は、しかし意外そうな表情となった。
 “きつね”くんは美咲のいた居間ではなく、その手前の部屋へと駆け込んで行ったのである。
 そしてその時になってやっと諒子はそこに美紀がいた事を思い出したのだった。
 慌てて後を追い、部屋に入る。
 するとそこにはベッドに寝かされている美紀と、その傍らに膝をつき寝顔を覗き込んでいる“きつね”くんの姿があった。

「大丈夫。寝てるだけだ」

 美紀の額に手を置いて“きつね”くんは安心したように言った。

「さっきの女は連れてかれちゃいましたよ」

 ちょっと面白く無さそうな口調で報告する諒子に、“きつね”くんは軽く肩を竦めて言った。

「仕方ないよ、それは。まだ出してなかったんでちょっとだけ惜しいけどさ」

 意外に気にしていない口調である。
 諒子は首を傾げた。

「重大事件の勃発って訳じゃないのですか?」
「う~ん、事件は事件だけど。でも、『重大』かどうかはまだ判んない」

 “きつね”くんはそう言うと、そっと立ち上がり部屋を出た。
 そしてもう一度玄関に向かうと、その扉を念入りに調べる。
 けれどそこには何の仕掛けもなかった。
 続いて今度は外に出ると、扉のすぐ脇にあるメータボックスを開ける。
 すると奥の壁にペットボトルの蓋程度の大きさの物体が貼り付けられているのに気が付いた。
 そこから延びるケーブルが床に置かれた小さな箱に繋がっている。
 “きつね”くんはそれを無造作に取り上げると、しげしげと眺めた後ケーブルを引き抜き、小さな箱のスイッチをオフにした。

「なんですか、それ」
「盗聴器だよ。コンクリートマイクっていうんだ。WEBの通販で見た事あったけど実物は初めてだ」
「それじゃさっきの私たちの会話も・・・」
「トランスミッタ付きだから近くで聞いてたんだろうね。迂闊、迂闊っ」
「つまり敵は私たちが揃って出て行くのを待って悠々とあの女を連れ帰ったって訳ですか」

 そう考えると美紀が無事だったのは僥倖である。
 鍛えてある男が2人いれば、気を失った女を一人ずつ運ぶなど雑作もないことだろう。

「あ~ぁ、まいったわぁ。折角引越しして落ち着いたと思ったのにまたですね。しかも今度は夜逃げかしら」

 諒子は腰に手をあてて天井を見上げた。
 しかし“きつね”くんは意外にノンビリしている。

「確かにいずれ引っ越すことになるだろうけど、何もそんなに慌てることもないよ。迂闊に動けばまた辿られる」

 そう言ってさっきの盗聴器を諒子に見せた。

「前に“くらうん”さんが言ってたんだけど、他の組織から横槍が入るのってわりと有るそうなんだ。僕達って意外と人気者なのさ、この業界では。だから今回の一件も、僕を狙ったのか、元々このマンションに網を張っていたのかまだ判らない。敵の実態を掴むまでは、だから逆に動けないのさ。警戒レベルは一応上げるけど、少し様子見って訳」

 “きつね”くんのこの言葉に諒子も素直に肯いた。
 元々マインド・サーカスが所有していただけあって、このマンションは特別製なのである。
 単に立地だけで選んだ訳ではない。
 既に全ての住民にワードを植え付けてある。
 指令のひとつで砦にもなるし、脱出支援も完璧なのだ。

「管理人を呼んで盗聴器の探査させといて。多分もうないと思うけど、一応ね」
「ご主人さまは?」
「僕?帰るよ。まだレポートが残ってるの。今晩中に仕上げないといけないんだ」

 完全に普通の大学生の口調になって“きつね”くんは言う。
 けれど勿論諒子は不満顔だ。

「え~っ。こんな不審者が出没するマンションに女2人を置いておく気ですかぁ?私、なんだか怖いわぁ」

 そう言って“きつね”くんの手を取り自分の乳房に押し付ける。

「ね?すっごくドキドキしてるでしょ」
「そうかぁ?いつもどおりメチャメチャ落ち着いてるみたいだけど」

 掌に感じるのは鼓動というより勃起した乳首の感触である。
 勿論、そんなセリフで引き下がる諒子ではない。

「じゃ、せめて少しすっきりしてからお帰りになられたら?」

 そう言いながら“きつね”くんの股間にピッタリと手を当てていた。

「あんな女よりずっといい気持ちになれるわよぉ」

 熱い息を耳に吹きかけながら囁く。
 けれど“きつね”くんはそんな諒子にチラッと視線を向けた後、ウィンクひとつでその抱擁から抜け出した。

「今日は止しとくよ。さっき怜からようやく帰宅できそうだって連絡あったし。3日ぶりに帰宅して僕が居ないんじゃあのマンションが破壊されちゃうよ」
「あら、そしたらここに住んだらいいじゃないですか。そんな怪獣が出没するような巣窟はとっととお払い箱にしちゃって」
「そしたら明日はここが瓦礫だ」
「勿論お守りいたしますわぁ。悪の大怪獣だって私の得物で一刀両断よっ」

 何処までが冗談なのか判別しづらい口調で諒子は断言する。
 “きつね”くんは両手を腰に当ててそんな諒子を軽く睨んだ。

「ったく相変わらずだよなぁ。ま、仲良くしろとは言わないけどさ、2人して青痣つくる喧嘩はもうダメだぜ。こんどやったら1週間僕の家に出入り禁止だから」

 教師のようなその口調に、諒子は上目遣いで肩を窄めた。
 あの石田諒子がこんな表情をするのは、世界中で只1人“きつね”くんの前でだけである。

「は~い・・・わかりましたぁ」

 落ち込んだ声でしょぼんとうな垂れている。
 普段の気力溢れる諒子とのギャップが大きく、“きつね”くんは思わずクスッと笑ってしまった。
 そして慰めるように諒子の頤に手を添えると、その口をチュッと吸った。

「いい子にしてたら明日はちゃんと相手してあげるから」

 たったそれだけで忽ち諒子の表情に光が戻る。
 そして自分からもう一度キスをせがむと口調を改めて言った。

「明日はレポートの課題がない日ですよね?あの・・もし宜しければですね・・・」

 いつもの張りのある声ではなく囁くような声で“きつね”くんの耳に語りかける。
 抱きつく体から微かな震えが伝わってきた。
 さっきとは違い本気で緊張しているようである。
 “きつね”くんは意外そうに横目で諒子を見たが、すぐに小さく肯くと返事をした。

「あぁ、いいよ。どうせ明日の夜は諒子の番だしね。OK」

 諒子の緊張をよそにあっさりと承諾する“きつね”くんである。
 けれどその答えを待ちわびていた諒子は、その瞬間思いっきり息を吸い込み、瞳を輝かせた。

「ホントにっ!やった、やったわっ!!」

 そして思いっきり“きつね”くんに抱きつくと頬をこすり付ける。

「嬉しぃ~っ!!絶対ですよっ、絶対だからねっ、ねっ!あっ、あと怜には内緒でお願いしますねっ」

 そして顔を紅潮させた諒子は“きつね”くんの両手を掴むと、マンションの廊下であることなどお構いなしにその場でピョンピョン飛び跳ねて嬉しがった。
 普段の厳しい女教師の雰囲気など消し飛んでいる。
 そのあまりの喜びようには“きつね”くんも苦笑するしかなかった。

「判ったってばっ、諒子。少し落ち着けって。まだ美紀が寝てるんだから」
「美紀?あぁ、大~丈夫ですよぉ、あの娘は。久しぶりに熟睡できてかえって調子がでるんじゃない?」

 瞳をキラキラと輝かせたまま、まるで気にするそぶりもない。

「久しぶりに熟睡?美紀、どうしたの。夜遊びでもしてるって訳?」
「ううん、少し風邪ひいたみたいでここ何日か寝つきが悪そうなのよね」
「そういえば少し痩せたような気もするね。どれ、ちょっと診てあげようか」

 そう言って嬉しそうに部屋へ戻ろうとする。
 けれど諒子は途端に不機嫌そうな表情となった。
 只でさえ怜という邪魔者(ライバル)がいるのに、これ以上余計者の増やしたくなかったのだ。
 諒子とペアのドールだった都合上、美紀も結局“きつね”くんが買い取る羽目になっていた。
 けれどそうして自分のものにした美紀だったが、“きつね”くんはすぐに記憶を封印してしまったのである。
 流石に3人を満足させることは不可能だと思ったのだろう。
 諒子はそう推測していた。
 だから当分の間は美紀のマークは不要と諒子は考えていたのだ。
 けれどここに来て美紀に食指を動かされては、自分の取り分がまたまた減ってしまうのである。
 諒子はさり気なく“きつね”くんの腕に手を回して引き止めた。

「もう少し寝かせといてあげられませんか?風邪には睡眠が一番なんですよ。元気になったら私が少し気合を入れてあげますから。だいたい風邪だなんて弛んでる証拠よっ」

 微妙な笑みを浮かべながら諒子が“きつね”くんを見詰める。
 すると“きつね”くんも不思議な笑みを口元に浮かべて呟いた。

「風邪ねぇ・・・。ま、そうかもしれないし・・・違うかもしれない。でも、う~ん、どうしようかなぁ、観測が与える影響も無視できないしなぁ」

 珍しく迷ったように呟く“きつね”くんである。
 けれど、まるでその迷いに決着をつけるように、その時“きつね”くんの携帯が鳴り出したのだった。

「あれ、珍しい。“きりん”さんだ・・・」

 ディスプレイを見て頭を傾げる。
 そして一旦玄関の中に入ると、扉を閉めてから通話を始めた。

「こんばんわ。何すか?珍しいっすね」
『やぁ、御免ね。休職期間中に』

 その声はまさしく“きりん”のものである。

『実は少し人手不足で応援をお願いしたいんだ。“くらうん”さんに訊いたら“きつね”くんに振ったらって言われたんで』
「そうっすか。短期間なら大丈夫だけど」
『勿論短期だよ。明日の午前中に1人堕として貰えればOKなんだ。ノーマルコースでレベルは2』「ターゲットは?」
『喫茶店のウェイトレス。24歳。容姿は、まぁ普通かな。スタイルは悪くないけど』
「わぁ、さり気なく誘いをかけてますね。いいっすよ、午前中に終わるんなら問題ないっす」
『ホント?助かるよ。じゃ明日の10時に待ち合わせしよう。資料はその時渡すから』

 “きりん”はそう言って待合せ場所を伝えた。
 “きつね”くんは諒子に持って来させたメモにそれを書き写す。

「了解しました。それじゃ明日」

 書き終わった“きつね”くんが口を開くと、安心したように“きりん”が口調を変えて返した。

『うん、宜しくね。助かるよ。・・・ところでどぉ、最近の調子は。ちゃんと勉強してる?』
「えぇ、勿論っすよぉ。一番真面目な学生だと思うけどなぁ」
『そりゃあんな特上ドールが家で待ってたら、煩悩が浮かぶ暇もないでしょ。乾涸びてない?』
「あはははっ。今のところまだ涸れてないっすよ。毎晩そっち系のすんごい料理が出てくるし」
『へぇ、しかしそれはある意味ブロイラ状態だよね。殆ど精子製造工場にされてない?』
「・・・あ。言われてみれば・・・」

 “きつね”くんはたった今気付いたと言うように、横にいる諒子を横目で見た。
 無論、見詰められた諒子は大慌てで首を横に振る。
 そして焦ったような口調で囁いた。

「そんなことより、さっきの侵入者について伝えておいたほうか良いのではないですか」

 あからさまに話題の転換を図っているのだ。

『どうしたの?“きつね”くん』

 間の空いた“きつね”くんに“きりん”が訊く。

「あぁ、ちょっと横で話題を変えろって凄んでる人がいて」
『あっ、そうかぁ。ヤバイなぁ。居所を掴まれたら闇討ちに遭いそうだなぁ』
「あはははっ、尾行には気をつけたほうがいいっすよぉ。もっとも、尾行されてたのは今んとこ僕らの方なんだけどね」

 “きつね”くんは、そこでやっと本題に入った。

『え?何それ。尾行されてたの?』
「えぇ。今、諒子のマンションにいるんだけど、つい1時間くらい前に女が1人侵入してきたんですよ」
『女?誰、それ。何処の人間?』
「名前は雪野美咲。部下の名前は川瀬と木之下」
『それで?』
「それだけ。ちょっと油断してたら奪還されちゃった」
『そう、正体は判らずかぁ。何か特徴はないの?』
「あるあるっ。その女ね、『抗催眠試薬』っていう薬を持ってた。つまり僕らのお仕事を知ってるって訳」
『そう・・・。あれっ?っていう事は“きつね”くんの暗示は効かなかったの?』
「ううん。『試薬』っていうくらいだから、まだ開発中なんだろうね。ちょっとタイミングを計ったら簡単に堕せた」
『第2段階?』
「いや、第1段階まで。1時間くらいしか時間がなくて」
『そう。ちょっと微妙だね。キミが第2まで堕していたんならまず間違いなく自ら連絡してくるんだろうけどね』
「そうっすね。一応ラポールは築けたんで可能性は有るんですが、ま、確かに微妙っすね」
『うん、了解。状況は理解した。あまり慌てることはないと思うけど、念のため対策室にはあげておくよ』
「ここんとこ、増えてるんですか?このての案件」
『そうだねぇ、ペースとしてはあまり変わらないと思うよ。先々月に・・・あったかな?“くま”さんのとこ』
「解明済みっすか?」
『うん。例によってターゲット関係者の記憶操作洩れだった。そこから推理と執念、それと感で目星をつけたみたい。探偵を使って探りを入れてたんだ』
「やっぱりねぇ。僕の場合も諒子は先生だったんで、さすがに全生徒の記憶を操作なんてしてられないし。蘭子さんなんていうイレギュラも入ったし・・・」

 “きつね”くんはそこまで喋って、ふと口を閉ざした。
 今、口にするまで蘭子の存在を完全に失念していたのだ。

 (まさか・・・な。美咲が蘭子さんの仲間って線は無いよな。蘭子さんの催眠を知ってたら、あの薬でどうにかなるなんて思わないだろうし)

『ま、あとは追跡チームに任せるしかないよ』
「えぇ、そうっすね。了解です。それじゃ、明日10時に行きますんで」
『うん、頼むよ。それじゃ、宜しく』

 2人の電話はここでようやく終わりとなった。
 もしも、このタイミングで“きりん”の連絡が入らなかったら、“きつね”くんは自分で“くらうん”に連絡を入れていた筈である。
 そうなれば、この後の展開もまた違っていただろう。
 しかし、“きりん”への報告を終えた“きつね”くんは、この手際の悪い侵入者達の案件を既に些末事項に分類してしまっていたのである。

「明日、お仕事入ったんですか?」
「大丈夫だよ。午前中だけだし。ちゃんと付き合ってあげるよ」

 心配げな諒子に“きつね”くんはそう言うと、諒子の右手をとった。
 そしてその手をゆっくりと撫で始める。
 たったそれだけで諒子はトロンとした表情となり熱い吐息を洩らした。

「さぁ、今から1時間、僕の右手を貸してあげる・・・」

 静かな波のように“きつね”くんの言葉は空間を満たし、諒子の体に纏わりつく。
 そして諒子は、まるで呼吸するように自然にそのワードを体内に取り込んだのである。

「もう帰られるのですね?」

 自分の右手から暖かな手の感触が去ったことに気付き、諒子は言った。
 “きつね”くんはそれには答えず、無言で片手を挙げ背中を向ける。

「明日は本物の手を貸してくださいね」
「本物だよ、それも」

 チラッと振り向きそれだけを言うと、“きつね”くんは扉を開け外に出て行った。
 諒子はゆっくりと閉じていく扉が完全に閉まりきるまで、その場でジッと狭くなっていく隙間を見詰めていた。
 けれど金属質の音を響かせドアが閉まると、諒子はそこでやっと息を吐いて、大切そうに右手を胸に当てたのである。
 すると途端に諒子の心臓はビクンと跳ね上がり、その右手の下の乳首が忽ち硬く勃起を始めた。

「んっ・・・っはぁ」

 思わず喘ぎ声が漏れる。
 軽く右手が触れた部分から、躰に染みこむように快感信号が伝わるのだ。
 それはまさに“きつね”くんに触れられた時と全く同じだった。

「凄っ、何これっ!」

 驚いたように掌を見詰めた諒子は、しかしすぐに玄関のドアに鍵を掛けると踵を返した。
 そして小走りに自分の部屋へと向かう。

「勿体ない、1時間しかないんだらか早く始めなきゃ」

 そして自分の部屋の部屋に飛び込むと、そのままベッドに倒れこんだのである。

「凄っ、あぁっ、ホント凄いっ!んっ、んああ、いいわぁっ“きつね”さまぁっ!」

 忽ち湿った音とベッドの軋み、そして荒い呼吸音が部屋に響きわたる。
 慎み深い女教師は、今、全てを忘れて右手の齎す快感に浸っていた。
 目さえ閉じていれば、この場に“きつね”くんがいて躰を愛撫してくれているのと変わらなないのだ。

「ごっ、ご主人様ぁ、たっ、堪りませんっっ!わたしっ、あぁっ、私っ」

 独り身悶えながら諒子はベッドの上で愛する男を呼ぶ。
 躰に刻み込まれた快楽の記憶を呼び起こしながら。

 明日の計画に胸躍らせながら・・・

< つづく >

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